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2016年8月 4日 (木)

『「9条を守ることが1条を守る」と喝破した柄谷行人の慧眼』と、『今上天皇「最後の聖戦」~生前退位』問題。

 明仁天皇の「生前退位の意志表明」とも関連してくる熟読すべき重要な記事と思います(BBS投稿の採録)

 

2016.01.26 市民連合シンポジウム 基調講演 柄谷行人さん(哲学者)
市民メディア放送局
https://youtu.be/Co9d4Q0usSk

2016/01/25 に公開

2016.01.26 市民連合シンポジウム 基調講演 柄谷行人さん(哲学者)

↑↓上記講演の動画は、下記天木直人さんの記事中埋め込み動画の講演と同じものです。上記動画の方が音が若干聴きやすいです。また、画面の色が違って見えていますがDVDカメラの設定ミスと思います(色温度による被写体の色変化を補正する時のホワイトバランス調整ミス)

 動画表題が「2016.01.26」となっているのは、本来「2016.01.23」で、動画アップ者の間違い。動画中にもその日にちがちゃんと映っています(表題は正しい「2016.01.23」に直しておきました)。

 

「9条を守ることが1条を守る」と喝破した柄谷行人の慧眼 〔天木直人〕
2016年6月16日
http://www.cloudparty-japan.net/?p=3041

柄谷行人 「憲法9条の今日的意義」 市民連合 基調講演 2016.1.23
PlaceUniversity
https://youtu.be/nkjMyYaTwNE

2016/01/23 に公開

概要:
Kojin Karatani "Today significance of Article 9 of the Constitution," Citizens Union Keynote Speech 市民連合 「2016年をどう戦い抜くか」
http://mainichi.jp/articles/20151026/ddf/012/070/005000c

 9条の存在意義を認め、9条を守れと提言する一人に、柄谷行人(からたにこうじん)という哲学者がいる。

 その柄谷氏が、きょう6月14日の朝日新聞オピニオン面で、なぜ日本に憲法9条ができたのか、そしてそれが今日まで変えられなかったのか、誰もがそのことを今一度きちんと考えてみるべきだ、と語っている。

 そのインタビュー記事の中で私が注目したのは次の言葉だ。

 きわめて重要と思われるので、少し長くなるがそのまま引用したい。

 「憲法の制定過程を見ると、次の事がわかります。マッカーサーは次期大統領に立候補する気でいたので、何をおいても日本統治を成功させたかった。そのために天皇制を存続させることが必要だったのです。ただ、当時、ソ連や連合諸国だけでなく米国の世論でも、天皇の戦争責任を問う意見が強かった。その中であえて天皇制を存続させようとすれ ば、戦争放棄の条項が国際世論を説得する切り札として必要だったのです。だから、最初の重要なのは憲法1条で、9条は副次的なものに過ぎなかった。今はその地位が逆転しています。9条のほうが重要になった。しかし、1条と9条のつながりは消えていません。たとえば、1条で規定されている天皇と皇后が9条を支援している。それは9条を守ることが1条を守ることになるからです」

 まさしくその通りである。

 もし日本国民がこの事を正しく認識するなら、政治が憲法9条を変えようとしても、国民投票によって必ず否定されることになる。

 さらに柄谷氏は続ける。

 「今の国連で常任理事国になる意味はありません。しかし、国連で日本が憲法9条を実行すると宣言すれば、すぐ常任理事国になれます。9条は単に武力の放棄ではなく、日本から世界に向けられた贈与なのです。贈与には強い力があります。日本に賛同する国が続出し、それがこれまで第二次大戦の戦勝国が牛耳ってきた国連を変えることになるで しょう。それによって国連はカントの理念に近づくことになる。それはある意味で、憲法9条を持った日本だけにできる平和の世界同時革命です」

 これこそが私が強調してきたことだ。

 私は最強の同志を得た思いで、この朝日新聞の柄谷氏のインタビュー記事を読んだ(了)

 

↑↓上記天木さんのエントリ中紹介の朝日記事

(憲法を考える)9条の根源 哲学者・柄谷行人さん
2016年6月14日05時00分 朝日新聞
http://www.asahi.com/articles/DA3S12407144.html

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「なぜ日本に9条があるのか、どうして改憲できなかったのか、誰もが一度きちんと考えてほしい」=早坂元興撮影

 憲法改正論の本丸が「戦争放棄」をうたった憲法9条にあることは明らかだ。自衛隊が米軍と合同演習をするような今日、この条文は非現実的という指摘もある。だが、日本人はこの理念を手放すだろうか。9条には別の可能性があるのではないか。9条の存在意義を探り、その実行を提言する柄谷行人さんに話を聞いた。

 ――安倍晋三首相は歴代首相と違い、憲法改正の発議に必要な議席数の獲得をめざす意向を公にしています。改憲に慎重な国民は参院選の行方を懸念していますが、柄谷さんは講演などで「心配には及ばない」といっています。

 「昔から保守派は改憲を唱えていましたが、いざ選挙となるとそれについて沈黙しました。改憲を争点にして選挙をやれば、負けるに決まっているからです。保守派はこれを60年以上くりかえしているのです。しかし、なぜ9条を争点にすると負けてしまうのかを考えず、この状態はそのうち変わると考えてきたのです。それでも、変わらない。事実、改憲を唱えていた安倍首相が、選挙が近づくと黙ってしまう」

 「実は、そのようなごまかしで選挙に勝っても、そして万一、3分の2の議席をとったとしても、改憲はできません。なぜなら、その後に国民投票があるからです。その争点は明確で、投票率が高くなる。だから負けてしまう。改憲はどだい無理なのです」

    ■     ■

 ――安倍政権は今のところ憲法を変えられないので、解釈改憲して安全保障関連法を整え「海外派兵」できる体制を作った。そうなると9条は形だけになりますね。

 「しかし、この『形』はあくまで残ります。それを残したままでは、軍事活動はできない。訴訟だらけになるでしょう。だから、どうしても改憲する必要がある。だけど、それはできないのです」

 ――なぜ9条は変えられないといえるのですか。

 「9条は日本人の意識の問題ではなく、無意識の問題だからです。無意識というと通常は潜在意識のようなものと混同されます。潜在意識はたんに意識されないものであり、宣伝その他の操作によって変えることができます」

 「それに対して、私がいう無意識はフロイトが『超自我』と呼ぶものですが、それは状況の変化によって変わることはないし、宣伝や教育その他の意識的な操作によって変えることもできません。フロイトは超自我について、外に向けられた攻撃性が内に向けられたときに生じるといっています」

 「超自我は、内にある死の欲動が、外に向けられて攻撃欲動に転じたあと、さらに内に向けられたときに生じる。つまり、外から来たように見えるけれども、内から来るのです。その意味で、日本人の超自我は、戦争の後、憲法9条として形成されたといえます」

 ――9条は占領軍が敗戦国日本にもたらしましたが、日本人が戦争体験の反省から作ったと考える人もいます。そうではないと。

 「9条は確かに、占領軍によって押しつけられたものです。しかし、その後すぐ米国が再軍備を迫ったとき、日本人はそれを退けた。そのときすでに、9条は自発的なものとなっていたのです」

 「おそらく占領軍の強制がなければ、9条のようなものはできなかったでしょう。しかし、この9条がその後も保持されたのは、日本人の反省からではなく、それが内部に根ざすものであったからです。この過程は精神分析をもってこないと理解できません」

 「たとえば、戦後の日本のことは、ドイツと比較するとわかります。ドイツは第2次大戦に対する反省が深いということで称賛されます。が、ドイツには9条のようなものはなく徴兵制もあった。意識的な反省にもとづくと、たぶんそのような形をとるのでしょう」

 「一方、日本人には倫理性や反省が欠けているといわれますが、そうではない。それは9条という形をとって存在するのです。いいかえれば、無意識において存在する。フロイトは、超自我は個人の心理よりも『文化』において顕著に示される、といっています。この場合、文化は茶の湯や生け花のようなものを意味するのではない。むしろ、9条こそが日本の『文化』であるといえます」

    ■     ■

 ――近著では、戦後憲法の先行形態は明治憲法ではなく「徳川の国制」と指摘していますね。

 「徳川時代には、成文法ではないけれども、憲法(国制)がありました。その一つは、軍事力の放棄です。それによって、後醍醐天皇が『王政復古』をとなえた14世紀以後つづいた戦乱の時代を終わらせた。それが『徳川の平和(パクストクガワーナ)』と呼ばれるものです。それは、ある意味で9条の先行形態です」

 「もう一つ、徳川は天皇を丁重にまつりあげて、政治から分離してしまった。これは憲法1条、象徴天皇制の先行形態です。徳川体制を否定した明治維新以後、70年あまり、日本人は経済的・軍事的に猛進してきたのですが、戦後、徳川の『国制』が回帰した。9条が日本に根深く定着した理由もそこにあります。その意味では、日本の伝統的な『文化』ですね」

 ――9条と1条の関係にも考えさせられます。現在の天皇、皇后は率先して9条を支持しているように見えます。

 「憲法の制定過程を見ると、次のことがわかります。マッカーサーは次期大統領に立候補する気でいたので、何をおいても日本統治を成功させたかった。そのために天皇制を存続させることが必要だったのです。彼がとったのは、歴代の日本の統治者がとってきたやり方です。ただ当時、ソ連や連合軍諸国だけでなく米国の世論でも、天皇の戦争責任を問う意見が強かった。その中であえて天皇制を存続させようとすれば、戦争放棄の条項が国際世論を説得する切り札として必要だったのです」

 「だから、最初に重要なのは憲法1条で、9条は副次的なものにすぎなかった。今はその地位が逆転しています。9条のほうが重要になった。しかし、1条と9条のつながりは消えていません。たとえば、1条で規定されている天皇と皇后が9条を支援している。それは、9条を守ることが1条を守ることになるからです」

    ■     ■

 ――憲法9条はカントの「永遠平和のために」、またアウグスティヌスの「神の国」にさかのぼる理念にもとづくとされます。それが他ならぬ戦後日本の憲法で実現されたのは興味深いですね。

 「私は、9条が日本に深く定着した謎を解明できたと思っています。それでも、なぜそれが日本に、という謎が残ります。日本人が9条を作ったのではなく、9条のほうが日本に来たのですから。それは、困難と感謝の二重の意味で『有(あ)り難(がた)い』と思います」

 ――日本は国連安全保障理事会の常任理事国入りに熱心ですが、それは9条とどう関係しますか。

 「今の国連で常任理事国になる意味はありません。しかし、国連で日本が憲法9条を実行すると宣言すれば、すぐ常任理事国になれます。9条はたんに武力の放棄ではなく、日本から世界に向けられた贈与なのです。贈与には強い力があります。日本に賛同する国が続出し、それがこれまで第2次大戦の戦勝国が牛耳ってきた国連を変えることになるでしょう。それによって国連はカントの理念に近づくことになる。それはある意味で、9条をもった日本だけにできる平和の世界同時革命です」

 ――現状では、非現実的という指摘が出そうです。

 「カントもヘーゲルから現実的ではないと批判されました。諸国家連邦は、規約に違反した国を処罰する実力をもった国家がなければ成り立たない。カントの考えは甘い、というのです」

 「しかし、カントの考える諸国家連邦は、人間の善意や反省によってできるのではない。それは、人間の本性にある攻撃欲動が発露され、戦争となった後にできるというのです。実際に国際連盟、国際連合、そして日本の憲法9条も、そのようにして生まれました。どうして、それが非現実的な考えでしょうか」

 「非武装など現実的ではないという人が多い。しかし、集団的自衛権もそうですが、軍事同盟がある限り、ささいな地域紛争から世界規模の戦争に広がる可能性がある。第1次大戦がそうでした」

 ――無意識が日本人を動かすとすれば、国民はどう政治にかかわっていくのでしょう。

 「日本では、ここ数年の間に、デモについての考え方が変わったと思います。これまでは、デモと議会は別々のものだと思われてきた。しかし、どちらも本来、アセンブリー(集会)なのです。デモがないような民主主義はありえない。デモは議会政治に従属すべきではないが、議会政治を退ける必要もない。デモの続きとして、議会選挙をやればいいのです」

 「現在はだいたい、そういう感じになっています。野党統一候補などは、デモによって実現されたようなものです。このような変化はやはり、憲法、とりわけ9条の問題が焦点になってきたことと関連していると思います」

 (聞き手・依田彰)

    *

 からたにこうじん 1941年兵庫県生まれ。69年、文芸批評家としてデビュー。著書に新刊「憲法の無意識」のほか、「世界共和国へ」「世界史の構造」など。

 

↑↓上記天木さん紹介動画の概要中で紹介されている毎日の記事

今、平和を語る
戦後70年への伝言 哲学者・柄谷行人さん

毎日新聞2015年10月26日 大阪夕刊
http://mainichi.jp/articles/20151026/ddf/012/070/005000c

20151026dd0phj000253000p51 哲学者の柄谷行人さん

国連の機能、9条の実行で強まる デモや集会、直接行動捨てるな

 国際連合が創設70年を迎えた。2度の世界大戦を防げなかった反省から国際平和への努力を宣言しているが、その機能を果たせていない。哲学者の柄谷行人さん(74)は、世界は「帝国主義的段階」に入ったと指摘し、哲学者カントの永遠平和の理念にもとづいている戦争放棄を掲げた憲法9条と国連の役割を今こそ見直すべきだと提唱する。「平和論が意味を持つ時代になった」と語る、柄谷さんに聞いた。

 −−まず「帝国主義的段階」です。月刊誌「世界」(岩波書店)9月号に寄稿された「反復強迫としての平和」に、このように書かれました。<ヘゲモニー(覇権)国家が存在するとき、自由主義的段階である。ヘゲモニー国家が衰退し、多数の国が次のヘゲモニーの座をめぐって争う状態が、帝国主義的段階に入る。次に、ヘゲモニー国家が成立すると、自由主義的になる。したがって、自由主義的段階と帝国主義的段階は交互にあらわれる。そして、これは大体120年の周期で生じる>

 柄谷 私がいう帝国主義や自由主義は、ふつう世間でいわれている意味とは違うので、もう一度説明します。たとえば、18世紀ヨーロッパでは、経済的にヘゲモニーをもつ国家だったオランダが没落したあと、帝国主義段階に入った。そのとき起こったのがナポレオン戦争です。このあと、勝利したイギリスがヘゲモニー国家となり、自由主義時代が続いた。しかし、19世紀末には、イギリスのヘゲモニーが失われ、英・独・米国が争う状態が続いた。つまり、帝国主義段階に入った。通常、帝国主義と呼ばれるのはこの時代です。このあと、アメリカがヘゲモニー国家となり、自由主義段階に移行した。しかし、1980年以後、アメリカが経済的に没落し始めた。そして、次のヘゲモニーをめぐる争いが始まった。ゆえに、帝国主義段階に入ったといえます。

 現在、アメリカは没落しつつあります。次のヘゲモニーを握るのは中国あるいはインドでしょう。ただ、その前に、資本主義そのものが終わってしまう可能性がありますが。はっきり言えるのは、ヘゲモニーをめぐる世界的な争いがこれから続くということです。世界は今、「帝国主義的段階」に入った。120年周期という観点からみれば、現在は120年前に似ているといえます。

 −−そのとき日本は、朝鮮半島をめぐって日清戦争(1894年)の渦中にありました。

 柄谷 朝鮮王朝をめぐる日本と清朝との戦争ですね。この時期、清朝は巨大な帝国でした。120年後の現在、日中韓はその時と似た状況にあります。日清戦争の20年後に第一次世界大戦が起きたことを考えると、今こそカントの永遠平和論を見直すべきだと思います。カントがそれを考えたのは、18世紀末の帝国主義的状況においてです。その後、カントの平和論が読まれたのは、19世紀末です。日本でも詩人北村透谷がカント的平和論を唱えたのですが、日清戦争の始まる3カ月前に自殺してしまった。カントの平和論を必要とする状況は、反復的なのです。

 −−カントは「戦争を起こさないための国家連合こそ、国家の自由とも一致する唯一の法的状態である」(「永遠平和のために」池内紀訳、集英社)と語り、柄谷さんの著書「柄谷行人インタヴューズ2002−2013」(講談社文芸文庫)には、次の一文があります。<カントは人間の理性や善意が国際連合をもたらすのではなく、敵対性が、攻撃性がそれをもたらすのだといったのです。実際、第一次大戦後、さらに、第二次大戦後に、国際連合が不十分なものであれ、実現されています。戦争の結果です。それがカントのいう「自然の狡知(こうち)」というものです>

 柄谷 カントは、その理念である「世界共和国」に至る現実的な第一歩として、フランス革命の後の戦争を予感して永遠平和論を書き、国家連合を提唱しました。カントの構想は2度の世界大戦を経て国際連合を生んだ。日本の憲法9条は、カントの永遠平和論にもとづくものです。それは決して単独平和主義ではなく、国連のような存在を前提としています。したがって、憲法9条は世界史的に最先端を行くものです、もし本当に実行するならば。

 −−戦後70年を迎え、国連は無力化し、安全保障関連法で憲法9条は傷つきました。

 柄谷 国連は2度にわたる世界戦争の結果として人類の大変な犠牲の上に成立したシステムです。帝国主義的段階に入った今こそ、憲法9条と国連を活用しなければ、人類の未来はあり得ないですよ。

 −−具体的には。

 柄谷 憲法9条が明記している戦争放棄とは、軍事的主権を国連に譲渡するものです。それは「贈与」です。贈与には力があるのです。日本が憲法9条を実行するということを国連で声明すれば、それに賛同する国がどんどん出てくるでしょう。それによって国連を再編成していくことが、カントの説いた永遠平和への第一歩となります。

 −−そこで期待されるのは、安保法制に反対する大規模なデモを続けた若者たちでしょうか。

20151026dd0phj000255000p51
安全保障関連法の成立から1カ月を機にデモ行進し、同法の廃止を訴える参加者ら=京都市中京区で2015年10月19日午後7時、小松雄介撮影

 柄谷 私は60年安保闘争に参加しましたが、日米安保条約が自動成立すると、デモの参加者は虚脱状態になってしまった。しかし、今回はそういうことがないので、心強く思っています。

 −−著書「政治と思想 
1960−2011」(平凡社ライブラリー)に、こうあります。<個人が主権をもった主体として存在するためには、どうすればよいか。それは割合、簡単です。直接行動、すなわち、議会選挙以外の政治的行為をもとめることです。つまり、それは、デモのようなかたちでのみ実現されると思います。議会選挙があるのだから、デモで政局を変えようとするのは、民主主義的でない、という人たちがいます。しかし、代議制だけならば、民主主義はありえない、それは、寡頭制になってしまいます>

 柄谷 憲法21条に「集会・結社・表現の自由」とありますが、デモは集会に含まれるのです。デモが抑圧されるなら、集会が抑圧される。だから日本ではデモが必要です。脱原発を求めるデモ以来、デモをすることが根づいてきたと思います。集会・デモは、英語でいうと、アセンブリです。議会もアセンブリだから、元は同じなんですよ。デモも選挙も根は同じです。次の選挙は、争点を「憲法9条」に絞る。デモと同じように選挙をやればよい。そして、勝利すれば、日本は世界で輝く国になり得ます。<聞き手・専門編集委員、広岩近広>=次回は11月30日掲載予定

 ■人物略歴
からたに・こうじん

 1941年兵庫県生まれ。東京大経済学部卒業、67年に同大大学院英文学修士課程修了。法政大教授、近畿大教授、コロンビア大客員教授などを歴任し、批評誌「季刊思潮」「批評空間」を創刊。「定本 柄谷行人集」(全5巻 岩波書店)、「世界史の構造」(岩波現代文庫)、「世界共和国へ」(岩波新書)など著書多数。

 

柄谷行人
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柄谷行人
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 天木直人さんのツイートから知ったエントリ。

今上天皇「最後の聖戦」 ~生前退位は日本人を守る最終兵器となるか!?~〔不破利晴〕
2016年7月28日
http://www.cloudparty-japan.net/?p=3057

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Introduction:参院選に引き続き、世間では実に不毛な都知事選が展開されているが、そのような中で天皇陛下(今上天皇)による「生前退位」のニュースが飛び込んできた。これは新鮮な情報体験でもあった。さすがに、あらゆるメディアがこれに反応した。
 このニュースは驚きと衝撃として捉えられ、一時的に都知事選のニュースを完全に吹き飛ばした感がある。メディアは「まだ元気なうちに後継者にバトンを渡し、今後の行く末を見守りたい」といった天皇陛下の健康面を中心とする論調でこのニュースの経過を説明しているが、事の本質は全く別のところにあると私は睨んでいる。

譲れない「世界平和」

 天皇陛下の想いは「憲法9条」にあると私は信じている。
 言うなればこれは、「今上天皇による最後の聖戦」といった位置づけにあると思うのだ。
 先の参院選で改憲勢力が3分の2を超え、いよいよ憲法改正が明確に射程に入った。安倍首相が憲法改正、とりわけ憲法9条改正を目論んでいるのは誰の目にも明らかだが、それを最も憂いているのは他ならぬ天皇陛下だと私は思うのだ。

 参院選の結果に触れ、天皇陛下は覚悟を決められたのではなかろうか。

 生前退位するということは、現在の皇太子にバトンを渡すということ。そして皇太子が憲法9条を守りたいという想いは、無論、天皇陛下同様であることは疑いようもない。

 新天皇が生まれる際は、極めて荘厳な儀式が執り行われることだろう。その席で新天皇は全国民に向け、メディアの前で宣誓を行うことになるだろう。その誓いは、日本国憲法の象徴天皇に始まり、憲法の基本原則(国民主権、基本的人権の尊重、平和主義)に触れ、そして世界平和を語ることになるはずだ。

 特に、世界平和は現在の天皇陛下にとって譲れない一線であり、新天皇もそのことについて熱く語ることになるであろうことは間違いない。

 その時、特に強く強調するのが、紛れもなく「憲法9条」のはずなのだ。なぜならば、「日本国憲法=憲法9条」と言い切っても構わないからだ。

 憲法改悪の危機を迎える最中、そのような「象徴的」出来事が起きればどうなるか?憲法9条改正の気運など吹っ飛ぶのではなかろうか?

 憲法9条を失うことは日本国憲法を失うことであり、それは日本人にとって天皇陛下をも失うことの「象徴」として、潜在意識で捉えられるだろう。

 なぜなら、憲法9条の精神により、日本及び世界平和を願う天皇陛下の存在そのものが、実は憲法9条を「象徴」する実体であると、我々日本人の無意識の構造の中にどうやらビルドインされてしまった気配を感じるからである。

 であるばらば、自民党の安倍政権による稚拙で些末な悪意に満ちた憲法改悪といった事態に、我々日本人は絶対に耐えられないはずなのだ。

 つまり、天皇陛下の生前退位は憲法9条を守り、さらには日本人を守るための最終兵器なのではなかろうか。

陛下に手も足も出ない安倍首相、できるのは「報道管制」のみ?

 私は、実際問題、天皇陛下がそこまで考慮した上で今回の大ニュースに至ったと考えている。確かに、以前から健康面の不安はあったには違いないが、まさに機は熟したという想いで、今回のタイミングを計ったように思われるのだ。まさに「今上天皇 最後の聖戦」である。

 しかも、今回の生前退位のニュースにおいては、憲法に抵触しないぎりぎりの線で天皇陛下は安倍首相を叱咤激励しているように思われる。この天皇陛下の見識の高さは、安倍首相など到底及ぶものではない。

 その意味において、間違いなく参院選、都知事選後に大きな「大転換」、つまりは政治の「パラダイムシフト」が訪れることになるだろう。それを皮膚感覚で感じている私という存在がある。

 もはや天皇陛下も反安倍政権になったようなものだ。端的に言えば、安倍晋三なる者は天皇陛下が眉をひそめる“売国奴” のような存在なのである。そのような輩が唱える“美しい国” など詭弁でしかない。

 そして、さすがの安倍晋三も生前退位については手も足もでない状態になっており、今こうして、このニュースについては報道管制を敷いている。

 しかし、見ているがいい。このような所業は必ずや安倍晋三を苦しめることになる。日本人は政治家の言動には全く微動だにしないが、天皇の言うことにはさにあらず、といった面がまだ残っている。日本の政治家にとって天皇はアンタッチャブルであり、国民にとってもアンタッチャブルなのである。

 結果、誤解を恐れずに言わせてもらえば、日本人を動かすのは、昔も、そして今も「天皇」だったと言うことができる。これも長い歴史を経た一つの結論である。そして私はこのような複雑かつ微妙な状況を大歓迎している。

 日本の政治は、ますます面白くなってきている。

 

関連:
(ビデオニュース・コム)なぜ天皇の生前退位がそれほど大問題なのか 他ドットコムのを4本。

明仁天皇の「生前退位の意志表明」は安倍政権と日本会議の改憲=戦前回帰に対する最後の抵抗だった! &関連記事など。 ←関連外信記事(ニューヨーク・タイムズ、ル・モンドなど)やTwitterでの反響など追加したまとめ。

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