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2016年12月 1日 (木)

辺見庸 (11/20)日録 私事片々 2016/11/20~から全保存 雑談日記Archive

 2016年(11/20)日録が私事片々(2016/11/30)のアップ後削除されたので、私事片々を今までと同様、アーカイブ保存しておきます。

 なお、辺見庸さんの(日録)私事片々の雑談日記Archiveを始めようと思ったメモなどはこちらで。辺見さんがよく言う「エベレスト」についてはこちらで

 以下、辺見庸ブログの(日録)私事片々をすべてアーカイブ保存しておきます。今回は1エントリー。

追記:12月5日東京駅前八重洲ブックセンターでの辺見庸講演「1★9★3★7と現在ー近未来」(約1時間20分)のPodcastとテキスト起こしをしておきました

 

2016年11月20日
日録
http://yo-hemmi.net/article/444159841.html

私事片々
2016/11/20~

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翅.JPG 2016年11月20日

エベレストにのぼった。昨日はのぼらなかった。一昨日、頂上にハナミズキの実?が10個ほどおいてあった。ハナミズキはアメリカヤマボウシともいう。あの実がそうか確信はない。たぶんちがう。ただ、とつぜんの赤い点々におどろき、足がみだれた。ハナミズキとアメリカヤマボウシの実はどうもちがうらしい。小豆大のはハナミズキの実だというが…。Mの母けふ喜寿。長春からメール。(2016/11/20)

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バーダーマインホフ.JPG 2016年11月21日

エベレストにのぼらなかった。つい二、三日まえ、階下のひとが急死したらしい。おしゃべりな片づけやが、なんだかうれしそうに言っていた。エレベーターで。雨。長春からまたメール。(2016/11/21)

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藍色.JPG 2016年11月22日

けふエベレストにのぼった。きのうはのぼらなかった。ハナミズキの根方に、まっ赤な点がひとつ落ちていた。未聞の最悪の専制をこしらえるのは、微賤な専制者というより、虐げられている群衆である。市民?そんなものいる(た)かね。歩行かなり困難。右足だしたら、次は左足だろうが。それができずに、つんのめる。たおれそうになる。意識はフツーなのである。身ぶりがくるっていることを、いちいち自覚しているのだから。ステーキがくいたひ。レアにちかひミディアム。(2016/11/22)

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霧.jpg 2016年11月23日

エベレストにのぼった。コナクソ!挑戦的、自棄的に。コナクソ!ヤマモミジの枝にゆくてを遮られる。小枝がひたいを突いてくる。チェストーッ!こしゃくなやつ。小枝に頭突きだ。ダフネ西口店にいったら、店長の新堀さんが入り口にたちはだかり、なんというのか、言うに言えない不得要領な顔つきをしている。店に入れたくないらしい。

おめえの鼻面にいっぱつ頭突きをきめてやろうか。むろん声にはせず、衝動だけをわざと顔にだす。ルォコツに。新堀さんがすぐに察して、ひるんだみたいな、やられたいみたいな、あいまいな顔になり、目を泳がせる。うしろでまとめた髪を左手でつかんで顔をひきよせ(ニンジンジュースのにおい)、頭突きはせずに、耳もとに言ってやる。だれの指図だ?

新堀さん:すごまないでよ、こんなとこで。べつの店員もやってくる。新堀さんとそいつがアイコンタクト。おれ:(低い声で)お通夜のことおぼえてんだろ?新堀さん:やめてください、こんなとこで。べつの店員:やめれ!おれ:……。べつの店員:私語はひかえてください。整然としてください。指示にしたがって……。

あれはなんだったのだ?わからない。塔だ。どうといふことはない。昨日、電球が1個ボンと音だしてこときれた。すこし火をふいた。管理人がきた。階下でひとがなくなったかどうかたずねる。知らないという。ウソをつけ。超国家的な一種の警察国家をなす傾向。そこでは普遍的とされてきた諸規範(価値)がひとつまたひとつと暗黙裡に廃棄されてゆく。

足袋ー埋めー雨ー部屋ー通夜ー鴃舌ー抑えー口腔底ー畳ー噴きー沁みー電話ー棺ー釘ー折れー夜明けー臼歯ー松林ー松ボックリー砂原ー松ヤニー舌ー線香ー脚ー指ー風ー紙片ー烏喙骨ー濡れー埋まり……。(2016/11/23)

SOBA:↑上記段落部分最初は↓下記だった。

埋めー雨ー部屋ー通夜ー畳ー噴きー電話ー棺ー子ー折れー夜明けー臼歯ー松林ー砂原ー松ヤニー舌ー線香ー脚ー指ー風ー紙片ー烏喙骨ー濡れー埋まり……。(2016/11/23)

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雪ー階段.jpg 2016年11月24日

エベレストにのぼらなかった。小林さん延期。Yさんお休み。M君また休み。雪のなかを、舌の薄い(たしかめたわけではないが)ケアマネージャーさんがくる。まったく内容のない話を、おたがひさうとじゅうぶん知ってゐて、やる。どこにも支障も問題もなさそうにね。いいんですよそれで。話に中身なんかあったら、重いじゃん。わかってんだよ。

つめればヤバいかもしれない気配。大丈夫。つめやしないから。やっちゃいけないことは、むろん、あからさまにはしない。アイコンタクトで制したり、なんとなくうながしたり。ギリギリまで。決壊しないやうに。無表情で。そういう手口というか、いわゆる組み手だね。約束ごと。トランプの話とかISとか、しゃべんない。

新堀さん長靴でいらっしゃる。非番とかで。通夜の件。頭突きの件。反TPOのこと……話したそうにするが、話したくない旨アイコンタクト。新堀さん三つ指ついておじぎする。面をあげたら、やさしいあの高橋さんになっている。おひさしぶりです!高橋さん:上階まだうるさいですか?おれ:おきもちうれしひです。うるさくなひです。おかげさまです。

高橋さんになにがあったのか訊かない。高橋さん、あいかわらず顔色がよくない。高橋さんアイコンタクトで〈ヘッドバットしてもいいわよ。いきなりジャンピング・ヘッドバットでもいいのよ〉と言って、頭部をつきだしてくる。おれ:(かえってすこし鼻白み、しずかに)高橋さん、いいんです。あなたにパチキしたくて、ここまでがまんして生きてきたわけじゃないんです。

高橋さん:では、お通夜にお目にかかりたいのですが……。やってよいこととやってはいけないことがありますしね。おれ:(やっぱりなとおもひつつ)やってはいけないことが、じゃなくて、やってはいけないことも、じゃないですか。高橋さん:(いつのまにか顔色がよくなって)ああ、そうでしたね、やってはいけないことも、ですね。

おれ:でも、やってよいこととやってはいけないことも、みんななくなったみたひですよ。決まりごととかルールとかなくなっちゃったみたいだ。高橋さん:(ややわざとらしく)まあ、なんてつまらない……。おれ:(声をひそめて)ただ、個別にね、個別にやるしかないのかもしれないな。高橋さん:(やはりわざとらしく)個別に恥ずかしがるということかしら?

おれ答えず、かるくヘッドバット。ゴン。高橋さん、もっとしろ、とひたいつきだす。おれ、もっとする。さらにもっとする。ゴツン、ゴツン。なにかちがう気がするけれども。どちらかのひたい割れる。被害も加害もありゃしねえ。高橋さん、たおれふす。さてしも、ふしたる高橋さんは、いづち行きけん、みへず。雪。
(2016/11/24)

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監獄.JPG 2016年11月25日

めまい。いつもだから、いつからこんなにひどくなったかわからない。おもいきって階段歩き。エレベーターホールにたどりつくまでがたいへん。おりるのがまたたいへん。全身の血が下降する。グラングランする。いつまでも慣れない。脳が学習しない。脳はただあきれている。まったくもってひどいもんだが、ともかくもまだ生きてはいる。

電子書籍。販売開始というが、なんのことかわからない。わかろうともおもわない。歩けもしないで電子書籍がどうのこうのといわれても、かんけいない。躄とほぼおなじになりつつある。昔、よくみたな。あの心境にちかづきつつある。だれのせいでもない。しいて言えば、身からでた錆。非在も不在も実在も消失も。

Shenyangからメール。ていよく断られたらしい。フフフ。みんなグルなんだよ。塔は塔だ。黒田喜夫のころからあまりかわらない。とても失礼なやつらなんだ。おれは立ち躄。でも「ハンガリヤの笑い」の怒りはわかる。塔はたおれない。なら、遠ざかれ。いざって遠ざかれ。その影がすっかりみえなくなるまで。いざれ。いざれ。

痴れ人が言う。「(憲法は) いわば国家権力をしばるものだという考え方がある。しかし、それは王権が絶対権力をもっていた時代の主流的な考え方であって、いま憲法というのは日本という国の形、理想と未来を、そして目標をかたるものではないかとおもう」。フフフ。痴れ人はまたもいい気になって猥談をくりかえす。

こちら、痴れ人を小バカにしているつもりが、痴れ人にてっていてきに小バカにされて、ほら、こちらも痴れ人と化している。どうするか。せめて、かれをかたるな。口にするべからず。いざるのみ。うたないなら、ズルズルといざれ。一心にいざれ。遠ざかれ。いざってどんどん遠ざかれ。その影がすっかりみえなくなるまで。声が聞こえなくなるまで。エベレストにのぼらなかった。(2016/11/25)

SOBA:3段落目の「Shenyangからメール。」のShenyangは沈阳(Shěnyáng 瀋陽)でしょう。「塔」は「党」か。4段落目の「痴れ人」は安倍晋三、2014年2月3日第186回衆議院予算委員会で生活の党・畑浩治議員の質疑への返答の発言。その動画はこちら(質疑応答部分は5分31秒〜)。なお、同じく3段落目の「黒田喜夫『ハンガリヤの笑い』」関連で参考頁を二つ。その1(黒田喜夫『ハンガリヤの笑い』関連の図書新聞の評論)を末尾に採録。その2はリンク紹介で(どろどろのどろ--黒田喜夫の転換の瞬間(前編)、(後編))

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デッキ.jpg 2016年11月26日

カストロ死す。だから?エベレストにのぼった。いただきに穴があった。ふたつ。カストロ死す。で?ニュースいまや毫も益(よう)なし。ダフネ東口店。親子丼セット。まずし。右手うごかそうとする。脳にすこしさからふ。気休めだが。脳わろてる。世界はいつも錯乱のうちにひらいている。デンのカーテンを閉じる。雪どけのデッキに空が映る。前世紀のあの雲が。

カラスがハトを襲っていた。空中で。羽毛散る。ハト落ちる。カラス急降下。食う。
(2016/11/26)

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氷.jpg (2016/11/27)

エベレストにのぼった。ダフネ東口店。カツカレー・セット。¥700。胸やけ。ドブ汁コーヒー。オエーッ。I had it coming. 斜めむかいの若い男が文庫本をよみながら、音をたてずにナポリタンを食っていた。まずそうにでも、うまそうにでもなく、淡々と、ややだるそうに。男、どこかでみたことがあるかもしれない。おもいだせない。

男、食いおわったら、文庫本をとじて背もたれにからだをあずけて、眠りはじめた。いや、ただかんがえごとをしているだけか。およそ狂熱とも狂乱とも縁のなさそうな男。じっさいは、わかったものではないが。ともあれ、わたしは右手に意思をつたえたい。だから、右手をひらいたりとじたりする。むすんでひらいて。ひらいてむすんで。

男を、さいしょ、わたしを襲いにきたのかとおもった。おもうというより、そんなイメージが半秒ほどきらめいたが、すぐに失せた。気配がなかった。理由はかんけいがない。襲われるか襲われないかだけだ。わけなんかない。あったってデタラメかデタラメに近似する奇妙なわけだろう。暴力はそういうものだ。男は若いころのわたしに似ていた。(2016/11/27)

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夕陽.JPG 2016年11月28日

うちあわせ。なにをうちあわせたか。うちあわせるべきなにがあった(ある)のか。時間を浪費しているのではない。なにかが、わたしや犬をふくむ、すべての時間的存在を容赦なく蕩尽している。そうであるにすぎない。エベレストにのぼらなかった。MとMの母はハワイにいっていたのだそうだ。(2016/11/28)

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扉.jpg 2016年11月29日

Mの父親の管腔臓器の吻合部にむけて、わたしの小さなメス犬が念波をおくった。そうするようにお願いしたからだ。気休めにすぎないのである。「管腔臓器の吻合部」と指示したって、それがどこか犬にわかっているともおもえないじゃないですか。したがって、いちれんのなりゆきは、依頼と応諾という習慣的プレイというか、ちょっとした遊びに似たものなのであり、裏づけや保障や責任をともなうものでない。

エベレストにのぼらなかった。のぼるのものぼらないのも、根拠やわけはない。しいていえば、のぼるのは理由のない義務であり、のぼらないのは意味のない義務違反。Bacchusという冬季限定の安いチョコを食いました。原材料にふくまれるアレルギー物質は27品目中「乳、大豆」なのだそうだ。ふーん。だからどうしたというのかな。口がにがい。

わたしたちはそれほどたくさんのことを禁じられてはいない。沈黙を権力やシステムにしいられてはいない。意外なことには、さほどに強制はされていないのだ。ただそれとなく誘導され、またそうされるまでもなく、みずからだらだらとおもむいている地平はある。無意味と無為の。無効と永遠に不着(達)の。なべて代替可能の。まがいも真性もない――白い連丘。

怒りのない、自動的かつ発作的にもみえるウィオレンティア。透明ミトコンドリア。今後は確たる戦争ではなく、すべてが内戦化するというけれども、わからない。お買い物でエコ参加。写真はイメージです。白昼の夜襲がくるよ。そこぬけに明るい闇討ちが。(2016/11/29)

SOBA:辺見さんは前にも一度私事片々(2014/07/09)で「ウィオレンティア」について言及してます

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水の樹.jpg 2016年11月30日

ダフネ西口店。ウンコカレーセット(ハナジルサラダ+ドブ汁コーヒーつき)¥650。ま、食えないわけじゃない。飲めないわけじゃないし。なっとくがいかないわけでもない。愛着がないわけでもない。半覚半睡でエベレストにのぼった。途中、渡辺清の『砕かれた神』をおもう。消える。失せる。また、おもう。ふざけるな。ばかやろう。さうおもふ。

「詩は飢えた子供に何ができるか」なんて言いぐさがたまらない。喜夫が書いたのはいいさ。あんな感じだったさ。シジュホーショー系詩人だの誤植・誤表記センモン編集者だのが、いまさらしたり顔で喜夫をもちあげる神経がわかんない。喜夫は読まれたんだよ。とっても愛されたね。鉄パイプで人間の両手両足をバキバキ折ったり折られたり、鉄筆でひとの顔を突いたり突かれたりしたおとこたちに(も)、とくに。問題は塔であり、塔だけでもなかったのだ。

知らぬふりをするなよ。いや、なにも知らねえのかもしれないな。ひとを縛るのに、てぎわよく針金をつかい、発狂するまで拷問し、車ごとひとを焼き殺したれんちゅうだって、(そして殺されたれんちゅうも)喜夫をまじめに愛したんだよ。まったく「皇軍」顔負けさ。「逆さに吊されるとブダペストの街も逆さだ」。笑かさんでくれ。ハンガリヤのまえに、きっちり吊さなきゃならんものを吊さないで、キザなことを言わんでくれ。

喜夫を読むまえに、せめて渡辺清でも読めよ。「おれはいまからでも飛んでいって宮城を焼きはらってやりたい。あの濠の松に天皇をさかさにぶら下げて、おれたちが艦内でやられたように、樫の棍棒で滅茶苦茶に殴ってやりたい。いやそれでも足りない。できることなら天皇をかつての海戦の場所に引っぱっていって、海底に引きずりおろして、そこに横たわっているはずの戦友の無残な死骸をその眼にみせてやりたい」(『砕かれた神』)

吊すとはそういうことだよ。ハンガリヤのまえに、すくなくともそういふことでなければならなかったはずだ。なぜそうではなかったのか。そうはならなかったのだ。おもうべきはそこじゃないのか、そこ。喜夫を毒抜きするんじゃないよ。ところで……12月5日は、セキュリティだいじょうぶですか。問われる。へっ。おまわりさん、よろしくおねがいしますって頼めってかい?

(追記)12月5日の講演はすでに満員らしいですが、2017年1月30日(月)に、都内の比較的に大きなホールで講演をしますのでご容赦ください。13:00開場です。詳しくはおって。(2016/11/30)

SOBA:↑辺見さんが上記言及している12月5日東京駅前八重洲ブックセンターでの講演のPodcastとテキスト起こしをしました

  

 以下、辺見さんが私事片々(2016/11/25)で言及している黒田喜夫『ハンガリヤの笑い』関連。なおこの評論の後ろで映画『君の涙 ドナウに流れ ハンガリー1956』クリスティナ・ゴダ監督(英題:『Children of Glory 』)をご紹介。

評者◆小野沢稔彦
連載36 「生の飢餓」を癒すことへの渇望
君の涙 ドナウに流れ ハンガリー1956
クリスティナ・ゴダ

No.2846 ・ 2007年11月17日
http://toshoshimbun.jp/books_newspaper/week_description.php?shinbunno=2846&syosekino=307

 1956年、この国を遠く離れた東欧のハンガリーで(それは一国的なものではなく、ポーランドに始まる民衆革命の一環である)革命が起った。『君の涙 ドナウに流れ ハンガリー1956』(クリスティナ・ゴダ監督)は、革命50年を期して昨年作られたものである(この国での公開が、その一年後となる本年)。
 忘却のかなたに追いやられたかに見える記憶は、持続的に過去を想起し続ける想像力によって、現在の中に追体験される。そして、過去は単なる過去ではなくなり流動を始め、現在に向って覚醒する。この時、無意識のままに流されていた現在も流動を開始し、今を作る無意識は打破される。教科書記述問題として露出した、沖縄戦をめぐる記憶のあり様の、ヤマトと沖縄との争闘──私たちは九月末の沖縄の立ち上りを、突発のものとしか捉えていない──の中にある決定的差異を、この間の情況は明確に示すことになった。この彼我の断絶は、沖縄民衆の存在そのものの《生の飢餓》の戦いへの想像力を、私たちが決定的に欠いていることを如実に現出させたのだ。ハンガリー56年革命をめぐる映画を観ることは、実はこのことに深くつながっているだろう。《生の飢餓》の戦い。
 信じてくれ/ぼくは逆さに吊られ殺された/ぼくがちっとも知らない街 ブダペストで/吊るせ 人民の敵/ブランコみたいに揺すぶるのがいる/まだ息するぞなんて最後に頭をたたき割ったのがいる/残酷なかれら/かれらは知らないんだ 今朝九時にぼくが塩鮭で飯を/食べたことなんか/それでハンガリヤ語の呻きが解るか 憎悪の呻きが/躰より大きい胃袋 盲の眼を知っているか/足が胴の前を駆けた 肩から抜けた手が首を絞めた(以下略)
 (黒田喜夫『ハンガリヤの笑い』より)
 56年、遠いハンガリーで起った革命は、この国で変革を志向する人々の心を強く揺さぶった。それはまさに、ちっとも知らない街で逆さに吊られて殺される、ほどの衝撃であったのだ。そこで起っていることの内実がほとんど判らぬ極東の地にあって、存在の革命を現実の変革運動の中で夢想していた運動者=黒田は、その独特な身体感覚によって、革命の中で死を宣告されたのが、ハンガリーの立ち上った民衆ではなく、20世紀の革命運動そのものであり、その渦中にあった黒田自身であるという、痛苦にみちた想いをいだかざるを得なかったのである。彼は生き死にの涯では、生身の肉体は笑いに至るしかないと苦く確認する。この時、黒田の、死にいたる飢餓、という内実には、詩という行為を選びとることに明らかなように、生の飢餓ということが内在する。「死にいたる飢餓」からの解放のためには、観念の革命論ではなく、時に、実践上の逸脱さえ是とされる、民衆の存在の底からの運動の重さに応えることのできなかったこの国の革命運動と、それを担った一人たる己へと、彼はハンガリーの現実を引き寄せる。黒田にとって、ハンガリー民衆の実存をかけた革命は、この国の現実の中に閉塞した運動への深い省察をもたらした。
 事情通を装った訳知り顔の言説が横行するこの国にあって、情報とは己の拠って立つ基盤を深く掘り下げ、問うことによってしか、真に情報となることはないのだ、ということを思い出そう。黒田の方法、すなわち「死にいたる飢餓」という絶対状況を根拠においた、身体感覚に根ざした深い問いによって、横行する「情報」とはまったく異った位相の、コミュニケーションの回路が生まれることを、改めて確認しておきたいと思う。
 さて、ハンガリー革命を忘却の涯に流しさろうとする私たちの前に現われた『君の涙 ドナウに流れ』によって浮上した課題とは今日、全世界で明らかになっている《生の飢餓》という問題ではなかろうか。絶対的な、死に至る飢餓ではないが、人間という存在にとっての生の条件である、生の飢餓を癒すことへの渇望、生の充足に対する希求こそが、映画の中から立ち上ってくる。そして、この生の飢餓は時に多くの死さえも招来することは、今日の日本の現実を見れば明らかであり、スターリン主義体制が結局のところ、絶対的な飢餓だけしか見てこなかった中で──しかし、その人類史上最悪の体制は、絶対的な飢餓による死者を数知れず作り出した──、ハンガリー民衆の運動は生の充足を求める自由の運動であったことが、ようやく今日判り始めたのである。それは、社会主義の内での革命、反革命の問題ではなく、革命の内実を問う位相の違いによって起こったのだった。そしてこの映画は、そのことを問い始めているのだ。
 だがしかし、本作は極めて単眼的で一国的な歴史観を前提に、大量物量を使ってのハリウッド風再現アクション映画の枠の中に完結してしまっているのではないか。ここには、黒田の問いも生の飢餓への視点も忘れられている。そして、懐かしいハンガリーの我らの祖先へのノスタルジアが露出する。勿論、ヒロイン・ヴィキの中に濃く滲み出る、生の充足を求める生き方の中に、生の戦いを見ることはできる。しかし、スポーツ(水球)──これだけでハンガリー民衆のソ連への心性を描くことは難しい──や、街頭戦闘シーンの迫力に象徴されるように、アクション映画としての興奮に、観る者は圧倒されるばかりだ。
 ノスタルジアに偏することなく、生の飢餓を正面から問うアクション映画の道はなかったのか。20世紀の歴史にとって重い課題を残したまま、忘れられようとするハンガリー革命。それを博物館の展示のようにではなく、見せることは、私たちの現在を描く方法にもつながっていることなのだから。

 

SOBA:↑↓上記評論中で紹介されている映画『君の涙 ドナウに流れ ハンガリー1956』は、クリスティナ・ゴダ監督の(英題:『Children of Glory 』)で元々2時間3分の映画。↓YouTubeのは8分程短くなってます。字幕はハンガリー語ですが、一旦4K Video DownloadHelper(※1)でダウンロードすると、mp4動画と拡張子srtの「Children of Glory (2006).srt 」がDL出来るので、パソコンでVLCを使いmp4動画と拡張子srtファイルを読み込めば(※2)英語の字幕で見ることができます。
※1、DownloadHelperのスマートモードで字幕の所を「English」にしておく。
※2、拡張子srtファイルをダブルクリックするとVLCがプレイリスト表示で立ち上がる。その画面にmp4動画をクリック&ドロップし時間表示している動画ファイルを選択してから再生ボタンをクリックで再生。プレイリスト表示と再生画面の切り換えはウインドウメニュー→プレイリストでやる。

 1956年のハンガリーを描く、反則と出鱈目ジャッジでソ連が勝つモスクワでのソ連対ハンガリー水球試合で映画は始まる。ソ連に抵抗する学生・市民の姿が描かれた後、1時間33分12秒からがメルボルンオリンピック部分、準決勝の相手はソ連だとコーチに教えられるが、結局ハンガリーがソ連に勝利する。『メルボルンの流血戦』(英語表記:Blood in the Water match)で知られている(1956年12月6日メルボルンオリンピック水球競技、ハンガリーは準決勝でソビエト連邦に4:0で圧勝、決勝ではユーゴスラビアに2:1で勝ち金メダル)

Children of Glory (2006)
Sorin Nistor
https://www.youtube.com/watch?v=VS69waHIPL4

2013/12/24 に公開

 

参考:
(以下転載始め)
君の涙 ドナウに流れ ハンガリー1956
Children of Glory

2007年11月17日(土)より、シネカノン有楽町2丁目(新館)ほか全国順次ロードショー
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=8572
Internet Archive 

Kaisetumain

“ドナウの真珠”とよばれる首都ブダペスト。
1956年、失われた革命とオリンピックの栄光があった。
ハンガリー映画史上最高の動員*第1週末を記録した感動作!!

2006年ベルリン国際映画祭ベルリナーレ・スペシャル部門出品作品

2006年/ハンガリー映画/120分/1:2.35/SRD
字幕翻訳:大西公子 字幕監修:小島亮
配給:シネカノン 宣伝:ムヴィオラ

解説
いくつもの時をこえ、美しきドナウは流れる。
しかし、20世紀ヨーロッパでもっとも多くの血と涙が流れたのは、
このドナウ河だろう。

そして、その美しさから「ドナウの真珠」と呼ばれる
ドナウ河畔の街・ハンガリーの首都ブダペストには、
あちこちに悲劇の歴史の刻印がある。
この街が多くの人々を魅きつけてやまないのは、
美しさの内側に深い哀しみを秘めているからに違いない。

1956年、ソ連の衛星国として共産主義政権下にあったハンガリーで、
市民たちは自由を求める声をあげた。
しかし、その声はやがて多くの血を流す戦いにいたり、
自由への希求はソ連軍の圧倒的な兵力の前に踏みにじられた。

その数週間後、オーストラリアのメルボルンでオリンピックが開催された。
ハンガリーの水球チームは、そこで運命の女神の悪戯か、
ソ連チームと戦うことになった。

のちにオリンピックの歴史に「メルボルンの流血戦」として刻まれる、
政治的悲劇にもっとも彩られたゲームである。

この映画は、1956年のハンガリーが経験した、この2つの歴史的事実を背景にしたフィクションである。歴史的な事件やその舞台となった場所は史実通りだが、登場人物は想像の産物である。

"ドナウの真珠"とよばれる首都ブダペスト。
1956年、失われた革命とオリンピックの栄光があった。
二人はそこで愛と自由の灯をともした。

本作は、ハンガリーの失われた革命と、オリンピック史に残る「メルボルンの流血戦」の史実を背景に、女子学生ヴィキと水球選手カルチの歴史に翻弄された愛をドラマティックに描いている。一方に、革命にやぶれ多くの犠牲者をだした悲劇があり、一方に金メダルの栄光がある。このまさに運命の皮肉としかいいようのない現実の出来事が、見る人の心を激しく揺らすエモーショナルなストーリーを生み出した。
母国ハンガリーでは、「革命50周年」を祝った2006年10月23日に公開され、これまでのすべての映画を上回る最高の動員*第1週末を記録。つづいて欧米各国で公開。最も胸に迫るヨーロッパ映画、ハンガリー映画のベストと熱狂的に支持され、多くの観客に涙をあふれさせた感動作である。

彼らは革命を戦った。彼らは金メダルを得た。
しかし、涙を禁じえないラストシーン。
そこに勝者はいない。

映画製作チームは、徹底的なリサーチによって史実を忠実に再現しながらも、政治的な記録ではなく、自由を求め、愛を失うまいと願う人間の物語こそを描こうとした。
かつて「ハンガリー動乱」として知られた1956年の出来事は、本国ハンガリーでは89年の民主化まで、時の共産政権によって「反革命」とも呼ばれてきた。しかし今、ハンガリーでは、この自由を求めた戦いを「革命」として次の世代に伝えようとしている。東側諸国での初の武装蜂起として、後年の中東欧の民主化の先駆けとも評価されている。
だが、この映画を見た人は、愛の歓びを奪われ、スポーツの歓びを奪われた彼らに、いったい勝者は誰だったのか、と慟哭せざるを得ない。政治に翻弄される市井の人々の哀しみを、暴力によって人生を奪われる哀しみを、見事一瞬で伝えるラストシーンに、この悲劇が二度と繰り返されないことだけを、誰もが願うだろう。

哀しくも美しい恋人たちと、
二人を支える実力派共演陣。
ハンガリー演技人の層の厚さを実感させるキャスト。

主人公の恋人たち、ヴィキとカルチに扮するのはハンガリーを代表し、ハリウッドでも活躍する若手人気スターの二人。悲しい過去を胸に秘め、革命をただひたすらに信じて、その手に自由をつかみたいと願う女子学生ヴィキ。まるで「ハンガリーのジャンヌ・ダルク」のようなヴィキを演じるのは、凛々しくも儚げな美貌のカタ・ドボー。はじめは、政治から距離をとり、水球と家族を愛し恋愛を謳歌したいと願う普通の青年だったカルチ。ヴィキとの運命的な出会いによって、悩みながら躊躇いながらも戦いに身を投じていくカルチの変化を見事に演じたのはイヴァン・フェニェー。彼は集中したトレーニングで水球選手にふさわしい肉体をつくりあげている。
その他、カルチを見守る家族や親友、水球チームのコーチ、秘密警察の大立者などには映画や舞台で活躍するハンガリーの名優が顔を揃えた。彼らの演技と存在感が、このスケールある大作に人間的な魅力を与えている。

実際の金メダルチームも出演した水球シーン。
期待の若手女性監督と国際的スタッフがつくりあげた
人間ドラマとアクションの見事なバランス。

『ミュージック・ボックス』『ニクソン』から『ターミネーター』までをプロデュースする、ハンガリー出身の大物プロデューサー、アンドリュー・G・ヴァイナ自らの企画を、見事に形にしたのは期待の女性監督クリスティナ・ゴダ。長編劇映画2作目の彼女はこの叙事詩的物語に、日常的な繊細さを持ち込んだ。その他、ジョー・エスターハスを始めとする脚本家、衣装のベアトリス・アルナ・パ?ストルら一級のベテラン映画人が脇を固め、中でも、世界で最も有名なスタント兼アクションシーン監督であるヴィク・アームストロングは、映画史に残る戦争映画の名作を思わせるスケールと臨場感を映画にもたらした。
また本作の要とも言える水球シーンには、2大会連続の金メダルに輝く実際のハンガリー代表選手が参加。水球を知らない観客にもその魅力を存分に伝えている。


ストーリー【ネタバレの可能性あり】
運命の出会い、そして10月23日。

1956年モスクワ。
ソ連対ハンガリーの水球の試合が行われている。前回のオリンピックで優勝したハンガリーにとってソ連はライバルだ。だが、試合は、ソ連びいきの判定が続き、ハンガリーのエース選手カルチが怒りにまかせ審判にボールを投げつけて中断。ハンガリーは敗れてしまう。
チームがブダペストに戻ると、カルチは秘密警察AVOの本部に連れていかれた。彼を待っていたのは"フェリおじさん"と名乗る男で「金輪際、ソ連の同志に刃向かってはならん。家族が大切だろう」とカルチを脅すのだった。
帰宅したカルチは、母と弟を安心させるために、AVOに脅されたことは告げずに嘘をつく。祖父は、ポーランドで民衆が立ち上がったニュースを伝えるラジオに耳を傾けていた。祖父はカルチに「自由のために反撃すべき時もある」と声をかける。

ブダペスト工業大学では共産青年同盟が集会を開き、ポーランドのニュースは資本主義者のつくり話だと訴えた。そこへ、セゲド大学の独立学生連盟の代表が乱入し、真実を訴えようとするが、壇上は混乱。その時、ひとりの女性が「彼に話させて」と声をあげた。それがヴィキだった。
翌日、カルチが、古くからの友人イミを工業大学に訪ねると、学生達はMEFESZ(ハンガリー独立学生連盟)を結成していた。カルチは政治には興味がなかったが、ひとりの女性に目を奪われた。聡明で誇り高く輝くヴィキだ。集会が終わると彼女に声をかけたが、有名なカルチに話しかけられてもヴィキの態度は冷たく、「あなたは共産主義者のお気に入り、どうぞ特権を大切にして」とあしらわれる。

10月23日。通りでデモが行われていた。カルチとティビが野次馬気分で街を歩くと、デモ隊を導くヴィキの姿があった。水球チームは今夜から、丘の上のホテルでオリンピックに向けた合宿生活に入る予定だったが、カルチはヴィキを追い、一緒に国会議事堂へ向かった。そこでは多くの市民が、改革派の指導者ナジ・イムレが出てくるのを待っていた。しかし、彼らを帰そうと電気が消され、辺りは真っ暗に。それでも市民たちはあきらめず、それぞれが持つ新聞などに火をつけ松明のようにともし、ナジの名を呼び続け、国歌を口ずさんだ。ようやくナジが姿を現す。しかし、彼が「同志」と呼びかけたことにブーイングが起きる。学生連盟のリーダー、ヤンチが自分達の要求をラジオで放送するとヴィキたちを誘った。しかしラジオ局では、AVOとの間に衝突が起き、突然放たれた銃弾にイミが倒れる。それをきっかけに一気に暴動が広がる。イミを抱きかかえ泣き叫ぶヴィキ。現れた救護車がAVOの変装であることをカルチが見破り、二人は間一髪逃げ延びる。

ヴィキの家。長い沈黙の後、口を開いたカルチはヴィキを責めた。「デモで何が変わる?イミの母親に何と言う?」。ヴィキはカルチに反論するが、自分の両親もAVOに殺されたことを打ち明け、哀しみを吐露する。二人は寄り添いながら眠った。
翌日、ナジ・イムレが首相になったというラジオ放送を聞き、喜んだカルチとヴィキだったが……。街に戦車があらわれ、小さな火炎瓶で立ち向かった市民を無慈悲に撃ち殺す。激しい戦闘がはじまった。ヴィキは戦いに向かうが、カルチはオリンピックの夢を銃弾で打ち砕かれたくないと告げ、背を向けた。

ヴィキの悲しい過去、二人が選んだ戦い。

チームに合流したものの、カルチの気持ちは変化しはじめていた。街中で手当たり次第に殺さる人々を目の当たりにした今、もう傍観者でいることは出来ない。監督やティビは止めようとするが、カルチの気持ちは止められなかった。
学生連盟本部に向かったカルチはヴィキを探した。戻ってきたヴィキが彼の姿に気づく。二人の思いは急速に近づいていった。カルチは、ヴィキを連れて家に戻った。息子の変化に母は不安を隠せず、ヴィキに危険を感じたが、街に外出禁止令が出て、二人に泊っていくようすすめる。
その夜。カルチがヴィキを抱き締めようとすると、彼女は悲しい過去を告白した。「抱かせれば両親を釈放するとAVOは言った。でもそれは嘘だった」。私を嫌いになったでしょ、と言うヴィキにカルチは優しく口づけし、二人は初めて結ばれた。翌朝、早く起きたヴィキは、息子を想う母の気持ちを感じ、カルチに何も告げず家をでる。
ヴィキがいないことに気づき、カルチは家を飛び出す。国会議事堂前には大勢の市民が集まっていた。カルチはヴィキの姿を見つけ駆け寄るが、その時、「AVOだ!」と誰かが叫んだ。いきなり銃がなり響く。市民に向けて無差別に発砲するAVOと、反対に、逃げる彼らの後を追う市民たち。そこにカルチとヴィキもいた。逃げ場がなくなったAVOとヴィキたちは銃を向け合う。その時、一発の銃弾がヴィキの腕を貫く。カルチは、彼女を守るため初めて人を撃ち殺した。

戦闘は激しくつづいたが、しかしついに、政府が混乱終結のために駐留ソ連軍の即時撤退、AVOの廃止と新たな警察の組織を決定したというニュースがラジオから流れた。水球チームも2日後にメルボルンへ出発できることになった。
ヴィキはカルチに、戦いが終わったのだから、オリンピックへ行くよう薦めるが、カルチは水球をあきらめ、他の仕事を探してヴィキのそばを離れないと言う。ヴィキは母の形見のネックレスを彼に渡す。私はいつもあなたといる、と。もう一度、ヴィキはカルチにオリンピックへ行って欲しいと伝える。カルチは、自分の"幸運の腕時計"を外しヴィキに渡した。見送る彼女の笑顔にカルチは歩き出す。

メルボルンへ。ソ連の報復と世界に届かない叫び。

戻ってきたカルチにチームメイトはパスポートを手渡す。カルチは監督に許しを得てメルボルンへ向かうバスに乗り込んだ。チームを乗せたバスは出発した。
夜の道を進むバス。眠りについていた選手達は不審な音に目を覚ます。窓の外を見た彼らには目の前の光景が信じられなかった。巨大なソ連の戦車が長い列をなしてブダペストに向かっていたのだ。ソ連の報復に気づいたカルチは、バスから降りようと、ドアを力づくで開けようとする。仲違いはしたものの今も親友を思うティビが、カルチの身を守るために彼を殴り気絶させた。

学生連盟本部では、エステルが、勝ち目のない戦いから逃げ延び、生き延びることを主張したが、ヤンチはアメリカ軍が支援しに来る、もう少しの辛抱だ、と彼女の説得に応じない。ヴィキはヤンチの言葉を信じ戦い続けることを選ぶ。圧倒的な兵力のソ連軍に対し、立ち向かう市民たち。ブダペストの街が火に包まれる。ヴィキの目の前でエステルが死んだ。
自由ハンガリーラジオが世界に向けてSOSを叫んでいた。しかしヤンチはもう世界の誰も助けには来ないとヴィキに言い放つ。彼はオーストリアへ逃げようとヴィキを誘うが、彼女は仲間を捨てることは出来ないと断わる。

メルボルンに着いた選手達は、テレビで母国の壊滅的な状況を知った。選手達はオリンピックを前に気力を失っていた。しかし、「祖国は打ちのめされた。だが終わってはいない。祖国の皆に金メダルを贈るんだ」。監督の言葉が選手達の気持ちに変化を起こす。ただ自分のためでなく、祖国の人々のために。
ハンガリー代表は勝ち進んだ。そして準決勝の相手が宿敵のソ連に決まった。控え室にまで聞こえるハンガリーコールの大歓声に後押しされ、選手たちはいつもとは違う試合へと向かう。

最後の戦い。血が流れ、涙が流れた。

ブダペスト。ついにヴィキは秘密警察に捕らえられてしまう。拘束されたヴィキの前にフェリおじさんがあらわれ、武器を渡した兵士や警官、食料を提供した農民、そして革命に加わった学生の名前を書けば自由になれると告げる。

メルボルン。大歓声が会場を包む中、波に乗るハンガリーは、カルチが得点を重ねていた。会場全体がハンガリーの味方だった。そんな空気に耐えきれなくなったソ連選手がカルチの顔面を殴る。水中に一瞬にして血が広がり、審判の笛が鳴り響いた。大歓声がソ連へのブーイングへと変わり、試合時間を残してハンガリ?の勝利が決まる。プールから上がったカルチは目もとを負傷し大量の血を流していた。

ブダペスト。ヴィキの前に再び現れたフェリおじさんは、彼女が持っていたカルチの"幸運の腕時計"を見せて脅した。紙とペンを前にしたヴィキは、意を決したようにペンを走らせる。しかし、そこにはスターリン、フルシチョフ、カーダ?ル、フェリおじさんと書かれていた。留置所から連れ出されるヴィキ。廊下を進む彼女の手にはカルチの時計がしっかりと握られていた。ハンガリー国歌をか細い声で歌い始めるヴィキ。その声に合わせ、拘束されている女性達も歌い出す。歌声の中、顔を上げ、溢れる涙をこらえながらヴィキは処刑へと向かう。

メルボルンでは、優勝したハンガリー水球チームが金メダルを胸に表彰台に上がり、国歌を斉唱していた。ソ連のしるしだった鋤と星が消え、昔の紋章に戻った国旗が掲揚された。カルチは右手で胸に輝く金メダルを握り、左手でヴィキがくれたネックレスを握りしめた。「ハンガリー万歳」と叫ぶ観客の声に選手達は歓びを爆発させる。だが、ただひとりカルチは顔をあげることができず、嗚咽した。

(略)スタッフ キャストなど

※「本ページの文章は、プレス向け資料をそのまま掲載しており、加筆はしておりません」
(以上転載終り)

 

参考:関連でリンク紹介、『中国  其之六 ふたつの五輪』。

 

参考:映画の主役カルチ(カーロイ)のモデル、ハンガリーチームのエース・エルヴィン・ザドル選手(BBC記事から)ソ連のバレンティン・プロコポフのパンチによって右眼下から流血している。

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Ervin Zador: "I saw about 4,000 stars... I felt warm blood pouring down"

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Ervin Zador is now 76, and lives in northern California

 

参考:『メルボルンの流血戦』(英語表記:Blood in the Water match)のドキュメンタリー映画『Freedom's Fury

Freedom’s Fury Szabadság VihaRA
from karthauzi7 年前
https://vimeo.com/8141334

Freedom's Fury Szabadság VihaRA from karthauzi on Vimeo.

  

 辺見さんが私事片々(2016/11/30)の追記で言っている『12月5日東京駅前八重洲ブックセンター辺見庸講演会』のポドキャストとテキスト起こし。

 なお、2015.12.19辺見庸 横浜講演会podcast の時はテキストは要旨だけで細かい所は省きましたが、今回はかなり細かくテキスト起こししました(2分30秒から。理由は、今回の会場が本格的な講演会場ではなく、天井が低くて音響効果が良くなく録音が聞き辛かったからです。たぶん音だけだとかなり分からない部分が多くなります。テキスト起こしを読みながら音声を確かめる、あるいは音声を聞きながらテキスト起こしを確かめてください)

 以下podcast、①から③は現時点での使いやすい順番。ipadの場合はほぼ同じ使い勝手。

20161205_HenmiYou ←4sharedに保存。PCならクリックし頁が変わり待つと自動的に再生(但しmp3の場合、途中で他のmp3に変わってしまうことあり、バグ?)。ipadならタップするだけで4sharedのAppが開き再生(初めて 4sharedを使う場合は「購入」と出るけれど、4sharedは無料Appなのでここでの購入はipad用語で単に4sharedをダウンロードするの意味)

20161205_HenmiYou ←MediaFireに保存。PCでは使い辛くなったので、ipadを推奨。ipadでリンクをクリックするとSafariの別頁が開き、フィル名「20161205_HenmiYou」と「Download(…MB)」のボタンが出るのでクリックすれば再生開始。進捗バー(タイムバー)はMediaFireの方が使いやすいです。

 

辺見庸講演
「1★9★3★7と現在ー近未来」
(予定1時間20分でしたが+10分で1時間30分)

最初〜、スタッフからの案内で、講演終了後に既に購入した「完全版 1★9★3★7 イクミナ」への落款と、辺見さんへのNHKTV番組取材カメラが入っている事のお知らせ。

30秒〜辺見さんが話し始める。始めのうち声が細いけれど冗談を言いながら声にもはりが出て来ます。

2分30秒〜、(ここから細かくテキスト起こし
「イクミナ1★9★3★7」ほんとに疲れました。まだ脳の血管を、たぶんつながってるんですけど、また切れたんじゃないかと思うくらい疲れました。資料を読むたびにこの資料に飲み込まれるって言うんでしょうか今日もそうなんですけれども読んでしまうんですね。資料として使うと言うよりも読んでしまうことが多くて、大変に疲れる作業で、しかもですねまだこれが続いていてとんでもない事を始めちゃったなと言う思いが実は非常に強いですね。
あ、申し遅れましたけれども、この文庫本買って頂いてありがとうございます。この表紙の話しから、カバーの話しからしたいと思うんです。これは実は私が見繕ったんではなくて、角川書店の古くからの、四半世紀くらい前からのお付き合いのある人がですね、確か金沢の図書館かどこかで山下清の『観兵式』って言うタイトルの貼り絵を見つけて、その時既に増補版を角川の方はお読みになっていて、すぐに閃いたらしいんですね。で実は増補版を終えるまではこの絵の存在を僕は知らなかった訳です。勿論「1★9★3★7」にまつわる映像とかあるいは文献についてはですね数、無数にある訳ですけれども、取り分けこの絵についてはわたくし非常に重大なって言いますか重いショックを受けた訳です。

5分22秒〜、
山下清、日本のゴッホ何て言う言い方されたりするくらいに天才的な貼り絵画家だったですね。彼はこれ10代で描いた訳です。いきなり申し上げたら少し驚かれるかも知れませんけれども、これ昔だったらこう言う扱いをしたらですね、角川書店が閉鎖になるくらい大変な事をやってる訳です。これは別に意図してやった訳じゃないでしょうけれども、装丁はかの有名な鈴木成一さんが見事な装丁されてますけれども、僕はまさかこう言う装丁をするって言う風には思っていなかった訳です。で、観兵式って言うのはそもそもですね、東京の軍事区域って言うんですか、東京衛戍(えいじゅ:軍隊が常時駐屯して警備すること)区ではですね、誰が出るかって言うと、誰がうけつけをするかって言うと元帥なんですね、大元帥陛下が閲兵をする訳です。これは明らかに閲兵をしようとしている訳ですね。場所はちょっと不明ですけれども、で、これは実に見事な装丁だなあって言う風に、自分の本で言うのもなんですけれども思う訳ですね。これ上下(巻)をそろえて合わせると完成された貼り絵が出てくると言う風な仕掛けになってる訳です。それは僕も思いつかなかったなあと。これ帯を外して頂くと一層よく分かる訳ですけれども、手前に群衆がいると、ひょっとしたら皇居の東御苑かなあと思ったりするんですけれどもどうも分からない。あるいは代々木の練兵場かなあと、分からない。山下清が何かの映像を見て、ニュース映像か何かを見て閃いて観兵式って言うものを作ったのかも知れない訳です。ただこれを作った、これを作って描いたというか、これを貼り絵として完成させた山下清の存在、位置って言うのはですね、僕にとっては大変なショックを受けたって言うよりも、これで、この仕事(著作)の半分くらいが終わった様な気がするくらいですね、貼り絵の発見者に感謝してる訳です。

8分27秒〜、
で、ご覧になって頂ければ分かると思うんですけれども、軍事パレードをしてる訳ですね。で軍事パレードをしているその手前に群衆ですね、いわゆる市民ってやつがずらっといてみんなが万歳している絵な訳です。その反対側に見える軍人達も皆万歳している。で、ビルがあってビルの窓から何人かが覗いている訳ですね。それから日の丸が交差している中心部に誰かが立ってる訳です。さっきも申し上げましたとおり観兵式って言うのは首都においては大元帥陛下が主宰する、やる訳ですね。何時やるかと言うと陸軍記念日と言うか、陸軍始めにやる。その当時ですから帝国陸軍、1月8日な訳です。ないしは特別の日ですね。この貼り絵が完成したのが山下清がまだ10代、15くらいでしょうか、のくらいの事ですから。みなさんご存じの通り1937年と言うえらいこの国が盛り上がった年ですから大変な事だった訳ですね。ですからこの中心、観閲台にいる日の丸が交差している所にいる人物が誰かって言うのは容易に皆さんご想像つくかと思うんです。ですからこの人の事を考えると、あるいは当時の状況ってのを考えると、当時の状況であればこの人が文庫の上下巻で立ち現れると言うことは実はあり得ないことじゃないかと思うんですね。
でこう言う事が、会場に若い方もおられるし、それから僕と同しくらいの方もおられる訳ですけれども、ひやりとした訳です。ところが感覚ですね、こう言う事にある種生理的な危険とかと言うものを、危険とかですねあるいは大丈夫かなと言う風な感じを持つのは僕なんかの主題でくくれないと思いますけれども私もまたそう言う人間な訳です。

11分17秒〜、
それは「イクミナ1★9★3★7」を書く自分のモチベーションて言いますか、これはもう10年以上ずっと思ってたことなんですけれどもずっと書きたかった訳です。これは観兵式って言うのはですね陸軍の記念日とそれから天長節と言いまして大元帥陛下天皇の誕生日、天長節って言う風に昔は言ったし、僕も子供の頃天長節って言う言葉聞いたことあるんです。にも(観兵式が)やられた訳です。じゃあ皇后様のですね今の美智子さんにあたる皇后様の誕生日は天長節って言うかって言うと天長節ではなくて地久節って言う風に言った訳ですね。天長・地久って言葉が実はあるんですけれども物事が永遠に変わらないって言う風なことです。天地が永久に変わらないように祈ると言うことで天長・地久と言う風に言われるんですけれども、もっとも日本的な概念である訳です。君が代もそうでありますけれども、でも天長・地久と言うことからしても実は純正の日本製ではないと言うことに気づく時にですねやはりまた複雑な感じがする訳です。これは老子の言葉なんですね。純正の日本のものって言うのは中々この国柄から言っても要するに地理的な条件から言っても言語文化それから精神すべてに渡ってどこかを経由してくると言う意味では中国・朝鮮半島と言うものに大抵のものが経由して来てることが多い訳です。だからでしょうか、逆に純正の100%日本であろうとする願いと言うのでしょうか、そう言う言行と言うものを持ちやすい、信じやすいそう言う状態が今でもあると思います。

14分8秒〜、
今便利な世の中でYouTubeというのがあって皆さんもお帰りになったら見て頂きたいのですけれども、「観兵式」で出てきます。で、いつのが出てくるかと言うと1945年の1月8日陸軍始めの観兵式の映像が出て来るはずです。これは是非ご覧になって頂きたいと思います。で矢張り映像とか山下清の貼り絵もそうですけれども、物語るものは私どもがやっているような文章と違いまして訴求力・説得するものがあってドキッとするものがある訳です。ここでは音楽がついてるんですけれども、この音楽について僕は今でも非常に注目してるんですけれども、マーチが当然流れる訳ですね、軍事パレードですから。どんなマーチが流れるか、決まってるんです、「抜刀隊」ってやつですね。刀を抜く抜刀隊、元々は会津の白虎隊の事を言うらしいんですけれども、これが結構もの凄くクソ長い歌詞なんですけれども、「進めや進め諸共に 玉散る剣(つるぎ)抜きつれて 死ぬる覚悟で進むべし」と言う風な曲で、でこれが僕が言いたいのはこの本にも書いてありますけれども、出陣学徒壮行会でも同じ曲が使われていると言う事実ですね。この曲を耳にしながら多くの兵隊というか若者達が戦地に送られて、戦死したり、人を殺したり、殺されたり、餓死したり、病死したりした訳です。

SOBA:↑上記「観兵式」の動画を採録

16分44秒〜、
で、これが学徒出陣にも使われてるし、それからあらゆる観兵式に使われてると、としたらどうでしょうか、僕はやっぱりちょっと生理的にですね忌むべきって言う感じをどうしても持たざるを得ない訳ですね。あるいは持つべきであろうと言う風に感じてしまう訳なんですけれども。これ今も使ってる訳ですね。ここにやっぱり驚かざるを得ない事実って言うのがあると思うのです。つまりザックリ言ってこの国では戦中・戦前と現在って言うのは断絶はしてませんよと言う事な訳です。連続してると。そこの問題をいわば図示的に僕は机を叩いて「これじゃいけない」って言ってるんじゃないんです。僕は心の中のある種の僕は一番書こうとしてもなかなか書けないって言うのはそこなんですね。ロジックじゃなくて生理なんです。生理ですね生理の問題としてこの問題をなんとか書かなきゃいかんと言ってあれこれ考えて雪ん中倒れちゃってですねよれよれになっちゃってる訳ですけれども。で、山下清はですねこの帯とると見えてくるのですけれども、彼の目の位置は奇妙っちゃ奇妙な訳です。つまりこの歓呼の声を送ってる万歳してる市民の中に群衆の中にいないんですね。どうしてでしょうか。通常彼の目の位置は、まあもちろん貼り絵ですからそう言うのもあるでしょうけれども。通常の遠近法とは違う。それから目の位置で彼はこの群衆の中にはいない。群衆よりも高い位置、離れた位置からこれを見てる。と言う意味は、イメージしてる、と言う風に言えると思うんです。なぜかと言うことですね。彼は心の中に入れさせられなかったんだと言う風に僕は想像する訳なんです。つまり余談ですけれども、だからこそ逆に言うと僕は山下清がこのいわば無意識の証言者って言うか、目撃者たり得ていたし、その証しとしてこの作品を残すことができたと言う風に思うんです。しかしながらこの観兵式という作品は全然有名じゃないし山下清の中ではむしろ端折られちゃうって言うかあまり特筆されないものな訳ですね。で…僕はでも非常に面白いなぜ自分はこんなに動揺するかと思うくらいこの作品に実は動揺している訳です。それはやっぱり山下清が、彼は病気で予後が悪くてそれで知的障害を患ってしまう訳ですけれども、いわば無意識の証言者、無意識の目撃者として表現をしてると。つまり彼はこれをてらって描いたり、あるいは気張って描いたりしてない訳ですね。ここから私は、この観兵式に山下清は実は恐がっていたんじゃないかと言う風な思いをする訳です。で目取真さんと言う、沖縄の作家がいて僕は尊敬している訳ですけれども、彼の作品の中に確か『国際通りと言われた通りを歩いて』(正確な書名は⇒『平和通りと名付けられた街を歩いて』)と言う短編があったと思うのです。それは認知症のおばあちゃんがいて、そのおばあちゃんがある種主人公みたいなんですけれども、東京から皇族の方がいらっしゃる。それでパレードをすると言う時に、認知症の人とかあるいは精神障害の方はあらかじめその筋から「出て来ないように」と言う風に言われていたと。と言うことが非常に落ち着いた見事な筆致で書かれてる訳です。すなわちこの国ではですね、ちょっとおかしな人はこう言うパレードはなかなか出ないようにうまく当局が計らっていた訳ですね。ですから恐らくこれは僕の邪推と言うか想像なんですけれども、山下清もこの「観兵式には出てくるな」と、「おまえは出てくるなよ」と言う風に言われていたんではないかと思っている訳です。

SOBA:私事片々(2016/09/07)私事片々で言及していた山下清関連

23分10秒〜、
そうするとまた出てくるのは大元帥陛下の存在とそう言う障害者達の存在の位置と言うものがジワッと感じたりすると。で日本語というのはなかなかヤバイというか、言葉でありまして、日本語だけじゃなくて言葉というのはなかなかえぐいと言うか、ところがある訳ですけれども、「割に合う」という言葉があると思うんです。「割に合う」と言う言葉は肯定形ではあまり使われないんですね。「割に合わない」って言う言葉はよく使われる。で、こう言う本を書いたりする。「イクミナ1★9★3★7」の様なものを書いたりするのはこの国では戦前・戦後を問わず一般に割に合わないと言う風に言われてる訳です。僕もこの本を書いた動機というか意地と言いますかみたいな所もある訳です。つまりこの文庫の解説を見事な解説を書いて頂いた徐京植(ソギョンシク)さんにもその表現を使わせて頂ければ、スルーと言うか、と言う今の若い人達の言葉がありますけれどもスルーした方がいい所はした方が無難であるとそんな訳ですね、それをしないと、それを凝視したりこだわったりすると言うことはヤバイよと、と言うことな訳です。僕はそのヤバイよって言うことをですね(聞き取れず)とした話しじゃないんでどうしても衝動を抑えることができない。まあ年取ったらですね、僕はもうほんと老い先長くもないんでもうちょっと枯れてこう言う事「まあいいや」って格好で忘れてもっときれいな話しってんですかね、最近僕はあのー友達の息子に天体望遠鏡を贈ったんですよね、なぜそう言う事をしたか分からなくてですね。さっきのこれも長く話してたんですけれども、なぜ自分がこう言う事をしたのか(聞き取れず)できないかも知れないですけれども、ん〜、どうしてもちょっと決着とまでは行かなくても、決着をつけようとするくらいの気持はこの「1★9★3★7」を書く自分の中での不分明なと言いますかハッキリしない動機になっている訳です。それは、さっきも言いましたけれども、「割に合わないこと」をやるという、それから、それがきれいないわゆるこの市民運動とか、左翼運動で決まってる、あるいは右翼運動がやるようなスローガン的にまとめられる様なことではない。もっと微細な所に入って行くと。て言う形でやれないだろうかと。と言う風に自分は思ってる訳です。

27分32秒〜、
で世直しの為でも何でもないんです。もっと言えばハッキリ言って自分の中でのちょっとした、死ぬ前のちょっとした総括をしてみたいなって程度な訳ですね。で、この「割に合わない仕事」とか、と言うことを最初に言った人は僕ではなくて坪井秀人って言う名古屋大学の今でも先生やっておられるどうか知らないですけれども、『声の祝祭』と言う本を書いた坪井秀人と言う優れた学者でありまして、それは何を書いたかって言うと戦時下の詩人達のどんな詩を書いたのかと、と言うことを非常に丁寧に分厚い何千円てくらいって本なんですけれども、労作です。これを書いた訳ですね。でこの国は例えば小さなひねくれ者って言いますか、(聞き取れず)戦時下に実は一般的には反戦詩人だとかですね反骨の詩人とか言われた金子光晴なんかも実は戦争賛美の詩を書いてたじゃないかと、て言う風ないわば卓袱台返しって言うんですか、卓袱台返しって言うかいわばことをやるっていうのは「割に合わない」仕事と、と言う風に坪井さんはお書きになった訳ですね。で、この「割に合わない」って言うのは、戦時中に実は戦争を賛美したじゃないかと、て言うのを根掘り葉掘りほじくり返してやる事よりももっと割に合わない事がある。それは何でしょうか。こう言う本を書くことですね。

29分56秒〜、
つまり大元帥陛下およびその近辺に関わることを殊更に取り上げて書く、と言うことは凡そ割りにあった例しがないよと。と言う事な訳で、それは連綿と続いて現代に到っている。で現代は益々そうではないかと言うような僕の考え方な訳です。で、割に合うか割に合わないかどころか、要するに危険な訳です。この危険というのはかなり生理的にもあることで、我々もの書く、これは読者である(SOBA:ここは辺見さんが前に開いてる綴じた原稿をちょっと見ている所ですね。今回辺見さんから3・4m、狭い会場の4列目の席だったのでよく見えました。辺見さんの頭には原稿の内容がしっかり入ってるのでしょう、時間との兼ね合いもあり原稿は要所でちょっと確認する感じ、それも2・3回。講演参加者の定員は100名と少数なるも辺見さんの講演は毎回気合が入ってるなと感じました)、日本と言うものの精神て言うのでしょうか、こう言うものに関わることの精神の根っこの所に深く関わるのがコツだと思うんです。例えば僕の好きな作家で深沢七郎さんと言う方がいて、この人が『風流夢譚』と言う短編をお書きになった事がある。でなかなかこう、僕なんかには書けない小説の領域と言うか、訳なんですね。で先程言った日本独特の装置と思った、日本独特の精神の根っこみたいなものとしての大元帥陛下とその奥様にまつろわれるたましいな訳で、これもこの『風流夢譚』て言うものを、『風流夢譚』って言うのは風流だって言うのと、夢と言う事ですね、譚は物語りって言う例の譚ですね。『風流夢譚』を書いたために事実上深沢七郎は筆を折らざるを得ないくらいの目にあっている。で関係者である出版社の社長さんの家のお手伝いさんが右翼少年に殺されてしまうと。と言う風な事が起きてしまう。これも、この事をですね「いや、言論の自由があるじゃないか」と言うロジックで済ますことが出来たかどうか。実は出来なかったんですね。出来ないままに2016年て言うのを迎えている。

SOBA:↑現在購入できる『風流夢譚』はKindle版だけ。但し『風流夢譚』は短編なので大分前からネットでは出回ってます(その1その2)。

33分19秒〜、
で、言論の幅って言うのが、よく…。前は通信社の記者を四半世紀以上やってましたけれども、やっぱり日本て言うのは独特で言論の自由度、自由さって言うのがどの位かって言うと実は世界でも76位だか72位だかって言うのを忘れましたけれども、僕はもっとそれ以下なんじゃないかと思ってます。つまり80とか90台くらいじゃないかなと思ってます。ただ面白いのはですね、言論の自由はあるんだと、あるんだけどないんだよ、と言う意味合いでの言論の不自由と言う事な訳です。建前としてはある。しかし、内面の正義として我々の内側に持っているものとして『風流夢譚』のような、例えば皇族を処刑するようなそう言うシーンを盛り込む小説が書けるかどうか。この問題なんですね。これについてはですね実は比較的進歩的な新聞とされる朝日でさえもこの小説については人道に反すると言う、新聞てのは何とも不思議な装置だなあと言う風に思うんですけれども、一番進歩的って言われるんですけれども実はあの新聞随分皇族が好きなんですねえ。よく皇室特集ってのを記事で載っていて、僕なんかも愛子様とか大好きなもんですから最近とら猫飼ってるらしいとかそう言うのを見ると「ああ可愛いな」と思ったり、あと思うのは「可哀相だなあ」といつも思うんですね。愛子様とか、雅子様とかですね、ああ言う人達を人間的に可哀相だなと、もっとほっといてあげることが出来ないのかと思ってしまうのですね。そう言う事と、実は僕は格闘してきました。で、これはなかなか書けない。左翼的に言うと十把一絡げにしてですね、物語に(聞き取れず)と言う風になってしまう。でも、これ武田泰淳の言葉ですけれども「無生物化って言うのは良くないよ」と。つまり、彼らだって生き物じゃないかと。と言うのが武田泰淳の言葉。で皆さんご存じの通り日本には不敬罪って言うのが昔あった訳です。不敬って言うのは敬わずって言う風な訳ですけれども、つまりあの辺りに住む方達には敬わなきゃいかんと。つまり、彼らの写真が載った新聞で弁当包んだり、鼻かんだりしちゃいかんよと。平たく言うとそうですね。中国では昔、不敬罪のような法律じゃないんですけれど、毛沢東の写真の載った新聞、人民日報でですね軍手を包んだだけで死刑になった人が何人もいる訳ですね。そう言う人間の社会、共同体って言うものが持つ、何て言うんでしょう、恨みと言うんでしょうか生理って言うのはですね極めて度し難いものがあってですね徐京植(ソギョンシク)さんも解説で書いておられますけれども、これも不思議なんですけれども例えばヘイトスピーチってありますよね、で何でヘイトスピーチって言うかこれが分かんないですね、どうして日本語で命名出来ないのかなと思う訳です。

37分58秒〜、
このヘイトスピーチってものが、僕は突然の現象ではないと言う風に思っている人間なんですね。何か深く根ざしたものがあるんじゃないかと、それをなぜ解明しようとしないのかってのは、これはまた非常に不思議なことな訳です。でそれに関わることも、例えば桃太郎伝説みたいなこと、あるいは桃太郎主義と言ういわばイデオロギーですね大げさに言えば、そう言うものが実は明治以来日本では存在したと。と言う事もここにいる皆様方はご存じだと思いますけれども「イクミナ1★9★3★7」には書いてある訳です。で風流夢譚の話しにちょっと戻るとこの事件てのは確か60年(1960年)ですか、事件が起こったのは61年ですから60年安保の翌年の事ですけれども、で殺傷事件が起きて以来ザックリ言って、こんな簡単に言っていいのかって言うと(聞き取れず)、日本の言論て言うのは一気に収縮、縮んでしまったと言う風に言われている訳です。特に天皇および皇族に関する言説をみだりに好き勝手に言うって所に内面的なブレーキがかかってしまった。ここです。

39分41秒〜、
さっきも車ん中で話してきたんですけれども、ドナルド・キーンとかですね、日本ファンの文学者ってのは非常に多いです。映画監督も多いです。でも分かられてない所って言うのはあったんです。ここですね、この天皇および天皇制にまつらう我々の生理ってものの機微、ここについては、その事と徐京植(ソギョンシク)さんは(聞き取れず)お書きになってる、訳ですけれども。この事と在日朝鮮人に対するいわば言いようがないから言いますけれどもヘイトスピーチと言うような事ですね。今迫害差別だけではない、もっと深いものが僕はあると思いますけれども、がですね無関係ではない関係があると言うことな訳です。でこれについては、この本の中でも書きましたけれども、これはこれをいわば外的な対象として、外的なサブジェクトとしてテーマとして取り入れたわけじゃない。そんなの出来るんだよ。こう言う事やってっても、変な下品な言い方をすると、やっぱりやるんだったらやられる覚悟がないと、どうしても僕はそう言う古い考え方を年のせいか持ってしまうんですけれども、要するに割が合わないことをやるって言うのは一定の覚悟がないと、何処から何が飛んでくるか分からないって言うのがですね「本当は皆さんどうだ」と言う風に思って欲しいなと思うことが僕はある訳です。例えば朝日新聞の関西の方の支局の記者が殺されたりしている。その手がかりは尻尾のしの字もつかんでない。大新聞社がですよ、寄ってたかってやってもですね尻尾のしの字もつかんでない。「これは何ですか」と言う風に実は僕は本音では思っている訳です。つまり何か生理的なウナギのようにのたのたしたものがこの国には戦前・戦中から戦後・現在に至るまで引きずってる何かがあるんじゃないかと言う風に思っている訳です。

42分36秒〜、
(しばらく無言のあと)ピッチを上げないと、これ全部話せない。来月って言いますか、来年ですね1月の30日に変更・延期になった講演会をこんな所で言っていいか分からないんですけれども紀伊国屋でやる事になってまして、今日話しきれなかった所はそこで話ししますんで、ちょっと尻切れトンボになるかも知れませんけれども、そこはどうかご容赦頂きたいと思います。

で朝日はその天声人語と言う欄があって、そこで「人道に反する」と、「風流夢譚は夢物語だから許されるって言うもんじゃないじゃないか」と言う風に書く訳ですね。ここにおいて、言論機関が、かなりメジャーな言論機関、しかも進歩的とされている言論機関が実は言論弾圧の方に回ってしまっている。と言う事が僕は言えると言う風に思ってるんです。で勿論この風流夢譚、およびこの事件について…、でもですよ今よりまだ良かったんですね。あの頃この風流夢譚の小説を絶賛した人がいる訳です。それは誰かと言うと武田泰淳です。この本の「イクミナ1★9★3★7」にも出てきます。ぜひ、恐らく僕は日本の作家の中で武田泰淳一番買えるって思ってるわけで、かなりな影響を受けているって言いますか、どうしようもなく受け入れざるを得ない存在として武田泰淳はいる訳ですね。ヒョッとすると堀田さんよりもですね…、堀田さんと武田泰淳さんは全く違う人なわけで比較するのもおかしいって言いますけれども、堀田さんは自他共に認めるいわば共和制主義者って言いますかリパブリカンであって、リパブリカンて言うのはどう言う意味かって言うと天皇制じゃないって言う事です。これそれぞれ非常に(聞き取れず)何て言いますか自己証明なんですけれども、武田泰淳はこの風流夢譚を…、武田泰淳て言うのは非常にセンシティブって言うか神経の細やかな人ですね。でこの人が「痛快」と言った訳ですね。「痛快」、「痛快」って痛い快いって言う、絶賛する訳です。で象徴天皇制を非人間的だと言う風に言う訳ですね。天皇を無生物視してる、「生物じゃない」と言っている悪逆の徒は深澤氏ではなく深澤氏を攻撃する人間達の方だと言う風に言った訳です。

SOBA:上記「風流夢譚」について書いている、1960年(昭和35年)12月1日 朝日新聞 天声人語の画像とテキスト起こしを採録

46分15秒〜、
これは今あり得るでしょうか。僕はないと思うんですよ。でこう言うコラムを書いたら載せる新聞があるでしょうか、なかなか厳しいんじゃないかと思ってるんですね。つまり、こう言う事を言うのもなんですけれども、本の宣伝にもなるかも知れないんですけれども、1937年て言うとんでもない年があった訳ですけれども、来年2017年で80周年になる訳ですが、誰もそんな事を言わないし恐らく来年になってもそんな事を特集する人間は誰もいないんじゃないでしょうか。日本で今戦争って、日本は戦争をしたらしいけれども、何時からかって言うとですね太平洋戦争のことをさす人が非常に多いですね。でミディアムメディアも日本は実は35年に本格的な戦争をやってたと。何十万もの兵隊を大挙中国に送り込んでかなり乱暴なことを、かなりどころか筆舌に尽くしがたい乱暴なことをやってた。と言うことはですね、ここなんですけれども、内地と言われた日本国内でも知られていなかったし無いとされてきたと。で今の為政者達もこの「イクミナ1★9★3★7」って言う時代についてはふれようとしません。これはなぜかって言うことも僕に「イクミナ1★9★3★7」を書かせた原因の要因の一つになっていると言う風に思うんです。それから、僕の好きな作家で桐山襲(かさね)って言う作家がいて『パルチザン伝説』って言う小説で、これは僕は本当に好きなドキドキしながら読んだ記憶があるんです。で82年に書いた小説です。これもハッキリ言って僕は買うって言いますか、いいなあって言う風に思っちゃうんですね、この(48分52秒〜57秒まで聞き取れず)けれども、所がこれを出しちゃった、雑誌で出しちゃったある出版社に右翼が押しかけてきて単行本にするなと、謝罪しろと、と言う風になってきた、で『パルチザン伝説』には何が書いてあるかというと大元帥陛下に対する、まハッキリ言ってテロについてそれが書いてある。でこれは現実になかった事でもない。その事を書いて、僕は作品性としても非常に高い立派なもんだと言う風に思ってる訳です。ところがこれも(聞き取れず)で版元というかこの小説を出した文芸誌に載ってる出版社も右翼の言い分を飲んじゃう、った訳ですね。単行本にしなかった訳です。

50分18秒〜、
これもさっき言った割に合わない事をやったからこうなると言う訳ですね。でここがちょっとなかなか面白い所で、あまり言うとただでさえ僕は右にも左にも嫌われている人間ですから、右にも左にも真ん中にも嫌われて、犬にも最近嫌われているんじゃないかなと思っていて、疑わしい目つきをして僕を見たりするんですけれども、で聞かなかったことにして聞いて欲しいんですけれども、こう言う事を菊タブーって言います。菊のタブーですね。で菊のタブーってのは無くなったかって言うと、これはとんでもない話しで菊のタブーってのはもうねじれちゃった訳ですね。敢えてこの菊のタブーって言う風に言わなくてもですね、もうみんなもうそれ持ってしまってて、我々と言うネイティブはですね菊のタブーを持ってきてる訳です。でその、この解説をよせてくれた徐京植(ソギョンシク)さんはそんな事よりも(聞き取れず)書いてないけれども在日コリアンとして政治的にプリミティブだと言う風な相手だってものを、分かりますよね、分かりますよ。僕なんかもっと単純でちょっと馬鹿な所ありますから、僕だったらもう孫子の代まで恨んでやるって言うくらいの事を思ってるんですけれども、問題はですねこの例えば『パルチザン伝説』みたいなものに対して、今度はいわゆる左翼と言う所謂人達はどう言う対応を取ったかっていう。で、ちなみにさっき言った風流滑稽譚では左欲って言うのは欲望の欲って書いてあるんですね。左の欲って風に書いてあって笑っちゃうんですけれども。共産党が機関紙でですねこの桐山さんをですね『パルチザン伝説』を書いたこの作品を書いた桐山さんを「権力に泳がされた存在である“ニセ左翼暴力集団” 」と言う風に言う訳ですね。ここにやっぱり日本の文化って言うものの薄っぺらさって言うんでしょうか、僕はむしろ脆弱性だって言う風に思ってるんですけれども、このような、と同時に日本が持ってる象徴天皇制と言うもののもの凄さって言うんでしょうか、すべてを飲み込んでしまう、結局どの様な人間達もここでみんな止まってしまう。ここで罠にはまったように、穴ぼこに落ちたみたいに、しゃべるのをやめてしまう。で最後はさっき言ったようにこう言う事に一切関わりない事を書いて、で年取ったら適当に(聞き取れず)紫綬褒章をもらって、はいめでたしめでたしと。と言う風になるのはこの国の通常のって言いますか、誰も疑いもしない名誉であり平穏な生き方なのではないかと言う風に思います。かなりですね、この菊タブーって言うのは日本の左翼社会、あるいは市民社会の中でも実は温存されてきたどころか、熟成されてきたと言う風に私は言えると思ってるんです。

54分32秒〜、
(聞き取れず)時間ですね、やっとこれから2章に入る所ですけれども。なぜじゃあ、「イクミナ1★9★3★7」を僕は書いたか、について少し、これはまず自分の出自ですね、自分の出身、出自をハッキリしたいと言う事があった訳です。もちろん生物学的な出自ってのは僕はハッキリしている。父親と母親から生まれてきた。ただ精神的な思想的な出自が何処にあるのかって言うことは不明確なんですね。父親はさっき言った山下清と同じ年に生まれて1922年に生まれて世紀末の1999年に癌で亡くなっている訳です。でこの自分の出自というものをハッキリさせたいと。父親は中国に兵士としてしかも南京に近い華中にいた訳です。で私は1944年生まれですから、彼が中国にいる間に僕は生まれている。その事について僕は自分の出自を自分でほじくってみようって言う意欲が実は無かった。ほじくると色んなものがボコボコ出て来ちゃうなって直感があったからでしょう、自分で抑制してきた訳です。それを今回不充分ながらやってみようって思った訳ですので、父親を冒涜するような格好になって自分で書きながら、それから自分もこう言うテーマでやってみてこたえる(堪える)と言うのか妙な受傷って言うんですかね傷を受けると言う風な感じをする訳です。それからなぜ「イクミナ1★9★3★7」を書いたかの二番目ですけれども、実時間と言うことに僕は若い頃から興味があって、実時間と言うのはリアルタイムと言うことです。今と言うことです。後知恵じゃなくて今生きるって事はどう言う事なんだと。と言う事を書いてみたくなった。つまり父親は勿論、30年代40年代の戦争に深く関わってこれたのは父親だけじゃなく多くの人間が関わった訳ですけれども、実時間にあっては、例えば現在この2016年の12月5日、と言う現在にあったら、人と言う一般化された人ではなく自分は何をどういう風に判断し予感しどういう風に振る舞うことが出来たかと言う事な訳です。今日皆さんにうけようと思って僕なりのトランプ論、トランプという夢のような下品な方が出てきた訳ですけれども、この事についてかなり僕は触れようとしたんですけれども、そこまで行くかどうか分からないんで急ぎますけれども、例えばトランプのようなことをどの様に感じるかと言う事ですね。それも誰かの書いたものを読んで後知恵のように言うんじゃなくて、一己の人間として、日常生活を送る人間として2016年の現代と言うのをトランプが出てきてる、それから極右政権が擡頭してきてる現在をどういうように捉えるか。

59分12秒〜、
有名なトランプはひどい奴だと、とんでもない事を言ってるって言う風に、「あれっ、どうかな」と僕は思うんですね。トランプよりひどいけど、ここもひどくないかいって言う風に僕は思う訳ですね。トランプって言う現象って言うのはですね、いったい何なのかって言うことを予感し、それからどういう風にじゃあどういう振る舞いますかって事ですね。それをひとごとのように他者の別の空間の突然の悪夢のように語るって言うのは知的にはどうかなって言う風に僕は思ってる訳です。ですから「イクミナ1★9★3★7」を書いた二番目の理由ってのはこのリアルタイム実時間とは何かって言う風な考えです。

1時間8秒〜、
それから三つ目は、日本ですね日本とは何かと言う事を私は考えた訳です。日本は他の時空間ですね、例えば中国・朝鮮半島・沖縄・アメリカと同じか、誰もが、僕は色んな人に聞きます「日本てのはどうですか」と。欧州に長くいた人達に必ず僕は必ず聞くことがあります。「どうですか」って、やっぱり違う。極めて特殊な国だって言う風に言います。で私自身が自分の中に、自分の中の日本と言うものにたえず気にしてる訳です。で時に嫌悪している。憎悪、憎悪です。それから、曖昧にしている。一番多いのは曖昧にしている。自分の中の日本と言うものを曖昧にしていると言うのが多いですね。曖昧にして自分の中の日本と言うものを誤魔化している、と言うのが現在の私ではないかと思います。でこの三番目の動機に関連してですね、考えてることがあるんです。国体と言う事です。国体、国体というのは国民体育大会ではなくてですね、国のからだと書く、これ旧字で書くと(國體)凄みが出てきていかにもそういう感じがする訳ですけれども。国体と言うのは何かと、ずーっと何十年僕は考え続けてきた事な訳です。国体論というものをちゃんとやれた人って僕は日本でいないと思う。これも実は割に合わない仕事な訳です。と言うのは、なぜか、多少「イクミナ1★9★3★7」を読むとそのヒントのヒントぐらいは出てくるかも知れない。僕も筆力が無くなかなか書けない。ビビッてって言うよりもなかなか書けないでいる訳です。ただあまりにも簡単に言っちゃうとダメなんですけれども、国体ってのは「national polity 」って言う風に英語では言っている。「polity 」って言うのは政治組織、組織な訳です。国体、日本の言う言ってきた国体って言うものと、またニュアンスが違ってしまう。政治組織の意味じゃあない訳です。

1時間3分1秒〜、
で元、この元大、元って言うか亡くなった大元帥陛下をですね、倫理的にも精神的にも政治的にも中心とする国のあり方と言うものを国体って言う訳ですね。もう無くなったかと言うと、この国体という我々の曖昧模糊とした概念というものが2016年現在にいたって完全に消えてくれたか?とんでもないって言う風に僕は思っているんです。例えばですね、もう肝がよじれるような言語感覚だなあと思うんですけれども、昨今生前退位の退位のですね、「お気持ちの滲むお言葉」っていうやつがあってですね、生前退位のお気持ちの滲むお気持ちとかご意向とかですね、「お言葉」と言うことをですね、どう言う心持ちで記者がですね、報道の自由度世界72位かなんかの記者がですねどう言う気持で書いているか僕には分からない。ただこの生前退位のお気持ちの滲むお言葉という表現自体がこの国の精神性、あるいは生理的精神性って言いましょうか、に深く根ざしているってことは断言出来るんではないかと言う風に思ってます。この事と先程申し上げた赤旗の言語感覚はですね決して矛盾しないと言う風に私は思っている訳です。つまり、かなり多くの者が殆どの者が日本の生理的精神性と言うものを実は支えてしまっていると言う事なんですね。でこう支えないって言うことは割が合わない、危険であると、と言う風に我々はやんわりと教えてもらっている、って言う事が言えると思うんです。もっとぶっちゃけて言いますと、この「イクミナ1★9★3★7」の様な事をひょっとしたらまあレンジャーって言いますかリスキーと言いますか、場合によったらやられてしまう。勿論これは不敬罪がある時代だったら(聞き取れず)逮捕される訳ですけれども、非常に勇気のある編集者がいてこれをもう非常に熱心に(聞き取れず)三冊これを出してる訳ですけれども、文庫の方はですね非常に一生懸命やってくれて、本当に頭が上がらないくらい一生懸命やってくれて、あと友人のですね資料を集めてくれてみんな特に若い人達ですから、これに関心を持つって言う事の割りの合わなさと言う事を知ってる訳です。ある程度ですね。(聞き取れず)分かんないですよ。でさっき言った国体の話しに戻りますけれども、昔総理大臣で、この国には素晴らしい総理大臣がいっぱいいて、昔しんきろうって言われた森喜朗って言うんですか総理大臣がいて、あんまり人気がなかったんですけれども、その人が日本と言う国の概念規定をやってくれた訳ですね。ありがたくも。それはこう言う事を言った訳です。「天皇を中心とする神の国だ」と。こう言う風に言ってくれた訳です。これにある程度新聞は反発する訳ですね。それはちょっと違うんじゃないかと。主権在民だから違うんじゃないですかって言う風に言うんだけれども、言った訳ですけれども、この森さんて言うですね総理大臣は撤回せず、未だに撤回してない。したがって公的な事実は全部そこにあってですね、自国の概念を「天皇を中心とする神の国」と言うのは放棄したようには…、今も存続してるって言うこと、だと言えると思うんですね。それは僕は書きましたけれども、「イクミナ1★9★3★7」の中で書きましたけれども、昔の特攻教育、人を(聞き取れず)させたような特攻教育に対して、天皇は表彰してると、と言う事も実は撤回されていない。戦前戦中の時間と現在の時間というのが混在するようにつながっている国ってのは実は旧枢軸国では日本だけだって言う風に僕は言えると思うんです。今は確かに極右勢力がどこでも蔓延っていてイタリアももう大変な状態になっていると。歴史って言うのは実に不思議なもので、怪しげな世界同時性って言うものを持つって言う事はあるべく(聞き取れず)見方さえ(聞き取れず)思うんです。1960年代って言うものも妙な世界的な同時性ってのがありました。で、もっと意識しなければいけないのは、現在の世界同時性ってのは何か、と言う事です。

1時間9分19秒〜、
ここについては、どうやれば分かるか、これはハッキリ言って物書き書くものをですね、巧拙別にして、あるいは浅い深いは別にしてこれより予感し表現しないものでは物書きでもジャーナリストでもない、と言う風に私は思います。つまり、実は僕は昔からNHKの人なんかに言われたんですけれども、憎まれっ子世に憚るとかですね、あるいは辺見じゃなくて(へんけん)偏見だとか言われて、つまり物事を非常にペシミスティックにとらえ過ぎると言う風に言われたりする訳です。それから何て言うんでしたっけ、狼少年、少年じゃなくて、狼、今言うんだったら狼じいさんと言う風に言われる訳ですけれども、僕は内心冗談じゃないて思ってる訳ですね。実は現在って言う現象をですね、は、僕は予想したよりも遥かに行っちゃってるって言う風に実は思ってる訳です。歴史をどうやって証明するかってのは中々難しいことですけれども、1937年だってそうだった訳ですね。1937年だって本末尾開ければ分かると思いますけれども、平穏な自由があった訳です。なにもみんな優しい気持ちでですね、いた日常ってのがあってですね、あった訳ですね。1937年は今よりも元気だったです。あらゆる資料から見てですね。で、この会場でですね、勿論僕の話なんかを聞きに来て下さる方々ですから、そう言う人はいないと思いますけれども、これから日本はどんどん良くなるよと思っている人は一人も恐らくいないんじゃないかと思うんです。これは(聞き取れず)そうなんですね、と私は思ってるんです。僕は1944年生まれですから、ほとんど戦後を全面的に戦後世界に浸って生きてきた人間ですけれども、これほど希望のない、絶無・皆無の時代ってのは初めてではないかと言う風に僕は120%断言して言いたいと思うんです。それをどうしようかと、実時間の中でどうしようかと言う風に、どうやったら生きる事が出来るんだと言う風に私は思うんです。で、「イクミナ1★9★3★7」の中では堀田善衛という作家の『時間』と言うものを、物語を紐解いていく縦軸のような形でですね使う、何度も何度も引用してる訳ですね。この堀田善衛が私昨日も見たんですけれども、堀田さんて言うのはあらゆるものから見ると自分をリパブリカンて言ったり、ちょっと日本の作家とは日本の精神風土とはちょっと違った陽性な所がある、陽気な所があってですね、あまり過激な事は仰らない方な訳ですけれども、ただ僕はちょっと昨日読んでビックリしたのはですね、55年ですから『時間』を書いた頃ですけれども彼が1945年の8月15日玉音放送を聞いた時の印象を書いた短編がある訳ですね、『曇り日』って言う55年の小説ですけれども、それを読んでいて私ちょっとビックリしちゃった訳ですね。なぜなのか、彼をここまで言わしめたのは何なんだと言う風に思うんです。彼はあの大元帥陛下についてここまで言及するという事は割合少ないんです。だったんですけれども彼は1945年の終戦の詔勅と言われている、いわゆる言葉ですけれども、それを彼は上海で聞く訳ですね、雑音だらけの放送を聞いて、勅旨部の(辺見さんの発音が“チョクブノ 勅事部の”と聞こえるが、“チョクブノ 勅旨部の”では)聞いた時の怒りって言うものを言ってる訳です。何を、つまり敗北を認めてる訳ではない。それから他国の皆さんに大変なご迷惑をおかけしたと言ってる訳ではない。何なんだこれはって言う風な。で、堀田善衛の言葉というのは彼が『曇り日』で書いてあるのは、この大元帥陛下について何だか図々しいと、図々しいと、それから盗っ人猛々しいと、と言ってる。それからここらもちょっと唖然としたんですけれども、唖然としてというか、おおっと言う風に思ったのは、何と言う野郎だとおまえは、何と言う野郎なんだおまえはと、と言う風に堀田善衛が書いていたという事実な訳です。で、この『曇り日』って言うのはやっぱり堀田善衛の『時間』と共にですねやはり戦後文学を象徴するものではなかった。つまり、徐京植(ソギョンシク)さんの言葉で言えば、スルーされちゃったと、と言う訳です。※

※SOBA:僕も20代の頃に購入し所蔵してますが、『曇り日』は筑摩書房の『堀田善衛全集』第三巻に所収されている23頁の短編です。第三巻には一番最初に『時間』も所収されてます。

1時間15分50秒〜、
非常にこのスルーすると言うのはですね、巧みである、システマティックである、無意識である、と言う意味で、もしこの国がですね現在ファシズムであるとしたらですねやっぱり違う、イタリア・ドイツ型のファシズムとは違う新しい非常に微妙な政治的なファシズムであると言う事を考えたいって言うかあらためて考えてみたいと言う風に私は思っている訳です。あともう一点です。あと三点ですね。

1時間16分27分〜、
これじゃあどうしようもないって思うんですけれども、言いたい事は山ほどあるんですけれども、で……………。ちょっと途中端折ってですね、僕は言いたい事を一つ言いたいと思うんですけれども、この前カストロが亡くなりました。カストロが死んだって別に時代が変わる訳じゃない、もう過去の人であった訳ですけれども、そのカストロとも個人的なつき合いがあったフランスにレジス・ドゥブレ(Régis Debray, 1940年9月2日 - )って言うかつて中国にえらい嫌われてですね、哲学者・思想家がいる訳ですね。で、今のトランプ現象って言うのをみんな知っては言ってきたみたいなんですが、これからあんな野蛮な人間が出てきてえらい事になる、たって言うけれども、ドゥブレはですね、ドゥブレはもう1995年くらいから予感していてそう書いていた。しゃべっていたって言う事実な訳です。で、彼はもっと世界史的なって言うんですか、て言うのは予感というものを書いたりしている訳で、三つの事がいま終わりつつあるなと、て言う風に1995年の時点で言ってる訳です。それは第一に何かって言うと15世紀に始まった活字文化が終わろうとしていると言う風に言ってる訳です。終わろうとしている、活字文化がですね。もう時間が無いですから、論証って言うか説明はしませんけれども、それから第二番目に、これ大事ですけれども1789年、フランス革命ですね、フランス革命に始まった歴史って言うものが終わろうとしていると、これはどう言う意味かって言うと自由・平等・博愛、ないしは立憲政治とか人権宣言と言った近代の理念ですねこれが終わろうとしていると、と言う風に1995年にハッキリと言ってる訳です。でレジス・ドゥブレはすごくそれでその当時のマルクス主義者達から叩かれる訳ですね。それから三つ目に彼が終わろうとしていると、と言う風に言ったのは1917年に始まった革命的社会主義の歴史、つまり世界を人間の意思の力で変えようとしてきたその運動って言うものも終わると、と言う風に1995年に言ってる訳です。見事なまでに悲観的な、言ってみりゃこれを具体的に言うとハチャメチャになりますよと言う風に言ってる訳です。どう(聞き取れず)彼は随分難しい表現をする人で、「メディオロジー」って言うメディア本で難しい本を何冊も(聞き取れず)ですけれども、小説も書く人なんですけれども、もうこの日本は終焉、日本終わりというのは今あるもの、今始まってる、ないしは完結したと言う風に思ってる訳です。

1時間20分5秒〜、
活字文化、それからフランス革命以降の理念、それからロシア革命以降の理念・運動、人間の弱さって言うものを世界と言うものを人間の意思の力で変えようとした運動と言うのは終わると言う風な事なんです。で、終わったものはまだ分かると、でも始まるものは分からないと言う風に彼は言ってる訳です。単純ですけれども、無くなるものは分かる、しかし、これから起きる事については分からないと言う風に率直に言ってる訳です。でも言ってるんですね、少しは、例えば経済がグローバル化するほどですね、政治は細分化するとかですね、それからテクノロジーが近代化すればするほど原始的な心性、心ですね、と言うものが掻き立てられるんだと。と言う風なこと。それから歴史的な危機が到来するたびに民族的なアイデンティティーが階級的なアイデンティティーよりも遥かにそれを凌駕して擡頭してくるだろうと。ピッタリなんですね、世界は統合化されればされるほど細分化すると言う風なパラドックスも当たってる訳ですね。多分欧州ではですね私もボツニアとか行ってますけれども、もっとこの島国よりも敏感に感じられるかも知れないですけれども、ただ僕はレジス・ドゥブレの予感て言うのはですね正しかったし、現在展開されている、我々の眼前で展開されている風景ってのは正にそれではないかと言う風に思っているんです。で、こう言う知性って言うものを大事にしたいと言うとですねもう時間が過ぎちゃってますけれども、このお話しの結論としてはですね、つまらないですけれども、もう一個だけ言わせて欲しいのですけれども、非常に大事な事を言うとね、ある人間が言ってたです。それは僕が9・11のテロの翌年にですね(聞き取れず)に会いにいったノーム・チョムスキーな訳ですけれども、彼は現在の状態を、これはアメリカの大統領選の前に言ってる訳なんですけれども、トランプの擡頭しているアメリカの現状についてですね彼はこう言う事を言ってる訳です。実は1930年代と比較した訳ですね。で、こう言う風に言ってます。客観的に見て貧困と困窮は今より遥かに酷いもんだったと。これ30年代ですね。30年代って言うのは、30年代の後期に大恐慌が、あっ失礼20年代の後期に世界大恐慌が始まって、多分また来るんだと思いますけれども、で、30年代の前半まで30年代が続く訳ですね。で、色んな人間達が魑魅魍魎の上に跋扈して来る、訳の分からない、右とか左とか分からない、社会主義と名のるけれども実はナチズムだったりすると、そう言ういわばある意味で元気でもあった訳ですけれども、そう言うとんでもない時代なんですけれども、チョムスキーってあまり派手な事を言わない人でですね、僕もインタビューしましたけれども何と言うか、ちょっとムッとするぐらいですね、何かズバッと言うだけの人なんですけれども、客観的に見て貧困と困窮はいまよりも遥かにひどいもんだったと、30年代について、彼今88歳のおじいさんですから、ある程度30年代の感触がある訳ですね。アメリカの30年代ってのは今よりか余程貧しい。だけどもですね、貧しい労働者とか失業者にはですね今はない希望があったと、と言う風に言う訳ですね。ここのですね、ここのニュアンスを今はないと言う風に思ってるんです。さっき活字文化が終わったって言う事についての僕言ってるんですけど、ここは僕の解釈ですけれども、実は我々が用いてるこの日本語喋ってるこの言葉って言うものが実は伝達不能のものになりつつあると。と言う風に実は僕は思っている訳なんですね。こう言う事を喋るには最後にあと3時間くらい必要だと思うんですけれども、ただチョムスキーはですね、私は30年代と現在をなぞらえたと言う事は極めてシリアスな重大な事だと言う風に私は思ってる訳です。(聞き取れず)の柄谷(行人)さんはですね、と言う人はですね歴史の反復性と言う事に対して「そんな事はない」と言う風な甘い見方をしているけど、私は違うと思う。私は歴史は反復しないと思う、同一には反復しないけれども、相似的にはですね相似的には反復するんだと言う風に“考えなければいけない”、でなければ知りようがないじゃないですか。我々にはどう言う知りようがあるんでしょう。ないと思うんですね。で、我々何を学べばいいか。未来をいきなりこうダイレクトにですねつかむ事は出来ない。イメージする事はできない訳です。何をしなければいけないかと言うと。誰を、に学ばなければいけないか。それはやっぱり僕は過去だと思うんです。でさっき言った武田泰淳が、こう言う面白い言い方をしてます。「過去がなければ存在はないのだ」と。良かれ悪しかれ過去って言うものと向き合わなきゃいけない、と言うことな訳ですね。で、何が終わって、何が立ち上がってきてるのか。これを過小評価してはいけない、と言う風に私は思っています。起きるのはこれから起きるであろう。で、その事について我々は毛穴を全部開いてあらゆる自分達の感覚器官を開いてあらゆる(聞き取れず)を開放してそれを一生懸命一刻も早くつかむ必要がある、って言うふうに思っています。

1時間27分12秒〜、
本当は、お話ししたい事の半分もお話しできませんでしたですけれども、さっきのレジス・ドゥブレ一言で言っておきます。彼はとんでもない事を予言もしてる訳ですね。これから来るのを分からないって言いながらもですね、今我々が立ち会ってるのはですね、国家の衰退に立ち会ってると、と言う風に彼は言う訳です。良くは分からないけれども、もう一つ大事なのはですね、これから来るのはですね、封建制の復活だと言う訳です。1995年の時点でですよ。第一の封建制というのはローマ帝国の崩壊と共に成立したと。で、第二の封建制は我々がずっと理念としてきた国民国家の瓦解と共に生まれてくるだろうと言う風に彼は言ってる訳です。で、これも私は作家的って言うか文学者的な直観として心開いてですね傾聴すべきイメージではないかと言う風に私は思っています。で、我々はやっぱり未来を知るためにはですね、堀田さんが書いてる訳ですけれども、面白い事、背中からですね過去に入っていくみたいな事を言っている訳ですね彼は。ギリシアでは現在ってのと未来と言うものは、現在と過去と言うのは前にあると言う風に考えた。で、未来はですね背後にあると、と言う風にオデッセイか何かで見つけた言葉らしいですね、堀田さんが書いている訳ですけれども、で堀田さんの(聞き取れず)その過去は未来をどういう風にして手探りでイメージするかと言うと、それは過去に向かって行く事だと、と言う風に堀田さんは書いておられる。そうだなと言う風に、実は私は思っています。過去の中に大変なヒントがですね反復はしないけれども、何て言うんでしょう、(キョウトウフと聞こえるが?)って言いますけれども(1時間29分52秒〜5秒ほど聞き取れず)けれどもたくさんある。そしてこれからそれを見る事になるんであろうと言う風に私は思っています。今日は本当に中途半端になりましたけれども、この続きは来月30日にですね、別の書店になりますけれども、生きてたらですね、皆様もそれまでお元気で、とんでもないことを考えるようにして生きていこうじゃないですか。じゃあこれで終わります。どうも有難うございました。※

※SOBA:開場は6時半でしたが、ブックセンターには6時ちょと前に到着。すでに並んでいる方がいて、4時半に並んだ女性もいたようです。また、福井や四国の高知から来た方(年配の女性と30代位の女性)もいて、ちょっとビックリ。

 講演終了時、辺見さんが座る演壇テーブルの前で角川書店のスタッフの方に落款を押して頂きました。直後、辺見さんに「新年の、来月の(講演会)また楽しみにしています」と声をかけると、辺見さんはさっと笑顔になり、麻痺していない方の左手を差し出してくださったので握手することができました。

 

関連・参考:今年の4月30日小田原講演会の時のツイート。

https://twitter.com/28SOBA/status/727427086978154496

  

テキスト起こしの中で、辺見さんが言ってるのは2004年3月14日、新潟講演中に倒れた時のこと。↓今年4月30日小田原講演会で頂いた資料中で、2004年の憲法記念日前に辺見さんが出るはずだった30回目の講演が中止になったお知らせが(36回目の憲法学習の所で)記録されてます(スクロールして見るなら)。私事片々(2014/03/14)でも10年前の3月14日に新潟でたおれた事を辺見さんは書いてます。
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資料集の画像
(↓クリックすると拡大、スクロールできます)
37回迄の会の憲法講演記録集(要旨)1、2、3の表紙

憲法講演記録集(要旨)1の目次 第1回〜12回

憲法講演記録集(要旨)2の目次 13回〜24回

憲法講演記録集(要旨)3の目次 25回〜37回

48回までの歩み(1〜7
48回までの歩み(8〜16
48回までの歩み(17〜25
48回までの歩み(26〜34
48回までの歩み(35〜42
48回までの歩み(43〜48

※この会の憲法学習が始まったのは1969年から。講演会を始めるようになり、第1回講演会が1974年。講演会がなかった年は1976年と2004年(辺見さん病気、30回目だったが30回は翌年に開催)と2011年(東日本大震災)、今回2016年急遽開催辺見庸小田原講演会は40回目でした。↓僕のツイート中「36回講演が中止の連絡」は30回講演の間違い。

 

https://twitter.com/28SOBA/status/727382257074196480

 

https://twitter.com/28SOBA/status/726419379638816768

  

 以下、辺見さんが講演中で言及していた、朝日新聞の天声人語(縮刷版から)。
(↓クリックすると拡大)スクロールして見るなら
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 ↑↓のテキスト起こし。

1960年(昭和35年)12月1日(木)
朝日新聞 天声人語

中央公論にのっている深沢七郎氏の小説「風流夢譚」が天皇、皇后、皇太子、美智子妃などの“処刑”を、夢に託して描いているのは、皇室に対する名誉棄損、人権侵害だとして、宮内庁では法律上の検討をしているという▼読んでみるとなるほどひどいものだ。皇太子殿下や美智子妃殿下とハッキリ名前をあげて、マサカリが振り下ろされたとか、首がスッテンコロコロと金属性の音をたててころがったとか、天皇陛下や皇后陛下の“首なし胴体”などと書いている▼過去の歴史上の人物なら、たとえ皇室であっても、それほど問題にはなるまい。が、現にいま生きている実在の人物を、実名のまま、処刑の対象として、首を打ち落とされる描写までするのは、まったく人道に反するものというほかない▼かりに深沢七郎氏自身が他の作家によってこのように書かれたらどうだろう。「ぼくは平気だよ」というかもしれない。それなら、いま日本に実在する首相や出版社長の実名をあげて、処刑の場面をこの作家は書けるだろうか。また雑誌社はその小説を掲載するだろうか▼天皇一家だからかまわないと考えてのことだろうか。国の象徴、またやがて象徴になる人、その夫妻は、普通の人間とはちがうから、人権を考慮する必要がない、と考えたのだろうか。とすれば非常識な話である。天皇ご夫妻や皇太子ご夫妻にも、人権の点では、どの人間ともちっとも変わらぬ人権がある▼中央公論編集部の話によると、これは天皇制否定や革命待望の小説ではなく、残酷を描いて残酷を否定する革命恐怖の文学だという。が、そんなことが問題なのではない。思想は自由だから、天皇制否定や革命待望を内容とする小説が一つや二つ出ても、驚くものはなかろう▼問題の中心点は人権である。天皇であろうが皇太子であろうが、有名人であろうが、無名の人であろうが、実在の人物をとらえてこんな風に書くのは、ヒューマニティに反する。小説だからよい、夢物語だから許されるというものではなかろう。楢山節考先生脱線の巻だった。※

※SOBA:↑現在、『風流夢譚』はKindle版で購入可能。但し『風流夢譚』は短編なので大分前からネットでは出回っていた(その1その2)。
「天声人語」と「風流夢譚」のキーワードで出てくる国会質疑の会議録はこちら。質疑している羽田武嗣郎衆院議員は元朝日新聞記者、元内閣総理大臣・羽田孜の父。

同じく読めなくなっている、大江健三郎さんの『政治少年死す (セブンティーン続編)』。1961年2月に「文学界」に掲載された作品で、浅沼稲次郎事件を、右翼の少年(山口二矢がモデル)の目を通して描いたもの(ネットでは読めます

 

 関連で、1961年(昭和36年)2月18日(土)毎日新聞、丸山真男さんの「右翼テロを増長させるもの」(縮刷版から)
スクロールして見るなら
19610218maruyamamasao


 ↑↓のテキスト起こし。なお、『丸山眞男集  第9巻 岩波書店』の最初に記事が所収されてますが、記事で「アクチブ」が所収の方では「アクチヴ」、記事で「ふん囲気」が所収では「雰囲気」とか、表記が違っている箇所は何カ所か所収の方に合わせ直しておきました。記事で「過日のテロ事件から」は所収の「問題のテロ事件から」にしました。「テーマの選択、とりあげる角度」の所は記事の方では「・」でしたが所収どおり「、」の読点。脇点で強調している所はブラウザで表示出来ないので太字。記事中でカッコ内読み仮名にしている所は所収の方でなくても記事そのままに残しました。

右翼テロを増長させるもの 丸山真男

 右翼テロをつけあがらせるものはたくさんある。が、結局のところ、テロ事件が起こる前の世間と、その後の世間とをくらべてみて、やっぱりテロをやっただけのことはあったと、顕在的、もしくは潜在的テロリストに感じさせるような、現象が多ければ多いだけ、彼らはつけあがるだろう。たとえあらゆるマス・コミが口をそろえてテロ行為を非難しようと、たとえ警察の右翼にたいする態度がどんなにいままでよりも「辛く」なろうと、社会的雰囲気としてタブーが拡大したならば、結局はテロがものをいったということになる。
 タブーが雰囲気として拡大したかどうかは必ずしも歴然とした出来事によっては判定できない。言論・表現の自由は相変わらず叫ばれているかもしれない。革新政党とか総評とか、何々会議といった組織は右翼テロの脅威にたいして活発な反応を示し続けるかもしれない。けれども精神的空気の微妙な変化が起こるのは、概していえば、まずそういった「アクチヴ」の間ではなくて「アクチヴ」から見ればいわゆる「浮動的」な一般言論界であり、またそれが起こる場所は街頭、集会やとくに政治的社会的問題を議する会合ではなくて、もっと日常的な職場なのである。新聞や雑誌の編集者、ラジオ・テレビの番組編成者、あるいはプロデューサーがある種のテーマをとりあげる時に、これまでよりも「身構え」るようになり、これまで気にとめなかった表現にも首をかしげるようになり、執筆者や出演者の選択に、これまでよりも「複雑」な考慮を払うようになり、書いたりしゃべったりする側も、これにいわば「感応」して自己検閲を強化するようになる。やれどこの家に怪電話がかかったそうだ、やれだれそれにも護衛がついたというようなうわさ話にしても、それを伝えたりきいたりするその場の空気としては、何もそれほど重大視しているわけではなくても、やはりあるイメージが意識下に澱(よど)んで、ひとびとの具体的なものの判断の方向に微妙に影響してゆかないとはいえないだろう。こうして言論・表現の自由を新たに制限する一片の法令なしに、見えない形でタブーは進行する。
 そうだとすれば、右翼テロをつけあがらせない根本のきめ手は、テロを否定すると一般的に宣言するだけではなく、私たちの生活するあらゆる場所とあらゆる機会において、こうしたタブーの進行を阻止し、社会的結果としてのテロの効力を減殺する以外にはない。つまりはっきりいえば、思想・言論の一般問題についてはもとより、テーマの選択、とりあげる角度といった具体的な点でもテロを契機とするいかなる態度変更もしないということを現実の上で示してゆくことである。何もそのためとくに勇ましい決議をするとか、ことさら右翼を挑発する行動をしようとかいっているのではない。
 さし当たっては、たとえばテロの取締りと言論の「自粛」とを天秤(びん)にかけるような考え方で、具体的問題を処理しないという心構えが必要であろう。
 言論・表現の自由はもちろん節度をもって行使さるべきものである。しかし節度は本来それぞれ個人が内面的良心にしたがって判定する問題であることもまた自明の理である。各自の良心に先だって、なんらかの権威あるいは勢力が節度の管理権をもつかのような考え方は近代社会の基本原則に真っ向から矛盾する。いわんや有形無形の社会的威嚇(かく)によって編集者や筆者に強要された「節度」ほど本来の節度から遠いものはない。
    ×      ×
 なぜこんな当然のことをいわなければならないのか。当然のことが当然として通用していないからである。そうではないだろうか。問題のテロ事件から今日までの経過を見るがよい。深沢氏は記者会見でみんな私が悪かったと涙をながし、中央公論の編集長はついに退社し、直接ねらわれた嶋中社長は事あらためて「殺傷事件まで惹(ひ)き起こし、世間をお騒がせした」ことを新聞広告と「中央公論」の巻頭でわびている片方において、当のテロ扇動勢力の側ではほとんど反省らしい反省を示していないどころか、さきにいったような精神的雰囲気の進行にいよいよ勢いづいていることは、彼らの機関紙や行動を見れば明白である。
 こうなると、一体だれがだれを殺傷したのか、どちらがどちらを強迫し、現実に「世間を騒」がせてきたのかわからなくなってくる。池田首相自ら暴力のなかでももっとも憎むべきものと認めているテロに直接責任ある側がいよいよ居丈高になり、直接その被害をこうむった、もしくはこうむりつつある側は恐縮に恐縮を重ねている。こんな奇妙な光景があるだろうか。しかもこの奇妙が奇妙と感じられずに、何かそれも仕方がないかのようなムードのなかで、中央公論社の今後の「自粛」体制をめぐるいろいろの動きがあるように伝えられ、また一般言論界にも「この機会」に良識の復活を要望する声がそこここにあがっている。
 が、およそ良識とはどのような意味でも真っ向からテロに対峙(じ)するはずのものであって、かりにもテロもしくはテロの脅威を背景として「復活」したり、呼びさまされたりするような性質のものではなかろう。そういう形で登場する「良識」は結局タブーの暗黙の拡大を見すごす方向に働きやすいものであり、その結果は右翼テロをつけあがらせる効果こそあれ、これを封じ込めることにはならない。何もかもがゴチャゴチャと一緒くたに論じられがちなこういう際こそ、ものごとにけじめをつけて考えたいものである。
(東大教授・政治学)

 

 以下、ネットで探した、辺見さんが2004年に脳溢血で倒れる以前の講演会の要旨をまとめた記事と、東京新聞のインタビュー記事。

2003/09/20
作家 辺見庸さん講演会
http://www.kyuchiren.com/etc/030920.htm
Internet Archive 
http://www.asyura2.com/0403/senkyo3/msg/874.html

(主催 新聞労連 九州地方連合 http://www.kyuchiren.com/

進む「自明性の崩壊」と「記憶の破壊」
平和を求め、一人ひとりが責任を

 ルポ「もの食う人びと」などで知られる作家辺見庸さんの講演会が9月20日、佐賀市で開かれた。佐賀県教職員組合や佐賀大学教職員組合、市民団体、佐賀新聞労組、佐賀マスコミ共闘会議など12団体が主催し、約550人が聴講した。

演題「どこまでも戦争の理論を拒むために

辺見庸さん講演会要旨
 最近、東京近郊で見た「風景」から話をしたい。私は、埼玉県に住んでいるが、ある駅で興味深い風景を見た。とっても柔和な顔をしたお父さん、お母さんたちが駅頭に集まっていた。駅頭に集まっている人たちと言えば、大抵は右翼の街宣車であったり、労働組合の人たちである。そういう人たちは、ひと目見れば分かるが、そこにいた人たちは声を荒げるわけでもなく、静かに道行く人に語りかけていた。何かを一生懸命、訴えていた。何を訴えていたのかと言うと、教育基本法改定である。学級崩壊が進み、子どもの凶悪事件が起きている—これらの諸悪の根源は、教育基本法と教職員組合にあると。恐らく、動員をかけられたわけでもなく、みんなで話し合って駅に繰り出したのではないかと思われるが、私はちょっとしたショックを受けた。

 もう一つの風景は、新宿駅の構内である。これも先ほど話したようなお父さん、お母さん数十人が署名を呼び掛けていた。道行く人たちは、次から次へと列をつくって署名に協力していた。署名を訴えるポスターには「ふざけるな北朝鮮」「北朝鮮に経済制裁を」「拉致被害者を救え」と書かれていた。これも毎度、おなじみの人たちがやっていれば何の不思議もない風景であり、私も意に介さなかったかもしれない。

 この二つ風景から、この国の地層部から何かがじわじわと変わりつつあると感じた。決して上から動員をかけられたわけでもない。明確な組織があるわけでもない。自発的な意思で全くの善意から、あるいは一つの憂慮から行動に移している。この風景を見て、一つの言葉を思い出した。それは「成熟した資本主義における支配は、民衆の同意に依存するものだ」と。1930年代のファシズムは、ある意味では「彼らのファシズム」「他者のファシズム」であったと思う。国と意見や考えが違えば、強権が発動されるような、いわば分かりやすいファシズムであった。しかし、二つの風景から感じたのものは「彼らのファシズム」ではなくて、「私たちのファシズム」のようなものである。

 もう一つ考えたのは「自明性」ということ。自明性とは、あえて説明の必要がないことであるが、この国では戦後民主主義の枠内で、私たちが論議もせずに通り過ごしてきた自明性が音を立てて崩れつつあるのではないのか。東京都の石原知事は、北朝鮮との交渉の窓口になっている外務審議官の家に爆弾のような物が仕掛けられたことをとらえて「仕掛けられて当ったり前だ」と発言した。一般的には、テロ容認発言と批判されているが、そんな話ではない。これは国家テロ容認と言える。もっと言えば暗殺を容認している、あるいはそれを煽っていると言っても過言ではない。これだけの暴言に驚くとともに、政治家とは到底思えないような発言をしながら、いまだに要職に就いていられることである。実際許されている状況がある。また、これを許していることは一体、どういうことを意味しているのかと考えざるを得ない。

 今回の暴言に対して、マスコミの世論調査でもほぼ半数は、彼の発言を支持している。これだけの発言をしながら、マスコミは執拗にその責任を追及しようとしない。だから石原知事は、その職に居座ることができるという仕組みになっていることにあらためて驚かざるを得ない。先ほど言った自明性。政治家がこんな発言をしたら、その職から降りるべきだという常識、自明性がここでも崩れている。

 しかし自明性は崩壊しつつあるけど、いまの社会で表面的に大きな乱れはない。「乱調」の反対語は「諧調(かいちょう)」。諧調とはバランス、整った調子。いまの社会には不気味なほどの諧調がある。国家と民衆とマスコミの三者の不気味な諧調がある。戦後59年になろうとしている中、反動政治が完成、あるいは円熟の域に達しつつある。身の回りや教育現場などで不可思議な出来事に起きている。このことは、私たちが、とうの昔に断ち切ったと思っていた悪しき過去が、いまも存続しているということである。そのことに気づかざるを得ない。あえて言わなくて良かったことがなくなってきている。自明性の崩壊、喪失が進んでいる。

 マスコミは権力から独立し、監視するウオッチドック(番犬)でなければいけないといわれてきた。少数意見も尊重しなければならない。しかし、マスコミは、権力側が飼っている番犬になってしまった。権力に楯突く人をチェックする番犬に成り下がってしまった。マスコミ自体が権力化している。特に小泉政権では、見事なほどにマスコミを操作し、操作するだけでなく、権力自らがメディアの機能、つまり発信能力を持ちつつある。「権力化するマスコミ」と「メディア化する権力」。この2つが渾然一体となった大きな権力構造をつくりつつある。これも自明性の崩壊である。

 この自明性の崩壊した後に何が来つつあるのか、きちんと正視する必要がある。これら自明性の崩壊を仔細に見ていくと、はっきりしてくるものがある。ある意味では、男性父権主義の台頭である。あるいは家長制度が復権しつつある。もう一つが愛国心。この3つはファシズム時代や戦争の時代に特有の現象であり、注意した方がいい。福岡の小学校で通知表に国を愛する心を評価するというとんでもない話があったが、いつの間にか全国200校以上に広がっている。これもじわじわと風景が変わりつつある自明性の崩壊の証拠ではないか。これらを注意深く見ていくと、いま何かが進んでいる。それは、私たちの精神、心、内面が動員され、統制されつつあるということである。

 日朝首脳会談から1年。この1年間の変化は、戦後58年の中でも、自明性の崩壊が最も進んだ1年でもあった。それは内面の動員・統率であり、心の要因がかなり入っている。一つの方向を見出すなら戦争へ、戦争へと向かっている。愛国心の高揚とも関連するが、9・17の日朝首脳会談で日本人拉致事件の一端が明らかになった以降、北朝鮮に対する国民的な憤りが高まった。高まったと言うより組織されたと言ってもいいと思う。それは政府だけでなく、マスコミを挙げて高まった。在日コリアンに対する途方もない仕打ち、迫害も行われた。チマチョゴリを着ているだけで石を投げつけられる。ほとんど戦時下と言ってもいいような状況である。なぜ、それがいけないことなのか、民族の如何にかかわらず共に助け合って暮らすことがいかに大切なことなのか、だれでも分かるはずである。それが自明であり、真理であるのに、覆されている。

 日本がかつて朝鮮半島を植民地化していた時、7つを奪ったと言われている。国家元首、国家主権、領土、資源、言語、人命、姓名。この「日帝の7奪」は、南北を問わず朝鮮半島では常識になっている。歴史的事実であるにもかかわらず、いまや覆されつつある。朝鮮総督府は、朝鮮半島のインフラを整備したなど功績論が台頭している。人命を奪っただけでなく、民族の誇り、民族である自体を完全に消去された屈辱、痛みを、この国は一度として考えたことがあるのか。

 いま進んでいるのは「記憶の破壊」である。私たちが覚え、それを子どもたちに継承していくという非常に大事な記憶が破壊され、ねつ造が次から次へと進んでいる。東大教授の姜尚中さんはこう言っている。記憶の破壊、ねつ造が進む中、「私たちは永遠の現代に閉じ込められている」と。例えば、日本人拉致事件が、どういう歴史的な経緯の中で起きたのか、全く継承されていない。過去の歴史を教えないで、現代しか語らないと指摘している。全く、その通りである。記憶の破壊と同時に、心の動員・統制が進み、それがどうやら一点に向かっている。それはたぶん戦争だろう。

 朝鮮戦争で400万人が死亡したといわれている。しかも連日、日本から爆撃機が飛んでいった。しかし当時、朝鮮戦争への反戦運動はほとんどなかった。この事実に驚かざるを得ない。隣の国で戦争が起きているのに、気が付かなかった。あるいは気にも止めなかったという精神の構造は一体何なのか。自分の国で戦争がなければそれでいいんだという「自分勝手な精神構造」。遠い他者の痛みを考えようとしない。今日でも、その自分勝手な精神構造が私たちにあるのではないのか。

 イラク戦争前に、全世界で1000万人を超える反戦運動が起こった。日本でもここ数年にはない盛り上がりをみせた。初めて経験したという若い人たちもいた。しかしイラク戦争には反対するけど、有事法制反対までにはいかなった。また日本より人口が少ないイギリスやスペインなどに比べると、反戦運動に参加する人数が少なかった。遠い他者の痛みを感じる心の少なさは、大きな問題である。

 聞き慣れない言葉かもしれないが、米韓合同軍の作戦計画がある。「作戦計画5027」と呼ばれ、1994年の核危機の時に作られた具体的な戦争計画である。これが昨年、大きく改定されたという。北朝鮮に対して先制攻撃までもできるように改定したといわれている。米の統合参謀本部の予測によると、開戦から90日で米国の死傷者は52000人、韓国側は49万人。朝鮮半島全体に拡大すると米国の犠牲者は8〜10万人、韓国側は軍民合わせて100万人に達すると予測している。この作戦計画5027は九州と密接な関係がある。佐世保での艦船配備などが細部まで決められている。今度の有事法制も、この作戦計画に相応しているといわれている。

 6月に有事3法が成立した。メディア規制の個人情報保護法も通った。あのときのショック、絶望感を忘れてはいけない。もっと恐ろしいものが、いま現れようとしている。このままでは恐らく“言い値”で通っていくだろう。自民党憲法調査会の憲法改正素案。改正素案には、国民は国家を防衛する義務があると書いてある。翻訳すると、徴兵制である。陸海空3軍その他の戦力を保有するともある。つまり国防軍をつくろうとしている。集団的自衛権の行使を憲法上認めるように変えようとしている。これまで話したように“来たるべき朝鮮半島での戦争”では、日本はかつての朝鮮戦争に比べてもっと主体的に関わっていくことになるだろう。そのために、国民保護法制、有事法制が作られた。憲法改正の話に戻すと、いまのままでは間違いなく通るだろう。石原都知事の発言を許し、マスメディアも事実上容認している世の中で、私たちは憲法改悪に対して、どう反対していけるのか。そして、この無関心はなんだろうか。何も反対運動が起こっていない。

 言論の自由が保障されていると言われているが、実はあまり保障されていないのではないかと思う。新聞記者が書いた記事に対して、警察が来て具体的に規制はしていない。強権が発動されたこともない。しかし言論の自由を規制するものがある。一体、誰なのか。実は私たち自身である。自分が自分を規制している。これはマスコミだけでなく、教育分野でも、大学でも、作家たちにも言えることだ。

 冒頭に話したように、日常の中に潜む「私たちのファシズム」に対して、私たちはどう抗していけばいいのか。私は、先ほどから「風景」という言葉を使って話してきた。風景は私たち一人ひとりの「総和」である。それなら、せめて自分がつくる風景に関しては責任を持とうと思う。戦争と名のつくもの、あるいは戦争に関連するものを立ち入らせない。少しでもいい風景にするために、色合いを変えるために、これまで言わなかったこと、あきらめていたことを敢えて言う。なぜ平和が大事なのか。疲れるかもしれないけど、言い続ける。自分の中で再構築することが必要な時代にきているのではないか。そして大事なのは、ギブアップしないことである。

 

辺見庸氏有事法制を語る 「東京新聞」2002年4月21日
http://www.ne.jp/asahi/manazasi/ichi/beikoku/kokusai020108.htm

 9・11以降の米国の、そして日本を巻き込んだ反テロ戦争の危うさについて、繰り返し言い続けている作家辺見庸氏。今回閣議決定された有事法制関連法案についても、さまざまな場で発言を行っている。「マスメディアの責任」についても厳しく言及する辺見氏に有事法制にひそむ問題を聞いた。(聞き手・田口透)

 辺見氏は坂本龍一氏(音楽家)などとの対談でも、一連の流れについて繰り返し注意を促している。有事法制でどうなるのだろうか。

 「これで憲法壊滅状態に陥った。無憲法状態と言ってもいい。周辺事態法などガイドライン関連法が成立した(一九)九九年通常国会以降の戦時体制づくりがいよいよ本格化したということです。冷戦時代ですら実現しなかったのに、なぜ今つくられたのかをチェックした方がいい。やはり大きかったのは9・11。反テロ戦争に悪乗りする形でテロ対策特措法もできたし、その中で憲法の絶対平和主義がかなぐり捨てられた」

 有事法制やメディアの規制を狙った三法案など、ここ数カ月間の動きは急だ。

 「僕は国に大きな戦略はないと思う。現行憲法はある意味ユニークで反国家的側面がある。それを一気に国家主義的なものにする。自民党の全体ではないが、若手も含めた一部の意見、国家主義的な動きが突出した結果です」

 辺見氏は新保守主義という若い人たちに広がる乾いた国家論と、古い情念的な国家論の「野合」が急速に進んでいると警戒する。

 「小泉(純一郎)首相はいわばクリーンなファシスト。戦略的に何かをするのではなく、むしろ情念的です。だから分かりやすい。9・11プラス去年暮れの不審船で一気に流れが加速した。九九年の通常国会以降、民主主義の堤防は決壊し、日本は濁流にのみ込まれていった。その後に来るのは憲法改定でしょう」

 一連の鈴木宗男、田中真紀子、辻元清美各氏の“騒動”にも疑義を唱える。

 「あきれるのは公設秘書問題の扱い方。有事法制の論議と時期を同じくしていた。明らかに事の軽重から言って、有事法制に論議を集中しなければならない。三六年ごろでしたか、日独防共協定の時もマスメディアは阿部定事件に騒いでいた。大衆社会もそれを喜んでいた。明らかに本末転倒、わなにはまったとしか言いようがない。有事法制に異議を唱えている人たちがやられた。そうじゃない人もいるからややこしいんですが。ムネオごときがこの国の元凶であるような報道は笑止千万ですね。しかし、その方が商品価値が高い、分かりやすいんですね。その中で日本の将来を左右するような重大事が完全に後景に押しやられてしまった。日本的なヌエのような全体主義の結果です」

 自ら通信社にいた経験もあり、マスメディアに対する見方は厳しい。

 「権力がメディア化する一方で、メディアも権力化しこん然一体、境がなくなってしまった」とした上で、有事法制への賛成、反対という「両論併記」的報道についても批判する。

 「有事法制というのは、準徴兵態勢につながっていくものでしょう。指定公共機関にはNHKが含まれる。民放も、流れとして新聞社にも拡大されるかもしれない。有事法制はいわばメディア規制三法案の土台となる部分です。一番危機的な状況の時に、両論併記というのはいわば判断放棄です。これを個条を追って検討していくことはできるだろうが、それは政府権力が仕掛けた『解釈論争』のわなにはまってしまうことです。大きな流れをつかもうとしない。戦後五十数年間、否定してきた有事法制をなぜ立ち上げたのか。それに対するメディアの問題意識が感じられません」

 そして、作業仮説として三〇年代に自分がいると想定してほしいと提案する。

 「あのころだって戦時下と意識していた人は少ないんですね。中国で廬溝橋事件が起きても、日常というのはそういうものを覆い隠してしまう。新しい世紀のファシズムだって、黒いシャツを着て、広場を行進するなんてことはないわけですよ。きれいな目をして、エコロジストだったりするんです。メディアは、そういう優しいファシズムを見抜く目がなければ駄目だと思う」

 有事関連法案について、法の下克上が起きているとも指摘する。

 「憲法には、国家緊急権は明文化されていません。つまり下位法が最高法規を否定している、法の無規範状況が起きている。最高法規を為政者が嫌がっている国なんてないでしょう。戦争放棄、国家緊急権を否定することで、周辺国と平和的な関係をつくっていこうという決意がなければならない」

 こうした中、辺見氏が“異常な風景”として指摘するのが、メディアも含めて反対の声が少ないという点だ。「9・11以降、アメリカから反戦、報復反対の声がなくなったのとまったく同質です。今の国際政治の危険な流れと通底しています」

 辺見氏は三月、米国の世界的な言語学者ノーム・チョムスキー氏にインタビューし
た。

 「彼は今、世界でもっとも厳しいアメリカへの批判者です。僕は同調してもらえると思った。しかし、けんもほろろでした。『おまえはブッシュ政権を批判するが自国の問題はどうなっているんだ。日本のメディアと知識人は何もしていない、人の犯罪はあげつらいやすいが、日本は戦後どういうことをやってきたのか、鏡に映してみたらいい』と言われた。正直、ギャフンでした。さらに、アメリカの言論弾圧を憂慮していると話したら、笑われてしまった。言論というのは闘ってしか守れない、と」

 辺見氏は有事法制により逆に、周辺諸国に対日警戒と緊張が生じるとみる。北京特派員などとして各国の駐在武官とも付き合いが深かった辺見氏は「日本を本気で軍事侵略しようとしている国など、もともと周辺にはない」と言い切る。「有事」という概念がフィクションの上に成り立っていると指摘する。

 「備えあれば憂いなしなんてくだらんことを言っているが、小泉政権は平和的努力をまったく怠っています。世界第三位の軍事費を持つ国が、有事法制をつくることで引き起こすのは、不必要なトラブルだけです。日本にはすでに、米ミサイル防衛計画への全面的な協力計画があります。これだけでも緊張のもとになっている。平和的な努力をいかにするか。そのためにある外交は死に絶えている。どうしようもない」

 インタビュー中、終始、厳しい表情で語り続けた辺見氏は「時間が許す限り、この問題について、特に若い人たちと話したい」と述べた。十七、十八日には、母校早稲田大学で講演を行ったが、大会場は通路に座り込む人も出るなど、若い学生らで立すいの余地もなかった。講演では、最後に「あなたたち一人ひとりがこの問題を考えてほしい」と語りかけた。

 へんみ・よう 共同通信社北京特派員、ハノイ支局長、外信部次長、編集委員などを経て退社。特派員時代は数々のスクープを放ち日本新聞協会賞を受賞。「自動起床装置」で芥川賞。著書に「もの食う人びと」(講談社ノンフィクション賞)、「眼の探索」「異境風景列車」など多数。最近では、坂本龍一氏との対談「反定義-新たな想像力へ」。57歳。

  

 以下辺見さんが講演会podcast14分8秒のところで言っている1945年1月8日陸軍始めの「観兵式」。

日本陸軍最後の観兵式 1945年(昭和20年)1月8日
MARUMEGANENOOYAJI
https://www.youtube.com/watch?v=ndCD1eTsWvo

2015/03/10 に公開

 

日本ニュース第241號 
MARUMEGANENOOYAJI
https://www.youtube.com/watch?v=vovmzNE2S-4

2015/11/05 に公開

1945年(昭和20年)1月8日に皇居東御苑にて開催された陸軍最後の観兵式の様子と1944年(昭和19年)12月頃に撮影されたと思われるフィリピンにおける日本海軍特別攻撃隊のニュース映画。

大元帥陛下親臨 陸軍始観兵式     02:10
撃て 驕米 ~米艦載機 台湾を空襲~ 01:26
神風特別攻撃隊「金剛」隊       02:01
陸軍特別攻撃隊を見送る富永司令官   01:22

 

 以下、敗戦前年の陸軍始め観兵式と、同じく敗戦前年の天長節観兵式、紀元二千六百年記念観兵式。

昭和19年 陸軍始観兵式 1944年(昭和19年)1月8日
MARUMEGANENOOYAJI
https://www.youtube.com/watch?v=WT62xPYKdG8

2015/03/10 に公開

 

昭和19年天長節観兵式 1944年(昭和19年)4月29日
MARUMEGANENOOYAJI
https://www.youtube.com/watch?v=bAuGgqsepzk

2015/03/10 に公開

 

紀元二千六百年記念観兵式 1940年(昭和15年)10月21日
MARUMEGANENOOYAJI
https://www.youtube.com/watch?v=tq0AhrK4POc

2013/08/25 に公開

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