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2016年7月15日 (金)

明仁天皇の「生前退位の意志表明」は安倍政権と日本会議の改憲=戦前回帰に対する最後の抵抗だった! &関連記事など。

 エンジョウトオル氏の論考は、天皇陛下の「生前退位の意志表明」について考える上で必読と思います。表題で紹介した以外、エンジョウトオル氏の論考3本と、エントリーで言及している部分のNYTの関連記事などを採録しました。

追加:内田樹さんがTwitterで紹介していたLe Mondeの記事を採録。また、内田さんが重要なツイートを連続しているのでそれも採録

 

明仁天皇の「生前退位の意志表明」は安倍政権と日本会議の改憲=戦前回帰に対する最後の抵抗だった!
エンジョウトオル
2016.07.14
http://lite-ra.com/2016/07/post-2416.html

 いったいこれはどういうことなのか。昨日、 NHKが報じた「天皇が生前退位の意向」。NHKの情報源は「宮内庁関係者」ということだったが、その直後に宮内庁の山本信一郎次長が「そうした事実は一切ない。陛下は憲法上のお立場から、皇室典範や皇室の制度に関する発言は差し控えてこられた」と完全否定した。

 さらに、時事通信によると、深夜には、風岡典之宮内庁長官も「(皇室の)制度については国会の判断にゆだねられている。陛下がどうすべきだとおっしゃったことは一度もなく、あり得ない話だ」と否定した。また、菅義偉官房長官もオフレコながら「承知していない」と事実を認めなかった。

 では、NHKは何を根拠にこの「生前退位の意向」報道に踏み切ったのか。常識的に考えると、NHKのような官僚的なメディアがこうした重要な情報を宮内庁長官のオーソライズなしに報道するというのはありえない。もしそれができるとしたら、天皇周辺から直接、情報をとっているというケースだろう。

 実際、今回のNHKの情報源は、天皇本人にきわめて近いスジではないかといわれている。

「今回、スクープしたのはNHKの宮内庁担当のHという記者なんですが、彼は秋篠宮に食い込んでいる。そんなところから、天皇が秋篠宮を通じて意志を伝えたのではないかといわれています。実際、秋篠宮は数年前、記者会見で「(天皇の)定年制が必要になってくると思います」と述べたことがあり、このときも天皇の意向を代弁したものだといわれました。天皇はこのころからしばしば生前退位の制度を作るよう要望を出されていたのですが、1年前くらいからその意向が非常に強くなったようです」(全国紙宮内庁担当記者)

 たしかに、NHKがここまで踏み込んで報道したというのは、それくらい天皇の意志が強いということだろう。実はNHKは参院選を前にこのニュースを出そうとしたものの、官邸からストップがかかって、一旦、報道を断念している。普通ならそれでたち消えになるところを、NHKはもう一回、参院選が終わったタイミングで出してきた。これは、官邸を超える存在、つまり天皇サイドからの絶対的な後押しがあったとしか考えられない。

 では、なぜ、天皇は改めて、生前退位の姿勢を強く示したのか。新聞・テレビはたんに「自らの体調を考慮」などと報じているが、そんなことでこの行動は説明できない。なぜなら、現行の皇室典範でも天皇が公務に支障がある場合は、摂政をおくことができるからだ。

 実は、宮内庁関係者の間では、今回の「生前退位の意志」報道が、安倍政権の改憲の動きに対し、天皇が身を賭して抵抗の姿勢を示したのではないか、という見方が広がっている。

http://lite-ra.com/2016/07/post-2416_2.html
 というのも、生前退位こそが、今、安倍政権や日本会議が復活を目指している大日本帝国憲法の思想と真っ向から対立するものだからだ。

 実は、生前退位というのは江戸時代後期までの皇室ではしばしば行われていた。ところが、明治になって、国家神道を国家支配のイデオロギーと位置づけ、天皇を現人神に仕立てた明治政府は、大日本帝国憲法と皇室典範によって、この生前退位を否定、天皇を終身制にした。「万世一系」の男性血統を国家の基軸に据え、天皇を現人神と位置づける以上、途中で降りるなどということを許すわけにはいかない。終身制であることは不可欠だったのだ。

 つまり、明仁天皇はここにきて、その明治憲法の真髄とも言える終身制をひっくり返し、真逆の生前退位を打ち出したのである。天皇が生前に退位するということは、天皇は国家の「役職」にすぎないということを示すことだ。役職だから、時期が来たら退位する。役職を果たせなくなったら交代する。もし、これが制度化されたら、天皇をもう一度、現人神に担ぎ上げ、国民支配のイデオロギーに利用することは難しくなる。そのために、天皇はこの「生前退位の意志」を明確にしたのではないか、というのだ。

 これはけっして、妄想ではない。天皇と皇后がこの数年、安倍政権の改憲、右傾化の動きに危機感をもっていることは、宮内庁関係者の間では、常識となっていた。実際、第二次安倍政権が発足し、改憲の動きが本格化してから、天皇、皇后はかなり具体的で踏み込んだ護憲発言を何度も口にしている。

 たとえば、2013年には、天皇が誕生日に際した記者会見で、記者の「80年の道のりを振り返って特に印象に残っている出来事を」という質問にこう答えている。

戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います

 日本国憲法を「平和と民主主義を守るべき、大切なもの」と最大限に評価した上で、わざわざ「知日派の米国人の協力」に言及し、「米国による押しつけ憲法」という右派の批判を牽制するような発言をしたのである。

 また、美智子皇后も同年の誕生日に、憲法をめぐってかなり踏み込んだ発言をしている。この1年で印象に残った出来事について聞かれた際、皇后は「5月の憲法記念日をはさみ、今年は憲法をめぐり、例年に増して盛んな論議が取り交わされていたように感じます」としたうえで、以前、あきる野市五日市の郷土館で「五日市憲法草案」を見た時の思い出を以下のように記したのだ。

明治憲法の公布(明治22年)に先立ち、地域の小学校の教員、地主や農民が、寄り合い、討議を重ねて書き上げた民間の憲法草案で、基本的人権の尊重や教育の自由の保障及び教育を受ける義務、法の下の平等、更に言論の自由、信教の自由など、204条が書かれており、地方自治権等についても記されています。当時これに類する民間の憲法草案が、日本各地の少なくとも40数か所で作られていたと聞きましたが,近代日本の黎明期に生きた人々の、政治参加への強い意欲や,自国の未来にかけた熱い願いに触れ、深い感銘を覚えたことでした。長い鎖国を経た19世紀末の日本で,市井の人々の間に既に育っていた民権意識を記録するものとして,世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います

http://lite-ra.com/2016/07/post-2416_3.html
 日本国憲法と同様の理念をもった憲法が日本でもつくられていたことを強調し、基本的人権の尊重や法の下の平等、言論の自由、信教の自由などが、けっして右派の言うような「占領軍の押しつけ」などでないことを示唆したのである。

 また、天皇、皇后は日本国憲法の精神に沿った新しいかたちの皇室作り、皇室の旧弊の改革にも熱心に取り組んできた。小泉政権のときに、女性・女系天皇が検討されたのも、実は明仁天皇の意向があったとされているし、皇居や御用邸を一部開放、最近は、自分の葬儀や墓について、陵墓を縮小して、埋葬を土葬から火葬へ切り替えたいという希望も表明している。

 しかし、安倍首相やそれを支える右派勢力にこうした天皇皇后の姿勢を真摯に受けとめようという気配はまったくない。それどころか、八木秀次など御用評論家に天皇批判をさせる一方、改憲の動きをますますエスカレートさせた。そして、先の参院選ではとうとう改憲勢力が3分の2を超えた。

 しかも、安倍政権の背後に控える改憲の発信源は、戦前回帰を狙う日本会議だ。日本会議の改憲の究極の目的は、まさに、明仁天皇が脱却を目指してきた大日本帝国憲法の復活であり、自民党の改憲草案もその明治憲法回帰の延長線上にある。

 もし、そんな方向での改憲が進められれば、これまで進めてきた護憲と皇室改革が水泡に帰す。天皇はこれに相当な危機感を抱き、再び天皇が「現人神」として利用されることがないよう「生前退位」の制度化の流れを作り出そうとしたのではないか。

 こうした見方は、まったく報道されていないし、これからも報道されることはないだろうが、皇室取材をしている記者やジャーナリストの間では、一般的な認識になっている。海外メディアの中には、今回の行動が安倍首相の改憲に対するものであると書いている新聞もある。

 たとえば、米「ニューヨークタイムズ」は13日付けの紙面で、「生前退位の知らせは、まさに安倍晋三総理の自民党が参議院で圧勝した3日後のことだ。安倍総理は改憲発議の要件である3分の2議席を獲得したのである。安倍氏は長年にわたり、日本の完全な戦争放棄を謳う憲法の条文を覆したい(overturn)という野望を抱いている」と書いた上で、「天皇は公的な政治的権限を有していないにせよ、今上天皇が生前退位によって皇位を継承させる徳仁皇太子の存在は、安倍首相が目指す憲法改正と好対照をなしているかもしれない」と指摘している。

 一方、安倍官邸や日本会議は逆に、この報道に苛立ちを隠せない。官邸は、一旦は報道を天皇の強い希望ということで、渋々参院選後の報道をOKしたものの、オフレコで、菅官房長官がNHKに激怒するコメントを発しているという。

http://lite-ra.com/2016/07/post-2416_4.html
 また、安倍政権の御用学者で、日本会議常任理事でもある百地章日本大学教授は朝日新聞に「明治の皇室典範をつくるときにこれまでの皇室のことを詳しく調べ、生前退位のメリット、デメリットを熟考したうえで最終的に生前譲位の否定となった。その判断は重い。生前譲位を否定した代わりに摂政の制度をより重要なものに位置づけた。そうした明治以降の伝統を尊重すれば譲位ではなくて摂政をおくことが、陛下のお気持ちも大切にするし、今考えられる一番いい方法ではないか」と、困惑を隠しきれないトーンで生前退位を否定するコメントを出した。

 天皇の身を賭した最後の改革への試みは果たして実を結ぶのか。安倍政権は官邸に渋々、皇室典範の改正の検討チームをつくったといわれているが、明治憲法を否定する「生前退位」に本気で取り組むとは思えないのだが……。

「ただ、安倍さんは歴史に名前を残すということにものすごい執着がありますからね。皇室典範を改正し、自分の任期中に生前譲位ということになれば、元号を自分の手で変えることができる。意外と深く考えずにそっちに乗る可能性もあります」(政治評論家)

 いずれにしても、安倍の頭の中にあるのは天皇を政治利用することだけ。こういうのをきっと連中の用語では「君側の奸」というのだろう。
(エンジョウトオル)

 

関連:

天皇陛下の生前退位 米紙が皇太子を分析「改憲と対照的」 日刊ゲンダイ
2016年7月14日
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/185669

2824f04b26d77f1cceee6356438460c6201 一方、この人は改憲に前のめり(C)日刊ゲンダイ

「天皇は政治的な権限を持っていないが、安倍首相が目指す憲法改正とは対照的な考え方を示すかもしれない」――。

 天皇が「生前退位」の意向を示されていると報じられたことについて、米紙NYタイムズ(電子版)は13日、天皇の地位を継承する皇太子を、「平和憲法を称賛してきた」と論評する記事を掲載した。

 記事では、天皇が03年に前立腺がん、12年に心臓手術などを受けたとし、公務負担が大きくなっていると指摘。昭和天皇も長い間、病気だったことから「天皇は(生前退位を)より容易にできるようにしたいと考えているようだ」との専門家の分析を伝えている。

「生前退位」は皇室典範の改正が必要で、少なくとも1~2年かかるとみられる。参院選で勝った安倍政権は改憲に前のめりになりつつあるが、皇室典範の改正が優先されれば、改憲論議は後回しになる可能性がある

 

天皇家と安倍政権が対立!? 護憲姿勢強める天皇・皇后を首相の側近が批判!
エンジョウトオル 安倍晋三 皇室
2014.11.05
http://lite-ra.com/2014/11/post-605.html

 それは、安倍首相に対して発せられたとしか思えないものだった。10月20日の誕生日を前にした文書コメントで、美智子皇后が「来年戦後70年を迎えることについて今のお気持ちをお聞かせ下さい」という質問に、こう答えたのだ。

「私は、今も終戦後のある日、ラジオを通し、A級戦犯に対する判決の言い渡しを聞いた時の強い恐怖を忘れることが出来ません。まだ中学生で、戦争から敗戦に至る事情や経緯につき知るところは少なく、従ってその時の感情は、戦犯個人個人への憎しみ等であろう筈はなく、恐らくは国と国民という、個人を越えた所のものに責任を負う立場があるということに対する、身の震うような怖れであったのだと思います」

 実はこの皇后発言の2ヶ月前、安倍首相がA級戦犯として処刑された元日本軍人の追悼法要に自民党総裁名で哀悼メッセージを送っていたことが報道されていた。連合国による裁判を「報復」と位置づけ、処刑された全員を「昭和殉難者」として慰霊する法要で、安倍首相は戦犯たちを「自らの魂を賭して祖国の礎となられた」と賞賛したという。

 皇后の言葉はこうしたタイミングで出てきたものだ。しかも、それは記者からA級戦犯をどう思うかと質問されたわけではない。自らA級戦犯の話題を持ち出し、その責任の大きさについて言及したのである。

「天皇と皇后両陛下は、安倍政権の改憲、右傾化の動きに相当な危機感をもたれている」

 宮内庁記者や皇室関係者の間では少し前からこんな見方が広がっていた。天皇・皇后は、即位した直後からリベラルな考えをもっているといわれていたが、それでも以前は、一言か二言、憲法や平和、民主主義についてふれる程度だった。それが、第二次安倍政権が発足し、改憲の動きが本格化してから、かなり具体的で踏み込んだ護憲発言が聞かれるようになったのだ。

 たとえば、昨年、天皇は誕生日に際した記者会見で、記者の「80年の道のりを振り返って特に印象に残っている出来事を」という質問にこう答えている。

「戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います」

 日本国憲法を「平和と民主主義を守るべき、大切なもの」と最大限に評価した上で、わざわざ「知日派の米国人の協力」に言及し、「米国による押しつけ憲法」という右派の批判を牽制するような発言をしたのである。

http://lite-ra.com/2014/11/post-605_2.html
 また、美智子皇后は昨年の誕生日にも、憲法をめぐってかなり踏み込んだ発言をしている。この1年で印象に残った出来事について聞かれた際、皇后は

「5月の憲法記念日をはさみ、今年は憲法をめぐり、例年に増して盛んな論議が取り交わされていたように感じます」

 としたうえで、以前、あきる野市五日市の郷土館で「五日市憲法草案」を見た時の思い出を以下のように語り始めたのだ。

「明治憲法の公布(明治22年)に先立ち、地域の小学校の教員、地主や農民が、寄り合い、討議を重ねて書き上げた民間の憲法草案で、基本的人権の尊重や教育の自由の保障及び教育を受ける義務、法の下の平等、更に言論の自由、信教の自由など、204条が書かれており、地方自治権等についても記されています。当時これに類する民間の憲法草案が、日本各地の少なくとも40数か所で作られていたと聞きましたが、近代日本の黎明期に生きた人々の、政治参加への強い意欲や、自国の未来にかけた熱い願いに触れ、深い感銘を覚えたことでした。長い鎖国を経た19世紀末の日本で、市井の人々の間に既に育っていた民権意識を記録するものとして、世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います」

 日本国憲法と同様の理念をもった憲法が日本でもつくられていたことを強調し、基本的人権の尊重や法の下の平等、言論の自由、信教の自由などが、けっして右派の言うような「占領軍の押しつけ」などでないことを示唆したのである。

 そして、今回のA級戦犯発言──。これはどう考えても偶然ではないだろう。この期に及んでA級戦犯を英雄視する首相に対して、「責任をとることの意味を考えなさい」と諭したとも受け取れる言葉だ。

 もっとも、安倍首相やそれを支える右派勢力にこうした天皇・皇后の発言を真摯に受けとめようという気配はまったくない。それどころか、首相の周辺からは、天皇に対する批判発言までが飛び出している。

 今年4月、安倍政権下で教育再生実行会議委員をつとめるなど、安倍首相のブレーンとして知られる憲法学者の八木秀次が「正論」(産業経済新聞社)5月号で「憲法巡る両陛下のご発言公表への違和感」という文章を発表。そこで、天皇・皇后に安倍内閣の批判をするな、と説教をしたのである。

「両陛下のご発言が、安倍内閣が進めようとしている憲法改正への懸念の表明のように国民に受け止められかねない」
「宮内庁のマネジメントはどうなっているのか」

http://lite-ra.com/2014/11/post-605_3.html
 この憲法学者は、日本国憲法第99条に「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」という条文があることを知らないらしい。そもそも現天皇は戦後憲法によって天皇に即位したのであり、自己の立脚基盤を憲法におくことは当然なのだ。象徴天皇制とは戦後レジームの象徴であり、だからこそ天皇と皇后は常に戦後憲法理念である平和と民主主義の擁護を語ってきた。そういう意味では、先に喧嘩を売ったのは、その戦後天皇制の立脚点をはずしにかかった安倍政権のほうなのだ。

 だが、彼らにこんな理屈は通用しない。ネット上では安倍首相支持者が、護憲発言を繰り返す天皇・皇后に対して「在日認定」という表現で非難するケースまで出てきている。

 これまで、安倍首相が議連会長をつとめる神道政治連盟はじめ、右派勢力は天皇を再び国家元首にかつぎあげることを公言し、天皇を中心とした祭政一致国家の復活を声高に叫んできた。ところが、天皇が護憲や平和、民主主義を口にし始めたとたん、その存在を敵視し、天皇を棚上げするかたちで国家主義政策を進め始めたのだ。現在の天皇・皇后はむしろ、政権に疎んじられ、完全に孤立しているようにすら見える。

 しかも、こうした状況に拍車をかけているのが、マスコミの対応だ。新聞、テレビはオランダ王室との華やかな宮中晩餐会などを大々的に報道する一方で、天皇や皇后のこうした憲法発言はほとんど取り上げようとしない。

 たとえば、天皇が昨年の誕生日会見で、「平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り〜」と憲法に言及した部分について、NHKは安倍政権に配慮して、完全に削除してしまった。また、今年の美智子皇后の「A級戦犯」発言についても、この部分を大きく取り上げた新聞、テレビは皆無に近かった。全国紙の政治部記者がその理由をこう解説する。

「読売、産経、NHKは安倍政権の広報機関のようなものですから、改憲に水を差すような発言は報道しない。一方、朝日などの左派系メディアは今、弱っていますから、それを取り上げることで『天皇の政治利用だ!』 と言われるのを恐れて腰が引けている。結局、天皇陛下や皇后陛下がどんなに護憲発言をしても、国民には伝わらない、そういう状況になっています」

 この先、おそらく天皇と皇后はますます孤立を深め、何を話しても政権から無視される状態になっていくだろう。だが、そのことは、天皇が政治利用される危険性がなくなるということとイコールではない。たとえば、代替わりをして、次の天皇や皇后が自分たちの意に沿う発言をしてくれるとなれば、改憲をめざす国家主義的勢力は確実に「天皇のお言葉を聞け」と政治利用に乗り出すはずだ。

 実際、安倍政権と一部の保守勢力はすでに皇太子、雅子妃夫妻を今の天皇、皇后とは逆の方向に導くべく動き始めているという見方もある。次回はその辺りについても検証してみたい。
(エンジョウトオル)

 

安保法採決へ! 天皇・皇后が“逆賊”安倍首相に抗した言葉は踏みにじられてしまうのか
エンジョウトオル 安倍晋三 皇室
2015.07.15
http://lite-ra.com/2015/07/post-1283.html

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戦争をしない国 明仁天皇メッセージ』(小学館)

 ついに、安保関連法案の採決が強行される。戦後日本がかろうじて守ってきた平和主義を根底からくつがえす安倍首相の暴走に、いったい、あの方たちはどういう思いを抱いているのだろう。

 そう。明仁天皇と美智子皇后のことだ。本サイトでも報じたように、天皇と皇后は安倍政権の改憲の動きに強い危機感を抱いていると伝えられてきた。おそらく、いま、起きている事態にも相当に深刻な思いを抱いているに違いない。

 先月30日、その天皇の思いがひしひしと伝わってくる一冊の本が出版された。タイトルは、『戦争をしない国 明仁天皇メッセージ』(小学館)。著者は、ベストセラーとなった『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社インターナショナル)の矢部宏治氏だ。

〈実は現在の日本で、明仁天皇と美智子皇后ほど大きな闇を体験し、その中でもがき、苦しみ、深い思索を重ねた方は珍しいのではないかと私は思っています〉
〈象徴天皇という大きな制約のもと、折にふれて発信される明仁天皇の考え抜かれたメッセージ。その根底にあるのは、「平和国家・日本」という強い思いです〉(同書・「まえがき」より)

 たしかに、天皇はとくに近年、かなり踏み込んだ発言を行っている。たとえば、80歳となった2013年の誕生日会見では、これまでの歩みを振り返って「やはり最も印象に残っているのは先の戦争のことです」と語り、こう続けた。

「戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います」

 現状の平和と民主主義、そして憲法を「守るべき大切なもの」と語るこの言葉は、明確な護憲発言だ。また、憲法をつくった主語を「日本」とし、「知日派の米国人の協力も忘れてはならない」と加えるあたりは、「連合国からの押しつけ憲法論」への反論ともとれる発言である。本書の著者もまた〈「平和と民主主義」を大切にする現在の日本国憲法を、自分は徹底して守っていくのだという強い決意の表明〉だと評しているが、既報の通り、NHKはこの部分だけをカットして一切報じることがなかった。逆にいえば、政権にとってこの発言がいかに都合が悪いものだったかの証拠でもあるだろう。

http://lite-ra.com/2015/07/post-1283_2.html
 一方、美智子皇后も同じように、昨年10月20日の誕生日を前にした文書コメントで、「来年戦後70年を迎えることについて今のお気持ちをお聞かせ下さい」という質問に、こう答えている。

「私は、今も終戦後のある日、ラジオを通し、A級戦犯に対する判決の言い渡しを聞いた時の強い恐怖を忘れることが出来ません。まだ中学生で、戦争から敗戦に至る事情や経緯につき知るところは少なく、従ってその時の感情は、戦犯個人個人への憎しみ等であろう筈はなく、恐らくは国と国民という、個人を越えた所のものに責任を負う立場があるということに対する、身の震うような怖れであったのだと思います」

 皇后自らがA級戦犯の話題をもち出し、その責任の大きさについて言及する。──これは異例のコメントだが、こちらもすでに本サイトでお伝えしたように、じつはこの皇后発言の2か月前には、安倍首相がA級戦犯として処刑された元日本軍人の追悼法要に自民党総裁名で哀悼メッセージを送っていたことが報道されていた。連合国による裁判を「報復」と位置づけ、処刑された全員を「昭和殉難者」として慰霊する法要で、安倍首相は戦犯たちを「自らの魂を賭して祖国の礎となられた」と賞賛したという。皇后の言葉は、このようなタイミングで出てきたものなのだ。

 美智子皇后は2013年の誕生日にも、「5月の憲法記念日をはさみ、今年は憲法をめぐり、例年に増して盛んな論議が取り交わされていたように感じます」 とした上で、以前、あきる野市五日市の郷土館で「五日市憲法草案」を見たときの思い出を語っている。

「明治憲法の公布(明治22年)に先立ち、地域の小学校の教員、地主や農民が、寄り合い、討議を重ねて書き上げた民間の憲法草案で、基本的人権の尊重や教育の自由の保障及び教育を受ける義務、法の下の平等、更に言論の自由、信教の自由など、204条が書かれており、地方自治権等についても記されています。当時これに類する民間の憲法草案が、日本各地の少なくとも40数か所で作られていたと聞きましたが、近代日本の黎明期に生きた人々の、政治参加への強い意欲や、自国の未来にかけた熱い願いに触れ、深い感銘を覚えたことでした」

 日本国憲法以前から同じの理念をもった憲法が日本でもつくられていたこと、基本的人権の尊重や法の下の平等、言論の自由、信教の自由などが、右派の言うような「占領軍の押しつけ」などでないこと。美智子皇后はそのことをわざわざ示唆したのだ。

http://lite-ra.com/2015/07/post-1283_3.html
 まるで憲法改正の動きに反応したかのようなメッセージを発する、天皇と皇后。だが、“先の戦争”への反省と“平和”に対する思いは、つねづねふたりが口にしてきたことだ。

 今年の元旦、天皇が述べた新年の感想は、このようなものだ。

「本年は終戦から70年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。(中略)この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、いま、極めて大切なことだと思っています」

 戦争の歴史を正しく知り、未来を考えよう。そのスタンスは、中国や韓国への“謝罪”にもつながっている。1992年、日本の天皇としてはじめて中国を訪問した際、天皇はこう述べている。

「この両国の関係の永きにわたる歴史において、我が国が中国国民に対し多大な苦難を与えた不幸な一時期がありました。これは私の深く悲しみとするところであります。戦争が終わった時、我が国民は、このような戦争を再び繰り返してはならないとの深い反省にたち、平和国家としての道を歩むことを固く決意して、国の再建に取り組みました」

 これは「明確な謝罪」といえるものだが、94年に韓国の金泳三大統領を招いた宮中晩餐で、韓国に対しても同様の発言を行っている。

 そして、忘れてはいけないのは、沖縄への深い感心だろう。天皇は、沖縄で最初の慰霊碑である「魂魄の塔」について、こんな琉歌を詠んでいる。

〈花よおしやげゆん 人知らぬ魂 戦ないらぬ世よ 肝に願て〉
(花を捧げます 人知れず亡くなった多くの人の魂に 戦争のない世を 心から願って)

http://lite-ra.com/2015/07/post-1283_4.html
 この歌を詠む以前、1975年に皇太子として現天皇がはじめて沖縄に訪問した際、ひめゆりの塔で火炎瓶が投げ込まれるという事件が起こった。訪問前から「石ぐらい投げられてもいい。そうしたことに恐れず、県民のなかに入っていきたい」と語っていたと言われているが、それほどに沖縄には、「沖縄が本土防衛のための捨て石にされた」という天皇への怒りがあったのだ。結局、大事にいたることはなく、その後もスケジュール通りに行事は進んだが、ひめゆりの塔のあとに現天皇が向かったのが「魂魄の塔」だった。この日、記者に配られた談話には、こう綴られている。

〈(前略)払われた多くの犠牲は、一時の行為や言葉によってあがなえるものでなく、人々が長い年月をかけてこれを記憶し、一人一人、深い内省の中にあって、この地に心を寄せ続けていくことをおいて考えられません〉

 実際、それ以降、〈皇太子時代に5回、天皇時代に5回の計10回〉と積極的に沖縄を訪問。沖縄で米軍による少女暴行事件が起こった翌年96年には、誕生日の会見で「沖縄の問題は、日米両国政府の間で十分に話し合われ、沖縄県民の幸せに配慮した解決の道が開かれていくことを願っております」と言及している。

 平和を希求し、中国や韓国といった近隣諸国に深い反省を述べ、沖縄に思いを馳せる。──こうして発言を振り返ると、天皇と安倍首相は、ことごとく対照的だ。

 たとえば、現在、安倍政権は国立大学での入学式・卒業式で国旗掲揚と国歌斉唱を行うよう求めている。が、これにしても、04年の秋の園遊会で米長邦雄・,元棋士に「日本中の学校にですね、国旗をあげて国家を斉唱させるというのが、私の仕事でございます」と言われたとき、天皇は「やはり、強制になるということではないことが望ましいですね」と返答している。著者は、この言葉の意味について、〈天皇という権威をかかげて、国民に法的根拠のない義務を強制する。そうした日本の社会や権力者のあり方が、戦前は多くの国民の命を奪うことになりました。(中略)明仁天皇のこの言葉には、二度とそうしたことがあってはならないという強い決意がこめられています〉というが、そうした反省が安倍政権にはない。それどころか、日本会議との接近や言論弾圧の一件を取っても、戦前回帰を目論んでいるとしか思えない態度だ。

http://lite-ra.com/2015/07/post-1283_5.html
 天皇が、安倍政権に危機感を感じていることは折々の言葉を見ればあきらかだが、他方、安倍政権側も天皇の発言を危険視している。事実、今年4月、安倍政権下で教育再生実行会議委員をつとめるなど安倍首相のブレーンとして知られる憲法学者の八木秀次氏は、「正論」(産業経済新聞社)5月号で「両陛下のご発言が、安倍内閣が進めようとしている憲法改正への懸念の表明のように国民に受け止められかねない」「宮内庁のマネジメントはどうなっているのか」と、暗に天皇・皇后を批判している。

 しかし、これは飛んだ的外れの批判だ。日本国憲法第99条には「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」という条文がある。そもそも現天皇は戦後憲法によって天皇に即位したのであり、自己の立脚基盤を憲法におくことは当然の話。むしろ、国会議員でありながら、憲法に立脚せず、到底合憲とはいえないシロモノを解釈改憲でどうにかしようとする安倍首相こそが、憲法に反しているのだ。

 ついにネトウヨたちから「在日」とまで呼ばれるようになった天皇・皇后。平和な国であってほしいという切実な思いは、安保法制採決によって、このまま踏みにじられてしまうのだろうか。
(エンジョウトオル)

 

極右「WiLL」になぜ右翼団体がテロを起こしたのか?「天皇をないがしろにする安倍的右派」台頭と右右対立
エンジョウトオル皇室
2016.05.14
http://lite-ra.com/2016/05/post-2243.html

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「WiLL」(ワック)2016年6月号

 月刊誌「WiLL」の発行元であるワックが、右翼団体関係者に“襲撃”される事件が起こった。「WiLL」といえば、毎号のようにゴリゴリの歴史修正主義、や改憲、中国・韓国人へのヘイト攻撃を繰り返している極右雑誌。最近では、創刊号から編集長を務めた花田紀凱氏がスタッフをつれて他社へ移籍するという“分裂騒動”でも話題になった。

 報道によれば、複数の右翼団体で構成する「大日本愛国団体連合時局対策協議会」の理事を名乗る男(24)が、今月5月4日、東京千代田区にあるワックの入り口の窓ガラスを割って侵入。床に黒いペンキをまいたり消火器を噴射したりした後、自ら通報し、駆け付けた警官によって現行犯逮捕された。けが人はいなかった。

 男は“襲撃”の動機として、「WiLL」6月号に掲載された記事「いま再び皇太子さまに諫言申し上げます」の「内容が不敬だと思った」と供述しているという。同記事は、大阪大学名誉教授・加地伸行氏と電気通信大学名誉教授・西尾幹二氏による対談。両者ともに右派論壇の常連として知られる。そのなかで、たとえば西尾氏はこのように雅子妃をバッシングし、皇室を批判していた。

〈皇室という空間で生活し、儀式を守ることに喜びを見出さなければならないのに、小和田家がそれをぶち壊した。(略)加えて、適応障害でうつ病なら、何をしてもいいんだよとなってしまった。(略)夢幻空間の宇宙人みたいになっています〉(西尾氏)

 念のため言っておくが、言論活動に対して暴力的手段で封殺しようとするのは、表現の自由を壊す暴挙であり、決して許されるものではない。だが、これまでも、皇族バッシングや皇室制度の問題点に関する記事、あるいは反天皇制を思わせるとして標的にされた小説の版元に対して、右翼、民族派団体関係者が襲撃し、死傷者が発生する事件もあった。こうした暴力的手段が言論の萎縮や過剰な自主規制を招き、マスコミのいわゆる“菊タブー”形成のひとつの要因になってきたことは言うまでもない。

 しかし、「WiLL」は前述したように、ゴリゴリの極右雑誌。今回の事件については「なぜ右翼が右翼にテロルを仕掛けたのだろう」と考える向きもあるかもしれない。

 だが、“右派”と位置付けられる人々の皇室に対する姿勢は、必ずしも一致しているわけではなく、むしろ、立場の衝突から襲撃事件にまで展開するケースは珍しくない。

http://lite-ra.com/2016/05/post-2243_2.html
 遡れば、1993年、宝島社が発行していた雑誌「宝島30」に、現役の宮内庁職員であるという人物が「皇室の危機」という手記を寄稿したことがあった(93年8月号)。「大内糺」という著者の仮名から「大内手記」とも呼ばれたこの記事は、昭和天皇を崇拝する守旧派の職員が天皇一家や美智子皇后の姿勢が「皇室の伝統に反する」として批判したものであり、大きな話題となった。これに続いて、「週刊文春」も守旧派の立場から美智子皇后のバッシングキャンペーンを大々的に展開(同年9月16号など)。さらに他の出版社も便乗するなど、右派からの皇室批判が一種の社会現象になったのだ。

 しかし、同年11月、当時の宝島社社長宅や文芸春秋社社長宅が、右翼団体から銃撃を受ける事件が発生。つまり、右派からの批判に対する、右翼の言論テロであった。

 では、この右派あるいは右翼と呼ばれる陣営の皇室における姿勢の違いは、どこにあるのか。前述した「大内手記」掲載後、「宝島30」94年1月号で、昨年、脱右翼を宣言した民族派団体・一水会の木村三浩氏が“3つの考え方”について説明している。

 その1つ目が、〈天皇陛下と皇室の尊厳は絶対である。たとえどんな形態になろうとも、陛下御自身が選ばれた道なのだから、最後まで忠誠を誓ってついていこうという立場〉であり、これを「尊皇絶対派」とよぶ。

 2つ目が、〈天皇陛下が自ら選ばれたことでも、それが伝統と大きくかけ離れているとすれば、諌めて正すべきだという考え〉だ。これを「諫言・諫諍派」あるいは単に「諫言派」という。

 そして3つ目が、〈一生懸命に諫言しても、聞き入れていただけなかったらどうしたらいいのか。天皇陛下の御意志についていけない〉という考え方で、これを木村氏は儒教で君主を変えることを意味する「放伐」に近い、と語っている。

 この分類で考えると、おそらく、今回ワックを“襲撃”した右翼団体関係者は「尊皇絶対派」にあたると思われる。

 しかし、「WiLL」や掲載記事の対談者である西尾氏と加地氏が、そのタイトルにあるように「諫言派」、あるいは「放伐派」なのか、というと、これはそれ以前の問題だろう。

http://lite-ra.com/2016/05/post-2243_3.html
 そもそも、今の「WiLL」やその周辺に巣食う極右言論人には、最初から天皇に対する尊敬など微塵もないし、皇室の歴史もまったくわかっていない。たんに自分たちの歪んだ国家観や政治的野心を正当化するために、天皇や皇室を道具として利用しているにすぎない。

 実際、今回のワック襲撃事件を招いた加地、西尾両氏は対談でこんなことを語っていた。

〈日本にとって大事なのは、皇太子殿下ではなく皇室です〉〈日本が維持してきた家族主義を崩している象徴では〉(加地氏)
〈GHQに破壊された旧宮家のお役目を今こそ一日も早く復活させてもらいたい。今われわれの存じ上げている天皇家の方々が天皇家のすべてではないのですよ〉(西尾氏)

 ようするに「皇室を憂うる」を大義名分にして、実際には“伝統的家族制度”や“GHQによる破壊からの復活”などといったひとりよがりの政治的願望を吐き出しているだけなのだ。そして、自分たちの政治的野心を満たしてくれない現在の皇室、とりわけ雅子妃をあげつらい「宇宙人」などと嘲笑う。これは、天皇や皇后が護憲発言をしたとたん「天皇は在日だ」などという妄言を撒き散らしているネトウヨとほとんど変わりはないだろう。

 さらには、「WiLL」の態度は“天皇の政治利用”ですらなく、単なるマーケティングだと喝破する保守論者もいる。漫画家の小林よしのり氏が、5月6日付の自身のブログにて、西尾氏は「天皇陛下や皇室それ自体には、全然関心がない人」と批判、くだんの対談記事についてこのように分析している。

〈(かつて)西尾幹二が、雅子妃殿下をバッシングしたら、「WiLL」の読者から大受けだった、あれで調子に乗ってしまったんですね。(略)西尾幹二が雅子妃殿下バッシングをすると、皇室敬愛のふりだけしてる読者には、タブーを冒してくれたような快感が芽生えて、拍手喝采してしまったわけなんです。 困ったときの皇室バッシングで、部数が伸びますから、「週刊文春」以来の手口で、花田(紀凱)編集長も、散々やったわけです。今回はその花田が「WiLL」から出て、「HANADA」というよく似た雑誌を作って、二誌が競争する最初の号になるもんだから、「WiLL」の新編集長も、花田のお株を奪って、皇室バッシングならスキャンダラスで勝てるだろうと踏んだわけでしょう〉
〈酷いもんです。自称保守が自称でしかなく、本当は皇室を崩壊させたいという極左的な破壊衝動を持っている連中なのです。日本の伝統を壊すのは左翼ではなく、自称保守なのです〉

 いずれにしても、「愛国者」や「保守主義者」を自称する論者やメディアが実はもっとも「日本の伝統」や「皇室」をないがしろしにしているという倒錯的な状況が起きているのはまぎれもない事実だ。

http://lite-ra.com/2016/05/post-2243_4.html
 こうした風潮の萌芽は、前述した20年前の「宝島30」「週刊文春」襲撃事件の時にすでにあった。鈴木邦男氏が同じく「宝島30」94年1月号で、〈「皇室を憂うる」という錦の御旗のもとに「反天皇制」と変わらない記事や批判、中傷が氾濫する〉状況について、〈「憂国」は簡単に「反日」に転化してしまう〉と指摘している。

 鈴木氏によれば、〈天皇制は必要だが天皇個人はどうなってもいいと暴言を吐いた「天皇制支持者論者」もいた〉、〈「今ある天皇」がダメならば倒してもかまわない、と、そんな過激なことを言う(民族派の)学生もいた〉という。つまり、こうした「天皇をないがしろにする右派」が台頭してきた延長線上に、「WiLL」やネトウヨが存在しているということだろう。

 実は、こうした皇室への態度は、安倍政権にも通じている。事実、一昨年には、安倍政権下で教育再生実行会議委員をつとめるなど、安倍首相のブレーンとして知られる八木秀次氏が、「正論」(産経新聞社)14年5月号で、「両陛下のご発言が、安倍内閣が進めようとしている憲法改正への懸念の表明のように国民に受け止められかねない」「宮内庁のマネジメントはどうなっているのか」と天皇皇后の護憲の姿勢を批判。これは明らかに“安倍首相の悲願に背く皇室は邪魔だ”というメッセージだった。

 繰り返すが、言論活動を封殺する目的で行われるテロ行為は、決して許されるものではない。しかし、安倍政権を支える右派メディアが、天皇を崇拝する右翼活動家に攻撃を受けたという事実は、本当の「反日」が誰かということをあぶり出したともいえるだろう。
(エンジョウトオル)

 

 以下、エントリーで言及しているNYTの記事です。言及している部分は太字にしておきました。

Emperor Akihito of Japan Plans to Abdicate Throne, Broadcaster Says
By MOTOKO RICH JULY 13, 2016
http://www.nytimes.com/2016/07/14/world/asia/emperor-akihito-abdicate.html?ref=asia&_r=0

(↓クリックすると拡大します)スクロールして見るなら
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Emperor Akihito and Empress Michiko at the Akasaka Palace imperial garden in Tokyo in April. Credit Shizuo Kambayashi/Agence France-Presse — Getty Images

TOKYO — For the first time in nearly two centuries, an emperor of Japan has said that he will abdicate the throne before he dies.

According to NHK, the public broadcaster in Japan, Emperor Akihito, 82, who in 1989 succeeded his father, the wartime emperor Hirohito, told close aides that he intended to pass the throne to his son, Crown Prince Naruhito, 56, before he dies. No modern emperor has done so: The last emperor to abdicate was Emperor Kokaku, in 1817.

The emperor’s role is now entirely ceremonial. Until the end of World War II, the Japanese public revered the emperor as a demigod, and he served as commander in chief of the army. After Emperor Hirohito surrendered at the end of World War II, the country’s American occupiers stripped him of all political authority. Today, many Japanese still hold the emperor in high regard.

According to NHK, Emperor Akihito, who was treated for prostate cancer in 2003 and underwent heart surgery in 2012, plans to make a formal announcement shortly.

“It’s a tiring job,” said Robert Dujarric, director of the Institute of Contemporary Asian Studies at Temple University in Tokyo. “He’s getting old.”

Emperor Akihito may be trying to avoid the drama of his own succession. His father was ill for many years before his death. “This emperor seems to want to make it easier and make it more matter of fact,” said Sheila A. Smith, senior fellow for Japan studies at the Council on Foreign Relations in Washington.

After the NHK report, however, the Asahi Shimbun, a left-leaning newspaper, reported that Shinichiro Yamamoto, deputy director of the Imperial Household Agency, denied the abdication report, saying that the emperor had “no such intention.”

A spokesman for the Imperial Household Agency could not immediately be reached for comment.

The report of the planned abdication comes just three days after the Liberal Democratic Party of Prime Minister Shinzo Abe and its allies won a commanding victory in parliamentary elections, capturing two-thirds of the seats in the upper house, the amount required to initiate a constitutional revision. Mr. Abe has long had an ambition to overturn the constitutional clause that calls for Japan’s complete renunciation of war.

Although the emperor has no official political authority, Prince Naruhito could offer a counterpoint to Mr. Abe’s goals. He has repeatedly commended the pacifist Constitution written by the American occupiers in 1947. On the eve of his 55th birthday, in 2015, Prince Naruhito praised the Constitution and said he wanted to “engrave in the mind the preciousness of the peace.”

For the emperor to abdicate, Parliament would have to revise the imperial law, which stipulates that the throne passes on after the death of the monarch.

Makiko Inoue contributed reporting.

 

 内田樹さんのツイと、Le Monde記事の和訳と、次に元記事

https://twitter.com/levinassien/status/753843426014003200

 

 以下、ブログ(内田樹の研究室)より。

2016.07.15
ルモンドの記事から(天皇退位について)
http://blog.tatsuru.com/2016/07/15_1542.php

L’abdication de l’empereur évoquée
LE MONDE | 14.07.2016 à 07h37

天皇は退位の意向を持っていないと7月13日水曜日夕刻に宮内庁は断言した。同日の早い時間に、公共放送NHKと共同通信は数年以内に明仁が退位する可能性があることを報じた。
1989年に即位し、現在82歳になる天皇は、政府筋によると、以前から「この地位にあるものが果すべき責務」を十全に担い得る者に譲位したいという意向を洩らしていた。
「退位はない」と同日夜に宮内庁の山本信一郎次長は述べた。だが、観測筋によると、これほどのニュースが確かな筋からの裏づけなしにNHKや共同通信から報道されることはありえないという。さきに五月に宮内庁は君主の公務の削減を発表していた。
この情報の裏づけが取れれば、これは明仁の直系の祖である光格天皇(1771~1840)が1817年に退位して以来のこととなる。
その場合、皇位は皇太子徳仁(56歳)に継承される。皇太子はオックスフォードで学び、元外交官の雅子妃と結婚している。夫妻には愛子(14歳)という一女がある。
退位については法律に規定がない。この問題はただちにメディアと政界を揺るがすことになる。
「皇室典範の改定が必要になると思う」と与党自民党の佐藤勉国対委員長は述べた。皇室典範には退位の規定がなく、第四条には「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」としか書かれていないからである。
皇室典範の改定には全党派が支持している。ただし、共産党は小池晃書記長が退位の声明はまだ公式なものではないと述べて態度を保留している。
今上天皇は日本の125代天皇で、歴史上はじめて平民(日清製粉という食品業者の社長の娘)を皇后に迎えた。彼は率直で国民に親しい天皇というイメージを作り上げて、日本国民には非常に人気がある。
高齢に伴い、天皇は儀礼的な活動を抑制し、訪日する外国要人との公式会食や地方自治体の首長との会見などを減らして来た。2009年にも天皇皇后は日本各地訪問の際のスピーチを断っている。
明仁は今年の冬に風邪を引いた。2012年には冠状動脈のバイパス手術を受け、その1年前には肺炎に罹患し、2003年には前立腺腫瘍の手術を受けている。
退位についての情報は7月10日の参院選における安倍晋三総理大臣陣営の圧勝の三日後にリークされた。参院選の当日、安倍氏は日本経済の難問への取り組みを後回しにして、1947年制定の平和憲法の改定に言及した。
2012年に起草された自民党の改憲草案によれば、天皇の地位は現行憲法における「国家と国民の統合の象徴」から「国家元首」になる。
天皇には政治的権威はないが、天皇は安倍氏の政策選択に必ずしも同意していない。
第二次世界大戦時の役割についていまだに議論されている裕仁の後継者として、明仁は世界平和と、軍国主義日本の犠牲となった国々とりわけ中国と韓国との和解をつよく求めて来た。
2015年に明仁は終戦70年記念に際してさきの大戦に対する「深い反省」の意を表明した。後継者である徳仁皇太子も憲法に対する愛着と、「平和のはかりしれない価値を心に刻む」との意志を約束している。

 

 ↑内田樹さんが和訳した記事の↓元記事

L’abdication de l’empereur évoquée
LE MONDE | 14.07.2016 à 07h37 • Mis à jour le 14.07.2016 à 09h24 | Par Philippe Mesmer (Tokyo, correspondance)
http://www.lemonde.fr/asie-pacifique/article/2016/07/14/l-abdication-de-l-empereur-evoquee_4969281_3216.html#meter_toaster

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Si elle était officialisée, l’abdication d’Akihito serait la première depuis celle, en 1817, de l’empereur Kokaku (1771-1840), son ancêtre en ligne directe. ? Thomas Peter / Reuters / REUTERS

L’empereur du Japon n’a pas l’intention d’abdiquer, a assuré, mercredi 13 juillet dans la soirée, le Palais impérial. Un peu plus tôt dans la journée, la chaîne de télévision publique NHK, ainsi que l’agence de presse Kyodo avaient indiqué qu’Akihito pourrait abdiquer d’ici quelques années. Agé de 82 ans, le souverain, monté sur le trône en 1989, aurait évoqué, selon des sources gouvernementales, la nécessité d’avoir sur le trône de l’archipel quelqu’un pouvant pleinement assumer « les devoirs liés à sa charge ».

« Ce n’est absolument pas vrai », a affirmé, tard dans la soirée de mercredi à des journalistes, le directeur adjoint de la maison impériale, Shinichiro Yamamoto. Selon les observateurs, une information aussi explosive n’aurait pu être donnée par la NHK et Kyodo sans une très bonne source. En mai, l’agence de la Maison impériale avait annoncé une diminution de l’activité du souverain.

Si elle était officialisée, il s’agirait de la première abdication depuis celle, en 1817, de l’empereur Kokaku (1771-1840), ancêtre en ligne directe d’Akihito. Le trône reviendrait au fils d’Akihito, le prince Naruhito, 56 ans, qui étudia à Oxford et est marié à la princesse Masako, une ancienne diplomate. Le couple a une fille, Aiko, de 14 ans.

L’abdication n’est pas prévue par la loi

La question a, en tout cas, très vite mobilisé l’ensemble des médias et de la classe politique. « Je pense qu’il faut modifier la législation encadrant le fonctionnement de la Maison impériale », s’est empressé de déclarer Tsutomu Sato, responsable des affaires parlementaires du Parti libéral démocrate, le PLD au pouvoir.

Cette législation ne prévoit pas le cas d’abdication. L’article 4 de ce texte mentionne simplement qu’« en cas de décès de l’empereur, l’héritier impérial doit immédiatement monter sur le trône ».

La proposition de révision est appuyée par l’ensemble des partis. Seul le Parti communiste est apparu réservé, son secrétaire général Akira Koike ayant rappelé que l’annonce de l’abdication n’était pas officielle.

Image de simplicité et de proximité

L’actuel souverain, le 125e de la lignée impériale nippone, fut le premier à épouser une roturière, Michiko Shoda, fille du président du géant de l’agroalimentaire Nisshin Seifun. Il a également construit une image de simplicité et de proximité avec la population et bénéficie d’une réelle popularité.

Vieillissant, il a réduit ses activités protocolaires, notamment les repas officiels avec les dirigeants étrangers en visite et les rencontres avec les responsables des autorités locales. En 2009 déjà, le couple impérial avait renoncé aux discours lors des visites de villes du Japon.

Akihito a souffert d’une grippe cet hiver. En 2012, il a subi un pontage coronarien, un an après avoir été soigné pour une pneumonie. En 2003, il avait été traité pour une tumeur à la prostate.

Projet de modification de la loi fondamentale

L’information sur l’abdication a été dévoilée trois jours après le large succès du camp du premier ministre Shinzo Abe aux élections sénatoriales du 10 juillet. Le jour même de cette victoire, renvoyant au second plan les difficultés de l’économie japonaise, M. Abe avait évoqué la révision de la Constitution pacifiste de 1947.

Selon un projet de nouvelle loi fondamentale rédigé en 2012 par son parti le PLD, le statut de l’empereur changerait. De simple « symbole de l’Etat et d l’unité du peuple », il redeviendrait « le chef de l’Etat ».

Malgré l’absence d’autorité politique de l’empereur, il semble qu’il n’approuve pas toujours les choix de M. Abe. Héritier d’Hirohito, dont le rôle dans la Seconde Guerre mondiale reste discuté, il a toujours manifesté son attachement à la paix et à la réconciliation avec les pays victimes du militarisme nippon, notamment la Chine et la Corée.

En 2015, il avait profité du 70e anniversaire de la fin du conflit pour exprimer ses « profonds remords » pour cette guerre. Le prince héritier Naruhito a lui rappelé son attachement à la Constitution et sa volonté de « fixer dans les esprits la précieuse valeur de la paix ».

  

 以下、最初の所で追加で紹介した関連ツイート

https://twitter.com/levinassien/status/753891819604193280

 

https://twitter.com/levinassien/status/753889747773235201

 

https://twitter.com/mas__yamazaki/status/753887066107187200

 

https://twitter.com/mas__yamazaki/status/753886344896614401

 

https://twitter.com/mas__yamazaki/status/753815749987184640

 

https://twitter.com/ujikenorio/status/477667126354788352

 

https://twitter.com/SetsuKobayashi/status/751597358849282048

 

https://twitter.com/levinassien/status/753449454754148352

 

https://twitter.com/levinassien/status/753393130729119744

 

https://twitter.com/levinassien/status/753386504806739969

 

https://twitter.com/levinassien/status/753380929570078721

 

https://twitter.com/levinassien/status/753379848039510016

 

https://twitter.com/levinassien/status/753379345054375937

 

https://twitter.com/HarryFurumura/status/753220139642781696

 

https://twitter.com/levinassien/status/753178205440188417

 

https://twitter.com/levinassien/status/753181726046687232

 

https://twitter.com/levinassien/status/753181230644928512

 

https://twitter.com/levinassien/status/753180783813111808

 

https://twitter.com/levinassien/status/753180177601994755

 

https://twitter.com/levinassien/status/753179555938959360

 

https://twitter.com/levinassien/status/753391521408258048

 

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