« (ビデオニュース・コム)鳩山さんのクリミア訪問を叩く前に 他ダイジェスト3本。 | トップページ | (・コム)渋谷区とインディアナ州に見る社会正義としての少数者の権利 ダイジェスト 高橋久仁子氏:食品表示の規制緩和に惑わされるな »

2015年3月31日 (火)

2015年3月の小出裕章ジャーナルなど。

 毎月、月末に表示するようにしておきます。

前月のは⇒2015年2月の小出裕章ジャーナルなど。 

 

20150328 R/F #116「小出裕章ジャーナル」【プルサーマルの危険性】
tacc77
https://youtu.be/ZRghZ1fKz0U

2015/03/28 に公開

~第116回小出裕章ジャーナル~
プルサーマルの危険性「プルトニウムを混ぜるというようなことをすれば、より危険が増えてしまう。そのことはもう争う余地がなく当たり前のことです」

小出ジャーナル文字起こし全文はこちら
http://www.rafjp.org/koidejournal/no116/

ラジオ・フォーラム【公式】
http://www.rafjp.org/program-archive/116-3/

 

20150327 報道するラジオ「先週に引き続き…原発作業員が語る4年」
tacc77
https://youtu.be/goyvs1fUIDE

2015/03/27 に公開

■2015年3月27日【金】 先週に引き続き・・・原発作業員が語る4年

原発作業員へのインタビューからわかることがたくさんあり、
今年は2週にわたって上田崇順アナウンサーが報告します。

事故直後から、衝撃的な事実が明らかになっている原発作業員の賃金について、
驚くべき実態です。
また、原発作業員が語る汚染水の現実。
福島第一原発とその地域がどうのように変貌してきているのか、
外からはわからない情況を語ってくれます。
事故から4年の福島第一原発と、事故収束を支える原発作業員、
リスナーの皆様はどのように感じられますでしょうか。

今回も、取材にご協力頂けた原発作業員の方々に深い敬意と感謝を申し上げます。

上田アナウンサーへの質問をお待ちしています。
どうかお寄せ下さい。

報道するラジオホームページ
http://www.mbs1179.com/hou/ 

 

20150320 報道するラジオ「原発作業員が語る4年」【再編集版】
tacc77
https://youtu.be/nwYe4s3qx_A

2015/03/25 に公開

■2015年3月20日【金】 原発作業員が語る4年

福島第一原発の事故発生から4年。
今夜の「報道するラジオ」では、
上田崇順アナウンサーが再び福島県に行き、
原発作業員の今をリポートします。

現在、福島第一原発では作業員が大幅に増やされ、
1日約7000人が廃炉作業を進めています。
しかし、今年1月には作業員がタンクから転落して死亡するなど、
事故が相次ぎ、東電の安全対策が課題になっています。
また、敷地内の放射線量は依然として高く、
作業員は常に被爆の危険と隣り合わせの状態です。

福島第一原発の中で、今何が起きているのか。
廃炉作業は本当に進んでいるのか。
原発作業員の生の声をお届けします。

報道するラジオホームページ
http://www.mbs1179.com/hou/ 

 

20150321 R/F #115「小出裕章ジャーナル」【東日本壊滅を回避させた奇跡とは】
tacc77
https://youtu.be/gxPAzghpHBc

2015/03/21 に公開

~第115回小出裕章ジャーナル~
東日本壊滅を回避させた奇跡とは「定期検査の日程が遅れていて、まだその原子炉の真上のプールに水が入っていたということがまず第1の奇跡です」

小出ジャーナル文字起こし全文はこちら
http://www.rafjp.org/koidejournal/no115/

ラジオ・フォーラム【公式】
http://www.rafjp.org/program-archive/115-3/

 

20150314 R/F #114「小出裕章ジャーナル」【原発事故から4年】
tacc77
https://youtu.be/yOT-AsC4XHE

2015/03/14 に公開

~第114回小出裕章ジャーナル~
原発事故から4年「敷地の中全体が放射能の沼のような状態になってしまっていて、毎日毎日どんどん海に向かって汚染が流れ出ていってるわけです」

小出ジャーナル文字起こし全文はこちら
http://www.rafjp.org/koidejournal/no114/

ラジオ・フォーラム【公式】
http://www.rafjp.org/program-archive/114-3/

 

20150313 報道するラジオ「東日本大震災4年~福島と原発のいま」
tacc77
https://youtu.be/5GXzqghUwIY

2015/03/13 に公開

SOBA:10分57秒から、メルトダウンした溶融燃料とその場所を探すための宇宙から振ってくる透過性の高い「ミュー粒子」について。

■2015年3月13日【金】 東日本大震災4年~福島と原発のいま

東日本大震災から4年がたちました。
福島第一原発はいま、どうなっているのでしょうか?
これから長期間にわたり、私たちが背負っていかなければならない課題について、
京都大学原子炉実験所助教の小出裕章さんに、お話を聞きます。
中間貯蔵施設、廃炉作業、汚染水が主なテーマです。
もうひとりのゲストは、
「生業を返せ!「地域を返せ!福島原発訴訟」の原告団長の中島孝さんです。
中島さんは、福島県相馬市で、スーパーを経営していて、
鮮魚の販売などの面で、原発事故の影響を大きく受けました。
福島の漁業はどんな状況なのか、
汚染雨水の外洋への流出を東京電力が公表しなかったことについて、
漁業者はじめ住民はどう思っているのか、
損害賠償を求める裁判は現在どうなっているのか、お話を聞きます。
小出さん、中島さんに質問のある方は、メール・FAXでお寄せください。

報道するラジオホームページ
http://www.mbs1179.com/hou/ 

 

20150307 R/F #113「小出裕章ジャーナル」【汚染水の状況】
tacc77
https://youtu.be/0SD99vjpmVU

2015/03/07 に公開

~第113回小出裕章ジャーナル~
汚染水の状況「未だに350トンもの汚染水が毎日増え続けるという、そういう状況になっています」

小出ジャーナル文字起こし全文はこちら
http://www.rafjp.org/koidejournal/no113/

ラジオ・フォーラム【公式】
http://www.rafjp.org/program-archive/113-3/

 

 以下、資料として採録。

京大:反原発の闘いこれからも…小出裕章助教が定年退職へ
毎日新聞 2015年02月19日 15時15分(最終更新 02月19日 16時17分)
http://mainichi.jp/select/news/20150219k0000e040233000c.html
Internet Archive 

20150219k0000e040241000p_size7 小出裕章さん=2014年7月、松井豊撮影

 京都大学原子炉実験所=大阪府熊取(くまとり)町=の研究者として、40年以上、原発の危険性を指摘し続けてきた小出裕章(こいで・ひろあき)助教(65)が3月末で定年退職を迎える。市民に分かりやすい語り口で原子力利用に伴うリスクを訴える論客で、東京電力福島第1原発事故以降は週末ごとに全国の市民団体などの求めに応じて講演してきた。今月27日には同僚と始めた自主講座「原子力安全問題ゼミ」で最終講義をする。

 ◇今月27日「最終ゼミ」

 小出さんは1974年、実験所に助手として採用された。もともと「原子力開発に命をかけるつもりだった」という原発推進派だったが、原発が都会に建てられず、過疎地に危険性が押しつけられている現実を知り、一転、反対派に。原発に批判的な実験所の同僚5人と研究グループを作り、市民が参加可能な「安全問題ゼミ」を開いた。活発な反原発の動きが注目され、「熊取の6人組」などと呼ばれた。

 福島原発事故以後は、日常業務の傍ら週末などに約230回講演に出かけ、ラジオ番組に約150回出演した。27日午後2時から実験所で開く最終講義は「原子力廃絶の道のり」がテーマという。退職後は長野県に移住する計画を立てている。一方で「福島事故で苦難の底にいる人たちを考えれば、簡単には引き下がれない」と話し、7月末まで講演の予定が入っているという。【大島秀利】

 

原子力廃絶までの道程 定年退職する京都大学原子炉実験所の小出裕章助教が最後の講演
大久保真紀
2015年03月11日
http://webronza.asahi.com/national/articles/2015030900001.html

2015030900001_1 小出裕章さんの研究室には、田中正造のカレンダーや肖像が飾られている=2012年12月5日大阪府熊取町の京都大学原子炉実験所

 3月5日のWEBRONZA「戦後日本にとって原子力とは何であったのか」でご紹介した京都大学原子炉実験所の助教小出裕章さん(65)が3月末の定年退職を前に、先日、大阪府の南部、熊取町にある京大原子炉実験所で、講演をしました。小出さんを含む「熊取6人組」と呼ばれた反原発を訴える研究者らが1980年から続けてきた「原子力安全問題ゼミ」の第111回目でした。小出さんの大学での最終講演とあって、全国から約140人が集まりました。

 小出さんはいつもの低い、良い声で、よどみなく1時間半、「原子力廃絶までの道程」と題して、自分の研究生活について、原発問題について、社会について、熱く語りました。

 小出さんは東京・上野生まれです。開成高校に通っていたころ、原爆展に足を運び、衝撃を受けました。核分裂から生じるエネルギーの大きさ、被害のすさまじさが胸に突き刺さったと言います。「私は(原子力を)原爆という形で使うのは間違いだと思った。けれど、こんなエネルギーが出るなら、人類のために使いたいと思ったのです」。そう思った小出少年は、原子力に夢をかけていきます。

 小出さんはパワーポイントで1954年7月2日の毎日新聞の記事を取り上げました。そこにはこう書かれてありました。

 ――さて原子力を潜在電力として考えると、まったくとてつもないものである。しかも石炭などの資源が今後、地球上から次第に少なくなっていくことを思えば、このエネルギーのもつ威力は人類生存に不可欠なものといってよいだろう(中略)。電気料は2000分の1になる(中略)。原子力発電には火力発電のように大工場を必要としない、大煙突も貯炭場もいらない。また毎日石炭を運びこみ、たきがらを捨てるための鉄道もトラックもいらない。密閉式のガスタービンが利用できれば、ボイラーの水すらいらないのである。もちろん山間へき地を選ぶこともない。ビルディングの地下室が発電所ということになる――

 「私自身は高校生のころ、完璧にこれを信じました。化石燃料がなくなれば原子力しかないと思ったのです」。その夢をかなえるため、小出さんは東北大学の原子核工学科に進みました。

 「しかし、事実は全く違ったのです」と小出さんは言い切りました。「原子力の燃料であるウラン(の埋蔵量)は、発生できるエネルギー量に換算して石油の数分の一、石炭の数十分の一しかない。こんな貧弱な資源に、こんなものに、人類の未来を託すのは間違いだったのです。人類はばかげた夢を原子力にかけてきたのです」。毎日新聞のかつての記事にあった「電気料は2000分の1になる」ということについても「冗談じゃない。原子力はやればやるだけ単価が高くなります。いい加減に夢からさめなくてはいけません」と強調しました。

 原子力に夢を抱いて大学に進んだ小出さんでしたが、大学時代に原子力施設は田舎、つまり人口の少ない地域にしか建てられないものであり、実際にそうした地域に押しつけられていることから、反対運動に身を投じました。そして、原発を止めさせるために研究を続けようと、京大原子炉実験所に就職したのです。

 講演で小出さんは、大量に生み出される放射性物質についても触れました。小出さんによると、100万キロワットの原子力発電所1基が1年運転するごとに燃やすウランから生み出される核分裂生成物は約1トン。これは広島原爆の1万発分だそうです。原子力発電は大量の核分裂生成物いわゆる核のゴミを生み出します。

 そして、2011年3月の東京電力福島第1原発の事故です。「4年たった今も、事故は収束していません」と小出さんは断言します。当時の野田首相が「収束宣言」をしたときは、「政治家は頭がおかしいのか」と思ったほどだった、と厳しい言葉で振り返りました。

 「事故当時、定期検査中で運転していなかった4号機の使用済み燃料プールの底には、広島原爆1万4000発を超えるセシウム137があった。これは最大の危機でした」と述べ、14年11月はじめにようやく、共用燃料プールに移送を終えたときは、正直「ホッとした」そうです。しかし、「当時運転中だった1号機から3号機はすでに熔け落ちた炉心がいまどこにあるかすらわからない。4年たった今でも現場に行けないのですから。(冷却するために)ひたすら水を注入してきたけれど、放射性汚染水があふれる結果になっています。原子力は本当に過酷なものだと思います」と小出さんは続けました。

 「放射能の封じ込め作業が果てしなく続いています。毎日7000人が働いているが、彼らは東電社員ではなく、最低賃金も受け取れない下請けの人たちです。あふれる放射能汚染水はタンクに詰められていますが、そのタンクもほとんどが応急タンクです。そして、そこからどんどん汚染水が漏れていく。ちゃんとしたタンクは造れないからです。原発の敷地内は放射能の沼になっていて、応急的な作業しかできないのです」。現場の厳しい状況をそう語りました。

 話は、原発内の汚染状況から原発の敷地外に大量に放出された放射性物質に移ります。政府が避難指示を出しているのは、琵琶湖の1.5個分にあたる1000平方キロ。この地域の住民は強制的に避難させられ、流浪化させられた、と小出さんは指摘しました。「10万人を超える人が今も帰れない。おそらく、何十年も帰れない。しかも、その周りの1万4000平方キロの地域も汚染され、放射線管理区域にしなくてはいけないところになってしまっています。本来なら、そこ(放射線管理区域)は水を飲むことも食べることも許されません。しかし、(国の方針では)勝手に住めとなっていて、その地域の人はそこで生きるしかない状態になっています」と話しました。

 小出さんが働いてきた原子炉実験所で放射性物質を取り扱う場所は、法律で放射線管理区域に定められています。基準は1平方メートルあたり4万ベクレルです。「その中で働いてきましたが、そこでは水を飲むことも食べることも許されない。出口はいつも閉まっていて、出るときには汚れを1回1回測ります。外に出るときは、測定器にかからないとドアが開かないのです。ドアの外には、4万ベクレルという基準を超えたものは一切持ち出せません。そんな管理区域より汚れている地域がかなり広がっているのです。本当は人々を追い出さなければいけないのに、どうしようもなくて、日本政府はそこに人々を捨てることにしたのです」

 日本政府がIAEA閣僚会議に対して出した報告書によると、大気中だけで広島原爆168発分のセシウム137を放出した、とのことです。ほとんどが2号機から放出されたものでした。「この数字は私が言っているのではありません。日本国政府が言っているのです。(原爆)1発分でも大変恐ろしいのに、大気中に168発分のセシウム137をまき散らしたのです。そのほかに海にも出しています」。福島原発から大気中に放出された放射性物質は、偏西風にのり、太平洋に流れました。小出さんはその様子をパワーポイントで示しながら、「(福島第1原発の事故は原爆の)何百発分の放射性物質をまき散らし続けています」と続けました。

 さらに、除染作業で出たフレコンバック(汚染物を入れたもの)が山のように積み上げられている写真を見せながら、こうも言いました。「言葉の本来の意味で言えば、“除染”はできません。“移染”です。放射線管理区域より汚れている場所に住むためには、しなくてはいけない作業だけれど、しかし、そこらじゅうにフレコンバックはあふれてきています。しかも移染できるのは、ほんの一部、家の周りや校庭などです。林とか山とか農地とかはできません。国は除染で出た廃棄物を埋め捨てろといっているけれど、私はそれは正しくないと思う。もともとは原子炉にあったものです。東電の所有物だったものです。集めたものは東電に返すべきです。本来なら第1原発に返すべきですが、しかし、それは今はできないから、福島第2原発の敷地に持っていくべきです。再稼働はすべきではなく、核のゴミの埋め捨て場にするべきです」と原発事故の直後から述べている持論を話しました。

 福島に行くたびに放射能が目に見えればいいのに、と思うと、小出さんは言います。「日本国政府が放射線管理区域のように汚れていると言っている、事実として汚れている地域に、そこに、子どもたちが捨てられているのです。いまの状況で私に何ができるのか。ここにいる大人のみなさんも何がしかの責任があったと思います。しかし、子どもには責任はありません。しかも子どもは被曝に敏感です。自分は被曝しても、子どもたちを被曝から守るのが大人の責任ではないでしょうか」と、子どもたちを守ることの大切さを訴えました。

 小出さんは厳しい言葉で国の責任も問いました。「日本は本当に『法治国家』なのか」と。「日本には、一般人は1年間に1ミリシーベルト以上の被曝をしてはいけないし、させてはいけないという法律がある。放射線管理区域から1平方メートルあたり4万ベクレルを超えて放射能で汚れたものを管理区域外に持ち出してはならないという法律もありました。なのに、事故が起きたら、政府はそれらをすぐに反故にした。法律を守るのは国家の最低限の義務ではないでしょうか」

 さらに小出さんは続けます「日本ではこれまで58基の原子力発電所が建てられました。そのすべては自民党政権が『安全性を確認した』として建てられました。電力会社、原子力産業、ゼネコンをはじめとする土建集団、学会、裁判所、マスコミ、すべてがグルになって原子力を進めてきました。もちろん、福島第1原子力発電所も「安全性を確認した」として建てられましたが、事故を起こしました。原子力マフィアには重大な責任があるが、誰一人として責任をとっていません」

 「原子力マフィアは無償で生き延び、いま止まっている原子力発電所の『安全性を確認して』再稼働させると言い、さらに新たな原子力発電所を建設し、『世界一の原子力技術』を使って原子力発電所を輸出すると言っています。彼らにとっては、いま進行している悲劇を少しでも小さく見せることが必要だし、福島第1原子力発電所の事故を忘れさせようと策謀しています」

 さらに、たまる一方の核分裂生成物に言及して、「事故がおきなくても原子力はバカげたものです。なぜなら、事故が起きなくても核分裂生成物ができてしまうのです。その核のゴミは、広島原発に換算するとすでに130万発近くになっています。しかし、それを消すこともできず、どこかに埋めるしかないけれど、その場所もないのです」。自分で始末できない毒物を出し続ける原子力の矛盾を強調しました。

 小出さんは日本にある原発を日本地図に落とし込み、原告適格が認められた250キロを半径とする円を書き込みました。すると、原子力施設から250キロ以上離れた場所は、日本では沖縄と北海道の東部以外になく、「沖縄と道東以外、安全な場所はありません」と指摘しました。

 原発の新規制基準については、「今回の基準も『安全』基準ではなく、『規制』基準です。そのため、それに合格したからと言って『安全だとは申し上げない』と田中俊一規制委員会委員長自身が言っています。ところが、政治の場に行くと『安全性を確認した』と巧妙なすり替えが行われています。だれひとり責任をとらなくてもいい形になります。そして、できない避難計画は各自治体に押しつけています」と語りました。

 小出さんは、「平和利用」という言葉に隠されたごまかし、原子力と差別の問題などに触れた後に、かつての戦争と、原子力問題を重ねて話しました。

 「かつての戦争のとき、大多数の日本人は戦争に協力しました。大本営発表しか流されなかったし、戦争を止めることは誰にもできませんでした。仕方なかったのかもしれません。しかし、戦後、多くの人はだまされたからだと言い訳をしました。ほとんどが自己を正当化し、悪いのは『軍部』と言い出す人もいました。でも、戦争に反対し、国家によって殺された人もいました。その上、ごくふつうの人々が戦争に反対する人を非国民と呼び、村八分にし、殺していきました。原子力でも多くの日本人がだまされてきました。でも、そう言ったままでいいのでしょうか。原子力に対してどう向き合うのか、私たちは未来の子どもたちから必ず問われます」

 そして、小出さんは、講演の最後をこのように締めくくりました。

 「私は若い時に、愚かにも原子力に夢を抱いてしまいました。本当に愚かでした。原子力は私がかけた夢とは、私が願っている世界とは、正反対の世界でした。原子力を進める組織はあまりにも巨大で、私は敗北し続けました。私が原子力を止めさせたいと考えたとき、まだ3基しかなかったのですが、その後全部で58基造られてしまいました。自分の力は無力でした。そして、ついに福島第1原子力発電所の事故も起きてしまいました。敗北の歴史です。何のための人生だったのかとも思いました。でも、私は41年間、ずっと自分のやりたいことをやることができました。だれからも命令されなかったし、最下層の教員だったので、誰にも命令しませんでした。こんな恵まれた職場で働けたことはありがたかったです。全国で反原発を闘う仲間たち、6人組の仲間にも恵まれました。私を見守ってくださった方々に感謝します」
大きな拍手が会場を包み込みました。

 その後に行われた質疑では、小出さんの定年を惜しむ声が相次ぎました。小出さんは4月からは長野に移り住み、「仙人になる」と宣言。「定年は社会的制度にすぎません。大したことではありません。生き物は年老いていつか死ぬ。その避けようのないことを自覚する一里塚でしょうか。41年間走り続けてきたので、少しずつ退いていくべきでしょう。福島の事故は収束できず、人々の苦難もあるので、全く離れることはありません。これまでも私にしかできない仕事を引き受けてきたし、それをしながら少しずつ退いていきたいと思います」と話しました。

 41年間、助教(昔でいう助手)のままで働き続け、クーラーは使わず、電気をつけない研究室はいつも暗く、自転車で通勤していた小出さん。その筋の通った生き方に脱帽するとともに、彼の言葉を、事故からちょうど4年がたったいま、私たち一人ひとりがかみしめる必要があるのではないか、と感じました。福島第1原発の事故を経験した私たちは将来、このまま原発が再稼働され、もしその後、何かが起こっても、「自分たちはだまされていたのだ」と言うことはもうできません。私たち一人ひとりの責任は免れないということを自覚しなくてはいけないのだと、小出さんは最後に語ったのだと思いました。

 場所を変えての懇親会。「仙人になる」と宣言した小出さんは、最後のあいさつでこう言いました。

 「やっぱり原子力はやめさせたいし、もう少しましな社会にしたいと思っています」

始めに戻る


 

携帯版雑談日記は良質な情報への中継点
に参戦中。

 

(↓クリックすると拡大)
自民党は自Endバナー 自民党は自Endバナー

 ココログ利用で、即行で以下のTBPライブリンクをサイドエリアへはりたければ⇒一輪のバラをクリック。

 以下、登録・スタートさせたトラックバック・ピープル、主権者国民連合主権者は私たち国民自民党政治民主党政治社民党や共産党

 

※原発関連で3冊:

知事抹殺 つくられた福島県汚職事件 佐藤 栄佐久 (著)

原子炉時限爆弾 広瀬 隆 (著)

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ 小出 裕章 (著)




|

« (ビデオニュース・コム)鳩山さんのクリミア訪問を叩く前に 他ダイジェスト3本。 | トップページ | (・コム)渋谷区とインディアナ州に見る社会正義としての少数者の権利 ダイジェスト 高橋久仁子氏:食品表示の規制緩和に惑わされるな »

震災・原発事故」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 2015年3月の小出裕章ジャーナルなど。:

« (ビデオニュース・コム)鳩山さんのクリミア訪問を叩く前に 他ダイジェスト3本。 | トップページ | (・コム)渋谷区とインディアナ州に見る社会正義としての少数者の権利 ダイジェスト 高橋久仁子氏:食品表示の規制緩和に惑わされるな »