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2014年12月31日 (水)

2014年12月の小出裕章ジャーナルなど。

 毎月、月末に表示するようにしておきます。

前月のは⇒2014年11月の小出裕章ジャーナルなど。 

 

20141231 報道するラジオ年末特番『もう、だまされないぞ!2014』
tacc77
http://youtu.be/tKn3AelBRBg

2014/12/31 に公開

概要:
「世界で最も厳しい規制基準にだまされないぞ!」

木野龍逸さん、おしどりさんをスタジオに招いて東電記者会見や再稼働について議論します。
小出先生には様々な疑問にお答え頂きます。

【20:00~】
京都大学原子炉実験所 小出裕章

ジャーナリスト 木野龍逸
夫婦漫才師 おしどり

ノーカット(wma) [5h18m22s]
http://goo.gl/HycAsP
予備
http://goo.gl/sjPwY5

報道するラジオホームページ
http://www.mbs1179.com/hou/

 

20141227 R/F #103「小出裕章ジャーナル」【福一事故・燃料デブリ回収の困難】
tacc77
http://youtu.be/4CWVVbwysLI

2014/12/27 に公開

概要:
~第103回小出裕章ジャーナル~
福一事故・燃料デブリ回収の困難「多分、もうそこらじゅうに飛び散ってしまっていますので、それをつかみだすことは基本的にはできないと思っています」

小出ジャーナル文字起こし全文はこちら
http://www.rafjp.org/koidejournal/no103/

ラジオ・フォーラム【公式】
http://www.rafjp.org/program-archive/103-3/

 

20141226 報道するラジオ「イスラム国の脅威~テロは近づいているのか?」
tacc77
http://youtu.be/p8yQAjv6CsY

2014/12/26 に公開

概要:
■2014年12月26日【金】 イスラム国の脅威~テロは近づいているのか?

今年驚いたことにイスラム国の出現がありました。
その残虐性に身震いした方も多いのではないでしょうか?
イラクやシリアでのイスラム国の動きも気になりますが、
今月は、オーストラリアでイスラム国に便乗したようなテロも起こっています。
新たなテロの恐怖も増しています。

きょうはオーストラリアのシドニー立てこもり事件について
詳しい情況やその背景をTBSシドニー通信員の飯島浩樹さんに聞きます。

さらに、イスラム国の最新情報やその動向について
ジャーナリストの黒井文太郎さんに詳しく聞きます。

お二人に質問がありましたらお寄せ下さい。

ノーカット(wma)
http://goo.gl/WQGXh6
予備
http://goo.gl/iXJXZu

報道するラジオホームページ
http://www.mbs1179.com/hou/

 

20141220 R/F #102「小出裕章ジャーナル」【増え続ける放射性廃棄物をどうするのか?】
tacc77
http://youtu.be/9PoVQVnzxqI

2014/12/20 に公開

~第102回小出裕章ジャーナル~
増え続ける放射性廃棄物をどうするのか?「放射能を消すことができないわけですから、とにかく閉じ込めるということをやるしかないわけです」

小出ジャーナル文字起こし全文はこちら
http://www.rafjp.org/koidejournal/no102/

ラジオ・フォーラム【公式】
http://www.rafjp.org/program-archive/102-3/

 

20141219 報道するラジオ「報ラジ流 総選挙振り返り~大阪、そして沖縄」
tacc77
http://youtu.be/EoNFVQAn-Oo

2014/12/19 に公開

概要:
■2014年12月19日【金】 報ラジ流 総選挙振り返り~大阪、そして沖縄

14日の総選挙では、自民党が勝利、
与党が議席の3分の2以上を確保しました。
しかし、結果を細かく分析すると、多様な民意が見えてきます。
今夜の「報ラジ」では、全国的な傾向とはちがう票の出方をした、
大阪と沖縄から、選挙結果を見てみます。
大阪では、維新の党が小選挙区で5議席を獲得、
比例復活も入れると12人が当選しました。
維新は果たして勝ったのか、負けたのか、
ジャーナリストの吉富有治さんをゲストに考えます。
前回の衆院選で維新に投票した方、今回はどこに投票したのか、
その理由は何か、メール・FAXで教えてください。
一方、沖縄では、4選挙区全てで非自民の候補が勝利しました。
どんな選挙戦だったのか、「オール沖縄」の選挙が定着してきた沖縄で、
一体、何が起こっているのか、本土の私たちはこの結果から何を学べばいいのか、
沖縄タイムス記者の渡辺豪さんに、話を聞きます。
渡辺さんへの質問も、お寄せください。お待ちしています。

ノーカット(wma)
http://goo.gl/lkJfAM
予備
http://goo.gl/17OS1F

報道するラジオホームページ
http://www.mbs1179.com/hou/

 

20141213 R/F #101「小出裕章ジャーナル」【福島原発は今 汚染水対策と除染について】
tacc77
qhttp://youtu.be/kZIGyHzA-w4

2014/12/13 に公開

概要:
~第101回小出裕章ジャーナル~
福島原発は今 汚染水対策と除染について「現在、放射能で汚れた場所に人々が捨てられてしまっているわけで、その人達の被ばく量を減らすということはなんとしてもやらなければいけないと思います」

小出ジャーナル文字起こし全文はこちら
http://www.rafjp.org/koidejournal/no101/

ラジオ・フォーラム【公式】
http://www.rafjp.org/program-archive/101-3/

 

20141212 報道するラジオ「総選挙~特に若い方、選挙の投票の判断材料にして下さい」
tacc77
http://youtu.be/xR3Ijzkmp3Q

2014/12/12 に公開

概要:
■2014年12月12日【金】 総選挙~特に若い方、選挙の投票の判断材料にして下さい

あさって日曜日に迫った総選挙。
街頭演説を聞いてみると、各党の違いは結構鮮明になっています。
しかし、投票率は低くなるという見通しが示されています。

特に、投票率が低いのが若者です。20代の投票率は前回も30%台という低さです。

それでは、若者は政治に声を上げなくていいのでしょうか?

きょうはそんな若者の働き方について、その実態を、NPO法人「POSSE」代表の今野晴貴さんに聞きます。

その上で各党の働き方に関する考えを紹介しますので、是非、投票の判断材料にして下さい。

ノーカット(wma)
http://goo.gl/IzJsV1
予備
http://goo.gl/ffXZAM

報道するラジオホームページ
http://www.mbs1179.com/hou/

 

20141206 R/F #100「小出裕章ジャーナル」【福島原発の今 使用済み核燃料の取出し作業はなぜ遅れているのか?】
tacc77
http://youtu.be/LgGNzouXS_I

2014/12/06 に公開

概要:
~第100回小出裕章ジャーナル~
福島原発の今 使用済み核燃料の取出し作業はなぜ遅れているのか?「やればやるだけ困難が増えてくるということが東京電力も国も身に沁みて分かってきたという事だと思います」

小出ジャーナル文字起こし全文はこちら
http://www.rafjp.org/koidejournal/no100/

ラジオ・フォーラム【公式】
http://www.rafjp.org/program-archive/100-3/

 

20141205 報道するラジオ「2014年総選挙 国会の改革~今日の放送も投票の材料にして下さい」
http://youtu.be/tOBFxfNmEy8

2014/12/05 に公開

概要:
■2014年12月 5日【金】 2014年総選挙 国会の改革~今日の放送も投票の材料にして下さい

政治とカネでお話を聞いてきた
神戸学院大学大学院実務法学研究科教授の上脇博之さんがゲストです。

民主党政権が解散する際、自民党に約束させた「議員の定数削減」は、
2年たった今も行なわれていません。
約束は破られたまま、再び選挙となったのですが、
この「議員定数の削減」について
興味深い様々なお話が上脇さんから飛び出します。
その上で
各党の国会改革の考えを紹介しますので
投票の参考にして下さい。

ノーカット(wma)
http://goo.gl/5dHn1H
予備
http://goo.gl/GoWoSF

報道するラジオホームページ
http://www.mbs1179.com/hou/

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※原発関連で3冊:

知事抹殺 つくられた福島県汚職事件 佐藤 栄佐久

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ 小出 裕章

原子炉時限爆弾 広瀬 隆


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2014年12月30日 (火)

2014年12月「首相動静」です。

 首相動静、安倍晋三の動静記録です。

 頭がパーの安倍などトップに貼る価値もないので、月替わり後しばらくしたら、まとめてアップします。雑談日記の頁トップは当月の「小出裕章ジャーナルなど。」です。

 なお、Webで目に付いた記事などを資料として採録しておきます

※参考:オープン・ソース・インテリジェンス(OSINT)について

関連:
2014年11月「首相動静」です。 

 

 2月14日夜半、10pm頃から翌15日午前中一杯降った、各地で多数の死者を出した未曾有の雪害。その厳寒雪害にも、安倍晋三は国の指導者として当然やるべき仕事もせず、なんと厳寒凍死者が出た34時間後になってもまともに仕事もせず天ぷら三昧。
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 Twitterでは「#天ぷら野郎」とタグまでつけた非難ツイートでTLが埋まる事態に(笑)。さすがにアホな安倍もまずいと思ったのか、2月18日に豪雪非常災害対策本部会議マスコミ向けパフォーマンス(魚拓魚拓2)。(その時の写真に天ぷらをコラージュ、「天ぷら総理」忘れさせろw)関連ツイ 10
Photo_2

 

 今年1月21日、米共和党のルビオ上院議員に媚びを売る、うすら馬鹿安倍晋三。(クリック拡大して、安倍の表情をジックリご覧あれ)Japanese Prime Minister Shinzo Abe welcomes US Sen., Marco Rubio of Florida at his residence.
一瞬の仕草に出る安倍の正体 (政府TV
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 安倍晋三は朝鮮カルト 統一協会のお友だち。Shinzo Abe is a friend of Moonie, Cult Unification Church.
↓クリックすると拡大します。(更にサイズ大
2013_3gatu9gatu_abe_1000

 

 安倍晋三は、「平成」のさえ間違える馬鹿(母校「成蹊」の

参考安倍晋三は「成蹊小学校、成蹊中学校、成蹊高等学校、成蹊大学法学部政治学科卒業。小学4年生から5年生の時(1964年から2年間)、平沢勝栄が家庭教師につき、高校ではクラブは地理研究部に所属。高校卒業後成蹊大学に進み、佐藤竺教授のゼミに所属して行政学を学ぶ」。

(↓クリックすると拡大します)
130427_nico_03_03 ←4月27日、幕張メッセで安倍が書いたメッセージ。

写真はjapan.cnet.comの以下記事より⇒安倍総理がニコニコ超会議2を電撃視察--「ネットで世界を変えましょう」 魚拓魚拓2画像頁 魚拓魚拓2


2013050112s ←分かりやすく再度。「これでいいのだろうか」から。

「成」って小学4年生で習う字です。


_←有名な「三體千字文」です。上から「閨餘成歳律呂」とあり、3文字目の「成」の右から楷書、行書、草書です。どう崩したとしても安倍の字にはなりません。


20130428k0000m010065000cimage001←自民総裁安倍と、自民党幹事長石破茂が軍事オタクの馬鹿とは知ってましたが、元号「平成」にも使われている「成」の字を書けないこんな馬鹿に日本を任せておいて大丈夫なのだろうか。

写真は毎日の記事より。 魚拓魚拓2
Internet Archive


2013050111_20130501094407s←写真は、「これでいいのだろうか」から。


1343402359←写真は(AKIBAニュース)の「『 ニコニコ超会議2』」記事から。こちらは安倍のお友達、戦争オタクの自民党幹事長石破茂。 魚拓魚拓2


 

 以下、2014年12月の首相動静です

 

首相動静(12月31日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014123100084

 午前10時現在、静養先の東京・六本木のホテル「グランドハイアット東京」。朝の来客なし。
 午前10時30分から午後0時30分まで、同ホテル内の「NAGOMIスパアンドフィットネス」で運動。
 午後0時50分から同1時24分まで、同ホテル内のレストラン「フィオレンティーナ」で昭恵夫人と昼食。
 午後4時4分、同ホテル発。同22分、東京・富ケ谷の私邸着。
 1日午前0時現在、私邸。来客なし。
(2015/01/01-00:05)

 

首相動静(12月30日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014123000165

 午前10時現在、静養先の東京・六本木のホテル「グランドハイアット東京」。朝の来客なし。
 午前11時56分から午後1時43分まで、同ホテル内のステーキハウス「オークドア」で太田昭宏国土交通相と会食。
 午後2時45分から同4時まで、同ホテル内の「NAGOMIスパアンドフィットネス」で運動。
 午後6時33分から同9時19分まで、同ホテル内のすし店「六緑」で昭恵夫人や友人と食事。
 31日午前0時現在、同ホテル。来客なし。(2014/12/31-00:17)

 

首相動静(12月29日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014122900111

 午前9時41分、東京・富ケ谷の私邸発。同54分、東京・六本木のホテル「グランドハイアット東京」着。同10時から午後1時8分まで、同ホテル内の「NAGOMIスパアンドフィットネス」で運動。
 午後6時15分、同ホテル発。
 午後6時32分、東京・銀座のイタリア料理店「アルジェントASO」着。昭恵夫人とともに、北村滋内閣情報官夫妻、林肇外務省欧州局長夫妻、田中一穂財務省主計局長夫妻と食事。
 午後9時55分、同所発。
 午後10時12分、グランドハイアット東京着。
 30日午前0時現在、静養先の同ホテル。来客なし。(2014/12/30-00:18)

 

首相動静(12月28日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014122900002

 午前10時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。
 午前中は来客なく、私邸で過ごす。
 午後4時33分から同55分まで、山口泰明自民党衆院議員。
 午後5時13分、私邸発。
 午後5時50分、横浜市港北区の横浜アリーナ着。昭恵夫人とともにサザンオールスターズのコンサートを鑑賞。
 午後9時16分、同所発。「コンサートはいかがだったか」に「楽しみましたよ」。
 午後9時53分、私邸着。
 29日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/12/29-00:10)

 

首相動静(12月27日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014122800001

 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。
 午前中は来客なく、私邸で過ごす。正午、私邸発。
 午後0時18分、官邸着。
 午後0時19分から同29分まで、自民党国土強靱化総合調査会の二階俊博会長から提言書受け取り。同30分から同34分まで、政府与党政策懇談会。同39分、官邸発。同44分、東京・虎ノ門のホテルオークラ着。同ホテル内の日本料理店「山里」で葛西敬之JR東海名誉会長と食事。北村滋内閣情報官同席。同3時、同ホテル発。同4分、公邸着。
 午後5時24分、公邸発。同25分、官邸着。
 午後5時31分から同55分まで、経済財政諮問会議。
 午後6時から同13分まで、日本経済再生本部。
 午後6時19分から同26分まで、臨時閣議。
 午後6時36分、官邸発。
 午後6時56分、私邸着。
 28日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/12/28-00:02)

 

首相動静(12月26日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014122600049

 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前8時40分、公邸発。同41分、官邸着。
 午前8時48分から同59分まで、まち・ひと・しごと創生会議。
 午前9時3分から同14分まで、雪害対策関係閣僚会議。
 午前9時18分から同25分まで、閣議。同29分から同36分まで、総合海洋政策本部会合。
 午前10時5分、官邸発。同7分、国会着。同8分、院内大臣室へ。
 午前10時21分、院内大臣室を出て、同22分、参院本会議場へ。
 午前10時31分から同38分まで、第188特別国会開会式。同40分、参院本会議場を出て、同43分、国会発。同44分、官邸着。
 午前11時26分から正午まで、谷垣禎一自民党幹事長。
 午後0時3分から同27分まで、政府・与党連絡会議。
 午後0時48分から同1時10分まで、財務省の香川俊介事務次官、山崎達雄財務官、浅川雅嗣国際局長。
 午後1時34分、官邸発。
 午後1時41分、東京・元赤坂の赤坂御用地着。秋篠宮邸、三笠宮邸、高円宮邸で就任の記帳。同56分、同所発。同2時4分、東京・元赤坂の東宮御所着。就任の記帳。同18分、同所発。同34分、東京・東の常陸宮邸着。就任の記帳。同36分、同所発。
 午後2時52分、官邸着。
 午後3時22分から同39分まで、甘利明経済財政担当相、内閣府の松山健士事務次官、前川守、田和宏両政策統括官。同40分から同54分まで、甘利経済再生担当相、菅原郁郎日本経済再生総合事務局長代理。
 午後4時20分から同40分まで、山口新聞のインタビュー。
 午後4時41分から同5時1分まで、谷内正太郎国家安全保障局長、兼原信克、高見沢将林両官房副長官補、北村滋内閣情報官、平松賢司外務省総合外交政策局長、防衛省の黒江哲郎防衛政策局長、河野克俊統合幕僚長。同9分から同44分まで、自民党税制調査会の野田毅会長、額賀福志郎小委員長、林芳正小委員長代理。同58分、官邸発。同59分、公邸着。
 午後6時から同40分まで、内閣記者会との懇談会。
 午後6時41分から同7時まで、官邸職員との懇談会。同1分、公邸発。
 午後7時13分、東京・赤坂の日本料理店「京都 瓢※(※=口ヘンに喜)赤坂店」着。秘書官ら官邸職員と食事。
 午後9時29分、同所発。
 午後9時43分、東京・富ケ谷の私邸着。
 27日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/12/27-00:03)

 

首相動静(12月25日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014122600001

 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。
 午前9時21分、私邸発。
 午前9時41分、官邸着。
 午前9時45分から同10時34分まで、岸田文雄外相、外務省の斎木昭隆事務次官、平松賢司総合外交政策局長。菅義偉官房長官、加藤勝信官房副長官同席。
 午前10時35分から同56分まで、河井克行自民党衆院議員。
 午前10時57分から同11時9分まで、横倉義武日本医師会会長。
 午前11時10分から同40分まで、山本一太自民党参院議員。
 午後0時4分、官邸発。
 午後0時13分、東京・大手町の経団連会館着。経団連審議員会に出席し、あいさつ。同28分、同所発。
 午後0時36分、官邸着。
 午後0時57分から同1時27分まで、北村滋内閣情報官。
 午後1時34分から同40分まで、臨時閣議。
 午後1時42分から同2時24分まで、塩崎恭久厚生労働相。
 午後2時25分から同58分まで、斎木外務事務次官。
 午後3時14分、官邸発。
 午後3時25分、皇居着。内奏、副大臣認証式。
 午後6時17分、皇居発。
 午後6時26分、官邸着。
 午後6時42分から同44分まで、副大臣と記念撮影。
 午後6時50分から同54分まで、副大臣会議であいさつ。
 午後7時10分から同21分まで、政務官に辞令交付。同25分から同27分まで、政務官と記念撮影。
 午後7時32分から同36分まで、政務官会合であいさつ。同37分、官邸発。同38分、公邸着。
 26日午前0時現在、公邸。来客なし。(2014/12/26-00:02)

 

首相動静(12月24日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014122400117

 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。
 午前8時43分、私邸発。
 午前8時56分、官邸着。同9時3分、閣議開始。
 午前9時14分、閣議終了。
 午後0時27分、官邸発。同29分、国会着。同32分、衆院第14控室へ。
 午後0時33分から同44分まで、自民党両院議員総会。
 午後0時51分から同56分まで、同党代議士会。同1時、同室を出て、衆院本会議場へ。同3分、衆院本会議開会。同42分から同43分まで、松木謙公維新の党衆院議員。同46分から同47分まで、野田毅自民党税制調査会長。同49分から同50分まで、北側一雄公明党副代表。
 午後2時49分、衆院本会議で第97代首相に指名。同50分、衆院本会議休憩。本会議場を出て、同51分、院内大臣室へ。
 午後3時7分、同室を出て、同9分から同28分まで、衆院の町村信孝、川端達夫正副議長、林幹雄議院運営委員長、与野党各会派にあいさつ回り。同29分から同46分まで、参院の山崎正昭、輿石東正副議長、中川雅治議院運営委員長、与野党各会派にあいさつ回り。同47分、国会発。同49分、官邸着。
 午後4時19分から同24分まで、山口那津男公明党代表と与党党首会談。自民党の谷垣禎一、公明党の井上義久両幹事長同席。同25分、組閣本部設置。同26分から同49分まで、新閣僚の呼び込み。
 午後5時30分、官邸発。
 午後5時38分、皇居着。内奏、首相親任式、閣僚認証式。
 午後8時22分、皇居発。
 午後8時30分、官邸着。
 午後8時47分から同55分まで、閣僚に補職辞令交付。
 午後9時12分から同36分まで、記者会見。
 午後9時45分、初閣議開始。
 午後10時10分、初閣議終了。同13分から同16分まで、閣僚と記念撮影。
 午後10時19分から同25分まで、衛藤晟一首相補佐官らに辞令交付。同27分から同29分まで、首相補佐官らと記念撮影。同36分、官邸発。
 午後10時52分、私邸着。
 25日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/12/25-00:07)

 

首相動静(12月23日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014122300150

 午前10時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前中は来客なく、公邸で過ごす。
 午後0時28分、公邸発。
 午後0時35分、皇居着。昭恵夫人とともに天皇誕生日祝賀の儀・宴会の儀に出席。
 午後1時48分、皇居発。
 午後2時7分、東京・富ケ谷の私邸着。
 午後2時33分、私邸発。
 午後2時43分、東京・渋谷の美容室「HAIR GUEST」着。散髪。
 午後4時15分、同所発。
 午後4時29分、私邸着。
 24日午前0時現在、私邸。来客なし。
(2014/12/24-00:06)

 

首相動静(12月22日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014122200062

 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。
 午前9時32分、私邸発。
 午前9時46分、官邸着。
 午前9時58分、麻生太郎副総理兼財務相、財務省の香川俊介事務次官、田中一穂主計局長が入った。同10時52分、香川、田中両氏が出た。同11時1分、麻生氏が出た。
 午前11時25分から同45分まで、吉田博美自民党参院国対委員長。
 午後2時1分から同18分まで、内閣・内閣府永年勤続者表彰式。写真撮影。
 午後2時35分、官邸発。同38分、自民党本部着。同39分から同42分まで、佐賀県知事選立候補予定者への推薦証渡し。写真撮影。同3時10分から同15分まで、細田博之同党幹事長代行。
 午後3時16分、党本部発。同18分、官邸着。
 午後3時30分から同46分まで、空手道推進議員連盟の菅義偉会長、竹下亘幹事長、全日本空手道連盟の笹川堯会長。
 午後4時16分から同41分まで、夕刊フジのインタビュー。
 午後4時53分から同5時37分まで、経済財政諮問会議。
 午後6時28分、官邸発。同29分、公邸着。
 23日午前0時現在、公邸。来客なし。(2014/12/23-00:07)

 

首相動静(12月21日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014122200002

 午前6時43分、東京・富ケ谷の私邸発。同7時41分、神奈川県茅ケ崎市のゴルフ場「スリーハンドレッドクラブ」着。友人や秘書官とゴルフ。
 午後1時50分、同所発。
 午後2時58分、私邸着。
 午後6時38分、私邸発。
 午後6時55分、東京・赤坂の飲食店「燻」着。昭恵夫人や友人と食事。
 午後9時31分、同所発。
 午後9時50分、私邸着。
 22日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/12/22-00:03)

 

首相動静(12月20日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014122100002

 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前中は来客なく、公邸で過ごす。
 午後1時40分、公邸発。
 午後1時52分、東京・日本橋室町の日本橋三越本店着。「2014年報道写真展」を鑑賞。同2時13分、同所発。
 午後2時28分、東京・六本木のホテル「グランドハイアット東京」着。同ホテル内の「NAGOMIスパアンドフィットネス」で運動。
 午後5時39分、同ホテル発。
 午後6時7分、東京・富ケ谷の私邸着。
 21日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/12/21-00:06)

 

首相動静(12月19日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014121900127

 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。
 午前9時12分、私邸発。
 午前9時29分、官邸着。
 午前9時34分から同47分まで、閣議。
 午前9時52分から同10時8分まで、国家戦略特区諮問会議。
 午前10時9分から同31分まで、対台湾窓口機関「交流協会」の大橋光夫会長、伊原純一外務省アジア大洋州局長。同32分から同44分まで、望月義夫環境相。
 午前10時49分から同11時2分まで、吉村泰典内閣官房参与。
 午前11時3分から同30分まで、山本有二自民党衆院議員。同33分、官邸発。
 午前11時41分、皇居着。宮中昼食会。
 午後1時25分、皇居発。
 午後1時36分、官邸着。
 午後1時54分から同2時25分まで、石破茂地方創生担当相、伊藤達也内閣府特命担当相補佐官、杉田和博官房副長官、古谷一之官房副長官補、山崎史郎まち・ひと・しごと創生本部事務局長代理。
 午後2時26分、外務省の斎木昭隆事務次官、杉山晋輔外務審議官、河野雅治中東和平担当特使、上村司中東アフリカ局長、岡浩国際情報統括官が入った。同57分、河野、上村両氏が出た。同3時6分、全員出た。
 午後3時7分、甘利明経済財政担当相、内閣府の松山健士事務次官、前川守、羽深成樹、田和宏各政策統括官が入った。同23分、松山、前川、羽深、田和各氏が出た。同29分、甘利氏が出た。
 午後3時37分から同4時17分まで、ジャーナリストの櫻井よしこ氏による週刊新潮のインタビュー。
 午後4時21分から同39分まで、北村滋内閣情報官。
 午後4時42分から同51分まで、吉川元偉国連大使ら国際機関大使会議の出席者による報告。加藤勝信、世耕弘成両官房副長官同席。
 午後5時2分から同17分まで、月例経済報告関係閣僚会議。
 午後6時11分、官邸発。
 午後6時18分、東京・内幸町の帝国ホテル着。同ホテル内の宴会場「富士の間」で、「青木功プロ生活五十周年を祝う会」に出席し、あいさつ。同38分、同所発。同42分、公邸着。
 20日午前0時現在、公邸。来客なし。(2014/12/20-00:14)

 

首相動静(12月18日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014121800134

 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前9時42分、公邸発。同43分、官邸着。
 午前10時9分から同29分まで、宗像紀夫内閣官房参与。
 午前10時30分から同38分まで、藤井聡内閣官房参与。正午から午後0時10分まで、バイデン米副大統領と電話会談。加藤勝信、世耕弘成両官房副長官同席。
 午後0時13分、官邸発。
 午後0時16分、東京・永田町の日本料理店「黒澤」着。西田昌司自民党参院議員、藤井内閣官房参与と昼食。
 午後1時16分、同所発。同18分、官邸着。
 午後1時31分から同2時3分まで、谷垣禎一自民党幹事長。
 午後2時9分から同39分まで、新日中友好21世紀委員会の西室泰三座長、毛利衛委員ら。
 午後2時40分から同45分まで、本田悦朗内閣官房参与。
 午後3時9分から同52分まで、産経新聞とニッポン放送のインタビュー。
 午後4時7分から同28分まで、木村太郎首相補佐官。同29分から同39分まで、古沢満宏内閣官房参与。同40分から同50分まで、政治評論家の中村慶一郎氏、原田克彦日本熱源システム社長。
 午後4時51分、甘利明経済財政担当相、内閣府の松山健士事務次官、田和宏政策統括官が入った。同54分、松山、田和両氏が出た。同5時3分、甘利氏が出た。
 午後5時4分から同19分まで、平将明内閣府副大臣。
 午後5時31分から同6時10分まで、国家安全保障会議。宮沢洋一経済産業相出席。同30分から同40分まで、ヨルダンのアブドラ国王と電話会談。加藤、世耕両官房副長官同席。
 午後6時48分、官邸発。
 午後7時4分、東京・銀座の中国料理店「飛雁閣」着。高橋精一郎三井住友銀行副頭取、加計孝太郎学校法人加計学園理事長と会食。
 午後9時16分、同所発。
 午後9時38分、東京・富ケ谷の私邸着。
 19日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/12/19-00:20)

 

首相動静(12月17日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014121700107

 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。
 午前9時31分、私邸発。
 午前9時48分、官邸着。
 午前9時56分、甘利明経済財政担当相、内閣府の松山健士事務次官、前川守政策統括官が入った。同10時13分、松山、前川両氏が出た。同26分、甘利氏が出た。同47分から同11時7分まで、飯島勲内閣官房参与。
 午前11時30分から同49分まで、榊原定征経団連会長、三村明夫日本商工会議所会頭、長谷川閑史経済同友会代表幹事。正午から午後0時15分まで、オバマ米大統領と電話会談。加藤勝信、世耕弘成両官房副長官、谷内正太郎国家安全保障局長同席。
 午後0時16分から同53分まで、谷垣禎一自民党幹事長。
 午後0時59分から同1時17分まで、堺屋太一内閣官房参与。
 午後1時28分、麻生太郎副総理兼財務相、財務省の香川俊介事務次官、山崎達雄財務官、浅川雅嗣国際局長が入った。同38分、山崎、浅川両氏が出た。同39分、財務省の田中一穂主計局長、佐藤慎一主税局長が加わった。同2時29分、全員出た。同30分から同40分まで、木曽功内閣官房参与。同41分から同46分まで、大谷泰夫内閣官房参与。
 午後2時47分から同3時15分まで、高市早苗総務相。同16分から同24分まで、中村芳夫内閣官房参与。同30分から同45分まで、インドのモディ首相と電話会談。加藤官房副長官同席。
 午後3時55分から同4時27分まで、江渡聡徳防衛相、谷内国家安全保障局長、北村滋内閣情報官、防衛省の西正典事務次官、武居智久海上幕僚長、宮川正情報本部長。同28分から同36分まで、江渡防衛相、同37分から同43分まで、谷内国家安全保障局長。同58分から同5時12分まで、バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者表彰式。写真撮影。
 午後6時3分から同34分まで、パラオのレメンゲサウ大統領と首脳会談。同37分から同48分まで、共同記者発表。同49分、官邸発。同50分、公邸着。首相主催の夕食会。
 午後8時5分、レメンゲサウ大統領を見送り。
 18日午前0時現在、公邸。来客なし。(2014/12/18-00:08)

 

首相動静(12月16日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014121600120

 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。
 午前9時15分、私邸発。
 午前9時33分、官邸着。
 午前9時42分から同59分まで、犯罪対策閣僚会議。同10時から同1分まで、高市早苗総務相。
 午前10時4分から同21分まで、閣議。
 午前10時28分から同49分まで、政労使会議。同50分から同51分まで、西村康稔内閣府副大臣。
 午前10時52分から同11時19分まで、宮沢洋一経済産業相、上田隆之資源エネルギー庁長官。
 午後0時44分から同54分まで、平松賢司外務省総合外交政策局長。同55分から同1時10分まで、オーストラリアのアボット首相と電話会談。加藤勝信、世耕弘成両官房副長官同席。
 午後1時57分から同3時3分まで、麻生太郎財務相、財務省の香川俊介事務次官、佐藤慎一主税局長。
 午後3時4分から同29分まで、斎木昭隆外務事務次官。
 午後3時40分から同50分まで、大西倉雄山口県長門市長。
 午後5時2分、谷内正太郎国家安全保障局長、北村滋内閣情報官、佐藤雄二海上保安庁長官が入った。同12分、佐藤氏が出た。同13分、谷内氏が出た。同36分、北村氏が出た。
 午後5時37分から同46分まで、礒崎陽輔首相補佐官。
 午後5時47分から同6時7分まで、衛藤晟一首相補佐官。同49分、官邸発。
 午後6時59分、東京・西新橋のすし店「しまだ鮨」着。田崎史郎時事通信解説委員、島田敏男NHK解説委員ら報道関係者と会食。
 午後9時21分、同所発。
 午後9時37分、私邸着。
 17日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/12/17-00:11)

 

首相動静(12月15日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014121500468

 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。
 午前11時29分、私邸発。
 午前11時46分、自民党本部着。
 正午、同党役員会開始。
 午後0時29分、同党役員会終了。同46分から同55分まで、茂木敏充同党選対委員長。菅義偉官房長官同席。
 午後0時56分、党本部発。同59分、国会着。同1時、常任委員長室へ。山口那津男公明党代表との与党党首会談開始。自民党の谷垣禎一、公明党の井上義久両幹事長同席。
 午後1時27分、与党党首会談終了。同28分、同室を出て、同30分、国会発。同33分、自民党本部着。
 午後2時から同29分まで、記者会見。同31分、党本部発。同34分、官邸着。
 午後3時18分から同4時2分まで、尾身幸次元財務相。
 午後4時3分から同33分まで、斎木昭隆外務事務次官。
 午後4時41分から同51分まで、岸田文雄外相。同5時から同10分まで、キャメロン英首相と電話会談。
 午後5時14分から同41分まで、甘利明経済財政担当相、内閣府の松山健士事務次官、前川守政策統括官。
 午後6時40分、官邸発。
 午後7時3分、私邸着。
 16日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/12/16-00:07)

 

首相動静(12月14日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014121400047

 午前10時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前中は来客なく、公邸で過ごす。
 午後も来客なく、公邸で過ごす。
 午後6時51分、公邸発。
 午後6時54分、東京・永田町のザ・キャピトルホテル東急着。同ホテル内のレストラン「ORIGAMI」で秘書官と食事。
 午後7時50分、同ホテル発。
 午後7時52分、自民党本部着。
 午後9時28分から同40分まで、下村博文文部科学相。
 午後10時から同49分まで、記者会見場でテレビ各社の報道番組に出演。
 午後10時58分から同11時15分まで、記者会見場でラジオ各社の報道番組に出演。
 午後11時16分から同19分まで、記者会見場でインターネットの動画中継サイト「ニコニコ動画」に出演。
 午後11時21分から同32分まで、新聞・テレビ各社のインタビュー。
 午後11時33分から午前0時4分まで、菅義偉官房長官、萩生田光一総裁特別補佐。
 午前0時37分、自民党本部発。
 午前0時47分、東京・富ケ谷の私邸着。
 15日午前1時30分現在、私邸。来客なし。(2014/12/15-01:37)

 

首相動静(12月13日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014121400002

 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。
 午前9時4分、私邸発。
 午前9時21分、JR新宿駅着。同30分、かいじ101号で同駅発。
 午前10時36分、JR大月駅着。同駅前を練り歩き。同50分、同所発。
 午前11時38分、山梨県甲州市役所前着。街頭演説。午後0時8分、同所発。
 午後0時49分、JR甲府駅南口着。街頭演説。同1時15分、同所発。同19分、同駅着。同20分から同28分まで、同駅内の山梨県警鉄道警察隊事務所で自民党の清水武則山梨県連会長、森屋宏参院議員。同29分、スーパーあずさ15号で同駅発。
 午後2時28分、JR塩尻駅着。同55分、ワイドビューしなの13号で同駅発。
 午後3時56分、JR長野駅着。同59分、同駅発。同4時1分、同駅善光寺口着。街頭演説。同27分、同所発。同29分、同駅着。
 午後4時49分、あさま540号で同駅発。
 午後5時1分、JR上田駅着。同2分、同駅発。同3分、同駅お城口着。街頭演説。同25分、同所発。同26分、同駅着。同27分から同37分まで、同駅内の駅長事務室で自民党の小坂憲次、若林健太両参院議員。同43分、あさま542号で同駅発。
 午後7時5分、JR上野駅着。同11分、同駅発。同32分、JR秋葉原駅電気街口着。街頭演説。
 午後8時4分、同所発。同24分、自民党本部着。同26分から同33分まで、党インターネット番組「カフェスタ」に出演。同34分、党本部発。
 午後8時44分、東京・四谷の焼肉店「龍月園」着。秘書官と食事。
 午後11時33分、同所発。
 午後11時40分、公邸着。
 14日午前0時現在、公邸。来客なし。
(2014/12/14-00:05)

 

首相動静(12月12日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014121200118

 午前7時37分、東京・富ケ谷の私邸発。同8時5分、羽田空港着。
 午前8時33分、日本航空1251便で同空港発。同9時15分、山形空港着。同26分、同空港発。
 午前11時6分、山形県酒田市のホテルイン酒田駐車場着。街頭演説。同32分、同所発。
 午後1時11分、JRさくらんぼ東根駅前着。街頭演説。同38分、同所発。同39分、同駅着。同47分、つばさ144号で同駅発。
 午後3時57分、JR宇都宮駅着。同58分から同4時まで、佐藤勉自民党国対委員長。同1分、同駅発。
 午後4時45分、JR今市駅前着。街頭演説。同5時9分、同所発。
 午後6時2分、JR宇都宮駅着。
 午後6時20分、なすの280号で同駅発。
 午後6時49分、JR大宮駅着。同55分、あかぎ10号で同駅発。
 午後7時、JR浦和駅着。同3分、同駅発。同4分、同駅東口着。街頭演説。同34分、同所発。
 午後8時16分、私邸着。
 13日午前0時現在、私邸。来客なし。
(2014/12/13-00:19)

 

首相動静(12月11日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014121100105

 午前7時25分、東京・富ケ谷の私邸発。
 午前7時52分、羽田空港着。
 午前8時22分、全日空661便で同空港発。同10時2分、長崎空港着。同14分、同空港発。
 午前10時59分、長崎市の複合施設「ハマクロス411」前着。街頭演説。同11時31分、同所発。
 午後0時53分、佐賀県小城市の「JAさが三日月支所」前着。街頭演説。同1時20分、同所発。
 午後1時57分、佐賀県鳥栖市の「田代保育園」着。園児らと写真撮影。同2時、同市の焼肉店「季楽鳥栖店」着。秘書官らと食事。同24分、同所発。
 午後2時30分、同市の鳥栖市役所前着。街頭演説。同56分、同所発。
 午後3時2分、JR新鳥栖駅着。
 午後3時3分から同28分まで、同駅応接室で中冨博隆久光製薬社長。同33分、さくら413号で同駅発。
 午後3時57分、JR熊本駅着。同4時、同駅発。
 午後4時11分、熊本市中央区の「マクドナルド熊本新市街店」前着。街頭演説。同40分、同所発。
 午後4時46分、JR熊本駅着。
 午後4時59分、さくら415号で同駅発。
 午後5時42分、JR川内駅着。同駅前で街頭演説。同6時9分、同所発。
 午後7時10分、鹿児島空港着。同空港内のレストラン「エアポート山形屋」で秘書官と食事。
 午後7時57分、全日空630便で同空港発。同9時11分、羽田空港着。同23分、同空港発。
 午後9時47分、私邸着。
 12日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/12/12-00:10)

 

首相動静(12月10日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014121000105

 午前7時2分、東京・富ケ谷の私邸発。同19分、JR東京駅着。同30分、のぞみ11号で同駅発。
 午前9時12分、JR名古屋駅着。同13分、徒歩で同駅発。同15分、近鉄名古屋駅着。同30分、近鉄特急で同駅発。
 午前9時58分、近鉄四日市駅着。鈴木英敬三重県知事出迎え。同10時、徒歩で同駅発。同2分、三重県四日市市の四日市市民公園着。街頭演説。
 午前10時40分、同所発。
 午前11時59分、京都市山科区の京阪山科駅前着。街頭演説。午後0時24分、同所発。
 午後1時5分、同市右京区の自民党衆院選立候補者の事務所前着。街頭演説。同33分、同所発。
 午後2時17分、近鉄桃山御陵前駅前着。街頭演説。同42分、同所発。
 午後3時6分、JR宇治駅前着。街頭演説。同30分、同所発。
 午後4時29分、JR奈良駅西口着。街頭演説。同56分、同所発。
 午後5時53分、大阪市中央区の百貨店「高島屋大阪店」前着。街頭演説。同6時21分、同所発。
 午後6時45分、同市北区の家電量販店「ヨドバシカメラ マルチメディア梅田」前着。街頭演説。同7時14分、同所発。
 午後7時33分、伊丹空港着。
 午後7時34分から同56分まで、同空港内のレストラン「551蓬莱飲茶CAFE」で秘書官と食事。
 午後8時31分、全日空40便で同空港発。同9時17分、羽田空港着。同27分、同空港発。
 午後9時53分、私邸着。
 11日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/12/11-00:13)

 

首相動静(12月9日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014120900094

 午前7時36分、東京・富ケ谷の私邸発。
 午前7時53分、官邸着。
 午前7時57分から同8時5分まで、国家安全保障会議。宮沢洋一経済産業相同席。
 午前8時12分から同30分まで、閣議。
 午前8時32分から同41分まで、山谷えり子拉致問題担当相。同47分、官邸発。
 午前8時56分、JR東京駅着。
 午前9時8分、はやぶさ9号で同駅発。
 午前10時40分、JR仙台駅着。
 午前10時50分、やまびこ43号で同駅発。
 午前11時46分、JR北上駅着。同49分、同駅発。
 午前11時54分、岩手県北上市の「さくら野百貨店北上店」前着。街頭演説。
 午後0時31分、同所発。同34分、同市のそば店「そば処鈴木屋」着。昼食。
 午後1時1分、同所発。同7分、JR北上駅着。同29分、やまびこ48号で同駅発。
 午後3時3分、JR郡山駅着。同6分、同駅発。
 午後3時34分、福島県須賀川市のスーパー「リオン・ドール須賀川東店」前着。街頭演説。同50分、同所発。
 午後4時17分、JR郡山駅着。同31分、やまびこ146号で同駅発。
 午後5時22分、JR大宮駅着。同25分、同駅発。同27分、同駅西口着。街頭演説。同57分、同所発。同6時、JR大宮駅着。
 午後6時28分、スワローあかぎ1号で同駅発。
 午後6時47分、JR鴻巣駅着。同49分、同駅発。同51分、同駅東口着。街頭演説。
 午後7時21分、同所発。
 午後8時34分、私邸着。
 10日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/12/10-00:18)

 

首相動静(12月8日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014120800047

 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。
 午前8時29分、私邸発。
 午前8時51分、JR東京駅着。同9時3分、ひかり465号で同駅発。
 午前9時47分、JR三島駅着。同49分、同駅発。
 午前10時13分、JR沼津駅北口着。街頭演説。同44分、同所発。
 午前11時7分、JR三島駅着。同25分、こだま647号で同駅発。
 午後0時59分、JR三河安城駅着。同1時2分、同駅発。
 午後1時15分、愛知県安城市のイトーヨーカドー安城店前着。街頭演説。同39分、同所発。
 午後2時20分、同県豊田市の豊田スタジアム着。自民党衆院選立候補者の応援演説。同41分、同所発。
 午後3時24分、同県日進市の日進竹の山ショッピングセンター前着。街頭演説。同53分、同所発。
 午後4時26分、名古屋市緑区の自民党衆院選立候補者事務所前着。街頭演説。同53分、同所発。
 午後5時29分、同市千種区の今池ガスビル前着。街頭演説。同47分、同所発。
 午後6時13分、同市中村区のビックカメラ名古屋駅西店前着。街頭演説。同35分、同所発。同38分、JR名古屋駅着。
 午後6時53分、のぞみ44号で同駅発。
 午後7時5分から同12分まで、NHKのインタビュー。
 午後8時33分、JR東京駅着。同37分、同駅発。
 午後8時50分、自民党本部着。党選挙対策幹部会議。同9時44分から同59分まで、茂木敏充同党選対委員長。
 午後10時16分、私邸着。
 9日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/12/09-00:09)

 

首相動静(12月7日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014120800002

 午前9時29分、東京・富ケ谷の私邸発。
 午前9時33分、東京・宇田川町の渋谷区役所着。衆院選の不在者投票。同41分、同所発。
 午前10時12分、東京・西葛西の東京メトロ東西線西葛西駅南口着。街頭演説。同41分、同所発。
 午前11時、東京・豊洲のホームセンター「スーパービバホーム豊洲店」前着。街頭演説。同26分、同所発。
 午後0時23分、JR赤羽駅東口着。街頭演説。同49分、同所発。
 午後1時17分、JR中野駅北口着。街頭演説。同41分、同所発。同44分、東京・中野の複合施設「中野サンプラザ」着。同施設内のレストラン「121ダイニング」で秘書官らと食事。同2時7分、同所発。
 午後2時45分、JR大井町駅西口着。街頭演説。同3時10分、同所発。
 午後4時10分、東京都府中市のショッピングセンター「フォーリス」前着。街頭演説。同42分、同所発。同5時3分、JR国分寺駅南口着。街頭演説。同26分、同所発。
 午後6時5分、JR立川駅北口着。街頭演説。同32分、同所発。
 午後7時11分、JR八王子駅北口着。街頭演説。同35分、同所発。
 午後8時19分、私邸着。
 午後9時15分から同40分まで、NHKのインタビュー。
 8日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/12/08-00:03)

 

首相動静(12月6日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014120700003

 午前7時21分、東京・富ケ谷の私邸発。
 午前7時51分、羽田空港着。
 午前8時23分、全日空15便で同空港発。同9時13分、伊丹空港着。同25分、同空港発。
 午前9時57分、兵庫県尼崎市の阪神電鉄尼崎駅前着。街頭演説。同10時21分、同所発。
 午前10時58分、神戸市中央区の大丸神戸店前着。街頭演説。同11時23分、同所発。
 午後0時3分、同市北区の神戸電鉄岡場駅前着。街頭演説。同25分、同所発。
 午後0時49分、JR新神戸駅着。同駅の貴賓室で秘書官と食事。
 午後1時39分、のぞみ107号で同駅発。
 午後1時55分、JR姫路駅着。同駅前で街頭演説。
 午後2時46分、ひかり469号で同駅発。
 午後3時20分、JR岡山駅着。同24分、同駅発。
 午後3時30分、岡山市中区の天満屋ハピータウン原尾島店前着。街頭演説。同4時、同所発。
 午後5時5分、JR坂出駅前着。街頭演説。同31分、同所発。
 午後6時13分、高松市の高松中央公園前着。街頭演説。
 午後6時37分、同所発。
 午後7時4分、高松空港着。
 午後7時6分、同空港内の飲食店「さぬき麺業」同空港店着。浜田恵造香川県知事らと食事。
 午後7時45分、全日空540便で同空港発。同8時41分、羽田空港着。同56分、同空港発。
 午後9時24分、私邸着。
 7日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/12/07-00:04)

 

首相動静(12月5日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014120500125

 午前7時2分、東京・富ケ谷の私邸発。同29分、羽田空港着。
 午前7時59分、日本航空1103便で同空港発。
 午前9時12分、旭川空港着。同22分、同空港発。
 午前10時、北海道旭川市のロワジールホテル旭川着。同ホテル内の宴会場「ボールルーム」で自民党衆院選立候補者の応援演説。同46分、同所発。
 午前11時45分、北海道滝川市のホテル三浦華園着。同59分から午後0時18分まで、同ホテル内の宴会場「オーロラホール」で自民、公明両党衆院選立候補者の集会に出席し、演説。
 午後0時19分から同1時29分まで、同ホテル内のプライベートルーム「Hana」で伊達忠一自民党参院幹事長と昼食。同30分、同所発。
 午後3時1分、札幌市豊平区の自民党衆院選立候補者の事務所前着。街頭演説。同22分、同所発。
 午後4時、札幌市中央区の日本生命札幌ビル前着。街頭演説。同27分、同所発。
 午後4時58分、札幌市北区のダイエー麻生店前着。街頭演説。同5時21分、同所発。
 午後5時53分、JR手稲駅北口着。街頭演説。同6時22分、同所発。
 午後7時23分、新千歳空港着。
 午後7時29分から同8時15分まで、同空港内のレストラン「スープカレー lavi 新千歳空港店」で秘書官と食事。
 午後8時39分、全日空82便で同空港発。同10時5分、羽田空港着。同16分、同空港発。
 午後10時42分、私邸着。
 6日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/12/06-00:09)

 

首相動静(12月4日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014120400082

 午前7時2分、東京・富ケ谷の私邸発。
 午前7時30分、羽田空港着。
 午前7時56分、全日空93便で同空港発。
 午前9時10分、関西空港着。同22分、同空港発。
 午前10時6分、JR和歌山駅前着。街頭演説。同20分、同所発。
 午前10時56分、大阪府泉佐野市の泉佐野漁協青空市場前着。街頭演説。同11時10分、同所発。
 午前11時45分、同府和泉市の泉北高速鉄道和泉中央駅前着。街頭演説。午後0時3分、同所発。
 午後0時30分、堺市南区の同鉄道泉ケ丘駅前着。街頭演説。同49分、同所発。
 午後1時、同市西区の自民党衆院選立候補者の事務所着。昼食。
 午後1時23分、同所発。
 午後2時3分、堺市役所前着。街頭演説。同21分、同所発。
 午後2時45分、大阪市の西成区役所前着。街頭演説。同58分、同所発。
 午後3時49分、大阪府八尾市の近鉄八尾駅前着。街頭演説。同4時10分、同所発。
 午後4時50分、同府守口市の京阪守口市駅前着。街頭演説。同5時5分、同所発。
 午後5時40分、JR新大阪駅前着。街頭演説。同57分、同所発。
 午後6時40分、JR高槻駅前着。街頭演説。同7時3分、同所発。
 午後7時37分、伊丹空港着。
 午後8時28分、全日空40便で同空港発。
 午後9時20分、羽田空港着。同32分、同空港発。
 午後9時59分、私邸着。
 5日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/12/05-00:13)

 

首相動静(12月3日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014120300113

 午前7時16分、東京・富ケ谷の私邸発。同38分、JR東京駅着。同48分、Maxとき307号で同駅発。
 午前9時3分、JR越後湯沢駅着。同14分、はくたか4号で同駅発。
 午前10時9分、JR直江津駅着。同13分、同駅発。同14分、同駅前着。街頭演説。同43分、同所発。
 午前11時31分、新潟県柏崎市の文化会館アルフォーレ前着。街頭演説。同59分、同所発。
 午後0時50分、同県燕市のレストラン「ビストロ&cafe 六朝館」着。昼食。
 午後1時24分、同所発。同28分、同市のイオン県央店前着。街頭演説。同43分、同所発。
 午後2時44分、同県新発田市の市民文化会館前着。街頭演説。同3時1分、同所発。
 午後3時58分、JR新潟駅前着。街頭演説。同4時18分、同所発。同21分、同駅着。
 午後4時45分、Maxとき338号で同駅発。
 午後5時41分から同56分まで、NHKの番組収録。
 午後6時59分、JR東京駅着。同7時1分、同駅発。
 午後7時12分、公邸着。
 午後7時30分、公邸発。
 午後7時43分、東京・六本木のテレビ朝日着。報道番組の収録。
 午後9時3分、同所発。
 午後9時23分、私邸着。
 4日午前0時現在、私邸。来客なし。
(2014/12/04-00:21)

 

首相動静(12月2日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014120200116

 午前6時46分、東京・富ケ谷の私邸発。同7時6分、JR東京駅着。同13分、やまびこ123号で同駅発。同44分から同49分まで、NHKのインタビュー。
 午前8時47分、JR福島駅着。同54分、同駅発。
 午前10時27分、福島県相馬市の松川浦漁港着。街頭演説。同11時1分、同所発。同26分、宮城県山元町の定食屋「花膳」着。秘書官と昼食。
 午前11時59分、同所発。午後0時3分、同町の「和風レストラン 田園 山元店」前着。街頭演説。同16分、同所発。
 午後1時19分、宮城県石巻市のスーパー「ヨークベニマル石巻蛇田店」前着。街頭演説。同46分、同所発。
 午後2時11分、宮城県利府町の春日パーキングエリア着。売店で買い物。同20分、同所発。
 午後2時56分、仙台市の複合施設「アエル」前着。街頭演説。同3時21分、同所発。同23分、JR仙台駅着。同44分、やまびこ146号で同駅発。
 午後5時47分、JR東京駅着。同52分、同駅発。
 午後6時6分、官邸着。
 午後6時54分、官邸発。同59分、東京・紀尾井町のNHK千代田放送会館着。報道番組に出演。同7時44分、同所発。同48分、公邸着。
 午後8時31分、公邸発。同39分、東京・赤坂のTBS着。報道番組の収録。
 午後10時5分、同所発。
 午後10時22分、私邸着。
 3日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/12/03-00:09)

 

首相動静(12月1日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014120100059

 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。
 午前9時12分、私邸発。
 午前9時29分、官邸着。
 午前9時34分から同43分まで、北方領土隣接地域振興対策根室管内市町連絡協議会の長谷川俊輔北海道根室市長らの表敬。
 午前9時44分、西村泰彦内閣危機管理監、高見沢将林官房副長官補、北村滋内閣情報官が入った。同54分、西村、高見沢両氏が出た。同10時1分、北村氏が出た。
 午後0時37分、官邸発。同44分、東京・内幸町の日本プレスセンタービル着。
 午後1時5分、日本記者クラブ主催の8党党首討論会開始。
 午後3時7分、党首討論会終了。
 午後3時9分、同所発。同14分、自民党本部着。
 午後3時22分から同4時44分まで、党選挙対策幹部会議。
 午後5時6分、党本部発。同9分、官邸着。
 午後5時32分、官邸発。
 午後5時51分、東京・神南のNHK着。
 午後5時54分から同59分まで、控室で有村治子女性活躍担当相。
 午後6時23分から同58分まで、衆院選比例代表の政見放送収録。
 午後7時1分、同所発。
 午後7時14分、東京・永田町のザ・キャピトルホテル東急着。同ホテル内のレストラン「ORIGAMI」で秘書官と食事。
 午後8時、同ホテル発。
 午後8時9分、東京・東新橋の日本テレビ着。報道番組の収録。
 午後9時39分、同所発。
 午後9時59分、私邸着。
 2日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/12/02-00:13)

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 以下、資料として採録。

 

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※参考:オープン・ソース・インテリジェンス(Wikipediaより)

オープン・ソース・インテリジェンスまたはOSINTとは、公開情報(オープン・ソース:一般公開され利用可能な情報源)から収集された情報を元にする、(機密)情報収集の専門領域を指す。

概説

“合法的に入手出来る資料”を“合法的に調べ突き合わせる”手法で、情報源は政府の公式発表(プレスリリース)、マスメディ アによる報道、インターネット、書籍、電話帳、科学誌その他を含む。具体的には、対象国の軍の編制を割り出すために、対象国の新聞社交欄、ニュースの断 片、高級将校の異動発令などを丹念に集積し、分析するといった手法である。

細かいデータを少しずつ集めて分析するだけでも、相当な精度の情報が得られることがある。媒体入手・分析は駐在国公館で行なわれる事が多い。ラジオ放送は自国領内で受信する。

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 キャンペーンバナーなど

2014年都知事選、2月6日(木)18:00練馬駅北口での細川さんの脱原発podcast小泉さんの脱原発podcast演説と観衆の“間の手”掛け声が何ともいい感じでお勧め。小泉さんの3分40秒からの所は重要、「今世界が心配しているのは、日本。原発持っている国の中でテロ対策が一番日本が弱いのを懸念している」。つまり、全国の海岸線に54基の原発を抱えていると言う事は、54個の原爆をノーガードで持っているのと同じ。だから、集団的自衛権(外国のためにする戦争)なんてのは論外。

 ↓2月2日銀座4丁目街宣での一コマです。暖かい時もあれば、1月26日池袋東口や、1月29日の三鷹や吉祥寺の様に厳寒の日もありました。街宣最終日2月8日は、雪で電車が遅れ僕は新宿まで行く事が出来なかった。暖かい日でも街宣車の上は確実に風が強く寒い、伊達や酔狂では出来ません。細川(76)小泉(72)148歳コンビのファイトに感謝し、脱帽の都議選でした。
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 以下動画では、さらに小泉氏の脱原発について詳しくジックリ聴く事が出来ます。

2013年11月12日
脱原発は郵政民営化の比ではない壮大な事業•小泉元首相が日本記者クラブで講演
videonewscom
http://youtu.be/QOXsnZiTjwk

↑SOBA:動画の40分4秒の所からの以下部分はかなり重要。
 河野太郎代議士から贈呈された「新しい火の創造 エイモリー・B・ロビンス (著)」について。米国が脱原発が必要だと説いている。2050年には脱原発・脱石油・脱石炭・脱天然ガス。うかうかしていると日本の先を越して米国が脱原発を進めるかも知れない。

 

 気象庁の震央分布図(→頁アーカイブ)、こんな所で原発なんて危険きわまりない(石橋克彦氏、地震学)。汚染水ダダ漏れだからオリンピック開催もふさわしくない。( Japan is situated in a volcanic zone on the Pacific Ring of Fire. It's also located near major tectonic plate boundaries, where's an un-wise place for 54 reactors. and now Osensui is not under control. So Japan and Tokyo is Unworthy of 2020 Olympic Games. )。震央分布図がある新頁

(Epicenter distribution map)
W

 震災後3年、「汚染水はアンダー コントロール」やオリンピックにはしゃぐ真性馬鹿安倍晋三への福一の現場作業員からの怒りの声(←20140314MBS報道するラジオ)

「汚染水ダダ漏れ日本の五輪召致馬鹿騒ぎ糾弾」バナー、Oh No OSENSUI. Tokyo is Unworthy of 2020 Olympic.
↓click, popup & enlarge anime
「汚染水ダダ漏れ日本のオリンピック召致馬鹿騒ぎは世界の恥さらし」バナー


 

↓「カルト宗教 統一協会のお友だち こんな奴らが改憲?笑わせるな」バナー。

 クリックすると拡大します。ブログに貼れる370pxのサイズです。微修正の可能性有り、反映させますので直リンクが使用条件です。
「カルト宗教 統一協会に応援され(笑) こんな奴らが改憲?笑わせるな」バナー


2006/06 Japanese Chief Cabinet Secretary Shinzo Abe(2005/10/31 - 2006/9/26 ; Prime Minister 2006/9/26 - 2007/9/26, 2012/12/26 - )sent a message to Moonie's mass wedding blessing ceremony. Abe have appeared on cover page of cult Unification Church's monthly magazine "SEKAI SHISO". Moonie also support Shinzo Abe.

 

 「3経済団体代表者によるごり押し圧力と、元々原発推し進めた自民党の僕たちは原発やめないもん」糾弾バナー。
「3経済団体代表者によるごり押し圧力と自民党の僕たちは原発やめないもん」糾弾バナー


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知事抹殺 つくられた福島県汚職事件 佐藤 栄佐久 (著)

原子炉時限爆弾 広瀬 隆 (著)

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ 小出 裕章 (著)

 

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2014年12月27日 (土)

ろくでなし子さんの「まんこ」発言に裁判官「それ以上続けると意見陳述制限します!」(弁護士・コム)

 サブタイトル『ろくでなし子さんへの「まんこ」弾圧裁判は、秘密保護法と何ともはやの相似形である』

 

 以下、現時点での総まとめです

 驚いたことに、裁判官安藤範樹は訴訟指揮で「ちんこ」はとがめ立てせず、「まんこ」の方だけ表現することを禁じた。結果、ろくでなし子さんはやむを得ず「まんこ」を「性器」と言い直した

 この伝で行くなら、裁判官安藤範樹的脳みそで形作られる近未来を想像すると、女性器自体が猥褻なのだろうから、「まんこ」と言う言葉を世の中から駆逐したなら、時が経つにつれ今度は女性器を連想させる表現として、例えば「性器」が駆逐の対象になる。さらに時が過ぎ、次々に駆逐の対象語が変化してゆき、最後には「あれ」とか「あの」とか「あそこ」が女性器を表すものとして辞書に載るのだろう。ただし使い古されたなら「あそこ」でさえも女性器を連想させる猥褻(わいせつ)表現だと駆逐の対象になるはずだ。要するに「訳も分からずやられる」と言う意味では、安倍晋三謹製、特定秘密保護法の「何が特定秘密違反だったのか、それは秘密です」にまつわる訳のわからなさ加減と通底する。ここで沈黙するなら、辺見庸さんが言う——「ファシズム」とは大衆運動や個人の行動がコラージュのように積み重なったもの。独裁者の言葉に突き動かされるのではなく、そんたくや自己規制、自粛といった日本人の“得意”な振る舞いによって静かに広がっていくということだ。——の「ファシズム」に荷担してしまうってことです。

関連:以下、いくつか。
1、辺見さんの『花は咲く』を例にしてのファシズム論考記事

2、(日録1-11)中、2014年12月04日の所で「目をみひらき耳をすませ」を六回リフレインし僕らを叱咤してくれてます⇒辺見庸 (日録1-11)私事片々 2014/12/02~と、(日録1-12)、(日録1―13) 雑談日記Archive

3、辞書で見る、まんこ、おまんこについて(参考)。
精選版 日本国語大辞典<小学館2006>
おまんこ:〔名〕(「お」は接頭語)
・1 女性の陰部の異称。陰門。
  *雑排・柳多留-一二四(1833)「おまん子のむく毛は馬がこするやう」
・2 俗に、性交のこと。

広辞苑<岩波書店 2008, 2013>
おまんこ:(オは接頭語)女性器、また性交をいう俗語。

大辞泉<小学館 2012年4月更新版>
おまんこ:女性性器の俗称。また、俗に性交すること。おめこ。

4、「まんこ」言葉狩り裁判官の画像(写真)。
安藤範樹(あんどうのりき)東京地裁裁判官。
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八丈・伊豆大島で裁判員裁判の感想・聞き取り調査をする東京地裁の裁判官・安藤範樹(あんどうのりき)→魚拓 記事画像をキャプチャ保存w。
Tky200811280127

 

2014年12月22日 21時32分
ろくでなし子さんの「まんこ」発言に裁判官「それ以上続けると意見陳述制限します!」
http://www.bengo4.com/topics/2464/
魚拓
魚拓2
Internet Archive

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女性器をモチーフにした作品で知られ、わいせつ電磁的記録送信などの容疑で逮捕・勾留されている芸術家「ろくでなし子」さんが12月22日、東京地裁で開かれた「勾留理由開示公判」に出廷し、裁判官の前で意見を述べた。

弁護団によると、ろくでなし子さんは「私は断じて証拠隠滅をすることもないし、逃げることもありません。はっきりと誓います。私は、私の作品は『わいせつ』ではないということ、私の体は『わいせつ』ではないということを、裁判によって堂々と証明したいのです」と宣言し、勾留が不当だと訴えた。

意見陳述の中で、ろくでなし子さんが「体の一部にすぎない『まんこ』が・・・」と発言すると、裁判官が「呼び方を変えてください」と指示。山口貴士弁護士が意見陳述の制限に異議を述べたものの却下される、という一幕があった。

それでも、ろくでなし子さんは2回「まんこ」という言葉を使った。すると、裁判官が「それ以上続けると意見陳述を制限します!」と声を荒げた。結局、ろくでなし子さんが「では、性器と言い換えます」と折れて、陳述を最後まで続けたという。

●「起訴される可能性は高い」と山口貴士弁護士

ろくでなし子さんは、12月24日のクリスマスイブまでに起訴されるかどうか、決まる可能性が大きい。山口弁護士は、検察側が略式命令に応じるかどうかを打診してきたと明かし、「ろくでなし子さんは無罪だと主張しているので、起訴される可能性が高い」と指摘した。

弁護団としては、仮に起訴された場合には、年内の保釈を目指して「超特急で請求を行う」(山口弁護士)という。

もし裁判になった場合、主な争点は、(1)刑法175条の合憲性、(2)問題とされたデータや作品が刑法175条の「わいせつ」に該当するのかの2点となる見込みだという。

山口弁護士は「わいせつの概念は時代によって変化する」としたうえで、現在どのような性表現が流通しているのかや、学者や有識者、アーティストの意見書などを証拠提出していく考えを示した。

この日の勾留理由開示公判は、100人以上の傍聴希望者が訪れたため、抽選となった。選外者が多数出たことから、弁護団が公判終了後に弁護士会館で開いた説明会では、ろくでなし子さんが法廷で述べようとした意見陳述の「全文」が配られた。その内容は次の通り。

●意見陳述書

平成26年12月22日

東京地方裁判所裁判官殿

ろくでなし子こと五十嵐恵

私は、事実関係については争っていませんので、何故勾留されるのかわかりません。また、証拠隠滅のおそれと言いますが、私は私の活動をはじめて以来、自分のブログやTwitter、Facebook等で大々的に宣伝してきました。今更、隠滅の仕様がありません。

逃亡のおそれとありますが、私はむしろ私の作品がわいせつではないことを裁判で堂々と証明したいのです。逃亡する気など更々ありません。

付け加えますと、私は自分の体の一部にすぎない「まんこ」が何故日本では悪いもの、汚らわしいものとして嫌われ、「まんこ」という三文字を口にするだけでも怒られたりおそれられたりするのか疑問に思い、この活動をしてきました。同じ性器でも、男性の「ちんこ」はOKなのに、女性の「まんこ」はTVでタレントが口にしただけで番組降板にされる。おかしいと思います。私は自分が作品を作れば作るほど、人が生まれてくるこの場所だからこそ、むしろ大切にすべきなのに、その逆の扱いをされることに怒りを覚え、その怒りをバネに、楽しく明るいまんこ作品を作ってきました。

だから私の作品はまんこをかわいくデコレーションしたものや、ジオラマを乗せた愉快なもの、iPhoneカバーやボートなど、楽しく笑える作品ばかりです。そうするうちに、私の活動を応援してくれる人たちがどんどん増えてゆきました。ですから、私の作品などを「わいせつ」と決めつける警察にとても驚きましたし、納得がいきません。

もう一度言いますが、私は、事実関係は全てお話ししていて、わいせつ性以外を争うつもりはありません。私は断じて証拠隠滅をすることもないし、逃げることもありません。はっきりと誓います。私は私の作品は「わいせつ」ではないという事を裁判によって堂々と証明したいのです。

なのにこうして勾留されていることについて納得いきません。裁判官におかれては、どうか私の言葉を信じて、考えを改めて下さいますようお願いを致します。

最後になりますが、傍聴に来て下さった皆様には、お忙しい中、私の勾留理由開示を傍聴しに来て下さり、本当にありがとうございます。

以上

(弁護士ドットコムニュース)

 

 以下、山口貴士弁護士のブログより。

ろくでなし子さんの勾留理由開示公判における意見陳述
http://yama-ben.cocolog-nifty.com/ooinikataru/2014/12/post-cc76.html

平成26年12月22日 16時~ 東京地方裁判所第429号法廷

私は、事実関係については争っていませんので、何故勾留されるのかわかりません。また、証拠隠滅のおそれと言いますが、私は私の活動をはじめて以来、自分のブログやTwitter、facebook等で大々的に宣伝してきました。今更、隠滅の仕様がありません。

逃亡のおそれとありますが、私はむしろ私の作品がわいせつではないことを裁判で堂々と証明したいのです。逃亡する気など更々ありません。

付け加えますと、私は自分の体の一部にすぎない「まんこ」が何故日本では悪いもの、汚らわしいものとして嫌われ、「まんこ」という三文字を口にするだけでも怒られたりおそれられたりするのか疑問に思い、この活動をしてきました。同じ性器でも、男性の「ちんこ」はOKなのに、女性の「まんこ」はTVでタレントが口にしただけで番組降板にされる。おかしいと思います。私は自分が作品を作れば作るほど,人が生まれてくるこの場所だからこそ,むしろ大切にすべきなのに,その逆の扱いをされることに怒りを覚え,その怒りをバネに、楽しく明るいまんこ作品を作ってきました。(SOBA:↑上記4回の「まんこ」表現の後、裁判官安藤範樹は「ちんこ」の方はとがめ立てせず「まんこ」の方だけ表現することを禁じ、他の言葉で表現することを命じた。結果ろくでなし子さんは下記のように「性器」と言い直した)

だから私の作品はまんこ性器をかわいくデコレーションしたものや、ジオラマを乗せた愉快なもの、iphoneカバーやボートなど、楽しく笑える作品ばかりです。そうするうちに、私の活動を応援してくれる人たちがどんどん増えてゆきました。そして,私の作品などを「わいせつ」と決めつける警察にとても驚きましたし、納得がいきません。

もう一度言いますが、私は、事実関係は全てお話ししていて、わいせつ性以外を争うつもりはありません。私は断じて証拠隠滅をすることもないし、逃げることもありません。はっきりと誓います。私は私の作品は「わいせつ」ではないという事、私の体は「わいせつ」ではないという事を裁判によって堂々と証明したいのです。
なのにこうして勾留されていることについて納得いきません。裁判官におかれては、どうか私の言葉を信じて、考えを改めて下さいますようお願いを致します。

最後になりますが、傍聴に来て下さった皆様には、お忙しい中,私の勾留理由開示を傍聴しに来て下さり、本当にありがとうございます。


註)
斜線=安藤範樹裁判官から注意を受けた
太字=同裁判官の訴訟指揮により、「性器」と言い換えた
下線=同裁判官からは注意なし ※
(※SOBA:上記「註」では、頁内ジャンプさせ、該当部分を赤字にした)

なお、裁判官からの注意を巡るやりとりについては、以下のツイートを参照。

https://twitter.com/asozan_daifunka/status/546941781254746112

https://twitter.com/asozan_daifunka/status/546941850989240321

https://twitter.com/otakulawyer/status/546972289586061312

 

 訴訟指揮で、「まんこ」言葉狩りをした裁判官安藤範樹(あんどうのりき)のデータ。

裁判官検索
http://www.e-hoki.com/judge/115.html?hb=1
魚拓
魚拓2

(以下転載始め)
平成14年7月1日以降の全国の裁判官の異動履歴を表示しています。
履歴欄に記載のない場合は異動がないことを示します。

安藤範樹

所属 異動履歴
東京地裁判事・東京簡裁判事
H.25. 4. 1 ~       東京地裁判事・東京簡裁判事
H.23. 4. 1 ~ H.25. 3.31 大阪地家裁堺支部判事・堺簡裁判事
H.19. 4. 1 ~ H.23. 3.31 東京地裁判事・東京簡裁判事
H.15. 4. 1 ~ H.19. 3.31 前橋地家裁太田支部判事・太田簡裁判事
H.14. 4. 7 ~ H.15. 3.31 大阪地裁判事・大阪簡裁判事
H.12. 4. 1 ~ H.14. 4. 6 大阪地家裁判事補・大阪簡裁判事
H. 9. 4. 1 ~ H.12. 3.31 名古屋家地裁一宮支部判事補・一宮簡裁判事
H. 7. 4. 7 ~ H. 9. 3.31 宇都宮地家裁判事補・宇都宮簡裁判事
H. 6. 4. 1 ~ H. 7. 4. 6 宇都宮地家裁判事補
H. 4. 4. 7 ~ H. 6. 3.31 京都地裁判事補
(第44期)
(以上転載終り)

 

ろくでなし子さん会見@日本外国特派員協会 2014 07 24
日仏共同テレビ局フランス
http://youtu.be/dwOG-grdplY

2014/07/24 に公開

女性器の3DをダウンロードできるURLを支援者にメールで送付したことが「わいせつ電磁的記録頒布」に当たるとして逮捕された芸術家のろくでなし子さんが2014年7月24日に日本外国特派員協会にて山口貴士・弁護士と共に会見し、逮捕の不当性を訴えた。同時通訳は山口弁護士が務めた。

ろくでなし子さんは、男性器を指す俗語「ちんこ」は公の場で口にできるのに、女性器を指す俗語「まんこ」を公の場で発音したり、文字にしたりすることが躊躇われる社会状況に疑問を呈し、「まんこ」を基にした表現活動を行ってきた。

France10は不当逮捕した警察と徹底抗戦する意志はあるのか、また、日本におけるゲイムーヴメントの始祖「伝説のオカマ」こと東郷健さんが猥褻関連の罪で繰り返し逮捕されたことに抗議して、選挙に出ては、政見放送や選挙公報で、猥褻規制を指弾してきた例を挙げて、選挙に出ることはありうるか……質問した。

ろくでなし子さんは仮に起訴され、不当な判決が出た場合は、最高裁まで争うと宣言し、

「選挙に出るとしたら、『まんこ・パーティー』を率いたい」

と半ば冗談気味に発言して、記者たちを笑わせた。

また、逮捕後の扱いについて

「犯罪者と確定したわけでもない人がいるのに、検察庁に行くときと裁判所に行くときに護送車に乗せられていく。待ち合わせの場所はものすごくせまい部屋に10人くらいのひとが押し込められ、手錠をかけられたまま、とてもかたい木の椅子に6時間くらい座らされることになる。ご飯のとき、裁判所で待っている折は、手錠が繋がれっぱなしのまま食べるのを強いられた。その(待合)部屋はクーラー(冷房)がなく扇風機しかない。トレーナーを着ているので暑くて脱ごうとすると怒られる。」
手錠は限界ギリギリまで締め付けられ、指が痺れていたいと申し出ても、我慢しろといってとりつく島もなかった

と述べ、代用監獄制度の非人道性を批判した。

 

【全録】ろくでなし子さん保釈会見 2014.12.26
弁護士ドットコムニュース
http://youtu.be/cchBr0Z8LAc

「私は絶対、わいせつだとは思っていません」。わいせつ電磁的記録送信などの罪で起訴された芸術家「ろくでなし子」さんは12月26日、保釈された4時間後に記者会見を開き、現在の思いや留置場での生活について語りました。

(参考記事)
「絵日記を描いて耐え、意志を貫いた」ろくでなし子さんが語った「留置場生活」
http://www.bengo4.com/topics/2483/
魚拓
魚拓2

(弁護士ドットコムニュース)
ウェブサイト:http://www.bengo4.com/topics/
ツイッター:https://twitter.com/bengo4topics
フェイスブック:https://www.facebook.com/bengo4news

 

ろくでなし子さん事件の経過、勾留理由開示公判と説明会のご案内
http://yama-ben.cocolog-nifty.com/ooinikataru/2014/12/post-8b3c.html

【ろくでなし子さん事件、時系列】

平成26年(2014年)
7月12日 わいせつ電磁的記録等送信頒布罪(逮捕事実①)で逮捕
7月15日 東京地方裁判所裁判官が勾留決定
7月18日 東京地方裁判所刑事第3部が弁護人による準抗告を認容し、勾留請求を却下、釈放


12月3日 わいせつ電磁的記録等送信頒布罪(逮捕事実②),わいせつ電磁的記録記録媒体頒布(逮捕事実③),わいせつ物公然陳列(逮捕事実④)で逮捕
※ 逮捕事実④については、北原みのり氏も共犯者として逮捕。
12月6日 逮捕事実②~④について、東京地方裁判所裁判官が勾留決定(接見禁止決定付)(12月14日まで)
※ 北原みのり氏は、勾留請求却下→検察官の準抗告も棄却→釈放。
12月7日 東京地方裁判所刑事第18部が勾留に対する準抗告を棄却するが、接見禁止決定は取り消す
12月11日 勾留決定に対する特別抗告
12月12日 東京地方裁判所裁判官が勾留延長決定(12月15日~12月24日まで)
12月15日 勾留満期日/勾留延長決定に対する準抗告/東京地方裁判所刑事第18部が勾留延長に対する準抗告を棄却
12月17日 最高裁第三小法廷が特別抗告を棄却
12月22日 勾留理由開示公判(16時~ 東京地方裁判所429号法廷)
12月24日 勾留延長満期日 → 釈放 or 起訴が決まる。


(逮捕事実の概要)
逮捕事実① 自らの女性器の3DデータがアップロードされているURLをメールで送信
逮捕事実② 自らの女性器の3DデータがアップロードされているURLをメールで送信
逮捕事実③ 自らの女性器の3DデータをCD-Rに入れて送付
逮捕事実④ 北原みのり氏の経営するラブピースクラブにおいて、女性器をかたどった模型を展示

(以下略)

 

2014年12月21日朝日新聞朝刊の「声」欄
「わいせつ」判断は大人げない拡大スクロール
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(声)「わいせつ」判断は大人げない
2014年12月21日05時00分
http://www.asahi.com/articles/DA3S11518353.html

 無職 松宮光興(神奈川県 74)

 「性器かたどった作品 芸術か わいせつか」(17日朝刊)を読んだ。アーティストとして活動する女性が自身の性器をかたどった「作品」を店に陳列したとして、わいせつ物を陳列した容疑で逮捕されたという。

 もちろん、みだりに性器を露出することは不謹慎だ。しかし、性器は子孫を残すために不可欠な「聖器」なのだ。それを「わいせつ物」と決めつけて取り締まるのは大人げないのではないか。

 性器も表現された「ダビデ像」や「ビーナス像」は、芸術作品として高く評価されている。なにをわいせつと受け取るかは、時代とともに変わってきてもいる。

 子どもたちに正しい性教育をするにも性器の図示は不可欠で、恥ずかしいのものではないと教えるべきだ。

 

HuffingtonPostにとりあげていただきました(マンガ家・ろくでなし子のHP)
http://6d745.com/2013/06/29/HuffingtonPostにとりあげていただきました/

アメリカ合衆国のリベラル系インターネット新聞「HuffingtonPost」のアートカルチャーニュースコーナーに、

わたしの作品やまんこボートプロジェクトの話をインタビューしていただいた記事が載りました。

↑↓の記事

Rokudenashiko, The Japanese Artist Making Vaginas 'Casual And Pop' (NSFW)
The Huffington Post  |  By Mallika Rao
Posted: 06/27/2013 9:08 am EDT Updated: 06/28/2013 3:02 pm EDT
http://www.huffingtonpost.com/2013/06/27/rokudenashiko-vagina-artist_n_3504553.html?ncid=edlinkusaolp00000003

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Most artists have a thing. Yayoi Kusama prefers polka dots, Jackson Pollack liked to throw his paint. The Japanese artist Rokudenashiko happens to specialize in vaginas. Before you write the cartoonist and sculptor off as a third-rate Georgia O'Keeffe, it's worth noting that she has her reasons. The artist, whose pseudonym translates to "good-for-nothing kid," is concerned with the stigma surrounding the vagina, or "pussy," as she calls her muse. Some readers may find the following content objectionable or NSFW.

In an email to the Huffington Post, she explained her career as a result of self-doubt. Because of how "overly hidden" female anatomy is (witness the nipple), "I did not know what a pussy should look like," she recently wrote on the crowdfunding site Campfire. She worried that her own was "abnormal."

Rokudenashiko eventually underwent a procedure known as vaginal rejuvenation, a controversial, increasingly popular practice in which a woman's labia, hymen or both, are surgically reshaped, usually to look smaller. Many gynecologists cite risks without gains, but more women worldwide, largely in the U.S., the U.K., and Japan, take those risks every year.

After the operation, Rokudenashiko wondered about her disconnect with her own body. She decided to demystify the vagina with a series of works she calls "Deco-Man." "Man," according to Kotaku, is short for the Japanese word that equates to pussy, "manko" (まんこ). "Deco" stands for "decorated."

Rokudenashiko's oeuvre ranges from a working lamp with a lit-up clitoris to a diorama of a war scene featuring soldiers sliding down a vaginal ditch. Each incorporates a silicone mold of Rokudenashiko's own vulva, a touch she says she simply found funny.

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One of Rokudenashiko's deco-man dioramas.

The goal is to make "pussy more casual and pop," Rokudenashiko told us by email.

Some Americans might argue that a woman's reproductive system is already treated casually enough. But, casual is one thing, cavalier another. Consider the penis. As Rokudenashiko points out, in her home country, male genitalia is considered both familiar and sacred -- Christmas tree status. At this year's Shinto Kanamara Matsuri, or Festival of the Steel Phallus, thousands of people crowded into Kawasaki, Japan to prostrate themselves before a giant, pink, anatomically correct penis statue. (It doesn't get more pop than a candy pink penis.)

"People bear the sense of reverence against a big thing," Rokudenashiko wrote to the Huffington Post. She explained her latest project, which she is crowdsourcing funds for on Campfire: a life-size boat with a suggestive gunwale, the whole thing made with a 3-D printer. She imagines sailing her "peach on the beach" on Lake Geneva. She imagines its "absurd" size commanding the sort of respect the Great Buddha of Nara inspires.

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While Rokudenashiko has undeniable novelty appeal, people tend to react badly when she states her case; a Japanese television station once barred her from using the word "deco-man" during an interview, she says.

But yesterday, she tells us, she reached her target amount of money for the first week of campaigning. Her self-confidence was firm...as a steel phallus, one might say: "[For this] cloud fund service, it was exceptional earliness. It seems that it was observed by everybody in the art of pussy."

始めに戻る

 

↑↓上記以外ので「マンガ家・ろくでなし子」ブログから目についた主だったものを採録。全文はリンク先でご覧ください

マンガ家・ろくでなし子
http://6d745.com/

二度目の逮捕勾留につきまして
http://6d745.com/2014/12/29/二度目の逮捕勾留につきまして/

(略)

 

週刊金曜日は本日発売です( ´ ▽ ` )ノ
http://6d745.com/2014/10/24/週刊金曜日は本日発売です-▽-ノ/

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週刊金曜日の金曜日ちゃんねる動画に( ´ ▽ ` )ノ
http://6d745.com/2014/10/20/週刊金曜日の金曜日ちゃんねる動画に-▽-ノ/

まんこちゃんと登場してます(^o^)
社会派の当番組でイケメン編集長がまんこを連呼する珍しい回!

『週刊金曜日』10月17日号紹介 歴史修正主義の欺瞞を問う&まんこちゃん登場!!
週刊金曜日ちゃんねる
http://youtu.be/tTxnlqNQmJc

2014/10/16 に公開

編集長が『週刊金曜日』10月17日号を紹介します。
今週号特集は「歪められる『昭和史』 歴史修正主義バブル」です。
今週号から漫画の短期集中連載が始まるろくでなし子さん(とまんこちゃん)も登場します!!

 

毎日小学生新聞にまんこちゃんと載りました( ´ ▽ ` )ノ | マンガ家・ろくでなし子
http://6d745.com/2014/10/20/毎日小学生新聞にまんこちゃんと載りました-▽/

きちんとした新聞に「まんこ」という文字が、
いやらしい伏字などされずに載った事は、
わたしの中で快挙です\(^o^)/

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週刊金曜日で漫画連載はじまりました( ´ ▽ ` )ノ
http://6d745.com/2014/10/17/週刊金曜日で漫画連載はじまりました-▽-ノ/

(略)

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志麻子まん
http://6d745.com/2014/10/12/志麻子まん/

”「こういっては何ですけどわたしのは瀬戸内海の黒あわび。ろくでなし子さんのものと違うと警察にばれたらどうなるんでしょう、何の罪に問われるんだろうって」と錯乱し、友人を通じて高須クリニックの院長に相談したと告白。院長が万が一の際、「証拠隠滅のために岩井さんのも手術しましょう」と言い、結局その後は事なきを得たという。”
『岩井志麻子、自らの女性器をろくでなし子に提供 警察に押収されたのは自分のものと断言』シネマトゥデイより。

わたしのせいでご迷惑をおかけしたというのに、どこまでも面白い話にしてしまう志麻子せんせい。
尊敬する先生と対談させて頂いたこと、まんこの型をとらせて頂いたことを誇りに思います。
そんな貴重な志麻子まんも、警察に押収されたまま。
…早く押収品返して〜\(^o^)/

 

週刊金曜日
http://6d745.com/2014/10/10/週刊金曜日/

本日発売週刊金曜日にまんポジウムの件が載ってます。わたしの漫画連載も17日からはじまるよ〜( ´ ▽ ` )ノ

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SOBA:↑●ろくでなし子さん逮捕事件を受け東京藝大でシンポ「言論統制はエロから始まる」赤岩友香(2014年10月10日、第1011号

 

朝日新聞デジタルの社説に
http://6d745.com/2014/10/07/朝日新聞デジタルの社説に/

朝日新聞デジタルの社説にまんポジウムの事が載ってるよ〜( ´ ▽ ` )ノ
(社説)芸術と展示 表現の幅、広く尊重を – 朝日新聞デジタル

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↑↓SOBA:上記、朝日の社説。

(社説)芸術と展示 表現の幅、広く尊重を
2014年10月5日05時00分
http://www.asahi.com/articles/DA3S11386523.html

 「わいせつ」を理由に、芸術活動に警察が介入する出来事が相次いだ。

 もちろん、芸術作品だからといって、どんなものでも無制限に公表していいわけではない。だが、作品の意味や、発表のしかたを考慮せず、取り締まるだけの社会は、息苦しい。

 アーティストの「ろくでなし子」さんは7月、警視庁に逮捕された。

 彼女は女性器をタブー視する考えや女性差別への異議を、造形作品などで表現している。制作費を集めたネット募金の協力者にお礼として、自分の性器の形の3Dデータを、ネットを介して送ったことで、わいせつ物頒布等の疑いをかけられ、7日間身柄を拘束された。

 釈放を求めるネット署名は2万を超え、海外メディアも疑問を投げかけた。

 愛知県美術館で8~9月に開かれていた写真展では、鷹野隆大さんの作品の一部が、布や半透明の紙で覆われた。

 身体をテーマにした写真で知られる鷹野さんは、撮る・撮られるという一方的な関係ではないものを表現するため、自分も裸でモデルの男女と一緒に写った写真を出品した。

 美術館は展示場所をカーテンで区切り、性器を含む全身ヌードがあることを事前に知らせ、中学生以下だけでの鑑賞を制限するなどの注意書きを出し、係員を置いた。だが、匿名の通報を受けた愛知県警が美術館に対処を求めた。

 鷹野さんと美術館は写真の一部を隠し、「公権力の介入が見える」新たな作品にして展示を続けた。美術と社会とのかかわりを考えさせる対応だった。

 性器を含む表現を、見たくない人や子供の目に触れないようにする配慮は必要だ。愛知県美術館は十分注意を払っていた。ろくでなし子さんがデータを送ったのも、活動に理解を示す限られた人だ。それなのに、警察に抑えつけられた。

 芸術は、鑑賞者を刺激して考えることを促したり、問題を提起したりするものである。日常の感覚と異なる表現は、新しい価値観や精神の自由を生む契機になる。それは市民社会の豊かさに結びつく。

 だから、作品が具体的に誰かを傷つけたり、むやみに社会に害を及ぼしたりしない限り、表現活動は幅広く尊重されなければならない。

 そのためにも、美術館など文化を担う拠点は特に、自由で多様な表現を最大限守る場でなくてはならない。警察は硬直した取り締まりを見直してほしい。

 

「フェミ」なるものについて考えたことを書きました
http://6d745.com/2014/09/25/「フェミ」なるものについて考えたことを書きま/

わたしはフェミニストとプロフィールで名乗ったことは一度もないのに、何故かフェミ認定されたり似非フェミ認定されたりしてきました。

フェミニズムの思想を知った時、救われました。なんて素晴らしい思想だと思いました。
今以上に誰にも理解されないまんこのアートをしていた時だったので、とても勇気づけられました。
ただ、別にフェミニズムの思想の為に行動していないからフェミニストと名乗るのもおかしい気がしました。
フェミニストの人からも「なし子さんはフェミニストじゃないよ」と言われるから、そうなのか、と思っていると、
今度は見知らぬ人に「いや、フェミだ」と言われる。
じぶんでもよくわかりませんでした。

でも、昨日からのTwitterで考えさせられました。
異質な意見を認めず、謝罪をしても許さず、
フェミニストを崇めない人、同調しない人、失言をした誰か一人をみんなで「抗議」と称してバッシングするのがフェミの人達であるならば、
わたしが嫌いなネトウヨやフェミ叩きの人達と何も変わりません。
わたしはそんな「フェミニスト」なら、なりたくないと思いました。
フェミニズムの思想をそんな事をするための道具に使うのもおかしいです。
「ろくでなし子にはがっかりした」と言う人もいますけど、
わたしもがっかりしました。

きっとこれもバッシングされるのだろうけど、
それでもわたしはじぶんの言いたい事は言い続けます。
言いたい事や表現を封じる世の中の常識がおかしいと思い、わたしはずっと闘ってきたので。

 

10月4日開催!ろくでなし子 / 祝・釈放トーク〈ワイセツって何ですか?〉
http://6d745.com/2014/09/11/10月4日開催!ろくでなし子-祝・釈放トーク〈ワイ/

(略)
(↓スクロールして見るなら
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まんこを世界に拡散!あなただけのデジタルまんこ作品を作ってみませんか?
http://6d745.com/2014/02/11/まんこを世界に拡散!あなただけのデジタルまん/

20140501

(略)

20140502

(以下略)

 

messy連載「まんコラム」毎週木曜 更新してます!
http://6d745.com/2014/01/10/messy連載「まんコラム」毎週木曜-更新してます!/

Man122501

突撃アタック! わたしとセックスしませんか? ~2年ぶりにまんこに咲いた恋の行方~前編

恋愛依存症を経て気付いた真の”幸せ”とは?~2年ぶりにまんこに咲いた恋の行方~中編

もう「愛され」本はいらない! 誠意を持って伝えた先には…~2年ぶりにまんこに咲いた恋の行方~後編 

 

オランダのメトロポリスTVさんに取材いただいた番組がネットにアップされました
http://6d745.com/2014/01/06/オランダのメトロポリスTVさんに取材いただいた番/

あけましておめことうございます。

今年もよろしくお願いビラします。

去年のオランダのメトロポリスTVさんに取材していただいた番組がネットにアップされました。まんこオランダデビュー∧( ‘Θ’ )∧

http://www.metropolistv.nl/en/themes/the-vagina/life-size-pussy-boat-from-japan

オランダでの放送は去年の11月29日だったそうです(連絡おそっ)

↑↓上記記事

Metropolis TV - Topics - The vagina - Life size pussy boat from Japan
http://www.metropolistv.nl/en/themes/the-vagina/life-size-pussy-boat-from-japan

Life size pussy boat from Japan
The fact that talking about the vagina is taboo in Japan does not matter to Japanese artist Rokude. She is bothered with the slur that surrounds the vagina and wants to break the taboo by making everyday objects like phone cases and car toys based on the shape of her own vagina. Her dream is to make a life size ‘pussy boat’ and set sail across the ocean.

 

↑↓上記の関連動画

 

Life size pussy boat from Japan
VPRO Metropolis
http://youtu.be/3lCcm0--hzg

2014/01/07 に公開

The fact that talking about the vagina is taboo in Japan does not matter to Japanese artist Rokude. She is bothered with the slur that surrounds the vagina and wants to break the taboo by making everyday objects like phone cases and car toys based on the shape of her own vagina. Her dream is to make a life size 'pussy boat' and set sail across the ocean.

 

Tokyo Artist Arrested For 3D Printing Her Vagina
TheLipTV
http://youtu.be/uTOUqoHK-bs

2014/07/18 に公開

概要:
Tokyo artist Megumi Igarashi, aka Rokude Nashiko has been arrested for 3D printing her vagina as part of a crowdfunding campaign supporting her 3D scanned "pussy boat" project. The artist was held in custody for suspicion of breaking Japanese obscenity laws. We look at free expression and the hypocrisy of her arrest, in this Lip News clip with Gabriel Mizrahi and Lissette Padilla.

 

Support The Right For Pussy Boats!
The Young Turks
http://youtu.be/7EbaSN6tmMI

2014/07/16 に公開

概要:
"A Japanese artist on a mission to "demystify" female genitalia has been arrested under local obscenity laws for distributing a digitized model of her vagina for 3D printing.

Megumi Igarashi - who works under the alias Rokudenashiko or 'good-for-nothing kid' - produced the 3D scan as part of a crowdfunded project to create a kayak modelled on her genitalia.

Thirty of the individuals who funded the craft (which Igarashi calls the "p***y boat") were sent the digital file as a thank you -- an action that led to Igarashi being arrested by Tokyo police for breaking Japanese obscenity laws, reports Kotaku.

The police alleged that Igarashi, 42, collected around 1 million yen (£5700) in exchange for the scans, but local media has reported that Igarashi denies this and does not recognize the 3D scans as obscene." *

Cenk Uygur (http://www.twitter.com/cenkuygur) and Ana Kasparian (http://www.twitter.com/AnaKasparian) discuss.

*Read more here from http://www.independent.co.uk/life-sty...

 

↑↓上記リンク先

 

Japanese artist arrested for distributing digital model of her vagina for 3D-printed kayak
http://www.independent.co.uk/life-style/gadgets-and-tech/japanese-artist-arrested-for-distributing-digital-model-of-her-vagina-for-3dprinted-kayak-9606398.html

Vaginaboat
Megumi Igarashi - or the 'good-for-nothing kid' - crowdfunded the kayak based on a 3D scan of her genitalia and sent the file to backers as a thank you

James Vincent Tuesday 15 July 2014

A Japanese artist on a mission to “demystify” female genitalia has been arrested under local obscenity laws for distributing a digitized model of her vagina for 3D printing.

Megumi Igarashi - who works under the alias Rokudenashiko or ‘good-for-nothing kid’ - produced the 3D scan as part of a crowdfunded project to create a kayak modelled on her genitalia.

Thirty of the individuals who funded the craft (which Igarashi calls the “p***y boat”) were sent the digital file as a thank you – an action that led to Igarashi being arrested by Tokyo police for breaking Japanese obscenity laws, reports Kotaku.

The police alleged that Igarashi, 42, collected around 1 million yen (£5700) in exchange for the scans, but local media has reported that Igarashi denies this and does not recognize the 3D scans as obscene.

Dekoman
Two of Igarashi's 'deko-man' dioramas. Image credit: Megumi Igarashi

The 42-year-old artist first made a name for herself with her ‘deko-man’ series of dioramas based on molds of her genitalia. ‘Deko’ is short for decoration, and ‘man’ for the Japanese word ‘manko’ which translates as ‘p***y’.

“Why did I start making this kind of art pieces?” writes Igarashi on her website. “That was because I had not seen p***y of others and worried too much about mine. I did not know what a p***y should look like at the same time I though mine is just abnormal."

3dscan_1
Igarashi also makes cartoons depicting her artistic process. Image credit: Megumi Igarashi

"I wanted to make p***y more casual and pop. That's how I came to make a p***y lampshade, a remote-controlled p***y car, a p***y accessory, a p***y smartphone case, and so on."

Igarashi says she turned to 3D scanning and printing when she found that silicone molds used to make her diaoramas would “gradually deteriorate”:

“I was wondering how I can make it possible, and then I finally found that 3D scanner can make it happen easily! 3D scanner can be used to make a p***y boat that will go across the ocean!”

Commentators have pointed out the apparent contradictions in a country which celebrates traditional fertility festivals by parading giant models of erect penises through the streets, but that has strict obscenity laws and has only recently made the possession of child pornography illegal.

 

マンボート進水式、無事まん了!
http://6d745.com/2013/10/20/マンボート進水式、無事まん了!/

(略)

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(以下略)



「3Dマンボート進水式 ~性器のアート、多まん川を渡る!~」のご案内
http://6d745.com/2013/10/08/「3dマンボート進水式-~性器のアート、多まん/

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(以下略)

 

3Dスキャン体験してきました!
http://6d745.com/2013/09/10/3dスキャン体験してきました!/

まんにちは。

先日の9月7日(土)、都内某スタジオにて、遂に3Dスキャンを体験してきました!

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(略)

また、今日は土台となるカヤックも無事受取りました!

いよいよマンボート製作がはじまります!

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↑↓の関連で、スカートを捲り上げている写真のポーズがなかなかいい。

Tres mil euros de sanción para la artista japonesa que imprimió en 3D su vagina
https://www.kareca3d.com/tres-mil-euros-sancion-la-artista-japonesa-imprimio-3d-vagina/

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Un tribunal japonés ha impuesto una sanción de 400.000 yenes (aproximadamente unos 3.257 euros) a la pintora y escultora Megumi Igarashi, más conocida como la “artista de la vagina”, tras declararla culpable de distribuir material considerado obsceno.

Igarashi, de 44 años, estaba acusada por las autoridades niponas de distribuir datos para imprimir réplicas en 3D de su vagina a través de internet a cambio de dinero en octubre de 2013 y marzo de 2014.

Además, la artista había sido detenida en diciembre de 2014 por exhibir en una muestra en Tokio obras que reproducían genitales femeninos, un caso que desató la condena de colectivos culturales de distintas partes del mundo que lo consideran una grave violación de la libertad de expresión.

(以下略)

 

以下は最初で紹介(←頁内ジャンプ)

HuffingtonPostにとりあげていただきました
http://6d745.com/2013/06/29/HuffingtonPostにとりあげていただきました/



イベントのお知らせ『まんこのまんこによるまんこのための性府宣言~Govamanko of the Pussy, by the Pussy, for the Pussy~』
http://6d745.com/2013/06/23/イベントのお知らせ『まんこのまんこによるまん/

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(以下略)

 

その後追加:
ろくでなし子さんが起訴されるも保釈――裁判で問われる「まんこ観」
2015年1月21日7:32PM
http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/?p=4940

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「まんこちゃん」を並べ保釈会見に臨むろくでなし子さん(右)。(撮影/本誌取材班)

「今後の裁判で日本のまんこに対する認識、まんこ観のおかしさが浮き彫りになっていくと思います」

こう語るのは、昨年7月に自身が逮捕されたときの模様を小誌で漫画連載していた芸術家のろくでなし子さん。連載掲載中の昨年12月3日、わいせつ物の陳列及びわいせつ電磁的記録の頒布を理由として再度逮捕された。東京地検は24日、ろくでなし子さんを起訴。その後、弁護団の保釈請求を受け、東京地裁は26日に保釈を認めた(保釈保証金は150万円)。

保釈当日に東京都内で開かれた会見で、ろくでなし子さんは「逮捕は2回目だったので、前回のように不安はなく、逆に怒りのほうが強かったです。私は絶対、(自分の作品を)わいせつだとは思っていませんので、勾留がどんなに長引いても闘い続けるつもりでした」と語った。

昨年7月の1回目の逮捕の際は勾留中に100件に1件程度の割合と言われる準抗告が認められたろくでなし子さん。逃亡の恐れがないにもかかわらず、2回目の逮捕では同じような罪状で20日以上も勾留された。その理由を明らかにするため、ろくでなし子さんの弁護団の請求によって、勾留理由開示公判(安藤範樹裁判官)が12月22日に開かれた。

同公判における、ろくでなし子さんの意見陳述書の中には、「私は自分の体の一部にすぎない『まんこ』が何故日本では悪いもの、汚らわしいものとして嫌われ、『まんこ』という三文字を口にするだけでも怒られたりおそれられたりするのか疑問に思い、この活動をしてきました」という文章がある。公判に出廷した彼女が「まんこ」と読み上げただけで、裁判官が「呼び方を変えてください」と指示。弁護団の山口貴士弁護士が意見陳述の制限に異議を述べたが却下された。それでも、ろくでなし子さんが「まんこ」という言葉を口にしつづけると、裁判官は「それ以上続けると意見陳述を制限します」と告げた。最終的には、ろくでなし子さんが「性器」と言い換え、意見陳述書を最後まで読んだ。

東京地裁は勾留理由について「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当の理由」「逃亡すると疑うに足りる相当の理由」などを挙げた。しかし、ろくでなし子さんは「逃亡のおそれとありますが、私はむしろ私の作品がわいせつではないことを裁判で堂々と証明したいのです。逃亡する気など更々ありません」(意見陳述書)と主張した。

【起訴の対象は三つ】

今後の裁判はどうなっていくのか。初公判は2月以降に開かれる見込みだ。「わいせつ」だとされている対象は、(1)ろくでなし子さんの性器の3Dデータ、(2)ろくでなし子さんが数多く作ったデコまん(まんこの型をデコレーションした)のうち、チョコレートケーキ風にしたもの、(3)ろくでなし子さんが開催したワークショップに参加した女性が同じく自らの性器をかたどって制作した作品――の三つである。山口弁護士は「わいせつの概念は時代によって変化する」とし、学者や芸術家の意見書などを証拠提出していく予定だ。

なお、彼女がクラウドファンディング(インターネット上で寄付金を募る仕組み)を通じて作った「マンボート」をはじめとする作品などを掲載した単行本を小社から刊行する予定だ。弁護団の須見健矢弁護士は「作品を見ないでわいせつだとか、わいせつではないという議論がなされている気がするので、ぜひ世間の方々に彼女の作品を広く知ってほしい」と言う。

ろくでなし子さんの小誌での連載漫画は警察など公権力のおかしさを「笑い」で表現した。それが2回目の“嫌がらせ”逮捕につながった可能性もある。しかし、ろくでなし子さんはこう語る。「笑いにつなげるのは私のやり方。今後もこの闘い方を貫いていきたい」。

ろくでなし子さんの弁護費用のカンパ先は次の通り。

郵貯14100―56560871 ロクデナシコシエンベンゴダン

ゆうちょ銀行 四一八支店 普通 5656087 ロクデナシコシエンベンゴダン

(本誌取材班、1月9日号)

 

参考:
まんこ(←Wikipedia)→魚拓2頁キャプチャ)※
女性器(←Wikipedia)→魚拓2頁キャプチャ)※
※西洋魚拓と念のための頁丸ごとキャプチャ。Wikipediaから項目自体が削除されるのか、あるいは削除されなくても内容が圧力などでどう変えられるのか要観察

浮世絵中の歌川国貞の春画(Utagawa KUNISADA 1786-1865 shunga)

YouTube(英語で、部分名称のイラストと愛撫の方法)
YouTube(We vibeの説明 AMAZONでのWe vibe ※)
※ただ開くと馬鹿高い値段(4万8千〜5万3千円)で出ますが、頁をアダルトで開くと1万4千円前後で出ます(←パソコンの方が出しやすい)。

 

以下余談:仏教の光背のような部分を含めた全体で「あそこ」を連想させてくれる聖母像を背負う巡礼者。そう言えば女陰のことを「観音さま」とも言うw。
https://twitter.com/palaiso9/status/698778933295099904

グアダルーペの聖母を背負う巡礼者達、グアダルーペ聖堂。
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2014年12月26日 (金)

辺見庸 (日録1-11)私事片々 2014/12/02~と、(日録1-12)、(日録1―13) 雑談日記Archive

 「(日録1―1)私事片々 2014/08/30~」を、今までと同様アーカイブ保存しておきます。

 なお、辺見庸さんの(日録)私事片々の雑談日記Archiveを始めようと思ったメモなどはこちらで。辺見さんがよく言う「エベレスト」についてはこちらで

 以下、辺見庸ブログの(日録)私事片々をすべてアーカイブ保存しておきます。写真が多いので、2エントリーずつこのエントリーでは3エントリーアップします(表示順は元ブログと同じく上から降順です)。

 

2014年12月17日
日録1―13

 

私事片々
2014/12/16~
http://yo-hemmi.net/article/410804603.html

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青い光.jpg 2014年12月17日

・エベレストにのぼった。Tさんから対談本を批判するメール。(2014/12/16)

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サザンカ12月17日の.jpg 2014年12月17日

・エベレストにのぼった。(2014/12/17)

 

2014年12月09日
日録1-12

 

私事片々
2014/12/09~
http://yo-hemmi.net/article/410321780.html

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12月8日の白い花.jpg 2014年12月09日

・カフェにいくとちゅう、やかましい選挙カーがきた。ハチマキをした赤ら顔のオヤジが窓から顔をだして白い手袋の手をふっている。「もう少しです。あと一息です。勝たせてください。がんばります。最後までがんばりぬきます……」。頭からラウドスピーカーをすっぽりと被せられたような大音量。たまらず「うるさい、バカヤロー。ファック・ユー!」と声をあげると、選挙カー「ただいま、ご町内の男性の方から、あたたかいご声援をいただきました!ありがとうございます。ありがとうございます。信念の男×××、最後の最後までがんばります!」。こちらがなにをどうしようとも、むこう側のいいようにはめられる。キャッチ=22だ。投票しようと棄権しようと、巨大政党の大勝がすでにしてきまっている。投票しようと棄権しようと、悪政を手つづき的にみとめることになる。あたりまえだ。人民がこぞって痴呆化しているそんな時期を選びに選んで、恣意的に国会が解散され、最高権力者が選挙のテーマをじぶんの都合にあわせて勝手に決めて選挙がはじまったのだ。やるまえからすべてがほぼみえている。それならば、この選挙はなんのためのものか。6日の秘密保護法反対デモの主催者には新聞労連も名前を(名前だけは)つらねていた。では、新聞記者が何人きたというのか。ふざけるな。新聞社労組の講演講師に右翼(ex.田母神)をまねいて「両論併記」だといいはる時代だ。新聞協会にも新聞労連にも、もはやなんの「信」もない。「報道報国」の国策報道の時代に逆もどりしつつある。いや、もっと悪い。むかしはまだちっとは「恥」というものがあったらしい。いまは恥もヘチマもありゃしない。弱く貧しく虐げられた者たちはぜったいに報われはしない。弱く貧しく虐げられた者たちは、選挙のキャッチコピーにつかわれるだけで、選挙が終われば、社会からとうぜんのごとくに切り捨てられる。カフェで聞こえてきた会話。声の若さからしてまだ30代なかばか。まるで携帯の買いかえのことでも話しているようだ。○「それで……さんがさ、おまえ、俺と境遇が似てるよなってかわいがってくれたんだよ」×「そうなんだ」○「いや、俺のはたいしたことないんだけどね、親父がDVっていうだけだから」×「え、そうなんだ…」○「うん、子どものころからおふくろが殴られて、顔中血だらけにしてるの、毎日みてたし。目に青タンできて、鼻の骨とかふつうに折れてさ」×「……へえ、それで、いまも、ふたりとも……」○「ああ、おふくろは10年前に交通事故で死んだんだよ。バイクにひかれて頭うって死んじゃった。死んだよ」×「ああ…へえ…それで、いまはその暴力ふるってた親父さんとふたりで暮らしてるの?」○「親父は73でさ、46の内縁の女ってのこさえて家でてった。だから俺、いま一人で家住んでるんだよ」×「へーえ……」○「新百合ヶ丘ってさ、神奈川で住んでみたい町ナンバーワンなんだよ、すっごく環境いいとこだぜ。広いし。親父が家は好きにしていいっていうから……」。会話、耳にこびりつく。ひとのからだと新百合ヶ丘の家のつなぎ目がわからない。母親はバイク事故ではなく自殺したのではないか。根拠はない。なにも根拠はないのだ。帰り道、アガンベンのことを想う。脈絡がない。世界には脈絡がない。でも、脈絡があるようにもおもえる。無脈絡の脈絡が。アガンベンはいい。いちど会いたいものだ。「われわれイタリア人は今日、正統性の全面的不在という条件のもとで生きている」「いまや、自らの空虚と自らの唾棄状態とを剝きだしにしていない権威も公的権力もない」「……実際には、すべての陰謀は、現代にあっては、すでに構成されている秩序に利するべく図られている」「悔悟がイタリア人にとって唯一の倫理的経験なのだから、イタリア人には、真なるものの関連は恥であるもの以外にはない。しかしその恥は、それを感じるべきだった人びとよりも生き延び……」。もっとましな翻訳ができないものか。だが、この「イタリア人」を「日本人」に置きかえるのは少しも乱暴ではない。正統性の全面的不在は「正当性の全面的欠如」とも言える。このたびの解散、総選挙は、この文脈で言えば、すでに構成されている秩序を利するべく練られた「陰謀」ないし「策謀」である。マスメディアはあげてこの陰謀と策謀に加担している。恥が、恥を感じるべきひとより永く生き延びるとは、恥が、おどろくべきことには、「理論上の真理のように、客観的かつ非人称的に」なることだという。然り。ニッポンにあっても事情は同じい。われわれには「国民」という強制の前に、「個人」である権利がある。個人のみが、ただ個人のみが、恥を感じることができる。正当性が全面的に欠如した選挙は、陰謀と策謀と根拠なき強制によってくみたてられた犯罪にほかならない。したがって、わたしは犯罪であるこの選挙をみとめない。わたしは、この選挙を「棄権」ではなく、きっぱりと「拒否」する。秘密保護法をぜったいに拒否する。エベレストに左コースからのぼった。(2014/12/09)

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おまわりさん.jpg 2014年12月10日

・2014年12月10日。昼。官邸前。うねり深まる思索のゆきつく結果、ここにたどりいたったわけではない。「場」を選ぶという高度の思慮にもとづき、ここにいるのでもない。凡庸きわまる思念の空回りにも厭いて、見当識いよいよあやしくなり、この世でもっとも愚にもつかぬ場所に、けふはついにくるはめになったのだ。さて。わたしの主敵はそこにいたのか。肉を打つ不気味な音は聞こえたか。骨の砕ける音は。「世界的大変容」の謎の手がかりはそこにみえたか。血で血を洗う戦闘はくりひろげられていたか。味方らしき者はいたか。血の声は聞こえたか。血の雨はふっていたか。うたうべき歌、発すべき叫びはあったか。語るべきことばが聞こえたか。そこは〈いま死すべき場所〉でありえたか。染まるべき血潮はあったか。回答不能。失笑。ふふふふ。「というわけで今日、思考ははじめて、いかなる幻想もいかなる可能なアリバイもないなかで、自らの任務に直面している」(アガンベン「政治についての覚え書き」)。そう。じぶんのあたまとことばでかんがえるほかない。それをたしかめるためにここにきた、と言い訳はできる。しかしだ、きてはみるものだ。首相官邸のこんな近くのビルの谷間に、まるで毒キノコのような「料亭」がいくつもあったとは。謀議と策謀。この国には潜在的犯罪者でない政治家はただのひとりもいない。敵はだれだ、敵は。官邸前。その空間にあるヒトという無痛覚の有機体。肉のない、乾き、黄変した骨たち。干からびたカサカサの皮袋たち。それらはもう爆発しない。起爆しない。不発弾でさえない。さんざつかいふるされたことばを、さんざつかいふるされた声帯で話す。着実に踏襲される、うじゃじゃける心の濁りとごまかし笑いの方法=政治。着実に踏襲され、さんざつかいふるされたことばでないと安心しないわれら市民。敵はだれだ、敵は。われわれは聖なる市民だ。政治家の謀議と策謀のために、税金をはらいつづける聖なる2等市民だ。真に聖なる、ただ死へと捧げられているだけの有機的供物だ。2014年12月10日。官邸前。なにかの崩落の気配はあったか。不規則な衝突と倒壊の気配は。狼藉の気配はどうだ。ない。不穏だったか。不穏ではなかった。発言者が言う。秘密保護法が施行されても、今後、機能させなければよい。まだ希望はある。現政権はわれわれを怖れている。だから、14日、投票しよう。希望を捨ててはならない。さんざつかいふるされたことばを、さんざつかいふるされた声帯で、あくことなく話す。1960年も1970年もそうだったのだ。だれも敗北と敗北の因をみとめない。人民も支配者も。敵はだれだ、敵は。「われわれはすべての人民の破産の後に生きている。それぞれの人民はそれぞれのしかたで破産した」。破産の後の荒野。それぞれに演繹しよう。イメージしよう。われわれはすべての人民の破産(戦争)の後を、まんまと生き延び、そして、またも破産(戦争を)しようとしている。2014年12月10日の官邸前は、予想どおり、思考の磁場ではまったくなかった。よくよくおもえば、そこが思考の中心であろうはずもない。ここが思考の中心であってはならないのだ。思考の磁場はもっと低く、目にはみえない昏い隅にある。それをたしかめただけでも、きたかいがあった。ああ、けふは麻痺がひどい。痛い。半身が凍てついている。まっぷたつの子爵だ。背後でヒソヒソ声。たぶん、わけしり顔。あのね、ここだけの話だけどね、Aはじつは膵臓がんらしいんだね。どうせ自壊するよ。背中が腐る。こんな人民はダメだ。ほんとうにダメだ。昨夜の若者たちのほうがよかった。知ること、より深く知ろうとすること、表現すること、想像すること、創造すること――の権利を手わたさない。そんなことを訥々と話した青年がいたらしい。そう、そういうことなのだ。かれが万万一がんならば、わたしは快癒を祈る。快癒したら、打倒してやる。敵はだれだ、敵は。敵は、人民だ。われわれ(わたし)だ。エベレストにのぼらなかった。(2014/12/10)

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壁2014年12月10日.jpg 2014年12月10日

・唐突ですが。「天地は 広しといへど 吾が為は 狭(さ)くやなりぬる 日月(ひつき)は 明(あか)しといへど 吾が為は 照りや給はむ 人皆か 吾のみや然る わくらばに 人とはあるを 人並に 吾も作るを 綿も無き 布肩衣の 海松(みる)の如 わわけさがれる かかふのみ 肩にうち懸け 伏廬(ふせいお)の 曲廬(まげいお)の内に 直土(ひたつち)に 藁(わら)解き敷きて 父母は 枕の方に 妻子どもは 足の方に 囲み居て 憂え吟(さまよ)ひ 竃(かまど)には 火気(ほけ)ふき立てず 甑(こしき)には 蜘蛛の巣懸(か)きて 飯炊(かし)く 事も忘れて ぬえ鳥の のどよひ居るに いとのきて 短き物を 端きると 云えるが如く 楚(しもと)取る 里長(さとおさ)が声は 寝屋戸まで 来立ち呼ばひぬ 斯くばかり 術(すべ)無きものか 世間(よのなか)の道 世間を憂しとやさしと思へども 飛び立ちかねつ鳥にしあらねば……」。山上憶良「貧窮問答歌」である。「天地は広いというけれど、わたしには狭くなってしまったのか。太陽と月は明るく照っているというが、わたしのために照ってはくれないのだろうか。他の人も皆そうなのだろうか。それともじぶんだけなのだろうか。たまたま人として生まれ、人なみに働いているのに、綿も入っていない麻の袖なしの、しかも海松のように破れて垂れさがり、ぼろぼろになったものばかりを肩にかけて、低くつぶれかけた家、曲がって傾いた家のなかには、地べたにじかに藁を解きしいて、父母は枕の方に、妻子は足の方に、じぶんを囲むようにして、悲しんだりうめいたりしている。かまどには火の気さえなく、甑(蒸し器)には蜘蛛の巣がはり、飯を炊くことも忘れ、かぼそい力のない声でせがんでいるというのに、〈短いものの端を切る〉ということわざのように、木の枝のむちをもち(徴用のためにやってきた)里長の声が寝室にも聞こえる。これほどまでに世間とはどうしようもないものなのだろうか。この世の中をつらく耐えがたく思うけれども、飛んでいくこともできはしない。鳥ではないのだから……」。奈良前期にはこうしたリアルな貧困があった。憶良(660~733ごろ)はここまで慨嘆していた。「世間を憂しとやさしと思へども 飛び立ちかねつ鳥にしあらねば」。なんてことだ。「憂しとやさしと」とは、じつに身もやせるように耐えがたい、ということである。だけど、この世とは死なないかぎり縁は切れない。小鳥みたいに飛んでいくわけにはいかないのだから。いや、いまは民主主義があるのだから、14日、選挙にいけ、投票しろ、だと!?選挙にいっても自公で3分の2、自民単独でも300(!)だと、まだ投票もしていないのに、主要メディアが失望とアパシーの種をまきちらしている。その「解説」とやらの、まあ、お粗末なこと。「自民が今回、300議席を超す勢いなのは、消極的な気持ちでも投票先に自民を選ぶ人が多いからだ。投票態度を明らかにした人をみると、『他よりはよさそう』という層では、選挙区の投票先は自民候補が最多。比例区でも47%が自民で、19%の民主を大きく引き離し、特に比例区を中心とする自民議席増の見通しにつながっている」(朝日新聞)。なんすか、これ?なにが言いたいのか。自公で3分の2、自民単独でも300確定と、未然に決定づけられた運命に、なんらの得心もなくしたがうことを、議会制民主主義でござい、というのでございますか。アホか。議会制民主主義も国民国家も民族自決も世界中で破綻している、となぜ書けないのだ。人民は政治権力者にもてあそばれている、となぜ言えないのだ。なんのための選挙、なんのための間接民主制、なんのためのニューズメディアか。議会制民主主義の盲点と弱点を、悪党どもがこれ幸いと利用しているだけではないか。奈良前期にあった「リアルな貧困」は形をかえていまもある。みえないだけ、みせないだけ、みようとしないだけだ。「世間を憂しとやさしと」おもふ貧者や弱者は、身も心も疲れはて、デモにも集会にも投票にもいかないのだ。だとしたら、「人民」とはなんだろう。人民という「同じ一つの語が、構成的な政治主体を名指すと同時に、権利上はともかく事実上は、政治から排除されている階級をも名指している」(ジョルジョ・アガンベン「人民とはなにか」)ことに注意しなければならない。zoe(ゾーエー、生物的な生)しかもたされていない人民は、日本だけでなく世界中でふえている。選挙は、事実上いかなる権利も奪われた「剥きだしの生」を決して救いはしない。万葉の時代には「生と死が現在とは全くことなった輪郭をもっていた」(阿部謹也『「世間」とは何か』)という。それはそうであろう。万葉の時代には、だいいち、ひとがこんなにもいたずらに長く生きるというより、生かされはしなかった。万葉の時代には、しかも、苦しみと貧困は、はっきりと剥きだされて可視的であり、短い射程で死に直結していたであろう。by the way、ああ、阿部謹さん、紫綬褒章なんかもらうなよ。「斯くばかり術無きものか世間の道」ってさ、阿部謹さんもみずから実証しちゃ、ワヤやん。14日は例によって例のごとく、開票即自民圧勝ってか。共産党は倍増とやらで、これまた例によって例のごとく、なにやらスターリン主義的独善のかほりゆかしき「勝利宣言」ですか。それでですね、いったいだれが、どのように救われるというのだ?エベレストにのぼらなかった。(2014/12/11)

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トンネル.jpg 2014年12月12日

・揺りうごかされている。はらわたがズキズキと痛む。痛みのすき間に悲しみの虫のようなものがはいまわる。K.Iさんが日本を捨てるというのだ。メールをもらった。本人に無断で一部を紹介する。「来春、私と妻は……に移住します。1986年、チェルノブイリ原発事故の年に結婚し、話しあって子どもをもつことをあきらめました。3.11以降、妻は九州か沖縄に避難したがっていたのですが、私に外国という決断を促したのは、6月29日新宿での、抗議の焼身自殺未遂の方の行動でした。そして、その後の報道の無視と沈黙。さらに、7月1日の『集団的自衛権の行使を容認する閣議決定』が私にとって決定的な要因でした」。オレンジ色の火の玉の映像を憶えている。「6月29日新宿での、抗議の焼身自殺未遂の方の行動」とは、埼玉県の男性(63)が、背広にネクタイ姿で、JR新宿駅南口付近の歩道橋の鉄枠をよじのぼり、とつぜん、小型拡声器で演説をはじめた。「70年間平和だった日本がほんとうに大好きでした。集団的自衛権で日本はダメになってしまう!」。男性は野次馬に、なんどか「私の話を聞いてください」とうったえ、与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」の一部を朗読した後、ペットボトルに入ったガソリンのような液体をかぶり、ライターで火をつけ焼身。消火器で火は消されたが、重傷。東京新聞がこれを大きく報じた。が、NHKなどはつたえもしなかった。世間はこのできごとをすぐに忘れた。いや、もともとできごとを知らなかったかもしれない。ネットには「消火器代と歩道橋修理費払え」という書きこみがあったらしい。状況とじぶん。昔風に言えば、シチュアシオンとアンガージュマンの関係をおもう。いつもおもっている。わたしも、いまのシチュアシオンにはほとほと厭気がさしている。端的に言って、おさらばしたい。シチュアシオンとアンガージュマンの関係はサルトルの時代から一変し、錯綜し、個々の主体の存立と主体性の自覚と立証がほとんど不可能になってきている。あるべき対立と相克、違和を、それらがたしかに現前するにもかかわらず、全メディアが総がかりでないかのようにみせるのが現在である。「現代は、人民を分割している亀裂を埋め、排除された者たちという人民を根源的に消滅させる試み――容赦のない、方法的な試み――にほかならない」(「人民とは何か?」)。わたしたちは政治参加の法的権利を有するといわれながら、じっさいには、政治から合法的に排除された、市民と言うより2等市民であるほかない。その不条理を真剣に突破するには、ある日、歩道橋上でだれも聞いていない演説をし、焼身自殺をはかって狂人あつかいされるか、K.Iさんのように、この国を脱出するかしかない。焼身自殺未遂者もK.Iさんも、切実だったのだ。いままさに切迫していると感じる能力があった。シチュアシオンとアンガージュマンの関係。はなはだしい懸隔。状況とそれから疎外される自身の生身。表現不能なほどに深まる溝。メールにはさらに「〈この国〉以外なら、何処でも良いのです。〈気分は亡命〉というのも大袈裟で、情報を断ち、国を捨て、土地を離れ、ただ単に身軽に暮らしたいだけなのです」とあった。わかる。この国には、たんに政治権力の問題だけでない、菌糸のように、ヌエのように名状しがたい、視えない暗幕がある。それはファシズムと言えば済むような実態でも現象でもない。「他のファシズム」だけでなく、「内側と下からのファシズム」が増殖中である。この国は、こういう言い方が許されるならば、ただいるだけでも堪らないほど厭な、あまりにも低級な空間になりつつある。「斯くばかり術(すべ)無きものか世間(よのなか)の道」「世間を憂しとやさしと思へども 飛び立ちかねつ鳥にしあらねば」。憶良はそうでも、われらは怒り、怒りくるい、憤怒の果てに、この国を捨てる覚悟をきめなければならない。K.Iさんご夫婦は発て!飛び立ちかねつ鳥にしあらねば、わたしは、ここで呻きつづけるしかない。正直に言おう。わたしは安倍政権が怖い。身体的にも精神的にも、この政権とそれをとりまく状況に恐怖を感じている。K.Iさん、ただ、あまりにも怖いからこそ、わたしはここから逃げることができないのです。一例。世耕官房副長官が記者会見で、京都朝鮮学園周辺での街宣活動をめぐり在特会の上告をしりぞけた最高裁決定について「いわゆるヘイトスピーチとされる言動について、民事的な救済がはかられうるということが示された」と評価した。というのは、ニュースの骨ではない。かれは「評価」なんかしていない。最高裁判決など、じつは屁ともおもっていないのだ。ヘイトスピーチの規制については「言論や表現の自由との関係で 難しい問題もある。国会での各党の検討や、国民的な議論の深まりを踏まえて考えていくことになる」と開きなおったところが、このニュースの肯綮なのだ。つまり、ヘイトスピーチの主と国家権力は、暗渠でむすばれているのである。怖い。K.Iさん、ここまで老いたわたしは、だからこそ、ここを脱出できないのです。死ぬまでみまもります。けふ、コビト第1病院。肺炎予防注射。わたしが「投票棄権」ではなく「投票拒否」とブログに書いたことに、コビト、しきりに首をかしげている。情勢はそんなにあまいものではない。「陰謀的な選挙」であることは事実だけれど、いまは、この流れをせめてとどこおらせようとする「次善の策」で対応するしかないのではないか。返事はしなかった。コビトがなにを言いたいかはわかる。切迫しているのだ。情勢がとても切迫しているということを、わがこととして感じることだ。エベレストにのぼらなかった。(2014/12/12)

SOBA:雑談日記の関連まとめエントリー(その時の動画、ドイツ日刊新聞のNHK批判記事、外国人の目にどう映ったかジェフ・キングストン氏の秀逸な論評など)。

海外のBBCが報じたのに、2014.06.29「集団的自衛権反対・抗議の焼身自殺」を全く報じなかったNHKの異常、異様。 

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段.jpg 2014年12月13日

・榛葉英治『城壁』読了。はなから小説として読んでいたわけではないが、大虐殺については、だれがどのように書いても、諸事実のひとつひとつが物語のフレームを突きやぶってしまう。資料のぜんぶにあたったわけではない。しかし、事実をみとめる者もそうでない者も、後人が納得しうる水準(深み)にまでは考察も思索もたっしていないとおもわれる。なぜなのか。わからない。なぜかがほのみえるまでは、結局、読むのをやめることができない。林房雄の『城壁』評価が、やはりうさんくさいものであることも『城壁』を読んでみてわかった。1937年12月12日深夜、南京陥落。同13日、「皇軍」が「残敵掃討作戦」開始。凄惨。奈落。ひととして目をうたがう光景が延々としてつづく。そこからながれた時間は、ひとをして「目をうたがう」ことさえやめさせてしまった。1937年12月の「消去」は、漂白されたいまの救いのない空虚につながる。1937年12月13日付東京日日新聞 (毎日新聞の前身)の「百人斬り競争」記事をみる。まず野田巖少尉 、向井敏明少尉の写真。写真キャプションにおどろく。「刃こぼれした日本刀を片手にした両将校」。大見出しは「百人斬り超記録 向井106――105野田 両少尉さらに延長戦」。まるでいまのスポーツ紙だ。人殺し競争は結局「ドロンゲーム」となり、少尉らは新たに「150人斬り競争」をはじめたという内容。77年前のきょう、侵略戦争現場での日本刀による人殺し競争が、バスケットの試合のようにおもしろおかしく、そしてさも得意気に報じられていたのだった。殺されたのは、捕虜や無辜の農民たち。新聞は売れた。「百六対百五のレコードを作って……」という、浮かれきった文言もみえる。心が痴れている。軍だけではない、大新聞も教育界も畜生道に堕ちていた。 鹿児島市の小学校では副教材で「百人斬り競争」を皇国戦士の英雄譚として紹介し、「血わき、肉おどるような、ほがらかな話であります」と讃えた。戦後70年、ひとは正気なのか。いまは正気なのか。どこが正気なのか。エベレストにのぼらなかった。(2014/12/13)

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スイセン.jpg 2014年12月14日

・はっきりした自覚と覚悟をもって、なんども自問しつつ、選挙をボイコットした。棄権したのではなく、積極的に投票を拒否した。理由は、2014/12/14付の神奈川新聞が掲載したロングインタビューで話したとおり。インタビュー記事の主見出しは「目を見開き耳澄ませ」。小見出しは「策謀的選挙」「見込み違い」「内なる特高」「感性の戦争」……。あたりまえだが、すべてわたしが話したことばである。事実上の憲法改悪および途方もない解釈改憲の追認をせまる策謀的選挙に、わたしはどうあっても加担できない。いい歳をしたテレビの解説者がとんでもない暴言を、こともなげに、さらりと言ってのけた。ドキリとする。人間はここまでバカになったか。バカになったのだ。〈投票者にはインセンティブを、棄権者にはペナルティをあたえるようにしてはどうか……〉。神奈川新聞インタビューで、わたしは語義矛盾を承知で、現状を「民主的な全体主義」と言った。これがそうだ。「投票者にはインセンティブを、棄権者にはペナルティを」も、マスメディアがかもす下からのファシズムにほかならない。マスコミは民主主義をスタティックな状態ないし固定的な制度であるかのように誤解している。誤解もなにも、おそらくなにもかんがえていないのだろう。民主主義はスタティックな状態でも固定的な制度でもありえない。民主主義とは動態である。民主主義は、それをかちとるための人間の絶えざる運動とわれわれ諸個人の、それぞれ独自の、めいめいが独自であるべき、身ぶり、目つき、口ぶりをふくむ、主体的意思表示の全過程のことをいう。〈わが党に投票すれば暴走がストップする〉式の呼びかけは、本質的に民主主義とはことなる。それは「民主的な全体主義」と親和的ななにかではないか。さて、まんまと安倍一味の策謀にのっかり、いいようにもてあそばれて、選挙結果は(ほぼ予想どおり)これこのとおり。ファシズムは上からだけのしかかってくるのではない。この選挙を機に、この国の全民的自警団化はますます進むだろう。貧者と弱者はますますのけものにされるだろう。ひとびとは投票所にゆき、わざわざ災厄をえらんだのだ。永井龍男の短篇「朝霧」だったか、「ラセラスはあまりに幸福すぎたので、不幸を求めることとなりました」というのがあった。あれだ。神奈川新聞インタビューで、わたしは、ろくでなし子さんらの不当逮捕とそれをめぐるメディアと世間の冷笑に怒った。ここははしょられるかなとおもいながら、あえて言った。言わざるをえなかった。そうしたら、その部分もしっかりと載っていた。いまは〈小事〉とみえることこそが大事である。そのことをインタビュアの桐生勇記者は知っていた。新聞もテレビもネットも信用できない。が、神奈川新聞は投開票日当日によくこの記事を掲載したものだ。無宿者支援をしているAさんから久しぶりのメール。Aさんはじぶんを恥じつつ、責めつつ、哀しみつつ、ときにいらだちつつ、ひっそりと無宿者をたすけている。視圏にその昏い隅っこの風景が入らないのでは民主主義ではない。そして民主主義という虚妄は、視圏にその昏い隅っこの風景をさっぱり入れないものなのだ。コビト(投票にいったらしい)、gaga(投票にいかなかった)とオンブルヴェールにいく。月末で閉店するらしい。エベレストにのぼらなかった。(2014/12/14)

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ノギク.jpg 2014年12月15日

・来年からはじまる雑誌連載のタイトルと第1回の締切日が、けふ決まった。ろくでもない選挙で胸くそがわるくなっていて、早く気分を仕切りなおしたかったこともあり、長年来の担当編集者とひとしきり電話で話して、すぐにこれでいこうということになった。主タイトルは「1937」または「1★9★3★7」。最終的にはデザイナーがなんとかしてくれるだろう。とにかく「1937」である。副題は、「『時間』はなぜ殺されたのか?」。つなげれば、「1★9★3★7――『時間』はなぜ殺されたのか?」といったぐあいになる。媒体は「週刊金曜日」。第1回の原稿締切は2015年1月5日。決まりだ。構想はだいぶ前からあった。だいぶ前どころか、前世紀からぼんやりとかんがえてきたことである。たねあかしはいまはしないほうがいいだろう。たねあかしはすべきでない。どうせまだ1枚も書いていないのだから。察しのよいむきは、ははーん、あれか、とおもいあたるだろう。しかし、「1★9★3★7」は、あらゆる予断を裏切るはずだ。わたしはとにかく青年期から「1★9★3★7」にずっとこだわってきた。「1★9★3★7」は、「イクミナ」である。行く皆。たとえば、イクミナ戦争へ。イクミナ提灯行列に。「1★9★3★7」の記憶と「いま」の虚構をしきりに往還する作業が、「1★9★3★7――『時間』はなぜ殺されたのか?」になるのだろう。ニッポンとはなにか。ニッポン人とはなにか。ニッポン人の心的核はなんであったか。ニッポン人はなにを犯してきたのか。なにを殺してきたのか。犯意はあったか。ニッポン人はなにをしなかったのか。ニッポン人はそれを、どう記憶し、忘却し、どう表現し、どう口を噤み、どう歪曲し、どう捨象し、暗黙の裡にみんなでどう過小評価し、それらの作用はどのように集団的に、無意識に、かつなし崩し的になされてきたのか。わたしの父はったい「誰」だったのか。それらを、一切の定式にとらわれず、自由に書く。ただ、それだけの体力がまだじぶんにのこっているのか、じつはおぼつかない。おぼつかないけれどもやるしかない。なにもやらなくても、からだは痛む。書いているほうがまだ楽なのだ。やれるところまではやらなくてはならない。愚劣な選挙のつぎはなにか?死刑執行だろう。年内か。たのむ、やめてくれ。この政権をこのままほうっておけば、秘密保護法の他に、日本版「反テロ法」もつくりかねない。令状なしの逮捕、家宅捜索、盗聴……。1937=イクミナ・ファシズム。神奈川新聞の写真、みんなに笑われる。犬までワハハハとわろた。「ニンチ入りかけの町内会のジイさんみたい」。あれは俺じゃない、と言いたくとも言えないし。エベレストにのぼった。(2014/12/15)

 

2014年12月02日
日録1-11

 

私事片々
2014/12/02~
http://yo-hemmi.net/article/409951961.html

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12月2日のサルスベリ.jpg 2014年12月02日

・駅前がうるさくなってきた。声が風にながれていく。なにをがなっているのかわからない。がなっている当人たちも、なにをがなりたてているのか、とくとかんがえているわけでもなさそうだ。民主主義などという、これは上等なものではない。かれらはあるしゅの暴力団である。それがいいすぎなら、やつらはアドルノのいう、ラケット(racket)にちがいない。racketはじつに多義的だ。まず、「騒ぎ、騒音」である。不可算名詞としては「遊興、道楽」となる。ふむふむ、そうにちがいない。可算名詞としては、「(恐喝、ゆすり、たかり、詐欺などによる)不正な金もうけ、やみ商売、ごまかし、インチキ、詐欺」てな意味。で、総合的に「仕事」という意味にもなるというから、あんたらもいいかげん、こちらもいいかげんという、存在の本質的虚偽性が含意されているところが、ひとつの単語としてじつにすぐれている。タフなことばだ。マルホランドDr.のサルスベリ並木がやっと赤くなってきた。サルスベリというやつはほんとうにエネルギッシュだ。モクモクと咲いたり、吹雪のように散ったり、また咲きなおしたり、匂いたったり、紅葉したり、すべてを散りつくして石化したり……。万物の数量化により、人間主体から〈主体性〉がうばわれ、世界から個別の〈質〉がうばわれる。選挙もそのようなプロセスでのracketによるracketである。なんとかミクスとかにはなんの関心もない。かれらに別してお訊きしたいこともない。ただ、あるきながら、ふとおもう。このジャパンという国は、ほんとうは「ポツダム宣言」を受諾していないのではないか。ポツダム宣言は軍国主義の除去、戦争犯罪人の処罰、再軍備禁止などについて規定していたはずではなかったか。げんざい、ポツダム宣言違反事項はすくなくない。1945年8月14日にこれを受諾した、というのは夢だったのか。なぜだれもそれを質さないのか。それに、ジャパンは「サンフランシスコ平和条約」に調印したはずではなかったのか。その第11条は、「極東国際軍事裁判所(東京裁判)ならびに日本国内および国外の他の連合国戦争犯罪法廷(南京軍事法廷、ニュルンベルク裁判)の判決を受諾し……」ではなかったか。Aと自民党の大多数、野党のかなり多数も、東京裁判や南京軍事法廷判決を事実上否定し、受諾どころか、いまやせせらわらっているではないか。これはどういうことなのだ?なぜこの基本(戦後の原点)についてのかんがえを問いつめないのだろう。わたしの目には、野党がみんなして、Aと自民党をたすけ、応援しているようにしかみえないのだが、なにがおきているのだろう?昨夜、『南京事件』(笠原十九司著 岩波新書530)再読。眠れなくなった。わたしはわかっていなかった。テクストがないなどと言ったが、これはやはり第一級のテクストである。「谷寿夫(陸軍中将。南京事件の責任者および関与者とされ、死刑判決。銃殺刑)のいうように南京事件の全貌を解明し、真の責任者を本格的に究明しようとすれば、もっと上級指揮官、さらには軍中央と政府そして天皇にまでもその追及はおよんだはずである」。同感。上海派遣軍司令官・朝香宮鳩彦王は「皇族ゆえに免訴」された、というが、「皇族ゆえに免訴」とはどのような法哲学にもとづく判断なのだろう。日本の戦後のなりたちのいかがわしさが、70年の時間に堪えず、剥きだしてきている。いま、マスコミをはじめracketでない者はいない。武田泰淳「……軍国主義というのは、簡単に克服できると思ったら、とんでもない間違いで、自分で切腹するくらいの覚悟がなくちゃね、軍国主義はいかん、とはいえないんだね。その点は、ぼくは間違ってたけど……」(『私はもう中国を語らない』)。あるきながらおもう。わたしはそれでも死刑に反対である。南京大虐殺の実行責任者にたいする死刑にも。エベレストにやっとのぼった。(2014/12/02)

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ギンモクセイ.jpg 2014年12月03日

・けふ投票所入場整理券がとどいた。どうしてやつらの手前勝手なデタラメにつきあわなければならないのか。呆れはてることあまりにもしばしばで、もう腹をたてる気もしない。わたしいがいのひとびとでもそうなのではないか。投票行動そのものが、いまの政権の〈正当性〉を根本から否定したくても、手つづき的にはささえてしまう仕組みになっている。わからない。ものごとはまるで理性的に合理的に、あたかも情理をつくしたうえですすめられているかのように、テレビや新聞ではつたえられている。誤報である。ねつ造である。そのことにときおりヒヤリとする。わたしはうっすら恐怖を感じつつ、しかし、いくところもなく陋巷に起きふししている。そうおもい、またギクリとする。「恐怖を感じつつ、いくところもなく陋巷に起きふししている」。これはわたしのことばではない。何年かまえにめくり、さいきんもまた繰っている(本は毎日ほとんど再読ばかり)『敗戦日記』(高見順)の、ある老婦人にかんする、1945年2月4日の文章。すでに東京爆撃がはじまっていたのだ。前月の銀座無差別空襲では遺体が街にあふれた。向島の街路に「敵性ネクタイをやめて、下駄のハナヲにかへませう」という看板があった。それを「いやな感じの愚かしさ」と高見は慨嘆する。ひどい時代だ。戦火にあっても、だが、「いい家族」はあったと日記にはつづられている。「いい家族」があったということは、〈なにげない日常〉もあったということだ。〈なにげない日常〉が戦争をささえていた。いつB-29の空襲があるかわからないというのに、「ラジオは滑稽な落語をやっていた」という。鈴本から中継もしていた。いまとおなじではないか。メディアは異常事態にさえいつにかわらぬ日常をこしらえてしまう。「恐怖を感じつつ、いくところもなく陋巷に起きふししている」人民も、とにかく情報がうそでもほんとうでも、昨日とかわらない日常をほっしている。ひとびとは真実にこだわらない。1945年2月4日の日記に、高見順は「東京の庶民に私は胸の痛くなるような愛情を覚えさせられた」と書く。南京陥落で「ニッポン勝った、また勝った、シナのチャンコロまた負けた!」と大声でさけんで大提灯行列をし、空襲でも落語を聴いてわらう「東京の庶民」たちに、胸くそがわるくなるのではなく、「胸の痛くなるような愛情」を感じたという。読んだわたしは胸くそがわるくなった。2014年12月のいまも胸くそがわるい。一方、高見は高見で、陸軍報道班員としてビルマに派遣され、1944年には南京での「第3回大東亜文学者大会」に出席し、「日本文学報国会」にも結局は参加しているのだが、庶民とともに、さしたる自省もない。歴史はながれる。大ざっぱなものだ。いちいち善悪の判断などしやしない。たちどまらない。とどこおらない。Aはだんだん演説がうまくなっている。あのしゃべりかたと表情は、だれかプロのインストラクターについて、鏡のまえで練習しているのだろう。どうしたらうけるか。いかにもわざとらしい笑顔。わざとらしい被災地訪問。手のふりかた。声音。視線のなげかた。左右中央、万遍ない顔のむけかた。群衆というのは反吐のでるような〈わざとらしさ〉をこのむものらしい。Aはときどきスゴむ。短慮と狭量が瞬間あらわになる。その点、インストラクターに注意されているはずだ。にもかわらず、Aとその一味は勝つだろう。他党があまりにも愚かで魅力がないからだ。他党は、じぶんたちの愚昧と魅力のなさをもって、群衆(と情報)操作に日夜腐心しているAとその一味を、しっかりとささえてやっている。われわれは、まんまとしてやられている。選挙が終わったら、壮大な虚脱感のなかで平和憲法体制はまたガラガラと崩れていくだろう。民主党はいうもおろか、共産党や社民党にほんとうの危機感はあるのか、どうもうたがわしい。9条のゆくえを本気で死ぬほど心配するなら、共産、社民は、なにゆえその一点で統一戦線を組み、たがいに選挙協力ができないのだ。党がハナクソほど小さくなっても、まだ自党第一主義である。あいもかわらぬ紋切り型の下手な演説。血相をかえて「努力」し工夫し工作しているのは、共産でも社民でもない。Aとその一味のほうである。ファシストはいま、すこぶる元気だ。貧乏人は、うっすら恐怖を感じつつも、しかし、いくところもなく、出口もなく、ときどき力なくヘラヘラとわらい、陋巷に起きふししている。日常はとぎれない。ながれてゆく。そして、大災厄がやってくる。エベレストにのぼった。あまりあるけないけれども、デモにいこうとおもう。(2014/12/03)

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皇帝ダリア.jpg 2014年12月04日

・自由の幅が縮んでいる。目をみひらき耳をすませ。選挙後には自由がさらに縮小するだろう。いつのまにか〈特高警察〉ができてしまっている。事実である。特高はわたしたちの内と外にいる。内と外から、じしんの内と外に、たえず目をひからせている。社会的気流がおかしい。とうぜんである。自由の幅が縮んでいるからだ。「国際的対立の空間としての経済はルールなき戦争と化し、そこでは民間人と軍人の見分けはつかず、いつでも破棄できる契約が法にとってかわり、不正行為が横行している。そこでの武器は根本的に進化し、その結果この戦争は本質的に感性にかかわる戦争となった」(スティグレール『象徴の貧困』)。この「感性の戦争」は宗教戦争、民族間あるいは国家間の戦争をさまたげないどころか、これらをみちびき、それらを予告しているという。スティグレールの予言はあたっている。現時点の全体主義を古典的それと同質とかんがえるひとがすくなくない。そうだろうか?そうでもあるが、そうでもない。目をみひらき耳をすませ。現在の全体主義には新しい意匠がこらされている。現在の全体主義は〈民主的な全体主義〉なのだ。それが新しい意匠だ。ドゥルーズのいう「コントロール社会」になぞらえれば、いまは民主的でファッショ的なコントロール社会である。「感性の戦争」はすこしも誇大な表現ではない。目をみひらき耳をすませ。わたしたちの情動はじつは統制されている。権力により自己じしんにより。ろくでなし子さんらの不当逮捕を軽視し冷笑する者は、自由の幅の縮小を望む者たちにほかならない。ろくでなし子さんらの不当逮捕に怒る感性がすっかり摩滅している。そのことと秘密保護法には重大なかんけいがある。目をみひらき耳をすませ。〈民主的な全体主義〉がかかわる感性の戦争はとっくのむかしからはじまっており、いまやますます大規模になっているにもかかわらず、目にはみえにくくなっている。目をみひらき耳をすませ。〈民主的な全体主義〉は、もちろん権力が関与するけれども、権力だけがその目的意識にそうてつくりだしたものではない。権力支配下にある群衆(選挙民)が承認し生成しているものでもある。Aとその一味はいま「感性の戦争」でも、権力支配下にある群衆(選挙民)の承認をえつつ、圧勝しつつある。怖ろしいことだ。自由の幅があきらかに縮んでいる。特高がみはっている。目をみひらき耳をすませ。感性を研ぎすませ。久しぶりにT君と話す。週末、秘密保護法反対のデモに参加できるかどうか、じぶんのからだに問うてみる。20メートルくらいならなんとかひとりであるけるだろう。10メートルでもよい。 週末、なんとかして秘密保護法反対のデモに参加したい。「感性の戦争」に参戦する。そうおもいながら、エベレストにのぼった。(2014/12/04)※

※SOBA:以下、関連で二つ。
ろくでなし子さんの「まんこ」発言に裁判官「それ以上続けると意見陳述制限します!」(弁護士・コム)

(01/01)12/14インタビュー掲載、安倍政治を問う〈11〉 目を見開き耳澄ませ 作家・辺見庸さん

 

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突然の薔薇.jpg 2014年12月05日

・かつて、といってもだいぶまえ、ある美大の「卒制」展をみにいったことがある。どこまでも自由でのびやかだった。MD(マンコデッサン)というのがあった。ま、逆立ちした自画像のシリーズみたいなもの。それも堂々と展示されていた。もしも女性の陰部という人体開口部を「顔」とみたてれば、これは陰翳と曲線と凹凸に富む自画像なのである。見事であった。〈陰毛が成長するまで〉といったタイトルの、自撮り写真集もあり、こちらは、いったんきれいに剃毛した局部から、少しずつヘアがはえてきて、ついにはひとつのこんもりとした森のようになるまでの全プロセスを、開脚して数十枚さつえいしたもの。たしか、終いのほうはもう写真ではなく、じつぶつのピュービックヘアがはりつけてあったと記憶するが、みていてその自由奔放さがきもちよく、こころがやわらかになった。これらを「わいせつ物陳列」の疑いで逮捕というなら、美大全員逮捕だぜ。ろくでなし子さんらの不当逮捕事件は〈女性のかがやく美しい国〉のキャッチフレーズが真っ赤なウソであることをものがたっている。これはA政権の特徴がよくあらわれた思想表現の弾圧ととらえられるべきだ。だいいち、ケツメドAの存在そのもののほうが公序良俗に反する「わいせつ物陳列」ではないか。やつを逮捕せよ! 某紙デスクと「ろくでなし子・北原みのり両氏不当逮捕事件」についてはなす。現場の若手記者がいつまでも原稿を送ってこないので、なぜかと問いただしたら、「だって、作品に品位がなく、くだらないので・・・・・・・」と答えたという。記事に値しない、と。この事件の深刻性、重要性、今日性を、デスクはいちから説明しなければならなかったという。若手記者はキツネにつままれたような調子。おもわず〈ばかやろう!てめえなんかやめちまえ!〉と言いかけたが、コンプライアンスという自己規制でデスクは声にはしなかったらしい。聴いていてはげしい苛立ち。記者が世間の自警団なみのオツム。選挙への積極的棄権をかんがえている。「彼ら(人民)が自由なのは、議員を選挙するあいだだけのことで、議員が選ばれるやいなや、人民は奴隷となり……」(『社会契約論』)とおもうだけではない。投票行動とその結果が、憲法を無視する不正な政権をみとめることに直結し、集団的自衛権行使容認、秘密保護法、武器輸出、普天間基地移設、原発再稼働などの各重要問題で、安倍政権の方針を法的に承認したものと解釈されてしまうからだ。まさに「キャッチ=22」である。このたびの選挙は間接民主制の弱点を悪用した、戦後史を劃する「大策謀」としかみえない。飼い主が投げた餌を尻尾をふってくわえにいく犬。安倍はそのように選挙民をみくだしている。わたしは現時点で、安倍の策謀としての選挙にいくよりも、明日12月6日の秘密保護法反対デモに参加するほうがはるかに、はるかに重要だとおもう。自身をせめても納得させることができるのは、どのみち空虚さはまぬかれえないにしても、後者なのだ。投票日12月14日は、昭和天皇が中国侵略「皇軍」による南京攻略成功を大いによろこび、祝いの「お言葉」を発してから77年目の日である。安倍は知るまい。6日のデモでどれほどあるけるか予行練習してみた。50メートルはいけるか。夕刻になるとあるけなくなるのが怖いけれど、ぜったいに参加する。これはあくまでもわたし個人の問題である。M.Sとコビトに感謝する。エベレストにのぼらなかった。(2014/12/05)

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ボケ2.jpg 2014年12月06日

・14日の後も日常はなにごともないかのようにながれてゆくのだろう。時間のながれと継起にはっきりと目印があったり、ゴチックで警句がしるされていたためしはない。歴史はせいぜいよくても後知恵である。心におもい浮かぶことごとと現前するできごとが一致することは、めったにはない。ほとんどない。共時性はたいていは錯覚だ。14日の後にも懈怠はあり、おのれのみのみみっちい安堵も、あのれのみのいじましい幸福感とやらも、14日の以前のようにあるだろう。だが、わたしには14日の後は「実に恐ろしく青く見える。恐ろしく深く見える。恐ろしくゆらいでみえる」(賢治)のだ。ものごころついてからこれまで、これほど危険な政権をわたしはみたことがない。弱者、貧困者をこれほど蔑視し侮った政権を知らない。この国の過去をこれほどまでに反省しない政権は自民党でさえめずらしい。これほど浅薄な人間観、これほど浅はかな世界観、これほど歪んだ歴史観のもちぬし、これほどのウソつきに、ひとびとがやすやすと支配されているのをみるのは、ものごころついてからはじめてだ。以上のような理由で、わたしはこれから秘密保護法反対、安倍政権打倒、ろくでなし子さんら不当逮捕反対、言論弾圧・干渉粉砕(スローガンは個人のイメージです)のデモに参加しにいく。デモ前の集会主催者や「文化人」あいさつなどセレモニーぜんぱんは超ウザくて、戦意喪失するので、ぜんぶさぼるつもり。デモのみ、あるけるだけあるく。2004年に倒れてからデモに直接参加するのははじめて。それでは。(2014/12/06)

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タクシー.jpg 2014年12月07日

・「しばらくまえまでコーンがあったけど、もうぜんぶなくなってますよ」。若い運転手が言う。コーンってなんだろう。ひとしきりかんがえて、かすかにわかりかけるのと、いやな予感がするのとが同時だった。ひょっとしたらもう終わっているのではないか。いや、そんなはずはない。デモ出発15:50。事前に電話で訊いたら、あいさつが長いので、たいてい30分かそこらは進行が遅れるという。そういうものであることはこちらも知っている。デモの参加者が最低でも5000人なら、最後尾がうごきだすのは早くたって16:30以降にちがいない。たおれるまえ、学生を連れてここにきたのは有事法制反対のデモで、緊迫感こそなかったが、6000~7000人はいた。今回は野音で「大集会」後デモとビラにあったから、この情勢である、10000人はくるかもしれない。「ひとごみがすごいので押しつぶされないように気をつけてください」。Oさんからメールもきた。1週間ほどまえからこの日にそなえて歩行練習もしていた。ジグザグデモや乱闘になったらどうしよう。むかしの経験をたぐりイメージトレーニングもしてきた。シミュレーションというのか。紺色の4機の部隊が目にうかぶ。運動部の更衣室みたいな汗のにおい。アルミの盾がガシャガシャぶつかる音。連中は威圧するためにわざと盾で音をたてる。4機が駆け足。ザックザック。盾の角で頭を殴られ、気をうしないかける。警棒だと、こちらがヘルメットをつけていても、気絶しかねない。機動隊員のぶあつい靴で膝を蹴られ、倒れたところを、左の人差し指を踏みつけられて、指が折れた。以来、左人差し指はL字に曲がったまま。餅つきのように殴られたな。なんども。恨んじゃいない。わたしは鉄パイプも角材も火炎瓶ももっていない。もっているのは、一応、逮捕にそなえ、若干のお金と携帯と障害者手帳だけ。「脳出血、脳梗塞による右半身不随(2級)」。2泊3日を想定し、下着も新しいのをつけてきた。デモ隊の尻尾くらいはみえてもよいころだが、みえるのはクリスマスのイルミネーションばかり。白内障の目がチラチラする。クリスマスツリーが爆発している。タクシーをおりる。機動隊どころか、交通警察官もパトカーもDJポリスもいやしない。通行人にたずねる。アベックに。デモ?えーっ、なに、それ、知りません。わたしの姿に怯えている。途方にくれる。小さなデモがあるにはあったが、すぐに終わったらしい。かわたれどき。左手で電柱につかまる。からだをささえる。どうしようか。空のふちは灰色に沈んでゆき、その街のたそがれに、わたしは溶けてゆきそうだ。「おじいさん、おじいさん……」。落ち着いた女の声。「お家わかりますか?」。ふりかえると、顔の大きな女性のタクシー運転手。車を停めて近づいてくる。白い手袋。がたいの大きいひとだ。「おじいさん、お家わかりますか?話せますか?」。わかる、と答えると、「番地言えますか?」と問うてくる。半分は暗記しているけれど、ぜんぶは言えずにモグモグする。身障者手帳をみせると、ああ、よかった、ここに送りますね、と言いざま、わたしを横抱きにするようにしてしてタクシーにはこび、後部座席に乗せる。すごい力だ。かすかにカツオ節だしのにおい。それが運転手のにおいか、まえの客のにおいかわからない。タクシーうごきだす。うしろからみると男のようにたのもしい肩幅だ。女の運転手、前をみたまま、わたしに聞こえるようにつぶやく。はっきりと。一語一語。「夜は、あやしく、おちいりて……陰極線の、しい、あかり……」。僥倖だ、これは僥倖だ。わたしの口がとつぜん、くちばしっている。「運転手さん、ぼくとケッコンしてください!たすけてくださいませ」。女静かに応答。「だめなのよ、おじいさん。わたすぃ、ラオス人のおっとせーがいるのよ」。亀戸(平井だったかもしれない)の女のアパートに連れていかれる。畳にしいた布団で、ラオス人の障害者があおむいて寝ている。口の端から涎をたらしている。女の運転手、キチンから松前漬けと日本酒をもってきて、のものも、と言う。ラオス人の障害者が泡を吹きながらフエーヒエーと、なにか訴えた。女の運転手「うるさい、バカ!」と一喝。わたしたちは数の子がそれはいっぱいにはいった松前漬けをパリパリと食べながら、冷酒をのんだ。そうしたら眠くなった。女の運転手がラオス人の障害者の隣に布団をのべ、わたしを寝かせ、じぶんも横になり、川の字になったところで、ちあきなおみの「赤い花」をうたいだした。ちあきなおみそっくりだ。涙がでてきた。おじいさんもいっしょにうたお。女の運転手が耳もとで誘う。「赤い花、暗闇のなか……」。フエーヒエー。ブクブク。いっしょにうたって寝た。ラオス人の障害者がよこでフエーヒエーとまた声をだして泡を吹いていた。そこから先は記憶がない。けふ、エベレストにのぼった。それから神奈川新聞の桐生記者がインタビューにきた。3時間くらい。顔の大きい女のタクシードライバーのことは訊かれなかったので言わなかった。肝心なのはそれだけだったのに。あとはみんな、どことなくインチキであった。(2014/12/07)

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タクシー2.jpg 2014年12月08日

・12月10日の秘密保護法反対集会には、昼の部か夜の部のどちらかに参加しようとおもう。6日、寒天下、まるで揮発するように終わったというより、痕跡ものこさず消えてしまった「お焼香デモ」のリベンジを、個人的には果たさなければならない。当日は官邸前になんとかたどりつくこと。折りたたみ椅子をゲットすること。6日は皇居乾門に7万人がきたというじゃないか。有楽町に長蛇の列ができていたので、てっきりデモだとおもってならんだら、年末宝くじの売り場だった。わたし(たち)はかつてない屈辱の冬をすごしている。安倍がたか笑いしている。官邸前にいくことは、なにもわたしがだれかに課された絶対命題ではない。いかなくてもいい。たぶん、そこにいくことにはなんの効果もないだろう。無意味かもしれない。6日に味わった失望と空しさ、疎外感が、きたるべき10日にもまちがいなくまっているだろう。だからこそいこう。打ちのめされるために。やがて到来するだろう未知の光景の手がかりを求めて。やがて到来するだろう未知の光景は、決して「希望」ではない。虐げられている者らが、さらに虐げられる光景である。虐げられている者らが、さらに虐げられても、だれも意に介さない、意に介さなくても済む光景である。それは、いっさいのことがらが、それぞれの「私」抜きに、すでに「他」によって決定されてしまっている状態でもある。その状態からは〈きたるべき戦争〉のにおいがするだろう。それなのに、昨日のような今日、今日のような明日の自動的連続と自動的進行と自動的強制を、わたしは黙って受容できるかるかどうか。安倍は〈きたるべき戦争〉のにおいを、これまでのだれよりも慎みなく、無遠慮にまきちらしている。これを〈不条理な運命〉としてがまんしろというのか。いっさいが相談もなしにすでに決定されている、この〈不条理な運命〉にあらがうこと。それは戦争に抗することでもある。わたしにはまだそれに抗する力がのこっているかどうか。わからない。〈非人称のただの存在者〉にすえおかれた状態からたちあがり、それぞれのやっかいな「私」を立証するための、あがき。あがくべきである。べつに10日官邸前にいかなくてもよい。しかし、失望と空しさ、のっぴきならない疎外をたしかめるために、わたしは10日、官邸前集会にいく。エベレストにのぼった。(2014/12/08)

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完全版 1★9★3★7 イクミナ (上) (角川文庫)
完全版 1★9★3★7 イクミナ (下) (角川文庫)です。


 

辺見庸さんの『増補版1★9★3★7』と、
堀田善衛さんの『時間』(岩波現代文庫)です。 


 

辺見さんの『1★9★3★7』(イクミナ)です。 

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辺見庸 (日録1ー9)私事片々 2014/11/18~と、(日録1―10) 雑談日記Archive

 「(日録1―1)私事片々 2014/08/30~」を、今までと同様アーカイブ保存しておきます。

 なお、辺見庸さんの(日録)私事片々の雑談日記Archiveを始めようと思ったメモなどはこちらで。辺見さんがよく言う「エベレスト」についてはこちらで

 以下、辺見庸ブログの(日録)私事片々をすべてアーカイブ保存しておきます。写真が多いので、2エントリーずつアップします(表示順は元ブログと同じく上から降順です)。

 

2014年11月25日
日録1―10

 

私事片々
2014/11/25~
http://yo-hemmi.net/article/409541112.html

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公園のキノコ.jpg 2014年11月25日

・いったい、いつからニッポンは「いまのように」なってしまったのですか?友人Hさんに訊かれた。「いまのように」というのは、憲法を無視し、9条をまったく歯牙にもかけず、歴史修正どころか、歴史の完全塗りかえ路線になったことを指すらしい。即答できなかった。喉もとには「ニッポンには歴史がないのだよ」という、捨てばちみたいなことばが浮かんだが、言わなかった。日本書紀伝承による神武天皇即位の日を「紀元のはじまり」とした「紀元節」(2月11日)が、天皇制維持のためのフィクションであること、1872 (明治 5)年にそれが国民の祝日とされ、その後、延々と「紀元節」が祝われ、とりわけ1940(昭和15)年には宮城前広場で内閣主催の「紀元二千六百年式典」が盛大に開催されたこと、ここに「神国ニッポン」の祝賀ムードが全国で最高潮にたっし、学校では「皇紀2600年奉祝曲」がうたわれたこと……は、ニッポン近現代史が、検証に検証をかさねられた客観的史実ではなく、「天皇制と戦争」によってゆがめられ、〈真実を無化された時間〉であることを証している。敗戦後の1948 年(昭和 23)に「紀元節」は廃止されたのだが、これとて、民衆の主体的意思と抵抗で廃止したのではない。GHQによってやめさせられたのだった。しかし、権力者だけでなく、かなり多数の民衆も、「紀元節」の情念にこだわり、「建国をしのび、国を愛する心をやしなう」とかいう趣旨で、1967 年(昭和 42)から旧「紀元節」を「建国記念日」として復活させてしまった。黒い魂の国家権力だけでなく、多数の人民も大メディアも、「神国ニッポン」のフィクショナルな心性にそまった「紀元節」からいまだにはなれることができないでいる。少なからぬ国会議員がげんざいでも西暦ではなく、「皇紀」(元年は西暦紀元前 660 年にあたるらしい!)で年をかぞえているのだ。「サムライジャパン」に「なでしこジャパン」。そんな国にそもそも歴史なんてしゃれたものがあるのかい?そうHさんに言いたかったけれど、若いひとたちの責任ではない。〈無歴史状態〉の責任は先達にある。堀田善衛「……満州事変なんていっても、いったい、いまの若い人たちが、それについてなにかを知りたいと思ってもちゃんとした歴史の本があるのかしら。きちんとした、日中戦争史さえないんじゃないでしょうか」。武田泰淳「あまりないですね」(『私はもう中国を語らない』73年、朝日新聞刊)。そのとおり。テクストはないのだ。じぶんでさがすしかない。戦後史ならいくつかある。そのひとつは、ジョン・ダワー著『敗北を抱きしめて――第二次世界大戦後の日本人』(Embracing Defeat:Japan in the Wake of World War II )。ピュリッツァー賞受賞のこの本を、首相Aは読んでいまい。「たしかに多くの日本人がほとんど一夜のうちに、あたふたとアメリカ人を礼賛するようになり、『平和』と『民主主義』の使徒となったかのような有様をみると、そこには笑うべきこと嘆くべきことが山のようにあった」。「平和」と「民主主義」は、似たようななにかがあるにせよ、戦ってかちえたものではない。じつはなにもかちえていないのだ。ふしぎな身ぶりとたちまわり(変わり身)の方法のほかは。だからこそ、ニッポンの「平和」と「民主主義」はいまだにインチキである。「たとえば原爆が投下された長崎においてさえ、住民は最初に到着したアメリカ人に贈り物を準備し……またすぐ後にも住民たちは、駐留するアメリカ占領軍軍人とともに『ミス原爆美人コンテスト』を開催したのである」。こうした歴史の大事な細部を、ロードアイランド州生まれの米国人の著書で知っておどろく、ということそのものが、わたしたちが〈自画像〉を欠く(あるいは鏡の奥をみたがらない)習性のもちぬしであることをしめしている。勉強家のHさんは、すでに目を皿のようにして読んだにちがいない。「終戦に至るまでに日本人は――日本の男たちのほとんどは、ほぼ確実に――帝国軍隊による破壊と残虐行為についてなんらかの知識を得ていた。何百万人もが海外に出ていたから、必ずしもみずから残虐行為に及ばなくても、そのような犯罪を目撃したり、噂に聞いたりはしていた」。こんなことを外国人の学者に言われるまで気づかないか気づかぬふりをするほど、ひとびととその政治的指導者は「集団的痴呆症」(ダワー)だったのか。いまもそうなのではないか。Hさんはこの本の「下」第16章の注(3)をお読みになっただろうか。それはこうです。「ドイツのユダヤ人とちがって、日本人が犠牲の対象にした人々――朝鮮人、中国人の労働者や「慰安婦」のような日本人が身近な関係をもった人々も含めて――は、日本社会の一員として受けいれられたことはなかった。『汎アジア』なるものは、ほんのわずかの例外を除いて、まったくの宣伝文句にすぎなかった」(436頁上段)。「日本人以外の死者には顔がないままだった」(289頁)のだ。首相Aのだいすきな「御英霊」とは、顔をはぎとったおびただしい他者の屍体の群れから、ゆらゆらとくゆりたつ戦中、戦前の幻である。ジョン・ダワーは東条英機を「巨大な愚者の船の船長」と形容した。おなじことばを安倍晋三氏に冠するのが妥当か妥当でないか。学生とかたりあうのも一興かもしれない。歴史をほんきで論じるとしたら、わたしたちがいまも血みどろの戦場にいるというイメージからはなれることはできない。教員だろうが記者だろうが学者だろうが、わたしのようなただのグウタラだろうが。雨。エベレストにのぼらなかった。(2014/11/25)

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バンブー.jpg 2014年11月26日

・「戦後」というものをみまちがえて、ここまできたのだな。このところ、そんなおもいがつよい。悔恨というのとも痛恨とも似ているが、ことなる。ずいぶんマヌケだったなあ……という虚脱感にちかい。『時間』も「審判」も再読した。『方丈記私記』も『上海にて』も『滅亡について』も。まるではじめてのように、おどろきつつ読んだ。読書というのは、おもしろい。時代と場で読後感は変わる。さいしょにそれらを読んだとき、ケツメドAはいなかった。集団的自衛権行使容認の閣議決定などかんがえられもしなかった。「恵庭事件」というのがあった。1962(昭和 37)年北海道恵庭町の陸上自衛隊島松演習場そばの牧場のオーナーらが、演習の騒音に怒って、通信連絡線を切断し、罪に問われた事件。裁判で「自衛隊の合憲・違憲」があらそわれたのだが、67年、無罪判決!東京のバカダ大学というところであそんでいたわたしは、「法学概論」の若い講師が、顔を紅潮させ目をうるませながら、無罪判決を評価する講義をしたのを聴いて、ひととしてなにかマトモで正常なものを感じたものだ。札幌地裁判決は無罪を言いわたしたが、「自衛隊の合憲・違憲」判断につては、被告人の行為が無罪である以上、憲法判断をおこなう必要はないとして、回避したのだった。ヘリクツというのか、ものは言いようだが、裁判官もかなりマトモで正常だった。検察は上訴をせず、無罪が確定。新聞は「肩すかし判決」と批判もしたが、自衛隊違憲の論調が主流か過半をしめていたのだ。自衛隊が違憲かどうか議論していたのだから、集団的自衛権行使などもってのほかだったのだ。新聞社にもまだマシな記者がいた。ケツメドAは13歳かそこらの、たぶん、あどけないお坊ちゃまで、ケツメドなどという理不尽なことをいわれなかったころである。もちろん、秘密保護法なんてとんでもないシロモノもなかった。そのころ、武田泰淳も堀田善衛も梅崎春生も中野重治も埴谷雄高も大江健三郎も、読んだ。安心して耽読した。感心した。いま、あどけないお坊ちゃまが手のつけられないケツメドになり、また『時間』や「審判」を繰りなおし、初読のようにおどろきはしたが、なんていえばよいのだろうか、えっ、こんなもんだろうか、こんな書き方で済むのか、お気楽じゃないのか、というきもちが抜けないのだ。比較は不可能だが、フランクルやレーヴィの深度と重さが、期待するほうがおかしいのだろうけれど、ない。「人間存在の根源的無責任さ」と堀田は『方丈記私記』に書いたが、そういうことで戦争を全般的に総括し、その手法で、じぶんという「個」や天皇ら他の「個」の無責任を全的に救済し、ガンバレニッポンというどくとくの「戦後」をこしらえたのだろう。短篇「審判」へのおもいは『時間』より深い。武田という人物と自称リパブリカンの堀田さんという人間の、人間観、宇宙観、疵のちがいからか。「審判」に、分隊長が「おりしけ!」と兵隊に命じるシーンがある。「おりしけ!」。なんだか耳の奥に聞きおぼえがあるような、ないような。怖い。また父をおもう。空気銃でスズメを撃った。わたしはあたったためしがなかった。父はひとがかわったようにおしだまり、痩身を鈍色の空気に溶けこませ、まったくの無表情になって銃をかまえ、スズメが気の毒になるほど弾をすべて命中させた。かれは「プロ」だったのだ。あたるとスズメはにこ毛を宙にパッと散らし、口を半開きにして瓦の屋根をコロコロと転がってくる。赤い舌がちろっとみえた気がするが、そうおもっただけかもしれない。「審判」に再三でてくる「鉛のような無神経」は、あれとつながっていないだろうか。若いころに感じなかったことを、いまはビリビリと骨に感じる。復員後、父はあの無表情でパチンコばかりやっていた。スズメを撃つときとおなじあの目で。ひとりで。前後するが、少尉になったとき、軍刀をじまえで調達する必要があったという。歯科医の伯母がお金をだして買った立派な軍刀を「佩用」していたらしい。よく斬れる刀だったろうな。なにを斬ったのか、なにも斬らなかったのか。伯母は立派なひとだった。勤勉で、不正をにくみ、貧者からは治療費をとらない、山を愛する女医だった。伯母は立派な姉として父を戦地におくりだした。父の写真。そうおもいたくなくても、眼鏡なども、東条英機にどこか似ていた。戦後、父は記者にもどった。けれども、堀田や武田のように達者に書きはしなかった。書けはしなかった。「人間存在の根源的無責任さ」なんて、書きも、言いもしなかった。黙ってパチンコをしていた。それでなんだかたすかったともおもう。もしも、父が、堀田のように「人間存在の根源的無責任さ」などと大層なことを書き、わたしが読んだりしたら、こっ恥ずかしくて、生きてはこれなかっただろう。わたしは戦後70年をみまちがえて、70年を生きてきた。敗戦後の70年という時間は、想像をはるかにこえて、ものごとをほとんどすべて腐爛させてきたのだ。それがあまり読めなかった。エベレストにのぼらなかった。(2014/11/26)

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歩道の紅葉.jpg 2014年11月27日

・「京都学連事件」というのをごぞんじだろうか。「治安維持法」と「普通選挙法」は、ジャパンでは、じつはおなじ年(1925 年=大正14)にできた(!)のだが、そのころの話。日本の「内地」では最初の治安維持法適用事件として、むかしはとても有名だった。「内地」ではなく「外地」とよばれ、ヌッポンの植民地支配下にあった朝鮮などでは、治安関連法適用ないし無理無法逮捕拘禁拷問虐殺処刑事件はいくらでもあったから、治安維持法正式適用は「内地」では最初というわけだ。ケツメドorケツメドグループ(KMG)よ、しっかり読んどけよ(ところで、げんざい勢力拡張中のKMGによくよく注意せよ!)。1925年12月、京都府警察部特高課は京都帝大、同志社大ほかの社会科学研究会(社研)会員の自宅、下宿などを急襲、家宅捜索して学生ら多数を拘束した。しかし、京大寄宿舎で立会人なしの捜索をおこなったのは許せないと大学当局が猛抗議、府知事は謝罪して学生たち全員が釈放された。このあたり、なんといいますか、いまよりよほどマシ。だが、特高がこれでひきさがるわけはない。翌年1月には東京検事局が指揮をとり、新聞報道をさしとめたうえで、各警察特高課を動員して全国的な社研会員の一斉検挙がおこなわれた。そのさい、京大の河上肇、同大の山本宣治、関学の河上丈太郎ら教員についても家宅捜索。検挙された学生のうち約40人が治安維持法および出版法違反、不敬罪で起訴された。まえおきがえろ長うなってしもて、すんまへん!このとき、林房雄(東大)も検挙、起訴され、禁固10か月の判決がくだされている。著名なるジャパンの作家、バリバリの右翼文芸評論家だった林房雄は、つまり、若き日、左翼だったのだ。林は、東大中退後、プロレタリア文学の作家として出発するも、1930年にまたも治安維持法違反で逮捕され、豊多摩刑務所にぶちこまれて、1932年 、ごたぶんにもれず、「左」→「右」へと思想「転向」して出所する。ほんでもって、1936年には、ぬけぬけと「プロレタリア作家廃業宣言」を発表。これまた、サムライジャパンのまことにもってサムライらしからぬ、恥ずかしいといいましょうか、みっともないところなのだが、ヨミウリのナベツネなる老人もチンケな転向組だし、むかしの政・財界人、作家連中には元共産党員の転向者がすくなからずいたことは、ヌッポンチャチャチャの思想史の、世界にあまり例をみない、「かくもかろきナゾ」として、若き学生諸君には(やらんだろうけど)いっそう研究にはげんでいただきたい。おっと、また脱線。言ひたいのは、林房雄のこと。1963年には『中央公論』に、あんれまあ、『大東亜戦争肯定論』を発表、大いに物議をかもした。ヌッポンとは安倍晋三氏がなんと言おうとも、戦犯が平気で首相になったり、「ペン部隊」の一員として戦争賛美詩を書きまくった詩人(佐藤春夫)が戦後、恥ずかしげもなく文化勲章(やるほうもやるほう、もらうほうももらうほう!)をもろたり、美しくもなんでもない、思想もなにもあったもんじゃない、ただただハチャメチャな「神国」なのであります。ところがだ、林房雄はただの右翼じゃなひ。漢字もろくに読めない、いまの右翼や新聞記者やサルなみの大臣(アソー)どもとちがい、なにしろ、それなりに筆がたつ。「武装せる天皇制――未解決の宿題」なんかは、わちきも夢中で読んだものだ。てわけで、ケツメドが蛇蝎のごとくきらう(ケツメドよ、そんなにきらわなくたって、朝日は創刊以来いっかんして権力と皇室の味方なんだぜ)朝日新聞が月一回の『文芸時評』を、こともあろうにだ、『大東亜戦争肯定論』の林房雄に担当させるわけである(63~65年)。ふう……。ああ、疲れた。で、右翼の林が朝日の『文芸時評』で、南京大虐殺をテーマにした榛葉英治の小説『城壁』を「絶賛」するというから、歴史ってまさにあざなえる縄のごとくに、複雑といいますか、意想外といいますか。『城壁』は1964年、河出書房新社から箱入りの立派な単行本(装幀・朝倉摂)として刊行される。そのオビ(裏)にはこうある。「林房雄氏絶賛―――――朝日新聞『文芸時評』より(改行)『南京大虐殺事件』は『黒いナゾ』として永久に残った形になっている。これはいけないことだ。日本民族の自信を喪失させ、未来への前進の可能性をはばむ暗雲は日本人自身の手によってはらいのけるべきだ。悪は悪、罪は罪として認めなければならぬ。作者は可能なかぎりの調査と集めうるかぎりの資料のうえに、この小説を組みたてている。勇気を要する仕事によって、国民は次第に事件の『真相』に近づいて行く」。オビ(表)には「世界の歴史は戦争の裏面にあるこの真実をつたえていない(改行)『粛正せよ』の命令が意味するものは何か?捕虜の処置をめぐる人間性のすさまじい葛藤のなかに戦争の本質を鋭く抉った力作……『文芸』一挙掲載分に加筆600枚の大長編!」。南京大虐殺という巨大な風景はじつに奥が深い。堀田、武田らを読んだあとでは、ついてゆくのにいささか忍耐のいる文章ではあるが、というわけで、『城壁』をいま読んでいます。エベレストに2度のぼった。下の店でコビト、犬とパスタ食う。ピロリ菌退治後のbig fat shit(長さ約35センチ)を、コビト目視にて確認。賛嘆。通夜の客に自慢するらしい。あっ、撮影し忘れた。(2014/11/27)

SOBA:上記辺見さんが言及している「全国的な社研会員の一斉検挙」「京大の河上肇、同大の山本宣治、関学の河上丈太郎ら教員についても家宅捜索」など、治安維持法下の社会で翻弄され殺された山本宣治を描く映画、山本薩夫監督の「武器なき斗い」 ←を「辺見庸 私事片々 番外編」で紹介

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ギンモクセイ.jpg 2014年11月28日

・「噴飯物」ということばがあった。「自明」ということばもあった。よくつかった。林房雄は噴飯物で、平和や民主主義みたいなものは、それらの中身をよく吟味しなくたって自明であると、なんとなくそうおもっていたのだった。南京大虐殺、万人坑、慰安婦、強制連行……はいまさら論じるまでもない、自明の歴史的事実であり、平和や民主主義みたいなものは、空気のようにここにおのずからあるものであって、エキセントリックな噴飯物たちは衆人の嘲笑のうちに消えてゆくものとばかりおもっていた。人間においてはなにひとつたしかなものはない――と、アラゴンの言った意味をよくわかってはいなかったのだ。安倍晋三氏のような現象とそこからくる社会的浸透圧のつよさをあまり想定したことはなかった。群衆や民衆やマスメディアはずいぶん愚かだなものだ。そう、ときどき感じてはいても、ほんとうにここまで「個の魂」を失うとまでは想像していなかった。人間がここまで徹底的に、完璧に、通信機器の端末と化し、資本の奴隷になるとは、そして、そうなっても毫も堕落を自覚しないとは、本では読んだけれども、予測はしていなかった。じぶんは戦後をみあやまってきたな、という慚愧の念は、こうしたところからもきている。林房雄を読んだのは勉強のためではなく、たしか、あざ笑うためではなかったか。ところが、読んでいてヒヤリとした箇所がいくつかあって、笑うどころか唇が凍えたことが忘れられない。それは、「武装せる天皇制」ということばだった。転向右翼・林房雄は「天皇制が日本人の土俗の深層から発生して、その中に深く根をおろしつつ存続しているものであるかぎり、その本質を常に平和的なものだと規定することはできない。/祭司も神官も民族の危機においては武装する。戦争が発生すれば、その総指揮官となり、終れば再び平和な祭司神官にかえる」と述べ、「明治維新から昭和敗戦に至る三代の天皇制は明らかに武装していた」と書いた。南京攻略の戦争宣伝記録映画をみていて、戦慄し、この文をおもいだした。帝国軍隊は大虐殺の現場に神官や坊主をつれていっていた。将兵と神官らは血なまぐさい虐殺現場で神事をとりおこない、南京攻略成功をだれよりも大元帥陛下=天皇に、「遙拝」という形で報告していたのだった。林は書いた。「天皇制がもし解消され消滅する時があるとすれば、それは日本国民が天皇とともに地球国家の中に完全に解消するときであろう。/その時期がいつであるか、どれほど長い、または短い時間の後であるかは、神のみぞ知る」。地球国家のなかに解消する、とはどういうことか。わからない。バカめ、なにいってやがる。若いころはそうおもった。が、この一行にすぐにつづくセンテンスには心底ゾッとした。「そこ(天皇制解消)に到る前に日本国民が再び天皇制を武装しなければならぬ不幸な事態がおこらないことを、私は心から望んでいる」。まんざら〈天皇制の再武装〉を望んでいないわけでもない口吻が気になってしかたがなかった。転向右翼・林は、火野葦平や尾崎士郎らとともに、戦争協力により、文筆家として公職追放された人物である。そのために戦後しばらく仕事をほされていた林房雄を、朝日新聞は63年から65年まで文芸時評担当に起用する。「戦後の変質と劣化」は、政治、思想、文化がもたらしただけでなく、それいじょうに、かつて戦争をあおりにあおったマスコミが誘導していたのだった。朝日によって「市民権」をえた林房雄が執筆した『城壁』にかんする文芸時評(64年7月28日)をあらためて読んでみた。バカヤロウ、なにいってやがる、とおもった。やはり噴飯ものだ、こいつは。ジャパンの戦後はかほどにイカサマだった。ヌッポンチャチャチャという国の人間たちは、天皇から役人、民草まで、わがこととして戦争や虐殺を痛烈に恥じ、死ぬほど恥じいり、他でもない、わがこととして反省したことは戦後ついぞなかったのだ。だからこそ天皇制はしたたかに残り、ニッポン再武装は戦後最高水準にたっし、ケツメドどもがいま跳梁跋扈しているわけである。エベレストにのぼった。(2014/11/28)

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スキャン.jpg 2014年12月01日

・gaga病院。コビト。血液検査、X線、心電図、エコー。カフェ・緑の陰。雨でLSVあるけず。『城壁』もう食傷気味だが続行。レッドパージ。朝鮮戦争。下からの全体主義化。エベレストにのぼらなかった。(2014/11/29)

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ボケ.jpg 2014年12月01日

・『生きている兵隊』の「伏字復元版」はグッドアイディアだ。集英社の「昭和戦争文学全集」で読んだときと作品のおもむきがすっかり変わった。伏字を復元するだけでなく、その箇所に傍線をほどこすことで、検閲者の視線と意図がすかしみえてくる。隠蔽――は、戦時だけではない、そして権力だけではない、天皇制国家の人間がもってうまれ、いまもひきついでいる隠微で卑怯な生理だ。隠蔽は暴力をせおっている。「生命とはこの戦場にあってはごみ屑のようなものである」。伏字だった傍線箇所の裂罅の闇に、なにをみるか。はるばる来訪したMさんとミスドでこんだん。エベレストにのぼらなかった。(2014/11/30)

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枯れ葉の原.jpg 2014年12月01日

・武田「・・・・・・・日本人の場合は無間地獄に堕すんだな。キリスト教がないということ。仏教というのは、かなり慈悲の心があるはずなんですけれども、仏教では殺人を止めることが、ついにできなかった。これは宗教の問題として、とっても大きいと思うんだ。じっさいに中国の民衆を守ったのは、中国人自身のほかはキリスト教の牧師だね、民衆を保護したよ」 堀田「村の人ぜんぶを教会に収容したら、その教会に日本軍は火をつけちゃった」 武田「うん、そういうことがある。それは文化の問題ですね。そういう面を、現実的な視野において日本を考えた場合には、現在まだ直っているかどうかということは、わからないな」(73年『私はもう中国を語らない』)。かつてじっさいにあったことを「あった」と主張すること。かつてじっさいにはなかったことを「あった」といいはること。かつて歴然としてあったことを「なかった」としらばくれること。歴史はこうしていま、おおむね3つの虚実の光の波にもまれている。不可視の〈内面の内戦〉といえるほど、それは深刻な闘争である。かつてあったことを「なかった」こととして〈公的に裏づける〉、すなわちニセの歴史を生かされるのが、存外に容易であることには、おどろかざるをえない。Aの問題とはそういう問題でもある。エベレストにのぼらなかった。(2014/12/01)

 

2014年11月18日
日録1-9

 

私事片々
2014/11/18~
http://yo-hemmi.net/article/409099823.html

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FLGW の青空11月17日.jpg 2014年11月18日

・けふもルーペと赤鉛筆と『時間』をポケットにいれてダフネ1号店へ。じぶんはどうしてこうまで『時間』にこだわるのか。それはもうわかっている。あらましわかってはいるのだけれども、どこかに見おとしはないか、歳月になんとか堪え、かすれ、消えかかった小さな活字を一字一字ルーペでたどる。『時間』が文学的に、とくにニッポン文学的に、どれほどすぐれた作品か否かなどにはまったく関心がない。天皇の名において戦った15年戦争の心的、思想的堕落、あきれるほど中途半端な反省ないし無反省と、それゆえ引きずってきた70年におよぶ「戦間期」文化の空洞と腐食。それらを徹底的に対象化し、食らいついたものなど、文学にせよ思想にせよ、読むべきテクストは唖然とするほどすくないのだ。『時間』もむろん、ベストのテクストとはとうてい言いがたい。それを承知で精読したわけは、〈南京大虐殺とニッポン知識人〉の関係がどうであったかを知りたかったからであった。殺人・掠奪・強姦の3語(それのみ、あるいは加うるに、暴行、放火)がおおいつくす 1937 年(昭和 12)12 月から翌年 1 月にかけての出来事が、その後のニッポンの思想文化にどのような影響をあたえたか――これはなんとしても逃れることのできない主題でなければなかったはずである。アドルノふうに言えば、南京大虐殺後に「詩」はあってはならなかったのだ。『時間』は、この国ではそれさえじつにまれなことなのだが、その事実をそっちょくにみとめてはいる。殺・掠・姦・賊・酒・狂酔・逼淫――おびただしく、おぞましいその事実をみとめたら、つぎの思念の作業は、理のとうぜん、あれらの事件を可能ならしめたニッポン(またはニッポン人)とはなにか、天皇とはなにか、〈すめらみくに〉とはなにか、皇国史観とはなにか、〈ますらお〉とはなにか……の諸テーマにうつるべきはずのものであった。堀田善衛のいう「記すに堪えないからこそ記しておかねばならぬ」「嗜虐症的な征服支配の時代の病例」が、皇国ニッポンとニッポン人による南京大虐殺だったのだ。歴史も文学も報道もまさに「記すに堪えないからこそ記しておかねばならぬ」ものなのだ。だがしかし、堀田の『時間』は、堀田じしんの持論を見事にうらぎる。ここにはあるしゅの詐術がある。偽計といってもよいかもしれない。主人公をニッポン人ではなく外国渡航歴もある中国人インテリにしたのは、まあよい。だが惨劇を日々目にし妻子を日本兵に犯され殺されたこの主人公は、ふしぎなことに、淫獣と化した日本兵の餌食になる中国人についてはあれこれ論じつつも、「記すに堪えないからこそ記しておかねばならぬ」はずのニッポン兵の淫縦のよってきたるゆえん、かれらが負うた精神、すなわちニッポン論をはぶくのである。わずかに中国(人)にたいする「烈しい憎悪、軽蔑、それに、異常なまでの劣等優越両様のコンプレックスが渦巻いている」日本人将校の内面が表現されてはいるものの、まったくふじゅうぶんだ。ニッポンは国家と人民のために戦争をしたことはなかった。天皇のために、天皇の名のもとに「聖戦」を戦い、悪鬼もおどろく惨劇をくりひろげたのだった。ならば、皇軍兵士とはなにか。その精神の根はなにか。陛下の赤子とはなにか。堀田はそれらに答えるという危険水域にはいることを、まちがいなく、意識的に避けている。その意味では『時間』は奇妙にトリッキーである。敗戦後の知識人にあって比較的にまともといわれた堀田でさえ、国体=エンペラーを精神の不可視の根にしたニッポン(人)を対象化することが、眼力にうらづけられた技量としてできなかったのでなく、ニッポンどくとくの危険水域として回避したのだ。「某所では日兵が娘を輪姦した。娘は、顔に糞便を塗り、局部には鶏血を注いで難を逃れるべく用意をしていた。けれども、日兵たちも、もはや欺かれはしなかった。彼等は娘に縄をつけてクリークに投げ込み、水中で彼女がもがくのを喜び眺めた」。枚挙にいとまのないこうした悪夢がなぜ現実になったか。この小説の末尾は「……人生は何度でも発見される」である。失笑。わたしは敗戦後70年の、過去になにも学ばなかった空虚とその因をこの末尾にもみてしまう。けふもS君のメールとかれがひとりでつくり、ひとりで撒いたビラを読んだ。匿名的であり、非人称的であることをかれは拒み、そこからの安全な告発をはっきりと拒んでいる。じぶんがじぶんだけに固有である事実をひきうけている。そうすることで危険水域に一歩一歩入っている。ただあるだけの世界とただ存在するだけの自己は、そうすることでひらき、生き生きと活きてきている。エベレストにのぼった。(2014/11/18)

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アカカタバミ.jpg 2014年11月19日

SOBA:以下、辺見さんが言及しているケツメドAと、その略称KMAはピッタリ過ぎ、けれど笑えませんw。

・のっけからビロウなはなしで恐縮である。ケツメドA(以下、あまりにもバッチイのでKMAと略称)が記者会見をするというので、昨晩、犬とともにテレビのまえに座った。ケツメドが会見するとはこれはまた怪異なことではある。だが、この国では古来、政界と禁中とを問わず、異聞奇譚だらけなのであり、ケツメドといふ人体開口部が、それにたかりついてクソのかけらをなめさせてもらっては悦んでいる各報道機関政治部の男女クソバエ記者どもをまえに、なにやらグニョグニョと口のようなものをうごかして発声発語したとしても、しごく不快ではあるけれども、とくにふしぎではない。ふしぎなのはむしろ、テレビに大うつしにされたただのケツメドを、人間の顔のいちぶであると、クソバエ記者どもがうたぐりもなく納得しているらしいことなのである。サタンの肛門に接吻した魔女たちがその〈わけ〉を詰問する審問官にたいし、〈そこにも顔があるからよ〉と答えたという逸話を、クソバエ記者らはむろんしるよしもない。とまれ、KMAはなにか早口でしゃべくりはじめた。これがまんいち顔であるとしたらのはなしだが、それはしばらくみないまに、ずいぶん険阻になっていた。まぎれもない凶相である。賭けてもよい。こいつは大災厄をもたらすだろう。ジョルジョ・アガンベンの〈顔論〉をおもいだす。「真理、顔、露出、これらは今日、惑星規模の内戦の対象である。その戦場は社会生活全体であり、その突撃隊はメディアであり、その犠牲者は、この地上のすべての人民である」。アガンベンの文意は詩的直観なしには理解しがたい。だがしかし、KMAのはなしは、いうまでもなく、何人であれもっているだろう詩的直観を排泄物で窒息死させるようなものである。したがって、KMAがいったいなにをしゃべったのかを、わたしは言語としてはついに解することができなかったのだった。かろうじてひとつだけわかったのは、ケツメドがどうやら辞めるのではないらしいということだけ。わたしはケツメドがケツメドを閉じる、つまり退陣することだけを期待していた。ところが選挙だという。このままでは自公インチキ政権が勝つだろう。KMAは選挙後、集団的自衛権行使の違憲立法も、秘密保護法の強行採決も、原発再稼働も、労働者派遣法の改悪も、労働法制の規制緩和も、すべてあらためて国民の信任をえた、として胸をはって爆走していく気だろう。ただそのためのみの選挙なのだ。そうさせてよいのか。KMAは、消費税増税について、民主主義なので信を問うべきだといってのけた。ケツメドがミンシュシュギをかたるとは、わらわせるじゃないか。だいいち、集団的自衛権行使の閣議決定という重大な政策変更について、KMAはいちどでも民意を問うたか。信を問うたか。クソバエ記者どもはそのことを徹底追及したか。会見で問うたか。問いつめてはいないだろう。やはりクソバエ記者どもはAのケツメドをペロペロなめるしか能がないのである。法人税をひき下げ、消費税を上げ、社会保険料をひき上げ、社会保障をきりすて、介護保険を改悪し、生活保護費をひき下げ、非正規雇用をふやして、貧者をどこまでもしいたげ、富者をよろこばせ、格差をますます拡大し、軍備を増強し、兵器を外国に輸出する――ケツメド政策をだんじてゆるすわけにはいかない。いや、アジビラ調はやめよう。「真理、顔、露出、これらは今日、惑星規模の内戦の対象である。その戦場は社会生活全体であり、その突撃隊はメディアであり、その犠牲者は、この地上のすべての人民である」。この含意をひとりしずかに直観しよう。ケツメドの世界が、〈わたし〉とはなんのかかわりもなく、政治として平気で存在しつづけている――状態を、〈わたし〉への堪えがたい冒瀆、侮辱として怒ろう。悲しもう。いまやるべきは、Aのケツメドに、ぶっとい棍棒をぶすっとぶちこんで、息の根をとめること以外にあるだろうか。ふとかたわらの犬をみたら、もうテレビなどみておらず、ビールマンスピンのかっこうをして、片脚をぴんとあげ、アルマジロよろしく顔をふせてインブかコーモンをなめているのだった。正しい態度かもしれない。けふ、エベレストにのぼった。(2014/11/19)

SOBA:上記、辺見さんが言及しているケツメドA、その略称KMAにピッタリの顔もどきを動画キャプチャで観察(長崎平和祈念式典中継動画)

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ヤツデ.JPG 2014年11月20日

・「生活と自治」誌の連載「新・反時代のパンセ」を執筆。いつのまにか12回、つまり、もう1年がたったということだ。第12回のタイトルは「民主主義の落とし穴」。総選挙批判。むろん、Aをケツメドとは書かなかった。ほんとうはケツメドなのだけれども。週刊金曜日刊の対談『絶望という抵抗』は、装幀のおくれで、来月8日の発売にきまった。風邪気味。犬も元気なし。武田泰淳と堀田善衛の対談『私はもう中国を語らない』(1973年、朝日新聞)は、さいしょつまらないとおもったが、昨夜、落ち着いて読んだら、なかなかおもしろかった。武田は多くを話さないのだが、視線がやはり深い。疑問はあるけれども。南京大虐殺についてもわずかながら触れている。「南京大虐殺」のことばも、ためらいなくもちいられている。それが巨大な事実であったことに、長く重い中国経験者たちがなにも異をとなえていない――これこそ事実の傍証であろう。エベレストにのぼらなかった。(2014/11/20)

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サザンカ2014年11月21日.jpg 2014年11月21日

・コビトから連絡あり。「新潮文庫の中古本『時間』が21日げんざい、Amazonで8000円になっている。ブログにしょっちゅう『時間』のことを書いたあなたが値をひきあげたのよ。アマゾン資本主義の活性化にひとやくかったわけよ!」となじる。唖然。ぼろぼろになったわたしの新潮文庫『時間』15刷はたったの140円。それを古本屋で300円ほどで買ったのだった。それが8000円とは理解できない。Amazonでたしかめると、たしかに8000円。出品者によると「多分初版かと思われます」というので高値がつけられたのかもしれないが、おなじく堀田善衛の集英社文庫『上海にて』の中古が「56円より」となっているのをみると、8000円はいくらなんでも法外な気がする。よいにつけわるいにつけ、出来事、事件、事故、イシュー、論議、非常事態、新現象がおきると、たちまちにしてはたらきだすのが市場原理である。市場原理は内面の刺激=活性化をテコにし、それをバネにし、培養基として、内面を深化するのではなく、じつは資本の運動を活発化していく。歓びも悲嘆も憤怒も感動も、資本の運動に吸収されていくほかない。人間のあらゆる意識(のうごき)は、ハイパーインダストリアルな21世紀資本主義の収奪と活性化のための対象でしかない。無限にカネモウケだけをしたがる、魂なき魂。それが資本の魂であり命である。ひとびとは無意識に資本の魂に従わされ、資本の運動を支えさせられている。社会の主体はもはやプロレタリアートではなく、ファシストやケツメドAでもない。社会の主体は、人間ではなく、いまや資本なのであり、ひととその意識(のうごき)は資本の自己増殖の手段でしかない。と、ここまで、おもいつめるのは、正直せつない。身も蓋もない。だが、冷厳な事実は排除できない。万象を支配している理法すなわち摂理があるとしたら、それは人倫に発するのではなく、銀河系の運動をべつとすれば、資本の法則なのだ。それでは物語にならないので、ひとは資本の〈顔〉をみまいとする。資本の運動と無縁の、うつくしいひとの物語を夢みる。が、それさえ資本の運動の賦活剤だ。あらゆる種類のエモーションは、正しいかどうかでなく、ビジネスチャンスととらえられる。嫌韓嫌中本は売れるからつくられるのであり、つくるべきだからつくられているのではない。新潮文庫の古本『時間』が8000円になったことは、南京大虐殺を背景とした堀田の『時間』の小説的、歴史的価値がみとめられたからではなく、需要に反応して商品価値が一時的にあがり、それに応じて投機的うごきがでたということにすぎまい。Amazonには、どんな美辞麗句をつらねようとも、市場原理と資本の運動(カネモウケ)以外のなにものもない。そのAmazonとどうようにやっかいなのは、Wikipediaというシロモノだ。最近の新聞記者や編集者は足をつかう取材はさっぱりで、のべつGoogleとWikipediaと首っ引きというからおはなしにならない。これもコビト情報で、わたしは不快だからまだみてもいないが、Wikipediaにはわたしにかんする項目もあり、「日本の小説家、左翼運動家、ジャーナリスト、詩人」という肩書きになっているらしい。このうち「左翼運動家」というのは何者かが最近になって、おそらくなんらかの悪意をもってくわえた、新しい「身分」であり、まことに迷惑である。わたしはブログで首相Aを「ケツメド」と書いた作家であり、その事実をかくす気もない。変人といわれようが奇人とよばれようがかまいはしないが、「左翼運動家」ではない。首相Aを「ケツメド」とののしるからには「左翼運動家」にちがいないと断じたのだとしたら、「左翼運動家」の定義(definition)も知らない者の仕業か、例によって例のごとしのネット荒らしだろう。管見では、「左翼運動家」というのは、一国の首相をつかまえて「ケツメド」などと下品に侮蔑するのはマルクス・レーニン主義に反すると自己批判をせまるような、ごくつまらない心的機制のもちぬし(ゆえに、アナザー「ケツメド」)なのである。だいたい、わたしは略歴その他をWikipediaに載せてほしいと依頼したことも、載せてもよいかとWikipediaから問われたこともないのだ。出版社からの年譜の作成依頼さえことわっているわたしがネットに自己紹介をするわけもない。だいいち、Wikipedia所載のわたしの略歴その他はまちがいだらけであり、とてもではないが引用にたえるものではない。全文削除してほしい。けれど、どうすれば削除できるか、調べるのもわずらわしい。まちがいだらけの略歴を載せたのはわたしではないのに、修正、削除のために時間をさくのもばからしい。武田泰淳「……まあ、ぼくら南京大虐殺には、直接参加してませんけれども、つまり兵隊が銃をもつという問題があるんですね。武器をもつと、ふつうの心理とは、まったくちがったものになってしまうことですよ。ふつうの市民として生活してるときは、善良でよき父である百姓や商人が、いったん銃を・・・・・・・」 堀田善衛「銃をもっていると、銃をもっていない人間は、自分たちの仲間じゃない、という感じで相対する、ということになるんじゃないか」 武田泰淳「そう、そう、それは日本人がことにひどいと思うんだ。というのはね、日本人というのは、いつでも外国人を恐れていて、おびえているんだな。そのおびえが反対に軽蔑するような態度で現れてね、恐ろしいからやっつけるんですよ」(1973年『私はもう中国を語らない』)。ヘイトスピーチの源流をおもう。1938年に陸軍省が撮らせた南京の資料映像がとどいた。午後、鉄筆から連絡。『霧の犬 a dog in the fog』がけふ、取次に搬入され、書店に到着しだい、順次発売となる。都心の一部書店では今夜から新刊が店頭にならぶ。関東地域は明日には発売、北海道や九州は、週明け月か火曜日になるという。鉄筆の渡辺氏夫妻が文字どおり孤軍奮闘している。エベレストにのぼった。(2014/11/21)

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ヒル、ダフネに行く途中.jpg 2014年11月22日

・心臓が水をふくんだ荒縄のようなものでつよくしめつけられた。呼吸がみだれ、視界が涙でくもる。なんの涙かはわからないのだ。怒りか羞恥か恐怖か。なんてことだ!わたしたちのいまは、この過去からすこしも途絶えずに今日までつづいているのだ。21日深夜、旧帝国陸軍省と海軍省の「指導」で、国策映画会社「日映」カメラマンが1937年から翌年にかけて従軍撮影、製作した南京攻略・占領の記録映像(56分)を、あえぎながらみた。犬がなぜか映像にむかってはげしく吠えた。屍体はすべて異様なほどきれいさっぱりとかくされているのだから、「残虐な映像」ではないといえばそうなのかもしれないが、それがかえって怖い。わたしはこれ以上に残忍さ、陰惨さをおのずからただよわせてしまっている実録映像をかつてみたことがない。屍体はかくせても、空気はかくせない。日本軍将兵は、南京武力制圧とその後うちつづいたであろう血なまぐさい住民殺戮のさなかにも、南京の戦場から皇居にむかって一斉に深々と礼をするいわゆる「遙拝」をし、「天皇陛下万歳!」と三唱し「君が代」をうたっていたのである。天皇はしばしば「大元帥陛下」とよばれ、ことあるたびに万歳が三唱された。国家神道のしきたりにのっとって、従軍してきた宮司がのりとをあげ、松井石根陸軍大将(戦犯で死刑)や当時陸軍中将だった皇族、朝香宮鳩彦王(戦後は、豪邸に住みゴルフざんまい)らが玉串を奉奠する。殺した無数の中国人の霊にではもちろんない。靖国とおなじく、戦死した「皇軍」将兵の「英霊」に、である。玉串は榊(サカキ)ないしその代用とみられる木の枝に「四手」(しで、「紙垂」とも書く)といわれる細長い和紙をつけたもので、それがおりからの強風にあおられ、各所でたなびき、びょうびょうとうなるのが、名状できないほどの恐怖をさそう。このシーンはなぜか長回し。儀式はことごとに「天皇陛下」「大元帥陛下」の名のもとにとりおこなわれる。破壊されつくした南京の廃墟は、まえにも映像でみたことがあるが、あらためて息をのむ。ワルシャワの廃墟もすごかったが、南京の廃墟とはなにかがちがう。もう午前1時半。眠らなければならない。ヒトラーの軍隊ともムッソリーニの軍隊とも、天皇の軍隊はあきらかにことなる。なにがか?なにがちがうのだ。もの凄い殺気と妖気、胆汁質の痴れたなにか。そのなにかが、わかるようでよくわからない。画面にうつる兵隊たちの多くか、すくなくとも、なんにんかは、『時間』にでてくる〈殺〉〈掠〉〈姦〉にかかわったはずだ。『時間』にはそう書いてあるのに、醜悪なにおいが抽象化されていて、うすい。この映像は〈殺〉〈掠〉〈姦〉を周到にかくしているにもかかわらず、吐き気をもよおさせる野蛮なにおいが濃厚である。昭和天皇はこの映画をみたのだろうか。平成の天皇はみたか。NHKはなぜこれを全篇放送しないのか。ワルシャワ蜂起ではなく、鬼気せまる南京の記憶をなぜひとびとにみせないのか。ああ、眠らなくては。この映像56分をみたら、もしもつうじょうの神経ならばだが、「君が代」にすぐさま耳をふさぐはずだ。日の丸に目を掩うはずだ。憲法9条がなぜできたのか、憲法9条を壊すのが天人ともにゆるしがたい犯罪であることが、骨身にしみてわかるはずだ。天皇制がつづいていること、靖国が現存することが、いまさら不可解になるはずである。まともな神経の持ち主ならば。この映像は堀田の『時間』と基本的に矛盾するところがない。むしろ、『時間』の描写の足らざるを、沈黙のうちに補強してくれる。また、国策映像がかくした空白を、『時間』が補完している。中国映画『南京!南京!』とも大きな乖離がない。なんと、この国策映画、戦争宣伝映画の方が、『南京!南京!』よりも、よほどリアルで残忍な感じなのだ。侵略者「皇軍」の底知れぬ不気味を、かくしたくてもかくせていないでいるのには、ほんとうにおどろきいる。みずからの不気味を不気味とはわかっていなかったのだ。なんたる過去か!なんたるいまか!動悸がまだつづいている。2時半をすぎた。眠らなければならない。DVDの箱には『南京ー戦線後方記録映画-』とある。冒頭、「我々の同胞が一つになって闘った数々の光輝ある歴史の中でも南京入城は燦然たる一頁として世界の歴史に残るだらう。その日の記録としてこの映画を我々の子孫に贈る」の手書きの字幕。酔い痴れている。「数々の光輝ある歴史の中でも南京入城は燦然たる一頁として世界の歴史に残るだらう。その日の記録としてこの映画を我々の子孫に贈る」。悪意も羞恥心もむろん皮肉もない。天真爛漫に得意になり誇ってさえいる。ニッポンという、とんでもない主観。皇国、皇軍、神国、神州不滅という、度しがたい倒錯。いまものこる母斑。武田泰淳「ぼくは兵隊にとられて、貨物船に乗せられてね、上海のそばの呉淞(ウースン)港に上陸したわけだ。……そこに上陸してさいしょに会った中国人は、生きた中国人じゃなかった。死骸になった中国人だった。そうしてそれからズッと、まあ、半年くらいは毎日死骸を見た。食事もとるときも、寝るときも、井戸の中にも、丘の上にも、あるものはぜんぶ死骸ですからね、いやでも、その間を縫って歩かなきゃならなかったわけですよ。どこへ行っても死臭がただよっている」(『私はもう中国を語らない』)。ましてや、あのときの南京に死骸がないわけがなかった。『南京ー戦線後方記録映画ー』は死骸をかくした。しかし、恐怖にひきつった民衆の顔まで修正するほど芸は巧みではない。撮り手はニッポンというとんでもない主観と倒錯のがわから、命の危機におびえる中国民衆を、たいして意ももちずに傲然と撮影している。エベレストにのぼらなかった。(2014/11/22)

(↓クリックすると拡大します。)
107 辺見庸さんが言及していた『南京ー戦線後方記録映画ー』1分7秒の所をキャプチャ。

SOBA:この映像を末尾にアップしておきました


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けふのサザンカ.jpg 2014年11月23日

・戦争宣伝映画『南京―戦線後方記録映画―』をみた嫌悪感がオリになって体内に沈殿し、まだときどき喉もとにわきあがってくる。わたしがもっとも怖気をふるったシーンは、戦場でも廃墟でもない。南京の戦場(というより大量殺戮現場)から、東京の皇居にむかってなされていた「遙拝」であり、戦場で「奏上」されたのりとのひびき、玉串の奉奠(ほうてん)であり、榊(サカキ)にむすばれた「四手」(しで、「紙垂」)という紙のたなびき、そのうなり声、万歳三唱の蛮声であった。「遙拝」とは、遠くはなれれた場所から神様(天皇)をはるかに、深々とおがむこと。「奏上」とはなんだ?ほかでもない、天皇に申し上げることである。この国はかつて自国民だけでなく中国や朝鮮半島のひとびとにまで「遙拝」を強いた。『中国の赤い星』を著したエドガー・スノーはニッポンの侵略と殺戮を徹底的に憎んだ。終生ニッポンを軽蔑したといってもよいだろう。日本軍を「首刈り族」とまでののしった。スノーにはニッポンにたいする生理的嫌悪さえある。そのわけは、直接には、侵略と大量殺戮にあるのはいうまでもないが、血でそめた外国の大地で、平気で神道にもとづく「神事」をとりおこなう無神経、不気味さにもあったろう、とわたしは察する。大内兵衛はかつて「天皇は開戦・敗戦の政治責任をまぬかれうるか」と設問し、否と答えた。第二に、「天皇は国民への道義的責任をまぬかれうるか」と問い、これにも、否と答えた。第三に、「アジアの民衆にたいする虐殺、捕虜虐待にかんする責任をまぬかれうるか」と問い、三たび否と答えている(「天皇の戦争責任」『中央公論』1956年6月号)。いま、どんな新聞・雑誌が「天皇の戦争責任」を問う特集を組むだろうか。組む者はだれもいないし、そのような特集を組むことは100パーセント不可能である。なぜか。たいへん危険だからだ。極右と「影の組織」がまちがいなくうごく。編集局が襲われる。ひとが殺されるかもしれない。かもしれないではない。その公算きわめて大である。1956年には堂々とできたことが、2014年にはできない。そんな社会になったのだ。敗戦後70年で、言論はいちじるしく閉じ、未来にすすんでいるのではなく、戦前、戦中にもどっているといってもよい。大内兵衛は南京大虐殺についてこう書いている。「この大虐殺が、日本軍のいかなる命令中枢から発せられたか、あるいは『軍紀の弛緩』によるものかは、今日なお疑問の部分もあるが、事実としてまったく放恣な略奪、強姦、虐殺の祝宴が大規模にくりひろげられたことは、疑いない」(集英社刊『昭和戦争文学全集』3「果てしなき中国戦線」の解説)。「まったく放恣な略奪、強姦、虐殺の祝宴が大規模にくりひろげられた」とは、もの凄い表現ではないか。スノーは「近世においては匹敵するもののない強姦、虐殺、略奪……」(『アジアの戦争』)と記した。わたしが安倍政権をこれまでのどの政権よりもかくだんに厭い、絶対的に危険視するのは、こうした歴史をまるごと否定、修正、または過小評価して、みずからは天皇の「醜(しこ)の御楯」を気どり、(南京虐殺実行部隊どうように)玉串奉奠などの「神事」をおこない、めいっぱい平成の天皇を利用し、民心とメディアをたんに権力保持のための道具とし、ウソをつきまくり、群衆をすきなだけもてあそんでいるからである。ウソの歴史につなげられる未来がまっとうであるわけがない。武田泰淳「それからね、中国全土ではない、という問題ね。点によって、あるいは細い線によって、日本軍が進んでいったわけで、全体的に殺人をやったわけではない、というけどね、その点と線との間においては、やったことなんだな」(『私はもう中国を語らない』)。武田泰淳の短篇「審判」再読。ふるえる。わたしは若いころなにもわかっていなかった。あまりに不勉強であった。エベレストにのぼった。(2014/11/23)

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11月24日撮影.jpg 2014年11月24日

・父の書棚にあったもので、はっきりと記憶している本は多くはない。坂口安吾の『堕落論』があった。泰淳の『蝮のすゑ』『森と湖のまつり』『史記の世界』『風媒花』『ひかりごけ』『快楽』などがあったのは、高校時代に父に無断で読んだので、しけった紙のにおいとともに憶えている。だが、1947年4月発表の「審判」が書架のどこかにあったのかどうか、記憶にない。「審判」は1948年に思索社が刊行した『蝮のすゑ』所収ということを知ったのは最近のことで、父がもっていた『蝮のすゑ』が思索社のものだったかは、本が散逸したので不分明だ。だが、父も「審判」を読んでいたのではないか。昨夜、集英社の『昭和戦争文学全集3』所収の「審判」をめくりながら、鈍器で頭をうたれるように、そうおもった。武田は父より早く二等兵で華中にいき、父は泰淳の後に下級将校でやはり華中にいっている。泰淳の「出征」(おもえば、これもひどいことばだな)は南京大虐殺のあった1937年で、父は40年代前半であった。謎があった。父はすっかり変わって帰ってきた。わたしは父の出征中に産まれたので、かれがなにからなににどう変わったか知らない。温厚だったひとが〈化け物〉のようになって…母はそんなふうなことを言った。泰淳も〈戦争経験〉で変貌した。そのことは川西政明著『武田泰淳伝』に詳しいが、それよりなにより、「審判」が文学作品という領域をこえて、告解というか告白というか自己告発というか、おのれへの終わりない譴責をしていること、それがあまりにも生々しいことに、わたしは、バカげたことに、この歳になって「審判」を再読してやっと気がついたのである。作中の「私」は「私」であって、泰淳ではない。「二郎」は「二郎」ではなく、じつはほぼ武田泰淳そのひとである。「審判」はあらかた実話である。そんなことにいまごろになって気がついてどうするのだ!あの武田泰淳が、中国文学専門家で、北大助教授もした泰淳が、中国でまったく罪のないひとびと、非武装の老人らを、おそらくは複数人、ガマガエルでも殺すように、ほんとうに銃で撃ち殺していたのだ。初読ではそうはおもわなかった。若いころ、わたしは戦争という異常な条件が「二郎」をそうさせたのだと、一般化してうけとって、「二郎」にムルソーをかさねてみたりはしたが、「審判」にさほどの感銘はうけなかったのだった。日給500円のラーメン屋のバイトをしていたころ。「二郎」の手紙。「故郷では妻子もあり立派に暮らしているはずなのに、戦場では自分をみちびいてゆく倫理道徳をまったく持っていない人々が多かったのです。住民を侮辱し、殴打し、物を盗み、女を姦し、家を焼き、畠を荒らす。それらが自然になんのこだわりもなく行なわれました。私には住民を殴打したり、女を姦したりすることはできませんでした。しかし豚や鶏を無だんで持ってきたりしたことは何度もあります。無用の殺人の現場も何回となく見ました」。その「二郎」の脳裡をとつぜん「人を殺すことがなぜいけないのか」という「思想」がかすめ、「もう人情も道徳もなにもない、真空の状態のような、鉛のように無神経な」感情のなかで、村民を殺す。目が見えず、耳の聞こえない老夫婦も殺した。「二郎」の手紙。「私は自分を残忍な人間だとは思いませんでした」。「人間が殺人について、または生物を殺すことについて、まじめに考えるのは殺す瞬間だけなのかもしれません」。「二郎」は殺人の事実をしばらく忘れる。ひとは殺人をしても忘れるものだという。「この行為(殺人)のただ一つの痕跡、手がかり、この行為から犯罪事件を構成すべき唯一の条件は、私が生きているということだけです。問題は私の中にだけあるのです」。バイト代はラーメンの出前を終えて帰るときに手わたしでもらった。「頂好(テンホー)」という店。100円札5枚。東京オリンピックのころ。バイトが終わるとデモにいった。空に自衛隊のジェット機がえがいた5輪が浮かんでいた。「鉛のように無神経な」感情を、戦争という特殊条件下の特別なそれとして単純化するだけで、ドロのように重く鈍い質感まではわかってはいなかった。深めようともしていなかった。「二郎」をまさか武田泰淳とはおもわなかった。まして、〈化け物〉のようになって帰ってきたという父と泰淳や「二郎」をかさねることまではしなかった。あまかった。昨夜、読後の衝撃のなかで、なにかが一気に氷解した気がした。ああ、父もこれをやったのか。ひとを殺し、殺した記憶を個人的にかかえこんでいたのか。そうかもしれぬ。そうでないかもしれない。わたしはうたがったことがあるが、怖ろしくて父に問いはしなかった。数えきれないほどたくさんの日本兵が、他国でむぞうさにひとを殺し、殴打し、女性を犯し、略奪し、戦後そのことについてみんなで沈黙し、口をつぐんでいるうちに、みんなでじぶんの行為を忘れた。加害者か被害者かすらみんなで忘れ、あの戦争から〈個人〉を消して一般化することで、ニッポンのみんなが戦争の〈被害者〉であるかのような錯覚におちいっていった。そして、いまや、「大東亜戦争」開戦時の東條英機内閣の重要閣僚にして極東国際軍事裁判においてA級戦犯被疑者とされた「鉛のように無神経な」岸信介の孫=おなじく「鉛のように無神経な」安倍晋三を、さらにおなじく「鉛のように無神経な」ニッポン国民がかつぎあげているのだ。「審判」は戦後の武田の全作品の原点である。エベレストにのぼった。(2014/11/24)

 

 辺見さんが2014/11/22で言及していた映像です。

戦線後方記録映画「南京」 1938年東宝文化映画部作品.avi
辻守
https://www.youtube.com/watch?v=nos2prviBq8

2012/10/16 に公開

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完全版 1★9★3★7 イクミナ (上) (角川文庫)
完全版 1★9★3★7 イクミナ (下) (角川文庫)です。


 

辺見庸さんの『増補版1★9★3★7』と、
堀田善衛さんの『時間』(岩波現代文庫)です。 


 

辺見さんの『1★9★3★7』(イクミナ)です。 

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2014年12月25日 (木)

辺見庸 (日録1-7)私事片々 2014/11/04~と、(日録1―8) 雑談日記Archive

 「(日録1―1)私事片々 2014/08/30~」を、今までと同様アーカイブ保存しておきます。

 なお、辺見庸さんの(日録)私事片々の雑談日記Archiveを始めようと思ったメモなどはこちらで。辺見さんがよく言う「エベレスト」についてはこちらで

 以下、辺見庸ブログの(日録)私事片々をすべてアーカイブ保存しておきます。写真が多いので、2エントリーずつアップします(表示順は元ブログと同じく上から降順です)。

 

2014年11月11日
日録1―8

私事片々
2014/11/11~
http://yo-hemmi.net/article/408726983.html

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小さな白い花.jpg 2014年11月11日

・なんという下品な光景であろうか。レッドカーペットを模した派手な照明、花火、そろいのシルクの伝統衣装。バカげている。あれは解放前の中国の金 貸しが着ていたのとおなじ上衣じゃないか。金もちの強欲「老爷」(ラオイエ)=旦那。下品だ。傲然たる習近平。金もちに群がる貧乏人。老爷、给我点儿钱 吧!(旦那、ちょっとお金をめぐんでおくんなせえ!)。北京のAPEC首脳会議。これでもかこれでもか。オリンピックのときとどうよう成金趣味のど派手な 演出。「過ぎたるはなお及ばざるが如し」。日本のことわざではない。これは「論語」だろうが。習近平と首相Aの臭い三文芝居。金権中華帝国の頭目と頭蓋の なかに軍隊行進曲「抜刀隊」をなりひびかせたニッポン帝国主義の亡霊Aの対決!ジャジャーン。「あるもの、ある人間の、ある国の滅亡が、その全的滅亡の寸 前に、その滅亡なくしてはありえなかった、まったく新しい価値、まったく新しいものを生みえなかったとしたら、滅亡に何の価値があろう。わが中国の歴史 は、特に近代史は滅亡の歴史である。そのときどきに新しい価値を生んできたのだ」と、堀田善衛は『時間』の主人公の中国人に言わせた。この部分、武田泰淳 の「滅亡について」(1948年)をつよく意識し、反発もした文にちがいない。武田の滅亡論にはほとんどすくいがない。徹底している。掘田の「滅亡」は、 新しい価値を生むためのそれである。「滅亡の意味は、それが全的滅亡であることにある」と記した武田の滅亡は「新しい価値」なるものを措定しない。「日本 の国土にアトム弾がただ二発だけしか落とされなかったこと、そのために生き残っていること」を不徹底な滅亡として残念がっているふしさえある。そのことに かえって惹かれる。掘田は、南京の「死と酒に酔い痴れた」日本兵が、1937年の闇夜に「殺と姦とをもとめて手に手に懐中電灯をもって彷徨する」地獄図絵 を、あえて中国人がわから描いた。和式獣性。「わたし」の妻子はすでに兵士らに集団でレイプされ殺されている。掘田は、それでも、「全的徹底的滅亡の寸 前」に生じる新しい価値をうんぬんする。わたしはそこに、戦後民主主義によりそった、いかにも掘田らしい、うしろむきなようで奇妙にマエムキな、お気楽な ひびきをかんじてしまう。日本は敗戦。その後、中国は第二次国共内戦―新中国成立―大躍進(2000万人の餓死者)―文化大革命(死者無数)―改革開放― 堕落した共産党主導下の成金大国化……。ニッポンはいま憲法9条を事実上放棄し、集団的自衛権を行使できる富国強兵路線。南京大虐殺も強制連行も慰安婦の 歴史もあったものではない。習近平と首相Aは、おびただしい死者たちの霊を代表し、諸矛盾を揚棄して「新しい価値」をつくることができるか。とんでもな い。こいつらは歴史をさらに全的滅亡へとむかわせる不吉な老爷がたである。エベレストにのぼった。右コース失敗。左コース、かろうじて成功。 (2014/11/11)

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10月の蝶々.jpg 2014年11月12日

・自民党がどうしたの首相Aがどうしたの、といった話はしたくないのだ。やつらがことばのもっともわるい意味あいで卑しい存在であることについて は、とっくのむかしに言いあきた。〈おまえたちは卑しい!〉と何千万回さけんだところで、事態はすこしもかわらない。わたしたちは、大別して、〈ひどく卑 しいもの〉と〈ふつうにナニゲにすこし卑しいもの〉の2種類しかない世界にある。おおかたは〈ふつうにナニゲにすこし卑しいもの〉の安全な地平から、もち ろんすこしも命がけではなく、たいした損害も被らずに、〈ひどく卑しいもの〉を難じ、そうすることで、みずからが卑しい圏内にいないかのように錯覚したり している。しかし、われわれはせいぜいよくても〈ふつうにナニゲにすこし卑しいもの〉以上ではありえないし、なにはともあれ、〈卑しい圏内〉から脱するこ とはできない。〈ひどく卑しいもの〉と〈ふつうにナニゲにすこし卑しいもの〉の2種類しかないのだとしたら、ふつうにナニゲに後者を選んでしまうのが人情 なのかもしれぬ。だが、そういう無意識の〈グレーゾーン選択〉こそが、じつはかえってなによりも卑しいのではないか。〈ひどく卑しいもの〉を主観的な善や 皆とおなじ〈ふつうにナニゲにすこし卑しいもの〉の市民的安全圏からではなく、いっそ〈ひどく卑しいもの〉の視線で、睨みたおせ。睨み殺せ!夜更けに卒然 としてそうおもうことがある。ただたんに在るだけの現実世界に、人間がただたんに在るだけというのは、おもえば、バカげている。ただたんに在るだけという のは、じつは酷薄なのである。ただたんに在るだけの現実世界には、仔細にみれば、なにか危ういものが刻々闌けてきている。それにたいし、ただ無害であるだ けの(そう主観的におもいこんでいる)人間存在というのは、むしろ酷薄で冷酷であり、ほんとうはすこしも無害ではありえないのだ。ただたんに在るだけの民 は、けっして無辜ではない。だんじて。無害で善なる民は、存在として、酷薄で冷酷なのだ。〈ひどく卑しいもの〉にこそ、みいだすべき自己存在のヒントがあ る。唐突だが、この点で、わたしは宮崎駿をいとう。その延長線上で、『時間』の「わたし」=堀田善衛のありようをしばしばいぶかる。〈悪〉の、〈善〉とみ まがう多重構造が描ききれていないか、描くのを避けているかのようだ。結果、ニッポンはすくわれる。かれらは善の顔をした〈ふつうにナニゲにすこし卑しい もの〉であり、存在論的には〈ひどく卑しいもの〉よりも、より卑しいのではないか。妻子が日本兵に強姦され惨殺されたというのに、血の復讐ではなく、さか しげに「新しい価値」をかたり、マタイ受難曲を想う中国人の「わたし」というインテリは、たんに被害者をじにんする者または〈ふつうにナニゲにすこし卑し いもの〉であるがゆえに、〈ひどく卑しいもの〉なのであって、〈知的〉善面がだんだん鼻もちならなくなる。北海道議会の最大会派「自民党・道民会議」の議 員が道議会決算特別委員会で、「アイヌが先住民族かどうかには非常に疑念がある。グレーのまま政策がすすんでいることに危機感をもっている」「われわれの 祖先は無謀なことをアイヌの人にやってきてはいない。自虐的な歴史を植えつけるのはいかがなものか」などと述べた、という。ただたんに在るだけの現実世界 に、人間がただたんに在るだけであるとすれば、〈だからどうしたの?〉ということである。しかし、わたしはこの発言は犯罪的というより、めいかくな犯罪だ とおもう。慰安婦、強制連行、南京大虐殺……の史実ぬりかえにつらなる卑しい犯罪だ。「われわれの祖先は無謀なことをアイヌの人にやってきてはいない。自 虐的な歴史を植えつけるのはいかがなものか」というロジックは、いま闌けてきているもっとも卑しく酷薄な気流と同質のものである。ただたんに在るだけの現 実世界に、人間はただたんに在るだけでよいのか。宮崎駿ていどの口あたりのよい〈正義〉で、闌けてくるこの卑しさと戦えるか。できはしない。戦うからに は、市民的安全圏をも戦線にするくらいの覚悟がなくてなにができるというのか。戦うからにはこちらも相応に傷つくしかない。このクニの卑しさはそうまで闌 けてきている。どんどん悪擦れしてきている。エベレストにのぼった。峻険な右コースは心理的にも身体的にも無理になった。左コースをえらぶ。悔しい。 (2014/11/12)

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flgwの空11月13日.jpg 2014年11月13日

・にもかかわらず、『時間』は貴重なテクストである。わたしのテクスト『時間』はいま手もとに2種類ある。ひとつは新潮文庫(昭和32=1957年 発行、昭和48=1973年15刷)。そして集英社の昭和戦争文学全集第11回配本(第3巻)「果てしなき中国戦線」(1965年)所収の「時間」。箱入 りの後者(350円)には、「時間」のほか、「生きている兵隊」(石川達三)や「審判」(武田泰淳)などが収載されているのに、オビには田村泰次郎の「春 婦傳」のみが紹介されている。オビ文(惹句)は「日本兵達の欲情に泥まみれとなりながらも、朝鮮娘・春美は恋を知り、悩み、もだえた!」というのだから、 まるで売らんかなのポルノ映画の宣伝文句みたいだ。担当編集者の見識がうかがえるとともに、時代であろう、なにかしら無防備な観がある。オビ文は通常、編 集者が書く。他方、新潮文庫『時間』の裏表紙(表4)には、内容紹介とコピーを兼ねた短文が記してある。掘田さんはこれに目をとおしたかどうか知らない。 わたしは考察にあたいする一文とおもうのだ。「日中戦争の初期、日本軍占領下の南京を舞台に、一人の中国人インテリが、権力の重圧のもと、血なまぐさい大 虐殺を目撃しながら、ひたすら詩と真実を求めて苦悶する姿を、その手記の形でえがく。人間の運命が異常酷烈な試練をうけ、営みのいっさいが日常的な安定を 失った戦時における人間存在の根本問題を鋭く追究して、戦後文学の潮流を象徴する力作長編小説」。おもしろい。文の綾がどうのというまえに、きょうびこれ だけの表4 を書ける編集者はまずいまい。まじめで、過不足なくまとまっていて、品がよい。それが一点。しかし、万々一、今日、新潮文庫の表4にこれが書けたとして も、採用されるかどうか。それが第二点。まちがいなく「血なまぐさい大虐殺を目撃」がひっかかる。ニッポンでは朝野あげていま、南京で「血なまぐさい大虐 殺」などなかったことにされていて、大手出版社がわれもわれもと嫌韓嫌中本刊行に大わらわなのである。南京大虐殺も慰安婦もきゃつらのデッチアゲで、わが ほうの一部自虐史観との合作とされているのだから、この新潮文庫『時間』が新たに重版されるとしたら、それじたいが出版界にとってちょっとした内面的「事 件」なのであり、もし重版されたにしても、表4は差し替えられるはずである。第3点目。新潮文庫『時間』の表4は、古き佳き時代の新潮文庫らしく、香りた かく、文としても目だった瑕疵はない。のだが、どうだろう、妙に抑制がききすぎてはいないか。なんだか、他人事のようなのである。「血なまぐさい大虐殺を 目撃しながら、ひたすら詩と真実を求めて苦悶する姿」は、掘田がフィクショナルにつくりあげた中国人インテリなのであって、それが掘田じしんの内面につな がると了解できるにせよ、南京大虐殺と「わたし」という、ほんらいもたれるべき当事者性が、やはり他人事のようにうすまっているのだ。身もふたもなく言え ば、もともと加害者側として内省すべき者が、あれあれ、いつのまにか被害者側になって南京大虐殺をかたってるよ、ということだ。それが意識的になされたか 無意識の巧知のせいだったかはよくわからない。言えるのは、戦争犯罪を戦争犯罪一般として他人事のように表現する、いかにも無責任な〈ニッポン的語り口〉 は、現在のおおっぴらな歴史修正主義以前に、早くも1950年代からあったのだということだ。とうに退職されただろう新潮社の編集者たちをなつかしくおも いだす。仕事はさっぱりしなかったが、お世話になった。フーコーを送っていただいた。むかし、かのじょら、かれらと村上春樹について話題にしたことはあっ ても、『時間』について話したことはなかった。けふも『時間』を一頁一頁なめる。「素朴な――しかしわたしは都市の労働者よりも誰よりも、彼等(農民)の 方がずっと残忍であるということも知っている」。農村出身の日本兵のほうが南京でだれより残酷だったというのだ。うーん、それはそうかもしれないが、掘田 さん、そんなにしれーっとかんたんに言わないでくださいよ。とおもう。戦争にながくいっていた古山高麗雄さんに訊いたことがある。学歴のある兵士と学歴の ない農民兵とでは、どちらが残忍でしたか?古山さんはそくざに、堀田善衛とまったくおなじことを答えた。ひそかに逆の答えを期待したのに。わたしは心のへ んなところにへんな傷をこしらえてしまった。エベレストにのぼった。右コース。やっと。(2014/11/13)

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コスモス大手町.jpg 2014年11月14日

・東大ポポロ事件というのがあった。東大の学生団体「ポポロ劇団」が1952年、本郷の学内で松川事件をあつかったた演劇『何時の日にか』の上演を おこなったさい、観客のなかに私服警官4名がいるのを学生が発見し、警官を拘束して警察手帳をうばい謝罪文を書かせた。それを口実に学生が逮捕、起訴され る。これにより、憲法第23条が保障する「学問の自由」とそれを基本理念とする「大学の自治」が、この国ではじめて本格的に議論された。一審の東京地裁は 「大学はがんらい、学問の研究および教育の場であって、学問の自由は、思想言論集会などの自由とともに、憲法上保障されている。これらの自由が保障される のは、それらが外部からの干渉を排除して自由であることによってのみ、真理の探究が可能となり、学問に委せられた諸種の課題の正しい解明の道がひらかれる のである」「大学はそれじたい、一つの自治の団体であって、学長、教員の選任について充分に自治の精神がいかされ、大学の組織においても学長の大学管理権 を頂点として自治の実態に沿うような構成がつくられている。これにくわえ、学生も教育の必要上、学校当局によって自治組織をもつことを認められ、一定の規 則に従って自治運動を為すことが許されている」として学生らを無罪とした。いまからすれば、まるで夢のような名判決である。二審も一審を支持したため (!)、検察が上告。最高裁判所大法廷は、しかし、1963年(昭和38年)5月、原審を破棄し、東京地方裁判所に差し戻した。その理由は「本件集会は、 真に学問的な研究と発表のためのものでなく……本件の集会に警察官が立ち入ったことは、大学の学問の自由と自治を犯すものではない」からという。これに全 国の大学が怒り、学生も教員もデモをした。わたしは19歳で、ポポロ判決抗議のデモ中に公安条例違反で逮捕された。まだ血で血を洗う内ゲバも連合赤軍事件 もないころである。1963年にはケネディが暗殺され、堀田善衛が『審判』を、大江健三郎が『性的人間』を上梓した。最近の京大キャンパスでのできごとと 学生寮強制捜査で、そのポポロ事件をおもいだした。ただ、ポポロ判決のころは、大学の自治だけではなく、言論・思想の自由を蹂躙した旧治安維持法の再来と いう危機感が大学にも学生にもメディアにもあった。最高裁の判断にしても、大学の自治じたいは肯定していたのである。いまはどうか。言論・思想の自由がう ばわれるという危機感はほとんどない。このたびの京大での事件を、秘密保護法とのかんけいで深刻視するむきはまことにすくない。しかし、ことはいわゆる 〈過激派〉の問題ではなく、権力がいま、秘密保護法適用の予行演習をしている、ということである。「特定秘密」の対象になる情報は、「防衛」「外交」「特 定有害活動の防止」「テロリズムの防止」などとされている。これら分野における政府方針に反対するうごきにも官憲の調査権がおよぶ。つまり範囲などはなに もない。わたしをテロリスト教唆とみなせば、いつだってしょっぴける。なんのことはない、治安維持法の再演である。「国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認 スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」という治安維持法が、条文の範囲をむげんに拡大し、ひ とびとを苦しめ、密告者を増殖し、思想をいかにゆがめたか。ポポロ判決のころはまだその記憶がのこっていたのだった。社会に嫌悪感があった。いまはどう だ。大学で高度の自治意識をもつところは皆無かきわめてすくなく、学生運動を暴力団とおなじ〈反社会勢力〉ときめつけて警察と積極協力してキャンパスから しめだすうごきばかりではないか。教員からも学生からも反権力、反権威の気概がすっかりなくなった。端的にいって、そういう社会はクソである。エベレスト にのぼった。(2014/11/14)

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見本.jpg 2014年11月15日

・『霧の犬 a dog in the fog』(鉄筆)の見本でき。スケジュールどおり。渡辺氏夫妻がレンタカーで待ち合わせ場所にもってきてくれる。当然ながら、写真やPCデータより実物の ほうがよほどいい。この黒は名久井さんでなければつくれない独自の黒だ。50冊左手でサイン。むかし湖南省長沙で彫ってもらった印で落款した。夫妻が自宅 まで送ってくれた。S君から久しぶりにメール。「ひとは存在するのではない。ひとはみずからを存在する」。わたしはみずからの存在を負わなくてはならな い。エベレストにのぼらなかった。(2014/11/15)

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つぼみ.jpg 2014年11月16日

・NHKBS「ワルシャワ蜂起 70年目の“タイムw”」。正直、ひどくがっかりした。つまらなかった。まるでオコチャマ番組。悲しかった。テレビ には大きな誤解がある。モノクロ映像を彩色したからといって歴史認識がふかまるというものではないのだ。かえって逆だ。映像から陰翳が消え、ふかみがなく なる。これでは重層的な歴史の平板化、単純化だ。あるしゅの「歴史修正」ともいえる、作り手の視線の浅さにおどろく。歴史観の浅さは人間観の浅さだ。なん だかむかっぱら腹がたつ。この連中が南京大虐殺事件のドキュメンタリーをつくったらどんなことになるのか。寝るまえにおもう。歴史が痩せ細ってきている。 エベレストにのぼった。(2014/11/16)

SOBA:辺見さんが上記言及している「ワルシャワ蜂起」関連でアンジェイ・ワイダ監督の『世代』『地下水道』『灰とダイヤモンド』。また『カティンの森』も末尾にアップ

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ネリネ 水の妖精.jpg 2014年11月17日

・昨夜NHKBS「ワルシャワ蜂起 70年目の“タイムW”」をみた空しさ、腹だたしさがけふも尾をひいている。なによりもまず、作り手にワルシャ ワ蜂起の知識とそれへのおもいいれが、まったくないか、きわめてうすいこと。ネット上のNHK番宣では「ことし、ポーランドで第二次世界大戦中に撮影され たモノクロ映像が、カラーでよみがえった。映るのは、ナチス占領下で祖国を取り戻そうと立ち上がったワルシャワの人たち。20万人が犠牲になったとされる 〈ワルシャワ蜂起〉の様子が克明に記録されている。戦後、蜂起を無謀な作戦と非難するソ連の影響下で、長らく封印されてきたこの記憶。自由を求める長く厳 しい闘いの軌跡を、カラー映像と生き残った人たちの証言でたどる」。ほう、そうだろうか。〈ワルシャワ蜂起〉の様子が克明に、だと?うそつけ。ソ連軍は ポーランド国内軍とレジスタンスを捨て石にし、もともと抵抗運動を敵視していたのではなかったか。ソ連赤軍は自軍の損害をすくなくしようとポーランド国内 のレジスタンス組織を利用、赤軍のワルシャワ進攻にあわせ武装蜂起せよと指示。決起予定日は1944年8月1日だったが、しかし、前日の7月31日からド イツ軍内に増援部隊が配備され、赤軍に被害がではじめる。それを口実に、ソ連軍はヴィスワ川東岸で進軍を停止。つまりレジスタンスへの背信。壮大な見殺し である。ワルシャワはドイツ軍の猛烈な「懲罰的攻撃」にさらされ、市民ら22万人以上が殺された。ソ連軍は翌年1月になってようやく進撃を再開し、かんぜ んな廃墟となったワルシャワに入城。そして、あろうことかレジスタンス活動家らを逮捕しはじめ、醜いスターリン主義の本質をさらす。生きのこった活動家ら はしかたなく地下水道などにかくれ、裏切ったソ連共産党とその協力者らへのテロで抵抗をつづける。『地下水道』、『灰とダイヤモンド』などポーランド映画 “抵抗3部作”はこうした史実なしにはありえなかった。NHKの番組には、コラブもマーチェク・ヘウミツキも、もちろんだが、でてこない。かれらの雰囲気 のかけらもなし。若い番組制作者はだいいち、『地下水道』、『灰とダイヤモンド』もみていないのかもしれないな。『地下水道』、『灰とダイヤモンド』は フィクションだし、モノクロ映画だけれど、彩色されたテレビ番組より1000倍もリアルで風景がふかい。テレビ番組では、ドイツ降伏後、ロンドン亡命政府 系パルチザンとソ連共産党支配下のポーランド労働者党(ポーランド統一労働者党)との内訌がどれほど複雑で、熾烈だったかもさっぱりにおってこない。ワル シャワ蜂起70年後の今日、ポーランドはこんなにすばらしくなりました、とでも言いたいのか。コラブやマーチェクの怒り、悲しみ、思想的蹉跌を、番組制作 者は想像しない。レジスタンスが、結局、ナチスとスターリニズムという「二重の敵」とたたかわざるをえなかったことの絶望的苦闘の痕跡も、番組では消えて いる。ユダヤ人も消えている。史実が漂白されている。作り手に苦悶がない。これではだめなのだ。ワルシャワ蜂起 は、NHKのすきな安手の感動物語ではありえない。ファシズムとスターリニズムによる挟撃という酷烈非情の歴史の象徴でもあったのだ。くわえて、ファシズ ムとスターリニズムへの協力者、内通者、二重スパイ……。いくえもの黒い影。あの時代が暗くて、いまは明るいとでもいうのか。ばかな。ところで、籾井、百 田、長谷川某ら極右nutsどもは、まだいけずうずうしくNHK権力の座にいすわっているのだろうか。そのことと番組の質の劣化はかんけいがないのか、あ るのか。NHK職員は首相Aがおくりこんだ極右nutsどもに腹がたたないのか。みずからなすべき抵抗を放棄した者どもにワルシャワ蜂起の悲劇がえがける わけもない。エベレストにのぼった。(2014/11/17)※

※SOBA:アンジェイ・ワイダ監督の『地下水道』『灰とダイヤモンド』『カティンの森』、そして『ETV特集 アンジェイ・ワイダ=祖国ポーランドを撮り続けた男』を末尾にアップ(←クリックで頁内ジャンプ)。なお、辺見さんがNHKBS「ワルシャワ蜂起 70年目の“タイムw”」と書いているのは2014年11月16日放送のBS1スペシャル「ワルシャワ蜂起 葬られた真実~カラーでよみがえる自由への闘い」。「“タイムw”」と言うのは1944年8月1日5pmを期して決起した「ワルシャワ蜂起」のこと。——現在でも毎年8月1日の同時刻にワルシャワではサイレンが鳴り渡り、市民がその場で動きを止め、各自で1分間の黙祷を捧げるのが恒例行事となっている。——とのことです

 

2014年11月04日
日録1-7

私事片々
2014/11/04~
http://yo-hemmi.net/article/408313201.html

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名前不詳の終わりかけの花.jpg 2014年11月04日

・『時間』を上着のポケットにいれて歯医者へ。犬はトリミングにいっている。晴天。なにごともない。なにごともなさそうだ。なにごともなさそうにみ える。ハナミズキの葉むらから小鳥たちの、ひとをはばかるということのない、鋭いさえずりが聞こえる。あれはヒヨドリではない。なんだろう。待合室。2か 月前にきたときと空気がいれかわっていない。「……数は観念を消してしまうのかもしれない。この事実を黒い眼差しで見てはならない。また、これほどの人間 の死を必要とし不可避的な手段となしうべき目的が存在しうると考えてはならぬ。死んだのは、そしてこれからまだまだ死ぬのは、何万人ではない、一人一人が 死んだのだ。一人一人の死が、何万にのぼったのだ。何万と一人一人。この二つの数え方のあいだには、戦争と平和ほどの差異が、新聞記事と文学ほどの差があ る……」。黒い眼差し。どういうことだろう。一人一人の死と何万人もの死。むずかしいアナロジーではない。「これほどの人間の死を必要とし不可避的な手段 となしうべき目的が存在しうると考えてはならぬ」。それはそうである。わかりきったことだ。「戦争によって、日本人の運命と人間の運命が非情にためされ、 人間のいとなみの一切が日常的な安定を失って問題化したとき、まともに、誠実にこの問題に対決しようという作家は、いやでも観念的にならざるをえなかっ た」と、堀田善衛の生前に、佐々木基一は文庫で『時間』を解説した。くだらない。じつにくだらない。掘田さんはおおようなひとだったのだろう。凡百の物書 きが自著をあれこれ評するのをとくにこばみはしなかった。「問題化」「この問題」とはなんだ。「戦争によって、日本人の運命と人間の運命が非情にためさ れ、人間のいとなみの一切が日常的な安定を失って問題化したとき……」とは、よくもまあ、いけしゃあしゃあと言えたものだ。南京大虐殺とはそういう「問 題」か。観念的にならざるをえなかった、だと? ばかな。政治家、教育者だけでなく文芸家までもがこのていどの認識だったから、みろ、いまや南京大虐殺な どなかった、中国のでっちあげだ、という言説が堂々とまかりとおるようになったのだ。佐々木は南京大虐殺を戦争一般の「問題」とし、「日本人の運命と人間 の運命が非情にためされ」たテーマとして、大虐殺のあまりにもリアルな事実をそっくり生き埋めにして、ものごとをエセ文芸的に処理しようとした。佐々木は その意味であざとく、政治的だった。『時間』は、じつのところ、すこしも観念的ではないのだ。掘田は酸鼻をきわめた事実から逃げてはいない。事実に分け入 り、立場を入れ替え、思考の錘鉛を闇に深くおろしたのだった。逃げたのは評者らである。「……数は観念を消してしまうのかもしれない。この事実を黒い眼差 しで見てはならない。また、これほどの人間の死を必要とし不可避的な手段となしうべき目的が存在しうると考えてはならぬ。死んだのは、そしてこれからまだ まだ死ぬのは、何万人ではない、一人一人が死んだのだ。一人一人の死が、何万にのぼったのだ。何万と一人一人。この二つの数え方のあいだには、戦争と平和 ほどの差異が、新聞記事と文学ほどの差がある……」。これは簡明でうごかざる真理ではないか。この簡明にして不動の真理を、敗戦後の社会が、天皇個人をふ くめ、どれほど「わがこと」としてとらえたか、どれほど彼我の傷をわが手でなぞったか、記憶をどれほど必死で反芻したか、外形の傷を内面の生傷として、ど れほど永く深い受傷として、感じつづけ、痛みつづけ、悼みつづけ、傷を傷としてもちつづけたのか、これらすべてを、どれほど切実に後代に語りついだのか。 否。否だ。まったく否だ。名前をよばれた。診療室にはいる。まえかけをつけられる。口をアーンとあける。なにごともない。なにごともなさそうだ。なにごと もなさそうにみえる。幼稚園児たちがいたのでエベレストにのぼらなかった。(2014/11/04)

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シラハギ.jpg 2014年11月05日

・『霧の犬 a dog in the fog』の装幀、昨日校了。鉄筆からデータがとどく。長谷川潔のエッチングが闇の奥によりくっきりとみえている。執筆時のイメージもだいたいこんなような ものだった。ブログの写真を差し替える。堀田善衛の『時間』にまだこだわっている。昨夜もおそくまでかんがえこんでいた。どうしてか。じぶんでもよくわか らない。文庫がボロボロになってきた。すっかり黄変していた本が、左手だけで不器用に、しょっちゅう繰られるものだから、頁がたまらず、はずれかかってい る。この小さな紙の束が、解体し崩壊しかかりながら、なお記憶の古層の肝心なところにまとわりつき、わたしをひどくゆさぶる。記憶の総括のやりなおしをせ まってくる。1973年当時、たったの120円だった本。たいしたものだ!紙魚、黄変、湿気ったにおい。印字のうすれ。それらすべてが大事な記憶にかかわ る。ニッポンとは、かつて、「イスラム国」だったのだ。のようなものだった。じつはもっと酷かったのだ。「シャー・リュエ・ジエン」。発音を聞くだけでド キドキする。顔が赤くなる。shā・lǜe・jiān。殺・掠・姦。中国侵略日本軍は、日本では「皇軍」、中国では、べつに南京にかぎらず、「シャー・ リュエ・ジエン」の「鬼」とみなされていた。「何万人、何十万人の不幸には、堪える方法がない、だから結局は堪えることが出来るということになる。小さな 不幸には堪えることが出来ず、大きな不幸には堪える法がない」と、掘田は小説『時間』で書いた。そして、すぐにつづけて「人間は幸福か。」という疑問形を クエスチョンマークをつけずに配した。改行。「あれはたしか、去年、三七年の十二月十三日の午後だった。城の内外ともに集団的戦闘が終止したのは」。また 改行。堀田善衛は書きつつ、ここでいったん息をとめたはずである。パラグラフの最後。「それから約三週間にわたる、殺、掠、姦――」。殺人、略奪、強姦。 1行アケ。「シャー・リュエ・ジエン」。その音がどれほど内臓深くにつきささってくるものかをわたしは知っている。「シャー・リュエ・ジエン」の日本鬼 子。知っていて、このわたしでさえ、忘れかけていた。なににわたしはこだわっているのか。あったかどうか。どれほどあったか。それもある。が、それより も、記憶の根を断たれること。記憶の根を断たれたげんざいに平気で生きることの無意味にいらだつ。エベレスト登頂1回目失敗、2回目なんとか成功。登れな くなったら、それで終わり。(2014/11/05)

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小さなピンクの花一輪.jpg 2014年11月06日

・ひきつづき『時間』にうちのめされている。どうしてこうもゆりうごかされるのか、わからない。かんがえこむ。『時間』は小説である。フィクション だ。学術論文でも、歴史書でもない。だが、そんな分類が、いったいなんになるだろう。ここまで言ってもよいのものか、とわれながらとまどいもしつつ、あえ て言いたくなる。だれにたいして、というのではない。若いひとたちとか後代のためにとか、口はばったいことをかたるべきでもない。わたしはたぶん、自身に むかって言っている。じぶんに抗議している。おまえは怠惰だったと。なにをしてきたのだ、と。世の中などもうどうでもよい。皆がこれを読んだほうがよい、 読むべきだとはおもうが、そんなことはまたべつの話だ。歴史は、などと大上段にかまえるつもりもない。そうだ、こう言ったほうがいいかもしれない。歴史は 万人のものではない。歴史は、あくまで〈わたし〉とのかかわりあいのなかで、記憶のかなたにたちあがる、究極的には普遍的風景ではなく〈わたしの風景〉で ある。フィクションかノンフィクションか、などたいした問題ではないのだ。不思議なことではある。細部。細部。どこまでも細部。ディテール。陰翳。にお い。声。うめき。闇。風。それらのない漂白され脱臭され血抜きされた歴史など歴史じゃない。南京大虐殺にかんする本をこれまでずいぶん読んだ。映画もみ た。数十年後の現場いったいをあるきまわり、ひとびとの話も聴いた。南京大虐殺の事実そのものを、せせらわらいながら、まるごと否定する者らの本も読み、 言い分を聴きもした。事実を肯定し、紋切り型の正義をかたる者らの話も聴いた。死んだわたしの父の記憶が背負う南京がどんなものか、想像したこともある。 だがしかし、あえて言う。けっきょく『時間』の風景が、わたしには既視感の確認のように、もっとも自然に体内にはいってきたのだ。「皇軍」の兵士がほしい ままに殺戮をし、レイプをし、略奪をしたのは、中国を10年も勉強した者なら、だれでも知っている〈常識〉である。しかし、『時間』の〈画角〉をほんきで かえりみることは、なぜか、すくなかった。避けてきたのだろう。〈「皇軍」の兵士がほしいままに殺戮をしレイプをし略奪をした事実〉。これらの文言にディ テールはない。ディテールのない歴史は歴史ではない。年表だ。カチンの森事件だってそうではないか。死者のみぞ知る、か。ちがう。カチンの森事件では、し かし、南京大虐殺にくらべれば、第三者機関をふくめた検証がなんどかなされた。カチンの森事件は〈幻〉ではないことがみとめられている。南京大虐殺はいま やリーベンでは〈幻〉あつかいである。殺、掠、姦。シャー・リュエ・ジエン。殺戮、掠奪、強姦。それはそうだ。あったのだ。『時間』によれば、あるときそ れらは、じつに奇妙な動作の後におこなわれた。日軍(リージュン)の兵士らは、民家におしいり、目もあてられない狼藉をするまえに、ズボンをさげ、絨毯の うえに大便をした、というのだ。部屋にたちこめるものすごい異臭。そとには鎌のような月。やがて哀痛の声。銃声。あるいは日本刀が肉を斬る音。「一刀、饒 命(じょうめい)の叫び、二刀、叫び声はようやく微かに、三刀、寂然として声なし」。ディテール。細部。細部。細部。細部……。こういうことをかたる者 を、この国は「国賊」と言いはじめている。それならわたしはコクゾクになろう。エベレストにのぼらなかった。犬、コビトと東口ミスド。(2014/11 /06)※

※SOBA:映像『カティンの森』(カチンの森)を末尾にアップしておきました。中国映画『南京!南京!』はこちらで

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サザンカ2014年11月.JPG 2014年11月07日

・「日本兵は、彼ら相互の間においてもそうだが、どうしてああも頭部及び特に顔を殴ることが好きなのか」。『時間』で描写された他の、おびただしく むごたらしい所業にくらべれば、ちょっとしたフェイントのようにもおもえるこの〈さりげない疑問形〉が、ずっと生々しく尾をひいている。わたしにはわかる ようでいて、容易には答えられない。答えられないのだけれど、風景にはむかしからなじみがある。その風景はまちがいなく、わけのわからぬ湿土ニッポンどく とくのそれだった。いわゆるビンタ。ビンタとは抵抗のできない者、あるいは抵抗を禁じられた者への、一方的暴力である。富士正晴の文章にもビンタがよくで てくる。富士は「ビンタをとる」と書いた。五味川純平、古山高麗雄らのものにもしばしば登場した。その動作は「ビンタをとる」とも「ビンタを張る」とも言 われた。だが、内村剛介や石原吉郎がシベリアのラーゲリでロシア人にビンタを張られていたとは、あまり聞かない。V. E. フランクルやP.レーヴィの著作にビンタはあったっけ。わたしが知らないだけかもしれないな。あったにせよ、けっして頻繁ではなかったはずである。ニッポ ンでは、まるで呼吸のように、しょっちゅうあった。その動作はひとつの〈日本的様式〉でさえあった。通常、被殴打者は直立不動でたたされる。直立不動のさ きには不可視の天皇がいた。おもいきりビンタを張られ、倒れたり、からだがゆらいだりすると、再び直立不動を命じられ、またまた顔を殴られる。被殴打者に よる反撃は、どうやら、かんがえられもしなかったらしい。顔をなぐられて「ありがとうございます!」と言ったりする。言わされる。あれはニッポン様式であ りニッポン的秩序でもあった。それがニッポンの思想の根にあった。ニッポン人はニッポン語で「バカヤロウ!」と罵り、ニッポン人だけでなく、中国人、朝鮮 人の顔を、朝夕のあいさつのようになぐった。手だけでなくスリッパでなぐりもした。わたしの父も中国でやったらしい。しかし、「どうしてああも頭部及び特 に顔を殴ることが好きなのか」と、ビンタというどくとくの暴力様式をとりあげて、ニッポン人が真剣に自問したことはひじょうにすくないかほとんどなかった だろう。だからわたしはギクリとしたのだ。ビンタという日本的暴力様式は、この社会が戦後もながくひきずってきた、一方的暴力による陰湿な秩序の形式でも あった。どこか胆汁質の天皇制ファシズム。教育現場をはじめひとが集合する場、スポーツ合宿あるいは家庭でさえ、ビンタは〈ふつうの動作〉であった。そ の、みなれた風景に、いまさらハッとする。ハッとしてしばらくぼーっとかんがえこむ。ビンタはいま、なにに変容しているのだろう。昨夜、歯を磨きながらテ レビをつけた。むかし八百長プロレスの実況でオーバーなしゃべりをしていた、とても貧相な顔をした男が、あいかわらずそらぞらしく流ちょうになにやら話を している。プロレスの実況とおなじ調子で、ヘラヘラとニュースをつたえている。ひとは変わらぬものだ。天皇主催の園遊会のニュース。プロレス実況男が、天 皇夫妻はほんとうにご立派だ、としきりに感動している。女性のキャスターがなんどもうなずく。ふいにおもいだす。戦犯の絞首刑は、1948年(昭和21 年)12月23日に執行された。すなわち、いまテレビにうつっている今上天皇の誕生日に。そして、東京裁判における戦犯の起訴は1946年4月29日、つ まり昭和天皇の誕生日にかさなる。なぜか。なぜ解明しないのだ。なぜいま、かたられないのだ。なぜですか。なぜなのだ。日本人はなぜ顔をなぐるのがすきな のか。すきだったのか。なぜか。なして。おしえてたもれ。エベレストにのぼらなかった。(2014/11/07)

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レッドフラワー.jpg 2014年11月08日

・コビトがよそゆきのかっこうをしてきた。銀色のドレスで。これからイタリア語のスピーチ発表会でおおぜいのコビトたちのまえでイタリア語を話すのだという。伊大使館後援とか。唖者がどうやって、と訊きかけたが、コビトについてはなにからなにまでウソと謎だらけなので問わずじまい。コビト、イタリア 語のスピーチ草稿と楽譜をもっていた。みんなでうたうのだという。Bella Ciaoを。Una mattina mi son svegliato O bella ciao, bella ciao, bella ciao ciao ciao Una mattina mi son svegliato Eo ho trovato l'invasor O partigiano porta mi via O bella ciao, bella ciao, bella ciao ciao ciao……と、コビトが念波でうたう。ああ、そうか、第2次大戦のイタリア・パルチザンの歌だ。ニッポンではそのむかし、「さらば恋人よ」というタイト ルで、よく歌声喫茶や民青の集会などでうたわれていたな。わたしはうたわなかった。すきではなかった。わたしはよく「ワルシャワ労働歌」をうたった。で も、なぜだか、Bella Ciaoの日本語の歌詞はだいたいおぼえている。〈ある朝目ざめて さらばさらば恋人よ 目ざめてわれは見る 攻めいる敵を……われをもつれゆけ さらば さらば恋人よ つれゆけパルチザンよ やがて死す身を……いくさに果てなば さらばさらば恋人よ いくさに果てなば 山に埋めてよ……埋めてやかの山に  さらばさらば恋人よ 埋めてやかの山に 花咲く下に……道ゆく人びと さらばさらば恋人よ 道ゆく人びと その花めでん〉。いまおもえば、相当の歌詞では ないか。イヴ・モンタンのBella Ciaoはかっこうよかったよ。中国でも70年代にBella Ciaoを聞いたことがある。北朝鮮でも聞いたな。最近の香港でもデモ隊にうたわれたらしいね。コビトが問う。日本には日本のパルチザンの歌がないの?な い、と言下にわたし。パルチザンがなかったから、パルチザンの歌もない。どうしてパルチザンがなかったの?戦争に反対しなかったの?コビトは知っていて意 地わるく訊く。「海行かば」がだいすきだからさ。おおきみのへがすきだからさ。わたしは胸のとおくに聞く。海ゆかば 水漬くかばね 山ゆかば 草生すかばね 大君の 辺にこそ死なめ かへりみはせじ(長閑には死なじ)……。ああ、なんという歌であろうか。かばねとは「屍」だ。気をつけ!バカヤロウ。もとい。満目累々と 屍なのだ。恋人だのヘチマだのと言うな、バカヤロウ。いいか、大君の辺にこそ死なめ、だ。気をつけえ!右むけ右い!いいか、かへりみはせじ、だ。バカヤロ ウ。のどには死なじ、だ。それだけ。理屈もヘチマもない。文句あっか。コビト笑う。犬の背にのって、しゃなりしゃなりとでかけた。O bella ciao, balla ciao, bella ciao ciao ciaoと、うたいながら。掘田さんもBella Ciaoをうたったことがあるだろう。フランス語で。「海行かば」は、かつてうたったかどうか知らぬが、その凄絶といいますか、ドスというか、凄みは、は らわたでかんじていただろう。『時間』は1950年代に書かれた。これはくだらぬ疑問だけれど、もしも2014年にかれが生きていたとしたら、『時間』を 書いただろうか。書けたか。かりに書いたとして、書けたとして、はたして、つつがなく出版できただろうか。『時間』は1950年代という時代の流れと浸透 圧のなかで書かれたのではないか。赤報隊は、なぜ手がかりがないといわれているのだろう。『時間』はロシア語訳があるそうだ。だが、中国語訳があるのか知 らない。エベレストにのぼった。内科。薬。ダフネ。(2014/11/08)

SOBA:辺見さんが上記言及している『Bella Ciao』を末尾でアップ

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中庭のツバキ.jpg 2014年11月09日

・「テンペスト」を習ったことがある。川田先生の特別授業で。夜に川田先生の下宿に習いたい生徒がいくのだ。むずかしくてさっぱりわからなかった。 川田先生は東北大の大学院でシェークスピアとサッカーをやって、わたしのいた高校に英語教師としてやってきた。無口でハンサムな先生だった。60年安保闘 争後、1、2年しかたっていなかった。えらいものだ。授業後にじぶんの下宿で生徒にただでシェークスピアをおしえるのだから。ある夜、わたしと石田君が志 望大学をきかれた。わたしが答え、つぎに石田君が答えた。とたんに、川田先生が顔色をかえて、裂帛の気合いで「やめた。でていけ!」と怒鳴った。レッド カード1発退場。わたしの「テンペスト」はそれでおわった。寒い夜道を石田君は泣いてあるいた。先生はわけを諄々と説くということをしなかった。あのころ は〈諄々と〉ということをあまりしなかった。「やめた。でていけ!」。理不尽だなと、かんじた。理由をまったくわからないでもなかったけれども、先生の怒 りのはげしさは、わたしの想定する理由とどうにもつりあわなかった。石田君はただ防衛大学校にいきたいと言っただけだったのだ。そのことをずっとおぼえて いる。きのう、大学でおしえている友人が、「保護者会」で学生の両親と面談し、つかれたとメールしてきた。いまどきは大学にも保護者会があるのか。おどろ く。日本軍は南京攻略後に威風堂々の入城行進をした。軍楽隊が行進曲を演奏した。どんな行進曲を演奏したのか、しらべている。だいたい見当はつくのだが、 確証はない。なんとなくあの夜の川田先生と石田君をおもいだす。最近の防衛大では、徒歩行進曲として旧大日本帝国陸軍分列行進曲「抜刀隊」を平気で演奏す るらしい。平気の平左。知らないこちらがマヌケ。「抜刀隊」は1943年、東条英機が観閲した雨の明治神宮外苑競技場での学徒出陣壮行会でも演奏された、 侵略と玉砕戦争のシンボルであり、自衛隊・防衛大ではそれをおもんぱかり、いちじ不使用だったらしいが、いまはまったく問題なし。首相Aが観閲した去年の 自衛隊観閲式でも「抜刀隊」(それに軍艦マーチなど)が演奏された。防衛大生が儀礼刀を顔面にかかげ、宙を薙ぎおろす動作も、曲と同様、戦前戦中からのも のだ。歌詞がすごい。〈敵の亡ぶるそれまでは 進めや進めもろともに 玉ちる劔(つるぎ)拔きつれて 死ぬる覚悟で進むべし……〉。玉ちる剣を抜きつれ て、とはどういう意味か。なんという日本語か。でたらめ。死ぬる覚悟で進むべし、とはいくらなんでもあんまりではないか。めちゃくちゃである。ああ、川田 先生の激怒のもとはこれか。「抜刀隊」は警視庁機動隊の行進曲でもある。いまはもうだれも遠慮しない。「抜刀隊」がながれるなか自衛隊・防衛大生らが行進 すると市民がねつれつに拍手する。キャーッ、ステキ!1937年、南京入城のときの行進曲も「抜刀隊」ではなかったか。きっとそうだ。ところで、防衛大に も保護者会があるのだろうか。みんな顔が中学生のようにあどけなくなった。あどけない顔で、たぶん戦争の意味も知らずに、「抜刀隊」行進をしている。戦前 ――戦中――戦後――戦前……のながれにはまるで途切れがない。いまもおなじ黒い川がながれている。「戦争は宿命論的な感情をもっとも深く満足させる。平 和とは、戦争がないという消極的な事柄であるよりも、むしろ、奴隷的な宿命論や、破滅的な人生観に屈従せぬということなのだ」(『時間』)。掘田は中国人 の「わたし」にこう述懐させることで、堀田善衛じしんの(1950年代の)戦後観をかたったのだとおもわれる。そのとき、掘田はニッポンのいまをかけらほ ども予期しえなかったにちがいない。エベレストにのぼった。南京大虐殺のときに「抜刀隊」は演奏されただろう。すごい歴史だ。ニッポンはその血のどこかに 「宿命論的感情や、破滅的な人生観」を、そうとはまったく自覚せずに、もちつづけているのではないか。川田先生は、福島大学の教授時代にいちどお目にか かったが、その後どうしていらっしゃるか。石田君は元気だろうか。(2014/11/09)

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黄色の花2014年11月.jpg 2014年11月10日

・天皇は首相Aをひどくきらっているらしい。新聞記者たちが、わけしり顔でそう言う。中曽根政権のときもそうだった。中曽根がテレビに映ると、テレ ビを消しなさい、と侍従に命じたらしい。記者らは、まるでみてきたかのようにそう言う。前者は平成の天皇、後者は昭和天皇。ざんねんなことに確証はない。 新聞記者がそう言うなら、ウラをとって記事にすればよいようなものだ。が、記事はひとつもない。ウラはとられたためしがない。新聞記者くらいうわさ話がす きな連中はいない。けれども、記者は命がけでウラをとる気もない。首相Aも中曽根も記者たちも、藤田省三のタームで言えば、このクニに蔓延する典型的な 「天皇制的俗物」なのである。すなわち、たてまえは天皇の神聖をみとめながら、じっさいはそれを利用してみずからの個人的意思(野心)をつらぬくやから、 ないし、そうしたニッポン根生いのいじましく卑怯な精神構造のもちぬしなのである。したがって、実在する天皇そして天皇制は、かれらの〈価値の究極目的〉 ではさらさらなく、言説や感情・精神を権威づけるための、いわば培養基である。ヤクザ・ゴロツキ同然の与野党の政治屋にとってそうであるだけでなく、反権 力をちらつかせるジャーナリズム、学芸、教育、文化界にとっても、げんざいますます神聖不可侵とされつつある〈象徴天皇制〉は、さりげない、しかし、異論 をみごとに封じる、ニッポン的〈理想と正義〉の培地であるわけだ。はじめにもどれば、首相Aを厭う小心翼々たるサラリーマン記者たちが、みずからの口では そうは言えずに、じつは天皇が首相Aをきらっているらしいという流言を小声でかたってはいっとき溜飲をさげ、他方、じぶんらが所属する新聞は大々的に天皇 傘寿記念特集記事をくみ、首相Aの反動的諸政策にも反対しない、というしかけなのである。天皇制利用のこれがヌエ的本質であり、便利なところでもある。わ たしはなぜこんなことを書くのか。なにをかくそう、わたしは1937年冬に南京でおきたこと(いや、自然災害ではないのだから、「皇軍」がひきおこした酸 鼻の大犯罪とはっきり言おう)は、天皇または天皇制あるいはその心性となにもかんけいがないのか、あるのか、あるとすればどの点であるのか、ないとするな らどの点でないのか……に少なからぬかんしんがある。堀田善衛もかんしんがあったにちがいない。わたしはそう確信する。しかし、『時間』に天皇は書かれて いない。天皇ではなく、わずかに朝香宮が3字のみ記されているだけだ。おそまつきわまる佐々木基一の解説も、もちろん触れてはいない。なぜか。天皇と天皇 制が南京の惨劇といかなるかかわりもないからなのか。中国をよく知る掘田はそうかんがえたか。ありえない。だんじてありえない。掘田は『方丈記私記』のと きも、肝心要の天皇のスケッチをしておきながら、あきらかに描写の強度をおさえ、天皇にかんする掘田の思念、本音の吐露を手びかえている。そう、読みよう によっては〈周到に〉〈過剰にならぬように〉手びかえた、筆をおさえたのだ。なぜか。なぜか。なぜか。南京アトロシティーズ(atrocoties)や東 京大空襲と天皇・天皇制・それらの心性は、いかなる面でも縁がないからか。冗談ではない。天皇はかつて政治的主権者として万能の「君権」を意味し、天皇レ ジームは政治外的領野を基礎とした「神国」とされ、天皇家はかつてもいまもニッポンという「家族国家」の核であり範とされているのだ。ならば、南京の「皇 軍」はその例外だったと言えるだろうか。南京侵攻日軍は「皇軍兵士」にあらず、「天皇陛下の股肱の臣」にあらず、と言えるか。掘田は知りすぎるくらい知っ ていた。「『東亜百年戦争』は昭和二十年八月十五日に終わった。……天皇は大元帥の軍服だけでなく、戦争イデオロギーとしての『神格化』と『優越民族観 念』を脱ぎ捨てた。ともに戦争が終われば不用なものであったからだ」(『大東亜戦争肯定論』)と書いた林房雄は、よかれあしかれ、率直だった。戦争に負け るまでは神国ニッポンは上から下まで「優越民族観念」を保持していました、ということである。「優越民族観念」はまたぞろ息を吹きかえしつつある。掘田は 日軍の「獣性」をひるまず書きはした。然り。だが、それは、しばしば、〈ひとと戦争〉というものにあって不可避的な死――生――性の一般的文脈で表現され すぎた。個別ニッポンの侵略軍があらわにした、とうてい名状不可能なまでの獣性の下地に、あまり類をみないどくとくの「優越民族観念」(まったくどうじに 他民族蔑視)があったことには、言わずもがなとでも言いたげに、くわしくはふれていない。ここだ。天皇制の底流にある「優越民族観念」とその湿った襞には りついているであろう和式の獣性について掘田は詳述はしなかった。佐々木基一の解説などまったく論外である。鈍感なのか。掘田も佐々木も「近代文学」も戦 後民主主義もわれわれも、感覚が鈍いのか。そうかもしれないな。ニッポンというクニはかなり鈍感である。だがしかし、われわれは、こと天皇と天皇制につい ては異様に敏感である。過敏である。ほとんど神経症である。これ以上書きこんだら、みえないテロがあるにちがいない、ということに。掘田はそれを知ってい ただろう。推測。掘田は右翼テロを怖れた。だから、ヒノマルのことを「白地に赤玉の旗」とちゃかすていどでおさえたのかもしれないな。にしても、『時間』 にはなにか尋常ではないエネルギーがつまっている。そのエネルギーをとてもなつかしくかんじる。なつかしく。ことばは、あのころ、まだしも在ったのだ。エ ベレストにのぼった。(2014/11/10)

 

 辺見さんが私事片々(2014/11/16)と、(2014/11/17で言及しているワルシャワ蜂起関連でアンジェイ・ワイダ監督の抵抗三部作、1954年の『世代=POKOLENIE』、1956年の『地下水道(日本語字幕)』、1958年の『灰とダイヤモンド(英語字幕)』を以下アップ。なお、『カティンの森』(英語字幕、2分割)も採録 。ETV特集『アンジェイ・ワイダ=祖国ポーランドを撮り続けた男』も後ろでアップしておきます。

A Generation 1955 Full Movie
Xavi Mormont
https://www.youtube.com/watch?v=zt7K3ecsfbo

2017/06/18 に公開

↑Youtubeのリンク先を開いて見るならば英語字幕を選べる

Sサーバーにアップ ←MediaFireに保存。波蘭(ポーランド)語。英語の字幕で見ることができるが、埋込ではなく字幕は別ファイルなので、1 MediaFireで動画をダウンロードし、2 下記この映画の英語字幕ファイルをダウンロードして見る。

英語字幕ファイル ←の使い方(パソコンでダウンロードして見る場合
1.VLCをインストールしておく。
2.アップされている動画ファイルと英語字幕ファイル(拡張子「.srt」)をダウンロードしパソコンに保存する(なおDL後、動画ファイルと字幕ファイルのファイル名が同じなことを一応確認しておく:拡張子の前の部分。ここが少しでも違っていると字幕が表示されない)
3.ダウンロードした英語字幕ファイルをダブルクリックするとVLCがプレイリストに字幕ファイルを表示した状態で立ち上がる。
4.ダウンロードした動画ファイルを3のプレイリストにドラッグ&ドロップする。
5.動画ファイルの方を選択し再生ボタンを押下すれば字幕と共に再生が始まる。

 

映画=地下水道(ワイダ監督)日本語字幕
Kempou
http://video.fc2.com/content/201401206pUxPtFJ/

↑↓を見られない人は以下で
Sサーバーにアップ ←MediaFireに保存。MediaFireはPCでは使い辛くなったのでipadを推奨。ipadで左記リンクをタップするとSafariの別頁が開き「Download(…MB)」の表示が出るのでタップする。黒い画面に変わり20秒から40秒待つと再生開始(時間帯、夜間は回線が混むので駄目

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 『灰とダイヤモンド』(英語字幕、2分割)

Ashes And Diamonds (1958) pt. 1
karimberdi
http://www.dailymotion.com/video/x104ivl_

Ashes And Diamonds (1958) pt. 1 投稿者 karimberdi
公開日: 2013年05月23日
期間: 59:01

2分割のを一つにしSサーバーにアップ (英語字幕)←MediaFireに保存。MediaFireはPCでは使い辛くなったのでipadを推奨。ipadで左記リンクをタップするとSafariの別頁が開き「Download(…MB)」の表示が出るのでタップする。黒い画面に変わり20秒から40秒待つと再生開始(時間帯、夜間は回線が混むので駄目

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Ashes And Diamonds (1958) pt. 2
karimberdi
http://www.dailymotion.com/video/x104otz_

Ashes And Diamonds (1958) pt. 2 投稿者 karimberdi
公開日: 2013年05月23日
期間: 43:40

 

 『カティンの森』(英語字幕、2分割)
2分割のを一つにしSサーバーにアップ ←MediaFireに保存。MediaFireはPCでは使い辛くなったのでipadを推奨。ipadで左記リンクをタップするとSafariの別頁が開き「Download(…MB)」の表示が出るのでタップする。黒い画面に変わり20秒から40秒待つと再生開始(時間帯、夜間は回線が混むので駄目

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Katyn (2007) Part I English subs
Milentije Kindlovski
http://www.dailymotion.com/video/x138ofn_

Katyn (2007) Part I English subs 投稿者 MilenkoBL
公開日: 2013年08月17日
期間: 58:28

 

Katyn (2007) Part II - English subs
Milentije Kindlovski
http://www.dailymotion.com/video/x1398oq_

Katyn (2007) Part II - English subs 投稿者 MilenkoBL
公開日: 2013年08月17日
期間: 58:28

 

ETV特集
アンジェイ・ワイダ=祖国ポーランドを撮り続けた男
Kempou
http://video.fc2.com/content/20140120bLGc6xNN/

Sサーバーにアップ ←MediaFireに保存。MediaFireはPCでは使い辛くなったのでipadを推奨。ipadで左記リンクをタップするとSafariの別頁が開き「Download(…MB)」の表示が出るのでタップする。黒い画面に変わり20秒から40秒待つと再生開始(時間帯、夜間は回線が混むので駄目

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タグ:アンジェイ・ワイダ監督(Andrzej Wajda)、世代(Pokolenie、GENERATION)、地下水道(Kanał、KANAL、THEY LOVED LIFE、ILS AIMAIENT LA VIE)、灰とダイヤモンド(Popiół i diament、Popiot I Diament、Ashes and Diamonds)、カティンの森、カチンの森(Katyń、Katyn)

 

 辺見さんが私事片々(2014/11/08)で言及している第2次大戦のイタリア・パルチザンの歌『Bella Ciao』。イヴ・モンタンのBella Ciaoと原曲の2曲。

Yves Montand - Bella Ciao (1963)
LeIntrovabili4
https://youtu.be/dalKo3WCoDk

2011/03/09 にアップロード

 

Bella Ciao - ORIGINALE
Battle For Telenuovo
https://youtu.be/4CI3lhyNKfo

2010/11/27 にアップロード

Una mattina mi sono svegliato,
o bella, ciao! bella, ciao! bella, ciao, ciao, ciao!
Una mattina mi sono svegliato,
e ho trovato l'invasor.

O partigiano, portami via,
o bella, ciao! bella, ciao! bella, ciao, ciao, ciao!
O partigiano, portami via,
ché mi sento di morir.

E se io muoio da partigiano,
o bella, ciao! bella, ciao! bella, ciao, ciao, ciao!
E se io muoio da partigiano,
tu mi devi seppellir.

E seppellire lassù in montagna,
o bella, ciao! bella, ciao! bella, ciao, ciao, ciao!
E seppellire lassù in montagna,
sotto l'ombra di un bel fior.

Tutte le genti che passeranno,
o bella, ciao! bella, ciao! bella, ciao, ciao, ciao!
Tutte le genti che passeranno,
Mi diranno «Che bel fior!»
«È questo il fiore del partigiano»,
o bella, ciao! bella, ciao! bella, ciao, ciao, ciao!
«È questo il fiore del partigiano, morto per la libertà!»

関連動画 FONOLADISCHI

 

 パソコンにとってはデータが命、データがなくなればPCはただの箱。パソコンのトラブルに備えデータバックアップするのは常識であり、外付けハードディスクは必須。昔、1996年暮れに購入したタワー型・NEC VALUESTAR PC-9821 V20(OSはWindows95)の内蔵HDDは4GBだった。確か30万円以上で買った記憶がある。容量の大きさに感激したものだ。ところが現在は普及タイプの外付けHDDが3TB(3000GB)で値段が1万円前後。IT機器の進歩のスピードには驚くばかり。

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完全版 1★9★3★7 イクミナ (上) (角川文庫)
完全版 1★9★3★7 イクミナ (下) (角川文庫)です。


 

辺見庸さんの『増補版1★9★3★7』と、
堀田善衛さんの『時間』(岩波現代文庫)です。 


 

辺見さんの『1★9★3★7』(イクミナ)です。 

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辺見庸 (日録1―5)私事片々 2014/10/21~と、(日録1―6) 雑談日記Archive

 「(日録1―1)私事片々 2014/08/30~」を、今までと同様アーカイブ保存しておきます。

 なお、辺見庸さんの(日録)私事片々の雑談日記Archiveを始めようと思ったメモなどはこちらで。辺見さんがよく言う「エベレスト」についてはこちらで

 以下、辺見庸ブログの(日録)私事片々をすべてアーカイブ保存しておきます。写真が多いので、2エントリーずつアップします(表示順は元ブログと同じく上から降順です)。

 

2014年10月28日
日録1―6

 

私事片々
2014/10/28~
http://yo-hemmi.net/article/407888815.html

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白いコスモス10月25日.jpg 2014年10月28日

・新刊『霧の犬 a dog in the fog』(鉄筆)のカバーデザイン(名久井直子さん)が送られてきた。文句なし。『眼の海』の海底ともつながる闇に、長谷川潔のエッチングが透かしみえる。気に入っている。著作権者も鉄筆も諒承。これにきまった。青黒い霧のむこうにヒトデ、サンゴ、巻き貝がうっすらみえる。こういう装幀がほしかった。であいがしらにぶつかったみたいで、おどろいている。風邪なおらず。エベレストにのぼった。(2014/10/28)

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ハナミズキの実10月14日.JPG  2014年10月29日

・「社会の暴力団的段階」と言ったのは、アドルノやホルクハイマーたちで、1940年代だった。古典的ファシズムには、racket(ならず者、暴力団)がたしかに可視的に存在したが、その後の監視・管理社会には消えたかのようにおもわれている。ちがう。racketは言葉づかいのよい合法的なthe racketsになっただけのことだ。首相Aはthe racketsの頭目である。川内原発再稼働をみとめた議会・行政・群衆・メディアも、いわば合法的な暴力団のようなものだ。the racketsの諸個人は、なるほど、巻き舌ではない。バカ、アホウとののしりはしない。コンプライアンスとやらをいう。女性のかがやく社会とも。しかし、the racketsのかかげる人間の尊厳や誇りや約束は、ただのみせかけである。the racketsは尊厳をかたりながら尊厳を破壊する。国会議員は大半が、その本質において、暴力団なのである。the racketsには、派手な服を着た与野党女性議員、労働組合幹部、いわゆる識者らがふくまれる。「社会の暴力団的段階」は、すでに終わったのではなく、今日ますます熟してきている。こんごはさらに暴力化するだろう。エベレストにのぼらなかった。(2014/10/29)

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ツワブキ.jpg 2014年10月30日
フッキソウ.jpg(←SOBA:クリック遷移した写真頁ではこうあるも、写真のコピペaltデータで出た上記ツワブキが正解)

・晩餐会にちん入してはならない。そういうことになっている。だいいち、宮中ではちん入のしようがない。ちん入とは、おもえば、おもしろい動作であり身ぶりだ。バルザックにもユゴーにもシェークスピアにも、ちん入シーンはかならずといってよいほど登場する。「ビリディアナ」だってそうだ。物語はだからこそ成立しえたのだ。かつて、ちん入は、しばしばではないにせよ、ときにはありえたできごとであった。入ってはならないとされるある(場ちがいな)場所に、ことわりなしに、とつぜん入りこむこと。狼藉。当惑。狼狽。顰蹙。ざわめき。ちん入者の演説がはじまる。唐突な。見せ場だ。バルザック、ユゴー、シェークスピアはだからこそ出色たりえた。ちん入者が剣を抜き、テーブルに飛びのっていう。淑女、紳士のみなさま、ひとことお聴きいただきたい。この国の無残、貧困、とほうもない格差をよそに、あなたがたはいままさに貧者らの血税によりあがなわれた贅沢きわまる酒食を口にしている。淑女、紳士のみなさま、あなたがたのなかには、あろうことか、悪政の主導者首相Aもすまし顔でメインテーブルにおわせられる。立て、にっくきA。わしがここで成敗してくれん!……といった物語は消滅した。すなわち、そうした「抗う身ぶり」と発想が失われてしまったのだ。みずからの身ぶりをうしなった時代は、どうじにまた、その身ぶりにとりつかれてもいる、という。バルザックもユゴーもシェークスピアもない宮中晩餐会は、ただたいくつなだけである。たんなる税金ドロボー。宮中晩餐会にはちん入者がいなければおもしろくない。わたしたちは「抗う身ぶり」におどろいてみたいのだ。ちん入者たちが「ビリディアナ」のらんちき騒ぎを演ずる。もしくはピーター・グリーナウェイ風に、テーブルにおもいきりゲロを吐きまくるとか、王様のスピーチのさいちゅうにものすごい屁をするとか……。あんた、ばかなことを言ってないで、堀田善衛の「時間」でも読みなさい。コビトにメールで叱られる。エベレストにのぼった。1回目失敗、2度目になんとか成功。『デカローグ』DVD-BOX中古(5枚組)注文。 (2014/10/30)

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ヒメツルソバ.jpg 2014年10月31日

・むかし、未来社に藤森さんという大学の先輩がいて、じつにたくさんのことをおそわった。お金もかりた。埴谷雄高のこと。埴谷の当時としては破格の稿料や小山内薫のこと。よく新劇の切符をもらった。宇野重吉のゴドーをみたのも藤森さんのおかげ。暴力学生のわたしに教養というものをつけさせようとしてくれたのだった。富士正晴や島尾敏雄を読むようにすすめたのも藤森さんだったとおもう。で、富士正晴がたしか31歳で応召したのが、わたしの生年の1944年で、南京や広州、桂林を行軍したことを知る。忘れもしないのが、そのときの富士正晴のじぶんへの「誓い」である。南京大虐殺のずっとあとのこと。ケツメドAは知るまい。知るはずもない。知りたくもなかろう。富士正晴はじぶんで「強姦はすまい」と誓ったのだった。まったく泣けてくる。二等兵で中国に行き、じぶんは強姦しないぞとわざわざ誓約したほど、そして、そう誓約するのが奇異におもわれるほどに、「皇軍」にあってはときに強姦がかならずしも犯罪ではなかった、ということだ。殺(殺人)掠(略奪)姦(強姦)。中国ではかつて、それが日本軍の表象だったのだ。だから「日本鬼子」とよばれた。富士が行軍させられた南京、広州、桂林のすべてにわたしは足をはこんだ。けふ、堀田善衛の『時間』を読みはじめる。昭和48年の新潮文庫、15刷。活字がちいさくてルーペがいる。老けたものだ。佐々木基一の解説はダメ。まるでいけない。『時間』は掘田の作品でもなぜか目だたない。なんとなく目だたないようにされたのだ。権力だけでない。しもじもも、南京大虐殺を(生体解剖も)なかったことにしようとした。じぶんは知らぬとおもいこんだ。ジャパンはそういふ、あるしゅ不気味な浸透圧の社会なのだ、むかしから。そこに歴史学も文学もジャーナリズムもあるといふのだから嗤うしかなひね。藤森さんに感謝します。エベレストにのぼった。もうみたのに、Z00がまたみたくなって注文。従軍慰安婦報道にかかわった元朝日新聞記者が非常勤講師をつとめる北星学園大が、来年度からその元記者を雇用しないことにするらしい。やっぱり。田村学長は「学生の安全と平穏な学習環境をまもることが最優先」と強調。大学祭などの警備に多額の費用がかかったこと、学生からの批判や受験生の保護者から問い合わせがあったことを理由にあげているとか。要すれば、〈わたしどもは右翼の暴力に屈することになりました〉ということだ。暴力に屈するということは、教育機関が、脅しや暴力の威力をみとめることにほかならない。それは教育機関じしんによる知の根本的否定だ。自治の放棄だ。腰抜けども!(2014/10/31)

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ダリアFullSizeRender.jpg 2014年11月01日

・「腰抜けども!」などと、えらそうに言うべきではなかった。すみません。そう言うことにはいかなる意味もない。いま、腰抜けでない者など、北星学園大にかぎらず、どこにもいない。いや、北星学園大にだって、こんどのことを深くなげき、悩み、かんがえこんでいる、どんな魅力的な個人がいるかわからない。きっといるだろう。長万部かなやのかにめしを、いま、そういうひとが食っていないともかぎらないのだ。きめつけてはならない。潜勢態のようなもの。腰抜けと言ったが、おもえば、これはわたしの趣旨に反する。腰抜け、無能、マヌケ、惰弱……は、わたしの友であり味方であり、ひっきょう、わたしじしんなのだから。非の潜勢力にひっそりと生きるひとは、それでも、ひとりでなにがしか抵抗することができるし、なにより「しないということができる」(G.アガンベン)。昨夜、丸の内にいた友人Mからいきなり電話があった。「なにかとくに異変があったわけではないのだけれど、通行人がみんなキチガイにみえてしょうがない」。わたし「……」。M「みんなキチガイにみえてしょうがないこちらが発狂しているのかもしれないし、医者が診たら、そう言うのかもしれない、いや、きっとそう言うにちがいないけれど……」。わたし「……」。M「みな、なにも問題ないみたいな顔してすましてあるいているし、愉しそうにあるいているのもいる……なんかひどい!信じられない……」。あのへんは時間によっては皇居の厩舎の馬糞のにおいがする。皇居だから、だれも文句を言わない。ありがたく嗅ぎたてまつる。馬糞でも人糞でも。Mはほとんど泣き声だった。馬糞のことではなひ。通行人がみんなキチガイにみえてしょうがない、といふこと。つまり、「だれひとりとくにこれといって風変わりな、怪奇な、不可思議な真似をしているわけでもないのに、平凡でしかないめいめいの姿が異様に映し出されるということはさらに異様であった」(石川淳「マルスの歌」)といふことじゃないか。「……ひとびとの影はその在るべき位置からずれてうごくのであろうか。この幻燈では、光線がぼやけ、曇り、濁り、それが場面をゆがめてしまう」ということだ。丸の内の通りがそうだ。北星学園大だってそうではないのか。ニッポン伝来のファシズムの幻燈がこれなのだ。ファシズムの被害者なのか加害者なのか、ぼんやりしていてはっきりしない。被害者でもあり加害者でもあり共犯者でもある。主体をかくすものだから答えられないのだ。エベレストにのぼらなかった。ああ、長万部かなやのかにめし弁当を、汽車にのって食ひたいものだ。犬といっしょに。あれは毛ガニかタラバか。毛ガニとタラバか。(2014/11/01)

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黄色い花11月2日.jpg 2014年11月02日

・新潮文庫の堀田善衛『時間』をもってダフネ1号店。頁をひらくも、店内が暗いからか、目がわるいからか、活字が読めない。昨夜、寝室ではルーペなしですこし読めたのだが。読書をあきらめる。窓ごしに曇り空をながめる。とうとつに、長江下りをおもいだした。1970年代末。いっしょに乗船したAFPの記者が、川面をゆびさし「body!」とさけんだ。屍体が浮いていると。冗談だった。みんなで大声でわらった。あのフランス人特派員は、わるいジョークにせよ、いつの、だれの、どんな屍体をおもって「body!」とさけんだのか。長江下りのときはかんがえもしなかったが、36年後のいま、ひょっとしたら、といぶかる。おそらく、『時間』を読んでいるせいだけではない。南京大虐殺記念館(「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館」)の建設計画があるという情報をつかみ、記事を北京からテレックスでおくったのはわたしだった。南京に行った。話をあつめたが、あまり記事にはしなかった。「旧聞」とおもったのだ。おどろかなかった。大地をあるくと布団をふんでいるように、いつまでもフカフカした。たとえようもない異臭。足首までもぐるほど地面がゆるかった。トラックではしってもガタガタ揺れるのでなく、ぬかるんだ。数えきれないほどの人間の屍体がうまっていたから。長江河岸はどこにも水がみえなかった。屍体という屍体が水面をおおっていたから。わたしは生まれていない。ただ、既視感がある。南京大虐殺記念館の記事はたいした話題にも問題にもならなかった。ほう、そうですか。そのていど。南京大虐殺は、すくなくも1970、1980年代には、常識的な史実だったから。日中関係はわるくはなかった。北京の国際クラブのコートでよくテニスをした。駐北京日本大使館の阿南惟茂さんともテニスをした。わたしはたしか全敗。かれは有能な外交官で、人間的に中国当局の信頼をえていた。むろん、阿南惟幾陸軍大臣の六男であることは知っていたけれども、あまり意識したことはない。南京大虐殺の話もまったくしたことがない。ただ、コート上に汗をたらしながら、ああ、おれは旧侵略国の陸軍大臣の息子とテニスをしてるのだな、不思議だな、中国は太っ腹だな、阿南惟幾は陸軍人事局長時代の1937年12月に、南京を視察していたのではなかったか……などと、ボツ切れにおもったことはある。そのことに当時とくに戦慄はしなかった。いまはなにか感に堪えない。史実がかわったのではない。ひとびとの心がすっかりかわった。こんばんも『時間』を読むことにする。エベレストに2度のぼった。息があがる。(2014/11/02)

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落花.jpg 2014年11月03日

・ダフネ1号店。晴れているせいか、昨日より目がみえる。『時間』を読んでいると、目はショボショボなのに、気分がいくぶんしずまる。どうしてだろう。古い文庫の紙のにおいだろうか。それもないでないな。堀田善衛の思考法、思考の速度、視線の角度、対象物との間、ほどよい距離……か。それらはけっして天才的でも超絶的でもない。どころか、よき知識人の、そこそこぶどまりのよい穏和な思念だろう。武田泰淳のように破綻はしない。そのことに若いときはいらだちもしたが、いまは、掘田のような〈健全な知性〉にも救いをかんじる。掘田たちはほうり投げるまえに、すくなくも手さぐりし、じぶんの頭でしきりにかんがえようとした。「日本」をなんとか対象化しようとした。歴史のるつぼのなかで、もみくちゃにされながら、〈現在〉の歴史的イメージをもとうとした。「わたしは本能的愛国心とか、愛国的な本能などというものを信じない。それはほとんど悪である。そしてその悪を組織したものが用兵学である」。『時間』のなかで、南京大虐殺直前、中国人の主人公にかたらせたことばは、中国人でも日本人でもないゼロ空間にいた掘田の本音だ。掘田が生きていたら、もちろん、首相Aに危険を嗅ぎ、はげしく嫌悪したはずだ。埴谷も武田も野間も梅崎も、AとA的なるものだけはきびしく拒絶しただろう。Aは敗戦後社会の産んだもっとも恥ずかしい愚昧だからだ。とんでもない落第生。落第生でも勉強家はいる。人格の高潔な落第生はいる。だが、Aはちがう。無知にいなおり、無知を仲間とし、無知を増殖し、無知を培養し、ひたすら無知にのみ依拠している。右でも左でもそのことに気づかぬ者は、かつてなら、いなかったろう。いまは右も左もほとんど死んだ。Aはものごとには際限がないこともある、ということを知ろうとしない。じぶんの尺度で世界には際限があるとおもっている。際限のない事象に、世界には際限があるとおもっている、額のきょくたんにせまい小物はいらだつ。思考に際限のあるものが、いけどもいけども、やれどもやれども、際限のないものを相手にできるわけがない。物理的にも形而上的にも、まったくかないはしない。漱石は「互殺の和」などといったが、中国相手に互殺はだんじてありえない。土俵中央でがっぷり四つはありえない。中国はたかだか直径4.55メートルの土俵から、ほとんど図体のぜんたいがはみでてしまう。掘田も武田も高見順もそのことを肌で知っていた。田中角栄だって本能的に知っていた。吉本さんはそれを知らずに亡くなった。中国は際限がない。たとえ滅んでも際限がない。エベレストにのぼった。(2014/11/03)


2014年10月21日
日録1―5

 

私事片々
2014/10/21~
http://yo-hemmi.net/article/407495692.html

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センニチコウ.jpg 2014年10月21日

・沼気ふつふつとわきたつドブのような世界。まったくかたるにあたいしない。にもかかわらず、こちらとすぐ地つづきというのだから、どうにもならない。陋劣をあげつらうと、いつのまにか、こちらも陋劣になっている。黙っていても、意思することも意識することもなしに、忌まわしい大罪にまきこまれていく。しかし、罪とあやまちについては、他者のせいや共同責任にするのではなく、「個々人がみずから責任をおわなければならない」とレーヴィは言った。さもなければ、文明の痕跡がきえるから、と。そんなものはきえていい。だいいち、ほとんどない。「個々人がみずから責任を……」とは、たぶん、わたしがわたしの責任を、いま……ということだ。Aが平気で存在していられるのは、Aら他者たちの問題であるとともに、わたしの陋劣ともかかわる、ということだ。エベレストにのぼった。昨夜、「霧の犬 a dog in the fog」の著者校正と追加を鉄筆社に送る。けっきょく216枚ほどになった。つかれる。つかれるしかない。(2014/10/21)

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きのうの花.JPG 2014年10月18日

・「早く首つれ朝鮮人!」「朝鮮人は呼吸するな!」「よい韓国人も悪い韓国人もどちらも殺せ!」「殺せ、殺せ、朝鮮人!」ーー。「朝鮮で売れない売春婦が日本にきて客をとった。それが慰安婦だ!」ーー。このしゅの演説やシュプレヒコールを「言論表現の自由」と言うのだろうか。首相Aは、表現の自由とのかかわりもあるという。首相Aがえらんだ国家公安委員長は、こうした醜悪なシュプレヒコール、街宣活動の実行責任者らと長年昵懇のあいだがらである。警察のトップが極右レイシストと親密なかんけいーーそれがこの国だ。国家公安委員長はカトリック信者にして神道政治連盟国会議員懇談会の幹部。靖国だいだいだいすき。聖歌もうたえば軍歌もうたう。日蓮宗系とも統一教会系ともかんけいあるとか。節操もなにもあったもんじゃない。朝鮮人死ねとさけぶレイシストたちのまえを、われかんせずととおりすぎる市民。良民。極右レイシストを黙ってささえる良民。ドイツでもネオナチのかくれた支持者は反ネオナチをよそおう市民という。良民はあやしい。「朝鮮人は呼吸するな!」という命令形日本語の奇抜な発想および含意とそうさけんだ者の、そうさけんだときに脳裡にうかんだ画像的イメージはどうだったのか。精査せよ。ことばと歴史と累代の気づかざる情念。関東大震災のとき、トビ口で朝鮮人を惨殺したイメージか消えていない。どす黒い悪気流の発生源には、Aとその仲間たちがいる。わたしたちはからだをはって極右レイシストたちとたたかう用意があるのか。極右レイシストたちは「天皇陛下万歳!」という。マスメディアとともに皇后傘寿をことほぐ。朝日新聞は皇室特集がとりわけだいすきである。天皇皇后は、おそらく意思に反し、異様なまでの神格化のストーリーにとじこめられている。これら諸現象の関係式をしめせ。なにがおきているのか。反吐がでないか。いつかコリアンの友人に酔って言ったことがある。あなたがたはおどろくほど寛大だ。わたしがコリアンだったら、일본사람を孫子の代までゆるしはしない。えっ、日本人のなにをゆるさないのか、と反問された。答えた。あの「声」だよ。モクソリ목소리だよ。友人に皮肉られた。「あの」じゃなく「この」でしょう。そうなのだ、チョウセンジンハ、コキュウスルナ、チョウセンジンハ、シネというときの不気味な抑揚、声調、それを音声としてとらえてしまうじぶんの聴覚と言語基盤がつくづくいやになる。ほんとうにいやだ。やつらはほんの少数の例外だ。わたしたちとなにもかんけいがない。そんなかんがえもいやになる。やつらの声はわれわれの昏い奥からのなんらかの派生なのだから。「声についてかたる必要があるとすれば、私はたったひとつの不在の声を選ぶであろう」と書いたのはだれだったか。沈黙、鳴りやんだ音の傷痕……についてかたろう。それはそうなのだけれど……。エベレストにのぼらなかった。(2014/10/22)

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9月に見た花.jpg 2014年10月23日

・気配ということばを知らなかった。子どものころ、たぶん知らなかった。あるいは、ことばを知ってはいたのに、子どものあやつることばではなかったからか、つかいはしなかった。ことばをつかいはしなかったが、ありとある幽かな気配にとりかこまれてくらしていた。気配はふとかんじるか、なにもかんじないかの危うい識閾をかすめていくふたしかななにかであり、それゆえ、記憶にはのこらないか、かりにのこったとしても、ごくあいまいである。意識という作用がゆっくりとはたらきだしたり消失しはじめたりする境界。そうしたものがあるらしいと知ったのも、ずいぶん長じてからである。あの東北の大震災とくに大津波の気配と、海が黒くもりあがる情景を、半世紀もまえに、子どもの識閾でかんじていた。ほんとうなのだ。というと、わらわれるけれども、わらうな、とむきになるわけにもいかない。わらわれるしかないのだ。子どものころにはウスバカゲロウが意識の境をふらふらととんでいったりとんできたりした。ウスバカゲロウはいつもかすんでいた。ウスバカゲロウをウスバカゲロウとはよばず、カミサマトンボとよんでいた。カミサマトンボもいまおもえば気配であった。なにか不安定で危うい気配であった。あのころは麦の穂の影も潮騒もアリジゴクの巣も小鳥のさえずりも、たえずなにかを幽かにささやいていた。そういえば、きのう、ユキムシ(雪虫)のことをかいた短文をよんでいて、ヒヤリとした。どうしてかよくわからない。むかしはあれをたしかワタムシといっていた気がする。ワタムシもわたしにはなにかの気配だった。でも、ウスバカゲロウのような、よからぬ気配ではなく、どこか陽性の幻であった。短文には、ところが、「ためしに、ユキムシの翅をこすってみたら、白っぽい表のなかに黒っぽい裏が浮かんできました」とある。ぼうっとしていた識閾を小さな影がかすめた。わたしはワタムシをたなごころにとらえたことはある。そのまま死なせてしまったこともあるかもしれないな。わすれているのかもしれないな。だが、体長5ミリかそこらの小さな虫である。翅をこするまでしたことは、たしか、ない。それはおもいもつかなかった。数秒間落ちつきをうしない、ひと呼吸して、ああ、これは譬喩なのか、とおもいなす。やや当惑したまま。無垢そうでいたいけにみえるものにだって、仔細にみれば、暗ぐらとした「裏」がある。ということか。よくわからない。他者の経験の投影である。よくわかることができるはずもない。ワタムシの記憶をたぐる。それをみた海辺の集落は、津波にきれいにあらわれた。すっかりなくなってしまった。カミサマトンボだけでなく、ワタムシたちも50年後の災厄を聞こえない声でつたえていたのだろうか。このさき、ユキムシをみることはあるかな。おそらくあるまいな。まんまんいち、ユキムシをつかまえたとしても、翅をこすってみることもあるまいな。裏も表も、ユキムシのせいではない。一片の土地と小さな虫たちの苦痛。バルトークはそれこそを問題にした。わかるけれど、よくわからない。あやふやな識閾をユキムシとウスバカゲロウがとんでいる。ゆききしている。かすんでいる。でも、はっきりとわかっていることはある。ユキムシの「裏」じゃない。災厄はきているということだ。さらに大きな災厄がくる。なにも終わってはいない。Aは災厄そのものなのだ。気配は世界に充満している。エベレストにのぼらなかった。(2014/10/23)

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バッタファック.jpg 2014年10月25日

・サルビアの花のうえでバッタが2組、おたがいにみせつけあいながら、ながいことファックしていた。後背位。そうしかやりようがないのだろう。背中のオスはメスの子どもほど小さい。コビトはオスのチンチンがみえるという。ほらほら、青いチンチンが、そこに!とさわぐ。わたしにはみえない。写真はボカシをいれた。エベレストにのぼった。昨日、鉄筆文庫版『反逆する風景』の見本届く。(2014/10/24)

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コスモス10月25日.jpg 2014年10月26日

・「霧の犬」のつかれがとれない。公園。森や草地に勾配があるのか、じつはないのか、ぐらぐらしてわからない。座ると、おきるのに一苦労する。なぜ従軍慰安婦のかかわる歴史的事実をみとめることが「国の恥」であるのか。強制的につれてきたり、なかば強制的にハンティングした事実を、一報道機関のミスを奇貨として、これでもかこれでもかとおおさわぎしまくり、まるごとぜんぶなかったことにしようという黒い冷熱のようなエネルギーはどこからでてくるのか。かれらは借問しないのか。「国の恥」を言うなら、原爆を投下した米国にたいし、原爆投下は人道上の大いなる罪であった、といちどたりともみとめさせようとしないで、米国のただの飼い犬になっている歴史こそが真の恥ではないのか。日本の侵略戦争が大罪であったように、米国による原爆投下はゆるしがたい大罪であり、両者の罪はまったく相殺できない。という初歩的で基本的な歴史認識をAたちはもてない。エベレストにのぼらなかった。(2014/10/25)

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10月25日の苔.jpg 2014年10月26日

・筑摩書房刊「戦後日本思想大系」の5『国家の思想』(1969年)の36頁上段に載せられた、とある男女の写真のキャプション。「敗戦直後、大元帥の軍装から背広に着換えた天皇と皇后」。このモノクロ写真がすべてをものがたる。笑顔。とくに男の破顔一笑。原爆2発投下からまだ半年もたっていないとき。なんの恥じらいもかげりもない、朗らかに白い歯をむきだした、邪気のない笑い顔。その男の髪によこからそっと手をやる女。悪びれもせず、屈託もない、ただ楽しげな男と女。これこそ、すべてを円滑に卑劣に無化してきたこの国の無思想、イカサマ文化のいしずえである。今日も明日もそれは有効である。「いま、〈大多数〉の感性が〈ワレワレハオマエヲワレワレノ主長(ママ)トシテ認メナイ〉というように否認したときにも、……〈ジブンハオマエタチノ主長ダカラ、オマエタチノタメニ祈禱スル〉と応えそれを世襲したとすれば、この……存在の仕方には不気味な〈威力〉が具備されることはうたがいない」(吉本隆明)。イカサマの極致。福島県知事選。開票後ただちに自民、公明、民主、社民が支援した候補が当選確実。なんのための原発事故、なんのための選挙、なんのための社民党か。争点がなかったのだという。争点がない?!おお、なんということだ。天国の堀内良彦君よ、見たか。エベレストにのぼらなかった。風邪。熱。(2014/10/26)

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うろこ雲.jpg 2014年10月27日

・きのふ熱にうかされて、たわごと、うわごとをしゃべりつづけた。1時間くらい。焦げくさい納屋か厩舎(どちらかわからない)の暗がり。なにかが焼けているのではない。藁が焦げくさいのだ。藁はよい。藁くさいのはよい。藁の底で、星くずがよわよわしくひかっている。夢うつつだった。韓国まで元慰安婦の婦人たちにあいにいったとき、いわれた。「あんた、テンノーヘーカ、ここへつれてきなさい。うちの手をとって謝ってほしいのよ」。そのとき、かのじょがイメージしただろうテンノーヘーカはすでに病死していた。元慰安婦と元日本将兵と昭和天皇。将兵は「天皇陛下の赤子」とよばれ、大半がそう意識もしていた。かのじょらは陛下の赤子らを多数お世話した。慰安婦――日本将兵――昭和天皇。関係性は成立する。〈テンノーヘーカ、ここにつれてきなさい、手をとって謝ってほしい〉……という感情のばくはつは、したがって、短絡とはいえない。わたしは新聞連載でそのまま書いた。そのまま掲載された。社内からも配信先からも読者からも右翼からも、とくだんの抗議や脅しはなかった。かのじょらはこもごも「軍服姿の男につれられて」故郷をあとにした、とかたった。なんどもたしかめた。そのまま書いた。約20年前である。なにがかわったのか。なにかがまちがいなくかわった。時代が地滑りしている。テンノーヘーカはホーギョし、元慰安婦のハルモニたちも、かのじょらのお世話になった将兵たちも亡くなり、聞きかじりの一知半解の知識と極右思想ばかりがいまは大手をふっている。じつはお世話になりました。この最低限の感謝の意味をAは理解できまい。ひととしての最低限のエチケットをAはまるでわかっていない。戦争にかりだされた兵隊の多くが(「チョウセンジンハシネ」とさけんでいる若者たちの祖父たちも)、かのじょらにさんざお世話になったのだ。お世話になっておきながら、「国辱」とかなんとかいって開きなおる。居丈高になる。だから、卑怯、卑劣といわれるのだ。ハルモニたちは疲れきった「天皇陛下の赤子」たちといつしか恋におち、やさしくされ、慰安所にかよってきたかれらを、戦後、涙をながしてなつかしみもしていたのだ。またあいたいと。ひととはそういうものだ。そういうこともあるのだ。かのじょたちにはひととして見習うべきエチケットがある。わたしがあったかんじょたちはそうだった。人間がおとしめられ、見棄てられ、軽蔑すべき存在になっているのは、戦時もいまもかわらない。いや、いまのほうが陋劣である。手におえない。「今日の人間を支配している順応の過程が、つまるところ言語を絶する規模で……人間を畸形にしている」(アドルノ)。Aよ。きみはこんど戦争になったら、きみじしんがひとり銃をもって最前線にたて。天皇の「股肱の臣」としてズボンの前をあけて慰安所のまえに列をつくれ。慰安婦に赤チンとコンドームをくばれ。きみ以外の他の者にそれをやらせるな。エベレストにのぼらなかった。(2014/10/27)

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完全版 1★9★3★7 イクミナ (上) (角川文庫)
完全版 1★9★3★7 イクミナ (下) (角川文庫)です。


 

辺見庸さんの『増補版1★9★3★7』と、
堀田善衛さんの『時間』(岩波現代文庫)です。 


 

辺見さんの『1★9★3★7』(イクミナ)です。 

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2014年12月24日 (水)

辺見庸 (日録1―3)私事片々 2014/10/07~と、(日録1―4) 雑談日記Archive

 「(日録1―1)私事片々 2014/08/30~」を、今までと同様アーカイブ保存しておきます。

 なお、辺見庸さんの(日録)私事片々の雑談日記Archiveを始めようと思ったメモなどはこちらで。辺見さんがよく言う「エベレスト」についてはこちらで

 以下、辺見庸ブログの(日録)私事片々をすべてアーカイブ保存しておきます。写真が多いので、2エントリーずつアップします(表示順は元ブログと同じく上から降順です)。

 

2014年10月13日
日録1―4

私事片々

2014/10/14~2014/10/20
http://yo-hemmi.net/article/407069348.html

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ピンボケ・ハナミズキの実.jpg  2014年10月13日

・放送大学で亀山郁夫さんがラスコーリニコフと現代のテロリズムのかんけいに言及していた。みたのは再放送分かも。だが、ジャーナリスティックにすぎて鼻白む(ドストエフスキーがそもそもジャーナリスティックなのだ)が、敷衍可能の原型がまったくないではない。わかりやすいっちゃ、わかりやすい。ただし、現代のテロリズムは、反テロ戦争をとなえる米国とその有志連合が一方的につくりだしたCG的イメージである。もっとも大量のテロを組織的にじっこうしてきたのは米国であり、テロをもっとも声高に非難するのも米国である事実は、ラスコーリニコフを現代のテロリズムにむすびつけるのが牽強付会であることをしめしている。テロリズムにはそれぞれ異質な100以上の「定義」があり、テロリズムとは、じっさいには定義のあたわない政治的なことばかレッテルにすぎない。反ナチ運動をナチスはテロリストとよび、中国の抗日ゲリラを、中国を侵略した日本軍はテロリストあつかいして「共匪」とよんだ。ひどいもんです。現代の最悪のテロリストはさしずめ金融資本と投機屋ではないか。それらを守るために反テロ戦争はある。貧乏人は資本の合法テロでかんたんに屠られる。イチコロ。このしくみは昔日よりげんざいのほうが非情でシステマティックだ。亀山郁夫さんの講義の資料でつかわれたロシア映画『罪と罰』は未見。みていて、馬殺しの夢をおもいだす。「霧の犬 a dog in the fog」でとうしょイメージしていた犬殺しのシーンを挿入しわすれたことにも気づく。わすれたのではなく、無意識に忌避したのだろうか。犬殺しのイメージはいつか別途かけばいい。生きていればだが。ところで、まいどAの話で恐縮ですが、Aは不快であり、ふひつようである。Aは最悪だ。Aはばかだ。Aはコンプレクスのかたまりだ。うらはらに不遜で傲慢だ。Aはみえすいている。Aはジンミンをじぶんよりもよほどアホで操作可能だとおもっている。チョチョイノチョイだと。Aはアナルだ。ケツメドだ。ケツメドが、でも、ジンミンを支配している。Aはますます図にのっている。ひとびとは、だからこそ、じつは、Aをとてもひつようとしているのではないか。ドイツ民衆がナチスをひつようとしたように。あとになってすべてをヒトラーのせいにするために、ヒトラーをひつようとしたように、われわれ卑怯なジンミンは、Aをいまひつようとしている。きったねえケツメドを。マヌケぶりを笑いたおし、いつかみんなで罵倒するために。すべてをAのせいにするために、Aをひつようとしている。「霧の犬 a dog in the fog」には、ほんの一例ですけど、そんなこともかいてあります。謎の猫背の小男「エンペ」も登場します。読んでね。鉄筆社がつぶれませんやうに!印税もらえますやうに!エベレストにのぼった。(2014/10/14)

SOBA:辺見さんが上記言及している「亀山郁夫さんの講義の資料でつかわれたロシア映画『罪と罰』」を末尾で採録

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黄色いバラ.jpg  2014年10月14日

・わたしが詩をかき読者に曲をつけていただいて歌にする企画をすすめています。年内に完成のよていで。悲しい歌です。詳しいことはまたお知らせします。さて、みなさん、電話の調子がどうもおかしい。メールもおかすいです。たえず監視されているやうです。まえからそうでしたが、Aが政権をにぎってからは監視活動がとくにはげしい気がします。うんざりする。けれども、ほうってもおけない。ご存じのとおり、特定秘密保護法はとんでもない法律である。だれがなんと言おうと、反対です。そこでおもいだすのが「情報保全隊」。自衛隊に「情報保全隊」というのがある。これがですね、イラクへの自衛隊派遣(海外出兵)に反対したおおくのひとびと(市民運動関係者、記者、映画監督らをふくむ)を秘密りに調査・監視していたじじつは意外に知られていない。どころか、「情報保全隊」なる秘密監視機関の存在じたいが隠されていたため、いっぱんに監視活動も問題にされてはいなかった。民主党政権でも「情報保全隊」をあまり問題視せず、むろん改組もされなかった。その調査・監視活動は2013年の仙台地裁の判決で違法とされたが、組織は依然解体されていないはずだ。「情報保全隊」の活動が司法でとりあげられたのは、共産党への内部文書のていきょうからだといわれる。むろん、特定秘密保護法のない2007年ごろのことだ。秘密保護法下では自衛隊の情報収集活動そのものをいわゆる特定秘密とし、したがって、内部告発は「秘密漏洩」とされる。取材もヘチマもありゃしない。監視に抗議するとうぜんの活動も秘密保護に反する違法行為とされて、重罰を科されることになる。すべてが逆転する。主客が転倒するのである。悪名高いかつての治安維持法は、体制の変革、私有財産制度の否定を目的とする結社の組織者と参加者を処罰するためにあったが、じょじょに反政府、反国策的な思想や言論の自由の弾圧の手段として利用され、尾行、監視、予防検束、拷問が日常化していった。治安維持法は1945 年に廃止されたけれども、2014年12月10日に特定秘密保護法として生まれかわり、施行されることにあいなる。あきれることには、特定秘密保護法を可能ならしめたA政権特製の「情報保全諮問会議」なるインチキ会議の座長が、読売新聞グループのもうろく独裁者ナベツネ。特定秘密保護法はつまり、読売や極右・公安機関紙S紙などの全面的バックアップにより、いかにも民意を反映しているかのごとく登場するわけである。Aをただのアホだとおもってなめたらあかんぜよ。正真正銘のアホはアホですが、主要マスコミ各社のキンタマにをぎっている。主要マスコミ各社はA政権にキンタマにぎられてエヘエヘよろこんでいる。他にもAが特派したマルキ印NHK会長以下、経営委員会のサイコパスどもが特定秘密保護法を応援している。総元締めは憲兵隊長スガ。民主党は自民党予備軍。社民党はもはや完全絶滅危惧種。どちらをむいてもファシストばかり。大ヌッポン帝国はいままさに、「ふやけた戦時」なのでありますっ!総員起立、カシラー、右むけ右!クソタレ総理にむかって、ふかぶかと礼!じぶん、けふ、エベレストにのぼりませんでしたっ。(2014/10/15)

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バラ.jpg 2014年10月15日

・わたし「あの気管のよくない子、あれからどうしたかな?」。友人「ああ、あの子、午後、大ホールでちょっとみかけた気もしますけど……」。わたしと友人「………」。友人「あのう、そういえば、ことしの6月、庭のバラの木の巣に、ヒヨドリが卵産みました」。わたし「何個?大きい?」。友人「2個……、これ、写真」。わたし「わっ、すごい!こういうの早くおしえてくれなきゃ困るよ」。友人「………」。わたし「………」。そんな話をきのふ、した。うまく流れない。それでよい。そのほうがよひ。どうということはない。「……」は沈黙。あるいは空白、すき間。たぶん「あとから吃りつつなぞられる世界」(ツェラン)。下線部分はなんだかいやらしい。ジャーナリスティックでだめ。昼、感覚障害ひどい。つげ義春のまんがだ、まるで。必殺するめ固め。のまま、マックへ。このまえの女性いない。レジNO2。フィレオフィッシュ319円、アンコパイ124円、ミルク185円。計628円(内消費税46円)。旧喫煙コーナーへ。まえにもなんどかみたことのある白髪の老婆のとなりにすわる。老婆「こんにちは!」。わたし「こんぬちわわん!」。老婆「DVD注文したかね?」。わたし「どのDVD?」。老婆「じぶんのことだよ。あたしゃ知らない」。わたし「ああ、『死神の谷』か。まだ……」。老婆「それじゃないよ」。わたし「じゃ『M』かな」。老婆「いっしょにみようよ」。わたし「やだね……」。老婆「ふん、いろいろかすむかね?」。わたし「うん、かすむね」。老婆「たいてい、かすむわね」。帰ってヒヨドリのYouTubeみる。6月の卵だったら、もうとっくに巣だっているだろう。ダフネできのふの朝刊みかける。「信頼回復と再生のための委員会」発足、だと。なんのことだろうか。「新聞週間がはじまった。うしなった信頼を取り戻すため、身を切るような出直しに取り組む覚悟を新たにする」。悪文。これを写経しろといふのか。だれの、だれにたいする、どのような信頼が、なんのために、失われたのか。信頼はそもそもあったか。「身を切るような出直しに取り組む覚悟を新たにする」。くっせえクリシェ。鼻がまがる。歴史修正主義の怒濤におまえたちも呑まれた。極右政権とその提灯もちメディアに、偽善新聞が戦わずして惨敗したということだ。なぜそういえないのだ。「身を切るような出直しに取り組む覚悟を新たにする」だと。当方の知るかぎり、朝日の下っぱのだれもそんなことおもっちゃいない。だれも身を切る覚悟なんかない。その価値もないからだ。世間のみなさまに、ご心配、ご迷惑をおかけして、ほんとうに申し訳ありませんでした。礼。30秒。腹のなかでべーっと舌をだす。あれとおなじ儀式。予定調和。沈香も焚かず屁もひらない、どころか、ぜったいに波風たてない社外委員4人厳選。これが禊ぎのつもりか。首相Aはおのれのきったないケツを、トイレットペーパーがわりに、朝日で拭いたってことだ。そんなていど。「あとから吃りつつなぞられる世界」である。ヒヨドリの卵をおもう。エベレストにのぼった。(2014/10/16)

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キンモクセイ2.jpg  2014年10月18日

・一本道をいく。だれもいない。あれはなんだろう。ゆくてに赤い点々がみえる。左手にフェンスにかこまれた更地があって、その縁のシイの樹のしたあたりに、むやみに大きなカラスがいて、こちらをみている。このところやつの気がたっているので、こちらは遠慮してとおまわりしている。よしよし、それでよし。カラスはまんぞくげだ。赤い点々にたどりつくまえに、背後からやわらかな風がふいてきて、いっしゅん、かぎなれたにおいをかぐ。あきあきするほどかぎなれた香り。そのなまえが、のどもとからもう半身をのぞかせているのに、いえない。赤い点々が気にはなるけれど、背後の植えこみにぎゃくもどり。きのふをおもいだす。きのふはウサギの目がパラパラと地面にちらばっていたのだ。風でおちたハナミズキの実たち。血の散乱。けふはもうない。植えこみの暗がり。木枝と葉むらにかくれて、なにかがいる。じっと息をひそめている。顔をちかづける。おかっぱのコビトだった。だまってたっている。ひとりだ。身長30センチほど。右の人差し指と親指でわざとらしく「コ」の字をつくっている。これは、どういうことなんだ。なにしてるんだ。答えない。そういう性格なのだ。むずかしい性格。たちさろうとすると小声で「ブルーノ・ベッテルハイム……」という。わたしがさっきかんがえていたことを、声でなぞったのだ。そうやって能力をみせつけようとする。とてもかなわない、とおもわせようとする。かんしんをひこうとする。コビトまたささやく。「スヌデ…スヌデ…」。やめろよ、とわたしはいう。「スヌデ…スヌデ…モウイイ…」と、コビトはけしかける。やりすぎだ。わたしは無視して一本道をあるきだす。赤い点々を目標にする。「セカイタイセンデハナク、センソウノセカイカナンデス……」「世界大戦ではなく、戦争の世界化なんです……」。植えこみの闇から声がきこえてくる。「モウ、スヌデ…スヌデ…」。キンモクセイの闇にコビトがたっている。わたしの気をひこうとして。赤い点々が大きくなる。「アカツメクサ…」。「センニチコウ…」。「スヌデ…スヌデ…」。うるさい、とおもふ。キンモクセイの闇からコビトの声。「ウルサイ…」。「ヒザ、イテエ…」。キンモクセイがにおう。エベレストにやっとのぼった。(2014/10/17)

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センニチコウ.jpg 2014年10月18日
ムラサキツメクサ.jpg 2014年10月18日←(SOBA:クリック遷移後の頁ではこうあり、Wikipediaの写真も似ているが、コピペaltデータで出た上記千日紅が正解)

・きのふ、根津の中村さんから情報。指つめた、ニンチなりかけの、すごく小さいおじさんとか、交番とか、ホテル・サンコウとか、泪橋とか。若い巡査とか、根津ほんとはきらいだとか。理屈じゃねえんだよ、熱いお茶をいれてあげるかどうかなんだよ、とか。昔をおもいだす。南千住から根津にいったことがある。やりに。おやりになりに。チッタゴンのあとだったかまえだったか。はっきりしない。なにかんがえてたんだか。なにもかんがえてなかったんだか。三ノ輪駅から地下鉄で夜中に何回か根津にいった。キオスクでビタCドリンク買ったよ。南国のトウモロコシごちそうになった。甘かった。空の鳥かごがなかったかな。あったな、たしか。小鳥ではなく、キュートなリスがいて、なついたんだけど、逃げたの。落ちこんだわ。そう聞いたのではなかったか。かわいいリスよ。ニホンリスかタイワンリスか。わからない。チッタゴンの霧。そこには、たしかにいた。このことばこそおそろしい。3度言ったら、げんじつになる。2行の反歌。朝、暗いうちにかへる。かえってインスタントラーメン食って寝る。かよってたってわけじゃないんだけどさ。とおかったな。根津。でも、中村さんってだれだろ?あのトウモロコシ、中村さんがお茹でになった、ってことだろうか。まさかね。やったとか、やってないとか。どうでもいい。おもひだせない。おもひだせないくらひなら、さいしょからやるな、おやりになるなよ、ってことだ。トウモロコシはおぼえてるのだ。いや、トマトだったか。あおむいたとき頭上に垂れていたベージュのカーテン。カーテンのむこうの霧。チッタゴンの霧。神社、いかなかった。とおもふ。美術館なんか、あるのも知らなかった。夜ばっかりで、あんましおぼえてない。「シェルタリング・スカイ」。ビデオ返さなきゃ。でも、ひっこしでなくしました。すみません。返信する。いま、左膝が痛いのです、となきつく。とても痛いのです。右の脚もだめです。あと、ついでに、まんなかもだめです。根津に夜這いして罰当たりまひた。いまぜんぜん夜這いしてません。イザリですから。いちおう同情をかおうとしてみる。憐れみをこう。だめもと。やっぱり同情されない。いろいろランダムになきついてみる。肩も痛ひのです。ペインクリニックもだめでした。だめもときよみ。「とっとと死になさいよ……」と言われる。すごくしずかにゆっくりと。オ・ス・ニ・ナ・サ・ヒ・ヨ。英訳すっと、fuck you、asshole! けふ、えべれすとにのぼった。ゲラ、めんどくさい。(2014/10/18)

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サザンカ2.jpg 2014年10月19日

・マックの旧喫煙室。ババアがいた。となりにすわる。そこしかあいていないから。右腰をボリボリかいている。痒いのか。訊く。知りたいわけじゃない。たんなる愛想。あいさつ。ババアなにか言ったが、聞こえない。におう。なんだかわからない。ああ、仏壇か。コーヒーうまいか訊かれる。下剤だよ。ババア笑う。エへへへへへ。また右腰をかく。仏壇のにおいが、そこからしてくる。そんなに痒いか。乾燥肌でね。右腰の粉がとんでくる。老い粉。息つめる。老い粉を避けようと、まえかがみになりボクシングのウィービングとダッキングをしているうち、左膝がまたガクリとはずれて激痛。イテテテ。左膝さする。ババアにいわれる。お風呂はいりなよ。いれたげよか。よけいなお世話だよ。ババア問う。ジョゼフ・ド・メーストルって煮ても焼いても食えない反動かね。そんなにひどいやつかね。知らないね。シオラン読むのやめたのかね。ああ。なして。うるさいな。こんどバコバコしようか。69とか。ごめんだね。老い粉入りコーヒーのむ。くそまずい。エベレスト。頂上にガキがいたのでのぼらなかった。(2014/10/19)

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ダフネ帰りの黄色い花.jpg  2014年10月21日

・ダフネ1号店に行ったら、さかゑさんの顔がおかしい。目が青いのだ。青灰色。カラーコンタクトというやつか。ヤギみたいだ。アブサンたのんだら、「まずJSFさくっといこ!」ときた。膝が痛くて、と弱音をはくと、ほな、JSF温熱治療コース―しよ、というので、ビッコひきひきトイレへ。内鍵かけて使用中。さかゑさん左膝にまたがり、体重をかけずに左膝そのものをみずからに包摂する。膝がずぼずぼとめりこんでいく。熱い。たしかに温熱療法である。膝だけだったのがだんだん腿、ふくらはぎのあたりまで温熱の闇にのまれたとき、ほのかにサロメチールのにおい。「なかに湿布薬ぬりこんであるのよ」とさかゑさん。なるほど、痛みやわらぐ。¥2000。青い目のさかゑさん「医療行為はみとめられていないのでだまっててね」。エベレストにのぼった。おりたらまた膝痛。夜、肩痛も。(2014/10/20)

 

2014年10月07日
日録1―3

私事片々

2014/10/07~2014/10/13
http://yo-hemmi.net/article/406696011.html

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金魚.jpg  2014年10月07日

・右脚をかばっていたら、ついに左膝をいためた。くそ、いてえ。びっこをひきひき生きてたら、はや10年間がたっていて、右だけでなく左もやばくなったということだね、と犬にはなしたら、さうだよ、おっちゃん、さういふことなのだよ、といわれた。けふも「神奈川大学評論」の原稿。「SはPである」の命題形式は「SはPであるべき」を意味せず、むしろ「SはPではない」の可能態をふくみもつ、てなことを書いたりした。繋辞「である」がすっかりだめになった。おれの膝みたいに。「げんじつは理性である」は、ほんらい、「げんじつは理性ではない」をおびているのに、「げんじつは理性であるべき」までいっちゃっている。A政権はたしかにげんじつではある。だがそれは「理性である」でも「理性であるべきである」でもない。たんにくつがえされるべきげんじつである。友人と横断歩道をわたる。友人になんとなくおいこされる。そのうち信号が赤になる。水たまりにたちんぼう。友人はわたりきっている。おいてけぼり。数分間の景色。微茫なながめ。あいまい。目のかすみ。不確定。なにも悪意はない。そのことをちゃんと書くのに、時間が50年ぶんいるかもしれない。そのことだけを書くのに。そんなものだ。「神奈川大学評論」の原稿は明日送ります。そのつもりです。エベレストにのぼった。(2014/10/07)

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帰り道10月8日.jpg  2014年10月08日

・「神奈川大学評論」の原稿約18枚送る。うれしい。やれ、ウレジヤ共和国!なしてうれしいかというと、左膝をダメにして、痛くてひーこらいっていて、原稿どころじゃなかったのに、必死こいてかいたから。犬にもよくやったね、セニョール、っていわれた。かきたいようにかきました。載るかどうかわかりませんが、載ったらよんでね。たしか来月発行号。書店で売ってるか不明。神奈川大学って、若いころ取材でいったことがある。いまはどうかわからないが、自由で、苦学生がおおくて気に入った。おもしろい先生がいたっけ。けふは闇よりもっと深い闇のことをかいた。われわれがいま、前代未聞の戦争状態にあるってこと。「イスラム国」のこと。ぞくぞくするということ。説明不能の世界になったこと。A政権のおぞましさ。そういったことを気ままにかかせてもらった。だから、載るかどうか自信がなひです。もしも載らなかったら、当ブログにて全文発表します。にしても、膝があかん。膝って痛みがすごく深いです。右麻痺で左膝もパーならどうすりゃいいの、と犬に問うたら、犬、まいった魚は目でわかる、だって。いよいよますます本格的ヨイヨイです。ほとんどぶったおれそうになりながら、けふ、エベレストにのぼった。コビトが病院につれてくといっている。眼科、整形外科、消化器外科、放射線科、神経内科、ただの内科、泌尿器科……リンダ、もうわけわかんない。でも、ごくまれにではあるが、夜半にボッキしたりするのである。笑うしかなひ。ははは。(2014/10/08)

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ハナミズキの実2014年10月9日.jpg  2014年10月09日

・「神奈川大学評論」の原稿を差し替える。ややふえる。なんてことないのに、こだわっている。なんてことないから、かえってこだわるのか。よいことだ。メールくる。「玉稿拝受」。ひざまずいてマガタマ2個を両のたなごころにのせて頭をたれる所作を連想。載るかどうかわからない。なにがあってもおかしくない。Aだけじゃない。すべてのケツメドが怪しい。きのふだったか、予算委員会でAがとつじょ気色ばみ「失礼じゃないか!」とさけんだ映像をみた。その形相。ファシストがあるがままのファシスト面をしただけなのに、いまさらドキリとしたのはなぜか。おもわず戦慄したのだ。地金をありていにさらしただけなのに。やっぱりなあ、このアホ本気でやるんだな、とおもったのだ。Aはほんとうはもっと凄みたいのだ。ひとびとを恫喝したいのだ。Aよ、やれよ。いばれよ。脅せよ。もっと尻尾をだせよ。凄みかたとそのタイミングがわからなかったら、チンパンジーの副首相にでもきくことだ。ハナミズキの実をみた。感嘆。こんなに赤いのができるんだな。去年もおなじことをいったらしい。いいじゃない、毎年新鮮で。コビトにいわれる。それから、あの世の話。あなたはひとにはまんべんなくきらわれてるから、ひとの天国にはいけない。それはきびしいね。でも、犬にはすかれてるから、犬の天国(犬天)にいけばいい。犬天で犬とはしりまわれば。どう、お尻のにおいかぎあえば。マクドにいった。あんこのはいったあげものみたいのを食った。顔色のあまりよくない女性が、手にもったパンをじいっとみながら半時間もそのパンを食べていた。が、そのパンはいっこうに減っているようすがない。胸を衝かれた。床屋にいった。エベレストにのぼった。ネットで「イスラム国」とかいただけで公安の自動検索にひっかかるらしい。かんがえたりしゃべったり妄想したりしただけでヤバいことになる。想像罪か。まして本格的に調べたり関係者に取材したりしたら、事情聴取に家宅捜索。ほう。イスラム国、イスラム国、الدولة الإسلامية‎、ad-Dawlah al-ʾIslāmiyyah、イスラーム国、イスラム国……。膝いてえ。(2014/10/09)

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葉の露.jpg  2014年10月10日

・あの起訴はまっとうではない。しかしだ、毎度のことだけれども、どう読んでもジャーナリズムの筋をとおしているとはおもえない、いわゆるヨタ記事のたぐいを載せた事実上の極右・公安機関紙S紙が、おくめんもなく「言論の自由」をかたらって、被害者面、英雄面をしているのはどんなものか。あきれはてる。あれが言論の自由にあたいする立派な記事か、子どもにだってすぐにわかるだろう。低劣!ところが、秘密保護法でも集団的自衛権行使容認でも大した反対をしなかった公益社団法人・日本記者クラブが、このたびは、はげしくいきりたって韓国にたいし抗議声明をだす。日本新聞協会編集委員会とやらも「起訴強行はきわめめて遺憾であり、つよく抗議するとともに、自由な取材・報道活動が脅かされることを深く憂慮する」と、世にいう「上から目線」声明。カス番組ばかりながしている日本民間放送連盟もまた「表現の自由と報道の自由は民主主義社会に欠くことのできないものであり、韓国で取材活動をおこなう同じ日本の報道機関として、つよく懸念している」と、さもえらそうに報道委員長談話を発表。なーんだ、きみらはみんな嫌韓ファシストのお仲間だったってわけか。「表現の自由と報道の自由と民主主義社会」だと!?笑わせるなよ。この国のどこに「表現の自由と報道の自由と民主主義社会」があるのかね。「日本軍創設」を主張し、故土井たか子さんを「売国奴」よばわりする超反社会的 psychopath=極右連中がいまでもNHK経営委員に堂々といすわっている。のっとっている。ファシストたちのわが世の春だ。首相Aは「ヘイトスピーチとはいえ表現の自由とかかわりがある」とのたまい、国家公安委員長は嫌韓ファシスト団体と以前から文字どおり昵懇のあいだがら。昵懇だからこそ、Aにより国家公安委員長ににんじられたのだ。昵懇とは、ねんごろということだ。ねんごろとは、大辞林によれば、(サルの副首相よく聞け)①心のこもっているさま、手あついさま②親しいさま、とくに、男女がなれ親しむさま③程度がはなはだしいさま、度をこしているさま――である。首相Aおよび国家公安委員長、嫌韓ファシスト団体は、すなわち、「ねんごろなかんけい」ではないか。おまえたちはとりわけ③の「程度がはなはだしいさま、度をこしているさま」に該当する。あれしきのヤジでAにすごまれて、キンタマちぢませてビビりあがった民主党よ、おまえらはファシスト2軍である。ヒトラーやドラキュラやチンパンジーや psychopathたちの国会。こいつらのために税金や受信料をはらうひつようがあるだろうか。ところで、申しおくれたが、「神奈川大学評論」の依頼でかいた原稿のタイトルは「デモクラシーとシデムシ」である。エベレストにのぼった。(2014/10/10)

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ネコノヒゲ.jpg 2014年10月10日(←SOBA:コピペ後のaltデータ)
ダフネ帰りの白い花.jpg 2014年10月10日 (←SOBA:写真クリック後の説明)

・整形外科と眼科に。コビトつきそい。感謝。左膝レントゲン。散瞳。眼底写真。黄斑上膜と白内障。まだ手術するほどではない、と。鎮痛剤、湿布薬もらう。歩きはあいかわらずだめ。ボーッとしている。一昨日マックにいた女をけふもおもう。手にもったハンバーガーだけをじいっとみていた。ひとり。たぶん若い。貧しそうだ。おしゃれらしいおしゃれもしていない。眉毛がこい。まわりをみない。店内をみわたさない。携帯もみていない。手にしたハンバーガーから目を逸らさない。食べているようだったが、ハンバーガーはさっぱり減っていない。だとしたところで、べつにふしぎではない、とおもう。前歯で1ミリ食べては、手中のハンバーガーの微減のぐあいをしずかにかくにんしていただけなのかもしれない。かのじょには、ごくうすい笑みがうかんでいるようにも、まったく無表情のようにもみえた。なにかおかしい気もするが、とりたてておかしくもない。これが世界だ。世界があるとすればの話だが。カネッティの『眩暈』の冒頭は、「君、なにしてるの?」だ。こたえは「なんにも」。「君、なにしてるの?」はよけいなお世話なのだ。マックのスタッフ募集のポスター。「ここで生きる……」だったか。夜、テレビをつけて歯をみがく。一青窈というひとがはなしている。つまらない。たいくつ。消そうとしたら、「ハナミズキ」を作詞したきっかけを訊かれて、「9.11があって……」と言っている。えっ。編集されているから脈絡がよくわからない。脈絡なんかないのかもしれない。聞きちがいだろうか。ツインタワーにつっこんだひとたちのきもちをおもって……あのひとたちにだって家族がいたろうし……と話している。テロリストたちのことだ。ハイジャック機につっこまれて死んだ多数のひとびとのことは、たしか、ひとことも言わなかった。「ハナミズキ」の詩の文言は9.11となにもかんけいがないようだが。あの歌の下地に9.11とテロリストたちのことがあったと聞いて、かんがえがたぶん、身軽なのだな、メディアにあまりとらわれていないな、とおもう。9.11のテレビ映像をみながら、あの日、ネコをだいて泣いたというひとをおもいだす。乗客やツインタワーの犠牲者たちがかわいそうで泣いたのだとばかりおもったら、ではなくて、死を賭してつっこんだ犯人たちが哀れでかわいそうだから泣いたのだという。世界というものを「善」と「悪」で分割したり概括したりしない。世界的できごととのかかわりは、もっともらしく概括されたマスメディア製の正義からではなく、とらわれない「個」の、ふるえる感性でかんじる。それが不思議であやうくおもしろい。ハンバーガーに見入っていた女性、「ハナミズキ」と9.11、9.11の映像のまえで泣きながらだきしめるネコ……世界とひとの交錯とは、概括不能であるとき、説明不能とみとめるとき、正直な「個」が乱反射して、かえって生の風景が狂おしくたちあがる。エベレストにのぼらなかった。(2014/10/11)

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カラスにおどされ別の道でみたフヨウ.jpg  2014年10月12日

・カシの樹のしたをとおったら、カラスに脅された。去年もだった。去年はカシの樹をはなれてもしつように追いかけられた。子犬ほども大きなハシブトガラス。カラスはおもしろい。先日はカーカーでなく「ゲロゲロ」と鳴いていた。ガマガエルがいるのかとおどろいて、みまわしたら、カラスだった。おかしい。どういうつもりかわからない。このところおちつきなくよく鳴く。せわしなく飛ぶ。けふは頭上すれすれを低空飛行。たぶん子育てのさいちゅうなのだろう。「ゲロゲロ」はひな鳥をあやしていた声か。あるいは赤ちゃんを笑わせていたのか。けっきょくはわからない。あのかのじょは手にしたハンバーガーになぜああも長時間じっとみいっていたのか。「ハナミズキ」と9.11のかんけいについて、一青窈がいったいなにをいいたかったのか。大したことではないだろう。大したことかもしれない。大したことの端緒かもしれない。けっきょくはよくわからないのだ。わたしもかのじょたちも。気が触れているといえば、気の触れていないものなどいない。「人間は、つねに人間的なもののこちら側か向こう側のどちらかにいる。人間とは中心にある閾であり……」(アガンベン『アウシュヴィッツの残りもの――アルシーヴと証人』)、人間の本質なるものは存在しない。エベレストにのぼった。「霧の犬」の決定稿を、あすまでつくらないといけない。しかし、いったんはなれてしまうと気がのらなくなる。よくかんがえれば、なにも無理してつくらなくてもよいのだ。これだって、じつは「しないでいられること」のひとつだ。いまやあらゆるひとびとが順応性という流れにのっている。市場も権力もひたすら順応をしいている。こんにち、国会議員のように生き生きと生きるのがいっしゅの精神の失調か異常である時代には、いやだからしないこと、できないこと、無力であること、無能なこと、しないでいられること……に居直る方法があってよい。手にもった120円ほどのハンバーガーを半時間もみつめ、さまざまなおもいをめぐらすこと。すばらしい。だが、権力は(Aだけではない。民衆や市民という痴呆権力も)かのじょをいつまでもそうはさせておかないだろう。反社会的不作為かサボタージュか施設に収容すべき患者とみなすだろう。しないでいられることから、人間をひきはなそうとする。凝視をやめさせる。思索と妄想を遮断する。「こうした無能力=非の潜勢力からの疎外は、何にも増して人間を貧しくし、自由を奪い去る」(「しないでいられることについて」『裸性』)。そうなっている。(2014/10/12)

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ススキ.jpg  2014年10月13日

・さっき「霧の犬」最終稿送る。213枚。きりがない。疲れた。終わりの風景のヴァリアント。どこまでも果てがない。まったくきりがない。新刊『霧の犬 a dog in the fog』は来月、鉄筆社のハードカバー第1号として刊行される。内容は、①「カラスアゲハ」75枚②「アプザイレ」40枚③「まんげつ」10枚④「霧の犬 a dog in the fog」213枚――の4作品。配列もこのとおり。装幀は名久井直子さん。カバー、扉ふくめかんぜんにおまかせ。長谷川潔のエッチングを原画とさせていただく。ひとりではとてもできなかった。からだがボロボロだし。鉄筆社の渡辺浩章氏とコビト&gagaに、なにからなにまでたすけてもらった。『霧の犬 a dog in the dog』は『青い花』(角川書店)からずっとつづいている濃霧のながれだ。救いない濃霧。渡辺浩章氏とコビト&gagaは、執筆上のあらゆるわがままと冒険をゆるしてくれた。かきたいようにかいた。狂いたいように狂った。けっきょくは、すきかきらいか、だ。渡辺浩章氏とコビト&gagaは逃げない。鉄筆社はこれであえなくつぶれるかもしれない。つぶれたら、またさいしょから裸踊りだ。サンバカーニバルだ。ターラーラーラーラララーーラーラ・ターラーラーラーラララーラーラ・ラーラーラーラーラララー・サンバ・デジャネイロ・サンバ! うーっサンバ! エベレストにのぼらなかった。(2014/10/13)

 

 私事片々(2014/10/14)で言及している「ロシア映画『罪と罰』」を探し、ニコ動で見つけました。『罪と罰』レフ・クリジャーノフ監督(ソビエト、1970年。Lev Kulidzhanov)、3時間38分の長編です。

2008年05月19日 11時17分 投稿 30分1秒
【ПРЕСТУПЛЕНИЕ】罪と罰 1/8【НАКАЗАНИЕ】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3365065

罪と罰 2/8 29分22秒
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3374011

罪と罰 3/8 30分42秒
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3374221

罪と罰 4/8 28分53秒
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3374362

罪と罰 5/8 29分29秒
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3379499

罪と罰 6/8 28分21秒
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3379993

罪と罰 7/8 28分22秒
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3381007

罪と罰 8/8 13分1秒
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3381483

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霧の犬 a dog in the fog 』です。

 

完全版 1★9★3★7 イクミナ (上) (角川文庫)
完全版 1★9★3★7 イクミナ (下) (角川文庫)です。


 

辺見庸さんの『増補版1★9★3★7』と、
堀田善衛さんの『時間』(岩波現代文庫)です。 


 

辺見さんの『1★9★3★7』(イクミナ)です。 

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辺見庸 (日録1―1)私事片々 2014/08/30~と、(日録1ー2)から全保存 雑談日記Archive

 私事片々は、「(08/13)日録30 2014/08/13~」で終了&削除後、「(08/30)日録1―1 2014/08/30~」から再開されていましたが、それも「(12/17)日録1―13」から約2週間更新がなかったあとで、12月30日に削除されていました。今までと同様、アーカイブ保存しておきます。

 なお、辺見庸さんの(日録)私事片々の雑談日記Archiveを始めようと思ったメモなどはこちらで。辺見さんがよく言う「エベレスト」についてはこちらで

 以下、辺見庸ブログの(日録)私事片々をすべてアーカイブ保存しておきます。写真が多いので、2エントリーずつアップします(表示順は元ブログと同じく上から降順です)。

 

2014年09月07日
日録1ー2

 

私事片々
2014/09/07~
http://yo-hemmi.net/article/405025261.html

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駅前の花.JPG 2014年09月07日

・エベレストにのぼった。犬のクッションを買った。イチジクを食った。JST朝、リベリアのながの君からメールがきた。写真2枚。疲れぬけない。きのう、はじめてゴキブリがでた。犬、雷におびえてゴキブリに反応せず。6割弱。(2014/09/07)

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黄色い花.JPG  2014年09月08日

・逃れられないのである。正直、気が滅入る。憂うつである。どうしたらよいか、はっきりとはわからない。だが、このことにはとうてい無感覚ではいられない。逃れることはできない。このことを受けいれる、真に納得できる思想がもしあるのなら、触れてもみたい。できれば折り合ってもみたい。だが、ない。さがしてもない。これに関し納得できる思想はまったくないのだ。したがって、どうあっても折り合うことはできない。どうにかしなければならない。書かなければならない原稿がある。だが、ひとたびこの予感にとらわれると思考は停止する。思念のカタストロフィに全身が凍りつく。予感?それどころではない。ほんとうは確信である。これをくつがえすことのできる材料はいま、ひとつとしてない。あれば奇蹟である。新法相は死刑執行命令書に、いつでも勢いよくハンコを押すであろう。バン!死刑執行命令書の文面はつぎのとおり。「東京高等検察庁検事長 ××× 平成××年×月×日上申に係る×××に対する死刑執行の件は、裁判言渡しのとおり執行せよ。平成26年×月×日 法務大臣 松島みどり」。なんというひどい文章だろう。これ一枚でひとが縊り殺される。宇宙がひとつ消される。新法相はかつて「人権は被害者にあって、加害者にはない」「法務省は法で6ヶ月以内に(死刑を)執行すると明記してあるのに、なぜそれ通りに執行しないのか。法務省が法律違反をするなど、あってはならない」などと言いきっている。再審請求中の死刑囚にたいする死刑執行もやりかねない。命を処理したいのだ。抹消したいのだ。殺したいのだ。なんとかして生かしたいのではない。この女性は絞首刑執行命令をためらわないだろう。新法相は国家の名による殺人を少しも躊躇せずに貫徹するだろう。このクニの世論は、あろうことか、死刑執行をよろこぶ。バカげたことに、内閣支持率があがる。新法相はこれまで踏みこまなかった「領域」に足を踏み入れるといわれる。領域とは死の領域だ。それは年内にもあるだろう。どうすればよいのか。どうにかできないのか。どうもしなくてよいのか。どうもしなくてよいとおもわない。まったくおもえない。エベレストにのぼった。(2014/09/08)

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9月9日の花.JPG  2014年09月09日

・……夫レ家ヲ愛スル心ト國ヲ愛スル心トハ我國ニ於テ特ニ熱烈ナルヲ見ル。今ヤ實ニ此ノ心ヲ擴充シ、人類愛ノ完成ニ向ヒ、獻身的努カヲ效スベキノ秋ナリ。惟フニ長キニ亘レル戰爭ノ敗北ニ終リタル結果、我國民ハ動モスレバ焦躁ニ流レ、失意ノ淵ニ沈淪セントスルノ傾キアリ。詭激ノ風漸ク長ジテ道義ノ念頗ル衰へ、爲ニ思想混亂ノ兆アルハ洵ニ深憂ニ堪ヘズ。然レドモ朕ハ爾等國民ト共ニ在リ、常ニ利害ヲ同ジウシ休戚ヲ分タント欲ス。朕ト爾等國民トノ間ノ紐帶ハ、終始相互ノ信賴ト敬愛トニ依リテ結バレ、單ナル神話ト傳說トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現アキツ御ミ神カミトシ、且日本國民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル觀念ニ基クモノニモ非ズ。 朕ノ政府ハ國民ノ試煉ト苦難トヲ緩和センガ爲、アラユル施策ト經營トニ萬全ノ方途ヲ講ズベシ。同時ニ朕ハ我國民ガ時艱ニ蹶起シ、當面ノ困苦克服ノ爲ニ、又產業及文運振興ノ爲ニ勇往センコトヲ希念ス。我國民ガ其ノ公民生活ニ於テ團結シ、相倚リ相扶ケ、寬容相許スノ氣風ヲ作興スルニ於テハ、能ク我至高ノ傳統ニ恥ヂザル眞價ヲ發揮スルニ至ラン。斯ノ如キハ實ニ我國民ガ人類ノ福祉ト向上トノ爲、絕大ナル貢獻ヲ爲ス所以ナルヲ疑ハザルナリ。……御名御璽 昭和二十一年一月一日 1946年元旦、戦犯朕ニ、イケシャーシャート上記ノ事ドモヲ宣ワレ、嗚呼アリガタヤ、嗚呼アリガタヤ、ト感涙ニムセンダ我國バカマスコミ並ビニ爾等アホ國民ノ成レノ果テガ現在ノ爲體ナリ。今朝ハ沖縄弐紙ヺ除く日本國全紙ガ無批判提灯記事滿載、且戦犯朕々ヲ称揚、報道報國ノ實ヲアゲ、無恥卑劣厚顔ニシテ權力ノ走狗ノ傳統ニ恥ヂザルノ眞價ヲ發揮スルニ至レリ。馬鹿者ドモ、恥ヲ知レ。「今ヤ實ニ此ノ心ヲ擴充シ、人類愛ノ完成ニ向ヒ、獻身的努カヲ效スベキノ秋ナリ」トハ、朕サン、自他國民二千数百萬人ヲ殺シテオヒテ、能ク言ヘタモンダヨ。何ガ「人類愛ノ完成」ダ。廣島、長崎ピカドンカラ半年モ閲セズニ能クモマア言ッタモンダヨ。朕、恥ズカシクハナイヒノカ。イヤハヤ呆レタヨ。「詭激ノ風漸ク長ジテ道義ノ念頗ル衰へ、爲ニ思想混亂ノ兆アルハ洵ニ深憂ニ堪ヘズ」等ト、朕々、アンタニャ言ハレトウナヒ。吾、寧ロ、詭激ノ風遂ニ長ズルコトヲ待望スルナリ。今ヤ安倍戰爭政權ヲ倒スベキノ秋ナリ。爾等國民ニ告グ。起テ、起テ、安倍戰爭政權打倒ニ起テ。朕ハ起ツナ。天皇ヘーカ萬歳、萬萬歳。ケフ、エベレストニノボッタヨ。ナガノ君タチ、リベリア脱出、バルセロナ着。(2014/09/09)

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キキョウ.JPG  2014年09月09日

・昨日悲しいことがあった。(2014/09/10)

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薄桃色の花.JPG 2014年10月04日

・喪の気分のまま、9月30日「霧の犬 a dog in the fog」210枚を脱稿。一昨日まで多少の改稿、昨日ほぼ完成。ゲラでさらに1枚ほど追加予定。ほっ。激激激疲労。コビト&gagaにはかなりたすけられた。多謝。鉄筆社の刊行スケジュール(来月中旬)になんとかまにあいそう。装幀は『眼の海』などでもお世話になった名久井直子さん。長谷川潔のエッチングを原画にするらしい。最新小説集のタイトルを当初の「カラスアゲハ」から「霧の犬 a dog in the fog」に変更、鉄筆社も諒承。けふ、エベレストにのぼった(2014/10/04)

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赤とんぼ.JPG 2014年10月05日

・「神奈川大学評論」の原稿、途中まで。狂気をじじつとしてみとめなければ、驀進する歴史のリアリティーはみえてこないだろう。近代的概念としての「主体」は爆砕された。そのことにより、まもるべき規範も破砕された。のこるは資本の法則のみである。もっとも暴力的なのがそれだ。エベレストにのぼらなかった。(2014/10/05)

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カマキリ.jpg 2014年10月06日

・「今日われわれは戦争状態にあり、われわれは皆そのことを、政治的なものの外へ失墜し、堕落しようという瀬戸際で感じている。われわれはすでに新しいタイプの戦争という零落の状態にあり、そこでわれわれはあらゆる理由において人間であることを恥ずかしく思っている」(ベルナール・スティグレール『象徴の貧困――ハイパーインダストリアル時代』新評論刊)。まったく同感。悪夢と現実がいれかわっている。「神奈川大学評論」の原稿つづき。明日締め切りだったっけ?体調不良。昼寝。犬が親のような目でみていた。S紙は公安機関紙だな。あれはもう新聞ではない。冷たいイカ刺しが食ひたひ。エベレストにのぼらなかった。(2014/10/06)

 

2014年08月30日
日録1―1

 

私事片々
2014/08/30~
http://yo-hemmi.net/article/404591669.html

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空に咲く花 8月30日.JPG  2014年08月30日

・昨日朝、大腸内視鏡検査のための大腸洗浄液を病室で飲んでいるときに、2人に死刑が執行されたことを知る。いつも不意だ。だれか顔をかくした、たぶんまだ若い役人が、いい調子で「国家」を体現している。こうやって日常の虚を衝いてくる。梅ジュース味の溶液の入った紙コップをもつ手がふるえる。怒りからか。悲しみからか。いや、たぶん屈辱からだ。どうにもならない日常にいることの辱めからだ。日常はじつにうまくしくまれている。死刑の執行を知ったからといって、わたしは腸内洗浄をやめない。なんどもなんどもトイレにいく。じぶんをからっぽにする。だれも日常の手をやすめはしない。なんとなく死刑の共犯にされていく。それどころか、共犯とさえおもわない。死刑を生ゴミ処理ほどにも感じはしない。気にしない。だれもさほどにじぶんを恥じてもいない。みな、いつものようにランチを食うだろう。コーヒーを飲むのだろう。夕刻前には死刑など忘れるだろう。夜にはテレビのニュースでもやらない。日常はすこしも壊れやしない。わたしは数時間後、車椅子で内視鏡センターに運ばれ、血圧を測られ、麻酔の点滴をされ、検査台によこたわり、肛門にゼリーを塗られ、「それでははじめます」と告げられ、尻から黒く冷たい管を突っこまれる。「痛くないですかあ……」。ひとが2人、縊り殺されたというのに。「痛くないですかあ……」。「ガスだしてくださいよお……」。わたしはなにをしているのか。なにをされているのだろう。いったい、なにをしたくてこうしているのか。意識がうすれる。絞首刑にされた男たちは、もう遺体を浄めてもらっただろうか。荼毘にふされたか。執行担当刑務官は二日酔いか。吐いたか。音もない。におわない。なにも残らない。それで、みながたすかっているのだ。けふ午後、昨日の死刑について、ある善人が遠慮がちにつぶやいた。すこぶるつきの善人が。「だれかがやらなくちゃならないんですから……」。それにたいし、がまんしてなにも言いはしなかった。ただ、顔にみるみる残忍な怒気がわいた。たとえようもなく残忍な。それがじぶんでわかった。抑えなかった。怒気がわくにまかせた。悪意がないというのは手がつけられない。エベレストにのぼった。(2014/08/30)

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死刑執行日のガード下.JPG 2014年08月30日

・せめて死者たちに聴かせてやれよ。だめだ?あの歌のなにがよくないというのだ。あのだみ声がわるいか。タバコくさいか。酒くさいか。シャブくさいか。なら、おまえは聴くな。とっとと帰れ。金勘定でもしとれ。A SONG FOR YOU . レオン・ラッセル。なにが悪い。みかが今朝、リベリアに発った。正解。おれも行きたかったな。誘ってくれてありがとう。中野君、会えなくてごめんね。ほんとうは会えたんだけど、気持がずいぶんたてこんでました。ハルさんは昨日、光化門広場に行った。ドットウの絵の話、よかった。新聞なんかじゃわからない。危機がほんとうに危機であるとき、それは危機を感じられなくなったとき。エベレストにのぼった。尾根で1970年のA SONG FOR YOUが聞こえてきただけのことだ。1970年の、だ。タバコをのんだ。深々と吸った。うまかった。しびれた。(2014/08/31)

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今年最後のセミ.JPG 2014年08月31日

・鉄筆文庫版『反逆する風景』のまえがきを書く。送稿した。締め切りは3日。a song for youがまだ耳についている。なぜだ。声だ。いまはジジイのレオン・ラッセルが若かったころのあの声。憂うつな喇叭。なにが悪い?江ノ島のきったない岩にへばりついたフジツボのような、ダメな肛門にみまがう、おちょぼ口をした男Aに、つきしたがう者どもはどうぞつきしたがえばよい。フジツボ口とそれによってなされたかもしれない美しい国のクンニ(訓尼)についての連想を、詩なり俳句にする者はそうしろよ。ああ気色わるい。Aよ、おれは早く、いや即刻だ、おまえに消えてもらいたい。民主主義とかなんとか以前の、これは人間生理の問題だ。おれはおまへとおまへの仲間をどこまでも差別する。である以上、おまえたちもおれを徹底的に差別するだろう。結構。OK牧場。どちらかがぶっ倒れるまでやりませう。けふはレオン・ラッセルの声を耳から消去するべく四苦八苦。気がついたら、カート・コバーンのCome as You Areが耳にびったしはりついていた。そこで一句。訓尼するアホがあたまに屁をひられ。臭桜子。エベレストにのぼった。寝る前、キャメル3本喫った。うまひ。Take a rest, /as a friend, /as an old memoria,/memoria, memoria,memoria…(2014/09/01)

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ムラサキシキブ9月1日.JPG  2014年09月01日

・黄色い柚子を1個、上着のポケットに入れて、イカを釣りにゆくのだ。真面目で冗談のない透明なマイカを。エンペラがうねうねし、ぴらぴら光る。わたしゃスルメイカを釣りにいきまする。イイダコの形の、赤い疑似餌は、むこうに用意してある。おれはまっ黄色の柚子を1個もっていけばいい。あとはぜんぶほっぽって(ここが肝心)、犬連れでイカを釣りにゆくのだ。ぜんぶほっぽって、ね。融通のきかないマイカちゃん。さっぱりもりあがらないマイカちゃん。サングラスかけ、くわえタバコでイカを釣る。ラークだ。海を見ながらラークを喫う。イカ釣りにはラーク。釣ったらすぐにさばいて塩辛。指にイカ墨。黄土色の肝。ペロペロ舐めます。うまひ!柚子かける。柚子入れる。ぽっぽ焼き用の七輪も醤油も日本酒もむこうにある。犬にはイカを食わせない。腰抜ける。もりあがらない話をぶつぶつ話す。けふ、エベレストの近くまで行ったが、清掃中だったため、のぼらなかった。清掃?だからどうしたというのだ。歯医者に行った。オタバコハオヤメニナッタホウガ……。やかましい。郵便局の青年が本を1冊届けてくれた。とびきりの笑顔で。白水社の新刊、マリオ・ジャコメッリ『わが生涯のすべて』。郵便局の青年、昨日の拙句をよっぽど気に入ってくれたか(なら、よい趣味だ)、満開のダリアのようにうれしそうだった。こんどダフネ1号店に誘おうかな。JSFに。午後、南口に爆撃があった。(2014/09/02)

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疾走.JPG 2014年09月02日

・死者なお死す。ひとしきり窩主(けいず)買いの「窩」についてかんがえる。また、ローマ数字についておもふ。ex. XVIII。朝っぱらから電話。鶯谷でラブホテルをやってるW(67)から。地獄におちた夢を見たという。やっぱりな、とおれ。気がついたら、ゴールデンハムスターになって、閻魔様が裁判長の地獄法廷にいた。他にも被告ハムスターが2匹いた。閻魔様から3つのうち1つをえらべと厳かに命ぜられる。①おぼちゃんの「窩」②タカエチサナヘの「窩」③フジツボ男Aの「窩」ーーの3つの「窩」のうち1つを選択し、そこに頭から入れ。てな命令。そりゃふつう迷わず①をえらびますよね。うん、そうだな、そりゃ人情だな。Wおよび他の2匹、即①選択。したらば、これがひっかけつうか罠で、そういうスケベ根性だから地獄にくるんだ、アホども!とか言われて、②、すなわちタカエチの「窩」行き決定。Wをふくむハムスター3匹が順番にタカエチの穴に入ることになった。ひどい話だ。ずっとそこで暮らさなければならない。少なくとも、次の大ガス噴射ないし大排泄がなされるまでは。③のケツは多忙のよしでアヴェイラブルではなかった。それは、ま、よかった。「窩」は音読みで「ka」。慣用で「wa」だが、閻魔様は「wa」と発音なされ、尻の窪みから肛門、直腸へとつづく暗く生温かい洞窟をいっかつして「窩」一字で表現されていたらしいが、おぼちゃんゆきを失敗したWは、もうただただ落胆するばかりだった。で、閻魔様に「おそれながら……」と泣き泣き願いでた。せ、せめて、わたくすぃめをタカエチさんのケツメドのいちばん外側にいさせてくださいませ。どうか、内側はご勘弁ねがひますっ!泣訴。ところが閻魔様、ひどいへそ曲がりだから、わざとWをサナヘさんのケツの闇の内側つうか一番奥に配置。死ぬほど臭いし熱いし、しかしながら、ここは地獄、勝手に死ぬこともゆるされない。Wクソまみれとあいなり、息もたえだえになって、ひょいと前の(つまり3匹のうち真ん中の)ハムスターの顔をみやれば、な、な、なんとそれはやはりクソまみれのわたしだった。だから、すぐにお報らせしなければ、と早朝の緊急電話となったんだと。そんなこと言われたって、どうすりゃいいんだ。Wしみじみいわく。「善行」をつむしかなひですねぇ。いやだ、まっぴらだ、とわたし。こうなったら、徹底抗戦だ、と啖呵を切る。電話を切る。だが、不吉な話が尾をひく。この破砕された「世界内」の位置とは、だれがどんなえらそうなことを言ったって、やつらのケツメドのなかということなのだ。どうあっても屈辱はまぬかれない。おぼちゃんの「窩」はもはや望むべくもない。タカエチかフジツボ男Aか、下手したら、次なるシニガミ・マツスマミドリのケツメドのなかといふ完全絶望的世界内で、ウンコにまみれてもがくしかないなんて!だが、これがコクミンの冷厳な現実だ。そうした世界内にあって、いったい、だれが、どんな根拠で、自由たりうるといふのだ。今朝ハルさんたちはチョンジュに発った。チョンジュには行ったことがない。もうイカ釣りにしか望みはない。柚子だ。それだけだ。左手でイカ釣り。すべて、すべて、ほっぽる。ほっぽります。死者なお死す。なんどでも死ぬ。「霧の犬」を書き上げて、ここから引っ越そう。なんとかして。「霧の犬」はいらだたせない。もういい。たくさんだ。こりごりだ。しおどきだ。おれは犬をつれてイカ釣りにゆく。金色に光る柚子を1個、買う。透明なイカよ。正直なマイカよ。キラキラ水の跳ねるのをまなうらにえがく。おれは静かにイカを釣る。それだけだ。もういい。エベレストにのぼった。へんにぬくい。おかしい。空気がただならない。あっ、ここも世界内=肛門なのだ。(2014/09/03)

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花壇の蝶.JPG 2014年09月03日

・ぞっとした。松島みどり法相(元朝日新聞記者)が初閣議後の記者会見で「死刑執行に署名することも覚悟して、この職を引きうけました。議論は必要かもしれないが、国民の考えにもとづいた制度として必要だと考えています」と語り、死刑制度に肯定的な意見をしめした、というよりも、テレビで見ると、死刑執行をこれからもバシバシやります、といふ口ぶり。谷垣前法相は計11人の絞首刑執行を命じ、つまり、11人を国家の名において次から次へと縊り殺し、「死に神」として自民党幹事長に。松島は特定秘密保護法(実質上の治安維持法)の具体的運用にものりだす。およそファシスト政権で死刑と思想・言論統制に不熱心だった党などなかった。イカ釣りなんかしてる場合だろうか。コビトがきて、犬とともに中央口ミスドに。新商品麻婆麺たのむ。からひ。コビト、唖者なので念波で問うてくる。「あの女って、吸血鬼に、バンパイアに似てません?」。真っ赤な新法相マズシマのことだ。そう、似てる。いやな顔だ。が、ここは諭す。「これこれ、そんなことを言うものではないよ。マズシマさんもひとりのヌングェンなのだよ……」。コビト「あいつ、きっと来月までに死刑執行やりそう……。殺す気マンマンだよ。カクリョーたって、みんなチンカスか腐れマン✕ばっかしじゃん」。わたし「えっ?」。コビト「クサマンばっかりよ。あほくさっ!」。肉まんを1個追加オーダーした。わたしたちはみな、あいつらのケツメドで死ぬのだ。あいつらのケツメドのなかでクソまみれになり、税金をはらわされ、血を吸われ、さんざバカにされて死ぬのだ。それでいいのかどうか。それでいいというかんがえかたもありうる。いはゆる達観といふやつだ。ここをケツメドとおもわない思想をはぐくむ。ここはアベのケツメドなんかじゃなく、ほんとうは天国なのだ。ほら、うつくしい海があるよ。イカを釣ろう。柚子があるよ。すなおになろう。やさしいきもちになろう。冗談ではない。ここはケツメド以外のなにものでもなひ。エベレストにのぼらなかった。(2014/09/04)

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白い花9月初旬.JPG 2014年09月05日

・ルドナヤプリスタニのことを少し書いた。声のこと。チョンジュからメールがあった。あれはたぶんチョンジュからだ。モンロビアからも短いメールがあった。エベレストにのぼった。草が刈られていた。夕刻までにからだが疲れきった。(2014/09/05)

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タマムシ9月5日.JPG  2014年09月06日

・1匹の生きたタマムシがきのう午前コビトにひろわれた。水を飲まされた。タマムシは薄緑の液をひとつぶ吐いた。夕刻までは生きていた。けふ、昆虫ではなくひとの顔をした医者の病院にいく。エベレストにのぼらなかった。着替える。手紙なし。ソウルからメールがあった。2シーン以上書く。ヤマパンのエクレア食った。わちきにもくんなまし、といふので犬にひとかけらあげた。(2014/09/06)

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完全版 1★9★3★7 イクミナ (上) (角川文庫)
完全版 1★9★3★7 イクミナ (下) (角川文庫)です。


 

辺見庸さんの『増補版1★9★3★7』と、
堀田善衛さんの『時間』(岩波現代文庫)です。 


 

辺見さんの『1★9★3★7』(イクミナ)です。 

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2014年12月23日 (火)

神奈川新聞の 安倍政治を問う〈1〉から〈16〉までと、関連記事を2本採録。

 辺見庸さんが紹介された記事からたどり着きました。読みごたえがある記事が多いです。

 

安倍政治を問う〈1〉「かじ取り 国民の手に」 弁護士・太田啓子さん
2014.11.21 12:23:00
https://www.kanaloco.jp/article/80659/cms_id/112683
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1_623fb433ed2495f75746d6df76754e2_2太田弁護士

 

 世論の反発を受けながら安倍晋三政権が押し切った、特定秘密保護法の制定と集団的自衛権の行使容認。

 「両者はそれぞれ独立していると認識している人が多いが、根っこでつながっていて、密接に絡み合っている」

 横浜弁護士会所属の弁護士、太田啓子さん(38)はそう力説する。

 一体何が秘密なのか、それは秘密です-。

 政府による秘密保護法の恣意(しい)的運用の危険性を端的に示すものとして、そう言い表されてきた。10月の衆院予算委員会での安倍首相の答弁は、その懸念があらためて証明された瞬間といえた。

 安倍首相は「行政機関が特定秘密の提供を拒む場合、独立公文書管理監にその理由を疎明しなければならないことを明記することを検討している。特定秘密が提供されない場合はきわめて限られると考えている」と監視機関の役割を強調し、意図的な情報の非開示がないようにすると説明した。だが、特定秘密に指定された情報が国民に提示されない可能性については否定しなかった。

 太田さんは言う。

 「集団的自衛権の行使を認める要件に該当するかどうかの判断材料自体が特定秘密に指定され、公開されない可能性がある。ある日、政府が集団的自衛権の行使をすると決め、他国での戦争に自衛隊が派遣されることになっても『理由は特定秘密なので、詳しくは言えません』と言われてしまうようなもの」

 どういうことか。

 「国民生活に大きな影響を及ぼす集団的自衛権の行使が正当かどうかの判断材料がない。例えば、イラク戦争のように大量破壊兵器があると言われて本当かどうか。武力行使以外の方法がないのか。目隠しされて船に乗せられているようなもので、明らかに危険水域に向かっていても、それの危険性を知る手段がないということ」

■怒り
 東日本大震災で東京電力福島第1原発事故が起き、ママ友たちの不安を耳にした。自民党が政権に返り咲き、憲法改正がママ友たちの間で話題に上った。憲法について語る出前講座を始めた。

 原動力は「恐怖と怒り」だ。

 「福島第1原発事故後の政府の対応はひどかった。だが、それ以上に、政府に従順でありすぎる日本社会の風潮に恐怖を感じた。もっと、みんな怒らなければいけないんだ、と」

 気軽に立ち寄れるようにとの思いから、場所はカフェやお好み焼き屋などさまざま。いつしか「憲法カフェ」と呼ばれるようになった。

 そこで希望を見た。

 「憲法について考えたこともなかったというお母さんが真剣な表情で聞いてくれる。チラシを見た大学生が、友だちを誘って勉強会に来る。少しずつではあるけれど、その輪が広がっている」

 悲観的な声も届く。

 「選挙に行ったって意味がない」「デモをすることに何の意味があるのか」

 そんな時、必ず言うことにしている。

 「無駄なことは何もない。政府は国民が諦めることを狙っている。無力感を学ばせようとしている。そうなったら、政府の思うつぼだ

 太田さんは2児の母でもある。

 「絶望的な社会状況に置かれてもなお、希望を見いだそう、希望がないならつくりだしていこう。そういう生き方を子どもたちにはしてほしい。絶望したり、無力感にとらわれたりして生きてほしくない。親としてあの時も、こんなにひどかったけれど『お母さん、希望を捨てなかったし、小さな希望を大きく育てたよ』と示したい」

■選択
 12月10日の施行が迫る秘密保護法。「目的は、国民を萎縮させるところにある。例えば、デモ。デモで訴えたい、言いたいと思うことは特定秘密の漏えいの教唆ではないと思うが、逮捕されるのは怖いから、念のためやめておこうと思ってしまうかもしれない」

 それは情報を国民に届ける報道機関も萎縮しかねない。

 「そうなると、いろいろな情報が流通しづらくなる。情報がないから自分が『この情報を知らない』ということすら気が付かない。知らないうちに、本当は知らないとまずいことさえも認識できなくなる」

 情報とは「例えば、食品添加物が入った食品を知りたいと思う人もいれば、放射線量が健康にどれほどの影響を与えるのかについて知りたい人もいる」。自分でどういう風に生きるのかを決める上での最重要事項と考える。

 では安倍政治の行き着く先は、どんな社会か。

 「言いたいことも言えない、おかしいと思ったこともいえない。自分らしく生きることなどできない、そんな社会が待っている」

 いまの日本社会を中島みゆきの歌になぞらえる。

 〈その船をこいでゆけ/おまえの手でこいでゆけ/おまえが消えて喜ぶ者に/おまえのオールをまかせるな〉(宙船(そらふね))※

 「オールを政府に預けっぱなしにして、危険水域に進もうとしている船に国民は押し込まれている。もしかしたら、船は沈むかもしれない。水が入ってきて、命を落としてしまうかもしれない。あなたはそれでも何もしないですか。私は自分でオールを握りたい」

 迫る選択が持つ意味は小さくはない。

 =随時掲載

 おおた・けいこ 国際基督大を出て2002年に弁護士登録。横浜弁護士会、「明日の自由を守る若手弁護士の会」、「特定秘密保護法対策弁護団」に所属。県内を中心に出前講座「憲法カフェ」を行う。

【神奈川新聞】

※SOBA:mpgmp4 

 

安倍政治を問う〈2〉「命が守られない政治」原発避難者・村田弘さん
2014.11.28 11:00:00
https://www.kanaloco.jp/article/80957/cms_id/113736
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2_d6cee65788c04ce9360086b930b4fda_2 原発避難者の村田弘さん

 

 静かなる語り口は呼び掛けのようにも、自身に言い聞かせているようにも響いた。

 「政治を軽く見てはいけない。軽視すればどうなるか。命が政治によって左右される。福島から避難生活を強いられている私たちを見れば、それは明らかだ」

 福島原発かながわ訴訟原告団団長、村田弘さん(71)はそして続けるのだった。「当事者になって初めて、そのことに気付いたのだが」

 2011年3月の東京電力福島第1原発事故直後に妻と2人で南相馬市小高地区を離れ、横浜市旭区で避難生活を続ける。虚無に打ち震える冬も4度目を数えようとしていた。

■置き去り
 元全国紙記者。「常に否定的な視点から政治を眺めてきた」。駆け出しの頃、赴任先の熊本で水俣病に苦しみながら放置されている人々を目の当たりにした。横須賀では、原子力空母寄港反対のデモ隊を蹴散らす機動隊を見た。時に冷酷な振る舞いをみせる国家権力の非情さは知っているつもりだった。

 「だがいま、全く違う日本になろうとしている」

 政権に返り咲いた安倍政権は何をなし、何をしようとしてきたか。東京五輪の招致に成功した安倍晋三首相のスピーチを忘れない。

 「汚染水の問題についてなぜ『福島原発は完全にコントロールされている』などと言って、避難者を置き去りにしたのか。結局、原発の再稼働と原発の輸出が前提にあったのだろう。五輪招致の名の下、原発政策を前に進めるために福島の現実は覆い隠された」

 何を意味するのか。

 「普通の人が普通に生きる。それを守っていくのが政治の基本であるはずだ。だが、原発事故でふるさとを追われ、希望を失っている人に救いの手は差し伸べられない。事故の現状に向き合うことなく、一部の企業の利益が追求されている。政治の在るべき姿が完全に失われている」

 政府が九州電力川内原発の再稼働を決めたのは、解散2週間前のことだった。原発事故から3年8カ月が過ぎてなお福島の避難者は12万3千人を超える。動きだそうとしている原発と時が止まったままの避難者の日常。このアンバランスさはどうだ。「命と金がてんびんにかけられることはあってはならない」。語気はいきおい強まっていく。

■棄民政策
 福島の避難者のうち神奈川で仮の暮らしを送っているのは1900人。国と東電を相手に横浜地裁で起こした訴訟の資料集に筆をふるった。

 〈「安全神話」の下で、底知れない大災害を引き起こした原発政策を第1の犯罪とすれば、住民の命と健康と生活より「カネ」とばかりに、棄民と原発回帰に走る政策は、明らかに第2の犯罪、と言うべきではないか〉

 国や東電が事故の責任を明らかにせず、被害を救済する手だてを講じることがないなら、司法の場で自ら求めていくしかなかった。

 暗闇に希望の灯がともった瞬間もある。大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の運転禁止を求めた訴訟で5月、福井地裁は「地震対策に構造的欠陥がある」として再稼働を認めない判決を言い渡した。

 〈人の生存そのものに関わる権利と、電気代の高い低いという問題を並べて論じるような議論に加わり、議論の当否を判断すること自体、許されない〉

 〈原発停止で多額の貿易赤字が出るとしても、豊かな国土に国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることこそが国富の喪失だ〉

 判決要旨の文言に涙が出た。「僕ら避難者が思っていることを的確に言ってくれた」

 原発事故で避難を強いられ、自殺した福島県の女性の遺族が起こした訴訟では福島地裁が8月、事故と自殺との因果関係を認め、東電に賠償金の支払いを言い渡した。「小さな山あいの集落で生まれ育ち、子どもを育て、隣近所を付き合い、畑に花を植え、そういうささやかな生活を突然奪われた。どう回復していいかも分からない絶望感は、当事者にしか分からないが、判決はその苦しみに向き合った」

 まだ間に合う。そう信じたい。

■断絶痛感

 外は雨。クリスマスイルミネーションが通りを彩る。

 「時々、わびしくなる。僕らの生活は何一つ変わっていない。むしろ事故のことが忘れられ、状況は悪くなる一方なのに、なぜ、街はどんどん明るくなっていくんだろう、と」

 10月、福島の自宅へ半年ぶりに足を運んだ。山に面した裏手で放射線量を計測すると毎時3~5マイクロシーベルトに達した。神奈川の100倍に相当する数値だ。雑草に覆われ、押し入れからは蛇の抜け殻が見つかった。「どうしようもない現実が日本の片側で起きている」

 避難者の肉声を届けたくて市民集会に足を運んできた。参加者からの一言が忘れられない。「まだ、そんな状況なんですか」。悪気はなかったと思う。だが、そこに「ずれ」を感じてしまう。「越えられない断層があり、僕ら避難者は断層の下から見上げている。そんな感覚に陥る」

 自民党が25日に発表した政権公約。翌日、新聞に掲載された296項目の政策を目で追った。

 震災復興については「復興を加速し、災害対策や老朽化インフラ整備など国土強靱(きょうじん)化に努める」「復興加速化のための施策を推進」の2項目のみ。「原発についてもわずか数行。しかも『原子力規制委員会によって新規性基準に適合すると認められた場合には、その判断を尊重し原発の再稼働を進める』とある」。原発避難者の救済については一言も触れられていなかった。

 「やはり国に捨てられたと思わずにはいられない」

 「棄民」という認めたくない過酷な現実が、また口を突いた。

 むらた・ひろむ 2011年3月の福島第1原発事故直後に原発から20キロ圏内の南相馬市小高地区を離れ、夫婦で横浜市旭区で避難生活を続ける。福島原発かながわ訴訟原告団団長。

【神奈川新聞】

 

安倍政治を問う〈3〉「安保政策 ゆがみ象徴」元防衛官僚・柳沢協二さん
2014.11.29 12:10:00
https://www.kanaloco.jp/article/81018/cms_id/113925
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3_11a124fc55d9afcbb4d5b4ea801935d_2 柳沢協二さん

 

 官邸を退き、安全保障の専門家として講演に招かれる機会が増えても、柳沢協二さん(68)は一線を引き続けてきた。

 「主催が『九条の会』なら断る」

 全国各地で護憲運動を展開する市民団体、九条の会。「自衛隊は違憲と言われたことがある。それでは話にならない」。内閣官房副長官補として、イラクへの自衛隊派遣で背負った責任と覚悟が、そう言わせたに違いなかった。

 かつて、九条の会を「敵」とさえみなしたその人が解散3日後の24日、ふじさわ・九条の会主催の学習会「集団的自衛権=戦争する国?」で熱弁を振るっていた。

 「集団的自衛権を行使するか否かの政府判断の範囲は際限なく拡大できる。客観的な歯止めはないに等しい」

 平然と言った。「私の話を聞いてくれるなら、どこへでも行く」。危機感が背中を押していた。

■決まり文句
 安倍晋三首相が政権の座に返り咲いて2年、繰り返される決まり文句があった。「政府が総合的に判断する」。7月の国会論戦でも、集団的自衛権を行使する条件を問われた安倍首相はさまざまな条件を説明した後、付け加えた。「ただし、総合的に判断する」

 政府はこれまで、自衛権を発動して武力行使ができる要件の一つを「自国が攻撃された場合」と明確に限定していた。安倍政権はしかし、憲法解釈を変更し、他国が攻められた場合でも日本の存立が脅かされるなど明白な危険があれば集団的自衛権を行使し、相手国を攻撃できるようにした。

 抱く危惧は議論のあいまいさにある。

 「日本の存立を脅かすというのはどんな事態を指すのか。具体的な説明が尽くされていない」

 国会審議で具体的なケースが例示されたが、懸念はかえって深まった。

 安倍首相は「日米同盟は死活的に重要だ。同盟の関係で起こり得る事態については、(武力行使の)要件に当てはまる可能性は高い」と答弁。中東ペルシャ湾のホルムズ海峡が機雷で封鎖されれば、「かつての石油ショックを上回る可能性はある。死活的な影響も考えられ、(武力行使に当たる)機雷掃海を選択肢として考える必要がある」とした。

 これでは日米同盟を脅かす事態も、石油供給が絶たれることも、日本の存立が脅かされることになり得る。柳沢さんは断言する。「日本には半年分の石油備蓄がある。自衛隊員が命を懸けてまで守るべき国益とは思えない。だが、いまの理屈では世界のどこで何が起きようと国の存立が脅かされると解釈できる。国会の承認を得るとしているが、やはり政府の総合的な判断というあいまいなものに委ねられてしまう」

■「俺に従え」
 あいまいさの問題は集団的自衛権の行使容認の議論にとどまらないとも映る。

 政府は武器輸出を原則禁止してきたが、ことし4月、国際条約の違反国を除外するなど三つの条件を定めて解禁に踏み切った。対象とする国は「安全保障上密接な国」とされている。「自衛隊が共同訓練をしている国は何十カ国もある。密接な国が明確に定義されていない。政府の判断でいかようにも広げられる」

 輸出できる武器の一つは「警戒監視に必要となる装備」とされ、やはりはっきりしていない。「想定されるのはレーダーだろう。船に積んで運用されるので艦船は必要になる。その艦船に武器も載せるのかは分からない。やはり定義はいいかげんだ」

 あいまいさはむしろ安倍政権を特徴付けているとさえ思う。「突き詰めると『俺の言っていることは間違いないから、無条件で服従しろ』と言っているようなものだ」

■望む国家像
 柳沢さんは、安倍政権を行き先表示のないバスに例える。

 「このバスはブレーキがあまり利かない。そして、行き先が分からないことが、日本にとって一番危険なことだ」

 首相は「積極的平和主義」「戦後レジーム(体制)からの脱却」というフレーズを好んで語るが、「なぜ集団的自衛権が必要なのかを議論すればするほど、『そうしたいから、する』という以外に論理的整合性のある答えがない。安倍首相は望ましい国家像や、それを実現するためにどのようなことをしていくかを語らない。都合良く解釈できるあいまいなフレーズを口にするばかりで、安全保障政策の根っこになるはずの国家像がよく分からない」。

 目線を原発再稼働や派遣労働拡大といった経済政策に転じてみる。共通しているのは、弱者へのまなざしの欠如ではないか。

 「こうした安倍政権らしさを全て詰め込んだのが、集団的自衛権の問題ではないか。紛争に介入すれば、自衛隊員が戦死する危険性が高まり、世界中にいる日本人がテロの対象になり得る。安倍首相は国会でこうしたリスクを認めなかった。国民よりも国家を重視している。だから、国民の痛みに不誠実になってくる」

 案じるのは国民の権利よりも国家を守ることを重んじ、戦争をいとわないと考える若者が増えることだ。「頑張っても報われない社会に若者の不満が膨らんでいる。そのはけ口を隣国に求めれば右傾化が進む」

 4人の首相に仕えた安全保障のスペシャリストとして、近著「自分で考える集団的自衛権 若者と国家」(青灯社)につづった。

 〈私は、どのような世界、どのような国が必要かといえば、そこに暮らす個人が、金持ちでも貧乏でも、学歴があってもなくても、それぞれ自分の目標を持ってそれを実現できるような国、世界であってほしいと思います。(中略)自分も他から強制されない、他を強制しない、そういう世界をどのように作っていくか、それが安全保障の本質だからです〉

 やなぎさわ・きょうじ 1946年東京都生まれ。東大法学部を卒業し、70年防衛庁入庁。官房長、防衛研究所所長などを経て2004~09年に小泉純一郎、安倍晋三(第1次)、福田康夫、麻生太郎内閣で内閣官房副長官補を務め、安全保障や危機管理を担当した。

【神奈川新聞】

 

安倍政治を問う〈4〉国民の無関心、根底にあるもの-文化学園大助教・白井聡さん
2014.12.02 13:00:00
https://www.kanaloco.jp/article/81122/cms_id/114318
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4_4a9a9d2d26bd14f06c89590c98bd4af_2 白井聡さん

 

 国民の皆さん、もう覚悟してください-。

 突然の解散総選挙は、安倍晋三首相からのそんなメッセージと受け取った。「今回の選挙で与党が過半数を取れば、来年は好き放題やりますよということ。集団的自衛権の行使に関する実質的な法整備に原発再稼働の本格化、そして特定秘密保護法違反で逮捕者が出るかもしれない」

 険しいまなざしは、首相が成果を強調するアベノミクスにも向けられる。「景気浮揚は起こらなかった。円安に振ったのに輸出すら伸びなかった。これは恐るべき状態。さらなる金融緩和で相当危機的な領域に入って行きかねない」

 突きつけられているのはつまり、円と日本国債は信用が維持できるのかどうかという問いだ。「日銀の国債買い取りによって、国債に振り向けられている金融機関の資金を株式市場に誘導するのがアベノミクス。日銀が間接的に株高を演出しているにすぎない。つまりバブルだ」。重なる荒涼の光景があった。バブル化を進め、リーマン・ショックで破綻した米国の金融資本主義。「アベノミクスはバブルを積極的につくろうという政策。はじけたらどうなるか。日本国債の信用が劇的に失われれば経済が崩壊する。今、その瀬戸際に立っている」

■他力本願の愚

 政治思想が専門、戦後日本の在りようとゆがみの出発点を敗戦の否認に求めた「永続敗戦論」で名をはせた気鋭の若手論客、その舌鋒は有権者にも向かう。

 政府は、アベノミクスで大企業が上げた利益が地域の中小企業にこれから波及していくと説明する。「それが実現すると証明されたことはない。それを期待するって『奴隷根性』ですよね。自分で価値を創造するのではなく、金持ちのおこぼれがもらえるかもしれない、と」

 きっと誰かが助けてくれる-。染みついた他力本願の姿勢こそが安倍政権の独走を強く支えている、とみる。

 「例えば学生に『安倍政権の最も重要な政策は何か』と問い掛ける。僕は集団的自衛権の行使容認だと思ってヒントを出す。だが、近づきはしても『集団的自衛権』というフレーズが出てこない。何が起きても人ごとで自分にどんな影響があるか想像できない」

 それが赤裸々に露呈したのが東京電力福島第1原発の事故だ。風向き次第では首都圏も深刻な放射能汚染に見舞われていたはずだ。「そうならずに済んだのは単に運がよかっただけ。それなのに東電も経済産業省も、以前と変わらず存在し続けている」

 許しているのは「圧倒的な無関心」。

 「何もかも買い物の感覚でしか考えられない」。それが無関心の根底にあるという。「ブラック企業の話をしても、学生の感想は『そういう会社には入らないようにしたい』。今はちゃんとしている会社も、いつブラックになるか分からないのに、簡単に避けて通れると思っている」

 気に入らないものは選ばなければいい、見なければいい、という感覚。「そういう国民から搾り取るのは簡単だ」

■劣化する社会

 「戦後レジーム(体制)の脱却」を掲げる安倍首相が支持を得て、再び政権の座に返り咲いた背景に二つの文脈をみる。

 一つは、敗戦を否認し、米国に従属して冷戦の最前線を台湾や朝鮮半島に押しつけ、平和と繁栄を享受してきた日本の戦後体制「永続敗戦レジーム」。原発事故で戦後の矛盾が表面化したのに、戦後体制を脱却するどころか純化することで、良き時代の幻影になおもしがみついている。

 もう一つは、ネオリベラル化(新自由主義化)とともに起こった「再階級社会化」。「戦後、中流化が進んだ社会に再び格差が広がり、新たに下層階級となった人々を支持基盤にしているのが今の自民党」と指摘する。

 ただしその下層は経済的困窮だけを意味するのではない。「『嫌韓・嫌中本』を消費する多くは高齢者。ごく普通のサラリーマンや主婦にも排外主義的な気分は蔓延してきている」。ネット右翼、いわゆる「ネトウヨ」に在日コリアンの差別をまき散らすヘイトスピーチ…。これまでにない勢いで、社会に憎悪があふれ出しているように見える。「感情が劣化している。多くの人が剥奪感を抱えて攻撃的になる中、政治は解きほぐす努力をしなければならないのに、逆にそれを権力基盤にしている」

■沖縄化ならず

 総選挙の争点は、安倍政権を信任するか否か。ただし、「正しい対決の構図」になっているのは沖縄のみだという。

 先の県知事選。米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設を進めようとする現職の仲井真弘多氏が、新たな基地建設に反対した翁長雄志氏に敗れた。「沖縄は長年、永続敗戦レジームの犠牲者の立場に押し込まれてきた。仲井真陣営と沖縄自民党はいわば、永続敗戦レジームを代弁する勢力。それを打ち倒せと、保守と革新が結集した。衆院選でも野党の選挙協力がうまくいっている。自民党は沖縄地区で1議席も取れないのではないか」

 翻って本土。野党の選挙区調整さえ十分なされぬまま2日の公示を迎える。「本来、民主党の中でちゃんとしたことをやろうとする人は安倍政権に対抗すべく、社会民主主義的な勢力を結集するための努力をしなければいけない。その際、左は共産党まで含めるべきだ。共産党もわずかに残った左翼利権とプライドを守ることばかりにきゅうきゅうとしている場合ではない。本当の意味での政界再編への動きはまったくない」

 追い込まれた沖縄の人々は、政府に強い「ノー」を突きつけた。本土はこのまま、原発事故をなかったことのようにして原発回帰路線を容認し、集団的自衛権を行使して戦争する国へと突き進むのか。

 無関心はもう、やめよう。

 「安倍政権の2年間を判断できない人は、おバカさんってことになっちゃう。どんな国を後の世代に残すことになるのか、真剣に考えるべきだ」

●しらい・さとし

 1977年東京都生まれ。文化学園大助教。専攻は政治学・社会思想。著書に「永続敗戦論-戦後日本の核心」(太田出版)。

【神奈川新聞】

 

安倍政治を問う〈5〉「世界からかけ離れ」伊勢崎賢治さん
2014.12.03 12:38:00
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5_0775021b19e35e2260cc05ac764792c_2 伊勢崎賢治さん

 

 血で血を洗う紛争の現場を知る東京外国語大大学院教授、伊勢崎賢治さん(57)の目には、こう映る。

 「武力こそ行使していないが、米国の求めに応じて自衛隊をイラクに派遣したのは集団的自衛権の行使と実質的に同じ。2003年の時点で憲法9条の意味はほとんど失われた。そしてこのたびの解釈改憲によって最後のタガが外れ、9条は骨抜きにされた」

 歴代内閣が踏襲してきた憲法解釈を百八十度転換させ、集団的自衛権の行使容認に踏み切った安倍晋三首相。もたらされる変化を憂う。「平和国家のイメージは失われる。自衛隊員が海外で人を殺し、殺されることにつながる」

 そして続けた。「総選挙では、この大きな変化の是非を争点にするべきだ」

 

■現実離れ 

 国連スタッフや政府代表として紛争地域に乗り込み、武装解除という難題に向き合ってきた。自称に自負と自戒がにじむ「紛争屋」として残念に思うのは、世界の潮流からかけ離れた議論しか行われていないことだ。

 集団的自衛権を必要とする根拠として政府が示した15事例は「どれも個別的自衛権と国連を中心とした従来の措置で対応できる。あえて憲法解釈まで変更する必要はない」。機雷掃海や米国に向かう弾道ミサイルへの対応、米艦船の防護など国家間の紛争を想定するものがほとんど。「先進国が懸命に取り組んでいるのはテロとの戦い。前提が荒唐無稽な上、国際社会の関心からほど遠い」

 ため息が続く。「テロとの戦いで大きな力となるのは非武装の自衛隊と平和国家としての日本のイメージ。いずれも安倍首相が失わせようとしているものだ」。現実との乖離(かいり)が意味するものは何か。

■発想転換 

 失敗に学び、変化した米国の対テロ戦略に伊勢崎さんは注目してきた。

 アフガニスタンは憎悪の悪循環のただ中にあった。「傍若無人で侵略者たる米国に家族や仲間を奪われ、テロリストたちは自らの存在理由を懸け、爆弾を抱えて襲いかかっていた」。そうして民衆の支持を得て、社会に溶け込み、むやみに攻撃すれば民衆が巻き添えになり、敵意は拡大していく。

 「いくら兵力を増やしても米国は勝てなかった。そこで発想の転換がなされた。テロの温床を生み出さず、テログループが住みにくい平和な社会づくりに主眼が置かれるようになった」

 そこに非武装の自衛隊の活躍の場があると考える。

 成功体験がある。03年、米軍の支援を受けてタリバン政権を倒した地元軍閥に武装解除を掛け合った。混乱に乗じ、すでに内戦を引き起こしていた軍閥には北大西洋条約機構(NATO)も米軍も手を焼いていた。

 丸腰で軍閥の幹部に会い、武器を捨てるよう求めた。すると「ジャパンはすごいな」と親しげに声を掛けられた。

 「日本は日露戦争でロシアに勝ち、第2次大戦で米国に負けた。米国にひどい目に遭わされたイスラムの人たちは、日本に勇猛な被害者という印象を持っている。われわれの痛みが分かる唯一の国だと。大きな誤解なのだが」

 結局、武装解除は「日本に言われたら仕方ない」と首尾よくいった。日本の軍隊がアフガンの人々を傷つけていないことが大きかった。不戦を誓う9条がもたらした国益だった。

 米軍幹部からは「日本は美しく誤解されている」と言われたが、「世界中で戦争をして嫌われてきた米国にはできないこと。そこに日本の役割がある。9条が武器になる」。

 それもしかし、集団的自衛権が行使され、武装した自衛隊が戦闘に加わった途端に失われる。

■自衛意識 

 落胆は深い。総選挙を前に論じられるのは賃金アップ、雇用拡大、アベノミクスの是非といった国内経済の問題ばかり。「国際問題に無頓着な国民の意識も影響しているのではないか」

 テロとの戦いに関心を持ってほしいと市民集会で呼び掛けると、「震災復興も進んでいないのだから、国際協力より国内問題を重視すべきだ」といった意見が聞かれた。

 発言者は「昔ながらの平和運動を担ってきた年配の人だった」。

 諭すように反論した。

 「日本のものづくりに使われているレアメタルや宝石店に並ぶダイヤモンドの多くはアフリカの紛争地で採掘される。日本から流れ込む資金は腐敗を生み、紛争を生み出す一因になっている。国際的な問題を無視して日本だけでは生きられない」

 世界の中の日本という意識の欠如。そして「自衛」の響きが持つ危うさをひしと感じる。

 「あらゆる紛争の現場に戦意を育む民意の形成があった。人々は平和を欲するからこそ、平和を守るため、自衛の名の下に戦争を起こす。いまの日本には、ネットをはじめとして好戦的な主張をしても構わないという風潮があり、特定の民族への憎悪をあおるヘイトスピーチもみられる。もう、戦争間近なんじゃないかと思う」。だからこそ力を込める。「大切なのは敵をつくらないことだ」

 では、集団的自衛権の行使容認に踏みだした安倍首相は、この国をどの方向に導こうとしているのか-。

 しばし腕を組み、答えた。

 「解釈改憲で9条を骨抜きにした先にある本音は憲法改正だろう。自主憲法を制定し、日本を自立した国にする。そうしないと男がすたる、と。それ以外にしっくりとする答えはない」

 そう口にして、やはり首をひねるのだった。

 「米国からの自立という意味では、沖縄の基地負担を軽くするといったさまざまな発露の仕方がある。なのに9条だけに固執している。いずれにしろ、国際社会や国益を冷静に分析した結果ではないのは明らかだ」

 いせざき・けんじ 1957年東京都生まれ。東京外国語大大学院教授。国連PKO上級幹部や日本政府の特別代表として東ティモール、シエラレオネ、アフガニスタンで武装解除を指揮した。

【神奈川新聞】

 

安倍政治を問う〈6〉 荒廃照らす 歴史認識 関東学院大林博史教授
2014.12.04 11:49:00
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6_fba0be804e1c5b48f0fb82ab96079c8_2 関東学院大林博史教授

 

 時代が右へ右へと傾けば、右にあったものも真ん中から左へ寄って映るようになる。それにしてもどこまで傾いていくのだろうか、と関東学院大教授の林博史さん(59)は暗然となる。

 「河野洋平があれだけたたかれる。自民党総裁も務めた保守政治家が、だ」

 官房長官時代の1993年、従軍慰安婦問題で旧日本軍の関与を認め、謝罪した「河野談話」をめぐるバッシング。インターネット上では「サヨク」「極左」の文字さえ躍る。

 談話を継承するとしながら、その検証に着手した安倍晋三政権。第1次政権でも「強制連行を直接示す文書は見つかっていない」とする閣議決定を行い、慰安婦問題を矮小(わいしょう)化し、過去を正当化しようとする姿勢は一貫する。慰安婦研究の第一人者である林さんの目にはこう映る。

 「欧州では戦争犯罪を否定すれば極右と批判される。人権さえ否定しているという点では欧州の極右政党よりも右に位置しているともいえる。彼らでも人権までは否定しない」

 慰安所で軍人の性の相手をさせられたことに目を向けず、強制的に連れ去られたか否かを問題にする。結果、慰安婦が受けた性暴力は肯定され、人権は踏みにじられると考える。

 そして、タガは外れたかのようだとも感じている。

 韓国・済州島で朝鮮人女性を強制連行したとする「吉田証言」について朝日新聞が記事を撤回すると、安倍首相は「多くの人々が傷つき悲しみ、苦しみ、怒りを覚え、日本のイメージは大きく傷ついた。『日本が国ぐるみで性奴隷にした』との、いわれなき中傷がいま世界で行われている」と述べた。

 国際社会の批判を「いわれなき中傷」と言い切った。「河野談話を継承するというごまかしさえ捨て去り、慰安婦制度にいおて日本は悪くなかったと全面的に正当化しようとしている」。その見方は、海外から向けられる視線にも重なってもいた。

■時代に逆行
 フランスで開かれたシンポジウム。報告に立った林さんにパリ大の日本研究者は言ったという。「欧米でいま問題とみなされているのはロシアのプーチンと日本の安倍だ」

 国際社会でなぜ慰安婦が問題にされ、日本の姿勢が批判されているのかを知るべきだと林さんは訴える。

 「欧米先進国、つまり、かつての帝国主義国で植民地支配の責任が見直されようとしている」。背景にあるのがグローバル化の波。「移民も含めて国際化が進み、自国に旧植民地出身者が増えていく。共存していくために共通の価値観、歴史観が求められる。負の過去を解決しなければならないと、葛藤や対立を抱えながら努力が続けられている」

 女性の人権という視点から慰安婦問題への関心も高まる。「現在横行している戦時性暴力や人身取引は、20世紀最大の戦時性暴力で人身取引であった日本の慰安婦制度をきちんと裁いてこなかった結果だという認識がある。女性への人権侵害に歯止めをかけるため、総括と反省が求められている」

 安倍政権の姿勢はそうした潮流に逆行する。「欧米からみれば、過去の克服や人権への試みをすべてひっくり返そうとしているように映る。吉田証言によってうそが世界中に広まったという類いの話ではない」

 歴史学者として林さんは残念がる。「植民地支配の問い直しや女性の人権問題への関心の高まりがそうであるように、歴史認識の問題とは現状認識と未来をどうつくるかという問題だ。そうした認識が日本にはない。だから慰安婦問題も、韓国や中国がいつまでも批判しているから収まらないのだ、という程度にしか受け取られていない」

 慰安婦をめぐる強制連行じゃないから、当時は公娼(こうしょう)制度があったのだから構わないといった言説は、買春問題など女性の人権への日本社会の鈍感さを映し出してもいる。

■差別を反映
 慰安婦を正当化する。それは元慰安婦の女性をうそつき呼ばわりし、補償の金目当てだとさげすんでいるのと同じではないか。林さんは立ち止まる。

 「あしざまに被害者を罵倒するようなことを社会はなぜ受け入れてしまうのか。そういうことをする人はいつの時代、どこの社会にもいるだろう。だが、相手にされないのが普通ではないか。それが、相手にされないどころか政治家になり、支持されている。その頂点に安倍首相がいる。慰安婦についての知識などなくても、おかしいという感性があってほしい。これは人間性の問題だ」

 経済学部の学生を前に教壇に立つ。うつむく顔々が気になる。「将来の見通しに明るい希望がない。だから過去に日本の良いものを求めざるを得ないのだ」

 そこに重なる中国、韓国への差別意識。「中国に経済で抜かれ、韓国には電化製品で抜かれた。見下していたものに抜かれたという屈折した感情だ」

 やはり考え込む。「いまの日本社会で人権を守ろうと口にするむなしさはどうだろう。会社はそろってブラック企業。従わなければ首を切られ、非正規に置き換えられる。現実はこんなものだという諦めがある。だから買春があっても仕方がない。せいぜいかわいそうと思う程度。戦争なのだから慰安婦は必要だ、ことさら問題にすべきじゃないと堂々と語られる背景がここにある」

 現実は確かにそうだ。でも、それではよくない。皆が幸せに暮らせる社会をつくっていこうと語るのが政治家ではないのか。アベノミクスも誰もが共存し得る未来を照らし出してはいない。

 安倍首相は、それ以上のことを語ろうとはしない。「過去を正当化することでしか日本の誇りは得られないのか。過去の過ちを認め、反省し、克服することは誇れることだと思うのだが」

 はやし・ひろふみ 1955年神戸市生まれ。専攻は現代史、戦争・軍隊論。日本の戦争責任資料センター研究事務局長。昨年8月に吉見義明・中央大教授らとともに慰安婦問題の理解のためのサイト「FIGHT FOR JUSTICE 日本軍『慰安婦』-忘却への抵抗・未来の責任」(http://fightforjustice.info/)を立ち上げた。

【神奈川新聞】

 

安倍政治を問う〈7〉現実見ぬ空疎な議論 拓殖大大学院教授・川上高司さん
2014.12.07 11:30:00
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7_562916e8d9ca898d9205c51bdd93987_2 拓殖大大学院教授・川上高司さん

 

 集団的自衛権の行使容認に賛成し、そのためには憲法改正も必要と説く。「保守」を自任する拓殖大大学院教授の川上高司さん(59)はしかし、声を大にして言う。

 「行使容認を閣議決定で行ったことに問題がある。日本は安全保障の分野で大きな一歩を踏み出した。本来なら国民の意向を問うべきだった」

 そしてめぐってきた総選挙。自民党が圧勝すれば、安倍政権は「集団的自衛権の行使容認の閣議決定」は国民に容認されたと解釈するかもしれない、との危惧を抱く。「アベノミクス選挙といわれているが、本当は集団的自衛権の選挙であるかもしれない」

■説明

 30年以上にわたり安全保障、国際政治学の世界に身を置いてきた。国防を考えるとは「日本がどうやって生きていくかを決めること」。そして、国民がその道を選択できるよう「政府は正しい情報を提供し、考えられる選択肢を示さなければいけない」と説く。

 ではこの夏、集団的自衛権の行使容認という「国のあり方を根底から変える」事案を決定する前の政府の態度はどうだったろう。

 「安倍首相は『集団的自衛権の行使を容認しないと日米安全保障条約が機能しない』と力説した。なぜ日米安保が必要なのか、あるいは日米同盟を解消し、米軍が日本から撤退した場合にどうなるのかといった議論を尽くさなければならなかった」

 では、例えば日本が自主独立という選択肢を選んだ場合、どのような事態が考えられるのか。「国防費を少なく見積もってもGDP(国内総生産)比の3%以上は増やさねばならなくなる。相当、国民に負担がかかるが、本当にそれでいいのか」

 日本列島を丸ごと非武装地帯にすればいいという意見もある。「北朝鮮、ロシア、中国など周辺国が核兵器を手放さない限り、難しい。核の抑止のため、いまは米国の傘を借りているという状態だ」

 日本が独自に核武装をしたらどうなるのか。「極論すれば米国も仮想敵国になる。あるいは中国やロシアとの同盟を選べば本当に国民はそれを受け入れるのか、といった徹底した論議が必要だ」

 あらためて強調するのは手続きの不当性。「政府は正確な情報を国民に届け、なぜ必要かという説明を尽くさなければならない。国民が『今ある日米同盟を結んでいるのが効率的で一番安定する』と納得して初めて、集団的自衛権の議論に行き尽く」。なのに、と語気を強め、「台頭する中国の脅威に後押しされて誕生した安倍首相は、危機感を強める世論を背景に必要な議論を飛び越え、行使容認を閣議決定で決めてしまった」と落胆する。

■手段

 基本に立ち返ってみる。「集団的自衛権の行使というのは、日本を守るためのものであり米国のためではない」。つまり、「集団的自衛権の行使容認は、日本防衛に米軍を巻き込むための手段」であるべきだ、と。

 集団的自衛権行使の必要条件として武力攻撃を受けた旨の「宣言」と支援の「要請」がある。しかし、事態が緊迫している場合、要請を行う時間的余裕はない。「北大西洋条約機構(NATO)条約や米韓条約など軍事同盟ではそれを見越し、協約書に集団的自衛権の適用条件が詳細に描き込まれている」

 だが、現在の日米安保条約には同様の取り決めがない。「領海のすぐ外の公海上で自衛隊機や艦船が攻撃を受けたとしても、米国が自動的に介入するという担保がない」。日米安保を修正しない限り、集団的自衛権行使が日本防衛に生かされることはない。

 一方で、日本が集団的自衛権の行使を要請された場合はどうだろうか。「もはや、断れない。米国から要請された集団的自衛権、国連の集団的安全保障要請に対しては、むしろ積極的に行使しなければならなくなるだろう」

 イラクやシリアで台頭する過激派組織イスラム国への対応など、国際社会に突きつけられた課題は少なくない。

 「集団的自衛権の行使容認や集団的安全保障への積極的な参加を決定したことに伴い、自衛隊は中東やアフリカに送られる可能性が高まっている。これまでのように他国の軍隊に守られている状態ではなく、敵や脅威と直接対峙(たいじ)することになる」

 非戦闘地域がいきなり戦闘地域になる危険性は高い。「政府は『自衛隊をすぐに撤退させる』と言うが、一緒に活動している他国軍を危機にさらす事態も想定され、簡単には撤退できないだろう。戦闘に巻き込まれる可能性も非常に高くなる」。テロとの戦いに巻き込まれることも否定できない。

■責任

 問いは再び、指導者の振る舞いへと向けられる。

 「オバマ米大統領をはじめ、一国の指導者は戦闘地域に赴いて兵士を鼓舞し、戦死者が帰ってきたら、迎えて、お国のために申し訳ありませんと家族に謝罪する。日本の指導者が同じような場面に直面する日は近いかもしれない」

 現実を直視してほしいと願うのは、政府だけではない。「1960、70年代に起きた安保闘争のようなことが起こらないのはなぜだろうか。自衛隊が戦闘地域に行き、死人が出て、彼らの夫や子どもの死に接して初めて問題の深刻さに気が付くのかもしれない」

 その時、その死が無駄ではなかったと納得できるか、何のために死んだのか、と悔恨に打ち震えることになるのか。いずれにしても首相の責任は重い。ただ、無関心を決め込む国民に首相を責める資格はありや、なしや。

 各紙の世論調査では自民党は300議席を超え、共同通信社の調査では単独で議席の3分の2を占める情勢となっている。川上さんは驚きを隠さない。「想定外の数字。30~40議席減らし、改憲は先送りし、地道に安全保障関連の法案の修正を進めるというのが当初の見立てだった。解散の理由は一般の有権者にはよく分からないので、評価されないと思っていたから。安倍政権は憲法改正を一気にやるかもしれない。これ以上のタイミングはないと思うはずだからだ」

 かわかみ・たかし 1955年熊本県生まれ。拓殖大海外事情研究所所長・教授。防衛庁防衛研究所主任研究官などを経て現職。著書に「日米同盟とは何か」(中央公論新社)、「アメリカ世界を読む」(創成社)など。

【神奈川新聞】

 

安倍政治を問う〈8〉:見せ掛けの経済政策 経済評論家・内橋克人さん
2014.12.08 12:00:00
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8_75a0c03ae055acc84802065922c8096_2 内橋克人さん 

 

 「この道しかない」。この国のトップは今、全国各地で声を張り上げる。長く続くデフレから脱却するためには、自らの名前を冠した経済政策しかないのだと。だが鎌倉に住む経済評論家から言わせれば、「国民をなめている」。なぜなら「安倍政権の経済政策は『国策フィクション』」だからだ。

 内橋克人さん(82)はおもむろにペンを持ち、紙に数字を書いていく。「74兆円 70兆円」

 アベノミクスの第1の矢と言われる金融政策。日銀は2013年4月、「異次元」と評される大規模な金融緩和に踏み切った。市場は歓迎し、先行きへの期待感から急速に円安株高が進んだ。「国民は、金融緩和で市場に金がジャブジャブ流れたと思っている」。市場に金が出回れば、株価が上がり、資産価値も上がる…と。だが、それは「『これからもっと良くなる』と国民が“期待”を持たされているだけだ」。

■天空回廊

 内橋さんは、こう説く。13年3月末からの1年間で、日銀が国債を買い上げて供給した通貨(マネタリーベース)は74兆円増えた。だが、民間の金融機関が日銀に設けている口座の当座預金(日銀当座預金)も70兆円増えた。つまり差額の4兆円は市場に流れたが、70兆円は個人や企業への貸し出しに回らず、口座に眠ったまま。ブタ積みという。「マネタリーベースの額をみれば、4兆円など微々たるものだ」

 それでも、まだいい。少額とはいえ、市場に金が流れたのだから。内橋さんはその下に、もう一つ数字を書き加える。「118兆円 120兆円」。今年10月末までの1年半をみると、マネタリーベースは118兆円増加。だが日銀当座預金は120兆円も増えた。「金融緩和と叫びながら、実体経済に金は流れず、逆に市中から2兆円の金を吸い上げた計算。これでどうして景気が良くなるのですか?」

 国民は幻想を見させられている。「首相の周囲にいる経済ブレーンは、『市中に金がジャブジャブ流れているというイメージを市場に送り、国民の夢をあおれば経済は好転する』と思っている。人工インフレ論者、つまりリフレ派の仕掛けたトリックです」

 政府、日銀、金融機関で回る巨大マネー。国民の頭の上をめぐる「天空回廊」。富裕層が富めば、貧困層にも自然に富が滴り落ちるという、政府の説く「トリクルダウン」などはない。「雨は、横の樋(とい)にたまり、縦の樋に移って、大地に滴り落ちるもの。だが安倍政権はその縦の樋を途中で切断し、そこに栓を詰めた」。あふれるほどの水がたまるのは上部(大企業)だけ。そこでも内部留保という名の氷づけが起きている。「アベノミクスには、政権がなすべき最大のミッションの『所得再分配』政策が完全に欠落している」

■思い込み

 実体経済に資金が回らない、フィクションの“効果”は当然、長くは続かない。消費増税後、国内総生産(GDP)速報値は2期連続でマイナス。黒田東彦総裁は追加の金融緩和を発表し、安倍晋三首相は消費税率10%への引き上げの先送りを決めざるを得なかった。それでもなお、自らの経済政策に自信を持つ首相。「気付いていないのでしょうね。『アベノミクスは大成功』と本気で信じ込んでいる。周囲を取り巻く思想的同調者の考えを“民意”と錯覚している。首相の思い込みと、真の民意との乖離(かいり)はますます大きくなっていく」

 “思い込み”の激しさは言動にも表れているとみる。「世界経済回復のためには、3語で十分です」。昨年9月、ニューヨーク証券取引所でスピーチした首相は、自信たっぷりにこう続けた。「Buy my Abenomics」(アベノミクスは買いだ)。内橋さんは指摘する。「米国のレーガン政権の経済政策『レーガノミクス』も、英国のサッチャー政権の経済政策『サッチャリズム』も、メディアや後世の人々が名付けたもの。2人とも自らそう叫び回ったわけではない。自己顕示欲の違いでしょうか」

■符合

 有権者が気付くべきことは他にもある。厚生労働省は10月31日、年金積立金の投資配分を定める資産構成割合(基本ポートフォリオ)の見直しを認可した。その内容は国債など国内債券を大幅に縮小させ、よりリスクの高い株式の割合を国内外合わせて50%まで引き上げるものだ。同じ日、日銀は追加の金融緩和を決定。国債の購入額を年間50兆円から80兆円に拡大すると発表した。

 厚労省管轄の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が売却したい国債は30兆円分。日銀が増額したのも30兆円。「この二つは、ぴったり符合している」。株式市場を活性化させるため、国民の年金を活用しようとしているのではないか。内橋さんは憤る。「再びリーマン・ショックが起これば、国民が年金を手にすることはできなくなる」

 声を上げても詮ないことです-。東日本大震災の被災地で講演した際、被災者がこぼした一言が今も胸を締め付ける。だが、それでも声を上げ続けなければ、と感じている。「政権がいま何をしているのか。トリックやレトリックに惑わされず、有権者は徹底的に見抜かなければいけない」

 うちはし・かつと 1932年7月生まれ。神戸市出身。神戸新聞記者を経て経済評論家。著作に「匠(たくみ)の時代」「原発への警鐘」「共生の大地」など。「鎌倉九条の会」「さようなら原発1000万人アクション」の呼び掛け人を務める。

【神奈川新聞】

 

安倍政治を問う〈9〉アベノミクス停滞の理由は 経済学者・水野和夫さん
2014.12.09 12:00:00
https://www.kanaloco.jp/article/81403/cms_id/115462
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9_0505c5b70886ffb42b152ecc02d4a8e_2 水野和夫さん

 

 アベノミクスはそもそも無理筋、と断じる。第1の矢、第2の矢と、いずれもが思うような効果を生んでいない。

 「その結果が、まさに安倍晋三首相が自ら表明した消費増税先送りの根拠である『GDPマイナス1・6%、2四半期連続のマイナス成長』だ」

 経済学者の水野和夫さん(61)の酷評は続く。

 「金融緩和と積極的な公共投資で景気が回復し、成長へと向かうという筋書きが通用したのは20年前のことだ」

 インフレ目標2%を設定し、第1の矢、つまり異次元の金融緩和に打って出たアベノミクス。だが、ヒト、モノ、カネがたやすく国境を越えていくグローバル資本主義が加速した今、こうした手法はむしろ、傷を負った日本経済に塩を塗り込むような施策でさえあると指摘する。

 第2の矢、積極的な財政政策とは公共投資を増やすことで景気を刺激する施策。それも空振りに終わる。この20年間で建設市場は様変わりし、公共事業を受け止めるだけの建設労働者はいなくなっていたからだ。

 国策として公共投資を減らし続け、1990年代後半をピークに半減させた。建設技能労働者も97年をピークに120万人近く減り、2013年には338万人となった。突然工事を増やされても請けきれない。蛇口を開け閉めするかのような施策の転換で、建設労働者数と工事量の需給バランスは崩れ、人件費は高騰、工事を発注しても受注できる業者が出ずに入札が不調となる案件が急増している。

 水野さんはこの不条理に「もはやダッチロール状態。同じ自民党が行っている施策として連続している点もあるが、まったく一貫性がないものが混在している。結局は国民生活が振り回される」と嘆く。

 さらに、金融緩和も財政出動もともに見込んだ効果とは逆に、日本経済を一層疲弊させる可能性が高いと指摘する。

 「金融緩和のあとバブルが崩壊すれば、企業はリストラと称して賃金を引き下げ従業員を減らす。積極財政で景気が回復しても過剰設備を維持するために賃金が抑制されることになる」。いずれにしても賃金が犠牲になり、景気は上向かない。

 「投じられた税金は1%以下の富裕層の利益となり、バブルがはじけた後処理もまた税金で補填されるため、そのツケは国民全体へ押し付けられることになる」。アベノミクスの継続はすなわち、所得格差を拡大し、中間層を貧困層へと落とし込むことになる。

■賃金は上がらず

 一方で安倍政権が誕生した12年12月以降、株価は上昇を続け、リーマン・ショック前の最高水準1万8000円台に手が掛かる。一気に円安に振れ、円ドル相場は7年4カ月ぶりに120円をつけた。輸出産業の大手を中心に業績は着実に回復している。

 デフレ脱却まであと一歩-。そんな呼び声にも説得力があるのではないか。

 水野さんはこうした数値を一刀両断する。

 「株価が上がったといっても、日本の株式市場へ投資している約半分は外国人。つまり利益の半分は海外へ流れている。さらに言えば、株価が上がっても消費にはつながらない。そんなことで消費が増大するとすればそれこそバブルだ」

 「安倍首相は『賃金は上がった』と言うが、それは総額のこと。逆に1人当たりの賃金は下がっている」

 1人当たりの賃金を度外視して、総額で成果を強調する。そこにアベノミクスの本質をみる。

 「これは、安い賃金がさらに削られているということにほかならない。インフレ誘導で物価は上昇し、家計はさらに圧迫されているのが現実。これを是とするアベノミクスは、大企業とお金持ちがもうかればいいという経済施策ということになる」

■資本主義の終焉

 ではなぜ、アベノミクスは本来見込んだ効果が表れないのか。

 「それは資本主義自体がもう終わりを迎えようとしているからだ」。これは地球上にフロンティア(未開拓地)がなくなった、という根本的かつ致命的な理由によると説く。どういうことか。

 水野さんの理論はこうだ。金利が年率10%であれば、100万円は1年後に110万円に増える。その資金がかき集められ、かつてであれば中国やブラジルといったフロンティアへ巨額投資され、運用によって増殖し、投資家へ利回りとして還元される。

 投資による開発で途上国だったその国もやがて新興国となり投資する側に立つ。次はインドだ、まだアフリカがある、と投資、運用、還元の循環を繰り返してきたわけだが、「ついに地球上にそのようなフロンティアはなくなった。地理的・物的空間の限界を迎えたということ」。

 金利は2%を下回ると、資本家が満足する利回りが得られなくなるとされ、日本の10年国債の金利はこの20年近く2・0%以下が続いている。超低金利が続き、資本の自己増殖は止まった。

 水野さんは著書「資本主義の終焉と歴史の危機」で記している。

 〈インフレ目標や成長戦略に猛進するのは、薬物中毒のごとく自らの体を蝕んでいくだけ〉

 〈18世紀から築き上げてきた市民社会、民主主義、国民主権という理念までもが、グローバル資本主義に蹂躙されているのです〉

 「その意味でアベノミクスは百八十度間違っている。『より速く、より遠くへ、より合理的に』というかつての理念を逆回転させ『よりゆっくり、より近くへ、より曖昧に』へと転じなければならない」

 経済学者から放たれた、根源的かつ理念的な言葉が、迫り来るその時の重大さを物語っていた。

○みずの・かずお

 1953年愛知県生まれ。三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミストなどを経て2010年9月から内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)など歴任。13年4月から日大国際関係学部教授。著書に「資本主義の終焉と歴史の危機」(集英社新書)。横浜市在住。

【神奈川新聞】

 

安倍政治を問う〈10〉 対米追従から脱却を 元外務官僚の孫崎享さん
2014.12.10 12:10:00
https://www.kanaloco.jp/article/81452/cms_id/115636
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10_ec40ef10f2c0802cd1bf09f113fafb_2 孫崎享さん

 

 歴代首相最多となる49カ国をこの2年で訪問した成果を強調する安倍晋三首相だが、孫崎享さん(71)には空虚に映る。「政権延命のためのうわべ外交だ」。外務官僚として長年外交の現場に身を置いてきただけに、向けるまなざしはシビアだ。

 2年半ぶりに実現した日中首脳会談にも欺瞞(ぎまん)をみる。第2次安倍政権では初の首脳会談が北京で実現したのは、衆院解散が正式表明される8日前の11月10日。自らの靖国神社参拝で日中関係悪化を招いた安倍首相だったが、「関係改善の一歩になった」と胸を張ってみせた。

 沖縄県・尖閣諸島をめぐり、双方の認識のずれが依然深いことが明らかになったのは会談後だ。

 合意文書には「双方は、尖閣諸島など東シナ海の海域において近年、緊張状態が生じていることについて異なる見解を有している」とあり、一見すると領土問題の存在を前提にしているように読める。

 だが、日本側は「異なる見解」とは、中国公船の日本領海侵入や東シナ海の防空識別圏の設定、一方的な東シナ海ガス田開発などを指しているとして、「尖閣諸島の領土問題は存在しない」という従来の見解を主張する。

 孫崎さんは「領土問題の存在を認めさせたい中国に対して譲歩するかのような表現でだました。合意文書は首脳会談を実現させるためのうそだった」と断じ、「衆院解散をにらんだ安倍政権の戦略。安倍首相が悪化させた日中関係が批判の的となるので、その前に不安要素を取り除きたかったのだろう」と解説する。

 代償は大きい。「中国の信用を失ったに違いない。もう、首脳会談は実現しないのではないか」

 ダボス会議や日本の首相として初となるオーストラリア連邦議会での演説、原発の建設技術の売り込みで存在感を示そうとする姿勢にも「ほとんど国益をもたらしていないし、各国と新しい関係を築けていない。一過性のアピールを好む政権の特徴が外交によく表れている」。再開した拉致問題をめぐる日朝協議も「支持率を意識したパフォーマンスに見える」。

■便 乗

 孫崎さんに言わせると「安倍政権は対米追従路線をひた走る」。10日午前0時に施行された特定秘密保護法の制定、集団的自衛権の行使容認、米軍普天間飛行場の辺野古移設-。その淵源(えんげん)は小泉政権時代にあるとみる。

 2005年の日米安全保障協議委員会(2プラス2)で合意された「未来のための変革と再編」と題した文書。「国際的な安全保障環境の改善のための取組」が重点分野に位置付けられ、「国際的な安全保障環境を改善する上での二国間協力は同盟の重要な要素。(中略)実効的な態勢確立のために必要な措置をとる」「共有された秘密情報を保護するために必要な追加的措置」「(普天間飛行場の)代替施設は、(中略)沖縄県内に設置しなければならない」といった文言が並ぶ。

 だが、「当時の日本政府は文書の意義をあまり説明せず、注目もされなかった」。その後の福田康夫内閣は集団的自衛権の行使容認を見送り、民主党への政権交代後も鳩山由紀夫首相は普天間飛行場の移設について「最低でも県外」の見解を示すなど、合意にあらがう動きはあった。

 追随しない方策も考えられたが、安倍首相はこの路線に便乗したのだと孫崎さんは言う。「日本には安全保障政策に関する戦略はないから、米国に従わざるを得ない。もし、のまないようなら態度を変えられてしまうので、政権を長続きさせたいと思えばなおさら、米国に従うのが得策」と実情を明かす。

 そうである以上、日中関係の悪化は安倍政権にとって都合がいいということになる。「中国が攻撃を仕掛けてくるかもしれないという状況になれば、日米の安全保障政策の強化は正当化される。少なくとも、そういった方向に世論が高まる。だから、わざと中国との関係をこじらせているのではないかという疑念さえ抱いている」

■国 益

 外交官としての信条があった。「外務省の役割は、2割が予算配分と人繰りで、国民と諸外国を結び付ける橋渡しが8割」。これに照らせば「今の日本は、国の都合で国民が海外で活躍する機会を奪っている」。念頭にあるのはやはり冷え切った中国、韓国との関係だ。

 日本の輸出入額は06年以降、米国が占める割合が減り続けていたが、12年に増加に転じ、安倍政権発足後も微増した。前回の総選挙で自民党が交渉参加の反対を掲げた環太平洋連携協定(TPP)が合意に向けて進んでいるのは象徴的な事例だ。

 孫崎さんは「安全保障政策を米国に依存しているから、経済活動において米国に配慮せざるを得なくなり、東アジア圏での市場拡大が進まない。食料品の品質や安全に問題がある中国では、信頼性が高い日本の製品や農産物は飛ぶように売れる。東アジアの市場を拡大した方が日本経済は発展する」と言い切る。

 経済の東アジアシフトは安全保障政策にも通じるというのが持論だ。「日本を攻撃したら自国の経済が滞るという状況をつくれば、攻撃はしてこない。新たな安全保障政策となる」

 そのためにも尖閣諸島や竹島などの領土問題の解決が必要だと説く。鍵となるのが「棚上げ合意」。「互恵関係の構築を大事とし、領土問題については互いに見解は異なるまま解決を先送りする」という考え方だ。

 「ポツダム宣言には領土問題となっている竹島や北方領土は日本の国土として明記されていない。尖閣諸島は日中双方の言い分に根拠がある。日本固有という歴史認識は間違っている。感情論よりも国益を優先させるべきだ」と苦言を呈す孫崎さん。「戦後レジームからの脱却」を標榜(ひょうぼう)する安倍首相について、こう切って捨てた。「対米追従の枠組みを強化しているという意味では、『脱却』からは逆行している。信念は全く感じられない」 

 まごさき・うける 1943年旧満州生まれ。外交評論家、東アジア共同体研究所所長。66年外務省入省。英国、ソ連、米国、イラク、カナダ勤務を経て駐ウズベキスタン大使、国際情報局長、駐イラン大使を歴任。著書に「戦後史の正体 1945-2012」(創元社)など。

【神奈川新聞】

 

↓辺見庸さんの記事は別立てで保存しました

安倍政治を問う〈11〉 目を見開き耳澄ませ 作家・辺見庸さん
2014.12.14 09:30:00
https://www.kanaloco.jp/article/81601/cms_id/116317
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圧勝の陰で〈上〉 9条 深まらぬ議論危惧
2014.12.15 03:00:00
https://www.kanaloco.jp/article/81628/cms_id/116413
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77e827572a365228d73c406ee79d1a32_2 安倍政権の安全保障政策に危機感を口にする鷹巣さん=座間市内

 

 地域の子ども会の集いから帰宅した14日夜、テレビをつけると自民党候補者の喜ぶ姿が大写しになった。画面のテロップが「自民圧勝」「自民・公明 3分の2に届く勢い」と大勢を伝えた。

 座間市の鷹巣直美さん(38)の胸が波立つ。

 「選挙という国民の声を聞く機会をつくった安倍さんに感謝する思いもあったが、その気持ちはかげった」

 国を守るという大義の下、特定秘密保護法の制定、集団的自衛権の行使容認に踏み切った安倍政権に危うさを感じてきた。圧勝で強引さに拍車が掛かるのでは、と不安を覚えずにはいられなかった。

 戦後日本の平和を支えた憲法9条に「ノーベル平和賞を」とインターネットで呼び掛ける運動を始め、今秋、9条を保持してきた国民全体が候補にノミネートされた。一人の主婦が始めた運動の広がりは国内外から注目を集めたが、鷹巣さんは今、無力感にさいなまれる。

 衆院解散が決まり、やはりネットで署名集めを始めた。タイトルは「『戦争はやめてほしい』の声を集めるため、まずは『集団的自衛権の行使容認に反対』することで一致して選挙協力をしてください」。9日間で集まったのは562人分。「選挙でこれだけ票を集められる自民党はやはり、すごい」

 2児の母。平和賞運動を思い付いたのも子どもたちの未来を思ってのことだった。ネットでは「平和主義を隠れミノにした売国奴」といった中傷や非難を受けたが、ふと気付いた。「戦争をしたい人なんていない。思いの根っこは同じなのに、交わらない議論を続けている」

 集団的自衛権をめぐる議論がまさにそうだと思った。「抑止力としてそれを手にするか、抑止力として放棄し続けるか。賛成の人も反対の人も、戦争をしたくないという点は同じなはずだ」。行使容認は国民的議論を経ず、閣議決定による憲法解釈の変更によって決まっただけに、論戦が選挙戦でなされなかったことが残念でならない。

 来年は集団的自衛権行使に向けた法改正の議論が国会で始まる。9条はこれ以上骨抜きにされるのか。

 自民党が得た議席も有権者が投じた票が積み上がったものであることを踏まえ、鷹巣さんは言う。

 「政治家も個人の信条思想だけでなく、集団的自衛権が必要という大勢の声を聞いているから、使命感や正義感、責任感で『国民を武力で守らなきゃ』と凝り固まってしまうのだろう。そんなことは望んでいないという声も多くあることを示し、不安を取り除くように思いを伝えないといけない」

 続く言葉は母の祈りにも似て-。「『戦争は嫌だ』と表現していくことはささやかでも続けられる。自民党とか何党とか関係なく、皆の心の中にあるはずの『戦争はしたくない』という良心を信じたい」 

【神奈川新聞】

 

圧勝の陰で〈中〉原発 国側の威圧露骨に
2014.12.16 12:51:00
https://www.kanaloco.jp/article/81713/cms_id/116675
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Aabb1e7a20e170e484c111c95765ba4b_2 避難者の交流イベントの打ち合わせをする小畑さん=横浜市神奈川区のかながわ県民センター

 

 独裁、裏切り者、圧力、恐怖-。穏やかななまり口調からどぎつい言葉が次々と飛び出す。「政府の言うことは絶対で、国民は従うしかない。そんな独裁政治が続くような気がしてならない」。自民党圧勝の結果に小畑まゆみさん(55)はこぼした。

 仮住まいの葉山町から車で約4時間。福島県富岡町の自宅は東京電力福島第1原発から8キロの居住制限区域にある。立ち入る際は町役場で線量計測器を借り、防護服に身を包む。

 11月に帰郷し、驚いた。区域のそばを通る国道6号で警察官が防護服を着ないで道路警戒に当たっていた。「バイクで通るのも車の窓を開けるのも許されない道なのに」。自宅近くの富岡町総合運動場の放射線量は毎時3~4マイクロシーベルト。神奈川の約100倍の数値だ。「あの警察官の姿を県外の人がテレビで見たら『もう福島は安全だ』と思う。『原発事故は収束した』とアピールしたい国側の思惑が透けてみえる」

 「圧力」はここ神奈川でも感じる。この春、いわき市から2人の子どもと小田原市に自主避難してきた母親と知り合った。学校給食に福島市産の米を使うことに不安を感じ、反対する活動を続けていた。「でも、理解を得られず孤立してしまったと聞く。国や自治体の決定に異を唱えただけで『裏切り者』とみなす風潮があるのでは」

 福島を離れて神奈川で避難生活を送っているのは約1900人。地域住民と交流し、励まし合う場をつくりたいとイベントを企画する。

 その会合で、アベノミクスの成果を強調する安倍晋三首相のことが話題に上った。「いわき市では除染作業のために労働者が集まり、バブルのようなにぎわいと聞く。原発事故で雇用を生み出すという皮肉な話だ」

 避難者の一人が「現実を見ろ」と声を荒らげた。

 「事故処理とどう向き合うか議論もせず、事故がなかったかのように再稼働を進める。臭いものにふたをするように都合の悪い話はせず、自らに都合のいい情報だけを流す。強引で卑劣なやり方だ。俺らはだまされねぇ」

 自民圧勝となった投開票から一夜明けた15日、会見した安倍首相は「安全性が確認された原発は地元の理解を得つつ、再稼働を進めていく」と明言した。

 戦後最低、52・66%(小選挙区)の投票率で再び得た、自公合わせて3分の2超の議席。小畑さんがかぶりを振る。「福島では選挙は全く盛り上がっていなかった。『何を言っても変わらない』といった諦めの雰囲気が漂っていた」

 虚無感が胸を襲う。それ以上に恐怖感があるという。

 「圧勝したことで安倍政権はより思うままに振る舞うだろう。声を上げ、意思を示していかなければ、自分たち避難者の存在さえも消し去られ、ないものとして扱われていくかもしれない」

 原発事故被害者として背負わされたそれが宿命などとは思いたくないが、あらがい続ける覚悟を小畑さんは新たにする。

【神奈川新聞】

 

安倍政治を問う(12) 地方創生に潜む危機 京都大大学院教授 岡田知弘さん
2014.12.16 13:15:00
https://www.kanaloco.jp/article/81712/cms_id/116669
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12_769d20d91e45d3b75e0f32d155d0b2_2 岡田知弘さん

 

 安倍晋三政権が掲げる「地方創生」で地方自治の根幹が揺らぎかねない-。そう危惧を抱く京都大大学院の岡田知弘教授は「そもそも上から目線ではないか」と提起する。「『地域』ではなく『地方』という言葉を使うのは、中央、すなわち東京を中心に据えた発想。『再生』とせず『創生』を掲げるのは、これまでとは違う地域をつくる意図があるからに他ならない」

 そこに見え隠れする、「選択と集中」の名の下に地方の中核都市への予算配分と機能強化を図り、ひいては自治体を集約しようとの意図。総選挙の勝利で長期政権への足掛かりを築いた安倍首相が見据えるのは、財界が「究極の構造改革」として待望する道州制の導入であり、その先には地方分権に逆行する中央集権的な「新たな国のかたち」が浮かび上がっている。危惧の本質はそこにある。

 安倍首相が衆院解散前の成立にこだわった地方創生関連2法の一つ、「まち・ひと・しごと創生法」の第2条はうたう。

 〈結婚、出産又は育児についての希望を持つことができる社会が形成されるよう環境を整備〉〈地域の特性を生かした創業の促進や事業活動の活性化〉

 多くのマスコミが来春の統一地方選に向けた政権のアピール材料とみた。「新たな交付金の創設などに伴うバラマキはあってはならないとの論調が目立ったが、それは本質的な問題ではない」。ここに至るまでの周到な準備、巧みな世論形成の仕掛けにこそ目を向けるべきだと岡田教授は強調する。

 流れをつくったのは、2040年に全国の半数近い896市区町村が消滅する可能性があるとした日本創成会議の試算だ。岩手県知事も務めた座長の増田寛也・元総務相の名から「増田リポート」と呼ばれる。地方に住む20~30代の女性の大都市圏への流出がこのまま続けば、出生率が回復しても人口が大きく減るという衝撃的な内容で、消滅する市町村を名指ししたリポートは波紋を広げた。

■トリック

 発表されたのは消費税増税から1カ月がたった5月8日。5日後の13日に経済財政諮問会議の「『選択する未来』委員会」が公表した中間まとめに消滅自治体のデータが引用され、15日には安倍首相の諮問で人口減に対応する地方行政体制の検討を始めた地方制度調査会も議論のベースにしている。

 「自治体消滅論を政権の政策づくりに生かすため発表のタイミングを官邸と調整したのだろう。消費税増税の影響が広がり、アベノミクスの限界が表れてきたころに地方紙がセンセーショナルに伝えたことで人々の意識を自治体の消滅は避けられない、集約もやむを得ないという意識に向かわせた」

 増田氏は現政権に近い。総務相に就任したのは第1次安倍内閣が改造を行った07年8月。前任の総務相は現官房長官の菅義偉氏だった。政府の「まち・ひと・しごと創生会議」の有識者の1人として、自治体消滅を前提とした議論をリードしてもいる。

 こうした背景も踏まえ、岡田教授は「消滅論は危機感をあおる作為的なシミュレーション。ショック・ドクトリンだ」と問題視。その「トリック」を解き明かす。

 「推計の基にした2005~10年の5年間は大都市への人口移動が比較的進んだ時期。しかも、東京への集中の傾向が最も高い水準で続く前提で試算し、若い女性が半減するから市町村が消えるという結論を導くのは論理的に無理がある」。さらに「東日本大震災を契機とした田園回帰を考慮していない。原発事故の影響、首都直下地震への不安を背景に地方へ移り住む人の流れが出てきている。過疎地の典型とも言われた島根県の中山間地でも若い人が増えている」。

 こうした批判があるにもかかわらず、自治体消滅論が市民権を得つつあるのは「道州制導入への地ならしとして政権サイドが利用しているため」とみる。

 自民党は道州制推進本部を設け12年に基本法案の骨子案をとりまとめたが、道州制を導入すればさらなる市町村合併を迫られる恐れがあるとして地方の町村長らが反発。法案提出には至っておらず、12年の総選挙で「基本法の早期制定後5年以内の導入を目指す」とした公約も、今回は「国民的合意を得ながら進める」と「後退」していた。

 道州制実現が見通せない中、「基本法の制定による正面突破でなく、まずは消滅論で自治体を集約することへの抵抗感をなくそうとしている」と岡田教授は読む。

■こだわり

 導入へのこだわりは第1次安倍内閣当時からあった。「当時掲げた主な三つの施策のうち、国民投票法と教育基本法は反対がありながらも成し遂げた。積み残しになっていた道州制に今回は腰を据えて取り組むのではないか」

 自民党が目指す道州制の姿は、実現に向けた提言を繰り返してきた日本経団連の案ともほぼ重なる。現行の都道府県を廃止し、全国に10程度の道州を置くとともに、国の出先機関や公務員の数を減らす。浮いた財源を高速道路網などのインフラ投資に回し、グローバル企業が活動しやすい環境を整える。経団連はウェブサイトで、6兆円近くの財源が生み出されるとの試算をアピールしている。

 しかし、「こうした経済至上主義の発想で築かれた地域社会は、住民にとっては暮らしにくい」。一例として挙げる岐阜県高山市にその厳しい現実を見る。平成の大合併で9町村を編入し、市域は東京都とほぼ同じ約2千平方キロに広がったものの、住民は10万人を切っている。「市の周辺部になったかつての村では人口が4割も減って投票所が集約され、お年寄りは投票に行きづらくなった。地元市議も選出されなくなり、民意を示すこともできない」

 全国の市町村が3232から1700余りに減った平成の大合併で規模を広げた市町村では「住民の監視の目が届かず、災害状況の把握も遅れるようになった」。道州制では「そうした弊害がより顕著に表れる」とみている。

 検討されている道州制では、国と地方、あるいは自治体同士の二重行政をなくすため、市町村は医療や福祉、義務教育などの住民に身近なサービスに特化する一方、道州は経済振興、高等教育などを担う。国は外交や防衛、通商政策などを担当する。

 そこに岡田教授は「大企業が潤う形での富国強兵」に向かう危険を感じ取る。「国と自治体は水平的な関係ではなくなり、明治憲法下のような垂直的関係に戻ってしまう。国と地方が役割分担することで、例えば沖縄の基地問題は国の専権事項なので地方からもの申すことができない、という事態が起こりうる。これは戦争ができる国づくりにつながるものだ。憲法とともに地方自治は今、戦後最大の危機局面にある」

 おかだ・ともひろ 54年生まれ。専門は地域経済学。研究者や自治体職員、地方議員などが会員の自治体問題研究所(東京)の理事長。「『自治体消滅』論を超えて」(自治体研究社)を今月刊行。

【神奈川新聞】

 

安倍政治を問う〈13〉海外メディアはどう見ているか
2014.12.18 14:00:00
https://www.kanaloco.jp/article/81798/cms_id/117095
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13_7bc3af228d39039b22e66c81046b57_2 ジョナサン・ソーブル記者(右)カーステン・ゲアミス記者

 

 自民党の圧勝に終わった総選挙の結果は海外メディアにどう映るのか。安倍晋三政権の2年間と先行きについて、日本を拠点に取材を続ける米国とドイツの日刊紙の記者2人に聞いた。

◇米ニューヨーク・タイムズ ジョナサン・ソーブル記者

 安倍晋三首相は私の大学時代の日本人の友人によく似ている。その友人は「世界で活躍したい」という気持ちが強く、英語が堪能なこともあって外資系企業に入社した。日本人の中には「日本のいろいろなところが嫌いで、外国の方が解放感があっていい」という人もいるが、彼は違った。「日本の素晴らしさを世界にみせたい」という思いに鼓舞され、そうすることが国際貢献になると信じていた。

 安倍首相の政策や言動からは国際社会で日本の存在感を高めたいという思いが感じられる。

 今はあるべき姿になっていないという思いの裏返しでもあろう。つまりコンプレックスだ。自信があれば自らを誇示する必要はないからだ。日米安全保障条約を改定し、対等な日米関係を目指した祖父の岸信介元首相の影響もあるかもしれない。安倍首相には劣等感が残っているのだろう。

 国際社会で日本が評価されないのは宣伝が下手だからだ、という人がいる。正しいことを言っているのに国際社会に理解されないのは、うまく説明ができていないからだ、と。それは錯覚だ。

 米ニュージャージー州で韓国系米国人が設置した慰安婦像をめぐり、日本人から「主張が受け入れられなかったのは、われわれの広報活動がうまくいかなかったからだ」という声を聞いた。だが、慰安婦問題が日韓関係をこじらせているということは米国でも知られている。米国人は韓国に肩入れしているわけではなく、両者の論争から一定の距離を置き、客観的にみている。

 外務省は広報活動予算を増やす方針だというが、そうした小手先の話ではない。問題は戦後処理について日本国内で議論がまとまっていないところにある。国内での意見がまとめられない限り、歴史問題は永遠に続くだろう。

 アベノミクスには世界が注目している。以前勤めていた英フィナンシャル・タイムズでは社説で日本の経済政策を取り上げ、ロンドンやニューヨークの証券市場でも話題になるようになった。世界的に不況が続く中、アベノミクスが機能するかどうか、一つの新しいモデルになり得るかどうか、興味があるからだ。

 来年は戦後70年を迎える。安倍首相が個人の信条として歴史認識にこだわり中国や韓国との関係が悪化するようなら、国際社会は日本に失望し、安倍首相のいう「誇り高き日本」は遠くかすむばかりだろう。

○02年来日。英フィナンシャル・タイムズ東京支局長などを務め米ニューヨーク・タイムズ特派員。カナダ生まれ。

◇独日刊紙 カーステン・ゲアミス記者

 日本外国特派員協会はこの2年間、毎月、安倍晋三首相に取材を申し込んできたが一度も実現していない。日程が合わないという理由だが、こちらはいくらでも調整すると申し出てきた。北朝鮮でさえ、外国人メディアの質問には答える。情報統制が激しい中国にいる同僚だって共産党幹部に取材する機会は与えられている。政府には説明責任というものがあるが、安倍首相は放棄している。

 外国特派員協会は厳しい質問や批判で知られる。だが、批判には意味がある。海外メディアから批判されるということは、その国の政策が全く理解されていないという裏返しだ。

 そもそも日本政府は非常に内向き。来日して5年間、閣僚にインタビューを申し込み続けた。40回を超えるが、返答があったのは3回だけで、それも取材を断るという回答だった。

 過去の歴史をもみ消し、日本が被害者であるかのように振る舞う安倍首相の言動も国際社会での日本の立場を孤立させている。

 従軍慰安婦をめぐる問題で日本政府は二枚舌を使っている。旧日本軍の強制性を認めた1993年の河野洋平官房長官談話を継承するとした一方、外務省のホームページから強制性に触れた文章を削除した。国内外で説明を使い分けている国を一体、どこの国が信頼するだろうか。

 日本のメディアも内向的で、権力に同化しているように映る。日本の国債の格付けが下がったニュースをメディアはどう報じたか。日本経済が危険な状況に陥っているにもかかわらず、扱いは小さいと感じた。

 同様に格下げとなったイタリアでは主要紙は1面で大々的に報じた。政策が機能していないことの表れで、国民に知らせる必要があると判断したからだ。

 ジャーナリズムは独立した機関として権力を監視する役割を担っている。日本のメディアはその意識に欠ける。最多の部数を誇る読売新聞は安倍政権をほとんど批判しない。もはや政府の広報紙だ。

 選挙の投票率は戦後最低だった。これでは安倍政権が信任を得たとはいえない。安倍首相は選挙後、憲法改正の意欲をあらためて示したが、日本人がいま最も関心があるのは歴史修正や憲法改正ではなく、経済の安定だ。

 政治家家系の安倍首相や麻生副総理は自らの家柄や祖先に誇りを持っているのかもしれないが、国民のために仕事をすることに誇りを持つべきだ。

○ドイツ日刊新聞「フランクフルター・アルゲマイネ」東アジア特派員。政治、経済を中心に執筆している。

【神奈川新聞】

 

安倍政治を問う〈14〉「マニフェスト」は今
2014.12.18 18:00:00
https://www.kanaloco.jp/article/81802/cms_id/117114
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14_60940b799ba62c928a239d1bfda412_2 北川正恭さん

 

 民主党政権の失敗から今回の衆院選ではマニフェスト(政権公約)に対する有権者の期待や信頼が薄れ、候補者側も政策の実現の見通しや財源を明確にしない公約が目立った。マニフェスト後退の流れをどう見るか。提唱者の一人である早稲田大大学院の北川正恭教授(70)に聞いた。

 今回の選挙は安倍総理の作戦勝ちに見えるが、長期的に見れば本当に勝利と言えるかは分からない。

 総選挙は基本的には4年の任期を全うすることを前提に公約を掲げ、約束を果たすために任期いっぱい最大の努力をした上で、有権者に信を問うべきものだ。成熟国家である日本の総理ならば、正々堂々と王道を歩むべきだった。

 衆院の解散は総理の専権事項ではあるが、自分の都合の良いときに解散して政局運営をするようでは、政治全体が信頼を失う。

 総理が解散という伝家の宝刀を抜くときは、有権者に問題提起をし、世の中を変えるというワクワク感や、共感の渦が巻き起こらなければならない。

 しかし今回の解散にはなかった。戦後最低の投票率がそれを表している。大多数が消費増税延期はやむなしと思っている中で、総理がこれが争点だと声を張り上げているのは、むなしく響いた。

 この選挙が、国民の政治不信に拍車を掛けるのではないかと懸念している。

 安倍総理は2年前の国会の党首討論で、国会の定数削減についてあれほどはっきりと実行を約束したのに、不履行のまま選挙を実施した。経済政策として前面に掲げる「アベノミクス」でも、2年間で物価を2%上昇させるという目標は、まだ達成していない。

 国権の最高機関である国会という場での約束を平気で破り、果たそうという覚悟も見られないのは大きな問題だ。

 国民の間には、ある種の失望感が広がっている。今後の政権運営にも影響を与える可能性がある。

■怠 慢

 不意打ち解散で、民主党をはじめ各野党が対案としての政策を出せなかったのは、全くの怠慢だ。

 日本のマニフェスト選挙は発展途上にあり、さまざまな条件が整わないと機能しない。

 マニフェストは政党が有権者に対し、政権を取った場合について約束するもので、数値を伴い、事後検証が可能だ。選挙で示し、与党は約束を果たすべく努力する。次回選挙時には検証し、与党は実績を、野党は改善策を有権者に示して選んでもらう。

 しかし、日本ではまだそのサイクルを支える政党が成熟していない。

 政党は欧米のように政策シンクタンクを持ち、平時から政策や公約を練る努力が必要だ。日本は5年前の政権交代選挙後に、自民と民主の二大政党がシンクタンクを解体したのは大きな問題だ。各政党は次の選挙に向けて、すぐにでも政権公約作りに着手する必要がある。

 小渕優子前経済産業相の個人後援会のスキャンダルをはじめ、政治資金の問題がまだ相次いでいる。日本の選挙のあり方はまだ地縁や血縁に頼り、本来の民主主義へと脱皮していない。政党は本来は人材の発掘から育成、スクリーニングまで責任を負わなければならないが、日本ではできていない。

 これらさまざまな条件が整わないため、マニフェスト型選挙の態勢も不十分だったというのが、今回の選挙でも露呈した課題だ。マニフェストの提唱者の一人として、私自身にも反省はある。

 政治行政の役割が「富の分配」にあった高度経済成長期は、有権者も白紙委任で済んだ。選挙公約は破られるためにある選挙までの約束だった。ゼロ成長時代に入り、「負担の分配」が始まるとそうはいかなくなってきた。

 破られる約束の下に選ばれた政治家が信頼されるわけがない。先進国家としてぼちぼち本気で変わらなければと、みんな思っているはずだ。

■好 機

 国政では後退した感のあるマニフェスト選挙だが、来年の統一地方選で復活させようと力を入れている。

 ここ数年、地方選挙はマニフェストと相性がよい。地方選挙で首長や議員が示す公約は、住民にとって身近な課題ばかりだ。近所に保育園が新設されたか、通学路の安全対策は進んだかなど、住民が公約の達成度を自分の目で検証できるからだ。

 マニフェスト選挙は、公約をいつでも検索できるインターネットと親和性が高く、統一地方選でのネット選挙解禁も好機だ。

 くしくも今年は、東京都議会でのセクハラやじや、政務活動費問題で号泣会見を開いた元兵庫県議などの話題で、地方議会に注目が集まった。結果的に地方議会のあり方や役割に関心が高まり、有権者の目が厳しくなっている。

 このチャンスをとらえて、統一地方選を政策中心の選挙に変えたい。

 所長を務める早稲田大マニフェスト研究所では、地方議会や議会事務局を対象に、議員提案条例の勉強会を開くなどして、マニフェスト選挙を啓蒙している。

 審査委員長を務めている「マニフェスト大賞」は年々応募が増え、9回目の今年は全国の首長・議会・市民から過去最高の2223件の応募があった。マニフェストは死んでいない。

 地方議会が変われば、地方自治体や首長が変わり、そうすれば国会議員や中央官僚も変わらざるを得なくなるだろう。

 マニフェスト選挙で、地方議会から国を変えたい。

○きたがわ・まさやす

 早稲田大政治経済学術院教授。衆院議員、三重県知事などを歴任。政権公約「マニフェスト」を提唱、日本に広めた

【神奈川新聞】

 

安倍政治を問う〈15〉「ハゲタカ」「売国」作家・真山仁さん
2014.12.19 13:00:00
https://www.kanaloco.jp/article/81829/cms_id/117256
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15_a38a0d2ece1ee92121197735606c3f_2 真山仁さん

 

◇この国は絶望の中に
 安倍晋三首相が解散総選挙を打ち出した時に湧いた懐疑の念は投開票を経て確たるものになった。

 「何のための解散だったのか、やはり分からない。要するに無意味な選挙だったということ。結果がそう物語っている」

 自民党の議席はほぼ変わらず、与野党の構図もそのまま。戦後最低の投票率で有権者が何らかの決断を下したとも考えられない。

 政治、経済、外交を横断的に取材し、壮大な世界観を描く手法でベストセラー作品を世に送り出す真山仁さん(52)は「安倍政権のモラトリアム(猶予期間)のための選挙にすぎなかった」とみる。

 結果以上に真山さんが酷評するのは野党、それも民主党の不甲斐なさだ。

 「こういうときこそ、民主党は第3の矢である成長戦略について具体案を出せなければ存在意義がない」

 だが、まともな議論ができる体制を整えられず、全国の選挙区に政権交代可能な数の候補者を出すことさえできなかった。それゆえ「無意味な選挙」が決定付けられた。

 「投票結果やマスコミの調査をみると『安倍政権は嫌だが、民主には政権を取らせたくない』という有権者の意思が表れている」

 過去の失政、そして選択肢となり得ない野党第1党-。二つの意味で民主党の責任は重たい、と断罪する。

■浅薄
 真山さんが安倍政権の継続に感じているのは、危機であり嫌悪であり、恐怖だ。

 安倍首相は侵略戦争と植民地支配の被害国である中国、韓国の人々の心情を逆なでする歴史認識を披歴し、憲法改正への意欲を隠そうとしない。

 「安倍首相を独裁者になぞらえる声もあるが、まったくそんなことはない。安倍首相はそういう言動を格好いいと思っているだけ」

 だがそれは、わずかなアクシデントでより深刻な結果を生みかねない。本人がそのことを理解していないことに事の重大性がある。

 安直でその場しのぎ。数年先の未来より明日の人気を求める-。真山さんは、特定秘密保護法の強行採決に安倍政権の本質的問題をみる。

 「戦前の治安維持法も当初は選挙妨害を抑止するために作られたが、やがて軍部が強権を手に入れる過程で法改正を繰り返し、政府批判の言論を弾圧するという悪法となった」

 浅薄な安倍首相の振る舞いがくさびとなり、本人も意図していない方向へと突き進む。危機感を覚えるのはその短絡さだ。

■危機
 危機的状況は安倍首相が総選挙で信任を得たと胸を張るアベノミクスにもみることができる。

 「景気が回復するんじゃないかというムードがここまで継続しているのは奇跡的。何しろ根拠がない」

 日銀は国が発行した国債を無制限に買い取っている。金融マーケットに大量のカネが流れ込み、円安株高に振れている。しかしこれはいずれ返済しなければならない国の借金だ。

 「自分の足を食べながら生き永らえているようなもの。到底長くは続けられない劇薬だと誰もが分かっている。単なる金融操作にすぎない。国も企業も個人も同じだが、金融操作で生まれたカネはあぶくのようにして消える」

 つまり日本経済が1990年代から繰り返し経験してきたバブル。「だからいま、みんなして次の不幸に備え必死でカネを貯めている。だから消費は拡大しない。このままいけば安倍政権は国がボロボロになるまで金融操作を続けかねない」

 アベノミクスにはもう打つ手がないからだ。「安倍首相は、あした成功したい人。1~2年かけた地道な努力で成長産業を興すような時間のかかることはしない。だから頭の中には株価と為替しかない」

■確信
 だが政権は安倍首相に委ねられた。他に選択肢がないこともまた現実だ。この国はどこへ向かおうとしているのか。

 「可能性があるとすればやはり第3の矢だ。中身のある成長戦略が描けるかどうか」

 成長産業を絞り込んで国を挙げて本気で取り組めば、危機を脱する方策の一つになりうる、と真山さんはみる。

 「選択と集中。農業でも電気自動車でも、世界一になると決め、予算、人材、外交、貿易すべての側面から徹底的に支援すれば、その成長が活路になる」

 だがそれは同時に、多くを切り捨てることを意味する。「つまり嫌われるということ。好かれることを追求している安倍首相にそれができるか」

 恐らくはできないだろう、と一呼吸置いて続ける。

 「ここまできたら、できるだけ早く円安株高バブルは弾けてしまった方がよい」

 そこでようやく政権は正念場を迎える。危機的状況を正確に把握し、腰を据え、成長産業に狙いを定めて腹をくくれるか、という政治の力量が問われる。

 真山さんは当初、安倍首相と菅義偉官房長官について「パフォーマンス好きの首相と、手綱を緩めない菅官房長官のペアはよくできた組み合わせだと思った」という。それも安倍首相の言動に歯止めの利かない様子に危うさを覚え、行く末を案じるようになったという。

 特定秘密保護法の不条理にも言及した小説「売国」(文芸春秋)の中で描かれている日本の首相は安倍首相がモデルと思われる。日本のロケット技術を米国へ売却しようとする計画を止めようとする人物について官房長官が苦々しく心中を吐露する。

 〈一刻も早く叩き潰さなければ。派手な結果が大好きな総理が、本気で「もっと宇宙開発に予算を費やす」などと言い出す前に〉

 物語は、宇宙産業を日本独自の成長産業に押し上げようとするもくろみに暗雲がたれこめ、エンディングを迎える。

 刊行から2カ月。意味を見いだせない総選挙を目の当たりにし、真山さんの思いは確信に変わった。

 「この国は今まさに、絶望のまっただ中にある」

○まやま・じん
 1962年大阪府生まれ。87年同志社大卒、読売新聞中部支社入社。90年退社。フリーライターを経て2004年企業買収を描いた「ハゲタカ」で作家デビュー。12年原発事故と政権をテーマにした「コラプティオ」で直木賞候補。

【神奈川新聞】

 

安倍政治を問う〈16〉 「そのつど支持」加速 政治学者・松本正生さん
2014.12.20 12:17:00
https://www.kanaloco.jp/article/81886/cms_id/117445
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16_889094f804ee418e4aabe7cf28fcde_2 松本正生さん

 

 衆院選小選挙区の投票率として戦後最低の52・66%という数字をどう読むか。投票行動をデータから読み解く埼玉大社会調査研究センター長、松本正生教授は「有権者の研究が専門ですが」と前置きしつつ口火を切った。

 「安倍晋三首相が戦術的に日程を決めて解散に踏み切ったことに問題がある。自民党が政権を取ってまだ2年。やはり唐突だった」

 首相自ら信を問うとしてアベノミクスを争点化したことにも厳しい目を向ける。

 「民主党がマニフェストという言葉を政権獲得の戦略として使ったのと同様、言葉として選挙のキャッチコピーとして効果はあった。ただし、アベノミクス自体には中身がない。だから信を問うと言われても、何を判断し、選択すればよいのか有権者には分かりにくかった。わざわざ投票に行く必要があるのかと考えた人が多かったのではないか」

 そして師走の選挙戦である。

 「忙しいさなかに仕事に影響が出る人も少なくなかった。予定変更が余儀なくされ、『政治とは何様なのか』という反感が生まれ、さらに選挙離れが加速することになった」

   ■中高年が下落

 拍車が掛かった選挙離れ。その内実を追ううちに、ここ数年は中高年の投票率の落ち込みに注目するようになっていた。

 投票率というと若年層の低投票率が問題視されてきたが、「下落幅をみると若者より中高年のほうがずっと大きい」。

 例えば、直近の国政選挙であった2013年7月の参院選。投票率は52・61%で、前回10年から5・31ポイント下がった。

 では、年代別の投票率と下落率をみてみる。

 20代の投票率は33・37%で2・80ポイント減。40代は51・66%で7・14ポイント減、50代は61・77%で6・04ポイント減、60代は67・56%で8・37ポイント減だった。

 地方選挙でも同様の傾向がみられる。

 東京都議選(13年6月)をみても前回(09年)から20~24歳が7・00ポイント、25~29歳が7・71ポイントの下落だが、50代は14・47ポイント、60代は14・88ポイントも落ち込んでいる。その1カ月前のさいたま市長選でもやはり中高年の下落率が若者層を大きく上回った。

 松本教授はそこにより深刻な危機が潜むとみる。

 「親世代が選挙に行かなければ若者はもっと行かなくなる」

 当たり前のように投票する親の姿をみた子どもたちが、やがて大人になったとき、当たり前のように投票に行く。そんな家族は過去のものになってしまうのか-。

   ■人間関係薄く

 では、急速な下落は何を意味するのか。

 松本教授は中高年の投票行動自体が変化していることに着目する。

 「特定の支持政党を持たない人が増えている。選挙のたびに支持政党を変える『そのつど支持』が定着してきた」

 社会経験が豊富な中高年は政治的な態度が固まっていると従来から考えられてきた。地域との付き合いや社会とのつながりを深めていくうちに特定の支持政党を持ち、政治的な定見や持論を変えづらい-といった常識が崩れてきているとみる。

 「社会や政治に関心があって、投票した人でさえもこだわりがない。選挙は深く考えない一過性のイベントで、だからそのつど支持を変え、投票している」

 過去の投票の分析結果からもその傾向は明らかだった。

 09年衆院選での政権交代では、自民支持から民主支持に乗り換えた人は若年層より中高年が多く、12年衆院選でも、やはり中高年の動向が自民の政権返り咲きの鍵となった。

 人間関係の希薄化が進み投票や政党を支持すること、つまり政治に関わることに意義を見失いつつある中高年-。選挙のたび振り子のように振れる民意を目の当たりにし、松本教授は意を強くする。

 「政治の効果を生活に実感できないから、投票に意義を感じられなくなっているのではないか。私生活主義になっている。つまり、中高年は身の回りのこと以外に関心が持てなくなっている」

   ■間接情報頼り

 衆院選後、松本教授に最も多く寄せられた質問がある。

 「安倍晋三首相が取り組む個別政策の評価は高くないのに、なぜ自民党が大勝したのか」

 世論調査では集団的自衛権の行使容認や特定秘密保護法の制定といった安倍政権の実績に反対や疑問の声は根強い。衆院選後の勢力図としては自民党1強よりも与野党伯仲を望む声が多かった。

 「政治の問題を普段それほど気にとめていないからだ。世論調査で集団的自衛権について聞かれれば、反対だと答える。だが、それが自身の投票にそれほど影響しない。やはり政治にこだわりがない」

 松本教授はここにも「そのつど支持」の弊害をみる。

 選挙離れが進み、投票に行かない人が増え、政治や政策を継続的な視点で評価しない人が増える。「投票したとしてもその場の気分、ノリ、空気で投票している」

 そして仕掛けられた「アベノミクス選挙」。地域の人と人とのつながりの延長線上にあった政治はいまは遠く、そうであるなら政治や政策の判断はマスコミなどの間接情報に頼らざるを得ない。イメージ戦略にも、世論調査の結果にも左右されやすい。政治家もまた世論調査に一喜一憂し、ポピュリズムに堕してゆく。

 松本教授は強調する。

 「選挙はこの国の方向を決めるものだ。このままでは、代議制というこの国の根幹さえ揺らぎかねない」

 政治家への注文も忘れない。

 「省庁に投票率が上がるように対策を取れと指示しているだけではいけない。自分たちの責任として政治家がどうするか、が問われている」

 まつもと・まさお 55年長野県生まれ。中央大法学部卒。埼玉大社会調査研究センター長。同大経済学部教授。政治学博士。社会調査や世論調査、政治意識を研究する。

【神奈川新聞】

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2014年12月13日 (土)

(ビデオニュース・コム)大沢真理さんが喝破「アベノミクスは、あべこべのミクスだ」、そしてその他の重要な争点。

 「デタラメだらけ嘘だらけ、ならば安倍で自エンドバナー」については後ろでご紹介

 

 阿修羅投稿を採録

 11月末に【Preview】を紹介しましたが、【ダイジェスト】版を再度出し直してるのに気がつきました。こちらの方が内容が濃くなってるので再アップしておきます。昔作ったバナー、安倍の「美しい国」逆から読めば「憎いし苦痛」について、そして現在の「アベノミクス」逆から読んだら「すくみのベア」バナーについてはうしろの方でご紹介(←頁内ジャンプします)

 

【ダイジェスト】大沢真理氏:マル激的総選挙の争点
videonewscom
http://youtu.be/Z33-2jML3iE

2014/12/10 に公開

(↓クリックすると拡大します)
049 ←安倍政権の重要決定事項


122 ←大沢真理さん(東京大学社会科学研究所教授)


303 ←3分2秒から。
非正規労働者の比率の推移。非正規化を加速したのは小泉政権と安倍政権。安倍首相は「加速」という言葉が好きだが、ハッキリ加速したのは雇用の非正規化


354 ←3分54秒から。
月別実質賃金指数。安倍政権では15か月連続して、実質賃金指数がマイナス(安倍政権下での賃金は名目で低下、実質ではマイナス。実質では対前年度同月比15か月連続してマイナス)。麻生政権と安倍政権は賃下げ内閣だった。実質じゃない名目だと言いたいのかも知れないが、安倍政府は金融緩和(いわゆるインフレ政策)と円安誘導で物価をつり上げているのだから当然実質を見るべきだ。過去10年間にない賃上げしたと言っても物価が2.3%2.4%と上がっているので、使えるお金がどんどん目減りしているのを見なければいけない。男性の場合に非正規化していると言うのは若者のところで、非常に深刻化。10年くらい前までは、25歳くらいまでに正社員になれていたのだが、これも小泉政権と安倍政権で35歳くらいの所まで非正規率が上がってきている。なので、結婚したくても結婚出来ない若者が増えている。(安倍は)それで人口一億を維持すると言っているので、そう言う意味でもアベノミクスではなくあべこべのミクスだと言いたい。

5分42秒から。
貧困削減率マイナスと言う凄い事態はすべての世帯に起こっている訳ではなくて、専業主婦世帯だとわずかながら貧困を緩和してもらっている。ところが、世帯の成人が全員働いている夫婦共稼ぎや、一人親で働いている、単身で働いているとなるとマイナスになる。世帯の中でみんなが働いている、子どもを産んで育ててい ると言う世帯が税と社会保険制度によって罰を受けていると言う、こう言う国。労働力人口が減るっていうのを心配している、人口減少していることを心配しているのに、働くことや子どもを産み育てている事に罰を与えている。 これがあべこべの最たるもの

658 ←5分54秒から、
(にもかかわらず)安倍晋三は教育問題に、かなり手を突っ込んでいる。


 

 その他の重要な争点については、下の【ダイジェスト版】ではない完全バージョン(前半、後半)の動画で。

 

概要:
http://www.videonews.com/
マル激トーク・オン・ディマンド 第712回(2014年11月29日)
マル激的総選挙の争点
大沢真理氏(東京大学社会科学研究所教授)
 安倍首相は今回の選挙を自ら「アベノミクスと問う選挙」と位置づけ、野党に対して「対案があるのなら出して見ろ」と言わんばかりの姿勢で選挙に臨む姿勢を打ち出している。
 しかし、言うまでもなく、選挙の争点が何であるかを決めるのは有権者だ。党利党略で憲法上も多いに疑義のある解散総選挙を年末の慌ただしい時期に仕掛けられた上に、その争点まで勝手に決められたのでは、国民はたまらない。
 特に有権者としては、安倍政治について、以下の2点で厳しい検証が必要だ。
 まずは、アベノミクスが本当に日本経済の立て直しに寄与しているのかという問いが一つ。そして、2つめが、2年間の安倍政権の是非を問うべき総選挙の争点が、本当にアベノミクスだけでいいのかという問題だ。
 まず、1点目のアベノミクスの評価については、安倍首相や自民党はアベノミクスが日本経済を正しい方向に導いている根拠として、賃金の上昇や有効求人倍率の高さなどを強調している。しかし、それが国民の実感とはかなりずれていることは、巷間たびたび指摘されているところだ。このずれは何を意味しているのか。
 社会政策が専門の大沢真理東京大学教授は、「安倍政権下で日本の実質賃金は低下し続けている。これは企業側が非正規雇用への転換を進めてきた結果だ」と、アベノミクス効果を真っ向から否定する。安倍政権の経済政策は企業側の論理を優先しているだけで、アベノミクスによって一握りの大企業だけが恩恵を受けているが、国民の大多数は日に日に貧しくなっているというのが現状だと言う。
 大沢氏によると2000年以降、特に小泉政権時と安倍政権時に非正規雇用の比率が大幅に伸びた結果、企業はコストの削減が可能になったかもしれないが、その一方で、貧困率の拡大、とりわけ若者の貧困が深刻な問題として浮上しているという。実際、雇用者の数は増えても、その大半は不安定かつ賃金も安い非正規雇用のため、個々の賃金は減少する結果となっている。そこに、アベノミクスの目玉の一つである「異次元」金融緩和に起因する円安、輸入原料高による物価高の拍車がかかるため、国民の生活は苦しくなる一方だというのだ。
 さらに大沢氏はこの選挙では自民党政権下で着々と進んできた社会保障の「逆機能」が問われなければならないと指摘する。本来であれば所得の再分配機能を果たすべき日本の社会保障制度は、高所得者には優しく低所得者ほど厳しくなるという逆進性を持つと大沢氏は言う。非正規雇用が加入している国民年金や国民健康保険は、所得に関係なく一律に掛け金が決められているため、所得が低い世帯ほど負担率が高くなってしまう。そしてその負担に耐えられない非正規雇用の労働者や低所得者層の中には現実に制度から脱落し、最低限の社会保障すら受けられなくなっている世帯が続出しているのが現状だ。・・・・
 安倍政権の下で日本はいい方向に向かっているのか。政権が唯一の拠り所とするアベノミクスも、このまま推し進めて大丈夫なのか。マル激がこの選挙の、そして2年間の安倍政治の実績の中で特に注目すべきと考えた政策的な論点を、ゲストの大沢真理氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

 

 完全バージョンのを阿修羅のコメントで教えてもらいました。感謝。

総選挙の争点/大沢真理氏(東京大学社会科学研究所教授)
mwpothyb
http://youtu.be/yc6DvlogjKU 

2014/12/11 に公開

 

(後半) 総選挙の争点/大沢真理氏(東京大学社会科学研究所教授)
mwpothyb
http://youtu.be/FIjyRdEximo 

2014/12/11 に公開

重要部分満載なれど、その中でも特に、

【必聴】16分22秒から、大沢真理さんの話し

【この部分も重要】44分37秒から、元内閣法制局長官で最高裁判事に転出した山本庸幸(つねゆき)氏は参院選の一票の格差違憲訴訟で、一人だけ違憲無効の判決を出した人。安倍が小松一郎を法制局長官につけたいので、山本庸幸(つねゆき)氏を最高裁判事に追い出したのではないかと言われている。明日投票の最高裁判事の○×では○をつけた方がよいかも。

 

アベノミクスは間違っている-植草一秀さんが講演
日仏共同テレビ局フランス
http://youtu.be/hTNaQW8KoW4

2014/05/24 に公開

概要:
経済学者の植草一秀さんは2014年5月23日に「安倍政権の経済政策」について都内で講演した。

●アベノミクスは「アホノミクス」
アベノミクスで喜んでいる人はほとんどいない。では、誰が喜んでいるのか。安倍さん一人、つまり、「安倍のみ、クスッ」と笑っているわけです(会場爆笑)。専門家の間では、「アベノミクス」の正式名称は「アベコベノミクス」といわれていますし、私は「アベノリクス」と書いています。ただ、専門家がもっとも支持する正式名称は「アホノミクス」です。


アベノミクスがもてはやされた理由はただ一つ、政権が発足した最初の半年間で株が上がった、ということだけです。2012年11月14日に8664円だった株価は2013年5月22日に1万5627円に、半年で7-8000円上がった。このこと自体は悪いことではありません。

何故に株が上がったのか。直接の理由は円安が進んだからです。ここ数年、円安になると、株が上がるという影響が明瞭に見られています。2012年11月から2013年5月まで1ドル=78円から1ドル=103円へと円安が進んだ。これによってもれなく株高がついてきました。

では、円安はどのようにもたらされたのか。実はドル高を生んだ背景は、アメリカの長期金利の上昇なんです。

 

 以下、昔(2006年に)作った『安倍の美ちゅくしい国、逆から読んだら憎いし苦痛』バナー、作ったのを忘れてましたが、検索していたらブログ『自由のための「不定期便」』たっちゃんさんの所で使われていて思い出す事が出来ました。感謝。
安倍の美ちゅくしい国、逆から読んだら憎いし苦痛、戦時体制糾弾バナー 安倍の美ちゅくしい国、逆から読んだら憎いし苦痛、戦時体制糾弾バナー 

現在制作中です。今日中に作れるかどうか自信はありませんが、頑張ってみます(現在altタグの文字部分だけが表示されています。雑談日記でアップするとバナー自体も表示されるようになります)
追記(2014年12月15日19:30 ):「アベノミクス」逆から読めばw「竦(すく)みのベア」デタラメだらけ嘘だらけ、ならば安倍で自エンドバナー 完成しました
「アベノミクス」逆から読めばw「竦(すく)みのベア」デタラメだらけ嘘だらけ、ならば安倍で自エンドバナー 「アベノミクス」逆から読めばw「竦(すく)みのベア」デタラメだらけ嘘だらけ、ならば安倍で自エンドバナー 
微修正をする場合があるので、ブログのサイドエリアに貼る場合は直リンクでやってください。それ以外の使用は不可。

すくみのベア」 
すくみ:動詞すくむ(竦む)の連用形の名詞化。硬直して身動きできなくなる。あるいは窮屈になる衰える先細る
ベア:『名』ペースアップの略。(洋語base up)賃金の基準を引き上げること。(以下略)(精選版 日本国語大辞典を参考に、また参照しました)
 阿修羅でも紹介投稿

 コマ表示のテキスト起こし。

1、アベノミクス(右に安倍のさえない顔)
2、逆から読めばw スクミノベア
3、アベノミクス→スクミノベアとグルリ回り
4、スクミノベア ぐわぁしゃ~ん
5、スクミ竦(すく)み
6、スクミ 衰える、先細る
7、スクミ 窮屈になる
8、スクミのベア(右に安倍のさえない顔)
9、財布が軽く
10、なったのに
11、非正規拡大(安倍の凶相)
12、インフレ誘導(安倍の凶相)
13、さらに
14、ウソつかない。TPP断固反対。ブレない。(←の自民党の立て看板)
15、日本を耕す!!自民党(のアップ)
16、ところが
17、TPP推進(安倍の凶相)
18、そして
19、消費税増税(安倍の凶相)
20、原発再稼働(安倍の凶相)
21、辺野古移設(安倍の凶相)
22、特定秘密(安倍の凶相)
23、共謀罪(安倍の凶相)
24、壊憲(安倍の凶相)
 (安倍の凶相)目元がバッとズームアップ
25、デタラメだらけ
26、嘘だらけ
27、ならば
28、サッカーボールがコロコロ
29、サッカー選手の一閃ボールを蹴る足
30、「バスッ」とボールの音
31、遙かな彼方にボール
32、安倍の首が登場しボール風に移動
33、安倍がヒトラー風帽子とヒゲで変化(へんげ)
34、安倍の首を蹴る足
35、安倍の首から「バカッ」と蹴られた音
36、安倍の首が猛スピードで遙か彼方に
37、安倍自公政治にNo〜!
38、安倍で自End

 

参考記事:
今年の新語・流行語大賞は候補がにぎにぎしい…
2013年10月02日(最終更新 2013年10月02日 10時31分)
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/syunzyu/article/43401
魚拓
Internet Archive

 今年の新語・流行語大賞は候補がにぎにぎしい。「今でしょ!」「じぇじぇじぇ」「倍返し」…。安倍晋三政権の「アベノミクス」も有力

▼安倍氏は7年前に首相になったときも「美しい国」が候補になった。当時は自著のタイトルや政権構想の旗印として使われたが、現在はこの言葉はあまり聞かれない

▼唐突ながら、「美しい国」をひっくり返すと「憎いし、苦痛」と読めるという。倒語にした読み方だ。「種」を「ネタ」、「場所」を「ショバ」などのように、音節や語を逆に読んでつくる語を倒語と呼ぶ

▼「憎いし、苦痛」は元西日本短大特任教授の奥秋義信さんから聞いた。RKB毎日放送の記者1期生で、日本語に関する著書が多い奥秋さんは、アベノミクスも倒語にして「竦(すく)みのベア」と読む。ベースアップ(賃金基準の引き上げ)が竦んでいる日本経済と重なる

▼「経済で最も大切なのは生産力でも株価上昇でもない。作ったものを消費する力です。原点は所得、ベアなのに、竦みのベア、ではねえ」。奥秋さんの話に、私は給料が増えたよ、と言える人はどれくらいいるだろう

▼安倍首相は来春からの消費税増税と大型経済対策を発表した。所得が低い人ほど負担が大きい増税分の使途が目的を逸脱しないよう願いたい。経済対策に含まれる法人税引き下げなどは、竦んだベアを改善させる方向に政策誘導するのが筋だ。いわずもがなでしょうが念のため。

=2013/10/02付 西日本新聞朝刊=

 

関連ツイート:
https://twitter.com/28SOBA/status/542530132439605249
SOBA(脱原発と国民の生活が第一) ‏
28SOBA
.@komichi2 昔作った安倍の「美しい国」逆から読めば「憎いし苦痛」バナーhttp://adat.blog3.fc2.com/blog-entry-642.html 「アベノミクス」は逆から読んだら「すくみのベア」すくみ:動詞すくむ(竦む)の連用形の名詞化。硬直して身動きできなくなる、窮屈になる衰える先細る
13:03 - 2014年12月10日

小路@バチあたりブロガー
@komichi2
@28SOBA どうも! 懐かしいですね。「憎いし苦痛」バナーは、よく使わせていただいてましたよ。「アベノミクス」を逆に読んだら「すくみのベア」というのも、偶然とは思えません。しかしあれから、安倍晋三という過去の亡霊を復活させてしまった。それが残念で、無念でなりません。
20:48 - 2014年12月10日

 

関連エントリー:
安倍晋三は資質も能力も品性もない、こんな安倍自民に投票していいのかな?(海外で報じられている動画などで確認)

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※原発関連で3冊:

知事抹殺 つくられた福島県汚職事件 佐藤 栄佐久 (著)

原子炉時限爆弾 広瀬 隆 (著)

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ 小出 裕章 (著)

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2014年12月 7日 (日)

安倍晋三は資質も能力も品性もない、こんな安倍自民に投票していいのかな?(海外で報じられている動画などで確認)

 安倍晋三は国のリーダーにふさわしくない。資質も能力も品性もない 

 就任後、外遊三昧、「外交の安倍」をアピールしている安倍晋三だが、世界での評価はいわばお子ちゃま扱いで相手にされていない。

 以下ロイター配信の映像。先月11月15、16日にオーストラリアのブリスベンで行われたG20サミットでの映像だが、独り手酌でコップに水を注いだあと右左落ち着きのない目でキョロキョロ見る安倍晋三。

World leaders on lunch break at G20
Reuters
http://youtu.be/LA-keQDAV68

Sサーバーにアップ ←MediaFireに保存。MediaFireはPCでは使い辛くなったのでipadを推奨。ipadで左記リンクをタップするとSafariの別頁が開き「Download(…MB)」の表示が出るのでタップする。黒い画面に変わり20秒から40秒待つと再生開始(時間帯、夜間は回線が混むので駄目

ipad ←ipadの他、カバー等も AMAZON

外付けHDD ←関連の AMAZON

 任意に設定出来る再生待ち状態時のサムネイル画像と、最後に出る安倍の右左キョロキョロを対比すれば、ロイターに代表される外信が安倍をどう見ていたか一目瞭然だ。動画のリンク切れに備え、再生待ち状態時をキャプチャ保存(←クリックでポップアップ)

↑映像中の部分を↓静止画像で確認。

 前列の習近平、トニー・アボット、オバマのかなり後について歩く安倍晋三(トニー・アボットはホスト国豪州首相、2列目右から二人目が安倍晋三。お坊ちゃま安倍はファイルらしきものを持つ豪州政府スタッフ?にエスコートされてますw)
(↓すべてクリックすると拡大します)
20141123_203900

 

手酌酒ならぬ、手酌で水を注ぐ安倍晋三。プーチンがウェイターにサービスされていた後の一コマ。(上記動画中、28秒からプーチン、38秒から安倍の手酌と右左キョロキョロ)
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J2ghvz5

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関連記事:
安倍首相、G20昼食会で"手酌"の悲哀 <動画>屋外ランチでの各国首脳の表情
魚拓2魚拓 

 

 次はG20サミット直前の先月11月10日北京で開催されたAPECでの一コマ。BBCの映像だが、安倍晋三は、なんと立つ位置を指さし「おれはここに立つから」と大きな態度。ホスト国の習近平に対して失礼だろう。安倍は宰相の器ではない、マナーも知らないお子ちゃまである。案の定、習近平に全然相手にされない。

BBC News China and Japan leaders shake hands at Apec summit 37秒
rose stein
http://youtu.be/JbfZCr6viyk

Sサーバーにアップ ←4sharedに保存。PCで4sharedならクリックし頁が変わり待つと自動的に再生(PCの場合、ポインタカーソルを映像画面に持って行くと右下にフルスクリーン切り換えマークが出る。ipadの場合は最初からフルスクリーン)。ipadならタップするだけで4sharedが開き再生(ただし、初めて4sharedを使う人の場合、「購入」と出るけれど、4sharedは無料Appなのでここでの購入はipad用語で単にダウンロード)。

ipad ←ipadの他、カバー等も AMAZON

外付けHDD ←関連の AMAZON

この動画は以下BBCの記事中で見られます⇒記事その1その2。 mpgで保存

↑を↓静止画で、マナーも知らないお子ちゃま安倍は習近平を怒らせてしまった。安倍晋三よザマー見ろだ。習近平に感謝。

習氏、安倍首相にそっぽ…2年半ぶり日中首脳会談も“不測の事態”」より
Pol14111105030001p1_2

 

NHKには珍しく外信と同じ画像を静止で使ってます。グッド ジョブ(笑)⇒日中首脳会談終わる 関係改善の第一歩と強調魚拓1魚拓2
(↓クリックすると拡大します)mp3 
Nhk_

 

 今年1月21日、米共和党のルビオ上院議員に媚びを売る、うすら馬鹿安倍晋三。(クリック拡大して、安倍の表情をジックリご覧あれ)Japanese Prime Minister Shinzo Abe welcomes US Sen., Marco Rubio of Florida at his residence.
一瞬の仕草に出る安倍の正体 (政府TV
Bekipucmaeetfwjpg_large

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 以下、史料として採録。

 

予算3450万円使い切り…安倍首相“地球儀外交”のムダ足 
2013年12月24日 掲載
http://gendai.net/articles/view/news/146835
Internet Archive

E7a5ee2df5d8e7859d98f77530db3c3e
自己満足/(C)日刊ゲンダイ

 どう考えても、図に乗り過ぎだ。あまりに安倍首相の外遊が多いため、今年度の「宿泊予算」がすでに底をついてしまったという。

 昨年12月の首相就任から、この1年間で安倍の外遊は13回、延べ29カ国に上る。海外での宿泊費は内閣官房の「総理大臣外国訪問等経費」から支出されるが、4月以降の外遊は表の通り10回で、今年度予算の3450万円を使い果たした。年度末まで、まだ3カ月以上ある。

■それでも年明け外遊ラッシュ

 それで少しは倹約するのかと思ったら、年明けからも外遊ラッシュ。1月9日から約1週間の日程で中東とアフリカを歴訪、25日からはインドを訪れて憲法公布の記念式典に出席する。そのため、政府は他の予算を切り崩して外遊費用に充てる方針だという

「総理は1月22日からスイスで開催されるダボス会議にも行きたいと言っている。できれば施政方針演説や代表質問の前は外遊を控えて欲しいが、総理は海外に行くと元気になるので止められません」(官邸関係者)

http://gendai.net/articles/view/news/146835/2
Internet Archive
 通常国会は1月24日に召集予定。安倍はスイスから戻って施政方針演説だけ終え、すぐまたインドだ。国会軽視も甚だしい。それなのに、本人は「地球儀外交」などと悦に入り、外遊回数を自慢している。来年度はさらに外遊の宿泊予算を積み増すというからフザケた話だ。

 しかも、外遊にかかるカネは宿泊費だけではない。今年度の政府専用機の燃料費が約16億円。原発トップセールスや日本食の売り込みで、財界人や料理人までゾロゾロ引き連れていった

 政治評論家の野上忠興氏も眉をしかめて言う。

「海外に“行くな”とは言いませんが、頻繁な外遊に見合った成果があったでしょうか。肝心の中韓や米国との関係も一向に改善されていない。安倍首相は<空いた日は外遊・内遊で埋めてくれ>と言っているそうです。つまり、出かけることが目的の自己満足です。そりゃあ、海外に行くとチヤホヤされて気分がいいでしょう。しかも、首相は行く先々でODAなどの大盤振る舞いをしている。国民には増税を押し付けて、福祉もカット。それでいて、自分は海外豪遊が許されると思っているなら考えが甘い。到底、理解を得られません」

http://gendai.net/articles/view/news/146835/3
Internet Archive
 安倍の自己満足のために、血税を浪費されてはたまらない。

◆4月28日~5月4日/ロシア、中東各国
◆5月24日~26日/ミャンマー
◆6月15日~20日/北アイルランド、東欧
◆7月25日~27日/東南アジア
◆8月24日~29日/バーレーン、カタール他
◆9月4日~9日/ロシア、アルゼンチン
◆9月23日~28日/カナダ、米国
◆10月6日~10日/インドネシア、ブルネイ
◆10月28日~30日/トルコ
◆11月16日~17日/カンボジア、ラオス

関連エントリー:
安倍晋三、国会開会中の平日にトルコ外遊。 

阿修羅に投稿(2014 年 12 月 07 日 18:19:29)、BBS「主権者は私たち国民」にも投稿(2014年12月11日(木)00時27分17秒)。2014/12/14 19:59の表示日時を、実際の12 月 07 日アップ日時に戻しておきます。

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 『ビデオカメラ』と『4Kビデオカメラ』です。

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2014年12月 6日 (土)

(・コム)古賀茂明氏:この選挙で原発政策を問わないでどうする 田中三彦氏:福島第一原発は今どうなっているのか

(ビデオニュース・コム)【Preview】古賀茂明氏:この選挙で原発政策を問わないでどうする
videonewscom
http://youtu.be/ienSk2J14Yw

2014/12/06 に公開

概要:
http://www.videonews.com/
マル激トーク・オン・ディマンド 第713回(2014年12月06日)
この選挙で原発政策を問わないでどうする
ゲスト:古賀茂明氏(元経産官僚・古賀茂明政策ラボ代表)
 選挙で原発は争点になりにくいと言われて久しい。しかし、此度の総選挙は、2011年の福島第一原発の事故の反省の上に民主党政権が打ち出した「脱原発」のエネルギー政策を、安倍政権が再転換してから最初の選挙となる。
 民主党の野田政権は原発推進勢力からの激しい抵抗に遭いながらも、2012年9月14日、何とか「2030年代に原発稼働ゼロ」を目指す革新的エネルギー・環境戦略を取りまとめ、これをポスト311の日本の新しいエネルギー政策とした。
 しかし、その後政権の座についた自民党の安倍政権は2014年4月11日、原発を「重要なベースロード電源」と位置付ける新たな「エネルギー基本計画」を閣議決定し、安全が確認できた原発から再稼働していく方針を打ち出した。日本のエネルギー政策は脱原発政策から原発活用政策に、再び舵を切ったのだ。
 日本の官僚制度や行政問題に詳しい、元経産官僚の古賀茂明氏は、政府が国のエネルギー政策の基本的な指針となるエネルギー基本計画で原発を「重要」かつ「ベースロード」になる電源と位置づけたことで、電力会社及びその関係者、原子力の研究者などの利害当事者から成るいわゆる「原発村」は完全に復活を遂げたという。
 しかも、今回の復活は3・11以前のように民間主導の復活ではなく、原発を事実上政府が丸抱えして推進していく体制になりつつあると古賀氏は言う。
 原発再稼働に関しても、福島の反省から、原発では絶対に事故は起きないという前提を否定し、事故が起きた場合でも放射性物質の拡散を防ぐと同時に、万が一の場合でも、周辺の住民が安全に避難できる体制を作ることが原発再稼働の最低条件となるはずだった。ところが、避難計画は原発30キロ圏の各自治体が独自に策定するものとされ、その内容については政府も原子力規制委員会も責任を負わないという、福島の事故の惨状を考えた時にとてもあり得ないような方針がまかり通っている。
 今回の総選挙で安倍政権率いる自公連立政権が勝利すれば、その原発政策も有権者の信任を得たことになる。このまま原発村の再興と安全神話の復活を許して、日本は本当に大丈夫なのか。
 総選挙を約1週間後に控えた今、ビデオニュース・ドットコムでは今、あらためて原発政策を問うてみたい。
 その一環として、まずは福島第一原発が今どのような状態にあるのかを、元福島第一原発電所4号機の原子炉圧力容器の設計者で、その後、国会事故調の委員を務めた科学ジャーナリストの田中三彦氏に聞いた。
 また、事故で避難を余儀なくされた原発周辺の自治体の住民の方々の抱える問題と、その問題に現政権がどのように対応しているかについて、首都大学東京准教授の山下祐介氏と、現在も東京で避難生活を送る元福島富岡町在住の市村高志氏(NPO法人とみおか子ども未来ネットワーク理事長)に聞いた。
 われわれは、なぜ原発をやめられないのか。福島の被災者に必要な支援が届かないのはなぜなのか。政治と行政の歪みや官僚制度の弊害、政府と地方の関係など、原発問題を通して見えてくる日本の問題と総選挙の争点について、ゲストの古賀茂明氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

 

田中三彦氏:福島第一原発は今どうなっているのか
videonewscom
http://youtu.be/sprJ0PGHEw0

2014/12/06 に公開

概要:
http://www.videonews.com/
ニュース・コメンタリ―(2014年12月06日)
福島第一原発は今どうなっているのか
ゲスト:田中三彦氏(元国会事故調委員・科学ジャーナリスト)
 原発がなかなか総選挙の争点になりにくいと言われる。その理由として、有権者の多くが、目先の景気や雇用、社会保障といった生活に直結する問題により大きな関心を寄せるためだ、と説明されることが多い。
 しかし、同時に3年前の事故直後には原発についてあれだけ多くの情報がもたらされ、自ずと原発問題への関心は高まった。ただ、事故を起こした福島第一原発も収束とは程遠い状態にあり、依然として12万人もの人々が避難生活を強いられている状況が続いているにもかかわらず、マスメディアが原発の問題を取り上げる機会は日に日に減ってきている。世論調査で総選挙の争点を問うた時、原発への関心が低いには、ある意味で当然の結果と言えるだろう。
 そこで総選挙を約1週間後に控えた今、ビデオニュース・ドットコムではあえて「原発問題の現状」を取り上げることにした。
 その一環として、そもそも福島第一原発が今どのような状態にあるのかを、元福島第一原発電所4号機の原子炉圧力容器の設計者で、その後、国会事故調の委員を務めた科学ジャーナリストの田中三彦氏にジャーナリストの神保哲生が聞いた。

 

メディアの中立公平を判断するのは政府ではない
videonewscom
http://youtu.be/Y2VTyCp3fQY

2014/12/06 に公開

概要:
http://www.videonews.com/
ニュース・コメンタリ―(2014年12月06日)
メディアの中立公平を判断するのは政府ではない
 先週のNコメでお伝えした自民党から各放送局の報道局長に宛てて送られた「公平中立・公平な報道のお願い」文書の波紋が、今週さらに広がっている。
 安倍首相自身が12月1日日本記者クラブで行われた党首討論で、この文書の存在を追認した上で、報道機関に対して公平・公正な報道を求めることは当然のことだとする認識を示したからだ。
 安倍首相は記者からの質問に対して、文書の存在を知っていることを認めた上で、(メディアが)「公平・公正にもしやっておられるんであれば何の痛痒も感じないのではないのか」と語り、自民党の萩生田光一筆頭副幹事長名義で出されたこの文書の内容を追認し、その要求は正当なものとの認識を示している。
 自民党の萩生田副幹事長名義の文書には、公平、中立、公正を求める文言とともに、テレビ番組の中での出演者の発言回数、ゲストの選定、街頭インタビューの方法など、具体的な要請が含まれていた。また、1993年にテレビ朝日が特定の政党に偏った報道をしたとの理由から、放送免許の更新に留保条件が付けられた事例を暗に引きながら、公平な報道をしなければ放送局は放送免許を失う可能性があるといった、恫喝とも受け取れる内容が含まれていた。
 また、党首討論で首相は、「公平・公正にやって頂ければ良いんであって。米国のテレビにはフェアネス・ドクトリンがないんです。フェアでなくてもいいんです。自由にやっていいんです。しかし日本は放送法があってフェアネス・ドクトリンというのがありますから、そこは米国とは全然違うんだという事は申し上げておきたいと思います」と語り、日本の放送法4条が定める政治的な公平性を理由に、正当や政治権力が言論機関に介入することには問題がないとの認識を示した。
 しかし、放送法は第三条で放送番組は「何人からも干渉されない」ことが定められている上、首相が米国のフェアネス・ドクトリンに該当するとした第四条でも、その二で「政治的に公平であること」と定めているに過ぎず、何をもって公平とするかの判断は放送局が独自に行うことが前提となっている。
 さらに、今は放送規則から削除されているアメリカの「フェアネス・ドクトリン」も、放送局に対して、「公共的な問題に一定の時間を割くこと」と「異なる視点から報道すること」を求めているに過ぎず、実際の運用は各放送事業者に委ねられているものだった。
 日本の放送法を見ても、またアメリカの旧フェアネス・ドクトリンを見ても、政府や政権党が「公平公正を求める」と称して、具体的な放送内容に干渉することが許されるとは到底読むことができないような内容になっている。
 また、そもそもこのような要請を政権党から受けた放送局が、それに対して敢然と立ち向かう姿勢を見せず、文書が送られた事実さえ報道できない体たらくは、これまで日本の放送局がいかに権力に迎合してきたかを指し示す絶好のバロメーターとなっている。
 言うまでもないが、何が公平公正な報道であるかを判断するのは、第一義的にはマスメディア自身であり、そして最終的にはそれは受け手である国民が決めることだ。そこに決して政府を介入させてはならないのは、民主主義の一丁目一番地ともいうべき、最も基本的な命題なのだ。
 政府や政権政党から言論という基本的人権の中でも最優先されるべき権利を侵害されて、われわれは黙っているのか。なぜ、報道機関に政府や政権党が「公平公正」な報道を要請することが問題なのか。そして、なぜ日本の報道機関はこのような屈辱的な文書をはねつけることができないのか。
 今回の一件で、安倍政権の下で危機的なところまで追い詰められていることが露呈した言論をめぐる状況と、それに太刀打ちする気概さえ見せることができないマスメディアの惨状について、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

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2014年12月 5日 (金)

白川勝彦さんの「これはもうファッショじゃないかい。(永田町徒然草)」と、天木直人の「勝負あった今度の解散・総選挙」の駄文

 以下、現時点(2014/12/05 12:43)での白川勝彦さんと、天木直人のエントリーです※。片や白川勝彦さんのエントリー(その頁内ジャンプ、以下同じ)が政治評論なら、天木直人の『勝負あった今度の解散・総選挙』の方は、表題からして御用マスゴミに洗脳された、床屋政談レベルの駄文。例えば、

※(2014/12/05 17:46『“自民党300議席超え”という幽霊』を追加

 自公圧勝の調査結果を報じる昨日の各紙の報道を見て、野党が衝撃を受けたと、朝日と読売がそろって一面トップで書いたことに、私は驚いたのだ。

 と、書いてます。僕などは、朝日と読売の一面報道など、「いよいよ臆面もなく“見て来たような嘘を言い”で、なりふり構わぬ大本営発表モードでやり始めたな」と思いましたが、天木にはそれにわを掛け「おいおい、知り合いの与野党の政治家から街宣での感触を聞いたのかな。回りのおじさん、おばさんの話しを聞いたのかい。ネット世論を調べたのか、などなど。それもせず、大本営マスコミの書いてる事をただ垂れ流すのかよ?」と言うのが率直な感想。

 大本営マスゴミの情報操作をそのまま垂れ流しているだけで、とうとう似非リベラルの化けの皮が剥がれたと思いました。天木直人の2014年11月19日『安倍解散・総選挙に対する最強の反撃は選挙のボイコットだ』で感じた違和感、2014年12月03日『「安倍自民党勝利が日本のためになる」という逆説』で感じた疑惑が、今日の天木のエントリーで確信に変わりました。「あっち側の人間だな」と。

 

“自民党300議席超え”という幽霊 
14年12月05日
No.1715
http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=1653

昨日の永田町徒然草「これはもうファッショじゃないかい。」が、いろいろなところで反響を呼んでいるようだ。タイトルが刺激的だったようだ。戦いになると、発言はどうしても激しくなる。それはやむを得ない。政治は言論を武器とする戦いなのであるから。しかし、私は理性的な人間でありたいと思って生きてきたつもりである。だから向う受けだけを狙っての発言は、極力慎んできた。その私が「これはもうファッショじゃないかい。」と言わなければならない程、事態は深刻なのである。

今回の総選挙で、仮に自民党が単独で300議席を獲ったとしても私は驚かない。いかなる事実も、事実は現実として受け止めなければならないからである。その上で、どう戦うかを考えていくしかない。私が驚き怒っているのは、事実でないことを事実のように喧伝(けんでん)し、そうすることによりそのような事実を作ろうとしている行為なのだ。

私は40年近く衆議院選挙をはじめ多くの選挙戦を闘い、またいろいろな選挙を見てきた。平成8年初めて行われた小選挙区制の下の総選挙を、自民党総務局長として指揮をとり、それを体験した。選挙については、その辺の評論家よりも知っているつもりである。これまで私の勘や予測が大きく間違ったことはなかった。

ただ1回だけ私の勘と予測が大きくが外れたことがある。平成10年の参議院通常選挙であった。私の予測とは大きく違い、自民党は歴史的惨敗を喫した。橋本総理大臣と加藤紘一幹事長が責任をとって辞任した。その大きな理由は、投票日1週間前の日曜定番のテレビ番組で、橋下首相が不用意な発言をしたことであった。選挙応援で全国を飛び回っていて、不覚にも私はそのテレビを見ていなかった。

このような経験と勘から言って、今回の総選挙で自民党・公明党が大勝できる筈はないと私は思っていた。選挙というものを知っている何人かの識者とも話し合ったが、同じような考えであった。そのような者から見たら、“自民党単独で300議席超え”というのは、明らかにおかしいのである。それは“自民党単独で300議席超え”という結果を狙って、誰かが仕掛けたのであるからだ。それを実際にやっているのはマスコミであるが、他にも犯人はいる。

マスコミが第四権力と言われるようにすでに久しい。長い間政府与党の中にいて、マスコミが大きな影響力を持っていることは否定しないが、日々の政治を行う上で第四権力と言われる程、大きな存在と感じることは少なかった。しかし、第一の政治権力は、選挙を通じて作られるのだ。選挙に勝たなければ権力を握ることはできないのだ。だから政治権力は、第四権力と呼ばれるマスコミに非常に弱いのである。

お互いに牽制し合う権力が競合していることが、自由主義政治の理念である。ところが第一権力たる政治と第四権力たるマスコミが結託し、一体となったらどうだろうか。それはもう自由主義政治が理念としている権力構造ではない。わが国では、第一権力と第四権力が癒着・結合しているのだ。これは安倍首相になって生じた顕著な現象である。安倍首相ほどマスコミを取り込もうと熱心に動いた者はいないし、安倍内閣になってから恥も外聞もなくマスコミが政府と公然と癒着したことは、戦後わが国ではなかった。

ファッショと呼ばれることは、自由主義者にとって最大の侮辱であり、屈辱である。自由主義者でない安倍首相や自公“合体”政権の議員たちにとっては、ファショといわれてもあまり痛痒を感じないのかもしれない。しかし、私がファッシズムをチャンと知った上で、「こらはもうファッショじゃないかい。」と言ったことを理解してもらいたいので、ファシズムについて念のため貼り付けておく。ご参考に。ただ非常に長いので、選挙の後でいいとは思うが…(笑)。

歴史上問題となったファシズムは、ほとんど凶暴かつ残酷な独裁(その大部分は軍事独裁)であった。粗暴かつ残忍であったが、単純なので国民の非難の対象になり易かった。四つの権力の三つが一緒になっている現在の安倍・自公“合体”体制と戦うことは、難しいし知恵がいる。理論武装もチャンとしなければ、この戦いは勝てない。

いま安倍・自公“合体”体制が喧伝している“自民党300議席超え”は、彼らが作った世論調査上の“数字”に過ぎない。爆弾でも弾丸でもない。ただマスコミが喧伝する“自民党300議席超え”は、戦争に例えるならば毒ガスのようなものである。いろいろな論調を見ていると、安倍・自公“合体”体制と闘おうとしている闘士・戦士さえ殺されそうになっていることを、私はいちばん危惧している。

闘士・戦士諸君。まずこの毒ガスの正体に気付くことである。この毒ガスを吸わないことである。そしてこの毒ガスを恐れている国民に、毒ガスの正体を知らせることである。マスコミはいまや敵の手に渡っているが、私たちにも“武器”がある。生身の体と肉声である。またSNSとかいう新兵器もあるではないか。こういう時に使わなければ、SNSなどタダのゲーム機ということになる。この永田町徒然草が闘士・戦士諸君の武器の一素材となれば、これに優る喜びはない。

今日はこのくらいにしておこう。それでは、また。

 

これはもうファッショじゃないかい。 
14年12月04日
No.1714
http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=1652

私は、午前3時から始まるBS日本テレビの、『日テレNEWS24』を見てから眠ることが多い。午前1時30分から始まるNHKBSの『プレミアム アーカイブス』を見ていたので、日テレニュースを眠い眼で見ていた。そこで、「自民党、単独で300議席超えの勢い」という声が聞こえ、びっくりして目が覚めた。これまで、“スットプ the 安倍”ということで、精力的に永田町徒然草を書いてきた。私は、自公“合体”政権は苦戦すると思っていた。

一昨日に続き、昨晩はテレビ朝日の『報道ステーション』で、党首による討論番組があった。それらを見ていると、何とも歯がゆく、「もっとシッカリせよ」と言いたくなる。それにしても、“自民党単独で300超え”はないだろうというのが、率直な私の第一印象だった。いろいろな思いが錯綜したが、さすがに眠くなって、寝てしまった。

午前8時頃には起床した私は、いろいろなことをしながら、あれこれと考えた。そして「これは、もうファッショじゃないのか」と、思うようになった。いや、これは間違いなく、もうファッショである。その理由は、以下のようなものである。まず、マスコミが総選挙のこの段階で、世論調査という形で“自民党300議席超え”と、大々的に報道しまくることである。マスコミの前身である新聞社は、かつて大本営発表の“連戦大勝利”を大々的に宣伝した ─ それが、自然と思い浮かんだ。

選挙期間中は、世論調査を禁止している国さえある。世論調査の結果をマスコミが大々的に報道することによって、選挙に大きな影響があるからだ。私は、世論調査そのものがいけない、と言うつもりはない。問題は、そのやり方と扱い方なのである。なにしろ、総選挙は3日前に公示されたばかりではないか。本格的に選挙運動が始まって、まだ3日だ。今日報道している新聞社等は、一体、その世論調査を何時やったというのか。

私は自民党で総務局長をやったので、選挙についてかなり詳しい方である。昔は、選挙期間がもっと長かった。新聞社等は、投票日1週間前の土日に世論調査を行い、その週の水曜日か木曜日に紙面で記事にした。いまの衆議院議員総選挙は、12日間である。選挙期間中の週末は、2回しかない。それだけに、世論調査を行う場合は、投票日1週間前の週末に行うのが当たり前なのである。

しかも、今回の選挙は、野党から見れば不意打ちの解散である。だから、選挙態勢も準備もできていない。野党同士が選挙区調整や選挙協力をしている最中に世論調査を行うこと自体、極めて意図的である。報道機関が報道のために様々な時点で世論調査を行うのは自由だが、それは、報道のために許されることであり、世論調査の結果を外部に漏らすのには、非常に慎重でなければならない。

今回の世論調査が、報道をするために必要な世論調査であるとしたならば、そのサンプル数は余りにも多い。こんなサンプル数の世論調査など、費用と人員の関係で2回もやれる筈がない。報道を行うために必要な世論調査だというのならば、サンプル数はもっと少なくてもいい筈だ。また、そんな世論調査を記事にしては、絶対にならないのだ。

いま私が知っている限りでは、“世論調査”に基づいて“自民党 300議席超え”の記事を書いているのは、『読売新聞』と『朝日新聞』であるが、早晩各新聞社が同じような記事を書くであろう。そして、各新聞社系列のテレビ局がまた大々的に放送する。「自民党大勝利。安倍政権圧勝」のオンパレード・花吹雪だ。そうやって、自公“合体”政権を圧勝させようとしているのだ。

だから私は、「これはもうファッショじゃないか」と言っているのだ。本稿で私が抱いたのと、似た思いをされた方が多いと思う。これと、どう戦えばよいのか ─ それは、稿を改めて論じていくつもりである。友よ、ひどい世の中になったもんだぜ。しかし、ダメだと分かるまで、闘いを止めてはならないし、国民を見限ってはならない。野党の候補者たちには、力の限り闘ってほしい。まず、14日の投票日まで、全力で戦うことだ。後のことは、それから考えれば良い。

今日は、このくらいにしておこう。それでは、また。

 

2014年12月05日
 勝負あった今度の解散・総選挙 
http://www.amakiblog.com/archives/2014/12/05/#003026

 きょうの朝日と読売が、まるで調子を合わせたかのように自公圧勝について書いた。

 それを見た私は衝撃を受けた。

 自公圧勝の世論調査の結果を報じたことに驚いたのではない。

 自公圧勝の調査結果を報じる昨日の各紙の報道を見て、野党が衝撃を受けたと、朝日と読売がそろって一面トップで書いたことに、私は驚いたのだ。

 これは朝日と読売の連携プレーではない。

 朝日はこれを落胆して報じ、読売は喜んで報じたのだ。

 なんという野党の体たらくだ。

 今度の解散・総選挙は、はじまったとたんに勝負がついた。

 いまから振り返ってみれば報道が正しかったのだ。

 権力を握った安倍自民党はあらゆる調査を尽くして今度の選挙は勝てると読んだ。

 だから解散・総選挙に打って出たのだ。

 それに対して野党はあまりにも甘かった。

 世論調査の情報不足はもとより、安倍首相の仕掛けた解散・総選挙に危機感を持って迎え撃つ準備も覚悟も能力もなかったということだ。

 世論調査の結果を見て衝撃を受けたという。

 今頃になって戦略を練り直して巻き返すという。

 あきれ果てる野党の現状だ。

 見てるがいい。

 今度の選挙で共産党を除いた野党は雲散霧消する。

 しかし私は決して悲観しない。

 いくら安倍自公政権が一強支配を強めようと、これまでの政策を根本的に改めないとすべての面で行き詰まる。

 その後に本物の政局が始まる。

 それは、誤った安倍自公政権に対する国民の戦いだ。

 その時こそ、安倍自公政権の暴走を止める事のできる本物の野党が生まれる時である(了)


 以下、白川勝彦さんの最近のエントリーです。

 

薄気味が悪いコラボ 
14年12月03日
No.1713
http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=1650

「(公明党が)自民党と連立政権を組んだ時、ちょうどナチス・ヒットラーが出た時の形態と非常によく似て、自民党という政党の中にある右翼ファシズム的要素、公明党の中における狂信的要素、この両者の間に奇妙な癒着関係ができ、保守独裁を安定化する機能を果たしながら、同時にこれをファッショ的傾向にもっていく起爆剤的役割として働く可能性を非常に多く持っている。そうなった時には日本の議会政治、民主政治もまさにアウトになる。そうなってからでは遅い、ということを私は現在の段階において敢えていう。」

少し難解な文章であるが、ぜひ3回くらい読んで欲しい。これは、昭和44年10月に出版された藤原弘達著『創価学会を斬る』からの抜粋である。言うまでもなく藤原弘達氏は、政治学者(明治大学教授)・政治評論家である。年配の人は、藤原弘達氏といえば、ガラガラ声で喋る毒舌を吐く政治評論家のイメージが強いだろうが、上記の文章は、間違いなく一級の政治学者としての論説である。

総選挙が始まり、毎日のように、党首演説や党首討論で安倍首相と山口公明党代表がテレビに映し出されるが、これを見ていると私には、藤原弘達氏の上記論説が思い出されるのだ。“自民党という政党の中にある右翼ファシズム的要素”と、“公明党の中における狂信的要素”の、実に見事なコラボレーションではないか。まさに、藤原弘達氏が40数年前に喝破していた通りである。

特定秘密保護法・集団的自衛権行使容認の閣議決定等は、その内容が極めて右翼反動的であり、進め方は、極めてファッショ的であった。そして、右翼反動的かつファッショ的体制をさらに4年間続けるために、自公“合体”政権はまさに、ファッショな選挙を行っているのだ。ナチスは、選挙であの独裁体制を作った。日本国民も、右翼反動の独裁体制作りに加担する怖れが、十分にあるのだ。

ナチス・ドイツがヨーロッパ全域に及ぼした惨禍は、甚大であった。わが国の軍国主義的独裁体制がアジア全域に及ぼした惨禍も、同じように甚大であった。その中で、多くの日本国民も、言語に尽くせない犠牲となった。覚醒した日本国民は、このことを肝に銘じ、今度の総選挙は、命懸けで戦わなくてはならないのだ。とにかく“スットプ the 安倍”なのだ。

今日の永田町徒然草は、最近では少し難しかったと思う。しかし、戦いの中で政治や社会の現実と本質が見えてくる。また戦いに勝つためには、現実と本質を見究めなければならないのだ。時間のある方は、本稿の理解を深めるために、言論出版妨害事件をぜひ読んで頂きたい。創価学会の問題は、実に根が深いのである。

今日は、このくらいにしておこう。それでは、また。

 

ストップ the 安倍 
14年12月02日
No.1712
http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=1648

衆議院議員総選挙が、今日、公示された。「伝家の宝刀だ。文句あるか」と言って、安倍首相は、大義も理由もない解散・総選挙の挙に出た。刀を抜いて斬り掛かられたら、諍いが嫌いな日本国民も、安倍首相と戦わなければならない。何のために? もちろん、右翼反動の安倍首相から権力を取り戻すためだ。安倍首相から権力を取り上げなければ、誇るべき美しい日本が滅ぼされてしまうからである。

これまで私は、安倍首相の危険性を、多岐に亘って批判してきた。公示の今日、いまさらこれを繰り返す必要はなかろう。アベノミクスの是非を問う選挙などではない。そもそもアベノミクスなど、如何なる実体もないモノである。実体のない幽霊みたいなモノの是非を問うこと自体が、無意味ではないか。問われなければならないのは、安倍晋三という総理大臣の存在そのものなのだ。

この2年間に安倍首相が現実にやってきたことと言えば、特定秘密保護法の制定、集団的自衛権行使の閣議決定、原子力発電の積極的推進政策、日中・日韓の友好親善関係の毀損など、挙げれば切りがない。地球儀俯瞰外交などと本人は悦に入っているが、わが国の国際的地位と国際的信頼は、近年でいちばん最悪である。一利を興すは、一害を除くに若かず。安倍首相こそ、まさにその一害なのだ。

マスコミを総動員しているにもかかわらす、「今回の解散・総選挙は、大義と理由がない」という意見が、国民の7割強である。安倍首相になってからの自公"合体"政権は、国民の6~7割が反対することでも、平気でやってのける。それを、これから4年も続けるために、信任して欲しいと言っているのだ。冗談は止せと、多くの国民が結集しつつある。覚醒した日本国民は、いま、結集しなければならないのだ。安倍首相という“一害”を除くために !

今日は、このくらいにしておこう。それでは、また。

 

鬼が笑ってらぁ。 
14年12月01日
No.1712
http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=1647

今年も、師走となった。昔から、商売人にとって師走は稼ぎ時だが、今年の師走は、明日から総選挙だ。選挙はごく一部の業界を除き、商売の足を確実に引っ張るものである。今回の解散・総選挙が、日本経済に悪い影響を与えることだけは確かだ。そうは言っても、明日から総選挙だ。昨日も、テレビで党首討論などが行われていた。安倍首相が、喋り捲っていた。

安倍首相の言を聞いて感じることだが、まず「巧言令色 鮮(すくな)し仁。」という孔子の言である。私は、日本の政治を長く見てきたが、安倍首相ほど景気を良くするといった総理大臣を見たことがない。そもそも、自由主義経済の下では、政府の力で景気を良くすることなど、あまりできないのだ。経済が極端に落ち込んでいる場合に、財政支出を増やしてこれを下支えすることはあるが、これは、あくまで例外的措置と捉えられている。

次に感じるのが、「来年のことを云うと鬼が笑う」という諺だ。経済など、明日のことも分からないのが実情だ。しかし、安倍首相は「景気はこれから必ず良くなります。だから、2年半後から、何がなんでも消費税を10%にします。それでいいですね」と言っている。再来年のことを好き勝手に予測して、消費税は確実に10%に増税すると宣言する。鬼が笑っているいるぞ、と私は思う。しかし、財務省という鬼が大笑いしていることだけは、確かだ。

 

塊を作る。 
14年11月29日
No.1711
http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=1646

今回の解散・総選挙で、週末は、この週末を含めてあと3回しかない。3回目の日曜日は、投票日である。いつも、総選挙は週末を挟んで、情勢がガラリと変わる。今回の解散・総選挙は特にそうなる、と私は思っている。先走った週刊誌などでは、既に当落予想が出ているが、そんなものはあまり当てにならない。これから2回の週末を跨ぐ度に、情勢はガラッと変わるからである。

それでは、今回の週末の始まりである現時点で、情勢はどうなのであろうか。安倍首相が「こんな筈ではなかった」と、臍(ほぞ)を噛むほど、自公"合体"政権側には具合が悪い。それは、多くの国民が、「今回の解散・総選挙を“何でいま”と感じている」ことに、最大の原因がある。自公“合体”政権は、いろいろな屁理屈を並べたてているが、そんなのは所詮“まやかし”に過ぎない。この忙しい年末に解散・総選挙をやるなんて、“国民を舐めている”と、多くの国民が思い始めた ─ いや、怒り始めたのだ。

世の中、安倍首相が消費税10%の実施を見送らなければならないほど、景気は、非常に悪い。商売をしている人たちは、せめてこの年末に少しでも挽回をしておこうと考えていたのだが、大事な12月前半が、選挙で潰されるのだ。いつも、年末になると私が言っているように、平成になってから、年末の経済活動は12月20日くらいで終わりになってしまった。自民党は、絶対に商工業者を敵に回してはダメなのだが、その商売人が、安倍首相に怒っているのだ。

自公“合体”政権は、「アベノミクスで景気が良くなった。賃金も上がった。失業率は下がった」などと数字を挙げ、「だから、アベノミクスをぜひ続けさせて欲しい」と演説している。ところが、これを聞くほとんどの有権者自身は、そうなっていないのだ。こういう演説をする度に、自公“合体”政権側は、票を減らすことになる。選挙では、最悪の構図なのだ。

前回の総選挙では、“日本維新の会”と“みんなの党”が、驚くほど多くの得票をした。ところが、“みんなの党”はなくなってしまった。“日本維新の会”も、“維新の党”と“次世代の党”に分裂した。“次世代の党”の本性は暴露されて、もう勢いはない。前回の総選挙で“日本維新の会”と“みんなの党”に投票した人々の多くは、“維新の党”に収束していくであろう。

いま、その維新の党と民主党と生活の党が、一つの塊になりつつある。社民党も、この塊に入りたいようである。共産党はいつもの通り独立独歩だが、沖縄1区では、この塊に入るという。民主党と維新の党と生活の党と社民党の塊なのだから、そこに矛盾があるなど当たり前だ。そもそも、現実の社会が矛盾に満ちている。その矛盾と戦う主体に矛盾があるからといって、目くじらを立てていたのでは、戦いなどできない。

これからの2週間余りで、一つの塊ができていく。いや、塊を作らなければならないのだ。その旗印(はたじるし)は、「興一利不若除一害」、すなわち「一利を興すは、一害を除くに若かず」だ。実に、深遠な言葉ではないか。さらには、深遠なだけでなく、政治 ― 特に、自由主義政治の要諦でもあるのだ。友よ、ここは大事な戦いである。私は、全力を尽くす。共に戦おうではないか。

今日は、このくらいにしておこう。それでは、また。

 

とにかく一害を除く。 
14年11月26日
No.1710
http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=1645

多弱団子状況が、思いのほか順調に出来つつある。誰かが主導してそうなっている訳ではないのだが、あまりにも多弱なのが幸いしているのだ。それで良い。あまり七面倒くさいことを言う必要は、ないのである。ここで確認しておいた方が良いことが、一つだけある。“多弱団子党”の目標は、一害を除くということである。一害とは、もちろん安倍首相その人である。

「それじゃ、また、民主党政権を作った時と同じことになるのではないか」と心配される向きが、相当におられると思う。しかし、今回はこれで良いのだ。「興一利不若除一害」……「一利を興すは、一害を除くに若かず」。何事においても、一つの利益あることを始めるよりは、一つの害を除くほうに用いるべきだ(諸橋轍次著・中国古典名言事典)。安倍首相こそ、まさに、日本国と日本国民に災いをもたらす最悪の権力者そのものなのだ。

興一利不若除一害は、中国の歴史の中で名宰相と言われる耶律楚材(やりつそざい)の言葉である。耶律楚材は契丹の人であったが、モンゴル軍に侵略され、、その捕虜となった。その後、ジンギス・カーンの目にとまり、ジンギス・ハーンに仕えた、モンゴル帝国の基礎を作ったといわれる大宰相である。いろいろ言いたいことはあろうが、ここは耶律楚材の教えに従い、安倍首相その人を取り除くことに専念すべきなのだ。

興一利不若除一害の信念をもって戦えば、今回の戦いは必ず勝てる。多弱の政党の一部にはいまだ不心得な者がいるが、安倍首相を取り除きたいというのは、いまや国民の声、民意なのだ。295小選挙区のそれぞれで、誰が自公“合体”政権と対峙する候補者なのかを有権者が見極め、有権者が自然と票を集中する ─ こうした流れが出来つつあるのだ。この選挙、面白くなるぞ。

今日は、このくらいにしておこう。それでは、また。

 

日本国民はサルか ? 
14年11月24日
No.1709
http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=1644

今回の解散の直接的な切っ掛けは、消費税10%を延期することだった。税制の重要な変更であるから、国民の信を問うことにしたと安倍首相は説明し、「代表なくして課税なし」とか「民主党は、国民の信を問うことなく消費税を上げたから敗北したのだ」などと、一人前に能書きをたれている。この能書きを聞いて、私は“朝三暮四”という懐かしい故事を思い出した。安倍首相は、日本国民などサルだと思っているのだろう。国民も舐められたものだ。さぁ、どうする。国民の皆さん?

今年の4月から実施された8%の消費税は、自民党・公明党・民主党の談合によるものだった。談合に参加した自民党・公明党・民主党は、先の総選挙で過半数をはるかに超えたので、消費税8%は法律に定めた通り実施された。しかし、その影響は、談合した3党が考えたほど甘くはなかった。平成27年10月から消費税を10%に増税できるような状況では、到底ないことがハッキリした。談合で作った増税法案には、景気弾力条項があり、これに基づいて延期するというのだ。

景気弾力条項に基づいて、消費税を10%にする実施時期を延ばす場合、それは法律上、当然に定まるものではない。“当面の間、延期する”と定め、消費税を事実上8%に凍結することだってできるのだ。それを安倍首相は、“何があっても、平成29年4月から消費税を10%にする”と言っているのだ。「消費税を10%にするのは1年半延ばしますが、その代わり今度は絶対に10%にしますからね。それで良いですよね」といっているのである。

自公“合体”政権は、「平成29年4月から、絶対に10%にする。その際に、軽減税率を導入する。その詳細は、自民党と公明党でこれから決める。」ともいっている。ところで、食料品などの生活必需品にかかる消費税の税率をどのくらい軽減するのかと問えば、「それは、8%に決まっているでしょう」だ。“たった2%しか軽減”しないのに、弱者にやさしい消費税にしてやると、恩を売ろうというのだ。その根性が嫌らしい。

私は、消費税の導入に賛成した国会議員のひとりだ。3%の消費税を導入するのに、私たちは10年間、侃々諤々の議論を積み重ねて、漸く導入に踏み切った。これを実施したのは、平成元年4月からだった。この間、いくつも選挙があり、自民党は多くの犠牲を払ってきた。。平成2年の総選挙では、私は落選した。平成6年11月に消費税を5%にすると決めたのは、村山内閣の時であった。それが実施されたのは、平成9年4月橋本内閣の時でだ。平成8年に行われた小選挙区制で初めての総選挙では、新進党などは消費税3%凍結を公約に掲げたが、結果は、自民党の勝利であった。

消費税導入までに、約10年。消費税3%を5%にするのには、8年を要しているのだ。消費税を絶対に上げるなとは言わないが、5%の消費税を10%にすること自体が、政治的にはそもそも無茶なのである。政治的なセンスがある者ならば、5%からまず7%と考えるであろう。それだって、多くの犠牲を払わずには実現できない。8%から10%にするためには、これまた10年近くが必要であろう。自民党・公明党・民主党は、2年前の平成24年6月に、“平成27年10月までに消費税を10%”にしようと考え、談合でこれを決めた。民主党などは、そのために吹っ飛んでしまった。政治的には、馬鹿としか言いようがない。

平成26年4月に実施した8%の消費税を10%にするには、最低でも10年近くの年月が必要なのである。それを、安倍首相は平成29年4月から実施するというのだ。これまでの消費税の歴史から見ても、それは早過ぎる。何が何でも税金を取りたい財務省から見たら、1年半10%の消費税を延ばしてみても、5年以上のおつりがくるのだ。“たった2%の軽減税率”など、公明党対策と思えば、安いものである。

少し細かくなったが、私が“朝三暮四”というのが、分かって頂けたであろうか。朝三暮四というのも、久しぶりに聞いた方がいるかもしれないので、念のため末尾に紹介しておく。要するに、バカな者をだます手口をいうのだ。自公“合体”政権のやり口はいつもこういうものが多い。日本国民を猿扱いしているのだ。ここで騙されちゃあいけない。いつも問題にしている、“文化”の問題である。

※ 朝三暮四(ちょうさんぼし)

狙公が猿を飼っていた。トチの実を猿たちに与えてやるのに、けさは三つの実をやる。そのかわり晩には四つだ、といったところ、猿たちはみなおこった。そこで、それでは朝に四つやる。かわりに晩には三つにするぞといったところ、猿はみな喜んだという。
 朝三暮四、つまり結局は同じことであるのに、それがわからない。このように目の前の多寡で考えるのが猿知恵であるが、人間の愚かさもこれに似ている。

諸橋轍次著 『中国古典名言事典』

今日は、このくらいにしておこう。それでは、また。

 

晋三、破れたり。 
14年11月21日
No.1708
http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=1643

一年納めの九州場所が、盛り上がっている。私は今日も、テレビ桟敷で手に汗を握って観戦した。鶴竜が日馬富士に敗れ2敗となり、白鵬が大鵬の32回優勝の大記録に、一歩一歩近づいている。午後6時に相撲中継が終わり、1分も経たない内に安倍首相が大写しになった。安倍首相の顔を見るのはもういいよと思っているのに、安倍首相がまた、記者会見をするというのだ。約25分の会見を見て、 「晋三、破れたり。」というのが、私の率直な直感だった。

私がそう感じたのは、安倍首相自らが“アベノミクス解散”と名付けたことである。“アベノミクスってなぁに?”と問われても、私は一言で答えることができない。“アベノミクス”なるものが何を指しているのか、いかなる内実をもった概念なのか、私は、今もって分からないのだ。それは私だけではなく、多くの国民の認識だと思うが、どうであろうか。アベノミクスなどといって喜んでいるのは、安倍首相と周りのおベンチャラ達だけなのだ。

今回の解散に“大義名分”を付けられない最大の理由が、実はここにあるのではないか。大義名分がないからと言っても、解散はできる。それは事実だが、大義名分のない解散は、国民の理解が得られない。だから、解散を仕掛けた自公“合体”政権の与党は、言い訳から演説を始めなければならない。言い訳をしなければならない戦いは、大概(たいがい)負けと決まっている。

“晋三、破れたり。”と私が思ったもうひとつの理由は、アベノミクス解散と名付けたことにより、今回の審判の対象が、安倍首相自身となってしまったことである。安倍首相は、自分が国民から好印象を持たれていると思っているようだ。内閣支持率を彼はそのように思っているのだろうが、これは、権力者が最も陥りやすい錯覚なのである。この2年の間に、安倍首相は特定秘密保護法や集団自衛権行使容認閣議決定、あるいは原発問題などで、国民の6割以上が反対することを平気でやってのけた。「安倍首相、Yes or No ?」と問われれば、あの時の記憶がよみがえり、多くの国民は“安倍ノー”と応えることになる。

“安倍ノー”の動きが、全国の各選挙区で具体的な現実となり始めた。沖縄県の4小選挙区では、翁長知事選の構図で各党が選挙共闘を行うという。たぶん沖縄県では、自民党はゼロになるだろう。“多弱団子党”などと失礼なことを言ったが、“安倍ノー”と叫びたい国民は、多弱が一つになって自民党・公明党候補に対決する候補者を求めているのだ。そのような構図を作れば、全国どこの小選挙区でも、その候補者が勝つであろう。さぁ、今度の選挙は面白くなるぞ。

今日は、このくらいにしておこう。それでは、また。

 

たじゃくだんごとう 
14年11月21日
No.1707
http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=1642

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今日午後に、衆議院は解散されるという。今回の解散・総選挙が話題になり始めてからの永田町徒然草で、私が問題にしていたのは、“野党はどうする”ということであった。永田町徒然草No.1704で述べたように、今回の解散など、そもそも“〇〇▲刃物"解散である。論理的に反駁すること自体、そもそも虚しいのだ。しかし、実際に解散となれば、野党も国民も、これと戦わなければならない。当然のことながら、野党は力を合わせて闘わなければ、安倍首相の暴挙を許してしまうことになる。数日前から“たじゃくだんごとう”という言葉が、呪文のように私の心の中を去来している。

みんなの党は、解党することになった。みんなの党は、“おれの党”となってしまった。与党だか野党だか分からなくなったこんな党は、きれいに消えてしまった方が良いのだ。既に、数人は民主党から立候補するという。それで良いのだ。しかし、自公“合体”政権と戦おうとしてしている政党は、外にもまだある。前回の総選挙のようにバラバラに闘ったのでは、結果は明らかであろう。一強多弱と見くびられて、解散を打ってきたのが自公“合体”政権である。だったら多弱と舐められた政党は、ここは、集まるしか仕方がなかろう。そこで必要なのが、“たじゃくだんご党”なのだ。漢字で書ければ、“多弱団子党”である。

自公“合体”政権と戦おうという政党が全部集まって新しい政党を作るのが、いちばん良いに決まっている。しかし、それは口で言うほど簡単ではない。重要なのは、野党が力を合わせて自公“合体”政権と闘うことなのだ。多弱と見くびられた政党が、団子状態となって闘い、自公“合体”政権を、破る ─ “多弱団子党”なのであるから、いろいろなものが混じっていて良いのだ。いろいろなものが混じっているから、団子なのだ。

私の乏しい情報の範囲でも、今回はかなり、いろいろな動きが現にある。一つの動きが、次の動きを生む。多弱が団子状態で進むのだから、無様(ぶざま)なことも、いろいろとあると思う。あまり、細かいことに拘(こだわ)らない方が良い。いや、拘っていたのでは、多弱団子党は成功しない。私に言わせれば、一強と驕り高ぶっている自民党は、相容れないものが団子でいるだけの政党なのだ。自民党と公明党の連立=自公“合体”政権など、まさに矛盾そのものなのだ。こんなモノは、気にしなくてよろしい。私は、野党の動きに期待している。さぁ、面白くなるぞ。

今日は、このくらいにしておこう。それでは、また。

 

安倍首相、初戦は失敗。 
14年11月18日
No.1706
http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=1641

今日で10日目を過ぎた大相撲九州場所は、実に盛り上がっている。力士にとっては、一番一番が命懸けの勝負である。勝負の結果で、すべてが決まっていく。今晩は解散に関する安倍首相の会見があるというので、午後5時に自宅に帰った。まず大相撲を見たが、こちらの方はそれなりに見応えがあった。さぁ、これから安倍首相の会見だと思っていたら、午後7時10分頃だという。

会見が始まる前に演壇を見ていたら、左右にシッカリとプロンプターがセットされていた。最近、安倍首相はずいぶん話が上手くなったなぁ、と思っていたが、たぶん、プロンプターに慣れてきたからなのだろう。しかし、一世一代の大勝負にプロンプターはないよ、と思ったが、案の定まずかった。普段は、手慣れた役人が書いているのだろうが、さすがに今回の草稿は、役人が遠慮したのだろう。

誰が書いたのか知らないが、年号の言い方が平成と西暦のゴッチャになっていた。今回の説明は、あと1年後なのか、あと2年半後なのかが肝心なのである。これを分かりやすく言わなければならないのだから、初歩的なミスである。致命的欠陥は、解散の日が“11月21日”ということである。解散は、決断したら間髪を入れずにやらなければならない。これでは間延びも間延びだ。

それに、表情が良くなかった。外遊で疲れていたのであろうが、彼らは好んで解散を“伝家の宝刀”という。段平(だんびら)を振りかざして立ち上がる時は、緊迫感が命なのだ。今日死去が報じられた高倉健の映画では、そのシーンが実に見事だった。大将の顔は、陣営の士気に直結する。今回の総選挙、面白くなるぞ。さぁ、野党よ頑張れ。勝機はあるぞ。

今日は、このくらいにしておこう。それでは、また。


 以下、天木直人の第47回衆議院議員総選挙(2014年12月2日に公示、12月14日に施行=投票)に関するエントリー(白川勝彦さんと違い、短文エントリーが多いので関連のを拾いました)。

 

2014年12月03日
「総選挙-緊急提言集会」(11月30日)の動画紹介 
http://www.amakiblog.com/archives/2014/12/03/#003022

 

2014年12月03日
「安倍自民党勝利が日本のためになる」という逆説 
http://www.amakiblog.com/archives/2014/12/03/#003021

 安倍嫌いの者たちは今度の選挙で安倍自民党に勝たせたら大変な事になると大騒ぎする。

 安倍嫌いにおいては誰にも負けない私だが、私はそうは思わない。

 下手に安倍自民党が議席を減らした方がむしろ危険だ。

 何でもかんでも安倍を倒せばいいと考える連中は別として、日本全体の事を考えれば安倍首相が勝って、余裕を持ち、長期政権を狙うために方向転換をして、より正しい政策を進めるようになったほうがいいのだ。

 そんな考えを示す者が韓国にもいたことを私はきょう12月3日の東京新聞で知った。

 「海外発 日本に直言! 12・14衆院選」という連載コラムで、韓国・世宗研究所日本研究センターの陳昌ス(サンズイに朱)氏が書いていた。

 韓国にとっては、安倍晋三氏以外の人が日本の首相になればいいが、現実的には難しい。それならむしろ安倍政権が安定し、余裕を持って外交にあたるほうが良いと思う、と。

 過半数ぎりぎりで政権が不安定になれば、安倍氏は支持層の右派を固めなければならないので、外交問題で配慮したり、譲歩することは難しくなる、と。

 逆に過半数を大きく超えて政権が安定すれば、さらに長期政権にするため、日韓外交で成果を上げることも考えるはずだ、と。

 歴史認識の問題でも、安倍氏の考え自体が変わることはないと思うが、米国や中国との関係を重視するようになるから、慰安婦問題などである程度、韓国に妥協しなければならないと考えるだろう、と。

 来秋の自民党総裁選と再来年の参院選に勝てば長期政権になるため、来年は自分の信念は抑え気味にし、中国や韓国との外交をある程度正常化させて成果を得ようとするのではないか、と。

 その通りだと思う。

 少なくとも私が安倍首相だったらそうする。

 そしてそうすることは結果的に多くの国民にとってもいいことなのだ。

  最近著「アマル それは希望」(12月初旬刊行 元就出版社)で、私が安倍首相に贈ったメッセージはまさしくそれである。

 もっとも、それが理解できるほど安倍首相の頭は良くない、だから安倍首相に勝たせてはいけない、と危惧する者たちがやっぱり正しかったという事になるのかもしれない。

 いずれにしても、すべては選挙後にわかる。

 これ以上無駄な時間を空費するより、はやく選挙を終わらせろということである(了) 

 註 「アマルそれは希望」は以下のサイト参照

http://www.koishikawaunit.net/gnavi+index.lid+11+cid+9.htm

 

2014年12月02日
「大義なき解散・総選挙」の本当の意味 
http://www.amakiblog.com/archives/2014/12/02/#003018

 もう聞き飽きるほど聞いた。

 それは、今度の解散・総選挙には大義がないという言葉だ。

 アベノミクスの失敗や、そのほかの行き詰まった政策を隠すための解散など大義はない、というわけだ。

 私もそう繰り返してきた。

 しかし今度の選挙に大義がないという本当の意味は別のところにある。

 それをきょう12月2日の日経新聞「経済教室」で早稲田大学の河野勝という教授が書いている。

 それは今度の総選挙では政権交代の可能性がまったくない事だ、と。

 彼は言う。2009年といい、2012年といい、直近の解散・総選挙はいずれも政権交代が起きた。

 しかし、今度はその可能性が皆無だ。

 有権者に選択の余地が与えられていない。

 有権者には自公政権に替わる政権の枠組みを思い描く事さえ出来ない。

 そんな選挙こそ大義がないのだと。

 確かにその通りだ。

 そういえば野党第一党の民主党の枝野幹事長などは、明言している。

 今度の選挙で政権を取り返すことなど、はじめから考えていないと。

 こんな選挙が盛り上がるはずがない。

 負け比べの選挙など、誰が関心を持つというのか(了)

 

2014年12月01日
なんだ、まだ選挙は始まっていなかったのか 
http://www.amakiblog.com/archives/2014/12/01/#003017

 きょう12月1日の各紙は公示日を明日に控えて選挙特集で紙面を埋めつくしている。

 なんだ、まだ選挙は始まっていなかったのか。

 これから選挙の記事が毎日続くのか。

 もう十分だ。

 マニフェストの解説も、党首討論も、選挙結果予想も、もう十分に報道された。

 これからも同じようなニュースが続くと思うとうんざりだ。

 報道すべきもっと重要な事は山ほどある。

 選挙は、ただでさえ情報にうとい国民を、さらに無知・蒙昧にするためにある。

 選挙は政治家になりたい連中の私利、私欲を露呈するバカ騒ぎだ。

 仕事に追われるまともな国民を巻き込む税金の無駄遣いだ。

 何が、あなたの一票で日本が変わる、だ。

 まともな国民なら怒らなければウソだ(了)

 

2014年11月29日
「テレビ報道に文句をつけた安倍自民党」の暴露が意味するもの(続) 
http://www.amakiblog.com/archives/2014/11/29/#003013

 これはとても深刻な事だと思うので、再度書きとどめておきたい。

 昨日11月28日の東京新聞と朝日新聞の記事で私は知った。

 安倍自民党政権が衆院解散を正式に発表する前日の11月20日に、在京のテレビキー局各社に対し、衆院選の報道にあたって、「公平中立、公正の確保」を求める文書を送っていたという事を。

 これほど露骨な権力のメディア介入はない。

 しかし、介入されたテレビ各局は、怒るどころか、一切その事を報じなかった。

 そして、そのような介入の文書が発出されて一週間ほどたって、事もあろうに自民党筋からのリークによって新聞が知ることになり、11月28日の東京新聞や朝日新聞が書いた。

 だから私はその事実を知ってメルマガで書いた。

 安倍政権のメディア介入はあってはならないことだ、と。

 しかし、それにもまして思ったのは、これほどメディアが安倍政権支持にの偏向報道してきたというのに、まだ足りないというのか、少しでも批判的な報道をすると目くじらを立てるとは、なんと臆病な政権であるか、と。

 そして私は書いた。

 そんな脆弱な安倍政権を倒せない野党は、なんと不甲斐ない野党であるかと。

 こんなあからさまな安倍政権の介入であるのに、なぜメディアは騒がないのか、そんなメディア野党以上にもっと不甲斐ない、と。

 そう書いてから一日がたった。

 そして私は今回の安倍政権のテレビ各局へに政治介入の根深さを、あらためて知った。

 そして、空恐ろしさを覚えた。

 どうやら本件に対する私の認識は甘かったようだ。

 これだけあからさまなメディアに対する政治介入が明らかになったというのに、なんと、それを問題視するのは、東京新聞と朝日新聞だけだったのだ。

 私はきのうから今朝にかけてのテレビ局の反応を見ていたが、本件を報じるテレビ局は皆無だ。

 それは当然だろう。

 政府に口止めされて隠していたわけだからそれがばれて恥をかいた。

 恥の上塗りをするはずがない。

 しかし新聞はそれを知った。

 だから新聞はメディアの矜持として各紙が書きたてるだろうと思っていた。

 ところが、どこも後追い報道をしない。

 それどころか、この問題をきょう11月29日の社説で取り上げたのもまた東京新聞と毎日新聞だけだった。

 そしてハタと気づいた。

 安倍政権のテレビ介入を報道しているのは東京新聞と朝日新聞だけなのだ。

 安倍政権ヨイショの読売、産経はもとより、毎日も日経も、このあからさまな安倍政権のテレビ報道介入の事実を知りながら、書かないのだ。

 もしこの権力介入をメディアが一斉に取り上げ批判すれば、間違いなく安倍政権は選挙で窮地に追い込まれる。

 しかし、テレビが沈黙を守り、それを問題視する大手新聞が東京新聞と朝日新聞だけであれば、国民の大部分は知らないままだ。

 何事もなかったかのように安倍政権に有利な選挙宣伝が進んでいくことになる。

 メディアぐるみの安倍政権への選挙応援ということになる。

 この国のメディアの劣化は我々が思っている以上に深刻である(了)

 

2014年11月28日
「テレビ報道に文句をつけた安倍自民党」の暴露が意味するもの 
http://www.amakiblog.com/archives/2014/11/28/#003012

 安倍自民党が衆院解散を正式に発表する前日11月20日に、在京のテレビキー局各社に対し、衆院選の報道にあたって、「公平中立、公正の確保」を求める文書を送っていたという。

 このことが今頃になって明らかにされ、きょう11月28日の東京新聞や朝日新聞が書いている。

 それに対し、東京新聞などはすかさず田島康彦・上智大教授(メディア論)の、権力の介入があってはならない、とする批判的コメントを掲載している。

 それはその通りだ。

 しかし、この安倍自民党のTV局に対する介入暴露が意味する、もっと重要なことがある。

 それは、一つは、安倍自民党政権がはからずも露呈したみずからの脆弱さである。

 あれほどテレビ各局に持ち上げられてきた安倍自民党だ。

 公平中立どころか、すべてのTV局は安倍ヨイショの偏向報道を繰り返してきた。

 それにも拘わらず、少しでも安倍自民党に不利な報道がなされると、公平中立ではないと文句を言う。

 それは安倍自民党政権が今度の選挙で勝つ自信がない証拠だ。

 それほど安倍自民党政権は弱く、もろいということだ。

 ふたつめは、それでも、そんな安倍自民党を倒せない野党の体たらくだ。

 これだけ行き詰まった安倍自民党政権であるのに、国民の不満の受け皿になりえない。

 考えられれない野党の惨状だ。

 そして三つめは、やはり何といっても、メディアの不甲斐なさである。

 安倍自民党がテレビ各局に文書を配ったのは11月20日だ。

 それなのに、なぜそのことがいまごろ記事になるのか。

 それはその文書を受け取ったテレビ各局が沈黙してきたからだ。

 おそらく安倍自民党から口止めされたに違いない。

 本来ならば、このような文書を受け取ったなら、その時点で各テレビ局は結束して反発しなければウソだ。

 それどころか新聞が書き立てても、そのような文書を受け取ったかそうか答えない。

 そして、このような権力介入を、いまごろになって報道する新聞も情けない。

 しかも、それがわかったのが、独自の取材というより、自民党筋からのリークであるという。

 これを要するに、野党もメディアも、安倍自民党政権以上に不甲斐ないといういことだ。

 安倍政権が強いのではない。

 ほかが皆、弱すぎるだけである。

 どうしようもない今の日本である(了)

 

2014年11月27日
「辺野古移設反対で対米交渉しても勝算なし」と公言した田原総一朗 
http://www.amakiblog.com/archives/2014/11/27/#003011

 高倉健と総選挙のことばかりで埋め尽くされている記事の中で、うっかり見落とすところだったが、発売中の週刊朝日12月5日号で、田原総一朗氏がみずからの連載コラム「ギロン党」で見逃すことのできない事を書いている。

 沖縄知事選で辺野古移転反対派の翁長候補が勝利し、それを受けて朝日や毎日が辺野古移転を見直せと社説で書いているが、そんな対米交渉が成功するのか、という。

 私が注目したのは次のように書いているところだ。

 朝日新聞や毎日新聞の主張には私も同意したいのだが米国との再交渉などできるのか、と。

 とんでもない発言だ。

 同意するならなぜ実行に移せと言わないのか。

 辺野古移転の白紙撤回には同意するが米国を相手の交渉では無理だからあきらめろ、といわんばかりだ。

 われわれ一般国民がガード下の酒の場で言うのならまだいい。

 しかしみずから世論に影響力を与えるジャーナリストを気取っている田原総一朗氏がこんなことを公言してはお終いだ。

 この敗北主義、事なかれ主義こそ、日本をここまで対米従属にしてきたのである。

 私が注目したのは次のように書いているところだ。

 あの鳩山民主党政権でさえできなかったことをどうして自民党政権ができるのかと。

 とんでもない勘違い発言だ。

 鳩山由紀夫首相には辺野古移転撤回に向けて対米交渉を行う周到な政策も、戦略も、覚悟もなかった。

 思いつきで口走っただけだ。

 ましてや民主党には、そのような考えはまるでなかった。

 そんな事を田原総一朗が知らないはずがない。

 翁長新知事勝利に示された今回の沖縄の民意とはわけが違うのである。

 ここにきてめっきり老体を見せ始めた田原総一朗には、これ以上晩節を汚さないうちに引退をお勧めしたい(了)

 

2014年11月26日
これが日本の議会制民主主義の現実だ。笑わせる。 
http://www.amakiblog.com/archives/2014/11/26/#003010

 何の説明責任も果たしていない小渕優子が自民党公認で群5区から出馬して当選確実であるという。

 新党すらつくれなかった渡辺喜美が栃木3区から無所属で出馬して当選確実であるという。

 安倍首相との緊密な関係を頼りに自民党に戻りたくても、足で砂をかけて自民党を出た渡辺を自民党は決してゆるさないというのに。

 古川康佐賀県知事が自民党公認で佐賀2区から出馬するという。原発やらせが発覚して知事をクビになりかけたあの古川がである。

 官僚から知事を経て国会議員になる典型である。その後は評論家だ。

 こんな安倍自民党でも勝つのだ。

 こんな安倍自民党でも野党は勝てないのだ。

 それでも国民は選挙に行かなければ、民主主義を放棄するつもりかと責められる。

 ボイコットは安倍自民党を利するだけだと野党は叫ぶ。

 政治家はすべからく税金泥棒である。

 政治家はすべからく国民の敵である(了)

 

2014年11月24日
告示前にすでに飽きられる今度の解散・総選挙 
http://www.amakiblog.com/archives/2014/11/24/#003005

 今度の解散・総選挙ほど間の抜けたものはない。

 何しろ11月9日の読売新聞の記事一つで解散・総選挙に走り出したのだ。

 首相が外遊で日本不在の時に、解散・総選挙が決まった。

 そして、はやばやと安倍首相は11月18日に解散・総選挙を宣言した。

 その日から国政ストップで皆が選挙に走りだした。

 メディアは一斉に選挙がらみの記事ばかりだ。

 しかし、よく考えればまだ選挙は始まっていないのだ。

 選挙の告示日は12月2日である。

 その前から街頭では選挙演説が始まり、テレビは毎日のように各党の討論を繰り返す。

 安倍首相はアベノミクスの成果を訴え、野党は大義なき選挙だと批判する。

 しかし、それはもう十分に行われている。

 選挙が正式に始まる12月2日までにすべて議論は尽くされる。

 われわれ国民は聞き飽きることになる。

 おまけに12月2日の告示から12月14日の投票まで、さらに12日間もある。

 同じような顔ぶれが同じようなことを繰り返す。

 もう見たくもない、聞きたくもない。

 かくして国民の関心はどんどん薄れていくだろう。

 投票率は史上最低になるだろう。

 安倍首相はドジな解散・総選挙を打ったものだ.

 いや、高等戦術かもしれない。

 誰も選挙に関心を示さない中で、熱気なく選挙に勝って居座る。

 すべてをチャラにして再び首相を続けることができる。

 国民にとってこれほど腹立たしく、つまらない解散・総選挙はないということである(了)

 

2014年11月22日
安倍首相は自滅するような気がする 
http://www.amakiblog.com/archives/2014/11/22/#003003

 つくづく安倍首相は愚かだと思う。

 大義なき解散・総選挙を断行したのだから、それで押し通す図太さが悪には必要だ。

 しかし世論の批判におびえて大義がある事を必死で説明しようとしている。

 18日に記者会見したのに、また21日に記者会見をしている。

 テレビに出まくって今度の解散・総選挙の大義を訴えている。

 アベノミクス解散などと言って大義を訴えている。

 街の声が批判的だからといってテレビ局に八つ当たりしている。

 愚の骨頂だ。

 小心者の証拠だ。

 喋れば喋るほど、テレビに出れば出るほどボロが出る。

 一旦解散・総選挙を宣言したなら、あとは堂々としていればいいのだ。

 それが小泉首相との違いだ。

 野党体たらくでどう考えても負けるはずのない選挙なのに、ひょっとしたら負けるかもしれないという気がしてきた。

 このまま安倍首相が突っ走れば、安倍首相は自滅するんじゃないか(了)

 

2014年11月21日
総選挙の空白の間に、何が起きているか見落としてはいけない 
http://www.amakiblog.com/archives/2014/11/21/#003002

 日本は総選挙一色になって国政がストップする。

 メディアは政局ばかりを追う。

 そんな空白の間にも内外の重要な出来事は進む。

 今日の新聞一つとってもたとえばこうだ。

 東電がついにこれまでやってきた汚染水凍結止水を断念したという。

 しかし、あらたに切り替えるセメント流し込みもリスクがあるという。

 これを要するに原発事故はコントロールのめどさえ立っていないということだ。

 安倍首相は選挙で汚染水タレ流し問題を問われたらどう答えるつもりか。

 金正恩第一書記の特使とロシアのラブロフ外相が会談したという。

 米国とロシアの関係が悪化の一途をたどる中で、北朝鮮とロシアの関係がさらに接近する可能性がある。

 少なくとも、ロシアも北朝鮮も、それを対米外交のカードに使う。

 これは安倍外交にとって二重の意味で失敗だ。

 対米従属の6か国協議の場を失い、おまけに対米自主外交のつもりであった、プーチン、金正恩との個人的関係が裏切られたということだ。

 こんな底の浅い安倍外交を、ほめ囃したメディアや専門家は恥じるべきだ。

 日米防衛指針の最終報告発表が選挙後に先送りされるという。

 選挙に突入したため調整ができなくなったからだという。

 そうではない。

 最終報告書の内容はすでに決まっている。中間報告と同じだ。

 それを発表できないのは、選挙で議論を呼ぶからだ。

 だから来年4月の統一地方選挙後まで後回しするだけの話だ。

 これらの問題は、本来ならば国会で厳しく追及されなければいけない。

 しかし政治家はそれどころではない。

 選挙で生き残ることしか頭にない。

 選挙で勝てば、次の選挙まで政策そっちのけで息抜きする。

 だから政治家にはまともな政策がつくれないのだ。

 官僚に頼って、官僚支配がなくならないのだ。

 そして官僚支配が続く限り日本はよくならない。

 選挙などしている場合ではないのである(了)

 

2014年11月20日
集団的自衛権などは争点にはならないと述べた菅官房長官の大嘘 
http://www.amakiblog.com/archives/2014/11/20/#003000

 驚いた。

 菅官房長官がきのう11月19日の記者会見で、今度の選挙のテーマについて次のように述べたというのだ。

 すなわち、集団的自衛権や特定秘密法案などについて、「いちいち、一つ一つについて信を問うことではない」と(11月20日東京新聞、朝日新聞)。

 とんでもない大嘘だ。

 安倍首相は18日の解散宣言の記者会見で、記者に聞かれてはっきりこう言ったのを私は聞いていた。

 原発政策、安全保障政策などについても堂々と訴えて選挙を戦う、と。

 解散・総選挙で安倍首相が国民に向かって公言したことと違うことをしゃべったのだ。

 これが大嘘でなければなんだ。

 もっとも、菅官房長官がいくら否定しても、それが嘘だということは自明だ。

 今度の選挙は安倍首相の信任選挙である。

 安倍自民党政権が勝てば、安倍首相は晴れて安倍首相の政策を何でも強行できる。

 集団的自衛権行使容認も原発再稼働も特定秘密保護法も辺野古移転も、消費税増税も、なにもかも、安倍首相は進める。

 そのつもりで解散・総選挙を仕掛けたのだ。

 安倍首相そのものが選挙公約なのである。

 それでいいのか、という選挙だ。

 私は安倍首相の器量と嘘つき菅官房長官では、日本が直面する諸問題は何ひとつ解決しないと思う。

 しかし、今の野党の体たらくでは、安倍自公政権は倒せない。

 日本の前途は暗いということだ。

 しかし絶望することはない。

 どん底になってはじめて皆が目覚める。

 そこから新しい政治と新しい日本が始まる。

 今度の総選挙の後に本物の動きが出てくる。

 今度の総選挙は、これまで繰り返された馬鹿げた総選挙の中の、最も不毛で、馬鹿げた総選挙でとなるだろう。

 そしてそんな不毛で馬鹿げた総選挙の、最後の総選挙となるだろう。

 そうしなければいけない。

 そうならなければ面白くない(了)

 

2014年11月19日
安倍解散・総選挙に対する最強の反撃は選挙のボイコットだ 
http://www.amakiblog.com/archives/2014/11/19/#002999

 私が予言したとおりの嘘つき記者会見と、間抜けた記者質問だった。

 おまけにおつりが来た。

 昨日の夜の各局はNHKを皮切りにこぞって安倍首相にインタビューをして、安倍首相に一方的にしゃべらせている。

 こんな腹立たしい事はない。

 それもこれも、あわてふためく野党をしり目に、安倍自公政権は選挙では負けないと、高を括っているからだ。

 過半数を取れなければ辞任する、とは笑わせる。

 今の政治状況で、自公が過半数を取れないなどという事が起こり得ることなどあり得ない。

 それを知った上で解散・総選挙に踏み切ったのだ。

 選挙は厳粛なものだ、何が起きるかわからない、そんなリスクをおかした解散・総選挙だ、などという言葉を並べて大見得を切る。

 猿芝居だ。

 逆に言えば、そこまで芝居を打たないと今度の選挙の大義を演出できない、それほど気の抜けた選挙だということだ。

 どうすれば国民はこの増長し切った安倍首相に鉄槌を下すことができるのか。

 根本的な発想転換をしなければいけない。

 してやったりとほくそ笑む安倍首相に一泡吹かせたいと思うなら、今度の選挙をボイコットすればいいのだ。

 しかも、ちょとやそっとの投票率の低下ではつまらない。

 こんな選挙など認められるか、という選挙ボイコット運動にしなければいけない。

 誰かがそれを言い出し、率先して全国的な国民運動にしていかなければいけない。

 これこそが今度の選挙で考えられる最強の国民の反撃である。

 そしてそれは選挙後の安倍政権打倒につながっていく。

 極端に低い投票率で勝っても、そんな勝利は正統性はない。

 正統性を欠いた弱体な安倍第三次政権では、とてもじゃないが日本が直面する内外の諸問題に対応できない。

 今度こそ安倍政権は行き詰まり、再び、遠からず総辞職、解散・総選挙に追い込まれる事になる。

 その時こそ、あたらな政治の動きが出てくる時だ。

 今度の選挙はその過渡期の選挙ととらえるべきである。

 安倍打倒を急ぐために、無理をして反安倍政党を結集したり、展望のない野党に消極的に投票する必要はない。

 今度の選挙は認められないと言って、積極的にボイコットすればいいのだ。

 今度の選挙に限っては、それが最善、最強の、国民にとっての反安倍の意志表示である(了)

 

2014年11月18日
今夕の安倍首相記者会見の唯一の価値はメディアの腰抜けぶりが見られることだ 
http://www.amakiblog.com/archives/2014/11/18/#002996

 いよいよ今夕に安倍首相が記者会見を開いて解散・総選挙の宣言をするらしい。

 しかし、これほど国民をバカにしたフザケタ記者会見はない。

 今回の解散・総選挙の舞台裏と、それを決断した安倍首相の卑しい根性など、すべては見え見えだ。

 安倍首相が今夕の記者会見で語る言葉すら容易に想像できる。

 一言でいえば嘘を並べて解散・総選挙を強行するのだ。

 そんな記者会見など一見の価値もない。

 しかし、そんな記者会見でも、ひとつだけ見る価値がある。

 それは記者の対応だ。

 誰が聞いても嘘だらけの安倍首相の発言に対し、一人でもまともな記者が現れて国民が聞きたい質問をして安倍首相を追及して見せるだろうか。

 それに対して安倍首相はまともに答えるだろうか。

 もちろん、そうはならない。

 記者たちは一見まともな質問をする振りをしてみせるが、安倍首相はごまかして逃げ、ハイ時間が来ました、と一方的に打ち切られて終わる。

 いつものパターンだ。

 そして明日の朝刊で、各紙は一斉に解散・総選挙の号砲を鳴らす。

 皆が走り出す。走り出せばあとは選挙一色だ。

 安倍失政のすべてがかき消される。

 今夕の安倍首相の解散・総選挙の記者会見の唯一の見どころは、安倍解散・総選挙を許すどころか、見事にお膳立てするメディアの権力迎合振りが白日の下にさらされることである。

 それを再確認するだけの意味しかない今夕の安倍首相の解散・総選挙宣言の記者会見である(了)

 

2014年11月17日
安倍いかさま解散・総選挙を吹っ飛ばした沖縄知事選の翁長大勝利 
http://www.amakiblog.com/archives/2014/11/17/#002995

 沖縄知事選で辺野古移転反対を唱えた翁長候補が圧勝した。

 優勢が伝えられていたとはいえ、辺野古移転反対を掲げた翁長候補の勝利が現実のものとなったのだ。

 このことを、私は心から喜ぶとともに、日本が変わる、いや、変えなければいけない、という思いで、身震いする思いだ。

 この翁長氏の勝利が、これからの日本に及ぼす影響は測り知れない。

 その一つ一つについて、私はこれから逐次解説していきたいと思うが、真っ先に指摘したいことは、これで安倍首相のいかさま解散・総選挙が吹っ飛ぶことになる、ということだ。

 もちろん、安倍首相は帰国して18日に解散・総選挙を宣言する。

 そして、選挙が始まる。

 おそらく安倍自公政権は勝つだろう。

 しかし、もはや安倍首相の頭は、選挙後に取り組まなければならない数々の難問の中の最大の難問である沖縄問題や辺野古移転問題で一杯に違いない。

 なぜか。

 それは日米同盟の根幹にかかわる問題であるからだ。

 そして日米同盟の将来こそが、日本が直面する諸問題のすべてであるからだ。

 見ているがいい。

 18日にも行われる安倍首相の解散・総選挙宣言の記者会見で、安倍首相は練りに練った言い回しで今度の解散・総選挙の大義について得意げに語るだろう。

 しかし、その解散・総選挙宣言の記者会見では、辺野古移転をどうするつもりかという質問が必ず投げられる。

 それに対して、もし安倍首相が、菅官房長官や茂木選対委員長のように、既に決まっていることだから関係ない、粛々と進める、などと口走ろうものなら、その時こそ、沖縄県民はもとより、まともな日本国民を敵に回すことになる。

 だからといって、消費税増税延期と同じように、ぶれるわけにはいかない。

 米国が後ろに控えているからだ。

 もはや安倍首相にとって、解散・総選挙よりも辺野古移転の方が大問題となる。

 沖縄知事選における翁長候補の勝利は、安倍いかさま解散・総選挙を見事に吹っ飛ばしたのである(了)

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