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2015年3月31日 (火)

2015年3月の小出裕章ジャーナルなど。

 毎月、月末に表示するようにしておきます。

前月のは⇒2015年2月の小出裕章ジャーナルなど。 

 

20150328 R/F #116「小出裕章ジャーナル」【プルサーマルの危険性】
tacc77
https://youtu.be/ZRghZ1fKz0U

2015/03/28 に公開

~第116回小出裕章ジャーナル~
プルサーマルの危険性「プルトニウムを混ぜるというようなことをすれば、より危険が増えてしまう。そのことはもう争う余地がなく当たり前のことです」

小出ジャーナル文字起こし全文はこちら
http://www.rafjp.org/koidejournal/no116/

ラジオ・フォーラム【公式】
http://www.rafjp.org/program-archive/116-3/

 

20150327 報道するラジオ「先週に引き続き…原発作業員が語る4年」
tacc77
https://youtu.be/goyvs1fUIDE

2015/03/27 に公開

■2015年3月27日【金】 先週に引き続き・・・原発作業員が語る4年

原発作業員へのインタビューからわかることがたくさんあり、
今年は2週にわたって上田崇順アナウンサーが報告します。

事故直後から、衝撃的な事実が明らかになっている原発作業員の賃金について、
驚くべき実態です。
また、原発作業員が語る汚染水の現実。
福島第一原発とその地域がどうのように変貌してきているのか、
外からはわからない情況を語ってくれます。
事故から4年の福島第一原発と、事故収束を支える原発作業員、
リスナーの皆様はどのように感じられますでしょうか。

今回も、取材にご協力頂けた原発作業員の方々に深い敬意と感謝を申し上げます。

上田アナウンサーへの質問をお待ちしています。
どうかお寄せ下さい。

報道するラジオホームページ
http://www.mbs1179.com/hou/ 

 

20150320 報道するラジオ「原発作業員が語る4年」【再編集版】
tacc77
https://youtu.be/nwYe4s3qx_A

2015/03/25 に公開

■2015年3月20日【金】 原発作業員が語る4年

福島第一原発の事故発生から4年。
今夜の「報道するラジオ」では、
上田崇順アナウンサーが再び福島県に行き、
原発作業員の今をリポートします。

現在、福島第一原発では作業員が大幅に増やされ、
1日約7000人が廃炉作業を進めています。
しかし、今年1月には作業員がタンクから転落して死亡するなど、
事故が相次ぎ、東電の安全対策が課題になっています。
また、敷地内の放射線量は依然として高く、
作業員は常に被爆の危険と隣り合わせの状態です。

福島第一原発の中で、今何が起きているのか。
廃炉作業は本当に進んでいるのか。
原発作業員の生の声をお届けします。

報道するラジオホームページ
http://www.mbs1179.com/hou/ 

 

20150321 R/F #115「小出裕章ジャーナル」【東日本壊滅を回避させた奇跡とは】
tacc77
https://youtu.be/gxPAzghpHBc

2015/03/21 に公開

~第115回小出裕章ジャーナル~
東日本壊滅を回避させた奇跡とは「定期検査の日程が遅れていて、まだその原子炉の真上のプールに水が入っていたということがまず第1の奇跡です」

小出ジャーナル文字起こし全文はこちら
http://www.rafjp.org/koidejournal/no115/

ラジオ・フォーラム【公式】
http://www.rafjp.org/program-archive/115-3/

 

20150314 R/F #114「小出裕章ジャーナル」【原発事故から4年】
tacc77
https://youtu.be/yOT-AsC4XHE

2015/03/14 に公開

~第114回小出裕章ジャーナル~
原発事故から4年「敷地の中全体が放射能の沼のような状態になってしまっていて、毎日毎日どんどん海に向かって汚染が流れ出ていってるわけです」

小出ジャーナル文字起こし全文はこちら
http://www.rafjp.org/koidejournal/no114/

ラジオ・フォーラム【公式】
http://www.rafjp.org/program-archive/114-3/

 

20150313 報道するラジオ「東日本大震災4年~福島と原発のいま」
tacc77
https://youtu.be/5GXzqghUwIY

2015/03/13 に公開

SOBA:10分57秒から、メルトダウンした溶融燃料とその場所を探すための宇宙から振ってくる透過性の高い「ミュー粒子」について。

■2015年3月13日【金】 東日本大震災4年~福島と原発のいま

東日本大震災から4年がたちました。
福島第一原発はいま、どうなっているのでしょうか?
これから長期間にわたり、私たちが背負っていかなければならない課題について、
京都大学原子炉実験所助教の小出裕章さんに、お話を聞きます。
中間貯蔵施設、廃炉作業、汚染水が主なテーマです。
もうひとりのゲストは、
「生業を返せ!「地域を返せ!福島原発訴訟」の原告団長の中島孝さんです。
中島さんは、福島県相馬市で、スーパーを経営していて、
鮮魚の販売などの面で、原発事故の影響を大きく受けました。
福島の漁業はどんな状況なのか、
汚染雨水の外洋への流出を東京電力が公表しなかったことについて、
漁業者はじめ住民はどう思っているのか、
損害賠償を求める裁判は現在どうなっているのか、お話を聞きます。
小出さん、中島さんに質問のある方は、メール・FAXでお寄せください。

報道するラジオホームページ
http://www.mbs1179.com/hou/ 

 

20150307 R/F #113「小出裕章ジャーナル」【汚染水の状況】
tacc77
https://youtu.be/0SD99vjpmVU

2015/03/07 に公開

~第113回小出裕章ジャーナル~
汚染水の状況「未だに350トンもの汚染水が毎日増え続けるという、そういう状況になっています」

小出ジャーナル文字起こし全文はこちら
http://www.rafjp.org/koidejournal/no113/

ラジオ・フォーラム【公式】
http://www.rafjp.org/program-archive/113-3/

 

 以下、資料として採録。

京大:反原発の闘いこれからも…小出裕章助教が定年退職へ
毎日新聞 2015年02月19日 15時15分(最終更新 02月19日 16時17分)
http://mainichi.jp/select/news/20150219k0000e040233000c.html
Internet Archive 

20150219k0000e040241000p_size7 小出裕章さん=2014年7月、松井豊撮影

 京都大学原子炉実験所=大阪府熊取(くまとり)町=の研究者として、40年以上、原発の危険性を指摘し続けてきた小出裕章(こいで・ひろあき)助教(65)が3月末で定年退職を迎える。市民に分かりやすい語り口で原子力利用に伴うリスクを訴える論客で、東京電力福島第1原発事故以降は週末ごとに全国の市民団体などの求めに応じて講演してきた。今月27日には同僚と始めた自主講座「原子力安全問題ゼミ」で最終講義をする。

 ◇今月27日「最終ゼミ」

 小出さんは1974年、実験所に助手として採用された。もともと「原子力開発に命をかけるつもりだった」という原発推進派だったが、原発が都会に建てられず、過疎地に危険性が押しつけられている現実を知り、一転、反対派に。原発に批判的な実験所の同僚5人と研究グループを作り、市民が参加可能な「安全問題ゼミ」を開いた。活発な反原発の動きが注目され、「熊取の6人組」などと呼ばれた。

 福島原発事故以後は、日常業務の傍ら週末などに約230回講演に出かけ、ラジオ番組に約150回出演した。27日午後2時から実験所で開く最終講義は「原子力廃絶の道のり」がテーマという。退職後は長野県に移住する計画を立てている。一方で「福島事故で苦難の底にいる人たちを考えれば、簡単には引き下がれない」と話し、7月末まで講演の予定が入っているという。【大島秀利】

 

原子力廃絶までの道程 定年退職する京都大学原子炉実験所の小出裕章助教が最後の講演
大久保真紀
2015年03月11日
http://webronza.asahi.com/national/articles/2015030900001.html

2015030900001_1 小出裕章さんの研究室には、田中正造のカレンダーや肖像が飾られている=2012年12月5日大阪府熊取町の京都大学原子炉実験所

 3月5日のWEBRONZA「戦後日本にとって原子力とは何であったのか」でご紹介した京都大学原子炉実験所の助教小出裕章さん(65)が3月末の定年退職を前に、先日、大阪府の南部、熊取町にある京大原子炉実験所で、講演をしました。小出さんを含む「熊取6人組」と呼ばれた反原発を訴える研究者らが1980年から続けてきた「原子力安全問題ゼミ」の第111回目でした。小出さんの大学での最終講演とあって、全国から約140人が集まりました。

 小出さんはいつもの低い、良い声で、よどみなく1時間半、「原子力廃絶までの道程」と題して、自分の研究生活について、原発問題について、社会について、熱く語りました。

 小出さんは東京・上野生まれです。開成高校に通っていたころ、原爆展に足を運び、衝撃を受けました。核分裂から生じるエネルギーの大きさ、被害のすさまじさが胸に突き刺さったと言います。「私は(原子力を)原爆という形で使うのは間違いだと思った。けれど、こんなエネルギーが出るなら、人類のために使いたいと思ったのです」。そう思った小出少年は、原子力に夢をかけていきます。

 小出さんはパワーポイントで1954年7月2日の毎日新聞の記事を取り上げました。そこにはこう書かれてありました。

 ――さて原子力を潜在電力として考えると、まったくとてつもないものである。しかも石炭などの資源が今後、地球上から次第に少なくなっていくことを思えば、このエネルギーのもつ威力は人類生存に不可欠なものといってよいだろう(中略)。電気料は2000分の1になる(中略)。原子力発電には火力発電のように大工場を必要としない、大煙突も貯炭場もいらない。また毎日石炭を運びこみ、たきがらを捨てるための鉄道もトラックもいらない。密閉式のガスタービンが利用できれば、ボイラーの水すらいらないのである。もちろん山間へき地を選ぶこともない。ビルディングの地下室が発電所ということになる――

 「私自身は高校生のころ、完璧にこれを信じました。化石燃料がなくなれば原子力しかないと思ったのです」。その夢をかなえるため、小出さんは東北大学の原子核工学科に進みました。

 「しかし、事実は全く違ったのです」と小出さんは言い切りました。「原子力の燃料であるウラン(の埋蔵量)は、発生できるエネルギー量に換算して石油の数分の一、石炭の数十分の一しかない。こんな貧弱な資源に、こんなものに、人類の未来を託すのは間違いだったのです。人類はばかげた夢を原子力にかけてきたのです」。毎日新聞のかつての記事にあった「電気料は2000分の1になる」ということについても「冗談じゃない。原子力はやればやるだけ単価が高くなります。いい加減に夢からさめなくてはいけません」と強調しました。

 原子力に夢を抱いて大学に進んだ小出さんでしたが、大学時代に原子力施設は田舎、つまり人口の少ない地域にしか建てられないものであり、実際にそうした地域に押しつけられていることから、反対運動に身を投じました。そして、原発を止めさせるために研究を続けようと、京大原子炉実験所に就職したのです。

 講演で小出さんは、大量に生み出される放射性物質についても触れました。小出さんによると、100万キロワットの原子力発電所1基が1年運転するごとに燃やすウランから生み出される核分裂生成物は約1トン。これは広島原爆の1万発分だそうです。原子力発電は大量の核分裂生成物いわゆる核のゴミを生み出します。

 そして、2011年3月の東京電力福島第1原発の事故です。「4年たった今も、事故は収束していません」と小出さんは断言します。当時の野田首相が「収束宣言」をしたときは、「政治家は頭がおかしいのか」と思ったほどだった、と厳しい言葉で振り返りました。

 「事故当時、定期検査中で運転していなかった4号機の使用済み燃料プールの底には、広島原爆1万4000発を超えるセシウム137があった。これは最大の危機でした」と述べ、14年11月はじめにようやく、共用燃料プールに移送を終えたときは、正直「ホッとした」そうです。しかし、「当時運転中だった1号機から3号機はすでに熔け落ちた炉心がいまどこにあるかすらわからない。4年たった今でも現場に行けないのですから。(冷却するために)ひたすら水を注入してきたけれど、放射性汚染水があふれる結果になっています。原子力は本当に過酷なものだと思います」と小出さんは続けました。

 「放射能の封じ込め作業が果てしなく続いています。毎日7000人が働いているが、彼らは東電社員ではなく、最低賃金も受け取れない下請けの人たちです。あふれる放射能汚染水はタンクに詰められていますが、そのタンクもほとんどが応急タンクです。そして、そこからどんどん汚染水が漏れていく。ちゃんとしたタンクは造れないからです。原発の敷地内は放射能の沼になっていて、応急的な作業しかできないのです」。現場の厳しい状況をそう語りました。

 話は、原発内の汚染状況から原発の敷地外に大量に放出された放射性物質に移ります。政府が避難指示を出しているのは、琵琶湖の1.5個分にあたる1000平方キロ。この地域の住民は強制的に避難させられ、流浪化させられた、と小出さんは指摘しました。「10万人を超える人が今も帰れない。おそらく、何十年も帰れない。しかも、その周りの1万4000平方キロの地域も汚染され、放射線管理区域にしなくてはいけないところになってしまっています。本来なら、そこ(放射線管理区域)は水を飲むことも食べることも許されません。しかし、(国の方針では)勝手に住めとなっていて、その地域の人はそこで生きるしかない状態になっています」と話しました。

 小出さんが働いてきた原子炉実験所で放射性物質を取り扱う場所は、法律で放射線管理区域に定められています。基準は1平方メートルあたり4万ベクレルです。「その中で働いてきましたが、そこでは水を飲むことも食べることも許されない。出口はいつも閉まっていて、出るときには汚れを1回1回測ります。外に出るときは、測定器にかからないとドアが開かないのです。ドアの外には、4万ベクレルという基準を超えたものは一切持ち出せません。そんな管理区域より汚れている地域がかなり広がっているのです。本当は人々を追い出さなければいけないのに、どうしようもなくて、日本政府はそこに人々を捨てることにしたのです」

 日本政府がIAEA閣僚会議に対して出した報告書によると、大気中だけで広島原爆168発分のセシウム137を放出した、とのことです。ほとんどが2号機から放出されたものでした。「この数字は私が言っているのではありません。日本国政府が言っているのです。(原爆)1発分でも大変恐ろしいのに、大気中に168発分のセシウム137をまき散らしたのです。そのほかに海にも出しています」。福島原発から大気中に放出された放射性物質は、偏西風にのり、太平洋に流れました。小出さんはその様子をパワーポイントで示しながら、「(福島第1原発の事故は原爆の)何百発分の放射性物質をまき散らし続けています」と続けました。

 さらに、除染作業で出たフレコンバック(汚染物を入れたもの)が山のように積み上げられている写真を見せながら、こうも言いました。「言葉の本来の意味で言えば、“除染”はできません。“移染”です。放射線管理区域より汚れている場所に住むためには、しなくてはいけない作業だけれど、しかし、そこらじゅうにフレコンバックはあふれてきています。しかも移染できるのは、ほんの一部、家の周りや校庭などです。林とか山とか農地とかはできません。国は除染で出た廃棄物を埋め捨てろといっているけれど、私はそれは正しくないと思う。もともとは原子炉にあったものです。東電の所有物だったものです。集めたものは東電に返すべきです。本来なら第1原発に返すべきですが、しかし、それは今はできないから、福島第2原発の敷地に持っていくべきです。再稼働はすべきではなく、核のゴミの埋め捨て場にするべきです」と原発事故の直後から述べている持論を話しました。

 福島に行くたびに放射能が目に見えればいいのに、と思うと、小出さんは言います。「日本国政府が放射線管理区域のように汚れていると言っている、事実として汚れている地域に、そこに、子どもたちが捨てられているのです。いまの状況で私に何ができるのか。ここにいる大人のみなさんも何がしかの責任があったと思います。しかし、子どもには責任はありません。しかも子どもは被曝に敏感です。自分は被曝しても、子どもたちを被曝から守るのが大人の責任ではないでしょうか」と、子どもたちを守ることの大切さを訴えました。

 小出さんは厳しい言葉で国の責任も問いました。「日本は本当に『法治国家』なのか」と。「日本には、一般人は1年間に1ミリシーベルト以上の被曝をしてはいけないし、させてはいけないという法律がある。放射線管理区域から1平方メートルあたり4万ベクレルを超えて放射能で汚れたものを管理区域外に持ち出してはならないという法律もありました。なのに、事故が起きたら、政府はそれらをすぐに反故にした。法律を守るのは国家の最低限の義務ではないでしょうか」

 さらに小出さんは続けます「日本ではこれまで58基の原子力発電所が建てられました。そのすべては自民党政権が『安全性を確認した』として建てられました。電力会社、原子力産業、ゼネコンをはじめとする土建集団、学会、裁判所、マスコミ、すべてがグルになって原子力を進めてきました。もちろん、福島第1原子力発電所も「安全性を確認した」として建てられましたが、事故を起こしました。原子力マフィアには重大な責任があるが、誰一人として責任をとっていません」

 「原子力マフィアは無償で生き延び、いま止まっている原子力発電所の『安全性を確認して』再稼働させると言い、さらに新たな原子力発電所を建設し、『世界一の原子力技術』を使って原子力発電所を輸出すると言っています。彼らにとっては、いま進行している悲劇を少しでも小さく見せることが必要だし、福島第1原子力発電所の事故を忘れさせようと策謀しています」

 さらに、たまる一方の核分裂生成物に言及して、「事故がおきなくても原子力はバカげたものです。なぜなら、事故が起きなくても核分裂生成物ができてしまうのです。その核のゴミは、広島原発に換算するとすでに130万発近くになっています。しかし、それを消すこともできず、どこかに埋めるしかないけれど、その場所もないのです」。自分で始末できない毒物を出し続ける原子力の矛盾を強調しました。

 小出さんは日本にある原発を日本地図に落とし込み、原告適格が認められた250キロを半径とする円を書き込みました。すると、原子力施設から250キロ以上離れた場所は、日本では沖縄と北海道の東部以外になく、「沖縄と道東以外、安全な場所はありません」と指摘しました。

 原発の新規制基準については、「今回の基準も『安全』基準ではなく、『規制』基準です。そのため、それに合格したからと言って『安全だとは申し上げない』と田中俊一規制委員会委員長自身が言っています。ところが、政治の場に行くと『安全性を確認した』と巧妙なすり替えが行われています。だれひとり責任をとらなくてもいい形になります。そして、できない避難計画は各自治体に押しつけています」と語りました。

 小出さんは、「平和利用」という言葉に隠されたごまかし、原子力と差別の問題などに触れた後に、かつての戦争と、原子力問題を重ねて話しました。

 「かつての戦争のとき、大多数の日本人は戦争に協力しました。大本営発表しか流されなかったし、戦争を止めることは誰にもできませんでした。仕方なかったのかもしれません。しかし、戦後、多くの人はだまされたからだと言い訳をしました。ほとんどが自己を正当化し、悪いのは『軍部』と言い出す人もいました。でも、戦争に反対し、国家によって殺された人もいました。その上、ごくふつうの人々が戦争に反対する人を非国民と呼び、村八分にし、殺していきました。原子力でも多くの日本人がだまされてきました。でも、そう言ったままでいいのでしょうか。原子力に対してどう向き合うのか、私たちは未来の子どもたちから必ず問われます」

 そして、小出さんは、講演の最後をこのように締めくくりました。

 「私は若い時に、愚かにも原子力に夢を抱いてしまいました。本当に愚かでした。原子力は私がかけた夢とは、私が願っている世界とは、正反対の世界でした。原子力を進める組織はあまりにも巨大で、私は敗北し続けました。私が原子力を止めさせたいと考えたとき、まだ3基しかなかったのですが、その後全部で58基造られてしまいました。自分の力は無力でした。そして、ついに福島第1原子力発電所の事故も起きてしまいました。敗北の歴史です。何のための人生だったのかとも思いました。でも、私は41年間、ずっと自分のやりたいことをやることができました。だれからも命令されなかったし、最下層の教員だったので、誰にも命令しませんでした。こんな恵まれた職場で働けたことはありがたかったです。全国で反原発を闘う仲間たち、6人組の仲間にも恵まれました。私を見守ってくださった方々に感謝します」
大きな拍手が会場を包み込みました。

 その後に行われた質疑では、小出さんの定年を惜しむ声が相次ぎました。小出さんは4月からは長野に移り住み、「仙人になる」と宣言。「定年は社会的制度にすぎません。大したことではありません。生き物は年老いていつか死ぬ。その避けようのないことを自覚する一里塚でしょうか。41年間走り続けてきたので、少しずつ退いていくべきでしょう。福島の事故は収束できず、人々の苦難もあるので、全く離れることはありません。これまでも私にしかできない仕事を引き受けてきたし、それをしながら少しずつ退いていきたいと思います」と話しました。

 41年間、助教(昔でいう助手)のままで働き続け、クーラーは使わず、電気をつけない研究室はいつも暗く、自転車で通勤していた小出さん。その筋の通った生き方に脱帽するとともに、彼の言葉を、事故からちょうど4年がたったいま、私たち一人ひとりがかみしめる必要があるのではないか、と感じました。福島第1原発の事故を経験した私たちは将来、このまま原発が再稼働され、もしその後、何かが起こっても、「自分たちはだまされていたのだ」と言うことはもうできません。私たち一人ひとりの責任は免れないということを自覚しなくてはいけないのだと、小出さんは最後に語ったのだと思いました。

 場所を変えての懇親会。「仙人になる」と宣言した小出さんは、最後のあいさつでこう言いました。

 「やっぱり原子力はやめさせたいし、もう少しましな社会にしたいと思っています」

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※原発関連で3冊:

知事抹殺 つくられた福島県汚職事件 佐藤 栄佐久 (著)

原子炉時限爆弾 広瀬 隆 (著)

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ 小出 裕章 (著)




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2015年3月28日 (土)

(ビデオニュース・コム)鳩山さんのクリミア訪問を叩く前に 他ダイジェスト3本。

(ビデオニュース・コム)鳩山さんのクリミア訪問を叩く前に 他ダイジェスト3本。

鳩山さんのクリミア訪問を叩く前に
videonewscom
https://youtu.be/R-5UQDiTMXM

2015/03/28 に公開

鳩山さんのクリミア訪問を叩く前に
 政府の制止を振り切る形でクリミアを訪問した鳩山由紀夫元首相に対しては、政府のみならずニュースのコメンテーターや評論家らも厳しい批判を浴びせた。
 確かに日本政府はロシアによるクリミアの編入を承認していない。そのクリミアにロシアのビザを取得して入国すれば、ロシアの「力による現状変更」を追認することになり、それは中国との間に尖閣問題を抱える日本にとっても他人事では済まされないという主張もわからくはない。しかも鳩山氏は今は民間人になったとは言え、元首相の肩書きが消えたわけではない。
 しかし、今回の鳩山氏のクリミア訪問には正当な目的があった。それは、日本政府が主張するようにクリミアはロシアによる「力による現状変更」だったのかどうかを、確かめにいくことだった。
 本編で議論した、ロシアのクリミア編入が日本政府が主張するような「力による現状変更」だったのか、「民族自決の原則」に基づく正当な行為だったのか。その議論さえも許さない日本の言論空間は一体どうなってしまったのか。アメリカに追随する形で日本が参加している対露制裁は、これまで安倍政権が積み上げてきたロシアとの友好関係やその先に見え隠れする北方領土問題解決のチャンスを台無しにするだけの価値のあるものなのか。
 これは対テロ戦争についても言えることだが、どうもアメリカは意図的に特定の国を敵国と位置づけ、その国との対立関係をエスカレートさせているようにも見える。アメリカ国内の特殊な政治的ダイナミズムがそれを引き起こしているとみられるが、そのような論理で動くアメリカにぴったりくっついていくことが、日本にとって本当に国益に適ったことなのだろうか。鳩山さんを叩いて喜んでいる場合ではないのではないか。
 ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。


【ダイジェスト】高野孟氏:私が鳩山さんとクリミアを訪問した理由
videonewscom
https://youtu.be/UXAYktKCuiE

2015/03/28 に公開

http://www.videonews.com/
マル激トーク・オン・ディマンド 第729回
私が鳩山さんとクリミアを訪問した理由
高野 孟氏(ジャーナリスト)
 「国賊!」「売国奴!」
 クリミアを訪問した鳩山由紀夫元首相が、メディアから罵詈雑言を浴びる激しいバッシングに遭っている。
 鳩山氏のクリミア訪問については実弟の鳩山邦夫氏までが「宇宙人になった」と酷評するなど、まさに日本ではフルぼっこ状態だが、何が問題だったのかと言えば、要するに「けしからん罪」ということのようだ。
 日本政府はロシアによるクリミアの編入を認めていない。そのクリミアにロシアのビザを取得して入国すれば、ロシアの「力による現状変更」を追認することになり、それは中国との間に尖閣問題を抱える日本にとっても他人事では済まされない。ましてや、元首相が政府の方針に反する行動を取るとは何事か、というわけだ。
 一国のリーダーの退任後の身の処し方についてはいろいろ意見もあろう。小泉純一郎元首相のように公然と政府の原発政策に反旗を翻すケースもあるだろうし、森喜朗元首相のように、政府の意を受けて、対露外交やオリンピックの招致などで政権を援護射撃する場合もあり得るだろう。アメリカのカーター元大統領も、政府とは一線を画した立場から民間外交に奔走したことで知られる。
 しかし、今回の鳩山元首相のクリミア訪問には少なくとも一つ、重要かつ正当な目的があった。そして、それはその訪問自体が正しいことなのかどうかを判断するための情報を得ることだったと言っていいだろう。
 クリミアの現状を知るためには、現在クリミアを実効支配するロシアが発行するビザが必要になる。しかし、ロシアのビザを取得すれば現状を追認することになるからダメだということになると、そもそも「現状」がどうなっているかを知ることが事実上不可能になってしまう。
 鳩山氏は日本で広く報道されているように、クリミアが軍事力によって強制的にロシアに編入され、クリミアの人々は自分たちの意思に反してロシアの支配下に置かれているのかどうかを、実際に現地に入り、自身の目で確かめに行ったのだということだった。
 クリミアのロシア編入に際して、ロシアの後ろ盾を受けたクリミア自治共和国政府は昨年3月にロシアへの編入を問う住民投票を実施し、97%の賛成を得た上で、自主的にロシアへの編入を決めていた。しかし、アメリカやEU諸国は、この投票にはタタール人などの少数民族が参加していなかったほか、投票に参加した人たちも、ロシア系の武装勢力の監視下に置かれていたため、真に民主的な住民投票ではなかったと主張し、その結果を認めていなかった。
 日本政府もまたアメリカに追随する形で、クリミアのロシア編入を「力による現状変更」であり国際法違反であるとの立場を取り、対露制裁に加わっていた。
 今回の鳩山氏のクリミア訪問に同行したジャーナリストの高野孟氏は、これまで日本で伝えられてきたウクライナの政変、とりわけクリミア情勢についての情報は、そのほとんどが欧米、特にアメリカの視点からの情報に限定されていると言う。それはクリミア問題では全面的にロシアが悪であり、ロシアの行為は国際社会では容認できない不法行為だという視点だ。・・・
 クリミア情勢に対する日本の政治的な立場には、日本なりの合理的判断があるのか。そもそも世論の中に異論や少数意見を包摂できない日本に、合理的な外交や合理的な政策判断を下すだけの成熟した民度があるのか。クリミア情勢と鳩山叩きから見えてくる日本外交の問題点や言論空間の貧困さについて、宮台真司氏に代わり司会を務めた国際政治学者の廣瀬陽子氏とジャーナリストの神保哲生が、鳩山元首相に同行してクリミアを訪問したゲストの高野孟氏と考えた。


【ダイジェスト】島田裕巳氏:オウム真理教と地下鉄サリン事件20年目の教訓
videonewscom
https://youtu.be/i-dM6cgN7G8

2015/03/21 に公開

http://www.videonews.com/
マル激トーク・オン・ディマンド 第728回
オウム真理教と地下鉄サリン事件20年目の教訓
島田裕巳氏(宗教学者)
 オウム真理教事件とは一体何だったのか。地下鉄サリン事件から20年目を迎えた今、われわれはその問いに向かい合うことができるだろうか。
 1995年3月20日午前8時頃、オウム真理教の複数の信者が、首都東京のど真ん中の霞ヶ関駅周辺において、通勤ラッシュで満員の地下鉄車内で猛毒ガスのサリンをまき、13人が死亡、6000人以上が中毒症状などを訴えるという前代未聞の無差別テロ事件を引き起こした。2日後に予定されていた警察による教団施設への一斉捜査を攪乱することが目的だったと見られている。しかし、化学兵器として使われる自家製のサリンの毒性は非常に強く、被害者の中には今もその後遺症に苦しむ人が多い。そして何よりもこの事件は、世界でも例を見ない、都市の真ん中で一般市民の無差別殺戮を目的に化学兵器が使われるという、歴史上初めての化学兵器テロ事件だった。
 その後、新興宗教団体のオウム真理教が警察の一斉捜査を受け、事件そのものはオウムの信者らの犯行であることが明らかになった。しかし、同時にわれわれは、大勢の若者たち、とりわけ一流大学出身のエリート学生たちが、一見、荒唐無稽としか思えないような教祖・麻原彰晃の説法に引き寄せられ、すべてを捨てて教祖に帰依することを厭わない教団の実体を、いやというほど知らされることとなる。
 オウム真理教は麻原彰晃(本名松本智津夫)が1984年頃に設立したオウム神仙の会が前身で、仏教の流れをくむ一方、ヨガの修行や技法などを取り入れて独自に体系化された新興宗教だった。麻原とたびたび対談をした経験を持つ宗教学者の島田裕巳氏は、オウム真理教が信者を獲得していく秘訣は、激しい修行とその修行がもたらす精神的な満足感だったという見方を示す。
 信者らが最初にオウムに関心を持つきっかけとしては、日常への不満や自分の人生を顧みたときの焦りや将来への不安感などが多かったようだが、オウムの修行はこうした人々に達成感や満足感を与えられるような効果を持っていた。軽い気持ちで麻原の書籍を読んだり、友人に誘われて興味本位で修行に参加した人々が、実際の修行を通じてその効果を実感できた。こうした実体験に根ざした教えには強い説得力があったと、島田氏は言う。
 しかし、信者を1万5000人にまで増やし、特に出家制度を取り入れたことで信者らが集団生活を送るようになっていったオウム真理教は、次第に過激な思想を身に纏うようになっていった。最初は、激しい修行で信者の一人が死亡した事故を隠蔽することがきっかけとなり、教義のために殺害を正当化するような理論武装が行われていった。そのために、教祖への絶対的な帰依を求める密教のヴァジラヤーナが用いられた。そしてそれが、坂本弁護士一家殺害事件や松本サリン事件などの複数の殺人事件を経て、ついには地下鉄での無差別殺人事件にまでエスカレートしていったのだった。・・・
 地下鉄サリン事件から20年が経過した今日、あの事件からわれわれはどのような教訓を得ることができるだろうか。オウム事件とは何だったのか。そして現在の日本にあの事件はどんな影響を与えたのか。事件当時、ジャーナリストとして第一線でオウムを取材していた神保哲生による当時の取材映像などを交えながら、ゲストの島田裕巳氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。


【ダイジェスト】土井隆義氏:川崎中1殺害事件の教訓とこれから私たちにできること
videonewscom
https://youtu.be/vt6aG9Pzzjo

2015/03/14 に公開

http://www.videonews.com/
マル激トーク・オン・ディマンド 第727回
川崎中1殺害事件の教訓とこれから私たちにできること
土井隆義氏(筑波大学人文社会系教授)
 川崎市で13歳の少年が殺害された事件は、われわれに何を投げかけているのか。
 2月20日に川崎市の河川敷で、市内の中学1年生、上村遼太君の遺体が発見され、27日には主犯格とされる18歳の少年ら3人の未成年が逮捕された。報道では概ね犯行を認めているという。
 その後、遼太君一家が、1年あまり前に島根県の西ノ島から移転してきたばかりだったこと、遼太君は1月から一日も学校に登校していなかったこと、遼太君は今回の加害少年から繰り返し暴行を受け、顔にアザを作っていたこと、遼太君の家が母子家庭で5人の子どもを抱えた母親は日々の仕事に追われ、子どもの異変に気づかなかったこと、などが明らかになっていった。
 13歳の少年が夜な夜な出かけて行くのを、母親はなぜ止めなかったのか。中学1年生が1ヶ月以上にもわたって不登校だったのに、学校は異変に気づかなかったのか。警察はトラブルの存在を知らされていたのに、なぜ何もしなかったのか、等々、屈託無く微笑む遼太少年の愛くるしい写真を見た人は誰もが、何とか事件を防ぐことはできなかったのだろうかと考えるのは無理のないことだろう。
 実際、政治の世界では18歳の加害少年が少年法で守られていることから、少年法の改正に言及するような動きや、2年前に施行されたいじめ防止対策推進法の不備に言及する向きもあるようだ。自民党の稲田朋美政調会長は、「(犯罪が)非常に凶悪化している。犯罪を予防する観点から今の少年法でよいのか、今後課題になるのではないか」と述べている。
 しかし、事はそんなに単純な話ではない。
 犯罪社会学が専門で、子どもの非行問題などに詳しい筑波大学教授の土井隆義氏は、殺害された13歳の遼太君が、なぜ自分に暴力を振るう年上の仲間たちと一緒にいたのかや、今日、少年らがどういうつながりで日々を過ごしていたのかなどを考える必要があると指摘する。土井氏によると、今日の子どもの世界は「フラット化」していて、かつてのような同世代、同じ学校、同じ部活のようなシステム上の枠でグループを形成するのではなく、特定の趣味や遊びを接点にして年齢に関係なくつながる傾向にあると指摘する。また、「フラットな関係」は、従来のようなボスと子分、先輩・後輩のような明確な上下関係ではなく、流動的に上下関係が移動するのだという。ある時はいじめの加害者だった者が、瞬時にいじめられる側に回ってしまうようなことも、日常的にあるそうだ。
 土井氏はまた、遼太君について周辺の人々が口を揃えて「明るくいい子だった」と語っている点にも着目する。島根県の離島に生まれ、9歳で両親が離婚し母子家庭になり、小学六年になって川崎に引っ越してきたばかりだった遼太君は、学校や家庭では懸命にいい子を演じなければならないと感じていたのではないか。そんな遼太君にとって、年上とはいえアニメという共通の趣味を持つ少年たちのグループが、唯一の居場所となっていた可能性が否定できない。・・・
 今回の教訓として、個々人レベルでも家庭や団体レベルでも、より広く社会に開いた関係性の構築が必要だと指摘するゲストの土井隆義氏とともに、この痛ましい事件でわれわれ一人ひとりが考えなければならないこととは何なのかを、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。


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2015年3月15日 (日)

(ビデオニュース・コム)【美濃加茂市長収賄事件】郷原信郎氏:何の証拠もない事件でも無罪を勝ち取るのは容易ではなかった

【美濃加茂市長収賄事件】郷原信郎氏:何の証拠もない事件でも無罪を勝ち取るのは容易ではなかった
videonewscom
https://youtu.be/INpXQrFGXa0

2015/03/14 に公開

http://www.videonews.com/
ニュース・コメンタリ―(2015年3月14日)
美濃加茂市長収賄事件
何の証拠もない事件でも無罪を勝ち取るのは容易ではなかった
ゲスト: 郷原信郎氏(弁護士)
 「被告人を無罪とします」
 3月5日午後2時、名古屋城にほど近い名古屋地裁の2号法廷で鵜飼祐充裁判長から藤井浩人美濃加茂市長に対して、「無罪」が言い渡された瞬間、法廷内を一瞬、静寂が襲った。公判をフォローしてきた関係者の間では無罪を予想する向きが多かったが、それでも実際に現職首長を逮捕し、62日間にもわたり勾留した汚職事件で、本当に無罪判決が言い渡されるかどうかについては、「何があっても不思議ではない感」がぎりぎりまで法廷を覆っていた。
 それは無理からぬことだった。そもそもこの事件は、それが事件として成り立っていること自体が不思議といってもいいような、おそまつな事件だった。現職市長を汚職で逮捕したまではいいが、市長に一貫して金銭の授受を否定されると、出てくる証拠らしい証拠が事実上、贈賄側の証言しか存在しない。市議時代の藤井氏に30万円を渡したという贈賄側の会社社長中林正善氏は、4億円近い融資詐欺の常習犯で、贈賄の証言も、融資詐欺の取り調べの中で出てきたものだった。しかも中林氏は、市長の汚職を証言すれば、自分の融資詐欺の量刑を軽くしてもらえることを重々認識していた。つまり、虚偽の証言を行う明確な動機もあった。…
 また、この事件では首長としては日本最年少となる30歳の藤井市長が、62日間の勾留とその間の高圧的な取り調べに耐え、虚偽の自白を行わなかったからこそ、無罪判決を勝ち取ることができた事件でもあった。郷原氏も、もし藤井氏が供述段階で現金の授受を認めていたら、どんなに証拠が希薄であっても、無罪を勝ち取ることは難しかっただろうと語っている。
 藤井氏は警察の取り調べで「美濃加茂市を焼け野原にしてやる」とか「こんなはなたれ小僧を市長に選んで」などと、高圧的で暴力的、かつ侮辱的な取り調べを受けたことを証言している。
 つまり、この事件は希薄な証拠でも、若い市長を引っ張って締め上げ、周囲の支援者や関係者も軒並み選挙違反で挙げていけば、藤井氏はいずれ自白するだろう。そうすれば、証拠が弱かろうが何だろうが有罪にできるだろうと、警察や検察が、当初は安直に考えていた結果、取り返しの付かないような重大な事態に至ってしまった事件だった疑いが否定できない。安直に考えていた事件が、予想外の市長の頑張りに加え、検察の手の内を熟知する元特捜検事の郷原氏が弁護人に就いたことで、当初の目論み通りにいかなくなった。それでも検察は入手した証拠に合わせて中林氏に証言をさせるべく、「証人テスト」と称して「連日朝から晩まで」(郷原氏)打ち合わせを繰り返したが、結局、後付けのストーリーでは弁護側の立証を覆すまでには至らなかった。
 藤井氏に対する高圧的な取り調べも、検察と中林氏との「連日朝から晩まで」の「証人テスト」と称する打ち合わせも、取り調べが可視化されていれば、いずれも容易に防ぐことができるものだ。しかし、法制審議会の答申に基づいた取り調べの可視化案では、可視化の対象は全体の2%に過ぎない裁判員裁判対象事件と特捜事件に限られるため、今回のような汚職事件は可視化の対象にすらなっていない。
 さまざまな面で現在の刑事司法制度の問題点を露わにしたこの事件の教訓を、主任弁護人の郷原氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。


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2015年3月11日 (水)

(・コム)長純一氏:東日本大震災4周年特別番組・取り残される被災者を作らないということ 田代洋一氏:農協改革で日本の農業は再生するのか

【ダイジェスト】長純一氏:東日本大震災4周年特別番組・取り残される被災者を作らないということ
videonewscom
http://youtu.be/5HvCkgVubA8

2015/03/08 に公開

概要:
http://www.videonews.com/
東日本大震災4周年特別番組
取り残される被災者を作らないということ
長純一氏(石巻市立病院開成仮診療所所長・内科医)
マル激トーク・オン・ディマンド 第726回
 未曾有の被害をもたらした東日本大震災から、この3月11日で4年が経過する。安倍政権は国土強靭化の掛け声とともに、津波被害地のかさ上げや造成、防潮堤などの公共事業を中心とした防災対策を進めているが、それは最優先されるべき被災者の生活再建につながっているのだろうか。今週のマル激はジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が、地震と大津波によって壊滅的な被害を受けた宮城県石巻市を訪れ、復興の現状について、復興の最前線で被災者の生活再建に尽力する医師とともに特別番組をお送りする。
 東日本大震災によって3275人が死亡し、現在も400人以上が行方不明となっている石巻市では、震災から4年が経過した現在も、住む家を失った被災者12,585人が、応急仮設住宅での生活を余儀なくされている。復興公営住宅の建設が進められているが、当初の予想を大きく上回る数の被災者が、仮設暮らしから抜けられない状態にあり、公営住宅の供給が追いついていないという。
 過疎地を中心とした地域医療に長年取り組み、2012年から石巻市立病院開成仮診療所の所長として仮設住宅で暮らす被災者のケアを続けている内科医の長純一氏は、震災から4年経った今もなお、先の見えない不安などから希望を失っている被災者が多く、健康状態の管理・改善とともに、心の問題をケアしていくことが重要になっていると指摘する。
 阪神淡路大震災でも医療ボランティアとして被災地で活動した経験を持つ長氏によると、被災者の自立は、体力や資力がある者から先に始まって、次第に高齢者、低所得者などいわゆる社会的弱者が取り残されていく傾向にあり、石巻でも震災から4年が経ち、自立が困難な被災者が仮設住宅に取り残され始めているという。被災者支援はこれからが本番だと長氏は言う。
 また、地域によって仮設住宅と道一つ隔てた隣地に自力再建を果たした元被災者の新築住宅が並んでいるところもあり、自立を果たした住民にとっても、仮設暮らしの住民にとっても、心理的な重圧を感じざるをえない状態が生まれている。先に自立を果たした者と仮設に取り残されている者との間に生じる目に見える格差と相互に生まれる罪悪感や妬みなどが、被災者の上に心理的な負担としてのし掛かっているという。
 被災地を訪れるたびに、復興の名の下に何十兆円という単位の公的資金が投入される一方で、その多くはいわゆる箱物に回ってしまい、もっとも支援を必要としているところに肝心な支援が行き届いていないとの印象が拭えないのはなぜだろうか。
 その原因として長氏は、日本の災害復興の枠組みの中に、心の問題や生活再建支援の「スキーム」が整備されていないところに問題があると言う。日本の大規模災害にあたっては医療活動や住民支援は民間やボランティア頼りで、政府内にそれを統括する機関もない。災害が起きると基本的に政府には自衛隊を派遣することくらいしか対策がないのが実情だ。そして、復興政策はインフラや箱物が優先され、医療は民間に任せきりになっている。それが災害大国日本の、現時点での災害復興の実力なのだ。
 この問題は20年前の阪神淡路大震災でも繰り返し指摘されていた。しかし、約20年後、東日本大震災に直面してもなお、基本的な問題は解決されていないことが、明らかになりつつある。更に、災害の現場を民間やボランティアに任せてしまった結果、もっとも肝心な災害対策のノウハウやノウハウを持つ人材が行政内に蓄積されないまま、また次の大災害を迎えてしまった。
 震災から4年、被災地はいま、どのような問題に直面しているのか。現在の復興政策のままでいいのか。被災地の最前線で被災者の生活再建のために奔走する医師の長純一氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

 

【ダイジェスト】田代洋一氏:農協改革で日本の農業は再生するのか
videonewscom
http://youtu.be/mMj7DJjdLaI

2015/02/28 に公開

概要:
http://www.videonews.com/
農協改革で日本の農業は再生するのか
田代洋一氏(大妻女子大学社会情報学部教授).
マル激トーク・オン・ディマンド 第725回.
 安倍政権が60年ぶりの大改革と位置づける農協の改革案が2月9日、政府・与党と農協の上部団体である全国農業協同組合中央会(全中)の合意によってひとまず決着した。全中の監査権限や指導権限に制限を設けることと引き替えに、農協利権の本丸とも呼ぶべきJAバンクやJA共済などの金融保険事業の大半を占める准組合員の取り扱いの5年間の保留を認めるこの改革案について、安倍首相は「強い農業を創るための改革。農家の所得を増やすための改革」と主張する。
 しかし、今回の改革で農協を解体することが、どこまで日本の農業の再生に繋がるのか、また農協が縮小、もしくは消滅した場合の、地域社会への影響などは未知数だ。
 確かに日本の農業は問題が山積している。1960年には1454万人だった日本の農業就業人口は2010年には261万人にまで減少する中、農業就業者の高齢化が進み、慢性的な後継者不足に悩まされている。TPPで国産農産物に対する保護が撤廃されれば、日本の農業を取り巻く環境はさらに厳しくなることが予想される。国内農業の衰退は食料安全保障上も懸念されるべき問題と言っていいだろう。
 とは言え、農協を解体することが、果たして日本の農業の活性化につながるのか。政府・与党が主張するように、農協機構の最上部に位置する全中の権限の源泉ともいうべき監査権限を制限することで、個々の単位農協にとっては、独自の事業展開が可能になるという理屈はわからなくはない。実際、農協を通じた農産物の取引額は既に全体のおよそ半分にまで減少している。
 しかし、農政の問題に詳しい大妻女子大学教授の田代洋一氏は、監査権限の制限が単位農協を活性化させる効果は期待できないとの見通しを示す。なぜならば、今回の改革案では監査権限が外部の公認会計士に移るだけであり、それ自体が、農家が流通、加工分野や国際市場などに展開していくような経営効果を生むとは考えにくいからだ。
 一方で、米価を維持する上で農協が果たしてきた役割は大きかったと、これまでの農協の存在意義を評価する田代氏は、農協が弱体化することで、これまで地域社会で農協が果たしてきた生活インフラサービスの代替的役割や互助的機能が失われ、それが一層の耕作地放棄や農地荒廃のような事態を生むことが懸念されると言う。
 農協改革は誰のためにあるのか。農協が果たしてきた機能の中で、温存されなければならないものはないのか。安倍政権が進める農政改革と日本の農業の今後について、ゲストの田代洋一氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。


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(ビデオニュース・コム)アメリカFCCが決断したネットの中立性・インターネットは誰のものか 。

(ビデオニュース・コム)アメリカFCCが決断したネットの中立性・インターネットは誰のものか

アメリカFCCが決断したネットの中立性・インターネットは誰のものか
videonewscom
http://youtu.be/RJNK-nmPPiI

2015/03/07 に公開

概要:
ニュース・コメンタリ―(2015年3月7日)
アメリカFCCが決断したネットの中立性
インターネットは誰のものか
 アメリカ連邦通信委員会(FCC)は、2月26日、インターネットの回線事業者が、料金を払った特定のサービス提供者に回線の帯域を優先的に割り当てることを禁止する「ネット中立性ルール」を採択した。
 これはオバマ大統領が推進するオープンインターネット政策の一環で、この日の決定により、インターネットを電話線のような公共的なインフラ(公益通信事業者)と位置づけ、回線業者は支払った費用に応じてサービス事業者を差別することが禁止されることになる。
 これまでアメリカでは、ネットフリックスに代表される高画質の動画サービスを大量に提供するサービス事業者に対し、ATT、ベライゾン、ケーブルテレビ局といったブロードバンド回線を保有する事業者が、サービス事業者から一定の料金を徴収することで、回線を優先的に利用させることが認められていた。しかし、これが許されれば、回線業者に費用を払わないウェブサイトでは回線が遅くなったり動画がスムーズに流れなくなるなど、ネット内で格差が生じる可能性があり、インターネットの民主性が損なわれるとして、ネットの自由を主張する市民団体などが強く反対してきた。
 今回の採決に先立ってFCCが実施したパブリック・コメントには、400万件を超えるコメントが寄せられ、そのほとんどがネットの自由の維持を求めるものだったという。
 FCCのトム・ウィーラー委員長は、「インターネットへの自由かつオープンなアクセスへの政府や民間事業者の支配を認めてはならない。インターネットはブロードバンド業者が支配するにはあまりにも重要な分野だ」と述べた。
 これに対して採択で反対票を投じた共和党系のアジット・パイ委員は「FCCがインターネットの自由に政府の規制を持ち込んだ残念な結果だ」と述べた。
 FCCの採択ではネットの自由を守るためには一定の規制が必要とする民主党系の委員と、自由を守るためであっても、政府が規制をすべきではないとする共和党系の委員が2対2で真っ向から衝突し、ウィーラー委員長が賛成に回ったことで、新ルールが採択された。
 人気のあるブロードバンドコンテンツに乏しい日本では、まだ回線の混雑が大きな問題となっていないため、この問題は対岸の火事のようにも思える。しかし、いずれ日本でもコンテンツが充実してくれば、「ネットは誰のものか」をめぐる議論が起きることは必至だ。
 自由であるべきインターネットで、アクセスの自由を守るための規制は正当化されるのか。インターネットは誰のためにあるものなのか。ジャーナリストの神保哲生と憲法学者の木村草太が議論した。


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2015年3月 8日 (日)

(ビデオニュース・コム)【美濃加茂市長収賄事件】無罪判決で露呈した杜撰な捜査 無罪判決を受けて喜びの会見

 動画を2本。

 

【美濃加茂市長収賄事件】無罪判決で露呈した杜撰な捜査
videonewscom
http://youtu.be/4V6QiU5HHPk

2015/03/07 に公開

00852 1、8分52秒


01440 2、14分40秒


01547 3、15分47秒


02956 4、29分56秒


04642 5、46分42秒


04723 6、47分23秒


04823 7、48分23秒


 

概要:
ニュース・コメンタリ―(2015年3月7日)
美濃加茂市長収賄事件
無罪判決で露呈した杜撰な捜査
 業者から30万円の収賄容疑に問われていた美濃加茂市の藤井浩人市長に3月5日、無罪判決が下された。職務権限や請託の事実を問われるまでもなく、現金の授受自体が否定される検察の完全敗訴だった。
 この事件は客観的な証拠が何一つ提示されないばかりか、告発者となった贈賄側の会社社長が、4億近い融資詐欺の常習者であることを自白するなど、現職の市長を逮捕・起訴した事件としては常識では考えられないほどの検察の証拠能力の低さに、驚きの声があがっていた。
 裁判所は金銭の授受を証明する客観的な証拠が何一つなく、贈賄側の会社社長の供述も不可解な変遷を繰り返したことを指摘した上で、現金の授受には合理的な疑いがあると、検察の主張を一顧だにしない厳しい判断を下した。
 そもそもこの事件では何が問題だったのか。検察は詐欺の常習者に騙されたのか、それとも汚職を告発することで手柄をあげたい検察が判断を誤ったのか。主張を全面的に否定されたにもかかわらず、検察が控訴をした場合、どのような影響が予想されるかのか。
 発生当初からこの事件を取材してきたジャーナリストの神保哲生と、憲法学者の木村草太首都大准教授が、万に一つの可能性もないと言われる汚職事件の無罪判決の意味を議論した。


【美濃加茂市長収賄事件】無罪判決を受けて喜びの会見
videonewscom
http://youtu.be/bACIe3AJ1UA

2015/03/06 に公開

概要:
美濃加茂市長収賄事件
無罪判決を受けて喜びの会見
プレスクラブ (2015年03月05日).
 雨水浄化設備導入をめぐり30万円の賄賂を受け取ったとして、収賄罪などに問われた美濃加茂市の藤井浩人市長の判決公判が5日、名古屋地裁で行われ、鵜飼祐充裁判長は、「現金授受は認められない」と述べ、無罪を言い渡した。
 判決を受けて、藤井市長と主任弁護人の郷原信郎弁護士らが会見を行い、無罪判決への喜びを表すと同時に、不確かな証拠で現職市長を逮捕・起訴した警察と検察の姿勢を批判した。


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2015年3月 2日 (月)

(ビデオニュース・コム)吉田所長は何を伝えようとしたのか 船橋洋一・日本再建イニシアティブ理事長が会見

吉田所長は何を伝えようとしたのか 船橋洋一・日本再建イニシアティブ理事長が会見
videonewscom
http://youtu.be/2qdkQfMmTac

2015/03/01 に公開

http://www.videonews.com/
吉田所長は何を伝えようとしたのか
船橋洋一・日本再建イニシアティブ理事長が会見

東京電力福島第一原発事故から4年を迎えるにあたり、民間のシンクタンク日本再建イニシアティブは、事故当時原発の所長務めていた吉田昌郎氏(故人)の調書を検証した報告書をまとめ、船橋洋一理事長が2月27日、日本記者クラブで会見を行った。
「吉田昌郎の遺言」と題したこの報告書は、政府事故調査・検証委員会が事故の陣頭指揮をとった吉田元所長に対して行った29時間に及ぶ聴取記録の要点をまとめたもの。「吉田調書」は、当初非公開とされていたが、2014年5月に朝日新聞が独自のルートで入手した調書の内容を報道し、その後各紙の報道が相次いだことから、政府は同年9月に調書を公開していた。
政府事故調や国会事故調に先立ち、民間事故調査委員会を組織し、独自に検証作業を行ってきた日本再建イニシアティブの船橋理事長は今回の報告書を出版した経緯について、事故当時の原発内の状況を克明に記した「吉田調書」が、せっかく公開されたのに、その内容が事故の反省に十分に活かされていないことを理由にあげた。
また、当初、非公開とされていた調書を政府が公開したことについて船橋氏は、政府が公開の目的を明確にしていないまま公開に踏み切った点は問題だったと指摘した上で、公開しない約束で話した発言内容が公開されたことに吉田氏自身は不本意だったかもしれないが、公開された以上、そこから教訓を学び次の備えに生かすべきだと考えたと語った。


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2015年3月 1日 (日)

(ビデオニュース・コム)「慰安婦問題の解決」とは_朴裕河・世宗大学教授と大沼保昭・アジア女性基金元理事が会見

(ビデオニュース・コム)「慰安婦問題の解決」とは_朴裕河・世宗大学教授と大沼保昭・アジア女性基金元理事が会見
videonewscom
http://youtu.be/vpwaq5BNrH4

2015/02/28 に公開

http://www.videonews.com/
「慰安婦問題の解決」とは
朴裕河・世宗大学教授と大沼保昭・アジア女性基金元理事が会見
プレスクラブ(2015年2月23日)
 「帝国の慰安婦」などの著者で、従軍慰安婦問題で積極的に発言している世宗大学教授の朴裕河氏と、アジア女性基金で理事を務めた大沼保昭・明治大学特任教授が2月23日、日本記者クラブで記者会見し、従軍慰安婦問題の解決に向けたそれぞれの考えを語った。
 朴氏は、90年代以降、韓国内で日本に対する不信感が強まっており、保守、リベラルを問わず「謝罪しない日本」という印象を持つ人が増えてしまったと指摘。仮に、慰安婦問題が政治的に解決しても、韓国内の感情は容易には収まらないだろうとの見方を示した。
 その上で朴氏は、慰安婦問題を解決するためには、教科書問題の時のような、慰安婦問題にさまざまな意見を持つ人たちが参加する「協議体」を作り、議論の中身を公開することを提案した。
 大沼氏は慰安婦問題を解決するために日本側が設立したアジア女性基金を、日韓両国のメディアが正当に評価できなかったことが、この問題の解決を困難にした一因だと指摘。ここまで話が拗れた以上、もはや誰もが納得する解決策を見いだすことは難しいとして、慰安婦問題を日韓だけの問題とせずに、世界の慰安婦制度の犠牲者の名誉回復を図るなど、視野を広げることが必要だと語った。


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