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2014年8月31日 (日)

2014年8月の小出裕章ジャーナルなど。

 毎月、月末に表示するようにしておきます。

前月のは⇒2014年7月の小出裕章ジャーナルなど。 

 

20140830 R/F #086「小出裕章ジャーナル」【空間放射線量から個人被ばく線量へ除染基準転換の意味とは?】
tacc77
http://youtu.be/FurzsWiCykw

2014/08/30 に公開

概要:
~第86回小出裕章ジャーナル~
空間放射線量から個人被ばく線量へ除染基準転換の意味とは?「できる限り小さな数字が出てくるような測定の仕方をしたいと、彼らが思っているわけです」

小出ジャーナル文字起こし全文はこちら
http://www.rafjp.org/koidejournal/no86/

ラジオ・フォーラム【公式】
http://www.rafjp.org/program-archive/086-3/

 

20140829 報道するラジオ「“ピース大阪”リニューアル~戦争をどう展示するか?」
tacc77
http://youtu.be/svg_Yi1PntI

2014/08/29 に公開

概要:
■2014年8月29日【金】 「ピース大阪」リニューアル~戦争をどう展示するか?

ピース大阪・大阪国際平和センターがあさって31日で休館になります。
半年以上かけて展示の内容を大幅にかえるためです。

大阪城公園の一角にあるピース大阪は、大阪空襲の死没者を追悼する場であると共に
戦争の被害に加えて加害も展示している数少ない公的な施設です。
設置理念には、
「戦場となった中国をはじめアジア・太平洋地域の人々、
また植民地下の朝鮮・台湾の人々にも多大の危害を与えたことを、私たちは忘れません」と
平和に対して高い志を掲げていることも特徴です。

このピース大阪の展示をどう変えていくのか、
館長の岡田重信さんに聞いています。
その上で、30年にわたり日中戦争の研究を続ける軍事ジャーナリストの前田哲男さんと
大阪大空襲の体験者、久保三也子さんとともに
戦争を展示することの意味合いを考えていきます。

ノーカット(wma)
http://goo.gl/xws2f4
予備
http://goo.gl/2XlyL6

【YouTube】RamadaVikara 2nd Channel
http://goo.gl/xE8XMI

報道するラジオホームページ
http://www.mbs1179.com/hou/

 

20140825 報道するラジオ「報道特別番組“8人の証言~自衛隊イラク派遣から考える集団的自衛権”」
tacc77
http://youtu.be/q3KFlb35pD0

2014/08/28 に公開

概要:
MBSラジオ・報道特別番組「8人の証言~自衛隊イラク派遣から考える集団的自衛権」を放送。
イラクに派遣された元自衛官たち、元航空幕僚長の田母神俊雄さん、元防衛官僚の柳澤協二さん、
武装勢力の人質になった高遠菜穂子さんら8人の方の証言から、
自衛隊イラク派遣を検証する番組です

 

20140823 R/F #085「小出裕章ジャーナル」【日本初の原発死亡事故(美浜原発事故)から10年を迎えて】
tacc77
http://youtu.be/vGVnyhbz-uA

2014/08/23 に公開

SOBA:3分2秒から、原因が何なのかと言う事を知らなければと調査を始めたが、あまりにも馬鹿げたと言うか、元々は1cmもある分厚い配管だった訳だが、壊れた時にはその配管が腐食と、水による機械的な摩耗でわずか0.4mmの厚さしかなかった。そして、それについて気がつかなかった、検査もせず何十年も来てしまったと言う状態だった

~第85回小出裕章ジャーナル~
日本初の原発死亡事故(美浜原発事故)から10年を迎えて「壊れた時には、配管が腐食と摩耗で、わずか0.4ミリしかなかった。そういう状態だったのです」

小出ジャーナル文字起こし全文はこちら
http://www.rafjp.org/koidejournal/no85/

ラジオ・フォーラム【公式】
http://www.rafjp.org/program/085/

 

20140822 報道するラジオ「自衛隊イラク派遣から考える集団的自衛権」
tacc77
http://youtu.be/BoZdSh-EPjk

2014/08/22 に公開

■2014年8月22日【金】 自衛隊イラク派遣から考える集団的自衛権

自衛隊イラク派遣から10年、
集団的自衛権の行使容認が閣議決定されました。
自衛隊の活動には、憲法9条という歯止めがあり、
イラク派遣の際には、「非戦闘地域」という線引きが強調されたわけですが、
現実には、自衛隊は「戦地」に赴き、命の危険もある中で活動していました。
また、「人道復興支援」の名目とは異なる活動もありました。
憲法解釈の変更で集団的自衛権行使が可能になれば、
自衛隊はどんな活動をすることになるのでしょうか。
今夜は、自衛隊イラク派遣差し止め訴訟で、
「航空自衛隊がバグダッドに米兵を輸送しているのは憲法に違反する」
という名古屋高裁の違憲判断を引き出した弁護士・川口創さんがゲストです。
あまり知られていない航空自衛隊のイラク・クウェートでの活動の真相や、
政府の情報隠し、そして集団的自衛権行使の問題など、じっくりお話を聞きます。
川口弁護士に質問のある方は、メール・FAXでお寄せください。

 

20140816 R/F #084「小出裕章ジャーナル」【放射性物質飛散量1兆ベクレルの意味とは?】
tacc77
http://youtu.be/_m2c3Hrf-QQ

2014/08/16 に公開

~第84回小出裕章ジャーナル~
放射性物質飛散量1兆ベクレルの意味とは?「一般の人達が1年間にそれ以上とってはいけないというセシウムを700万人分放出したということです

小出ジャーナル文字起こし全文はこちら
http://www.rafjp.org/koidejournal/no84/

ラジオ・フォーラム【公式】
http://www.rafjp.org/program-archive/084-3/

 

20140815 報道するラジオ「16歳の兵士~戦争に奪われた青春~」
tacc77
http://youtu.be/a_J71NET7SE

2014/08/15 に公開

■2014年8月15日【金】 16歳の兵士~戦争に奪われた青春~

今日、8月15日は終戦記念日です。
前回に引き続き、今夜も元日本兵の男性にお話を聞いてきました。
男性は横浜在住で現在85歳。
1944年、旧制中学を卒業するとすぐに少年兵に志願しました。
当時は国語の教科書に「ススメ、ススメ、ヘイタイサン、ススメ」と
書かれていたような時代です。
大勢の少年たちが、家族を守るため、日本を守るため、純粋な気持ちで少年兵に志願しました。
しかし、配属先の満州で目撃したのは、
「アジアの平和のため、正義を貫く日本軍」の姿とは
大きくかけ離れたものでした。
元少年兵が語る体験談から、戦争とは一体どういうものなのか、
リスナーの皆様と一緒に、改めて考えたいと思います。
そこで、戦争を経験した方の体験談を募集します。
メールやFAXで、どんどんお寄せください。

 

20140809 R/F #083「小出裕章ジャーナル」【関電の歴代総理ヤミ献金スクープと日米原子力協定について】
tacc77
http://youtu.be/0nB4dtprxww

2014/08/09 に公開

~第83回小出裕章ジャーナル~
関電の歴代総理ヤミ献金スクープと日米原子力協定について「政治家はひたすら核兵器を持ちたい、電力会社はとにかく金儲けをしたい、少しぐらい危険でも、過疎地に押し付けておけばいいだろうとやってきた訳です」

小出ジャーナル文字起こし全文はこちら
http://www.rafjp.org/koidejournal/no83/

ラジオ・フォーラム【公式】
http://www.rafjp.org/program-archive/083-3/

 

20140808 報道するラジオ「元日本兵の証言~戦争の現実とは~」
tacc77
http://youtu.be/9ZAlfwlod7M

014/08/09 に公開

■2014年8月 8日【金】 元日本兵の証言~戦争の現実とは~

間もなく終戦から69年が経とうとしています。
当時、兵士として戦場を経験した人も今では80代、90代となり、
直接、私たちが体験談を聞ける機会も少なくなっています。

今回は、千葉猛アナウンサーが
現在93歳の元日本兵の男性にお話を聞いてきました。
男性は22歳で徴兵され、旧満州に駐屯。
その後フィリピンに転戦し、現地では飢餓や病気に苦しみました。
今回は、その壮絶な戦争体験を聞いていただき、
戦争とは一体どういうものなのか、
リスナーの皆様と一緒に、改めて考えたいと思います。

そこで、戦争を経験した方の体験談を募集します。
メールやFAXで、どんどんお寄せください。

 

20140802 R/F #082「小出裕章ジャーナル」【川内原発再稼働適合判断について】
tacc77
http://youtu.be/eXzmBQTQrKk

2014/08/02 に公開

~第82回小出裕章ジャーナル~
川内原発再稼働適合判断について 「この審査は安全審査ではないのです」

小出ジャーナル文字起こし全文はこちら
http://www.rafjp.org/koidejournal/no82/

ラジオ・フォーラム【公式】
http://www.rafjp.org/program-archive/082-3/

 

20140801 報道するラジオ「あれから半年~NHK問題から考える公共放送」
tacc77
http://youtu.be/dd4QVn4T7nk

2014/08/01 に公開

■2014年8月 1日【金】 あれから半年~NHK問題から考える公共放送

今年1月25日、就任会見でNHK新会長・籾井勝人(もみいかつと)氏から次々と驚く発言が飛び出しました。
従軍慰安婦問題については「どこの国にもあった」
特定秘密保護法については「もう通ったこと、あまりかっかする必要はない」
尖閣、竹島の領土問題では「政府が右ということを左というわけにはいかない」

あれから半年、NHK問題と言われるような出来事が続いています。

放送作家の石井彰さんをスタジオに招き、
NHK問題のこの半年を振り返り、公共放送を考えます。

リスナーの皆様、
NHKについて感じていることをメールでお寄せ下さい。

始めに戻る


 

※原発関連で3冊:

知事抹殺 つくられた福島県汚職事件 佐藤 栄佐久

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ 小出 裕章

原子炉時限爆弾 広瀬 隆


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2014年8月30日 (土)

2014年8月「首相動静」です。

 首相動静、安倍晋三の動静記録です。

 頭がパーの安倍などトップに貼る価値もないので、月替わり後しばらくしたら、まとめてアップします。雑談日記の頁トップは当月の「小出裕章ジャーナルなど。」です。

 なお、Webで目に付いた記事などを資料として採録しておきます

※参考:オープン・ソース・インテリジェンス(OSINT)について

関連:
2014年7月「首相動静」です。 

 

 2月14日夜半、10pm頃から翌15日午前中一杯降った、各地で多数の死者を出した未曾有の雪害。その厳寒雪害にも、安倍晋三は国の指導者として当然やるべき仕事もせず、なんと厳寒凍死者が出た34時間後になってもまともに仕事もせず天ぷら三昧。
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 Twitterでは「#天ぷら野郎」とタグまでつけた非難ツイートでTLが埋まる事態に(笑)。さすがにアホな安倍もまずいと思ったのか、2月18日に豪雪非常災害対策本部会議マスコミ向けパフォーマンス(魚拓魚拓2)。(その時の写真に天ぷらをコラージュ、「天ぷら総理」忘れさせろw)関連ツイ 10
Photo_2

 

 今年1月21日、米共和党のルビオ上院議員に媚びを売る、うすら馬鹿安倍晋三。(クリック拡大して、安倍の表情をジックリご覧あれ)Japanese Prime Minister Shinzo Abe welcomes US Sen., Marco Rubio of Florida at his residence.
一瞬の仕草に出る安倍の正体 (政府TV
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 安倍晋三は朝鮮カルト 統一協会のお友だち。Shinzo Abe is a friend of Moonie, Cult Unification Church.
↓クリックすると拡大します。(更にサイズ大
2013_3gatu9gatu_abe_1000

 

 安倍晋三は、「平成」のさえ間違える馬鹿(母校「成蹊」の

参考安倍晋三は「成蹊小学校、成蹊中学校、成蹊高等学校、成蹊大学法学部政治学科卒業。小学4年生から5年生の時(1964年から2年間)、平沢勝栄が家庭教師につき、高校ではクラブは地理研究部に所属。高校卒業後成蹊大学に進み、佐藤竺教授のゼミに所属して行政学を学ぶ」。

(↓クリックすると拡大します)
130427_nico_03_03 ←4月27日、幕張メッセで安倍が書いたメッセージ。

写真はjapan.cnet.comの以下記事より⇒安倍総理がニコニコ超会議2を電撃視察--「ネットで世界を変えましょう」 魚拓魚拓2画像頁 魚拓魚拓2


2013050112s ←分かりやすく再度。「これでいいのだろうか」から。

「成」って小学4年生で習う字です。


_←有名な「三體千字文」です。上から「閨餘成歳律呂」とあり、3文字目の「成」の右から楷書、行書、草書です。どう崩したとしても安倍の字にはなりません。


20130428k0000m010065000cimage001←自民総裁安倍と、自民党幹事長石破茂が軍事オタクの馬鹿とは知ってましたが、元号「平成」にも使われている「成」の字を書けないこんな馬鹿に日本を任せておいて大丈夫なのだろうか。

写真は毎日の記事より。 魚拓魚拓2
Internet Archive


2013050111_20130501094407s←写真は、「これでいいのだろうか」から。


1343402359←写真は(AKIBAニュース)の「『 ニコニコ超会議2』」記事から。こちらは安倍のお友達、戦争オタクの自民党幹事長石破茂。 魚拓魚拓2


 

 以下、2014年8月の首相動静です

 

首相動静(8月31日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201409/2014090100001

 午前9時7分、宿泊先の京都市左京区のグランドプリンスホテル京都発。同34分、同市南区の東寺着。
 午前9時47分から同49分まで、講堂前でインドのモディ首相を出迎え。同50分から同10時10分まで、同首相とともに講堂や五重塔を視察。同11分から同12分まで、金堂前で同首相を見送り。同14分、同所発。同24分、JR京都駅着。同35分、のぞみ10号で同駅発。
 午後0時53分、JR東京駅着。同57分、同駅発。
 午後1時13分、東京・紀尾井町のホテルニューオータニ着。菅義偉官房長官、加藤勝信、世耕弘成、杉田和博各官房副長官、河内隆内閣総務官と打ち合わせ。
 午後4時14分、同ホテル発。
 午後4時34分、東京・富ケ谷の私邸着。
 1日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/09/01-00:03)

 

首相動静(8月30日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014083100003

 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。
 午前11時16分、私邸発。
 午前11時23分、東京・渋谷の美容室「HAIR GUEST」着。散髪。
 午後0時54分、同所発。
 午後1時6分、私邸着。
 午後2時58分、私邸発。
 午後3時20分、JR東京駅着。同30分、のぞみ45号で同駅発。
 午後5時50分、JR京都駅着。同53分、同駅発。
 午後6時21分、京都市上京区の京都迎賓館着。
 午後6時44分から同46分まで、正面玄関で門川大作京都市長らとインドのモディ首相を出迎え。
 午後6時52分から同54分まで、モディ首相と庭園を散策。同55分から同59分まで、「藤の間」で京都市とインドのバラナシ市とのパートナーシティ提携意向書調印式に同首相と立ち会い。
 午後7時から同8時39分まで、「桐の間」で首相主催の非公式夕食会。同45分から同46分まで、正面玄関でモディ首相を見送り。同49分、同館発。
 午後9時1分、同市左京区のグランドプリンスホテル京都着。
 31日午前0時現在、宿泊先のグランドプリンスホテル京都。来客なし。
(2014/08/31-00:14)

 

首相動静(8月29日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014082900113

 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前9時40分、公邸発。同41分、官邸着。
 午前9時47分から同57分まで、子どもの貧困対策会議。
 午前10時2分から同26分まで、閣議。
 午前10時27分から同59分まで、甘利明TPP担当相、TPP政府対策本部の大江博首席交渉官代理、皆川芳嗣農林水産事務次官。
 午前11時、外務省の斎木昭隆事務次官、平松賢司総合外交政策局長、林肇欧州局長が入った。同33分、平松、林両氏が出た。同38分、斎木氏が出た。
 午前11時39分から同45分まで、尾西雅博駐ボツワナ大使らが新任のあいさつ。同50分、石破茂自民党幹事長と会談開始。
 午後1時11分、石破氏との会談終了。
 午後1時35分、官邸発。
 午後1時46分、東京・丸の内の東京国際フォーラム着。同59分から同2時3分まで、消防団を中核とした地域防災力充実強化大会に出席し、あいさつ。同5分、同所発。同13分、官邸着。
 午後2時24分、与党党首会談開始。
 午後3時4分、与党党首会談終了。
 午後3時5分から同41分まで、杉山晋輔外務審議官。
 午後3時42分から同4時8分まで、根本匠復興相。
 午後4時9分から同23分まで、財務省の香川俊介事務次官、山崎達雄財務官。
 午後4時24分から同5時2分まで、谷内正太郎国家安全保障局長、外務省の平松総合外交政策局長、冨田浩司北米局長、黒江哲郎防衛省防衛政策局長。同3分から同34分まで、北村滋内閣情報官。
 午後6時25分、官邸発。
 午後6時48分、東京・富ケ谷の私邸着。
 30日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/08/30-00:05)

 

首相動静(8月28日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014082800103

 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。
 午前9時32分、私邸発。同50分、官邸着。
 午前10時25分から同11時13分まで、溝手顕正自民党参院議員会長。
 午後1時51分から同2時38分まで、谷内正太郎国家安全保障局長、外務省の平松賢司総合外交政策局長、冨田浩司北米局長、秋葉剛男国際法局長、防衛省の黒江哲郎防衛政策局長、深山延暁運用企画局長。
 午後3時20分から同44分まで、子どもの貧困対策検討会委員との懇談会。
 午後5時2分から同49分まで、国家安全保障会議。
 午後5時50分から同6時10分まで、麻生太郎副総理兼財務相。
 午後6時23分、官邸発。同25分、公邸着。小堀桂一郎東大名誉教授、作曲家のすぎやまこういち氏、評論家の西部邁氏らと会食。
 午後8時26分、全員出た。
 29日午前0時現在、公邸。来客なし。(2014/08/29-00:08)

 

首相動静(8月27日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014082700116

 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。
 午前9時29分、私邸発。
 午前9時46分、官邸着。
 午前10時15分、下村博文文部科学相、山中伸一文部科学事務次官が入った。同30分、山中氏が出た。同42分、下村氏が出た。同47分から同59分まで、全国知事会長の山田啓二京都府知事から「少子化非常事態宣言」の受け取り。同11時10分から同25分まで、斎藤隆防衛省顧問。
 午前11時42分から同47分まで、板東久美子消費者庁長官。
 午後2時3分から同3時3分まで、まち・ひと・しごと創生に関する有識者懇談会。
 午後3時5分から同26分まで、太田昭宏国土交通相。
 午後3時27分から同32分まで、全国市議会議長会の佐藤祐文会長、渡辺英子山梨県北杜市議会議長ら。午後6時9分から同30分まで、福祉関連の会議向けビデオメッセージ収録。
 午後6時31分、官邸発。
 午後6時57分、私邸着。
 28日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/08/28-00:21)

 

首相動静(8月26日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014082600094

 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。
 午前8時51分、私邸発。
 午前9時8分、自民党本部着。
 午前9時35分から同58分まで、同党役員会。同10時11分、同所発。同14分、官邸着。
 午前10時15分から同46分まで、外務省の斎木昭隆事務次官、杉山晋輔外務審議官、平松賢司総合外交政策局長。
 午前10時54分から同11時51分まで、まち・ひと・しごと創生に関する有識者懇談会。
 午後1時32分、甘利明経済再生担当相、松山健士内閣府事務次官が入った。同51分、松山氏が出た。
 午後2時8分、甘利氏が出た。
 午後2時20分から同38分まで、防衛省の豊田硬官房長、黒江哲郎防衛政策局長、三村亨経理装備局長。
 午後2時52分から同3時23分まで、女性有識者との意見交換。
 午後4時7分、北村滋内閣情報官、防衛省の宮川正情報本部長、鈴木敦夫防衛政策局次長が入った。同19分、宮川、鈴木両氏が出た。同35分、北村氏が出た。同38分から同48分まで、フリーペーパー「OKINAWA HEADLINE」のインタビュー。
 午後5時7分から同22分まで、月例経済報告関係閣僚会議。
 午後5時23分から同47分まで、麻生太郎副総理兼財務相。
 午後6時38分、官邸発。
 午後7時1分、私邸着。
 27日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/08/27-00:05)

 

首相動静(8月25日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014082500042

 午前7時25分、東京・富ケ谷の私邸発。
 午前7時54分、羽田空港着。
 午前8時9分、航空自衛隊のU4多用途支援機で同空港発。
 午前9時25分、広島空港着。
 午前9時33分、同空港発。西村康稔内閣府副大臣、河井克行自民党衆院議員同行。
 午前10時26分、広島県庁着。湯崎英彦広島県知事、松井一実広島市長による被災状況の報告。現地災害対策本部を視察。同11時7分、同所発。
 午前11時37分、広島市安佐南区の市立梅林小学校着。同学校内の避難所で被災者を激励。午後0時8分、同所発。
 午後0時11分、同区の被災現場着。被害状況を視察。同25分、徒歩で同所発。同26分、同区の現地調整所着。自衛隊員らを激励。同40分から同44分まで、報道各社のインタビュー。「避難者の生活再建にどう取り組むか」に「安心して生活できるよう、政府としてできることは全てやっていきたい」。同45分、同所発。
 午後1時30分、同市西区の広島ヘリポート着。同34分、陸上自衛隊のCH47大型輸送ヘリコプターで同所発。土砂災害のあった同市を上空から視察。
 午後2時10分、広島空港着。
 午後2時21分、空自のU4多用途支援機で同空港発。
 午後3時26分、羽田空港着。同37分、同空港発。
 午後4時4分、官邸着。
 午後4時56分から同5時14分まで、石原伸晃環境相、根本匠復興相。
 午後5時40分から同6時10分まで、武川光夫内閣府政策統括官、河村潤子文部科学省生涯学習政策局長、木下賢志厚生労働省官房審議官。
 午後6時40分、外務省の斎木昭隆事務次官、林肇欧州局長が入った。同7時10分、林氏が出た。同15分、斎木氏が出た。同20分、官邸発。
 午後7時43分、私邸着。
 26日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/08/26-00:12)

 

首相動静(8月24日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014082500002

 午前10時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。
 午前中は来客なく、私邸で過ごす。
 午後も来客なく、私邸で過ごす。
 25日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/08/25-00:09)

 

首相動静(8月23日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014082400003

 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前11時44分、公邸発。
 午前11時54分、東京・虎ノ門の光明寺着。牛尾治朗ウシオ電機会長の妻、故春子さんの法要に参列。
 午後1時29分、同所発。
 午後1時47分、東京・富ケ谷の私邸着。
 24日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/08/24-00:04)

 

首相動静(8月22日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014082200114

 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。
 午前9時40分、私邸発。
 午前9時55分、官邸着。
 午前10時8分から同29分まで、北村滋内閣情報官。
 午前11時4分から同19分まで、塩谷立元文部科学相。
 午前11時30分から同43分まで、自民党の衛藤征士郎外交・経済連携本部長、額賀福志郎領土に関する特命委員長ら。午後2時8分から同38分まで、飯島勲内閣官房参与。
 午後3時2分から同18分まで、豪雨災害の関係閣僚会議。
 午後3時32分から同4時2分まで、河井克行自民党衆院議員。
 午後5時40分、官邸発。同41分、公邸着。
 23日午前0時現在、公邸。来客なし。(2014/08/23-00:05)

 

首相動静(8月21日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014082100099

 午前8時現在、山梨県鳴沢村の別荘。朝の来客なし。
 午前10時34分、北村滋内閣情報官が入った。
 午前11時13分、葛西敬之JR東海名誉会長が加わった。
 午後0時57分、葛西氏が出た。同1時、北村氏が出た。
 午後1時40分、別荘発。
 午後3時4分、公邸着。
 午後3時15分、公邸発。同17分、官邸着。
 午後3時25分から同4時2分まで、古屋圭司防災担当相。菅義偉官房長官同席。
 午後4時3分から同18分まで、関係省庁災害対策会議。
 午後5時6分、官邸発。
 午後5時32分、東京・富ケ谷の私邸着。
 22日午前0時現在、私邸。来客なし。
(2014/08/22-00:31)

 

首相動静(8月20日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014082000102

 午前7時22分、山梨県鳴沢村の別荘発。同26分、同県富士河口湖町のゴルフ場「富士桜カントリー倶楽部」着。森喜朗元首相、茂木敏充経済産業相、岸信夫外務副大臣、加藤勝信官房副長官、萩生田光一自民党総裁特別補佐、山本有二同党衆院議員、日枝久フジテレビ会長、笹川陽平日本財団会長とゴルフ。
 午前9時19分、同所発。同22分、別荘着。
 午前9時41分、別荘発。
 午前10時59分、官邸着。
 午前11時から同22分まで、危機管理センターで古屋圭司防災担当相、西村泰彦内閣危機管理監。菅義偉官房長官同席。同23分から同24分まで、報道各社のインタビュー。「広島市の土砂災害で政府の対応は」に「政府一体となって、救命救助の対応に当たるように指示を出しました」
 午後0時44分から同1時22分まで、北村滋内閣情報官。
 午後2時、官邸発。同1分、公邸着。
 午後5時19分、西村内閣危機管理監が入った。
 午後5時44分、西村氏が出た。
 午後5時54分、公邸発。
 午後7時42分、別荘着。
 21日午前0時現在、別荘。来客なし。(2014/08/21-00:04)

 

首相動静(8月19日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014081900079

 午前7時4分、山梨県鳴沢村の別荘発。同7分、同県富士河口湖町のゴルフ場「富士桜カントリー倶楽部」着。昭恵夫人、日枝久フジテレビ会長、本田悦朗内閣官房参与、田中一穂財務省主計局長とゴルフ。
 午後2時33分、同所発。
 午後2時36分、別荘着。
 午後5時49分、別荘発。同55分、同県鳴沢村の笹川陽平日本財団会長の別荘着。森喜朗元首相、茂木敏充経済産業相、西村康稔内閣府副大臣、岸信夫外務副大臣、加藤勝信官房副長官、萩生田光一自民党総裁特別補佐、山本有二同党衆院議員、笹川会長、日枝フジテレビ会長と食事。
 午後9時59分、同所発。
 午後10時5分、別荘着。
 20日午前0時現在、別荘。来客なし。(2014/08/20-00:12)

 

首相動静(8月18日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014081800054

 午前8時現在、山梨県鳴沢村の別荘。朝の来客なし。
 午前中は来客なく、別荘で過ごす。
 午後0時40分、別荘発。
 午後0時49分、同県富士吉田市の温泉施設「ふじやま温泉」着。入浴。
 午後3時9分、同所発。同19分、別荘着。同4時52分、田中一穂財務省主計局長が入った。同5時36分、田中氏や秘書官との会食開始。
 午後5時43分、本田悦朗内閣官房参与が加わった。
 午後10時34分、会食終了。同35分、本田氏が出た。同47分、全員出た。
 19日午前0時現在、別荘。来客なし。(2014/08/19-00:09)

 

首相動静(8月17日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014081800002

 午前7時51分、山梨県鳴沢村の別荘発。
 午前7時55分、同県富士河口湖町のゴルフ場「富士桜カントリー倶楽部」着。榊原定征経団連会長、御手洗冨士夫キヤノン会長兼社長、渡文明JXホールディングス名誉顧問とゴルフ。
 午後3時49分、同所発。
 午後3時52分、別荘着。
 午後5時37分、別荘発。
 午後5時59分、同県山中湖村のホテルマウント富士着。同ホテル内の宴会場「メヌエット」で日枝久フジテレビ会長、加藤勝信官房副長官らと会食。昭恵夫人同席。
 午後8時31分、同ホテル発。
 午後8時54分、別荘着。
 18日午前0時現在、別荘。来客なし。(2014/08/18-00:06)

 

首相動静(8月16日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014081700001

 午前8時現在、山梨県鳴沢村の別荘。朝の来客なし。
 午前9時16分、別荘発。
 午前9時43分、同県山中湖村のゴルフ場「富士ゴルフコース」着。秘書官らとゴルフ。
 午後4時38分、同所発。
 午後5時3分、別荘着。
 午後6時4分、別荘発。
 午後6時41分、同県山中湖村の会員制ホテル「エクシブ山中湖サンクチュアリ・ヴィラ」着。同ホテル内のレストラン「イルコローレ」で昭恵夫人や母親の洋子さんらと食事。
 午後9時11分、同ホテル発。
 午後9時43分、別荘着。
 17日午前0時現在、別荘。来客なし。(2014/08/17-00:05)

 

首相動静(8月15日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014081500129

 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。
 午前8時30分、私邸発。
 午前8時46分、官邸着。
 午前8時51分から同9時21分まで、北村滋内閣情報官。
 午前9時40分から同10時まで、茂木敏充経済産業相、上田隆之資源エネルギー庁長官。
 午前10時3分から同24分まで、閣議。
 午前10時28分から同48分まで、岸田文雄外相、伊原純一外務省アジア大洋州局長。同49分から同50分まで、萩生田光一自民党総裁特別補佐。同51分から同11時まで、自民党富山県連の子ども作文コンクール最優秀賞の桑名瞭徳君ら。同1分から同10分まで、「ABUアジア・太平洋ロボットコンテスト」日本代表チームの表敬。同17分、官邸発。同24分、東京・三番町の千鳥ケ淵戦没者墓苑着。献花。同28分、同所発。同33分、東京・北の丸公園の日本武道館着。
 午前11時51分から午後0時52分まで、全国戦没者追悼式。同54分、同所発。同1時2分、東京・永田町のザ・キャピトルホテル東急着。同ホテル内のレストラン「ORIGAMI」で秘書官と食事。
 午後1時57分、同ホテル発。
 午後2時13分、私邸着。
 午後2時43分、私邸発。
 午後4時11分、山梨県鳴沢村の別荘着。
 午後6時2分、別荘発。
 午後6時11分、同県富士吉田市の中国料理店「蓮」着。母親の洋子さんや秘書官と食事。
 午後7時58分、同所発。同8時7分、別荘着。
 16日午前0時現在、別荘。来客なし。(2014/08/16-00:59)

 

首相動静(8月14日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014081400109

 午前8時現在、山口県下関市の自宅。朝の来客なし。
 午前9時28分、自宅発。
 午前9時38分から同11時6分まで、同市の安倍事務所関係者や支援者の自宅を弔問。同27分、自宅着。
 午後0時17分から同20分まで、笠本俊也同県議会議員。同21分、自宅発。
 午後1時31分、同県長門市の支援者宅着。弔問。同46分、同所発。
 午後2時1分から同4時13分まで、同市の故斎木俊彦元県議や支援者の自宅を弔問。同15分、同市の安倍家の墓着。昭恵夫人とともに父安倍晋太郎元外相らの墓参り。同26分、同所発。
 午後6時4分、山口宇部空港着。同25分から同57分まで、同空港内の特別室で村岡嗣政山口県知事。
 午後7時18分、昭恵夫人とともに日本航空1648便で同空港発。
 午後8時40分、羽田空港着。同52分、同空港発。
 午後9時20分、東京・富ケ谷の私邸着。
 15日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/08/15-00:09)

 

首相動静(8月13日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014081300119

 午前8時現在、山口県下関市の自宅。朝の来客なし。
 午前9時2分、自宅発。
 午前9時10分、同市の下関市元幹部宅着。弔問。同20分、同所発。
 午前9時28分から同11時42分まで、同市の故小浜俊昭元同市議会議長宅や支援者宅を弔問。同44分、同市の長府商店街着。地元住民と記念撮影。同57分、徒歩で同市のお好み焼き店「ひら田」着。秘書官らと食事。
 午後0時26分、徒歩で同所発。同27分から同42分まで、長府商店街を練り歩き。同43分、同所発。同44分、同市の「蛍遊苑 長府製作所記念館」着。長府製作所の川上康男会長、橋本和洋社長出迎え。見学。同1時12分から同14分まで、報道各社のインタビュー。「4~6月期GDPが前期比年率でマイナス6.8%となった」に「冷静な経済分析を行いながらしっかりと対応し、成長軌道に戻れるように万全を期していきたい」。同24分、同所発。
 午後1時50分から同2時54分まで、同市の支援者宅などを弔問。同58分から同3時14分まで、同市の住吉神社を参拝。支援者らと記念撮影。同15分、同所発。
 午後3時30分、同市の支援者宅着。弔問。同42分、同所発。同49分、同市の伊藤昭男後援会長宅着。伊藤氏と懇談。
 午後4時13分、同所発。同22分、同市の故伊藤博元同県議会議員宅着。弔問。同36分、同所発。
 午後4時46分、同市の後援会関係者宅着。弔問。同52分、同所発。同54分、同市の支援者宅着。弔問。
 午後5時33分、同所発。
 午後5時52分、自宅着。
 午後6時34分、自宅発。同45分、同市の「やまぎん史料館」着。福田浩一山口銀行頭取出迎え。昭恵夫人とともに見学。同7時9分、同所発。
 午後7時11分、同市の関門海峡花火大会会場着。あいさつ。昭恵夫人とともに観賞。同8時17分、同所発。同20分、同市のレストラン「ワイン食堂NARROW」着。客と記念撮影。同26分、同所発。
 午後8時40分、同市の焼き肉店「アリラン」着。昭恵夫人、友人、秘書官と食事。同9時40分、同所発。
 午後10時、自宅着。
 14日午前0時現在、自宅。来客なし。
(2014/08/14-00:15)

 

首相動静(8月12日)
www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014081200108

 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。同4分、私邸発。
 午前8時38分、羽田空港着。同40分から同50分まで、同空港内のVIPルームで河村建夫自民党選対委員長。
 午前9時8分、全日空631便で羽田空港発。
 午前10時22分、岩国空港着。福田良彦山口県岩国市長出迎え。
 午前10時32分から同45分まで、柳居俊学県議会議長。同46分、同空港発。
 午前11時48分、山口県柳井市の故山本繁太郎前同県知事宅着。弔問。柳居県議会議長同行。同57分、同所発。
 午後0時22分、同県田布施町の岸家の墓着。祖父岸信介元首相らの墓参り。岸信夫外務副大臣、北村経夫自民党参院議員同行。同45分、同所発。
 午後1時24分、同県岩国市のレストラン「桃李庵」着。柳居県議会議長、畑原基成副議長と食事。同2時6分、同所発。
 午後3時4分、同県防府市の故島田明元同県議会議長宅着。隣接する善正寺で島田氏の法要に参列。同31分、同所発。
 午後4時52分から同5時50分まで、同県下関市の後援会関係者や支援者宅を訪問。あいさつ回り。同6時1分、同市の竹中歯科医院着。治療。同16分、同所発。同25分、同市の自宅着。
 午後7時46分、自宅発。
 午後8時3分、同市の忌宮神社着。昭恵夫人とともに祭りに参加。練り歩き。同43分、同所発。
 午後9時4分、同市の鶏料理専門店「金鶏」着。昭恵夫人、伊藤昭男後援会会長らと食事。
 午後9時50分、同所発。同59分、自宅着。
 13日午前0時現在、自宅。来客なし。(2014/08/13-00:09)

 

首相動静(8月11日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014081100043

 午前8時現在、山梨県鳴沢村の別荘。朝の来客なし。
 午前中は来客なく、別荘で過ごす。
 午後1時31分、別荘発。
 午後2時59分、東京・富ケ谷の私邸着。
 午後5時41分、私邸発。
 午後5時58分、衆院第1議員会館着。同会館内の歯科診療室で治療。
 午後6時37分、同所発。
 午後6時48分、東京・四谷の焼き肉店「龍月園」着。時事通信の加藤清隆解説委員、高橋洋一嘉悦大教授、政治ジャーナリストの末延吉正氏らと会食。
 午後8時57分、同所発。
 午後9時14分、私邸着。
 12日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/08/12-00:07)

 

首相動静(8月10日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014081100002

 午前10時現在、山梨県鳴沢村の別荘。朝の来客なし。
 午前中は来客なく、別荘で過ごす。
 午後0時32分、別荘発。
 午後0時46分、同県富士河口湖町のイタリア料理店「リチェッタ」着。母親の洋子さんや秘書官と食事。
 午後1時48分、同所発。
 午後2時3分、別荘着。
 午後6時25分、別荘発。
 午後6時34分、同町の中国料理店「異彩中国菜館 湖宮」着。友人らと食事。
 午後8時49分、同所発。
 午後8時59分、別荘着。
 11日午前0時現在、別荘。来客なし。(2014/08/11-00:06)

 

首相動静(8月9日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014081000003

 午前8時現在、宿泊先の長崎市のベストウェスタンプレミアホテル長崎。朝の来客なし。
 午前10時26分、同ホテル発。
 午前10時30分、同市の平和公園着。長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に出席し、献花、あいさつ。同11時47分、同所発。
 午前11時52分、同市のホテルニュー長崎着。同ホテル内の宴会場「丹頂の間」で昼食。
 午後0時19分から同55分まで、同ホテル内の宴会場「鳳凰閣東の間」で「被爆者代表から要望を聞く会」に出席。
 午後1時から同10分まで、同ホテル内の宴会場「鳳凰閣西の間」で記者会見。同12分、同ホテル発。同49分、長崎空港着。
 午後2時27分、全日空666便で同空港発。
 午後3時48分、羽田空港着。同4時、同空港発。
 午後4時39分、東京・富ケ谷の私邸着。
 午後5時2分、私邸発。
 午後6時28分、山梨県富士吉田市の「炭火串焼I.W」着。成蹊大の同窓生と食事。
 午後8時34分、同所発。
 午後8時46分、同県鳴沢村の別荘着。
 午後8時48分、成蹊大の同窓生が入った。同窓生宿泊。
 10日午前0時現在、別荘。新たな来客なし。(2014/08/10-00:05)

 

首相動静(8月8日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014080800118

 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前9時54分、公邸発。同56分、官邸着。
 午前10時38分から同44分まで、徳地秀士防衛審議官。
 午前10時45分から同58分まで、武田良太防衛副大臣。
 午前11時3分から同16分まで、渡文明JXホールディングス名誉顧問、木村康JX日鉱日石エネルギー会長。
 午前11時17分から同50分まで、「科学技術と人類の未来に関する国際フォーラム」理事長の尾身幸次元科学技術担当相。
 午後0時4分から同1時14分まで、高村正彦自民党副総裁、北側一雄公明党副代表と食事。同15分から同19分まで、高村自民党副総裁。
 午後2時20分から同30分まで、土居征夫城西大特任教授。
 午後3時38分から同4時8分まで、産経新聞のインタビュー。
 午後5時20分から同40分まで、谷内正太郎国家安全保障局長。
 午後5時46分から同54分まで、地域活性化関連の会議向けビデオメッセージ収録。
 午後5時55分から同6時26分まで、太田昭宏国土交通相。同30分、官邸発。
 午後6時57分、羽田空港着。
 午後7時19分、全日空669便で同空港発。
 午後8時47分、長崎空港着。同9時、同空港発。
 午後9時11分、長崎県大村市の日本料理店「てん新奥座敷」着。秘書官らと食事。
 午後9時59分、同所発。
 午後10時40分、長崎市のベストウェスタンプレミアホテル長崎着。
 9日午前0時現在、宿泊先のベストウェスタンプレミアホテル長崎。来客なし。(2014/08/09-00:11)

 

首相動静(8月7日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014080700109

 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。
 午前9時27分、私邸発。
 午前9時43分、官邸着。
 午前9時48分から同10時27分まで、舛添要一東京都知事。菅義偉官房長官同席。
 午前10時44分から同58分まで、一宮なほみ人事院総裁から人事院勧告。稲田朋美国家公務員制度担当相、加藤勝信内閣人事局長、菅官房長官同席。
 午前11時18分から同48分まで、まち・ひと・しごと創生本部設立準備室の古谷一之室長、山崎史郎室長代理。
 午前11時49分から午後0時3分まで、米スタンフォード大学の星岳雄教授、本田悦朗内閣官房参与。
 午後1時46分から同51分まで、木村太郎首相補佐官、高階恵美子参院議員。
 午後1時52分から同2時9分まで、山本一太内閣府特命担当相。
 午後2時10分から同30分まで、武部勤元自民党幹事長。同32分から同40分まで、若田光一宇宙飛行士の表敬。同41分から同59分まで、尾辻秀久日本遺族会会長。
 午後3時52分から同4時2分まで、宇宙政策委員会の葛西敬之委員長、松井孝典委員長代理。
 午後4時21分から同37分まで、稲田行政改革担当相。
 午後4時38分から同5時3分まで、山口県の大西倉雄長門市長、中尾友昭下関市長ら。同4分から同38分まで、北村滋内閣情報官。
 午後6時34分、官邸発。同35分、公邸着。安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会の柳井俊二座長、北岡伸一座長代理らと会食。菅官房長官、谷内正太郎国家安全保障局長ら同席。
 午後8時25分、全員出た。
 8日午前0時現在、公邸。来客なし。(2014/08/08-00:13)

 

首相動静(8月6日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014080600098

 午前7時39分、宿泊先の広島市南区のグランドプリンスホテル広島発。同51分、同市中区の平和記念公園着。
 午前8時から同52分まで、原爆死没者慰霊式・平和祈念式に出席し、献花、あいさつ。同58分、同所発。
 午前9時5分、同市中区のリーガロイヤルホテル広島着。
 午前9時30分から同10時22分まで、同ホテル内の宴会場「ロイヤルホール」で「被爆者代表から要望を聞く会」に出席し、懇談。岸田文雄外相、田村憲久厚生労働相同席。同27分から同37分まで、同宴会場で記者会見。同45分、同ホテル発。
 午前11時32分、広島空港着。
 午後0時3分、日本航空1604便で同空港発。
 午後1時37分、羽田空港着。同52分、同空港発。
 午後2時12分、衆院第1議員会館着。同会館内の歯科診療室で治療。
 午後2時40分、同所発。同41分、官邸着。
 午後3時13分から同23分まで、仲井真弘多沖縄県知事。菅義偉官房長官同席。
 午後3時24分から同34分まで、総務省の大石利雄事務次官、坂本森男消防庁長官。
 午後3時35分から同4時7分まで、赤羽一嘉経済産業副大臣。同8分から同20分まで、自民党の大島理森、公明党の井上義久両党東日本大震災復興加速化本部長から提言受け取り。
 午後4時31分から同51分まで、財務省の香川俊介事務次官、山崎達雄財務官。同5時25分から同44分まで、甘利明経済再生担当相。同49分、官邸発。
 午後6時2分、東京・渋谷の美容室「HAIR GUEST」着。散髪。
 午後7時41分、同所発。同52分、東京・富ケ谷の私邸着。
 7日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/08/07-00:06)

 

首相動静(8月5日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014080500113

 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。
 午前8時59分、私邸発。
 午前9時17分、自民党本部着。同20分から同29分まで、伊藤憲一日本国際フォーラム理事長。
 午前9時30分から同57分まで、同党役員会。同59分、同党本部発。同10時、官邸着。
 午前10時4分から同18分まで、閣議。
 午前10時26分から同32分まで、拉致問題対策本部。
 午前10時36分から同42分まで、麻生太郎副総理兼財務相。
 午前10時43分から同11時7分まで、岸田文雄外相、谷内正太郎国家安全保障局長、外務省の斎木昭隆事務次官、杉山晋輔外務審議官、林肇欧州局長。同8分から同14分まで、岡村善文国連次席大使らが就任あいさつ。同16分から同26分まで、自衛隊幹部の離着任あいさつ。
 午前11時36分から同56分まで、斎木外務事務次官。
 午後0時11分から同26分まで、政府・与党連絡会議。
 午後1時16分から同46分まで、原勝則厚生労働審議官。
 午後1時50分、北村滋内閣情報官、谷内正太郎国家安全保障局長、小島吉晴公安調査庁次長が入った。同58分、谷内、小島両氏が出た。同2時24分、北村氏が出た。
 午後2時31分、官邸発。同34分、自民党本部着。政策説明会に出席し、あいさつ。同53分、党本部発。同55分、官邸着。
 午後2時56分から同3時11分まで、谷内国家安全保障局長、斎木外務事務次官。
 午後3時27分から同39分まで、東日本大震災復興関連のビデオメッセージ収録。同40分から同4時22分まで、麻生財務相、財務省の香川俊介事務次官、田中一穂主計局長、佐藤慎一主税局長。同23分、官邸発。
 午後4時50分、羽田空港着。
 午後5時16分、全日空683便で同空港発。
 午後6時16分、広島空港着。同28分、同空港発。
 午後7時22分、広島市南区のグランドプリンスホテル広島着。
 午後7時37分から同8時32分まで、同ホテル内のレストラン「ボストン」で秘書官や官邸職員と食事。
 6日午前0時現在、宿泊先のグランドプリンスホテル広島。来客なし。(2014/08/06-00:05)

 

首相動静(8月4日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014080400106

 午前9時34分、中南米5カ国歴訪を終え昭恵夫人と共に政府専用機で羽田空港着。同50分、同空港発。
 午前10時14分、皇居着。帰国の記帳。同21分、皇居発。同29分、衆院第1議員会館着。同会館内の歯科診療室で治療。
 午前10時58分、同所発。同11時12分、東京・富ケ谷の私邸着。
 午後は来客なく、私邸で過ごす。
 5日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/08/05-01:43)

 

首相動静(8月3日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014080300020

(現地時間)
 2日午後、ブラジル日本文化福祉協会本部ビルで、日本移民史料館を視察。日系人と懇談。日系団体主催歓迎会。ホテル「チボリ」で「スポーツ・フォー・トゥモロー」のイベントに出席。
 2日夜、政府専用機でグアルリョス国際空港発。(2014/08/03-08:15)

 

首相動静(8月2日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014080300014

(現地時間)
 1日午後、ルセフ大統領と共同記者発表。ブラジル外務省で日伯賢人会議メンバーと意見交換。大統領主催昼食会。日本大使公邸で日系団体代表と懇談。政府専用機でブラジリア国際空港発。
 午後、ブラジル・サンパウロ近郊のグアルリョス国際空港着。
 2日午前、サンパウロ市内のイビラプエラ公園で日系移民の慰霊碑に献花。同公園内の「日本館」を視察し、記念植樹。ホテル「インターコンチネンタル」で内外記者会見。会議施設「ローザ・ロザルン」で医療分野規制に関するセミナーに出席。
 午後、「ローザ・ロザルン」で「日本・ブラジル・ビジネスフォーラム」に出席し、記念講演。(2014/08/03-00:59)

 

首相動静(8月1日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014080100228

(現地時間)
 31日午後、チリ大統領府でバチェレ大統領と共同記者発表。大統領主催昼食会。政府専用機でアルトゥロ・メリノ・ベニテス国際空港発。ブラジルのブラジリア国際空港着。
 1日午前、アルボラーダ・ホテルでブラジル経済界との意見交換会に出席。日系ブラジル人の国会議員・政府高官と懇談。日本とブラジルのサッカー交流に貢献した関係者を招いた「サッカー感謝の集い」に出席。
 午前、ブラジル大統領府で歓迎式典。ルセフ大統領と会談。(2014/08/02-00:09)

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 広報やキャンペーンバナーなど。

2014年都知事選、2月6日(木)18:00練馬駅北口での細川さんの脱原発podcast小泉さんの脱原発podcast演説と観衆の“間の手”掛け声が何ともいい感じでお勧め。小泉さんの3分40秒からの所は重要、「今世界が心配しているのは、日本。原発持っている国の中でテロ対策が一番日本が弱いのを懸念している」。つまり、全国の海岸線に54基の原発を抱えていると言う事は、54個の原爆をノーガードで持っているのと同じ。だから、集団的自衛権(外国のためにする戦争)なんてのは論外。

 ↓2月2日銀座4丁目街宣での一コマです。暖かい時もあれば、1月26日池袋東口や、1月29日の三鷹や吉祥寺の様に厳寒の日もありました。街宣最終日2月8日は、雪で電車が遅れ僕は新宿まで行く事が出来なかった。暖かい日でも街宣車の上は確実に風が強く寒い、伊達や酔狂では出来ません。細川(76)小泉(72)148歳元総理コンビのファイトに感謝し、脱帽の都議選でした。
Dsc_7356_

 以下動画では、さらに小泉氏の脱原発について詳しくジックリ聴く事が出来ます。

2013年11月12日
脱原発は郵政民営化の比ではない壮大な事業•小泉元首相が日本記者クラブで講演
videonewscom
http://youtu.be/QOXsnZiTjwk

↑SOBA:動画の40分4秒の所からの以下部分はかなり重要。
 河野太郎代議士から贈呈された「新しい火の創造 エイモリー・B・ロビンス (著)」について。米国が脱原発が必要だと説いている。2050年には脱原発・脱石油・脱石炭・脱天然ガス。うかうかしていると日本の先を越して米国が脱原発を進めるかも知れない。

 

 気象庁の震央分布図(→頁アーカイブ)、こんな所で原発なんて危険きわまりない(石橋克彦氏、地震学)。汚染水ダダ漏れだからオリンピック開催もふさわしくない。( Japan is situated in a volcanic zone on the Pacific Ring of Fire. It's also located near major tectonic plate boundaries, where's an un-wise place for 54 reactors. and now Osensui is not under control. So Japan and Tokyo is Unworthy of 2020 Olympic Games. )。震央分布図がある新頁

(Epicenter distribution map)
W

 震災後3年、「汚染水はアンダー コントロール」やオリンピックにはしゃぐ真性馬鹿安倍晋三への福一の現場作業員からの怒りの声(←20140314MBS報道するラジオ)

「汚染水ダダ漏れ日本の五輪召致馬鹿騒ぎ糾弾」バナー、Oh No OSENSUI. Tokyo is Unworthy of 2020 Olympic.
↓click, popup & enlarge anime
「汚染水ダダ漏れ日本のオリンピック召致馬鹿騒ぎは世界の恥さらし」バナー


↓日本語版「オリンピックはいらない、汚染水問題何とかして」バナー。
↓click, popup & enlarge anime
「汚染水ダダ漏れ日本のオリンピック召致馬鹿騒ぎは世界の恥さらし」バナー


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 以下、資料として採録。

 

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※参考:オープン・ソース・インテリジェンス(Wikipediaより)

オープン・ソース・インテリジェンスまたはOSINTとは、公開情報(オープン・ソース:一般公開され利用可能な情報源)から収集された情報を元にする、(機密)情報収集の専門領域を指す。

概説

“合法的に入手出来る資料”を“合法的に調べ突き合わせる”手法で、情報源は政府の公式発表(プレスリリース)、マスメディ アによる報道、インターネット、書籍、電話帳、科学誌その他を含む。具体的には、対象国の軍の編制を割り出すために、対象国の新聞社交欄、ニュースの断 片、高級将校の異動発令などを丹念に集積し、分析するといった手法である。

細かいデータを少しずつ集めて分析するだけでも、相当な精度の情報が得られることがある。媒体入手・分析は駐在国公館で行なわれる事が多い。ラジオ放送は自国領内で受信する。

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↓「カルト宗教 統一協会のお友だち こんな奴らが改憲?笑わせるな」バナー。

 クリックすると拡大するバナーです。ブログに貼れる370pxのサイズです。微修正の可能性有り、反映させますので直リンクが使用条件です。
「違憲状態選挙で選ばれた安倍が憲法改正を言う馬鹿馬鹿しさ」バナー


 

 「3経済団体代表者によるごり押し圧力と、元々原発推し進めた自民党の僕たちは原発やめないもん」糾弾バナー。

「3経済団体代表者によるごり押し圧力と自民党の僕たちは原発やめないもん」糾弾バナー


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※原発関連で3冊:

知事抹殺 つくられた福島県汚職事件 佐藤 栄佐久 (著)

原子炉時限爆弾 広瀬 隆 (著)

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ 小出 裕章 (著)

 

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2014年8月26日 (火)

こんな世だから、魯迅の「水に落ちた犬を打つ」を説く、『「フェアプレイ」はまだ早い』をWebテキストに、。

 昔、竹内好さんの雑誌『中国』(1963〜1972)の何号だったか、終わり頃の号を読んだ事があります。魯迅の——「フェアプレイ」はまだ早い——を紹介していて「水に落ちた犬を打つ」のフレーズが頭に残りました。もとの魯迅自身の評論を読みたいと調べたら、文庫本の『魯迅評論集 竹内好編訳 』に評論として所収されていました。一度は図書館で借りたのですが、手元に置いてじっくり読みたくなり結局AMAZON(配送料込みで447円)で購入。実はこの本、絶版になってます。全集は別として、在庫が売り切れたら文庫版では手に入らないってことでしょうか。ネットで検索しても竹内好さんの訳文のが出て来ないので、テキスト起こしをしてみました。

 辺見庸ブログでも、「日録12 私事片々2014/04/03~2014/04/13」で魯迅について言及しています。こんな世だからこそ、今、魯迅を読みたいと思います。

 

Xin_360103261449890209223_2←牛込の日本語学校・弘文学院時代の魯迅。


Img245292790←魯迅。日本的“鲁迅学”(组图) より。


 

 『魯迅評論集 竹内好編訳』(岩波文庫)より

最初に竹内好さんの「はじめに」。そのあとで、魯迅評論集第三部から『「フェアプレイ」はまだ早い』。そのあと訳註と、竹内好さんの「解説」です。

※竹内好さんが人名にカタカナのルビを振っている箇所では何カ所か拼音(ピンイン)をふっておきました。また、訳註(数字)の箇所は、頁内リンクをはっています。

※参考:(中日大辞典 第三版<愛知大学/大修館書店, 2010-2013>)
〔落水〕luòshuǐ 
1, 水中に落ちる. 〔落水擒qín水泡shuǐpào〕〈諺〉おぼれるものはわらをもつかむ.
2,〈喩〉堕落する. 〔落水狗gǒu〕水に落ちた犬. 〈喩〉力を失った悪人. 〔痛tòng打落水狗〕落ちぶれた敵に追い打ちをかける.

 

はじめに

 魯迅をよみたい、という人がふえている。知的な興味、というより、もっと生活に即して、生きてゆく上の糧になるものを求めて、魯迅にたどりついた、という種類の人がたくさんいる。
 いまのところ、魯迅をよみたい人の多くは、インテリである。作家とか、学者とか、教員などである。しかし、労働者の間からも、ぽつぽつそういう要求が出ている。今後はますます多く出てくるにちがいない。本国でそうであったように、日本でも、魯迅の影響は時がたつにつれて、ますます深く民衆の間にしみてゆくだろうと思う。
 外国の一人の文学者、という以上の親しいつながりが、魯迅と私たちとの間に、うまれつつある。それは根本には、魯迅の生きた時代、魯迅が生き、そしてその中で抵抗した環境に、今日の私たちのそれが本質的に似てきたからだ。私たちがなやみ、おそれ、ともすれば勇気を失いそうになるとき、それとおなじなやみをかつてなやみ、おそれに直面し、しかも勇気を失わなかった一人の人間がいたことを発見したとすれば、その人間はもはや、私たちにとって他人ではなくなるだろう。古人でもなく、外国人でもないだろう。私たちの血縁であり、私たち自身であるだろう。
 苦しくなると、とかく救いを外に求めたがる私たちの弱い心を、彼はむち打って、自力で立ちあがるようにはげましてくれる。彼がとり組んだ困難にくらべれば、今日の私たちの困難はまだまだ物の数ではないのだ。これしきの困難に心くじけてはならない。ますます知慧をみがいて、運命を打開しなければならない。魯迅は何ひとつ、既成の救済策を私たちに与えてくれはしない。それを与えないことで、それを待ちのぞむ弱者に平手打ちを食わせるのだが、これ以上あたたかい激励がまたとあるだろうか。

 この本は、魯迅について予備知識のない人でも、魯迅文学の核心が理解できるように、いわば魯迅入門書のつもりで編んだ。おびただしい数のエッセイの中から、数篇をえらんで、いくらか配列を工夫して、気がるによめるように註なども省いて、しかし時代のはばとスタイルの多様さには注意をはらって、一冊とした。魯迅評論集、というにはあまりに小さすぎるが、入門の階段にはなるだろう。この本をよんで魯迅に興味をもたれた読者は、さらに他の作品なり評論なりに進んでいただきたい。研究書にも目を通していただきたい。そのような読者がふえて、その力で魯迅研究が前へ進むことを、私は切にねがう。それが私たちの共同の運命の打開に必要な力の結集を助けることを確信するからである。(一九五三年二月)

 

「フェアプレイ」はまだ早い

一 解題

 『語絲』の五十七号に林語堂(Línyǔtáng)氏(1)が「フェアプレイ」を説き、この精神は中国にはごく少いから、われわれは勧奨に努めなければならぬ、と述べ、さらに「水に落ちた犬を打」たぬことを「フェアプレイ」の意義の補足的説明としている。私は英語にうといから、この語のふくむ意味がどうなのか、よくわからないが、もし「水に落ちた犬を打」たぬのが、その精神のあらわれだとすると、私には大いに言い分がある。もっとも、表題に直接「水に落ちた犬を打つ」と書かなかったのは、人目に立つのを避けるためであり、つまり、ことさら頭上に「にせの角(2)」を装う必要がないからである。私の言いたいのは、要するに「水に落ちた犬」は、必ずしも打つべからざるものではなく、否、むしろ大いに打つべし、というだけのことだ。

二 「水に落ちた犬」に三種類あり、いずれも打つべきものであること

 今日の批評家は、しばしば「死んだ虎を打つ」と「水に落ちた犬を打つ」とを、ならべて取りあげ、いずれも卑怯に近いとしている。私の考えでは「死んだ虎を打つ」のは、臆病者が勇者のまねをすることで、すこぶる滑稽味があり、卑怯のきらいはないわけではないが、むしろ憎めない卑怯である。ところが「水に落ちた犬を打つ」ほうは、それほど簡単ではない。犬はどんな犬なのか、どうして水に落ちたか、それを見てからでないと決められない。思うに、落ちた原因はほぼ三つである。(一)犬が自分で足をすべらせて落ちた場合。(二)ほかのものが打ち落とした場合。(三)自分が打ち落とした場合。もし前の二者に遭遇して、人の尻馬に乗って打つならば、それはあまりに曲のない話であることは申すまでもないし、あるいは卑怯にさえ近いかもしれない。しかし、もし犬と奮戦して、みずから水中に打ち落としたのであれば、たとい落ちた後から竹竿でめった打ちにしようとも、決して非道ではない。前二者の場合と同日には論じられない。
 話に聞くと、勇敢な拳闘士は、すでに地に倒れた敵には決して手を加えぬそうである。これはまことに、吾人の模範とすべきことである。ただし、それにはもうひとつ条件がいる、と私は思う。すなわち、敵もまた勇敢な闘士であること、一敗した後は、みずから恥じ悔いて、再び手向かいしないか、あるいは堂々と復讐に立ち向かってくること。これなら、むろん、どちらでも悪くない。しかるに犬は、この例を当てはめて、対等の敵と見なすことができない。何となれば、犬は、いかに狂い吠えようとも、実際は「道義」などを絶対に解さぬのだから。まして、犬は泳ぎができる。かならず岸へはい上がって、油断していると、まずからだをブルブルっと振って、しずくを人のからだといわず顔といわず一面にはねかけ、しっぽを巻いて逃げ去るにちがいないのである。しかも、その後になっても、性情は依然として変わらない。愚直な人は、犬が水へ落ちたのを見て、洗礼を受けたものと認め、きっと懺悔するだろう、もう出てきて人に咬みつくことはあるまいと思うのは、とんでもないまちがいである。
 要するに、もし人を咬む犬なら、たとい岸にいようとも、あるいは水中にいようとも、すべて打つべき部類だと私は考える。

三 狆(ちん)はことに水中に打ち落として さらに追い打たねばならぬこと

 狆は「叭児狗(パルコウ)」とも「哈吧狗(ハパコウ)」ともいうが、南方ではこれを西洋犬と呼んでいる。だが、じつはこれは中国の特産だそうで、万国品評会ではしばしば金牌を受領するということだ。『エンサイクロペディア・ブリタニカ』の犬の写真のなかには、わが中国の狆が何匹もいる。これまた国の誉でもあるわけだ。ところで、犬と猫では仇同士ではないか。しかるに、かれは犬でありながら、猫に酷似している。折衷、公正、調和、平衡の状掬(きく)すべく、悠然として、ほかのものはみな過激で、自分だけが「中庸の道」を得たといいたげな顔である。これによって富豪、宦官、夫人、令嬢たちに鐘愛せられ、その種は綿々として絶えない。かれの仕事といえば、こざかしい皮毛をもって貴人の飼育を獲得し、内外の女人たちが町へ出かけるおりに、首を細い鎖で結ばれて靴のかかとについてゆくだけのことである。
 この手合いは、まず水のなかへ打ち落とし、さらに追いかけて打つべきである。もし自分で水へ落ちたにしても、追い打ちしていっこう差支えない。ただし、あまりにもお人よしならば、むろん打たなくてもかまわぬが、気の毒がる必要はない。狆にして許せるものなら、ほかの犬は大いに打たぬがよろしい。なぜなら、かれらはいかにも権勢にこびるが、まだ何といっても狼に近いだけに野性を帯び、これほど二股膏薬にはなりきっていないからである。
 以上は、ついでに述べただけであって、本題とはいささか関係が薄いかもしれない。

四 「水に落ちた犬を打」たぬは 人の子弟を誤るということ

 要するに、水に落ちた犬を打つべきかどうかは、第一には、かれが岸へ上がってからの態度によってきまる。
 犬の性は、概してあまり変化するものではない。かりに一万年もたてば、現在と変わってくるかもしれないが、私がいま問題とするのは現在のことである。もし水へ落ちた後が可憐だというなら、人を害する動物で、可憐なものはいくらでもある。たとえば、コレラ菌などにしても、繁殖は早いが、その性格はじつに真率である。だが医者は、それを決して見放してはおかない。
 いまの官僚と、国産型紳士あるいは西洋型紳士は、自分の気に食わぬものをすべて赤だとか、共産党にしてしまう。民国元年以前はいくらかちがっていた。はじめは康有為(Kāngyǒuwéi)党だといい、のちには革命党だといって、ひどいときは役所へ密告さえした。むろん、それによって自分の尊栄を保全するためだが、また一面、当時のいわゆる「人血をもって官帽の玉を赤く染める(3)」意味がないわけでもなかった。しかるに、革命はついに勃発した。いばりくさっていた一群の紳士どもは、たちまち喪家の犬のようにしょぼんとなって、辮髪を頭のてっぺんに巻きあげた。そして革命党は、新しい気風ーー紳士たちが以前深刻に憎悪した新しい気風を発揮して、すこぶる「文明」になった。「咸与維新(みなともにこれあらた)」なんだ。われわれは水に落ちた犬は打たぬ、勝手に上がってこい、というわけである。そこで、かれらは上がってきた。民国二年の後半期までひそんでいて、第二革命の際、突如あらわれて袁世凱(Yuánshìkǎi)(4)を助け、多くの革命家を咬み殺した。中国はまた一日一日と暗黒に沈み、今に至るまで、遺老はいうに及ばず遺少さえ、うじゃうじゃしている。これすなわち、革命の烈士たちの人のよさ、鬼畜にたいする慈悲が、かれらを繁殖させたのであって、そのため目ざめた青年は、暗黒に反抗するためには、ますます多くの気力と生命とを犠牲に供さねばならなくなったのである。
 秋瑾(Qiū jǐn)女史(5)は、密告によって殺されたのだ。革命後しばらくは「女俠」とたたえられたが、今ではもうその名を口にするものも少なくなった。革命が起こったとき、かの女の郷里には都督ーーいまいう督軍とおなじものーーが乗り込んできた。それはかの女の同志でもあった。王金発(Wáng jīn fā)(6)だ。かれは、かの女を殺害した首謀者をとらえ、密告事件の証拠書類を集めて、その仇を報じようとした。だが結局は、その首謀者を釈放してしまった。というのは、民国になったのだから、おたがいに昔のうらみを洗い立てるべきではない、というのが理由だったらしい。ところが、第二革命の失敗後になって、王金発は袁世凱の走狗のために銃殺された。その有力な関係者に、かれが釈放してやった秋瑾殺害の首謀者があった。
 この男も、いまでは「天寿を全うし」た。しかし、そこに引きつづき跋扈出没するものは、やはりこういった手合いばかりである。だから秋瑾の郷里は、いまでも昔のままで、一年また一年、いささかの進歩もない。この点から見れば、中国の模範とされる都市(7)に人となった楊蔭楡(Yángyīnyú)女史と陳西瀅(Chénxīyíng)氏とは、まことに天下の幸運児である。

五 失脚した政客を 「水に落ちた犬」と一律に論じてはならぬこと

 「犯さるるもあらがわず」は恕道だ。「眼には眼を、歯には歯を」は直道だ。ところが、中国にもっとも多いのは枉道、つまり、水に落ちた犬を打たずに、逆に犬に咬まれることである。もっともこれは、実直な人がすき好んでばかな目を見るだけのことだが。
 俗に「おとなしいは一名能なし」ということがある。少し薄情なようではあるが、よくよく考えてみると、それは人に悪事をそそのかすことばではなく、たくさん苦い経験をなめたはてに出てきた警句であることがわかる。たとえば、水に落ちた犬は打たぬという説にしても、その成因はふたつある。ひとつは、打つ力がないこと。もうひとつは、類比の錯誤である。前者はしばらく問題外として、後者の錯誤にも二種ある。ひとつは、失脚した政客を水へ落ちた犬と同様に見なす錯誤、もうひとつは、失脚した政客にも善玉と悪玉があるのを見分けられずに一律に見、そのためかえって悪をはびこらす錯誤である。そのことを今日の状態でいうと、政局の不安定のために、起きたかと思うと倒れ、倒れたかと思うとまた起き、まるで車の廻るように交代がはげしい。そして悪人は、権力のうしろ盾があるときには横暴のかぎりをつくすが、一旦失脚すると、たちまち人に憐れみを乞う。そうすると、その咬むところを実地に見るか、あるいは自分がじかに咬まれたことのある実直な人が、それを「水に落ちた犬」と同一視して、打つことをやめる。いや、打たぬばかりか、憐れみさえかけようとする。正義はついに勝った、いまこそ俠気を示してやろう、というわけだ。あに図らんや、相手はほんとに水に落ちたのではなくて、巣はとっくに設けてあるし、食料も十分蓄えてあるのだ。しかも、租界(8)のなかにだ。まれに負傷したように見えることがあっても、実際はそうではなく、びっこの風をよそおって人々の同情を引き、そのすきに悠々と雲隠れしようという寸法なのだ。いつかまた勢力を盛り返したときには、やっぱり前と同様、実直な人に咬みつくことを手はじめに、ありとあらゆる悪事をはたらくが、その原因は何かといえば、まさに実直な人が「水へ落ちた犬を打」たなかったことに一部はもとづくのだ。それゆえ、いささか苛酷な言い方をすれば、自分で墓穴を掘っただけのこと、天を怨み人をとがめるのは、まったくの見当ちがいである。

六 今はまだ「フェア」万能ではないこと

 仁人たちは問うかもしれない。では結局、われわれには「フェアプレイ」は一切無用なのか、と。私はただちに答えよう。もちろん必要だ。だが時期が早すぎる、と。これすなわち「言い出しっぺ」論法である。仁人たちはこの論法を採用したがらないかもしれないが、私のほうが筋が通っている。というのは、国産型紳士あるいは西洋型紳士たちは、中国には中国の事情があるから、外国の平等や、自由や、等々のものは中国には適用できぬと、口ぐせのように言っているではないか。この「フェアプレイ」もそのひとつだと私は思う。そうでないとすると、相手がきみに「フェア」でないのに、きみが相手に「フェア」にふるまう結果、自分だけがバカを見てしまって、これでは「フェア」をのぞんで「フェア」に失敗しただけでなく、かりに不「フェア」をのぞんだとしても不「フェア」に失敗したことになる。それゆえ「フェア」をのぞむならば、まず相手をよく見て、もし「フェア」を受ける資格のないものであれば、思い切って遠慮せぬほうがよろしい。相手も「フェア」になってから、はじめて「フェア」を問題にしてもおそくはない。
 これはすこぶる二重道徳を主張するきらいはあるが、やむを得ない。そうでもしなければ、中国には多少ともましな道がなくなってしまうからだ。中国には、今でもまだたくさんの二重道徳がある。主人と奴隷にしても、男と女にしても、道徳がみなちがっていて、統一されていない。もし「水に落ちた犬」と「水に落ちた人」だけを一視同仁にあつかったとしたら、それはあまりに偏した、あまりに早い処置であること、あたかも紳士たちのいわゆる、自由平等は悪いわけではないが、中国では早すぎるというのと同様である。それゆえ、「フェアプレイ」の精神をあまねく施行したいと思う人は、少なくとも前に述べた「水に落ちた犬」が人間の気を帯びるまで待つべきだと私は考える。むろん、今でも絶対におこなってはならない、というのではない。要するに、前に述べたように、相手を見きわめる必要があるのだ。のみならず、区別をつける必要があるのだ。「フェア」は相手次第で施す。どうして水に落ちたにしろ、相手が人ならば助けるし、犬ならば放っておくし、悪い犬ならば打つ。一言にしていえば「党同伐異(9)」あるのみだ。
 心はどこまでも「婆理(ポーリーPó lǐ)」、口はどこまでも「公理(コンリーGōnglǐ)(10)」の紳士諸君の卓論はここでは問題外として、誠実な人がよく口にする公理についてみても、それは今日の中国で、けっして善人を助けることにならず、かえって悪人を保護する結果になる。なぜなら、悪人が志を得て、善人を虐待するときは、たとい公理を叫ぶ人があろうとも、かれは絶対に耳に入れない。叫びはただ叫びだけにおわって、善人は依然として苦しめられる。ところが、なにかの拍子に善人が頭をもたげた場合には、悪人は本来なら水に落ちなければならぬのだが、そのとき、誠実な公理論者は「報復するな」とか「仁恕」とか「悪をもって悪に抗する勿れ」とか……をわめき出す。すると、この時ばかりは単なる叫びでなくて、実際の効果があらわれる。善人は、なるほどそうだと思い、そのため悪人は救われる。だが救われた後は、してやったりと思うだけで、悔悟などするものでない。のみならず、兔のように三つも穴を準備してあるし、人に取り入ることも得意だから、間もなく勢力を盛り返して、前と同様に悪事をはじめる。そのときになって公理論者はもちろん再び大声疾呼するであろうが、今度は耳も貸すものでない。
 もっとも「悪を疾むこと太だ厳」にして「之を操ること急に過ぐ」るのこそ、漢の清流と明の東林(11)とが失敗した原因だといって、批評家はよく非難を浴びせるが、そのくせ、相手のほうが「善を疾むこと仇のごと」くであったことは忘れているのだ。もしこれからも光明と暗黒とが徹底的にたたかうことをせず、実直な人が、悪を見のがすのを寛容と思い誤って、いい加減な態度をつづけてゆくならば、今日のような混沌状態は永久につづくだろう。

七 「相手のやり方を相手に適用する」ということ

 中国人は、あるものは漢方医を信じ、あるものは西洋医を信ずる。ちょっとした都市なら、今でもこの二種類の医者が看板をならべていて、すきなほうを選べる。これは、たしかによい方法だと私は考える。もしこれを拡充することができれば、きっと不平不満がへるにちがいないし、天下太平が実現するかもしれない。たとえば、民国の普通の礼法はお辞儀だが、もしそれではいけないという人がいたら、その人だけには土下座をさせる。民国の法律には笞刑はないが、もし体刑があったほうがいいという人がいたら、その人が罪を犯したときだけは特別に笞で尻をたたく。碗に箸に飯に菜、これが現代人の食事の習慣だが、もし燧人(すいじん)氏(12)以前の原始人になりたいという復古主義者がいたら、その人には生の肉を食ってもらう。さらに草でふいた家を数千軒建てて、いま大邸宅にいて堯舜を景慕している高士どもを引っぱり出して、そのなかに住まわせる。物質文明に反対する連中は、むろん、不平たらたら自動車に乗ってもらう必要はない。これこそ「仁を求めて仁を得たり、また何をか怨みん」で、そうなれば私たちの耳もすっかり洗い清められるだろう。
 だが残念なことに、多くの人はそれをしないで、ひたすら己をもって人を律したがる。そのため天下が多事になるのだ。ことに「フェアプレイ」にはその弊害が大きく、極端な場合は、むしろそれが弱点になって、逆に悪勢力にうまい汁を吸わせる結果にもなりかねない。たとえば、劉百昭が女子師範大学の学生を暴力で構内から追い出したときには、『現代評論』は屁もひらなかったが、ひとたび女子師範大学が再建されて後、今度は陳西瀅が反対派の女子大学の学生を扇動して校舎を占領させたときは、こういった。《もしかの女たちが頑張って出て行かないとしたら、どうなる?まさか諸君は、暴力でかの女たちの品物を運び出すわけにもいくまい》殴り、引きずり、そして品物を運び出したのは、劉百昭の先例があることだ。今度にかぎって「わけにもいくまい」なのはなぜか。それというのも、女子師範大学の側が多少とも「フェア」の気味があることを嗅ぎつけたからだ。しかしその「フェア」は、すでに弱点に変じて、逆に章士釗の「遺沢」を保護することに利用されているのだ。

八 結び

 以上に述べたことは、新と旧、またはその他ふたつの派閥間の争いを刺激し、悪感情を深め、もしくは対立を激化させる、などと懸念する人があるかもしれない。だが、私はあえて断言する。反改革者の改革者に対するあくどい攻撃は、これまで緩められたことはないし、そのやり方も、ますます陰険になって、ほとんど極限に達している。改革者だけがまだ夢を見ていて、いつも損をしているのだ。そのため中国は、いつになっても改革が実現できないのである。今後は、ぜひとも態度なりやり方なりを改めなくてはならない。
              一九二五年十二月二十九日

 

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F_5492474_1←青年時代の魯迅。


魯迅(油彩画)
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訳註(表題下に*印のあるものが竹内好さんの付したもの。それ以外は補註)

「フェアプレイ」はまだ早い *
 原題は「論『費厄潑頼』応該緩行」はじめ『莽原(もうげん)』第一号(一九二六年一月十日)に発表された。『墳』に収める。

(1)林語堂(リンユータン 一八九五~一九七六)もとの名は玉堂、福建竜渓の人。アメリカとドイツに留学、言語学を専攻した。のち北京大学教授、語絲派に加盟、一九二六年の大弾圧で北京を脱出、厦門大学の文科主任となり、魯迅を教授に招いた。北伐のとき武漢政府に参加、このころから英文でも著作するようになった。一九三二年『論語』ついで『人間世』『宇宙風』などの雑誌を創刊、その主張にかかる小品文とよぶ中間領域と、語録体とよぶ折衷文体とは一世を風靡した。抗戦期にアメリカに渡って国民党系の海外スポークスマンとして活躍、戦後はユネスコ芸術部長になった。のち香港に隠棲した。

(2)「にせの角」原文は「義角」で、陳源(陳西瀅)が『現代評論』第三巻第五十三号(一九二五年十二月十二日)の「閑話」で用いた。陳は『現代評論』創刊一周年に当ってその功績を自讃し、暗に反対派を諷してこう書いたーー
 「本誌の第二の功績は、一切の批評が学理と事実の上に立ち、口から出まかせの慢罵でないことだ。これは『紳士の臭み芬々(ふんぷん)』かもしれないが。われわれの考えでは、事実の真相を究明せずに口から出まかせの慢罵を吐くぐらい、三尺の童子でもやれること、なにも莫大な精力と時間をついやして雑誌を出すことはない。花は人みな愛し、魔鬼は人みなきらう。だからといって大衆に迎合するために、わざわざ花弁に絵具を塗ったり、鬼の頭ににせの角をつけるのは、われわれから見ると、あらずもがなどころか、寒気さえする」

(3)「人血をもって……」原文は「以人血染紅頂子」清朝の制度で、官帽の頂につける飾り玉(頂子)は位階によって色と材が異なり、一品官はルビーに真珠、二品官は珊瑚にルビーだった。そのため反政府運動を弾圧することで官位が昇進したものを当時の民間でこうよんだ。

(4)袁世凱(一八五八~一九一六)は河南項城の人。軍籍を歴任し、李鴻章(リーホンチャン)のあとを継いで直隷総督兼北洋大臣になった。いわゆる北洋軍閥の首領である。辛亥革命のとき革命軍と取引して、清帝を退位させる代償として臨時大総統、ついで初代大総統となった。

(5)原文は秋瑾姑娘。秋瑾(一八七五~一九〇七)は女性革命家、紹興の人、鑑湖女俠と号する。一九〇四年、家を棄てて日本に渡り、翌年帰国して革命運動にたずさわる。徐錫麟(シューシーリン)、陶成章(タオチョンチャン)らと紹興に大通体育学堂を建てて蜂起にそなえた。徐錫麟が安慶での蜂起に失敗したあと、七月十三日(旧暦六月四日)逮捕され、翌未明、軒亭口で処刑された。官用語で前者を皖案、後者を浙案とよぶが(皖は安徽省の別名、案は事件の意)じつは一連の光復会系の革命運動である。失敗はしたが一世を震撼させた功績は大きく、辛亥革命の先声である。

(6)王金発(ワンチンファー)、名は逸、浙江嵊県(じょうけん)の人、もと洪門会系統の秘密結社(これを会党という)の一首領。光復会は革命運動のため会党を組織するのに熱心であり、かれも陶成章に説得されて入会した。辛亥革命のとき、手下の武装集団をひきいて紹興に乗り込み、旧官僚が看板だけ塗りかえた軍政府を追ってみずから都督(最高長官)と称した。一九一三年の第二革命(反袁闘争)の失敗後、袁世凱の手下の朱瑞(チュールイ)によって杭州で謀殺された。
 都督。古くからある官名だが、辛亥革命のとき、最初の独立府である湖北省軍政府が長官名を都督とし、新軍協統(旅団長に当たる)黎元洪(リーユアンホン)を拉致して都督に当てたので、他の各省もこれに見習った。中華民国の最初の官制では旧制の督撫を廃して都督を政軍両面を統轄する一省の長とした。のち将軍と改名、さらに督軍と改名し、その下位に民政担当の省長を設けた。この官制が整う以前、中華民国成立までは、各地方単位で勝手に都督を名のる一時期があり、上海だけで三都督が併立したこともあった。王金発が紹興で都督を称したのもそれに準ずる。

(7)江蘇省無錫(むしゃく)をさす。陳西瀅(チェンシーイン)がそのころ自分の故郷の無錫を中国の模範県と誇った(ただしシニカルな筆致で)。楊蔭楡(ヤンインユー)については註10参照

(8)租界とは居留地の中国名。旧中国にあった外国の特殊権益のひとつで、中国政府の行政権の及ばぬ地域をさす。アヘン戦争後の南京条約にもとづいて一八四五年にイギリスが上海に設定したのが最初。日清戦争後から急激にふえ、一時は全国で共同租界二、専管租界二十五、その設定国八を数えるまでになった。その後、次第に回収されて、第二次大戦で消滅した。租界は領土割譲や租借地とはちがうが、それに準ずるもので、侵略の根拠地である。中国政府が外国人の内地雑居をきらったために発生した。そこに住む中国人は当然差別を受けるが、生命財産は保障されるので、動乱のたびに人口流入がふえた。政客も政変のときよく租界に隠れて治外法権を盾とする。北方では天津、南方では上海の租界がよく使われた。

(9)「党同伐異」はもと学問上の派閥闘争、のち一切の派閥闘争の意に転化し、否定的な評価で使われるようになった。陳源は註2に引用した文のすぐ前でこの語を否定的に用いている。中国は十八世紀のヨーロッパとおなじで、党同伐異の社会だとかれは述べる。それを逆用して魯迅は肯定的な意味におきかえた。

(10)「公理」は、いわゆる女師大事件のさい陳源らの組織した「教育界公理維持会」を諷する。動物のオスを公、メスを母とよぶ。母を俗化したものが婆(妻のことを老婆とよぶ)で、婆理はシャレ。
 国立北京女子師範大学は、はじめ初級女子師範、のち高等女子師範となり、一九二四年に大学に昇格した。同年、校長の許寿裳(シューショウシャン)が辞職して楊蔭楡(ヤンインユー)が後任になった。楊は江蘇無錫の人、日本で女高師に学んでからアメリカに留学、コロンビア大学で学位をとった。女性として最初の大学学長である。しかし思想は古く、学校を家庭にたとえて学生に服従を強い、その態度が高圧的だった。そのため学生から排斥され、一九二五年一月には罷免運動がおこった。
 北京の政界は一九二四年十月、馮玉祥(フォンユーシアン)のクーデターのあと、十一月に段祺瑞(トアンチールイ)が臨時執政となり臨時政府の司法総長に章士釗(チャンシーチャオ)が就任した。二五年四月、章は教育総長を兼任し、頻発する大学紛争を抑えるべく教育粛清(整頓学風)方針を打ち出した(整頓学風令の公布は同年八月)。楊蔭楡はこれによって勢を得た。五月七日の国恥記念日(一九一五年、日本が二十一カ条を要求して最後通牒をつきつけた日、中国政府がそれを呑んだ五月九日と併せて国恥記念日)には学生団のデモが予定されていたが、楊は学生の参加を禁止し、代わりに学内で講演会を開いた。しかし楊は、参加した学生から一斉に非難を浴びて、退場を余儀なくされた。その日の午後、楊は自派の教員を宴席に招いて対策を協議し、五月九日、主謀者と目される学生自治会委員六名(許広平と劉和珍をふくむ)を評議会名義で退学処分にした。学生自治会は、それに抗議して、評議会あてに当日の実情報告をおこなった。
 一九二五年は全国的に革命機運の昂揚した年で(五・三〇事件)、反動の拠点である北京でも新旧の対立が激化した。女師大事件はその一環である。魯迅ははじめ消極的だったが、五月二十七日、学生処分に反対する七名の教員(魯迅は時間講師)の共同声明に名を連ね、のち否応なく渦中に引き込まれた。八月に入って教育総長章士釗は、女師大を閉鎖し、別に国立女子大学を新設する案を実行に移した(六日)。これに反対する学生は、教員(魯迅をふくむ)九名、学生十二名から成る校務維持会を成立させた(七日)。北京大学の評議会は教育部からの離脱を宣言(十八日)、このとき胡適や陳源らは反対した。章士釗はこの反対派十七名を「正人君子」とよんで賞賛した。国立女子大学開設の準備のため教育部専門教育司司長劉百昭(リウパイチャオ)は、女師大の構内にたてこもる女子学生を、女の暴力団をやとって追い出した(二十二日)。追放された学生は別の場所を借りて自主講座を開いた(二十二日)。十一月十日、章士釗は教育総長を辞職し、学生側が勝利して、十一月三十日、ようやく本校舎にもどった。十二月十四日、陳源らが教育界公理維持会を組織(のち国立女子大学後援会と名を変える)した。
 この間、魯迅は章士釗によって教育部僉事(せんじ)の職を罷免され(八月十三日)、平政院(行政裁判所)に提訴(同三十一日)、翌年一月十七日勝訴して復職した。女師大校務維持会は一九二六年一月十三日解散した。
 教育部の官制。南京臨時政府から北京政府にかけて、すなわち国民政府以前の中央政府官制は、国務院と九部(教育部はその一)が主体であり、大きな変動はなかった。いま教育部だけでいうと、その組織は総務庁、普通教育司、専門教育司、社会教育司、および各種直属機関から成り、司の下位に科と処がある。職員の定員は一九二五年ころは総長一、次長一、参事四、司長三、秘書八、視学十六、僉事二十四、主事四十二、技正一、技士二、雇員若干だった。官等は特任から九等まであり、僉事は四等または五等官である。魯迅はこのころ僉事、所属は一貫して社会教育司だった。

(11)清流は後漢末に宦官政治を批判して大弾圧を受けた学者グループ、党錮(とうこ)の乱ともよばれる。東林は明末の東林党、やはり政治批判によって宦官魏忠賢(ぎちゅうけん)から数百名殺された学者グループ。

(12)火食の法を教えたという伝説上の帝王。

 

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1932年,北京の師範大学で、学生に講演する魯迅。(写真もとは文汇报)
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1932年,鲁迅在北京师范大学演讲

 

解説

 魯迅Lu Hsün(Lu Sin)は、本名を周樹人Chou Shu-jen 字を豫才Yü-tsai という。魯迅は彼の代表的ペンネームだが、ほかにもたくさんのペンネームがある。一八八一年旧暦八月三日[新暦九月二十五日]、浙江省紹興府にうまれ、一九三六年十月十九日未明、上海でなくなった。
 周作人、周建人の二人のそれぞれ四歳ちがいの弟がある。作人は、有名な文学者で、ながく北京大学教授をした。若いころは魯迅と共同の仕事をしていたが、のちに立場が分かれた。建人は生物学者である。
 魯迅のおさないころ、家が没落した。彼は官費の技術者養成の学校にはいり、そこから官費で日本へ留学した。日本には一九〇二年から一九〇九年までいた。はじめ仙台の医学専門学校にはいったが、思うところあって中途退学し、東京で文学活動をはじめた。一九一一年の民国革命のときは、郷里で教員をしていた。革命後、教育部の吏員になり、北京に移住した。一九一八年に文学生活を復活し、処女作『狂人日記』を発表した。その後、多くの小説と詩と評論を書き、多くの外国作品を訳した。代表作は『阿Q正伝』である。また、北京大学その他で文学史を教え、『中国小説史略』という本を出した。
 一九二六年、いわゆる三・一八事件がおこり、軍閥の圧迫がはげしくなったので、北京を脱出して、一時厦門(アモイ)にいたが、やがて広東に渡った。広東には一九二七年一月から九月までいた。当時の広東は、国民革命の発祥地として、自由の気がみなぎっていた。しかし、同年四月、蔣介石のクーデターを境として革命が反革命に転じ、自由が一掃された。そこで広東を脱出して上海の租界に逃れた。一九二七年十月から死ぬまで、短期の旅行のほかは、上海を離れなかった。
 魯迅には、留学時代から、名目上の妻があったが、愛情のない異性との同居を彼はこばんだ。上海定住以後は、むかし彼の学生であった許景宋(広平)が彼の妻になった。一九二九年に海嬰(かいえい)という男子がうまれた。
 魯迅には文学上の敵が多いが、とくに上海定住の前後は、いわゆるプロレタリア文学派から猛烈な攻撃を受けた。攻撃派は魯迅をプチ・ブルときめつけた。しかし魯迅からすれば、相手の公式主義の方がプチ・ブル的に見えた。そこで彼はあくまで応戦したが、その過程で彼の方もマルクス主義を学んだ。これ以後はほとんど創作がなく、彼の活動はもっぱら評論に集中された。当時の論敵の一人に郭沫若がいる。
 国民党支配の強化につれて、自由が抑圧され、左翼出版物が次々に消えていった。テロも横行した。とくに一九三一年の、柔石ら五人の青年作家をふくむ二十数名の不法投獄事件は、国民党のファッショ化をあきらかに示した。このころ魯迅はすでに、自由大同盟、左翼作家連盟など、自由防衛運動の中心に立っていた。彼自身が生命の危険を感じながら、あらゆる手段を講じて不法を攻撃することをやめなかった。
一九三一年の満州事変以後、日本の侵略が目にみえて露骨になり、それにともなって、民族主義の機運がおこった。中共は一九三五年に八・一宣言で民族統一戦線を全国民によびかけた。文学界でも、統一への動きがおこったが、このとき、統一戦線の組織問題をめぐって二つの意見が対立した。一方が文芸家協会、一方が文芸工作者である。魯迅は、少数派である後者の中心に立った。この論戦も、かつてのプロレタリア文学のときにおとらず、はげしかった。この論戦の最中に、かねての病状が悪化して、魯迅は死んだ。
 魯迅の死は、双方の陣営にショックを与えた。そしておのずから統一をもたらした。半年後に、蘆溝橋事件がおこった。
 魯迅の葬式は「民衆葬」の形でいとなまれた。すべての文学者、すべての文化人が参加し、学生、市民、労働者も参加した。「魯迅精神」は民衆全体のものになり、抗戦をはげます力になった。翌年、延安には魯迅を記念する学校と図書館が建てられた。これ以後、十月十九日には毎年、魯迅祭が行われ、年ごとにさかんになる。日本でも戦後、魯迅祭は年中行事になった。
 魯迅はおもに、日本語とドイツ語を通じて外国文化をとりいれた。日本文学には終始、深い関心をもっていた。日本人の交友も、死ぬまで絶えなかった。ことに晩年は、日本語で文章を書き、日本の刊行物に寄稿するようになった。
 魯迅の名は、国際的に知られているが、日本でも早くから、中国の代表的文学者として有名であった。今日までに、多くの翻訳と研究が出ている。そして魯迅研究は今後ますますさかんになろうとしている。

 この本の構成と内容のあらまし。
 魯迅のエッセイの中から代表的なものをえらんで、五部に分類した。それは次のような意図にもとづく。
 第一部におさめた「『墓』の後に記す」は、厦門時代に書いたものである。『墓』(原題は『墳』)という文集の後記である。これにはめずらしく、魯迅の現在的心境が、たくまずに素朴な形で出ている。そこで、全体の序という意味で、これを巻頭においた。
 第二部におさめた四つの文章は、二つの事件に関係して書かれたものである。一つは、一九二六年三月十八日のいわゆる三・一八事件。馮玉祥の国民軍と日本の軍艦との間に紛争が起こり、外交問題に発展したが、当時の北京政府が日本に屈服した。この軟弱外交をいきどおって北京で市民大会がもたれた。そのとき、軍警が市民に向かって発砲し、死傷者が出た。その中に魯迅の学生も含まれていた。当時、魯迅は、『現代評論』派の有閑文学にたいして筆陣を張っていたが、事件がおこると、ただちに筆鋒を政府の暴力に向けかえた。そして書かれたのが「花なきバラ」の連作である。ここにはその最初の二篇をおさめた。
 もう一つの事件は、一九三一年におこった国民党のテロである。そのギセイ者の中に、魯迅の若い友人の柔石らが含まれていた。しかも事件の当座は、魯迅自身、生命の危険があって逃げまわっていたほどなので、何も書くことはできなかった。年をへて、やがて痛憤の書が相ついであらわれた。「忘却のための記念」と「深夜に記す」の二篇はその代表的なものである。以上、あわせて四篇、いずれも具体的な事件とかかわりがある点で、魯迅の文章の発想法を知るのに便利なので、ここにおさめた。
 第三部では、魯迅の文章のさまざまのスタイルを、時代順にならべてみた。「随感録」は雑誌『新青年』にのったもので、初期の魯迅の思想を見ることができる。「『フェアプレイ』はまだ早い」は、林語堂との第一回の論争記録である。当時、魯迅と林語堂とは、『語絲』というグループを作って、共同して旧勢力に対抗していたが、同一陣営にいながらすでに林語堂コースには魯迅は批判的であったことがこの論文には示されている。後になるほどこの二人のコースには開きが加わった。
 「どう書くか——夜記の一——」は、広東時代の作品である。当時の魯迅は、左右の陣営から引っぱりっこにされていたが、魯迅自身は、このような軽薄な革命さわぎには疑いをもっていた。この事情は、第四部におさめた二つの講演「革命時代の文学」と「魏晋の気風および文章と薬および酒の関係」をあわせてみると、いっそうよくわかる。なお、この文章には魯迅の文学観が率直に述べられている点も、異例である。
 「小雑感」と「半夏小集」とは、年代がへだたっており、中間に魯迅自身の思想的成長がはさまっているにもかかわらず、本質的に類似していることが一目で見えるように、比較に便利な文体をならべたわけである。
 「徐懋庸に答え、あわせて抗日統一戦線の問題について」は、晩年の統一戦線の問題をめぐる論争の中からうまれたものである。魯迅の文章としても、有数の力のこもった論文である。死の直前に書かれていて、この論文を書いたために死期を早めたといわれている。徐懋庸(じょぼうよう)は、魯迅を師と仰いだことのある青年文学者だが、それを相手どっての一歩もひかぬこの痛烈な批判に、彼の生活態度の真率さと、論争態度の見事さがあらわれている。
 「死」は、晩年の心境のよく出た小品である。高い完成が示されている。
 第四部には、講演の中から興味のあるものをえらんだ。いずれも、内容がわかりやすいから、第三部までの文章の注釈としても、役に立つかと思う。とくに、「革命時代の文学」と「魏晋の気風および文章と薬および酒の関係」の二つの講演の中間には、国民党のクーデターという血なまぐさい事件がはさまっていることに注意していただきたい。
 第五部には、附録として、魯迅が日本語で書いた文章の中から代表的な一篇をえらんだ。私たちにとっても記念の意味が深い文章である。

 

(以上、『魯迅評論集 竹内好編訳』(岩波文庫)からの転載紹介終わり)

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参考:
実直な人が、悪を見のがすのを寛容と思い誤って、いい加減な態度をつづけてゆくならば、今日のような混沌状態は永久につづくだろう
http://thomas-aquinas.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-a64d.html

 

以下魯迅の原文。

論「費厄潑賴」應該緩行
維基文庫,自由的圖書館
http://zh.wikisource.org/wiki/論「費厄潑賴」應該緩行

論「費厄潑賴」應該緩行
作者:魯迅
1926年1月10日

本作品收錄於:《莽原》和《墳》

一 解題

《語絲》五七期上語堂先生曾經講起“費厄潑賴”(fair play),以為此種精神在中國最不易得,我們只好努力鼓勵;又謂不“打落水狗”,即足以補充“費厄潑賴”的意義。我不懂英文,因此也不明這字的函義究竟怎樣,如果不“打落水狗”也即這種精神之一體,則我卻很想有所議論。但題目上不直書“打落水狗”者,乃為回避觸目起見,即並不一定要在頭上強裝“義角”之意。總而言之,不過說是“落水狗”未始不可打,或者簡直應該打而已。

二 論“落水狗”有三種,大都在可打之列

今之論者,常將“打死老虎”與“打落水狗”相提並論,以為都近於卑怯。我以為“打死老虎”者,裝怯作勇,頗含滑稽,雖然不免有卑怯之嫌,卻怯得令人可愛。至於“打落水狗”,則並不如此簡單,當看狗之怎樣,以及如何落水而定。考落水原因,大概可有三種:(1)狗自己失足落水者,(2)別人打落者,(3)親自打落者。倘遇前二種,便即附和去打,自然過於無聊,或者竟近於卑怯;但若與狗奮戰,親手打其落水,則雖用竹竿又在水中從而痛打之,似乎也非已甚,不得與前二者同論。

聽說剛勇的拳師,決不再打那已經倒地的敵手,這實足使我們奉為楷模。但我以為尚須附加一事,即敵手也須是剛勇的鬥士,一敗之後,或自愧自悔而不再來, 或尚須堂皇地來相報復,那當然都無不可。而於狗,卻不能引此為例,與對等的敵手齊觀,因為無論它怎樣狂嗥,其實並不解什麼“道義”;況且狗是能浮水的,一定仍要爬到岸上,倘不注意,它先就聳身一搖,將水點灑得人們一身一臉,於是夾著尾巴逃走了。但後來性情還是如此。老實人將它的落水認作受洗,以為必已懺悔,不再出而咬人,實在是大錯而特錯的事。

總之,倘是咬人之狗,我覺得都在可打之列,無論它在岸上或在水中。

三 論叭兒狗尤非打落水裡,又從而打之不可

叭兒狗一名哈吧狗,南方卻稱為西洋狗了,但是,聽說倒是中國的特產,在萬國賽狗會裡常常得到金獎牌,《大不列顛百科全書》的狗照相上,就很有幾匹是咱們中國的叭兒狗。這也是一種國光。但是,狗和貓不是仇敵麼?它卻雖然是狗,又很像貓,折中,公允,調和,平正之狀可掬,悠悠然擺出別個無不偏激,惟獨自己得了“中庸之道”似的臉來。因此也就為闊人,太監,太太,小姐們所鍾愛,種子綿綿不絕。它的事業,只是以伶俐的皮毛獲得貴人豢養,或者中外的娘兒們上街的時候,脖子上拴了細鏈於跟在腳後跟。

這些就應該先行打它落水,又從而打之;如果它自墜入水,其實也不妨又從而打之,但若是自己過於要好,自然不打亦可,然而也不必為之歎息。叭兒狗如可寬 容,別的狗也大可不必打了,因為它們雖然非常勢利,但究竟還有些像狼,帶著野性,不至於如此騎牆。

以上是順便說及的話,似乎和本題沒有大關係。

四 論不“打落水狗”是誤人子弟的

總之,落水狗的是否該打,第一是在看它爬上岸了之後的態度。

狗性總不大會改變的,假使一萬年之後,或者也許要和現在不同,但我現在要說的是現在。如果以為落水之後,十分可憐,則害人的動物,可憐者正多,便是霍亂病菌,雖然生殖得快,那性格卻何等地老實。然而醫生是決不肯放過它的。

現在的官僚和土紳士或洋紳士,只要不合自意的,便說是赤化,是共產;民國元年以前稍不同,先是說康黨,後是說革黨,甚至於到官裡去告密,一面固然在保全自己的尊榮,但也未始沒有那時所謂“以人血染紅頂子”之意。可是革命終於起來了,一群臭架子的紳士們,便立刻皇皇然若喪家之狗,將小辮子盤在頭頂上。革命黨也一派新氣,——紳士們先前所深惡痛絕的新氣,“文明”得可以;說是“咸與維新”了,我們是不打落水狗的,聽憑它們爬上來罷。於是它們爬上來了, 伏到民國二年下半年,二次革命的時候,就突出來幫著袁世凱咬死了許多革命人,中國又一天一天沉入黑暗裡,一直到現在,遺老不必說,連遺少也還是那麼多。這就因為先烈的好心,對於鬼蜮的慈悲,使它們繁殖起來,而此後的明白青年,為反抗黑暗計,也就要花費更多更多的氣力和生命。

秋瑾女士,就是死於告密的,革命後暫時稱為“女俠”,現在是不大聽見有人提起了。革命一起,她的故鄉就到了一個都督,——等於現在之所謂督軍,——也是她的同志:王金髮。他捉住了殺害她的謀主,調集了告密的案卷,要為她報仇。然而終於將那謀主釋放了,據說是因為已經成了民國,大家不應該再修舊怨罷。但等到二次革命失敗後,王金髮卻被袁世凱的走狗槍決了,與有力的是他所釋放的殺過秋瑾的謀主。

這人現在也已“壽終正寢”了,但在那裡繼續跋扈出沒著的也還是這一流人,所以秋瑾的故鄉也還是那樣的故鄉,年復一年,絲毫沒有長進。從這一點看起來,生長在可為中國模範的名城裡的楊蔭榆女士和陳西瀅先生,真是洪福齊天。

五 論塌台人物不當與“落水狗”相提並論

“犯而不校”是恕道,“以眼還眼以牙還牙”是直道。中國最多的卻是枉道:不打落水狗,反被狗咬了。但是,這其實是老實人自己討苦吃。

俗語說:“忠厚是無用的別名”,也許太刻薄一點罷,但仔細想來,卻也覺得並非唆人作惡之談,乃是歸納了許多苦楚的經歷之後的警句。譬如不打落水狗說,其成因大概有二:一是無力打;二是比例錯。前者且勿論;後者的大錯就又有二:一是誤將塌台人物和落水狗齊觀,二是不辨塌台人物又有好有壞,於是視同一律,結果反成為縱惡。即以現在而論,因為政局的不安定,真是此起彼伏如轉輪,壞人靠著冰山,恣行無忌,一旦失足,忽而乞憐,而曾經親見,或親受其噬齧的老實人,乃忽以“落水狗”視之,不但不打,甚至於還有哀矜之意,自以為公理已伸,俠義這時正在我這裡。殊不知它何嘗真是落水,巢窟是早已造好的了,食料是早經儲足的了,並且都在租界裡。雖然有時似乎受傷,其實並不,至多不過是假裝跛腳,聊以引起人們的惻隱之心,可以從容避匿罷了。他日複來,仍舊先咬老實人開手,“投石下井”,無所不為,尋起原因來,一部分就正因為老實人不“打落水狗”之故。所以,要是說得苛刻一點,也就是自家掘坑自家埋,怨天尤人,全是錯誤的。

六 論現在還不能一味“費厄”

仁人們或者要問:那麼,我們竟不要“費厄潑賴”麼?我可以立刻回答:當然是要的,然而尚早。這就是“請君入甕”法。雖然仁人們未必肯用,但我還可以言之成理。土紳士或洋紳士們不是常常說,中國自有特別國情,外國的平等自由等等,不能適用麼?我以為這“費厄潑賴”也是其一。否則,他對你不“費厄”,你卻對他去“費厄”,結果總是自己吃虧,不但要“費厄”而不可得,並且連要不“費厄”而亦不可得。所以要“費厄”,最好是首先看清對手,倘是些不配承受“費厄”的,大可以老實不客氣;待到它也“費厄”了,然後再與它講“費厄”不遲。

這似乎很有主張二重道德之嫌,但是也出於不得已,因為倘不如此,中國將不能有較好的路。中國現在有許多二重道德,主與奴,男與女,都有不同的道德,還沒有劃一。要是對“落水狗”和“落水人”獨獨一視同仁,實在未免太偏,太早,正如紳士們之所謂自由平等並非不好,在中國卻微嫌太早一樣。所以倘有人要普遍施行“費厄潑賴”精神,我以為至少須俟所謂“落水狗”者帶有人氣之後。但現在自然也非絕不可行,就是,有如上文所說:要看清對手。而且還要有等差,即“費厄”必視對手之如何而施,無論其怎樣落水,為人也則幫之,為狗也則不管之,為壞狗也則打之。一言以蔽之:“黨同伐異”而已矣。滿心“婆理”而滿口“公理”的紳士們的名言暫且置之不論不議之列,即使真心人所大叫的公理,在現今的中國,也還不能救助好人,甚至於反而保護壞人。因為當壞人得志,虐待好人的時候,即使有人大叫公理,他決不聽從,叫喊僅止於叫喊,好人仍然受苦。然而偶有一時,好人或稍稍蹶起,則壞人本該落水了,可是,真心的公理論者又“勿報復”呀,“仁恕”呀,“勿以惡抗惡”呀……的大嚷起來。這一次卻發生實效,並非空嚷了:好人正以為然,而壞人於是得救。但他得救之後,無非以為占了便宜,何嘗改悔;並且因為是早已營就三窟,又善於鑽謀的,所以不多時,也就依然聲勢赫奕,作惡又如先前一樣。這時候,公理論者自然又要大叫,但這回他卻不聽你了。

但是,“疾惡太嚴”,“操之過急”,漢的清流和明的東林,卻正以這一點傾敗,論者也常常這樣責備他們。殊不知那一面,何嘗不“疾善如仇”呢?人們卻不說一句話。假使此後光明和黑暗還不能作徹底的戰鬥,老實人誤將縱惡當作寬容,一味姑息下去,則現在似的混沌狀態,是可以無窮無盡的。

七 論“即以其人之道還治其人之身”

中國人或信中醫或信西醫,現在較大的城市中往往並有兩種醫,使他們各得其所。我以為這確是極好的事。倘能推而廣之,怨聲一定還要少得多,或者天下竟可以臻於郅治。例如民國的通禮是鞠躬,但若有人以為不對的,就獨使他磕頭。民國的法律是沒有笞刑的,倘有人以為肉刑好,則這人犯罪時就特別打屁股。碗筷中菜,是為今人而設的,有願為燧人氏以前之民者,就請他吃生肉;再造幾千間茅屋,將在大宅子裡仰慕堯舜的高士都拉出來,給住在那裡面;反對物質文明的,自然更應該不使他銜冤坐汽車。這樣一辦,真所謂“求仁得仁又何怨”,我們的耳根也就可以清淨許多罷。

但可惜大家總不肯這樣辦,偏要以己律人,所以天下就多事。“費厄潑賴”尤其有流弊,甚至於可以變成弱點,反給惡勢力佔便宜。例如劉百昭毆曳女師大學生,《現代評論》上連屁也不放,一到女師大恢復,陳西瀅鼓動女大學生佔據校舍時,卻道“要是她們不肯走便怎樣呢?你們總不好意思用強力把她們的東西搬走了罷?”毆而且拉,而且搬,是有劉百昭的先例的,何以這一回獨獨“不好意思”?這就因為給他嗅到了女師大這一面有些“費厄”氣味之故。但這“費厄”卻又變成弱點,反而給人利用了來替章士釗的“遺澤”保鑣。

八 結末

或者要疑我上文所言,會激起新舊,或什麼兩派之爭,使惡感更深,或相持更烈罷。但我敢斷言,反改革者對於改革者的毒害,向來就並未放鬆過,手段的厲害也已經無以復加了。只有改革者卻還在睡夢裡,總是吃虧,因而中國也總是沒有改革,自此以後,是應該改換些態度和方法的。

一九二五年十二月二十九日。

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2014年8月22日 (金)

悪評定着「総括原価方式」に代わり、今度は「差額決済契約」で東電など電力業界救済だと(国民に付回しする白アリ官僚)

 ロイター発以外に記事が出ていないというのはどういうことだ。記事中、

“会合後、経産省の担当者は記者団に対し、市場価格と基準価格の差額のコスト回収の手段として「電気料金でも税金でも可能」と説明した。”

だと。ふざけるな、まず東電を倒産させるのが筋だろ。

付(け)回し:
自分のツケを他の人に支払わせるようにすること。(精選版日本語大辞典2006)
付け一 ① を他人へ回すこと。(三省堂大辞林)

 

原発は割高
野次馬 (2014年8月22日 13:57)
http://my.shadowcity.jp/2014/08/post-5480.html

↑↓ネットゲリラさんがなかなか秀逸なコメントで(リンク先お勧め)

原発の電気「価格保証」に経産省意欲、利用者転嫁強い批判も
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0GL1G120140821
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 8月21日、経産省は、市場価格が原発による電気のコストを下回る場合は差額を利用者に負担させる制度の導入に意欲を示した。写真は柏崎刈羽原発。2012年11月撮影(2014年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

[東京 21日 ロイター] - 経済産業省は、21日開いた総合資源エネルギー調査会(経済産業相の諮問機関)の原子力小委員会(委員長:安井至・独立行政法人製品評価技術基盤機構理事長)で、市場価格が原発による電気のコストを下回る場合は差額を利用者に負担させる、という英国で採用予定の新制度を紹介し、導入に意欲を示した。   

この日の会合では、電力自由化による競争環境下における原子力事業のあり方を議論、経産省は英国で導入予定の「差額決済契約」と呼ばれる仕組みを紹介した資料を提出した。

この制度は、廃炉費用や使用済み燃料の処分費用も含めた原子力のコストを回収するための「規準価格」を設定、市場価格がそれを下回る場合は差額を需要家から回収する、という内容。逆に、市場価格が基準価格を上回る場合は、原子力事業者が差額を支払う仕組みだ。

電力自由化については、事業に必要なコストを料金に転嫁する「総括原価方式」と地域独占が廃止されるため、原発への投資回収性が予見できなくなると電力業界が政策的な支援を求めている。経産省は同会合に、英エネルギー・気候変動省の担当者を招待し制度の仕組みを説明させており、電力業界の要請を受けて、同制度導入に前向きな姿勢をうかがわせた。

会合後、経産省の担当者は記者団に対し、市場価格と基準価格の差額のコスト回収の手段として「電気料金でも税金でも可能」と説明した。今後は専門家による作業部会を立ち上げ、議論を委ねるという。

<原発の電気は安いのか高いのか>

ただ、推進側が「安い」と主張してきた原発の電気は実際は高く、維持存続のために利用者にコストを転嫁する制度には強い批判が予想され、日本が英の取り組みにならうかどうかは不透明だ。

総合資源エネルギー調査会での議論をもとに、政府が4月に閣議決定した「エネルギー基本計画」では、原子力発電について「運転コストが低廉」とメリットを説いている。

しかし、経産省が今回、市場競争下では原発のコストを回収できなくなる懸念を示したことは、「原発は低廉」との主張は、対象コストを狭く捉えないと成立しないことを露呈したといえそうだ

原子力小委のメンバーの吉岡斉・九州大学教授は、英の差額決済方式について委員会へ意見書(会合は欠席)を提出した。吉岡教授は、同方式を日本が採用することについて、再生可能エネルギーと同等の優遇策を原発への従来の優遇策に加えるものだとして、「まったく正当性を持たない」と批判している。

(浜田健太郎 編集:北松克朗)

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※原発関連で3冊:

知事抹殺 つくられた福島県汚職事件 佐藤 栄佐久 (著)

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2014年8月17日 (日)

(ビデオニュース・コム)戦没者追悼式演説に見る安倍首相の歴史認識 米連邦地裁がジュゴン訴訟再提訴を受理と辺野古基地建設

戦没者追悼式演説に見る安倍首相の歴史認識
videonewscom
http://youtu.be/E03nySiMqUA

2014/08/16 に公開

概要:
http://www.videonews.com/
ニュース・コメンタリ―(2014年8月16日)
戦没者追悼式演説に見る安倍首相の歴史認識
 8月15日の全国戦没者追悼式の首相の式辞の中に、歴代の首相式辞が必ず触れていた戦争に対する日本の加害責任や謝罪の言葉が含まれていなかったことが、一部のメディアで大きく取り上げられるなどして、注目を集めている。
 確かに、これまで歴代政権は戦没者追悼式の式辞の中で、「先の大戦では、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に多大な損害と苦痛を与えました。深く反省するとともに、犠牲になられた方々とそのご遺族に対し、謹んで哀悼の意を表します」などと、不戦の誓いやアジア諸国への加害責任とそれに対する反省の言葉を述べることが慣習になっていた。今回、安倍首相があえてそれを式辞から外したことは安倍氏自身、あるいは安倍政権の過去の戦争に対する認識が強く反映されたものとして注目に値する。
 しかし、今回の式辞にはそれとは別にもう一つ、安倍首相の歴史認識を色濃く反映する興味深い文言が含まれていた。それが以下のくだりだ。
 「戦没者の皆様の、貴い犠牲の上に、いま、私たちが享受する平和と、繁栄があります。」
 安倍首相がそう語ったのに対し、その後壇上に上った天皇陛下は「終戦以来既に69年、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられました」とする式辞を読み上げている。
 相前後した2つのスピーチの中で、今日の日本の繁栄が何の上に築かれたものと認識しているかについての違いが際だつ形となった。
 実は歴代の首相の式辞では現在の日本の平和と繁栄について、多少のバリエーションはあるものの、概ね「戦争によって命を落とした方々の尊い犠牲と、戦後の国民のたゆまぬ努力の上に築かれたもの」とすることが、歴代政権によって踏襲されてきた。安倍首相自身も、第一次安倍政権の式辞では「今日の平和と繁栄は戦争によってかけがえのない命を落とした方々の尊い犠牲と、戦後の国民のたゆまぬ努力の上に築かれたもの」としていた。
 今回の式辞で安倍首相は、そこからあえて「国民のたゆまぬ努力」のくだりを削り、今日の日本の繁栄が戦争の犠牲者の上に成し遂げられたものであるという部分のみを残すことを選択していた点が際立った。
 追悼式のスピーチから見えてくる安倍首相の歴史認識の意味するところを、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

関連:
長崎市主催原爆犠牲者慰霊平和祈念式典での被爆者代表「平和への誓い」動画と忠実テキスト起こし。 

 

米連邦地裁がジュゴン訴訟再提訴を受理・辺野古の基地建設工事への影響は
videonewscom
http://youtu.be/8PeTaOIaCBE

2014/08/16 に公開

概要:
http://www.videonews.com/
ニュース・コメンタリ―(2014年8月16日)
米連邦地裁がジュゴン訴訟再提訴を受理・辺野古の基地建設工事への影響は
 米軍の普天間基地移設先として予定されている名護市辺野古の建設予定地の沿岸に生息するジュゴンを保護するため、日米の環境保護団体らが米国防総省に基地建設の中止を求めていた裁判で、サンフランシスコ連邦地裁は原告側の再提訴を受理する決定を8月15日までに下していたことが、このたび明らかになった。
 今後審理が行われる過程で、サンフランシスコ連邦地裁がジュゴンへの保護策が不十分と判断した場合、国防総省に対して十分な保護策が取られるまで事実上の工事の差し止めを命ずる可能性がある。
 実際に基地を建設するのは日本政府だが、国防総省に対して事実上の工事の差し止め命令が出た場合、辺野古の埋め立て滑走路が接岸することになるキャンプ・シュワブが使えなくなるため、実質的に工事差し止めの効果を持つ可能性があるという。
 ジュゴン訴訟は2008年1月の中間判決で、米文化財保護法(NHPA)違反を認定し、米国防総省に対し、ジュゴンへの悪影響に対応する措置を取り、これを報告するよう命じていた。今年4月に国防総省が判決で命じられた報告書を原告側に通知したが、原告側は報告書が原告側との十分な協議なく作成されたため無効であると主張し、今回の再提訴に踏み切ったという。
 早ければ半年以内に判決が出る見通しだという。
 辺野古の基地建設工事を止める可能性があるジュゴン訴訟について、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

 

保坂展人リポート 普天間移設問題は普天間移設問題に非ず
videonewscom
http://youtu.be/tPCLfCojNeY

2010/03/01 にアップロード

概要:
http://www.videonews.com/
今週のニュース・コメンタリー(2010年02月27日)

 

アメリカは本当に怒っているのか 普天間移転問題で抜け落ちている論点(伊波洋一宜野湾市長)
videonewscom
http://youtu.be/4gCvkwPoPqY

2009/12/17 にアップロード

概要:
http://www.videonews.com/
今週のニュース・コメンタリー(2009年12月12日)

 

普天間移設問題におけるアメリカの真意(神浦元彰氏)
videonewscom
http://youtu.be/DqK25oigri0

2010/04/07 にアップロード

概要:
http://www.videonews.com/
今週のニュース・コメンタリー(2010年04月03日)

 

鈴木宗男氏:なぜ普天間問題がこじれるのか
videonewscom
http://youtu.be/8H1mGOknPdc

2010/01/30 にアップロード

概要:
http://www.videonews.com/
ビデオニュース・ドットコム
第459回マル激トーク・オン・ディマンド(2010年01月30日)

 

交渉の全てを知る守屋元次官が語る普天間移設問題の深淵
videonewscom
http://youtu.be/JzikjL1Crpw

2010/04/24 にアップロード

概要:
http://www.videonews.com/
第471回マル激トーク・オン・ディマンド(2010年04月24日)

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(ビデオニュース・コム)山崎哲也氏:野球肘を防ぐには球数制限が必要 【Preview】中島大輔氏:誰がために甲子園はある

山崎哲也氏:野球肘を防ぐには球数制限が必要
videonewscom
http://youtu.be/XMx-s5kXv8g

2014/08/16 に公開

概要:
http://www.videonews.com/
インタビューズ(2014年8月16日)
野球肘を防ぐには球数制限が必要
山崎哲也氏(整形外科医・横浜南共済病院スポーツ整形外科部長)
 日本で数々の歴代記録を打ち破り鳴り物入りで今季からメジャーリーグのヤンキースに移籍した田中将大投手が、7月に右肘痛を訴えて戦列を離脱した。神がかり的な活躍ぶりで向かうところ敵無しだったマー君の、まさかの故障だった。しかも、右肘の靱帯の部分断裂という重い症状だという。
 日本で大活躍した後にメジャーリーグに渡った投手たちが、次々と故障に見舞われている。田中投手は当面手術は回避する方針のようだが、松坂大輔、和田毅、藤川球児といった名だたる投手たちは、トミージョン手術と呼ばれる肘の靱帯の再生手術を受けなければならないほど深刻な故障に見舞われている。
 今週はレンジャーズのダルビッシュ有投手も右肘の違和感を訴えて8月14日に故障者リスト入りが報じられた。
 故障の原因を特定することは難しいが、彼らに共通して言えることは、いずれも高校時代から第一線で活躍し、肘を酷使してきたということだ。
 実際にピッチャーの投球過多による故障は後を絶たない。プロ野球横浜DeNAベイスターズのチームドクターも務める横浜南共済病院の山崎哲也医師は、野球のボールを全力投球すれば、一球だけでも肘の靱帯に微少な断裂が起きているのだという。その後十分な休息を取れば、微少な断裂は修復され、また元に戻る。しかし、一度に多くの投球数を投げすぎたり、十分な休息をとらないまままた次の投球を行えば、微少の断裂が徐々に拡大していき、何かの拍子に靱帯の太い部分が断裂してしまう部分断裂や、靱帯そのものが完全に切断されてしまう完全断裂にいたる危険性が高くなるのだという。
 肘の故障を防ぐためには投球数を抑え、投球の間に十分な休養を取ることが不可欠という山崎医師に、ピッチャーの投球動作がどういうメカニズムで故障につながるのか。いわゆる「野球肘」と呼ばれる故障とその引き金になる投球過多の問題、その治療方法や少年野球におけるピッチャーの故障に関する留意点などについて、ジャーナリストの神保哲生が聞いた。

山崎 哲也 やまざき てつや
(整形外科医・横浜南共済病院スポーツ整形外科部長)
1961 年新潟県生まれ。1987年滋賀医科大学医学部医学科卒業。横須賀共済病院整形外科医長、横浜市立港湾病院整形外科副医長、横浜南共済病院整形外科医長などを経て2002年より現職。横浜DeNAベイスターズチームドクター、関東学院大学ラグビー部チームドクターなどを兼務。

 

【Preview】中島大輔氏:誰がために甲子園はある
videonewscom
http://youtu.be/OqIXrqOoH6Q

2014/08/16 に公開

概要:
http://www.videonews.com/
マル激トーク・オン・ディマンド 第696回(2014年08月16日)
誰がために甲子園はある
ゲスト:中島大輔氏(スポーツライター)
 未曾有の記録を相次いで打ち破りアメリカ・メジャーリーグに渡った、日本球界の至宝とも言うべきニューヨーク・ヤンキースの田中将大投手が、先月、肘の靱帯の部分断裂で戦列を離脱した。今週はテキサス・レンジャーズのダルビッシュ有投手までが肘痛で故障者リスト入りをするなど、日本の期待を一手に背負ってメジャー入りした投手の故障が相次いでいる。ここ何年かの間だけでも、松坂大輔、和田毅、藤川球児といった日本を代表する大投手たちがメジャーリーグ入りしてほどなく、肘の故障で「トミージョン手術」と呼ばれる靱帯の移植手術を受けている。
 なぜこうまで日本を代表する投手たちがメジャーリーグに渡ったとたんに、次々と大きな肘の怪我に見舞われるのか。その真相は誰にもわからないが、一つだけ、彼らに一様に共通することがある。それはいずれの投手も高校時代から尋常ではないほど肘を酷使し続けてきたということだ。アメリカのスポーツメディア界では今や、日本の投手たちは誰もが肘を酷使してきているので、大枚を叩いてスカウトするには値しないのではないかといった議論が、真剣に交わされている。
 現在、高校球児の祭典、夏の甲子園が真っ盛りだ。NHKが1回戦から全試合を生中継し、ニュースでも大きく取り上げられるので、否が応でも世の中の関心は高い。夏の甲子園はもはや日本の夏の風物詩と言ってもいいだろう。
 しかし、こうした華やかな大会の陰で、特に大会の過密日程からくるピッチャーへの過重な負担が一部で懸念されている。「一部で」、というのには理由がある。もはや甲子園があまりにも巨大なイベントとなっているため、スポーツジャーナリズムの世界でもそのあり方を大っぴらに批判することが難しくなっているからだと、今週のゲストでフリーのスポーツライターの中島大輔氏は指摘する。…
 確かに、球数制限や登板の間隔は個人差があるため、一律の基準を設けることにはディメリットもあろう。しかし、明らかに投球過多によって故障する選手が続出している以上、これが喫緊の問題として真剣に議論されていない現状には違和感を超えて、不信感を禁じ得ない。
 個人差があるから規制をしないというのは、たくさん球数を投げでも大丈夫な選手がいるのだから、それで怪我をしてしまう選手には、故障を甘受してもらいましょうと言っているに等しい。高野連側がよく言い訳に使う「全ての選手がプロ野球を目指しているわけではない」という主張も、それではプロに行かない選手の肉体は損傷しても構わないと言っているに等しいではないか。高校生はどんなに腕が痛くても、自分から「もう投げられません」とは決して言わないと、多くの指導者たちが証言する。高校生は放っておけば、体を壊すまで、いや壊してでも、まだ投げ続けてしまうものなのだ。それを止めるのが、大人の仕事ではないのか。高校生の熱い純粋な思いを逆手にとって、大人がビジネスをしてどうする。とりあえずそろばん勘定は横におき、ここはメディアがしっかりと問題を指摘し、高野連を始めとする大人たちが、しっかりとした判断を下さなければならない場面ではないか。
 こうなると甲子園を「夏の風物詩」と楽しんでばかりもいられない。過密日程の甲子園大会と、相次ぐ日本人ピッチャーの故障の問題、甲子園という一大イベントとメディアの問題など、いったい誰のための野球か、誰のための甲子園なのかを、ゲストの中島大輔氏と共に、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

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2014年8月14日 (木)

(ビデオニュース・コム)【遠隔操作ウイルス事件】片山被告の情状鑑定が認められなければ控訴も辞さず

【遠隔操作ウイルス事件】片山被告の情状鑑定が認められなければ控訴も辞さず
videonewscom
http://youtu.be/Qytn-zbcY0w

2014/08/13 に公開

プレスクラブ(2014年8月7日)
遠隔操作ウイルス事件
片山被告の情状鑑定が認められなければ控訴も辞さず
 遠隔操作ウイルス事件の第15回公判が、8月7日、東京地裁で開かれ、片山祐輔被告が江ノ島の猫の首輪にウイルスを保存したSDカードを着けた経緯やその後報道機関などにメールを送りつけた経緯について詳細に語った。
 片山氏の弁護団は裁判所に対し、なぜ片山氏が今回の犯罪に至ったかを解明するための情状鑑定を求めており、前回、前々回に続いてこの日の公判でも臨床心理士が、弁護人席から片山氏の公判中の様子を観察した。
 主任弁護人の佐藤博史弁護士によると、閉廷後に弁護人、検察、裁判所による三者協議が行われ、公判に同席した臨床心理士から過去3回の公判を観察した結果や、これまで4度片山氏と面会をした際の印象などが報告された。
 佐藤弁護士は臨床心理士による情状鑑定が認められない場合は「控訴することになるだろう」との見通しを語り、弁護側証人としての臨床心理士による私的鑑定は行わない方針を明らかにした。

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2014年8月11日 (月)

(ビデオニュース・コム)朝日の検証記事で慰安婦議論は正常化するか 他Preview、天下の愚策リニア新幹線に待った!

朝日の検証記事で慰安婦議論は正常化するか
videonewscom
http://youtu.be/L8iyOiDQfNo

2014/08/10 に公開

概要:
http://www.videonews.com/
ニュース・コメンタリ―(2014年8月9日)
朝日の検証記事で慰安婦議論は正常化するか
 朝日新聞が従軍慰安婦問題に関する自社の記事を検証する特集を2014年8月5日、6日の両日に掲載したことが、話題を呼んでいる。5日付けの記事の中で、軍が韓国の女性を強制連行したと報じた自社の1991年の記事を、証拠がなかったとして撤回をしたからだ。
 朝日新聞は1991年から日本軍が強制的に韓国の女性を連行して従軍慰安婦にさせたとする当事者たちの証言を記事中に引用するなどして、従軍慰安婦問題では日本政府批判の急先鋒に立っていた。しかし、朝日新聞がインタビューを掲載した、済州島で多くの韓国女性を暴力的に強制連行したとする吉田清治氏らの証言が、事実無根の可能性が高いことは、1992-93年の段階で既に右派、左派の双方から指摘されていた。
 朝日新聞が自らの誤報を認めるのに20年以上を要したことは、朝日新聞自身にとっても、また従軍慰安婦問題をめぐる議論を本質論から脱線されたという意味においても、非常に不幸なことだった。朝日が十分な根拠もないままに軍による強制連行があったかのような記事を掲載し、それに20年以上固執したことで、従軍慰安婦問題をめぐる国内の議論が、強制連行の有無という一点に矮小化されてしまったからだ。
 朝日新聞に批判的な立場を取る勢力の間では、今回、朝日新聞が自らの非を認めたことに対して、勝ち誇るかのような論調が多くみられる。そして、その多くが朝日の記事撤回によって、日本政府や日本軍が従軍慰安婦を強制したことはなかったことが明らかになったと主張しているようだ。
 しかし、朝日新聞の記事の撤回があろうと無かろうと、従軍慰安婦問題の本質は何も変わらない。これは特に欧米諸国が問題にしていることでもあるが、従軍慰安婦問題の本質は単に連行時に政府や軍による強制があったかどうかではなく、慰安婦となった女性たちを日本軍が組織的に利用していたという事実だ。仮に女性たちを最初にリクルートしたのが民間の業者であったとしても、戦地に連れてこられた慰安婦たちを軍が管理していたことや、そこに広い意味での強制性があったことは広く裏付けられている。
 今回の朝日の遅ればせながらの訂正を受けて、従軍慰安婦問題をめぐる日本国内議論が、論壇のガラパゴス的つばぜり合いのネタから、より国際的に通用する建設的なものに脱皮していける可能性について、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

 

【Preview】橋山禮治郎氏:天下の愚策リニア新幹線に待った!
videonewscom
http://youtu.be/LCiaXXmm0Us

2014/08/09 に公開

概要:
http://www.videonews.com/
マル激トーク・オン・ディマンド 第695回(2014年08月09日)
天下の愚策リニア新幹線に待った!
ゲスト:橋山禮治郎氏(千葉商科大学大学院客員教授)
 皆さんはこの秋にも総工費が9兆円を超えるリニア新幹線の建設工事が始まることをご存じだろうか。ではその中身についてはどうか?
 JR東海は現在、2027年の完成を目指して東京・名古屋間を40分で結ぶことになるリニア中央新幹線の建設計画を進めている。建設費用は5兆4300億円。最終的には2045年に東京・大阪間を67分で結び、トータルの建設費用は9兆300億円にも達する前代未聞の超巨大事業だ。
 超伝導が発する磁力で浮いたまま疾走する夢の乗り物、リニアモーターカーの最高時速は500キロ。現在新幹線で約1時間40分かかる東京・名古屋間を40分で、新幹線で約2時間30分かかる東京・大阪間は67分で結ばれるという。確かに「時速500キロの世界最速」や「名古屋は東京の通勤圏に」などは喧伝されているが、プロジェクトの中身やその問題点は必ずしも十分に周知されてきたとは言えなそうだ。
 公共政策や大規模事業に詳しい千葉商科大学客員教授の橋山禮治郎氏は、今回のリニア中央新幹線計画は民間企業が実施するプロジェクトという位置づけのため、外野はとやかく言うなといわんばかりの進め方できているが、鉄道というものの公共性ゆえに、もし事業が失敗すれば、多くの市民が多大な影響を受けることは避けられないと指摘する。また、原発と同様、リニアプロジェクトには元々国が深く関与してきたことから、事業が失敗に終わった場合、政府がこれを何もせずに放置するということは考えにくい。多かれ少なかれ、国民にツケが回ってくる可能性のある超大型事業が、国民不在のまま進んでいることに橋山氏は強い違和感を覚えると言う。…
 確かに10兆円の大型事業によって、ゼネコンを始めとする経済界は多いに潤うのかもしれない。しかし、そのような土建国家モデルのまま、この先も日本は進むつもりなのだろうか。1980年に大平内閣の下で田園都市国家構想の構築に関わった橋山氏は、一度大型事業が計画されたら最後、それが止まらない日本の体質に、政治の責任を指摘する。官僚が一度計画された公共事業を止められないのと同様に、生存のために大型事業を必要としている重厚長大産業が支える経済界も、一度走り出したら止まらない性格を持つ。しかし、それを止めるのが最後にそのツケを払うことになる国民の監視の目であり、それを行動に移すことができる政治のリーダーシップではないかと言うのだ。
 このプロジェクトは着工に必須となる環境影響評価が今、大詰めを迎えていて、既に環境相や国土交通相による意見書がJR東海側には伝達されている。このままいけば、今秋にも工事着工の予定だというが、今ならまだ間に合う。事業内容の合理性を今あらためて再検証し、国民的な議論に付した上で結論を出すべきではないだろうか。
 ゲストの橋山禮治郎氏とともに、天下の大愚策になりかねないリニア新幹線の事業内容を今、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が再検証した上で、時速500キロで移動が可能になることの意味をあらためて考えた。

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※原発関連で3冊:

知事抹殺 つくられた福島県汚職事件 佐藤 栄佐久 (著)

原子炉時限爆弾 広瀬 隆 (著)

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ 小出 裕章 (著)

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(ビデオニュース・コム)もはやネット社会にプライバシーは存在しないのか 他Previewが2本

もはやネット社会にプライバシーは存在しないのか
videonewscom
http://youtu.be/vSnfTtiH-qc

2014/08/10 に公開

概要:
http://www.videonews.com/
ニュース・コメンタリ―(2014年8月9日)
もはやネット社会にプライバシーは存在しないのか
 検索サイトで自分の名前を検索すると、既に自分では忘れていた過去のブログの記事や自分に関する新聞記事のリンクなどが続々と表示される。かと思えば、自分の名前を検索エンジンに入力しようとすると、サジェスト機能で自分の名前の後に自動的に「変態」だの「整形」だのといった全く身に覚えがない単語が表示されたりする。こんな経験のある人は多いのではないか。自分に関する情報が自分の意思に反して流通する状況は何とかならないものかと思われる方もいるだろうが、どうやら今のところそれはどうすることもできないようだ。
 京都に住むある男性が、「ヤフー」で自分の名前を検索すると、自身が過去に有罪判決を受けた犯罪に関する記事を掲載したサイトが検索結果に表示されることは名誉毀損にあたるとして、ヤフーに対して表示の中止と慰謝料の支払いを求めていた裁判で、京都地裁は7日、男性の請求を棄却した。
 判決では検索結果でヤフーは男性の名前が載っているサイトの存在や所在、記載内容の一部を自動的に示しているだけであり、ヤフーが自ら逮捕事実を示しているわけではないと指摘、男性が有罪判決を受けた盗撮事件は「逮捕から一年半程度しか経過しておらず、公共の利害に関する事実」と結論づけた。
 記事へのリンクが表示されることで男性が受ける不利益と、それが削除されることで検索サイトのユーザーが受ける不利益を比較衡量した結果、男性の不利益が明らかに上回るとは言えないという判断だ。
 今年の1月には、やはり検索サイト「グーグル」のサジェスト機能によって、自分の名前を入力した際に犯罪に関連した単語が表示されることを不服として、グーグルに対してサジェスト機能の中の特定の用語の削除を求めていた裁判の控訴審で東京高裁は、男性の訴えを棄却する判決を下している。
 この件は最高裁に上告中なので最終判断は下っていないが、裁判所は同じく男性が数年前から犯罪行為に関与したとする中傷記事の掲載や、サジェスト機能に犯行を連想させる単語が表示されることで男性が受ける不利益が、それを削除することでグーグルや検索サービス利用者が受ける不利益を上回るとはいえないとの判断を下している。・・・・
 しかし、たとえネット上とは言え、プライバシーの侵害にもやや行きすぎた例が出てきているという。孫が庭のプールで遊ぶ写真をパソコンに保存していた男性が児童ポルノ法違反の疑いで起訴されてしまったり、自宅のwifiを使わせた知り合いのパソコンに児童ポルノ写真が保存されていたために、wifiの持ち主の自宅が家宅捜査を受けるような事例まで起きているというのだ。
 われわれの先人たちが長い年月をかけて築き、また重んじてきた「プライバーシー」や「通信の秘密」といった市民的な価値が、インターネットの登場と、その中で支配的な地位を得た一握りの私企業によって根底から変えられようとしている事態をわれわれはどう受け止めるべきか。
 ネット時代のプライバシーのあり方や忘れられる権利について、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

 

【Preview】早川英男氏:アベノミクスが露わにした日本経済の病理
videonewscom
http://youtu.be/uQg4JpBl7Ko

2014/08/02 に公開

概要:
http://www.videonews.com/
マル激トーク・オン・ディマンド 第693回(2014年07月26日)
アベノミクスが露わにした日本経済の病理
ゲスト:早川英男氏(元日本銀行理事・富士通総研エグゼクティブフェロー)
 政府は7月25日、消費者物価が前年の同じ月と比べて3.3%上昇していると発表した。ただし、物価の上昇自体は13カ月連続しているが、電気代などエネルギー価格の上昇率が若干低下してきたため、4月以降の消費税増税の影響を差し引くと純粋な伸び率は鈍ってきているという。安倍政権は2年間で物価上昇率2%というインフレターゲットを設定してこの1年半余り、アベノミクスと呼ばれる経済政策を実施してきたが、その効果はどれほどのものだったのだろうか。
 そもそもアベノミクスは、デフレ脱却を目指してまず第一の矢として実施された「異次元金融緩和政策」によって市場に資金を大量に供給し、2%のインフレ目標を定めることで市場をはじめ国民の期待感を刺激する一方、第二の矢の財政出動で公共投資を大幅に増やして景気を下支えしながら、第三の矢の成長戦略によって、日本経済を成長路線にいわば体質改善することを目指すという触れ込みだった。
 2012年に安倍政権が発足した時点で、日本の景気はすでに回復局面に差し掛かっており、たまたまアベノミクスがそのタイミングと重なった可能性は否定できないが、元日本銀行の理事で、金融政策に詳しいゲストの早川英男氏は、物価の下落が止まり、デフレから脱却しつつあるというのは間違いないと分析する。ただし、現在の物価上昇は、原材料価格の高騰や、商品・サービスの価格上昇、そして消費税増税など、明らかにコストプッシュ型の物価上昇であって、景気回復の結果、賃金が上がって物価が上昇するという自立的な経済成長とは異なると指摘する。
 たしかに物価の上昇に関しては異次元金融緩和が一定の効果をあげているようだ。しかし、リフレ派が主張するような、物価が上昇すれば全てがバラ色になるということは無いと早川氏は釘を刺す。しかも異次元金融緩和を一体どこまで続けるのか、物価が2%上昇したらやめるのか、果たしてやめられるのかという問題も大きいという。日銀の大量購入によって日本の国債は現在辛うじて低金利を維持できているが、日銀が金融緩和をやめたとたんに、国債の金利が上昇し、借金まみれの日本の財政を直撃することになると早川氏は分析する。
 では、どうすれば日本経済を健全な成長軌道に乗せることができるのか。アベノミクスが第3の矢と位置づける成長戦略が当然ながらその鍵になるが、早川氏はそもそも潜在成長率がかなり低下している日本経済を成長軌道に乗せるのは並大抵のことではないと警鐘を鳴らす。潜在成長率とは、文字通り経済成長の余地、余力のことだが、現在の日本のGDPが2008年のリーマンショック前と同じ規模であるにもかかわらず、失業率は改善されている。これは働ける人がフルに働いた状態で、ようやく失業率が高かった当時のGDPに並んでいるということであり、労働人口の減少を加味してもなお労働生産性がほとんど改善されておらず、潜在成長率が著しく低下していると推計できるという。…
 このまま見せかけの景気回復に踊らされ、財政赤字は膨大に積み上がったまま、物価の上昇率が2%に到達し、金融緩和政策をやめる局面に直面した場合、本当の意味でのインフレが発生してしまいかねないと早川氏はいう。確かに国債価格が下落したからといって日本経済が即死するわけではないが、財政事情の悪化はより深刻化し、必要な改革が行われないまま日本全体がズルズルと「静かなる危機」に突入していくというシナリオは十分に考えられるというのだ。
 アベノミクスで日本経済はどう変わったのか。そしてこの先、どうなっていくのか。金融政策や成長戦略を参照しながら、アベノミクスによって明らかになってきた日本経済の今後についてゲストの早川英男氏とともに、経済学者の小幡績と社会学者の宮台真司が議論した。

 

【Preview】井野博満氏:川内原発再稼働の前に知っておくべきこと
videonewscom
http://youtu.be/D1nk5FIrofg

2014/07/26 に公開

概要:
http://www.videonews.com/
マル激トーク・オン・ディマンド 第693回(2014年07月26日)
川内原発再稼働の前に知っておくべきこと
ゲスト:井野博満氏(東京大学名誉教授)
 九州電力川内原発の再稼働に向けた動きが加速している。
 原子力規制委員会は川内原発1号機、2号機の審査を終えて、7月16日に事実上の審査のパスを認める「審査書案」を公表した。8月15日までパブリックコメントを募った上で正式に審査書が確定し、地元の同意が得られれば再稼動が可能になるという流れだ。
 電力各社は電力需給の逼迫と燃料費の高騰などを理由に原発の再稼働を目論んでいるが、審査書案の公表を受けて会見した原子力規制委員会の田中俊一委員長は、「原発再稼働の判断についてはコミットしない」と述べている。規制委はあくまで規制基準を満たしているかどうかを科学的な見地から判断するだけで、再稼働の判断は政府が行うものという立場だか、一方で安倍首相は規制委の決定を尊重して再稼働を行うとしており、再稼働の責任をお互いになすりつけているかのような印象は拭えない。
 しかし、われわれにとっては何をおいてもまず、今回の規制委による審査で、原発の安全性は十分に確保されたかどうかを十二分に検証する必要がある。5人の委員からなる原子力規制委員会は当初から委員の中立性に疑問が呈されていたが、今年の9月にはさらに元原子力学会会長の田中知氏が委員に就くことが決まるなど、原子力関係業界との接点が指摘される。また、委員の下で実際の審査業務に携わる原子力規制庁の職員も、福島第一原発事故の元凶の一つとして厳しく指弾された旧原子力安全・保安院からの横滑り組がほとんどだ。
 今回公表された審査書案は400ページ以上に及び、原発施設の設計の在り方から実際の施工上の対応、電源の安全確保対策、重大事故の想定や緊急時の要員確保まで記述されていて、一見するとあらゆる事態を想定しているかに見える。しかし、東京大学名誉教授で原子力施設に詳しいゲストの井野博満氏は 今回の審査書案では過酷事故への対策が不十分であると指摘する。 原発事故の対応で必要なことは、いかに原子炉を安全に「停める、冷やす、閉じ込める」かが鍵となるが、規制基準が想定している過酷事故のケースはいずれもひとつのトラブルが中心に考えられていて、それと並行して起きる可能性のあるトラブルが十分に考慮されていないと井野氏はいう。
 例えば冷却機能を喪失したケースでは、確かにそれをカバーするための対応は何重にも用意されているが、そのどれもが電力が問題なく供給されていて、対応に要する人員は常に確保されていることが前提になっているという。地震や津波で施設が損傷を受けた上に、全電源喪失に見舞われた時、何が起きるかを思い知らされた福島の教訓はどこへ行ったのだろうか。また、電源に関しても規制基準ではさまざま定められてはいるが、これも主に単一のトラブル回避が想定されているため複合的な要因が同時発生した場合に機能するかどうか疑わしいと井野氏は言う。・・・・
 川内原発再稼働に向けた動きと今回公表された原子力規制委員会による審査書案を参照しながら、原発の規制の在り方、規制基準の問題点、原子力規制委員会や立地自治体の役割と責任などについて、ゲストの井野博満氏とともにジャーナリストの青木理と社会学者の宮台真司が議論した。

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※原発関連で3冊:

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原子炉時限爆弾 広瀬 隆 (著)

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2014年8月10日 (日)

長崎市主催原爆犠牲者慰霊平和祈念式典での被爆者代表「平和への誓い」動画と忠実テキスト起こし。

20140809 長崎平和祈念式典 被爆者代表 城臺美弥子さんの『平和への誓い』
再投稿
お散歩
https://www.dailymotion.com/video/x5lo58k

20140809 長崎平和祈念式典 被爆者代表 城臺美弥子さんの『平和への誓い』 投稿者 osanpodeonigiri

 

「憲法踏みにじる暴挙」 長崎、集団的自衛権に怒り
2014年8月9日 13時56分
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2014080990135521.html
→魚拓

↓↑SOBA:上記リンク先、東京新聞のテキスト起こしがあまりにも違う箇所が多いので、この元動画を見ながら忠実にテキスト起こしをしました(上記リンク先記事と、その記事を添削したのを末尾で採録しました)※

※たとえば、東京新聞記事で『魔のサイレンが鳴りました。』となっているのは『あのサイレンが鳴りました。』だし、『「空襲警報よ!」「今日は山までいかんば!」』は『「空襲警報よ!」「はよう山までいかんば!」』だし、『立山町の防空壕(ごう)へ行きました。』は『立山町の防空壕へ登りました。』です。違いだらけ。

 

被爆者代表「平和への誓い」全文

 一九四五年六月半ばになると、一日に何度も警戒警報や空襲警報のサイレンが鳴り始め、当時六歳だった私は、防空頭巾がそばにないと安心して眠ることができなくなっていました。

 八月九日の朝、ようやく目が覚めたころ、あのサイレンが鳴りました。

 「空襲警報よ!」「はよう山までいかんば!」緊迫した祖母の声で、立山町の防空壕へ登りました。爆心地から二・四キロ地点、金毘羅山中腹にある現在の長崎中学校校舎の真裏でした。しかし敵機は来ず、「空襲警報解除!」の声で多くの市民や子どもたちは「今のうちー」と防空壕を飛び出しました。

 そのころ、原爆搭載機B29が、長崎上空へ深く侵入していたのです。

 私も、山の防空壕からちょうど家に戻った時でした。お隣の同級生トミちゃんが「みやちゃーん、あそぼー」と外から呼びました。その瞬間キラッと光りました。その後、何が起こったのか、自分がどうなったのか、何も覚えておりません。しばらくたって、私は家の床下から助け出されました。外から私を呼んでいたトミちゃんはそのとき何もけがもしていなかったのに、お母さんになってから、突然亡くなりました。

 たった一発の爆弾で、人間が人間でなくなる、たとえその時を生き延びたとしても、突然に現れる原爆症で多くの被爆者が命を落としていきました。私自身には何もなかったのですが、被爆三世である幼い孫娘を亡くしました。わたしが被爆者でなかったら、こんなことにはならなかったのではないかと、悲しみ、苦しみました。原爆がもたらした目に見えない放射線の恐ろしさは人間の力ではどうすることもできません。今強く思うことは、この恐ろしい非人道的な核兵器を世界から一刻も早くなくすことです。

 そのためには、核兵器禁止条約の早期実現が必要です。被爆国である日本は、世界のリーダーとなって、先頭に立つ義務があります。しかし、現在の日本政府は、その役割を果たしているのでしょうか。今、進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじった暴挙です。日本が戦争ができる国になり、日本の平和を武力で守ろうと言うのですか。武器製造、武器輸出は戦争への道です。いったん戦争が始まると、戦争は戦争を呼びます。歴史が証明しているじゃありませんか。日本の未来を担う若者や子どもたちを脅かさないでください。平和の保障をしてください。被爆者の苦しみを忘れ、なかったことにしないでください。

 福島には、原発事故の放射能汚染でいまだ故郷に戻れず、仮設住宅暮らしや、よそへ避難を余儀なくされている方々が大勢おられます。小児甲状腺がんの宣告を受けておびえ苦しんでいる親子もいます。このような状況の中で、原発再稼働、原発輸出、行っていいのでしょうか。使用済み核燃料の処分法もまだ未解決です。早急に廃炉を検討してください。

 被爆者はサバイバーとして、残された時間を命がけで、語り継ごうとしています。小学一年生も保育園生さえも私たちの言葉をじっと聴いてくれます。この子どもたちを戦場へ送ったり、戦禍に巻き込ませてはならないという、思いいっぱいで語っています。

 長崎市民の皆さん、いいえ、世界中の皆さん、再び愚かな行為を繰り返さないために、被爆者の心に寄り添い、被爆の実相を語り継いでください。日本の真の平和を求めて共に歩きましょう。私も被爆者の一人として、力の続くかぎり被爆体験を伝え残していく決意を皆様にお伝えし、私の平和への誓いといたします。

 平成二十六年八月九日

 被爆者代表 城台美弥子

 

4分2秒は、城臺美彌子さんの「今、進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじった」の直後、片目をつぶり、右目で城臺さんをにらむ安倍晋三。岸信介の外孫、おじいちゃんコンプレックスの固まり、品性がなく頭がいかれていてうすら馬鹿なのが良く分かる顔。落ち着きのなさは右側の人物と比べれば一目瞭然。
(↓すべてクリックすると拡大します)
402_

403_4分3秒は、続きで 日本国憲法を踏みにじった暴挙です」の後、左目をつぶり右目は薄目の安倍晋三。


411_4分11秒は、「日本が戦争ができる国になり、」直後、目をつぶる安倍晋三。


4分15秒は、「日本が戦争ができる国になり、日本の平和を武力で守ろうと言うのですか」の直後、両目で城臺美弥子さんをにらむ安倍晋三。
415_

4分19秒、城臺さんの「武器製造、武器輸出は戦争への」で、再度目をつぶり狸寝入りするかのような安倍晋三。
419_

4分23秒、城臺さんの「一旦戦争が始まると」直後の安倍晋三。
423_

4分25秒、城臺さんの「戦争は戦争を呼びます。」直後、また両目でにらむ安倍晋三。
425_

429_ 4分29秒、城臺さんの「歴史が証明しているじゃありませんか。」直後、また目をつぶる安倍晋三。


4分33秒直後、城臺さんの「日本の未来を担う若者や、子どもたちを」直後、左目をつぶり、右目で会場の方を見る安倍晋三。
433_

4分36秒は、上記の続き「日本の未来を担う若者や、子どもたちを脅かさないで下さい。」直後に、両目をあけ迷惑そうな顔で城臺さんをにらむケツメドA(略してKMA。安倍のおちょぼ口がバッチい肛門に似ているのと、その安倍に集まるマスコミのおべんちゃら記者は糞にたかる「クソバエ」だと、辺見庸さんが略称&命名
436_

437_4分37秒は、「平和の保障をしてください。」直後、一瞬ふて腐れるような安倍晋三ケツメドA。


4分38秒、国民の目を意識したのか、TVカメラの方に目を向けるケツメドA。
438_

4分41秒は、「被爆者の苦しみを忘れ、なかったことにしないでください。」の直後、あごをあげ馬鹿にしたような表情のケツメドA。
441_

↑以上、長崎平和祈念式典中継の動画と要所のキャプチャ終わり。

 この動画については、辺見庸さんが私事片々(2014/08/10)で言及しています。

 

 以下、資料として採録。間違いだらけの元記事と、その記事中の間違い箇所が分かるように添削した記事。

「憲法踏みにじる暴挙」 長崎、集団的自衛権に怒り
2014年8月9日 13時56分
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2014080990135521.html
→魚拓

2014080999135521 「平和への誓い」を読み上げる被爆者代表の城台美弥子さん=9日、長崎市の平和公園で(梅津忠之撮影)

 長崎は九日、被爆から六十九年の原爆の日を迎え、長崎市松山町の平和公園で市主催の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が営まれた。出席した安倍晋三首相の目の前で、被爆者代表の城台(じょうだい)美弥子さん(75)が「憲法を踏みにじる暴挙」と集団的自衛権の行使容認を痛烈に批判した。田上富久(たうえとみひさ)市長も平和宣言で「平和の原点がいま揺らいでいるのではないか、という不安と懸念が急ぐ議論の中で生まれている」と指摘。政府の姿勢に対する被爆地の懸念があらわになった。

◆被爆者代表「平和への誓い」全文 

 一九四五年六月半ばになると、一日に何度も警戒警報や空襲警報のサイレンが鳴り始め、当時六歳だった私は、防空頭巾がそばにないと安心して眠ることができなくなっていました。

 八月九日朝、ようやく目が覚めたころ、魔のサイレンが鳴りました。

 「空襲警報よ!」「今日は山までいかんば!」緊迫した祖母の声で、立山町の防空壕(ごう)へ行きました。爆心地から二・四キロ地点、金毘羅山中腹にある現在の長崎中学校校舎の真裏でした。しかし敵機は来ず、「空襲警報解除!」の声で多くの市民や子どもたちは「今のうちー」と防空壕を飛び出しました。

 そのころ、原爆搭載機B29が、長崎上空へ深く侵入して来たのです。

 私も、山の防空壕からちょうど家に戻った時でした。お隣のトミちゃんが「みやちゃーん、あそぼー」と外から呼びました。その瞬間空がキラッと光りました。その後、何が起こったのか、自分がどうなったのか、何も覚えていません。しばらくたって、私は家の床下から助け出されました。外から私を呼んでいたトミちゃんはそのときけがもしていなかったのに、お母さんになってから、突然亡くなりました。

 たった一発の爆弾で、人間が人間でなくなり、たとえその時を生き延びたとしても、突然に現れる原爆症で多くの被爆者が命を落としていきました。私自身には何もなかったのですが、被爆三世である幼い孫娘を亡くしました。わたしが被爆者でなかったら、こんなことにならなかったのではないかと、悲しみ、苦しみました。原爆がもたらした目に見えない放射線の恐ろしさは人間の力ではどうすることもできません。今強く思うことは、この恐ろしい非人道的な核兵器を世界中から一刻も早くなくすことです。

 そのためには、核兵器禁止条約の早期実現が必要です。被爆国である日本は、世界のリーダーとなって、先頭に立つ義務があります。しかし、現在の日本政府は、その役割を果たしているのでしょうか。今、進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじる暴挙です。日本が戦争できるようになり、武力で守ろうと言うのですか。武器製造、武器輸出は戦争への道です。いったん戦争が始まると、戦争は戦争を呼びます。歴史が証明しているではないですか。日本の未来を担う若者や子どもたちを脅かさないでください。被爆者の苦しみを忘れ、なかったことにしないでください。

 福島には、原発事故の放射能汚染でいまだ故郷に戻れず、仮設住宅暮らしや、よそへ避難を余儀なくされている方々がおられます。小児甲状腺がんの宣告を受けておびえ苦しんでいる親子もいます。このような状況の中で、原発再稼働等を行っていいのでしょうか。使用済み核燃料の処分法もまだ未知数です。早急に廃炉を含め検討すべきです。

 被爆者はサバイバーとして、残された時間を命がけで、語り継ごうとしています。小学一年生も保育園生も私たちの言葉をじっと聴いてくれます。この子どもたちを戦場に送ったり、戦禍に巻き込ませてはならないという、思いいっぱいで語っています。

 長崎市民の皆さん、いいえ、世界中の皆さん、再び愚かな行為を繰り返さないために、被爆者の心に寄り添い、被爆の実相を語り継いでください。日本の真の平和を求めて共に歩みましょう。私も被爆者の一人として、力の続くかぎり被爆体験を伝え残していく決意を皆様にお伝えし、私の平和への誓いといたします。

 平成二十六年八月九日

 被爆者代表 城台美弥子

(東京新聞)

↑↓以下、間違い箇所を添削

「憲法踏みにじる暴挙」 長崎、集団的自衛権に怒り
2014年8月9日 13時56分
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2014080990135521.html
→魚拓

2014080999135521 「平和への誓い」を読み上げる被爆者代表の城台美弥子さん=9日、長崎市の平和公園で(梅津忠之撮影)

 長崎は九日、被爆から六十九年の原爆の日を迎え、長崎市松山町の平和公園で市主催の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が営まれた。出席した安倍晋三首相の目の前で、被爆者代表の城台(じょうだい)美弥子さん(75)が「憲法を踏みにじる暴挙」と集団的自衛権の行使容認を痛烈に批判した。田上富久(たうえとみひさ)市長も平和宣言で「平和の原点がいま揺らいでいるのではないか、という不安と懸念が急ぐ議論の中で生まれている」と指摘。政府の姿勢に対する被爆地の懸念があらわになった。

◆被爆者代表「平和への誓い」全文 

 一九四五年六月半ばになると、一日に何度も警戒警報や空襲警報のサイレンが鳴り始め、当時六歳だった私は、防空頭巾がそばにないと安心して眠ることができなくなっていました。

 八月九日(の)朝、ようやく目が覚めたころ、魔の(あの)サイレンが鳴りました。

 「空襲警報よ!」「今日は(はよう)山までいかんば!」緊迫した祖母の声で、立山町の防空壕(ごう)へ行きました(登りました)。爆心地から二・四キロ地点、金毘羅山中腹にある現在の長崎中学校校舎の真裏でした。しかし敵機は来ず、「空襲警報解除!」の声で多くの市民や子どもたちは「今のうちー」と防空壕を飛び出しました。

 そのころ、原爆搭載機B29が、長崎上空へ深く侵入して来たのです(いたのです)。

 私も、山の防空壕からちょうど家に戻った時でした。お隣の(同級生←が漏れ)トミちゃんが「みやちゃーん、あそぼー」と外から呼びました。その瞬間空が(←言っていない)キラッと光りました。その後、何が起こったのか、自分がどうなったのか、何も覚えていません(おりません)。しばらくたって、私は家の床下から助け出されました。外から私を呼んでいたトミちゃんはそのとき(なにも←が漏れ)けがもしていなかったのに、お母さんになってから、突然亡くなりました。

 たった一発の爆弾で、人間が人間でなくなり(なくなる)、たとえその時を生き延びたとしても、突然に現れる原爆症で多くの被爆者が命を落としていきました。私自身には何もなかったのですが、被爆三世である幼い孫娘を亡くしました。わたしが被爆者でなかったら、こんなことに(は←が漏れ)ならなかったのではないかと、悲しみ、苦しみました。原爆がもたらした目に見えない放射線の恐ろしさは人間の力ではどうすることもできません。今強く思うことは、この恐ろしい非人道的な核兵器を世界中から(世界から)一刻も早くなくすことです。

 そのためには、核兵器禁止条約の早期実現が必要です。被爆国である日本は、世界のリーダーとなって、先頭に立つ義務があります。しかし、現在の日本政府は、その役割を果たしているのでしょうか。今、進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじる(踏みにじった)暴挙です。日本が戦争できるようになり(戦争ができる国になり)、日本が平和を(←が抜けている)武力で守ろうと言うのですか。武器製造、武器輸出は戦争への道です。いったん戦争が始まると、戦争は戦争を呼びます。歴史が証明しているではないですか(じゃありませんか)。日本の未来を担う若者や子どもたちを脅かさないでください。平和の保障をしてください(←が漏れ)。被爆者の苦しみを忘れ、なかったことにしないでください。

 福島には、原発事故の放射能汚染でいまだ故郷に戻れず、仮設住宅暮らしや、よそへ避難を余儀なくされている方々が(大勢←が漏れ)おられます。小児甲状腺がんの宣告を受けておびえ苦しんでいる親子もいます。このような状況の中で、原発再稼働等を(原発輸出←が抜け)行っていいのでしょうか。使用済み核燃料の処分法もまだ未知数です(未解決です)。早急に廃炉を含め検討すべきです(廃炉を検討してください)。

 被爆者はサバイバーとして、残された時間を命がけで、語り継ごうとしています。小学一年生も保育園生も(保育園生さえも)私たちの言葉をじっと聴いてくれます。この子どもたちを戦場に(戦場へ)送ったり、戦禍に巻き込ませてはならないという、思いいっぱいで語っています。

 長崎市民の皆さん、いいえ、世界中の皆さん、再び愚かな行為を繰り返さないために、被爆者の心に寄り添い、被爆の実相を語り継いでください。日本の真の平和を求めて共に歩みましょう(歩きましょう)。私も被爆者の一人として、力の続くかぎり被爆体験を伝え残していく決意を皆様にお伝えし、私の平和への誓いといたします。

 平成二十六年八月九日

 被爆者代表 城台美弥子

(東京新聞)

 

 以下、平和を考える上での関連動画を一つご紹介。広島にある“巨大弾薬庫”の話題です。

記者が遭遇 爆音と火柱 知られざる“巨大弾薬庫”
お散歩
https://www.dailymotion.com/video/x5lnoiu

知られざる“巨大弾薬庫” 投稿者 osanpodeonigiri

2014/08/06 の放送

Sサーバーにアップ 

概要:被爆地として世界に知られる広島ですが、県内には、アメリカ軍の巨大な弾薬庫が存在し、朝鮮半島や中東有事の際の、弾薬供給を担っていることは、ほとんど知られていません。現地を取材したJNN記者が爆音と火柱に遭遇しました。

↑↓上記動画の記事

記者が遭遇 爆音と火柱 知られざる“巨大弾薬庫”
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2268165.html

 被爆地として世界に知られる広島ですが、県内には、アメリカ軍の巨大な弾薬庫が存在し、朝鮮半島や中東有事の際の、弾薬供給を担っていることは、ほとんど知られていません。現地を取材したJNN記者が爆音と火柱に遭遇しました。

 「なんか、あそこに、あれヤバイです」(記者)
 「あれも写してください。写してください」(香谷和子さん)

 取材中、偶然目撃した火柱。在日アメリカ軍の基地の中で上がったものです。広島市から車で1時間ほどの東広島市にある川上弾薬庫。球場50個分以上、極東一の大きさで、国内のみならず、朝鮮半島や中東で有事があった場合も、ここから弾薬が運び出されるといいます。

 弾薬庫は、太平洋戦争中、日本軍がつくったものです。山あいの敷地には、専用の鉄道線まで敷かれていました。

 「もう弾薬庫になります。そこのフェンスから向こうはね」(香谷和子さん)

 香谷和子さん。弾薬庫のすぐ横の家で暮らしています。

 「竹が見えますね。竹の向こう側にフェンスがありますからね。そのフェンスの向こう側に(かつての)家があった」(香谷和子さん)

 香谷さんの家は、もともと弾薬庫の敷地の中にありました。日本軍の指示で、半ば強制的に立ち退かされ、幼かった香谷さんは、家族とともに今の家に移ったのです。

 戦後、弾薬庫は、アメリカ軍が接収し、住民は元の家に戻ることはできませんでした。

 弾薬庫から響く不気味な音。周辺住民は、長く騒音被害に直面しています。中国四国防衛局によりますと、音は古くなった弾薬を焼却処分する弾薬処理施設から鳴り響いています。焼却する際、銃弾などが飛びはね、音が出るといいます。

 「(弾薬処理施設が)できるという説明はなかった」(住民)
 「病院に入れない人や赤ちゃんは、ひきつけを起こす」(住民)

 住民の苦情を受けて、国が騒音調査などを行い、去年末、1億2000万円をかけて、高さ15メートルの防音壁を整備。騒音のレベルは総じて下がったといいますが、住民の不安は残ったままです。

 「今まではドーンと響いていたが、今度は金属音がする。キーンと胸を刺すような音。今は低音ですけど、まだまだきつい音がしますのでね」(香谷和子さん)

 インタビュー中、JNNの記者が驚くべきものを目にしました。

 「また音がしましたね。なんか、あそこに、やばい」(記者)
 「あれも写してください。写してください」(香谷和子さん)

 弾薬庫の中で上がった火柱。慌てる記者とは対照的に、香谷さんは落ち着いていました。関係者の話によれば、火柱は、火薬の残骸を燃やす際に上がったものとみられ、珍しいことではないといいます。

 被ばく地のすぐ横に存在する在日アメリカ軍の巨大な弾薬庫。かつて生家の立ち退きを強いられた香谷さんは、騒音と事故の不安を抱えた日々を送っています。

 「豊かな土地を汚されて、安心して暮らせる一生ではないような気がします」(香谷和子さん)
(06日14:14)

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2014年8月 1日 (金)

【遠隔操作ウイルス事件】「警察による雲取山のUSB発見は不自然」と片山被告が語る 弁護人が片山被告の情状鑑定を請求

【遠隔操作ウイルス事件】「警察による雲取山のUSB発見は不自然」と片山被告が語る
videonewscom
http://youtu.be/vxaIsKxohPI

2014/07/31 に公開

概要:
http://www.videonews.com/
プレスクラブ.(2014年7月30日)
遠隔操作ウイルス事件
「警察による雲取山のUSB発見は不自然」と片山被告が語る
 他人のパソコンを遠隔操作してインターネット上に殺害予告などの脅迫文を書き込んだとして威力業務妨害などの罪に問われている片山祐輔被告の第14回公判が、7月30日、東京地裁で行われた。
 公判では前回に続いて被告への被告人質問が行われ、片山氏自身が一連の犯行後にメールを弁護士や報道機関に送りつけた経緯などを語った。
 その中で片山氏は自身が雲取山山頂に埋めたUSBメモリーについて、2013年1月の警察による捜査で見つからなかったものが5月の再捜査では簡単に見つかったとされることに触れ、別の人が発見したものを警察が改めて埋め直し、自分たちで発見したようにねつ造された可能性があるのではないかとの考えを示した。
 片山氏はUSBメモリーを埋めた2012年12月1日当時の状況について、人目に付かないようにするために非常に短時間で埋めなければならなかったことに加え土壌が凍結していたため、地面の非常に浅いところまでしか掘れなかったと語っている。また、その作業の最中に人が来たので、スコップで完全に埋め直すことができず、「足で上から土をかけただけだった」と語っている。
 警察は2013年1月1日に雲取山山頂の三角点を捜索した時にはUSBメモリーは発見できなかったが、同年5月16日に再捜査した時は5分掘っただけですぐに見つかったとしている。
 片山氏の主任弁護人の佐藤博史弁護士は裁判所に請求している片山氏の情状鑑定について、まだ正式な回答を得られていないことを説明した上で、鑑定を行わない判決となった場合、控訴も辞さないとの構えを見せた。

 

 

【遠隔操作ウイルス事件】弁護人が片山被告の情状鑑定を請求
videonewscom
http://youtu.be/HvQQRSBMDoU

2014/07/31 に公開

概要:
http://www.videonews.com/
遠隔操作ウイルス事件
弁護人が片山被告の情状鑑定を請求
プレスクラブ.(2014年7月17日)
 他人のパソコンを遠隔操作してインターネット上に殺害予告などの脅迫文を書き込んだとして威力業務妨害などの罪に問われている片山祐輔被告の第13回公判が、7月17日、東京地裁で行われ、一連の事件を起こした経緯について片山被告自身に対する被告人質問が行われた。
 片山被告の主任弁護人の佐藤博史弁護士は公判後の会見で、臨床心理士による被告の情状鑑定を裁判所に請求したことを明らかにした。また、この日の公判でも裁判所から許可を得た上で、公判中の片山被告の様子を観察するために臨床心理士が弁護人席に着いたという。
 佐藤弁護士は、「この事件はすでに本人が事実関係認めているが、なぜきちんと解明できなかったのかという捜査上の問題もさることながら、どうしてあんな犯行に及び、かつ徹底した否認をずっと貫き通したのかについて本人自身も分からない心の闇があるように私たちは思う。そのことを解明して貰いたい」と語った。

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