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2011年6月30日 (木)

6月の菅直人の「首相動静」記事を採録しておきます。もう嘘つき菅は死に体と見てます。

 6月2日の内閣不信任決議への対処法を見ていて、菅直人は総理の器ではないと再認識しました。総理の椅子にしがみつくだけで、被災地の国民を人質にとって延命をはかる外道です。「内閣不信任決議が通るなら、解散総選挙」と解散権を政権延命の脅しに使いました。国民や被災者のことなど全然考えていない証拠です。ただの馬鹿です。依然として政局から目を離せません。参考情報として毎日追加して記録していきます。日付は6月30日にしておきます。「首相動静」は朝日と時事があります。先に時事の「首相動静」を採録 しますが、採録をし忘れた時には朝日のを採録しておきます。

 なお、各動静記事末尾でリンク紹介されていた記事中や、その他Webで目に付いたものを資料として採録しておきます

※参考:オープン・ソース・インテリジェンス(OSINT)について

関連:
5月の菅直人の「首相動静」記事を採録しておきます。もうウンザリ早くやめて欲しい。

無能で傲慢、被災県知事への無礼、独裁肯定、ポピュリズムで嘘つき、ペテン師の菅、こんな馬鹿を民主党は何時迄放置するのか。

 

 一番下が1日、上が最新です。

首相動静(6月30日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110701-00000003-jij-pol

時事通信 7月1日(金)0時11分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前9時50分、公邸発。同51分、官邸着。「きょう中に税と社会保障の一体改革案をまとめるのか」に「そうなるといいね」。同52分、執務室へ。
 午前9時53分から同10時4分まで、仙谷由人、福山哲郎、滝野欣弥各官房副長官。
 午前11時、岡田克也民主党幹事長が入った。
 午前11時31分、岡田氏が出た。
 午後2時18分から同54分まで、農林水産省の筒井信隆副大臣、吉村馨農村振興局長、佐藤正典水産庁長官。
 午後2時59分から同3時24分まで、海江田万里経済産業相。
 午後4時2分から同12分まで、財務省の勝栄二郎事務次官、真砂靖主計局長。
 午後4時49分から同54分まで、与謝野馨経済財政担当相。
 午後5時22分、執務室を出て大会議室へ。同23分、政府・与党社会保障改革検討本部成案決定会合開始。
 午後5時40分、同会合終了。同41分、政府・与党社会保障改革検討本部開始。
 午後5時56分、同本部終了。同57分、同室を出て、同58分、執務室へ。同7時25分から同35分まで、寺田学民主党衆院議員。
 午後7時40分、執務室を出て、同42分、官邸発。「社会保障と税の一体改革の成案を決定した受け止めは」に「よく皆さん議論をし、決定までこぎ着けてもらった。本当にご苦労を頂いた」。同43分、公邸着。
 1日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:7月1日(金)0時30分

 

首相動静(6月29日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110630-00000001-jij-pol

時事通信 6月30日(木)0時11分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前10時2分、公邸発。同3分、官邸着。同4分、執務室へ。
 午前10時51分、防衛省の小川勝也副大臣、中江公人事務次官、折木良一統合幕僚長が入った。同11時17分、中江、折木両氏が出た。同23分、小川氏が出た。
 午前11時24分から同44分まで、植松信一内閣情報官。
 午前11時47分から同50分まで、二階尚人駐ガーナ大使。同56分、執務室を出て、同57分、官邸発。同59分、東京・永田町のザ・キャピトルホテル東急着。同ホテル内の中国料理店「星ケ岡」で枝野幸男官房長官、蓮舫首相補佐官と食事。
 午後1時1分、同所発。同3分、官邸着。同4分、執務室へ。
 午後1時27分から同58分まで、中井洽衆院予算委員長。
 午後2時から同20分まで、松本龍復興担当相、峰久幸義復興対策本部事務局長。福山哲郎官房副長官、平野達男内閣府副大臣、菅原郁郎経産省産業技術環境局長同席。
 午後2時28分から同52分まで、馬淵澄夫民主党衆院議員。
 午後2時58分から同3時18分まで、亀井静香首相補佐官。
 午後4時25分から同5時45分まで、阿久津幸彦内閣府政務官。
 午後6時40分から同7時10分まで、寺田学民主党衆院議員。同12分、執務室を出て、同13分、官邸発。同21分、東京・赤坂のすし店「赤坂 石」着。秘書官らと会食。寺田氏同席。
 午後9時7分、同所発。同16分、東京・六本木の焼き肉店「大同苑」着。国家戦略室スタッフと食事。阿久津内閣府政務官、加藤公一民主党衆院議員同席。
 午後10時9分、同所発。同16分、東京・六本木の六本木ヒルズ内のイタリア料理店「ザ キッチン サルヴァトーレ クオモ六本木」で桜井勝延福島県南相馬市長らと食事。伸子夫人同席。
 午後11時25分、同所発。同38分、公邸着。
 30日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:6月30日(木)0時29分

 

首相動静(6月28日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110629-00000002-jij-pol

時事通信 6月29日(水)0時9分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前8時45分、公邸発。同46分、官邸着。同47分、執務室へ。
 午前9時、執務室を出て、同1分、閣僚応接室へ。同2分、閣議室に移り、閣議開始。
 午前9時15分、閣議終了。閣議室を出て、同16分、執務室へ。
 午前9時17分、海江田万里経済産業相が入った。同21分、細野豪志原発担当相が加わった。同26分、福山哲郎官房副長官が加わった。同41分、細野、福山両氏が出た。同48分、海江田氏が出た。
 午後2時3分、執務室を出て、同4分、大会議室へ。同5分、東日本大震災復興対策本部の初会合開始。
 午後2時45分、同本部終了。同室を出て、同46分、執務室へ。
 午後3時10分から同20分まで、寺田学民主党衆院議員。同59分、執務室を出て、同4時、大ホールへ。同1分から同35分まで、B型肝炎訴訟原告・弁護団と面会。同36分から同45分まで、原告団らと握手。同46分、同ホールを出て、同47分、執務室へ。同48分から同53分まで、寺田民主党衆院議員。同55分、執務室を出て、同56分、官邸発。同58分、国会着。同5時、衆院第1別館講堂へ。同1分、民主党両院議員総会開会。
 午後5時56分、両院議員総会を途中退席し、同57分、国会発。同59分、官邸着。同6時、執務室へ。
 午後6時32分、執務室を出て南会議室へ。同33分から同48分まで、孫鶴圭韓国民主党代表の表敬。福山官房副長官、河相周夫官房副長官補、杉山晋輔外務省アジア大洋州局長同席。同48分、同室を出て、同49分、執務室へ。
 午後8時22分、執務室を出て、同23分、官邸発。同31分、東京・赤坂の日本料理店「球磨川」着。細野原発担当相、民主党の原発事故影響対策プロジェクトチームの座長荒井聡前国家戦略担当相らと食事。同48分、福山官房副長官が加わった。
 午後10時57分、同所発。同11時6分、公邸着。
 29日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:6月29日(水)0時29分

 

首相動静(6月27日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110628-00000001-jij-pol

時事通信 6月28日(火)0時6分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前9時32分、公邸発。同33分、官邸着。同34分、執務室へ。
 午前11時、執務室を出て、同1分、特別応接室へ。同2分から同14分まで、仲井真弘多沖縄県知事の表敬。福山哲郎官房副長官、河相周夫官房副長官補、梅本和義外務省北米局長、高見沢将林防衛省防衛政策局長同席。同15分、同室を出て執務室へ。
 午前11時57分、岡田克也民主党幹事長が入った。
 午後0時17分、岡田氏が出た。
 午後2時、江田五月法相、野田佳彦財務相、細川律夫厚生労働相、枝野幸男官房長官、玄葉光一郎国家戦略担当相、仙谷由人官房副長官が入った。
 午後2時12分、全員出た。同28分、亀井静香国民新党代表が入った。
 午後2時47分、亀井氏が出た。
 午後3時6分、蓮舫行政刷新担当相が入った。
 午後3時39分、蓮舫氏が出た。同40分から同52分まで、松本龍防災担当相。同4時3分、海江田万里経済産業相、仙谷官房副長官が入った。
 午後4時9分、仙谷氏が出た。同30分、海江田氏が出た。
 午後7時15分、細野豪志首相補佐官が入った。
 午後7時23分、細野氏が出た。
 午後7時45分、執務室を出て、同46分、官邸発。同54分、皇居着。内奏。細野氏の閣僚認証式。
 午後8時46分、皇居発。同54分、官邸着。同55分、執務室へ。
 午後9時33分、執務室を出て特別応接室へ。同34分から同42分まで、細野原発担当相らの補職辞令・辞令交付。記念撮影。同43分、同室を出て、同44分、執務室へ。 午後9時59分、執務室を出て、同10時、記者会見室へ。同10時1分から同33分まで、記者会見。同34分、同室を出て執務室へ。同39分、同室を出て、同40分、官邸発。同41分、公邸着。
 28日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:6月28日(火)0時29分

 

首相動静(6月26日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110627-00000000-jij-pol

時事通信 6月27日(月)0時4分配信
 午前10時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前中は来客なく、公邸で過ごす。
 午後も来客なく、公邸で過ごす。
 午後5時40分、枝野幸男官房長官が入った。
 午後6時2分、枝野氏が出た。
 27日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:6月27日(月)0時29分

 

首相動静(6月25日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110626-00000000-jij-pol

時事通信 6月26日(日)0時3分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前中は来客なく、公邸で過ごす。
 午後1時59分、公邸発。同2時、官邸着。同2分、執務室へ。
 午後2時17分、執務室を出て、同18分、大会議室へ。同19分から28分まで、東日本大震災復興構想会議。同29分、同室を出て、同30分、執務室へ。同31分から同37分まで、松本龍防災担当相。同54分、執務室を出て、同55分、官邸発。同56分、公邸着。
 26日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:6月26日(日)0時29分

 

首相動静(6月24日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110625-00000002-jij-pol

時事通信 6月25日(土)0時8分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前8時50分、公邸発。同51分、官邸着。同52分、執務室へ。
 午前8時59分、執務室を出て、閣僚応接室へ。同9時1分、閣議室へ移り閣議開始。
 午前9時26分、閣議終了。同27分から同30分まで、松本龍防災担当相。同31分、閣議室を出て、同32分、執務室へ。
 午前10時、執務室を出て、同1分、官邸発。同8分、皇居着。春の叙勲大綬章親授式。 午前10時48分、皇居発。同58分、官邸着。同59分、執務室へ。
 午後0時25分から同44分まで、安住淳民主党国対委員長。
 午後1時12分、執務室を出て、同13分、官邸発。同20分、皇居着。春の叙勲重光章勲章伝達式。
 午後1時49分、皇居発。同59分、官邸着。同2時、執務室へ。同1分、玄葉光一郎国家戦略担当相が入った。
 午後2時38分、玄葉氏が出た。
 午後2時57分、北沢俊美防衛相が入った。
 午後3時33分、北沢氏が出た。
 午後3時34分から同36分まで、与謝野馨経済財政担当相。
 午後5時32分、執務室を出て、同33分、小ホールへ。同34分、新成長戦略実現会議に出席し、あいさつ。同46分、小ホールを出て、同47分、執務室へ。
 午後5時48分から同6時35分まで、斎藤勁民主党国対委員長代理。
 午後7時1分から同6分まで、寺田学民主党衆院議員。同11分、執務室を出て、同12分、官邸発。「復興担当相は決まったか」に「松本龍さんに私からお願いをしました」。同13分、公邸着。「復興担当相への期待を」に「夢のある復興を実現する要の役をやってもらいたい」。
 25日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:6月25日(土)0時29分

 

首相動静(6月23日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110624-00000000-jij-pol

時事通信 6月24日(金)0時3分配信
 午前7時16分、公邸発。
 午前7時39分、羽田空港着。
 午前8時4分、全日空125便で羽田空港発。福山哲郎、滝野欣弥両官房副長官同行。
 午前10時8分、那覇空港着。与世田兼稔沖縄県副知事ら出迎え。同29分、同空港発。
 午前11時1分、沖縄県糸満市の平和祈念公園着。同公園内の国立沖縄戦没者墓苑で献花。仲井真弘多沖縄県知事ら同行。同4分、同墓苑発。同8分、同公園内の沖縄平和祈念堂着。
 午前11時47分、同祈念堂を出て式典会場へ。
 午前11時50分、同公園内で沖縄全戦没者追悼式に出席。献花、あいさつ。午後0時55分から同1時7分まで、同公園内で福山、滝野両官房副長官。同9分から同11分まで、同公園内で報道各社のインタビュー。「延長国会で何を成し遂げたいか」に「復旧・復興、原発事故の収束に向け、燃え尽きる覚悟で取り組みたい」。同12分、同公園発。同40分、那覇空港着。
 午後1時51分から同2時25分まで、同空港内のVIPルームで沖縄県の仲井真知事、上原良幸、与世田両副知事、又吉進知事公室長と昼食。福山、滝野両官房副長官同席。
 午後2時47分、全日空128便で那覇空港発。
 午後4時48分、羽田空港着。同5時1分、同空港発。
 午後5時41分、官邸着。同43分、執務室へ。
 午後5時44分から同55分まで、枝野幸男官房長官、細川律夫厚生労働相。同6時2分から同25分まで、細野豪志首相補佐官。
 午後6時59分、岡田克也民主党幹事長が入った。
 午後7時46分、国民新党の亀井静香代表、下地幹郎幹事長が加わった。
 午後8時50分、全員出た。同9時、執務室を出て、同1分、官邸発。同2分、公邸着。
 午後9時14分、仙谷由人官房副長官が入った。
 午後10時4分、仙谷氏が出た。
 24日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:6月24日(金)0時29分

 

首相動静(6月22日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110623-00000001-jij-pol

時事通信 6月23日(木)0時3分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前10時3分、公邸発。同4分、官邸着。同5分、執務室へ。
 午前10時41分、執務室を出て、同42分、官邸発。同49分、東京・霞が関の厚生労働省着。同11時から同16分まで、「らい予防法による被害者の名誉回復および追悼の日」式典に出席し、あいさつ。同18分、同所発。同30分、官邸着。同31分、執務室へ。
 午前11時32分から午後0時8分まで、平野達男内閣府副大臣。
 午後0時9分から同17分まで、海江田万里経済産業相。
 午後0時47分から同1時13分まで、細野豪志首相補佐官。同14分、岡田克也民主党幹事長が入った。
 午後1時31分、岡田氏が出た。
 午後1時35分から同45分まで、寺田学民主党衆院議員。同50分から同2時5分まで、福山哲郎官房副長官。
 午後2時35分から同51分まで、与謝野馨経済財政担当相。
 午後2時52分から同3時10分まで、植松信一内閣情報官。同17分、執務室を出て小ホールへ。同18分から同55分まで、エネルギー・環境会議。同56分、小ホールを出て、同57分、官邸発。同58分、国会着。同59分、衆院本会議場へ。同4時6分、衆院本会議開会。
 午後4時44分、衆院本会議散会。衆院本会議場を出て、同45分、国会発。同46分、官邸着。同48分、執務室へ。
 午後5時5分から同20分まで、野田佳彦財務相、財務省の勝栄二郎事務次官、真砂靖主計局長。
 午後5時29分から同6時まで、松本剛明外相、北沢俊美防衛相。
 午後6時40分から同50分まで、輿石東民主党参院議員会長。
 午後7時46分、執務室を出て、同47分、官邸発。「70日間の会期延長が決まったが、一番やりたいことは」に「やっぱり復旧・復興と自然エネルギー」。同52分、東京・平河町の都市センターホテル着。江田五月法相、荒井聡前国家戦略担当相ら菅グループの会合に出席。
 午後8時49分、同所発。同9時、東京・赤坂の日本料理店「赤坂光楽亭」着。秘書官と食事。
 午後10時24分、同所発。同29分、公邸着。
 23日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:6月23日(木)0時29分

 

首相動静(6月21日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110622-00000001-jij-pol

時事通信 6月22日(水)0時5分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前9時7分、公邸発。同8分、国会着。同10分、院内大臣室へ。同15分、閣議開始。
 午前9時30分、閣議終了。同31分、院内大臣室を出て、同32分、国会発。同34分、官邸着。同35分、執務室へ。
 午前10時12分、岡田克也民主党幹事長が入った。
 午前10時26分、岡田氏が出た。
 午前11時12分、民主党の岡田幹事長、輿石東参院議員会長が入った。同21分、枝野幸男官房長官が加わった。同34分、岡田氏が出た。同37分、枝野氏が出た。同38分、輿石氏が出た。
 午後0時18分、枝野官房長官が入った。同31分、安住淳民主党国対委員長が加わった。同39分、民主党の岡田幹事長、玄葉光一郎政調会長が加わった。
 午後2時1分、全員が出た。
 午後4時30分から同50分まで、寺田学民主党衆院議員。
 午後5時44分、阿久津幸彦内閣府政務官、加藤公一民主党衆院議員が入った。同6時13分、寺田民主党衆院議員が加わった。同54分、全員出た。同55分から同7時11分まで、斎藤勁民主党国対委員長代理。
 午後7時32分、執務室を出て、同33分、官邸発。「会期延長は何日が必要だと考えるか」に「…」。同34分、公邸着。
 午後8時54分から同9時10分まで、岡田民主党幹事長、枝野官房長官。
 22日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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「岡田氏は首相に従え」=民主・石井氏

最終更新:6月22日(水)0時29分

 

首相動静(6月20日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110621-00000000-jij-pol

時事通信 6月21日(火)0時3分配信
 午前7時44分、公邸発。同45分、官邸着。同46分、執務室へ。
 午前9時51分、執務室を出て、同52分、官邸発。同54分、国会着。同56分、参院第1委員会室。同10時1分から同3分まで、藤谷光信民主党参院議員。同10分、同室を出て、同12分、院内大臣室へ。
 午前10時21分、同室を出て、同22分、国会発。同24分、官邸着。同25分、執務室へ。
 午前10時40分、与謝野馨経済財政担当相が入った。
 午前10時46分、与謝野氏が出た。
 午前11時30分、岡田克也民主党幹事長が入った。
 午後0時8分、岡田氏が出た。
 午後0時48分、執務室を出て、同49分、官邸発。同50分、国会着。同52分、参院第1委員会室へ。同1時、参院東日本大震災復興特別委員会開会。
 午後3時10分、参院東日本大震災復興特別委を途中退席。同11分、参院第1委員会室を出て、同12分、国会発。同14分、官邸着。同15分、執務室へ。同5時から同8分まで、寺田学民主党衆院議員。
 午後5時9分、斎藤勁民主党国対委員長代理が入った。
 午後5時19分、斎藤氏が出た。
 午後5時20分、執務室を出て、同21分、大会議室へ。同22分、月例経済報告関係閣僚会議開始。同50分、同会議を途中退席し、同51分、同室を出て執務室へ。
 午後7時55分から同8時5分まで、阿久津幸彦内閣府政務官。同9分、執務室を出て、同10分、官邸発。「固定価格買い取り法案への意気込みを」に「再生可能エネルギーは大事だよね」。同11分、公邸着。
 午後8時32分、民主党の岡田幹事長、仙谷由人代表代行、玄葉光一郎政調会長、安住淳国対委員長、輿石東参院議員会長、枝野幸男官房長官が入った。
 午後10時27分、仙谷、玄葉、輿石、枝野各氏が出た。同35分、岡田、安住両氏が出た。
 21日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:6月21日(火)0時29分

 

首相動静(6月19日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110620-00000001-jij-pol

時事通信 6月20日(月)0時3分配信
 午前10時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前11時15分、公邸発。同16分、官邸着。同17分、執務室へ。
 午前11時32分、執務室を出て、特別応接室へ。同33分から午後0時4分まで、佐藤雄平福島県知事ら。福山哲郎官房副長官同席。同5分、特別応接室を出て、執務室へ。同12分、執務室を出て、同13分、官邸発。同14分、公邸着。
 午後1時30分、公邸発。同31分、官邸着。同32分、執務室へ。
 午後1時59分、執務室を出て、同2時、大会議室へ。同3分、自然エネルギーに関する「総理・国民オープン対話」開始。福山官房副長官、田坂広志内閣官房参与同席。
 午後4時1分、「総理・国民オープン対話」終了。同3分、同室を出て、同4分、執務室へ。
 午後4時6分、執務室を出て、同7分、官邸発。同8分、公邸着。
 午後9時1分、枝野幸男、仙谷由人正副官房長官、民主党の岡田克也幹事長、玄葉光一郎政調会長、安住淳国対委員長、輿石東参院議員会長が入った。
 午後10時23分、全員出た。
 20日午前0時現在、公邸。来客なし。
(了)

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最終更新:6月20日(月)0時29分

 

首相動静(6月18日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110619-00000003-jij-pol

時事通信 6月19日(日)0時10分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前10時6分、公邸発。同17分、東京・神田司町の小谷歯科医院着。治療。同27分、同所発。同37分、公邸着。
 午前10時55分、復興構想会議の五百旗頭真議長、御厨貴議長代理が公邸に入った。
 午前11時38分、全員出た。
 午後1時5分、公邸発。辻元清美首相補佐官、原田保夫内閣府政策統括官、加藤利男国土交通省都市・地域整備局長同行。
 午後1時58分から同2時5分まで、千葉県習志野市内の被災状況を視察。森田健作千葉県知事、宮本泰介習志野市長ら同行。
 午後2時35分、千葉県浦安市の浦安市文化会館着。同36分、大会議室へ。同37分から同3時28分まで、森田千葉県知事、熊谷俊人千葉市長、松崎秀樹浦安市長、宮本習志野市長から被害概要の説明。同30分、同室を出て、同31分、同所発。
 午後3時32分から同4時16分まで、浦安市内の被災状況を視察。松崎浦安市長ら同行。
 午後4時29分、浦安市立明海小学校着。同校の被災状況を視察。同32分から同36分まで、同校内で報道各社のインタビュー。「視察の感想は。内閣改造を行うのか」に「きょうは現地を見て、それでどう対応していくのか。それで頭がいっぱい」。同37分、同所発。
 午後5時51分、東京・巣鴨の知人宅着。見舞い。同6時20分、同所発。
 午後6時43分、公邸着。
 19日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:6月19日(日)0時29分

 

首相動静(6月17日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110618-00000000-jij-pol

時事通信 6月18日(土)0時4分配信
 午前6時2分、公邸に福山哲郎官房副長官が入った。同7時22分、福山氏が出た。
 午前7時55分、公邸発。同56分、国会着。同58分、院内大臣室へ。同8時5分から同23分まで、二重債務問題に関する関係閣僚会合。
 午前8時29分から同49分まで、政府・与党社会保障改革検討本部成案決定会合。同9時1分、閣議開始。
 午前9時23分、閣議終了。同24分、院内大臣室を出て、同25分、国会発。同27分、官邸着。同28分、執務室へ。
 午前10時14分、執務室を出て、同15分、官邸発。同22分、皇居着。叙勲の内奏。
 午前11時35分、皇居発。同44分、官邸着。同45分、執務室へ。
 午後0時50分、執務室を出て、同52分、官邸発。同53分、国会着。同55分、参院第1委員会室へ。同1時、参院東日本大震災復興特別委員会開会。
 午後5時7分、参院東日本大震災復興特別委散会。同8分、参院第1委員会室を出て、同9分、国会発。同12分、官邸着。同13分、執務室へ。
 午後5時59分、執務室を出て、同6時1分、大会議室へ。同3分、インドネシアのユドヨノ大統領との首脳会談開始。
 午後6時52分、同会談終了。同53分、同室を出て、同54分、南会議室へ。同55分から同7時15分まで、ユドヨノ大統領との共同記者発表。同16分、同室を出て小ホールへ。同20分、首相夫妻主催の夕食会開始。
 午後8時27分、夕食会終了。同28分、小ホールを出て、同29分から同31分まで、官邸玄関で伸子夫人とともにユドヨノ大統領を見送り。同33分、執務室へ。
 午後9時24分、執務室を出て、同25分、官邸発。同26分、公邸着。
 18日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:6月18日(土)0時29分

 

首相動静(6月16日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110616-00000027-jij-pol

時事通信 6月16日(木)8時3分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前9時31分、公邸発。同32分、官邸着。同33分、執務室へ。
 午前11時3分、執務室を出て特別応接室へ。同4分から同17分まで、会津方部商工観光団体協議会の宮森泰弘会長ら。福山哲郎官房副長官、渡部恒三民主党最高顧問同席。同18分、同室を出て執務室へ。
 午前11時19分、防衛省の下平幸二情報本部長、黒江哲郎防衛政策局次長が入った。同33分、植松信一内閣情報官が加わった。同44分、下平、黒江両氏が出た。同55分、植松氏が出た。
 午後0時3分、執務室を出て南会議室へ。同4分から同14分まで、東京電力に関する経営・財務調査委員会。同15分、同室を出て執務室へ。
 午後1時18分から同30分まで、福島瑞穂社民党党首。
 午後1時48分から同2時23分まで、岡田克也民主党幹事長。
 午後2時27分から同3時17分まで、福山官房副長官。同20分から同50分まで、加藤公一民主党衆院議員。
 午後5時2分、執務室を出て、同3分、特別応接室へ。同4分から同23分まで、クック諸島のプナ首相との首脳会談。福山官房副長官、菊田真紀子外務政務官ら同席。同24分、同室を出て、同25分、執務室へ。同26分から同46分まで、寺田学民主党衆院議員。
 午後5時55分から同6時11分まで、平野達男内閣府副大臣。
 午後6時31分から同41分まで、鹿取克章駐インドネシア大使、平松賢司外務省地球規模課題審議官。
 午後6時42分から同45分まで、田坂広志内閣官房参与。同53分から同7時55分まで、細野豪志首相補佐官、菅原郁郎経済産業省産業技術環境局長。同8時2分、執務室を出て、同3分、官邸発。同5分、公邸着。同6分から同24分まで、斎藤勁民主党国対委員長代理。
(了)

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最終更新:6月16日(木)20時58分

 

首相動静(6月15日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110616-00000000-jij-pol

時事通信 6月16日(木)0時6分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前9時4分、公邸発。同5分、官邸着。同6分、執務室へ。
 午前9時16分、執務室を出て大会議室へ。同17分から同47分まで、経済情勢に関する検討会合。同48分、同室を出て執務室へ。
 午前10時から同30分まで、寺田学民主党衆院議員。同38分から同11時33分まで、田坂広志内閣官房参与。
 午後0時52分から同1時7分まで、滝野欣弥官房副長官。
 午後2時、松本剛明外相、北沢俊美防衛相、梅本和義外務省北米局長、高見沢将林防衛省防衛政策局長が入った。
 午後2時34分、松本、梅本、高見沢各氏が出た。
 午後2時59分、北沢氏が出た。同3時、執務室を出て特別応接室へ。同1分から同14分まで、福島県川俣町の古川道郎町長、佐藤喜三郎町議会議長、同県飯舘村の菅野典雄村長、佐藤長平村議会議長。福山哲郎官房副長官同席。同15分、同室を出て執務室へ。
 午後4時29分、細野豪志首相補佐官が入った。
 午後5時1分、細野氏が出た。
 午後5時32分、海江田万里経済産業相が入った。
 午後6時8分、海江田氏が出た。同9分、執務室を出て大会議室へ。同10分、政府・与党社会保障改革検討本部成案決定会合に出席。
 午後6時41分、同会合終了。同43分、同室を出て執務室へ。
 午後6時50分から同55分まで、福山官房副長官。
 午後7時、執務室を出て、同1分、官邸発。同2分、衆院第1議員会館着。同3分から同4分まで、辻元清美首相補佐官。同5分、大会議室へ。同6分、「再生可能エネルギー促進法成立! 緊急集会」に出席し、あいさつ。同42分、同室を出て、同43分、同所発。同44分、公邸着。同45分から同55分まで、阿久津幸彦内閣府政務官。同56分、亀井静香国民新党代表が公邸に入った。
 午後9時9分、亀井氏が出た。
 16日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

最終更新:6月16日(木)0時6分

 

首相動静(6月14日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110615-00000000-jij-pol

時事通信 6月15日(水)0時4分配信
 午前5時58分、福山哲郎官房副長官が公邸に入った。同7時1分、福山氏が出た。
 午前8時6分、公邸発。同8分、国会着。同9分、院内大臣室へ。同16分、閣議開始。
 午前8時32分、閣議終了。同52分、院内大臣室を出て、同56分、参院第1委員会室へ。同9時、参院東日本大震災復興特別委員会開会。
 午前11時54分、参院東日本大震災復興特別委休憩。同55分、参院第1委員会室を出て、同57分、国会発。同59分、公邸着。午後0時8分、公邸発。同9分、官邸着。同10分、執務室へ。同11分、岡田克也民主党幹事長が入った。
 午後0時28分、岡田氏が出た。
 午後0時52分、執務室を出て、同54分、官邸発。同55分、国会着。同57分、参院第1委員会室へ。同1時、参院東日本大震災復興特別委再開。
 午後5時8分、参院東日本大震災復興特別委を途中退席し、同10分、国会発。同12分、官邸着。同13分、執務室へ。
 午後5時17分から同6時9分まで、枝野幸男官房長官、民主党の岡田幹事長、輿石東参院議員会長。
 午後6時24分、執務室を出て、同25分、大会議室へ。同26分、「新しい公共」推進会議・震災支援制度等ワーキンググループ合同会議に出席し、あいさつ。同30分、同室を出て、同31分、執務室へ。
 午後6時40分、執務室を出て特別応接室へ。同41分、筒井信隆民主党衆院議員、河野太郎自民党衆院議員、阿部知子社民党政審会長らエネルギーシフト勉強会有志議員が申し入れ。同47分、同室を出て、同48分、執務室へ。同49分から同7時まで、野田佳彦財務相、財務省の勝栄二郎事務次官、真砂靖主計局長。
 午後7時15分、執務室を出て、同17分、官邸発。同28分、東京・神田司町小谷歯科医院着。治療。同8時2分、同所発。同15分、公邸着。
 15日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:6月15日(水)0時28分

 

首相動静(6月13日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110614-00000000-jij-pol

時事通信 6月14日(火)0時8分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前9時34分、公邸発。同35分、官邸着。同36分、執務室へ。
 午前10時24分から同41分まで、植松信一内閣情報官。
 午後0時1分、執務室を出て特別応接室へ。同2分、亀井静香国民新党代表との与党党首会談開始。民主党の岡田克也幹事長、安住淳国対委員長、国民新党の下地幹郎幹事長、亀井亜紀子政調会長同席。
 午後0時33分、同会談終了。同34分、同室を出て執務室へ。
 午後0時59分、与謝野馨経済財政担当相、玄葉光一郎国家戦略担当相、仙谷由人官房副長官、藤井裕久首相補佐官が入った。
 午後1時26分、全員出た。
 午後2時51分、執務室を出て、同52分、官邸発。同54分、国会着。同55分、参院議長応接室へ。同59分、同室を出て参院本会議場へ。同3時、参院本会議開会。
 午後4時25分、参院本会議を途中退席し、同26分、国会発。同28分、官邸着。同29分、執務室へ。
 午後4時54分、鈴木寛文部科学副大臣が入った。
 午後5時20分、鈴木氏が出た。
 午後5時30分、執務室を出て小ホールへ。同31分、「国と地方の協議の場」に出席し、あいさつ。
 午後5時47分、小ホールを出て、同48分、執務室へ。
 午後5時49分から同6時7分まで、馬淵澄夫首相補佐官。
 午後6時8分から同27分まで、松本龍環境相。
 午後6時50分、執務室を出て大会議室へ。同51分、政府・与党社会保障改革検討本部成案決定会合開始。
 午後7時44分、同会合終了。同45分、大会議室を出て、同46分、執務室へ。
 午後8時6分、執務室を出て、同7分、官邸発。同8分、公邸着。
 14日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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首相動静(6月12日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110613-00000001-jij-pol

時事通信 6月13日(月)0時5分配信
 午前10時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前中は来客なく、公邸で過ごす。
 午後0時7分、岡田克也民主党幹事長が入った。
 午後1時、岡田氏が出た。同2分、公邸発。同3分、官邸着。同4分、執務室へ。
 午後1時58分、執務室を出て、同2時、大会議室へ。同1分から同3時57分まで、孫正義ソフトバンク社長、岡田武史サッカー日本代表前監督、小林武史ap bank代表理事、環境ジャーナリストの枝廣淳子氏らとの自然エネルギーに関する「総理・有識者オープン懇談会」。福山哲郎官房副長官、田坂広志内閣官房参与同席。同4時1分、同室を出て、同3分、執務室へ。
 午後4時44分、執務室を出て、同45分、官邸発。同47分、公邸着。
 13日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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首相動静(6月11日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110612-00000000-jij-pol

時事通信 6月12日(日)0時5分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前9時52分、公邸発。
 午前10時21分、羽田空港着。同39分、航空自衛隊のU4多用途支援機で同空港発。内閣府の平野達男副大臣、阿久津幸彦政務官ら同行。
 午前11時38分、岩手県花巻市の花巻空港着。同43分、自衛隊バスで同空港発。
 午後1時32分、岩手県釜石市の県合同庁舎着。野田武則釜石市長同行。
 午後1時52分、同所発。
 午後2時3分から同24分まで、同市内で被災状況を視察。同31分、釜石市の釜石魚市場着。辻元清美首相補佐官、黄川田徹民主党衆院議員同行。同46分、同所で黙とう。同49分、同所発。
 午後2時59分、同市内のボランティアセンター「シープラザ釜石」着。同3時11分、同所発。
 午後3時17分から同23分まで、同市内で仮設住宅の状況を視察。
 午後3時33分、同市の釜石高校着。同40分から同5時41分まで、野田釜石市長、岩手県大槌町の東梅政昭副町長らと意見交換。同47分から同55分まで、同校体育館の避難所を訪問。同59分、自衛隊バスで同所発。
 午後7時28分、岩手県花巻市の花巻空港着。
 午後7時30分から同8時まで、同空港内の控室で阿久津内閣府政務官。同13分、航空自衛隊のU4多用途支援機で同空港発。同9時22分、羽田空港着。同27分、同空港発。
 午後9時49分、公邸着。
 12日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:6月12日(日)0時28分

 

首相動静(6月10日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110611-00000000-jij-pol

時事通信 6月11日(土)0時6分配信
 午前5時58分、福山哲郎官房副長官が公邸に入った。同7時30分、福山氏が出た。同47分、公邸発。同49分、国会着。同51分、院内大臣室へ。同56分、拉致問題対策本部開始。
 午後8時13分、対策本部終了。同19分、閣議開始。
 午前8時37分、閣議終了。
 午前8時54分、院内大臣室を出て、同56分、参院第1委員会室へ。同9時、参院予算委員会開会。
 午前11時52分、参院予算委休憩。同53分、参院第1委員会室を出て、同54分、国会発。同58分、官邸着。同59分、執務室へ。
 午後0時57分、執務室を出て、同59分、官邸発。同1時、国会着。衆院本会議場へ。同1分、衆院本会議開会。
 午後1時52分、衆院本会議を途中退席し、同57分、参院第1委員会室へ。同2時、参院予算委員会再開。
 午後5時5分、参院予算委散会。同6分、参院第1委員会室を出て、同8分、国会発。同10分、官邸着。同11分、執務室へ。
 午後5時46分、執務室を出て、同47分、大会議室へ。同48分、政府・連合トップ会談開始。
 午後6時24分、同会談終了。同25分、同室を出て、同26分、執務室へ。同33分、同室を出て、同34分、小ホールへ。同35分、食と農林漁業の再生実現会議開始。
 午後7時38分、同会議終了。同39分、同ホールを出て、同40分、執務室へ。
 午後7時41分から同48分まで、片山善博総務相、逢坂誠二総務政務官。
 午後8時5分、執務室を出て、同6分、官邸発。「あすの視察への意気込みを」に「しっかり、被災地の皆さんの話を聞きたいと思います」。同8分、公邸着。
 11日午前0時現在、公邸。来客なし。
(了)

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最終更新:6月11日(土)0時28分

 

首相動静(6月9日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110610-00000001-jij-pol

時事通信 6月10日(金)0時4分配信
 午前7時58分、公邸発。同59分、官邸着。同8時、執務室へ。同1分、福山哲郎官房副長官が入った。
 午前9時48分、福山氏が出た。同49分、執務室を出て、同51分、官邸発。同52分、国会着。同53分、衆院第1委員室へ。同54分、衆院東日本大震災復興特別委員会に出席。
 午後0時8分、衆院東日本大震災復興特別委休憩。同9分、衆院第1委員室を出て、同11分、国会発。同12分、官邸着。同13分、執務室へ。
 午後0時51分、執務室を出て、同52分、官邸発。同54分、国会着。同55分、衆院本会議場へ。同1時2分、衆院本会議開会。
 午後1時15分、衆院本会議散会。
 午後1時16分、衆院本会議場を出て、同17分から同19分まで、衆院の委員会傍聴人出入口で小川国彦元成田市長、成田市退職女教師の会メンバー。同21分、国会発。同23分、官邸着。同24分、執務室へ。同25分から同38分まで、中野寛成拉致問題担当相、内閣府の東祥三副大臣、園田康博政務官、三谷秀史拉致問題対策本部事務局長代理。
 午後5時17分、執務室を出て、同19分、大会議室へ。同20分から同48分まで、トーゴのニャシンベ大統領との首脳会談。福山官房副長官、菊田真紀子外務政務官同席。同49分、同室を出て、同50分から51分まで、官邸玄関で同大統領を見送り。同52分、執務室へ。
 午後5時53分、平野達男内閣府副大臣、篠原孝農林水産副大臣が入った。同6時7分、平野氏が出た。同19分、篠原氏が出た。
 午後7時35分、執務室を出て、同36分、官邸発。同37分、公邸着。
 10日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:6月10日(金)0時28分

 

首相動静(6月8日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110609-00000001-jij-pol

時事通信 6月9日(木)0時9分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前9時51分、公邸発。同57分、東京・紀尾井町のホテルニューオータニ着。同ホテル内の宴会場「鶴の間」へ。全国市長会議に出席し、あいさつ。同10時32分、同所発。同40分、官邸着。同41分、執務室へ。午後0時40分から同55分まで、岡田克也民主党幹事長。
 午後2時6分、与謝野馨経済財政担当相が入った。
 午後2時13分、与謝野氏が出た。
 午後2時27分から同3時13分まで、玄葉光一郎国家戦略担当相。同14分から同32分まで、福山哲郎官房副長官。
 午後3時54分、松本龍防災担当相、平野達男内閣府副大臣、原田保夫内閣府政策統括官が入った。同4時28分、松本、原田両氏が出た。同34分、平野氏が出た。
 午後4時46分から同5時26分まで、斎藤勁民主党国対委員長代理。
 午後5時27分から同43分まで、筒井信隆農林水産副大臣。同44分から同54分まで、加藤公一民主党衆院議員。
 午後6時19分、執務室を出て大会議室へ。同20分、政府・与党社会保障改革検討本部成案決定会合開始。
 午後7時13分、同会合終了。同14分、大会議室を出て執務室へ。
 午後7時50分、執務室を出て、同52分、官邸発。同58分、東京・赤坂の中国料理店「上海大飯店」着。民主党の大西健介、宮崎岳志両衆院議員らと食事。
 午後9時29分、同所発。同38分、公邸着。
 9日午前0時現在、公邸。来客なし。
(了)

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最終更新:6月9日(木)0時28分

 

首相動静(6月7日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110608-00000001-jij-pol

時事通信 6月8日(水)0時8分配信
 午前7時55分、公邸発。同57分、国会着。同59分、院内大臣室へ。同8時、枝野幸男官房長官、玄葉光一郎国家戦略担当相、仙谷由人官房副長官、平野達男内閣府副大臣が入った。
 午前9時7分、全員出た。同16分、閣議開始。
 午前9時45分、閣議終了。同46分から同10時6分まで、海江田万里経済産業相。同23分、院内大臣室を出て、同25分、国会発。同28分、東京・永田町のフレンドビル着。東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会に出席し、あいさつ。同41分、同所発。同43分、官邸着。同44分、執務室へ。
 午前10時57分から同11時31分まで、池田元久経済産業副大臣。
 午後0時4分、執務室を出て首相会議室へ。同5分、渡辺周民主党震災ボランティア室長ら、同室メンバーが入った。
 午後1時4分、全員出た。同5分、首相会議室を出て執務室へ。
 午後1時23分から同58分まで、近藤昭一環境副大臣。
 午後2時から同20分まで、植松信一内閣情報官。
 午後4時17分から同49分まで、海江田経産相。同50分から同5時まで、千島歯舞諸島居住者連盟の小泉敏夫理事長ら。同11分から同29分まで、メキシコ連邦議会のラミレス下院議長。外務省の山花郁夫政務官、水上正史中南米局長同席。同32分、執務室を出て大会議室へ。同33分、新成長戦略実現会議開始。
 午後6時59分、同会議終了。同7時、同室を出て閣僚談話室へ。同4分、同室を出て、同6分、小ホールへ。原子力災害対策本部開始。
 午後7時38分、同本部終了。同ホールを出て、同39分、執務室へ。
 午後8時37分、執務室を出て、同38分、官邸発。「与党幹部が7月上旬の代表選に言及しているが了解済みか」に「…」。同39分、公邸着。
 8日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:6月8日(水)0時28分

 

首相動静(6月6日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110607-00000001-jij-pol

時事通信 6月7日(火)0時6分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前9時44分、公邸発。同45分、官邸着。同46分、執務室へ。
 午前9時59分、執務室を出て、同10時、特別応接室へ。同1分から同9分まで、「紀州梅の会梅娘」の池永佳織さん、保田紗希さんが表敬。真砂充敏和歌山県田辺市長、玉置公良民主党衆院議員同席。同10分、同室を出て執務室へ。同22分、仙谷由人官房副長官が入った。
 午前11時18分、仙谷氏が出た。
 午後0時56分、細野豪志、馬淵澄夫両首相補佐官、田坂広志内閣官房参与が入った。
 午後2時36分、全員出た。
 午後4時17分、執務室を出て特別応接室へ。同18分から同28分まで、渡辺敬夫福島県いわき市長。福山哲郎官房副長官、増子輝彦民主党参院議員同席。同29分、同室を出て執務室へ。
 午後4時46分、輿石東民主党参院議員会長が入った。
 午後5時8分、輿石氏が出た。
 午後5時31分、執務室を出て小ホールへ。同32分から同44分まで、日韓・韓日協力委員会韓国側会長の南悳祐元首相、日本側会長代行の麻生太郎元首相ら。同45分、同ホールを出て、同46分から同47分まで、階段で南元首相らと記念撮影。同49分、執務室へ。
 午後6時42分、玄葉光一郎国家戦略担当相、平野達男内閣府副大臣が入った。
 午後7時54分、玄葉、平野両氏が出た。
 午後7時55分、福山、滝野欣弥両官房副長官が入った。同8時1分、福山氏が出た。同37分、滝野氏が出た。
 午後9時4分、執務室を出て、同5分、官邸発。「6月中の退陣はあるか」に「…」。同6分、公邸着。
 7日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:6月7日(火)0時28分

 

首相動静(6月5日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110606-00000000-jij-pol

時事通信 6月6日(月)0時4分配信
 午前10時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前11時25分、公邸発。同27分、東京・永田町のザ・キャピトルホテル東急着。同ホテル内の日本料理店「水簾」で斎藤勁民主党国対委員長代理、山口二郎北海道大学教授と会食。
 午後0時40分、同所発。同42分、公邸着。
 午後1時2分から同36分まで、林田博国土交通省港湾局長、清宮理早大教授、福手勤東洋大教授、磯部雅彦東大教授。
 午後4時17分、枝野幸男官房長官、民主党の岡田克也幹事長、安住淳国対委員長が入った。
 午後5時52分、全員出た。
 午後7時58分、阿久津幸彦内閣府政務官、加藤公一、寺田学両民主党衆院議員が入った。
 午後10時36分、全員出た。
 6日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:6月6日(月)0時28分

 

首相動静(6月4日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110605-00000001-jij-pol

時事通信 6月5日(日)0時8分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前10時26分、津村啓介、本多平直両民主党衆院議員が入った。
 午前10時53分、津村、本多両氏が出た。同54分、野田佳彦財務相が入った。
 午前11時30分、野田氏が出た。
 午後1時、公邸発。同1分、官邸着。同2分、大会議室へ。東日本大震災復興構想会議開始。
 午後1時51分、同会議を途中退席し、執務室へ。
 午後1時56分、執務室を出て、同57分、官邸発。「笹森清内閣特別顧問が亡くなったが」に「大変残念です」。同58分、公邸着。
 午後2時10分、公邸発。同3時6分、埼玉県川越市の故笹森内閣特別顧問宅着。弔問。同14分、同所発。
 午後4時16分、公邸着。
 午後6時22分、東日本大震災復興構想会議の五百旗頭真議長、御厨貴議長代理が入った。
 午後6時42分、五百旗頭、御厨両氏が出た。同55分、石井一民主党副代表が入った。
 午後8時37分、石井氏が出た。
 5日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:6月5日(日)0時28分

 

首相動静(6月3日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110604-00000001-jij-pol

時事通信 6月4日(土)0時6分配信
 午前7時29分、公邸発。同30分、官邸着。同31分、執務室へ。同32分、福山哲郎官房副長官が入った。
 午前8時41分、福山氏が出た。
 午前8時50分、鈴木克昌総務副大臣が入った。
 午前8時55分、鈴木氏が出た。同56分から同9時1分まで、三井辨雄国土交通副大臣。同2分から同8分まで、樋高剛環境政務官。
 午前9時13分、執務室を出て、同14分、小ホールへ。同15分から同21分まで、国家公務員制度改革推進本部。同22分、小ホールを出て執務室へ。
 午前9時45分から同50分まで、東祥三内閣府副大臣。同51分、執務室を出て大会議室へ。同52分から同55分まで、知的財産戦略本部。同56分、同室を出て、同57分、閣僚談話室へ。同10時3分、閣僚応接室へ。同4分、閣議室に移り、閣議開始。同31分、閣議終了。同32分、同室を出て、同33分、執務室へ。
 午後0時6分、執務室を出て、同8分、大会議室へ。同9分から同14分まで、東日本大震災各府省連絡会議。同15分、同室を出て執務室へ。
 午後0時51分、執務室を出て、同52分、官邸発。同54分、国会着。同56分、参院第1委員会室へ。同1時1分、参院予算委員会開会。
 午後5時56分、参院予算委散会。同57分、参院第1委員会室を出て、同58分、国会発。同6時、官邸着。同2分、執務室へ。
 午後6時16分、執務室を出て特別応接室へ。同17分から同38分まで、ダニエル・イノウエ米上院議員らが表敬。福山官房副長官、河相周夫官房副長官補、梅本和義外務省北米局長同席。同39分、同室を出て執務室へ。
 午後6時41分、執務室を出て大会議室へ。同42分から同7時21分まで、政府・与党社会保障改革検討本部。同22分、同室を出て執務室へ。
 午後7時23分、海江田万里経済産業相が入った。同26分、細野豪志首相補佐官が加わった。同53分、福山官房副長官が加わった。同9時12分、海江田、福山両氏が出た。同26分、細野氏が出た。同27分、執務室を出て、同28分、官邸発。「震災復興に懸ける思いは強いか」に「それだけはね、何としても頑張ってやんないと」。同9時30分、公邸着。
 4日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:6月4日(土)0時27分

 

首相動静(6月2日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110603-00000000-jij-pol

時事通信 6月3日(金)0時6分配信
 午前7時54分、岡田克也民主党幹事長が公邸に入った。
 午前8時27分、岡田氏が出た。
 午前9時2分、公邸発。
 午前9時16分、東京・三田の三田共用会議所着。同18分から同26分まで、国連開発計画(UNDP)のヘレン・クラーク総裁、国連児童基金(ユニセフ)のアンソニー・レーク事務局長、世界銀行のムルヤニ専務理事。同29分から同37分まで、国連ミレニアム開発目標(MDGs)フォローアップ会合開会式に出席し、あいさつ。同38分から同44分まで、南アフリカのヌコアナマシャバネ外相。同45分、同所発。同59分、官邸着。同10時、執務室へ。同1分から同8分まで、北沢俊美防衛相、枝野幸男官房長官。同30分、同室を出て、同33分、特別応接室へ。同34分から同43分まで、亀井静香国民新党代表との与党党首会談。同44分、同室を出て執務室へ。同54分から同58分まで、阿久津幸彦内閣府政務官、寺田学民主党衆院議員。
 午前10時59分から同11時15分まで、海江田万里経済産業相。
 午前11時16分、鳩山由紀夫前首相、平野博文元官房長官が入った。同24分、岡田民主党幹事長が加わった。同53分、岡田氏が出た。同56分、鳩山、平野両氏が出た。同57分、執務室を出て、同58分、官邸発。正午、国会着。午後0時1分、衆院第1別館講堂へ。同3分、民主党代議士会開始。
 午後0時51分、民主党代議士会終了。同53分、講堂を出て、同57分、院内大臣室へ。
 午後1時2分、枝野官房長官が入った。同16分、岡田幹事長が加わった。同22分、枝野、岡田両氏が出た。同29分、院内大臣室を出て、同31分、衆院本会議場へ。同32分、衆院本会議開会。
 午後3時25分、衆院本会議散会。衆院本会議場を出て、同26分、国会発。同28分、官邸着。「内閣不信任決議案が否決されたが」に「よかったですね」。同29分、執務室へ。同30分から同39分まで、枝野官房長官。同41分、執務室を出て、同42分、閣僚応接室へ。同43分、閣議室に移り臨時閣議開始。
 午後3時49分、臨時閣議終了。同50分、閣議室を出て執務室へ。
 午後3時51分から同4時9分まで、阿久津内閣府政務官、加藤公一、寺田両民主党衆院議員。同15分から同28分まで、岡田民主党幹事長。同30分、執務室を出て、同32分、官邸発。同33分、国会着。同35分、民主党国対委員長室へ。同36分、民主党の安住淳国対委員長、斎藤勁国対委員長代理が入った。同46分、安住氏が出た。同54分、斎藤氏が出た。同55分、同室を出て、同56分、院内大臣室へ。同59分、安住氏が入った。
 午後5時13分、仙谷由人官房副長官が加わった。同19分、安住、仙谷両氏が出た。同20分、院内大臣室を出て、同21分、国会発。同25分、官邸着。同26分、執務室へ。
 午後5時32分、執務室を出て特別応接室へ。同33分から同52分まで、ベトナムのサン共産党書記局常務。同53分、同室を出て執務室へ。
 午後6時8分、執務室を出て大会議室へ。同9分から同7時19分まで、社会保障改革に関する集中検討会議。同20分、同室を出て執務室へ。
 午後7時26分、執務室を出て、同28分、官邸発。同30分、民主党本部着。
 午後7時31分から同8時35分まで、民主党役員会。同36分から同41分まで、民主党常任幹事会。同43分、同所発。同45分、官邸着。同46分、執務室へ。同52分から同9時まで、福山哲郎官房副長官、寺田民主党衆院議員。
 午後10時1分、執務室を出て、同3分、記者会見室へ。同4分から同37分まで、記者会見。同室を出て、同38分、執務室へ。同49分、同室を出て、同51分、官邸発。同52分、公邸着。
 3日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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首相動静(6月1日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110602-00000000-jij-pol

時事通信 6月2日(木)0時7分配信
 午前7時、公邸発。同1分、官邸着。「不信任案に同調する党内議員にどう対応するか」に「…」。同2分、執務室へ。同6分、福山哲郎官房副長官が入った。
 午前8時50分、福山氏が出た。
 午前9時、執務室を出て特別応接室へ。同1分から同6分まで、佐藤雄平福島県知事。福山官房副長官同席。同7分、同室を出て執務室へ。
 午前9時47分、執務室を出て、同49分、官邸発。同51分、国会着。同53分、参院議長応接室へ。同58分、同室を出て参院本会議場へ。同10時1分、参院本会議開会。
 午前11時48分、参院本会議を途中退席し、参院議長応接室へ。同55分、同室を出て、同56分、院内大臣室へ。同57分から午後0時12分まで、樽床伸二民主党元国対委員長、自民党の菅義偉元総務相ら両党中堅若手議員連合メンバー。福山官房副長官、芝博一首相補佐官同席。同13分、院内大臣室を出て、同14分、国会発。同16分、官邸着。同17分、執務室へ。
 午後2時52分、執務室を出て、同53分、官邸発。同55分、国会着。同57分、衆院第1委員室へ。同3時、党首討論開始。
 午後3時51分、党首討論終了。同52分、衆院第1委員室を出て、同53分、国会発。同58分、官邸着。同59分、執務室へ。
 午後4時1分から同13分まで、蓮舫行政刷新担当相、加藤秀樹行政刷新会議事務局長。同14分、片山善博総務相、逢坂誠二総務政務官が入った。
 午後4時34分、片山、逢坂両氏が出た。
 午後5時36分から同47分まで、権哲賢駐日韓国大使、杉山晋輔外務省アジア大洋州局長。
 午後5時48分から同6時19分まで、阿久津幸彦内閣府政務官。同20分、執務室を出て大会議室へ。同21分から同29分まで、行政刷新会議。同30分、同室を出て執務室へ。
 午後6時41分、執務室を出て特別応接室へ。同42分から同7時まで、中国の邵※(※=棋のヘンを王に)偉国家観光局長ら。福山官房副長官、溝畑宏観光庁長官、杉山外務省アジア大洋州局長同席。同1分、同室を出て執務室へ。
 午後7時2分から同29分まで、宮崎岳志、大西健介両民主党衆院議員ら。福山官房副長官同席。
 午後7時30分から同8時49分まで、阿久津内閣府政務官、加藤公一、寺田学両民主党衆院議員。同50分、執務室を出て、同51分、官邸発。「不信任案が提出されたが受け止めを」に「…」。同52分、公邸着。
 2日午前0時現在、公邸。来客なし。
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 以下、資料として採録。

菅“挑発人事”は小泉のサル真似だ!「脱原発解散」一直線
2011.06.28
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20110628/plt1106281618004-n1.htm

Plt1106281618004p1 官邸に入る際、中庭に差し込む陽光を見上げる菅首相。政界は真っ暗闇だが、本人だけは視界良好なのか?【拡大】

 菅直人首相が強行した内閣人事に、与野党だけでなく、閣内からも怒りの炎が立ち上がった。菅首相は第2次補正予算案と公債発行特例法案、再生エネルギー特別措置法案の成立に意欲を見せるが、野党第1党の自民党だけでなく、民主党執行部にもケンカを売るような人事で、とても政策実現につながらない。卑劣な政権延命工作。被災地を無視し、与野党対立を激化させた先にあるのは、「脱原発」を掲げた解散・総選挙なのか。

 「国会審議を考えると、野党の態度硬化は非常に厳しい状況だ。正面玄関に立って頭を下げて協力をお願いするのが筋だ」

 「ポスト菅」の有力候補である野田佳彦財務相は28日午前の記者会見で、菅首相を激しく批判した。温厚で知られる野田氏を激怒させたのは、菅首相が、自民党の浜田和幸参院議員を「一本釣り」して総務政務官に起用したため。

 国会運営を仕切る安住淳国対委員長も27日の役員会で、「ふざけないでもらいたい! 与野党協調でやろうとしているのに、こんな話が出てきたら国会の運営はできない」とブチ切れた。

 衆参ねじれの中、党執行部は苦しい国会運営を迫られている。民主、国民新両党を合わせた参院与党勢力は、事実上の過半数である121議席に12議席も足りない。法案成立には野党の協力が不可欠だ。

 ところが、菅首相は野党陣営を挑発し続けている。

 先の国会延長問題でも、菅首相の異常さは際だった。民主、自民、公明党3党の幹事長は「通常国会を50日間延長したうえで、重要法案を早急に成立させ、第3次補正予算案編成は『新首相のもとで』検討を本格化させる」と明記した確認書を交わすことで大筋合意していた。

 だが、菅首相は70日間延長で一歩も譲らず、3次補正の扱いも「新体制のもとで」と修正するよう強硬に要求。これに自公両党は態度を硬化させ、3党合意は破綻した。その余波が収まらないうちに、今度は「おきて破り」といえる自民党議員の一本釣りだ。

 自民党は28日午前の役員会で、菅政権と徹底対決していく方針を確認。谷垣禎一総裁は「(菅首相は)切羽詰まって暴走を始めた。自民党の協力は一切要らないということだ」と突き放した。

 バカにされた自民党だけでなく、野党との関係改善に動いていた民主党執行部の顔にも泥を塗る行為で、とても、被災地のために与野党が協力して政策を実現するムードではなくなったが、民主党ベテランは「これこそ、菅首相の思うつぼだろう」と言い切る。

 「記者会見で、『3法案が成立しなかった場合、9月以降も続投するのか?』と聞かれ、菅首相は否定しなかった。野党が法案に協力しなければ、それだけ菅政権は延命する。さらに与野党対立が激化して、法案審議が進まなければ、菅首相は『野党が被災地復興に協力しない』『再生エネルギー法案にも反対だ』などと一方的に対立構図をアピールして、解散・総選挙になだれ込む気では。万が一、勝てればさらに延命できる」

 夕刊フジは17日付の最終版で、菅首相が画策している「脱原発」解散について報じた。広島、長崎「原爆の日」の8月6日か9日に、菅首相が全世界に向けて「脱原発」をアピールし、小泉純一郎元首相が仕掛けた郵政総選挙のように、1点突破で解散・総選挙になだれ込むという驚愕シナリオだ。

 東北の被災地では、8月25日に岩手県知事選が告示(9月11日投開票)され、8月28日には仙台市議選も投開票される。「国会の70日延長」「自民党議員一本釣りで与野党対立激化」という菅戦略は、政権延命のための「脱原発」解散に向けて、一直線に進んでいるようにも見える。

 政治評論家の小林吉弥氏は「菅首相は政治の常識から外れたことばかりして、暴君と化しつつある。野党も被災地のためには第2次補正は通すだろうが、それ以外は無理だ。党内不満も極限に達している。暴君となって解散・総選挙を狙えば、座敷牢に入れられかねない。参院問責決議は8月下旬ではなく、2次補正後の7月に出てくるのではないか。党内一致しての退陣要求や、慣例破りの2度目の不信任案も考えられる」という。

 被災地復興のため与野党協力して政策実現にあたるべき時に、不必要な対立を煽っているのは、やはり菅首相自身であることがはっきりした。

 

居座り菅 これからのハプニング
【政治・経済】
2011年6月28日 掲載
http://gendai.net/articles/view/syakai/131207

5fa67b08b05373d6ecfdc7e3597d9645 無能政府ではとても無理
●27日も平気でウソ会見した延命だけが目的の男
 27日夜の記者会見で菅居座り首相が「一定のめど」の3条件を示した。それで大マスコミは「8月退陣強まった」とまた騒いでいる。だが、本人の口から「辞任」の言葉はなかったし、裏を返せば、特例公債法や再生エネルギー法が成立しない限り、居座るということだ。そもそも8月に退陣する気なら、あれこれ内閣改造で画策したり、自民党の参院議員を引っこ抜いて野党を怒らせる必要もない。一定のめど発言など、またウソに決まっているのだ。
 この男の本音は、むしろ23日の発言にある。訪問先の沖縄でこうホザいた。「復旧復興と原発収束に向けて、燃え尽きる覚悟で取り組んでいきたい」。翌日にもあらためて、「燃え尽きるまで全力でやりたい」と強調していたが、いつまで寝言を言えば気がすむのか。
 復旧復興や原発収束という歴史的大仕事をやるだけの政治力もアイデアもリーダーシップもないから、与野党から「早く退陣しろ」の大合唱なのだ。政治評論家の山口朝雄氏が言う。
「もともと菅首相には政治哲学もビジョンもない。原発政策ひとつ取っても、自分がトップセールスでベトナムに売り込んだと自慢していた推進派だったのに、一転、支持率アップ狙いで浜岡原発を止めて、今度は再生可能エネルギーに飛びついた。その一方で、停止中の原発の再稼働を要請してみたり、アタマがおかしいのではないかと疑ってしまうほど言動に一貫性がありません。復興への思い入れもないから復興基本法も官僚任せ。平気で自公案を丸のみして、それを悔しがるでもない。常にその場しのぎ政治です。延命できれば何でもいいのですよ」

●原発事故は永遠に収束しない
 被災地の復旧復興に「燃え尽きる覚悟」とまで言うのなら、焦点の復興大臣に大物を据えるのが普通。それが、松本防災担当相の横スベリときたから、正体見えたりだ。
「菅さんは自分より目立つ人や、力のある人にはポストを与えたがらない。だから、地味な松本さんに白羽の矢が立ったのは、当然といえば当然の結果です」(官邸関係者)
 こんなことじゃ、復興庁を創設したところで機能するはずがない。退陣表明した総理に対し、霞が関はサボタージュを決め込んでいる。そこへお飾りの軽量復興相ではアリバイ省庁で終わるのは目に見えている。

 

首相巡る状況 一段と厳しさ増す【NHK】
6月28日 4時20分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110628/k10013808511000.html

菅総理大臣は、27日夜、復興担当大臣の新設に伴い、自民党の参議院議員を政務官に起用するなどの人事を行うとともに、今年度の第2次補正予算案、公債特例法案、それに再生可能エネルギー買い取り法案の成立が、退陣の条件になるという考えを示しました。これに対しては、野党だけでなく、民主党内からも反発や批判が出ていて、菅総理大臣を取り巻く状況は一段と厳しさを増しています。

菅総理大臣は、復興基本法の施行に伴い、震災復興や原発問題に本格的に取り組む態勢を整えたいとして、27日、復興担当大臣に松本・防災担当大臣を起用し、原発事故の担当大臣に細野・総理大臣補佐官を充てるなどの閣僚人事を行いました。また、国民新党の亀井代表を総理大臣補佐官に任命し、亀井氏の進言を受け入れる形で、自民党に離党届を提出した浜田和幸参議院議員を復興担当の総務政務官に起用しました。一連の人事を終えた菅総理大臣は、27日夜、記者会見し、「私としては、今年度の第2次補正予算案、再生可能エネルギー買い取り法案、それに公債特例法案の成立、これが1つのめどになると考えている」と述べ、3つの予算案・法案の成立が退陣の条件になるという考えを示しました。今回の人事について、自民党は「浜田氏の起用は、片手で握手を求めながら反対の手で殴るような対応だ」と強く反発しているほか、民主党の執行部からも安住国会対策委員長が「菅総理大臣は、国会の厳しさを分かってやっているのか、疑問に思う」と述べるなど、批判が出ています。さらに、菅総理大臣が、岡田幹事長と“採決”を求めていくことで合意していた再生可能エネルギー買い取り法案について「何としても、私の内閣の責任で成立させたいと考えている」と述べたことに対しては、与野党の間で、この問題を争点に衆議院の解散に踏み切ろうとしているのではないかという見方も出ています。民主党は、28日夕方、両院議員総会を開き、菅総理大臣が、人事のねらいや退陣の条件などについて改めて見解を示すことにしていますが、批判が相次ぐことが予想され、菅総理大臣を取り巻く状況は一段と厳しさを増しています。

 

【政論】
「死して屍拾う者なし…」 証明された「誠意なき」首相
2011.6.4 01:28 (1/3ページ)
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110604/plc11060401310001-n1.htm

 「政治家の秘訣(ひけつ)は、ほかにはないのだよ。ただ誠心誠意の四字しかないよ。伊藤(博文)さんは、この政治家の秘訣を知らない」

 勝海舟は明治29年5月、倒れる直前の第2次伊藤博文内閣に引導を渡す際にこう語った。明治は遠くなりにけり。

 4日で首相指名から1年を迎える菅直人首相は、国民の批判に耳をふさぎ「やるやる詐欺」ならぬ「辞める辞める詐欺」を働き、その地位にかじりついている。明治の元勲にさえ苦言を呈した勝海舟がこの姿を見たら何と言うだろうか。

 首相は3日の閣僚懇談会で、2日の内閣不信任決議案採決直前に鳩山由紀夫前首相と交わした退陣の約束をあっさり否定した。

 「自分と鳩山氏の会話は確認文書に書いてある通りだ。それ以外のことは一切話をしていない」

 これを信じた閣僚はいないだろう。現に鳩山氏は首相を「ペテン師」呼ばわりして激怒している。

 不信任案可決の公算が大きくなった1日深夜から首相周辺は「民主党代議士会で首相が辞意を表明する」という情報を複数のルートを通じて流した。

 実際には「一定のめどがついた段階で若い世代に責任を引き継ぎたい」とあいまいな表現で退陣をほのめかしただけだったが、多くの民主党議員はあらかじめ「退陣」の2文字が頭にすりこまれていたために真に受けた。こうやって造反の芽を摘み、不信任決議案を否決した途端に「福島第1原発が冷温停止になるのが一定のめどだ」と来年1月までの続投を表明した。

(2/3ページ)

 そこに「誠意」の「せ」の字もない。卑怯(ひきょう)で姑息(こそく)と言わずに何というのか。

 首相が愚弄したのは首相の延命に手を貸すピエロを演じた鳩山氏だけではない。首相の意思を尊重し不信任決議案に反対票を投じた党所属議員、そしてその背後にいる有権者も等しくこけにしたのである。

 勝海舟は「世の中に無神経ほど強いものはない」とも述べたが、首相の恐ろしさは特にやりたいことがない空虚さにある。

 小泉純一郎元首相は郵政民営化に執念を燃やした。鳩山氏でさえ意味不明ながら「友愛社会の実現」など政治理念があった。ところが、首相にはそれが全くない。だから国会で法案が通らず政策を実現できなくても、外国首脳にいくら「空手形」を切っても、へっちゃら。ただ、一日でも長く首相の座に居座ることができれば満足なのだ。

 首相はこれまで与野党議員に何と指摘されてきたか。「心がない」「誠がない」「信がない」-。今回の居直りは、これらの言葉が嘘でも誇張でもなかったことを証明した。

 不信任案提出をめぐり、多くのメディアは「大震災からの復興を前に首相を代えている場合か」「政局ごっこに興じる暇はない」というトーンで報じた。

 だが、これは「首相なんて誰がやっても同じだ」という政治的ニヒリズムにとらわれた見方であり、必ずしも正しくない。国家的危機に直面したならば、やはり無能な指導者は排除すべきだろう。まして「一定のめど」がつけば退陣せざるをえない首相が、復旧・復興や原発事故で「一定のめど」をつけようとするわけがないではないか。

(3/3ページ)

 震災発生まもない3月中旬、民主党幹部が首相に歴代首相経験者を回って知恵を請い、協力を仰ぐべきだと進言したところ、首相はこう言い放った。

 「今さらおれが頭を下げるのか。小泉、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎なんかに『知恵を借りたい』と言わなきゃならないのか!」

 表で野党に協力を呼びかけつつ、本音では与野党協力よりも自分のプライドを優先させる。そこに政治による救済を待ち望む被災者への視点はない。

 首相に退陣を迫る与野党議員に政治的思惑があるのは間違いないが、それだけではない。良心と道理に従えば首相にくみすることができない。お天道さまが許さない。そう素直に考えた議員は少なくない。

 「よく『心がない』とか『信がない』とか言われるが、私なりに言葉には責任を持ってきたつもりだ」

 首相は3日の参院予算委員会でこう語ったが、与野党ともにあきれたように無反応だった。こうまで人心が離れた指導者の行く末はどうなるのか。国会中継を見つめる私の脳裏に時代劇「大江戸捜査網」のナレーションが流れ続けた。使命に徹した隠密同心に首相を重ねては失礼ながら。

 「死して屍(しかばね)拾う者なし、死して屍拾う者なし…」

    (阿比留瑠比)

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※参考:オープン・ソース・インテリジェンス(Wikipediaより)

オープン・ソース・インテリジェンスまたはOSINTとは、公開情報(オープン・ソース:一般公開され利用可能な情報源)から収集された情報を元にする、(機密)情報収集の専門領域を指す。

概説

“合法的に入手出来る資料”を“合法的に調べ突き合わせる”手法で、情報源は政府の公式発表(プレスリリース)、マスメディ アによる報道、インターネット、書籍、電話帳、科学誌その他を含む。具体的には、対象国の軍の編制を割り出すために、対象国の新聞社交欄、ニュースの断 片、高級将校の異動発令などを丹念に集積し、分析するといった手法である。

細かいデータを少しずつ集めて分析するだけでも、相当な精度の情報が得られることがある。媒体入手・分析は駐在国公館で行なわれる事が多い。ラジオ放送は自国領内で受信する。

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知事抹殺 つくられた福島県汚職事件 佐藤 栄佐久 (著)

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2011年6月29日 (水)

2011年6月分、東京新聞「こちら特報部」のリストです。

 2011年6月分、東京新聞「こちら特報部」の全記事リストです。「こちら特報部」のWeb記事は他の記事とは違い、リード部分の紹介と最後に【こちらは記事の前文です】と購読の案内が来るスタイルです。

 以前から、東京新聞は原発関連は勿論のこと、他の問題でも大手紙よりも頑張っていると注目していました。あとで「特報部」関連で何か調べる時の自分用のメモエントリーです。(2011年3・11発災月からアップ)

 

政界ゴタゴタ 被災地冷ややか
2011年6月30日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011063002000042.html

 遅れている東日本大震災の復旧・復興。菅直人首相はやっと復興対策本部を立ち上げたが、新設した復興担当相や原発担当相などの閣僚人事だけでなく、現地対策本部長などのポストも兼務のラッシュ。役割分担があいまいで、早くも実効性が疑問視されている。さらに首相は、エネルギー政策を争点にした総選挙の可能性に触れる始末。復興への腰の入れ方を見れば、被災地と永田町の意識のズレは明らかだ。 (出田阿生、篠ケ瀬祐司)

 

脱原発は否決 東電株主総会ドキュメント
2011年6月29日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011062902000058.html

 六時間超の長丁場となった二十八日の東京電力株主総会。火を付けたのは四百二人の小口株主が突き付けた脱原発を求める提案だった。提案は否決されたが、小口株主の一人は「これほど熱心に質疑した総会はなかった」と振り返った。巨大企業が震撼(しんかん)した、熱く、長い一日の一部始終をドキュメント−。 (小国智宏、鈴木伸幸、秦淳哉)

 

エコ発電都市、川崎を歩く
2011年6月28日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011062802000052.html

 「脱原発」を掲げる自治体が相次ぐ。エネルギーの“地産地消”の議論も高まるが、そのモデルに名乗りを挙げているのが、大気汚染の負の歴史をバネに、エコ都市を目指した川崎市だ。注目の天然ガス発電所には県外から視察が続々と訪れ、8月には国内最大規模の太陽光発電所も稼働する。「新時代の発電のまち」を歩いた。 (川崎支局・栗原淳)

 

<新日本原発紀行> 上関(山口)編 埋め立て免許の失効言及、知事真意は
2011年6月27日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011062702000040.html

 原発建設予定地の海面埋め立てに必要な免許の期限を延長するかどうか−。中国電力(広島市)が建設を進める上関(かみのせき)原発(山口県上関町)に注目が集まっている。免許交付の権限を持つ二井(にい)関成知事が六月定例県議会で、その判断を表明すると明言したためだ。反対派の抗議活動や福島第一原発事故の影響で工事はほとんど進んでいない。このまま計画中止となるのか。揺れる現地を見た。 (秦淳哉)

 

設計に欠陥 抗議の辞職 福島第一の原子炉技師 - 元GE ブライデンボー氏に聞く
2011年6月26日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011062602000065.html

 いまだに収束の兆しが見えない東京電力福島第一原発事故。同原発の沸騰水型炉「マークI」を開発した米ゼネラル・エレクトリック(GE)には、1970年代に設計上の欠陥を指摘し、抗議の辞職をした開発担当技師がいた。デール・ブライデンボー氏(79)だ。退社後も改良の必要性を訴え続け、80年代に安全対策が施されたが、今回の事故を防げなかった。米西海岸に住む同氏が「こちら特報部」の電話取材に応じた。 (鈴木伸幸)

 

近づく大増税 “戦犯”地元は
2011年6月25日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011062502000062.html

 菅政権が増税プランを次々に実現しようとしている。消費税を段階的に10%へ、所得税をアップし、国策として電気料金も値上げへ…。大震災の復興支援ならば協力を惜しまない人が多いだろう。しかし、それを隠れみのに増税を画策し、政権浮揚に利用する。政治家や官僚はこれ以上、経費節減も予算見直しもできないほど身を削ったのか。大増税を主導する“戦犯”二人の地元を歩いた。 (出田阿生、秦淳哉)

 

福島県飯舘村「までいな力で必ず復活」
2011年6月24日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011062402000075.html

 原発事故の放射能汚染禍で全住民避難を強いられた福島県飯舘村。二十二日には、役場機能を福島市役所飯野支所(同市飯野町)に移し、再出発した。一部の製造業はとどまり、留守宅を守る自主防犯組織が見回りを続ける。住民たちは「必ず戻り、復活させる」という。その負けじ魂を生んだのは「までい(手間暇を惜しまない)な力」だ。試練は乗り越えられるのか。(野呂法夫)

 

米国データが示す低線量内部被ばくの影響 原発施設周辺で事故なくても健康被害
2011年6月23日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011062302000042.html

 放射性物質の放出が止まらない福島第一原発の事故。放射線量の影響について、福島全県民を対象とした健康調査が先行して始まるが、最近、低線量の内部被ばくの懸念が高まっている。そんな中、米国の原子炉や核実験場の周辺住民の乳がん発生率などの増加を示した著書が注目されている。その疫学調査が明かす内部被ばくの恐ろしさと、福島への教訓とは何か。 (出田阿生、小国智宏)

 

南相馬市の教育現場から〜 「集団疎開」問題など
2011年6月22日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011062202000074.html

 福島第一原発の北に位置する福島県南相馬市では、複数の制限区域が混在する。中心部の原町区など緊急時避難準備区域では教育機関は休園、休校措置を強いられている。しかし、区域内には千五百人もの子どもらが暮らす。市では、区域外の学校を“合同校舎”として使う異例の方式を続けている。県外からは“集団疎開”の申し出もあるが、ためらう保護者は多い。原発事故に揺れる南相馬の教室を報告する。(中山洋子)

 

原発安全宣言 なぜ急ぐ
2011年6月21日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011062102000045.html

 海江田万里経済産業相が十八日に出した「原発安全宣言」。定期検査などで停止している全国の原発は安全だとして、関係自治体を回り再稼働を促すという。海江田氏は原発の所管大臣だ。いまやるべきことは、福島第一原発の事故収束に専念することではないか。収束のメドも立たないのに、企業活動への影響を懸念してほかの原発を動かそうとする。菅政権は国民の生命よりも、経済を優先しているのか。 (篠ケ瀬祐司、出田阿生)

 

<新日本原発紀行> 大飯(福井)編 ふるさとには換えられない
2011年6月20日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011062002000080.html

 原発で事故が起こったら、故郷が奪われる。福島第一原発が突きつける現実だが、国は早々と「安全」を宣言した。地元の痛みは届かない。関西電力だけで三つの原発がある福井県で、最大の発電量を担うのが大飯原発(同県おおい町)。想像しよう。都市部の輝きの影に、誰かの故郷がある。 (中山洋子)

 

<新日本原発紀行> 女川(宮城)編 被災後一時「綱渡り」
2011年6月19日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011061902000039.html

 大震災の津波では、東京電力福島第一原発だけでなく、東北電力女川(おながわ)原発(宮城県女川町、石巻市)も浸水などの被害を受けた。地元の町や集落も壊滅状態だ。辛うじて深刻な事故を免れ、自動停止した女川原発。福島とは明暗を分けたが、被災住民は目の前の生活再建で頭がいっぱいの中、早くも運転再開の動きが出ている。 (小国智宏)

 

民主党内原発推進派の母体、電力総連の解剖
2011年6月18日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011061802000054.html

 国会か地方かにかかわらず、議員にとって最も大切なのは選挙だ。それゆえ、その応援や日常の支援に利益団体は絡み付く。原発の推進については電力会社が自民党、その労働組合は民主党に働き掛けてきた。全国電力関連産業労働組合総連合(電力総連)は福島第一原発の事故後も、原発推進の旗を降ろしていない。そこから応援を受ける民主党。事故の検証などで公正さを貫けるのか。 (佐藤圭、中山洋子)

 

普天間移設 政府、「V字」県に伝達
2011年6月17日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011061702000072.html

 菅直人政権は、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題で、代替施設を滑走路二本のV字形とし、同県名護市辺野古への移設を進める方針を同県に伝えた。大震災と原発事故に注目が集まっている最中の“抜き打ち通告”に、県側は猛反発。これまでも国は地域振興策などのアメを与えて同県に基地受け入れを迫ってきたが、これって何かに似ている。そう、原子力発電所の立地の構図とうり二つなのだ。 (小国智宏)

 

原発から50キロ 福島・郡山では今
2011年6月16日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011061602000062.html

 収束の兆しさえ見えない福島第一原発の事故。放射線汚染の範囲は拡大し、避難区域の外側でも、子どもの健康被害を不安視する声が目立ち始めた。しかし体調不良と放射線の関係には分からないことが多い。それだけに親たちは疑心暗鬼で苦しむ。子どもたちを守るために今、できることとは−。 (出田阿生)

 

卒原発めざそう 全国署名連絡会の古長谷稔さん
2011年6月15日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011061502000044.html

 「原発震災」。この言葉を世に知らしめ、中部電力浜岡原発(静岡県御前崎市)の運転停止を求める運動の火付け役になった人がいる。「原発震災を防ぐ全国署名連絡会」(静岡市)事務局長の古長谷(こながや)稔さん(39)=同県三島市。福島第一原発事故を教訓に「徐々に新エネルギーへのシフトを」。その主張を、独自のキーワード「卒原発」に託す。 (三島通信部・酒井健、富士通信部・林啓太)

 

「直ちに」の解釈も政府内で不一致 被ばく被害広げる「人災」
2011年6月14日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011061402000059.html

 東京電力福島第一原発事故後、枝野幸男官房長官が繰り返した「直ちに健康に被害はない」という台詞(せりふ)。その「直ちに」の解釈が、官房長官と経済産業省原子力安全・保安院の間で食い違うことが分かった。市民にとって最大の関心事は被ばくの影響だが、これでは政府には到底頼れない。言葉は政治家の命だが、首相退陣の合意書のみならず、その劣化が「人災」を招いているともいえそうだ。(佐藤圭、中山洋子)

 

<新日本原発紀行> 玄海(佐賀)編 再開に前向き 係争中プルサーマル
2011年6月12日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011061202000057.html

 全国の原発関係者が、佐賀県玄海町に注目している。定期検査で停止中だった九州電力玄海原発の2、3号機の運転再開が、福島原発事故で延期されたものの、国や同町などが再開に前向きなのだ。しかも3号機はプルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料を使うプルサーマル発電。周辺住民が「重大事故の危険がある」として、九電を相手に同燃料の使用差し止めを求め係争中だ。その原告団長に会ってみると、意外な“闘士”だった。 (鈴木伸幸)

 

増幅する放射能不安 線量計配布 急げ 国立がんセンター独自提言
2011年6月11日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011061102000060.html

 福島第一原発の事故による放射能汚染は拡大の一途。周辺住民の不安は高まるばかりだ。だが政府の動きは鈍い。十日の国会で、「住民に線量計を配布できないか」と質問された菅直人首相の答弁は「地元と相談して対応したい」…。実はがん研究の国内の権威、独立行政法人・国立がん研究センター(東京都中央区)も同様の提言を突き付けている。それでも動かない政府。異様な事態だ。  (秦淳哉、出田阿生)

 

超党派議連発足の狙いは 「地下原発」は菅降ろし?
2011年6月10日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011061002000064.html

 深刻な大震災や福島第一原発事故のさなかに国民をあきれさせた菅直人内閣の不信任騒動。その渦中の先月31日、超党派による「地下式原子力発電所政策推進議連」が発足した。「脱原発」の逆風が吹き付ける原発を臨海部の山の地下に造って進めようという動きだ。だが主要メンバーを見ると、「菅降ろし」を画策してきた首相経験者も名を連ねる。地下原発議連の狙いとは。(佐藤圭、篠ケ瀬祐司)

 

瀬戸際の汚染水処理
2011年6月9日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011060902000054.html

 「七二万テラベクレル」といわれてもピンとこない。東電福島第一原発の核燃料を冷やした高濃度汚染水に含まれる放射能量だ。近く放射性物質を除去する処理システムが稼働する予定だが、楽観論は聞こえない。梅雨の大雨に台風も到来する。作業員の安全にも不安がある。海に汚染水が漏れれば、漁業への深刻なダメージに加え、国際的な非難は免れない。懸念は強まるばかりだ。 (中山洋子、秦淳哉)

 

大連立 “真の狙い”は 駆け引き優先 国会休業?
2011年6月8日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011060802000063.html

 ドイツでは六日、福島第一原発事故を受けて、二〇二二年までの原発全廃が閣議決定された。一方、日本の国会議員は、原発事故の収束や大震災の復興に全力を注ぐべき時に、大連立の駆け引きに忙しい。ともに原発政策を推進してきた民主、自民両党は、なぜいま連立政権を画策するのか。被災者救済を二の次にするかのように、与野党が最優先で取り組んでいる大連立の“真の狙い”を探った。 (篠ケ瀬祐司、中山洋子)

 

仮設より復興住宅 夢のプロジェクトとは
2011年6月7日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011060702000050.html

 東日本大震災から間もなく三カ月。被災各地で仮設住宅の建設が進むが、用地不足や住民の要望にあわないといった問題が噴出している。そんな中、宮城県石巻市で、ある“実験”が始まった。被災者向けに、低コストでずっと住める住宅を建設するプロジェクトだ。失った“マイホーム”を再建できる、目からウロコの計画とは−。 (出田阿生)

 

<新日本原発紀行> 大間(青森)編 「『福島』後も造る気か」
2011年6月6日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011060602000039.html

 五日投開票の青森県知事選では、原子力施設の建設を進めてきた現職の三村申吾氏が三選を果たした。本州最北端の大間町では電源開発(Jパワー、東京)が大間原発を建設中だが、東日本大震災以来、中断している。津軽海峡を挟んだ対岸には北海道函館市などがある。安全性は大丈夫なのか。海峡を越えた住民たちも、不安なまなざしで見詰めている。 (篠ケ瀬祐司)

 

<新日本原発紀行> 敦賀(福井)編  危険な「延命40歳」
2011年6月5日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011060502000064.html

 二〇一一年春、原発の「安全神話」が崩れさりました。東京電力福島第一原発の暴走は依然、続いています。中部電力浜岡原発こそ停止しましたが、日本列島は原発事故の恐怖から自由ではありません。好評だった「新日本原発紀行」の続編を随時、掲載します。今回は、福井県の日本原子力発電(原電)敦賀原発を取り上げます。

 

内部被ばくを独自調査 二本松市長の英断
2011年6月4日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011060402000047.html

 現在の政局を論じるのは時間のむだだ。住民が安全な場所で食べ、眠れるという最小限の条件すら保障されずに復興も何もないだろう。福島県二本松市では先月、県に先駆け、独自に住民の内部被ばく調査をすることを決めた。決断には被ばく情報を隠してきた国や県への「見切り」が横たわる。自分らの命は自分らで守る。強いられたとはいえ、被災地には自立への機運が強まっている。 (佐藤圭、中山洋子)

 

菅降ろしに原発の影
2011年6月3日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011060302000054.html

 不信任決議や党分裂の最悪の事態こそ回避したものの、「辞意表明」へと追い込まれた菅直人首相。首相としての求心力は放棄したのも同然だ。それにしても「菅降ろし」の風は、なぜ今、急に、これほどの力を得たのか。背後に見え隠れするのは、やはり「原発」の影だ。初の市民運動出身宰相は、この国の禁忌に触れたのではなかったか。 (佐藤圭、小国智宏)

 

赤プリ跡地の再開発で火花 都「容積率600%OK」千代田区「なぜ特別」
2011年6月2日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011060202000036.html

 福島第一原発事故で福島県内の避難民を受け入れている東京都千代田区の旧グランドプリンスホテル赤坂(赤プリ)。この跡地の再開発事業では高層ビルなど二棟が計画され、延べ床面積の容積率が規制緩和で現在の倍の600%となる予定だ。これに対し、地元千代田区が「待った」をかけている。都心の超一等地の再開発をめぐり何が起きているのか。 (篠ケ瀬祐司、中山洋子)

 

「地震が原因」指摘相次ぐ 不完全な耐震基準 全国で稼働中の原発の停止を
2011年6月1日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011060102000064.html

 ドイツでは二〇二二年までの「脱原発」実現で与野党が合意した。方向転換を促したのは「フクシマ」だ。その福島第一原発事故では、津波による電源喪失が原発暴走の要因とされてきた。しかし、津波以前に地震による損傷が原因では、との指摘が相次いでいる。そうだとすれば、耐震基準の不備が問題だ。全国で稼働中の原発も、津波対策の強化だけでは安全性は確保できない。 (鈴木伸幸、秦淳哉)

始めに戻る

 

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知事抹殺 つくられた福島県汚職事件 佐藤 栄佐久 (著)

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隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ 小出 裕章 (著)

 

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2011年6月23日 (木)

5月23日参議院行政監視委員会の会議録がやっと出ました(原発問題で参考人は小出裕章、後藤政志、石橋克彦、孫正義の各氏)

午前中に主だったツイート議員、17名にお願いTwitterアクションを敢行。

即行で、民主党若手のホープ、中村哲治議員から返事DMが来ました。

@NakamuraTetsuji 中村議員、ご尽力乞う。5月23日参議院行政監視委員会の会議録が31日経つのにまだ出てません(普通は1週間から10日)原発問題で参考人:小出裕章氏、後藤政志氏、石橋克彦氏、孫正義氏です。http://t.co/AFqxYa0
約3時間前 Mobile Webから NakamuraTetsuji宛

NakamuraTetsuji そうですか。参議院のイントラにありましたのでアップしておきました。 PDFで約300KBありますが。 http://firestorage.jp/download/ec104522d24d82fe4e45d7b72d30fad40833ebda
約2時間前

177-参-行政監視委員会-4号-2011年05月23日-初版.pdf
http://server59.firestorage.jp/download.mcgi?act=download_file&d=0be3ef&e=33ba8e&key=ec104522d24d82fe4e45d7b72d30fad40833ebda

↑「ファイルの暗号キーが一致しません」のエラーが出ました。セッションを切ってからだと暗号キーが変わるのかもしれません。ご自分のパソコンから中村議員のTwitter中リンク先に行きダウンロードするか阿修羅にも別途アップしておきましたので、どちらかでやってください。

中村哲治議員は、2005年当時竹中平蔵の「B層」プロモーション資料を公表して知らせてくれた民主党若手議員です。当時は竹中平蔵が特命担当大臣(経済財政政策担当)だった頃で、竹中は知人が代表を務めるスリード社に入札によらない「随意契約」で「B層」プロモーション資料を作成させました。

※それにしても、公表されたとは言え、まだ参議院のイントラネットとは、何ともはやです。早く国会会議録検索の方にアップして欲しいです。

お願いTwitterを敢行した17名の宛先議員は下記、

民主党
有田芳生 参議院議員
逢坂誠二 衆議院議員
川内 博史 衆院議員
京野きみ子 衆院議員
階 猛  衆院議員
中塚一宏 衆議院議員
中村哲治 参議院議員
鳩山由紀夫 前内閣総理大臣
原口一博 衆議院議員
三宅雪子 衆議院議員
森ゆうこ 参議院議員

社民党
阿部知子 衆院議員
福島みずほ 社民党党首、参院議員

国民新党
下地幹郎 衆議院議員

自民党
河野太郎 衆院議員

共産党
小池晃 前参議院議員

公明党
斉藤鉄夫 衆議院議員


 参議院行政監視委員会の会議録取得への道のり。

・下記エントリーアップ。

【必見】小出裕章氏他、後藤政志氏、石橋克彦氏、孫正義氏、参議院行政監視委員会のネット中継YouTubeが出ました。

・アップ1週間後くらいから「国会会議録検索」でチェックするもなかなかアップされない。

・シビレをきらし呟きデモを6月5日からスタート

28SOBA 【呟きデモ、毎日決行】もう13日目、国会会議録がまだ出てない(普通は1週間から10日)5月23日参議院行政監視委員会です(参考人:小出裕章氏、後藤政志氏、石橋克彦氏、孫正義氏)http://bit.ly/kIXYO5 #T_demo
Sun Jun 5 08:41:18 2011 webから

・暫く間をおき本日アクションまでの行動。

参議院HP
http://www.sangiin.go.jp/index.htm
↓サイトマップクリック
http://www.sangiin.go.jp/japanese/sitemap/index.html
↓左サイドの会議録情報クリック
http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kaigirok/kaigirok.htm

会議録情報

国会会議録検索システム(国立国会図書館ホームページ)

 国立国会図書館ホームページの国会会議録検索システムです。
 参議院及び衆議院の会議録情報をご覧になれます。
 キーワードや発言者等で検索するとともに、実際に発行された会議録のイメージ画像をご覧になることもできます。

 

30日以内に参議院で行われた会議

 30日以内に参議院で行われた会議については、こちらから簡単にご覧になれます。国会会議録検索システム(国立国会図書館ホームページ)よりも早く掲載されます。
 30日より前の会議、衆議院の会議及び会議録のイメージ画像については、国会会議録検索システム(国立国会図書館ホームページ)からご覧ください。

・31日過ぎているので、当然だが30日以内の会議はなく、でわと、国会会議録検索システムで探すもなし。

Photo ←「小出 裕章」で検索するもゼロ。


Photo_2 ←「小出」で検索すると67件出たが、


Photo_3 ←5月23日参議院行政監視委員会の会議録はない。


Photo_4 ←検索履歴。


 

・本日午前、Twitterお願いアクション敢行。民主党中村哲治議員から「pdfでイントラネットにアップされている」の連絡がTwitterのDMで来た。

177420110523 ←やっと、「5月23日参議院行政監視委員会の会議録pdf」を手に入れる事が出来ました。



 

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2011年6月22日 (水)

3月11日〜3月28日のNYT写真集を全採録。直視し忘れないことが犠牲者への弔い。事実を伝えない日本のマスゴミは糞。

東日本大震災 津波映像 釜石市両石町(1_4).flv 9分47秒 小沢さんへの検察審査会政治弾圧と、マスコミの偏向報道を見ていて、日本にはジャーナリズムなんてないと思っていました。普段は気がつかないけれど、何か大きな事が起こると、この国の報道機関は大本営発表状態に平気でなります。

 事実をねじ曲げる、あるいは隠す、無視して伝えない。ハッキリ言って日本のマスコミは糞です。マスコミではなくマスゴミと言うのが正しい。

 地震発生後、日本の報道だけでは何が起きているか分からないと、徹底的に海外の記事や写真映像、動画などをパソコンに集めました。まだ雑談日記でアップしていないのが沢山あります。

 なお地震発生後10日目に東京を脱出し、名古屋・大阪・広島を経て最終的には九州の長崎に長いこと逗留しました。広島の平和記念資料館でも感じたし、長崎の平和資料館でも感じたことは(長崎の平和資料館には、最初に長崎に行った日と、最後東京に帰る前日の2回訪れました。二度とも永井隆博士の如己堂を参観してから行きました)悲惨な写真でした。しかしもしなければ資料館の価値がないと思わせる写真です。

 そんな僕にとって、今回の国内の震災報道を見ていてすぐに感じた違和感がありました。沢山の人が犠牲になったのに遺体を写す写真や映像がないと言う事です。「東日本 震災 遺体」のキーワードで探しました。また英語や、フランス語でも「Japan Earthquake corpse」「Japon Tremblement de terre corps」で検索しました。結局、ニューヨーク・タイムズの写真集に行き着きました。

 NYTについては震災当初3日ほど集中的に採録していたのですが、その後しばらく見ていませんでした。今回写真集で再度見てさすがだなと思いました。昔、ベトナム戦争の頃、写真報道のLIFEを購読していたことがあります。ピューリッツァー賞を取った写真なども何回か載りました。その後まずいと思ったのか、イラク戦争の時などは、米軍はエンベッドと行って、従軍で優待扱いする代わりに御用報道へ誘導するようなやり方に変えたようです。しかし、伝統というかピューリッツァー賞に見られたようなジャーナリズムとしての精神は脈々と受け継がれているように感じます。今回のNYTの写真集を見てそう感じました。※

ピューリッツァー賞(Pulitzer Prize):ピューリッツァー賞(ピューリッツァーしょう、Pulitzer Prize)は、新聞等の印刷報道、文学、作曲に与えられる米国で最も権威ある賞である。コロンビア大学ジャーナリズム大学院が、同賞の運営を行っている。

なおNYTの写真を見ると、殆ど日本人カメラマンが撮影している。当たり前のことだ。要は写真を採用しない編集部とその上層部が腰抜けの馬鹿なのだ

 

 写真集の前にYouTubeを3本です。(その他の動画はNYT写真集の後ろで)(他の防災関連エントリーリンク紹介も末尾

Japan Tsunami, 14th March 2011 日本では放送されない被災地映像 1/2 2分29秒
kikurin1966
https://youtu.be/yE9h74wb5eE

Sサーバーにアップ ←MediaFireに保存。MediaFireはPCでは使い辛くなったのでipadを推奨。ipadで左記リンクをタップするとSafariの別頁が開き「Download(…MB)」の表示が出るのでタップする。黒い画面に変わり20秒から40秒待つと再生開始(時間帯、夜間は回線が混むので駄目

37秒の所から、くずれた家屋の瓦礫から靴下をはいた足が見えます。

(↓クリックすると拡大)スクロールして見るなら
45s_2 44秒の所から、車に近い左側の消防隊員が屈みながら車を覗き込むシーン。右足の脛の前で手が突き出ているのが見える。このあと46秒・47秒の所で車の窓から出た手首あたりに消防隊員が手を伸ばす。


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Japan Tsunami, Natori, 14th March 2011 日本では放送されない被災地映像 2/2 2分29秒
https://youtu.be/z_xFYkEawE0

Sサーバーにアップ ←MediaFireに保存。

8秒の所で、道路の真ん中でゴザをかぶせられて手前から足が見える遺体。

 

↓以下動画中出てくる写真のほとんどは今回ご紹介するNYTの写真集に出て来ます

日本では放送できない 報道できない 震災の裏側、7分55秒
shinsaiganbarou
http://www.youtube.com/watch?v=zrJje5pTZ0A
Internet Archive

公開日:2011年4月1日

Sサーバーにアップ ←MediaFireに保存。MediaFireはPCでは使い辛くなったのでipadを推奨。ipadで左記リンクをタップするとSafariの別頁が開き「Download(…MB)」の表示が出るのでタップする。黒い画面に変わり20秒から40秒待つと再生開始(時間帯、夜間は回線が混むので駄目

ipad ←ipadの他、カバー等も AMAZON

外付けHDD ←関連の AMAZON

追記(2015/04/05):↑保存した動画のオリジナル版はこちらで見つけました(最後に流れるメッセージのあとの黒地無音部分がカットされた7分42秒)。曲は「人間失格」で、歌・作詞・作曲はMetis( ←MediaFireに保存)、歌詞はこちら

概要:
テレビでは報道しない、テレビで放送できない
被災地の様子。
この事をみなさんに分かってほしい
東日本大震災のみなさん頑張ってください!
是非何か見て感じたら、多くの人に広めてください。
写真は海外のニュースサイトからお借りしております。

なお、画面最後に流れるメッセージは下記です。

これを見て頂いたみなさん

今回の震災で日本が問われています

この事を10年、20年も決して忘れてはいけない

そして親、友達、恋人がいるだけで幸せだと言う事をもう一度考えてほしい
小さな事でも出来る事からこの動画を見て、何か思った人は被災地のみなさんにエールを送ってください

最後まで見てくれてありがとうございます

※写真はNEW YORK TIMESからお借りしました

震災の裏側2の動画と、その他震災関連動画はNYT写真集が終わったあとで

 

関連:
3月26日、3月25日のNYT震災写真集。
3月24日、3月23日のNYT震災写真集。
3月22日、3月21日のNYT震災写真集。
3月20日、3月19日のNYT震災写真集。
3月18日、3月17日のNYT震災写真集。
3月16日、3月15日のNYT震災写真集。
3月14日のNYT震災写真集。
3月13日のNYT震災写真集。
3月12日のNYT震災写真集。
3月11日のNYT震災写真集。

 以下、NYTの写真集です。エントリーを何回かに分けてアップします。3月13日、14日、20日、22日()の写真映像に何枚か遺体の写真が出てきます。3月28日へと写真集が最後に近づくにつれ集団埋葬の写真などが見られるようになります。遺体の出て来る写真は、写真集全体から見れば枚数的には少ないですが、今回の震災の悲惨さをリアリティを持って実感し、忘れないためにはなくてはならない写真と思います。

リンク先の画像は全てクリックすると拡大します
3月13日は#193とその下の#194で瓦礫から自衛隊員に発見されたばかりの上半身裸の後ろ姿の遺体と、瓦礫が散乱する自宅の階段脇に眠るような横顔で毛布の下に横たわる女性の遺体。3月14日は#170で瓦礫の中から出ている土に汚れた手だけが見える遺体。もう一枚は#173で自衛隊員の足元で横たわる毛布の下から土にまみれた足先がアップで見える遺体。3月20日は#90で小型トラックの荷台に載せられた靴の裏がアップで見える青色シートにくるまれた遺体。もう一枚は#99で体育館にずらーっと並ぶ遺体。3月22日は#72で自衛隊員が遺体に認識票をつけているところ。

追記:2011年4月24日に作家・辺見庸さんの「こころの時代 瓦礫の中から言葉を」が放送されました(再放送したのを後で雑談日記でも採録しました)。その39分38秒の所からを、下記メモしておきます。

 今流されているテレビのニュースの言葉、あそこに事態の本質に迫る、本質に近づこうとする言葉はあるでしょうか。今表現されている新聞の言葉の中に、この巨大な悲劇の深みに入っていこうとする言葉があるだろうか。

  物化(ものか)された人間、つまり人が一体としての身体の形を留めおかないものが多数あったわけだけれども、部位としての人間しかなかったわけだけれど も、それを無いことのように写してしまう。それは私は、人を救っているようで、どうなんだろう、というふうに思うんです。それはひょっとしたら違うんでは ないか、というふうにも思うんです。人は、ある日突然まったく縁なく(ゆくりなく)物化(ものか)してしまう、という哲理をメディアは無視する。それは僕 は逆に畏れ多いことではないか。死者に対する敬意が逆に無いのではないか、とさえ思うんです。

 

以下、3月28日と27日(すべてクリックすると拡大します)
http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#1
20110328_japanslideu6kmjumbo 20110328_Japan-slide-U6KM-jumbo.jpg(スクロールで

Dai Kurokawa/European Pressphoto Agency

Unidentified tsunami victims were buried in a mass grave in the coastal city of Ishinomaki.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#2
20110328_japanslide1xa5jumbo 20110328_Japan-slide-1XA5-jumbo.jpg(スクロールで

Paula Bronstein/Getty Images

Japanese earthquake and tsunami victims received food and clothing distributed by the Japanese Self Defense Force in Ishinomaki, Miyagi Prefecture, Japan.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#3
20110328_japanslide16ejjumbo 20110328_Japan-slide-16EJ-jumbo.jpg(スクロールで

Vincent Yu/Associated Press

A survivor of the earthquake and tsunami cut firewood used for heat at a shelter for those who lost their homes in Yamamoto, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#4
20110328_japanslidetbxojumbo 20110328_Japan-slide-TBXO-jumbo.jpg(スクロールで

Everett Kennedy Brown/European Pressphoto Agency

Despite the fear that radiation from the Fukushima Daiichi nuclear power plant is pouring into waters off the west coast of Japan, a fisherman collected seaweed near Katsuura, Chiba Prefecture, south of Fukushima.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#5
20110328_japanslidejpuwjumbo 20110328_Japan-slide-JPUW-jumbo.jpg(スクロールで

Lee Jin-Man/Associated Press

Ryota Sasaki, 10, checked his haircut in a mirror after a trim at an evacuation center in Saitama, near Tokyo. Ryoto was evacuated from Minamisoma, near the troubled Fukushima Daiichi nuclear power plant.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#6
20110328_japanslideofscjumbo 20110328_Japan-slide-OFSC-jumbo.jpg(スクロールで

Yomiuri Shimbun via Reuters

Police officers in protective suits searched for victims of the Japanese earthquake and tsunami in Minamisoma City, Fukushima Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#7
20110328_japanslidevkurjumbo 20110328_Japan-slide-VKUR-jumbo.jpg(スクロールで

David Guttenfelder/Associated Press

Reiko Kikuta, right, and her husband, Takeshi Kikuta, watched workers attempting to attach ropes to pull their home ashore on Oshima Island in Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#8
20110328_japanslide797tjumbo 20110328_Japan-slide-797T-jumbo.jpg(スクロールで

Yuriko Nakao/Reuters

A group of women examined an article found near Okawa Elementary School in Ishinomaki, Miyagi Prefecture, where roughly 80 percent of the students and teachers were killed or are missing after the earthquake and tsunami.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#9
20110328_japanslidex62ajumbo 20110328_Japan-slide-X62A-jumbo.jpg(スクロールで

Yasuyoshi Chiba/Agence France-Presse — Getty Images

Family members retrieved photographs that belonged to their missing grandparents from debris in Minamisanriku, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#10
20110328_japanslidefci6jumbo 20110328_Japan-slide-FCI6-jumbo.jpg(スクロールで

Vincent Yu/Associated Press

A survivor at a shelter in Yamamoto was resting during the day.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#11
20110328_japanslidey943jumbo 20110328_Japan-slide-Y943-jumbo.jpg(スクロールで

Prakash Mathema/Agence France-Presse — Getty Images

A woman prayed for Japanese earthquake and tsunami victims at Bouddhanath Stupa in Katmandu, Nepal.


 

以下3月27日
http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#12

http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#13
20110327_japanslidevjmgjumbo 20110327_JAPAN-slide-VJMG-jumbo.jpg(スクロールで

Paula Bronstein/Getty Images

Family members prayed over the coffin of Masami Takahashi at a temporary burial site in Kesennuma, Japan, on Sunday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#14
20110327_japanslided0gbjumbo 20110327_JAPAN-slide-D0GB-jumbo.jpg(スクロールで

Damir Sagolj/Reuters

Cremation of the dead is traditional in Japanese Buddhist practice, but crematoriums are overwhelmed and fuel for the process is scarce. Local municipalities are burying the tsunami victims in mass graves as a temporary solution.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#15
20110327_japanslideegoojumbo 20110327_JAPAN-slide-EGOO-jumbo.jpg(スクロールで

Masanobu Nakatsukasa/Yomiuri Shimbun, via Associated Press

Evacuees from Fukushima, where the troubled Fukushima Daiichi nuclear power plant is located, received dinner at an evacuation center in Saitama on Sunday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#16
20110327_japanslideen96jumbo 20110327_JAPAN-slide-EN96-jumbo.jpg(スクロールで

Eugene Hoshiko/Associated Press

A child and his mother rested on the floor of a gymnasium that serves as an evacuation center in Yamagata.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#17
20110327_japanslidep9cqjumbo 20110327_JAPAN-slide-P9CQ-jumbo.jpg(スクロールで

Yasuyoshi Chiba/Agence France-Presse — Getty Images

Hiro Ono, 70, collected salvagable items in the tsunami-devastated village of Noda, Iwate Prefecture. Winter weather continued to hamper recovery efforts in the north of Japan.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#18
20110327_japanslideop1xjumbo 20110327_JAPAN-slide-OP1X-jumbo.jpg(スクロールで

Yasuyoshi Chiba/Agence France-Presse — Getty Images

Yukiko Umehara, center, reacted with delight after finding her cousin's childhood diary in the ruins of her house in Tanohata, Iwate Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#19
20110327_japanslideplwhjumbo 20110327_JAPAN-slide-PLWH-jumbo.jpg(スクロールで

Carlos Barria/Reuters

A store mannequin was perched among the debris in the town of Yamada.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#20
20110327_japanslider6qqjumbo 20110327_JAPAN-slide-R6QQ-jumbo.jpg(スクロールで

Agence France-Presse — Getty Images

A dairy farmer emptied raw milk onto his pasture in the city of Nihonmatsu, Fukushima Prefecture. Radiation above the legal limit has been detected in raw milk in the area close to the stricken Fukushima Daiichi nuclear power plant.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#21
20110327_japanslidelu4fjumbo 20110327_JAPAN-slide-LU4F-jumbo.jpg(スクロールで

Toru Hanai/Reuters

Protesters marched in an anti-nuclear rally in Tokyo on Sunday. The sign on the left reads, “Change energy policy.” The sign on the right reads, “Do not sprinkle radioactive material.”


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#22
20110327_japanslide1dwhjumbo 20110327_JAPAN-slide-1DWH-jumbo.jpg(スクロールで

TEPCO/Kyodo, via Reuters

Technicians in the control room of reactor No. 2 at the Fukushima Daiichi nuclear power plant on Saturday, in this photo released by the Tokyo Electric Power Co.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#23
20110327_japanslideblkyjumbo 20110327_JAPAN-slide-BLKY-jumbo.jpg(スクロールで

Japan Ground Self-Defense Force/Kyodo News, via Associated Press

This video image released by the Japan Ground Self-Defense Force via Kyodo News shows the inside of Unit 4 at the Fukushima Daiichi nuclear power plant on Sunday. A series of explosions destroyed the outer portion of the building in the days after the earthquake and tsunami struck two weeks ago.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#24
20110327_japanslidesa9ejumbo 20110327_JAPAN-slide-SA9E-jumbo.jpg(スクロールで

Japan Ground Self-Defense Force/Kyodo News, via Associated Press

A second video image looking inside Unit 4 at Fukushima Daiichi.


始めに戻る


 以下、最初に紹介した動画の続きと、それ以外震災・津波に関係する動画です。

日本では放送できない 報道できない 震災の裏側 2 (7分47秒)
shinsaiganbarou
http://www.youtube.com/watch?v=MVKWtxXtZ3E

↑↓消されたので同じのをデーリーモーションで探しました。

日本では放送できない 報道できない 震災の裏側 2 earth quake japan. mirrored from shinsaiganbarou and BUG 7分47秒
http://www.dailymotion.com/video/xofebe

There but for the Grace of God go we... 投稿者 clayman2012

Sサーバーにアップ ←MediaFireに保存。MediaFireはPCでは使い辛くなったのでipadを推奨。ipadで左記リンクをタップするとSafariの別頁が開き「Download(…MB)」の表示が出るのでタップする。黒い画面に変わり20秒から40秒待つと再生開始(時間帯、夜間は回線が混むので駄目

 念の為mpg

ipad ←ipadの他、カバー等も AMAZON

外付けHDD ←関連の AMAZON

 

日本では放送できない 震災の裏側 生きる,希望Ver 6分43秒
http://www.youtube.com/watch?v=OnfQL2G-44s
shinsaiganbarou

Sサーバーにアップ  ←MediaFireに保存。

 最後に流れるメッセージは下記、

笑顔を忘れぬように

この動画を見ているみなさんが
笑顔を届けなければいけない

被災地の子供たちは
笑顔の奥には大きな悲しみを
抱えているはず

亡くなったみなさんの分も
私達は生きる事を選びましょう

そしてもう一度笑顔が溢れることをめざして

♪Metis 生きる事選びました

 

【東日本大震災】頑張ろう日本!被災地の希望【JAPAN Touhoku Tsunami】6分25秒
Ry0UkuN
http://youtu.be/uLtka8UHlws

アップロード日: 2011/03/16

Sサーバーにアップ ←MediaFireに保存。

念の為mpg

 

 以下、津波に関係する動画です(コメントは僕、SOBA)。

 気仙沼の様子を3本(それぞれ、、)

2011.3.11 まだTVでは放送されてない大津波動画 5分46秒
wailochow3
http://www.youtube.com/watch?v=VXZs4mos6ow

 

現地の人が撮った気仙沼の大津波 7分46秒
wailochow3
http://www.youtube.com/watch?v=-BAOGqfHCsU

20131027_205030←3分20秒の所の道路の映像と、6分12秒、6分26秒、6分28秒の所の家の映像、

20131027_205840 スクロールして見るなら

←それにグーグルのストリートビューを対照させ撮影場所を特定できました。ホテル望洋の出入口から南へ40mの路上と、そのあと3分20秒からの撮影は、


20131027_205847スクロールして見るなら


20131027_205943スクロールして見るなら


20131027_210107

スクロールして見るなら

空き地の後ろ木の柵のある少し高くなった所からです。位置情報は(緯度経度 +38 54 28.171",+141 34 44.281")です。緯度経度の数字データをグーグルアースやグーグルのWeb地図にコピペしてEnterすると緯度経度の位置に飛びます。


20131027_210657 スクロールして見るなら

←少し後ろに引いてホテル望洋を望む。左手にある白い木の柵のある少し高くなった所からが3分20秒からの撮影場所。


 

Tsunami in Japan [HD] 3.11 first person FULL raw footage 6分22秒
Kanpaifr
http://www.youtube.com/watch?v=GpuLlIrUYsI

0618 ←↑動画最後、6分18秒の所、倒壊家屋の上で茫然とする人影が5人。


 

現地の方が決死の思いで撮影した津波が来る瞬間の映像 【岩手・大船渡】7分11秒
yasagurya
http://www.youtube.com/watch?v=i6H7yMfUQeA

 

【地震】巨大津波の脅威 街が消えた・・・ 映像リポ(11/03/13)8分2秒
ANNnewsCH
http://www.youtube.com/watch?v=fgkXj-2p7jM

ANNニュースの塩釜と南三陸町志津川と東松島市と宮古市と岩沼市と大船渡市と気仙沼市、発災3日目の3月14日までの記録。

SOBA:日本三景のひとつ、景勝地松島は、松島湾前面に並ぶ小島が防波堤になり、津波被害は比較的少なかったようです。しかしその東に位置する東松島市はかなり津波にやれてます。上記動画、1分55秒からの映像に映っています。

 

Japan Earthquake: Helicopter aerial view video of giant tsunami waves 2分44秒
RT
http://www.youtube.com/watch?v=w3AdFjklR50

名取市沿岸と陸前高田市と仙台若林区。

 

津波 カメラがとらえた奇跡の生還 (女性の乗った車が津波に飲みこまれる寸前の映像も) 6分20秒
funkyfunky780
http://youtu.be/iXASMpGhwpA

3月11日、岩手県塩釜市。

 

目の前で走っていた車が大津波に飲み込まれてしまう 2分4秒
wailochow3
http://www.youtube.com/watch?v=rdGR6Cypw1E

最初のところで志波彦神社御神輿御座船「龍鳳丸」(左)、鹽竈神社御神輿御座船「鳳凰丸」(右)が見えるので塩釜だと思います。48秒の“あっ、降りてよかった”の声。

追記:撮影場所ほぼ特定。イオンタウン塩釜ショッピングセンターの屋上駐車場東端からです(緯度経度が+38 19 8.310",+141 01 31.820")。なお、サンデュエル本塩釜駅前ビル(緯度経度が+38 19 6.800",+141 1 24.440")から撮影の参考動画、最初の所で上記動画撮影箇所(屋上駐車場東端)と御座船「龍鳳丸」と「鳳凰丸」が映っています→2011年3月11日 15時54分〜 塩釜港の津波

 

[JAPAN TSUNAMI] NEW FILM! 2011 Japan Earthquake Trzęsienie ziemi w Japonii 7分9秒
SGvatrasII
http://www.youtube.com/watch?v=wnbcogq8HhM

 

東日本大震災津波動画 2011/3/11 tsunami
mao754
http://youtu.be/gluWVySBVOU

2011/04/25 に公開

0434もの凄い津波の濁流がややゆるくなってから、。

4分5秒あたりから聞こえる悲鳴。動画キャプチャは4分34秒。その後ときおり聞こえる、言葉にならない助けを求める男性の悲鳴。映るのは5分5秒〜10秒、5分50秒〜55秒、6分38秒〜53秒(←ここは左端で)。


07087分8秒のキャプチャ(〜19秒)、7分50秒〜8分3秒。防災用のために普段からロープに慣れ親しんでおく事は必須


概要:(以下、撮影投稿者のコメント)
3月11日に私が自宅ベランダで撮影
流されて電線に掴まっている人は私が救助しました 
[コンテナに乗っていた人]
場所は石巻の渡波中学校の辺りです

↑↓渡波(わたのは)中学校の被災1ヶ月後の様子。

渡波中学校の 被災校舎と海岸線の様子
yutaka shigetomi
http://youtu.be/gdAg7qQbwOg

2013/03/18 に公開

SOBA:1分50秒の所で、「ああ、一月経っても(津波で流されたボラがいる)」と言っているので、公開は2013/03/18なれど、発災1ヶ月後の4月中旬頃撮影と思われる。石巻市立渡波中学校(わたのはちゅうがっこう)の被災時の住所は宮城県石巻市渡波字浜曽根山1(わたのはあざはまそねやま)で、西側にあった石巻市立女子商業高等学校に隣接していた。

(↓クリックすると拡大します)スクロールして見るなら 
20140822_75112←発災前年、6月25日の衛星写真。左が石巻市立女子商業高等学校、右が渡波中学校。(境界線に赤線追加)

2011/3/11 tsunamiの撮影場所はこの近辺と思われる。


 

SOBA:以下動画は普通の車道に津波がゆったりと来たケースです。これはこれで自然の力に圧倒され何と表現してよいか言葉がありません。発災後から夜半までたんたんと記録しています。車の屋根に乗った人が流されるところや、9分47秒の所からでは津波であふれた車道を泳いで逃げる人の姿が映っています。歩道橋に残された人々が助けが来るまで疲れて眠る女児を見守る姿なども記録されています。

japan tsunami in sendai.m4v 14分15秒
FrdTBO
http://youtu.be/qOlL2kbKGFQ

アップロード日: 2011/10/08

 上記動画は、「地盤基礎の地震被害と対策」を研究されている京都大学澤田純男氏(防災研究所/地震災害研究部門/教授)撮影のようです。なお、3・11発災直後から3月15日までのレポートを日本語と英語で出されています。ライフラインに関すること、その他実際に経験した者でなければ気がつかないような事の報告が多々あり参考になります。⇒「地震の報告」「Report of THE EARTHQUAKE experience」←リンク先の「二日目 3月12日 6時40分頃目が覚めた。かなりの人がいます。」の所の最初の写真に写っているドイツ人親子3人連れの関連動画です⇒津波から生還したドイツ人

データ等:撮影場所は多賀城駅前交差点歩道橋で緯度経度は(+38 17 23.593",+141 0 32.645")

040←動画40秒、歩道橋からの撮影。北東に延びる仙塩街道(45号線)左に見えるのは「ん寿司」多賀城店 宮城県多賀城市八幡3-5-30(022-367-1787)


115←1分15秒、40秒の写真の歩道橋反対側方向。南西に延びる仙塩街道(45号線)左に「とんかつかつ庄」宮城県多賀城市八幡4-1-21(022-361-4411)、右に「杜の都信用金庫多賀城支店」多賀城市八幡三丁目14番17号TEL:022-364-4646


2分50秒、上記写真方向のズームアウト。
250_2

1055←左に「日章堂」多賀城店 多賀城市八幡4丁目3-40(022-362-9622)。その後更地に、。


20140821_203136←日章堂の位置。


20140821_203401←日章堂と多賀城駅前交差点歩道橋の位置をズームアウト。左上に多賀城駅、駅手前に砂押川。


 

↓以下動画も凄まじいです。2分15秒あたりから、津波が最初はゆっくり、そしてアッと言う間に圧倒的な量の水になって襲ってくる様子がまるで意思を持つ生き物のようで不気味。4分14秒の所から、津波が襲ってくるのも知らず防波堤脇を走る車と10mの防波堤を超える津波です。

東日本大震災 津波映像 釜石市両石町(1_4) 9分47秒

bousailabo
https://youtu.be/PmdDhq7S77E

2011/10/09 にアップロード

概要:3月11日 岩手県 釜石市 両石町

SOBA:なお箱崎半島を挟み、この両石湾北隣の大槌湾に面するのが鵜住居です。同じく津波にやられましたが、「古人の教え、津波てんでこ」を守り、釜石東中学校と鵜住居小学校の生徒は高所避難場所に逃げ全員が助かりました

Sサーバーにアップ ←MediaFireに保存。MediaFireはPCでは使い辛くなったのでipadを推奨。ipadで左記リンクをタップするとSafariの別頁が開き「Download(…MB)」の表示が出るのでタップする。黒い画面に変わり20秒から40秒待つと再生開始(時間帯、夜間は回線が混むので駄目

ipad ←ipadの他、カバー等も AMAZON

外付けHDD ←関連の AMAZON

 

 以下を追加。

ニコ生ノンフィクション論 『遺体番号236――気仙沼に消えた姉を追って』
2011/12/19(月) 19:50開場  20:00開演
http://live.nicovideo.jp/watch/lv74118593?po=news&ref=news

↑↓埋め込みタグがないのでpodcastしてます。←動画47秒からの録音。なお、動画49分50秒から11秒間音が中断し(録音では49分3秒から11秒間音が中断)、動画読み込み中表示になります。

Sサーバーにアップ ←4sharedに保存。PCならクリックし頁が変わり待つと自動的に再生。ipadならタップするだけで4sharedのAppが開き再生(初めて 4sharedを使う場合は「購入」と出るけれど、4sharedは無料Appなのでここでの購入はipad用語で単に4sharedをダウンロードするの意味)

【出演】
生島淳(ノンフィクションライター)
石井光太(作家)
藤井誠二(司会・ノンフィクションライター)

00327


00328 左が生島淳さん、右が石井光太さん。


 

左から、司会の藤井誠二さん、生島淳さん、石井光太さん。
01434_2


生島淳さんの『 気仙沼に消えた姉を追って 単行本 – 2011/11 生島 淳 (著)』と
石井光太さんの『 遺体: 震災、津波の果てに (新潮文庫) 文庫 – 2014/2/28』です。

生島淳さんの
石井光太さんの

 

参考(避難所生活関連です):1頁2頁 

 

防災関連エントリー:
東日本大震災の記録 大津波悲劇の中の救い、防災の備えが命を救った、英字紙記事も。 

3・11東日本大震災「学校最多の犠牲者、石巻市立大川小」検証のために関連記事採録。 

3・11:東日本大震災 宮城・山元町の自動車学校、送迎手間取り25人死亡 

検証・大震災:3家族の3.11、陸前高田・河野さん、名取・佐藤さん、石巻・木村さん。 

災害:巨大地震や原発被災、「毎日小学生新聞」が画像表示などあり分かりやすいので資料保存。

 

 「防災必需品+体験談」←グーグル検索です。普段からの備えが大事、参考にして下さい。以下、僕自身が用意している基本グッズのAMAZONリンクをはっておきます。

 ※をつけたグッズは、小さな子は別にして家族全員個人装備でも良いと思います。特にヘッドライトは明かりの欲しい作業の時などに使って重宝しています。夜、自転車の前照灯が球切れした時にも使い助かりました。雨具は傘以外に、即行で着脱できて両手が使えるポンチョもお勧めします。

ホイッスル 笛 ※(救出要請SOS、その他)

ヘッドライト ※

LED懐中電灯 ※

SONYポケットラジオ ※

SONY防災ラジオ ←スマホ手回し充電可能タイプの

LEDランタン 

・火を熾すもの(チャッカマン西洋火打ち石

卓上カセットコンロ 

VICTORINOX多機能ナイフ ※

ポンチョ(アウトドア雨具) (←お勧め)※

 ロープは万能道具、普段から慣れておくことが大事。

決定版 ひもとロープの結び方 便利手帳 

使えるロープワーク―必ず役立つ「結び」の完璧テクニック (OUT DOOR)←アウトドア好きの方が書いた本。

アウトドア用のロープ ←リンクをはりましたが、一番良いのは登山用品店に行って説明を聞き、自分でも手にとって選ぶ事です(太さの感じが分かります)。通常、メジャーを使って1m単位で量り売りしてくれます。僕自身は、径3.5㎜と4.5㎜のでそれぞれ2m、3m、5mのを適宜本数組み合わせて普段からザックの隅に入れてます。また車にはそれに加え径8㎜で10mのを2本積んでます。細いロープは長いのだとうまく使えません。短いのを準備して使うのがロープに慣れるコツ。長さが足りなければつないで使えばよいのです。

 着るものを含め、防災グッズはアウトドアグッズを転用出来るわけですが、ザッグを例に取ると、防災用と比べアウトドア用のザッグは作りも頑丈ですし、使い勝手もはるかに良いです。

リュックサック ※

ザック ※

 意外と忘れるのがマスクとゴーグル。特にマスクは瓦礫の粉じん対策として必需品(特に肺がんを引き起こす石綿:アスベストに要注意)、避難場所での風邪の集団感染予防にもなります。またゴーグルは震災での粉じん対策だけでなく富士山が噴火した場合、大量の降灰に対する備えとしても必要。マスクとゴーグルは花粉症対策としても使え、何もしないよりは放射能降灰への備えとしても有用と思います。

山本光学のN95マスク  ※

山本光学の浮遊粉塵用セーフティゴーグル ※

 薬や救急用品など。これは個人それぞれ違うはず。以下は僕が用意しているもの。消毒用ジェルは避難所で用意しているはずですが、万一に備え感染症防御でこまめな手洗い用。スキンクリームはウォシュレットが使えない避難所で拭く時に使う切れ痔予防。裏技用途で、ジェルやワセリンはたき火が必要な時に火口(ほくち)に少し使うと火を熾しやすくできます。手ぬぐいはバンダナ代わりや鉢巻きにも使え、いざという時には包帯にもなる必需品。

消毒用ジェル救急絆創膏テーピング用テープけが等の軟膏ワセリンスキンクリームソンバーユなら)、とげ抜き手ぬぐい

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 以下追記、資料として採録。

阪神・淡路復旧作業石綿禍 東日本被災地にも暗い影
http://www.kobe-np.co.jp/rentoku/sinsai/18/201208/0005483567.shtml
魚拓 

B_05483568 重機で解体される被災ビル。粉じんが舞う=1995年2月、神戸市兵庫区

 発生から17年半となる阪神・淡路大震災の被災地で、建物の復旧作業に伴うアスベスト(石綿)被害が新たに確認された。牙をむき始めた大震災の石綿禍。しかし、当時の環境庁(現・環境省)などによる石綿の飛散調査は「おおむね問題なし」との結果だった。時をへて相次ぐ中皮腫の発症は、実態把握の不十分さを浮き彫りにするとともに、東日本大震災の被災地にも暗い影を落としている。

 家屋全壊約10万棟、半壊約14万棟。阪神・淡路大震災の被災地では、倒壊した建物からすさまじい量の粉じんが発生した。日本では石綿消費量の約8割が建材に使われてきた。吹き付け材、屋根材、内装材、吸音材、外装材、耐火被覆材(たいかひふくざい)などだ。震災で崩れた建物のがれきには、命を脅かす「死の棘(とげ)」が含まれていた。

 当時の環境庁の調査によると、解体現場周辺で空気1リットル中の石綿繊維量は平均3~5・4本、大気汚染防止法の基準(10本)を下回った。一方、民間研究機関「環境監視研究所」(大阪市)の測定では、解体現場周辺で1リットル中160~250本が検出された。基準値をはるかに上回る。

 官民でデータに隔たりがあるが、中皮腫が増えているのは「飛散防止に有効な手を打てなかったことを示している」(専門医)とみる人は多い。

 解体が急ピッチで進む中、行政が現場に本格的な粉じん対策を指示したのは、発生から1カ月あまりたってからだ。復旧工事が急がれる中、石綿対策が後手に回ったことがうかがえる。

 発生から間もなく1年半になる東日本大震災の被災地でも、石綿の飛散に不安が高まっている。

 環境省の飛散調査では、約350地点のうち95・4%で「問題なし」との結果だった。しかし、現地調査をした森裕之・立命館大教授(公共政策)は「極めて不十分」と疑問を投げ掛ける。「建材は解体作業で細かく砕かれており、風向きによって測定値が大きく異なる。東北の被災範囲は広大で、阪神・淡路の教訓を踏まえて丁寧に測定すべきだ」と話す。

 被災地ではがれきの集積場が点在している。原発事故に伴う放射能汚染に目を奪われがちだが、宮城県石巻市の石巻赤十字病院の矢内勝・呼吸器内科部長は「がれきが身近にある以上、石綿の吸引を避けるために万全を尽くす必要がある」としている。(加藤正文)

【発症時期迎え被害拡大か】
 中皮腫で亡くなった宝塚市の男性=当時(65)=が阪神・淡路の復旧作業に携わったのは、わずか2カ月だった。震災アスベストの危険性を訴えてきたNPO法人ひょうご労働安全衛生センターは「十分な飛散対策がないまま、復旧解体が街中で繰り広げられた。労働者だけでなく、住民やボランティアへの被害も懸念される」と指摘する。

 石綿が肺の中に入り、中皮腫や肺がんといった石綿疾患を引き起こすまでの潜伏期間は、十数年から40年とされる。阪神・淡路大震災から17年半、同センターの西山和宏事務局長(50)は「発症時期に入ったのではないか」と警戒感を強める。

 近年、復旧に携わった労働者の石綿疾患が相次ぐ。2008年、解体にかかわった兵庫県内の男性の中皮腫発症が判明。その後、解体作業の現場監督を務めた芦屋市の男性、がれきを収集した明石市職員の発症が確認された。

 しかし、いずれも発症と震災時の石綿飛散との明確な因果関係は証明されておらず、兵庫県の井戸敏三知事は「原因が阪神・淡路大震災だとはなかなかなりにくいのではないか」などと繰り返し発言している。

 これに対し、今回の宝塚市の男性のケースでは、石綿に触れる機会が震災後の復旧作業に限定される。男性の妻(67)は「夫と同じような作業をしていた人は多いはず」との思いで、夫の病状の公表を決心した。

 被害拡大や不安解消に向け、行政の速やかな対応が求められる。(中部 剛)

2012/8/24

 

論壇
アスベスト禍の衝撃 史上最悪の産業災害
命に突き刺さる棘、震災復興でも深刻な被害が

http://gendainoriron.jp/vol.03/rostrum/ro03.php
魚拓 
Internet Archive 

神戸新聞編集委員 加藤 正文


国賠勝訴 
複合型ストック災害 
クボタショック 
震災アスベストの脅威 
相次ぐ発症 
異常事態の中で 
繰り返される過ち 
課題を示す窓 


 原発事故とアスベスト(石綿)禍には被害の構図が共通している。過去に地震や津波が繰り返し発生した地に原発を起き、研究者が再三、その危険性を警告していたにもかかわらず、虚構の「安全神話」の中で稼働を続けた。一方、石綿も戦前から有害だと分かっていながらも、その有用性、経済性から「管理して使えば安全」と国は十分な規制を行わず、約1千万トンを消費した。使用禁止は北欧に遅れること20年、ヨーロッパ諸国に遅れること10年以上たった実に2006年だ。

 原発事故は「史上最大・最悪の公害」(宮本憲一・大阪市立大名誉教授)であり、石綿禍もまた「史上最大の産業災害」(同)である。筆者は2005年6月末、兵庫県尼崎市のクボタ旧神崎工場内外で深刻な被害が発覚した、いわゆる「クボタショック」以降、各地で取材を重ねてきた。その成果を『死の棘・アスベスト』(中央公論新社、2014年)として刊行した。石綿はその使用状況の広がりを反映して、被害状況も多様だ。本稿では、①石綿産業の原点としての大阪・泉南②アジア最悪の被害を出した兵庫県尼崎市のクボタ旧神崎工場③今後、深刻な被害が懸念される震災アスベスト-の3点で被害と不作為の構図を描いていく。


国賠勝訴

 「勝訴」「最高裁、国を断罪」。原告側の弁護士の旗が出ると、最高裁前に詰めかけた被害者らから拍手がわいた。2014年10月9日、石綿を吸って肺がんや中皮腫などを患った大阪・泉南地域の元工場労働者らによる国家賠償請求訴訟で、最高裁は国の賠償責任を初めて認める判決を言い渡した。

Kato_asbestos1
知られざる地場産業だった大阪・泉南の石綿紡織産業。100年の時をへて最高裁が国の不作為を認定した(大阪アスベスト弁護団提供)

 「労働環境を整備し、生命、身体に対する危害を防止するために、国は技術の進歩や医学知識に合うように適時適切に規制権限を行使すべきだ」。この「適時適切」という理念を盛り込んだ判決が確定するまでに、どれほどの苦難があったことだろう。病気に斃れた無数の声なき声が、100年もの長い時を超えて重い扉をこじあけたのだ。

 関西空港の対岸、大阪府泉南市、阪南市を中心とする泉南地区は、日本の石綿紡織産業の原点の地だ。中小零細の工場が集積し、戦前は軍需産業、戦後は自動車や船舶、機械などの基幹産業を支えた。最盛期には約200社が稼働し、約2千人が就労したという。戦前から石綿紡織工場の全国一の集積地として発展した。

 主な製品は、石綿を主原料に綿花などを混紡した糸、そして、この糸を布状やひも状に加工したものだ。耐熱性、絶縁性にすぐれ、各種パッキング、蒸気機関車などの防熱ふとん、自動車の摩擦材などに幅広く使われた。「小はランプの芯から、大は重化学工業の発熱部を覆う断熱材として欠かせなかった」(柚岡一禎・泉南地域の石綿被害と市民の会代表)。あちこちに工場が点在し、「街全体が石綿工場のようだった」といわれるが、今の街並みからは想像もつかない。高度成長期をピークに生産は次第に先細り、産地は消えた。長年、数多く労働者や住民が石綿による肺の病気で苦しんできたが、2006年、石綿対策の不備について国の責任を問う集団訴訟が提起されるまで知る人は少なかった。「国は石綿の危険性を知っていた、対策を取ることもできた、でも、やらなかった」。長い間、隠されてきた被害が表に出た瞬間だった。

 戦前の調査がある。国は1937(昭和12)年、泉南地区の被害をつかんでいた。旧内務省保険院の調査で、労働者の石綿肺罹患率が12・3%に上ることが判明した。担当医師らの「有害工業に属し法規的取り締まりを要する」との警告が残る。だが、国はこれに対して不十分な症例調査にすぎないとの立場をとった。その後も罹患率は10%を下回らず、労働基準監督署が調査を重ねた。しかし、「被害は深刻ではなかった」という見解を譲らなかった。 クボタのような大企業と違い、泉南はほとんどが零細企業で対策も不十分だ。「だからこそ国に被害拡大を防ぐ責任があった」。石綿問題に詳しい立命館大の森裕之教授(公共政策論)は国の不作為を指摘する。

 訴訟は2陣あり、1陣の地裁、高裁、2陣の地裁、高裁。そして今回の最高裁、過去5回の判決が投げ掛けるのは、一体、何のために労働関係の法規はあるのか、という根本的な命題だ。いくつもの曲折があったが、最高裁判決は、人間の命と健康を守るため、という基本原則を明確に示した。

 不断の努力で最新の知見に合わせて健康被害を予防する。被害が発生しているのならば、根絶まで対策を取る。これは法律や規則以前の行政の当然の責務だが、縦割りの官僚機構の中でその意識はかなり薄れている。あえてこの原則を厳しく指摘したところにこの判決の最大の意義がある。


複合型ストック災害

 手元にアスベスト(石綿)の原石がある。白く毛羽だった繊維のついた蛇紋岩。カナダ・ケベック州の鉱山都市セッドフォード・マインズの取材時にもらったものだ。

 壮大な露天掘りの鉱山に立ったとき、上流から下流へ流れる川のように、採掘された石綿が輸出され、港から工場に運ばれ、加工され製品となり、最後に瓦礫として廃棄される様子がまざまざと脳裏に浮かんだ。 熱や引っ張りに強く、燃えない。そして何より安い。産業革命とともに本格利用が始まり、各国の経済成長を支えた。その用途は建材、水道管、パッキング、シール材、ブレーキ材など実に3千種類に及んだ。

 かつては「奇跡の素材」と喧伝され、有害な「悪魔の素材」にもかかわらず、大量に使われた。日本は1千万㌧を消費した。1970年代にWHO(世界保健機関)やILO(国際労働機関)が発がん性を指摘したのに、日本が使用禁止にしたのは前述のとおり2006年。建物など社会のあちこちに蓄積(ストック)された石綿。髪の毛の5千分の1の微細な繊維は吸引すると長い潜伏期間をへて中皮腫や石綿肺などの病気を引き起こす。「生産・流通・消費・廃棄の経済活動の全局面で複合的に影響を与えるストック災害」(宮本・大阪市大名誉教授)とされる。近代化の初期に大量使用され、経済成長が一段落するころに「死の棘」の本性をみせる。これが複合型ストック災害の恐怖だ。

 日本で中皮腫による死者は2006年から毎年千人を超え、10年は1209人、11年1258人、12年は1400人、13年は1410人と増加。兵庫、大阪、東京、神奈川で多い。石綿を扱う工場などで働いたことがないのに病気になった人の数は中皮腫と肺がんで8千人を超え、その半数が亡くなっている。

 一方、労働災害として認定される人の数は毎年千人を超えている。高度成長期に起きた四大公害事件よりも被害者が多くなるのは間違いない。規制の決定的に遅れを踏まえると、被害のピークは2030年と予測される。


クボタショック

 アスベスト問題が労災を超えた公害であることを明確に示したのは、2005年6月に起きた「クボタショック」である。ショックたるゆえんは、工場の元従業員のみならず周辺住民の間で中皮腫が多発していることが発覚したからだ。中皮腫は石綿に起因する極めて予後の悪い特異性疾患だ。それが工場の周辺に広がっていた。発症状況を地図に落とすと、この特異な病気が工場の半径4キロにわたって広がっている状況が浮き彫りになる。

 2014年9月末時点で周辺住民と元従業員の死者は435人となり、アジア最悪の被害となっている。住民の被害者は263人で、元従業員(172人)を上回る。「俺、何か悪いことしたか」「1億円もらったってこんな病気、嫌」「クボタによる陰湿な殺人」「健康な体を返してほしい」―。不条理に命を奪われた患者たちの言葉はあまりに重い。

 クボタの社長は道義的責任から謝罪し、原則半径1キロの発症については救済金を支払ってきたが、肝心の因果関係についてはいまだに認めようとしない。「お見舞い金の延長」(首脳)という見解にとどまる。


震災アスベストの脅威

 重機がうなりをあげて建物を壊していく。むき出しの鉄筋、破砕された建材、積み上がる膨大ながれき、舞い上がる粉じん…。東日本大震災の被災地で続いた光景は、1995(平成7)年の阪神・淡路大震災の状況と重なる。当時、全国から駆けつけた労働者たちは、復旧復興のためにひたすら解体作業に打ち込んだ。すぐそばではごく当たり前の日常生活が営まれていた。あたりを舞う粉じんに潜む「死の棘」の存在を、気に留めることはほとんどなかった。

 来年1月で丸20年となる。神戸の街に震災のつめあとは感じられなくなった。順調に「復興」したかのように見えるこの街で、肺の奥に突き刺さった微細な繊維、アスベスト(石綿)が牙をむき始めている。がれき処理に関わった人が相次いで、石綿に起因するがん、中皮腫を発症しているのだ。吸引後、10数年から40年たって発症するのが石綿のリスクだ。

 「チュウヒシュ? 俺が?」。2012年5月、兵庫県明石市にある県立がんセンターで思わず問い返した。医師の診断は「腹膜中皮腫」。高濃度のアスベスト(石綿)暴露で起きる病気だ。明石市環境部の男性=当時(48)=の仕事はゴミの収集業務だが、石綿との関連を考えるうちに、1995年の阪神・淡路大震災時に思い至った。

 男性は当時、がれきの処理業務に奔走した。ブロックやスレート、木材など震災で全半壊した住宅のがれきをパッカー車に積んで、処分場に運んだ。波形スレートは半分に割って車に押し込んだ。2、3トン積みの車だったが、可燃であろうが、不燃であろうがお構いなしだったので「5、6トンは載せていた」。

 処分場にがれきを投入する。荷重が重すぎて油圧で荷台が上がらないのでパッカー車の中に入ってがれきをかきだした。狭いパッカーの中はすさまじい粉じんだった。「使い捨ての紙マスクを2重にして使っていたけど、鼻の中まで真っ黒になった」。当時、焼却場は壊れていたのですべてのゴミを埋め立て処分場へ。破砕してブルドーザーでならした。舞い上がる粉じんとともにがれきはうずたかく積み上がった。

 時は流れ、2011年暮れ、下腹部にできたしこりに気づいた。それが見る間に大きくなった。「当時、俺よりもたくさんアスベストを吸い込んだ人がいた。神戸に来ていたボランティアの人もそうだ。俺が病気になるというとは、これからもっと多くの人が発症するということ。入念な検査をみんなにしてほしい」。男性の病状は悪化し、2013年10月に亡くなった。


■ 相次ぐ発症

 時がたち、阪神・淡路大震災の生々しい記憶が遠ざかる中で、石綿関連疾患の発症が相次いでいる。2008年3月、震災時の解体作業で石綿を吸ったため、がんの一種、中皮腫になったと訴えた兵庫県内の30代の男性を、姫路労働基準監督署が労災認定した。震災時作業による労災認定は初のケースだった。石綿の被害は潜伏期間が十数年~40年とされる。「震災による石綿疾患はいずれ爆発的に発生する」と、かねて懸念されてきただけに、いよいよ来たのか、という覚悟を迫る発症の報告だった。

 2009年5月、芦屋市の男性=当時(80)=が労災認定された。中皮腫と診断されたのは2007年。元建設会社の営業マンで、震災後の95年10~11月、人手が足りず、解体作業で現場監督を務めた。重機の巨大なハサミが建物をつかむと、左右に10メートルほど粉じんが広がった。労災を申請すると、労働基準監督署は建設会社に勤務していた77~98年の約22年間に石綿に触れたと判断した。しかし、渾大防さんは「営業マン時代、建設現場に出ることはほとんどなかった。石綿を吸い込んだのは、震災時の現場監督時代しか思い当たらない」と話す。13年暮れ、男性は死去した。

 2012年8月には、宝塚市内の男性(11年に65歳で死去)も労災認定された。この男性は衣料品販売をしていたが、震災で仕事ができなくなり、1995年2月、作業服に着替えてアルバイトとして工務店で勤務した。民家からずり落ちた瓦を集め、屋根にブルーシートをかけた。マンションの改修工事にも立ち会った。マンションの室内では職人が壁や天井をはがしたり、電動のこぎりで建材を加工したりしたため、相当量の粉塵が部屋にたちこめた。妻(67)は今、夫のかぶっていた野球帽にほこりがたくさんついていたことを思い出す。工務店のアルバイトはわずか2カ月。この間に石綿を吸い込んだ。16年後に中皮腫を発症し、2011年10月に死去した。妻は悲しみを口にした。「がれきの中のアスベスト(石綿)のことなんて考えもしなかった。お父さんは悔しかったと思う。同じ哀しみを東北の被災地で決して繰り返さないでほしい」

 同じ月、兵庫県内に住む別の70歳代男性も神戸東労働基準監督署から労災認定されたことも判明。3年近く瓦礫処理作業に携わったという。労災認定などで表面化する被害だけで5人。その背後で、解体、瓦礫収集、運搬、処理などの復旧・復興に関わった数多くの労働者が次々と石綿禍に倒れている。これが阪神・淡路大震災の被災地の現実なのだ。


異常事態の中で

 死者6434人、家屋全壊約10万棟、半壊約14万棟。現場は異常事態であり、緊急事態だった。

 「最悪の労働環境だった」。解体や瓦礫処理に携わった労働者たちの証言だ。神戸市兵庫区で工務店を経営する男性(81)は振り返った。「マスクどころか、タオルもまかずに仕事した。石綿が危ないなんて考える余裕はなかった」「防護シートを張らずに解体した。飛散を防ぐために水をまこうにも、水道管が壊れて水は出なかった」

 発生約1カ月後から一斉解体が始まった。無数の業者が被災地に集まり、神戸だけでも100件、兵庫県内で200~300件の解体が同時に進行したという。住民への情報開示、飛散対策が積み残されたまま、混乱の中、大量解体が進んだ。一体、どれだけの粉じんが街中を舞ったのだろう。当時、がれきの街を取材で回りながら、のどがいつもいがらっぽく、目が痛かった記憶が残る。

 都市では高度成長期以降、郊外型の開発に力が注がれ、インナーシティーと呼ばれる中心部の再開発は遅れてきた。ニュータウン開発に力を入れた神戸では、とりわけインナーシティー問題は課題となっていた。そこには石綿を含む老朽建築物が数多く取り残されており、災害対策としても石綿に十分注意が払われてこなかった。震災時の兵庫県地域防災計画には環境保全の記述はなく、10年後の復興10年委員会の「総括検証・提言報告」にもアスベストの文字は一カ所もない。

 「これは単なるアスベスト対策の欠陥ではなく、日本の都市政策、災害対策、復興政策の欠陥と関連している」(宮本、森永、石原編『終わりなきアスベスト災害』岩波書店、2011)。この指摘が重くのしかかる。

 しかし、自治体の対応は鈍いといわざるを得ない。東日本大震災の起きる1年前の10年5~8月に掛けて立命館大は全国の自治体に地域防災計画に震災時アスベスト対策を盛り込んでいるかどうかを調査した。結果、72・5%が「現在、盛り込んでおらず、特に盛り込む予定はない」と回答。そのうち、環境省が07年に策定した災害時の石綿飛散防止マニュアルについても、「認識していない」「確認していない」としたのは5割超。

 これが日本の石綿対策の実情である。そこに東日本大震災が起きたのだ。


繰り返される過ち

 東北の被災地に点在する瓦礫の集積場で遊ぶ子どもたち。倒壊した建物の前で、マスクをつけずに普通に歩く中高生…。「目に見えないアスベストが飛散しているから、できるだけマスクを」。そんな思いが募る。阪神・淡路大震災の被災地であまりに無防備だったからだ。

Kato_asbestos2 積みあがる震災がれき。微細な石綿繊維の飛散が懸念された。阪神・淡路大震災の教訓は生かされたのだろうか=2012年、宮城県石巻市

 津波に根こそぎ奪われた東北の町は、当初は声を失う惨状だったが、その後、がれきの様子が気になった。宮城県石巻市。2012年秋に県立石巻商業高校(約580人)の隣に広がるがれきの集積場には驚いた。高い囲いが巡らされ、白い袋詰めされた膨大ながれきが積み上がっている。搬入された後、生徒から「喉が痛い」「目がかゆい」などの声が寄せられたため取られた措置だった。

 がれきは、撤去、運搬、仮置き、処分の全過程で粉じんが発生する。倒壊家屋や破損した船舶には、ふきつけられたり、練り込まれたりした石綿がたくさん含まれている。当初、環境省の担当者は「津波で塩水にぬれ、石綿の飛散が抑制されている」としたが、乾燥が進み、破砕や運搬作業が進む中で、当然、飛散する。

 がれきの総量は東日本2300万㌧、阪神・淡路2千万㌧だ。東日本大震災に特徴的なのは、沿岸には製紙業をはじめ、さまざまな工場があることだ。長期間、排水を流したことで、海底にはさまざまな物質が蓄積している。「津波は、海底に沈殿していたものを一気に陸に揚げた。産業廃棄物を含むヘドロは普通の泥ではない」と石巻赤十字病院の矢(や)内(ない)勝・呼吸器内科部長が警告する。発生2カ月後に訪れた際、海底にたい積したヘドロが津波で打ち上げられていた。臨海部にそびえる日本製紙石巻工場の周りを歩いていると、雨が降り出した。それまで白っぽかった泥が、雨にぬれると、どす黒く変色した。石綿、砒素、鉛…。危険物質は数多くある。

 東日本で阪神・淡路とは決定的に異なる点がある。犠牲者の9割が建物倒壊による「圧死」が阪神・淡路なのに対し、東日本では死因の9割が津波による「溺死」だ。これはそのまま石綿被害にもあてはまる。破損した建物が津波で流され、そして有害なヘドロが沿岸部に拡散している状況を踏まえると、粉じんの飛散に伴う健康被害は、阪神・淡路大震災よりもはるかに広域になる危険性がある。

 環境省は東北の被災地で11次にわたってモニタリング調査を行った。結果、1713地点のうち99・6%で問題がなかったという結果だった。「おおむね問題なし」と環境省の大気課長(当時)はいう。ここでも20年前の阪神・淡路大震災の当時と似ている。

 しかし、「調査はきわめて不十分」と森裕之・立命館大教授(公共政策)は言う。被災地ではがれきの量を減らすために成形板を破砕しているケースがあるといい、「破砕物は風向きで測定値が大きく異なる。被災のエリアは400㌔にわたる広大な地域だ。もっと丁寧な測定が要る」と話す。


課題を示す窓

 大震災の発生でどれだけの石綿が飛散したのか、完全な把握は難しい。とはいえ、できることはある。まず、アスベストを含んでいた建物の倒壊した地区を中心に、当時の住民や解体・撤去にかかわった労働者らを登録し、健康診断を継続しなければならない。土木工事に他府県から多くの労働者が神戸・阪神間にやってきた。これはボランティアも同じだ。アスベストに暴露したというリスクを本人に周知させ、健康診断を受けなければならない。

 もう一つ必要なのは、私たちの住む街にいったいどれぐらいの石綿が蓄積しているのか。神戸市は固定資産税台帳によって建物の建築年次を調べ、アスベストの飛散可能性のあるものをチェックしている。これは公表していないが、地図に落とし込んでいるので、アスベストマップとしても活用できる。

 「大震災の発生時、ふだんは見えない社会の課題を示す窓が開く。その窓はごく短い期間に閉じてしまう」。阪神・淡路大震災のちょうど1年前の1994年1月17日、米カリフォルニア州ロサンゼルス市ノースリッジで起きた大震災の報告書にはこんなフレーズがある。窓が開いているうちに、根本的な対策がとれるか。神戸で生かせなかった阪神・淡路の教訓を、東日本で生かさなければならない。これは石綿問題にとどまらず、私たちの社会の未来にかかわる問題である。

主要参考・引用文献

(1)中部剛、加藤正文『忍び寄る震災アスベスト 阪神・淡路と東日本』、かもがわ出版、2014年

(2)加藤正文『死の棘・アスベスト 作家はなぜ死んだのか』、中央公論新社、2014年

(3)立命館大学政策科学会編『別冊政策科学 アスベスト問題特集号』、2008、11、12年

※新聞、雑誌、インターネットサイトの記事、各種訴訟の訴状、判決文などを参考にした。


かとう・まさふみ

1964年西宮市生まれ。大阪市立大学卒。89年神戸新聞入社。経済部、北摂総局、阪神総局、論説委員などを経て、現在、経済部次長兼編集委員。著書に『工場を歩く-ものづくり再発見』(神戸新聞総合出版センター)、『工場は生きている-ものづくり探訪』(かもがわ出版)、『忍び寄る震災アスベスト 阪神・淡路と東日本』(共著、かもがわ出版)、『死の棘・アスベスト 作家はなぜ死んだのか』(中央公論新社)など。


   「いのちに突き刺さる」アスベストの悲惨―――
真正面から立ち向かった著者渾身の
「怒りと告発」の書に戦慄する。
――内橋克人氏(評論家)

これは“影の日本経済史”であり
世界的スケールで“白い肺の恐怖”を
描いた力作である。
――黒木亮氏(作家)

『死の棘・アスベスト』
加藤 正文著 中央公論新社 定価1700円(税別)

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3月26日、3月25日のNYT震災写真集。

 3月26日、3月25日のNYT震災写真集です。

関連:
3月11日〜3月28日のNYT写真集を全採録。直視し忘れないことが犠牲者への弔い。事実を伝えない日本のマスゴミは糞。(28日、27日採録)
3月24日、3月23日のNYT震災写真集。
3月22日、3月21日のNYT震災写真集。
3月20日、3月19日のNYT震災写真集。
3月18日、3月17日のNYT震災写真集。
3月16日、3月15日のNYT震災写真集。
3月14日のNYT震災写真集。
3月13日のNYT震災写真集。
3月12日のNYT震災写真集。
3月11日のNYT震災写真集。

 

 以下、NYTの写真集です。エントリーを何回かに分けてアップします。3月13日、14日、20日、22日() の写真映像に何枚か遺体の写真が出てきます。3月28日へと写真集が最後に近づくにつれ集団埋葬の写真などが見られるようになります。遺体の出て来る写真 は、写真集全体から見れば枚数的には少ないですが、今回の震災の悲惨さをリアリティを持って実感し、忘れないためにはなくてはならない写真と思います。

3月13日は#193とその下の#194で瓦礫から自衛隊員に発見されたばかりの上半身裸の後ろ姿の遺体と、瓦礫が散乱する自宅の階段脇に眠るような横顔で毛布の下に横たわる女性の遺体。3月14日は#170で瓦礫の中から出ている土に汚れた手だけが見える遺体。もう一枚は#173で自衛隊員の足元で横たわる毛布の下から土にまみれた足先がアップで見える遺体。3月20日は#90で小型トラックの荷台に載せられた靴の裏がアップで見える青色シートにくるまれた遺体。もう一枚は#99で体育館にずらーっと並ぶ遺体。3月22日は#72で自衛隊員が遺体に認識票をつけているところ(なおリンク先の画像は全てクリックすると拡大します

 

以下、3月26日(すべてクリックすると拡大します)
http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#25

http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#26
20110326_japanslidee667jumbo 20110326_JAPAN-slide-E667-jumbo.jpg(スクロールで

Carlos Barria/Reuters

Mourners stood around flimsy wood coffins buried at a hastily prepared cemetery in Keseunnuma, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#27
20110326_japanslidekbu3jumbo 20110326_JAPAN-slide-KBU3-jumbo.jpg(スクロールで

Carlos Barria/Reuters

Desperate municipalities such as Kesennuma dug mass graves, unthinkable in a nation where the deceased are almost always cremated and their ashes placed in stone family tombs near Buddhist temples.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#28
20110326_japanslideg6ltjumbo 20110326_JAPAN-slide-G6LT-jumbo.jpg(スクロールで

Carlos Barria/Reuters

Local residents scavanged for usable items at a dump under a bridge in Kesennuma, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#29
20110326_japanslideq2fwjumbo 20110326_JAPAN-slide-Q2FW-jumbo.jpg(スクロールで

Vincent Yu/Associated Press

A fishing boat beached along with devastated buildings in Ofunato, Iwate Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#30
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Yuriko Nakao/Reuters

Volunteers, comprising mainly of local residents, helped clean earthquake victims' houses in Higashi-Matsushima, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#31
20110326_japanslidem5g2jumbo 20110326_JAPAN-slide-M5G2-jumbo.jpg(qスクロールで

Damir Sagolj/Reuters

Policemen seen through the window of a destroyed house searched for bodies in Kirikiri.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#32
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Yasuyoshi Chiba/Agence France-Presse — Getty Images

A resident looked for anything she could salvage next to a destroyed building in Onagawa, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#33
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Yosuke Hayasaka/Sankei Shimbun, via Associated Press

Evacuees performed morning exercises at a shelter in Kesennuma, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#34
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Jun Yasukawa/Yomiuri Shimbun, via Associated Press

A farmer stood in front of a mountain of spinach that was thrown out in Fukushima Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#35
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Yomiuri Shimbun, via Reuters

Japan Self Defense Forces searched for victims of the earthquake and tsunami in Miyako City, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#36
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Tetsu Joko/Yomiuri Shimbun, via Associated Press

Evacuees who lost their home visited a makeshift city hall to apply for temporary housing in Rikuzentakata, Iwate Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#37
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Yasuyoshi Chiba/Agence France-Presse — Getty Images

A car hung from a damaged building in Onagawa, Miyagi Prefecture.


 

以下、3月25日
http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#38

http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#39
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Kyodo News, via Reuters

Japan's Self Defense Forces prepared to transfer workers who had been exposed to radiation at the Fukushima nuclear power plant to a hospital.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#40
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Carlos Barria/Reuters

In the town of Kamaishi, a man pushed a wheelchair loaded with his belongings.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#41
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Paula Bronstein/Getty Images

Earthquake survivors identified family members at a temporary burial ground in Higashi Matsushima. Under Buddhist practice, cremation is the traditional way of dealing with the dead. But now, with the death toll so high, crematoriums are overwhelmed.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#42
20110325_japanslidedhuhjumbo 20110325_JAPAN-slide-DHUH-jumbo.jpg(スクロールで

David Guttenfelder/Associated Press

A house sits upside-down in an open field near the coast near Yamamoto, Miyagi Prefecture, in northeastern Japan.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#43
20110325_japanslide7sprjumbo 20110325_JAPAN-slide-7SPR-jumbo.jpg(スクロールで

Shuji Kajiyama/Associated Press

Evacuees take a bath at a makeshift public bath set up outside a shelter in Yamamoto, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#44
20110325_japanslidev745jumbo 20110325_JAPAN-slide-V745-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Reuters

Members of Japan's Self Defense Forces searched for earthquake and tsunami victims in Onagawa, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#45
20110325_japanslideo04ajumbo 20110325_JAPAN-slide-O04A-jumbo.jpg(スクロールで

Kim Kyung-Hoon/Reuters

United States Marines based in Japan started to clear rubble in Sendai, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#46
20110325_japanslidehjk9jumbo 20110325_JAPAN-slide-HJK9-jumbo.jpg(スクロールで

Carlos Barria/Reuters

A vehicle destroyed by the magnitude 9.0 earthquake and tsunami that followed is seen transported into a car dump in Miyako, Iwate Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#47
20110325_japanslideys8qjumbo 20110325_JAPAN-slide-YS8Q-jumbo.jpg(スクロールで

Carlos Barria/Reuters

A man cleaned his bicycle at an area destroyed by the tsunami in Kamaishi, Iwate Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#48
20110325_japanslidempjwjumbo 20110325_JAPAN-slide-MPJW-jumbo.jpg(スクロールで

Carlos Barria/Reuters

A woman paused as she cleaned her house, which was destroyed by the tsunami, in Kamaishi.


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知事抹殺 つくられた福島県汚職事件 佐藤 栄佐久 (著)

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2011年6月21日 (火)

3月24日、3月23日のNYT震災写真集。

 3月24日、3月23日のNYT震災写真集です。

関連:
3月11日〜3月28日のNYT写真集を全採録。直視し忘れないことが犠牲者への弔い。事実を伝えない日本のマスゴミは糞。(28日、27日採録)
3月26日、3月25日のNYT震災写真集。
3月22日、3月21日のNYT震災写真集。
3月20日、3月19日のNYT震災写真集。
3月18日、3月17日のNYT震災写真集。
3月16日、3月15日のNYT震災写真集。
3月14日のNYT震災写真集。
3月13日のNYT震災写真集。
3月12日のNYT震災写真集。
3月11日のNYT震災写真集。

 

 以下、NYTの写真集です。エントリーを何回かに分けてアップします。3月13日、14日、20日、22日() の写真映像に何枚か遺体の写真が出てきます。3月28日へと写真集が最後に近づくにつれ集団埋葬の写真などが見られるようになります。遺体の出て来る写真 は、写真集全体から見れば枚数的には少ないですが、今回の震災の悲惨さをリアリティを持って実感し、忘れないためにはなくてはならない写真と思います。

3月13日は#193とその下の#194で瓦礫から自衛隊員に発見されたばかりの上半身裸の後ろ姿の遺体と、瓦礫が散乱する自宅の階段脇に眠るような横顔で毛布の下に横たわる女性の遺体。3月14日は#170で瓦礫の中から出ている土に汚れた手だけが見える遺体。もう一枚は#173で自衛隊員の足元で横たわる毛布の下から土にまみれた足先がアップで見える遺体。3月20日は#90で小型トラックの荷台に載せられた靴の裏がアップで見える青色シートにくるまれた遺体。もう一枚は#99で体育館にずらーっと並ぶ遺体。3月22日は#72で自衛隊員が遺体に認識票をつけているところ(なおリンク先の画像は全てクリックすると拡大します

 

以下、3月24日(すべてクリックすると拡大します)
http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#49

http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#50
20110324_japanslidef49ojumbo 20110324_JAPAN-slide-F49O-jumbo.jpg(スクロールで

Shiho Fukada for International Herald Tribune

Snow fell over the rubble in Rikuzentakata, a town of 23,000 where more than one in 10 people is either dead or has not been seen since a tsunami flattened three-quarters of the city in minutes.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#51
20110324_japanslide05i1jumbo 20110324_JAPAN-slide-05I1-jumbo.jpg(スクロールで

Shiho Fukada for International Herald Tribune

A shelter at Takata Daiichi junior high school in Rikuzentakata. Hundreds of thousands remain homeless, squeezed into temporary shelters without heat, warm food or medicine in communities along the coast of Japan.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#52
20110324_japanslideaoz9jumbo 20110324_JAPAN-slide-AOZ9-jumbo.jpg(スクロールで

Shiho Fukada for International Herald Tribune

Missing persons signs are posted at the shelter at Takata Daiichi junior high school in Rikuzentakata.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#53
20110324_japanslidexooijumbo 20110324_JAPAN-slide-XOOI-jumbo.jpg(スクロールで

Shiho Fukada for International Herald Tribune

Syoichi Yanashita, left, and his son Noriaki, right, cut evacuees' hair at the shelter.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#54
20110324_japanslide5q8ujumbo 20110324_JAPAN-slide-5Q8U-jumbo.jpg(スクロールで

Shiho Fukada for International Herald Tribune

Noriko Sugawara received treatment from Dr. Masanori Yoshida, left, at a makeshift dental clinic inside the shelter.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#55
20110324_japanslide4j6ojumbo 20110324_JAPAN-slide-4J6O-jumbo.jpg(スクロールで

Ko Sasaki for The New York Times

Men rested after collecting floats that were washed away by the tsunami in the port town of Kyubun.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#56
20110324_japanslidek87mjumbo 20110324_JAPAN-slide-K87M-jumbo.jpg(スクロールで

Paula Bronstein/Getty Images

Asuka Oyama, 10, prayed over the coffin of Katsuko Oyama during a cremation ceremony on Thursday in Minamisanriku. The family lost three family members in the tsunami.


 

以下、3月23日
http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#57

http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#58
20110323_japanslide1h2njumbo 20110323_JAPAN-slide-1H2N-jumbo.jpg(スクロールで

Shiho Fukada for The International Herald Tribune

Japanese soldiers searched for bodies in Nobiru on Wednesday. The Associated Press reported that the official death toll from the disaster had been raised to more than 9,500, with more than 16,000 people still missing, although officials said there could be overlap between those two categories.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#59
20110323_japanslidev6y1jumbo 20110323_JAPAN-slide-V6Y1-jumbo.jpg(スクロールで

Shiho Fukada for The International Herald Tribune

Mourners gathered for a mass burial on Wednesday in the coastal city of Higashi Matsushima, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#60
20110323_japanslideom9hjumbo 20110323_JAPAN-slide-OM9H-jumbo.jpg(スクロールで

Shiho Fukada for The International Herald Tribune

Members of the Japan Self-Defense Forces carried a coffin during the burial ceremony.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#61
20110323_japanslidefvuijumbo 20110323_JAPAN-slide-FVUI-jumbo.jpg(スクロールで

Shiho Fukada for The International Herald Tribune

Ekuko Kimura, 58, cried over her dead son, Taishi Kimura, 31.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#62
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Shiho Fukada for The International Herald Tribune

People paid their last respects to family members during the mass burial.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#63
20110323_japanslidemcadjumbo 20110323_JAPAN-slide-MCAD-jumbo.jpg(スクロールで

Shiho Fukada for The International Herald Tribune

Flowers were placed on a coffin during the service.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#64
20110323_japanslideuaebjumbo_2 20110323_JAPAN-slide-UAEB-jumbo.jpg(スクロールで

Ko Sasaki for The New York Times

Yoshiko Goto, left, visited a temporary clinic on Wednesday to have her 8-month-old granddaughter, Kokona, examined at a refugee center in Hadenya.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#65
20110323_japanslide4312jumbo 20110323_JAPAN-slide-4312-jumbo.jpg(スクロールで

Ko Sasaki for The New York Times

Relief supplies were stored at a community gym in Minamisanriku.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#66
20110323_japanslide5dd3jumbo 20110323_JAPAN-slide-5DD3-jumbo.jpg(スクロールで

Eugene Hoshiko/Associated Press

United States Navy crew members mopped up the flight deck of the aircraft carrier Ronald Reagan to remove radioactive contamination. The carrier is in the Pacific Ocean, off the Japanese coast, after 10 days of rescue missions to transport supplies to survivors.

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3月22日、3月21日のNYT震災写真集。

 3月22日、3月21日のNYT震災写真集です。

関連:
3月11日〜3月28日のNYT写真集を全採録。直視し忘れないことが犠牲者への弔い。事実を伝えない日本のマスゴミは糞。(28日、27日採録)
3月26日、3月25日のNYT震災写真集。
3月24日、3月23日のNYT震災写真集。
3月20日、3月19日のNYT震災写真集。
3月18日、3月17日のNYT震災写真集。
3月16日、3月15日のNYT震災写真集。
3月14日のNYT震災写真集。
3月13日のNYT震災写真集。
3月12日のNYT震災写真集。
3月11日のNYT震災写真集。

 

 以下、NYTの写真集です。エントリーを何回かに分けてアップします。3月13日、14日、20日、22日() の写真映像に何枚か遺体の写真が出てきます。3月28日へと写真集が最後に近づくにつれ集団埋葬の写真などが見られるようになります。遺体の出て来る写真 は、写真集全体から見れば枚数的には少ないですが、今回の震災の悲惨さをリアリティを持って実感し、忘れないためにはなくてはならない写真と思います。

3月13日は#193とその下の#194で瓦礫から自衛隊員に発見されたばかりの上半身裸の後ろ姿の遺体と、瓦礫が散乱する自宅の階段脇に眠るような横顔で毛布の下に横たわる女性の遺体。3月14日は#170で瓦礫の中から出ている土に汚れた手だけが見える遺体。もう一枚は#173で自衛隊員の足元で横たわる毛布の下から土にまみれた足先がアップで見える遺体。3月20日は#90で小型トラックの荷台に載せられた靴の裏がアップで見える青色シートにくるまれた遺体。もう一枚は#99で体育館にずらーっと並ぶ遺体。3月22日は#72で自衛隊員が遺体に認識票をつけているところ(なおリンク先の画像は全てクリックすると拡大します

 

以下、3月22日(すべてクリックすると拡大します)
http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#67

http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#68
0322japanslide3qrejumbo 0322-JAPAN-slide-3QRE-jumbo.jpg(スクロールで

Nicolas Asfouri/Agence France-Presse — Getty Images

People walked down a road amid the destruction in Rikuzentakata, Iwate Prefecture, Japan, on Tuesday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#69
0322japanslidexsbpjumbo 0322-JAPAN-slide-XSBP-jumbo.jpg(スクロールで

Kimimasa Mayama/European Pressphoto Agency

A woman watched as searching continued at Okawa Elementary School in Ishinomaki, Miyagi Prefecture. Only 24 of 84 schoolchildren and 13 teachers have been confirmed as alive by the school.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#70
0322japanslidek1ldjumbo 0322-JAPAN-slide-K1LD-jumbo.jpg(スクロールで

Hiroto Nomoto/Yomiuri Shimbun, via Associated Press

A boat sat atop a building in Otsuchi, Iwate Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#71
0322japanslide4mfijumbo 0322-JAPAN-slide-4MFI-jumbo.jpg(スクロールで

Ko Sasaki for The New York Times

Japanese soldiers searched for the bodies of tsunami victims in Natori, Miyagi Prefecture, on Tuesday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#72
0322japanslideilvxjumbo 0322-JAPAN-slide-ILVX-jumbo.jpg(スクロールで

Ko Sasaki for The New York Times

Soldiers put an identifying tag on a body in Natori.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#73
0322japanslide2nkvjumbo 0322-JAPAN-slide-2NKV-jumbo.jpg(スクロールで

Paula Bronstein/Getty Images

A man warmed himself by a fire after trying to clean up the remains of his store in Kesennuma, in Miyagi Prefecture. Medical teams are treating large numbers of cases of hypothermia and pneumonia, as well as illness from swallowing polluted water.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#74
0322japanslideliyyjumbo 0322-JAPAN-slide-LIYY-jumbo.jpg(スクロールで

David Guttenfelder/Associated Press

A soldier walked down a path in Minamisanriku, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#75
0322japanslide3ox3jumbo 0322-JAPAN-slide-3OX3-jumbo.jpg(スクロールで

Kunihiko Miura/Yomiuri Shimbun, via Associated Press

A woman prayed in front of a kindergarten bus in which five children died in Ishinomaki, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#76
0322japanslideco6sjumbo 0322-JAPAN-slide-CO6S-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Associated Press

Soldiers lowered a coffin at a temporary mass grave site in Higashimatsushima, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#77
0322japanslide2f4ljumbo 0322-JAPAN-slide-2F4L-jumbo.jpg(スクロールで

Yuriko Nakao/Reuters

On Tuesday, the government raised the official death toll upward to 9,079, and said more than 12,600 were missing, although officials cautioned there could be overlap between the figures. The final death toll is likely to reach 18,000, the government has said.


 

以下、3月21日
http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#78

http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#79
20110321_japanslideyeahjumbo 20110321_JAPAN-slide-YEAH-jumbo.jpg(スクロールで

Tokyo Electric Power, via Reuters

Gray smoke rose from Reactor No. 3 at the Fukushima Daiichi Nuclear Power Station on Monday. A team of workers trying to repair the reactor was temporarily evacuated from the site.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#80
20110321_japanslided0jdjumbo 20110321_JAPAN-slide-D0JD-jumbo.jpg(スクロールで

Ken Shimizu/Agence France-Presse — Getty Images

An elderly man read a newspaper in his small space at a shelter in Koriyama, Fukushima Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#81
20110321_japanslide04x6jumbo 20110321_JAPAN-slide-04X6-jumbo.jpg(スクロールで

Ko Sasaki for The New York Times

An evacuee received haircut at a shelter in Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#82
20110321_japanslideyjq3jumbo 20110321_JAPAN-slide-YJQ3-jumbo.jpg(スクロールで

Chris Mcgrath/Getty Images

Akiko Hatareyama dug mud out of what was left of her house in Kesennuma. A grounded ship was nearby.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#83
20110321_japanslide16sajumbo 20110321_JAPAN-slide-16SA-jumbo.jpg(スクロールで

Kimimasa Mayama/European Pressphoto Agency

Residents prayed at the graves of their ancestors at a cemetery in Minamisanriku, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#84
20110321_japanslideucvcjumbo 20110321_JAPAN-slide-UCVC-jumbo.jpg(スクロールで

Shuji Kajiyama/Associated Press

Rescue teams on Monday were still searching through communities devastated by the tsunami. Firefighters carried a body in Rikuzentakata, Iwate Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#85
20110321_japanslidefifejumbo 20110321_JAPAN-slide-FIFE-jumbo.jpg(スクロールで

Masataka Morita/Yomiuri Shimbun, via Associated Press

Workers prepared for a mass burial in Higashimatsushima, Miyagi Prefecture. NHK said Monday that the official death toll had been raised to more than 8,600.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#86
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Shiho Fukada for The International Herald Tribune

From left, the father and brother of Hiroki Sugawara as his body arrived at Takata Junior High.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#87
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Dai Kurokawa/European Pressphoto Agency

Harue Ishikawa, 61, cried over her son's coffin after learning about his death at a makeshift morgue in Rikuzentakata, Iwate Prefecture. The official death toll in Rikuzentakata stood at 775, with 1,700 missing.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#88
20110321_japanslide2a9qjumbo 20110321_JAPAN-slide-2A9Q-jumbo.jpg(スクロールで

Shiho Fukada for The International Herald Tribune

Devastation in Ofunato, Iwate Prefecture. The final toll in Japan is expected to reach nearly 20,000. More than 13,000 people are listed as missing.


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2011年6月20日 (月)

3月20日、3月19日のNYT震災写真集。

 3月20日、3月19日のNYT震災写真集です。

関連:
3月11日〜3月28日のNYT写真集を全採録。直視し忘れないことが犠牲者への弔い。事実を伝えない日本のマスゴミは糞。(28日、27日採録)
3月26日、3月25日のNYT震災写真集。
3月24日、3月23日のNYT震災写真集。
3月22日、3月21日のNYT震災写真集。
3月18日、3月17日のNYT震災写真集。
3月16日、3月15日のNYT震災写真集。
3月14日のNYT震災写真集。
3月13日のNYT震災写真集。
3月12日のNYT震災写真集。
3月11日のNYT震災写真集。

 

 以下、NYTの写真集です。エントリーを何回かに分けてアップします。3月13日、14日、20日、22日() の写真映像に何枚か遺体の写真が出てきます。3月28日へと写真集が最後に近づくにつれ集団埋葬の写真などが見られるようになります。遺体の出て来る写真 は、写真集全体から見れば枚数的には少ないですが、今回の震災の悲惨さをリアリティを持って実感し、忘れないためにはなくてはならない写真と思います。

3月13日は#193とその下の#194で瓦礫から自衛隊員に発見されたばかりの上半身裸の後ろ姿の遺体と、瓦礫が散乱する自宅の階段脇に眠るような横顔で毛布の下に横たわる女性の遺体。3月14日は#170で瓦礫の中から出ている土に汚れた手だけが見える遺体。もう一枚は#173で自衛隊員の足元で横たわる毛布の下から土にまみれた足先がアップで見える遺体。3月20日は#90で小型トラックの荷台に載せられた靴の裏がアップで見える青色シートにくるまれた遺体。もう一枚は#99で体育館にずらーっと並ぶ遺体。3月22日は#72で自衛隊員が遺体に認識票をつけているところ(なおリンク先の画像は全てクリックすると拡大します

 

以下、3月20日(すべてクリックすると拡大します)
http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#89

http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#90
20110320_japanslidemasqjumbo 20110320_JAPAN-slide-MASQ-jumbo.jpg(スクロールで

Shiho Fukada for The International Herald Tribune

Rescue workers removed bodies on Sunday from a highway in Rikuzentakata, Japan, that was washed out by the March 11 tsunami.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#91
20110320_japanslidekxmijumbo 20110320_JAPAN-slide-KXMI-jumbo.jpg(スクロールで

Shiho Fukada for The International Herald Tribune

A search and recovery team in Rikuzentakata, in Iwate Prefecture. Japan's official death toll was raised to more than 8,100 on Sunday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#92
20110320_japanslidesh3ojumbo 20110320_JAPAN-slide-SH3O-jumbo.jpg(スクロールで

Asahi Shimbun, via Reuters

Sumi Abe, 80, was helped by emergency workers after being rescued along with her 16-year-old grandson in Ishinomaki, Miyagi Prefecture, on Sunday, nine days after the earthquake.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#93
20110320_japanslidecm7hjumbo 20110320_JAPAN-slide-CM7H-jumbo.jpg(スクロールで

Mainichi Shimbun, via Reuters

Ms. Abe's grandson, Jin Abe, 16, was carried by rescue workers. Reports said he crawled out of the debris of their family home and alerted rescuers to his grandmother's location.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#94
20110320_japanslideinr4jumbo 20110320_JAPAN-slide-INR4-jumbo.jpg(スクロールで

Gregory Bull/Associated Press

A man looked at a package of spinach on sale at a supermarket in Tokyo. The government said it found new cases of above-normal levels of radioactive elements in milk and several vegetables, including spinach, from prefectures near the troubled nuclear reactors.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#95
20110320_japanslidevq4ojumbo 20110320_JAPAN-slide-VQ4O-jumbo.jpg(スクロールで

Everett Kennedy Brown/European Pressphoto Agency

These signs at a grocery store in Misaki, Chiba Prefecture, said that milk products were not being delivered because of the earthquake and nuclear reactor crisis.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#96
20110320_japanslide1fzdjumbo 20110320_JAPAN-slide-1FZD-jumbo.jpg(スクロールで

Jo Yong-Hak/Reuters

A student volunteer held a sign offering instant noodles for evacuees from Futaba, a city near the quake-stricken Fukushima Daiichi Nuclear Power plant, in the evacuees' new shelter at Saitama Super Arena, near Tokyo.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#97
20110320_japanslide1ndajumbo 20110320_JAPAN-slide-1NDA-jumbo.jpg(スクロールで

Fred Dufour/Agence France-Presse — Getty Images

People checked gravestones outside a tsunami-damaged Buddist temple in Natori, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#98
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Damir Sagolj/Reuters

Hiori Okazawa, 4, sat by her favorite dress, which was retrieved from the ruins of her home in Ofunato.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#99
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Dai Kurokawa/European Pressphoto Agency

A man looked for his missing son at a makeshift morgue in Rikuzentakata.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#100
20110320_japanslide96rdjumbo 20110320_JAPAN-slide-96RD-jumbo.jpg(スクロールで

Chris Mcgrath/Getty Images

Construction workers built 200 temporary houses in Rikuzentakata.


 

 以下、3月19日
http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#101

http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#102
20110319_japanslidelh2djumbo 20110319_JAPAN-slide-LH2D-jumbo.jpg(スクロールで

Shiho Fukada for The New York Times

People visited the devastated neighborhood of Kesennuma in Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#103
20110319_japanslide6lmijumbo 20110319_JAPAN-slide-6LMI-jumbo.jpg(スクロールで

Eugene Hoshiko/Associated Press

Volunteers at the Saitama Super Arena near Tokyo helped carry the belongings of evacuees from Futaba, a town near the crippled Fukushima Daiichi nuclear plant in Fukushima Prefecture, on Saturday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#104
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Kazuhiro Nogi/Agence France-Presse — Getty Images

A survivor peered into her destroyed home in the debris of Yamada in Iwate prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#105
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Fred Dufour/Agence France-Presse — Getty Images

In the town of Yamada, residents cleaned debris from their home.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#106
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Dai Kurokawa/European Pressphoto Agency

Evacuees shared a plate of Japanese pickles and ate hot soup at an evacuation center in coastal city of Rikuzentakata, Iwate Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#107
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Fred Dufour/Agence France-Presse — Getty Images

A man went through the names of displaced people at the main hall of a primary school of Yamada on Saturday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#108
20110319_japanslidevowwjumbo 20110319_JAPAN-slide-VOWW-jumbo.jpg(スクロールで

Fred Dufour/Agence France-Presse — Getty Images

A tank lay on a house amid piles of debris in Yamada.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#109
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Damir Sagolj/Reuters

Members of Japan's Self-Defense Force carried the body of a victim found in the ruins of Kesennuma.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#110
20110319_japanslide25wpjumbo 20110319_JAPAN-slide-25WP-jumbo.jpg(スクロールで

Japan Defense Ministry, via Associated Press

In this image, taken from footage released by the Japanese Defense Ministry, a fire engine from the Japan Self-Defense Forces sprayed water toward Unit 3 of the troubled Fukushima Daiichi nuclear complex on Friday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#111
20110319_japanslidekmbqjumbo 20110319_JAPAN-slide-KMBQ-jumbo.jpg(スクロールで

Paula Bronstein/Getty Images

Residents shopped for food in a near-empty grocery store in Senmaya on Saturday, as food shortages continued.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#112
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David Guttenfelder/Associated Press

Tayo Kitamura, 40, mourned over the body of her mother. Japanese firemen discovered the dead woman inside the ruins of her home in Onagawa.


 

 以下、資料として採録。

9日ぶり救出 倒壊家屋から80歳女性と孫 宮城・石巻
2011年3月20日21時31分
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201103200207.html

Tky201103200213救助された阿部寿美さん=20日午後4時56分、宮城県石巻市門脇町、武田耕太撮影


Tky201103200211救助され、ヘリで搬送される阿部任さん=20日午後5時7分、宮城県石巻市、杉本康弘撮影


Tky201103200342津波で家が移動した場所


 20日午後4時ごろ、宮城県石巻市門脇町2丁目で、倒壊した家屋に男女2人がいるのを、周辺を捜索していた警察官が発見した。県警からの連絡を受けた消防のレスキュー隊とともに男女を救出。いずれも意識があり、ヘリコプターで市内の石巻赤十字病院に搬送された。

 県警によると、助け出されたのは阿部寿美(すみ)さん(80)と孫で高校1年の任(じん)さん(16)。大地震発生から発見まで丸9日、217時間たっていた。病院によると、寿美さんは軽い脱水症状がみられた。また、任さんは足がはれ、軽い凍傷の疑いもあるという。

 救出された2人は「2階の台所でご飯を食べていた。津波で2階まで浸水した。食器棚などが倒れ、狭いスペースにいた」と話しているという。冷蔵庫の中にあったヨーグルトやコーラ、牛乳、水を口にしながら過ごした。ぬれていない毛布にくるまっていたという。

 家族の説明によると、任さんは仙台市で父親と暮らしているが、試験休みで石巻市の寿美さん方に来ていた。

 地震のあった翌日には、任さんは家族と50秒ほど、携帯電話で話していた。家族が捜しに行ったが、津波のため、家がもともとあった場所になかったという。家族が捜索願を出したが、家屋が数十メートル離れた場所に津波で流されていたことが、捜索が遅れた原因とみられる。

 2人が発見されたのは、JR石巻駅から南に約1.5キロ。旧北上川沿いで河口側のほとんどの家屋が津波で倒壊していた。家屋の方から「助けて」という声を聞いた警察官が、屋根の上にいた任さんを見つけた。任さんから「おばあちゃんが中にいる」と聞いた警察官が家屋内を捜索すると、寿美さんがいたという。任さんががれきを取り除いて屋根に出たのは、この日が初めてだったという。

 仙台管区気象台によると、石巻市から約50キロの仙台市の最低気温は17日に平年より3.2度低い零下2.7度、18日も平年より4.7度低い零下4.1度を記録。平年より厳しく冷え込んでいた。

 宮城県災害対策本部によると、石巻市の今回の地震被害は、死者1826人、行方不明者1472人。3万9219人が避難している。

 

屋根にしがみつきSOS、届いた 石巻9日ぶり救出
2011年3月21日9時3分
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201103200289.html

Tky201103200317 生存を知ったときの心境を聞かれ、笑顔を見せる阿部任さんの父・明さん=20日午後8時22分、宮城県石巻市、伊藤恵里奈撮影

 寒さに震えながら振り絞ったSOSが、届いた。地震発生から10日目。宮城県石巻市で倒壊家屋から救出された祖母と孫は、がれきの下で励まし合いながら、助けを待っていた。

 辺りは暗くなろうとしていた。県警石巻署員4人が不明者を捜索中、崩れて平屋建てのようになった2階建ての家から声が聞こえた。

 「たすけてー」。がれきに囲まれ、阿部任(じん)さん(16)が屋根にしがみついていた。ジャージー姿。体にはバスタオルを何重にも巻き付けていた。靴も履いていない。「家の中に動けなくなったばあちゃんがいます。助けてください。80歳です」

 署員ががれきをかいくぐっていくと、倒れたクローゼットの上に布団にくるまった祖母の寿美(すみ)さん(80)がいた。そばには冷蔵庫やテーブルがあった。署員と目が合うと「よかった」と言って、涙を流した。足が悪くて動けなかったという。

 寿美さんは軽度の脱水症状がみられる程度だが、任さんは顔や足にけがをしていた。署員が持っていたお菓子を差し出すと、任さんはほおばって食べた。カイロを渡し、カッパをかけると、ようやくほっとした表情になった。

 2人が搬送された病院で会見した任さんの父の明(あきら)さん(57)らによると、地震発生翌日の12日、寿美さんの携帯電話に、任さんの兄から着信があった。任さんは「うちはつぶれたけど2階の台所にいて無事だ」と兄に伝えた。その情報を元に家族で捜したが、家そのものが津波で流されてどこにあるかわからず、携帯もつながらなくなった。

 地震発生から3日目、任さんが隣の部屋から毛布を取ってきて2人で毛布や布団にくるまっていた。近くにある冷蔵庫から食材を取り出し、空腹をしのいだ。20日、任さんが屋根裏を破って屋根に乗ったことが、9日ぶりの救出につながった。

 救出後、明さんが「よく頑張ってくれた」と声をかけると、2人とも「頑張った」という表情をしたという。明さんは「必ず生きていると信じていた。助けていただき、非常にうれしい。あきらめないとは偉大なことだというメッセージになる」と話した。

 任さんの友人は「すごく心配していた。任君は体力があり、体調が悪い友だちがいると声をかけてくれる優しいやつ。とにかく無事でよかった」と喜んだ。

 治療にあたった石巻赤十字病院の小林道生医師は「2人とも元気。奇跡的に食料がとれる状態で、毛布で寒さをしのげたことや、2人で励まし合えたことがよかった」と話した。

 2人が寝ていた枕元には、パンや焼きのり、冷凍たこ焼きの容器が散らばっていた。

 震災の発生から21日で10日。捜索活動はどうなっているのか。

 警察幹部は「壊れた家の隙間やがれきの下に必ず生存者はいる。何日たとうが関係ない」と話す。ヘリコプターが被災地の上空を回り、人影を探す。陸では、がれきをそっとはがして、声やせきの音が聞こえないか耳を澄ます。そんな活動が20日の2人救出につながったという。

 被災地に入った全国の消防隊員はピーク時の約5千人から、現在は約4500人に。総務省消防庁も「いつまでになるかはわからないが、現地にいる限り救助活動は続ける」としている。

 その一方で、発生1週間の18日を境に、被災者支援に軸足を移す向きもある。

 岩手県は18日、自衛隊、消防、警察などが行方不明者を一斉に捜索する「ローラー作戦」を実施した。これ以降について、県幹部は「避難者支援に軸足を移す」。自衛隊の部隊の指揮官である君塚栄治陸将も同日の会見で「行方不明者の捜索を継続しつつ、活動の重点を人命救助から生活支援を主体とした復旧活動に徐々に移す」と述べた。

始めに戻る

 

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3月18日、3月17日のNYT震災写真集。

 3月18日、3月17日のNYT震災写真集です。

関連:
3月11日〜3月28日のNYT写真集を全採録。直視し忘れないことが犠牲者への弔い。事実を伝えない日本のマスゴミは糞。(28日、27日採録)
3月26日、3月25日のNYT震災写真集。
3月24日、3月23日のNYT震災写真集。
3月22日、3月21日のNYT震災写真集。
3月20日、3月19日のNYT震災写真集。
3月16日、3月15日のNYT震災写真集。
3月14日のNYT震災写真集。
3月13日のNYT震災写真集。
3月12日のNYT震災写真集。
3月11日のNYT震災写真集。

 

 以下、NYTの写真集です。エントリーを何回かに分けてアップします。3月13日、14日、20日、22日() の写真映像に何枚か遺体の写真が出てきます。3月28日へと写真集が最後に近づくにつれ集団埋葬の写真などが見られるようになります。遺体の出て来る写真 は、写真集全体から見れば枚数的には少ないですが、今回の震災の悲惨さをリアリティを持って実感し、忘れないためにはなくてはならない写真と思います。

3月13日は#193とその下の#194で瓦礫から自衛隊員に発見されたばかりの上半身裸の後ろ姿の遺体と、瓦礫が散乱する自宅の階段脇に眠るような横顔で毛布の下に横たわる女性の遺体。3月14日は#170で瓦礫の中から出ている土に汚れた手だけが見える遺体。もう一枚は#173で自衛隊員の足元で横たわる毛布の下から土にまみれた足先がアップで見える遺体。3月20日は#90で小型トラックの荷台に載せられた靴の裏がアップで見える青色シートにくるまれた遺体。もう一枚は#99で体育館にずらーっと並ぶ遺体。3月22日は#72で自衛隊員が遺体に認識票をつけているところ(なおリンク先の画像は全てクリックすると拡大します

 

以下、3月18日(すべてクリックすると拡大します)
http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#113

http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#114
20110318_japanslide7w4gjumbo 20110318_JAPAN-slide-7W4G-jumbo.jpg(スクロールで

Shiho Fukada for The New York Times

Shinobu Sugimoto, 29, returned to his home in Rikuzentakata, Iwate Prefecture, to collect belongings. He picked up a basketball, a jacket, a pair of glasses, a pair of sneakers and some photos.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#115
20110318_japanslidepg1sjumbo 20110318_JAPAN-slide-PG1S-jumbo.jpg(スクロールで

Naoya Masuda/Yomiuri Shimbun, via Associated Press

Survivors prayed for victims at the devastated city of Miyako, in northeastern Japan, on Friday, just one week after the massive earthquake and resulting tsunami.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#116
20110318_japanslide42uqjumbo 20110318_JAPAN-slide-42UQ-jumbo.jpg(スクロールで

Kim Kyung-Hoon/Reuters

Minako Oikawa, left, who lost her husband in the earthquake and tsunami which struck Japan last week, cried as she met family members at an evacuation center in in Rikuzentakata.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#117
20110318_japanslideg6enjumbo 20110318_JAPAN-slide-G6EN-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Associated Press

A woman rummaged through her damaged home in the town of Yamamoto, in northeastern Japan, on Friday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#118
20110318_japanslideo3d9jumbo 20110318_JAPAN-slide-O3D9-jumbo.jpg(スクロールで

Shiho Fukada for The New York Times

A photo album amid the ruins of Rikuzentakata.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#119
20110318_japanslidegf81jumbo 20110318_JAPAN-slide-GF81-jumbo.jpg(スクロールで

Shiho Fukada for The New York Times

An aerial view of Rikuzentakata on Friday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#120
20110318_japanslidej0fkjumbo 20110318_JAPAN-slide-J0FK-jumbo.jpg(スクロールで

Nicolas Asfouri/Agence France-Presse — Getty Images

The body of a tsunami victim lay in the rubble at Rikuzentakata.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#121
20110318_japanslide20btjumbo 20110318_JAPAN-slide-20BT-jumbo.jpg(スクロールで

Shiho Fukada for The New York Times

Firefighters searched among the ruins of Rikuzentakata.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#122
20110318_japanslide26oxjumbo 20110318_JAPAN-slide-26OX-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Associated Press

The first readings from American data-collection flights over the stricken Fukushima Daiichi nuclear plant in northeastern Japan showed that the worst contamination had not spread beyond the 19-mile radius of highest concern established by Japanese authorities. People waited to be scanned for radiation exposure in Fukushima.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#123
20110318_japanslideqvh5jumbo 20110318_JAPAN-slide-QVH5-jumbo.jpg(スクロールで

Nicolas Asfouri/Agence France-Presse — Getty Images

Kikuo Nomura walked past destroyed houses in Kesennuma, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#124
20110318_japanslide0ogkjumbo 20110318_JAPAN-slide-0OGK-jumbo.jpg(スクロールで

Fred Dufour/Agence France-Presse — Getty Images

Japanese firefighters checked a damaged hospital in Minamisanriku, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#125
20110318_japanslidecqjujumbo 20110318_JAPAN-slide-CQJU-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Associated Press

Another day of frantic efforts to cool nuclear fuel and spent-fuel pools in the troubled reactors at the Fukushima Daiichi nuclear plant resulted in little or no progress, according to United States government officials. Fire trucks converged in Iwaki in preparation for spraying water at the plant.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#126
20110318_japanslideuigljumbo 20110318_JAPAN-slide-UIGL-jumbo.jpg(スクロールで

Toru Yamanaka/Agence France-Presse — Getty Images

Australian rescue workers and a dog searched for bodies in Minamisanriku, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#127
20110318_japanslide2vesjumbo 20110318_JAPAN-slide-2VES-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo/Reuters

A woman cried after her mother's body was found in Onagawa, Miyagi Prefecture.


 

以下、3月17日
http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#128

http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#129
20110317japan2slide1zdljumbo 20110317-JAPAN2-slide-1ZDL-jumbo.jpg(スクロールで

Hiroto Sekiguchi/Yomiuri Shimbun, via Associated Press

Yoshikatsu Hiratsuka grieved in front of wreckage where the body of his mother was buried in Onagawa, in northern Japan, on Thursday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#130
20110317japan2slidezrovjumbo 20110317-JAPAN2-slide-ZROV-jumbo.jpg(スクロールで

Kim Kyung-Hoon/Reuters

A man rode a bicycle through an area hit by the earthquake and tsunami in Kesennuma.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#131
20110317japan2slide4ksqjumbo 20110317-JAPAN2-slide-4KSQ-jumbo.jpg(スクロールで

Takashi Noguchi/Agence France-Presse — Getty Images

A Japanese soldier prayed before removing a body from rubble in the town of Otsuchi.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#132
20110317japan2slideja8bjumbo 20110317-JAPAN2-slide-JA8B-jumbo.jpg(スクロールで

Shiho Fukada for The International Herald Tribune

Evacuees waited for food at a temporary shelter in Kesennuma on Thursday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#133
20110317japan2slideb2vzjumbo 20110317-JAPAN2-slide-B2VZ-jumbo.jpg(スクロールで

Shiho Fukada for The International Herald Tribune

Miwako Onodera, third from left, fed her daughters Hiyori, 8, and Yuine, 4, as her sick father, Tetsuo, second from right, was helped by his wife, Hitomi, at a shelter in Kesennuma.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#134
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Chris Mcgrath/Getty Images

A woman sifted through the rubble of her home on Thursday in Kesennuma.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#135
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Kyodo News, via Associated Press

The Fukushima Daiichi Nuclear Power Station, where military fire trucks began spraying cooling water on spent fuel rods on Thursday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#136
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Kenji Shimizu/Yomiuri Shimbun, via Associated Press

Earlier, helicopters and water cannons were deployed in a race to prevent perilous overheating in the spent rods of the No. 3 reactor. Those efforts to cool the rods failed, Japanese officials said.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#137
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Damir Sagolj/Reuters

Rescue workers prayed over a body retrieved from the rubble in Rikuzentakata on Thursday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#138
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Dai Kurokawa/European Pressphoto Agency

Empty shelves at a grocery store in Ichinoseki city on Thursday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#139
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Chris McGrath/Getty Images

People looked through messages posted on notice boards at the Kesennuma city hall on Thursday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#140
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Damir Sagolj/Reuters

An older Japanese woman walked through a destroyed residential area in Rikuzentakata.

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原子炉時限爆弾 広瀬 隆 (著)

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2011年6月19日 (日)

3月16日、3月15日のNYT震災写真集。

 3月16日、3月15日のNYT震災写真集です。

関連:
3月11日〜3月28日のNYT写真集を全採録。直視し忘れないことが犠牲者への弔い。事実を伝えない日本のマスゴミは糞。(28日、27日採録)
3月26日、3月25日のNYT震災写真集。
3月24日、3月23日のNYT震災写真集。
3月22日、3月21日のNYT震災写真集。
3月20日、3月19日のNYT震災写真集。
3月18日、3月17日のNYT震災写真集。
3月14日のNYT震災写真集。
3月13日のNYT震災写真集。
3月12日のNYT震災写真集。
3月11日のNYT震災写真集。

 

 以下、NYTの写真集です。エントリーを何回かに分けてアップします。3月13日、14日、20日、22日() の写真映像に何枚か遺体の写真が出てきます。3月28日へと写真集が最後に近づくにつれ集団埋葬の写真などが見られるようになります。遺体の出て来る写真 は、写真集全体から見れば枚数的には少ないですが、今回の震災の悲惨さをリアリティを持って実感し、忘れないためにはなくてはならない写真と思います。

3月13日は#193とその下の#194で瓦礫から自衛隊員に発見されたばかりの上半身裸の後ろ姿の遺体と、瓦礫が散乱する自宅の階段脇に眠るような横顔で毛布の下に横たわる女性の遺体。3月14日は#170で瓦礫の中から出ている土に汚れた手だけが見える遺体。もう一枚は#173で自衛隊員の足元で横たわる毛布の下から土にまみれた足先がアップで見える遺体。3月20日は#90で小型トラックの荷台に載せられた靴の裏がアップで見える青色シートにくるまれた遺体。もう一枚は#99で体育館にずらーっと並ぶ遺体。3月22日は#72で自衛隊員が遺体に認識票をつけているところ(なおリンク先の画像は全てクリックすると拡大します

 

以下、3月16日(すべてクリックすると拡大します)
http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#141

http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#142
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DigitalGlobe, via Reuters

Workers are struggling to avert meltdowns at the Fukushima Daiichi Nuclear Power Station, seen in a satellite photo taken at 9:35 a.m. Wednesday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#143
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Asahi Shimbun, via Reuters

Medical workers screened a woman for possible radiation exposure in Hitachi City, Ibaraki Prefecture, on Wednesday after she was evacuated from an area within about 12 miles of the Fukushima Daiichi nuclear plant. She tested negative.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#144
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Gregory Bull/Associated Press

A man was screened on Wednesday as authorities announced that a second reactor unit at the stricken Fukushima Daiichi plant in northeastern Japan may have ruptured and appeared to be releasing radioactive steam.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#145
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Everett Kennedy Brown/European Pressphoto Agency

People watched from an electronics shop as Emperor Akihito of Japan, in an unprecedented television address to the nation, said on Wednesday that he was "deeply worried" about the ongoing nuclear crisis.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#146
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Issei Kato/Reuters

People shopped amid nearly empty shelves at a supermarket in Tokyo.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#147
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Jiji Press, via Agence France-Presse — Getty Images

Weather forecasters predicted that a cold front moving into the region would send the overnight temperatures in northeastern Japan below freezing, and the government said the cold posed a health risk for evacuees. People at a shelter in Yamada on Wednesday huddled around a heater.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#148
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Ko Sasaki for The New York Times

Evacuees in a shelter in Ofunato on Wednesday. An estimated 440,000 people are living in makeshift shelters or evacuation centers, officials said. Bitterly cold and windy weather compounded the misery as survivors endured shortages of food, fuel and water.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#149
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Mike Clarke/Agence France-Presse — Getty Images

Japanese soldiers searched through flooded lowland areas in Natori in northeastern Japan on Wednesday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#150
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Kimimasa Mayama/European Pressphoto Agency

The death toll climbed inexorably. More than 3,600 people were confirmed dead and more than 7,800 remained unaccounted for by Wednesday afternoon. The authorities say the number of dead is likely to exceed 10,000.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#151
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Shiho Fukada for The International Herald Tribune

Chieko Chiba looked for the remains of her house in the Shishiori township of Kesennuma on Wedneday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#152
20110316_japanslideyxuojumbo 20110316_JAPAN-slide-YXUO-jumbo.jpg(スクロールで

Shiho Fukada for The International Herald Tribune

Rescue teams from 13 nations continued to search for survivors, and more nations were preparing to send teams. Helicopters shuttled back and forth, part of a mobilization of 100,000 troops, the largest in Japan since World War II, to assist in the rescue and relief work.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#153
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Shiho Fukada for The International Herald Tribune

In Kesennuma, the six-mile inlet that nurtured the town also proved its undoing, channeling and compressing the tsunami’s power until, at the end, the wave towered nearly 50 feet high.

 

以下、3月15日
http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#154

http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#155
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David Guttenfelder/Associated Press

People walked through the destroyed port town of Minamisanriku, in northeastern Japan, where a senior police official estimated that the number of dead would "certainly be more than 10,000." The town's population is just 17,000.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#156
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Masamine Kawaguchi/Yomiuri Shimbun, via Associated Press

An American rescue worker and his dog searched for survivors amid debris in Ofunato, a city with a seawall built specifically to withstand tsunamis. The tsunami crashed over it before moving a few miles inland, carrying houses and cars with it.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#157
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Shiho Fukada for The International Herald Tribune

In the port town of Kesennuma, north of Sendai, huge fishing trawlers were brought to land by the force of the tsunami.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#158
20110315_japanslide9go7jumbo 20110315_JAPAN-slide-9GO7-jumbo.jpg(スクロールで

Shiho Fukada for The International Herald Tribune

The tsunami devasted Kesennuma, and desperate survivors continued to search for signs of missing friends and relatives.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#159
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Kyodo News, via Associated Press

Residents of Ishinomaki cooked on a makeshift grill in front of their damaged home on Tuesday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#160
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Asahi Shimbun, via European Pressphoto Agency

The burning remains of Kesennuma.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#161
20110315_japanslidenbuojumbo 20110315_JAPAN-slide-NBUO-jumbo.jpg(スクロールで

Adrees Latif/Reuters

Soldiers and a rescue worker carried the body of a resident through Kesennuma on Tuesday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#162
20110315_japanslidez9j9jumbo 20110315_JAPAN-slide-Z9J9-jumbo.jpg(スクロールで

Shiho Fukada for The International Herald Tribune

Survivors searched for names of missing people on a list of registered evacuees at a temporary shelter at Kesennuma city hall.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#163
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Asahi Shimbun, via European Pressphoto Agency

Evacuees at a school gymnasium in Minamisanriku.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#164
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Shiho Fukada for The International Herald Tribune

A child in Kesennuma on Tuesday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#165
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Matt Dunham/Associated Press

Japanese soldiers searched damaged areas of Ofunato for trapped survivors on Tuesday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#166
20110315_japanslider3k1jumbo 20110315_JAPAN-slide-R3K1-jumbo.jpg(スクロールで

David Guttenfelder/Associated Press

Vehicles passed through the ruins of the leveled city of Minamisanriku.


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※原発関連で3冊:

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2011年6月18日 (土)

3月14日のNYT震災写真集。

 3月14日のNYT震災写真集です。

関連:
3月11日〜3月28日のNYT写真集を全採録。直視し忘れないことが犠牲者への弔い。事実を伝えない日本のマスゴミは糞。(28日、27日採録)
3月26日、3月25日のNYT震災写真集。
3月24日、3月23日のNYT震災写真集。
3月22日、3月21日のNYT震災写真集。
3月20日、3月19日のNYT震災写真集。
3月18日、3月17日のNYT震災写真集。
3月16日、3月15日のNYT震災写真集。
3月13日のNYT震災写真集。
3月12日のNYT震災写真集。
3月11日のNYT震災写真集。

 

 以下、NYTの写真集です。エントリーを何回かに分けてアップします。3月13日、14日、20日、22日() の写真映像に何枚か遺体の写真が出てきます。3月28日へと写真集が最後に近づくにつれ集団埋葬の写真などが見られるようになります。遺体の出て来る写真 は、写真集全体から見れば枚数的には少ないですが、今回の震災の悲惨さをリアリティを持って実感し、忘れないためにはなくてはならない写真と思います。

3月13日は#193とその下の#194で瓦礫から自衛隊員に発見されたばかりの上半身裸の後ろ姿の遺体と、瓦礫が散乱する自宅の階段脇に眠るような横顔で毛布の下に横たわる女性の遺体。3月14日は#170で瓦礫の中から出ている土に汚れた手だけが見える遺体。もう一枚は#173で自衛隊員の足元で横たわる毛布の下から土にまみれた足先がアップで見える遺体。3月20日は#90で小型トラックの荷台に載せられた靴の裏がアップで見える青色シートにくるまれた遺体。もう一枚は#99で体育館にずらーっと並ぶ遺体。3月22日は#72で自衛隊員が遺体に認識票をつけているところ(なおリンク先の画像は全てクリックすると拡大します

 

以下、3月14日(すべてクリックすると拡大します)
http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#167

http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#168
0314japan_gbcustom7 0314Japan_GB-custom7.jpg(スクロールで

DigitalGlobal, via Agence France-Presse -- Getty Images

Smoke from the damaged Fukushima Daiichi nuclear plant in Okuma, Japan, on Monday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#169
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Asahi Shimbun, via European Pressphoto Agency

A mother and son were checked for radiation exposure in Fukushima Prefecture, Japan.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#170
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Gregory Bull/Associated Press

Emergency crews worked to free a body sitting among concrete sea barriers in Toyoma, in northern Japan.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#171
0314japan_gbcustom4 0314Japan_GB-custom4.jpg(スクロールで

Hiroto Sekiguchi/The Yomiuri Shimbun, via Associated Press

A father took his daughter to safety after she was rescued in Ishinomaki, Japan.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#172
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Hiroaki Ohno/Yomiuri Shimbun, via Associated Press

Rescue workers carried an elderly man found alive in Minamisanriku, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#173
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Shiho Fukada for The International Herald Tribune

Members of the Japanese Self-Defense Force stood by a body in Nobiru, Miyagi Prefecture, on Monday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#174
20110314_japanslide51gsjumbo 20110314_JAPAN-slide-51GS-jumbo.jpg(スクロールで

Jiji Press, via Agence France-Presse — Getty Images

A man walked amid debris in Onagawa, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#175
0314japan_gbcustom6 0314Japan_GB-custom6.jpg(スクロールで

Adrees Latif/Reuters

Minamisanriku was a scene of devastation and rubble on Monday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#176
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Kyodo News, via Associated Press

People walked through street rubble to a water supply in Kesennuma, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#177
20110314_japanslidekliwjumbo 20110314_JAPAN-slide-KLIW-jumbo.jpg(スクロールで

Wally Santana/Associated Press

A woman wiped tears as she found no remains of her home in Soma, Fukushima Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#178
20110314_japanslidehz3ejumbo 20110314_JAPAN-slide-HZ3E-jumbo.jpg(スクロールで

Koji Sasahara/Associated Press

A woman walked by a destroyed house in Daigasaki, near Sendai.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#179
0314japan_gbcustom2 0314Japan_GB-custom2.jpg(スクロールで

Aly Song/Reuters

An emergency worker spread disinfectant in a damaged area in Miyako, Iwate Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#180
20110314_japanslidelmpvjumbo 20110314_JAPAN-slide-LMPV-jumbo.jpg(スクロールで

Mark Baker/Associated Press

Residents of Toyoma carried belongings from their homes on Monday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#181
20110314_japanslide8sfcjumbo 20110314_JAPAN-slide-8SFC-jumbo.jpg(スクロールで

Jiji Press, via Agence France-Presse — Getty Images

Police officers searched for missing people amid the rubble in Iwanuma, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#182
0314japan_gbcustom1 0314Japan_GB-custom1.jpg(スクロールで

Alex Hofford/European Pressphoto Agency

A photo album was among the rubble in Natori, Migagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#183
20110314_japanslidetkqxjumbo 20110314_JAPAN-slide-TKQX-jumbo.jpg(スクロールで

David Guttenfelder/Associated Press

Evacuees woke up at a shelter in a school gymnasium in Sendai.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#184
20110314_japanslide5mlsjumbo 20110314_JAPAN-slide-5MLS-jumbo.jpg(スクロールで

Asahi Shimbun, via European Pressphoto Agency

An aerial view of Rikuzentakata, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#185
0314japan_gbcustom5 0314Japan_GB-custom5.jpg(スクロールで

Yomiuri Shimbun, via Reuters

Ships capsized by the tsunami leaked oil in Fudai Village, Iwate Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#186
20110314_japanslidefa95jumbo 20110314_JAPAN-slide-FA95-jumbo.jpg(スクロールで

Asahi Shimbun, via European Pressphoto Agency

Doctors checked residents for radiation exposure in Kawamata, Fukushima Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#187
20110314_japanslidejecejumbo 20110314_JAPAN-slide-JECE-jumbo.jpg(スクロールで

Hannibal Hanschke/European Pressphoto Agency

Customers waited in line to buy supplies outside a supermarket in Kagamiishi.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#188
20110314_japanslidele7ojumbo 20110314_JAPAN-slide-LE7O-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Associated Press

Passengers filled a train station in Tokyo while service was suspended because of a planned blackout.


 

 以下、資料として採録。

がれきの下から4か月の赤ちゃん、奇跡の救出が被災者に希望=宮城
2011年3月16日 13時39分
http://news.livedoor.com/article/detail/5418767/

 11日に発生した東北地方太平洋沖地震から3日後、宮城県で生後4カ月の赤ちゃんが崩壊した建物の中から救出された。中国新聞社は「小さな命が奇跡的に救い出され、大地震の恐怖にふるえる市民や捜索者に希望をもたらした」と報じた。

 記事によると、「崩壊した建物から遺体を運び出していた自衛隊が赤ちゃんの泣き声を聞きつけ、自衛隊の1人が女の赤ちゃんを見つけ出した」という。

 その後、赤ちゃんの父親が見つかり、赤ちゃんは無事、父親に引き渡された。赤ちゃんの家族は「一時はもうだめだと思っていたが、子どもを見て大喜びした」という。現在、赤ちゃんは家族とともに避難所に身を寄せている。(編集担当:畠山栄)

 

Miracle of the baby girl plucked from the rubble: Four-month-old reunited with her father after incredible rescue
http://www.dailymail.co.uk/news/article-1366155/Japan-earthquake-tsunami-4-month-old-baby-girl-father-reunited-Ishinomaki.html

By Richard Shears for MailOnline
Updated: 10:27 GMT, 15 March 2011

The sound of a baby’s cry amid the rubble seemed so impossible that soldiers searching a tsunami-smashed village dismissed it as a mistake.

But it came again. And they realised they had not been hearing things.

They pulled away wood and slate, dug back thick oozing mud – and there was the child they were to describe as a ‘tiny miracle’.
Article13661550b2ba3e800000578107_6

... And fear: Upon hearing another tsunami warning, a father tries to flee to safety with the baby girl he has just been reunited with

The four-month-old girl had been swept from her parents’ arms in the shattered village of Ishinomaki when the deadly wave crashed into the family home.

For three days, the child’s frantic family had believed she was lost to them for ever.

But yesterday, for a brief moment, the horrors of the disaster were brightened by one helpless baby’s story of survival.

Soldiers from the Japanese Defence Force had been going from door to door pulling bodies from the devastated homes in Ishinomaki, a coastal town northeast of Sendai.

Most of the victims were elderly, unable to escape the destructive black tide.

But for this precious moment, at least, it was only the child who mattered to the team of civil defence troops who found her.

One of them picked her up in  his arms, wrapped her in a blanket which had been handed to him  and cradled the child as his colleagues crowded around, not believing that someone as young as this had survived when all hope had been lost.

The tiniest survivor was cold and wet and crying, but she is believed to have suffered no other injuries. Why she did not drown remained a mystery.

But the soldiers were somehow able to trace her overjoyed father, who had been taking refuge in his wrecked home with the rest of his family.

Even then, the nightmare wasn’t over. For just minutes after the emotional reunion, the shell-shocked survivors were told that a second tsunami might be on its way.

The panicked father begged the soldiers to take the baby to safety on higher ground.

But the 11am alarm proved to be false and the reunited family returned to try and rebuild their home.
Amid the devastation, there have been precious few tales of survival.

Article13661550b2a6f260000057879_63
Joy: The member of Japan's Self-Defence Force member holds the four-month-old baby girl in Ishinomaki, northern Japan after her rescue

But the discovery of the unnamed child has given fresh hope that others might be found alive in the shattered landscape which covers scores of miles of the east coast of Honshu island.

Yesterday, it emerged that witnesses looking down from the second floor of a house in one of the worst hit areas thought they noticed some movement in the back of a wrecked car by the side of the road and soldiers discovered an elderly woman who had been trapped in the passenger seat for more than 20 hours.

Although she was traumatised by her ordeal, the victim was said to be otherwise unhurt.

As the Mail reported yesterday, Hiromitsu Shinkawa was found sitting on the roof of his floating home about nine miles from shore. Waving a red cloth, he was picked up by a boat. His wife is missing.

‘Several helicopters and ships passed but none of them noticed me,’ he said. ‘I thought that was going to be the last day of my life.’

A man in his 70s was also pulled from a collapsed building in Sendai, a port town badly hit by the double disaster.

Before the baby’s discovery, searchers found at least 2,000 bodies cast up along the shoreline of the badly-hit Miyagi prefecture.

All had drowned, according to police, and as the search through the debris continued throughout the day officials conceded that what had started out as a rescue effort would become a recovery operation.

And then came the cry of a little girl.

‘Her discovery has put a new energy into the search,’ said a civil defence official. ‘We will listen, look and dig with even more diligence after this.’

Article13661550b2c219600000578523_6
Devastation: A 'HELP' sign is written on the ground of a primary school (bottom of picture, centre) near the coast in tsunami-hit Ishinomaki. A baby girl was remarkably found wrapped in a pink jacket after three days alone

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※原発関連で3冊:

知事抹殺 つくられた福島県汚職事件 佐藤 栄佐久 (著)

原子炉時限爆弾 広瀬 隆 (著)

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ 小出 裕章 (著)

 

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2011年6月17日 (金)

3月13日のNYT震災写真集。

 3月13日のNYT震災写真集です。

関連:
3月11日〜3月28日のNYT写真集を全採録。直視し忘れないことが犠牲者への弔い。事実を伝えない日本のマスゴミは糞。(28日、27日採録)
3月26日、3月25日のNYT震災写真集。
3月24日、3月23日のNYT震災写真集。
3月22日、3月21日のNYT震災写真集。
3月20日、3月19日のNYT震災写真集。
3月18日、3月17日のNYT震災写真集。
3月16日、3月15日のNYT震災写真集。
3月14日のNYT震災写真集。
3月12日のNYT震災写真集。
3月11日のNYT震災写真集。

 

 以下、NYTの写真集です。エントリーを何回かに分けてアップします。3月13日、14日、20日、22日() の写真映像に何枚か遺体の写真が出てきます。3月28日へと写真集が最後に近づくにつれ集団埋葬の写真などが見られるようになります。遺体の出て来る写真 は、写真集全体から見れば枚数的には少ないですが、今回の震災の悲惨さをリアリティを持って実感し、忘れないためにはなくてはならない写真と思います。

3月13日は#193とその下の#194で瓦礫から自衛隊員に発見されたばかりの上半身裸の後ろ姿の遺体と、瓦礫が散乱する自宅の階段脇に眠るような横顔で毛布の下に横たわる女性の遺体。3月14日は#170で瓦礫の中から出ている土に汚れた手だけが見える遺体。もう一枚は#173で自衛隊員の足元で横たわる毛布の下から土にまみれた足先がアップで見える遺体。3月20日は#90で小型トラックの荷台に載せられた靴の裏がアップで見える青色シートにくるまれた遺体。もう一枚は#99で体育館にずらーっと並ぶ遺体。3月22日は#72で自衛隊員が遺体に認識票をつけているところ(なおリンク先の画像は全てクリックすると拡大します

 

以下、3月13日(すべてクリックすると拡大します)
http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#189

http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#190
20110313_japanslideqxe4jumbo 20110313_JAPAN-slide-QXE4-jumbo.jpg(スクロールで

Kimimasa Mayama/European Pressphoto Agency

Japan faced a mounting humanitarian crisis on Sunday as the death toll from Friday’s earthquake and tsunami climbed astronomically. Residents of Ishinomaki, Miyagi Prefecture, looked out over the devastated city from higher ground.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#191
20110313_japanslide7b55jumbo 20110313_JAPAN-slide-7B55-jumbo.jpg(スクロールで

Toshiyuki Tsunenari/Asahi Shimbun, via Associated Press

In the aftermath of the tsunami, a woman sat amid the debris in Natori.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#192
20110313_japanslide1wfdjumbo 20110313_JAPAN-slide-1WFD-jumbo.jpg(スクロールで

Jiji Press, via Agence France-Presse — Getty Images

Japanese soldiers searched for survivors in a tsunami-ravaged area of Otsuchi, Iwate Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#193
20110313_japanslide0eg9jumbo 20110313_JAPAN-slide-0EG9-jumbo.jpg(スクロールで

Toru Hanai/Reuters

The government ordered 100,000 troops into relief roles in the field — nearly half the country’s active military force and the largest mobilization in postwar Japan. Soldiers recovered a victim's body in Rikuzentakata.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#194
20110313_japanslidehk9tjumbo 20110313_JAPAN-slide-HK9T-jumbo.jpg(スクロールで

David Guttenfelder/Associated Press

A dead woman lay under a blanket near the stairs of her destroyed home in Sendai, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#195
20110313_japanslidekbakjumbo 20110313_JAPAN-slide-KBAK-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Associated Press

A couple looked at the body of their daughter, whom they found in the vehicle of a driving school in Yamamoto, Miyagi Prefecture, on Saturday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#196
20110313_japanslidejllojumbo 20110313_JAPAN-slide-JLLO-jumbo.jpg(スクロールで

European Pressphoto Agency

On Sunday, the Japanese Meteorological Agency upgraded the quake’s magnitude from 8.8 to 9.0, an effective doubling of its recorded power. Survivors walked through a devastated area of Onagawa.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#197
20110313_japanslidellxyjumbo 20110313_JAPAN-slide-LLXY-jumbo.jpg(スクロールで

Toru Hanai/Reuters

Japan's prime minister called the disaster the country's worst since World War II. A man sat in the rubble in Rikuzentakata.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#198
20110313_japanslidepm85jumbo 20110313_JAPAN-slide-PM85-jumbo.jpg(スクロールで

Junichi Sasaki/Kyodo News, via Associated Press

In one town alone, the port of Minamisanriku, a senior police official said the number of dead would “certainly be more than 10,000.” A plea for help was drawn on the grounds of a local high school.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#199
20110313_japanslidefsd4jumbo 20110313_JAPAN-slide-FSD4-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Reuters

A family in Minamisanriku evacuated the city.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#200
20110313_japanslidez1l1jumbo 20110313_JAPAN-slide-Z1L1-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Associated Press

A woman cried as she looked for her missing husband in Minamisanriku.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#201
20110313_japanslideacakjumbo 20110313_JAPAN-slide-ACAK-jumbo.jpg(スクロールで

Yomiuri Shimbun, via Associated Press

A ferry ended up stranded atop a building in Otsuchi.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#202
20110313_japanslidedhkpjumbo 20110313_JAPAN-slide-DHKP-jumbo.jpg(スクロールで

Japanese Defense Ministry, via Associated Press

There was one bright moment on Sunday morning as Japanese naval forces rescued a 60-year-old man who had been riding the roof of his house for two days. The man, Hiromitsu Shinkawa, was found nine miles south of his hometown and nine miles out to sea.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#203
20110313_japansliderwj6jumbo 20110313_JAPAN-slide-RWJ6-jumbo.jpg(スクロールで

Noboru Tomura/Asahi Shimbun, via Associated Press

A resident was pulled from the rubble in Natori, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#204
20110313_japanslidehqvvjumbo 20110313_JAPAN-slide-HQVV-jumbo.jpg(スクロールで

Kimimasa Mayama/European Pressphoto Agency

A boy and his family were rescued by members of Japan's Self-Defense Force in Ishinomaki, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#205
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Daisuke Tomita/Yomiuri Shimbun, via Associated Press

About 80,000 people were ordered to evacuate danger zones around two atomic facilities in Fukushima Prefecture. Hospital patients who might have been exposed to radiation were carried into a radiation treatment center in Nihonmatsu on Sunday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#206
20110313_japanslidemhryjumbo 20110313_JAPAN-slide-MHRY-jumbo.jpg(スクロールで

Wally Santana/Associated Press

According to local officials, at least 22 residents near the plant showed signs of radiation exposure. Evacuees were screened as they arrived at a shelter in Koriyama.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#207
20110313_japanslide13myjumbo 20110313_JAPAN-slide-13MY-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Reuters

An aerial view of people waiting in line for water on the grounds of a school in Sendai.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#208
20110313_japanslidejynnjumbo 20110313_JAPAN-slide-JYNN-jumbo.jpg(スクロールで

Yomiuri Shimbun, via Reuters

Patients waited to be moved from a hospital that had no electricity or medicine in Otsuchi.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#209
20110313_japanslidekyyhjumbo 20110313_JAPAN-slide-KYYH-jumbo.jpg(スクロールで

Jo Yong-Hak/Reuters

Residents searched for the names of missing family members at a temporary information center in Sendai.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#210
20110313_japanslide3o5njumbo 20110313_JAPAN-slide-3O5N-jumbo.jpg(スクロールで

Shiho Fukada for The International Herald Tribune

About 1,000 evacuees slept in a shelter at the Natori Cultural Center in Miyagi Prefecture on Sunday night.


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MBS毎日放送、たね蒔きジャーナル(6/30から6/16)「低線量被曝の危険度」など、小出裕章氏の話し。

 右上のココログ最強検索で「MBS毎日放送」で検索すると他の時期の放送分を探せます。

 順番は、下から昇順です。主に福島原発問題中心ですが、他の話題も採録してます。しかし、全部ではないので、投稿者nyugankenshinさんの所を見て下さい。

 

【福島原発】6/30/木★低線量被曝の危険度
nyugankenshin
http://www.youtube.com/watch?v=4NYZKvTDBJ4

【福島原発】6/29/水★メルトスルーの状態で安定的な冷却は出来ない
http://www.youtube.com/watch?v=XwegrBUuB9E

【福島原発】6/27/月★使用済み核燃料の行き場~p1
http://www.youtube.com/watch?v=Dk7qdmRT7tg

【福島原発】6/28/火★使用済み核燃料の行き場~p2
http://www.youtube.com/watch?v=gVFaRZENF2U

【福島原発】6/23/木★高速増殖原型炉「もんじゅ」
http://www.youtube.com/watch?v=Pc8wwLkKFVU

【福島原発】6/21/火★正しい情報を知る事に躊躇(ちゅうちょ)してしまう
http://www.youtube.com/watch?v=WvZREPHFU68

20110620 【1/4】たね蒔きジャーナル スペシャル拡大版 小出裕章(2時間スペシャル)
http://www.youtube.com/watch?v=ZbTmctMSBeM

民主党・山口壯衆議院議員(民主党筆頭副政審会長、震災復興特別委理事)
民主党・川内博史衆院議員(たね蒔きでお馴染み。消費税アップ不要論者で代替エネルギーにも詳しい)
自民党・西村康稔衆院議員(元通産官僚で原子力政策に精通。震災復興特別委委員)

20110620 【2/4】たね蒔きジャーナル スペシャル拡大版 小出裕章
http://www.youtube.com/watch?v=zi9bVWdgBHk

20110620 【3/4】たね蒔きジャーナル スペシャル拡大版 小出裕章
http://www.youtube.com/watch?v=NDvpMN3Bixk

20110620 【4/4】たね蒔きジャーナル スペシャル拡大版 小出裕章
http://www.youtube.com/watch?v=C3_s0i_3O5o

【福島原発】6/21/火★正しい情報を知る事に躊躇(ちゅうちょ)してしまう
投稿者: nyugankenshin
http://www.youtube.com/watch?v=WvZREPHFU68

【福島原発】616木★汚染水浄化システム⇒ゼオライトの最終処分場は
http://www.youtube.com/watch?v=_mc9f57JVko

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2011年6月16日 (木)

3月12日のNYT震災写真集。

 3月12日のNYT震災写真集です。

関連:
3月11日〜3月28日のNYT写真集を全採録。直視し忘れないことが犠牲者への弔い。事実を伝えない日本のマスゴミは糞。(28日、27日採録)
3月26日、3月25日のNYT震災写真集。
3月24日、3月23日のNYT震災写真集。
3月22日、3月21日のNYT震災写真集。
3月20日、3月19日のNYT震災写真集。
3月18日、3月17日のNYT震災写真集。
3月16日、3月15日のNYT震災写真集。
3月14日のNYT震災写真集。
3月13日のNYT震災写真集。
3月11日のNYT震災写真集。

 

 以下、NYTの写真集です。エントリーを何回かに分けてアップします。3月13日、14日、20日、22日() の写真映像に何枚か遺体の写真が出てきます。3月28日へと写真集が最後に近づくにつれ集団埋葬の写真などが見られるようになります。遺体の出て来る写真 は、写真集全体から見れば枚数的には少ないですが、今回の震災の悲惨さをリアリティを持って実感し、忘れないためにはなくてはならない写真と思います。

3月13日は#193とその下の#194で瓦礫から自衛隊員に発見されたばかりの上半身裸の後ろ姿の遺体と、瓦礫が散乱する自宅の階段脇に眠るような横顔で毛布の下に横たわる女性の遺体。3月14日は#170で瓦礫の中から出ている土に汚れた手だけが見える遺体。もう一枚は#173で自衛隊員の足元で横たわる毛布の下から土にまみれた足先がアップで見える遺体。3月20日は#90で小型トラックの荷台に載せられた靴の裏がアップで見える青色シートにくるまれた遺体。もう一枚は#99で体育館にずらーっと並ぶ遺体。3月22日は#72で自衛隊員が遺体に認識票をつけているところ(なおリンク先の画像は全てクリックすると拡大します

 

以下、3月12日(すべてクリックすると拡大します)
http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#211

http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#212
20110312_japanslidet8fwjumbo 20110312_JAPAN-slide-T8FW-jumbo.jpg(スクロールで

Yomiuri Shimbun, via Agence France-Presse — Getty Images

Residents evacuated to a shelter in Natori, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#213
20110312_japansliderm7ljumbo 20110312_JAPAN-slide-RM7L-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Associated Press

A train pushed off its tracks in Higashimatsushima, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#214
20110312_japanslidezngbjumbo 20110312_JAPAN-slide-ZNGB-jumbo.jpg(スクロールで

European Pressphoto Agency

Homes burned and ships were piled in a mass of debris in Kesennuma, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#215
20110312_japanslide9fa8jumbo 20110312_JAPAN-slide-9FA8-jumbo.jpg(スクロールで

European Pressphoto Agency

An aerial view of Sendai's airport.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#216
20110312_japanslideglbxjumbo 20110312_JAPAN-slide-GLBX-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Reuters

People evacuated to higher ground in Iwate Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#217
20110312_japanslidexz0djumbo 20110312_JAPAN-slide-XZ0D-jumbo.jpg(スクロールで

Wally Santana/Associated Press

Residents slept in a community center after being evacuated from areas surrounding the Fukushima Daiichi Nuclear Power Station.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#218
20110312_japanslide9hkfjumbo 20110312_JAPAN-slide-9HKF-jumbo.jpg(スクロールで

Itsuo Inouye/Associated Press

A flooded area in Sendai.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#219
20110312_japanslidej9qcjumbo 20110312_JAPAN-slide-J9QC-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Reuters

A boat and cars swept by the tsunami on a street in Miyako City.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#220
20110312_japanslidelmnmjumbo 20110312_JAPAN-slide-LMNM-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Associated Press

Residents looking at destroyed buildings in Kesennuma, Miyagi Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#221
20110312_japanslideo7kojumbo 20110312_JAPAN-slide-O7KO-jumbo.jpg(スクロールで

Itsuo Inouye/Associated Press

Displaced cargo containers in Sendai.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#222
20110312_japanslide1bwxjumbo 20110312_JAPAN-slide-1BWX-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Reuters

A factory facility burned in Sendai, northeastern Japan, on Saturday.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#223
20110312_japanslidehzg8jumbo 20110312_JAPAN-slide-HZG8-jumbo.jpg(スクロールで

Itsuo Inouye/Associated Press

Boats washed ashore in Sendai.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#224
20110312_japanslide28bwjumbo 20110312_JAPAN-slide-28BW-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Associated Press

One-third of Kesennuma, with population of 74,000, was submerged, according to news reports.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#225
20110312_japanslidefi36jumbo 20110312_JAPAN-slide-FI36-jumbo.jpg(スクロールで

Itsuo Inouye/Associated Press

A residential area remained flooded in Sendai.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#226
20110312_japanslideqadojumbo 20110312_JAPAN-slide-QADO-jumbo.jpg(スクロールで

European Pressphoto Agency

Residents looked for survivors inside a collapsed builing in Iwaki.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#227
20110312_japanslide7yaqjumbo 20110312_JAPAN-slide-7YAQ-jumbo.jpg(スクロールで

Jo Yong-Hak/Reuters

The 8.9-magnitude earthquake left cracks in the woodlands near Sendai.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#228
20110312_japanslidemo5ljumbo 20110312_JAPAN-slide-MO5L-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Associated Press

A fishing boat washed ashore in Miyako.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#229
20110312_japanslidelweojumbo 20110312_JAPAN-slide-LWEO-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Reuters

People built a raft on the roof of a building at Sendai Airport in northeastern Japan.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#230
20110312_japanslidej5lfjumbo 20110312_JAPAN-slide-J5LF-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Reuters

The floodwaters, thick with floating debris, poured inland. An aerial view of the flooding in Sendai.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#231
20110312_japanslidehg4tjumbo 20110312_JAPAN-slide-HG4T-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Reuters

People made their way through the debris from destroyed homes in Sendai.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#232
20110312_japanslidepklyjumbo 20110312_JAPAN-slide-PKLY-jumbo.jpg(スクロールで

Franck Robichon/European Pressphoto Agency

Residents found shelter at a gym in Oarai, Ibaraki Prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#233
20110312_japanslideq6e0jumbo 20110312_JAPAN-slide-Q6E0-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Reuters

People in a floating container were rescued in Miyagi Prefecture, in northeastern Japan.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#234
20110312_japanslideywm3jumbo 20110312_JAPAN-slide-YWM3-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Associated Press

A man made his way through rubble-strewn streets in Miyako.


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2011年6月15日 (水)

3月11日のNYT写真集。

 3月11日のNYT写真集、最後3月28日までの記録です。

追記:その悲惨さを見るにつけ、6月27日菅直人がやった、復興担当相に松本龍環境相兼防災担当相を横滑りさせた人事にはあきれました。実力者、大物議員や、あるいは被災地、東日本の国会議員を起用しようなどと言う考えは菅直人には全くないようです。

関連:
3月11日〜3月28日のNYT写真集を全採録。直視し忘れないことが犠牲者への弔い。事実を伝えない日本のマスゴミは糞。(28日、27日採録)
3月26日、3月25日のNYT震災写真集。
3月24日、3月23日のNYT震災写真集。
3月22日、3月21日のNYT震災写真集。
3月20日、3月19日のNYT震災写真集。
3月18日、3月17日のNYT震災写真集。
3月16日、3月15日のNYT震災写真集。
3月14日のNYT震災写真集。
3月13日のNYT震災写真集。
3月12日のNYT震災写真集。

 

 以下、NYTの写真集です。エントリーを何回かに分けてアップします。3月13日、14日、20日、22日() の写真映像に何枚か遺体の写真が出てきます。3月28日へと写真集が最後に近づくにつれ集団埋葬の写真などが見られるようになります。遺体の出て来る写真 は、写真集全体から見れば枚数的には少ないですが、今回の震災の悲惨さをリアリティを持って実感し、忘れないためにはなくてはならない写真と思います。(後ろで、主に津波関連の動画紹介

3月13日は#193とその下の#194で瓦礫から自衛隊員に発見されたばかりの上半身裸の後ろ姿の遺体と、瓦礫が散乱する自宅の階段脇に眠るような横顔で毛布の下に横たわる女性の遺体。3月14日は#170で瓦礫の中から出ている土に汚れた手だけが見える遺体。もう一枚は#173で自衛隊員の足元で横たわる毛布の下から土にまみれた足先がアップで見える遺体。3月20日は#90で小型トラックの荷台に載せられた靴の裏がアップで見える青色シートにくるまれた遺体。もう一枚は#99で体育館にずらーっと並ぶ遺体。3月22日は#72で自衛隊員が遺体に認識票をつけているところ(なおリンク先の画像は全てクリックすると拡大します

 

以下、3月11日(すべてクリックすると拡大します)
http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#235

http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#236
20110311_japanslide9xtbjumbo 20110311_japan-slide-9XTB-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Reuters

A devastating tsunami hit the coast of northeast Japan on Friday in the aftermath of an 8.9 magnitude earthquake about 80 miles offshore. The quake churned up a devastating tsunami that swept over cities and farmland in the northern part of the country. Burning houses in Natori City in northeastern Japan. 地震による大津波で流された多くの家屋=11日午後4時8分、宮城県名取市で共同通信社ヘリから(中日新聞)


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#237
20110311_japanslidetf7kjumbo 20110311_japan-slide-TF7K-jumbo.jpg(スクロールで

Yasushi Kanno/Yomiuri Shimbun, via Associated Press

Houses on fire were swept away by the tsunami in Natori city. The spectacle was all the more remarkable for being carried live on television, even as the waves engulfed flat farmland that offered no resistance. 火の手が上がる住宅街。周りは津波に流されている(11日午後5時35分、宮城県名取市で、本社ヘリから)=菅野靖撮影(読売)


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#238
20110311_japanslidesmerjumbo 20110311_japan-slide-SMER-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Associated Press

Homes and other buildings burning in Natori. 夜になっても燃え続ける家屋など=11日午後9時15分、宮城県名取市で共同通信社ヘリから【東北関東太平洋沖地震M9.0】


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#239
20110311_japanslidert12jumbo 20110311_japan-slide-RT12-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Associated Press

The magnitude 8.9 earthquake slammed Japan's eastern coast Friday, unleashing a 13-foot tsunami that swept boats, cars, buildings and tons of debris miles inland. 

 同じ写真でこちらはdailymail(英)記事の雑談日記でも記事写真集を紹介ました)。名取川の河口方向から南を望んだ写真で、右下に見える仙台空港東端を正に襲おうとしている津波。写真では隠れている仙台空港駅南駐車場に向かう車が橋を渡ろうとしているのが見えます。右方向(方角では西方向)は道路としては行き止まりの感じなのでこの車は津波に巻き込まれた可能性が高い。上に延びる川のように見えるのは貞山堀(堀を開削した伊達政宗の諡(おくりな)から名付けたと言われる)。
Article13653180d925d90000005dc780_9

 同じくdailymail(英)記事中の写真で、ヘリが仙台空港西南西に回り込んで写したもの。左側の駐機場付近と空港駅右の駐車場は既に津波に流されてます。
Article00d92557a000005dc496_964x555

http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#240
20110311_japanslidee1hqjumbo 20110311_japan-slide-E1HQ-jumbo.jpg(スクロールで

Keichi Nakane/Yomiuri Shimbun, via Associated Press

Debris swept away by the tidal wave in Kesennuma in Miyagi prefecture, in northern Japan. 津波が気仙沼湾に押し寄せ、車や家、荷物などが次々と流された(11日午後3時33分)=中根圭一撮影(読売)


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#241
20110311_japanslidepphzjumbo 20110311_japan-slide-PPHZ-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Associated Press

Buildings burned in Iwaki city, a coastal town in Fukushima prefecture. 福島県いわき市の沿岸部で燃え続ける火災=11日午後8時30分(産経)


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#242
20110311_japanslide5w1njumbo 20110311_japan-slide-5W1N-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo/Reuters

Natural gas storage tanks burning at a facility in Chiba prefecture, near Tokyo.←の写真→コスモ製油所でタンク爆発=JFEスチール工場は黒煙―千葉(時事通信 3月12日(土)1時37分配信)

 大地震で11日午後、千葉県市原市五井海岸のコスモ石油千葉製油所で火災が発生した。県などによると、高圧ガスタンクが爆発、周辺のタンクに燃え移り連続的に爆発した。有毒ガス発生の恐れはないとしている。市原市消防局によると、30代の男性従業員が重傷、20~50代の男性従業員4人が軽傷を負ったという。
 消防局によると、製油所に隣接するチッソ石油化学五井製造所でも配管からガスが漏れ、延焼している。けが人は確認されていないという。
 千葉市中央区川崎町のJFEスチール東日本製鉄所では、工場から黒煙が上がった。県警は当初火災と発表したが、千葉市消防局は火災ではないと確認。県警によると、1人が病院に搬送されたが、けがはなかったという。同製鉄所は「黒煙が上がったのは事実だが、原因は調査中」と説明した。


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#243
20110311_japanslidefra4jumbo 20110311_japan-slide-FRA4-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Associated Press

The water near a port in Oarai, Ibaraki prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#244
20110311_japanslides3qwjumbo 20110311_japan-slide-S3QW-jumbo.jpg(スクロールで

Fukushima Minpo/Agence France-Presse — Getty Images

Fishing boats and vehicles were carried ashore at Onahama port in Iwaki city. 福島民報の写真ですが、その後福島民報社刊写真集「M9.0東日本大震災ふくしまの30日」にも採録されたようです


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#245
20110311_japanslideyp21jumbo 20110311_japan-slide-YP21-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo/Reuters

Planes and vehicles that were swept away by the wave at Sendai airport, north of Tokyo. 津波にのみ込まれる車両や軽飛行機=仙台空港で2011年3月11日午後4時1分、手塚耕一郎撮影(毎日)


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#246
20110311_japanslide3ctojumbo 20110311_japan-slide-3CTO-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Associated Press

Sendai airport was inundated with cars, trucks, buses and thick mud deposited over its runways. NHK television transmitted aerial images of flood waters engulfing the airport, where survivors clustered on the roof of the main building. 東日本大震災の津波に襲われる仙台空港=3月11日(共同通信)


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#247
20110311_japanslide32lvjumbo 20110311_japan-slide-32LV-jumbo.jpg(スクロールで

Toru Hanai/Reuters

Japan's prime minister, Naoto Kan, center, was attending a parliament committee meeting in Tokyo when the quake struck.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#248
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Toshifumi Kitamura/Agence France-Presse — Getty Images

A collapsed road in Urayasu city, in Chiba prefecture.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#249
20110311_japanslideepsvjumbo 20110311_japan-slide-EPSV-jumbo.jpg(スクロールで

Fukushima Minpo/Agence France-Presse — Getty Images

A collapsed home in Sukagawa city, in the northern part of the country.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#250
20110311_japanslidelw39jumbo 20110311_japan-slide-LW39-jumbo.jpg(スクロールで

Keichi Nakane/Yomiuri Shimbun, via Associated Press

Prime Minister Kan said the disaster caused major damage across wide areas. People evacuated to a rooftop at the port in Kesennuma in Miyagi prefecture. 津波が気仙沼湾に押し寄せ、車や家、荷物などが次々と流された(11日午後3時37分、宮城県気仙沼市潮見町で)=中根圭一撮影(読売)


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#251
20110311_japanslidee33cjumbo 20110311_japan-slide-E33C-jumbo.jpg(スクロールで

Kyodo News, via Associated Press

The waves of the tsunami hit residences in Natori. 沿岸の防風林を越えて押し寄せる大津波に、一気にのみ込まれる住宅街 (宮城県名取市、3月11日午後3時55分、撮影:手塚耕一郎〔毎日新聞社〕)


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#252
20110311_japanslide38k4jumbo 20110311_japan-slide-38K4-jumbo.jpg(スクロールで

Yomiuri, via Reuters

Rescuers tending to victims in Tokyo. The quake, which the broadcaster NHK described as the worst on record in Japan, occurred at 2:46 p.m. Tokyo time and hit off Honshu, Japan’s most populous island. The quake was so powerful that buildings in central Tokyo, designed to withstand major earthquakes, swayed.


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#253
20110311_japanslidec28xjumbo 20110311_japan-slide-C28X-jumbo.jpg(スクロールで

Agence France-Presse — Getty Images

Vehicles ready for shipping were being carried like children's toys by the tidal wave in Hitachinaka city in Ibaraki prefecture. 船積みのために待機していたところで津波被害を受けた自動車=11日午後5時31分、茨城県ひたちなか市上空(時事通信社通信ヘリより)


http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#254
20110311_japanslidexxnnjumbo 20110311_japan-slide-XXNN-jumbo.jpg(スクロールで

Agence France-Presse — Getty Images

An aerial view of Hitachinaka city. A senior Japanese official said foreign countries had offered to help and Japan was prepared to seek overseas assistance.


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 以下、津波に関係する動画です。

 気仙沼の様子を3本(それぞれ5分45秒、7分46秒、6分22秒)

2011.3.11 まだTVでは放送されてない大津波動画
wailochow3
http://www.youtube.com/watch?v=VXZs4mos6ow

現地の人が撮った気仙沼の大津波
wailochow3
http://www.youtube.com/watch?v=-BAOGqfHCsU

Tsunami in Japan [HD] 3.11 first person FULL raw footage
Kanpaifr
http://www.youtube.com/watch?v=GpuLlIrUYsI

 

現地の方が決死の思いで撮影した津波が来る瞬間の映像 【岩手・大船渡】
yasagurya
http://www.youtube.com/watch?v=i6H7yMfUQeA

【地震】巨大津波の脅威 街が消えた・・・ 映像リポ(11/03/13)
ANNnewsCH
http://www.youtube.com/watch?v=fgkXj-2p7jM

ANNニュースの塩釜と南三陸と東松島市と宮古市と岩沼市と大船渡市と気仙沼市。

 

Japan Earthquake: Helicopter aerial view video of giant tsunami waves
RT
http://www.youtube.com/watch?v=w3AdFjklR50

名取市沿岸と陸前高田市と仙台若林区。

 

女性の乗った車が津波に飲みこまれる寸前の映像
kameiharuji1
http://www.youtube.com/watch?v=JiMye5puiyw

岩手県塩釜市。

 

目の前で走っていた車が大津波に飲み込まれてしまう
wailochow3
http://www.youtube.com/watch?v=rdGR6Cypw1E

塩釜?48秒の“あっ、降りてよかった”の声。

 

津波の瞬間.avi
paQful
http://www.youtube.com/watch?v=WWAHaM9z66M

くるぞ!津波(2)
busacky
http://www.youtube.com/watch?v=fl2N07QG6WQ

[JAPAN TSUNAMI] NEW FILM! 2011 Japan Earthquake Trzęsienie ziemi w Japonii
SGvatrasII
http://www.youtube.com/watch?v=wnbcogq8HhM

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 関連:
ヤクザ大臣、松本龍復興相の宮城県知事への恫喝・暴言もその元は菅のデタラメ人事。菅民主党の被災地無視を象徴する出来事。

 以下、資料として採録。

連合赤軍か!“粛清&籠城”菅のウラかく…亀井補佐官志願のワケ
2011.06.29
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20110629/plt1106291627004-n1.htm

菅首相(右)と握手する亀井氏。特別補佐官として官邸に乗り込む真意とは【拡大】

 ★鈴木哲夫の永田町核心リポート

 国民新党の亀井静香代表が、菅直人首相の懐に潜り込んだ。唯我独尊、被災地を無視して、政権延命だけに邁進する菅首相の特別補佐官には志願して就任したというのだ。狡猾な内閣人事と、絶妙な亀井氏の距離感。39年前のあさま山荘事件をほうふつさせる官邸籠城に、当時、事件解決にあたった元警察官僚が鎮圧作戦に乗り出すのか。政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏が知られざる核心に迫った。

 「蓮舫さん? 外すつもり。行政刷新相は誰かに兼務だな。松本(龍)さんのやっていた環境相はどうするか。江田(五月法相)さんでいいか。法相と兼務は難しいかな。それなら、(中野)寛成さんでもいいか」

 何とも軽々しいこの会話は、菅首相が内閣人事直前、親しい議員と交したものだ。

 蓮舫氏が務めていた行政刷新相は、事業仕分けなどを担当する、民主党の看板だったはず。環境相も世界に向けてCO2削減など示す重要なポストだ。だが、菅首相にとっては、この程度の認識なのである。

 「これでは理念のない人事になってしまうと、思わず言いそうになった」(首相と話した議員)

 その通り。今回の人事に理念などはない。あるのは、政権延命のためにどういった人事をやるか、その1点だったのではないか。

 「今回の人事は復旧・復興。そして、原発対応がその目的に尽きる」

 菅首相は27日夜の記者会見でこう話した。

 松本龍復興担当相と細野豪志原発事故収束・再発防止担当相の新任。しかし、この2人はすでに防災担当相と首相補佐官として、その仕事に当たってきた。法的権限などの限界はあったが、それも、菅首相が「すべてを任せる。責任は俺がとる」と言えば、現行法や現行内閣でやれたことだ。何も、復興基本法の成立・施行に合わせてやる人事だろうか。

 これまで、被災地復興や原発対応は、明らかに後手後手に回ってきた。その強烈な反省とともに、この機会に担当相や復興組織を一新するはずではなかったのか。

 「菅首相は辞める気はまったくない。今回の人選を見れば分かる。大物は起用せず、扱いやすい人を置いて、『全部自分がやる』ということなんだ」(官邸スタッフ)

 したたかな人事である。

 27日の本リポートで指摘したように、復興担当相になる可能性のあった2人について、菅首相は「自らを追い落とそうとする敵」として排除した。

 まず、「いずれはぜひ復興をやってほしい」と官邸に呼び戻した仙谷由人官房副長官には、一転「あなたを担当相にする気はない」と切り離した。もう1人、大胆な内閣改造を勧め、「思い切って仕事をやれ」と進言してきた亀井氏に対しては、閣内に入れたら寝首をかかれると警戒し、これも復興相にはしなかった。

 ところが、その亀井氏に対し、菅首相は27日になって、突然、副総理兼郵政担当相への就任を打診したのだ。

 菅首相周辺は「当面は数少ない応援団だから協力してもらおうということだろう」と解釈した。

 だが違う。

 菅首相は、亀井氏が就任要請を断ることを分かっていて打診した可能性が高い。お得意の確信犯なのである。

 27日午後2時過ぎ、菅首相と亀井氏は官邸で向き合った。

 「副総理兼郵政担当相をお願いできませんか?」

 「お断りする。自見(庄三郎郵政担当相)さんが私の代わりに入閣している。その仕事を、親分が入っていって奪うなんてできますか」

 菅首相の思うつぼだった。「そうですか、それは残念です」で終わるはずだった。自民党の谷垣禎一総裁にいきなり電話を入れて、入閣要請したときと同じ手法である。

 断られることを見越して申し入れ、当然のごとく断ったら、「ああ、そうですか」と引き取り、「谷垣さんは、入ってくれなかった」という顛末に仕立てる。悪者は断ったほうだ。事実、世論は谷垣氏を批判した。

 ところが、亀井氏は一枚上だった。

 「では、せっかく総理のお気持ちですから、閣僚の外側で、補佐官としてお手伝いしましょう」

 菅首相は面食らった。たったいま、副総理までお願いしたのに、補佐官の申し出を断るわけにはいかない。菅首相は飲まざるを得なかった。

 こうして、亀井氏の大物補佐官が決まったのだ。この決着が含む意味は限りなく大きい。今回の人事を外野から見ていた、亀井氏に近い自民党ベテラン議員が言う。

 「補佐官は権限も何もない。ただの助言者だ。一方、副総理であろうと閣内に入れば、その立場は首相の下になり、どこまで行っても支えざるを得ない。一蓮托生になる。補佐官なら、官邸に自由に入っていくパスポートを手にしたことになる。権限はないが自由に発言できる。亀井さんは限られた政策ではなく、政務全般で助言できるというから、どんどん発言することができる」

 亀井氏は、消費税10%にも反対、TPPにも反対だ。このほか、原発や震災復興、国会対策や人事でも官邸に押し掛けては菅首相が困惑するような進言をすることができるわけだ。

 最後には、大連立などを仕掛けながら、声高に退陣を迫るかもしれない。

 「菅さんは、官邸に厄介な存在を抱えてしまったことになる。今回の人事では、菅さんが策に溺れて、ついに亀井さんに差し込まれてしまった」(同ベテラン)

 28日の両院議員総会。民主党議員の厳しい追及に対し、菅首相は退陣時期を示さず、公務を理由に1時間足らずで会場をあとにするなど、強気の姿勢を崩さなかった。

 しかし、懐に抱え込んだ策士・亀井氏は命取りになる危険性をはらむ。

 「いまの官邸を『総括』と称する粛清を繰り返した連合赤軍が立てこもったあさま山荘に当てはめればいい。まさに当時、亀井さんは警察庁警備局の担当官として、事件解決のために現場に乗り込んでいった。それと似た構図じゃないか」(同ベテラン)

【すずき・てつお】 1958年、福岡県生まれ。早大卒。テレビ西日本報道部、フジテレビ政治部、東京MXテレビ編集長などを経て、現在、日本BS放送報道局長。著書に「政党が操る選挙報道」(集英社新書)、「汚れ役」(講談社)など多数。

 

“菅”桶は亀井が作る…キーマン激白!内閣改造のウラ舞台
2011.06.30
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20110630/plt1106301630005-n1.htm

菅首相に「一本釣り」された浜田政務官【拡大】

 菅直人首相が強行した内閣人事への批判が収まらない。自民党の浜田和幸参院議員を総務政務官に「一本釣り」したことで、被災地復興のための与野党協議もストップした。どうして、こんな事態になったのか。今回の人事のキーマンとされる元自民党参院議員会長、村上正邦氏が夕刊フジの取材に応じ、「菅政権の延命などは関係ない。この国難に、被災者のため、被災地のために動いた」「与野党とも覚悟がない」「菅首相には『死に場所』を作ってやらねば」などと激白した。

 村上氏は先月、東北の被災地を訪れ、いっこうに進まない復旧・復興に心を痛めた。山のように積み上げられた瓦礫、被災者を苦しめる悪臭、厳しい就職事情…。今月上旬、自民党の全参院議員に「参院自民党の議員に告ぐ-」という、以下のような手紙を送った。

 《すべての国会議員は大震災の救援と復興に、強い意気込みをお持ちのことと思う。しかるに、被災3カ月を経過した現在の、国会の停滞ぶりは如何か。原因に、衆参のねじれ現象がある。被災者を絶望の淵から救い、被災地に希望の光を与えることこそ、政治の喫緊の課題。復興支援の法案については党議拘束に縛られず、良心に従い、政治意思を表明すべきだ(抜粋)》

 与野党とも理念なき政党が迷走している今日、良識の府である参院は、政党や党派を超えて、政治家個人の良心で行動すべき-という訴えだ。

 これに20人前後の自民党議員が賛同したが、真っ先に村上氏の事務所を訪ねてきたのが浜田氏だった。偶然、その場に国民新党の亀井静香代表がいた。

 「浜田氏は被災地の惨状を憂い、野党ゆえに何もできない無念さを語った。彼は復旧・復興に国際的人脈を生かしたいようだった。亀井氏はそれを聞き、『ぜひ、思いがあるなら協力してくれ』といい、私も『政治家は何がやりたいではなく、何をやったかが問われる。国難の中に身を投げて尽くしたらどうか』と言った。浜田氏は被災者、被災地のために行動した」

 ところが、一連の動きは「菅政権延命のため」とか「一本釣り」「参院自民党の切り崩し」などと報じられた。

 村上氏は「そんな次元でしか判断されないとは残念。私も、菅首相には早く辞めてもらいたい。菅首相を退陣させられないのは、野党にも与党にも覚悟がないからだ」といい、こう続けた。

 「自民党は内閣不信任決議案を提出して、否決された。不信任案とは党運をかけて出すべき重いもの。それが返り討ちにあった以上、谷垣禎一総裁と石原伸晃幹事長は潔く腹を切るべきだ。そもそも、菅首相の外国人献金を告発し、刑事事件にすることで辞任に追い込むべき。それでこそ野党としての迫力が出る」

 「民主党も甘い。自民、公明両党と合意した3党合意を菅首相に突き返されて、岡田克也幹事長や安住淳国対委員長がどうしてそのままなのか。公党間の約束を反故し、混乱させた責任を取り、自らの職を辞する激しい覚悟をたたきつけるべき。江戸時代の武士は、殿に3回諫言して聞き入れられなかったら切腹した」

 ■亀井は菅の「死に場所」作りに官邸入り

 そのうえで、菅首相の心情を推測する。

 「あの人は2世議員ではない。3回も落選しながら、血を吐くような思いではい上がり、1代で最高権力を手にした。それだけに、権力への執着心は人一倍強い。周囲が安全地帯から『辞めてくれ』と言っても聞くはずがない。余計、意固地になる。岡田氏が執行部全員の辞表をとりまとめて、『一緒に辞めましょう』と迫るぐらいの覚悟がないと無理だ。当然、花道も用意してやらなければならない」

 菅首相が、広島、長崎「原爆の日」の8月6日か9日に、全世界に向けて「脱原発」をアピールし、小泉純一郎元首相が仕掛けた郵政総選挙のように、解散・総選挙になだれ込むというシナリオがささやかれている。

 村上氏は「いまの自民党は情けない」といい、こう知恵を授ける。

 「おびえて『脱原発解散などケシカラン』などと批判するから、菅首相はヤル気を見せる。思うから現実になるのだ。原発事故を目の当たりにして、再生可能な自然エネルギーの開発に反対する政党があるのか。再生エネルギー法案など、すぐ通して対立軸をなくしてしまえばいい」

 今回の人事で、盟友の亀井氏が特別補佐官として官邸入りした。その真意については、いろいろ取り沙汰されている。

 村上氏は最後に語った。

 「彼は情の厚い人間だ。きっと、菅首相の『死に場所』を作りに行ったのだろう」

 

菅首相 内閣改造失敗3つの誤算 小沢派は入閣拒否
【政治・経済】2011年6月28日 掲載
http://gendai.net/articles/view/syakai/131231

亀井新党も幻に
 まったくサプライズのない結果に終わった菅内閣の改造人事。菅周辺は「大幅な改造になる」と吹聴していたが、フタを開けたら、新たな入閣は細野豪志(39)1人だけ。なぜ、こんなドッチラケの内閣改造になったのか。

●自民党から10人が寝返るはずが…
 今回、スッカラ菅の裏で絵を描いていたのが、国民新党の亀井静香代表(74)だ。亀井代表は、いまや“死に体”首相の数少ない味方。首相に「小沢グループも取り込んだ挙党態勢をつくるために大幅改造すべきだ」とアドバイスし、今月15日には「俺が自民党の参院議員を何人か連れてくるから心配するな」とハッパをかけている。
「結局、自民党を離党したのは、今回、復興担当の政務官に就いた浜田和幸議員(58)だけでしたが、亀井さんは10人近くに離党を働き掛けていた。あっと驚く大物参院議員も入っています。亀井代表は、声を掛けた10人と『亀井新党』を立ち上げるつもりだった。もし、10人が寝返れば“ねじれ”が解消し、菅政権も一気に安定する。ところが、首相が大幅改造に踏み切れなかったために、提示するポストが不足し、土壇場で離党を見送る議員が続出。誘いに乗ったのは浜田議員しかいなかった。亀井周辺は『あと4、5人は引っ張ってこられたのに』と不満を漏らしています」(国民新党事情通)
 10人近くの自民党参院議員が離党し「亀井新党」が誕生していたら、政界に激震が走り、内閣改造もまったく違う形になっていたはずだ。

●亀井静香の入閣も実現せず
 菅首相にとって誤算だったのは、亀井静香に入閣を断られたことだ。副総理就任を打診したが固辞された。
「亀井本人は復興担当相に就くつもりでした。ところが、首相は松本龍を任命した。しかも、小幅改造で済ませようとした。小幅改造では、自分が入閣したら、国民新党の自見庄三郎金融担当相が辞任しなければならない。さすがに、子分を辞任させてまで入閣できなかったのでしょう。しかし、いま首相に味方し“菅降ろし”を批判しているのは亀井ぐらい。コワモテの亀井を閣内に置いておけば防波堤になったのに、首相は本当に人事がヘタです」(政界関係者)

●小沢グループの取り込みも失敗
「小沢グループも取り込んだ挙党態勢をつくれ」と亀井静香にアドバイスされたスッカラ菅は、小沢グループの幹部、山岡賢次(68)に入閣を要請したが、あっさり断られたという。これも菅首相には誤算だった。
 民主党は28日、両院議員総会を開く。少しでも“菅批判”を抑えたい首相は、小沢グループを抱き込み、挙党態勢を演出するつもりだった。しかし、散々“小沢叩き”をやっておきながら、いまさら挙党態勢を呼びかけても、小沢グループが「はい、わかりました」と了解するはずがない。

●蓮舫は予定通り使い捨て
 組閣人事で割を食ったのが、大臣をクビになった蓮舫(43)と首相補佐官を外された馬淵澄夫(50)の2人だ。この人事だけは首相の強い意志が反映されている。
「ひとりだけ大臣をクビになった蓮舫はカンカンですが、首相は最初から蓮舫を切るつもりだった。かつての人気はないし、この先“仕分け”をやることもない。閣内に置いておくメリットがないのです。要するに使い捨て。なにより、これから節電が大問題になるだけに、無能な蓮舫では節電担当大臣は務まらないと判断したようです。人望があり評判のいい馬淵補佐官を外したのは“ポスト菅”に名乗りを上げているのが許せなかったのでしょう」(民主党事情通)
 いったい、なんのための改造だったのか。“死に体”首相はさらに弱体化しただけだ。

 

東日本大震災:復興相に松本氏横滑り、週明け任命 延長国会、空転長期化
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110625ddm001040039000c.html

 菅直人首相は24日、東日本大震災の復興担当相に松本龍環境相兼防災担当相(60)を充てることを決めた。20日に成立した復興基本法だが、施行は首相の退陣時期をめぐる混乱で24日にずれ込み、復興相の任命と復興対策本部の設置は27日に先送りされた。国会審議も6月中はほとんど進まない見通しだ。首相が国会会期を50日延長から70日延長にして延命を図った結果、かえって政治空白の長期化を招いている。

 「継続性がいるということもあって(首相から復興相就任を要請された)」。松本氏は24日、防災相として被災者支援に当たってきた継続性を記者団に強調。「(環境相は)片手間にできない」と断ったため、復興相と防災相を兼任する見通しだ。

 政府は先週は21日の法施行と復興相任命を想定していた。だが、首相の早期退陣と引き換えに特例公債法案などを成立させる与野党合意は破綻、70日延長が決まったのは22日だった。国民新党の亀井静香代表が大幅な内閣改造で早期退陣要求に対抗するよう首相に進言、復興相人事は首相の進退と絡み遅れた。

 松本氏は「2週間前も1回(要請が)あったが、私も6月いっぱいでめどをつけたいと断った」と早期退陣を想定していたことを示唆。首相は早期退陣をはねつけたことから大幅改造の必要性はないと判断し、松本氏に再要請したとみられる。

 24日、閣僚からは「首相が退陣表明している以上、首相あるいは官房長官が(復興相を)兼務するのも一つの考え方」(玄葉光一郎国家戦略担当相)など大幅改造に否定的な発言が相次いだ。首相の求心力低下は覆いようもなく、玄葉氏は同日、後任環境相の兼務を首相から要請されたが固辞。環境相には中野寛成国家公安委員長や蓮舫行政刷新担当相らの横滑りか兼務が検討されている。

 一方、国会は閑散としている。最も早く審議入りするとみられる原子力損害賠償支援機構法案でも30日以降になる見込み。70日延長には、野党が過半数を占める参院で法案審議が滞っても、衆院通過から60日後に衆院で再議決できる「60日ルール」を使える意味もあるが、会期末は8月31日で同ルールを使うには7月2日までの衆院通過が必要。同日までに衆院通過のメドが立つ法案はなく、70日延長の意味も失われつつある。【江口一、大場伸也、横田愛】

毎日新聞 2011年6月25日 東京朝刊

 

首相の求心力低下鮮明=復興相、松本氏横滑り
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201106/2011062400986

 菅直人首相が復興担当相に松本龍環境相兼防災担当相の横滑りを決めたのは、同氏が東日本大震災に関する政府の緊急災害対策本部の副本部長を務めており、政策の一貫性が保たれると判断したためだ。しかし、民主党内では「引き受け手がいなかった」(中堅議員)との見方が広がっている。政府・民主党内からは、国民新党の亀井静香代表が首相に進言した内閣改造にも異論が相次いでおり、首相の求心力低下は鮮明だ。
 「復旧から復興へ切れ目なく、かつ迅速に、夢のある復興を実現する。その要役をやっていただきたいと思う」。首相は24日夜、記者団に、松本氏起用の理由をこう説明した。
 政府関係者によると、首相が松本氏に復興相就任を打診したのは2週間前。松本氏は、首相が民主党代議士会で「退陣」を表明した翌日の記者会見で、「私の頭の中には6月いっぱいというのがある。めどは早く付けるべきだ」と、首相に月内の辞任を促す発言をしていた経緯もあり、いったんは断った。だが、首相は今国会の延長が決まった22日に改めて要請し、松本氏も結局は受諾した。
 民主党の安住淳国対委員長は24日の記者会見で、復興相人事に関し「キーワードは継続性」と首相に助言していたことを明らかにした。首相が亀井氏の助言に乗って大幅な内閣改造に踏み切れば、野党側が新閣僚の所信表明とこれに対する質疑を求めるのは確実。安住氏にしてみれば、特例公債法案など重要法案の成立を急ぐ中で、せっかく延長した会期をふいにしたくないというわけだ。
 内閣改造に関しては、各閣僚からも24日、「常識的に大幅改造は考えられない」(玄葉光一郎国家戦略担当相)などと否定的な意見が相次いだ。民主党幹部はその理由を「近く退陣することが確実な首相に誰が協力しようと考えるのか」と説明。同幹部は、菅内閣が内閣法で規定された上限の17人で構成されていることを踏まえ、「新規に入閣させれば、誰かが閣外に去ることになり恨みを買う」とも指摘した。
 続投に執念を燃やす首相と、早期退陣を迫る党執行部の対立を受け、首相の孤立感は閣内でも深まっている。松本氏が兼務する環境相の後任に取り沙汰される閣僚の周辺からは「就任しても、あとわずかな期間になってしまう」「退陣すべき内閣に協力はできない」などの声が上がっており、調整は難航する可能性もある。(2011/06/24-21:47)

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知事抹殺 つくられた福島県汚職事件 佐藤 栄佐久 (著)

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隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ 小出 裕章 (著)

 

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2011年6月14日 (火)

小沢氏は2009年1月定期大会代表挨拶で脱原発への道。菅は2010年1月代表挨拶でこまごまだが内容スカスカ(笑)

 マスゴミは無視しているけれど、小沢さんは「2009年度定期大会」の代表挨拶でエネルギー政策にふれ、「環境のニューディール」で、ソーラー(太陽光)パネルの徹底普及を訴えていました。菅直人は今年1月、震災前の「2011年度定期大会」代表挨拶でどんな挨拶をしたか。「熊谷(俊人)千葉市長には年末に結婚されたとお聞きしました」何たらと細々話す割には中身がない。エネルギー政策のえの字も出ない。鳩山さんも「2010年度定期大会」代表挨拶でエネルギー政策にはふれていない。

追記(2012/07/04):民主党HPで確認したらサイトマップから2011年度定期大会以外はすべて消してます。リンクを保存しておきましたが全てリンク切れになってます

 エネルギー政策にふれ、再生可能自然エネルギーについて話したのは2009年代表挨拶の小沢さんだけです。

 しかも小沢さんは「安全・安心のニューディール」の中心政策で、

小中学校の校舎を全て耐震化することであります。特に、大規模地震によって倒壊の危険性が高いとされている約一万棟は、ただちに耐震化

とまで言っています。その先見性には舌を巻くばかりです。その後の展開を見ると、検察審査会を使った如何わしい「政治とカネ」馬鹿騒ぎ政治弾圧は実は目くらましで、本当の背景は、原発マフィアによる小沢つぶしだったのではないかと勘ぐりたくなります。

 菅直人と小沢さんではあまりにもレベルが違いすぎる。

※基本的に菅直人は信念も理念もない政治家です。菅直人は去年10月末にベトナムに行って何をやったか。原発2基を売り込み喜々としていた。浜岡原発の停止にしても菅が言ったのは、東電にお願いする「要請」で、国民の命を守るために政治生命・政治責任をかけた「停止命令」ではない。しかもその内容たるや東電の緊急対策の300億円かけた防潮堤の建設で、その建設が終わったら原発再開が前提になっています。菅は以下の事は全然考慮外、考えていない⇒「1、浜岡原発の真の危険性は、複雑な大陸プレートの真上、危険な断層の上にあること。2、津波よりも、直下型地震による直撃的な原発破壊であること」。

関連:
渋谷エネシフトデモ、「菅下ろしはエネシフトつぶし」の演説に目が点。英語のシュプレヒコール強制には何とも違和感。

 

民主党のサイトマップの内、大会決定のところで、偶然でしょうが、雑談日記でこのエントリーをアップした直後に2011年度定期大会以外全て消してます。以下、エントリーアップ時に採録したリンクです。2011年以外はすべてリンク切れになっています。
2011年度定期大会2010年度定期大会2009年度定期大会2008年度定期大会2007年度定期大会2006年度定期大会2005年度定期大会2004年度定期大会2003年度定期大会2002年度定期大会

※SOBA(2012/07/04 18:43):WayBackで調べると

Waybackarchiveorg_screen_capture_20 ←「6月 23, 2011 1 snapshot 01:17:57」までは、民主党HP中の「サイトマップ」のリンクをクリックすると、


Webarchiveorg_screen_capture_201274 ←大会決定「2011年度定期大会から2002年度定期大会」の全てのリンク表示があった事が確認出来ます


Waybackarchiveorg_screen_capture__2 ←ところが、「6月 30, 2011 1 snapshot 01:39:29」のところでは、民主党HP中の「サイトマップ」のリンクをクリックすると、


Wwwdpjorjp_screen_capture_201274184 ←今現在と同じく、「大会決定」のところでは2011年度定期大会以外消されています。と言うことは、雑談日記が2011/06/14の08:52にエントリーをアップした10日後から17日後の間に民主党HP側で消したと推定出来ます。


 

SOBA:まず要約です。
全文の「■小沢一郎代表挨拶」は下の方で採録しておきました。(元の文は民主党HPにあります ←リンク切れ。)
20090118_taikai ←頁自体消されてます。


↓の頁をキャプチャしました

2009/01/18
【定期党大会】小沢一郎代表挨拶
http://www.dpj.or.jp/news/?num=14998
小沢一郎代表

Oza01181  小沢一郎代表は18日午後、2009年度定期大会で挨拶に立ち、「ついに今年、『その時』を迎えた。衆議院総選挙に勝利して、私たちが自ら新しい政権をつくり、『国民の生活が第一。』の理念に基づいて、国民の『新しい生活』を築くのだ。もはや、一刻の猶予もならない」と訴えた。

Oza01182  「私たち民主党は、最後の最後まで国民とともに歩み、そのご支持により『国民の命と暮らしを守る新しい政権』を樹立することを、国民の皆様にお約束するとともに、皆様にここで主権者としての『最終判断』を下してくださるよう重ねてお願い申し上げる」として挨拶を締めくくった。

 要旨は下記の通り。
=========
民主党二〇〇九年度定期大会
小沢一郎代表挨拶

 まず、本日の民主党大会にご参集、ご来場いただきました皆様に、心より感謝を申し上げます。
 なかでも、友党として連帯のお言葉を頂戴しました社会民主党の福島党首、国民新党の綿貫代表、新党日本の田中代表、そしてお励ましをいただきました連合の岡部会長代行、経団連の大橋政治対策委員長に厚く御礼を申し上げます。
 また、お忙しい中、ご列席いただきました、在日公館の皆様、労働界、経済界、文化諸団体など友好団体の皆様に感謝申し上げます。

 さて、同志の皆さん、ついに今年、「その時」を迎えました。衆議院総選挙に勝利して、私たちが自ら新しい政権をつくり、「国民の生活が第一。」の理念に基づいて、国民の「新しい生活」を築くのであります。もはや、一刻の猶予もなりません。
政治の役割は究極的に、国民の命と暮らしを守ること、その一点に尽きます。その責任と使命を忘れ、権力行使の目的さえも見失った政権は、一刻も早く、ただ消え去るのみ、であります。自公政権が一日長く続けば、それだけ国民生活の被害は大きくなっていきます。それは、世界的な金融危機、同時不況のさなか、麻生内閣が国民に信を問うことも、効果的な景気対策を実行することもなく、三ヵ月間も政治空白を続けたことを見れば明らかであります。
 私たちの手で、この国の仕組みを根本的に変え、「新しい生活」、新しい日本をつくり始める時であります。それ以外に、国民生活を、日本を救う方法はないからであります。
 そして、私たちがそれを決意しさえすれば、必ず仕組みをつくり変えることができます。日本の国民には、その能力が十分にあります。いわゆる「派遣切り」が進む一方で、介護を担う職員が決定的に不足していますが、それらを是正して人材を活かしきるのが政治の力であります。そのようにして、国民が力を合わせ、新しい国づくりに挑む時なのであります。

 私たち民主党の実現目標は、明確であります。
 第一に、「国民の、国民による、国民のための政治」を実現する。単純な言い方ではありますが、それが民主主義の原点であります。その当たり前のことが、日本では行われてきませんでした。それこそが、今日、政治、経済、社会の混迷を招いた最大の原因であります。何としても、二大政党制の下で初めて、政権交代を実現し、日本に議会制民主主義を定着させなければなりません。
 その上で、「人間の、人間による、人間のための経済」を実現する。現在の金融危機の根本原因は、自由というものを無原則な勝手気ままと履き違えて、「資本の、資本による、資本のための市場経済」を極限まで推し進めた金融資本主義の破綻にあります。それを、公正なルールに基づく、本来の自由経済に是正し、国民生活のセーフティネットを前提にした仕組みにつくり変えなければなりません。それによって初めて、「人間を大事にする経済」を回復することができると考えます。
 そして、「住民の、住民による、住民のための社会」を実現する。それは真面目に働く人が報われる社会であり、年金、医療、子育て、雇用、地域が立て直され、住民が安定した暮らしのできる社会であります。もちろん、真の地方分権を確立することがその前提条件であります。

 実は、経済危機の今こそ、日本の大転換を成し遂げるチャンスである、と私は思います。国の総予算二百数十兆円を全面的に組み替え、税金のムダづかいを徹底的になくして、その浮かせた財源を国民生活の立て直しに集中的に使う。生活の不安をなくすことが希望を生み、積極的になった心が、この国全体を押し上げていくのであります。そのような仕組みの転換は、国民の多くが危機を認識している今だからこそ、国民の理解と協力の下に実現できるのだと考えます。
 私たちはすでに昨年秋、総選挙に向けて、ムダづかいの根絶、年金・医療の改革、子育てへの支援、雇用制度の改革、農林漁業と中小企業の再生という「新しい生活をつくる五つの約束」を決定、発表しております。その五つを実行することにより、国民は元気を取り戻し、生活を立て直すことができると確信しております。
 ただ、麻生内閣の無為無策の結果、雇用危機をはじめとする経済の悪化が急速に進んだため、当面の景気対策を早急に実施し、総需要を維持して、雇用を確保していかなくてはなりません。しかしそれは、自公政権が総選挙目当てに強行している総額二兆円の定額給付金のような、ただのバラマキ、税金のムダづかいであってはなりません。

 あくまでも、私たちの目指す将来の「人間のための経済」「住民のための社会」を実現できるものでなければなりません。私は、その中心となる総需要維持政策は「環境のニューディール」と「安全・安心のニューディール」の二つであると考えます。
 「環境のニューディール」は、戸別所得補償制度をはじめとする農林漁業の活性化策に加え、ソーラー(太陽光)パネルの徹底普及を中核に据えます。まず、新築の戸建て住宅を対象に設置費の半額を補助し、最終的には住宅、公共施設、オフィスビルなど、全ての建物にパネルを設置したいと考えます。また、全ての建物の屋上と外壁の緑化も強力に推進していかなければなりません。
 「安全・安心のニューディール」の中心政策は、小中学校の校舎を全て耐震化することであります。特に、大規模地震によって倒壊の危険性が高いとされている約一万棟は、ただちに耐震化を実施します。病院の耐震化と、介護職員の待遇改善および大幅増員も、同様に進めていかなければなりません。
 この二つのニューディールの眼目は、いずれも一つひとつは小規模事業であることから、それぞれの地域で雇用を創出できる、いわば「地域密着型の雇用創出策」であることであります。さらには、高速道路のネットワークの早期完成など、必要なインフラの整備も進めていかなければなりません。これらの政策をさらに練り上げて、総選挙のマニフェストを完成させたいと思います。

 政権交代を実現して、新しい政権を担おうとする私たちが、いま最も求められているものは、国民の中に入り、その苦しみや悩みを共有し、国民とともに歩んでいく姿勢を、最後まで貫いていくことであります。「国民は家族である」という思いを忘れてはなりません。国民の苦しみや悩みに対する想像力さえ失ってしまい、政権の獲得・維持そのものが目的化すると、自公政権と大差のないものになってしまいます。
 そして、「国民は家族である」との思いに基づいて、私たちの掲げる「国民の生活が第一。」の理念と政策を、国民の生活現場で地道に訴えていかなくてはなりません。そうすれば、私たちは必ず、国民の皆さんからご支持いただけると信じております。

 一方、国民の皆さんにも、おやりいただかなくてはならないことがあります。自分自身が主権者であり、最終的な権力を握っているのだということをぜひ自覚し、ここでその主権を必ず行使していただきたいのであります。総選挙で一票を投じ、主権者としての意思を表明する。それによって、現在の自公政権を続けるのか、それとも民主党を中心とする新しい政権をつくるのかを、選択していただかなければなりません。
 政権は、国民自身が選ぶものであります。政府は、国民自身がつくるものであります。国民を超えた「お上」がつくってくれるものではありません。国民が自分で決め、自分でつくるという能動的な姿勢が、民主主義の必要条件であり、日本国憲法の定める主権者の在り方なのであります。
 もし、国民の皆さんが今の自公政権に満足できないのであれば、今度の総選挙ではぜひ、私たち民主党に一票を投じてください。そして、もし、私たち民主党が政権を担っても、国民との約束を守らなかったり、国民の期待に応えられなかった場合は、直ちにその次の総選挙で私たちを政権の座から下ろしてください。議会制民主主義における主権者の責務とは、そういうものであると思います。

 私たち民主党は、最後の最後まで国民とともに歩み、そのご支持により「国民の命と暮らしを守る新しい政権」を樹立することを、国民の皆様にお約束するとともに、皆様にここで主権者としての「最終判断」を下してくださるよう重ねてお願い申し上げ、私の挨拶と致します。

以上 


 以下、資料として採録。(ページキャプチャ、画像の保存などやってます。現菅執行部はビデオの削除などを以前やりました。もし下記ページの削除などやるなら、その時はページキャプチャ、画像の保存などをすべて公開します。特に政権交代を予見させる小沢さんのメッセージは重要と思っています。)

民主党2009年度定期大会
http://www.dpj.or.jp/governance/taikai/taikai_2009.html

開催:2009年1月18日

2009 画像 民主党2009年度定期大会
http://www.dpj.or.jp/governance/taikai/images/2009.jpg

■ 大会本会議 次第 ■
・開 会
・議長選出
吉川沙織、平山幸司両参院議員
・大会実行委員長挨拶
高木義明委員長
・ご来賓挨拶 政党関係 http://www.dpj.or.jp/news/?num=14996
福島みずほ社会民主党党首
綿貫民輔国民新党代表
田中康夫新党日本代表
・ご来賓挨拶 経団連・連合 http://www.dpj.or.jp/news/?num=14997
大橋光夫日本経済団体連合評議会副議長
岡部謙治連合会長代行
代表挨拶 http://www.dpj.or.jp/news/?num=14998要約
小沢一郎代表
・大会議案報告 http://www.dpj.or.jp/news/?num=14999
鳩山由紀夫幹事長
・議案採択
・閉会

小沢一郎代表挨拶 http://www.dpj.or.jp/special/20090118_taikai/index.html全文

■大会決定
・2009年度活動方針
2009年政権交代 日本は変わる!国民の生活が第一。
―― 雇用を守り、暮らしを守り、地域を守る―― http://www.dpj.or.jp/news/files/katudohoshin.pdf ←を阿修羅に保存

・緊急雇用対策アピール http://www.dpj.or.jp/news/files/090118taikaiappeal.pdf ←を阿修羅に保存

 

↓民主党二〇〇九年度定期大会 小沢一郎代表挨拶を全て、
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http://www.ozawa-ichiro.jp/massmedia/ctr/column.php?cmd=a_back&cat=5
http://www.ozawa-ichiro.jp/massmedia/contents/appear/2009/ar20090128093015.html
↓と同じテキストが↑小沢一郎Webサイトにありました。

私たちの法案・政策
民主党二〇〇九年度定期大会 小沢一郎代表挨拶  (1/3ページ)←全文
http://www.dpj.or.jp/special/20090118_taikai/index.html

20090118_taikai ←頁自体消されてます。2011年6月、菅直人がまだ代表の時に消されました


0612009_
画像 民主党二〇〇九年度定期大会 代表挨拶 衆議院議員 小沢 一郎
(SOBA:リンクでなく埋め込み?キャプチャしました)

 まず、本日の民主党大会にご参集、ご来場いただきました皆様に、心より感謝を申し上げます。
 なかでも、友党として連帯のお言葉を頂戴しました社会民主党の福島党首、国民新党の綿貫代表、新党日本の田中代表、そしてお励ましをいただきました連合の岡部会長代行、経団連の大橋政治対策委員長に厚く御礼を申し上げます。
 また、お忙しい中、ご列席いただきました、在日公館の皆様、労働界、経済界、文化諸団体など友好団体の皆様に感謝申し上げます。

 さて、同志の皆さん、ついに今年、「その時」を迎えました。衆議院総選挙に勝利して、私たちが自ら新しい政権をつくり、「国民の生活が第一。」の理念に基づいて、国民の「新しい生活」を築くのであります。もはや、一刻の猶予もなりません。
 政治の役割は究極的に、国民の命と暮らしを守ること、その一点に尽きます。その責任と使命を忘れ、権力行使の目的さえも見失った政権は、一刻も早く、ただ消え去るのみ、であります。自公政権が一日長く続けば、それだけ国民生活の被害は大きくなっていきます。それは、世界的な金融危機、同時不況のさなか、麻生内閣が国民に信を問うことも、効果的な景気対策を実行することもなく、三ヵ月間も政治空白を続けたことを見れば明らかであります。
 私たちの手で、この国の仕組みを根本的に変え、「新しい生活」、新しい日本をつくり始める時であります。それ以外に、国民生活を、日本を救う方法はないからであります。
 そして、私たちがそれを決意しさえすれば、必ず仕組みをつくり変えることができます。日本の国民には、その能力が十分にあります。いわゆる「派遣切り」が進む一方で、介護を担う職員が決定的に不足していますが、それらを是正して人材を活かしきるのが政治の力であります。そのようにして、国民が力を合わせ、新しい国づくりに挑む時なのであります。

04 画像 挨拶する小沢氏
http://www.dpj.or.jp/special/20090118_taikai/images/04.jpg

 私たち民主党の実現目標は、明確であります。
 第一に、「国民の、国民による、国民のための政治」を実現する。単純な言い方ではありますが、それが民主主義の原点であります。その当たり前のことが、日本では行われてきませんでした。それこそが、今日、政治、経済、社会の混迷を招いた最大の原因であります。何としても、二大政党制の下で初めて、政権交代を実現し、日本に議会制民主主義を定着させなければなりません。
 その上で、「人間の、人間による、人間のための経済」を実現する。現在の金融危機の根本原因は、自由というものを無原則な勝手気ままと履き違えて、「資本の、資本による、資本のための市場経済」を極限まで推し進めた金融資本主義の破綻にあります。それを、公正なルールに基づく、本来の自由経済に是正し、国民生活のセーフティネットを前提にした仕組みにつくり変えなければなりません。それによって初めて、「人間を大事にする経済」を回復することができると考えます。
 そして、「住民の、住民による、住民のための社会」を実現する。それは真面目に働く人が報われる社会であり、年金、医療、子育て、雇用、地域が立て直され、住民が安定した暮らしのできる社会であります。もちろん、真の地方分権を確立することがその前提条件であります。

 

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民主党二〇〇九年度定期大会 小沢一郎代表挨拶  (2/3ページ)
http://www.dpj.or.jp/special/20090118_taikai/index_2.html

 実は、経済危機の今こそ、日本の大転換を成し遂げるチャンスである、と私は思います。国の総予算二百数十兆円を全面的に組み替え、税金のムダづかいを徹底的になくして、その浮かせた財源を国民生活の立て直しに集中的に使う。生活の不安をなくすことが希望を生み、積極的になった心が、この国全体を押し上げていくのであります。そのような仕組みの転換は、国民の多くが危機を認識している今だからこそ、国民の理解と協力の下に実現できるのだと考えます。

01 画像 小沢氏
http://www.dpj.or.jp/special/20090118_taikai/images/01.jpg

 私たちはすでに昨年秋、総選挙に向けて、ムダづかいの根絶、年金・医療の改革、子育てへの支援、雇用制度の改革、農林漁業と中小企業の再生という「新しい生活をつくる五つの約束」を決定、発表しております。その五つを実行することにより、国民は元気を取り戻し、生活を立て直すことができると確信しております。
 ただ、麻生内閣の無為無策の結果、雇用危機をはじめとする経済の悪化が急速に進んだため、当面の景気対策を早急に実施し、総需要を維持して、雇用を確保していかなくてはなりません。しかしそれは、自公政権が総選挙目当てに強行している総額二兆円の定額給付金のような、ただのバラマキ、税金のムダづかいであってはなりません。


 あくまでも、私たちの目指す将来の「人間のための経済」「住民のための社会」を実現できるものでなければなりません。私は、その中心となる総需要維持政策は「環境のニューディール」と「安全・安心のニューディール」の二つであると考えます。
 「環境のニューディール」は、戸別所得補償制度をはじめとする農林漁業の活性化策に加え、ソーラー(太陽光)パネルの徹底普及を中核に据えます。まず、新築の戸建て住宅を対象に設置費の半額を補助し、最終的には住宅、公共施設、オフィスビルなど、全ての建物にパネルを設置したいと考えます。また、全ての建物の屋上と外壁の緑化も強力に推進していかなければなりません。
 「安全・安心のニューディール」の中心政策は、小中学校の校舎を全て耐震化することであります。特に、大規模地震によって倒壊の危険性が高いとされている約一万棟は、ただちに耐震化を実施します。病院の耐震化と、介護職員の待遇改善および大幅増員も、同様に進めていかなければなりません。

03 画像 会場
http://www.dpj.or.jp/special/20090118_taikai/images/03.jpg

 この二つのニューディールの眼目は、いずれも一つひとつは小規模事業であることから、それぞれの地域で雇用を創出できる、いわば「地域密着型の雇用創出策」であることであります。さらには、高速道路のネットワークの早期完成など、必要なインフラの整備も進めていかなければなりません。これらの政策をさらに練り上げて、総選挙のマニフェストを完成させたいと思います。

 

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民主党二〇〇九年度定期大会 小沢一郎代表挨拶  (3/3ページ)
http://www.dpj.or.jp/special/20090118_taikai/index_3.html

 政権交代を実現して、新しい政権を担おうとする私たちが、いま最も求められているものは、国民の中に入り、その苦しみや悩みを共有し、国民とともに歩んでいく姿勢を、最後まで貫いていくことであります。「国民は家族である」という思いを忘れてはなりません。国民の苦しみや悩みに対する想像力さえ失ってしまい、政権の獲得・維持そのものが目的化すると、自公政権と大差のないものになってしまいます
 そして、「国民は家族である」との思いに基づいて、私たちの掲げる「国民の生活が第一。」の理念と政策を、国民の生活現場で地道に訴えていかなくてはなりません。そうすれば、私たちは必ず、国民の皆さんからご支持いただけると信じております。

06 画像 小沢氏
http://www.dpj.or.jp/special/20090118_taikai/images/06.jpg

 一方、国民の皆さんにも、おやりいただかなくてはならないことがあります。自分自身が主権者であり、最終的な権力を握っているのだということをぜひ自覚し、ここでその主権を必ず行使していただきたいのであります。総選挙で一票を投じ、主権者としての意思を表明する。それによって、現在の自公政権を続けるのか、それとも民主党を中心とする新しい政権をつくるのかを、選択していただかなければなりません。
 政権は、国民自身が選ぶものであります。政府は、国民自身がつくるものであります。国民を超えた「お上」がつくってくれるものではありません。国民が自分で決め、自分でつくるという能動的な姿勢が、民主主義の必要条件であり、日本国憲法の定める主権者の在り方なのであります。
 もし、国民の皆さんが今の自公政権に満足できないのであれば、今度の総選挙ではぜひ、私たち民主党に一票を投じてください。そして、もし、私たち民主党が政権を担っても、国民との約束を守らなかったり、国民の期待に応えられなかった場合は、直ちにその次の総選挙で私たちを政権の座から下ろしてください。議会制民主主義における主権者の責務とは、そういうものであると思います

 私たち民主党は、最後の最後まで国民とともに歩み、そのご支持により「国民の命と暮らしを守る新しい政権」を樹立することを、国民の皆様にお約束するとともに、皆様にここで主権者としての「最終判断」を下してくださるよう重ねてお願い申し上げ、私の挨拶と致します。

07 画像 全員で頑張ろう
http://www.dpj.or.jp/special/20090118_taikai/images/07.jpg


 

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代表メッセージ「国民は家族です。」
http://www.dpj.or.jp/media/newspaper.html#new

最新新聞掲載
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090105newspaper 国民は家族です。
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2009年1月5日掲載


 国民は家族です。

 うつむいている人は、顔を上げてください。私たちの手で、この国の仕組みを変え、「新しい生活」をつくり始める時です。

 それは、まじめに働く人が報われる社会。年金、医療、子育て、雇用、地域が、立て直された社会。暮らしの安定が希望を生み、積極的になった心が、この国全体を押し上げていくのです。

 その担い手は、私だけでも、あなただけでもない。「私たち」です。

 いよいよ、動く時です。

民主党代表 小沢一郎

081005newspaper 新しい生活をつくる。
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2008年10月3日掲載


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 以下、

民主党2011年度定期大会
http://www.dpj.or.jp/governance/taikai/index.html

開催:2011年1月13日  14時~
開場:幕張メッセ国際展示場10番ホール

※SOBA:「代表挨拶 菅直人代表 http://www.dpj.or.jp/news/?num=19585」を開くと、定期大会での挨拶ではなく定期大会後の会見だった。このページ中、2つのURL(?num=19580と?num=19584)が飛んでいて、代表挨拶は、飛ばしているURLの「?num=19580」、「http://www.dpj.or.jp/news/?num=19580 」だった。しかも、短い要約。総理の年頭挨拶には相応しくないチマチマとした挨拶になっていて、「レベルが低すぎる」と省いた可能性がある。

※なお、菅直人のレベルの低い代表挨拶は以下のビデオで見る事が出来ます。
◆菅直人代表(総理)挨拶
 http://asx.pod.tv/dpj/free/2011/20110113taikai_03.asx

 

 民主党のHPで紹介していないので、産経の【菅首相党大会あいさつ詳報】を検索で探しました

【菅首相党大会あいさつ詳報】
(1)「党の危機より日本の危機だ」(13日午後)
2011.1.13 17:53 (1/2ページ)
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110113/plc11011317560124-n1.htm

民主党2011年度定期大会後の記者会見を終え、会場を後にする菅直人首相=13日午後、千葉市美浜区の幕張メッセ(大西史朗撮影)
http://sankei.jp.msn.com/politics/photos/110113/plc11011317560124-p1.htm
http://sankei.jp.msn.com/images/news/110113/plc11011317560124-p1.jpg

 菅直人首相(民主党代表)は13日午後、千葉市内で行われた党大会であいさつし、消費税率引き上げを含めた税制と社会保障の一体的改革をめぐり「党派を超えた議論が必要だ。野党が積極的に参加しないなら、そのこと自体が歴史への反逆行為だ」と述べた。

 首相あいさつの詳報は以下の通り。

 「2011年の民主党定期大会に多くの皆さま方にご参加いただいたことをまずもってお礼を申し上げます。先ほどごあいさつをいただきました国民新党の亀井静香代表、社会民主党の福島瑞穂党首、経団連の米倉弘昌会長、そして私たちを強く支えていただいております連合の古賀(伸明)会長、さらには千葉市の熊谷(俊人)市長には年末に結婚されたとお聞きしましたけど、そういった中、ご出席いただき大変温かい激励をいただいたことを心からお礼を申し上げます。また、新党日本の田中康夫代表、新党大地代表代行の浅野貴博さんはじめ多くの支持団体のみなさんにおいでいただいたことを心からお礼を申し上げたいと思います」

 「さて、新年かなりたちましたけど、初めてお目にかかる方もいますので、改めて新年あけましておめでとうございます。これからのこの1年がどういう1年になっていくのか、この党大会を皮切りに本格的的な活動に入らないといけません。昨日は全国幹事長会議、両院議員総会、さらに今日は地方代議員会議で多くの意見をいただいたところです。私も直接、あるいは間接的に意見をいただいた。そうした中で、いただいた声をこれからの民主党の運営、さらには政権運営に必ずやいかして参りたい。このように申し上げたいと思います」

(2/2ページ)
 「その中であえて申しますと、現在置かれている状況、私がこの民主党の危機をどう乗り越えるかでなく、日本の危機をどう乗り越えるのか、それに向かって私たち民主党がどう立ち向かえるのかの観点から私の覚悟なりを考え方について説明させていただきたいと思います」

 「一昨年の政権交代から約1年半がたち、私が鳩山(由紀夫前)首相から政権を引き継いで7カ月が経過をいたしました。私はこの政権交代は大きな意味で民主党が進めてきたことは間違っていなかったという自信を持って申し上げることができます。例えば、10年、20年先送りにされてきた課題がいかに多かったでしょうか」

 

【菅首相党大会あいさつ詳報】
(2)「画期的な政策に胸を張りたい」(13日午後)
2011.1.13 17:55 (1/2ページ)
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110113/plc11011317560125-n1.htm

民主党2011年度定期大会であいさつする菅直人首相=13日午後、千葉・美浜区の幕張メッセ(酒巻俊介撮影)
http://sankei.jp.msn.com/politics/photos/110113/plc11011317560125-p1.htm
http://sankei.jp.msn.com/images/news/110113/plc11011317560125-p1.jpg

 「最近『デフレの正体』という本を買い求め、読んでみました。私は団塊の世代の入り口でありますが、その人口の波がどんどん労働力人口として参入することが経済を大きく引っ張っていく、しかしその波がどんどん少なくなると経済が低迷していく。ある意味では予測可能であった事象であることです」

 「そういった中で、少子高齢化が叫ばれる中、長年高齢者にはかなり手厚い手当がありましたけど、子供たちのことについては必ずしも十分な手当が打たれてきませんでした。マニフェストに載せた子ども手当というのは私はこうした日本の10年、20年、30年、その本には2000年とありましたけど、つまりは人口が減ってくる経験は2000年に1度という変化に対して、従来の政権が何もしなかったのに対し、新たに子ども手当という制度を導入したのは私は歴史的に画期的な政策と胸を張っても構わないと考えているところであります」

 「あるいは昨年の鳩山政権での予算の中で盛り込んだ農業における戸別所得補償。農業の改革が現在待ったなしの状況にある。現在、農業に就業している人の平均年齢が66歳。このままいけば、5年先、10年先に貿易自由化があるかなしにかかわらず、日本の農業は立ち行かなくなることは誰の目にも明らかです。そういった中で、農業における戸別所得補償という欧米ではすでに導入されている考え方を昨年民主党中心の政権の中で予算に盛り込み、来年度の予算でもさらにそれをやるというのは、これも歴史的に絶対に間違っていない方向と私は確信するが、いかがでしょうか」

(2/2ページ)
 「一つひとつの課題を申し上げるときりがないが、あえて具体的に申し上げますと、例えば地方で選挙をされる方にとって、(沖縄県石垣市の)尖閣の問題でリーダーシップがないと抽象的に批判を受けていると。私自身も多く国会で批判を受けていますので、十分に予想できますし、皆さんのご苦労はいかばかりかと思う。しかし、例えばこの千葉で、神奈川で東京で特に大都市で、待機児童をゼロにしていくと、熊谷市長のお子さんが生まれると、この千葉でも待機児童がゼロになるようにどうしていくか」

 「もちろん自治体ががんばっていかないといけませんが、1つの自治体ががんばっても隣の自治体から子供連れがやってくるので、全国レベルでこのことをしないといけません。私は、あの村木(厚子・内閣府政策統括官)さんに事務局長になってもらい、待機児童ゼロのために200億円の予算を計上した。これが1年限りでない。来年、再来年、そして最終的には欧米、北欧の水準にして、ほぼ待機児童がなくなるようにする。その第一歩が進んだんだと、このことをぜひ有権者に訴えていただいてほしい」

 

【菅首相党大会あいさつ詳報】
(3)「遠慮してたが、これから大きな声出す」(13日午後)
2011.1.13 17:56 (1/2ページ)
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110113/plc11011317580126-n1.htm

民主党2011年度定期大会であいさつする前に一礼する菅直人首相=13日午後、千葉市美浜区の幕張メッセ(大西史朗撮影)
http://sankei.jp.msn.com/politics/photos/110113/plc11011317580126-p1.htm
http://sankei.jp.msn.com/images/news/110113/plc11011317580126-p1.jpg

 「また、熊谷市長から地方分権、地方主権の要望がありました。一括交付金についてこの1年間、あるいは従来議論を続けてきた。今年は個別的補助金を一括交付金にまとめて県に交付するその第一歩として役所に出してくれと言いました。一生懸命やって出てきたものがわずか28億円にしかなりませんでした。そこで一体誰がこの程度の数字しか出してこないのか、それぞれの役所の官房長なのか局長なのか名前を私に伝えてくれと申し上げて、片山(善博総務)大臣を中心にがんばっていただいた結果、5100億円を超える一括交付金が来年度の予算に計上できるところまで、実際に物事が進みました」

 「来年度はまだ県段階で千葉市にはすぐにはいかないが、これからは基礎自治体に広げていくという方向の中で、その大きな第一歩は来年度の予算。こういったことも一般の皆さんには伝わらないので、もちろん広報や政府の活動を通じて伝えなければなりませんが、皆さんに自信をもって有権者に訴えてもらいたい」

 「まだまだ数え上げればあります。科学技術の予算を最終的に前年度より引き上げたり、HTLV1という母子感染の病気について、あの浅野史郎宮城県元知事が感染して発表されましたが、それに対する対策、新卒者就職支援も特命チームを作って今、全力を挙げている。ハローワークは中高年の人が利用すると思われていましたが、ジョブサポーターを拡大し、新卒者の相談にも丁寧にこたえる体制も作りました。硫黄島の遺骨収集についても65年間残された半分以上の遺骨の収集について、資料も集め大きな前進を図っているところです」

(2/2ページ)
 「個々の話が長くなったかもしれませんが、私たち自身が自信を持てるかどうかによって、各有権者の皆さんを説得できるかどうかにかかる。私自身がやってきたことに自信が持てないならば、当然ながら説得できません。私はそういった意味で、一つも間違ったことはないと言いません。しかし、あの尖閣の問題でもいろいろありましたけど、少なくとも尖閣列島は日本の固有の領土であって、この領土問題は存在しないという立場は一切変わっていませんし、実効支配も一切変わっていないわけであります」

 「そういう中で、日中関係あるいは日露関係、さらには友好関係にある韓国や東南アジアとの関係は多くは前進していることも自信を持って言ってもらいたい。ベトナムのズン首相と3度会談しましたが、3度目には原子力発電所とレアアース(希土類)でわが国を戦略的パートナーにしたいという申し出を受けました」

 「野党の批判を切り返す機会あれば、多く切り返したいと思ったのですけど、(昨年の臨時国会は)最初の国会でありましたので、できるだけ熟慮の国会ということで、遠慮をずっとしてきたのです。なんだか菅さん元気がないねと言われましたが、(昨年)12月3日に国会が終わってからは、これからは大きな声でと方針を変えて今日のこの場に臨んでいるところであります」

 

【菅首相党大会あいさつ詳報】
(4)「野党が議論参加しないなら歴史への反逆行為だ」(13日午後)
2011.1.13 17:57 (1/2ページ)
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110113/plc11011318020130-n1.htm

民主党の定期党大会であいさつする菅首相=13日午後、千葉市の幕張メッセ
http://sankei.jp.msn.com/politics/photos/110113/plc11011318020130-p1.htm
http://sankei.jp.msn.com/images/news/110113/plc11011318020130-p1.jpg

 「これまで先送りされてきた大きな課題に取り組むことができるのかが問われている。経済、社会保障の財源、そして地域主権の問題、国民が参加した外交のあり方、これらのことについてわが党の責任である、従来政権を持っていた自民の責任であるということを超え、われわれ世代の責任、今政治に携わっている私たちの責任という認識で党派を超えた議論が必要だということも言うまでもありません。もし、野党の皆さんが積極的に参加しないならば、私はそのこと自体が歴史に対する反逆行為であります。そのように言っても決して言いすぎでない。逆に言えば、そうではないことを期待をして参りたい」

 「今や世界は分水嶺という大きな変革期に入っています。新興国がどんどんわが国の経済に追いつき追い越そうとしている。しかし、私は新興国のリーダーと話をしていて、自分たちは日本をモデルにしてきたんだと。自分たちは日本のような国になりたいと思ってがんばってきたのだと、口々にそういう。わが国はそういった国に技術や資本の面で多くの応援ができると同時に、今日本の平均年齢が44歳だが、ベトナムは平均年齢は27歳。そういう若い国と連携しいくことによって、そういうウインウインの関係を作ることは必ずしも間違っていません。そういうことを推し進めることによって、そうした新興国の兄貴分として応援しながら、成長エネルギーを受け止めることが可能だと考えています」

(2/2ページ)
 「そういった中で今日この大会が終了致しますと、通常国会に向けて党の体制、内閣の体制をより強い最強の体制にするために、党と内閣について体制を強化するための改革を、改造を行いたいと思います。その目的は一部に言われているように問責が出されたからだとかではありません。今申し上げたような日本の改革を推し進めるために、そのためにどういう体制を作るのが最も強力な体制になるかの一点で、新たな体制を作って参りたいと考えています。内閣の改造に加えそれに伴う党人事の変更も行いたいと思いますので、ぜひとも新たな体制については私、代表にご一任をお願いしたい」

「最後に申し上げます。今、誰の目にも日本という国は本当にこれから元気な国になっていくのか、それとも若い人が海外留学に出ていかなくなった内向きに内向きになってしまって、東洋における小さな存在になるのか。まさに明治の開国、そして昭和20年、敗戦後の開国に続く平成の開国を自らの手でやるのか、それとも最終的な国際的な機関に強制的な開国を押しつけられるのか。ぶざまな日本になってしまうのか。まさに日本としての試練がやってきています。私は必ずや、日本人の手でこの日本の現状を自らの手で開国する決意をこの2011年度のこの大会の最後に皆さんとその意思を決意を確かめ合って、このあいさつの締めくくりとしたい。ともにがんばりましょう」

 

※参考:菅直人は信念も理念もない、浮き草政治屋。

 ↓ベトナムに原発を2基売り込んでニコニコの菅

日本、ベトナムの原発2基受注へ/レアアースも共同開発【四国新聞社】
http://news.shikoku-np.co.jp/national/main/201010/20101031000125.htm
2010/10/31 17:06

Img_newsaspx  共同声明の署名を終え、握手する菅首相とベトナムのグエン・タン・ズン首相。後列中央は前原外相=31日、ハノイ(代表撮影・共同)
Img_newsaspx2  歓迎式典後、首脳会談へ向かうベトナムのズン首相(左)と菅首相=31日午前、ハノイ(代表撮影・共同)
 【ハノイ共同】菅直人首相は31日午前(日本時間同)、ベトナムのグエン・タン・ズン首相とハノイ市内で会談し、同国が進めている原子力発電所2基の建設を日本が受注することで事実上、合意した。ベトナム北部の鉱山で産出するレアアース(希土類)の共同開発でも一致した。

 両首相は会談後の共同記者会見で、合意内容を盛り込んだ共同声明を発表。菅首相は原発受注とレアアース開発について「両国の戦略的パートナーシップを象徴する案件だ」と強調した。

 共同声明には、ベトナムが建設を予定する原発4基のうち、日本が官民一体で受注を目指している2基について「協力パートナーに日本を選ぶ」と明記。同行筋は「基本的に日本企業が選ばれる」と説明した。

 レアアース開発は探査、開発、精製を共同で実施する。ベトナム側は資金、人材育成、技術開発での支援を求めており、今後、政府間で具体的な取り組みを協議する。

 会談で菅首相は、港湾建設などに約790億円の円借款を供与する意向を伝達。

 

日本、ベトナムから原発2基受注【TBS】
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4564580.html

 菅総理はベトナムのズン首相と会談し、原発の受注やレアアースの共同開発で合意しました。しかし、日本側の負担は総額「2兆円規模」に及ぶとみられ、決断の背景には悪化する日中関係が影響しています。

 両首脳が合意したのは、ベトナムの原発2基の建設を日本が受注することや、レアアースの共同開発などです。

 しかし、日本側の負担は、原発単体でも「5000億円程度」、他の事業も併せると「2兆円規模」に上るとみられています。

 日本政府が巨額の資金負担の受け入れに踏み切った背景には、レアアースの安定供給という喫緊の課題に加え、日本同様、中国との間で領土問題を抱えるベトナムとの関係を強化すべきとの判断があり、悪化の一途を辿る日中関係がここでも暗い影を落としています。(31日17:13)

 

原発受注とレアアース共同開発 日越首脳会談で一致【IZA】
配信元:産経新聞 2010/10/31 22:08更新
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/economy/policy/457795/

362712_c185 首脳会談でベトナムのズン首相(右)と握手する菅首相=31日午前、ハノイ(共同)

 ベトナムの原子力発電所建設を受注する一方、中国が世界生産の97%を占め、ハイテク製品に必要なレアアース(希土類)の探査、開発、精製を共同で行うことで一致したことは、アジアで競争力強化と「脱・中国依存」を進めたい日本にとって経済大国の“再興”に弾みをつける好材料となる。産業界には、「日本のインフラ輸出の起爆剤になる」との期待が高まっている。

関連記事
    レアアース、ベトナムと共同開発 脱中国依存
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/economy/policy/454076/
    ベトナム、日本に原発発注へ 共産党指導部が決定
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/asia/457157/

記事本文の続き ■「官民一体」で日本再興の引き金に

 「原子力産業の海外展開にとって大きな一歩だ。全力で取り組む」。官民出資の国際原子力開発は31日、コメントを発表したほか、日立製作所、三菱重工業、東芝の原発メーカー3社からも「こんなに早く決まるとは…」と喜びの声が相次いだ。

 今回合意したのは、ベトナム政府が2020年の稼働を目指す中部ニントゥアン省の第2期工事。第1期工事(2基)はロシアが獲得したが、第2期工事も総事業費約7500億円の大型案件だ。

 昨年のアラブ首長国連邦(UAE)の原発で韓国に受注をさらわれた日本は、“背水の陣”で獲得に動いた。民間企業がバラバラで受注活動を展開し、相手国から「政府レベルの交渉窓口がない」との不満が多かったことを踏まえ、原発メーカー3社、電力会社9社、政府出資の投資ファンドが結束して新会社「国際原子力開発」を設立。「ベトナム側のあらゆるニーズに応えられるようにした」(電力関係者)という。今年6月、政府の「新成長戦略」でインフラ輸出を重要な戦略分野と位置づけただけに、政府関係者は「ベトナム原発が試金石だった」と安堵(あんど)の表情を見せた。

 「原発の運転、保守で優れ、人材育成でも協力できる」(東京電力の勝俣恒久会長)点が評価されたのは間違いなく、ベトナムの判断が原発の新規建設を検討する他国に好影響を与えるのは間違いない。

 ■レアアース「脱・中国依存」加速

 レアアースに関するベトナムとの協力も日本の目指す「調達分散化」に貢献する。すでに日本はカザフスタンやモンゴルとレアアース鉱山の共同探査を進めるほか、10月26日にインドと長期的な供給協力で合意。「脱・中国依存」を加速させている。

 ベトナムの北部地域はハイブリッド車(HV)用モーターに使われるセリウムやジスプロシウムといったレアアースの埋蔵量が多いとされ、日本の資金・技術供与で調達先の開拓に道を開く公算が大きい。中国との間で南沙諸島をめぐる領有権問題を抱えるベトナムだけに、日本との連携は中国を牽制(けんせい)する狙いもある。

 ■「日本への信頼」武器に

 菅直人首相にとって、今回の外遊で唯一ともいえる成果は、民主党政権の必死の売り込みによってもたらされた。

 原発受注のきっかけは今年3月、国際協力銀行の前田匡史国際経営企画部長がハノイを訪れ、ベトナム共産党幹部との面会で「官の後ろ盾を得た日本の技術」とのアピールで好感触を得たことが大きい。5月の大型連休中には仙谷由人国家戦略担当相と前原誠司国土交通相(いずれも当時)が日本企業のトップを伴って訪問し、官民一体のトップセールスで原発や高速鉄道などのインフラ技術を売り込んだ。

 菅首相は6月に前田氏を内閣官房参与に任命し、さらに交渉を加速させた。10月25日には松本剛明外務副大臣が0泊3日でハノイに飛び、鳩山由紀夫前首相とともに最終交渉に臨む念の入れようだった。

 レアアースをめぐっても9月下旬に中国の輸出停滞が表面化したのち、10月上旬、松下忠洋経済産業副大臣を急遽(きゅうきょ)派遣。今回の合意への道筋をつけた。政府高官は31日、「官民それぞれで信頼関係を積み上げた結果だ」と述べたが、「日本への信頼」を武器にした菅政権のなりふり構わぬ攻勢が奏功したようだ。

 

ベトナム原発 受注の成功を次につなげよ(11月1日付・読売社説)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20101031-OYT1T00704.htm

 ベトナム政府が建設計画を進めている原子力発電所について、日本勢の受注が確実になった。

 原発を新たに造る新興国で、日本勢が建設を手がける初のケースとなる。

 世界的な原発の受注競争で、これまで後れを取っていた日本が、官民挙げた活動により、巻き返しに成功した形だ。

 原発や高速鉄道など、世界のインフラ(社会基盤)需要は、2030年までに41兆ドルに達すると推計されている。

 少子高齢化が進む日本では、将来的に国内需要の縮小が避けられない。それだけに、海外市場の開拓が重要であり、今回の受注成功の意義は大きい。

 これをバネに、今後も日本勢が様々な分野におけるインフラ整備事業を受注できるよう、官民の協調体制を、さらに強化していくべきである。

 ハノイで31日に行われた菅首相と、ベトナムのグエン・タン・ズン首相の会談で、日本勢の受注が事実上、内定した。

 ベトナム南部のニントゥアン省に建設される原発2基で、2014年の着工、20年の運転開始を目指している。

 ベトナムの原発計画では、今年初め、ロシアが、同じ省内に予定されている第1期の2基分の建設を受注している。

 日本勢は昨年末、アラブ首長国連邦(UAE)の原発計画でも韓国勢に敗れた。

 いずれも、ロシア、韓国の大統領が先頭となってトップセールスを強力に繰り広げ、それが受注につながったとされる。

 これに対し、日本側は企業が個別に対応したため、最終段階で競り負けたようだ。

 新興国における巨大プロジェクトでは、政府の発言力が強い。日本勢は技術力などで勝るものの、政府の後押しが足りず、それが敗因になったのは明らかだろう。

 こうした事態を反省材料に、日本は先月、電力会社や官民共同の投資ファンドなどが出資し、海外での原発受注を目指す企業、「国際原子力開発」を設立した。

 菅内閣の閣僚も、各地で相手政府関係者に積極的に働きかけるようになった。こうした活動が、功を奏したといってよい。

 アジアでは、インドネシアやタイ、マレーシアにも原発建設の計画がある。ベトナムでは原発以外に、ハノイとホーチミン間を結ぶ高速鉄道も計画されている。日本の官民挙げた体制の真価が問われるのはこれからである。

(2010年11月1日01時25分読売新聞)

 

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※原発関連で3冊:

知事抹殺 つくられた福島県汚職事件 佐藤 栄佐久 (著)

原子炉時限爆弾 広瀬 隆 (著)

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ 小出 裕章 (著)

 

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2011年6月12日 (日)

渋谷エネシフトデモ、「菅下ろしはエネシフトつぶし」の演説に目が点。英語のシュプレヒコール強制には何とも違和感。

 自分が参加した、6・11エネルギーシフトパレードのレポートです。

※末尾に岩上chの6・11中継のUストリーム映像「『6.11脱原発100万人アクション』完全ライブ中継プロジェクト」をアップしておきます

 

 なにやら菅直人支持の影が濃い気持ちの悪い集会とデモだった。6月7日にBBSと、また雑談日記のエントリーでもこのデモを紹介しましたが、これからはこの主催者のデモの紹介はやめときます。賛同人の坂本龍一さん、加藤登紀子さん、C.W.ニコルさん、飯田哲也さんあたりの名前につられて参加したのですが、何ともはやでした。

 賛同人の方の当日参加はなかったようで、お登紀さんの娘さんのYAEさんが遅れて参加していました。

 一番印象に残ったのは、あの「岬めぐり」の山本コータローさんの演説でした。下記YouTubeの前半で山本コータローさんの演説を聞く事が出来ます。

 山本コータロー氏「ドイツを見よ、ドイツで出来る事がどうして日本では出来ない菅直人、いい加減にしないか枝野、何が安全で健全性だ。素人の私でさえ、もう原発はこりゃ地震で壊れたなと思うよ。東電いい加減正直なことを言ってくれ、地震で壊れたんだろ、正直に言いなさい。地震で壊れたんだろ。浜岡で何パーセントとか言っているけれど、福島の原発は地震で壊れる可能性の極端に低い原発だった。それが壊れたんだろ、地震で壊れたんだろ。そしたら玄海(原発)もヤバイよ、福井もヤバイよ、柏崎はもっとヤバイよ、(原発を)みんな止めてくれ。それしか言う事はない。皆さんと心は一つ、一緒に歩きたい、じゃあこの辺で終わりま〜す」

 この演説を聞く事が出来たので良かったです。山本コータローさんの話しを聞けなければ散々なデモでした。主催者が最低。

 歩き始める前に、主催者が音頭をとってシュプレヒコールの練習。ところがこれが「エネシフト・ナウ」と英語。英語は好きだし得意でもあるのだが、こんな時になぜ沿道の人にストレートに伝わる日本語でなく英語なんだ。

 さて、歩き出して「原発やめろ」と声をあげていたら、突然わざわざ後ろに来たチロリアンハットをかぶった気持ちの悪いおっさんがメモノートの様なのを開いてから曰く「英語のシュプレヒコールを言ってくれと言ってましたよね」と(笑)見ると、ノートには7、8行英語のメモがある(笑)小生「分かりやすい日本語でなぜ言わないんだ。俺は英語のシュプレヒコールなんて嫌いだ」と一喝。するとおっさん、「決められた事は、その通りやらないと」とかムニャムニャ。馬鹿を相手にしてもしようがないと、すぐに頭を切り換え似顔絵とそのグループから離れ(原発反対グループだったのにね、笑)、太鼓グループに合流、ノリノリの雰囲気の中、解散地の代々木公園まで汗びっしょりになりながら歩いたのでした。

 帰宅後、一緒に参加した似顔絵@nigaoe 曰く、「随分細かいメモだった。あんな練習の時にノートに細かくメモなんてとれる訳ない。きっと主催者の回し者で、目立つ大きな声のシュプレヒコールの人を一人一人言って回っていたのかも知れない」と。そう言えば、デモ解散地の集会で「警察官からカンパをもらった」と何やら主催者が自慢していた。出発の時にも、最初から最後までやたらカンパ要請する何とも違和感のある集会でした。こんなの初めて(笑)

※グループ分けは、先頭から、1、子供連れの家族グループ。2、花のグループ。3、原発反対グループ。4、エネシフトグループ。5、太鼓グループ。6、ディスクジョッキーグループ。7、高尾山の天狗御輿を担ぐグループ。個人で小楽器を持ってきた人は、太鼓グループだけでなく他のグループに入って盛り上げて下さいとアナウンスしていたので、他のグループに入ったのだがうるさがっているのがありありな感じ。やはりおじさんおばさんはサウンドデモのレベルには感性がついて行ってない感じでした。

 当日は結局、水補給しソフトクリームで一息ついた後、電車で移動し新宿東口へ。ところが、歌舞伎町への出口が警察官の規制線で通行止め。とっさにデパートの営業妨害までは出来ないだろうと、店内に入り反対側に出る寸前地上への階段を見つけ地上へ。なんと、ロータリーの島に出る事が出来ました。しばしデモに声援を送った後、ブラジルシェーカーとサンバホイッスルを出して景気づけ。喜んだ若者が拳を突き上げ応えてくれました。その時、ちょうど後ろに社民党衆議院議員、阿部知子さんが来たので軽く会釈してから、自分でもデモに加わりたくなり、素人の乱のデモに入りロータリーを一周、「これが僕が参加したかったデモだ」と実感する事が出来ました。

 

2011.6.11 エネルギー・シフト・パレード
pnyanya
http://www.youtube.com/watch?v=o-KDbYF-kMM

 

関連:

岬めぐり 山本コータローとウィークエンド
chocotto2008
http://www.youtube.com/watch?v=JxHURXOxt_I&fmt=18

 

関連:
脱原発派は小沢さんの2009年1月民主党定期大会代表挨拶に注目せよ。それに比べ菅は付け焼き刃エネシフトで政権延命(笑

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参考データ:

エネルギーシフト・パレード関連、参加者は、約1500人。

賛同人:坂本龍一、小林武史、河野太郎、加藤登紀子、C.W.ニコル、飯田哲也、田中優、辻信一、湯川れい子(順不同)

呼びかけ人:羽仁カンタ(FLAT SPACE)、南兵衛@鈴木幸一(アースガーデン)、佐藤潤一(グリーンピース・ジャパン)

 

素人の乱、新宿デモ関連、参加者は、約2万5000人。

■ DANCE Bloc!!!!

【DJ】

・KENT


【LIVE】

・ECD

and more!!!!!

SOUNDSYSTEM:

コバヤシステム(WEEKEND)


■ 新宿フォークゲリラ号 Bloc!!!!

【LIVE】

・PPP(STUDIO DOM)

・パンクロッカー労働組合

・KORAKORA

・フジロッ久(仮)


■ Human Recovery Project Bloc!!!!

【LIVE】

・OUT OF TOUCH

・pinprick punishment

・LIFE

・SCREWITHIN

・PiLVET

・The Happening

PA:

n.a.m.

(ウェブサイト)http://611shinjuku.tumblr.com/

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国民の声を可視化するプロジェクト!の中継Uストリーム中の時間を徹底的にメモ、単純だけどね(汗)by 雑談日記SOBA。

『6.11脱原発100万人アクション』完全ライブ中継プロジェクト 1/4
http://www.ustream.tv/recorded/15299170

司会進行:岩上安身

アシスタント:前田真理

3分35秒から、『ずっとウソだった』のシンガーソングライター斎藤和義さん。

15分12秒から、池田香代子さん。

19分から、斉藤和義『ずっとウソだった』のフルバージョン演奏。

作詞作曲:斉藤和義
「ずっとウソだった」

この国を 歩けば 原発が54基
教科書も CMも 言ってたよ 安全です

俺たちを 騙して 言い訳は 「想定外」
懐かしい あの空 くすぐったい 黒い雨

ずっとウソだったんだぜ やっぱバレてしまったな
ほんとウソだったんだぜ 原子力は安全です
ずっと嘘だったんだぜ ほうれん草食いてぇなあ
ほんと嘘だったんだぜ 気づいてたろうこの事態
風に舞う放射能はもう止められない
何人が被爆すれば気がついてくれるの この国の政府

この街を 離れて うまい水 見つけたかい?
教えてよ やっぱいいや もうどこも 逃げ場はない

間奏

ずっとクソだったんだぜ 東電も北電も 中電も九電も もう夢ばかり見てないけど
ずっとクソだったんだぜ それでも続ける気だ
ほんとクソだったんだぜ 何かがしたいこの気持ち

ずっと嘘だったんだぜ ほんとクソだったんだぜ

 

44分20分から、森ゆう子参議院議員。

SPEEDIの情報公開をしないで被災地だけでなく、関東平野を含めた広範囲な国民を被爆させた問題について。

Sha1104180504009p1「ただちに健康に影響はない」を何度も何度も会見でくり返したくせに己はフル装備で現地視察した枝野ブタ


E106d95a7849413c8973ll ←枝野のブタは130億円かけて開発したSPEEDIの放射能拡散情報予測システムを肝心の時に使わず、現地の被災者だけでなく、関東平野を始め多くの国民を被爆させた。


Dst11041801400002p2 ←右から二人目が枝野。


954b63ad54d65e7e37e596b0052e9c31 ←フル装備は岡田も同じ。


1時間2分から2から3分ほど、加藤登紀子さん。

1時間14分23秒から、沖縄から

1時間20分26分から、京都から宮城県仙台から避難してきた清水かなさん。

1時間20分26秒から、保坂展人世田谷区長。

1時間30分35秒から、青森から外川さん。参加者80から100人。

1時間37分から、再度保坂さん。

1時間42分58秒、福島県雨の郡山からわたなべさん。

長崎大の御用学者山下俊一の話し。「海外の情報に耳をふさげ、国の言う事だから聞け」

1時間51分19秒から、再度保坂氏。節電関連で東電にデータを出させた話し。電気の使用料と供給限界量データ。2時間8分からボランティアが足りていると言うのは間違い、足りていない。

2時間10分21秒から、富山から。6、70人。志賀(しか、濁らないで「しか」)原発。

2時間23分10秒から2分ほど、武田邦彦中部大教授の話し。

2時間25分40秒から、田中優氏。

2時間29分12秒から、木野龍逸氏。

138

3月11日
14時46分 地震発生
16時45分 1号機と2号機が非常用炉心冷却装置注水不能で原災法15条通報。

3月12日
10時17分 1号機ベント開始
15時36分 1号機で水素爆発
19時04分 海水注入(もとの記載は20時過ぎ)

134

3月13日
8時56分 3号機でベント開始
11時 2号機でベント開始

3月14日
5時20分 3号機ベント開始
11時01分 3号機、水素爆発

136

3月19日
13時30分 2号機で外部送電線から予備電源変電設備までの受電完了

3月20日
8時 3号機で原子炉内温度が300数十度(通常運転時は280〜290)になり炉内温度上昇
21時36分〜翌日3時58分 3号機へのハイパーレスキューが連続放水

3月21日
14時30分 1〜4号機の放水口付近の海水サンプリングで、放射性物質検出

 

2時間42分22秒から、ヤメ蚊記者弁護士の日隅一雄氏。

137_2

3月22日
11時20分 1号機で圧力容器が400度以上に上昇

3月24日
3号機TB(タービン)大物搬入口から地下エリアで溜まり水に浸かって作業していた作業員が大量被爆
14時25分 3号機タービン建屋地下で溜まり水から200mSv/h(水深3〜5cm)

138_3

3月25日
8時30分 1号機南放水口の海水から、炉規制告示濃度限度の1250倍のヨウ素131検出

3月26日
14時30分 1号機南放水口付近から、炉規制告示濃度限度の1850倍のヨウ素131検出

3月27日
2号機TB地下溜まり水から1000mSv/h超の線量検知
15時30分 1〜3号機TBのトレンチ立て坑に水溜まり確認

 

2時間53分10秒から、東電が公表した原子炉が破壊された状態のビデオ映像。

139 ←3月28日敷地内5地点で21日と22日に採取した土壌分析の結果、プルトニウム238、239、240を検出。5地点のうち2カ所は事故由来の可能性と発表。
0時7分 2号機の核種分析(27日)の結果が誤り、ヨウ素134は検出限界未満と訂正
11時15分 2号機TB地下1階で、通常の原子炉水の10万倍の放射能濃度の水が存在。格納容器の水がなんらかの経路で流出と推定

140

3月30日
南放水口で29日1355採取の海水から、基準の3355倍の放射性ヨウ素(I−131)検出
3月31日
1号機地下水から、通常の約1万倍のヨウ素131検出

4月2日
9時30分 2号機、取水口付近の電源ケーブルピット内に1000mSv/hの溜まり水確認。ピット脇の亀裂から海に流出。ピット内の放射性核種は測定・分析中)

2時間58分48秒から、岩上氏と東電広報担当クリタ氏との話し合い。

 

『6.11脱原発100万人アクション』完全ライブ中継プロジェクト 2/4
http://www.ustream.tv/recorded/15303240

2分44秒から、フリーの田中龍作さんが東電の会見で東電勝俣会長に迫ったシーンのビデオ映像。

8分41秒から、孫崎享さん。

141

4月2日
9時30分 2号機、取水口付近の電源ケーブルピット内に1000mSv/hの溜まり水確認。ピット脇の亀裂から海に流出。ピット内の放射性核種は測定・分析中)

4月3日
13時47分〜 2号機取水口ピットからの流出、高分子吸収剤、おがくず、新聞紙で止水作業(〜14時30分)

以下は現在視聴しながらメモ中

 

『6.11脱原発100万人アクション』完全ライブ中継プロジェクト 3/4
http://www.ustream.tv/recorded/15306642

『6.11脱原発100万人アクション』完全ライブ中継プロジェクト 4/4
http://www.ustream.tv/recorded/15309276

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※原発関連で3冊:

知事抹殺 つくられた福島県汚職事件 佐藤 栄佐久 (著)

原子炉時限爆弾 広瀬 隆 (著)

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2011年6月10日 (金)

村上春樹さん:カタルーニャ国際賞スピーチ原稿全文(上)(下)、毎日のテキストが違い過ぎたので全文テキスト起こしす。

 後ろでご紹介する毎日のテキストが実際の講演とあまりにも違う箇所が多すぎるので、僕自身で全文テキスト起こしをやってみました

村上春樹スペインのカタルーニャ国際賞受賞式演説01
minaminoyoruha
http://www.youtube.com/watch?v=Fuk4ww_rKl0

村上春樹スペインのカタルーニャ国際賞受賞式演説02
http://www.youtube.com/watch?v=kb_YK7KM3DI

村上春樹スペインのカタルーニャ国際賞受賞式演説03
http://www.youtube.com/watch?v=PBrfo4AWxds

村上春樹スペインのカタルーニャ国際賞受賞式演説04
http://www.youtube.com/watch?v=EZyCxQqNjmI

 

 以下は、2分割録音板です。リンクだけご紹介しておきます。

【村上春樹】カタルーニャ国際賞スピーチノーカット音源ー1
The20110328
http://www.youtube.com/watch?v=Hxw5ONkWFuE

 最初でご紹介している4分割録音版での2の「桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまうからです。」で始まる部分は、この動画では5分58秒の所から

【村上春樹】カタルーニャ国際賞スピーチノーカット音源ー2
http://www.youtube.com/watch?v=_yTdiHrYid4

 4分割録音版での3の「私たち圧倒的な力の脅威の前では」で始まる部分は、この動画では2分2秒から(毎日のテキストでは「核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、また加害者でもあるのです。」から始まる部分)

 4分割録音版での4の「最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に生きています。」で始まる部分は、この動画では8分25秒から

 

※全文テキスト起こしの完全版です。

 「非現実的な夢想家として」

ボナ ニート(bona nit ) 暫し会場沈黙
ミック・ジャガーOK

※SOBA:カタロニア語でbona nitだと「おやすみなさい」なのだが、。

 この前僕がバルセロナを訪れたのは二年前の春のことでした。サイン会を開いたとき、たくさんの人が集まってくれて一時間半かけてもサインしきれないほどでした。どうしてそんなに時間がかかったかというと、たくさんの女性読者が僕にキスを求めたからです。

 僕は世界中のいろんな所でサイン会を開いてきましたが、女性読者にキスを求められたのは、このバルセロナだけです。それひとつをとっても、バルセロナがどれほど素晴らしい都市であるかが良くわかります。この長い歴史と高い文化を持つ美しい都市に、戻ってくることができて、とても幸福に思います。

 ただ残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、もう少し深刻な話をしなくてはなりません。

 ご存じのように、去る3月11日午後2時46分、日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。地球の自転が僅かに早くなり、一日が百万分の1.8秒短くなると言う規模の地震でした。

 地震そのものの被害も甚大でしたが、その後に襲ってきた津波の残した爪痕はすさまじいものでした。場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。海岸近くにいた人々は逃げ遅れ、二万四千人近くがその犠牲となり、そのうちの九千人近くがまだ行方不明のままです。(この後、毎日のテキストでは→堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ、未だに遺体も見つかっていません。おそらく)多くの人々は恐らく冷たい海の底に今も沈んでいるのでしょう。それを思うと、もし自分がそう言う立場になっていたらと思うと、胸が締めつけられます。生き残った人々も、その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い、生活の基盤を失いました。根こそぎ消え失せてしまった町や村も幾つかあります。生きる希望をむしり取られてしまった人々も数多くいらっしゃいます。

 日本人であるということは、多くの自然災害と一緒に生きていくことを意味しているようです。日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道になっています。毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。それから各地で活発な火山活動があります。日本には現在108の活動中の火山があります。そしてもちろん地震があります。日本列島はアジア大陸の東の隅に、四つの巨大なプレートに乗っかるような格好で、危なっかしく位置しています。つまりいわば、地震の巣の上で生活をおくっているようなものなのです。

 台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、地震は予測がつきません。ただひとつわかっているのは、これがお終いではなく、近い将来必ず大きい地震が襲ってくるだろうということです。この20年か30年のあいだに、東京周辺の地域を、マグニチュード8クラスの巨大地震が襲うだろうと、多くの学者が予測しています。それは一年後かもしれないし、明日の午後かもしれません。(この後、毎日のテキストでは→もし東京のような密集した巨大都市を、直下型の地震が襲ったら、それがどれほどの被害をもたらすことになるのか、正確なところは誰にもわかりません。)

 にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が「普通の」日々の生活を今も送っています。人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで仕事をしています。今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。

 どうしてか?、とあなたは尋ねるかもしれません。どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が当たり前に生活していられるのか?(この後、毎日のテキストでは→恐怖で頭がおかしくなってしまわないのか、と。)

 日本語には無常(mujo)という言葉があります。(この後、毎日のテキストでは→この世にいつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。)この世に生まれたあらゆるものはやがては消滅し、すべてはとどまることなく形を変え続ける。永遠の安定とか、不変不滅のものなどどこにもないと言う事です。これは仏教から来た世界観ですが、この「無常」という考え方は、宗教とは少し別の脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、(この後、毎日のテキストでは→民族的メンタリティーとして、)古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。

 「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの世界観です。人が自然の流れに逆らっても無駄だ、という事にもなります。しかし日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。

 自然についていえば、私達は春になると桜を、夏には蛍を、秋には紅葉を愛でます。それも習慣的に、集団的に、言うなればそうする事が自明のことであるかのように、それらを熱心に観賞します。桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば人々で混み合い、ホテルの予約をとるのもむずかしくなります。

 どうしてでしょう?

 桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまうからです。私達はそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。そしてそれらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、小さな灯りを失い、鮮やかな色を奪われていくのを確認し、その事でむしろほっとするのです。(この後、毎日のテキストでは→美しさの盛りが通り過ぎ、消え失せていくことに、かえって安心を見出すのです。)

 そのような精神性に、自然災害が影響を及ぼしたかどうかは、僕にはわかりません。しかし私達が次々に押し寄せる自然災害を、ある意味では「仕方ないもの」として受けとめ、その被害を集団的に克服して行くことで生き延びてきた事は確かなところです。あるいはその体験は、私達の美意識にも影響を及ぼしたかもしれません。

 今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、普段から地震に馴れているはずの我々でさえ、その被害の規模の大きさに、今なおたじろいでいます。無力感を抱き、国家の将来に不安さえ抱いています。

 でも結局のところ、我々は精神を再編成し、復興に向けて立ち上がっていくでしょう。それについて、僕はあまり心配してはいません。(この後、毎日のテキストでは→私達はそうやって長い歴史を生き抜いてきた民族なのです。)いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は補修できます。

 考えてみれば人類はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。ここに住んで下さいと地球に頼まれたわけではありません。少し揺れたからといって、誰に文句を言うこともできない。(この後、毎日のテキストでは→ときどき揺れるということが地球の属性のひとつなのだから。好むと好まざるとにかかわらず、そのような自然と共存していくしかありません。)

 ここで僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、簡単には修復できないものごとについてです。それはたとえば倫理であり、規範です。それらはかたちを持つ物体ではありません。いったん損なわれてしまえば、簡単に元通りにはできません。(この後、毎日のテキストでは→機械が用意され、人手が集まり、資材さえ揃えばすぐに拵えられる、というものではないからです。)

 僕が語っているのは、具体的に言えば、福島の原子力発電所のことです。

 みなさんもおそらくご存じのように、福島で地震と津波の被害にあった六基の原子炉のうち、三基は、修復されないまま、いまも周辺に放射能を撒き散らしています。メルトダウンがあり、まわりの土壌は汚染され、おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が、海に流されています。風がそれを広範囲にバラ撒きます。

 十万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。畑や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。ペットや家畜もうち捨てられています(←この部分毎日のテキストは無視して書いていない)。そこに住んでいた人々はひょとしたらもう二度と、その地に戻れないかもしれません。その被害は日本ばかりではなく、まことに申し訳ないのですが、近隣諸国に及ぶことにもなるかも知れません。

 どうしてこのような悲惨な事態がもたらされたのか、その原因は明らかです。原子力発電所を建設した人々が、これほど大きな津波の到来を想定していなかったからです。かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことがあり、安全基準の見直しが求められていたのですが、電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。どうしてかと言うと、何百年かに一度あるかないかという大津波のために、大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったからです。

 また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するはずの政府も、原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを下げていた節があります。

 (この後、毎日のテキストでは→私達はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら、明らかにしなくてはなりません。その過ちのために、少なくとも十万を超える数の人々が、土地を捨て、生活を変えることを余儀なくされたのです。私達は腹を立てなくてはならない。当然のことです。)

 

※毎日のテキストではここまでが上、以下から下。

 

 日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族のようです。我慢することには長けているけれど、感情を爆発させる事にはあまり得意じゃあない。そういうところは、バルセロナ市民の皆さんとは少し違っているかもしれません。しかし、今回ばかりは、さすがの日本国民も真剣に腹を立てると思います。

 しかしそれと同時に私達は、そのような歪んだ構造の存在をこれまで許してきた、あるいは黙認してきた我々自身をも、糾弾しなくてはならないはずです。今回の事態は、我々の倫理や規範そのものに深くかかわる問題であるからです。

 ご存じのように、私達日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。1945年8月、広島と長崎という二つの都市が、米軍の爆撃機によって原子爆弾を投下され、20万を超す人命が失われました。(この後、毎日のテキストでは→死者のほとんどが非武装の一般市民でした。しかしここでは、その是非を問うことはしません。

 僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく、)そして生き残った人の多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら、時間をかけて亡くなっていきました。核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものか、私達はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。

(この後、毎日のテキストでは→戦後の日本の歩みには二つの大きな根幹がありました。ひとつは経済の復興であり、もうひとつは戦争行為の放棄です。どのようなことがあっても二度と武力を行使することはしない、経済的に豊かになること、そして平和を希求すること、その二つが日本という国家の新しい指針となりました。)

 広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 素晴らしい言葉です。私達は被害者であると同時に、加害者でもあると言う事をそれは意味しています。私達圧倒的な力の脅威の前では、私達全員が被害者ですし、その力を引き出したと言う点においては、またその力の行使を防げなかったと言う点においては、私達はすべて加害者でもあります。

(この後、毎日のテキストでは→そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、三カ月にわたって放射能をまき散らし、周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。それをいつどのようにして止められるのか、まだ誰にもわかっていません。)今回の福島の原子力発電所の事故は、我々日本人が歴史上体験する、二度目の大きな核の被害です。しかし、今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。私達日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、自らの国土をけがし、自らの生活を破壊しているのです。

 どうしてそんなことになったのでしょう?戦後長いあいだ日本人が抱き続けてきた核に対する拒否感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう?私達が一貫して求めてきた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?

 答えは簡単です。「効率」です。Efficiencyです。

 原子炉は効率の良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問をいだき、原子力発電を国の政策として推し進めて来ました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。

 そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によってまかなわれるようになっていました。国民がよく知らないうちに、この地震の多い狭く混み合った日本が、世界で三番目に原子炉の多い国になっていたのです。

 まず既成事実がつくられました。原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくなってもいいんですね」「夏場にエアコンが使えなくてもいいんですね」という脅しが向けられます。(この後、毎日のテキストでは→国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」という気分が広がります。高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、ほとんど拷問に等しいからです。)原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。

 そのようにして私達はここにいます。安全で効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開けたような、惨状をていしています。

 原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。

 それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのような「すり替え」を許してきた、私達日本人の倫理と規範の敗北でもありました。(この後、毎日のテキストでは→私達は電力会社を非難し、政府を非難します。それは当然のことであり、必要なことです。しかし同時に、私達は自らをも告発しなくてはなりません。私達は被害者であると同時に、加害者でもあるのです。そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。そうしないことには、またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう。)

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 私達はもう一度その言葉を心に刻み込まなくてはなりません。

 ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心になった人ですが、彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。そしてトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。

 「大統領、私の両手は血にまみれています」

 トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチをポケットから取り出し、言いました。「これで拭きたまえ」

 しかし言うまでもない事ですが、それだけの血をぬぐえるような清潔なハンカチなど、この世界のどこを探してもありません。

 私達日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の個人的な意見です。

 私達は技術力を総動員し、叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求するべきだったのです。(この後、毎日のテキストでは→たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、私達は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだったのです。)

 それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、私達の集合的責任の取り方となったはずです。(この後、毎日のテキストでは→日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった。)それはまた我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を私達は見失ってしまいました。

 (この後、毎日のテキストでは→前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、私達は自然災害の被害を乗り越えていくことができます。またそれを克服することによって、人の精神がより強く、深いものになる場合もあります。私達はなんとかそれをなし遂げるでしょう。)

 壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは私達全員の仕事になります。(この後、毎日のテキストでは→私達は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、その作業に取りかかります。)それは素朴で黙々とした、忍耐力を必要とする作業になるはずです。晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなが力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。(この後、毎日のテキストでは→一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。)

 その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが進んで関われる部分があるはずです。我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはなりません。そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げて行かなくてはなりません。それは私達全員が共有できる物語であるはずです。それは畑の種蒔き歌のように、人を励ます律動を持つ物語であるはずです。(この後、毎日のテキストでは→私達はかつて、まさにそのようにして、戦争によって焦土と化した日本を再建してきました。その原点に、私達は再び立ち戻らなくてはならないでしょう。)

 最初にも述べましたように、私達は「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に生きています。(この後、毎日のテキストでは→生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。)大きな自然の力の前では、人は時として無力です。そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています。しかしそれと同時に、(この後、毎日のテキストでは→滅びたものに対する敬意と、)そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、そういった前向きの精神性も私達には具わっているはずです。

 僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞をいただけたことを、僕にとって大きな誇りです。私達は住んでいる場所も離れていますし、話す言葉も違います。依って立つ文化も異なっています。しかしなおかつ、私達は同じような問題を背負い、同じような喜びや悲しみを抱く、同じ世界市民同士でもあります。だからこそ、日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、人々の手に取られると言うことも起こります。僕はそのように、同じひとつの物語を皆さんと分かち合えることをとても嬉しく思います。夢を見ることは小説家の仕事です。しかし小説家にとってより大事な仕事は、その夢を人々と分かち合うことです。そのような分かち合いの感覚なしに、小説家であることはできません。

 カタルーニャの人々がこれまでの長い歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、ある時期には苛酷な目に遭いながらも、力強く生き続け、独自の言語と文化を護ってきたことを僕は知っています。私達のあいだには、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。

 日本で、このカタルーニャで、私たちが等しく「非現実的な夢想家」となることができたら、そしてこの世界に共通した新しい価値観を打ち立てて行くことが出来たらどんなに素晴らしいだろうと思います。それこそが近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、ヒューマニティの再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。私達は夢を見ることを恐れてはなりません。理想を抱くことを恐れてはなりません。そして私達の足取りを、「便宜」や「効率」と言った名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。私達は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」になるのです。(この後、毎日のテキストでは→人はいつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。それはいつまでも受け継がれていくものです。私達はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。)

 最後になりますが、今回の賞金は全額、地震の被害と、原子力発電所事故の被害にあった人々に、義援金として寄付させていただきたいと思います。そのような機会を与えてくださったカタルーニャの人々と、ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝します。そしてまた先日のロルカの地震で犠牲になった人々に一人の日本人として、深い哀悼の意を表したいと思います。

moltes gràcies(モルテス グラシェス=どうもありがとう)

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  以下、資料として採録。(但し、実際の動画で見る講演とはかなり違っています

村上春樹さん:カタルーニャ国際賞スピーチ原稿全文(上)
http://mainichi.jp/enta/art/news/20110611k0000m040017000c.html

20110611k0000m040021000p_size5 カタルーニャ国際賞の授賞式で、スピーチする作家の村上春樹さん=スペインのバルセロナで2011年6月9日、ロイター
http://mainichi.jp/enta/art/news/images/20110611k0000m040021000p_size5.jpg

 9日のスペインのカタルーニャ国際賞授賞式で配布された作家村上春樹さんの受賞スピーチの原稿全文は次の通り。(原文のまま)

 「非現実的な夢想家として」

 僕がこの前バルセロナを訪れたのは二年前の春のことです。サイン会を開いたとき、驚くほどたくさんの読者が集まってくれました。長い列ができて、一時間半かけてもサインしきれないくらいでした。どうしてそんなに時間がかかったかというと、たくさんの女性の読者たちが僕にキスを求めたからです。それで手間取ってしまった。

 僕はこれまで世界のいろんな都市でサイン会を開きましたが、女性読者にキスを求められたのは、世界でこのバルセロナだけです。それひとつをとっても、バルセロナがどれほど素晴らしい都市であるかがわかります。この長い歴史と高い文化を持つ美しい街に、もう一度戻ってくることができて、とても幸福に思います。

 でも残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、もう少し深刻な話をしなくてはなりません。

 ご存じのように、去る3月11日午後2時46分に日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。地球の自転が僅かに速まり、一日が百万分の1.8秒短くなるほどの規模の地震でした。

 地震そのものの被害も甚大でしたが、その後襲ってきた津波はすさまじい爪痕を残しました。場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。海岸近くにいた人々は逃げ切れず、二万四千人近くが犠牲になり、そのうちの九千人近くが行方不明のままです。堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ、未だに遺体も見つかっていません。おそらく多くの方々は冷たい海の底に沈んでいるのでしょう。そのことを思うと、もし自分がその立場になっていたらと想像すると、胸が締めつけられます。生き残った人々も、その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い、生活の基盤を失いました。根こそぎ消え失せた集落もあります。生きる希望そのものをむしり取られた人々も数多くおられたはずです。

 日本人であるということは、どうやら多くの自然災害とともに生きていくことを意味しているようです。日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道になっています。毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。各地で活発な火山活動があります。そしてもちろん地震があります。日本列島はアジア大陸の東の隅に、四つの巨大なプレートの上に乗っかるような、危なっかしいかっこうで位置しています。我々は言うなれば、地震の巣の上で生活を営んでいるようなものです。

 台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、地震については予測がつきません。ただひとつわかっているのは、これで終りではなく、別の大地震が近い将来、間違いなくやってくるということです。おそらくこの20年か30年のあいだに、東京周辺の地域を、マグニチュード8クラスの大型地震が襲うだろうと、多くの学者が予測しています。それは十年後かもしれないし、あるいは明日の午後かもしれません。もし東京のような密集した巨大都市を、直下型の地震が襲ったら、それがどれほどの被害をもたらすことになるのか、正確なところは誰にもわかりません。

 にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が今も「普通の」日々の生活を送っています。人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで働いています。今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。

 なぜか?あなたはそう尋ねるかもしれません。どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が当たり前に生活していられるのか?恐怖で頭がおかしくなってしまわないのか、と。

 日本語には無常(mujo)という言葉があります。いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、すべてはとどまることなく変移し続ける。永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。これは仏教から来ている世界観ですが、この「無常」という考え方は、宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、民族的メンタリティーとして、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。

 「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの世界観です。人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。しかし日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。

 自然についていえば、我々は春になれば桜を、夏には蛍を、秋になれば紅葉を愛でます。それも集団的に、習慣的に、そうするのがほとんど自明のことであるかのように、熱心にそれらを観賞します。桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば混み合い、ホテルの予約をとることもむずかしくなります。

 どうしてか?

 桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまうからです。我々はそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。そしてそれらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、小さな灯りを失い、鮮やかな色を奪われていくことを確認し、むしろほっとするのです。美しさの盛りが通り過ぎ、消え失せていくことに、かえって安心を見出すのです。

 そのような精神性に、果たして自然災害が影響を及ぼしているかどうか、僕にはわかりません。しかし我々が次々に押し寄せる自然災害を乗り越え、ある意味では「仕方ないもの」として受け入れ、被害を集団的に克服するかたちで生き続けてきたのは確かなところです。あるいはその体験は、我々の美意識にも影響を及ぼしたかもしれません。

 今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、普段から地震に馴れている我々でさえ、その被害の規模の大きさに、今なおたじろいでいます。無力感を抱き、国家の将来に不安さえ感じています。

 でも結局のところ、我々は精神を再編成し、復興に向けて立ち上がっていくでしょう。それについて、僕はあまり心配してはいません。我々はそうやって長い歴史を生き抜いてきた民族なのです。いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は修復できます。

 結局のところ、我々はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。どうかここに住んで下さいと地球に頼まれたわけじゃない。少し揺れたからといって、文句を言うこともできません。ときどき揺れるということが地球の属性のひとつなのだから。好むと好まざるとにかかわらず、そのような自然と共存していくしかありません。

 ここで僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、簡単には修復できないものごとについてです。それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。それらはかたちを持つ物体ではありません。いったん損なわれてしまえば、簡単に元通りにはできません。機械が用意され、人手が集まり、資材さえ揃えばすぐに拵えられる、というものではないからです。

 僕が語っているのは、具体的に言えば、福島の原子力発電所のことです。

 みなさんもおそらくご存じのように、福島で地震と津波の被害にあった六基の原子炉のうち、少なくとも三基は、修復されないまま、いまだに周辺に放射能を撒き散らしています。メルトダウンがあり、まわりの土壌は汚染され、おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が、近海に流されています。風がそれを広範囲に運びます。

 十万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。畑や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。そこに住んでいた人々はもう二度と、その地に戻れないかもしれません。その被害は日本ばかりではなく、まことに申し訳ないのですが、近隣諸国に及ぶことにもなりそうです。

 なぜこのような悲惨な事態がもたらされたのか、その原因はほぼ明らかです。原子力発電所を建設した人々が、これほど大きな津波の到来を想定していなかったためです。何人かの専門家は、かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことを指摘し、安全基準の見直しを求めていたのですが、電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。なぜなら、何百年かに一度あるかないかという大津波のために、大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったからです。

 また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するべき政府も、原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを下げていた節が見受けられます。

 我々はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら、明らかにしなくてはなりません。その過ちのために、少なくとも十万を超える数の人々が、土地を捨て、生活を変えることを余儀なくされたのです。我々は腹を立てなくてはならない。当然のことです。(※)(バルセロナ共同)

※:SOBA、この部分は4分割録音でも2分割録音でも動画中では抜けています。動画を見ると、会場の人は事前に配布されたテキストを見ながら聞いています。そのテキスト中には書いてあるのに、村上さん自身が講演中では抜かしてしまったのかも知れません。

    村上春樹さん:カタルーニャ国際賞スピーチ原稿全文(下)

毎日新聞 2011年6月10日 18時55分(最終更新 6月10日 19時09分)

 

村上春樹さん:カタルーニャ国際賞スピーチ原稿全文(下)
http://mainichi.jp/enta/art/news/20110611k0000m040019000c.html

 日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族です。我慢することには長けているけれど、感情を爆発させるのはそれほど得意ではない。そういうところはあるいは、バルセロナ市民とは少し違っているかもしれません。でも今回は、さすがの日本国民も真剣に腹を立てることでしょう。

 しかしそれと同時に我々は、そのような歪んだ構造の存在をこれまで許してきた、あるいは黙認してきた我々自身をも、糾弾しなくてはならないでしょう。今回の事態は、我々の倫理や規範に深くかかわる問題であるからです。

 ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。1945年8月、広島と長崎という二つの都市に、米軍の爆撃機によって原子爆弾が投下され、合わせて20万を超す人命が失われました。死者のほとんどが非武装の一般市民でした。しかしここでは、その是非を問うことはしません。

 僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく、生き残った人の多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら、時間をかけて亡くなっていったということです。核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものかを、我々はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。

 戦後の日本の歩みには二つの大きな根幹がありました。ひとつは経済の復興であり、もうひとつは戦争行為の放棄です。どのようなことがあっても二度と武力を行使することはしない、経済的に豊かになること、そして平和を希求すること、その二つが日本という国家の新しい指針となりました。(※)

※:SOBA、この部分は4分割録音でも2分割録音でも動画中では抜けています。動画を見ると、会場の人は事前に配布されたテキストを見ながら聞いています。そのテキスト中には書いてあるのに、村上さん自身が講演中では抜かしてしまったのかも知れません。

 広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。そこにはそういう意味がこめられています。核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、また加害者でもあるのです。その力の脅威にさらされているという点においては、我々はすべて被害者でありますし、その力を引き出したという点においては、またその力の行使を防げなかったという点においては、我々はすべて加害者でもあります。

 そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、三カ月にわたって放射能をまき散らし、周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。それをいつどのようにして止められるのか、まだ誰にもわかっていません。これは我々日本人が歴史上体験する、二度目の大きな核の被害ですが、今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、我々自身の国土を損ない、我々自身の生活を破壊しているのです。

 何故そんなことになったのか?戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう?我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?

 理由は簡単です。「効率」です。

 原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を持ち、原子力発電を国策として推し進めるようになりました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。

 そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によってまかなわれるようになっていました。国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日本が、世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。

 そうなるともうあと戻りはできません(※)。既成事実がつくられてしまったわけです。原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」という脅しのような質問が向けられます。国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」という気分が広がります。高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、ほとんど拷問に等しいからです。原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。

※SOBA:動画で確認するとこの部分はないです。会場の人は事前に配布されたテキストを見ながら聞いていて、そのテキスト中には書いてあるのに、村上さん自身が講演中では抜かしてしまったのかも知れません。

 そのようにして我々はここにいます。効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開けてしまったかのような、無惨な状態に陥っています。それが現実です。

 原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。

 それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのような「すり替え」を許してきた、我々日本人の倫理と規範の敗北でもありました。我々は電力会社を非難し、政府を非難します。それは当然のことであり、必要なことです。しかし同時に、我々は自らをも告発しなくてはなりません。我々は被害者であると同時に、加害者でもあるのです。そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。そうしないことには、またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう

※SOBA:この部分も4分割録音でも2分割録音でも動画中では抜けています。動画を見ると、会場の人は事前に配布されたテキストを見ながら聞いています。そのテキスト中には書いてあるのに、村上さん自身が講演中では抜かしてしまったのかも知れません。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 我々はもう一度その言葉を心に刻まなくてはなりません。

 ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心になった人ですが、彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。そしてトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。

 「大統領、私の両手は血にまみれています」

 トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチをポケットから取り出し、言いました。「これで拭きたまえ」

 しかし言うまでもなく、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、この世界のどこを探してもありません。

 我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。

 我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだったのです。

 それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずです。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった。それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。

 前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、我々は自然災害の被害を乗り越えていくことができます。またそれを克服することによって、人の精神がより強く、深いものになる場合もあります。我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう

※SOBA:この部分も4分割録音でも2分割録音でも動画中では抜けています。動画を見ると、会場の人は事前に配布されたテキストを見ながら聞いています。そのテキスト中には書いてあるのに、村上さん自身が講演中では抜かしてしまったのかも知れません。

 壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事になります。我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、その作業に取りかかります。それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。

 その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが進んで関われる部分があるはずです。我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはなりません。そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げてなくてはなりません。それは我々が共有できる物語であるはずです。それは畑の種蒔き歌のように、人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。我々はかつて、まさにそのようにして、戦争によって焦土と化した日本を再建してきました。その原点に、我々は再び立ち戻らなくてはならないでしょう。(※)

※:SOBA、この部分も4分割録音でも2分割録音でも動画中では抜けています。動画を見ると、会場の人は事前に配布されたテキストを見ながら聞いています。そのテキスト中には書いてあるのに、村上さん自身が講演中では抜かしてしまったのかも知れません。

 最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に生きています。生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。大きな自然の力の前では、人は無力です。そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています。しかしそれと同時に、滅びたものに対する敬意と、そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、そういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです。

 僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞をいただけたことを、誇りに思います。我々は住んでいる場所も遠く離れていますし、話す言葉も違います。依って立つ文化も異なっています。しかしなおかつそれと同時に、我々は同じような問題を背負い、同じような悲しみと喜びを抱えた、世界市民同士でもあります。だからこそ、日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、人々の手に取られることにもなるのです。僕はそのように、同じひとつの物語を皆さんと分かち合えることを嬉しく思います。夢を見ることは小説家の仕事です。しかし我々にとってより大事な仕事は、人々とその夢を分かち合うことです。その分かち合いの感覚なしに、小説家であることはできません。

 カタルーニャの人々がこれまでの歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、ある時期には苛酷な目に遭いながらも、力強く生き続け、豊かな文化を護ってきたことを僕は知っています。我々のあいだには、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。

 日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく「非現実的な夢想家」になることができたら、そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を形作ることができたら、どんなに素敵だろうと思います。それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。我々は夢を見ることを恐れてはなりません。そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。人はいつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。それはいつまでも受け継がれていくものです。我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません

※SOBA:この部分も4分割録音でも2分割録音でも動画中では抜けています。動画を見ると、会場の人は事前に配布されたテキストを見ながら聞いています。そのテキスト中には書いてあるのに、村上さん自身が講演中では抜かしてしまったのかも知れません。

 最後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と、原子力発電所事故の被害にあった人々に、義援金として寄付させていただきたいと思います。そのような機会を与えてくださったカタルーニャの人々と、ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝します。そして先日のロルカの地震の犠牲になられたみなさんにも、深い哀悼の意を表したいと思います。(バルセロナ共同)

    <最初から読む>村上春樹さん:カタルーニャ国際賞スピーチ原稿全文(上)

毎日新聞 2011年6月10日 19時00分(最終更新 6月10日 19時09分)

※SOBA:最後の「moltes gràcies(モルテス グラシェス)、どうもありがとう」が抜けています。

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2011年6月 7日 (火)

6.11 脱原発100万人アクションに参加しましょう!

6.11 脱原発100万人アクションに参加しましょう!

↓6.11 脱原発100万人アクションのアクション一覧
http://nonukes.jp/wordpress/?page_id=87 )

↑自分の都道府県のアクションを知りたい方は上記リンクをクリック。
全国で多数のデモや講演会、その他アクションが行われます。

沢山のアクションから、東京で行われるアクションを3つだけご紹介します

 

※↓追記:6月11日には、このエネルギーシフトパレードの集会とデモ(1500人)に参加しました。正直ガッカリ、素人の乱の新宿デモ(25000人)の方に参加すべきでした。以降はこの主催者の集会とデモの紹介はやめます。関連エントリー⇒渋谷エネシフトデモ、「菅下ろしはエネシフトつぶし」の演説に目が点。英語のシュプレヒコール強制には何とも違和感。

第3回 エネルギーシフトパレード

日時:6月11日(土)14:00~17:00

@代々木公園ケヤキ並木入口付近[CCレモンホール前交差点] 雨天決行

(主催):エネルギーシフトパレード

(問合せ)03-5338-9800 FAX: Email:

コース(約3Km):代々木公園ケヤキ並木入口― 渋谷駅前―明治通り―原宿駅前―代々木公園 (地図)
http://maps.google.com/maps/ms?ie=UTF&msa=0&msid=201234825030656720854.0004a12ccccb3ecc1f95e

14:00~ オープニング・トーク(呼び掛け人などによるトークイベント)

14:46~ 黙とう後、パレード出発(代々木公園ケヤキ並木入口、CCレモンホール前交差点スタート)

2011年3月11日午後2時46分、大地震が東日本を襲いました。亡くなった方、行方不明の方は約24000人。あの日から3か月が経過する6月11日(土)午後2時46分より、「第3回エネルギーシフトパレード」をおこないます。

今回で3回目となる「エネルギーシフトパレード」では、2つの願いをこめて歩きます。犠牲になった方々への祈りを捧げること。そして、福島第一原子力発電所事故からの放射能漏れの被害を繰り返さないよう、もっと安心でやさしい自然エネルギーへのシフトを求めること。

当日は地震が発生した午後2時46分に全員で黙とうをささげた後、震災発生から6月11日までの3か月を振り返り、被害を受けた方々を思い、そして自然エネルギーの未来へ向けて歩き出します。ぜひ、いっしょに歩きませんか?

(ウェブサイト)http://www.enepare.org/

賛同人:坂本龍一、小林武史、河野太郎、加藤登紀子、C.W.ニコル、飯田哲也、田中優、辻信一、湯川れい子(順不同)

呼びかけ人:羽仁カンタ(FLAT SPACE)、南兵衛@鈴木幸一(アースガーデン)、佐藤潤一(グリーンピース・ジャパン)

 

6.11 新宿・原発やめろデモ!!!!!

日時:6月11日14:00~0:00

@新宿中央公園・多目的運動広場に集合

(主催):素人の乱

(問合せ) FAX: Email:

14:00 新宿中央公園・多目的運動広場に集合

15:00 新宿1周デモ出発

雨天決行。ただし、雨の降り方によっては、サウンドカーが出動出来なくなる可能性があります。

■ DANCE Bloc!!!!

【DJ】

・KENT

【LIVE】

・ECD

and more!!!!!

SOUNDSYSTEM:

コバヤシステム(WEEKEND)

■ 新宿フォークゲリラ号 Bloc!!!!

【LIVE】

・PPP(STUDIO DOM)

・パンクロッカー労働組合

・KORAKORA

・フジロッ久(仮)

■ Human Recovery Project Bloc!!!!

【LIVE】

・OUT OF TOUCH

・pinprick punishment

・LIFE

・SCREWITHIN

・PiLVET

・The Happening

PA:

n.a.m.

(ウェブサイト)http://611shinjuku.tumblr.com/


6.11新宿アルタ前アクション

日時:6月11日18:00~20:00

@新宿区東京・新宿東口・アルタ前

(主催):6.11脱原発100万人アクション・東京

(問合せ) FAX: Email:alta2011611@yahoo.co.jp

宣伝カー数台による新宿駅周辺における街頭アピール。

国会議員・著名人などのリレートークあり、ミュージックあり、参加者による1人1分間アピールも。

パネル、持参チラシなど大歓迎!!!

あの話題の人も参加!?

全国各地のアクションを巨大モニターで放映予定。

 

※まだプラカード無い人下記リンク先のポスターを使わせてもらおう。パソコンとプリンターが使える人なら簡単に出来ますよ。材料は段ボールとA4の用紙とヒモだけ。
↓反原発・脱原発ポスター展。
http://nonukeart.org/

Photo


 

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2011年6月 2日 (木)

MBS毎日放送、たね蒔きジャーナル【福島原発】6/15/水★線量計(測定器)について~6/1/

 右上のココログ最強検索で「MBS毎日放送」で検索すると他の時期の放送分を探せます。

 順番は、下から昇順です。主に福島原発問題中心ですが、他の話題も採録してます。しかし、全部ではないので、投稿者nyugankenshinさんの所を見て下さい。

 

【福島原発】6/15/水★線量計(測定器)について
nyugankenshin
http://www.youtube.com/watch?v=pqP2junJWkw

【福島原発】6/14/火★深刻さの認識が足りていない
http://www.youtube.com/watch?v=8ooNrieLv2s


2011-06-14 小出裕章 TBS dig 「発生から3ヶ月。終の見えない福島原発事故」
nojiji
http://www.youtube.com/watch?v=qTSLuRt5J0s

【福島原発】6/13/月★放射性物質その物自体消えることは無い
http://www.youtube.com/watch?v=kw4-1D3A5Ic

【福島原発】6/9/木★原発を止めても電力は足りる
http://www.youtube.com/watch?v=F8DhmHTYtqs

【福島原発】6/8/水★汚泥から相次いで放射性物質を検出
http://www.youtube.com/watch?v=GiRA1i_ilLc

【福島原発】6/7/火★メルトスルー(原子炉貫通) 政府が公式に認める
http://www.youtube.com/watch?v=ZQykJbpD42c

【福島原発】6/6/月★総放出量37万テラベクレル⇒77万テラベクレルに修正
http://www.youtube.com/watch?v=duvXrpGUuXo

【福島原発】6/1/水★IAEA(国際原子力機関)という組織について
http://www.youtube.com/watch?v=Ul8jBfD0HaY

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2011年6月 1日 (水)

無能で傲慢、被災県知事への無礼、独裁肯定、ポピュリズムで嘘つき、ペテン師の菅、こんな馬鹿を民主党は何時迄放置するのか。

 2010年4月22日、まだ財務大臣だった時に訪米した菅は、財務大臣としては異例なアーリントン墓地への訪問・献花をしました

その後の流れは、

2010年7月11日投開票の参院選では、菅直人は選挙直前唐突に「消費税増税」を言いだし(投開票日前月の6月17日。マニフェストはこちら)、

 ↓

結果、民主党を惨敗させ、捻れ国会へ誘導して、政権交代の偉業をグシャグシャ台無しにした。

 ↓

更に災害復興無能で引きずり下ろされ政権を去る前、あろう事か、民主党の2009年政権交代衆院選時の選挙公約、国民との約束、マニフェストをかなぐり捨て、「3党合意」なる最後ッ屁を置き土産にしました。(後を継いだ野田が「3党合意」を引き継ぐことを明言しましたが、この「3党合意」については植草さんが分かりやすくまとめてくれています

 アーリントン墓地訪問の頃から怪しんでいましたが、政権交代をぶっ壊し、日本を米国に売り渡すのが菅のミッションだったのではないかと現在ではほぼ確信しています

 おのれの人気浮揚を狙って、地検特捜の出鱈目捜査とマスゴミスクラムに悪のりし、小沢さんの「政治とカネ」で大向こう受けを狙った棺ナオト(小沢叩きを人気浮揚に使うやり方を「小沢カード」と言うそうだ)。推定無罪も何のその、最後は党員資格停止処分までして小沢さんを座敷牢に押し込んだ缶ナオト、その菅が退陣後、連戦連敗の名誉回復に大わらわの地検特捜に狙われていると言うのも皮肉な巡り合わせです(←参考記事を後ろで採録)。

↓バナークリックで、「国民の生活が第一」派は、「菅・仙谷・岡・野・前・枝・玄・渡」の民主党内悪徳8人衆に必ずや勝利するであろう、の験(げん)かつぎ地名の話題。

 

 以下、菅が引きずり下ろされる前にアップしたこのエントリー本文です。

 無能で傲慢被災福島県知事への無礼外交センスもゼロ独裁肯定、延命のためには何でもやるペテン師(←すべてクリックでページ内ジャンプします)、菅直人のような馬鹿を民主党はいつまでのさばらせるのか

 菅直人と言うのは、民主党内にいる有為な人材を使えず、蓮舫のようなパフォーマンス系の脳みそなし、あるいはお気に入りのお仲間・同じ顔ぶれをグルグル使い回すだけの無能な男。小さな市民運動家で済んでいれば、正体ばれず、あるいはばれても鼻つまみ者で終わった可能性が大きいが、政治家になったのが国民に取っての不幸。ペテン師菅の脱原発なんてのも嘘くささがプンプン。菅直人は去年10月末にベトナムに行って何をやったか。原発2基を売り込み喜々としていた男です

追加:その後、ヘリからの漫画チック水投下を3月17日朝ごり押しでやらせていたと言う記事が出ました。実際の効果がないと見られていたにもかかわらずです。理由は10時からのオバマとの電話会談を控えて、テレビ中継などを通し「米側に事故収束に取り組む真剣な姿をアピールする狙いがあった」だと。

関連:
ヤクザ大臣、松本龍復興相の宮城県知事への恫喝・暴言もその元は菅のデタラメ人事。菅民主党の被災地無視を象徴する出来事。
小沢氏は2009年1月定期大会代表挨拶で脱原発への道。菅は2010年1月代表挨拶でこまごまだが内容スカスカ(笑)

 

■被災した佐藤雄平福島県知事への無礼。

 被災自治体首長は言うまでもなく被災者の代表です。被災自治体首長への無礼は、即被災者への無礼と言ってもいい。

(すべてクリックで拡大します)
20110421 4月21日、福島県庁を訪れ佐藤雄平知事に挨拶する菅。腰に手を当ててます。


201104215280261l 佐藤福島県知事の左横から写した腰当て挨拶部分。


1000000796 同じく別のカメラから。腰に手を当て上目遣いの菅。


20110421_2 あきれた表情で菅を見る佐藤雄平福島県知事。


20110421 クルッと背を向け、


20110421_2 奥に行く佐藤福島県知事。


20110421_3 慌てて手を伸ばす菅直人。


 

 この腰に手を当てての挨拶がネットで話題になり、叩かれると今度は一転して5月4日の下記記事。まずいと思ったのか、今度は手を前に挨拶していま す。4月21日の腰に手を当てての挨拶は「俺の方がエライんだぞ」と意思表示する意図か?(笑)

2011050400000460yom0005view 「20分訪問」反発招き…首相、5時間滞在
読売新聞 5月4日(水)21時20分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110504-00000460-yom-pol

拡大写真
避難所を訪問し、井戸川双葉町長(右端)らとの懇談で、あいさつを終え一礼する菅首相=代表撮影

 菅首相は4日、東京電力福島第一原子力発電