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2011年4月30日 (土)

4月の菅直人の「首相動静」記事を採録しておきます。

 まさにあきれるしかない——菅直人首相が陸前高田市を視察したのは「小沢潰し」の一環らしい ——と言う情報もあります。地震被災をも己の政権延命に使おうとする政治センスゼロ、ただの馬鹿と再確認しました。依然として政局から目を離せません。参考情報として毎日追加して記録していきます。日付は4月30日にしておきます。「首相動静」は朝日と時事がありますが、時事の方が見やすくてかつ詳しいので時事の「首相動静」を採録します。

 なお、各動静記事末尾でリンク紹介されていた記事中や、その他Webで目に付いたものを資料として採録しておきました

※参考:オープン・ソース・インテリジェンス(OSINT)について

関連:
3月の菅直人「首相動静」の記事を採録しておきます。

 

 一番下が1日、上が最新です。

首相動静(4月30日)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110430-00000034-jij-pol

時事通信 4月30日(土)7時19分配信
 午前6時51分、公邸発。同52分、官邸着。同53分、執務室へ。同59分、福山哲郎官房副長官、細野豪志首相補佐官、寺田学民主党衆院議員が入った。
 午前7時49分、全員出た。
 午前8時21分、執務室を出て、同23分、官邸発。同24分、国会着。同26分、衆院第1委員室へ。同30分、衆院予算委員会開会。
 午前11時、衆院予算委散会。同1分、衆院第1委員室を出て、同3分、国会発。同4分、官邸着。同5分、執務室へ。
 午前11時6分から同16分まで、福山官房副長官、寺田民主党衆院議員。同54分から午後0時16分まで、岡田克也民主党幹事長。
 午後2時21分、執務室を出て、同22分、官邸発。同24分、国会着。同25分、衆院議長応接室へ。同30分、同室を出て衆院本会議場へ。同32分、衆院本会議開会。
 午後3時34分、衆院本会議散会。衆院本会議場を出て、同35分から同47分まで、衆院の横路孝弘、衛藤征士郎正副議長、川端達夫議院運営委員長、与野党各会派にあいさつまわり。野田佳彦財務相、枝野幸男官房長官、安住淳民主党国対委員長同行。同48分、国会発。同49分、官邸着。同50分、執務室へ。
 午後5時8分、執務室を出て、同9分、大会議室へ。同10分から同6時15分まで、東日本大震災復興構想会議。同16分、同室を出て、同17分、執務室へ。
 午後7時20分、執務室を出て、同21分、官邸発。同22分、公邸着。
(了)

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最終更新:4月30日(土)19時35分

 

首相動静(4月29日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110430-00000000-jij-pol

時事通信 4月30日(土)0時4分配信
 午前6時3分、福山哲郎官房副長官、寺田学民主党衆院議員が公邸に入った。同7時27分、寺田氏が出た。同32分、福山氏が出た。
 午前8時50分、公邸発。同52分、国会着。同54分、衆院第1委員室へ。同59分、衆院予算委員会開会。
 午前11時55分、衆院予算委休憩。衆院第1委員室を出て、同57分、国会発。同59分、官邸着。午後0時、執務室へ。
 午後0時51分、執務室を出て、同52分、官邸発。同53分、国会着。同55分、衆院第1委員室へ。同56分から同57分まで、中野寛成国家公安委員長。同1時、衆院予算委再開。
 午後5時1分、衆院予算委散会。同2分、衆院第1委員室を出て、同3分、国会発。同5分、官邸着。同6分、執務室へ。同6時50分から同55分まで、寺田衆院議員。同7時14分、執務室を出て、同15分、官邸発。同16分、公邸着。
 30日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:4月30日(土)0時25分

 

首相動静(4月28日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110429-00000000-jij-pol

時事通信 4月29日(金)0時4分配信
 午前7時38分、公邸発。同39分、官邸着。同40分、執務室へ。
 午前7時50分、執務室を出て大会議室へ。同51分から同8時21分まで、経済情勢に関する検討会合。同22分、同室を出て閣僚談話室へ。同26分、同室を出て閣僚応接室へ。同27分、閣議室に移り閣議開始。
 午前8時43分、閣議終了。
 午前8時44分、同室を出て、同46分、執務室へ。同47分、松本剛明外相、北沢俊美防衛相、枝野幸男、滝野欣弥正副官房長官が入った。
 午前9時27分、滝野氏が出た。同31分、枝野氏が出た。同38分、松本、北沢両氏が出た。
 午前9時40分から同10時10分まで、細野豪志首相補佐官。
 午前10時40分、福山哲郎官房副長官、寺田学民主党衆院議員が入った。同45分、福山氏が出た。午後0時34分、寺田氏が出た。
 午後1時32分、枝野、仙谷由人正副官房長官、民主党の岡田克也幹事長、玄葉光一郎政調会長、安住淳国対委員長、輿石東参院議員会長が入った。
 午後2時27分、全員出た。
 午後2時46分、執務室を出て特別応接室へ。同47分から同3時2分まで、福島県大熊町の渡辺利綱町長、石田忠文町議会議長ら。福山官房副長官同席。同3時3分、同室を出て執務室へ。
 午後3時47分、執務室を出て、同49分、官邸発。同50分、国会着。同52分、院内大臣室へ。同4時2分から同6分まで、臨時閣議。
 午後4時7分から同12分まで、高木義明文部科学相、玄葉光一郎国家戦略担当相。
 午後4時55分、院内大臣室を出て、同56分、衆院議長応接室へ。同5時、同室を出て衆院本会議場へ。同2分、衆院本会議再開。
 午後7時7分、衆院本会議散会。同8分、衆院本会議場を出て、同10分、参院議長応接室へ。同13分、同室を出て参院本会議場へ。同16分、参院本会議開会。
 午後8時52分、参院本会議場を途中退席し、同53分、参院本会議場を出て院内大臣室へ。同9時5分、同室を出て衆院第1委員室へ。同9分、衆院予算委員会開会。
 午後9時14分、衆院予算委散会。同15分、衆院第1委員室を出て、同16分、国会発。同18分、官邸着。同19分、執務室へ。同24分から同29分まで、寺田民主党衆院議員。同30分、執務室を出て、同31分、官邸発。同32分、公邸着。
 29日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:4月29日(金)0時24分

 

首相動静(4月27日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110428-00000001-jij-pol

時事通信 4月28日(木)0時4分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前9時29分、公邸発。同30分、官邸着。同31分、執務室へ。
 午前9時35分から同57分まで、阪本和道内閣府賞勲局長。
 午前9時58分、執務室を出て特別応接室へ。同59分から同10時4分まで、防衛省の佐々木孝宣、柴田雅裕新旧舞鶴地方総監、石野次男、渡辺至之新旧中部航空方面隊司令官。同5分、同室を出て執務室へ。同6分から同21分まで、斎藤勁民主党国対委員長代理。
 午前10時30分、執務室を出て、同31分、特別応接室へ。同32分から同11時9分まで、全国漁業協同組合連合会(全漁連)の服部郁弘会長ら。筒井信隆農林水産副大臣同席。同10分、同室を出て執務室へ。
 午前11時29分から同39分まで、辻元清美首相補佐官、湯浅誠内閣府参与。
 午前11時40分から午後0時6分まで、寺田学民主党衆院議員。
 午後0時7分、執務室を出て首相会議室へ。同1時16分、同室を出て執務室へ。
 午後2時5分、執務室を出て特別応接室へ。同6分から同16分まで、茨城県笠間市「かさま観光大使」の小田倉雪絵さん、横山紗織さんら。同17分、同室を出て執務室へ。
 午後4時9分、与謝野馨経済財政担当相、玄葉光一郎国家戦略担当相、平野達男内閣府副大臣が入った。
 午後4時30分、全員出た。同31分から同5時4分まで、与謝野氏、藤井裕久首相補佐官、津村啓介民主党衆院議員、峰崎直樹内閣官房参与。同5分から同8分まで、平野氏。同15分、執務室を出て、同16分、小ホールへ。同17分、中央防災会議開始。
 午後5時44分、同会議終了。同45分、小ホールを出て執務室へ。
 午後6時3分、執務室を出て、同4分、大会議室へ。同5分、社会保障改革に関する集中検討会議開始。
 午後6時58分、同会議終了。同59分、同室を出て、同7時、執務室へ。
 午後7時1分から同10分まで、阿久津幸彦内閣府政務官。同11分から同8時15分まで、海江田万里経済産業相、松永和夫経産事務次官、細野哲弘資源エネルギー庁長官。
 午後8時22分から同44分まで、福山哲郎官房副長官。
 午後8時46分、執務室を出て、同47分、官邸発。同48分、公邸着。
 28日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:4月28日(木)0時24分

 

首相動静(4月26日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110427-00000000-jij-pol

時事通信 4月27日(水)0時5分配信
 午前7時46分、公邸に福山哲郎官房副長官、細野豪志首相補佐官、寺田学民主党衆院議員が入った。
 午前8時36分、全員出た。
 午前8時50分、公邸発。同51分、国会着。同53分、院内大臣室へ。同9時、閣議開始。
 午前9時28分、閣議終了。同30分、院内大臣室を出て、同31分、国会発。同33分、官邸着。同34分、執務室へ。
 午前9時39分、執務室を出て、同40分、特別応接室へ。同41分から同57分まで、阿部守一長野県知事と会談。北沢俊美防衛相、篠原孝農林水産副大臣同席。同58分、同室を出て執務室へ。同59分から同10時6分まで、篠原氏、福山官房副長官。
 午前10時10分から同35分まで、寺田民主党衆院議員。
 午前10時52分、岡田克也民主党幹事長が入った。
 午前11時15分、岡田氏が出た。
 午後0時46分、執務室を出て、同48分、官邸発。同49分、国会着。同51分、衆院第1委員室へ。同58分、衆院予算委員会開会。
 午後5時3分、衆院予算委散会。同4分、衆院第1委員室を出て、同6分、国会発。同8分、官邸着。同9分。執務室へ。
 午後5時25分から同30分まで、国際エネルギー機関(IEA)の田中伸男事務局長。 午後5時31分から同46分まで、植松信一内閣情報官。同6時30分、執務室を出て、同31分、官邸発。同33分、公邸着。
 午後7時32分、東日本大震災復興構想会議の五百旗頭真議長、御厨貴議長代理、飯尾潤検討部会長が入った。福山官房副長官同席。
 午後9時18分、全員出た。
 27日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:4月27日(水)0時24分

 

首相動静(4月25日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110426-00000000-jij-pol

時事通信 4月26日(火)0時4分配信
 午前7時26分、公邸発。同27分、官邸着。同28分、執務室へ。同30分、福山哲郎官房副長官が入った。
 午前8時5分、福山氏が出た。
 午前9時20分、執務室を出て、同21分、官邸発。同23分、国会着。同25分、参院第1委員会室へ。同30分、参院決算委員会開会。
 午前11時55分、参院決算委散会。参院第1委員会室を出て、同57分、国会発。同59分、官邸着。午後0時、執務室へ。
 午後0時47分、執務室を出て、同48分、官邸発。同50分、国会着。同52分、参院第1委員会室へ。同1時1分、参院予算委員会開会。
 午後5時8分、参院予算委散会。同9分、参院第1委員会室を出て、同10分、国会発。同12分、官邸着。同13分、執務室へ。
 午後5時14分から同27分まで、松本龍防災担当相。
 午後5時59分から同6時17分まで、福山官房副長官。
 午後7時26分、執務室を出て、同27分、官邸発。同28分、公邸着。
 26日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

最終更新:4月26日(火)0時4分

時事通信

 

首相動静(4月24日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110425-00000001-jij-pol

時事通信 4月25日(月)0時4分配信
 午前10時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前中は来客なく、公邸で過ごす。
 午後4時23分、米ジョンズ・ホプキンズ大ライシャワー東アジア研究所のケント・カルダー所長、斎藤勁民主党国対委員長代理が入った。
 午後5時33分、カルダー、斎藤両氏が出た。
 午後5時55分、ジェラルド・カーティス米コロンビア大教授が入った。同6時1分、早野透元朝日新聞コラムニストが加わった。
 午後7時21分、カーティス、早野両氏が出た。同34分、枝野幸男、仙谷由人正副官房長官、民主党の岡田克也幹事長、玄葉光一郎政調会長、安住淳国対委員長、輿石東参院議員会長が入った。
 午後9時8分、仙谷、岡田、玄葉、安住、輿石各氏が出た。同18分、枝野氏が出た。 25日午前0時現在、公邸。来客なし。
(了)

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最終更新:4月25日(月)0時24分

 

首相動静(4月23日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110424-00000000-jij-pol

時事通信 4月24日(日)0時5分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前中は来客なく、公邸で過ごす。
 午後1時3分、福山哲郎官房副長官、細野豪志首相補佐官が入った。
 午後2時50分、福山、細野両氏が出た。同52分、公邸発。同54分、官邸着。同55分、執務室へ。同59分、同室を出て、同3時、大会議室へ。同1分、東日本大震災復興構想会議開始。
 午後6時23分、同会議終了。同26分、大会議室を出て、同27分、執務室へ。
 午後6時34分、執務室を出て、同35分、官邸発。同37分、公邸着。
 午後6時38分、細野首相補佐官が入った。同52分、福山官房副長官が加わった。同7時13分、福山、細野両氏が出た。
 24日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:4月24日(日)0時24分

 

首相動静(4月22日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110422-00000026-jij-pol

時事通信 4月22日(金)7時49分配信
 午前7時19分、公邸発。同20分、官邸着。同21分、執務室へ。同29分、執務室を出て、同30分、大会議室へ。
 午前7時31分から同8時18分まで、経済情勢に関する検討会合。同19分、同室を出て閣僚談話室へ。同22分、同室を出て閣僚応接室へ。同23分、閣議室に移り閣議開始。
 午前8時38分、閣議終了。同39分、同室を出て執務室へ。
 午前8時40分から同9時まで、植松信一内閣情報官。
 午前9時35分、仙谷由人、福山哲郎両官房副長官、寺田学民主党衆院議員が入った。同42分、福山氏が出た。
 午前10時30分、仙谷、寺田両氏が出た。
 午前11時7分、執務室を出て特別応接室へ。同8分から同33分まで、経済協力開発機構(OECD)のグリア事務総長が表敬。福山官房副長官同席。同34分、同室を出て執務室へ。
 午後0時2分から同6分まで、馬淵澄夫首相補佐官。
 午後0時50分、執務室を出て、同52分、官邸発。同53分、国会着。同54分、衆院議長応接室へ。同1時、同室を出て衆院本会議場へ。同13分、衆院本会議開会。
 午後1時58分、衆院本会議散会。同59分、衆院本会議場を出て、同2時、国会発。同1分、官邸着。同2分、執務室へ。
 午後2時5分から同30分まで、細野豪志首相補佐官。
 午後2時31分から同38分まで、皆川一夫駐ウガンダ大使らが新任のあいさつ。
 午後2時48分、執務室を出て小ホールへ。同49分から同3時10分まで、達増拓也岩手県知事、岩手県沿岸市町村復興期成同盟会の野田武則釜石市長ら。同11分、同ホールを出て執務室へ。
 午後3時33分、福山官房副長官、寺田民主党衆院議員が入った。
 午後4時4分、福山、寺田両氏が出た。
 午後5時39分、執務室を出て、同40分、記者会見室へ。同41分から同6時21分まで、記者会見。同22分、記者会見室を出て、同23分、執務室へ。
 午後6時24分から同36分まで、細川律夫厚生労働相。
 午後6時37分から同7時38分まで、松永和夫経済産業事務次官、細野哲弘資源エネルギー庁長官。
 午後8時10分、執務室を出て、同11分、官邸発。同12分、公邸着。
(了)

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最終更新:4月22日(金)20時19分

 

首相動静(4月21日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110422-00000000-jij-pol

時事通信 4月22日(金)0時5分配信
 午前7時30分、公邸発。同42分、東京・市谷本村町の防衛省着。
 午前7時52分、陸上自衛隊のCH47大型輸送ヘリコプターで同所発。福山哲郎官房副長官、松下忠洋経済産業副大臣同行。同9時7分、福島市の陸上自衛隊福島駐屯地着。同9分、同所発。
 午前9時34分、福島県庁着。
 午前9時36分から同10時10分まで、佐藤雄平福島県知事と会談。
 午前10時14分から同20分まで、同県庁内の原子力災害現地対策本部で職員を激励。同23分、同所発。
 午前11時35分、同県田村市の田村市総合体育館着。冨塚宥※(※=日へんに景)田村市長、渡辺利綱大熊町長と会談。避難所を視察。午後0時56分、同所発。
 午後1時46分、同県郡山市の多目的施設「ビッグパレットふくしま」着。原正夫郡山市長、遠藤勝也富岡町長、遠藤雄幸川内村長らと会談。避難所を視察。
 午後2時52分から同3時まで、同施設内で報道各社のインタビュー。「避難所視察の感想は」に「改めてもっと被災者の立場に立って全てのことを考えなければいけないと思った」。同4分、同所発。同27分、福島県郡山市の陸上自衛隊郡山駐屯地着。
 午後3時33分、陸上自衛隊のCH47大型輸送ヘリコプターで同所発。同4時33分、東京・市谷本村町の防衛省着。同35分から同40分まで、北沢俊美防衛相。同42分、同所発。同55分、官邸着。同56分、執務室へ。
 午後5時1分、鹿野道彦農林水産相、松下経産副大臣、平野達男内閣府副大臣が入った。同7分、福山官房副長官が加わった。同12分、鹿野氏が出た。同50分、松下、平野、福山各氏が出た。
 午後6時32分、執務室を出て、同35分、大会議室へ。同36分、オーストラリアのギラード首相との首脳会談開始。福山官房副長官、伴野豊外務副大臣同席。
 午後7時29分、同会談終了。同37分、大会議室を出て、同38分、大ホールへ。同39分から同8時3分まで、共同記者会見。同4分、大ホールを出て、同5分、ギラード首相とともに官邸発。同7分、公邸着。同8分、首相主催の夕食会開始。
 午後9時29分、夕食会終了。同30分、公邸玄関でギラード首相を見送り。
 22日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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〔写真特集〕東北地方太平洋沖地震

最終更新:4月22日(金)0時24分

 

首相動静(4月20日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110421-00000000-jij-pol

時事通信 4月21日(木)0時5分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前8時29分、公邸発。同39分、東京・九段南の千代田区役所着。武蔵野市議選の不在者投票。同44分、同所発。同55分、官邸着。同56分、執務室へ。
 午前9時12分、鳩山由紀夫前首相、平智之民主党衆院議員、馬淵澄夫首相補佐官が入った。
 午前10時52分、全員出た。
 午前11時32分から同57分まで、福山哲郎官房副長官。同59分、岡田克也民主党幹事長が入った。
 午後0時39分、岡田氏が出た。
 午後1時36分から同2時11分まで、外務省の西宮伸一外務審議官、小寺次郎欧州局長。
 午後2時29分、国民新党の亀井静香代表、下地幹郎幹事長、北沢俊美防衛相が入った。 午後3時26分、亀井、下地両氏が出た。同32分、北沢氏が出た。
 午後3時54分から同4時36分まで、野田佳彦財務相、財務省の勝栄二郎事務次官、真砂靖主計局長。同5時半から同50分まで、寺田学民主党衆院議員。
 午後6時8分から同23分まで、加藤公一民主党衆院議員。
 午後6時50分、執務室を出て、同51分、官邸発。「原発周辺の警戒区域設定と一時帰宅をいつ実施するか」に「今いろいろ検討している」。同52分、公邸着。
 21日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:4月21日(木)0時24分

 

首相動静(4月19日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110419-00000019-jij-pol

時事通信 4月19日(火)8時5分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前8時36分、公邸発。同38分、国会着。同39分、院内大臣室へ。同47分、閣議開始。
 午前8時56分、閣議終了。同57分、院内大臣室を出て、同58分、国会発。同59分、官邸着。同9時、執務室へ。
 午前9時4分から同13分まで、福山哲郎官房副長官。
 午前10時9分から同28分まで、植松信一内閣情報官。
 午前10時29分から同11時2分まで、馬淵澄夫首相補佐官。同13分から同18分まで、松井一実広島市長。
 午後0時32分、執務室を出て首相会議室へ。同33分、藤井裕久、細野豪志、辻元清美各首相補佐官が入った。同1時4分、芝博一首相補佐官が加わった。
 午後1時06分、藤井氏が出た。同21分、細野氏が出た。同25分、辻元、芝両氏出た。同26分、首相会議室を出て執務室へ。
 午後1時57分、松本剛明外相、佐々江賢一郎外務事務次官が入った。
 午後2時31分、松本、佐々江両氏が出た。
 午後2時32分から同41分まで、滝野欣弥官房副長官。
 午後4時3分から同45分まで、与謝野馨経済財政担当相。
 午後4時46分から同58分まで、民主党の田中慶秋衆院議員、山根隆治参院議員。
 午後5時4分、執務室を出て、同5分から同12分まで、小ホールで民主党私学振興推進議員連盟代表代行の川端達夫衆院議員ら。同13分、執務室へ。同17分から同24分まで、福島県飯舘村の菅野典雄村長。福山官房副長官同席。
 午後5時55分から同6時45分まで、斎藤勁民主党国対委員長代理。
 午後7時40分、執務室を出て、同41分、官邸発。同43分、公邸着。(了)

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最終更新:4月19日(火)20時9分

 

首相動静(4月18日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110419-00000000-jij-pol

時事通信 4月19日(火)0時3分配信
 午前7時59分、公邸発。同8時、官邸着。執務室へ。
 午前8時2分、福山哲郎官房副長官、細野豪志首相補佐官、寺田学民主党衆院議員が入った。
 午前8時56分、全員出た。
 午前9時35分、執務室を出て、同37分、官邸発。同39分、国会着。同40分、参院第1委員会室へ。同50分、参院予算委員会開会。
 午前11時54分、参院予算委休憩。参院第1委員会室を出て、同56分、国会発。同58分、官邸着。同59分、執務室へ。
 午後0時49分、執務室を出て、同51分、官邸発。同52分、国会着。同54分、参院第1委員会室へ。同1時、参院予算委再開。
 午後5時17分、参院予算委散会。参院第1委員会室を出て、同19分、国会発。同21分、官邸着。同22分、執務室へ。
 午後5時56分から同6時5分まで、平岡秀夫総務副大臣。
 午後6時34分から同7時20分まで、福山官房副長官。
 午後8時6分、執務室を出て、同7分、官邸発。同8分、公邸着。
 19日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

最終更新:4月19日(火)0時3分

 

首相動静(4月17日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110417-00000025-jij-pol

時事通信 4月17日(日)10時23分配信
 午前10時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前11時30分から同55分まで、細野豪志首相補佐官。
 午後3時1分、公邸発。同2分、官邸着。同3分、執務室へ。
 午後3時49分、執務室を出て特別応接室へ。同50分から同4時24分まで、クリントン米国務長官と会談。松本剛明外相、福山哲郎官房副長官ら同席。同25分、同室を出て執務室へ。同29分、同室を出て、同30分、官邸発。同31分、公邸着。
 午後5時2分、福山官房副長官、細野首相補佐官、寺田学民主党衆院議員が入った。
 午後6時15分、細野氏が出た。
 午後7時3分、寺田氏が出た。
 午後7時25分、福山氏が出た。
 午後9時2分、民主党の岡田克也幹事長、玄葉光一郎政調会長、安住淳国対委員長、輿石東参院議員会長。枝野幸男、仙谷由人正副官房長官が入った。
 午後10時14分、全員出た。(了)

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最終更新:4月17日(日)22時43分

 

首相動静(4月16日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110417-00000000-jij-pol

時事通信 4月17日(日)0時5分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前中は来客なく、公邸で過ごす。
 午後も来客なく、公邸で過ごす。
 17日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

最終更新:4月17日(日)0時5分

 

首相動静(4月15日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110416-00000000-jij-pol

時事通信 4月16日(土)0時5分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前8時3分、公邸発。同5分、国会着。同6分、院内大臣室へ。同26分、閣議開始。 午前8時33分、閣議終了。同34分、院内大臣室を出て、同35分、国会発。同37分、官邸着。同38分、執務室へ。
 午前8時45分、枝野幸男官房長官が入った。
 午前8時58分、枝野氏が出た。
 午前9時48分、執務室を出て、同50分、官邸発。同52分、国会着。同53分、参院議長応接室へ。同57分、同室を出て参院本会議場へ。同10時1 分、参院本会議開会。 午前10時12分、参院本会議を途中退席し、同13分、国会発。同15分、官邸着。同16分、執務室へ。
 午後0時50分から同1時8分まで、枝野官房長官、仙谷由人、福山哲郎、滝野欣弥各官房副長官。
 午後2時2分、執務室を出て、同3分から同30分まで、小ホールで福島県農業協同組合中央会(JA福島中央会)の庄條徳一会長ら。渡部恒三民主党最高顧問ら同席。同31分、執務室へ。
 午後2時32分から同50分まで、篠原孝農林水産副大臣。
 午後3時1分、執務室を出て、同2分から同21分まで、小ホールで橋本昌茨城県知事ら。同22分、執務室へ。
 午後3時57分から同4時29分まで、阿久津幸彦内閣府政務官。
 午後4時30分から同49分まで、近藤昭一環境副大臣。同6時7分から同41分まで、藤崎一郎駐米大使。
 午後6時42分、海江田万里経済産業相、細野豪志首相補佐官が入った。
 午後7時42分、海江田、細野両氏が出た。
 午後8時10分、執務室を出て、同11分、官邸発。同12分、公邸着。
 16日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:4月16日(土)0時23分

 

首相動静(4月14日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110415-00000000-jij-pol

時事通信 4月15日(金)0時4分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前8時59分、公邸発。同9時、官邸着。執務室へ。
 午前10時24分から同43分まで、植松信一内閣情報官。
 午前11時51分、加藤公一民主党衆院議員が入った。
 午後0時23分、加藤氏が出た。同24分から同45分まで、安住淳民主党国対委員長。
 午後1時42分から同51分まで、福島県川俣町の古川道郎町長、佐藤喜三郎町議会議長。福山哲郎官房副長官同席。同59分、執務室を出て、同2時、大会議室へ。東日本大震災復興構想会議開始。
 午後4時35分、同会議終了。同36分から同43分まで、佐藤雄平福島県知事。同44分、大会議室を出て執務室へ。同53分、民主党の岡田克也幹事長、玄葉光一郎政調会長、安住国対委員長、輿石東参院議員会長が入った。
 午後5時、枝野幸男官房長官が加わった。同57分、岡田、玄葉、輿石、枝野各氏が出た。同6時、安住氏が出た。
 午後6時55分、執務室を出て、同56分、官邸発。「きょうの復興構想会議は有意義なものになったか」に「大変有意義ないい話が聞けた」。同57分、公邸着。
 午後8時19分、馬淵澄夫首相補佐官が入った。
 午後8時30分、細野豪志首相補佐官が加わった。同9時7分、馬淵、細野両氏が出た。
 15日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:4月15日(金)0時23分

 

首相動静(4月13日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110414-00000000-jij-pol

時事通信 4月14日(木)0時14分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前8時59分、公邸発。同9時、官邸着。同1分、執務室へ。
 午前10時、執務室を出て、同1分、大会議室へ。同2分から同34分まで、月例経済報告関係閣僚会議。同35分、同室を出て執務室へ。
 午前11時5分から同30分まで、松本健一内閣官房参与。
 午後2時から同26分まで、今野東民主党宮城県連代表ら。同28分、岡田克也民主党幹事長が入った。
 午後3時3分、岡田氏が出た。同4分、斎藤勁民主党国対委員長代理が入った。
 午後3時40分、斎藤氏が出た。
 午後4時15分から同45分まで、笹森清内閣特別顧問。午後5時から同32分まで、松本剛明外相、海江田万里経済産業相、外務省の西宮伸一外務審議官、八木毅経済局長、経済産業省の岡田秀一経済産業審議官、細野哲弘資源エネルギー庁長官。
 午後6時から同46分まで、田坂広志内閣官房参与。同52分、執務室を出て、同53分、官邸発。同54分、公邸着。同55分、亀井静香国民新党代表、北沢俊美防衛相が入った。
 午後8時5分、亀井、北沢両氏が出た。
 14日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:4月14日(木)0時23分

 

首相動静(4月12日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110413-00000001-jij-pol

時事通信 4月13日(水)0時20分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前9時5分、公邸発。同7分、国会着。同8分、院内大臣室へ。
 午前9時17分、閣議開始。
 午前9時28分、閣議終了。
 午前9時29分、海江田万里経済産業相、枝野幸男、福山哲郎正副官房長官、細野豪志首相補佐官が入った。
 午前9時54分、海江田、細野両氏が出た。同10時1分、枝野、福山両氏が出た。同3分、院内大臣室を出て、同4分、国会発。同6分、官邸着。同7分、執務室へ。
 午前11時46分から午後0時まで、植松信一内閣情報官。同30分から同40分まで、寺田学民主党衆院議員。同52分、執務室を出て、同53分、官邸発。同54分、国会着。同56分、衆院本会議場へ。同1時2分、衆院本会議開会。同7分、本会議散会。同8分、本会議場を出て、同9分、国会発。同11 分、官邸着。同12分、執務室へ。同13分、野田佳彦財務相、財務省の勝栄二郎事務次官、古谷一之主税局長が入った。
 午後1時26分、全員出た。
 午後1時42分、与謝野馨経済財政担当相が入った。午後2時1分、与謝野氏が出た。
 午後2時11分、松本剛明外相、北沢俊美防衛相、枝野官房長官、梅本和義外務省北米局長が入った。
 午後3時1分、松本、枝野、梅本各氏が出た。
 午後3時2分、福山官房副長官、伊藤哲朗内閣危機管理監が加わった。同41分、全員出た。
 午後4時から同34分まで、中国の温家宝首相と電話会談。松本外相、杉山晋輔外務省アジア大洋州局長同席。
 午後4時38分、枝野官房長官、仙谷由人、福山両官房副長官、寺田民主党衆院議員が入った。同53分、仙谷氏が出た。同5時40分、全員出た。
 午後5時48分、執務室を出て、同49分、記者会見室へ。同50分から同6時42分まで記者会見。同43分、記者会見室を出て、同44分、執務室へ。同45分、片山善博総務相が入った。
 午後6時54分、片山氏が出た。
 午後7時24分、執務室を出て、同25分、官邸発。同26分、公邸着。
 13日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:4月13日(水)0時23分

 

首相動静(4月11日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110411-00000052-jij-pol

時事通信 4月11日(月)8時4分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前9時2分、公邸発。同3分、官邸着。同4分、執務室へ。
 午前9時51分、高木義明文部科学相、藤木完治文科省研究開発局長が入った。
 午前10時10分、高木、藤木両氏が出た。
 午前10時31分、五百旗頭真防衛大学校長が入った。同38分、福山哲郎官房副長官が加わった。
 午前10時43分、福山氏が出た。同11時2分、福山氏が加わった。同21分、五百旗頭氏が出た。
 午後0時13分、福山氏が出た。
 午後0時45分、枝野幸男官房長官が入った。同59分、仙谷由人、福山両官房副長官、寺田学民主党衆院議員が加わった。同1時26分、全員出た。
 午後2時25分、海江田万里経済産業相が入った。同30分、枝野官房長官が加わった。同33分、海江田、枝野両氏が出た。同41分、執務室を出て、同 42分、大会議室へ。同45分から同3時4分まで、緊急災害対策本部および原子力災害対策本部。同5分、同室を出て執務室へ。同4時50分から同5時16 分まで、寺田民主党衆院議員。
 午後5時19分から同27分まで、福山氏、伊藤哲朗内閣危機管理監。
 午後6時10分から同18分まで、伊藤内閣危機管理監。同7時30分から同8時まで、枝野官房長官、仙谷、福山両官房副長官、寺田民主党衆院議員。
 午後9時1分、執務室を出て、同3分、官邸発。同4分、公邸着。
(了)

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最終更新:4月11日(月)21時33分

 

首相動静(4月10日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110410-00000018-jij-pol

時事通信 4月10日(日)7時17分配信
 午前7時8分、公邸発。
 午前7時27分、羽田空港着。
 午前7時39分、航空自衛隊のU4多用途支援機で羽田空港発。篠原孝農林水産副大臣同行。
 午前8時25分、宮城県東松島市の航空自衛隊松島基地着。視察。東祥三内閣府副大臣、小川勝也防衛副大臣ら同行。
 午前8時50分、航空自衛隊のCH47大型輸送ヘリコプターで同基地発。海上自衛隊の護衛艦「くらま」を上空から視察。同9時5分、宮城県石巻市の総合運動公園着。同7分、同所発。
 午前9時32分、石巻市役所着。同33分から同10時まで、村井嘉浩宮城県知事、亀山紘石巻市長ら。安住淳民主党国対委員長ら同席。同2分から同5分まで、同市役所内の石巻災害FM臨時サテライトスタジオで、ラジオ出演。同10分、同所発。
 午前10時20分から同48分まで、宮城県石巻市の沿岸部など被災現場を視察。同11時1分から同5分まで、同市内の路上でがれきの撤去作業に当たる自衛隊員らを激励。同20分、同市の宮城県立石巻商業高校着。避難所を視察。同32分から同38分まで、同高校内で報道各社のインタビュー。「視察の感想は」に「ライフラインの復旧がまだまだ不十分だと感じた」。同40分、同高校発。同46分、同市の総合運動公園着。同48分、航空自衛隊のCH47大型輸送ヘリコプターで同所発。午後0時5分、仙台市の陸上自衛隊東北方面総監部着。視察、激励。同51分、航空自衛隊のCH47大型輸送ヘリコプターで同所発。同1時2分、同県東松島市の航空自衛隊松島基地着。同12分、航空自衛隊のU4多用途支援機で同基地発。同2時9分、羽田空港着。同15分、同空港発。同35分、公邸着。
 午後3時35分、閣僚・与党幹部らによる勉強会開始。
 午後6時35分、同勉強会終了。同7時1分、枝野幸男、仙谷由人正副官房長官、民主党の岡田克也幹事長、玄葉光一郎政調会長、安住国対委員長、輿石東参院議員会長が入った。
 午後7時51分、全員出た。(了)

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最終更新:4月10日(日)20時13分

 

首相動静(4月9日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110409-00000027-jij-pol

時事通信 4月9日(土)8時19分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前10時57分、作家の石川好氏が入った。
 午前11時47分、石川氏が出た。
 午後1時59分、公邸発。同2時1分、官邸着。同2分、執務室へ。同3分、枝野幸男官房長官が入った。
 午後2時31分、枝野氏が出た。
 午後3時2分から同22分まで、細野豪志首相補佐官。同26分から同36分まで、福山哲郎官房副長官。
 午後3時37分、執務室を出て、同38分、官邸発。同40分、公邸着。(了)

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最終更新:4月9日(土)16時23分

 

首相動静(4月8日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110408-00000039-jij-pol

時事通信 4月8日(金)8時7分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前9時、公邸発。同1分、官邸着。同2分、執務室へ。
 午前10時、執務室を出て、同1分、閣僚応接室へ。同2分、閣議室に移り、閣議開始。
 午前10時28分、閣議終了。同29分、同室を出て閣僚談話室へ。同32分、同室を出て特別応接室へ。同33分から同43分まで、村井嘉浩宮城県知事ら。片山善博総務相、松本龍防災担当相、枝野幸男官房長官ら同席。同44分、同室を出て執務室へ。
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 午後3時17分、鹿野氏が出た。
 午後3時18分から同55分まで、枝野、福山正副官房長官、寺田学民主党衆院議員。同4時6分、野田財務相、財務省の勝栄二郎事務次官、真砂靖主計局長が入った。
 午後4時50分、全員出た。
 午後4時56分から同5時13分まで、海江田経済産業相。
 午後5時58分、執務室を出て大会議室へ。同59分から同6時22分まで、「新しい公共」推進会議。同23分、同室を出て執務室へ。
 午後6時24分から同44分まで、杉山晋輔外務省アジア大洋州局長。
 午後6時53分から同7時55分まで、篠原孝農林水産副大臣。
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最終更新:4月8日(金)21時13分

 

首相動静(4月7日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110408-00000006-jij-pol

時事通信 4月8日(金)0時45分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前9時、公邸発。同1分、官邸着。同2分、執務室へ。
 午前10時24分、松本健一内閣官房参与が入った。
 午前10時40分、松本氏が出た。同53分から同11時22分まで、蓮舫行政刷新担当相、加藤秀樹行政刷新会議事務局長、寺田学民主党衆院議員。
 午前11時48分、枝野幸男、仙谷由人正副官房長官、民主党の岡田克也幹事長、輿石東参院議員会長、安住淳国対委員長、玄葉光一郎政調会長が入った。
 午後0時48分、全員出た。
 午後2時10分、笹森清内閣特別顧問、杉山晋輔外務省アジア大洋州局長が入った。
 午後2時59分、笹森、杉山両氏が出た。
 午後3時56分から同4時11分まで、植松信一内閣情報官。
 午後4時12分、加藤公一民主党衆院議員、望月晴文内閣官房参与、細野哲弘資源エネルギー庁長官が入った。同40分、望月、細野両氏が出た。同47分、加藤氏が出た。
 午後4時48分から同5時7分まで、松本剛明外相、外務省の佐々江賢一郎事務次官、杉山アジア大洋州局長。
 午後5時45分から同6時8分まで、平野達男内閣府副大臣。
 午後7時11分から同16分まで、加藤公一民主党衆院議員。
 午後7時49分、執務室を出て、同50分、官邸発。同51分、公邸着。
 8日午前0時22分、公邸発。同24分、官邸着。同25分、執務室へ。
 午前0時30分から同40分まで、寺田民主党衆院議員、伊藤哲朗内閣危機管理監。
 午前1時52分、枝野官房長官、福山哲郎、滝野欣弥両官房副長官、伊藤内閣危機管理監が入った。
 午前2時6分、全員出た。同8分、執務室を出て、同9分、官邸発。同11分、公邸着。
 午前2時45分現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:4月8日(金)2時53分

 

首相動静(4月6日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110407-00000000-jij-pol

時事通信 4月7日(木)0時5分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前9時1分、公邸発。同2分、官邸着。同3分、執務室へ。
 午前9時25分、田坂広志内閣官房参与が入った。
 午前10時6分、田坂氏が出た。同7分、斎藤勁民主党国対委員長代理が入った。
 午前10時44分、斎藤氏が出た。
 午前10時58分、北沢俊美防衛相が入った。
 午前11時47分、北沢氏が出た。
 午後1時2分、野田佳彦財務相が入った。
 午後1時15分、野田氏が出た。
 午後1時25分から同49分まで、小宮山宏三菱総合研究所理事長、大久保勉、藤末健三両民主党参院議員。
 午後2時46分、執務室を出て特別応接室へ。同47分から同3時2分まで、古賀伸明連合会長。枝野幸男、福山哲郎正副官房長官同席。同3分、同室を出て執務室へ。同4分、枝野、福山両氏が入った。
 午後3時15分、枝野、福山両氏が出た。
 午後5時17分、福山官房副長官が入った。同29分、仙谷由人官房副長官が加わった。
 午後5時55分、仙谷、福山両氏が出た。同56分から同6時49分まで、森口泰孝文部科学審議官、伊藤哲朗内閣危機管理監。
 午後6時50分、海江田万里経済産業相が入った。
 午後7時7分、海江田氏が出た。
 午後8時6分、海江田経産相、細野豪志首相補佐官が入った。
 午後8時36分、海江田、細野両氏が出た。
 午後8時49分、執務室を出て、同50分、官邸発。「東日本大震災の復興構想会議をどのように進める考えか」に「11日までにははっきりします」。同51分、公邸着。
 7日午前0時現在、公邸。来客なし。
(了)

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最終更新:4月7日(木)0時23分

 

首相動静(4月5日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110405-00000019-jij-pol

時事通信 4月5日(火)8時10分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前8時27分、公邸発。同29分、国会着。同30分、院内大臣室へ。
 午前8時39分、国家公務員制度改革推進本部開始。
 午前8時49分、同本部終了。
 午前9時1分、閣議開始。
 午前9時22分、閣議終了。同23分から同25分まで、松本龍防災担当相。同26分、院内大臣室を出て、同27分、国会発。同29分、官邸着。同30分、執務室へ。
 午前10時から同34分まで、仙谷由人官房副長官。
 午前11時1分、岡田克也民主党幹事長が入った。
 午前11時33分、岡田氏が出た。
 午前11時55分から午後0時5分まで、加藤公一民主党衆院議員。
 午後1時1分、公明党の山口那津男代表、石井啓一政調会長、石田祝稔政調副会長。玄葉光一郎民主党政調会長、福山哲郎官房副長官同席。
 午後1時29分、山口、石井、石田各氏が出た。同32分、福山氏が出た。同49分、玄葉氏が出た。
 午後1時50分から同2時5分まで、佐々江賢一郎外務事務次官。
 午後4時6分、執務室を出て南会議室へ。同7分から同39分まで、福島県双葉地方町村会の遠藤雄幸川内村長ら。海江田万里経済産業相ら同席。同40分、同室を出て執務室へ。
 午後4時41分から同5時10分まで、寺田学民主党衆院議員。
 午後5時11分から同50分まで、五十嵐敬喜内閣官房参与。同6時1分、民主党の岡田幹事長、安住淳国対委員長、玄葉政調会長、枝野幸男官房長官、仙谷、福山両官房副長官が入った。
 午後7時7分、枝野、仙谷、福山各氏が出た。
 午後7時40分、玄葉氏が出た。同50分、岡田、安住両氏が出た。
 午後7時59分、執務室を出て、同8時、官邸発。同1分、公邸着。
(了)

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最終更新:4月5日(火)20時23分

 

首相動静(4月4日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110405-00000001-jij-pol

時事通信 4月5日(火)0時10分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前8時59分、公邸発。同9時、官邸着。同1分、執務室へ。同27分、斎藤勁民主党国対委員長代理が入った。
 午前10時5分、斎藤氏が出た。同11時から同12分まで、松本健一内閣官房参与。
 午前11時13分、山田正彦前農林水産相が入った。
 午前11時54分、山田氏が出た。午後0時、枝野幸男官房長官、仙谷由人、福山哲郎両官房副長官が入った。
 午後0時37分、全員出た。同2時11分から同20分まで、寺田学民主党衆院議員。同21分から同30分まで、有冨正憲内閣官房参与。
 午後2時31分、細野豪志首相補佐官が入った。
 午後2時44分、細野氏が出た。同3時から同8分まで、福島県双葉町の井戸川克隆町長。福山官房副長官同席。
 午後4時52分、野田佳彦財務相、財務省の勝栄二郎事務次官、真砂靖主計局長が入った。
 午後5時16分、全員出た。
 午後6時から同20分まで、バローゾ欧州委員会委員長と電話会談。松本剛明外相、外務省の八木毅経済局長、経済産業省の岡田秀一経済産業審議官同席。
 午後6時49分から同54分まで、加藤公一民主党衆院議員。
 午後7時16分、執務室を出て、同17分、官邸発。同18分、公邸着。
 5日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:4月5日(火)0時22分

 

※SOBA(2011/04/05 12:08採録):この日も夜の時間帯が怪しい。

首相動静(4月3日)

時事通信 4月4日(月)0時4分配信
 午前10時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前中は来客なく、公邸で過ごす。
 午後2時59分、公邸発。同3時9分、東京・九段南の千代田区役所着。東京都知事選の不在者投票。同14分、同所発。
 午後3時25分、官邸着。同26分、執務室へ。
 午後3時37分から同4時24分まで、平野達男内閣府副大臣。同5時12分から同27分まで、細野豪志首相補佐官。
 午後5時28分から同42分まで、枝野幸男官房長官。同6時10分、執務室を出て、同11分、官邸発。同12分、公邸着。
 4日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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最終更新:4月4日(月)0時22分

時事通信

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    * 首相動静(4月3日)(時事通信) 3日(日)10時7分
    * 首相動静(4月2日)(時事通信) 3日(日)0時4分

 

首相動静(4月2日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110403-00000000-jij-pol

時事通信 4月3日(日)0時4分配信
 午前5時57分、公邸発。同58分、官邸着。同6時3分、陸上自衛隊ヘリコプターで官邸屋上ヘリポート発。平野達男内閣府副大臣同行。
 午前8時14分、岩手県陸前高田市の滝の里工業団地着。達増拓也知事、戸羽太市長、黒岩宇洋法務政務官、黄川田徹民主党衆院議員が出迎え。同19分、同所発。同26分、同市の市役所仮庁舎着。同所内の陸自第5普通科連隊指揮所で達増知事、戸羽市長らによる東日本大震災の被災状況の報告。同55分、同所発。
 午前9時5分、同市の市立米崎小学校着。同小学校の避難所を視察。同28分、同所発。
 午前9時40分、同市の松原大橋着、視察。
 午前9時55分、同所発。同10時2分、同市役所着。視察、黙とう。同9分、同所発。
 午前10時20分、同市の滝の里工業団地着。同22分、陸自ヘリで同所発。午後0時9分、福島第1原発事故対応拠点の福島県楢葉町「Jヴィレッジ」着。
 午後0時17分、自衛隊や東京電力などの関係者から福島第1原発事故対応に関する説明聴取開始。
 午後0時41分、説明聴取終了。
 午後0時44分から同1時10分まで、自衛隊員、消防隊員、東電社員らを激励。同14分、陸自ヘリでJヴィレッジ発。同2時18分、官邸屋上ヘリポート着。同21分、執務室へ。
 午後3時57分、亀井静香国民新党代表が入った。
 午後5時、亀井氏が出た。同1分、防衛省の小川勝也副大臣、中江公人事務次官、折木良一統合幕僚長が入った。
 午後5時18分、全員出た。同24分、執務室を出て、同25分、官邸発。同26分、公邸着。
 3日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)

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「復興」へ意気込み先行=躍る言葉、乏しい具体論

最終更新:4月3日(日)0時22分

 

※↓SOBA(2011/04/05 12:00採録):今現在、「最終更新:4月1日(金)19時47分」となっています。怪しい。

首相動静(4月1日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110401-00000035-jij-pol

時事通信 4月1日(金)8時11分配信
 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前8時45分、公邸発。同46分、官邸着。同47分、執務室へ。
 午前8時58分、執務室を出て、同59分、閣僚応接室へ。同9時、閣議室へ移り閣議開始。
 午前9時21分、閣議終了。同22分、閣議室を出て執務室へ。
 午前9時27分から同33分まで、白井早由里元慶応大教授に日銀政策委員会審議委員の辞令交付。
 午前10時54分から同11時49分まで、斉藤正樹内閣官房参与。
 午後0時から同15分まで、寺田学民主党衆院議員。
 午後0時30分から同1時まで、細野豪志首相補佐官。
 午後3時5分から同4時11分まで、福山哲郎官房副長官、寺田衆院議員。
 午後5時28分、執務室を出て、同30分、記者会見室へ。同31分から同6時14分まで、記者会見。同15分、記者会見室を出て執務室へ。
 午後7時36分、執務室を出て、同37分、官邸発。同38分、公邸着。(了)

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最終更新:4月1日(金)19時47分

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 以下、関連記事を資料として採録。

【菅政権考】格好ばかりの「政治主導」
2011/03/28 18:31更新
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/disaster/499626/

 国民新党の亀井静香代表(74)は時に毒舌で本質を突く。東日本大震災の復興対策のため政府・民主党が閣僚3人増を提案したことについて「バカ足すバカ足すバカはやっぱりバカなんだ」と非難。さらに、対策会議の乱立を「船頭多くして船山に登る」と述べ、菅政権の問題点を的確に指摘している。

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記事本文の続き ■体制いじりに執心

 菅直人首相(64)は3月19日、谷垣禎一総裁(66)に副総理兼震災復興担当相での入閣を持ちかけたが、反応はつれなかった。

 「今は体制をいじるときではなく、災害復旧、被災者支援、原発の対応に全力を尽くすべきだ。あまりにも唐突な提案だ」

 谷垣氏は電話での入閣要請を即座に断った。自民党にとっては、震災の死者・行方不明者が増え続ける渦中での入閣拒否は賭けだった。批判の矛先が自らに向く可能性があったためだ。そうならなかったのは、大連立で政権を維持しようという下心が丸見えだったからだ。自民党執行部の1人は「首相が松本龍防災担当相を外し、震災復興担当相にこれだけの権限、組織を与えると具体的に持ちかけていたら、大連立は実現したかもしれない」と振り返った。

 被災者の救援や東京電力福島第1原子力発電所の放射性物質(放射能)漏れを止めるため、与野党の壁など蹴破(けやぶ)ってもらいたいものだが、谷垣氏にどんな仕事をさせるのか明確にしないから、「政局優先」と批判されるのだ。首相が野党の批判を抑えるための人質としか考えていないのなら、谷垣氏にいくら能力があっても、亀井氏がいうところの「バカ」の1人で終わってしまう。

 緊急災害対策本部(本部長・首相)、原子力災害対策本部(同)、福島原子力発電所事故対策統合本部(同)、被災者生活支援特別対策本部(本部長・松本防災担当相)、電力需給緊急対策本部(本部長・枝野幸男官房長官)-。

 震災発生以来、政府が設置した対策本部はこれだけある。首相や枝野氏がこだわる「政治主導」の象徴だ。しかし…。

 ■「何を」が欠けている

 「原発から20キロ地域からの避難者、20~30キロ圏内で屋内退避を命じられている方々の支援はどこの対策本部の所掌(しょしょう)なのか」

 自民党の佐藤正久参院議員(50)が22日の参院予算委員会でこうただしたのに対し、政府側は「原子力災害への対応は原子力災害対策本部が所掌しているが、生活支援対策本部も協力できるところは全面的に協力している」と答弁した。物資不足など屋内退避区域での生活支援を、経済産業省原子力安全・保安院を中心とする原子力災害対策本部が主に担当するというのもおかしな話だ。縦割り行政の弊害を政府が自ら認めたのに等しい。

 佐藤氏は災害対策基本法に基づき災害緊急事態を布告し、物資の配給を行うよう主張しているが、首相の念頭にはないようだ。東電幹部を怒鳴りつけたり、被災地を視察したりすることだけが「政治主導」ではない。被災者らのためにやるべきことは山ほどある。

 首相のいう政治主導を理解するため、著書「大臣 増補版」を開いた。政治システムの改革論で埋め尽くされているが、何をどのように決めるかのうち「どのように」ばかりで、「何を」するかはほとんど書かれていない。首相は同著で英国視察を踏まえ、次のように記した。

 「政治家は官僚に依存できないので、自分自身の能力もさることながら、いかに優秀な人材を集め、自前のチームを構築するかの力量も問われる」

 おっしゃる通りだが、首相はそんな力量を発揮できているのか。格好ばかりの政治主導で現場を混乱させるのなら、官僚に仕事を任せた方がまだましだ。

 (政治部 加納宏幸/SANKEI EXPRESS)

菅政権は機能しているか?(1)
http://www.jiji.com/jc/v?p=foresight_6901&rel=y&g=phl

10575086 Foresightコンテンツ 東北地方太平洋沖地震の発生時、大きく揺れる天井のシャンデリアを見る菅直人首相=2011年3月11日、東京・国会内【EPA=時事】10575086.jpg

 時計の針をいったん震災の日に戻そう。

 菅直人首相は3月11日朝、政権発足以来最大の危機を迎えていた。この日の朝日新聞朝刊が「菅首相に在日韓国人から違法献金の疑い」と大々的に報じたからだ。

 2月17日に民主党の1年生議員ら16人が会派離脱届提出による造反行動を起こして以降、松木謙公農林水産政務官の辞任、衆院愛知1区選出の佐藤夕子氏の離党、さらに、前原誠司外相の辞任という大問題が次々と菅首相を襲った。誰がどう見ても、政権は末期状態だった。そこに首相本人のスキャンダルが発覚した。政治資金規正法は外国人からの寄付を禁じている。当然、菅首相は退陣に追い込まれてもおかしくない状況だった。

 この日、国会議事堂本館3階西側にある参議院第1委員会室では午前8時55分に参院決算委員会が始まり、自民党の野上浩太郎、岡田直樹、岡田広の各氏が菅首相のこの問題を執拗に追及していた。午後2時半ごろ、ようやく自民党側の攻撃が一段落して、議題は子ども手当の是非に移った。

 とりあえず難を逃れた菅首相が安堵の表情を浮かべようやく落ち着きを取り戻した午後2時46分、東北・三陸沖を震源とする巨大な地震が国会議事堂をも揺さぶった。

 振動する窓、大きく揺れるシャンデリア。頭上を見上げながら机にすがる議員、壁際に寄り添う議員、叫ぶ者……。鶴保庸介決算委員長はやむを得ず、委員会を「暫時休憩」とすると宣言した。ほぼ同時刻、首相官邸から猛スピードで発進した首相専用車は数十秒後には国会議事堂にすべり込み、菅首相を拾った。菅首相は、その2分後には首相官邸執務室に駆け込んだのだった。

 

疑惑追及からは逃れたが……(2)
http://www.jiji.com/jc/v?p=foresight_6902

10618162 Foresightコンテンツ 大津波に襲われ、がれきで覆われた岩手県陸前高田市の様子=2011年3月18日【時事通信社】10618162.jpg

 まるで疑惑追及から逃げ出すように、国会から去っていった菅首相だが、この日を境に、震災復旧・復興、原発放射能漏れという国家的規模の重大危機への対応を迫られることになった。だが、皮肉なことに、同じ危機でもまったく次元の異なる個人的なスキャンダルによる政権崩壊という危機からは脱することができたのだった。

 一方、地震発生当時、国会議事堂本館2階の民主党国会対策委員会事務局にいた安住淳国対委員長は廊下に飛び出し、大声で叫んだ。 「でかいぞ!」

 安住氏は衆院宮城5区選出。多くの犠牲者を出した石巻市が地盤である。部屋に戻り狼狽しながらも、食い入るようにテレビの地震速報をながめた。震源は東北地方! 片手で携帯電話を操作する。だが、親族につながらない。 「生きてるんだろうなあ」

 安住氏が両親の生存を確認したのは、その5日後のことだった。

 地震と津波、それに続く東京電力福島第1原子力発電所の爆発、放射能漏れへの対応で、首相官邸の不手際が続く中、一部の議員は個人的な救援活動を展開した。

 自民党の菅原一秀衆院議員は自ら2tトラックを運転し、瓦礫を避けながら岩手県陸前高田市の避難所を訪問、救援物資を届けた。菅原氏は22日に開かれた自民党緊急災害対策本部で現地の状況を「被災地は凄惨な状況だ。小高い丘に車が埋め込まれている。津波で流された車がまだ瓦礫に挟まっている。現状はそういうことだ」と報告。さらに、次のように付け加えた。
「陸前高田のプレハブでのことだが、人の列が……物資を求める列かと思った。だが、違った。死亡届の書類を出す列だった」

 菅原氏は石巻市で安住氏と偶然出会った。安住氏が力なくポツリとつぶやいた。
「高台から見ると、東京大空襲のようですよ」

 その安住氏は22日に東京に戻ると、首相官邸を訪ねた。そして、現場で聞いた人々の声を参考にして、菅首相に対して、復興を遅らせかねない行政の問題点をこう指摘した。
「自治体は役人の作った法律に右往左往させられている。細かな法律を突破していく力が今、必要だ」

 安住氏は被災現場で、放置された乗用車が道路をふさぎ、緊急車両が通れないが、車は私有財産なので片づけられない——などという声をさんざん聞かされ、法律上の制約を取っ払う必要性を感じたのだ。

 菅原氏の言う死亡届の列にしても、安住氏の言う車両撤去の話にしても、些細なことのように思えるが、現実の被災現場ではそういう問題ひとつひとつの解決が実は大事なのである。

 

「選挙の雰囲気ではない」(3)
http://www.jiji.com/jc/v?p=foresight_6903

10624215 Foresightコンテンツ 福島第1原発の状況について記者会見する枝野幸男官房長官=2011年3月21日、東京・首相官邸【時事通信社】10624215.jpg

 だが、こうしたことは、現場と政権中枢とのパイプが通じていなければなかなか伝わらない。23日に開かれた震災対策に関する政府と各政党との合同会議で、福島県須賀川市が地元である新党改革の荒井広幸幹事長は、避難所の惨状が東京では皮膚感覚としてなかなか理解してもらえないことにいらだちながら、こう嘆いた。
「あんたたちも2、3日、泊まれば分かる」

 一方、東北地方から遠い選挙区や比例代表の議員たちの中には、被災地支援もそこそこに、4月の統一地方選に向けて走り出した者もいた。だが、今回の地震の被害をまったく受けていない西日本選出の民主党中堅議員は震災から数日後、地元の秘書からこんなふうに忠告された。
「とてもじゃないけど、選挙をやる雰囲気じゃないですよ。義捐金のお願いならいいですけど、投票のお願いなんて……。演説会だってミニ集会だって、皆中止なんですよ」

 ある北陸地方選出の自民党若手議員は地震発生から数日たって地元入りした時に、後援者にこう言われた。 「ここにいないで東京に帰れ。皆、自民党に期待している」

 東京に戻って被災者救援、被災地復興などを立案、調整、そして実行するという政治家としての本来の任務を、与野党の枠を超えて果たしてこい、という意味だ。

 そうした中、首相官邸には、現場を見てきた議員らの報告や被災した自治体から窮状を訴える声が次々と届いた。だが、政府の対応は鈍かった。その原因のひとつは、政権中枢に位置する2人、菅首相と枝野幸男官房長官が原発対策だけに没頭しすぎていた点にある。被災地対策まであまり手が回らなかったのだ。

 

情報の真空地帯(4)
http://www.jiji.com/jc/v?p=foresight_6904

10628980 Foresightコンテンツ 福島第1原発4号機へ注水するコンクリート用ポンプ車[東京電力提供]=2011年3月22日【時事通信社】10628980.jpg

 地震が発生した11日の夜、政府は福島第1原発で放射能漏れの危険があると発表し、原子力緊急事態宣言を発令した。翌12日午後、原発1号機で突然、爆発。その後、2〜4号機も爆発や火災を起こし、放射能漏れが現実のものとなった。

 この間、首相官邸の対応は混乱をきわめた。典型的だったのは、原子炉と燃料プールを冷却するための放水作業である。17日、政府が最初に試みたのが自衛隊ヘリによる上空からの放水。だが、霧状になった水は原発冷却に効果があるようには見えなかった。次に警視庁、自衛隊、東京消防庁が順次投入され放水は徐々に効果を上げ始めた。22日に切り札として登場したのが生コン圧送機である。工事現場で高所から生コンクリートを流し込むために使用する装置で、これなら原子炉やプールを狙ってピンポイントで水をかけたり、注入したりすることができる。

 この圧送機による放水を最初に提案したのは公明党だった。18日に圧送機メーカーから「圧送機が放水に使える」との情報が伝えられ、ただちに首相官邸に連絡し、瀧野欣彌官房副長官に資料を渡した。冷却作業に四苦八苦していた首相官邸はすぐにこの案に飛びつき、19日朝、圧送機は横浜から現地に向けて出発。22日から放水作業が始まった。現時点で、かなりの効果を上げているとみられている。

 圧送機投入は公明党のお手柄だったわけだが、当の公明党幹部は少し首をかしげて、こう言っている。
「こういう圧送機が国内に存在していることは、建設現場に詳しい国土交通省ならば絶対に知っていたはずだ」

 しかも、公明党が首相官邸に提案するよりも随分前の段階で、インターネット上では、生コン圧送機が有効であることが指摘されていたのだ。

 官僚たちが知っていたのに官邸に伝えなかったとすれば、職務怠慢である。ただ、これまで付け焼き刃の「政治主導」を唱え、官僚たちとの信頼関係を築いてこなかった民主党政権側にも問題がある。また、ネット上でいくらでも流れていた圧送機の話に本当に気がつかなかったとすれば、今の首相官邸は情報の真空地帯にいることになる。これは国家の危機管理上恐るべきことである。

 

「救国内閣」を視野に入れよ(5)
http://www.jiji.com/jc/v?p=foresight_6905

10579841 Foresightコンテンツ 被災現場を上空から視察する菅直人首相=2011年3月12日午前[内閣広報室提供]【時事通信社】10579841.jpg

 こうした事態に苦悩を深めた菅首相は、事務次官会議を事実上復活させた。これは民主党が政権の座に就いた際に、「政治主導」の名のもとに廃止した会議である。ようやく官僚の知恵を使わねば、この危機を克服できないと思い至ったのかもしれない。また、苦し紛れに自民党に連立を打診したほか、次から次へと有識者を首相官邸に呼び込み、その一部の人材は内閣官房参与として登用した。

 しかし、多くのマスコミが指摘しているように、すでに菅首相は限界ぎりぎりの状態である。東京電力本店に直接乗り込んだほか、原子力安全委員会の班目春樹委員長を呼び出して叱責したり、首相周辺によれば、閣僚や官僚を怒鳴りつけたりしているのだという。これでは、危機にあたって冷静で的確な対応など、望むべくもない。

 こうした菅首相の言行に対しては、野党の自民党からさえ、「私どもは、むしろ菅首相しっかりせよ、と言うことが今一番必要なのではないかと思っている」(小池百合子総務会長)と心配する声が上がっている。

 もはや、今回の国家的危機への対応は菅首相の能力を超えている。菅首相には早々に退いてもらい、国民新党の亀井静香代表が提唱しているような与野党を幅広く糾合した「救国内閣」を樹立して、国難を乗り切る——そのための方法を考え始めなければならないのかもしれない。

 

【大震災特別連載】
官邸機能せず(上)「開かずの扉」のその奥は…
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110410/stt11041000390000-n1.htm
2011.4.10 00:29 (1/7ページ)

閣議に臨む菅直人首相=5日午前、国会内(酒巻俊介撮影)

 首相官邸に「開かずの扉」がある。5階の首相・菅直人の執務室。3月11日の東日本大震災発生後しばらくは早朝から深夜まで怒号が響いていたが、震災から1カ月を迎える最近はトンと静かになった。中の様子はどうなっているのか。

官僚の足遠のく

「やっと精神的な安定期に入った」「気力がうせているのではないか」-。そんな臆測が乱れ飛ぶ。各国外交官も政府関係者に「首相は本当に大丈夫なのか」と真顔で問い合わせてくるという。

 なぜ扉が開かないのか。理由は一つ。よほどの緊急時でない限り、誰もノックしようとしないからだ。官僚であろうが、政務三役であろうが、誰かれかまわず怒鳴り散らす。ある官僚は東京電力福島第1原子力発電所の事故の最新状況の報告に入ったところ、菅から頭ごなしにこう言われた。

(2/7ページ)
 「そんな話は聞いていないぞ!」

 日本の官僚は「首相がすでに知っている話を報告したら恥だ」と教育されてきた。マスコミに政策をスクープされることを嫌う最大の理由はここにある。ところが菅には通用しない。

 官僚の訪問は絶えた。4月に入り、官僚が首相執務室を訪ねたのは7日まででわずか8組。ある官僚は吐き捨てるように言った。

 「民主党政権であろうと大連立であろうと何でもいい。とにかく首相だけは代わってほしい。もう官邸を見るのも嫌だ…」

 さすがの菅もまずいと思ったらしい。3月26日、前国土交通相・馬淵澄夫を首相補佐官に起用したあおりで首相補佐官を外された衆院議員、寺田学の机を首相秘書官室に置かせ、「開かずの扉」の“開閉係”を命じた。34歳の寺田は64歳の菅と親子ほど年が離れているせいか、腹も立たない。腰が軽く頭の回転が早いところも気に入っているようで妻・伸子と並ぶ「精神安定剤」となっている。

(3/7ページ)
 もう1人、頻繁に首相と会っている男がいる。内閣情報官・植松信一。官邸の裏通路を使い首相執務室に出入りするので新聞などの「首相動静」に載ることはないが、週に2~3回は報告に入っているという。

 植松の報告で菅がもっとも神経をとがらせているのは政界の「菅降ろし」の動き。次に気になるのは内外メディアが自らをどう報じているかだという。

 ある官僚は執務室に山積された新聞や雑誌の切り抜きを見て愕(がく)然(ぜん)とした。記者団のぶら下がり取材に応じないどころか、災害対策基本法に基づく中央防災会議さえ開こうとせず、執務室に籠もって一人で新聞や雑誌を読みふけっていたとは…。そこに未曽有の国難にどう立ち向かおうかという発想はない。

「現場見てないだろ」

 「どんなことがあっても原発の異常を食い止めるんだ。みんな覚悟はできているだろうな!」

 3月11日午後4時25分すぎ。東電福島第1原発の異常を伝え聞いた菅は、首相官邸地階の危機管理センターから執務室に移ると、官房長官・枝野幸男ら官邸スタッフを前にこう命じた。鬼のような形相に一人はこう感じた。「死者が出ることを覚悟しているな…」

 東工大応用物理学科卒で「ものすごく原子力に強い」と自負する菅はさっそく執務室にホワイトボードを持ち込み、原子炉の格納容器への海水注入などを次々に指示。午後10時に経済産業省原子力安全・保安院から炉心溶融の可能性を指摘されると菅は12日午前1時半に炉内の蒸気を排出するベントを急ぐよう指示した。

(4/7ページ)
 ところが、東電の反応は鈍かった。しびれを切らした菅は午前6時14分、陸上自衛隊のヘリに乗り込み第1原発の視察を強行。「こっちは人命を考えてやっているんだ。早め早めにやらなきゃダメだ」と東電副社長・武藤栄に詰め寄った。

 「東電の見通しは甘い。どうなってるんだ!」

 菅の意気込みはますます空回りし、秘書官らに当たり散らした。保安院幹部らの説明にも「お前たちは現場を見てないだろ!」。面識もない官僚に突然電話で指示を出し「何かあったらお前らのせいだぞ」と責任をなすりつけた。

 そして東電が第1原発からの撤退を検討していることを聞きつけると15日午前4時15分、東電社長の清水正孝を官邸に呼びつけた。

 菅「清水さんだったらどうしますか?」

 清水「残ります…」

(5/7ページ)
 菅は言質を取ったとばかりに5時35分に東京・内幸町の東電本社に乗り込み、「撤退などありえない。撤退したら東電は百パーセント潰れる」と恫(どう)喝(かつ)した。

 感情まかせの行動にしか見えないが、菅は「原発問題は官邸主導でやれる」と確信したようだ。政府と東電の統合連絡本部を設け、東電本店に経産相・海江田万里と首相補佐官・細野豪志を常駐させた。主要官庁の閣僚不在により政府機能はますます失われた。

説明に逆ギレ

 「助けてくれないか!」

 3月16日夜、元防衛政務官、長島昭久の携帯電話に細野の悲痛な声が響いた。

 長島「何を?」

 細野「『何を』なんて次元じゃないんですよ…」

 菅は自衛隊にヘリからの放水を指示したが、自衛隊は放射線量を気にしてなかなか応じない。地上からの放水のオペレーションも自衛隊、警察、消防の調整がつかないという。

 その間も菅からは「早く放水させろ」と矢のような催促が続き、細野はすっかり参っていた。

 原子力災害対策特別措置法を適用すれば、首相はいろいろな指示が出せる-。これを説明すべく2人は17日に菅と面会した。

(6/7ページ)
 「指示はとっくに出した。なぜ進まないんだ!」

 菅は逆ギレした。ところが菅の「指示」とは口頭で個別の官僚に命じただけ。これでは官僚組織は動かない。長島らは慌てて指揮系統を自衛隊に一元化させる関係閣僚への「指示書」を作成させた。これがその後の放水作業につながった。

 それでも菅は納得しなかった。18日に官邸を訪ねた元連合会長で内閣特別顧問・笹森清にこんな不満を漏らしている。

 「現場の意思疎通がうまくいっていないんだ…」

「セカンドオピニオン」

 菅の官僚機構と東電への不信は深まるばかり。東工大教授で原子炉工学研究所長の有富正憲らを次々と内閣官房参与として官邸に迎えたことは証左だといえる。

 その数はすでに6人。「セカンドオピニオン」を背後に付け、菅はますます高飛車になった。東京電力や原子力安全・保安院などが自らの指示に抵抗すると「俺の知ってる東工大の先生と議論してからこい」と言い放った。

 ところが、3月末になると菅はすっかり淡泊になった。細野が日課となった東電福島第1原発の状況を報告しても「そうかあ…」「それでいい」-。どうやら事態の長期化が避けられないことを悟り、気合を持続できなくなったようだ。

 菅は4月1日の記者会見で「専門家の力を総結集しているが、まだ十分安定化したというところまでは立ち至っておりません」と長期化をあっさり認めた。

 淡泊になったのは理由がある。東日本大震災の発生後、菅の頭は原発でいっぱいだったが、ようやくガソリンや物資供給など被災者支援が後手に回っていたことに気づいたようだ。

(7/7ページ)
政務3役も無言

 実は首相官邸の指示がなくても各省庁は阪神・淡路大震災を先例にさまざまな被災者支援や復旧策をひそかに準備していた。ところが政務三役の「政治主導」が障害となった。

 ある局長級官僚は「官邸も動かないが、政務三役も何も言ってこない」といらだちを隠さない。民主党政権になり政務三役に無断で仕事をやってはいけないという「不文律」ができた。「勝手なことをやりやがって」と叱責されるのを覚悟の上で官僚機構は黙々と対策を練ったが、実行のめどは立たない。政治不在がいかに恐ろしいか。官僚らは思い知った。   

自衛隊に多大な負担

 自衛隊も官邸の機能不全の被害者だといえる。

 「遺体の搬送や埋葬まで自衛隊が背負わされているんだぞ!」

 3月23日、防衛相・北沢俊美は厚生労働省に怒鳴り込んだ。自衛隊の本来任務は行方不明者の捜索だが、遺体を発見すれば市町村に渡す。ところが市町村は被災で動けず葬儀業者も見つからない。やむなく遺体安置所から埋葬地までの遺体搬送や埋葬までも自衛隊が請け負った。救援物資輸送やがれき撤去などの任務にも影響が及んでいた。

 北沢は3月18日に枝野に調整を求めたが、官邸の最終的な返答は「関係省庁でよく協議してほしい」。そこで北沢は埋葬を所管する厚労省との直談判を試みたのだ。

 厚労相・細川律夫も「確かに自衛隊ばかりにお願いするわけにはいかないな」と応じ「官邸抜き」の調整が始まった。結局、事務レベルの関係省庁連絡会議が開かれたのは4月1日。運輸行政を担う国土交通省の協力を得て民間業者による遺体搬送態勢が整ったのは4月5日だった。

 「政治家だけじゃなくてあらゆる者を総動員させるべきだ。要は役人をどう使うかなんだ」

 国民新党代表・亀井静香は2日、こう忠告したが、菅はのんきに返答した。

 「まあ役人を使えるのは一に亀井さん、二に私、三に仙谷さんだな…」(敬称略)

 

【大震災特別連載】
官邸機能せず(中)「現場主義」で3度目の視察 巻き返し狙う首相 官邸は「仙谷邸」化
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110411/plc11041101530000-n1.htm

菅直人首相(写真中央)が大津波におそわれた宮城県石巻市を視察。石巻市魚町の被災現場を視察した=10日午前、宮城県石巻市(大西史朗撮影)

 「自然災害に強い町、1次産業に根差す町、弱者に優しい町に再生したい」

 「いくつかの漁港を重点的に整備する必要がある」

 「仮設住宅は7万戸を当面の目標に進めたい」

 首相・菅直人は10日、東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県石巻市を視察し、行く先々で復興支援を約束して回った。

 避難所の石巻商業高校では女性らの前にひざまずき「つらいでしょうね。今何が一番必要ですか」。がれき撤去現場では自衛隊員らを「最高指揮官として誇りに思う」とねぎらった。地元FM放送にも出演し「元気よく復興への道を歩んでほしい」と呼び掛けた。

 日米共同調整所がある陸自東北方面総監部(仙台市)にも立ち寄り、米軍関係者に「トモダチ作戦は日米関係を強めた。一生忘れない」と謝意を表した。

 菅の被災地視察は実に3回目。「現場主義」を掲げるだけに面目躍如といったところか。久々に記者団のぶら下がり取材にも応じ「復興には相当の力が必要だ。新たな未来へのスタートだ」と決意を示した。

 11日には有識者らを集めた復興構想会議を発足させる。これに先立ち視察すれば指導力を示す絶好の機会となると考えたようだ。

 だが、意気込みと裏腹に被災者の目は冷ややかだった。菅に握手された漁師の男性は「がんばってくださいしか言えないのか…」。

 その陰で復興計画は官房副長官として首相官邸に復帰した民主党代表代行・仙谷由人の下で着々と進む。2人の亀裂は刻一刻と広がっている。

(2/4ページ)
 「震災対応について大所高所からぜひお話をうかがいたいんです」

 3月25日午前、首相・菅直人は電話口でこう頼み込んだ。相手は村山富市内閣の官房副長官として阪神・淡路大震災の対応に当たった石原信雄だった。会談はこの日午後に実現し、菅は半時間にわたり石原の話に耳を傾けた。

 東日本大震災発生後、菅は東京電力福島第1原子力発電所事故の対応で頭がいっぱいとなり、被災者支援は後手に回った。

 だが、原発問題の長期化は避けられず、被災地ではガソリン不足さえも解消できない。被災者の困惑は政府への怒りと変わりつつある。被災地支援で指導力を発揮しなければ政権を維持できない。菅はそう考えたようだ。

 「官僚が動こうにも官邸が機能不全で動けない」。こんな批判は石原の耳にも届いていたが、石原はあえて触れず、党代表代行・仙谷由人の官房副長官への起用をほめちぎった。

 「仙谷さんを災害対策に当たらせたのはよかったですね。特に事務次官を集めた連絡会議を作ったことの意義は大きいですよ」

 菅は不愉快そうな顔つきに変わったが、ある提案に大きくうなずいた。

 「復興政策を一元化する復興院などを作っても二度手間となる。対策本部で方針を決めたら直ちに各省庁が動く体制を作った方がよいのではないですか」

   × × ×

 大震災発生から6日後の3月17日、「原発問題に専念したい」と考えた菅は、被災者対策の要として仙谷を官房副長官に迎えた。

(3/4ページ)
 仙谷を全面的に信用しているわけではない。しかも仙谷は参院で問責決議を受け、1月の内閣改造で外れたばかり。それでもその手腕を借りざるを得なかった。「仙谷を野放しにしたらわが身が危ない」との思いもあったかもしれない。

 官邸復帰後の仙谷の動きは素早かった。「乱暴副長官になる」と宣言すると直ちに被災者生活支援特別対策本部を設け、本部長代理に就任した。3月20日に各府省の事務次官たちを招集し、こう鼓舞した。

 「カネと法律は後ろからついてくる。省庁の壁を破って何でもやってくれ!」

 菅の癇癪(かんしゃく)と無軌道な指示に幻滅していた官僚にとって仙谷は「救世主」に映った。事務担当官房副長官・滝野欣弥は仙谷と共同歩調を取り、省庁幹部はこぞって「仙谷詣で」を始めた。

 仙谷はすでに復興ビジョンも描き始めている。実動部隊として元官房副長官の古川元久らによる「チーム仙谷」を編成。週に数回、仙谷の執務室で策を練る。仙谷はこう力説した。

 「天国は要らない。ふるさとが要るんだ。造るのはふるさとなんだ!」

   × × ×

 官邸の雰囲気は一変した。仙谷が官房長官時代に起用した秘書官らはひそかに仙谷の元に戻ってきた。前国土交通相・馬淵澄夫や衆院議員・辻元清美の首相補佐官起用は仙谷の意向をくんだ人事だとされる。

 何より官房長官・枝野幸男は仙谷の弟分である。あっという間に、あらゆる案件を仙谷が差配する体制ができあがり、官邸は「仙谷邸」と化した。

(4/4ページ)
 仙谷の相談役である内閣官房参与の評論家・松本健一はこう打ち明ける。

 「仙谷さんは『復興庁』を置き、自らが復興担当相になろうとしている」

 もしかすると仙谷はある人物に自らを重ねているのかもしれない。関東大震災後に内相兼帝都復興院総裁として復興の礎を築いた後藤新平である。

   × × ×

 自ら招いたとはいえ、「陰の首相」の復活は、菅には面白くなかったに違いない。さっそく巻き返しに動いた。

 「山を削り高台に住居を置き漁港まで通勤する。バイオマスによる地域暖房を完備したエコタウンをつくる。世界のモデルになる町づくりを目指したい」

 菅は4月1日の記者会見で唐突に復興構想会議の創設を表明し、自らの復興ビジョンをぶち上げた。これは復興院構想の否定に等しい。石原からヒントを得て仙谷主導の復興を阻止しようと考えたに違いない。

 はしごを外された仙谷は周囲に不満を漏らした。

 「復興構想会議の具体的な話は一切なかった。俺は首相に外されている…」

 それでも仙谷は「今は我慢の時だ」と考えたようだ。政務三役や官僚が復興策を持ちかけると仙谷はこう戒めるようになった。

 「ここまでやったら首相が怒るぞ。待っておけ…」

 待ったら何が起こるのか。少なくとも仙谷は次の布石を打ち始めたことだけは間違いない。(敬称略)

 

【官邸機能せず】
(下)その1 地方選惨敗もどこ吹く風 首相「まさかの友は真の友」
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110412/plc11041200230000-n1.htm
2011.4.12 00:20

 4月11日午後2時46分。1カ月前の同時刻に東日本を大地震が襲った。

 首相官邸4階の大会議では第15回緊急災害対策本部に先立ち、大型液晶画面に表示されたデジタル時計が時を刻んだ。

 ピッ、ピッ、ピーン…。

 時報に合わせて首相・菅直人や閣僚ら約80人は一斉に頭を垂れた。

 「最愛の家族を失い、最愛のふるさとが被災したみなさんにお悔やみとお見舞いを申し上げたい。新たな日本を作り出すため、私も先頭にたって全力で頑張り抜く覚悟であります」

 菅はこう力を込めた。

 海外の被災者支援への感謝のメッセージも披露された。表題は「絆」。菅は「日本新生への道を歩み、国際貢献の形で恩返ししたい」と訴え、意外な言葉で締めくくった。

 「まさかの友は真の友」

   × × ×

 10日の統一地方選前半戦で民主党は惨敗した。昨夏の参院選後、連敗続きの菅政権はいよいよ追い詰められた感があるが、菅の頭に「退陣」の2文字はない。

 官房長官・枝野幸男は記者会見でこう強弁した。

 「民主主義のルールに基づき首相は職責を与えられた。内閣はその職責を果たしていくことに全力をあげるのがまさに筋だ」

 民主党幹事長・岡田克也は党務委員長会議で珍妙な論理を繰り広げた。「負けは負けとしても公認・推薦の数え方の基準を作った方がよい」。公認候補だけでなく推薦した無所属候補も当選に数えれば、負けが薄まるというわけだ。

 これには出席者もあきれた。41道府県議選で一つも第一党を取れず、岡田のお膝元・三重県知事選も惜敗した。勝数の勘定方法を変更しても負けに変わりない。さすがに国民運動委員長・渡辺周がかみついた。

 「この1年半何をやったのかと言われている。政権のレーゾンデートル(存在理由)を示さなければならないのではないか」

   × × ×

 それでも岡田は諦めきれず記者会見で「公認候補の当選は12増」「三重県議選は全員当選」など“言い訳”を重ね、進退を問われるとこう言い放った。

 「責任は感じているが、辞めるのとは違う。何かあると『責任を取れ』という議論は生産的ではない」

 党内には諦めムードが蔓(まん)延(えん)する。党役員会で出席者が「後半戦に向けメッセージを打ち出すべきだ」と訴えると参院議員会長・輿石東は冷ややかに言った。

 「それはそうだが、どんな政策を訴えるんだ?」

(敬称略)

 

【官邸機能せず】
(下)その2 混迷する大連立構想 「菅降ろし」の首謀者は? 交錯する思惑
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110412/plc11041200250001-n1.htm
2011.4.12 00:24

 「大震災で政局がすっ飛んだと喜んだらダメだ。うまくやらないと絶体絶命になる。野党は『次の首相ならば協力できる』と言ってあんたを追い込むぞ!」

 3月11日の東日本大震災発生を受け、与野党が「政治休戦」で合意してほどなく、国民新党代表・亀井静香は首相・菅直人に電話でこう忠告した。

 だが、東電福島第1原発の事故対応に追われていた菅にまともに聞く余裕はなく「亀井さんは未来が分かるんですか?」とぞんざいに応じた。

 亀井も菅の多忙は百も承知だ。それでも電話したのは、民主党で「ポスト菅」の動きが本格化しており、その中心にいるのが党代表代行の仙谷由人だと伝え聞いたからだ。

 亀井は菅を評価しているわけではない。むしろその逆だ。郵政改革法案に冷淡だし、財政規律を重視する与謝野馨の経済財政担当相への起用も許せない。

 それでも仙谷の動きは看過できない。しかも仙谷の念頭にある次期首相は「原理主義」とされる民主党幹事長・岡田克也だと聞く。このまま菅が追い込まれれば、国民新党も「お払い箱」になりかねない。

 そう考えての忠告だったが、菅がその重要性に気づくのはしばらく後だった。

   × × ×

 仙谷は1月の内閣改造で官房長官を降りると自民党副総裁・大島理森に急接近した。「裏方」「強(こわ)面(もて)」「人情家」-。共通点の多い2人は意気投合し、酒を酌み交わしながら民主、自民両党の大連立を模索するようになった。

 ただ、自民党は民主党政権と徹底抗戦してきただけに大義名分もなく大連立を組めば「無節操」とのそしりは免れない。大島はきっぱりと言った。

 「首相が菅のままではとても協力できない…」

 そんな押し問答が続く中、仙谷は3月17日に官房副長官として首相官邸に復帰した。かねて民主党が掲げる「政治主導」に限界を感じていたが、震災後の官邸の機能不全に愕(がく)然(ぜん)とした。「官僚を使いこなし、復興をやり遂げるにはやはり自民党と組むしかない。そのためには…」

   × × ×

 市民活動家出身で政界にコネはない。自分勝手で癇(かん)癪(しゃく)持ち。信望も薄い。そんな菅が首相の座に上りつめることができたのは特異な「嗅覚」を持つからだ。不穏な空気を感じ取った菅は機先を制する動きに出た。自民党総裁・谷垣禎一との直談判である。

 3月19日、菅は谷垣に電話で「2人だけで会いたい」と持ちかけ副総理兼震災復興担当相での入閣を打診した。「2人」にこだわったのは仙谷に動きを悟られたくなかったからだろう。最後は谷垣の優柔不断な応対に逆上してしまい破談となったが、菅はそう簡単にはあきらめない。

 「実践的で中身のある提案をいただき感謝します」

 3月30日、谷垣らが官邸を訪ね、復旧・復興に関する提言を渡すと菅はいつになくへりくだった。同時に自民党との窓口役に岡田を指名し、閣僚増員でも協力をとりつけようとした。

 それでも谷垣は慎重姿勢を崩さない。大連立をめぐり党内の意見は割れており、無理にかじを切ると自らが引きずり降ろされかねないからだ。

 しびれを切らした菅は4月7日、官房長官・枝野幸男らを自民党本部に遣わした。政調会長・石破茂は「震災に与党も野党もないでしょ」と丁重に対応したが、枝野らが去ると胸をなで下ろした。

 「ここに菅さんが来て『協議をよろしくお願いします』なんて言ったら大変なことになったな…」

   × × ×

 民主党も一枚岩ではない。元代表・小沢一郎に近い勢力は菅を即刻退陣させたいが、仙谷とは距離を置く。仙谷の「菅降ろし」の先に「小沢外し」が透けてみえるからだ。

 さまざまな思惑が複雑に絡み合う上、有力な「ポスト菅」も見あたらない。自民党のような派閥がないため「数合わせ」もはっきりしない。仙谷とて党内を掌握するすべはない。これが大連立が浮き沈みを続ける要因となっている。

 首相補佐官・藤井裕久は菅をこう諭した。

 「民主党にも自民党にも政局屋はいる。批判されるのは仕方がないが、ここで辞めると政局になる」

 菅は「わかっています」とサラリと応じた。辞める気はさらさらないようにみえる。大島はあきらめ顔で周辺にこうこぼした。

 「仙谷は『結婚しよう』と迫ってくるくせに新居がないどころか、『イエス・ノー枕』さえ用意していないんじゃ!」

 震災から1カ月。福島第1原発の放射能漏れは続き、被災地復旧のめども立たない。政界はいつまで我欲に満ちた権力闘争を続けるつもりなのか。(敬称略)

     ◇

 この企画は今堀守通、水内茂幸、斉藤太郎、杉本康士、村上智博が担当しました。

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※参考:オープン・ソース・インテリジェンス(Wikipediaより)

オープン・ソース・インテリジェンスまたはOSINTとは、公開情報(オープン・ソース:一般公開され利用可能な情報源)から収集された情報を元にする、(機密)情報収集の専門領域を指す。

概説

“合法的に入手出来る資料”を“合法的に調べ突き合わせる”手法で、情報源は政府の公式発表(プレスリリース)、マスメディ アによる報道、インターネット、書籍、電話帳、科学誌その他を含む。具体的には、対象国の軍の編制を割り出すために、対象国の新聞社交欄、ニュースの断 片、高級将校の異動発令などを丹念に集積し、分析するといった手法である。

細かいデータを少しずつ集めて分析するだけでも、相当な精度の情報が得られることがある。媒体入手・分析は駐在国公館で行なわれる事が多い。ラジオ放送は自国領内で受信する。

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※原発関連で3冊:

知事抹殺 つくられた福島県汚職事件 佐藤 栄佐久 (著)

原子炉時限爆弾 広瀬 隆 (著)

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ 小出 裕章 (著)

 

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2011年4月29日 (金)

福島原発事故、小出裕章先生(京都大学原子炉実験所)に聞く、MBS毎日放送ラジオ。(3月25日~4月28日)

福島原発事故、小出裕章先生(京都大学原子炉実験所)に聞く、MBS毎日放送ラジオ。(3月25日~4月28日)

ラジオニュース「たねまきジャーナル」(大阪MBS毎日放送ラジオ)
http://www.mbs1179.com/tane/

毎週月曜〜金曜、夜9:00〜10:00

 

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小出裕章 (京大助教) 非公式まとめ

 

【福島原発】4/28/木★1.一刻も早く汚染水の処理を 2.汚染物の墓場 1/2
by nyugankenshin
http://www.youtube.com/watch?v=uRQk5u7skQE

【福島原発】4/28/木★1.一刻も早く汚染水の処理を 2.汚染物の墓場 2/2
http://www.youtube.com/watch?v=L-SGhapfE2w

 

【福島原発】4/27/水★1.内部被爆について2.1号機も高濃度汚染 1/2
http://www.youtube.com/watch?v=A51KhJKncmY

【福島原発】4/27/水★1.内部被爆について2.1号機も高濃度汚染 2/2
http://www.youtube.com/watch?v=DQH_4wtGXuk

 

【福島原発】4/26/火★1-土壌汚染について 2-4号機 地下汚染水濃度高まる 1/2
http://www.youtube.com/watch?v=YtQxe42PD-E

【福島原発】4/26/火★1-土壌汚染について 2-4号機 地下汚染水濃度高まる 2/2
http://www.youtube.com/watch?v=3vH0ET3tcW8

 

【福島原発】4/25/月★1情報公開について 2水棺には疑問 1/2
http://www.youtube.com/watch?v=5njYr0mk3Po

【福島原発】4/25/月★1情報公開について 2水棺には疑問 2/2
http://www.youtube.com/watch?v=BIWthm8Asd4

 

【福島原発】4/21/木★1.東電「クロル38検出は間違えでした」2.海洋汚染 1/2
http://www.youtube.com/watch?v=hEpLyuU_jPs

【福島原発】/4/21/木★1東電「クロル38検出は間違えでした」2海洋汚染 2/2
http://www.youtube.com/watch?v=ILpewYlSlME

 

【福島原発】2011/4/20/水★1.計画的避難区域-2.再び水素爆発の恐れは?
http://www.youtube.com/watch?v=VgKcXihGcKs

 

【福島原発】2011/4/19/火★1.作業員からも工程表に疑問-2.Meltdownとは 1/2
http://www.youtube.com/watch?v=asrdKaAP1Rg

【福島原発】2011/4/19/火★1.作業員からも工程表に疑問-2.Meltdownとは 2/2
http://www.youtube.com/watch?v=47dJI69Yuhc

 

【福島原発】2011/4/18/月★東電の工程表について 1/2
http://www.youtube.com/watch?v=DN-jfR0iI3o

【福島原発】2011/4/18/月★東電の工程表について 2/2
http://www.youtube.com/watch?v=ZozryTqb9Y0

 

【福島原発】2011/4/14/木★汚染水の循環と被曝限度量の基準について 1/2
http://www.youtube.com/watch?v=yEkI-jUGHmE

【福島原発】2011/4/14/木★汚染水の循環と被曝限度量の基準について 2/2
http://www.youtube.com/watch?v=e0W1bUENhfo

 

【福島原発】2011/4/13/水★新たに心配4号機とストロンチウム90とは 1/2
http://www.youtube.com/watch?v=Ln4pi44NYgs

【福島原発】2011/4/13/水★新たに心配4号機とストロンチウム90とは、2/2
http://www.youtube.com/watch?v=FvuNK6paInY

 

【福島原発】2011/4/12/火★最悪の「レベル7」引き上げの意味
http://www.youtube.com/watch?v=ruTVbPCGAxw

 

【福島原発】2011/4/11/月★小出先生からの提案 1/2
http://www.youtube.com/watch?v=UnEguuI8nns

【福島原発】2011/4/11/月★小出先生からの提案 2/2
http://www.youtube.com/watch?v=4CR6KSzVqwI

 

【福島原発】2011/4/8/金★昨夜の余震について 1/2
http://www.youtube.com/watch?v=SHRbpRH22ek

【福島原発】2011/4/8/金★昨夜の余震について 2/2
http://www.youtube.com/watch?v=XJjoOPAkTbw

 

【福島原発】2011/4/7/木★窒素注入について 1/2
http://www.youtube.com/watch?v=HlWPaWdnypo

【福島原発】2011/4/7/木★窒素注入について 2/2
http://www.youtube.com/watch?v=ZszWo318fNw

 

【福島原発】2011/4/6/水★昨日の懸念(再臨界)について質問⇒東電の答え 1/2
http://www.youtube.com/watch?v=eOc_QKikzJE

【福島原発】2011/4/6/水★昨日の懸念(再臨界)について質問⇒東電の答え 2/2
http://www.youtube.com/watch?v=fqPsqbED0f8

 

【福島原発】2011/4/5/火★再臨界してるんじゃないのか!? 1/2再Up
http://www.youtube.com/watch?v=AtictgZCBro

【福島原発】2011/4/5/火★再臨界してるんじゃないのか!? 2/2
http://www.youtube.com/watch?v=hiK0dXsENkY

 

【福島原発】2011/3/30/水★今後の作業について
http://www.youtube.com/watch?v=1bKJwIJTSIQ

 

【福島原発】2011/3/29/火★この危機をどう乗り切るか 1/2
http://www.youtube.com/watch?v=BitU-TvVH44

【福島原発】2011/3/29/火★この危機をどう乗り切るか 2/2
http://www.youtube.com/watch?v=dtC7tgL6Phw

 

【福島原発】2011/3/25/金★作業員の被爆について
http://www.youtube.com/watch?v=js0MHm4wxVs

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知事抹殺 つくられた福島県汚職事件 佐藤 栄佐久 (著)

原子炉時限爆弾 広瀬 隆 (著)

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ 小出 裕章 (著)

 

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2011年4月分、東京新聞「こちら特報部」のリストです。

 2011年4月分、東京新聞「こちら特報部」の全記事リストです。「こちら特報部」のWeb記事は他の記事とは違い、リード部分の紹介と最後に【こちらは記事の前文です】と購読の案内が来るスタイルです。

 以前から、東京新聞は原発関連は勿論のこと、他の問題でも大手紙よりも頑張っていると注目していました。あとで「特報部」関連で何か調べる時の自分用のメモエントリーです。(2011年3・11発災月からアップ)※

※なお、テキスト公開が確認出来た最初の「こちら特報部」は2001.04.23ので、テキスト公開が確認出来た最後のは2007.03.24のです。

 

<新日本原発紀行> 伊方(愛媛)編  南海日日新聞 批判ぶれぬペン
2011年4月30日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011043002000058.html

 原発事故は福島第一だけの惨事とは限らない。この狭い日本列島には、ほかにも五十基近くの商業炉が立っている。残念でも恐ろしくても、それが現在の日本の姿だ。暴走すれば地域社会を滅ぼし、子々孫々に禍根を残す危険な装置は、なぜ増殖したのか。二度と悲惨な事故を繰り返さないための手だてはあるか。答えを探して全国を巡った。

 

福島の「後輩」案じる元被ばく作業員
2011年4月29日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011042902000060.html

 東京電力福島第一原発の復旧作業で、規制値を超える作業員の被ばく事故が相次いでいる。そもそも規制値自体が「事故収束」優先で、緩められる一方だ。発表された事故は氷山の一角という指摘もある。かつて原発で孫請け作業員として働いて、被ばくした福岡市の梅田隆亮さん(76)は労災認定の厚い壁をたたき続けている。いま、自らの体験に重ねて、福島の「後輩」たちの身を案じている。 (中山洋子、佐藤圭)

 

「菅降ろし」「倒閣」 なぜ国難のいま
2011年4月28日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011042802000057.html

 東日本大震災や原発事故、風評被害に国民が立ち向かっている時に、国会では与野党それぞれに菅直人首相の退陣を求める動きが活発化している。震災や原発事故の初動対応の不手際に加え、統一地方選で敗北した責任を問うものだ。それにしても一致団結、呉越同舟で国難にあたるべき政治家たちが、なぜいま「菅降ろし」や「倒閣」に拍車をかけるのか。その“怪現象”を追った。 (篠ケ瀬祐司、出田阿生、秦淳哉)

 

自粛ムードを吹き飛ばし さあ、行楽へ出かけよう
2011年4月27日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011042702000032.html

 ゴールデンウイーク(GW)は目前。しかし東日本大震災や福島原発事故の余波で観光地の客離れは深刻だ。必死の集客作戦を展開する関係者の顔には悲壮感さえにじんでいる。復興は人が日常を取り戻すことから始まる。いたずらに罪作りな自粛ムードはそろそろ吹き飛ばした方がいいのではないか。そこで本日は「さあ、行楽へ出かけよう」−。 (出田阿生、中山洋子)

 

原発賠償案、東電に大甘 ツケは国民に
2011年4月26日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011042602000039.html

 数兆円に及ぶとみられる福島第一原発事故の被害者賠償金。政府は「原発賠償機構(仮称)」を新設して資金を調達し、東京電力の「利益」から長期返済させる枠組みを検討中だ。しかし、この東電存続案は金融機関や株主、経済産業省が原発推進を支えた責任までもあいまいにする一方、そのツケは電気料金の大幅値上げという形で国民に回されかねない。賠償枠組みの前提条件とは何か。 (佐藤圭、篠ケ瀬祐司)

 

福島県矢祭町で28年ぶりに町長選 住基ネットに審判
2011年4月25日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011042502000099.html

 住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)に接続していない福島県矢祭町で24日、28年ぶりに町長選が実施された。非接続を訴える現職が僅差で、接続派の元町議を退けた。町民にとっては、初の判断にのぞんだ機会だった。一方で、同町は東京電力福島第一原子力発電所から南西約80キロに位置し、農畜産物の風評被害に直面している。投票率は87.23%。高い関心の裏にどんな思いがあったのか。(篠ケ瀬祐司)

 

脱原発 河野太郎氏に聞く
2011年4月24日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011042402000016.html

 政権与党時代、長らく原発を推進してきた自民党。その中にあっても、河野太郎衆院議員は国の原子力政策を批判し続けてきたが、軌道修正することはできなかった。福島第一原発事故では、政府や東京電力の対応を舌鋒(ぜっぽう)鋭く攻撃する。反省の色が見えない自民党に対しても容赦ない。海外メディアも注目する「河野節」を聞きに行った。 (佐藤圭、出田阿生)

 

映画監督が見たフクシマ
2011年4月23日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011042302000074.html

 福島第一原発から半径20キロ圏内が、立ち入り禁止の「警戒区域」に指定された。放射能に故郷を追われ、漂流する人々は、どんな思いを抱いているのか。住民の一時帰宅に同行するなど取材を続けてきたドキュメンタリー映画監督・海南(かな)友子さん(40)が見た「フクシマ」の今とは−。 (文化部・岩岡千景)

 

使用済み核燃料どうする 行き場ない「原発のごみ」
2011年4月22日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011042202000049.html

 福島第一原発の事故では、発電を終えた核燃料が敷地内に置かれている危険性を知った。使用済み核燃料は青森県六ケ所村の再処理工場の貯蔵施設で受け入れているが満杯に近く、各原発内の貯蔵プールなども余裕がなくなりつつある。一方、この燃料を再びエネルギー源として使う核燃料サイクルは実現していない。同じ下北半島に建設中の中間貯蔵施設の現場を歩き、原子力政策の限度を考えた。 (篠ケ瀬祐司、小国智宏)

 

震災で弾みつけるサイバー犯罪法案 通信の秘密危機
2011年4月21日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011042102000088.html

 先月十一日。東日本大震災が発生する直前に「サイバー犯罪法案」(別称・コンピューター監視法案)と総称される刑法などの改正法案が閣議決定された。法案には、憲法が守る「通信の秘密」を侵しかねない内容が含まれている。十分な論議が必要なはずだが、今月一日には原発事故に世間が騒然とする中、国会に上程されてしまった。震災がらみのネット上でのデマ騒動も、法案を後押ししているように映る。 (中山洋子)

 

原発の今後に世論温度差 事故後も多い容認派
2011年4月20日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011042002000065.html

 東京電力福島第一原発事故で深刻な放射能漏れが続いている。電力供給の約三割を原発が担う日本のエネルギー政策について、いまこそ決断の時だろう。“地震大国”だけに、不便を覚悟して脱原発へかじを切るのか、次の原発事故におびえつつ共存するのか−。実は世論調査では、原発の今後について「廃止・減らす」よりも「増設・現状維持」との回答が多い。識者十人に調査結果やエネルギー政策のあり方を聞いた。 (篠ケ瀬祐司、秦淳哉)

 

放射能の拡散予測を公開せず
2011年4月19日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011041902000068.html

 今なお深刻な放射能漏れが続く福島第一原発。菅直人政権は、東京電力に事故収束シナリオの提示を促したり、枝野幸男官房長官らを現地に派遣するなど“指導力”の演出に躍起だが、周辺住民の不満は解消されていない。その背景にあるのは圧倒的な情報不足だ。政府は、放射性物質の拡散予測情報を握っているにもかかわらず、国民にほとんど知らせていない。 (佐藤圭)

 

社屋倒壊の気仙沼「男山本店」 もろみ生きていた、新酒仕込み 全国へ
2011年4月18日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011041802000083.html

 酒造りの最中に東日本大震災に見舞われた蔵元は多い。宮城県気仙沼市の老舗「男山本店」もその一つだ。幸い清酒になる前の「もろみ」のタンクが生き残り、新酒を完成させ、営業を再開した。その喜びの半面、被災の影響で出荷もままならぬ厳しい現実に直面する。「気仙沼復興の希望になりたい」との思いを支えに、綱渡りで操業を続ける酒蔵を訪ねた。 (出田阿生)

 

日本人の力信じる 原発で緊密な情報交換を 権哲賢・韓国大使に聞く
2011年4月17日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011041702000046.html

 東日本大震災は国際社会にも大きな衝撃を与えた。とりわけ、隣国の韓国では、東京電力福島第一原発事故による放射性物質の拡散に強い関心を寄せている。震災から一カ月余。隣国は大震災とその後の日本をどうみているのか。韓国の権哲賢(クォンチョルヒョン)駐日大使に聞いた。 (篠ケ瀬祐司)

 

復元用スレート 津波で散乱 被災「東京駅の屋根」救え
2011年4月16日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011041602000048.html

 来春完成を目指し、戦前の姿へ復元工事中の国指定重要文化財「東京駅丸の内駅舎」。その屋根に使う宮城県産の天然スレートが、東日本大震災の津波にのみ込まれて散乱した。屋根の修復に携わる同県石巻市の職人たちは、自宅や会社を流されながら、汚泥とがれきの中から必死にスレートを拾い集めた。被災で契約解除の危機に直面したが、職人たちの気概に応えようと支援の輪が広がり、JR東日本も前向きに検討を始めた。 (出田阿生、社会部・井上圭子)

 

原子力規制機関の「無責任」の罪
2011年4月15日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011041502000051.html

 福島第一原発の事故は出口が見えず、国際原子力機関(IAEA)が定義する「過酷事故(シビアアクシデント)」の域に達している。同機関は、過酷事故の対策や管理を各国の原子力規制機関に求めているが、実は日本の内閣府・原子力安全委員会は、この重要な役目を電力会社に委ねている。「安全神話」を守るのが理由ともいわれ、その結果、暴れる原子炉は鎮まらない−。 (篠ケ瀬祐司、秦淳哉)

 

福島原発の実態 元技術者が語る ずさんな建設現場 被ばく労働あった
2011年4月14日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011041402000051.html

 原子炉格納容器の鉄板が作業員の立ち小便で腐食する。補修工事では、放射能まみれの原子炉内壁を人が水洗い−。「原発が最先端の技術で造られているというのは真っ赤なウソ」。かつて東京電力福島第一原発6号機などの建設に携わった元技術者の菊地洋一氏(69)=宮崎県串間市在住=は今、「反原発」行脚を続けている。現場にいた技術者でなければ知り得ない驚くべき実態を語った。(佐藤圭)

 

東電の大株主は東京都 大株主の都 だんまり
2011年4月13日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011041302000040.html

 原発事故の深刻度を示す国際評価尺度で、最悪のレベル7に引き上げられた東京電力福島第一原発の事故。株式市場では東電株の暴落が続いているが、東京都が大株主であることはあまり知られていない。つまり、都民は間接的な株主であるわけだ。都はこれまで「物言わぬ株主」だった。だが、今回の事故後もそれでよいのか。国有化もささやかれる中、株主である都のとるべき対応を考えた。 (秦淳哉)

 

東日本大震災 なお不明多数
2011年4月12日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011041202000063.html

 二万七千人を超える犠牲者を出した東日本大震災。発生から一カ月が過ぎても、行方不明者数が死者数より多い事態が続いている。津波にさらわれ、行方が分からなくなった人たち−。大勢の被災者が避難生活を送りながら、いまも家族や恋人、知人らの行方を捜している。「復興」や「再出発」という言葉は、不明者捜索の現場に立つと、遠くにあるように感じる。 (出田阿生)

 

脱原発か共存か 福井知事選 揺れた有権者
2011年4月11日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011041102000072.html

 国内最多の原子力発電所13基が稼働する福井県の知事選で10日、原発存続を主張する自民、公明推薦の現職が3選を決めた。東日本大震災で被災した福島第一原発の放射能漏れが、1カ月近くも続いている状況で、福井県の有権者はどんな思いで1票を投じたのだろうか。同県内でも特に原発が集中する敦賀市などを歩いた。 (篠ケ瀬祐司)

 

ライフライン復旧遅れる気仙沼・大島
2011年4月10日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011041002000039.html

 宮城県・気仙沼港の目の前に浮かぶ大島(気仙沼市)は、東日本大震災で漁船やフェリーが失われ、孤立状態が続いていた。3月末に定期船の運航も始まったが、通勤や通学の足にはほど遠い。人口約3300人、助け合って生きる離島にも疲労と不安が積もる。島民たちは「負けない」とつぶやいた。 (中山洋子)

 

“原子力村”推進一辺倒 反骨の学者、小出裕章・京大助教に聞く
2011年4月9日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011040902000088.html

 依然、綱渡りの状況が続く東京電力福島第一原子力発電所の事故。その状況を悔しさや怒り、おそらくは敗北感も抱えつつ、注視している人がいる。京都大原子炉実験所の小出裕章助教(61)だ。原子炉の安全や放射能測定を研究してきた。学生時代に原発推進派から反原発派に立場を変え、その後、四十年間、原発の危険性を訴えてきた。小出助教に事故の現状や原発が推進された背景を聞いた。 (京都支局・芦原千晶)

 

原発事故 伝え方検証 情報一元化して公表を
2011年4月8日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011040802000053.html

 放射能漏れが続く東京電力福島第一原発。政府や東電は、事故処理について記者会見を開き、さまざまな数値を公表する。メディアもそれを報じているが、地域住民をはじめ世界の人々に「必要な情報」を提供しているだろうか。住民の避難指示を決定する放射線量や、放射能汚染水の放出量などを断片的に聞いても、分かりにくいとの指摘もある。三者が伝えるべき情報とは−。 (小国智宏、篠ケ瀬祐司)

 

それでも浜岡原発は必要か
2011年4月7日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011040702000051.html

 海辺の低い土地という立地条件が、津波被害を受けた「福島第一」とよく似た原発がある。中部電力の「浜岡」(静岡県御前崎市)である。静岡県は六日、中電が見直した津波対策について有識者から意見を聞いたが、効果を疑問視する声が続出した。もしも「浜岡」に事故があれば、被害は「福島第一」を上回るという見方も根強い。あらためて問う。この原発は必要か−。 (佐藤圭、出田阿生)

 

反原発広がるか、地方議員が連帯呼び掛け
2011年4月6日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011040602000071.html

 福島第一原発事故を受け、原発問題が争点の一つとなる統一地方選。中でも首都東京は電力の最大消費地ながら、危険な原発を遠い福島、新潟両県の立地に委ねて繁栄してきた。そうした反省も込めて東京から、反原発で地方議員がスクラムを組もうという動きが出ている。一方、都知事選では深刻な「原発震災」が影を落として迷走し、原発政策に賛否が分かれている。(秦淳哉、出田阿生)

 

被災障害者たちの苦難 東日本大震災関連
2011年4月5日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011040502000066.html

 さまざまな災害弱者がいる。その典型は障害者だが、障害もまた一色ではない。今回の震災で、目や耳の不自由な人たちは迫る津波にどう対応したのか。バリアフリーと真逆の被災地で手足の不自由な人たちは移動できたのか。停電下で、人工呼吸器をどう動かしたのか。何が新たな課題として浮上してきたのか。東日本大震災に直面した被災障害者らの体験と現在を追った。 (篠ケ瀬祐司、佐藤圭)

 

計画停電はいらない?
2011年4月4日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011040402000076.html

 一般家庭や企業の地道な節電努力で、予定されていた計画停電が不要になる日も増えてきた。だが、東京電力は、ひとまずの「回避」を強調するだけで、四月末まで継続する当初方針を変える様子はない。日本経済を疲弊させ、市民の命まで脅かす可能性のある「計画停電」を止めることはできないのだろうか。さまざまな節電努力と計画停電の“痛み”をあらためて追うと−。 (中山洋子)

 

古里慕情 南相馬から長岡へ 避難住民の思い
2011年4月3日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011040302000048.html

 中越地震(二〇〇四年)と中越沖地震(〇七年)で甚大な被害を受けた新潟県長岡市に、福島第一原発の事故で避難を余儀なくされた福島県南相馬市の住民が身を寄せている。「恩返しをしたい」という地元ボランティアらの手厚いもてなしを受けながらも、やはり募るのは望郷の思い。「一日も早く帰りたい」と悲痛な言葉を漏らした。 (秦淳哉、小国智宏)

 

善意の行方は?義援金は被災者へ公平に すぐに役立てたいなら支援金、NPOも支える
2011年4月2日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011040202000059.html

 「何かのお役に立てて」「力づけたい」−。大震災の被災者にそんな熱い思いを込めた支援のお金が続々と集められている。各界の著名人らが街頭で呼びかけ、各種の受け皿団体はフル回転だ。今年初め、児童養護施設を応援するタイガーマスク運動が起きたが、今回の善意は巨額で被災者数も数え切れない。今後、どのように届けられ、より生きた形で使われる方法はあるのか。 (篠ケ瀬祐司、小国智宏)

 

福島原発の地元反対同盟 闘い40年 石丸小四郎さん
2011年4月1日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011040102000054.html

 深刻化こそすれど、一向に収束の見通しが立たない、東京電力福島第一原発の事故。その原発の目と鼻の先に住み、原発反対運動を四十年続けてきた男性がいる。福島県富岡町の元郵便局員石丸小四郎さん(68)。避難先で、「故郷を失って流浪の民になった怒りと悔しさを、原発を日本からなくす活動につなげる」と話す。 (出田阿生)

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※原発関連で3冊:

知事抹殺 つくられた福島県汚職事件 佐藤 栄佐久 (著)

原子炉時限爆弾 広瀬 隆 (著)

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ 小出 裕章 (著)

 

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2011年4月28日 (木)

浜岡原発が事故なら首都圏など壊滅。浜岡原発とチェルノブイリ原発事故汚染地図を重ねて唖然、茫然。

 浜岡原発が事故なら首都圏など壊滅。浜岡原発とチェルノブイリ原発事故汚染地図を重ねて唖然、茫然。

追記:5月6日朝日記事にある日米共同製作「地表汚染マップ」も驚愕すべき内容です

Hamaoka800px_2スクロールして見るなら。浜岡原発は、ユーラシアプレートの崖っぷちの所にあります。その下にフィリピン海プレートが潜り込んでます。歴史地震と、(プレート)地震テクトニクスを研究する学者が警告している南海トラフ震源域の端、駿河湾トラフの直近にあり、浜岡で原発事故があったら日本は東西に分断されます。具体的には東名高速を始めとした日本の大動脈が断たれ、経済活動も何もあったものではない。日本は終わります。(Fukushima NPP Hamaoka NPP & Monju NPP, 100km 300km 600km from Hamaoka NPP, Nankai trough & Suruga trough)


(↓クリックで拡大します)スクロールして見るなら、&福井県若狭湾敦賀もんじゅ中心のも
Hamaokachernobyl800px←浜岡原発を中心にして、チェルノブイリホット・スポッツ地図を日本地図にマッピングしました。浜岡にチェルノブイリが位置するとした場合の、100km、300km、600km圏までのホット・スポッツエリアです。(Fukushima NPP Hamaoka NPP & Chernobyl Hot Spots map)


 原発事故があり、風向きと雨のタイミングが合えば関東と京都・大阪の関西圏は完全にホット・スポッツ圏になります。関東圏は福島原発が終息しなければ同じく、、、。

 今回制作してみて実感したのは、日本と言うのは実に狭い国土に原発が過密状態ってことです。チェルノブイリ紹介映像を見ましたが、チェルノブイリの周りは事故前からでも広大な草原が広がっていました。人口的にはスカスカの所です。

 米国は104基、日本はカリフォルニア州と同じくらいの広さに55基。しかも米国はスリーマイル事故以来増設を停止し、エネルギー政策を見直しています。

 首都圏や東京の人口密集度は半端じゃないのに正にキチガイ沙汰。

 この図を見て平気な政治家なら安全保障上の観点からも馬鹿丸出しと断言します

関連:
浜岡原発の全景と1号機から5号機までをグーグル・アースと写真で確認。

【必見】NHKスペシャル、汚された大地で~チェルノブイリ 20年後の真実~、2006年4月16日(日)放送。低線量被ばくについてなど)

【必見YouTube】終わりなき人体汚染 〜チェルノブイリ事故から10年〜

チェルノブイリ事故ドキュメンタリー

※必見:(映画『東京原発』(2004)の一部のYouTube「原発の危険性

 

※追加:(2011/05/07)

元資料:文部科学省及び米国エネルギー省航空機による航空機モニタリングの測定結果について

関連資料:
1、内部被ばく臓器等価線量の積算線量(2011年3月12日から4月24日)

2、東京電力福島第一原子力発電所事故に伴うWSPEEDI-II による放射能拡散予測結果について

(以下転載始め)

航空機計測もとに「地表汚染マップ」 日米共同で製作
2011年5月6日21時8分
http://www.asahi.com/national/update/0506/TKY201105060286.html

(↓クリックで拡大)
Tky201105060388 http://www.asahi.com/national/gallery_e/view_photo.html?national-pg/0506/TKY201105060388.jpg
地表汚染マップ

 文部科学省は6日、福島第一原発から80キロ圏内の地表の汚染マップを初めて公表した。米エネルギー省と協力し、航空機を使って、地表1~2キロ四方で放射性物質の蓄積量を測って作った。原発から北西方向を中心に避難区域外の一部でも、高レベルの汚染地域が見つかった。

 今回のマップは、上空からの測定値をもとにしているため、文科省は今後、地上での実測データを増やし、きめ細かな避難区域の設定の判断などに役立てる方針だ。

 調査は4月6日~29日行った。米エネルギー省は飛行機とヘリの計2機で60キロ圏内を、文科省は民間ヘリ1機で60~80キロ圏内を観測した。放射線計測器を搭載し、約150~700メートル上空から地上を観測。放射性物質ごとのエネルギーの違いから、半減期が約30年のセシウム137や、約2年のセシウム134の蓄積量を調べた。

 この結果、原発から北西方向にセシウム137が1平方メートルあたり300万~1470万ベクレルの汚染地域が帯状に広がっていた。チェルノブイリ原発事故では、セシウム137が55.5万ベクレル以上の地域が強制移住の対象となった。今回のマップでは、計画的避難区域の飯舘村や浪江町などの外でも一部、この水準を超える地域もあった。

 京都大原子炉実験所の今中哲二助教は「汚染地域が広域で驚く。避難計画や、道路や公共施設などの除染対策の参考になる」と話している。(佐藤久恵)

(以上転載終り)

※SOBA:朝日記事の「地表汚染マップ」を拡大して見ると、単位が「m2」です。それに対して下記チェルノブイリ放射能汚染地域図では「km2」です。朝日の記事を「km2」換算するとチェルノブイリ放射能汚染地域図と比べられます。式は「Bq/m2×1000×1000=Bq/km2」です。あるいは「Bq/km2÷1000÷1000=Bq/m2」で、チェルノブイリ放射能汚染地域図を「m2」に換算して朝日記事中の「地表汚染マップ」と対照するかです。朝日の「地表汚染マップ」中、「赤 色」全部と「黄色」の半分以上はチェルノブイリでの「Confiscated/Closed Zone(立ち入り禁止地域)」、「黄色」の半分近くと「緑」全域と「薄水色」の一部までがチェルノブイリでの「Permanent Control Zone(永久管理地域)」です。ちなみに、「濃いめの水色」が30万ベクレル以下となっているので、角田市、福島市、郡山市、いわき市など周辺部分のほとんどの市町村が放射線管理区域相当エリアの可能性があります。※

医療法による放射線管理区域でも、労働安全衛生法令による放射線管理区域でも、 表現に若干の差はあるものの、「放射性同位元素によって表面汚染密度がアルファ線を放出しない 同位元素の場合4Bq/cm2を超えるか、もしくは超えるおそれのある場所」となってます。カルシウムと同じ様に体に取り込まれ、半減期が30年と長いセ シウム137の場合、崩壊モードが「β, γ」なので、これに当てはまります。4Bq/cm2を/m2換算すると4万Bq/m2です。

 

556pxchornobyl_radiation_map_2 ←元画像。セシウム137の濃度に基づく放射能汚染地域。(チェルノブイリ原子力発電所事故より)

Confiscated/Closed Zone
Greater than 40 curies per square kilometer (Ci/km2) of Cesium-137

SOBA:訳すと、立ち入り禁止地域、セシウム137が40キュリー/km2超え。ベクレルで言うと、148万ベクレル/m2超え。(ベクレル換算するには1キュリー× 3.7×1010なので、χキュリーはχ× 3.7×1010ベクレル、さらに「Bq/km2」を「Bq/m2」換算するには「Bq/km2÷1000÷1000=Bq/m2」なので「Bq/km2÷103÷103=Bq/m2」、で、χキュリー/km2をBq/m2に換算するにはχ× 3.7×1010÷103÷103、つまりχキュリー/km2は× 3.7×104で計算するとBq/m2が出ます)

Permanent Control Zone
15 to 40 Ci/km2 of Cesium-137

SOBA:訳すと、永久管理地域、セシウム137が15キュリー/km2超えから40キュリー/km2まで(15× 3.7×1010ベクレル/km2超えから40× 3.7×1010ベクレル/km2まで)。「Bq/m2」換算すると、55万5千ベクレル/m2越から148万Bq/m2まで。

Periodic Control Zone
5 to 15 Ci/km2 of Cesium-137

SOBA:訳すと、一時的管理地域、セシウム137が5キュリー/km2超えから15キュリー/km2まで(5× 3.7×1010ベクレル/km2超えから15× 3.7×1010ベクレル/km2まで)。「Bq/m2」換算すると、18万5千ベクレル/m2越から55万5千ベクレル/m2まで。

Unnamed zone
1 to 5 Ci/km2 of Cesium-137

SOBA:表中では1 to 15となっていますが、「Periodic Control Zone」で「5 to 15」とやっているので1 to 5の間違いか?訳すと、セシウム137が1キュリー/km2超えから5キュリー/km2まで(1× 3.7×1010ベクレル/km2超えから5× 3.7×1010ベクレル/km2まで)。「Bq/m2」換算すると、3万7千ベクレル/m2越から18万5千ベクレル/m2まで。

 

※参考:放射能(Wikipediaより)
放射能(ほうしゃのう、Radioactivity)とは、物理学的な定義では、放射線(radioactive ray, radiation)を出す活性力(放射性,放射活性、放射線を放射する程度)を言う。

日本語でしばしば放射能と放射線とが混同され、誤った意味で使われているが、その定義は明確に異なる。日本の媒体等においては「放射能を浴びる(又は、飛散する)」などと誤用が見受けられ、誤用そのままが一般に定着して常用されている。

放射能の強さは、1秒間に崩壊する原子核の数で表され、ベクレル(記号Bq)という単位で表す。原子核が崩壊する時に放射線を放射する。 かつては、1グラムのラジウムが持つ放射能を単位とし、これを1キュリー(記号Ci)としていた。1グラムのラジウムは毎秒 3.7×1010個のα線を放射しているので、1キュリーは 3.7×1010ベクレルということになる(370億ベクレル)。

※上記の段落、最初、エディタにコピペして下書きしてから、張り付けたら下記のように乗数が表示されず、そのまま書いてしまいました。Wikipediaの元の文章は上記の通りです。しかし桁数が違うのでネットで調べ前記のように一応書いておきます。僕のようなおじさんが苦労してやるより、えらい先生方がとっくの昔に解説しておくべきものと思いますが、。

最初、間違えて書いてしまいました

放射能の強さは、1秒間に崩壊する原子核の数で表され、ベクレル(記号Bq)という単位で表す。原子核が崩壊する時に放射線を放射する。 かつては、1グラムのラジウムが持つ放射能を単位とし、これを1キュリー(記号Ci)としていた。1グラムのラジウムは毎秒 3.7×1010個のα線を放射しているので、1キュリーは 3.7×1010ベクレルということになる。(SOBA:3737ベクレルということ

 

※Radiation Hotspots(ホット・スポッツ):放射線物質で汚染された複数の地点、あるいはエリアのこと。

参考:地学でホットスポット(hotspot)とは、プレートより下のマントルに生成源があると推定されるマグマが吹きあがってくる場所、若しくはマグマ が吹きあがってくるために(海底)火山が生まれる場所のことをいう。また、ある特定の植物や動物の繁殖地をホットスポットと言う事もある。

556pxchornobyl_radiation_map←参考:炉心溶融して広大なエリアを放射線物質で汚染したチェルノブイリの図に距離表示をマッピングしました。(チェルノブイリ原子力発電所事故のその後、写真32枚

チェルノブイリ原子力発電所跡から、100km、200km、300kmの距離です。北北東へ流れる雨雲にのり、かなり離れた所でも放射性物質で汚染されたのが分かります。風向き情報と降雨情報が大事

※チェルノブイリ原発事故とは、1986年4月26日1時23分(モスクワ時間 ※UTC+3)にソビエト連邦(現:ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所4号炉で起きた原子力事故です。今年の4月26日で25年になります。

 

脆弱な日本列島 ◆プレートテクトニクスからみた日本列島
http://www.zenchiren.or.jp/tikei/zeijaku.htm
Zeijaku1浜岡原発はユーラシアプレートにフィリピン海プレートが潜り込む崖っぷちの真上にあります。北東隣りには北米プレートが接する複雑な場所です。いかに危険な所にあるか素人にも分かります。ちなみに3・11東日本大震災の震源域は北米プレートに太平洋プレートが潜り込む近くのエリアでした。


 

800pxplates_tect2_jasvg ←主要なプレートの位置図
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Plates_tect2_ja.svg

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※原発関連で3冊:

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2011年4月24日 (日)

【必見マル激】523回「原発は安い」は本当か、ゲスト:大島堅一氏(立命館大学国際関係学部教授)(2011年04月23日)

 必見です。

無料放送中>>>  NEWS(127分)  300k

http://www.videonews.com/asx/marugeki_free/523/marugeki523-1_300.asx

マル激トーク・オン・ディマンド 第523回(2011年04月23日)
「原発は安い」は本当か(全2時間7分20秒、始めから1時間15分27秒までは——ニュース・コメンタリー (2011年04月23日) 今週の福島原発 基本情報の公開なき楽観論には注意が必要——と同じ。)
ゲスト:大島堅一氏(立命館大学国際関係学部教授)
http://www.videonews.com/on-demand/521530/001844.php

 

(↓クリックで拡大)
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1時間16分5秒から、1時間32分まで。
町田徹:電気料金値上げについて。消費者にすべてを上乗せする無茶苦茶なやり方。地域独占(日本の電力会社の発電・送電一体問題、発電と送電を一つの会社が独占してやっていると言うのは先進国では日本だけ。)

1時間24分25秒あたりから、賠償スキーム。
町田:日本の電気料金は内外価格差で3倍から5倍の差。

1時間29分30秒あたりから、
町田:東電の社債がこげつくと言うのとはありえない。担保がある。

1時間32分40秒から、
東電の内部留保は1兆8000億円。余剰金があって、「使用済燃料再処理等引当金」1兆2100億円、「使用済燃 料再処理等準備引当金」363億円、「原子力発電施設解体引当金」5100億円、これで約1兆8000億円、以上原子力関係で積み上げている額。資本余剰 金200億円あって、

※SOBA:この部分なかなか面白いので検索で探しました「町田徹 ニュースの深層」からです。正確には、以下です。

(以下引用始め)

地域独占で生まれた「巨額の資産」

 まず、東電にどれぐらいのストックがあるか紹介しよう。

 2009年度(2010年3月期)の有価証券報告書によると、原子力発電事業に関連する積み立てとして固定負債の部に、使用済燃料再処理等引当金(1兆 2100億6000万円)、使用済燃料再処理等準備引当金(363億1200万円)、原子力発電施設解体引当金(5100億1000万円)が蓄積されてい る。資本の部にも、資本剰余金(191億2300万円)と利益剰余金(1兆8314億8700万円)の計上がある。ちなみに、東電の純資産は2兆5164 億7800万円、総資産は13兆2039億8700万円だ。

(以上引用終り)

※関連:4月11日のインタビューですが、下記エントリーでテキスト起こしが紹介されてます。

「経済合理性から見た原子力発電の問題点:経済面から見ても、原発は非常に高コストで非効率的な発電方法」
岩上安身さんによる、大島堅一教授へのインタビュー(晴耕雨読)
http://sun.ap.teacup.com/souun/4392.html

iwj7 04/11/11 12:20AM
http://www.ustream.tv/recorded/13923515

 

大島氏がビデオ中、使っている資料は、

(第48回原子力委員会資料第1−1号)
「原子力政策大綱見直しの必要性について——費用論からの問題提起——」
2010年9月7 立命館大学国際関係学部 大島堅一
k-oshima@cj8.so-net.ne.jp
http://www.aec.go.jp/jicst/NC/iinkai/teirei/siryo2010/siryo48/siryo1-1.pdf


 以下、資料として採録。「町田徹 ニュースの深層」からです。

2011年04月26日(火) 町田 徹

復興よりも先に進む、東電、銀行、財務省を保護する「福島原発賠償策」の異常
1世帯当たり1万7000円の値上げに直結
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2765

 福島原子力発電所事故の損害賠償(補償)の支援計画(政府案)が明らかになってきた。報道によると、官民共同で新たな「機構」を設置し、この機構が継続的に東京電力の経営をモニターして、必要に応じて資金援助する仕組みをとるという。

 しかし、円滑な賠償金の支払いが、この計画の主眼とはとても思えない。むしろ、1.東電の存続を後押しする、2.無担保で東電に貸し込んだメガバンクを保護する、3.財務官僚が嫌う直接的な税金の投入を避ける---の3つこそ、真の狙いではないだろうか。

 そして、そのツケは、我々庶民に回ってくる。新聞は報じないが、取材したところ、計画を青写真通りに機能させるには、初年度だけで、1世帯当たり1万6700円程度の電気代の値上げが必要という。その重い負担は、10年以上にわたって継続する見通しだ。

  我々日本人は、歴史的にみて、先進国の中で最も高い電力コストを負担してきた経緯がある。にもかかわらず、東日本大震災に伴う景気後退という暴風雨の最中 で、震災復興税という"酷税"と、電力の値上げのダブルパンチを浴びせられるというのだ。こんな理不尽な話が認められるだろうか。今こそ、行政を牛耳る官 僚と、官僚のやりたい放題を制御できない政府に、「ノー」を突きつけよう。

政府に踊らされたスクープ合戦

  文部科学省の「原子力損害賠償紛争審査会」(会長・能見善久学習院大学法務研究科教授)は4月28日にも、福島第1・第2原子力発電所の事故に伴う損害賠 償の第1次指針案を提示するという。賠償の対象が決まれば、雲を掴むような状況だった賠償総額の推計が容易になってくる。東電の負担能力が取り沙汰される 場面も出てくるはずだ。

 そこで、政府は月内にも、東電支援策を作り、閣議決定するという。そうした事情を背景に、新聞各紙は先週から、政府案のスクープ合戦を繰り広げた。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2765?page=2

 報道に共通しているのが、東電の資金繰りを万全にするため、政府支援の道筋を付ける「新機構」を設置し、国がこの機構に、いつでも現金に換金できる「交付国債」を付与して、東電への機動的な資金供給が可能な体制を整備するという点だ。

 だが、この計画に盛り込まれた「機構」とか「交付国債」といった単語は日頃馴染みのないものだ。わざと難解にしたのではないか、と勘繰りたくなるほどだ。

 しかも、一連の報道は、絵に描いたようにスクープ報道の弊害が露わだった。報道が我がニュースソースに媚びる競争に陥り、肝心の政府案の問題点の指摘が手控えられる傾向が強かったのだ。

発送電の一体経営を政府が保証

 そこで、まず検証しなければならないのが、この計画は、誰にとって都合がよいものなのかという点である。

 現行の「原子力損害の賠償に関する法律」(原子力損害賠償法)は、過失の有無に関係なく、原発事故が原因で発生した損害の賠償を、電力会社に課している。その範囲に、上限を設けておらず、無限責任となっていることも大きな特色だ。

  半面、同法は、政府の支援に制限的だ。賠償額が、原子力事業の認可条件として加入を義務付けている保険のカバー範囲(1件に付き1200億円、ちなみに、 福島は原発が2個所あるので2400億円)を超えて、かつ必要が生じたときに限定しているからだ。しかも、「国会の議決」を条件として、2重に釘を刺して いる。

 ところが、東電はこうした法の精神に反して、自らがどのような形で、いくら調達して、賠償にあたるのか何ら示していない。勝俣恒 久会長は17日の記者会見で、「国のスキームがしっかりしていない場合、見通しが立たない。補償の話は、国のスキームを早く決めてから」と述べただけであ る。

 そうした中で出てきたのが、今回の政府案だ。先週末までの報道に共通するのは、政府が官民共同で設置する「新機構」に換金が容易な 「交付国債」を貸し付けることと、新機構が必要に応じて東電への援助を行うことの2点ぐらいだ。肝心の東電が自前のカネをいくら投入して賠償にあたるの か、そのためにどういう財源を使うのか、といった点は、ここでも明らかにならなかった。

 つまり、東電は、何もしないで、政府の手厚い支援を勝ち取った。東電という会社の存続を保証されただけでなく、これまで通り1都8県の地域独占会社として、発送電の一体経営を続けて行くことも容認されたのだ。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2765?page=3

 こう見てくれば、明らかだろう。最も得をしたのは東電だ。仮に、賠償のために、会社を解体してバラバラに売却する方式や、会社ごと整理する破たん 処理、さらには日本航空(JAL)型の国有化などが断行されていれば、東電は跡形なく消えていた。だが、東電は、そういう議論をなんなく封じ、「安定供 給」の美名のもとに、生き残りを果たそうとしている。政治力の健在ぶりを見せつけた。

 次に、露骨なのが、この計画が、当面、税金を投入しない計画に仕上がったと評価する論調だ。これは、財政負担の増加を避けたかった財務官僚の思惑と見事に一致している。

  加えて、今回の計画は、東電以外の電力会社に、新機構への資金拠出負担を負わせることを盛り込んだ。将来の事故にも対応可能にするためと言うが、拠出額を 巨大にしなければ、そんなことは不可能だ。むしろ、この負担拡大の狙いは、電力会社にも負担を負わせることで、財政への負担を一段と軽減することにあった とみるべきだ。

メガバンクが巨額融資に踏み切った理由

 3番目に得をした人を探る手掛かりは、震災直後に、ビジネスの常識を無視して、気前よく東電に巨額の資金を融通した人たちの存在だ。3行合計で1兆9000億円の無担保融資に踏み切ったメガバンクと、同じく1000億円の融資を実行した日本政策投資銀行である。

  もともと会社整理の際には、銀行融資は債権としての回収順位が低い。加えて、各行は震災後、無担保融資を大盤振る舞いしていた。つまり、破たん処理や国有 化が起きていれば、貸し手責任を問われ、大半が債権カットの対象になる。銀行経営者にとっては、経営責任を追及されかねない失態と言える。ところが、政府 案で、問題債権の回収に目途が立った。

 実際、以上の点について、電力関係者の中には、今回のスキームは、「(以上の)財務省、東電、メガバンクの3者に、経済産業省が加わって作り上げられたものだ」と明かす向きがあった。

  派生的に、東電の株主がメリットも見逃せない。破たん処理や国有化に伴う100%減資などを免れたからである。東電株は、積み立て貯金感覚で毎月資金を貯 めて株式に投資する「累積投資」の対象となる例が多い。結果として、極端に個人株主が多いのだ。それだけに、上場廃止や減資を憂慮していた証券界にとって も、政府案は喜ばしい内容と言える。

 ただ、政府案の議論の過程で、金融関係者の間に、東電の社債がデフォルト(債務不履行)に陥るとし て、破たん処理や国有化の反対の論拠にする向きが多かったのは見苦しかった。東電債は、約5兆円の発行残高があり、毎年2000億円前後の新発・借換債が 出ているが、ほぼ全てが発電所などを担保にした債券であり、デフォルトリスクは皆無に等しかった。

 しかし、政府案は、関係者全員が得をする、そんな魔法のような存在なのだろうか。本当に、このスキームで機能するのだろうか。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2765?page=4

 残念ながら、答えは否である。というのは、この仕組みは、前提に明らかな無理があるからだ。

 その詳細を明かす前に、各紙の報道を紹介しておこう。

  「一時的に東電の支払い能力を超えることが考えられる。この場合、東電は、機構あての優先株や借入金で調達資金を支払いに充て、その後、毎年の利益から配 当金や借入金の返済の形で、機構に返済し続ける。東電の返済については毎年1000億円、10~15年とする案を軸に検討している」(4月20日付 読売 新聞朝刊)

 「東電の年間利益は1000億円程度で補償負担が東電の支払い能力を超えると電力供給に支障が出かねない。このため、年間の負担額については収益も勘案して一定の上限を設ける」(4月20日付 日本経済新聞夕刊)

 「東電は、利益から設備投資資金などを除いた余裕分を機構に返済していく。機構はこの返済分を国庫に返納するので、すべて国に返済されると最終的な財政負担は発生しない仕組みだ」(4月21日付 朝日新聞朝刊)

 といった具合だ。要するに、今回の計画は、東電が毎年1000億円程度の最終利益を確保できることを前提にしている、と報じているのだ。従って、本当に、東電がこの利益を確保できるのか、という点が焦点になる。

何もしなければ3000億円も赤字に

 東電の収益の推移をみてみよう。なるほど確かに2009年度は、本業で2844億円の営業利益を稼ぎ出し、税引き後の最終利益でも1337億円を確保した。

  ところが、その前の2年間は惨憺たるものだ。2007年度に1501億円の最終赤字、2008年度に845億円の最終赤字といった具合なのだ。原因は、 2007年7月16日に起きた新潟中越沖地震にある。柏崎刈羽原子力発電所が運転休止に追い込まれ、原発よりもコストの高い火力発電所をフル操業するため の石油とガスの燃料購入代金が膨らみ赤字に転落してしまった。

 勘の良い読者なら、もうわかったはずである。

 燃料コストの膨張は、今回も避けて通れない。東日本大震災によって、福島の2つの原発が事故を起こして、当分の間、運転再開が見込めないからだ。

 ある電力会社関係者を取材すると、そのコストが驚くほど巨大だという事実が浮かび上がってきた。

  新潟中越沖地震後の休止が続いている柏崎刈羽原発の2、3、4号機の運転を再開できないところに、今回の福島原発の事故処理が加わり、これを火力発電に置 き換えるとなると、営業費用が2009年度に比べて5000億円程度も膨らむというのだ。つまり、何もしなければ、東電は3000億円程度の最終赤字に 陥ってしまうのだ。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2765?page=5

 そこで、政府の計画に話を戻そう。赤字を回避して、政府の賠償スキームを維持するために必要な利益を確保しようとすれば、大幅な電力料金の引き上げが避けられないという現実が浮かび上がってくる。

 ちなみに、東電には3000万弱の契約者がいる。これには大規模な製造工場から、我々のような庶民の家庭まで含まれるが、単純に値上げを均等に負担すると仮定すれば、1世帯当たり1万6700円程度の値上げが必要になる計算なのである。

 新聞はニュースソースに配慮してあえて触れないのだろうが、政府案を狙い通りに機能させるためには、この程度の値上げは避けて通れない。しかも、一端上がった電力料金は、少なくとも10~15年以上引き下げが見込めない可能性が高いのである。

本来は8年間、値上げは不要のはずだが

 値上げがこれほど高額になるには、もうひとつ理由がある。賠償資金を、これから東電が稼ぐ収益の中から賄おうとしていることが元凶なのだ。

  東電に限らず、電力会社は「安定供給」の美名のもと、一般企業のような市場競争を免除され、地域独占体制の中で発電と送電を一貫体制で行う発送電の兼営を 行い、これまで膨大な収益をあげてきた。原子力の安全神話の構築に多額のコストをかけても、有り余る収益を確保でき、膨大な内部蓄積を積み上げることがで きたのだ。

 東電で言えば、会社を丸ごと売却する際のひとつの目安になる総資産が2010年3月末で13兆2000億円に達する。

 このうちの純資産(株主資本)は、2兆5200億円だ。その中には、株主総会の承認を得れば取り崩せる資本剰余金(6800億円)や利益剰余金(1兆8300億円)といった内部留保が含まれる。

  原子力事業のために巨額の積み立てをしていることも見逃せない。六ヶ所村などの使用済みの核燃料の再処理施設の建設資金や、寿命を迎えた原発の解体に備え る狙いがあったからで、その残高は、使用済燃料再処理等引当金が1兆2100億円、使用済燃料再処理等準備引当金が360億円、原子力発電施設解体引当金 が5100億円となっている。

 これらは、経済産業大臣の許可さえ受ければ、賠償に転用が可能なストックだ。福島原発事故を起こし、従来のような原発の積極展開が難しくなる中で、こうしたストックを温存しておく必要があるだろうか。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2765?page=6

 これらの過去の遺産の中から、直ちに4兆円前後を拠出して賠償に充てても、東電が債務超過に陥ることはない。もちろん、電力の安定供給も維持できるはずだ。

 4兆円と言えば、それだけで、少なくとも8年前後は本稿が指摘した値上げを不要にする資金だ。なぜ、これをまず、賠償にあてないのだろうか。

 過去の遺産のうち、使用済燃料再処理等引当金は、国債で運用されているはずだ。わけのわからない交付国債などというものを持ち出さなくても、この引当金の転用ならば、換金は非常に容易である。

資産を売却しても電力の安定性にはなんの問題もない

 資金の効率運用の観点から、その他の内部留保がこれまで、全額がキャッシュで保持されてきたとは思えない。

 が、東電のように豊富な収益の確保を約束されてきた企業が、その大半を懐に貯め込んだまま、新たに賠償のための支援を政府から受け、そのツケを国民に回すというのは、常軌を逸した行為だ。

 まず、過去の蓄積で自己責任を果たすべきである。もし、その拠出を妨げるような官僚や政治家がいれば、それは国民共通の敵である。

 今回の取材の過程では、地域独占や発送電の一体経営の見直しを行うためには、「疑似国有化や国有化を行って会社を解体しないと、運転中の発電所の売却は困難だ」というわけのわからない主張もよく聞いた。が、これが説得力のある議論とは考えられない。

 というのは、慎重に電力事業経験のある企業を選んで売却すれば、ある日を境に所有者が変わるという資産売却も何の問題もなく実施できるはずだからである。関係者の中から、そういう可能性を是認する証言を得た。

 地域独占や発送電の一体経営の見直しはやや専門的な議論だ。今なお根強い要求があり、その哲学が間違っているとは思わない。

 しかし、今回、関西電力や中部電力まで念頭に置いて、直ちに電力行政の転換を強いるのは、いたずらに話を複雑にして混乱を招くだけではないだろうか。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2765?page=7

 そういう議論は、憲法が保障した財産権を侵すものだとの法廷闘争を呼ぶ可能性が高く、今回の福島原発事故の賠償の大幅な遅滞を引き起こすリスクが あるからだ。筆者はあちこちで主張してきたが、まずは、被災者への日々の生活補償を、次いで本格的な損害賠償を急ぐべきである。

 ただ、もし東電が賠償の必要に迫られて、自らの意思で発電所や送電網を売却するというのであれば、それは民間企業・東電の自由意思として尊重すべき判断である。

 発電所の売却により、東電は潤沢な賠償資金を調達できるし、発電に競争が導入されれば東電の事業コストそのものが引き下げられるメリットも期待できる。

 そうしたことを電力行政が阻むとすれば、これほど奇妙な議論はないだろう。今回のように、東電の自助努力を待たずに、いきなり救済策を持ち出すことも、東電の思考を停止させるものであり、阻むことと同じぐらい罪深い行為である。

 まずは、東電の自助努力を促すことこそ、政府に期待される使命である。

安定供給と東電の存続は別問題だ

 その具体的な手法については、4月5日付の本コラム「東電は国有化より、メキシコ湾BP型ファンド創設で速やかな対応を」で私見を示したので、興味のある方は参考にしていただきたい。

 最後にもう一度繰り返すが、今回のような政府支援は、あらゆる手を講じた後、「最後の最後の手段」として、考慮が許される話だ。

 今回のように「税金を投入しない」と強調し、あたかも国民の利益を守るようなプロパガンダを新聞各紙を通じて展開しておいて、実際は東電や銀行を手厚く保護して、庶民を泣かせる値上げを騙し打ちで強行するようなやり方は、国民の政治、政権、官僚不信を招く行為である。

 仮に、政府が支援に踏み切るときは、電力の安定供給に配意する一方で、モラルハザードの観点から、東電という企業の存続を許してはならない。安定供給と東電の存続は別の問題だ。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2765?page=8

 あわせて、100%減資による株主責任の明確化や、大幅な債権カットによる貸し手責任の明確化も、政府支援に国民の理解を得るためには避けて通れないステップになる。

 税金であれ、電力料金の引き上げであれ、庶民の財布はひとつであり、騙し打ちは決して許されない。

 菅総理、首相就任時に「サラリーマンの子が総理になった」と喜びの気持ちを語ったことを思い出していただきたい。あなたならば、わかるはずの論理である。

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2011年04月19日(火) 町田 徹

経済音痴の復興会議には任せられない
「善意の節電」に潜む落とし穴 首都圏の経済成長は10%減速との見方も
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2465

 まずは、素直に喜ぼう。壊滅的な被害をもたらした東日本大震災に伴う電力不足を、国民や企業の驚異的な節電努力によって、曲がりなりにも乗り越え ることができたのは幸いだった。首都圏では暖かい日が続き、暖房による電力のひっ迫の思い悩むことなく暮らせる季節がめぐってきた。

 し かし、喜んでばかりはいられない。この節電には、「経済の大幅減速」というリスクが潜んでいるからだ。独自の取材の結果、東京電力のユーザーが震災から 1ヵ月の間に1日当たり500万キロワット前後という驚異的な節電を果たした事実と、それに伴って日本の成長率が3%以上も減速した可能性が浮き彫りに なってきたのである。

 折しも先週末、日本は、ワシントンで開かれた「主要20カ国(G20)財務大臣・中央銀行総裁蔵相・中央銀行総裁会議」の場で、「世界経済のリスク」との嬉しくないレッテルを貼られてしまった。

  ところが、菅直人政権が鳴り物入りで設置した「東日本復興構想会議」は、第1回会合で、いきなり「震災復興税」の創設を最優先課題のひとつに掲げて、財政 偏重・増税ありきの復旧・復興策を推し進める方針を打ち出した。愚策としか言いようがない、まるで、衰弱した病人に、体力が必要な外科手術を強行し、患者 の命を奪うような話なのだ。菅政権には、菅政権が「日本経済のリスク」になっている事実の自覚が求められている。

電力消費が12%減少した裏側で

「皆さん、なんと協力的なのでしょうか。救われました」---。

 目を皿にして日々の電力需給をモニターしてきた、ある電力関係者は、筆者の取材に対し、開口一番、こう漏らした。

  言葉の背景にあるのは、被災直後の週末に計画停電突入をアナウンスした途端、翌週の初めから東京電力管内の1都8県の電力消費が見る見る下がり出したこと だ。花冷えの暖房需要がピークに達すれば大停電を誘発しかねないとの懸念を他所に、電力消費は、前年の同時期を500万キロワット、率にして12%前後も 下回る日が続いた、と、この関係者は、未公表の電力消費の詳細を明かしたのだ。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2465?page=2

 そして、「ありがたいことだ。これほどの協力が得られると予想した電力会社関係者はいなかった」と安堵の表情をみせていた。多くの人々の善意の総和である驚異的な節電が、無計画で大規模な突発的停電を未然に防いだというのである。

 しかし、エコノミストの中には、この善意の節電を、「手放しで喜ぶのは間違いだ。むしろ、その節電に伴う経済活動の停滞に危機感をもつべきである」と顔を曇らせる向きもある。

 詳しく紹介しよう。

 被災後の1ヵ月間の節電について、このエコノミストは「過去の弾性値から見て、首都圏の経済成長が10%近く減速したという試算が成り立つ」と分析している。

 そして、「首都圏経済は、日本の4割近くを構成するので、国家レベルでみれば3%を大きく超える成長の阻害要因になったはずだ」とみているのだ。

 国際通貨基金(IMF)は4月11日、世界経済見通しを改訂し、その中で、日本の2011年の成長予測をこれまでより0.2ポイント低い1.4%に下方修正した。この水準は4.4%の成長が見込まれる世界経済から見れば、群を抜いて低いものである。

G20が示した日本経済への懸念

 しかし、電力不足は今回の1ヵ月にとどまらない。東電なりの電力供給の復活努力がその通り実現できたとしても、6月以降は冷房を中心とした電力需要が高まり、3、4ヵ月にわたって電力不足が繰り返されるのは確実な情勢にある。

 そうなれば、事態はIMF見通しより大きく悪化し、マイナス成長の泥沼に落ち込んでも不思議はない。さらに言えば、今後、数年間、こうした状況を解消することは難しいとされている。

  もちろん、日本経済を減速させる要因は、首都圏の電力問題だけではない。全国各地で繰り広げられた自粛に伴う消費の減退や、観光を中心とした人の移動の激 減も深刻な問題だ。大手流通各社は軒並み、2011年度の純利益が2~4割落ち込むとの業績見通しを公表しているし、大手航空会社は「羽田発着便の搭乗率 が3割を切り、1日10億円規模の営業赤字を計上する日が珍しくない」と頭を抱えている。

 先週末、米国の首都ワシントンで開かれた G20財務大臣・中央銀行総裁会議は、こうした危機に対して、当事者である日本よりも諸外国の方が敏感であることを浮き彫りにした。東日本大震災の復興支 援を前面に打ち出す一方で、共同声明において、政情不安の中東・北アフリカと並んで、日本が「経済面での不確実要素だ」との見方を示したのである。

 こうした中で、経済の減速を和らげるために速やかな復旧・復興が必要なことは、だれがみても明らかだろう。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2465?page=3

 ところが、菅政権の取り組みは、目を覆いたくなるほど惨憺たるものだ。

 その第1が、2011年度の第1次補正予算である。先週 の本コラムでも指摘したように、そもそも阪神淡路大震災の際の対応と比べて遅いうえ、規模が4兆円と大きく不足している。にもかかわらず、ここへきて半ば 公約だったはずの「4月中の国会提出」さえ危ぶまれる事態に陥っているのだ。与党・民主党や野党・自民党、公明党から、「財源として国債に頼らない」とい う菅首相の基本方針に異論が続出していることが理由という。

いきなり増税論議を持ち出す愚

 そして、第2が、のっけから、経済オンチぶりを露呈した政府の「東日本復興構想会議」だ。

 議長の五百旗頭(いおきべ)真防衛大学校長は14日の初会合で、「全国民的な支援と負担が不可欠である」と強調した。そして、「議長提出資料」に、具体策として「かつて無い支援の輪(義援金)+公債+震災復興税」と盛り込んで見せた。

  しかし、以前から本コラムで指摘してきたように、復興の財源が、義援金と財政しか存在しないというのでは、視野が狭過ぎる。そもそも震災や津波からの復 旧・復興は、被災者が主役である。さらに、内外からの民間投資を呼び込む努力も欠かせない。義援金や財政は、そうした当事者や民間の投融資のサポート役で あることを肝に銘じるべきだろう。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2465?page=4

 まして、復旧・復興がほとんど手付かずの段階で、いきなり投資や消費に冷や水を浴びせかねない増税論議を持ち出すことの弊害の大きさを、復興会議が理解できていないことは論外だ。

 筆者は将来、増税が必要になる可能性は否定しない。大手メディアの世論調査でも、「増税を容認する向きが7割を超えた」という。

 しかし、そうした増税は「今ただちに」ではなく、復旧・復興のめどが付いたら実施する課題のはずである。端から増税を前提にして、復旧・復興の効果の乏しいばら撒き政策を羅列されてはたまらない。

 これが、「世界経済のリスク」は日本、「日本経済のリスク」は菅政権、と憂慮せざるを得ない所以である。

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2011年04月12日(火) 町田 徹

遅くて、小さくて、貧しい補正予算
復旧・復興に必要なクレバーな秘策とは?
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2427

 各地に壊滅的な被害をもたらした東日本大震災から1ヵ月という貴重な時間が過ぎ去った。にもかかわらず、政府・民主党の復旧・復興策作りは相変わらずの迷走を続けている。

  今回のケースを阪神淡路大震災と比較すると、当時の村山富市内閣が被災から42日間で1995年度補正予算の承認を国会で取り付けることに成功したのに対 して、菅直人内閣は端からハードルを下げて、補正予算案の提出目標を最短でも被災から48日目にあたる今月末に置いている。 

 しかも、 先週末の新聞各紙の報道によると、補正予算の規模は4兆円程度にとどまる見通しだ。これは、政府が公表しているインフラ、住宅、工場などの損害額(16兆 円~25兆円程度)を大きく下回る。残念だが、この調子では、復旧・復興策がToo late, Too small な内容に終わるのは確実だ。

 野党やマスコミを含めて、少しでも早く被災に苦しむ人々に必要な支援の手を差し伸べてほしいとの願いから、指導力不足が明らかだった菅政権に対する批判に手心を加えてきたことが仇となった感は否めない。

 新聞報道によると、ここにきて、政府・民主党は2011年度の補正予算規模を3兆9000億円から4兆円とする方針を固めた模様だ。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2427?page=2

 主な歳出は、道路や港湾などのインフラ復旧のための公共事業に1兆5000億円、7万戸の仮設住宅の建設に5000億円、がれきの処理に3000 億円、被災者の雇用対策と自衛隊の活動費に3000億円、被害の大きかった自治体への交付に1000億円をそれぞれ充てる方向になっている。加えて、中小 企業向けの融資にも1兆円の資金を確保する案が有力という。

 一方、財源(歳入)は、基礎年金の国庫負担(2兆5000億円)を流用するほか、11年度予算の「経済危機対応・地域活性化予備費」(8100億円)を取り崩す方針だ。

  こうした補正予算や復旧・復興対策の策定過程に共通する問題は、編成するのかしないのか、規模をどのくらいにするのか、財源として何と何を使うのかといっ た基本的な方針を、菅政権として官僚たちになかなか示さなかったばかりか、示したかに見えた指示も曖昧で内容が二転三転したことである。

 ほとんど報じられていないが、こうした問題が原因になって、各省庁の官僚が、4月8日へ向けて準備していた復旧・復興策がいちとん挫した事実がある。

 というのは、官僚たちは、増税や国債増発といった財政措置が必要な大規模な補正予算案作りは困難と判断し、とりあえず2011年度当初予算に盛り込まれている予備費(8100億円)の活用を軸に復旧策作りを急いでいたのだ。

  ところが、この4月8日になって、菅首相は野田佳彦財務大臣と玄場光一郎国家戦略担当大臣(政調会長)を官邸に呼び、それまでとややニュアンスの異なる方 針を提示した。野党やマスコミからばら撒き批判を浴びるのを避けるために、国債増発や増税を盛り込まない点はそれまでと同じだったものの、少しでも規模を 大きく見せようとして、基礎年金の国庫負担分を維持するための予算(2兆5000億円)など使途が決まっている各省庁の当初予算を見直して財源を捻出する ことも追加的に指示したのだ。

 この結果、官僚たちのプランは前提が崩れてしまった。予備費だけをあて込んで、緊急性の非常に高いものに絞り込んだ準備を進めていた各省庁の復旧・復興策が水泡に帰してしまったのだ。

  細かいことを言えば、この幻の緊急策は、明日すぐに着手できるものだけを取り上げろという厄介な条件に基づいて、官僚たちが無駄とも思える労力を割いて作 成したものだった。がれき処理のために地方自治体を支援する予算を例に説明すると、必要と見込まれる総額の概算を要求することは許されず、周辺の道路が復 旧し、人員の手当てに目途が立っていて、明日から作業できるものに限定しろという前提になっていたのだ。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2427?page=3

 官僚の立場で言えば、がれきが大量に発生している場所のうち、周辺の道路の補修が終わり、作業員が確保できることを調査して、今後数ヵ月以内に対 策が必要であってもただちに作業を開始できない個所は除くという、手間のかかる作業だった。このため、各省庁の復旧・復興策作りの混乱は目を覆いたくなる ようなものだった。

 これらは、明確な方針が迅速に示されてさえいれば、避けられた混乱である。

 話を進めよう。

 菅政権が補正予算案など震災対策に伴う特別立法の提出期限の目標にしているのは、今月末だ。今月は29日から大型連休に突入するので、月末を28日のことと仮定すると、冒頭で記したように、被災から48日後の特別法案の提出ということになる。

  一方、阪神淡路大震災に直面した村山内閣は、被災からちょうど1ヵ月の1995年2月17日に住宅や家財の被災に伴う損失を住民税の雑損として控除を認め る「地方税法の一部改正案」や、阪神・淡路復興対策本部の設置を決める「復興の基本方針及び組織に関する法律」など5法案を閣議決定し、国会に提出した。

 翌週には、自治体に対する財政援助法や国債の増発を可能にする公債発行特例法案などの補正予算の5法案を提出し、2月中の成立に漕ぎ着けている。さらに3月27日までに6本の特別法案を矢継ぎ早に成立させている。こうした手際のよさは、菅政権にはみられない。

  東日本大震災は巨大な津波を伴い、阪神淡路大震災よりも被災の規模や範囲が深刻なうえ、今なお収束の展望が開けない福島原発事故を抱えている。そうしたこ とを根拠に、菅政権は、厄介さの次元が違うと釈明するかもしれない。しかし、各省庁にすれば、16年前の村山政権時代に阪神淡路大震災を経験しており、貴 重なノウハウをどっさり蓄積しているのだ。それらを迅速に活用できなかったのは、国民と日本にとって大変な損失である。何より、不自由な生活を強いられて いる被災者に申し訳がたたない話である。

 問題は、初動の混乱に伴うスピード感の欠如だけではない。今回の補正予算・復旧・復興対策には、規模が小さく、発想が貧しいという問題も付き纏う。

  内閣府は3月23日に公表した「(東日本大震災の)マクロ経済的影響の分析」の中で、今回、北海道、青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉の1道6県で、社 会インフラ、住宅、民間企業の設備といったストックが受けた損害額が16兆円から25兆円に達したとの試算を公表している。筆者は、この試算の前提にやや 楽観的な部分がある気もするが、それはさておき、この政府自身の見積もりと比べても今回の4兆円という第1次補正予算案では規模が小さ過ぎて、遠からず復 興資金が不足するのは明らかだ。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2427?page=4

 第1弾で、今回のような欠陥補正を組んでしまった以上、第2次、第3次補正の速やかな編成は不可欠だ。その際、財政危機の最中とはいえ、国債増発や将来の増税を完全に避けて通るのは不可能だ。程度の差はあれ、そのことを否定できる人はいないと思われる。

 しかし、以前にも、このコラムで提言したように、そのすべてを財政で賄おうというのは、発想が貧し過ぎる。国を危うくする致命的な間違いといってもよいだろう。

  そこで強調したいのが、政府は、内外から民間投資を呼び込むことにも最大限の努力を行うべきだということである。大規模な事業所の新設・復旧に伴う法人住 民税の減免措置、派遣業法の弾力運用、ビザ見直しによる外国人労働者の呼び込み、子供の保育・教育施設の充実といった産業誘致・活性化策だけでなく、将来 の収益が見込めるガス、水道などの公益事業に資金を貸し付けるレベニューボンドの特別目的会社での発行の促進など国や地方の財源に負担をかけない施策もい くらでも作れるはずだ。

 統一地方選挙の予想を上回る惨敗によって、菅政権はレームダック化に拍車がかかるだろう。しかし、真摯でクレ バーな復旧・復興策を打ち出すことさえできれば、世論は味方をしてくれるはずである。政権の座に居座り続けるのならば、それぐらいの復旧・復興策を構築す る責務があるはずだ。

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2011年04月05日(火) 町田 徹

東電は「国有化」より、「メキシコ湾BP型ファンド」創設で速やかな対応を
菅総理に求められるスピード感と広い視野
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2378

 東日本大震災と福島第1原子力発電所の事故を受けて、菅直人政権と東京電力が機能不全と思考停止に陥っている。特に目立つのは、スピード感の欠如と視野の狭さである。

 事態は急を要す。東電の株価は先週末に449円と、解散価値の半分以下に落ち込んだ。投資家たちが巨額賠償によって東電が破たんしかねないと懸念している証左である。

  対策として参考になるのが、昨年春、メキシコ湾で未曾有の原油流出事故を起こした英石油大手BPだ。BPは事故から56日間で、周辺住民ら3万2000人 以上に当面の生活補償として2億100万ドル(当時のレートで174億8700万円)を支払った。次いで、米政府の要求を呑み、中長期の損害賠償のための 200億ドル(同じく1兆7400億円)の基金を設置した。自ら十分な支払い能力があることを示して、事態の収拾の道を開いたのだ。

 首 相は、煮え切らない言葉や無責任な発言によって、東電の破綻懸念を煽るのを慎むべきだ。むしろ、東電に、長年、地域独占で貯め込んだストックを供出させ、 BP以上の事故対策ファンドの設置を迫る方が建設的である。そうすれば、速やかに避難者らへの当面の補償を開始できる。

 民間のカネをいかす視点の欠如は、復興策にも当てはまる。財源を国債増発や増税だけで賄おうとせず、視野を広げて内外から投資を呼び込まないと、日本は沈没しかねない。

地域独占で生まれた「巨額の資産」

 まず、東電にどれぐらいのストックがあるか紹介しよう

  2009年度(2010年3月期)の有価証券報告書によると、原子力発電事業に関連する積み立てとして固定負債の部に、使用済燃料再処理等引当金(1兆 2100億6000万円)、使用済燃料再処理等準備引当金(363億1200万円)、原子力発電施設解体引当金(5100億1000万円)が蓄積されてい る。資本の部にも、資本剰余金(191億2300万円)と利益剰余金(1兆8314億8700万円)の計上がある。ちなみに、東電の純資産は2兆5164 億7800万円、総資産は13兆2039億8700万円だ

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2378?page=2

 電気料金は長年、放置できない内外価格差があると指摘されながら、経済産業省が地域独占を容認してきた結果、東電はこれほどの分厚い資産を形成す ることができたのだ。中には、電気事業法(電気事業会計規則)に根拠があり、転用に株主だけでなく経済産業大臣の承認が必要なものもある。が、両者が今回 の事故に際し、異を唱えるとは思えない。

 筆者は、これらを原資として、ただちに、事故対策と補償を目的にした基金を設置させることを提案する。合計の金額は3兆6069億9200万円に達する。BPの2倍の規模の資金を捻出できる計算だ。

 もちろん、今回の補償・賠償がそれ以上に巨額になるのではないか、という疑問は残るだろう。

  よく引き合いされる1999年の核燃料加工会社JCOの臨界事故の影響は遥かに小規模だった。東海村から出た避難要請は半径350m圏内の住民に対するも ので、期間は2日と3時間半程度に過ぎなかった。茨城県が出した屋内退避勧告も10km 圏内が対象で、その期間は1日もなかった。原子力損害調査会によると、この事故で行われた賠償は約7000件、総額は150億円だ。

 福 島第1原発の事故は、避難指示区域の半径が3、10、20kmと、また屋内退避区域が3~10、20~30kmと段階的に拡大されてきた。期間も、最後に 屋内退避地域が20~30kmに広げられた3月15日から数えても、すでに3週間が経過した。政府も月単位の避難が必要な可能性を認めている。

 加えて、東北、関東ではホウレンソウなどの野菜や原乳から多量の放射性物質が検出され出荷制限が敷かれている。海洋汚染も確認されており、漁業補償が不可欠との観測にも現実味がある。総合すれば、原発事故の損害が数兆円規模になる可能性は否定できない。

関東大震災でさえ該当しない「但し書き」

 東電の賠償責任の範囲はどうなっているのだろうか。

  「原子力損害の賠償に関する法律」(原子力損害賠償法)第3条は、「原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、原子力事業者がその損害を賠償する責 めに任ずる。ただし、損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によって生じたときは、この限りでない」(抜粋)と、過失の有無に関係なく、原発業者、つ まり今回の場合は東電に賠償責任を集中させている。

 後段の但し書きにある「異常に巨大な天災地変」は、歴史上あまりみられない大地震などを指す。関東大震災でさえ該当せず、これを相当程度上回るものでないと当たらないと解釈されている。

 関連して、枝野幸男官房長官はすでに、東日本大震災は「異常に巨大な天災地変」に該当せず、東電が賠償責任を負うべきだとの趣旨の発言を繰り返している。菅首相も「基本的には(東電に)民間事業者として頑張ってほしい」と東電に下駄を預ける態度だ。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2378?page=3

 押さえておくと、原子力損害賠償法は、損害保険への加入などを事業認可の条件としている。が、この保険の限度(原発の場合は1カ所につき1200 億円)は、賠償の上限ではない。この点で間違った情報が散見されるが、東電には無限の賠償責任がある。つまり、法的には、東電が総資産(13兆2039億 8700万円)のすべて注ぎ込んでも損害を賠償する義務があるのだ。

 そして、それでも賄いきれない事態を想定して国に賠償責任を課した のが、原子力損害賠償法の第16条である。「事業者に対し、損害を賠償するために必要な援助を行なう」としたうえで、その援助を「国会の議決により政府に 属させられた権限の範囲内において行なう」と定めている。

避難者や営農者、漁業者への速やかな補償が目的

 話を東電に戻そう。前述のように、国の負担を云々する以前に、東電には、機動的に利用可能な積立金だけでも3兆6000億円あまりの資金がある。

 まずは、ファンド化によって、資金・資力の存在を可視化して、自らの力で責任を全うする姿勢を明確にすべきである。

  そうすれば、銀行団の2兆円近い融資を「緊急融資」などとショッキングに報じる報道や、1年前に比べて8割を超す下落に見舞われた株価に動揺する株主、そ して債務不履行(デフォルト)のリスクに怯える東電債の保有者らは、ある程度、落ち着きを取り戻すことができるはずだ。この措置は、いたずらに東電の国有 化論や解体論を叫ぶより、よほど実践的と信じている。

 もちろん、経済的な不安心理の抑え込みだけが、この措置の目的ではない。むしろ、 このファンドを設置する最大の目的は、避難者や農家、漁師への補償を早急に開始することにある。そうした手を打つころで、避難を強いられている人たちの現 下の救い難い苦境を少しでも和らげることが急務なのだ。

 ちなみに、BPの場合、パートナー企業が多かったため、すべての賠償責任がBP1社に帰属しているかどうか争う余地があった。しかし、事態を深刻とみた米議会とオバマ政権は、毅然として圧力をかけ、事態の長期化を許さなかった。

  これに対して、東電の場合、端からそうした逃げ道はない。前述の原子力損害賠償法が、風評被害も含めて、相当の因果関係のある損害に対する賠償を、東電に 一元化しているからだ。当然、政府も怠慢を許してはならない。1日も早く機敏な対応を指導する責務があるのだ。これ以上、機能不全や思考停止に陥っている 猶予はない。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2378?page=4

 これまでの政府・東電の対応はあまりにも遅過ぎる。事故そのものの対応に追われているとはいえ、賠償・補償問題では、ようやく先月30日になって、笹木竜三文部科学副大臣が「原子力損害賠償紛争審査会を4月中にも設置する」と表明した程度なのだ。

 こうした対応は、JCOの臨界事故を受けて、賠償の制度化やマニュアル化などを提言していた「原子力損害賠償制度の在り方に関する検討会」の第1次報告書(2008年12月公表)の提言にも反する怠慢だ。

 とにかく、まずはこれまでの遅れを取り戻し、困っている避難者や農家、漁師への一時金支払いを迅速に行うため、政府・東京電力には視野を広げて迅速な措置を講じていただきたい。

 もし、万が一、避難指示や屋内退避勧告が何ヵ月にもわたって解除されず、ファンドの資金が不足する事態になれば、その時には改めて他の資産の換金手法などを検討すればよい。

  日本経団連加盟企業の中には奉加帳が回ってくるのではないかと危惧する声があるが、そんなものを回すぐらいならば、特別立法で関西電力、中部電力など東電 以外の全国8つの地域独占の電力会社や、電源開発(Jパワー)が積んでいる同じような趣旨の資産をプール制にして、今回の危機に供出して貰う手もあるだろ う。一気に資金量を数倍に膨らますことができる。

 責任を持って安定供給を果たす企業が現れれば、供給継続を条件に、発電設備や送電設備を売却する案も考えられる。管理・経営責任も明確にせず、あらゆる対策も講じないまま、血税をリスクにさらす解体論や国有化論を論じることは許されない。

タイミングを失った復興構想会議

 紙幅を費やしてしまったが、本コラムは週に1本しか公表できないので、本格的な復興のために、菅政権の視野の狭さにも苦言を呈しておきたい。

 まず問題なのは、首相の復旧、復興対策が、原発事故の賠償問題と同様に、スピード感を欠き、発想が硬直的になっていることだ。

 その結果、軸足が、新たな組織や会議作りばかりに偏り、肝心の施策の中身作りが遅れている。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2378?page=5

 例えば、1日。首相は、今月11日までに立ち上げたいという「復興構想会議」の話を記者会見の目玉に据えようとした。この会議が復旧・復興整備の第1弾で、青写真を描く役割を担わせるというのだ。

 しかし、すでに、この時点までに、被災から3週間という貴重な時間が過ぎ去った。青写真などとっくに完成しており、復旧・復興の実行段階に入っていなければならないタイミングを迎えているはずである。

 その一方で、急務の復旧関係の特別立法の策定作業が混乱を極めている。阪神淡路大震災の際は、震災から1ヵ月で16の特別法が国会に提出されたが、今回は土台となる基本法に何を盛り込むかさえ決まっていない。4月中の提出すら危ぶまれる。

  財源問題での指導力不足も深刻だ。首相は1日の会見で、「今年度の予算の一部凍結では十分ではないことは明らか」と認めながら、「復興構想会議や与野党の 協議で合意形成を図りたい」と自らリーダーシップを放棄し、具体策に言及しなかった。せめて、子ども手当の凍結など、民主党のマニフェストの修正ぐらいは 手をつけるべきだ。その程度のリーダーシップさえ発揮できないようでは、首相の職責はまっとうできない。

 半面、事務方では、「復旧復興特別税」という名の増税や、「震災国債」と名付ける国債の日銀引き受けなど、景気やマクロ経済の足を引っ張りかねないキワモノの論議が繰り広げられている。

 しかも、特別税の軸は所得税増税で、中高所得層に重い負担をかけるとされる。所得税の増税は、消費税増税より個人の消費意欲が減退させて、折から減速気味の日本経済の足を引っ張りかねない。

東北だけでなく西日本もにらみ一極集中の緩和を

 内 閣府は25日の月例経済報告にあわせて、東日本大震災の「マクロ経済的影響の分析」をまとめたが、それによると、北海道、青森、岩手、宮城、福島、茨城、 千葉の1道6県で、社会インフラ、住宅、民間企業の設備といったストックが受けた被害は、16兆円から25兆円に達する。

 国の一般会計の当初予算規模は90兆円強で、このうち40兆円以上の財源は国債発行に依存している。かねて財政不安が指摘されてきた状況なのに、その財政に復旧・復興負担をすべて押し付けるのは財政破綻懸念を煽る愚策である。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2378?page=6

 むしろ、東北地方だけでなく、幅広く各地に、内外から民間投資を呼び込む施策を講じることが重要だ。被災した企業の設備の復旧を支援するだけでなく、従来は国や自治体が整備主体だった社会資本への民間投資の奨励や、新たな産業育成の視点が大切なのだ。

 具体策としては、地方財源である法人住民税を大規模事業所の誘致のために減免できるように国の財源を移譲することや、雇用規制の緩和、外国人労働者のビザ制度見直し、空港・港湾・金融・通信・学校などカネやヒトの受け入れに必要な社会インフラの充実が求められる。

 さらに言えば、こうした民間資本の呼び込みを主体とした経済活性化策は、中長期の電力不足が懸念される関東への経済の一極集中を是正するために、被災した東北地方だけでなく、西日本各地も対象に含めて全国的に行う覚悟が求められる。

 さもないと、日本経済の空洞化や地盤沈下、衰退が加速する事態を招きかねない。

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2011年03月29日(火) 町田 徹

国際社会をも震撼させた政府と東電の稚拙さは「国有化」では解決しない
事故対応が終われば、抜本改革が必要だ
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2331

 国際社会はここへきて、菅直人政権と東京電力の福島第一原子力発電所の事故対応への懸念を強めている。

 欧米を中心に、多くの 国々がいち早く首都圏あるいは日本からの避難を自国民に促す動きをみせたことに続き、3月25日には、国連の潘基文(バン・キムン)事務総長が声明を発 表。改めて「日本の現況は国際的な緊急事態への対応と原発の安全管理体制の見直しを迫っている」と指摘し、日本と東電の対応の不備を浮かび上がらせた。

 さらに、米国がより踏み込んで政府と東電の事故対応に疑問を呈しており、原子炉に注入する水を海水から真水へ切り替える形で転換を迫ったことも明らかになっている。

 いずれの動きについても、底流には、深刻な事態を前にもたつき、機動的に有効な手を打てない政府と東電への苛立ちが横たわっていることは、日本国民として看過できない。

  これ以上の混乱を避けるため、当面の事故対策は両者に委ねる以外の選択肢はないと信じるが、それだけでは将来へ向けての経済の立て直しや、安全・安心な国 作りがままならないだろう。我々は、事態の収拾後を見据えて、今から政府や東電の国際社会などの評価をきちんと記録に留めておくべきだ。そして、今後の危 機管理や電力・原発行政を見直す礎にする必要がある。

基準の緩和へ動く菅政権へ国連から「牽制球」

  米国、英国、オーストラリア、ニュージランド、韓国が福島第一原発の半径80km圏内からの避難という、日本政府の対応を上回る措置を打ち出したほか、ド イツが東京と横浜からの退避を勧告。フランスやベルギーは自国民の出国に便宜を図るため軍用機を派遣する動きまで見せた。いずれも、東北関東大震災の発生 から4、5日しか経たない初動での動きだった。

 こうした避難の動きだけならば、幼い子供を抱えて慣れぬ外国で暮らす家族も少なくないことから、目くじらを立てるほどのことではないだろう。各国政府の通常の危機対応策の一環として鷹揚に眺めていることもできた。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2331?page=2

 しかし、福島第1原発事故が依然として終息に至らず、国際社会は危機感を募らせている。国連の潘事務総長は、傘下の国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長と同様に、繰り返し日本政府に積極的な情報開示や、いたずらな楽観論に基づく対応を諫めてきた。

 その潘事務総長が25日の声明で、各国に対し、日本の教訓を踏まえて、より革新的な安全管理体制を築くだけでなく、健康、食品供給、環境維持のため可能な限り高い基準を整備するように要求したことは衝撃的である。

 声明の内容は、日本の食品安全委員会が現行の国内基準を厳し過ぎるとして緩和する構えをみせているのと対照的であり、菅政権をけん制していると取れなくもない。

  また、米国はオバマ大統領が早くから「トモダチ作戦」を掲げて、再三にわたり日本への支援を惜しまない姿勢を鮮明にしていた。独自に取材したところ、実 は、米国は様々なレベルで、大統領の公式発言よりもさらに踏み込んで、積極的、かつ具体的に、広範な救援・復旧活動を打診していたという。

  それらの多彩な申し出を受けるのか受けないのか、肝心の日本政府は、なかなか回答せず、米側を苛立たせたとの証言があった。その原因は、普天間基地移転問 題で強まった米軍へのアレルギーを癒やすのに役立てたいという“下心”がミエミエと判断したからではないらしい。首相官邸が何でもかんでも抱え込んでしま い、権限委譲をしないため、それぞれの窓口で判断できない状況が続いたからだというのである。

 しかし、さすがの米国も、福島第1原発の 事故だけは、これ以上、放置できなかった。日本が、原発本来の冷却機能をなかなか回復できなかったからだ。事は急を要する。しかも、いつまでも不純物の多 い海水を注入し続けると、思わぬ2次災害が招きかねないと危機感を募らせて、まずは、早急に真水に切り替えることを政府・東電に迫ったという。

  その辺りの事情を公表したのは、25日に記者会見した北沢俊美防衛大臣だ。記者からの質問に答える形で「(背景に)腐食を防ぐため早く淡水に変更すべきだ という米側の非常に強い要請があった」と認めた。米側がオーストラリアから購入して日本に空輸したポンプや、1隻当たり1100トンの水を積めるバージ船 (はしけ)を使って近く注水の真水への切り替えを行うことにしたと内幕を明かしている。

 真水への切り替え問題について、北沢大臣はこの会見で、東電も同様の問題意識を持っていたと庇ってみせてはいる。だが、米側が痺れを切らすほど、政府や東電の対応がもたついていたことは否定できない。

「測定する装置を当社は持っていない」

 そして、先週後半、国連や米国でなくても、政府や東電の事故対応能力に首を傾げたくなるミスやお粗末な対応が立て続けに発生した。

  第1の問題は、24日に起きた。福島第一原発の3号機のタービン建屋の地下にできた水溜りが濃度の高い放射能で汚染されていることをきちんと連絡せず、下 請け会社や孫請け会社の作業員3人が被爆するという事故を起こしたのだ。現場でリスクを負う作業員を思いやらない、安全軽視も甚だしい事故である。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2331?page=3

 第2は、27日の騒動だ。2号機のタービン建屋で通常運転中の原子炉の水の1000万倍という高濃度のヨウ素134を検出したと午前中に発表し た。が、数時間後、この発表を取り消し、ヨウ素134ではなく、「コバルト56の可能性がある」と軌道修正。さらに、28日未明には「放射性物質はセシウ ム134など。濃度は10万倍だった」と二転三転するお粗末な情報公開を行ったのだ。

 しかも、この渦中で、1日4回の記者会見が重荷なので、2回に減らすと変更方針を表明。記者団から猛反発されて方針を撤回し、従来通り4回行うことにしたというのだ。

  第3は、やはり、27日に明らかになったこと。半減期が2万年以上のものもあり、漏えいした際の危険性が桁違いに高いプルトニウムによる土壌汚染の可能性 を問い質されて、おもむろに「測定する装置を当社は持っていない。測定していない以上は、絶対ないとは言えない」と答えたのだ。

 この答えは、東電が、実に被災から16日もの間、ろくに土壌汚染のリスクを調べずに放置してきたことを意味するものである。誠意の感じられない東電の情報開示姿勢にうんざりしていた記者たちでさえ、これには空いた口が塞がらなかった。

 列挙した3つの“事件”だけを見ても、菅政権や原子力安全・保安院(経済産業省)、東電に原発事故の対応や、原子力発電所の運転・監督などを行う能力も資格もないことは明らかだろう。言い換えれば、国際社会の厳しい視線は、正鵠を射ているのである。

いまだつながらない案内ダイヤル

 さらに首都圏に暮らす市民の立場から言えば、東電が28日からの実施方法の変更を打ち出した「計画停電」も、インフラの担い手としての東電の資質に疑問を投げかけるものに他ならない。

  東電は早々に、これまで5グループだった区割りを25に細分化し、「計画停電の対象をわかり易くした」と説明した。ところが、実際には区割りの詳細が実施 前日になっても発表されなかったのだ。加えて、利用者が問い合わせようにも、東電の案内ダイヤルが一向に繋がらない状況が放置されていた。

 ユーザーから見れば、今回の見直しでは、停電の実施がなかなか決まらない不都合がほとんど改善しない。みしろ、一段と複雑になり、不便さが増したとの印象が拭えない。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2331?page=4

 岩手、宮城、福島、茨城など深刻な被害を受けた被災地の復旧へ向けて、首都圏の住民も痛みを分かち合うのは当然だが、いつ起きるかわからない1日3時間か6時間の細切れ停電が続くようでは、経済的打撃は増幅する一方である。

 製造業、流通業だけでなく、病院のような機関も含めて、たとえ停電が1日とか数日連続することになったとしても、あらかじめ決められたスケジュール通りに行われた方が対応し易いところが多いはずである。東電の見直しは独りよがりに過ぎないのではないだろうか。

  原発事故で放射線を広範囲に撒き散らして、各地で飲料水や農産物を汚染した半面で、計画停電も強行して大きな混乱を引き起こしておきながら、被災や渋滞が 原因で検針できなかった306万世帯に対し、一方的に2月分と同額の暫定料金の支払いを求める請求書を送付した東電に呆れた読者も少なくないだろう。

国有化による体制温存は看過できない

 歴史的に電力各社が相互乗り入れを嫌い、1社で発電・送電を完結して行うために、隣接地域からの電力融通の充実を拒んできたことは、よく知られた話である。

  そもそも、今どき、50Hzと60Hzという電気の周波数の違いによって使えない電気製品がいったいどれだけあるのか、疑問である。ところが、今なお、電 力融通の拡大努力を怠ったまま、今年夏以降の電力不足を避けるため、東電や経済産業省は計画停電に加えて、電気料金の引き上げによって需要を抑え込む計画 という。

 独りよがりはいい加減にしてほしい。電力の値上げは、一般企業の経営コストを押し上げるだけでなく、家計の負担を増して、経済の足を引っ張る行為に他ならない。

 こうしたインフラ事業者にあるまじき対応が相次ぐ背景にあるのは、長年、地域独占に胡坐をかき、利用者を軽視してきた企業ならではの経済社会における常識の欠如と、競争導入の努力を怠り、その地域独占を容認してきた電力行政の未熟さだ。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2331?page=5

 福島第1原発の事故処理に目途が付き次第、例えば、通信、鉄道、航空など競争導入の経験が豊富な当局を広く包含した公益事業省の創設などを念頭に置いて、抜本的な体制見直しを行うことが必要だ。

 株式市場では、売買をはやし立てるための材料として、東電の国有化論を唱える向きが少なからず存在するという。

 しかし、両者の体制維持や温存を前提とするのは、論外である。国有化による東電の存続支援など、国民の支持を得るとは思えない。

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知事抹殺 つくられた福島県汚職事件 佐藤 栄佐久 (著)

原子炉時限爆弾 広瀬 隆 (著)

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ 小出 裕章 (著)

 

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2011年4月23日 (土)

ニュース・コメンタリー (2011年04月23日) 今週の福島原発 基本情報の公開なき楽観論には注意が必要

無料放送中>>>  (75分)  300k
ニュース・コメンタリー (2011年04月23日)
今週の福島原発
基本情報の公開なき楽観論には注意が必要(1時間15分27秒)
http://www.videonews.com/news-commentary/0001_3/001845.php

解説:小出裕章氏(京都大学原子炉実験所助教)
 東京電力は20日、福島第一原発1号機タービン建屋の地下にある汚染水から先月25日に発見された放射性塩素38(クロル38)について、再分析の結果検出できなかったとして、当初の発表が間違いであったとする結論を発表した。
 これに対して、京都大学原子炉実験所助教の小出裕章氏は、ガンマ線を出す核物質であるクロル38を専門家が間違えて計測するはずがないと反論し、周波数スペクトルなどの基本データを開示せずに結論だけを発表する東電の姿勢に疑問を呈した。
 小出氏はまた、先週日曜に東電から工程表が提示されるなど、福島原発の先行きについて楽観論が広がる中、原子炉の状態はまだ冷却が不十分であり、とても楽観視できるような状態には至っていないと警鐘を鳴らした。
 今週のニュース・コメンタリーは、神保哲生と萱野稔人津田塾大学准教授が今週の福島原発をめぐる動きを小出氏に聞いた。

今週のニュースコメンタリーは、無料で公開いたします。

 

※SOBA:以下は、再度見る時のための単なる個人的なメモです。(始めから1時間15分27秒までは——【必見マル激】523回「原発は安い」は本当か、ゲスト:大島堅一氏(立命館大学国際関係学部教授)(2011年04月23日)——でも同じです。)

解説:小出裕章氏(京都大学原子炉実験所助教)※

※始めから23分までの、小出さん解説部分は大事なのでマル激リンク切れに備え阿修羅にもmp3をアップしておきました

4分から、
神保:

4分10秒から、
小出:20日東電が発表、クロル38が出なかったこと→再臨界ではなかったの発表について。温度が下がらないと言うのは再臨界の決定的な証拠にはならないので、今後を見守りたい。
ゲルマニウム半導体検出器、クロル38(半減期37分)を間違えるというのは専門家ならありえない。

5分46秒から、
小出:
クロル38、ヨウ素138、

6分43秒から、
神保:

7分16秒
小出:
クロル38、スペトル、10日か2週間、

神保:
8分23秒
クロル38の半減期37分、1ヶ月、小さな臨界、臨界状態が解消、

9分14秒、
小出:
東京電力は、3月末に測定、クロル38、ほぼ一月、

9分43秒から、
神保:
スペクトラム、検証の仕組み

10分8秒
小出:
データーの開示を求める

10分20秒、
神保:

10分25秒
小出:

10分30秒
神保:
今週1週間の動き、保安院が初めて炉心溶融を認めた、3段階、炉心損傷、燃料ペレットの溶解、炉心溶融、3段階目

11分15秒
小出:

神保:

11分37秒
小出:
燃料ペレットの溶融、とっくの昔に分かっていた、プルトニウム、ストロンチウム、事故の初期にペレットの溶融、ペレットの溶融、炉心溶融は違うと言っているのですか、


12分34秒あたりから、
メルトダウン関連、これからの見通し。圧力容器の下に水があって燃料がメルトダウンで落ちれば圧力容器が水蒸気爆発で壊れてしまう。その外の格納機はペラペラの構造なので大量の放射性物質が出てしまう。

12分33
小出:
途中に引っかかっている

神保:

12分45秒
小出:
炉心に残っていると思っている、大量に溶けて落ちる、メルトダウン、これから、圧力容器の底、水蒸気爆発、大量の溶融体

14分
神保:

画像を示しながら
14分25秒
小出:
70%、降り積もっている、大変なことになる

15分45秒
神保:

15分55秒
小出:
ペラペラ、

分秒
神保

17分13秒
小出:

17分50秒
神保:

17分5秒から、
小出:

17分45
神保

18分5
小出

19分3秒
神保:

19分10秒から、
ロードマップで心配なのは2点。まず、原子力作業員方々の膨大な被爆。次々に倒れている。日本では、普通人は1ミリシーベルトだが、原子力作業員は1年20ミリシーベルトが「がまんしろよ」となっている。それを今回の仕事だけは100を我慢をしろと、それを250ミリシーベルトにゆるめた。熟練の作業員が必要なのに、ひょっとすると今度は500ミリシーベルトと言い出すのではないか。(関連記事:NHK3月16日記事「被ばく限度 緊急時は引き上げ」)

小出:
水がなければ格納容器の底が抜ける、さらに下に落ちればコンクリートがとける。

20分39
神保

小出:

萱野

22分、
図を示しながら、最悪シナリオ。水蒸気爆発の可能性がまだある。冷却がかなり困難な状況にあると思っています。

22分25秒
小出:あきれる。

↑23分、ここまで小出さん

23分2秒から
神保:

25分30秒あたりから
萱野:土木学会も東電が入って来て、反則。

28分15秒から、
放射能関係では今中先生
小出先生始め、警鐘をならす研究者のほとんどは、原子力に期待をして夢を見て入ったと、夢のある技術と思って研究に入って幻滅して反対の立場になった人が多い。

32分25秒
原発のコストについて、今まで発電のコストだけ。

35分30秒くらい、来週(4月30日に)いいだてつなりさんが朝生に出る。

36分から、
神保:原発の問題が、ライフスタイルの転換を含めた転機になるのではないか。

38分35秒から、
萱野稔人:集中と統合のモデルがたち行かなくなっている。転換、再考にさらされている。

42分30秒から、
萱野:秋田県が県の農産物の売り上げが800億円ある、電気を、東電に払ってるエネルギー代が1000億円。再生可能エネルギーで、秋田県でエネルギーの地産地消が出来れば1000億円のかなりの部分を自分のために使える。最近よく言われる、岩手県の葛巻町。再生可能エネルギーのモデルケースだったが停電になってしまった。それは送電網の問題、送電システムを東電が握っているので矢張り停電になった。風力発電で自分の所で発電がまかなえているのに(180%)東電に売って、それを買うと言う形になっている。

※関連:NHKラジオ第一ビジネス展望より。
4月12日(火)放送 
経済評論家 内橋克人さん(うちはし・かつと)
エネルギー転換のための政策と制度
http://www.nhk.or.jp/r-asa/businesswm04/2b2.asx

4月5日(火)放送
京都大学大学院准教授 諸富 徹さん(もろとみ・とおる)
分散型双方向電力供給システムの必要性
http://www.nhk.or.jp/r-asa/businesswm04/1b2.asx

 

45分38秒。
21日に環境省が経産省に試算をだして反撃、「風力発電だけで、原子力発電の40基分をまかなえる」。

 

47分
大谷さん、文科省がOKが、経産省がいちゃもん、教科書まで変えられた

※関連:NHKラジオ第一ビジネス展望より。
3月29日放送
経済評論家 内橋克人さん(うちはし・かつと)
原発安全神話はいかに作られたか
http://www.nhk.or.jp/r-asa/businesswm03/5b2.asx

※インタビューズ (2011年04月25日)(27分)無料放送中
文部省が原発をめぐる教科書の記述の変更を要求 「危険」の書き換えを求められた教科書執筆者・大谷氏に聞く

 

49分
萱野:上乗せ電気代に洗脳費まで消費者は払わされている。

50分
神保:危険性への安全代とか、他の必要経費を一切無視して発電代だけで見れば原発が安いというインチキ。

54分
神保:ヒロカワ准教授の、なぜ専門家は信用されないのか。経過を見せないと信頼されない。全く専門性がない普通の人でも専門家が(例えば御用学者とかが)本物かインチキかを見分けるのは経過を見せていないという一点から見ても、それほど難しいことではない。

1時間6分から、
萱野:地震が活動期に入ったのに原発でいいのか。


 以下、資料として採録。

【原発作業員】疲れ、廊下で仮眠 ロビーにあふれる作業員 Jヴィレッジを取材
http://www.47news.jp//47topics/e/207160.php

 「第1原発行きのバスが出まーす」。拡声器を通した声がロビーに響く。防護服を着て乗り込む人。すぐ脇の廊下で横になって仮眠する人。壁に張られた予定表や線量に関する注意書き。東京電力福島第1原発事故の対応拠点として、作業員と自衛隊員でごった返す「Jヴィレッジ」(福島県広野町など)を共同通信が取材した。rokadekamin.JPG


 第1原発から20キロ圏が警戒区域に設定される直前の21日朝、いわき市からJヴィレッジに向かう国道6号は作業着姿の男性たちを乗せたバスやワゴン車で混雑していた。20キロ地点に設けられた警察の検問を通り、Jヴィレッジに入る。

 玄関先には、防護服やヘルメット、手袋などが入った段ボール箱がうずたかく積まれていた。1階ロビーに足を踏み入れると、人、人、人。ぶつからないように気を使う。ロビー、廊下には防護服を着たまま疲れて倒れ込んでいる作業員も。こんなに雑然とした中でも、寝息を立てていた。
 壁を見ると、第1原発敷地内の放射線量に関する最新情報が。「落下ガレキ 雰囲気20 表面40」「ゾウ周辺 20~30」。単位はいずれもミリシーベルト。原子炉建屋の周辺、取水口付近…いずれも高い線量だ。

 それにしても「ゾウ」とは…。「以前はキリンだったけど、今じゃゾウ、シマウマもあるよ」と、近くの作業員。原子炉建屋に放水する生コン圧送機を、大きさや形に合わせてそう呼んでいるらしい。
 Jヴィレッジからは各地に向けて作業員らを運ぶ定期バスが出ている。乗車管理をする人たちの中には東電の女性社員もいた。第1、第2原発に向かうバス、近隣宿舎に帰るバス。東京直行便もあった。中でも、第1原発行きのバスに並ぶ作業員の顔は、心なしかこわばっているよう。
 「バスの中では窓を開けない」。ロビーの真ん中に立て看板。移動の際の格好についての記載も。防護服、ゴム手袋、全面マスク、靴カバー。雨の日の外作業はアノラックを着用のこと。

 昼食時。3階の講堂は東電社員や作業員の食事場所だ。仕出し弁当やカップ麺を黙々と口に運ぶ。廊下や階段では講堂からあふれた人たちが座って食事をしていた。
 施設では多くの自衛隊員が行き交う。がれき除去のために出動した戦車隊の待機所や、横田基地から来た米軍消防車運用チームの控室もあった。

 サッカー場の一部は、第1、第2原発への補給施設へと様変わり。作業員の一人は、レトルト食品や電子レンジで温めるパックご飯などが山積みになった補給施設前で「一時より、食事はだいぶ良くなりましたよ」と話した。(共同通信)
Rokadekamin 【写真】作業員でごった返すホテル棟=21日、福島県のJヴィレッジ


 

被曝100ミリシーベルト超30人に 熟練作業者の累積量が増大 収束へ課題【産経】
2011.4.23 20:22
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110423/dst11042320230042-n1.htm

 東京電力福島第1原子力発電所の事故で、同社は23日、累計の被曝(ひばく)線量が100ミリシーベルトを超えた作業員が1人増えて30人に達したことを明らかにした。緊急時の作業員の年間被曝限度は、今回の事故に限り本来の100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げられている。東電は「200ミリシーベルトに近づいた場合、放射線量が高い作業から外す」としており、最大の198ミリシーベルトを浴びた作業員1人がすでに同原発から離れた。

 事故収束に向けた工程表では今後、原子炉建屋内など放射線量の高い場所での作業が必要になるが、長期化に伴い熟練作業員らの累積被曝線量が増大しており、人材の確保が大きな課題となる。

 また、2号機タービン建屋地下や外部の配管トンネル「トレンチ」にたまった高濃度の放射性物質(放射能)を含む汚染水を集中廃棄物処理施設に移送する作業を継続。19日の作業開始から計約930トンを移したが、5月下旬までに計画する1万トンの10分の1にとどまっている。

 一方、これまで東電と経済産業省原子力安全・保安院、原子力安全委員会が別々に開いていた記者会見を25日から一本化すると発表した。毎日午後5時に東電本店で開き、事故対策統合本部の事務局長を務める細野豪志首相補佐官も出席する。それぞれの会見で説明内容が食い違うケースがあったためで、一本化で正確な情報発信を目指す。
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 いわゆる、福島50(←50人の現場作業者のこと)について。

20110328冷却には数年必要_福島第一原発設計者が語る
http://youtu.be/ZabVRGP5HEU

 福島第一原発6号機の建設を指揮した菊地洋一氏談。

197 5分20秒の所から

菊地洋一氏:蒸気の逃がした先は簡単なフィルターしかついていない。ちゃんとした建屋で本格的に除去していない。

ナレーター:燃料棒の冷却を続ける一方、放射能の拡散防止も同時に行うべきと指摘。

菊地:ラドウエストビル(廃棄物処理建屋)の能力を超えるなら、単独に建屋を作ってそこで処理をして捨てる。

記者:今福島50(←50人の現場作業者のこと)とか言われてますが、

菊地:少なすぎる、チェルノブイリはあっと言う間に60万人集めた。やはり一人の被曝線量を落とすためには4機もこんなになっていたなら何万人もいなければダメ。(SOBA:ここで言っているチェルノブイリの60万人と言うのは兵士のこと)

7分4秒から

菊地:燃料プール上からどうこう出来る状態じゃない。だから中で水を循環させながら、この外に石棺を作るしかない。この建物自体外を覆ってここから放射能を出て行かないようにして内部では冷やし続けると、。

関連:

2011年3月29日菊地洋一さん講演記録in静岡
http://youtu.be/Rbj-vPouRxg


 以下、資料として採録。

平成23年4月21日
平成22年度再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査の結果について(お知らせ)【環境省】
http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=13696

 環境省では、再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査を実施し、太陽光発電(非住宅系)、風力発電(陸上及び洋上)、中小水力発電及び地熱発電(温泉発 電を含む。)について、我が国における賦存量、導入ポテンシャル及びシナリオ別導入可能量を推計しましたので、お知らせします。
1.調査の概要

 環境省では、再生可能エネルギーの大規模な導入について検討を進めるために、平成21年度に再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査を実施し、太陽光発 電(非住宅系)、風力発電(陸上及び洋上)、中小水力発電及び地熱発電(温泉発電を含む。)について、我が国における賦存量及び導入ポテンシャルの推計を 行いました。また、その結果を地図情報として見ることができる、「再生可能エネルギーポテンシャルマップ」をインターネット上に公開しています (http://www.env.go.jp/earth/ondanka/rep/index.html)。
 平成22年度は、平成21年度調査結果の精度向上を図るとともに、再生可能エネルギーの全量固定価格買取制度の導入や技術開発によるコスト縮減を想定し たシナリオを設定し、そのシナリオの下で事業性の観点から具現化が見込まれる量である、シナリオ別導入可能量についても推計を行いました。
(用語の説明)


    賦存量:設置可能面積、平均風速、河川流量等から理論的に算出することができるエネルギー資源量。現在の技術水準では利用することが困難なものを除き、種々の制約要因(土地の傾斜、法規制、土地利用、居住地からの距離等)を考慮しないもの。

    導入ポテンシャル:エネルギーの採取・利用に関する種々の制約要因による設置の可否を考慮したエネルギー資源量。賦存量の内数。

    シナリオ別導入可能量:事業収支に関する特定のシナリオ(仮定条件)を設定した場合に具現化が期待されるエネルギー資源量。導入ポテンシャルの内数。対象 エネルギーごとに建設単価等を仮定した上で事業収支シミュレーションを行い、税引前のプロジェクト内部収益率(PIRR)が概ね8.0%以上となるものを 集計したもの(※年次は特定していない)。概して実際の導入量はシナリオ別導入可能量を下回ると予想されるが、経済的要因以外の要因で導入される場合もあ るため、実際の導入量がシナリオ別導入可能量を上回ることがあり得る。

 推計結果については、別添資料「平成22年度再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査概要」をご覧ください。また、推計条件や、電力供給エリア及び都道 府県ごとの推計結果については、報告書を環境省ウェブサイト(http://www.env.go.jp/earth/report/h23-03/)に 掲載していますので、そちらを参照してください。
2.再生可能エネルギー導入ポテンシャルマップについて

 平成22年度調査結果を反映した再生可能エネルギー導入ポテンシャルマップは、平成23年5月中に公開する予定です。

添付資料

    【別添】平成22年度再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査概要(特に東北地方と関東地方に焦点を当てて) [PDF 908KB]
http://www.env.go.jp/press/file_view.php?serial=17339&hou_id=13696

連絡先

環境省地球環境局地球温暖化対策課
直通 03-5521-8339
代表 03-3581-3351
課長 室石 泰弘(内線6770)
調整官 立川 裕隆(内線6771)
課長補佐 平塚 二朗(内線6791)
担当 工藤 俊祐(内線6795)
関連情報
関連Webページ

    再生可能エネルギー導入ポテンシャルマップ

 

「風力発電は追い風」 遊佐町7基設置、町長歓迎【朝日】
http://mytown.asahi.com/areanews/yamagata/TKY201104220574.html

2011年4月23日
写真 TKY201104220573.jpg

日本海からの海風を受けて回る風力発電機=遊佐町

 山形県遊佐町に7基の風力発電機を設置し、運転を始めた庄内風力発電(本社・茨城県日立市、鈴木和夫社長)が5月13日に現地で竣工(しゅんこう)式を 行う。打ち合わせのため21日に同社と東京ガスの幹部らが遊佐町役場を訪れ、東京ガスが第三者割当増資を引き受け、発行済み株式の3割を譲り受けたことを 報告した。

 遊佐町の時田博機町長は「東京ガスが経営に参画して経営基盤が強化されることは喜ばしい。原発事故をきっかけにエネルギー転換を考える時期にきており、風力発電に追い風になる」と歓迎する。

 庄内風力発電は日立エンジニアリング・アンド・サービスが筆頭株主となり、03年に設立された。05年から酒田市で450キロワットの発電容量を持つ風 力発電機3基(出力計1350キロワット)を運転。遊佐町では、民有地保安林のクロマツ林の中に、支柱の高さ78メートル、3枚の羽根の長さ41メートル の大型風力発電機(出力2080キロワット)を7基設置し、計1万4560キロワットを発電する予定。風速の変化で変動する出力を蓄電する最新システムや 落雷対策装置なども備え、昨年12月から運転を始めている。

 機器の納入、工事、保守サービスを担当する日立エンジニアリング・アンド・サービスによると、遊佐町の風力発電所の運転では想定通りの出力があり、約7千世帯分の一般家庭の電力がまかなえると見込んでいる。

 町は09年に風力発電施設建設ガイドラインを策定。鳥海山などの景観に配慮して建設可能地域を海岸部に限定し、住宅から300メートル以上離して騒音基準も設けた。

 時田町長は「風力発電は民間の力を借りたが、エネルギー供給の風下にいて恩恵を受けるだけでなく、太陽光や小水力などを利用して、地域でエネルギーを自給し、いずれは風上になるようにしていきたい」と話している。

 

電源政策 原発頼みから脱却を 4月23日(土)【信濃毎日】
http://www.shinmai.co.jp/news/20110423/KT110422ETI090003000022.htm

 日本のエネルギー源とりわけ電力をどう確保していくか。東日本大震災後の復興の大きな課題である。

 政府や電力会社は原子力発電の安全性を強調し、大幅増設を打ち出していた。津波による東京電力福島第1原発の事故で事態は一変した。原子炉の冷却ができず、放射性物質が大量に漏れ出している。

 原発事故のひどさの程度を表す段階(0~7)で最悪の7に位置付けられた。旧ソ連のチェルノブイリ事故と同じレベルである。日本の原発頼みの政策が破綻したことを物語る。

<封じ込めと検証>

 緊急に果たすべき課題がある。一つは、放射能漏れを一刻も早く封じ込めることだ。

 東電が発表した工程表によると、3カ月程度で「放射線量の着実な減少傾向」、6~9カ月程度で冷温停止を目指す。危険と背中合わせで懸命な作業が続いている。作業現場の被ばくを避けるため万全の防備をして、この目標を達成してほしい。

 ただ、専門家飯田哲也さんのように、収束に複数年単位の期間を要し、その後の管理は100年単位に及ぶとの見方もある。

 二つ目は、原発の近くから避難している人たちや農水産物に対する補償と生活再建だ。周辺20キロ圏内は22日から住民の立ち入りを禁じる「警戒区域」になった。

 三つには事故がなぜ起き、どれだけの被害をもたらしたか、対応が迅速的確だったのかなど、総合的に徹底検証することだ。

 電力会社や経済産業省原子力安全・保安院に任せておくわけにはいかない。当事者や利害関係者を排した第三者機関をつくり、国外の専門家に加わってもらうことも必要になろう。

<再生可能エネルギー>

 菅直人首相は参院予算委員会で、原発の新増設計画について、安全最優先での見直し検討を明言した。新増設計画の凍結もありうるとの発言だが、具体的な道筋や本音が分かりにくい。

 日本の電力生産に占める原子力発電は現在、約30%である。今後は増設が難しく廃炉も迫られる。これに代わる電力源をどう確保するかが最大の問題となる。

 再生可能エネルギー(自然エネルギー)への転換で、活路を開きたい。中でも「新エネルギー」と呼ばれる中小規模の水力発電、太陽光発電、風力発電、燃料電池などに期待が高まる。

 現時点で占める割合は小さいが、発電時に火力発電のような温室効果ガスを出さない。原発と違って放射能の心配がない。

 世界的に、再生可能エネルギー重視が強まっている。米シンクタンク「ワールドウオッチ研究所」によると、2010年の世界の発電容量は、再生可能エネルギーが原発を初めて逆転した。

 環境省は東北地方では風力や地熱などに大きな可能性があり、火力や原子力中心の現行発電量を上回る潜在力があるとの調査結果をまとめた。復興では大きな柱として導入するべきだ。

 全国各地で軌道に乗せるには、政府の積極支援が要る。原発や核燃料サイクルに対してではなく、再生可能エネルギー施設の設置や技術開発、その電力の買い上げに重点を置くときである。

 エネルギーの地産地消にもつなげたい。太陽光発電が長野県内各地で盛んになっている。小規模水力発電では、信大工学部や各地域が力を入れている。

 バイオマス(生物資源)では、間伐材のペレット(粒)燃料化が進んでいる。わらからエタノールを取り出すなどの試みもある。食べ物として大切な穀物の実以外の生物資源からエネルギーを取り出す技術が求められる。

 県は地熱なども含めて風土に適した再生可能エネルギーを広く探り、育てることが望ましい。

<浪費しない社会に>

 西日本では発電できているのに、周波数変換容量が少ないため東日本に多くを送電できない。変換容量を高めねばならない。全国を一体化した送電会社創設が必要との指摘もある。

 情報技術で電力の需給を制御する次世代送電網(スマートグリッド)も進めたい。このシステムと蓄電技術が進歩すれば、太陽光や風力発電の余剰電力を蓄え、需要増大時にうまく送れる。

 エネルギーの効率利用や省エネの技術開発が一層求められる。

 より大切なのは、エネルギーの浪費を見直すことだ。私たちは豊かな生活を求め、過度なエネルギー依存型になっている。

 原発の危険に警鐘を鳴らした原子核化学者の高木仁三郎さんは著書「プルトニウムの恐怖」(岩波新書)で次のように書いた。

 〈いま求められているのは、明日の食卓に一切れでも多くのパンを確保しようとする努力ではなく、子や孫たちの食卓をとりまく環境に想いを馳(は)せる気持ではないだろうか〉

 その指摘から30年。日本再生のために、重くとらえ直したい。

 

風力発電で原発40基分の発電可能 環境省試算【朝日】
http://www.asahi.com/national/update/0421/TKY201104210510.html
2011年4月22日5時0分

 環境省は21日、国内で自然エネルギーを導入した場合にどの程度の発電量が見込めるか、試算した結果を発表した。風力発電を普及できる余地が最も大きく、低い稼働率を考慮しても、最大で原発40基分の発電量が見込める結果となった。風の強い東北地方では、原発3~11基分が風力でまかなえる計算だ。

 同省は震災復興にあたり、風力発電を含めた自然エネルギーの導入を提案していく方針だ。

 今回の試算は、理論上可能な最大導入量から、土地利用や技術上の制約を差し引き、さらに事業として採算性を確保できることを条件に加えた。

 試算によると、固定価格買い取り制度など震災前に政府が決めていた普及策だけでも、風力なら日本全体で約2400万~1億4千万キロワット分を導入できる。風が吹いているときだけ発電するため、稼働率を24%と仮定。それでも出力100万キロワットで稼働率85%と仮定した場合の原発約7~40基分に相当する。

 ただし東北など電力需要を上回る発電量が期待できる地域がある一方で、電力会社間の送電能力には現状では限界がある。試算どおりに導入するのは短期的には難しいとみられている。

 家庭以外の公共施設や耕作放棄地などを利用する太陽光発電や、用水路などを活用する小規模の水力発電についても検討したが、多くの導入量は見込めなかった。これらを普及させるには、さらに技術開発を促すなど追加的な政策が必要だという。

 

「脱原発」財団設立へ ソフトバンク・孫社長が10億円【朝日】
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201104200522.html
2011年4月20日19時53分

 ソフトバンクの孫正義社長は20日、「自然エネルギー財団」を数カ月以内に発足させると表明した。原子力発電所への依存から脱し、太陽光発電などを促進するエネルギー政策を提言する。財団運営のため、孫社長個人が少なくとも10億円を出すという。

 20日、東日本大震災からの復興計画を検討する民主党議員の会合で表明した。世界の科学者100人を日本に招き、原発に代わる自然エネルギーの研究や政策提言をするという。

 孫社長は被災者支援のため、個人で100億円を寄付することも決めている。

 

福島第1原発:米エネルギー業界大揺れ 原発建設懐疑的に【毎日】
http://mainichi.jp/select/biz/news/20110424k0000e020007000c.html

 【ワシントン斉藤信宏】米エネルギー業界が福島第1原発の事故で大きく揺れている。オバマ米大統領は「原発は風力や太陽光などと並ぶクリーンエネルギーの大きな柱になる」と改めて建設推進の姿勢を示したが、米国内では安全性への懸念から原発の建設・運営コストが増加するとの見方が台頭。ここ数年の技術革新で掘削が容易になった天然ガスの一種、シェールガスの存在もあり、原発建設を巡る情勢は様変わりしている。

 「安全性調査は当然避けて通れない。その結果を見て今後の投資方針を決める」。米電力・ガス大手エクセロンのロー最高経営責任者(CEO)は先月下旬、新規の原発建設に慎重な姿勢を示した。エクセロンは原発17基を保有する原発運営の米最大手で、オバマ政権の原発推進政策を受けて39億ドル(約3240億円)超の大規模な投資計画を進めてきた。ところが、福島原発の事故で投資環境は一変。「調査次第では計画の取りやめもありうる」(ローCEO)と消極姿勢に転じた。

 実際、進行していた原発建設計画のほとんどが福島第1原発の事故後に停止し、東芝も出資したテキサス州のサウステキサスプロジェクト発電所の計画は、予定していた東京電力の出資見送りで計画自体が頓挫。地元の電力会社との長期電力購入契約に向けた交渉もストップし、19日には事業主の米電力大手NRGエナジーが事実上の撤退方針を発表した。

 米国内には、現在31州に計104基の原発があり、電力の約20%を賄っている。79年のスリーマイル島原発事故以来、30年以上も凍結されてきた原発建設だが、オバマ政権の後押しもあり、計24基の計画が進行中だった。ところが、福島原発の事故に加えて、ここ数年、埋蔵量豊富なシェールガスの掘削技術の進化で「電力各社の原発への熱意は急速に冷めている」(米電力業界アナリスト)という。

 シェールガスの推定埋蔵量は米国だけで米国内の消費量の30年分を超えると言われている。価格も安価で「短期的には原子力より天然ガス」(ローCEO)とコスト面からも原発への逆風は強まっている。福島第1原発の事故が重なったことで、米国内では「原発事業者にとっては冬の時代に入った」(日系電力会社幹部)との見方も出ている。

 ◇日本の原発メーカーにも打撃必至

 福島第1原発事故は、日本の原発メーカーにも大きな影響を与えている。

 東芝は、09年度に約5700億円だった原子力事業を15年度までに1兆円とする目標を掲げていたが、佐々木則夫社長は「各国で安全規制が見直されつつあり、着工が遅れる可能性がある」として計画見直しを表明。日立製作所も30年までに38基の新規受注を目指すとしていたが、「明らかに遅れが出る。計画の見直しは当然」(中西宏明社長)。イスラエル、ベネズエラのような新設計画の断念が続けば、業績への打撃は必至の情勢だ。

 実際に変更を迫られた計画も既に出始めている。米テキサス州の計画が頓挫したことに加え、東芝が東京電力と組んで輸出を目指していたトルコでは東電が参加を断念。東芝は東電の代わりに別の電力会社と組んでの受注を目指さざるを得なくなっている。

 一方で新設計画続行を表明したベトナムのようなケースもある。ただ、メーカー側は、事故の長期化で原子力への不信感が増大すれば、こうした計画も見直しが迫られかねないと懸念する。仏アレバなど海外の原子力関連企業が相次いで事故収拾に向けた支援を表明しているが、自社の原子力事業への悪影響を食い止めたいとの思惑も見え隠れする。

 政府が推進してきた原発の海外輸出にも見直しの動きが出ている。新興国の旺盛な電力需要に加え、「温暖化対策の切り札」(経済産業省幹部)として売り込みを進めてきたが、福島の事故で売り文句だった「安全性」は吹き飛んだ。22日には玄葉光一郎国家戦略担当相が「一度立ち止まらなければいけない」との見解を示すなど、政府関係者から原子力政策見直しの発言が相次いでいる。【弘田恭子、増田博樹】

    <オバマ米大統領は…>原油輸入、10年で3分の2に 原子力発電を推進
    再生可能エネルギー:原発を逆転 風力や太陽光発電など
    ルクセンブルク:副首相「原発は過渡期の手段」会見で表明
    インド:反原発デモ、1人死亡 世界最大、建設予定地で
    原発依存のリスク 凍結、安全アピール…対応に追われる各国
    世界史の現場で:/4 1986年チェルノブイリ原発事故

毎日新聞 2011年4月24日 11時15分(最終更新 4月24日 14時50分)

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※原発関連で3冊:

知事抹殺 つくられた福島県汚職事件 佐藤 栄佐久 (著)

原子炉時限爆弾 広瀬 隆 (著)

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ 小出 裕章 (著)

 

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2011年4月22日 (金)

文科省の内部被曝(被ばく)関連報道発表が出た3日後の、NHKのいかにもな、何やら怪しいインフルエンザ注意ニュース。

 当初、【必見YouTube】終わりなき人体汚染 〜チェルノブイリ事故から10年〜(1996年放送NHKスペシャル)のエントリー中で書きましたが、重要な話題なので表題をつけ別エントリーで独立させておきます。

 夕方のNHKニュースで、被災現地でインフルエンザが流行りそうなので「手洗いやマスクの着用」→次に3時間後、肺炎が急増なので「マスクの着用や手洗い」「外履きの靴や服などはできるだけ建物の外で脱いで、中に入る前には必ず手や顔を洗う」のニュースの流れが何やらあやしいニオイがプンプン

 最初のNHKニュース(4月22日 16時28分更新)では東北中心に「インフルエンザ」、その3時間後(4月22日 19時32分更新)のニュースでは被災地の「肺炎」についてです。何でこの時期にインフルエンザ?実は「放射性物質除染のため」「体内被ばく(被曝)を防ぐため」なのではないか。もしそうなら、怪しいニュースで間接的に言わず、もっと正直に報道したらどうなのか。

 このニュースは見た瞬間違和感を感じました(※1)。何故なら、NHKのこのニュースの3日前、4月19日に文科省が「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」の報道発表をしていたからです。文科省報道発表の「3.留意点」別添の所を見るなら内部被曝の防止について言っている事は明らか(※2)。もしNHKのニュース源が正しいとするなら、被災地の「インフルエンザ」や、特に「肺炎」何たらと肺の事を心配してくれるなら、同時に内部被曝について触れたらどうなのか。

※1、長期逗留、長崎滞在中の部屋のTVで見ていましたが、僕と似顔絵@nigaoe が間髪入れず言ったのは「何なの、このニュース」でした。

※2、文科省の報道発表が「放射性物質」や「体内被曝」あるいは「内部被曝」の言葉を使っていないのは姑息ですが、内容的には正に内部被曝防止の留意点です。

 NHKは3・11発災後の原発事故以来、特に一般向けのニュースでは「体内被ばくを防ぐため」のような直接的に表現する報道をしない。まるで、NHKは「体内被ばく」なんて言葉を検閲しているかのようです。1996年にチェルノブイリ事故ドキュメンタリーを放送した時には平気で言っていたくせに、日本自身の事になると口をつぐむのか。(※)

※追記:NHKはその後かなりたってから、内部被ばくの事も言うようになりました。当初しばらくの間、NHKは特に一般向けのニュースでは直接的表現で内部被ばくについては触れないようにしていた

 

 以下、資料として採録。

被災地で肺炎が急増 予防策を(4月22日 19時32分更新)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110422/t10015495511000.html

東日本大震災の被災地で肺炎の患者が急増していることが分かりました。現地の医師は、津波で運ばれた泥などが乾燥して空気中に舞い上がっているとして、マスクの着用や手洗いなど、予防策を徹底するよう呼びかけています。

これは、宮城県石巻市の石巻赤十字病院の矢内勝医師が、22日、東京で開かれた日本呼吸器学会で報告したものです。それによりますと、先月11日の震災発生以降、19日までの1か月余りで、肺炎で石巻赤十字病院に入院した患者は178人に上り、震災前の去年の同じ時期と比べると、およそ4.5倍に増えているということです。被災地では、津波で運ばれた大量の泥などが乾いて、空気中をほこりとして舞っている状態で、矢内医師は、震災の1週間後から、ほこりを吸い込んだことが原因と思われる肺炎患者が目立ち始めたと指摘しました。そのうえで矢内医師は、今後、各地でがれきの撤去が本格化すれば、さらに多くのほこりが舞い、長引く避難生活で体力が落ちている高齢者などが肺炎になる危険性が一段と高まるおそれがあるとして、予防策の徹底を呼びかけました。矢内医師は「マスクの着用に加えて、外履きの靴や服などはできるだけ建物の外で脱いで、中に入る前には必ず手や顔を洗うなど、外のほこりが中に入らないようにする対策も重要だ」と話しています。(

このNHKニュースと、ニュース3日前の文科省報道発表中、「3.留意点」別添の所とをぜひ比べてみてください。

参考:Twitterでも、
(↓クリックすると拡大します)
Nhktwitter
https://twitter.com/#!/nhk_news/status/61377143451549696
@nhk_news NHKニュース
被災地で肺炎が急増 予防策を http://nhk.jp/N3vK6V6l #nhk_news
4月22日 NHKから

 

インフルエンザ 東北中心に再流行(4月22日 16時28分更新)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110422/t10015489561000.html

東北地方を中心にインフルエンザの患者が再び増え始め、この時期としては過去10年で2番目に高い水準となっていることが、国立感染症研究所の調査で分かりました。

国立感染症研究所によりますと、17日までの1週間に全国5000の医療機関から報告されたインフルエンザの患者は、1か所当たり6.42人と、前の週を0.07人上回り、3週間ぶりに増加に転じました。患者は全国の24の都道府県で前の週より増え、この時期としては過去10年で2番目に高い水準だということです。特に増加が目立つのは東北地方で、1つの医療機関当たりの患者は、青森が8.44人、山形が6.79人、秋田が5.69人と、前の週を1.11人から2.37人上回りました。岩手と宮城、それに福島の各県は、震災の影響で正確なデータを把握できない状態が続いていますが、同じように患者が増えている可能性があるとしています。検出されるウイルスはこれまで少なかったB型が半数を占め、患者が増える要因になっているとみられています。国立感染症研究所の安井良則主任研究官は「流行は大型連休明けごろまで続くとみられる。特に多くの人が集団で生活する被災地の避難所では、疲れなどから感染が広がりやすい状態になっているおそれがあるので、手洗いやマスクの着用などの対策を改めて徹底してほしい」と呼びかけています。(

 

上記2本のNHKニュースの3日前に文科省の以下報道発表が出てます。例として「3.留意点」別添の所です。文科省が「放射性物質」や「体内被曝」あるいは「内部被曝」の言葉を使っていないのは姑息ですが、内容的には正に内部被曝を防ぐための留意点でしょう。NHKニュースで被災地の「インフルエンザ」や、特に「肺炎」何たらと肺の事を心配してくれるなら、同時に内部被曝について触れたらどうなのか。文部官僚の姑息にやられたか、それとも無能なのか、NHKニュースでは「放射性物質」や「内部被曝」について、言葉を使わないどころか内容的にも一切ふれていない。NHKはまるで「放射性物質」や「内部被曝」についてふれることが禁忌・タブーでもあるかのような報道姿勢です。

 関連として、後ろで文科省の「暫定的考え方について」への日弁連会長声明を採録しておきました

 

P_20071213snsa0053s ←高木義明文部科学大臣(民主党菅直人内閣)


(以下転載始め)

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http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/23/04/1305174.htm

福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について

平成23年4月19日

標記の件につきまして、原子力災害対策本部から、福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方が示されましたので、別紙1のとおりお知らせします。
また、これを踏まえ、別紙2のとおり福島県教育委員会等に対し通知を発出いたしましたので、あわせてお知らせします。

別紙1

平成23年4月19日

文部科学省 殿
厚生労働省 殿

原子力災害対策本部

「福島県内の学校等の校舎、校庭等の利用判断における暫定的考え方」について

標記の件に関して、貴省における検討を踏まえ、とりまとめた考え方について原子力安全委員会に助言を要請したところ、原子力安全委員会から別添1の回答を得た。別添2の考え方に基づき、別添1に留意しつつ、福島県に対し、適切に指導・助言を行われたい。

 

別添1

平成23年4月19日

原子力災害対策本部 殿

原子力安全委員会

「福島県内の学校等の校舎、校庭等の利用判断における暫定的考え方」に対する助言について(回答)

平成23年4月19日付で、要請のありました標記の件については、差支えありません。なお、以下の事項にご留意ください。

(1)学校等における継続的なモニタリング等の結果について、二週間に一回以上の頻度を目安として、原子力安全委員会に報告すること

(2)学校等にそれぞれ1台程度ポケット線量計を配布し、生徒の行動を代表するような教職員に着用させ、被ばく状況を確認すること

 

別添2

                                                           平成23年4月19日
原子力災害対策本部

福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方

1. 学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的な目安について

学校等の校舎、校庭、園舎及び園庭(以下、「校舎・校庭等」という。)の利用の判断について、現在、避難区域と設定されている区域、これから計画的避難区域や緊急時避難準備区域に設定される区域を除く地域の環境においては、次のように国際的基準を考慮した対応をすることが適当である。

国際放射線防護委員会(ICRP)のPublication109(緊急時被ばくの状況における公衆の防護のための助言)によれば、事故継続等の緊急時の状況における基準である20~100mSv/年を適用する地域と、事故収束後の基準である1~20mSv/年を適用する地域の併存を認めている。また、ICRPは、2007年勧告を踏まえ、本年3月21日に改めて「今回のような非常事態が収束した後の一般公衆における参考レベル(※1)として、1~20mSv/年の範囲で考えることも可能」とする内容の声明を出している。

このようなことから、児童生徒等が学校等に通える地域においては、非常事態収束後の参考レベルの1-20mSv/年を学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的な目安とし、今後できる限り、児童生徒等の受ける線量を減らしていくことが適切であると考えられる。

※1 「参考レベル」: これを上回る線量を受けることは不適切と判断されるが、合理的に達成できる範囲で、線量の低減を図ることとされているレベル。

また、児童生徒等の受ける線量を考慮する上で、16時間の屋内(木造)、8時間の屋外活動の生活パターンを想定すると、20mSv/年に到達する空間線量率は、屋外3.8μSv/時間、屋内木造1.52μSv/時間である。したがって、これを下回る学校等では、児童生徒等が平常どおりの活動によって受ける線量が20mSv/年を超えることはないと考えられる。また、学校等での生活は校舎・園舎内で過ごす割合が相当を占めるため、学校等の校庭・園庭において3.8μSv/時間以上を示した場合においても、校舎・園舎内での活動を中心とする生活を確保することなどにより、児童生徒等の受ける線量が20mSv/年を超えることはないと考えられる。

2. 1.を踏まえた福島県における学校等を対象とした環境放射線モニタリングの結果に対する見解

平成23年4月8日に結果がとりまとめられた福島県による学校等を対象とした環境放射線モニタリング結果及び4月14日に文部科学省が実施した再調査の結果を踏まえた原子力災害対策本部の見解は以下のとおり。

なお、避難区域並びに今後設定される予定の計画的避難区域及び緊急時避難準備区域に所在する学校等については、校舎・校庭等の利用は行わないこととされている。

(1)文部科学省による再調査により、校庭・園庭で3.8μSv/時間(保育所、幼稚園、小学校については50cm高さ、中学校については1m高さの数値:以下同じ)以上の空間線量率が測定された学校等については、別添に示す生活上の留意事項に配慮するとともに、当面、校庭・園庭での活動を1日あたり1時間程度にするなど、学校内外での屋外活動をなるべく制限することが適当である。

なお、これらの学校等については、4月14日に実施した再調査と同じ条件で国により再度の調査をおおむね1週間毎に行い、空間線量率が3.8μSv/時間を下回り、また、翌日以降、再度調査して3.8μSv/時間を下回る値が測定された場合には、空間線量率の十分な低下が確認されたものとして、(2)と同様に扱うこととする。さらに、校庭・園庭の空間線量率の低下の傾向が見られない学校等については、国により校庭・園庭の土壌について調査を実施することも検討する。

(2)文部科学省による再調査により校庭・園庭で3.8μSv/時間未満の空間線量率が測定された学校等については、校舎・校庭等を平常どおり利用をして差し支えない。

(3)(1)及び(2)の学校については、児童生徒等の受ける線量が継続的に低く抑えられているかを確認するため、今後、国において福島県と連携し、継続的なモニタリングを実施することが適当である。

3.留意点

この「暫定的考え方」は、平成23年3月に発生した福島第一原子力発電所の事故を受け、平成23年4月以降、夏季休業終了(おおむね8月下旬)までの期間を対象とした暫定的なものとする。
今後、事態の変化により、本「暫定的考え方」の内容の変更や措置の追加を行うことがある。

別添

児童生徒等が受ける線量をできるだけ低く抑えるために取り得る学校等における生活上の留意事項

以下の事項は、これらが遵守されないと健康が守られないということではなく、可能な範囲で児童生徒等が受ける線量をできるだけ低く抑えるためのものである。

1校庭・園庭等の屋外での活動後等には、手や顔を洗い、うがいをする

2土や砂を口に入れないように注意する(特に乳幼児は、保育所や幼稚園において砂場の利用を控えるなど注意が必要。)。

3土や砂が口に入った場合には、よくうがいをする

4登校・登園時、帰宅時に靴の泥をできるだけ落とす

5土ぼこりや砂ぼこりが多いときには窓を閉める

 

参考1

平成23年4月19日

原子力安全委員会 殿

原子力災害対策本部

「福島県内の学校等の校舎、校庭等の利用判断における暫定的考え方」に対する助言について(要請)

標記の件に関して、別添のとおり、「福島県内の学校等の校舎、校庭等の利用判断における暫定的考え方」を取りまとめたが、このことについて、原子力安全委員会の助言を求める。

    (別紙2)福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について

 

お問い合わせ先

原子力災害対策支援本部(放射線の影響に関すること)
堀田(ほりた)、新田(にった)、奥(おく)
電話番号:03-5253-4111(内線4604、4605)

スポーツ・青少年局学校健康教育課(学校に関すること)
平下(ひらした)、石田(いしだ)、北垣(きたがき)
電話番号:03-5253-4111(内線2976)

(原子力災害対策支援本部、スポーツ・青少年局学校健康教育課)

(以上転載終り)

 

(以下転載始め)

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福島県内の学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について
http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1305173.htm

標記の件について、福島県教育委員会等に発出しましたので、お知らせします。

23文科ス第134号
平成23年4月19日

  福島県教育委員会
  福島県知事
  福島県内に附属学校を置く国立大学法人の長              殿
  福島県内に小中高等学校を設置する学校設置会社を
  所轄する構造改革特別区域法第12条第1項
  の認定を受けた地方公共団体の長

                                 文部科学省生涯学習政策局長   板東久美子
                                                 初等中等教育局長  山中伸一
                                           科学技術・学術政策局長   合田隆史
                                                 スポーツ・青少年局長  布村幸彦

 
福島県内の学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について(通知)

 去る4月8日に結果が取りまとめられた福島県による環境放射線モニタリングの結果及び4月14日に文部科学省が実施した再調査の結果について,原子力安全委員会の助言を踏まえた原子力災害対策本部の見解を受け,校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方(以下,「暫定的考え方」という。)を下記のとおり取りまとめました。

 ついては,学校(幼稚園,小学校,中学校,特別支援学校を指す。以下同じ。)の校舎・校庭等の利用に当たり,下記の点に御留意いただくとともに,所管の学校及び域内の市町村教育委員会並びに所轄の私立学校に対し,本通知の趣旨について十分御周知いただき,必要な指導・支援をお願いします。

                                     記

1. 学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的な目安について

  学校の校舎,校庭,園舎及び園庭(以下,「校舎・校庭等」という。)の利用の判断について,現在,避難区域と設定されている区域,これから計画的避難区域や緊急時避難準備区域に設定される区域を除く地域の環境においては,次のように国際的基準を考慮した対応をすることが適当である。

  国際放射線防護委員会(ICRP)のPublication109(緊急時被ばくの状況における公衆の防護のための助言)によれば,事故継続等の緊急時の状況における基準である20~100mSv/年を適用する地域と,事故収束後の基準である1~20mSv/年を適用する地域の併存を認めている。また,ICRPは,2007年勧告を踏まえ,本年3月21日に改めて「今回のような非常事態が収束した後の一般公衆における参考レベル(※1)として,1~20mSv/年の範囲で考えることも可能」とする内容の声明を出している。

  このようなことから,幼児,児童及び生徒(以下,「児童生徒等」という。)が学校に通える地域においては,非常事態収束後の参考レベルの1-20mSv/年を学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的な目安とし,今後できる限り,児童生徒等の受ける線量を減らしていくことが適切であると考えられる。

※1 「参考レベル」: これを上回る線量を受けることは不適切と判断されるが,合理的に達成できる範囲で,線量の低減を図ることとされているレベル。

 また,児童生徒等の受ける線量を考慮する上で,16時間の屋内(木造),8時間の屋外活動の生活パターンを想定すると,20mSv/年に到達する空間線量率は,屋外3.8μSv/時間,屋内(木造)1.52μSv/時間である。したがって,これを下回る学校では,児童生徒等が平常どおりの活動によって受ける線量が20mSv/年を超えることはないと考えられる。さらに,学校での生活は校舎・園舎内で過ごす割合が相当を占めるため,学校の校庭・園庭において3.8μSv/時間以上を示した場合においても,校舎・園舎内での活動を中心とする生活を確保することなどにより,児童生徒等の受ける線量が20mSv/年を超えることはないと考えられる。

2. 福島県における学校を対象とした環境放射線モニタリングの結果について

(1)文部科学省による再調査により,校庭・園庭で3.8μSv/時間(幼稚園,小学校,特別支援学校については50cm高さ,中学校については1m高さの数値:以下同じ)以上の空間線量率が測定された学校については,別添に示す生活上の留意事項に配慮するとともに,当面,校庭・園庭での活動を1日あたり1時間程度にするなど,学校内外での屋外活動をなるべく制限することが適当である。

  なお,これらの学校については,4月14日に実施した再調査と同じ条件で国により再度の調査をおおむね1週間毎に行い,空間線量率が3.8μSv/時間を下回り,また,翌日以降,再度調査して3.8μSv/時間を下回る値が測定された場合には,空間線量率の十分な低下が確認されたものとして,(2)と同様に扱うこととする。さらに,校庭・園庭の空間線量率の低下の傾向が見られない学校については,国により校庭・園庭の土壌について調査を実施することも検討する。

(2)文部科学省による再調査により校庭・園庭で3.8μSv/時間未満の空間線量率が測定された学校については,校舎・校庭等を平常どおり利用して差し支えない。

(3)(1)及び(2)の学校については,児童生徒等の受ける線量が継続的に低く抑えられているかを確認するため,今後,国において福島県と連携し,継続的なモニタリングを実施する。

3.留意点

(1)この「暫定的考え方」は,平成23年3月に発生した福島第一原子力発電所の事故を受け,平成23年4月以降,夏季休業終了(おおむね8月下旬)までの期間を対象とした暫定的なものとする。

  今後,事態の変化により,本「暫定的考え方」の内容の変更や措置の追加を行うことがある。

(2)避難区域並びに今後設定される予定の計画的避難区域及び緊急時避難準備区域に所在する学校については,校舎・校庭等の利用は行わないこととされている。

(3)高等学校及び専修学校・各種学校についても,この「暫定的考え方」の2.(1),(2)を参考に配慮されることが望ましい。

(4)原子力安全委員会の助言を踏まえた原子力災害対策本部の見解は文部科学省のウェブサイトで確認できる。

 

別添

        児童生徒等が受ける線量をできるだけ低く抑えるために取り得る学校における生活上の留意事項

 以下の事項は,これらが遵守されないと健康が守られないということではなく,可能な範囲で児童生徒等が受ける線量をできるだけ低く抑えるためのものである。

1校庭・園庭等の屋外での活動後等には,手や顔を洗い,うがいをする

2土や砂を口に入れないように注意する(特に乳幼児は,保育所や幼稚園において砂場の利用を控えるなど注意が必要。)。

3土や砂が口に入った場合には,よくうがいをする

4登校・登園時,帰宅時に靴の泥をできるだけ落とす

5土ぼこりや砂ぼこりが多いときには窓を閉める

 

お問い合わせ先

原子力災害対策支援本部(放射線の影響に関すること)
電話番号:03-5253-4111(内線4605)

スポーツ・青少年局学校健康教育課保健管理係(学校に関すること)
電話番号:03-5253-4111(内線2976)

(スポーツ・青少年局学校健康教育課)

(以上転載終り)


 以下、雑談日記で保存している記事中、発災から2週間目のNHKのニュースです。内部被ばくの説明をしていないだけでなく、子どもの被ばく量“問題ない”と言い切っちゃっているところが何ともはや。

子どもの被ばく量“問題ない”
http://www3.nhk.or.jp/news/genpatsu-fukushima/20110325/kanren03.html

福島第一原子力発電所から広がる放射性物質による健康への影響を心配する声があることから、国は24日、原発から30キロ余り離れた町で、放射性物質の影響が出やすいとされる子どもを対象に、甲状腺の被ばく量を調べたところ、いずれも健康に問題のない量であることが分かりました。
この調査は、国の原子力災害現地対策本部が、福島第一原発から北西に30キロから50キロ離れた福島県川俣町で、1歳から15歳までの子ども66人を対象に行いました。
子どもの甲状腺は、放射性のヨウ素を取り込みやすく、特に乳幼児では一定量以上体内に取り込まれると、数年から数十年後に甲状腺がんを引き起こすおそれがあるとされています。
調査では、子どもののどに測定器を近づけて甲状腺に取り込まれた放射性のヨウ素から出る放射線量を測定しました。
その結果、最も高かった12歳の子どもで、1時間当たり0.24マイクロシーベルトと、国が健康に影響が出ないとしている1時間当たり2マイクロシーベルトを大きく下回りました。
国の現地対策本部は「調査結果は、問題となるレベルではなく、健康被害などが起こる心配はない。継続的な調査は、今のところ予定はない」としています。

3月25日 8:50更新

始めに戻る


 以下、資料として採録。

「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」に関する会長声明<br />
http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2011/110422_2.html

→英語(English)


4月19日、政府は「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」を発表し、これを踏まえて、文部科学省は、福島県教育委員会等に同名の通知を発出した。これによると「児童生徒等が学校等に通える地域においては、非常事態収束後の参考レベルの1~20mSv/年を学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的な目安と」するとされており、従前の一般公衆の被ばく基準量(年間1mSv)を最大20倍まで許容するというものとなっている。その根拠について、文部科学省は「安全と学業継続という社会的便益の両立を考えて判断した」と説明している。


しかしながら、この考え方には以下に述べるような問題点がある。


第1に、低線量被ばくであっても将来病気を発症する可能性があることから、放射線被ばくはできるだけ避けるべきであることは当然のことである。とりわけ、政府が根拠とする国際放射線防護委員会(ICRP)のPublication109(緊急時被ばくの状況における公衆の防護のための助言)は成人から子どもまでを含んだ被ばく線量を前提としているが、多くの研究者により成人よりも子どもの方が放射線の影響を受けやすいとの報告がなされていることや放射線の長期的(確率的)影響をより大きく受けるのが子どもであることにかんがみると、子どもが被ばくすることはできる限り避けるべきである。


第2に、厚生労働省は、電離放射線障害防止規則3条1項1号において、「外部放射線による実効線量と空気中の放射性物質による実効線量との合計が3月間につき1.3 ミリシーベルトを超えるおそれのある区域」を管理区域とし、同条4項で必要のある者以外の者の管理区域への立ち入りを禁じている。3月あたり1.3mSvは1年当たり5.2mSv であり、今回の基準は、これをはるかに超える被ばくを許容することを意味する。しかも、同規則が前提にしているのは事業において放射線を利用する場合であって、ある程度の被ばく管理が可能な場面を想定しているところ、現在のような災害時においては天候条件等によって予期しない被ばくの可能性があることを十分に考慮しなければならない。


第3に、そもそも、従前の基準(公衆については年間1mSv)は、様々な社会的・経済的要因を勘案して、まさに「安全」と「社会的便益の両立を考えて判断」されていたものである。他の場所で教育を受けることが可能であるのに「汚染された学校で教育を受ける便益」と被ばくの危険を衡量することは適切ではない。この基準が、事故時にあたって、このように緩められることは、基準の策定の趣旨に照らして国民の安全を軽視するものであると言わざるを得ない。


第4に、この基準によれば、学校の校庭で体育など屋外活動をしたり、砂場で遊んだりすることも禁止されたり大きく制限されたりすることになる。しかしながら、そのような制限を受ける学校における教育は、そもそも、子どもたちの教育環境として適切なものといえるか根本的な疑問がある。


以上にかんがみ、当連合会は、文部科学省に対し、以下の対策を求める。


1 かかる通知を速やかに撤回し、福島県内の教育現場において速やかに複数の専門的機関による適切なモニタリング及び速やかな結果の開示を行うこと。


2 子どもについてはより低い基準値を定め、基準値を超える放射線量が検知された学校について、汚染された土壌の除去、除染、客土などを早期に行うこと、あるいは速やかに基準値以下の地域の学校における教育を受けられるようにすること。


3 基準値を超える放射線量が検知された学校の子どもたちが他地域において教育を受けざるを得なくなった際には、可能な限り親やコミュニティと切り離されないように配慮し、近隣の学校への受け入れ、スクールバス等による通学手段の確保、仮設校舎の建設などの対策を講じること。


4 やむを得ず親やコミュニティと離れて暮らさざるを得ない子どもについては、受け入れ場所の確保はもちろんのこと、被災によるショックと親元を離れて暮らす不安等を受けとめるだけの体制や人材の確保を行うこと。


5 他の地域で子どもたちがいわれなき差別を受けず、適切な教育を受けることができる体制を整備すること。


2011年(平成23年)4月22日

日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児

 

Statement Concerning the Government's "Provisional Guideline for the Utilization of School Buildings, Grounds, and Related Facilities in Fukushima Prefecture"<br />
http://www.nichibenren.or.jp/en/document/statements/year/2011/20110422.html

→Japanese


On April 19, the government released its “Provisional Guideline for the Utilization of School Buildings, Grounds, and Related Facilities in Fukushima Prefecture,” and the Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology (MEXT) immediately issued a directive of the same name to the Fukushima Prefectural Board of Education, etc. The guideline states that “In areas where pupils are able to commute to school, the provisional standard for determining the utilization of school buildings, grounds, and related facilities shall be a reference level of 1 to 20 mSv per year after the state of emergency has been brought under control.” The guideline’s radiation limit is as much as 20 times the previously adopted radiation standard of 1 mSv/year for general public. The MEXT explained that it based its decision “on the need to balance safety with the benefit to society of having children continue their studies.”


However, the government’s position raises a number of questions, which we outline below.


1. Since exposure to even small amounts of radiation can result in serious illness later in life, it goes without saying that all exposure to radiation should be kept to an absolute minimum. The government bases its new radiation limit on the International Commission on Radiological Protection’s Publication 109 (Recommendations for the Protection of People in Emergency Exposure Situations), which gives the same maximum radiation dose for both children and adults. Many researchers, however, have reported that children are far more vulnerable to the effects of radiation than adults. Moreover, children are also more susceptible to the long-term effects of radiation, demonstrating higher probabilities of developing radiation-induced illnesses. In view of these considerations, children should be afforded the maximum possible protection from all radiation exposure.
2. The Ministry of Health, Labour and Welfare defines a controlled area by Item 1, Paragraph 1, Article 3 of the Ordinance on the Prevention of Ionizing Radiation Hazards as “The area in which the total of the effective dose due to external radiation and the active dose due to radioactive substances in the air may exceed 1.3 mSv quarterly.” Paragraph 4 of Article 3 prohibits persons other than those with business there from entering the controlled area. A quarterly (three-month) dose of 1.3 mSv adds up to 5.2 mSv per year. The maximum dose permitted by the new guideline, however, far exceeds that limit. Moreover, the Ordinance was enacted to regulate activities involving radiation work and therefore assumes that some degree of control over the degree of radiation exposure is possible. The current situation, however, involves an ongoing crisis, and exposure due to changing weather conditions is entirely possible. The guideline must take full account of such unforeseen factors.
3. The previously adopted radiation standard (1 mSv per year for general public) took into account various social and economic factors, carefully balancing “safety” with the “benefit to society.” Weighing the social benefits of attending contaminated schools against the dangers of radiation exposure is inappropriate and problematic since children are able to receive schooling in other places. Considering the policy intent of the 1 mSv/year limit, we are forced to conclude that easing the radiation standard in the midst of an accident compromises the safety of the citizenry.
4. The new guideline prohibits or severely restricts outdoor educational and playtime activities in schoolyards, sandboxes, and other outside facilities. We seriously doubt that the schooling provided under such constrained and limiting circumstances can ensure children a proper learning experience.


In view of these problems, the Japan Federation of Bar Associations urges the MEXT to take the following remedial measures.


1. Promptly retract the directives. Arrange for several specialized agencies and institutes to set up appropriate monitoring activities at educational institutions in Fukushima prefecture and publicize their findings without delay.
2. Establish a considerably lower radiation limit for children. At schools where radiation levels exceed that value, promptly remove contaminated soil, decontaminate school grounds and facilities, and cover contaminated spots with soil from uncontaminated areas. Alternately, enable children to attend schools in areas where radiation levels remain within permissible bounds.
3. Where children must be relocated to other schools because radiation levels have exceeded the standard limit, implement the following measures, taking care not to separate children from their parents and communities unless absolutely necessary: arrange for children to be admitted to neighboring schools in safe areas, secure additional school buses and other means of transportation allowing them to commute, and where necessary, build temporary school buildings and related facilities outside the contaminated zone.
4. Where children must live apart from their parents and communities for their own safety, arrange for their room and board. Also, establish a system staffed by professionals who can help the children deal with the psychological and emotional trauma resulting from the earthquake, tidal waves, nuclear accident, and separation from their families.
5. Establish an oversight system to ensure that children who relocate are not subjected to bullying and other forms of discrimination and are able to receive a proper education in neighboring schools.


April 22, 2011
Kenji Utsunomiya
President
Japan Federation of Bar Associations

始めに戻る


 

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原子炉時限爆弾 広瀬 隆 (著)

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ 小出 裕章 (著)

 

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ニュースのメモ。NYT「世界で影響力ある100人」南相馬市長と菅野医師、田中好子さん死去(キャンディーズのスーちゃん)。

米タイム誌「世界で影響力ある100人」に原発批判の南相馬市長と治療尽力の菅野医師
2011.4.22 08:14
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110422/amr11042208190001-n1.htm

枝野幸男官房長官との会談内容を説明する南相馬市の桜井勝延市長=17日、福島県南相馬市の同市役所(中川真撮影)

  米誌タイムは21日、毎年恒例の「世界で最も影響力のある100人」の2011年版を発表し、福島第1原発事故での政府の対応を動画投稿サイト 「ユーチューブ」で批判、世界に支援を訴えた福島県南相馬市の桜井勝延市長(55)が選ばれた。宮城県南三陸町で患者の避難や治療に尽力した内科医菅野武 さん(31)も含まれた。

 一般からのネット投票で選ぶ別の「世界で最も影響力のある100人」では、福島原発で作業に従事している「福島原発の作業員」が16位に入った。

 桜井市長は3月24日撮影の動画で、同原発から半径20~30キロ圏内に出された屋内退避指示により「南相馬市は食料、ガソリンが不足し、市民は 兵糧攻め的な状況に置かれている」と支援を訴え「政府や東京電力からの情報が不足している」と批判。英語字幕を付け世界に発信、21日までに再生回数は 35万回を超え、大きな反響を呼んだ。(共同)

SOS from Mayor of Minami Soma City, next to the crippled Fukushima nuclear power plant, Japan
http://www.youtube.com/watch?v=70ZHQ--cK40

 

田中好子さん死去 キャンディーズのスーちゃん
http://www.47news.jp/CN/201104/CN2011042101001346.html

 記者会見で解散について語るキャンディーズ。。(右から)スーの田中好子さん、ランの伊藤蘭さん、ミキの藤村美樹さん=1977年7月、東京・銀座
【関連動画】

田中好子さんが死去

 1970年代に一世を風靡した人気アイドルグループ「キャンディーズ」のメンバーで、女優の田中好子(本名小達好子)さんが21日、乳がんのため東京都港区の病院で死去した。55歳。東京都出身。葬儀・告別式の日取りは未定。

 伊藤蘭さん、藤村美樹さんとの3人組「キャンディーズ」で73年にデビュー。「スーちゃん」の愛称で親しまれた。

 その後、女優として映画「黒い雨」(今村昌平監督)*で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞したほか、芯の強いヒロインや母親役など演技派として活躍した。
2011/04/21 23:11   【共同通信】

黒い雨 (映画):(以下、Wikipediaより)

『黒い雨』(くろいあめ)は、1989年5月13日に公開された日本映画。英語圏では『ブラック・レイン』(Black Rain) という題名で上映された。

1965年に出版された井伏鱒二の小説『黒い雨』の映画化。矢須子に扮した主演の田中好子の熱演は高く評価された。原子爆弾(原爆)の恐怖と悲劇を描いた日本映画である。

 

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無能な菅では日本が潰れる。引きずり下ろせ馬鹿総理。INsideOUT4/20(水)震災と政局!どうなる日本!?

イ イ

INsideOUT4/20(水)「震災と政局!どうなる日本!?」1/3
http://www.youtube.com/watch?v=CQTjUsBxSu4


7分35秒からが聞き所。
森田実:
キーワード「政府がない」「政治のにおいがない」
菅内閣は記者会見(パフォーマンス)だけやっている。

何も動いていない。阪神大震災の時には1ヶ月で15本の特例法を作った。現在は最初の震災特例法も連休前に出すか出さないかも決まってない。


INsideOUT4/20(水)「震災と政局!どうなる日本!?」2/3
http://www.youtube.com/watch?v=6DEXzAtTlE4


森田実:
菅には話すなと言うことに上部の官僚の間でなっている。
「菅が会いに来る学者などに役人から聞いたことを見境なくしゃべる→それが口の軽い学者から漏れる→外交関連では機密性のあるものもあるので相手の信用を失う」の悪循環になっている。
決意と素養と準備のない人物を総理大臣にしてしまったので機密性のある話しが漏れまくりの異常事態になっている。

五十旗頭が議長をつとめる復興会議だが、国民は増税をやるための機関、国民を増税に誘導するための機関だと見ている。どんな立派なことをやっても「これは 増税のための準備立てとしか考えない」世論調査で増税賛成が多く出るのは大新聞が国民をそう言う方向に誘導しているから。この不景気で増税なんて出来る訳 がない。TVが増税論者を使っている。

金子秀敏:
いま役所で機能しているのは財務省だけ、その財務省の言う事を菅は言っている。自民党も増税には反対している。財界も景気が腰折れしちゃうと言う恐怖感は財界に強い。そこを固めずに菅は五十旗頭に押しつけた。新聞は動いている役所である財務省に誘導されている。

森田実:
TVでは、不景気な時に増税をやれば経済がつぶれると言うケインズ的な考え方をする人がほとんどいなくなった。そう言う学者がいなくなったのではなくてTV局が起用しない。

菅は経済をどうしよう、どう立て直すというビジョンがない人。菅と官房長官の枝野、そして官房副長官の福山の三人だけで頻繁に会議をやっているらしい。その三人の中で福山が主導権だが、政権がやっているのはメディア対策だけ。

しかも現在、東京の大新聞は部数がどんどん減っていて、その大新聞を支えているのは政府が支えている。政府がスポンサー。だから政府に遠慮がちの報道をやる。国民は菅のやっていることを信用していない。

現在、亀井静香氏が猛烈に動いている。菅が震災復興の大障害。この点については多くが一致している。ところが菅を変えるのには2ヶ月かかるかも知れない。その間、この超無能、超無責任政権にかじ取りを任せ続けるのか。


INsideOUT4/20(水)「震災と政局!どうなる日本!?」3/3
http://www.youtube.com/watch?v=72bVqt9e_1Y

 

(↓クリックで拡大します)
800px ←出身地を基準に菅や枝野だけでなく、追加任命の官房副長官、担当補佐官、担当相を地図に表示。北関東以北、被災エリアはゼロ、菅直人と言うのは、有能な人材を起用できない器の小さな無能政治家。今まで一貫してお友達人事で、同じ顔ぶれをグルグルw。スクロールして全体を見るならこちら(小)(大)

右下の東京出身東電社長、清水正孝は参考で追加。

 民主党代表選直後、「小沢(一郎前幹事長)さんには長い間、先輩として教えをいただいた。選挙が終わったので、約束したようにノーサイドだ。民主党全員が力をフルに発揮できる挙党態勢で頑張りぬく」と言いながら、菅がやったのは人気浮上を狙ったパフォーマンス、徹底した小沢外しと、マスゴミと同一歩調、訳の分からない検察審査会利用の政治弾圧処分でした。やはりと言えばやはりですが、あまりにものセンスのなさに絶句です。

 人材起用のお子ちゃま振りを見ていればいかに菅が無能かが分かろうというもの。こんな馬鹿に任せていたら日本がつぶれる。

 

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2011年4月21日 (木)

3・11東日本大震災「学校最多の犠牲者、石巻市立大川小」検証のために関連記事採録。

 悲劇を繰り返さないために、参考記事です(他の防災関連エントリーリンク紹介は末尾)。

 

参考:↓グーグルアースや、グーグルの地図検索で調べる時のデータ。コピペしてEnterするとその地点に飛びます。
大川小学校は標高約3m(正門前の緯度経度 +38 32 46.800",+141 25 40.150" )で、避難で向かった三角地帯は標高約8〜9m(緯度経度 +38 32 42.610",+141 25 34.080" )

 

 大川小学校のあった釜谷地区、きれいな街並や畑と北上川、程よい距離にあるなだらかな裏山は防災的には理想的な避難場所でした。同じく被災した、宮城県名取市閖上地区と比べれば明らかです。閖上地区は近くに避難に適当な髙地がありませんでした。大川小学校は好条件を活かせなかった悲劇と言わざるをえません。

(3・11被災の前々年、2009年11月のグーグル空撮画像)
↓クリックすると拡大します。スクロールして見るなら

20091104

 

よくまとめているサイト。
■大川小学校を襲った津波の悲劇・石巻
http://memory.ever.jp/tsunami/higeki_okawa.html

 

証言3・11:東日本大震災 児童、泣き叫び嘔吐 学校最多の犠牲者、石巻市立大川小
毎日新聞 2011年04月19日 東京朝刊
http://mainichi.jp/feature/20110311/news/20110419ddm041040006000c.html
魚拓

 全校児童108人中死者64人、行方不明10人と、学校では東日本大震災最多の犠牲者が出た宮城県石巻市立大川小学校。追波湾(おっぱわん)から同市長面(ながつら)地区に上陸した津波は、湾奥部の北上川河口から約4キロにある大川小の2階建て校舎、そして校庭から避難し始めた子どもたちと先生の列をのんだ。住民や関係者の証言から、激しい揺れにパニックに陥った学校の惨劇が浮かび上がる。【百武信幸、堀江拓哉、遠藤拓】

20110419dd0phj000029000p

 ◇校舎のんだ津波「裏山に階段あれば…」

 ■その時

 「ありがとうって伝えたくて」。3月11日午後、2階の4年生の教室に、育ててくれた父母への感謝の気持ちを込めた児童の歌声が響いていた。10歳を祝う「2分の1成人式」の記念DVD用に、担任の佐々木芳樹先生(27)が録音していた。武山詩織さん(10)は振り返る。「(歌の)2番にいかないくらいだったかな」。激しい揺れに歌声が悲鳴に変わった。校内は停電。机の下に入った子どもたちは先生の指示で校庭の真ん中に集まった。

 先生たちは児童を座らせ、点呼を取った。近所の人たちも避難してきた。当日、娘の卒業式で市外にいた柏葉照幸校長(57)は「この時、恐怖と混乱から泣き叫んだり、嘔吐(おうと)したりする子どももいた」と後日、報告を受けた。学校は、混乱していた。

http://mainichi.jp/feature/20110311/news/20110419ddm041040006000c2.html
魚拓

 自宅から車で詩織さんを迎えに来た母久美さん(38)は学校到着を午後3時25分ごろと記憶する。「名簿を手に、迎えに来た保護者や避難住民に応対する先生たちもいた」。詩織さんを車に乗せ、アクセルを踏んだ。「津波はここまで来ない」と思いつつも、北上川より5メートルほど高い堤防近くの新北上大橋に向かい、さらに標高のある南を目指した。

 避難を呼びかけるため広報車で河口に向かった市職員、武山泰徳さん(53)は3時20分ごろ、学校から約1キロ海側の墓地近くにいた。「沿岸の松林の奥に水しぶきが見えた。津波だと思った」。Uターンして拡声機で繰り返した。「津波です。避難して」

 ■黒い波

20110419dd0phj000030000p_size5 多数の児童と教諭が津波の犠牲となった大川小(中央右)。左は裏山。奥に新北上大橋と北上川をのぞむ=宮城県石巻市で2011年4月17日、本社ヘリから小林努撮影

 大川小がある釜谷(かまや)地区の東隣、長面地区の農業、三條昭夫さん(75)は、妻喜久子さん(72)と車で釜谷地区に向かった。「80キロほど出ていたと思う。後ろから浮世絵に描かれた波を黒く塗ったような波が、縦にぐるぐる回転しながら迫ってきた。大川小前で校庭にいる子どもたちの姿が横目に見えた」

 学校では、体育館や校舎2階に避難できるか校内を見回った先生もいたが、避難住民とともに新北上大橋のたもとにある交差点に向かうことになった。その距離約200メートル。高さは堤防や校舎の屋根とほぼ同じだ。校庭から列になって釜谷交流会館の脇を通り、裏山沿いの裏道を歩いた。

http://mainichi.jp/feature/20110311/news/20110419ddm041040006000c3.html
魚拓

 同じ長面地区の永沼輝昭さん(70)と妻睦子さん(66)は6年の孫遼太君(12)、4年の和泉(いずみ)君(10)兄弟を迎えに車2台で学校に着いた。永沼さんは車外に出て兄弟を乗せた睦子さんと避難先を相談していた。校庭から先生と児童の列が出てきた。

 永沼さんは「列が裏道に進み出した時『バリバリ』という音とともに黒い水しぶきが来た」。睦子さんと兄弟を見失い、子どもたちに叫んだ。「山さ上がれ」。裏山の斜面に飛びついた。雪で滑り、波にのまれたが、押されるように斜面に上がった。3メートルほど先の水面に女の子がいた。そばの竹を左脇に抱えるようにして腕を伸ばし、手を握った。

 遼太君と和泉君は1週間後、遺体で見つかった。永沼さんは「近くにいたら、なんぼでも助けたんだけどな」。睦子さんは、見つかっていない。

 ■判断

 列の後方に、5年生の男の子がいた。津波の翌日、男の子を保護した顔見知りの男性によると、男の子は震災から1カ月が過ぎたころ、当時の状況をこう明かした。

 すごい音がして、津波が前から来た。腰を抜かし、その場に座り込んだ子もいた。自分で判断して、裏山に逃げた。竹林で他の男の子2人と大人十数人と一緒になり、一晩過ごした。大人が持っていたライターで火をおこした。「眠れば死ぬんだからな」と言われ、一睡もしなかった−−。

http://mainichi.jp/feature/20110311/news/20110419ddm041040006000c4.html
魚拓

 当時大川小にいた先生10人と事務員1人のうち、佐々木先生を含む9人が死亡し、1人は行方不明のままだ。助かったのは裏山を駆け上がった40代の男性教諭1人。この教諭は山を登る際、倒木で負傷しながら近くの男児1人を押し上げるように助けたという。

 ■その後

 なぜすぐに裏山に避難しなかったのか−−。大川小学校の惨劇への疑問は、この一点に集約される。

 石巻市は、大川小学校への津波到達を想定していなかった。市の「防災ガイド・ハザードマップ」は、同小を避難所として「利用可」としている。柏葉校長は「堤防を越える津波が来たらもたないので、山に避難場所をつくろうと職員で話はしていた。裏山は泥炭地でつるつる足が滑るので、階段をつくれるといいなと話していたが、そのまま震災になった」と明かす。

 校舎に残る三つの時計は、いずれも3時37分を指し止まっている。地震から津波到達まで、恐らく40〜50分あった。9日の保護者への説明会では、校庭で点呼を取るなどした対応に「なんですぐに逃げろって言わなかったのか」と非難の声も出た。だが一方「108人誰も欠けないように点呼し、先生はよくやってくれた。誰が悪いと思ったことはない」と話す保護者もいる。

http://mainichi.jp/feature/20110311/news/20110419ddm041040006000c5.html
魚拓

 狩野あけみさん(42)は避難所から学校周辺に通い、今も毎日、行方不明の三姉妹の末っ子、6年生の愛さん(12)を捜す。「あの日、自転車で『行ってきます』って出かけたままで。私はずっと待ってる。もう帰ってきてもいいころだよ」

※狩野あけみさん紹介の英文記事は下で

 

検証 石巻・大川小の惨事/保護者ら証言「学校前にバス待機」「全員が避難できた」
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1062/20110908_01.htm
Internet Archive

20110908001jd 亡くなった児童の保護者らが「ここに避難させてほしかった」と訴える学校近くの山道。校舎(奥)から歩いて数分の距離だ=8月28日、石巻市釜谷


Ookawa01k  東日本大震災の津波で全校児童108人の7割に当たる74人が死亡、行方不明になった石巻市大川小の惨事から、間もなく半年がたつ。河北新報社の取材に応じた児童や住民らの証言で、当時は現場にスクールバスが待機していたことや、高台への避難を相談していた状況が浮かび上がった。学校管理下で児童が犠牲になった事例として戦後最悪とされる今回の被害は、避けられた可能性もあると指摘する関係者もいる。(藤田杏奴、野内貴史)

 保護者らによると、地震が起きた午後2時46分は下校時間の直前で、スクールバスが待機していた。関係者は「バスで避難すれば助かった可能性もある」と指摘する。
 2年生の息子を迎えに来た父親(39)は午後3時10〜20分ごろ、学校前の県道に止まっているバスを目撃した。男性運転手に「何してるんですか」と尋ねたところ、落ち着いた様子で「待機だねえ」と応じたという。
 バス会社の関係者は同じころ、無線で運転手に避難を呼び掛けた。ラジオは「(宮城県)女川町で車が流されている」と伝えていた。運転手が「子どもたちが出てこないんだ」と話したのを最後に、交信は途絶えた。
 バスの定員は45人。関係者は「無理にでも詰め込めば、児童全員が避難できた」と言うが、バスが出発することはなく、運転手も津波の犠牲になった。
 証言では、避難をめぐるやりとりも断片的に浮かんできた。
 児童たちがとどまっていた校庭では午後2時52分、防災無線が大津波警報を知らせた。午後3時10分ごろ、子どもを迎えに来た母親によると、「この山に子どもを上がらせても大丈夫か」と裏山を指す教頭に、住民は「ここまで津波は来ない」などと答えた。
 同じころ、学校を訪れた別の保護者は教師から「学校の方が安全だから残った方がいい」と言われた。保護者は「どこかに避難する雰囲気ではなかった」と語る。
 5年生だった只野哲也君も、6年生の男子が担任に「山さ逃げた方がいい」と訴えた姿を覚えている。「どうして山に行かないのかなあ」と思ったという。

◎体育館裏は傾斜緩い山道/「低学年でも登れた」

 石巻市大川小の児童が避難誘導された新北上大橋たもとの堤防道路の先には、津波で水があふれた北上川があり、子どもたちは次々と濁流に巻き込まれた。学校に最も近い高台は裏山だった。「なぜ、山に避難させなかったのか」。遺族の疑問は今も解けない。
 児童らは避難の途中、県道付近で津波に襲われた。迫り来る濁流に追い込まれた裏山の斜面は急な上に滑りやすく、登れた子は少数だった。付近では30人以上の遺体が見つかった。
 同じ裏山でも、学校の体育館に近い所は傾斜がなだらかだ。実際に子どもの足でも大丈夫かどうか。わが子を亡くした父親3人とともに8月末、この斜面を登った。
 児童らが待機していた校庭から、体育館の脇を通って裏山に向かう。登り口の幅は広く、踏み固めた山道もあって歩きやすい。屋根まで冠水した2階建て校舎(約10メートル)を見下ろす場所まで数分でたどり着いた。
 校庭に避難してから津波が襲来するまで、40分以上あったとみられる。「低学年でも十分登れる。5分あれば、全員避難できたはずだ」。父親たちは口をそろえた。
 「子どもたちはここに避難したとばかり思っていた。こんな近くに安全な場所があったのに、なぜ川の方に向かったのか」。5年生だった次女千聖さんを亡くした紫桃(しとう)隆洋さん(47)は悔しさをにじませた。
 宮城県の調査では、海抜約1メートルの大川小付近に残る津波の痕跡は高さ7メートル以上。住民によると、付近にいて助かったのは裏山に登ったり流れ着いたりした約20人と、釜谷診療所屋上の塔屋部分に避難した数人などわずかだったという。
 石巻市教委は2010年2月、津波に備えた危機管理マニュアルを作るよう市内の小中学校に指示。大川小の10年度マニュアルは津波の避難場所を「近隣の空き地・公園等」と定め、高台を想定していなかった。
 学校と市教委は裏山に避難しなかった理由を「現場にいた教師が『山に倒木があったように見えた』と話している」と説明している。
 裏山に逃げて助かった住民の一人は「山裾に津波で流されたり、折れたりした木はあったが、地震で倒れた木は見ていない」と証言している。

2011年09月08日木曜日

 

検証 石巻・大川小の惨事/聴取方法、疑問の声/録音せずメモ廃棄
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1062/20110908_02.htm
Internet Archive

20110907019jd 石巻市教委が男性教師の聞き取り調査を基に作成した報告書

◎石巻市教委事故報告書 聞き取り調査9割が子ども

 東日本大震災の津波による宮城県石巻市大川小の惨事で、市教委が5月にまとめた事故報告書は、聞き取り調査対象者28人のうち子どもが25人と9割を占めた。大人と比べて記憶が曖昧になりがちな子どもへの聴取は、慎重に事実を引き出し、正確に記録することが求められる。市教委は聴取を録音せず、証言メモも報告書作成後に廃棄するなど、専門家からは調査の在り方に疑問の声も出ている。
 市教委によると、児童の聞き取りは市教委の職員と担任が分担した。「心理的な負担をかけない」(学校教育課)という理由で録音や録画は行わず、聴取中はメモもできるだけ控えたという。
 同課は「児童との信頼関係を重視した。その場でメモを取らなくても、報告書の中身がよければ問題ない」と説明するが、保護者の了承なしに聴取された児童もいた。
 報告書によると、高学年の児童2人は「『山に逃げた方がいい』と言う教頭と『津波がここまで来るはずがない』と言う住民が言い争いをしていた」、別の1人は「住民は堤防道路への避難を提案していた」という趣旨の証言をしたとされる。
 河北新報社が証言内容について児童側に確かめたところ、3人とも「自分は見ていない」「後で人から聞いた」としている。
 ただ、震災当日に学校を訪れた一部の保護者は、避難場所を話し合う教職員と住民のやりとりを耳にしていた。児童の親の一人は「避難をめぐり、さまざまな臆測が出ている。子どもは大人の会話を聞き、それを話したのかもしれない」と推測する。
 市教委によると、児童の証言や、当日学校にいて唯一生き残った男性教師の証言を記したメモも報告書作成後に全て廃棄され、検証作業を難しくしている。
 遺族の不満を受けて市教委は8月下旬、震災当日に子どもを迎えに来た保護者らを対象とする追加調査を始めた。「市教委の調査には限界がある」と懸念する遺族の中には、専門家ら第三者による調査を求める声も上がっている。

◎自分の記憶から自発的に説明を

<子どもに自発的に話してもらう質問法「司法面接」を研究、実践する仲真紀子北海道大教授(発達心理学)の話>
 子どもの記憶は見たことと聞いたこと、想像したことの区別が、大人より付きにくいのが特徴。質問するときのポイントは、できるだけ早い段階で自発的に自分の記憶と言葉で説明してもらうこと。質問の仕方も、限られた選択肢から答えさせたり、子どもの言葉を言い換えたりすると、記憶が汚染されてしまう。
 石巻市教委は録音、録画をしていないようだが、大人が注意深く事実を聞き取り、きちんと記録しないと信ぴょう性を損ねてしまい、子どものためにもならない。何十人もの子どもの話を聞いたが、丁寧に頼めば拒否されることはなかった。
 その場で記録を取らないと、場面、場面を聞き手が解釈しながら質問することになる。後で記録を作る際、大人の解釈が交ざってしまう危険性もある。聞き取りは専門知識のある第三者が担当するのが望ましかった。

2011年09月08日木曜日

 

検証 石巻・大川小の惨事/山と堤防、視界遮る
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1062/20110908_03.htm
Internet Archive

20110908013jd 大川小の校舎。2階まで壁が抜け、屋根には津波に運ばれたがれきや建材が打ち寄せた=3月29日、石巻市釜谷

 宮城県石巻市の指定避難所だった大川小は北上川河口から約4キロ、海抜1〜2メートルの釜谷地区にあった。津波への意識が比較的高い河口域と比べ、堤防と山に挟まれた独特の地形が避難を遅らせ、多数の犠牲者が出る一因となった可能性もある。

◎独特の地形が影響/避難遅れの一因か

 釜谷地区は1960年のチリ地震津波で被害がなく、市の津波ハザードマップでは、宮城県沖地震に伴う津波が到達する可能性は低いとされていた。
 市によると、東日本大震災に伴う釜谷地区の死者、行方不明者は計193人。地区人口(2月現在で497人)の4割近くに上る。
 北上川河口域の長面地区の死者・不明者は人口の2割で、尾崎地区は1割に満たない。地区外にいて被災したケースも含むため単純に比較はできないが、釜谷地区の被害は突出している。
 長面地区の男性(56)は「津波警報が出たら山に逃げる習慣があるわれわれと比べ、釜谷では津波を意識しにくかったと思う」と言う。
 釜谷地区と海の間には山が張り出し、北上川と、並行する富士川にはそれぞれ高さ4メートルの堤防があった。震災当日、釜谷地区で避難を呼び掛けた市河北総合支所職員の山田英一さん(56)は「津波襲来の歴史もなく、山と堤防に視界を遮られ、ぎりぎりまで津波に気付かない住民が多かったのではないか」と推測する。
 避難所として大川小の構造を疑問視する声もある。校舎は高さ約10メートルの2階建て。児童や住民が避難できるような屋上のスペースも階段もなく、屋根まで津波をかぶった。
 宮城県内の学校について震災当日の避難行動を調査している東北福祉大の数見隆生教授(学校保健学)は「山など高台への避難が大原則だが、防災の観点からはせめて一部でも3階建てにしておけば良かった。校舎3階に避難して助かった例もあり、学校建築の在り方を見直す必要がある」と問題提起する。

2011年09月08日木曜日

 

検証 石巻・大川小の惨事/証言でたどる51分間/黒い水、級友さらった
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1062/20110908_04.htm
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20110908014jd 津波で壊滅状態となった釜谷地区。残った建物は大川小の校舎(中央左)と、道路を挟んだ釜谷診療所だけだった=4月8日、石巻市釜谷

 3月11日の東日本大震災で全校児童108人の7割に当たる74人が死亡、行方不明となった石巻市大川小。あの日、あの時、学校と地域で何が起き、人々はどう行動したのか。河北新報社の取材に応じた児童や保護者、住民らのうち5人の証言で、地震発生から津波襲来までの51分間をたどる。

◎午後2時46分〜3時37分・5年只野君
震える脚、駆けだす/なぜ裏山に避難しないのだろう

 当時大川小5年生(現6年生)の只野哲也君たちの教室では、帰りの会が開かれていた。午後2時46分。声をそろえて「さようなら」と言いかけた時、揺れは襲ってきた。
 突き上げるような縦揺れに、横揺れが続いた。ガタン、ガタン。物が倒れる音が響く。「机の下に隠れろ。机の脚を持つんだ!」。先生の声に、哲也君は机の脚を自分の脚で押さえようとしたが、「体が回るようだった」。
 長い揺れが収まると、児童たちは校庭に避難し学年ごとに並んだ。靴下のままの子、上着を着ていない子。おびえて泣きだす低学年の女の子もいた。

<無線は1回>
 「大津波警報が発令されました。早く高台へ逃げてください」。午後2時52分、石巻市河北総合支所の職員が防災無線で呼び掛けた。校庭のスピーカーからも聞こえた。哲也君の記憶では、スピーカーが鳴ったのはこの1回だけだ。
 先生や地域の人たちは輪になり、何かを話し合っていた。指示を待つ子どもたちの列は徐々に崩れ、それぞれ小さな輪になって話し始めた。
 哲也君たちの輪の中に、涙を流している男の子がいた。「大丈夫だぞ」「こんな所で死んでたまるか」。みんなで口々に強気な言葉で励ました。
 「山さ逃げた方がいいんじゃね」「早くしないと津波来るよ」。近くにいた6年生の男子は、担任に訴えていた。
 この間に、母しろえさん(41)が哲也君と3年生だった妹の未捺さんを車で迎えに来た。先生は児童と保護者の名前を照合し、引き渡していた。
 忘れ物があったのか、しろえさんはいったん自宅に戻ることになった。「おっかあ、ヘルメット持って行って」。母を案じた哲也君は自分のヘルメットを渡そうとした。しろえさんは「危ないから、自分でかぶっていなさい」と受け取ろうとしなかった。
 「すぐ戻るからね」。2人の最後の会話となった。

<遠回り経路>
 「整列して。これから三角地帯に避難します」。先生の指示で、児童は新北上大橋たもとの堤防道路(通称三角地帯)に歩き始めた。海抜約1メートルの校庭より6、7メートル高い場所だ。直線で約200メートル。なぜか釜谷交流会館の前を通り、住宅地を抜ける遠回りのルートが取られた。「山に登れるのに、何で三角地帯なのかな」と哲也君は思った。
 高学年を先頭に、低学年が続いた。「津波が来ているから急いで」。教頭の声をきっかけに、みんな小走りになった。住宅地を抜けて県道を曲がった時、新北上大橋に波しぶきがかかるのが見えた。黒い水が堤防を越えて来た。
 がくがくと脚が震えて動けない。「授業中に寝ちゃって、夢を見ているのかな。でも、こんな長い夢はないよな」。次の瞬間、右脚が動いた。振り向き、裏山を目指して駆けだした。
 低学年の児童は、哲也君たちが走ってきた理由が分からず、きょとんとしていた。腰を抜かしたり、四つんばいになったりしている友達や先生の姿も目に入った。その中に柔道仲間の6年生の男の子がいた。「行くべ」。襟を何度も引っ張ったが、立ち上がれない。水の塊が近づいてきた。
 懸命に裏山をはい上がった。3メートルぐらい登ったところで「後ろから誰かに押されているような感じがした」。津波だった。頭から水をかぶると同時に、必死で木につかまった。土の中に押し込められるような激しい衝撃とともに、気を失った。

<はって進む>
 「てっちゃん、大丈夫か」。同級生の男の子が土をかき分け、助けてくれた。男の子は左手を骨折していた。津波にのまれたが、浮かんでいた冷蔵庫の中に入って、裏山にたどり着いたという。
 「助けてください。公民館があった場所の後ろの山にいます、助けて」。哲也君は震えながら、声を張り上げた。同じ裏山に避難していた大人たちが声を聞きつけ、来てくれた。雪をしのぐため、竹やぶに移動することになった。
 この時、哲也君は、足に力が入らないことに気付いた。「はってでも歩かいん」。おじさんに励まされ、何とか竹やぶに着いた。その日は山で一夜を明かした。
 避難所で父英昭さん(40)と再会できたのは、3月13日だった。「いつも強いおっとう」の涙を初めて見た。
 大川小にいた児童で、助かったのは4人だけ。津波は友達だけでなく、母と妹、祖父弘さん(67)を奪った。
 哲也君は津波にのまれた時、顔に大けがをして、しばらく物が二重に見えた。でも、しろえさんが「かぶっていなさい」と言ったヘルメットに守られた頭は無事だった。「おっかあが守ってくれた」。そう信じている。

◎3時30分〜37分・住民高橋さん
避難の叫び届かず/「大丈夫」顔見知り、笑顔で手振る

 石巻市釜谷地区に住む高橋和夫さん(63)の自宅は北上川沿いを流れる富士川の堤防近くにあった。揺れの直後、外へ出ると、近くの畑からぶくぶく泥水が湧いていた。
 「宮城県沖地震の時と一緒だ」と思ったが、津波が来るという危機感はなかった。家に備え付けの防災無線は鳴らず、大津波警報は知らなかった。
 「おい、堤防から水越えてるぞ。津波じゃないか」。午後3時半ごろ、近所の人の叫び声が聞こえた。北上川からあふれた泥水が約4メートルの堤防を越え、並行する富士川に流れ込んでいた。みんな慌てて車に乗り、避難を始めた。高橋さんも軽乗用車で堤防沿いを飛ばした。「逃げるならあそこしかない」。目指したのは大川小の裏山だった。

<外で世間話>
 県道沿いの住宅地では、まだ多くの住民が外で世間話をしていた。「逃げろ! 津波が来るぞ!」。窓を開けて怒鳴る高橋さんに、顔見知りは「大丈夫」と笑顔で手を振った。「危険と受け止めてくれる人はほとんどいなかった。みんな、津波が来るなんて想像していなかったんだ」
 裏山まであと少しのところで、いとこ夫婦が釜谷交流会館の方から来た。「駄目だ、戻っちゃ駄目だ」と説得したが、「家におばあさんがいるんだ」と応じない。引き留められなかった。

<「何でまだ」>
 裏山に着く寸前、校庭に子どもたち数十人の姿を見た。釜谷交流会館の前にも10人ぐらいいる。「何でまだここに」。裏山のふもとに車を止めて降りた時、背後から「ドーン」と重い響きが聞こえた。振り向くと、家が壊れるバリバリという音と、煙のような黒い壁が迫ってきた。
 「上がれ、上がれー!」。山に向かって走りながら叫んだが、みんな次々と水にさらわれていった。高橋さんも後ろから、津波の気配を何度も感じた。追い付かれまいと、斜面をはい上がった。
 眼下には水にのまれた集落が広がっていた。2階建ての校舎も体育館も濁流にのまれ、辛うじて見えた校舎の屋根にはがれきが乗っていた。
 しばらくして、助けを求める声が聞こえた。声を頼りに山沿いを歩いていくと、がれきだらけの泥水の中、木の枝をつかんで懸命に耐える女性や子どもの姿があった。
 「今助けてやっからな」。まず小学校低学年の女の子に手を伸ばした。水に落ちながらもやっと手をつかみ、周囲のがれきでけがをしないよう、そっと引き寄せた。その後も5、6人は助けただろうか。校舎側の斜面でも、波に運ばれてけがをした中学生を救出した。
 雪は本降りになっていた。みんな唇は紫色で震えていた。「ここにいたら凍死する。竹やぶに移動しよう」。全員が高橋さんに従った。別の場所で助かった只野哲也君や石巻市職員らも合流した。
 救えない命もあった。川から内陸へ流されながら「助けてー」と叫ぶ子どもたちがいた。声の方向に目を凝らした。流れが急な上、がれきや建材に阻まれて姿が見えない。声は次第にか細くなり、遠ざかっていった。
 「自分一人ではどうしようもなかった。でも、助けたかった」。高橋さんは涙を浮かべた。

◎2時57分〜3時29分・児童の父親三條さん
校庭の妻から伝言/とんでもないことになっている

 携帯電話のボタンを何度押してもつながらない。北上川下流の石巻市長面に住む三條真一さん(44)は車で自宅方面に向かいながら、妻早苗さん(48)と高校1年の長男友輔君、大川小3年の次男皓聖(こうせい)君の無事を確かめたくて、やきもきしていた。
 「道路はほとんど地割れしているので気をつけてください」。午後2時57分、友輔君が携帯電話のメールで大川小付近の道路の状況を伝えてくれた。早苗さんの車で皓聖君のいる学校を目指していたとみられる。
 「大変だ。とんでもないことになっている」。午後3時11分、早苗さんは災害用伝言サービスにメッセージを残していた。三條さんは「やっとしゃべっているような、震えた声だった。大川小に到着し、校庭の混乱ぶりを伝えようとしたのではないか」と推し量る。
 学校まで5キロに迫った午後3時15〜20分ごろ、北上川をさかのぼる流れが見えた。津波の第1波で、「堤防を越えるかと思うくらいの勢いだった」。慌てて近くの山に避難した。
 三條さんは何度か下流に向かおうとしたが、通行止めで近づけなかった。大川小の被害を知ったのは2日後。妻と2人の息子は遺体で見つかった。
 震災から4、5日がたち、ようやくつながるようになった携帯に1通のメールが届いた。「友と皓と小学校にいます」。送り主は早苗さんだった。受信日時は3月11日午後3時29分。津波が襲来する直前に発した最後のメッセージとなった。

◎3時20分〜37分・市職員山田さん
まるで滝、堤防越す/濁流、駆け上がるように迫ってきた

 午後3時すぎ、石巻市河北総合支所職員の山田英一さん(56)は広報車に乗り、北上川下流を目指していた。海に面した長面・尾崎地区で水門の見回りや住民の避難誘導に当たるつもりだった。
 北上川の左岸沿いから新北上大橋を渡り、大川小のある釜谷地区を通過。海岸まで2キロ余りに迫った午後3時20〜25分ごろ、海に閃光(せんこう)が走った。
 「何だ、あれ」。次の瞬間、海岸沿いの松林を波しぶきが突き抜けた。間髪入れず、高さ20メートルはある松を超えた大波が迫ってきた。「のまれる」。ハンドルを切ってUターンし、アクセルを踏み込んだ。
 釜谷地区ではまだ多くの住民が避難していなかった。助手席の同僚はマイクを持ち、「高台に逃げろー。松林を津波が越えてきたぞー!」と叫び続けていた。
 市教委によると、大川小周辺にこの声が聞こえたのは午後3時25分ごろ。校庭に待機していた児童が新北上大橋の堤防道路に誘導されるきっかけになったとされる。
 家族の身を案じ、上流側から戻ってくる車も相次いでいた。午後3時半ごろ、山田さんは堤防道路で釜谷地区に入ろうとする車を止め、雄勝方面の峠につながる国道398号へと誘導し始めた。
 住民たちは「まだ家に家族がいるんだ!」「通してくれ!」と訴えた。「津波が来る」と説得するのに必死で、小学校の様子や川の水位を確かめる余裕はなかった。
 誘導が一段落し、ふと川を見た。目を疑うような光景が広がっていた。
 川の水位は表面張力で膨らんだように堤防を越え、漁船が堤防より高い位置を逆流してきた。橋桁には下流から運ばれた木やがれきがたまり、流れをせき止めていた。
 北上川からあふれた水が富士川に滝のように流れ込んでいた。堤防道路は富士川より5〜6メートル高かったが、「川に流れ込んだ水が駆け上がるように迫ってきた。本当に不気味だった」。
 山田さんはとっさに別の車で避難誘導していた同僚4人とともに、大川小の裏山に駆け上がった。山田さんの助手席で最後まで避難を呼び掛けていた同僚1人は波に巻き込まれた。
 津波は堤防道路をのみ込んだ。水の塊が向かった先には、子どもたちの列と大川小があった。

◎3時10分〜20分・児童の母親
教頭、住民に尋ねる/この山に子どもを登らせて大丈夫か

 学校につながる堤防道路は所々に亀裂が入り、その都度、車のスピードを緩めなければならなかった。大川小の児童の母親が、北上川上流にある自宅から学校の校庭に着いたのは午後3時10分ごろ。児童や住民ら100人以上がいた。
 「この山に子どもたちを上がらせるとしたら、大丈夫でしょうか」「崩れる山でしょうか」。教頭が学校の裏山を指さし、4、5人の住民に問い掛けていた。住民たちは「ここまで津波が来るはずがないよ」「大丈夫だから」と答えていたように記憶している。
 わが子を引き取り、車に乗せて学校を出た。午後3時20分ごろ、新北上大橋を通り過ぎた先で警官に止められ、「危ないから、釜谷に戻って」と指示された。バックするにも、後ろには長い車列ができていた。
 「お願いです。家に戻りたいんです」。制止する警官とやりとりが続いたが、結局押し通した。夢中で車を走らせ、自宅に着いた。「あの時は、本当に津波が来るなんて思わなかった」

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2011年09月08日木曜日

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「死にものぐるいで上に行け」津波被害の大川小 「あの日」教員は叫んだ
産経新聞 4月15日(金)7時56分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110415-00000113-san-soci
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一面のがれきと泥の中に残った大川小学校の門柱。女性が花を手向けた=宮城県石巻市(矢島康弘撮影)(写真:産経新聞)

 海抜ほぼ0メートルにその学校はあった。北上川のほとりに立つ宮城県石巻市立大川小学校は、全校児童108人のうち、津波で74人が死亡・行方不明となった。学校にいて生還した教員は教務主任の男性1人。石巻市教育委員会が聞き取りを行ったこの教諭や関係者の証言から当時の状況が明らかになりつつある。あの日、何があったのか。“その時”を検証する。(桜井紀雄、荒船清太)

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【写真】映像がとらえた大川小周辺を襲った津波

 ≪列の前から波来た≫

 5時間目を終えたとき、大きな揺れが襲った。子供たちは机の下にもぐり、校庭への避難が指示された。

 泣き出す子供もいたが、女性教諭らが付き添った。学校前に自宅があり、同校に通う2人の孫を亡くした阿部文子さん(59)は「校庭に子供たちが整列しているのが見えた。ヘルメットをかぶっている子もいた」。

 校庭には、離れた地域の児童を送るためのスクールバスが止まっていた。「今、校庭に並んだ子供の点呼を取っているところで、学校の指示待ちです」。男性運転手(63)は運営会社に無線で連絡した。これが最後の通信。男性運転手も津波で死亡した。会社側は「詰め込めば児童全員を乗せられただろう」としている。市教委は「津波の際、どこに避難するか特に決められていなかった」という。

 男性教諭は校舎内を確認しに向かった。ガラスが散らばり、児童が入れる状況ではなかった。校庭に戻ると、子供たちは他の教員に誘導され、裏山脇の細い農道を列を組んで歩き出していた。坂道を行くと校庭より7~8メートル高い新北上大橋のたもとに出る。教諭は列の最後尾についた。

 「ドンという地鳴りがあり、何がなんだか分からないうちに列の前から波が来た。逃げなきゃと思った」。教諭はその瞬間をこう証言したという。波は河口とは逆方向の橋のたもと側から児童の列の先頭めがけて襲いかかった。

 気づくと、裏山を登ろうとする児童が見えた。生い茂る杉で周囲は暗いが、ゴーという音で足元まで水が迫っているのが分かった。

 「上に行け。上へ。死にものぐるいで上に行け!」と叫んでいた。追いつくと3年の男児だった。くぼ地で震えながら身を寄せ合ったが、お互いずぶぬれ。「このままでは寒くて危ない」と男児の手を引き、山を越えた。車のライトが見えた。助けられた。

 ≪農道以外選択肢は≫

 被害を免れた大半は津波が来る前に車で親が連れ帰った子供だった。しかし、他の児童とともに農道を歩きながら助かった5年の男児も2人いる。

 「山の中で『おーい』と捜していると、弱々しい声で『おーい』と聞こえた。髪までぬれた男の子2人が斜面に横たわっていた」。裏山の反対側から駆け付けた石巻市河北総合支所の佐藤幸徳さん(51)は振り返る。

 「歩けるか」と声を掛けると、2人は「大丈夫です」と答えた。開けた場所まで行き、他の避難者たちとたき火をして一夜を過ごした。2人は「誰かに大声で『山に逃げろ』と言われた」と説明したが、言葉は少なく、ずっとうつむいていたという。

 行方不明の子供の捜索中、作業着姿の男性(44)が泥まみれの赤いランドセルを抱き、突っ伏してむせび泣いた。「見つかったんだ!」。不明の小1の長女(7)のもの。つぶれ、茶色く変色したノートが残されていた。

 小4の次男(10)も亡くした男性は強い思いを抱き、学校跡に通い続ける。「あの日、本当に何があったのか、知りたい」

 震災当時、学校を不在にして助かった柏葉照幸校長(57)も捜索を続ける。男性は裏山を指して柏葉校長に疑問をぶつけた。「ここに登れば助かったんじゃないですか」。男性によると、柏葉校長は「そうですね。現場にいたらそうしたかもしれません」と答えたという。

 市教委は「想定外の津波だった。山が崩れる危険がある中、農道を行く以外に方法があったかは分からない」としている。

 

2011/04/15 00:17
【東日本大震災】
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/disaster/502575/
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 宮城県石巻市立大川小学校周辺地域に津波が押し寄せる様子をカメラがとらえていた。

 映像は、津波の警戒に回っていた石巻市河北総合支所の職員が撮影した約3分の内容。木の陰に隠れ、学校の様子は写っていないが、大川小の児童らが避難に向かう予定だった新北上大橋が波をかぶり、橋につながる道路が津波にのみ込まれ、寸断される瞬間も収録されている。橋も倒壊した。

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    7割死亡・不明の大川小 保護者に被災…
    「死に物狂いで…」大川小の「あの時」

記事本文の続き 橋に近い高台から被害状況を記録するため職員が持っていた動画機能付きデジタルカメラで撮影。映像は「学校大丈夫か、学校」という男性の声も拾っている。撮影後、職員らは児童の安否確認のため、大川小の方向に向かった。(動画は産経フォトとユーチューブの産経新聞チャンネルで)

↑↓

石巻市立大川小学校の近くに押し寄せた津波
SankeiNews
http://youtu.be/DW0dqWR4S7M

 念の為mp4 

 

北上川河口周辺の動画を一つ探しました。大川小学校からさらに下流の左岸、石巻市北上町あたりからの撮影です。山形新聞社チャンネルのYouTube映像。

【東日本大震災】宮城県石巻市に大津波
PressYamashin
http://youtu.be/S7Yp6LGanWk

2011/07/10 にアップロード

概要:
宮城県石巻市。北上川を逆流して押し寄せる津波。(東根市の高橋さん撮影、11日午後­3時30分ごろ)

 

“避難まで30分校庭に待機”
6月3日 21時0分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110603/k10013310671000.html
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K10033106711_1106040801_1106061436_ 巨大な津波によって全校児童のおよそ7割が亡くなったり、行方不明になったりしている宮城県石巻市の大川小学校で、児童らは教員に先導されて高台に避難を始めるまで、およそ30分、校庭で待機していたことが明らかになりました。津波に飲まれながら奇跡的に助かった児童がそのときの様子を語りました。
石巻市の大川小学校は2階建ての校舎を超える高さの津波に襲われ、全校児童108人のうち、68人が死亡、6人が行方不明になっており、学校や教育委員会は当時の様子について、助かった児童や教員などから聞き取り調査を進めています。これまでの調査で、地震が起きたあと、校舎内からグラウンドに出た児童らは、学校から200メートルほど離れた高台に避難を始めるまで、およそ30分待機していたことが分かりました。津波に飲まれながらも奇跡的に助かった現在6年生の只野哲也くんは、父親とともにNHKのインタビューに応じ、「先生たちはグラウンドの前でずっと話し合いをしていた。そのとき、先生は『大丈夫だからな』とか言っていた」と話しました。当時、学校には子どもを引き取るため保護者も大勢集まっていました。さらに学校は石巻市が指定する避難所になっていたため、近所の人たちが避難してきており、グラウンドではたき火の準備も始められたといいます。そして、児童らが高台に向かって移動を始めた直後に津波に襲われたということで、そのときの様子を「様子を見に行っていた教頭先生が堤防から走ってきて、もう津波来てるみたいだから早く逃げてくださいって。そこから小走りに逃げた」と話しています。このあと、津波にのまれた只野くんは学校裏の山の斜面に打ち上げられたところを、近所の人たちなどに助け出されたということです。只野くんは今回の地震で同じ学校に通っていた当時、3年生の妹と母親を亡くしています。父親の英昭さんは多くの子どもたちが犠牲になった原因を知りたいとして、ほかの保護者らとともに学校に対して地震が起きたあとの状況や学校の対応について説明を求めています。大川小学校では、4日の夕方、保護者を対象にした説明会を開いてこれまでの調査結果を説明する方針です。

NHKニュース 6月3日 21時0分

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なぜ大川小だけ多数被害…説明求め要望書
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110601-OYT1T01157.htm
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201106022777491l  東日本大震災の津波で全児童の7割近い74人が死亡・行方不明になった宮城県石巻市立大川小の保護者有志が1日、同市教育委員会に対し、避難時の状況について検証し、改めて説明するよう要望書を提出した。

 要望書は、「このような惨事を二度と繰り返さないためにも、なぜ子供たちを救えなかったのかについてしっかり検証すべきだ」と訴え、津波到達までの対応や、避難場所として北上川そばの高台を選んだ経緯など5項目について説明を求めている。

 また、他の学校の例を挙げて、「校舎が津波にのみ込まれながらも安全な高台に避難させ、学校管理下の児童・生徒の命を守っている」とした。

 同小周辺には、津波が逆流した北上川に沿って、ほかにも小中学校が4校あり、計13人の児童・生徒が死亡・行方不明となった。各校や市教委によると、犠牲になったのはいずれも、学校から帰宅した後だったという。
(2011年6月2日03時03分  読売新聞)

 

避難より議論だった40分…犠牲者多数の大川小
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110613-OYT1T00508.htm
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201106134730971l多くの児童が犠牲になった大川小(12日午後0時2分、宮城県石巻市で、読売機から)


 

201106134731651l左:避難しようとした三角地帯。右:大川小学校の位置。


 

201106134731131l大川小学校での地震発生から津波到来までの経緯


 

201106134731351l大川小学校の児童・教職員の被災状況


 東日本大震災で全校児童の約7割にあたる74人が死亡・行方不明になった宮城県石巻市立大川小学校で、地震発生から児童らが津波にのまれるまでの詳細な状況が13日、市教委や助かった児童の保護者らへの取材で明らかになった。

 学校側が、具体的な避難場所を決めていなかったことや、教諭らの危機意識の薄さから避難が遅れ、さらに避難先の判断も誤るなど、様々な〈ミスの連鎖〉が悲劇を招いた。

 市教委の調査などによると、3月11日午後2時46分の地震発生時は、児童は下校中か、「帰りの会」の途中だった。校舎内の児童は教師の指示で校庭に集合し、学年ごとに整列した。下校中の児童もほとんどが学校に戻った。

 午後3時頃、点呼を終えると、教頭と数人の教諭が桜の木の下で、「山へ逃げるか」「この揺れでは木が倒れるので駄目だ」などと話し合っていた。学校の津波の際の避難マニュアルは避難場所について「高台」としていただけで、具体的な場所を記していなかった。

 ただ、津波被害を受けた周辺の5小中学校のうち、1校には避難マニュアルがなく、作成していた4校のうち1校は避難場所を「校庭」としていた。

 一方、防災無線からは大津波警報が鳴り、避難を呼びかける声が響いていた。余震が続き、泣き出したり、嘔吐(おうと)したりする子もいた。保護者らが相次いで児童を迎えに訪れ、教諭は対応にも追われた。「ここって海岸沿いなの」と不安がる女子児童や、「死んでたまるか」と口にする男子児童もいて、騒然とした雰囲気になった。

 当時6年生の女児を連れ帰った母親(44)によると、母親が担任に「大津波が来る」と慌てて伝えた際、担任は「お母さん、落ち着いてください」と話した。しかし、すぐに避難する様子はなく、「危機感がないようだった」という。暖を取るため、たき火をしようとした教諭もいたとの証言もあったが、市教委は確認できなかったとしている。

 市教委の調査では、その後、市の広報車から「津波が松林を越えてきた。高台に避難してください」と呼びかける声が聞こえた。教諭と、この時も、集まった地域住民の間で「山へ逃げた方がいい」「山は崩れないのか」などのやり取りがあった。結局、約200メートル先の北上川堤防付近にあり、堤防とほぼ同じ高さ6~7メートルの高台に避難することになった。

 避難を始めたのは地震から約40分後の午後3時25分頃。約10分後の午後3時37分頃、6年生を先頭に、学校の裏手から北上川沿いの県道に出ようとしたところで波が襲い、高台ものまれた。
(2011年6月13日14時55分  読売新聞)

 

時論公論 「生死を分けた学校の避難経路」2011年08月16日 (火)
西川 龍一  解説委員
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/92413.html
魚拓

東日本大震災から5か月がたちました。これまでに死亡が確認された15000人を超える犠牲者の中には、多くの子どもたちも含まれています。被害を踏まえ、学校の施設をどう整備するべきなのか、文部科学省の検討会議が先月、提言をまとめ、公表しました。今夜は、この提言を踏まえ、学校が子どもたちの命を守るための工夫、特に大きな被害を出した津波への備えはどうあるべきなのかを考えます。

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文部科学省の検討会議は、東日本大震災で津波の被害を受けて建物自体が使えなくなった学校は、再建にあたって高台に移転することや、公民館などほかの公共施設と併設することで、津波避難ビルとなるよう高層化することなど盛り込んだ緊急提言をまとめ、先月公表しました。
地震や津波による学校の被害は、岩手、宮城、福島の3県の公立の学校施設だけで、2000校近くに上りました。被害を踏まえ、学校の施設をどう整備すべきかを示しました。
震災で犠牲になった小中学生と高校生は、岩手県で78人、宮城県で310人、福島県で72人。中には、本来安心していられる場所であるはずの学校で命を失った子どもたちもいます。その一方で、提言が取り上げた学校の中には、震災の直前に見直された避難経路によって、子どもたちを津波の被害から救ったケースがありました。

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沿岸部が潰滅的な被害を受けた宮城県石巻市は、179人の児童・生徒が死亡し、市内にあるすべての学校が被災しました。中でも、もっとも深刻な被害が出たのは、児童の7割が亡くなった大川小学校です。北上川の河口から4キロほどのところにあるこの小学校は、2階建ての校舎の屋根付近まで津波にのまれました。108人の児童のうち、学校に残っていた70人が死亡。4人が今も行方不明のままです。当時学校にいなかった校長を除く11人の教師のうち、助かったのは1人だけでした。

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大川小学校がある地区は、壊滅的な被害を受けましたが、同じように地域全体が津波の被害を受けたところでも、学校で、これほど多くの子どもが犠牲になったところはほかにありません。
11メートルを超える津波が観測された岩手県大船渡市。三陸鉄道の三陸駅に近い越喜来小学校は、被災したもののすべての児童が助かった学校の一つです。海岸から200メートルほどしか離れていないこの小学校を含む越喜来地区は、地震発生から10分後には津波の第1波が観測され、その後押し寄せた津波によっておよそ500世帯が被害を受け、79人が犠牲になりました。3階建ての校舎も屋上の一部を除いて水没しましたが、当時学校にいた71人の児童は、全員無事に近くの高台に避難することができました。

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同じ岩手県の岩泉町にある小本小学校も地区が津波にのまれて校舎が水に浸かり、校庭は流されてきた車やがれきで埋まりました。しかし、校舎や校庭にいた86人の児童は、混乱することなく高台に避難して無事でした。

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実は、3つの学校は、立地条件が極めてよく似ています。いずれも河口に近い川に隣接した場所にあり、校舎は堤防から200メートルほどのところに建てられていました。さらに、3校とも川と反対側には、津波が届かなかった裏山や高台があります。岩手県の2つの小学校の児童や教師たちは、いずれもこうした場所に避難して無事でした。

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何が生死をわけたのか。
越喜来小学校の裏側に通路が残っています。校舎の2階から海抜20メートルほどの避難所に続く県道に直接出られるようになっています。去年11月に完成したばかりのこの通路を使って、今回、子どもたちは避難しました。通路ができるまでは、全員がいったん一階にある昇降口まで降りて川の方向に回り込んでいたため、校舎から避難所までの距離は今の2倍以上ありましたが、昇降口を通ることで、わずか3分ほどで避難を終えることができ、地震発生から15分ほどで、さらに高台にある公民館まで全員が移動できたと言います。
小本小学校も、学校の脇に高台に直接避難できる階段がおととし整備されたばかりでした。この階段ができたおかげで、いったん海側に向かってから国道に抜ける避難ルートが見直されていたのです。
2つの学校の関係者は、いずれも新しい避難経路が決まっていたことで、緊急時に余裕を持って判断することが可能だったと話しています。

一方、多くの犠牲者が出た大川小学校で起きたことを改めて振り返ってみます。石巻市教育委員会によりますと、地震発生の後、教師たちは校庭に児童を集めてから、これからどうするべきか議論を始めたと言います。裏山は、避難先として想定すらしていませんでした。裏山が安全だという声もあったということですが、斜面が急で上りにくいなどという意見が出て、断念。地震から40分もたったあと、水が堤防を越えてくることはあり得ないという意見に従い、児童たちが向かったのは、津波が迫る川の堤防脇にある高台の広場だったと言います。
大川小学校があった地域は、宮城県沖地震を想定した石巻市のハザードマップでは、津波の浸水区域ではありませんでした。それでも川が近いこともあって、一部の保護者の間から、万一の場合裏山に避難できるように通路を整備したらどうかという意見が寄せられていたということです。しかし、学校側から教育委員会に設置を働きかけるといったことはありませんでした。校庭が水に浸かりそうな場合に児童をどこに誘導するべきかもはっきり決まっていませんでした。すぐ近くにある最適な避難場所をいかすことができなかったのです。

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岩手と石巻の違いは何だったのか。学校の設備としては、階段や通路があったかなかったかだけの違いです。しかし、そこには、日頃から津波に備えるという地域を含めた学校の意識の差が如実に表れています。越喜来小学校も小本小学校も津波の想定区域の中にあり、避難階段などは、もともと地域の人たちの強い要望で設置されました。巨額の費用をかけなくても通路一つで子どもたちの安全確保につなげていたのです。
こうした違いが、被災後の学校の取り組みにも現れています。
越喜来小学校が授業を再開するため間借りしている大船渡市立甫嶺小学校。今回、津波の被害はありませんでしたが、越喜来小学校側の提案で、すぐに避難経路を見直しました。これまで、校庭に集合して、海側にある正面の校門から避難することになっていましたが、児童の出口を裏の昇降口に改めました。そして裏山に上る山道を避難路にすることを決めたのです。子どもたちが上りやすいよう市の教育委員会に要請して、木製の枠を使った階段も整備しました。費用は100万円ほど。夏休み明けには、これを使って津波を想定した避難訓練を計画しています。

厳しい財政事情の中、今ある学校でも子どもたちを守らなければなりません。被災地以外の一部の学校でも、避難マニュアルの見直しが始まっています。最適な避難場所となりうるところをどうすれば最大限に活用できるのか。不幸にして多くの犠牲者を出した学校と、一人も出すことのなかった学校。その違いを考えるなかで得られた教訓を、子どもたちの命を守る方策としていかしていくことが求められています。

(西川龍一 解説委員)

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 以下、大川小学校の悲劇を伝える英文記事。最初は狩野あけみさん、次は狩野さんの娘、三姉妹の末っ子で行方不明の6年生愛さんの英文記事(日本語記事に戻る

Time has stopped for parents of dead and missing children
Closure next to impossible at school where 70 pupils were washed away
by Rob Gilhooly
Special To The Japan Times
http://www.japantimes.co.jp/news/2012/03/11/national/time-has-stopped-for-parents-of-dead-and-missing-children/#.UlAAXSSGrOc
魚拓
Internet Archive

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Searching for answers: Akemi Karino looks around the desolate landscape at Okawa Elementary School in Ishinomaki, Miyagi Prefecture, on Feb. 23. | ROB GILHOOLY

ISHINOMAKI, MIYAGI PREF. – On April 22 last year, Akemi Karino did exactly what she had done on the same day each year for more than a decade. She made a cake, sandwiches and some other of her daughter Ai’s favorite things for her birthday.

On this occasion she decorated the cake with 12 candles, but there was a conspicuous absentee from Ai’s 12th birthday.

It was Ai herself.

“It was nothing elaborate, but everything was as it usually was — except there was no Ai,” says Karino, 43, tears flooding down cheeks paled by a biting wind blowing through the now-desolate district near the skeletal remains of the school her daughter once attended. “She loved parties and I thought if she could see this one she might come home.”

Ai Karino was one of the 70 children from Okawa Elementary School in Ishinomaki’s Kahoku district who, along with nine of their teachers, were swept to their deaths by the March 11 tsunami.

Indecisiveness by the staff as to where they should evacuate the children ultimately accounted for 80 lives — a surviving teacher later committed suicide — while a further five remain missing.

Her daughter’s body was found April 28, the news reaching Karino via a phone call just as she was leaving a “shijuku-nichi” (49th day) memorial ceremony, a Buddhist rite held to mark the passage of the dead to the afterworld.

Almost one year on from what was one of the most tragic episodes of the March 11 disasters, Karino is among many grieving parents for whom time has frozen.

This was highlighted during an address by Takeshi Takeyama, chairman of an association for the bereaved families, during a ceremony March 4 in Ishinomaki to mark the one-year anniversary of the disasters.

“The painful and bitter memories remain unhealed, and the days of suffering continue,” said Takeyama, who lost two children. “We must carry on living by supporting one another.”

Akemi Karino’s logical acceptance of her daughter’s death is tempered by “an irrational notion” that she will return from school any day. Her daughter’s room remains as it was a year ago. She often sits on her daughter’s bed and looks at photographs of Ai, her smiling face stirring in her a jumble of emotions from which she is unable to escape.

And on April 22 this year she will bake another cake.

“We found her, we cremated her, she has been laid to rest and I know that I should clear her room and move on,” says Karino, as she rubs the toes of her rubber boots into the muddy dirt on which less than a year ago stood a family’s home.

“But I just can’t seem to gather the strength to do it. I can’t help myself from looking up sometimes and expecting her to walk through the door.”

For the 49 days before the discovery of her daughter’s body, things had been easier. Each day she would visit the devastated area around the school and look for her daughter. She had something to cling on to, something to keep her going.

Now she can’t stop her mind from wandering. Her surviving children, Yu, 15, and Yui, 18, avoid mentioning their deceased sister’s name: “They know it will only make me weep.”

To keep her mind occupied, Karino has returned to work — though she admits to having frequent lapses. On her days off, she still goes back to the area around the school to join the search for the still-missing children.

She sometimes joins another mother, Naomi Hiratsuka, who operates a power shovel, the license for which she obtained in order to search for her own daughter, Koharu, 12, who also vanished.

Even though her daughter was found Aug. 8, some 3 km downstream in Naburi Bay, Hiratsuka continues to look for the missing children, her husband, Shinichiro, 45, helping on his days off work at a local school, and urging the authorities to continue cooperating in the parent-led searches.

“What’s a year?” asks Hiratsuka, 38, who has taken indefinite leave from her teaching post to continue plowing through the earth that now shows few signs of the community that once thrived on the banks of the Kitakami River.

“Nothing has changed, but everything has changed. Our children are still dead and others remain missing. What’s important now is we return them to their homes.”

Hiratsuka and other parents successfully lobbied to get the city to damn the Fujigawa River, a narrow tributary of the Kitakami that passes in front of the school.

On Feb. 14, searches subsequently began along a 1.5 km-stretch that had been inaccessible, with 11 power shovels, including one amphibious caterpillar, scouring the area.

Nothing was found in the allocated 10 days, but Hiratsuka vows to buy more time. “We can’t just give up on them,” she says before making a beeline for two uniformed officials in hard hats.

This is how Hiratsuka’s days are spent. In between preparing morning and evening meals for her two surviving children, Toma, 7 and Sae, 3, and shuttling them between schools and day care, she burrows through the soil, a woolly cap pulled tightly over her ears.

“This is my life now,” she says, her hands in fingerless gloves manipulating the yellow power shovel’s complex control instrumentation like a seasoned pro.

The surviving children have all gone back to school, many of them suffering posttraumatic stress disorder, she says. Attempts to help them have been slow and ineffective — official counseling arrived some nine months after the disasters, she says. “Like everything else, it was too little too late.”

Many parents and some children instead sought solace from spiritual leaders.

“Everyone says that the flow of time has completely changed, that the clocks have stopped,” says Buddhist priest Dairyu Ono, 35, as he carefully places flowers at an altar erected outside the school in memory of the children.

“After the disasters, parents of the children killed would say they don’t have the will to carry on. Now they say that while they have come to terms with their loss, they still suffer a huge sense of guilt at having survived while their children didn’t.”

Unable to reconcile themselves, some parents have moved from the area, he says. According to Hiratsuka, only 19 of the 34 surviving students remain at the temporary school in Ishinomaki.

On March 10 last year, 108 pupils had shouted and screamed as they ran around the mountain-backed playground, peeping their heads through the portholes of a concrete facade on which they had painted colorful images of children from around the globe. Today, the play area is a muddied mess of debris. The school building is a shell — nothing remains except a partially burned dictionary and a plastic sword lying on a desk.

Karino says she too contemplated relocating — though, ironically, that was before the disasters, at a time when she hankered for a faster-paced, convenience-packed lifestyle.

Yet, her loss has somehow adhered her to the area. “I wanted out, but she loved it here. She loved the school, she loved summers at the seaside, playing in the river,” says Karino, stopping abruptly to cover her eyes and mouth with her trembling hands.

“So I have to stay. As a priest told me recently, Ai is watching me. So I have to stay here and I have to smile. For her.”

 

Tsunami spared few at elementary school in Ishinomaki
April 25, 2011
http://ajw.asahi.com/article/0311disaster/life_and_death/AJ201104251259
魚拓
Internet Archive

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Okawa Elementary School in Ishinomaki, Miyagi Prefecture, is still covered with mud on April 9 after being devastated in the March 11 tsunami. (Photo by Shingo Kuzutani)

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A photo and a graduation certificate of Ai Karino, who was still missing as of April 24, in Ishinomaki, Miyagi Prefecture (Photo by Gen Hashimoto)


Lessons learned from the tsunami spawned by the March 11 Great East Japan Earthquake showed that even schools once thought to be safe havens were vulnerable, and some parents who could get their children to higher ground saved them.

In Ishinomaki, Miyagi Prefecture, Okawa Elementary stands along a prefectural road near Shin-Kitakamiohashi bridge, about five kilometers from the mouth of the Kitakamigawa river. The two-story school building, where 108 students were enrolled, was a modern structure and supposedly safe from tsunamis.

Ironically, part of the school song goes, "Taiheiyo no Aoi Nami, Yosetekuru Nami" (Blue waves of the Pacific, waves that approach).

On March 11 at 2:40 p.m., the students were preparing to go home. Of the school's 13 teachers and clerical staff members, 11 were present at that time.

Among the school's fifth-graders was the second son of Nobuhiro Kimura, 37, who operates a local iron factory.

At 2:46 p.m., Kimura was in his office talking to the chairman of a company that has done business with his factory.

Then, a violent impact shook the ground. After the initial tremor, the shaking continued for a while. Many iron frames fell with a crash. Surprised by the big tremors, Kimura immediately jumped in his car and sped to his house, located between the school and his factory.

While he was driving his car along the river, he heard a radio report saying that a major tsunami warning had been issued, and he also noticed that the water level of the river was lower than usual. As the radio reported that the first wave of the tsunami had hit the neighboring town of Onagawa, Kimura felt a strong sense of ominous foreboding.

At his house, his eldest son, a junior high school student, had already come home earlier than usual because a graduation ceremony had been held that day. Taking his son, Kimura drove hurriedly to his other son's elementary school. While he kept his engine on, his eldest son jumped out of the car, rushed into the elementary school and got his younger brother. Immediately after starting to drive, Kimura saw something flying in front of him. It was a house, which flew from the side of the river to the opposite side, being carried by the tsunami.

City government employees were waving their arms near the bridge to instruct cars to head to a hill. Kimura turned the steering wheel and pressed harder on the gas pedal.

Several minutes before that, one of the city employees, Toshinobu Oikawa, 57, had been about a kilometer from the elementary school in the direction of the mouth of the river. When he looked to the front, he saw waves in the distance that were higher than the rows of pine trees on the beach that were at least 20 meters high.

"(The waves are) big," Oikawa thought. While driving his car, he urged residents through a loudspeaker to evacuate. Near the bridge, he stopped cars that were trying to go to the elementary school, and instructed them to head to the hill and higher ground. When he glanced at the river, a surge of black water was coming up it and swelling as if it was about to explode.

A fishing boat of about three tons being carried by the tsunami was approaching at the height of the riverbank. It was sliding along the embankment, and crashed into the bridge in front of Oikawa. He heard a sound like the echo of a huge waterfall.

When the wave of black water came closer to him, Oikawa turned and ran up a slope to the hill. The water that overflowed from the river near the bridge filled the lower-lying areas.

Immediately after that, the waves that had hit pine trees on the beach also neared Okawa Elementary School.

A male teacher, who was the only teacher who survived the tsunami that struck the school, later told his story to parents in a meeting held April 9 between school officials and relatives. The teacher and a few others, including parents who went to the school to get their children, were the only adults who knew what had happened just before the tsunami hit.

According to the teacher, the teachers all had confirmed in the schoolyard that all of their students were safe. However, some of the children were weeping. Others were feeling cold as they ran out barefoot in the snow.

The male teacher went back to the classrooms to confirm that no students remained and returned to the schoolyard. Then, he found that the students and the other teachers were trying to evacuate to higher ground on an embankment.

Then, he suddenly heard a loud sound followed by a gust of wind. The tsunami was rushing toward them along a road. After that, it engulfed the students.

Setsuko Takahashi, 60, who lives near the elementary school, was heading toward the schoolyard and saw the students walking in rows on a back road on the side of a hill.

"Follow the rows of the elementary school pupils," she told her 31-year-old daughter and a 2-year-old grandson, who were with her.

Immediately after that, she was engulfed by the brown water and managed to grab onto floating trees and a board. She was washed into a backwater area. She found a girl nearby, who was clinging to a piece of wood. While telling the girl, "Don't let go (of the wood)," she managed to climb onto a slope. A man who had fled to safety on the slope rescued the girl.

The elementary school was swallowed by a swirling muddy stream of water, and Takahashi was only able to see the upper part of the second floor of the school above the high water level. She could see neither the rows of students nor her daughter and her grandchild anywhere.

Four children made it to safety in the backwater. They were a first-grade girl and two fifth-grade boys from Okawa Elementary School and a male junior high school student. A total of 12 adults, including Takahashi and employees of the branch office of the city government, were also there.

The male teacher also survived along with a third-year boy of the elementary school on a different part of the slope.

Parents of all the elementary school students spent an anxious night while waiting on word about their children, as roads and all means of communication were disrupted. A rumor spread that the children had been saved at the school and all were safe. Some parents' minds were eased thinking that their children were staying there overnight, which also serves as an evacuation center.

The next day, however, parents began to get the tragic news. Officials of the local volunteer firefighters went to the elementary school in boats and found that the school building had been reduced to ruins. They also confirmed small bodies in the rubble around the school.

Of the 108 students at the elementary school, 64 were found dead and 10 were still missing as of April 9. That means that about 70 percent of the students became victims of the tsunami.

Many of the 34 students who survived had been taken by their parents in their cars to safety.

In the meeting held April 9, parents expressed their anger. One asked, "What did teachers do during the time between the earthquake and the tsunami?" Another demanded, "Give me back my child!" Another asked, "Is this a natural disaster or a disaster caused by humans?"

Since the March 11 earthquake and tsunami, parents have been looking for their children's bodies around the school. The body of fifth-grader Chisato Shito, which was found March 12, was badly injured. As it was difficult to remove mud from the girl's eyes, nose and ears, her 45-year-old mother took it off by licking it with her tongue.

"I am not going to blame anyone. But my daughter was at the elementary school ... I am sad and I regret that," the mother said.

Miyuki Fukuda, 43, identified the body of her eldest daughter, Risa, a sixth-grader, three days after the quake. Her daughter's face was beautiful. The girl had been looking forward to wearing the traditional "hakama" pleated skirt at her graduation ceremony.

"She was smart and listened to other people's opinions well. Though she was my daughter, I often asked her for advice," Fukuda recalled.

Her eldest son, Masaaki, a third-grader, is still missing.

"He was handsome and was popular. He was my treasure. As he is small and frightens easily, I want to find him as soon as possible," she said.

Fukuda has been searching sites around the school each day searching for him, except for the day when Risa's body was cremated.

"Rather than looking for my son, I want to be with him. At that time (when he was hit by the tsunami,) was he weeping or was he strong? If I hear the answer, I may feel sad. But I want to know about his last moment," she said.

One after another, "randoseru," or school backpacks, covered with mud, were found around the school. They were for the moment lined up near the bridge. Sadly, they bear testimony to the tragedy of March 11, never to be carried again on the small backs of their owners.

Okawa Elementary School held its graduation ceremony on April 24, about a month later than usual, using a building of a different school, also located in Ishinomaki city.

About 50 family members of 16 six-graders who died or were still missing participated in the ceremony. Only five other six-graders survived and moved onto junior high school.

The graduation ceremony started at 10 a.m. in the Iinokawa Daiichi Elementary School, as participants observed a silent prayer for the dead children. Then, Okawa Elementary School Principal Teruyuki Kashiba read the names of the 16 students and handed their graduation certificates to their family members.

"We, teachers and clerical staff members, will make efforts so that such a sad thing like this will never take place again," Kashiba said.

(This story was written by Hajime Ueno, Chiaki Ogihara and Takuhei Minamide.)

 

防災関連エントリー:
東日本大震災の記録 大津波悲劇の中の救い、防災の備えが命を救った、英字紙記事も。

3・11:東日本大震災 宮城・山元町の自動車学校、送迎手間取り25人死亡 

検証・大震災:3家族の3.11、陸前高田・河野さん、名取・佐藤さん、石巻・木村さん。 

災害:巨大地震や原発被災、「毎日小学生新聞」が画像表示などあり分かりやすいので資料保存。 

3月11日〜3月28日のNYT写真集を全採録。直視し忘れないことが犠牲者への弔い。事実を伝えない日本のマスゴミは糞。 

 

 「防災必需品+体験談」←グーグル検索です。普段からの備えが大事、参考にして下さい。以下、僕自身が用意している基本グッズのAMAZONリンクをはっておきます。

 ※をつけたグッズは、小さな子は別にして家族全員個人装備でも良いと思います。特にヘッドライトは明かりの欲しい作業の時などに使って重宝しています。夜、自転車の前照灯が球切れした時にも使い助かりました。雨具は傘以外に、即行で着脱できて両手が使えるポンチョもお勧めします。

ホイッスル 笛 ※(救出要請SOS、その他)

ヘッドライト ※

LED懐中電灯 ※

SONYポケットラジオ ※

SONY防災ラジオ ←スマホ手回し充電可能タイプの

LEDランタン 

・火を熾すもの(チャッカマン西洋火打ち石

卓上カセットコンロ 

VICTORINOX多機能ナイフ ※

ポンチョ(アウトドア雨具) (←お勧め)※

 ロープは万能道具、普段から慣れておくことが大事。

決定版 ひもとロープの結び方 便利手帳 

使えるロープワーク―必ず役立つ「結び」の完璧テクニック (OUT DOOR)←アウトドア好きの方が書いた本。

アウトドア用のロープ ←リンクをはりましたが、一番良いのは登山用品店に行って説明を聞き、自分でも手にとって選ぶ事です(太さの感じが分かります)。通常、メジャーを使って1m単位で量り売りしてくれます。僕自身は、径3.5㎜と4.5㎜のでそれぞれ2m、3m、5mのを適宜本数組み合わせて普段からザックの隅に入れてます。また車にはそれに加え径8㎜で10mのを2本積んでます。細いロープは長いのだとうまく使えません。短いのを準備して使うのがロープに慣れるコツ。長さが足りなければつないで使えばよいのです。

 着るものを含め、防災グッズはアウトドアグッズを転用出来るわけですが、ザッグを例に取ると、防災用と比べアウトドア用のザッグは作りも頑丈ですし、使い勝手もはるかに良いです。

リュックサック ※

ザック ※

 意外と忘れるのがマスクとゴーグル。特にマスクは瓦礫の粉じん対策として必需品(特に肺がんを引き起こす石綿:アスベストに要注意)、避難場所での風邪の集団感染予防にもなります。またゴーグルは震災での粉じん対策だけでなく富士山が噴火した場合、大量の降灰に対する備えとしても必要。マスクとゴーグルは花粉症対策としても使え、何もしないよりは放射能降灰への備えとしても有用と思います。

山本光学のN95マスク  ※

山本光学の浮遊粉塵用セーフティゴーグル ※

 薬や救急用品など。これは個人それぞれ違うはず。以下は僕が用意しているもの。消毒用ジェルは避難所で用意しているはずですが、万一に備え感染症防御でこまめな手洗い用。スキンクリームはウォシュレットが使えない避難所で拭く時に使う切れ痔予防。裏技用途で、ジェルやワセリンはたき火が必要な時に火口(ほくち)に少し使うと火を熾しやすくできます。手ぬぐいはバンダナ代わりや鉢巻きにも使え、いざという時には包帯にもなる必需品。

消毒用ジェル救急絆創膏テーピング用テープけが等の軟膏ワセリンスキンクリームソンバーユなら)、とげ抜き手ぬぐい

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 以下追記、資料として採録。

阪神・淡路復旧作業石綿禍 東日本被災地にも暗い影
http://www.kobe-np.co.jp/rentoku/sinsai/18/201208/0005483567.shtml
魚拓 

B_05483568 重機で解体される被災ビル。粉じんが舞う=1995年2月、神戸市兵庫区

 発生から17年半となる阪神・淡路大震災の被災地で、建物の復旧作業に伴うアスベスト(石綿)被害が新たに確認された。牙をむき始めた大震災の石綿禍。しかし、当時の環境庁(現・環境省)などによる石綿の飛散調査は「おおむね問題なし」との結果だった。時をへて相次ぐ中皮腫の発症は、実態把握の不十分さを浮き彫りにするとともに、東日本大震災の被災地にも暗い影を落としている。

 家屋全壊約10万棟、半壊約14万棟。阪神・淡路大震災の被災地では、倒壊した建物からすさまじい量の粉じんが発生した。日本では石綿消費量の約8割が建材に使われてきた。吹き付け材、屋根材、内装材、吸音材、外装材、耐火被覆材(たいかひふくざい)などだ。震災で崩れた建物のがれきには、命を脅かす「死の棘(とげ)」が含まれていた。

 当時の環境庁の調査によると、解体現場周辺で空気1リットル中の石綿繊維量は平均3~5・4本、大気汚染防止法の基準(10本)を下回った。一方、民間研究機関「環境監視研究所」(大阪市)の測定では、解体現場周辺で1リットル中160~250本が検出された。基準値をはるかに上回る。

 官民でデータに隔たりがあるが、中皮腫が増えているのは「飛散防止に有効な手を打てなかったことを示している」(専門医)とみる人は多い。

 解体が急ピッチで進む中、行政が現場に本格的な粉じん対策を指示したのは、発生から1カ月あまりたってからだ。復旧工事が急がれる中、石綿対策が後手に回ったことがうかがえる。

 発生から間もなく1年半になる東日本大震災の被災地でも、石綿の飛散に不安が高まっている。

 環境省の飛散調査では、約350地点のうち95・4%で「問題なし」との結果だった。しかし、現地調査をした森裕之・立命館大教授(公共政策)は「極めて不十分」と疑問を投げ掛ける。「建材は解体作業で細かく砕かれており、風向きによって測定値が大きく異なる。東北の被災範囲は広大で、阪神・淡路の教訓を踏まえて丁寧に測定すべきだ」と話す。

 被災地ではがれきの集積場が点在している。原発事故に伴う放射能汚染に目を奪われがちだが、宮城県石巻市の石巻赤十字病院の矢内勝・呼吸器内科部長は「がれきが身近にある以上、石綿の吸引を避けるために万全を尽くす必要がある」としている。(加藤正文)

【発症時期迎え被害拡大か】
 中皮腫で亡くなった宝塚市の男性=当時(65)=が阪神・淡路の復旧作業に携わったのは、わずか2カ月だった。震災アスベストの危険性を訴えてきたNPO法人ひょうご労働安全衛生センターは「十分な飛散対策がないまま、復旧解体が街中で繰り広げられた。労働者だけでなく、住民やボランティアへの被害も懸念される」と指摘する。

 石綿が肺の中に入り、中皮腫や肺がんといった石綿疾患を引き起こすまでの潜伏期間は、十数年から40年とされる。阪神・淡路大震災から17年半、同センターの西山和宏事務局長(50)は「発症時期に入ったのではないか」と警戒感を強める。

 近年、復旧に携わった労働者の石綿疾患が相次ぐ。2008年、解体にかかわった兵庫県内の男性の中皮腫発症が判明。その後、解体作業の現場監督を務めた芦屋市の男性、がれきを収集した明石市職員の発症が確認された。

 しかし、いずれも発症と震災時の石綿飛散との明確な因果関係は証明されておらず、兵庫県の井戸敏三知事は「原因が阪神・淡路大震災だとはなかなかなりにくいのではないか」などと繰り返し発言している。

 これに対し、今回の宝塚市の男性のケースでは、石綿に触れる機会が震災後の復旧作業に限定される。男性の妻(67)は「夫と同じような作業をしていた人は多いはず」との思いで、夫の病状の公表を決心した。

 被害拡大や不安解消に向け、行政の速やかな対応が求められる。(中部 剛)

2012/8/24

 

論壇
アスベスト禍の衝撃 史上最悪の産業災害
命に突き刺さる棘、震災復興でも深刻な被害が

http://gendainoriron.jp/vol.03/rostrum/ro03.php
魚拓 
Internet Archive 

神戸新聞編集委員 加藤 正文


国賠勝訴 
複合型ストック災害 
クボタショック 
震災アスベストの脅威 
相次ぐ発症 
異常事態の中で 
繰り返される過ち 
課題を示す窓 


 原発事故とアスベスト(石綿)禍には被害の構図が共通している。過去に地震や津波が繰り返し発生した地に原発を起き、研究者が再三、その危険性を警告していたにもかかわらず、虚構の「安全神話」の中で稼働を続けた。一方、石綿も戦前から有害だと分かっていながらも、その有用性、経済性から「管理して使えば安全」と国は十分な規制を行わず、約1千万トンを消費した。使用禁止は北欧に遅れること20年、ヨーロッパ諸国に遅れること10年以上たった実に2006年だ。

 原発事故は「史上最大・最悪の公害」(宮本憲一・大阪市立大名誉教授)であり、石綿禍もまた「史上最大の産業災害」(同)である。筆者は2005年6月末、兵庫県尼崎市のクボタ旧神崎工場内外で深刻な被害が発覚した、いわゆる「クボタショック」以降、各地で取材を重ねてきた。その成果を『死の棘・アスベスト』(中央公論新社、2014年)として刊行した。石綿はその使用状況の広がりを反映して、被害状況も多様だ。本稿では、①石綿産業の原点としての大阪・泉南②アジア最悪の被害を出した兵庫県尼崎市のクボタ旧神崎工場③今後、深刻な被害が懸念される震災アスベスト-の3点で被害と不作為の構図を描いていく。


国賠勝訴

 「勝訴」「最高裁、国を断罪」。原告側の弁護士の旗が出ると、最高裁前に詰めかけた被害者らから拍手がわいた。2014年10月9日、石綿を吸って肺がんや中皮腫などを患った大阪・泉南地域の元工場労働者らによる国家賠償請求訴訟で、最高裁は国の賠償責任を初めて認める判決を言い渡した。

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知られざる地場産業だった大阪・泉南の石綿紡織産業。100年の時をへて最高裁が国の不作為を認定した(大阪アスベスト弁護団提供)

 「労働環境を整備し、生命、身体に対する危害を防止するために、国は技術の進歩や医学知識に合うように適時適切に規制権限を行使すべきだ」。この「適時適切」という理念を盛り込んだ判決が確定するまでに、どれほどの苦難があったことだろう。病気に斃れた無数の声なき声が、100年もの長い時を超えて重い扉をこじあけたのだ。

 関西空港の対岸、大阪府泉南市、阪南市を中心とする泉南地区は、日本の石綿紡織産業の原点の地だ。中小零細の工場が集積し、戦前は軍需産業、戦後は自動車や船舶、機械などの基幹産業を支えた。最盛期には約200社が稼働し、約2千人が就労したという。戦前から石綿紡織工場の全国一の集積地として発展した。

 主な製品は、石綿を主原料に綿花などを混紡した糸、そして、この糸を布状やひも状に加工したものだ。耐熱性、絶縁性にすぐれ、各種パッキング、蒸気機関車などの防熱ふとん、自動車の摩擦材などに幅広く使われた。「小はランプの芯から、大は重化学工業の発熱部を覆う断熱材として欠かせなかった」(柚岡一禎・泉南地域の石綿被害と市民の会代表)。あちこちに工場が点在し、「街全体が石綿工場のようだった」といわれるが、今の街並みからは想像もつかない。高度成長期をピークに生産は次第に先細り、産地は消えた。長年、数多く労働者や住民が石綿による肺の病気で苦しんできたが、2006年、石綿対策の不備について国の責任を問う集団訴訟が提起されるまで知る人は少なかった。「国は石綿の危険性を知っていた、対策を取ることもできた、でも、やらなかった」。長い間、隠されてきた被害が表に出た瞬間だった。

 戦前の調査がある。国は1937(昭和12)年、泉南地区の被害をつかんでいた。旧内務省保険院の調査で、労働者の石綿肺罹患率が12・3%に上ることが判明した。担当医師らの「有害工業に属し法規的取り締まりを要する」との警告が残る。だが、国はこれに対して不十分な症例調査にすぎないとの立場をとった。その後も罹患率は10%を下回らず、労働基準監督署が調査を重ねた。しかし、「被害は深刻ではなかった」という見解を譲らなかった。 クボタのような大企業と違い、泉南はほとんどが零細企業で対策も不十分だ。「だからこそ国に被害拡大を防ぐ責任があった」。石綿問題に詳しい立命館大の森裕之教授(公共政策論)は国の不作為を指摘する。

 訴訟は2陣あり、1陣の地裁、高裁、2陣の地裁、高裁。そして今回の最高裁、過去5回の判決が投げ掛けるのは、一体、何のために労働関係の法規はあるのか、という根本的な命題だ。いくつもの曲折があったが、最高裁判決は、人間の命と健康を守るため、という基本原則を明確に示した。

 不断の努力で最新の知見に合わせて健康被害を予防する。被害が発生しているのならば、根絶まで対策を取る。これは法律や規則以前の行政の当然の責務だが、縦割りの官僚機構の中でその意識はかなり薄れている。あえてこの原則を厳しく指摘したところにこの判決の最大の意義がある。


複合型ストック災害

 手元にアスベスト(石綿)の原石がある。白く毛羽だった繊維のついた蛇紋岩。カナダ・ケベック州の鉱山都市セッドフォード・マインズの取材時にもらったものだ。

 壮大な露天掘りの鉱山に立ったとき、上流から下流へ流れる川のように、採掘された石綿が輸出され、港から工場に運ばれ、加工され製品となり、最後に瓦礫として廃棄される様子がまざまざと脳裏に浮かんだ。 熱や引っ張りに強く、燃えない。そして何より安い。産業革命とともに本格利用が始まり、各国の経済成長を支えた。その用途は建材、水道管、パッキング、シール材、ブレーキ材など実に3千種類に及んだ。

 かつては「奇跡の素材」と喧伝され、有害な「悪魔の素材」にもかかわらず、大量に使われた。日本は1千万㌧を消費した。1970年代にWHO(世界保健機関)やILO(国際労働機関)が発がん性を指摘したのに、日本が使用禁止にしたのは前述のとおり2006年。建物など社会のあちこちに蓄積(ストック)された石綿。髪の毛の5千分の1の微細な繊維は吸引すると長い潜伏期間をへて中皮腫や石綿肺などの病気を引き起こす。「生産・流通・消費・廃棄の経済活動の全局面で複合的に影響を与えるストック災害」(宮本・大阪市大名誉教授)とされる。近代化の初期に大量使用され、経済成長が一段落するころに「死の棘」の本性をみせる。これが複合型ストック災害の恐怖だ。

 日本で中皮腫による死者は2006年から毎年千人を超え、10年は1209人、11年1258人、12年は1400人、13年は1410人と増加。兵庫、大阪、東京、神奈川で多い。石綿を扱う工場などで働いたことがないのに病気になった人の数は中皮腫と肺がんで8千人を超え、その半数が亡くなっている。

 一方、労働災害として認定される人の数は毎年千人を超えている。高度成長期に起きた四大公害事件よりも被害者が多くなるのは間違いない。規制の決定的に遅れを踏まえると、被害のピークは2030年と予測される。


クボタショック

 アスベスト問題が労災を超えた公害であることを明確に示したのは、2005年6月に起きた「クボタショック」である。ショックたるゆえんは、工場の元従業員のみならず周辺住民の間で中皮腫が多発していることが発覚したからだ。中皮腫は石綿に起因する極めて予後の悪い特異性疾患だ。それが工場の周辺に広がっていた。発症状況を地図に落とすと、この特異な病気が工場の半径4キロにわたって広がっている状況が浮き彫りになる。

 2014年9月末時点で周辺住民と元従業員の死者は435人となり、アジア最悪の被害となっている。住民の被害者は263人で、元従業員(172人)を上回る。「俺、何か悪いことしたか」「1億円もらったってこんな病気、嫌」「クボタによる陰湿な殺人」「健康な体を返してほしい」―。不条理に命を奪われた患者たちの言葉はあまりに重い。

 クボタの社長は道義的責任から謝罪し、原則半径1キロの発症については救済金を支払ってきたが、肝心の因果関係についてはいまだに認めようとしない。「お見舞い金の延長」(首脳)という見解にとどまる。


震災アスベストの脅威

 重機がうなりをあげて建物を壊していく。むき出しの鉄筋、破砕された建材、積み上がる膨大ながれき、舞い上がる粉じん…。東日本大震災の被災地で続いた光景は、1995(平成7)年の阪神・淡路大震災の状況と重なる。当時、全国から駆けつけた労働者たちは、復旧復興のためにひたすら解体作業に打ち込んだ。すぐそばではごく当たり前の日常生活が営まれていた。あたりを舞う粉じんに潜む「死の棘」の存在を、気に留めることはほとんどなかった。

 来年1月で丸20年となる。神戸の街に震災のつめあとは感じられなくなった。順調に「復興」したかのように見えるこの街で、肺の奥に突き刺さった微細な繊維、アスベスト(石綿)が牙をむき始めている。がれき処理に関わった人が相次いで、石綿に起因するがん、中皮腫を発症しているのだ。吸引後、10数年から40年たって発症するのが石綿のリスクだ。

 「チュウヒシュ? 俺が?」。2012年5月、兵庫県明石市にある県立がんセンターで思わず問い返した。医師の診断は「腹膜中皮腫」。高濃度のアスベスト(石綿)暴露で起きる病気だ。明石市環境部の男性=当時(48)=の仕事はゴミの収集業務だが、石綿との関連を考えるうちに、1995年の阪神・淡路大震災時に思い至った。

 男性は当時、がれきの処理業務に奔走した。ブロックやスレート、木材など震災で全半壊した住宅のがれきをパッカー車に積んで、処分場に運んだ。波形スレートは半分に割って車に押し込んだ。2、3トン積みの車だったが、可燃であろうが、不燃であろうがお構いなしだったので「5、6トンは載せていた」。

 処分場にがれきを投入する。荷重が重すぎて油圧で荷台が上がらないのでパッカー車の中に入ってがれきをかきだした。狭いパッカーの中はすさまじい粉じんだった。「使い捨ての紙マスクを2重にして使っていたけど、鼻の中まで真っ黒になった」。当時、焼却場は壊れていたのですべてのゴミを埋め立て処分場へ。破砕してブルドーザーでならした。舞い上がる粉じんとともにがれきはうずたかく積み上がった。

 時は流れ、2011年暮れ、下腹部にできたしこりに気づいた。それが見る間に大きくなった。「当時、俺よりもたくさんアスベストを吸い込んだ人がいた。神戸に来ていたボランティアの人もそうだ。俺が病気になるというとは、これからもっと多くの人が発症するということ。入念な検査をみんなにしてほしい」。男性の病状は悪化し、2013年10月に亡くなった。


■ 相次ぐ発症

 時がたち、阪神・淡路大震災の生々しい記憶が遠ざかる中で、石綿関連疾患の発症が相次いでいる。2008年3月、震災時の解体作業で石綿を吸ったため、がんの一種、中皮腫になったと訴えた兵庫県内の30代の男性を、姫路労働基準監督署が労災認定した。震災時作業による労災認定は初のケースだった。石綿の被害は潜伏期間が十数年~40年とされる。「震災による石綿疾患はいずれ爆発的に発生する」と、かねて懸念されてきただけに、いよいよ来たのか、という覚悟を迫る発症の報告だった。

 2009年5月、芦屋市の男性=当時(80)=が労災認定された。中皮腫と診断されたのは2007年。元建設会社の営業マンで、震災後の95年10~11月、人手が足りず、解体作業で現場監督を務めた。重機の巨大なハサミが建物をつかむと、左右に10メートルほど粉じんが広がった。労災を申請すると、労働基準監督署は建設会社に勤務していた77~98年の約22年間に石綿に触れたと判断した。しかし、渾大防さんは「営業マン時代、建設現場に出ることはほとんどなかった。石綿を吸い込んだのは、震災時の現場監督時代しか思い当たらない」と話す。13年暮れ、男性は死去した。

 2012年8月には、宝塚市内の男性(11年に65歳で死去)も労災認定された。この男性は衣料品販売をしていたが、震災で仕事ができなくなり、1995年2月、作業服に着替えてアルバイトとして工務店で勤務した。民家からずり落ちた瓦を集め、屋根にブルーシートをかけた。マンションの改修工事にも立ち会った。マンションの室内では職人が壁や天井をはがしたり、電動のこぎりで建材を加工したりしたため、相当量の粉塵が部屋にたちこめた。妻(67)は今、夫のかぶっていた野球帽にほこりがたくさんついていたことを思い出す。工務店のアルバイトはわずか2カ月。この間に石綿を吸い込んだ。16年後に中皮腫を発症し、2011年10月に死去した。妻は悲しみを口にした。「がれきの中のアスベスト(石綿)のことなんて考えもしなかった。お父さんは悔しかったと思う。同じ哀しみを東北の被災地で決して繰り返さないでほしい」

 同じ月、兵庫県内に住む別の70歳代男性も神戸東労働基準監督署から労災認定されたことも判明。3年近く瓦礫処理作業に携わったという。労災認定などで表面化する被害だけで5人。その背後で、解体、瓦礫収集、運搬、処理などの復旧・復興に関わった数多くの労働者が次々と石綿禍に倒れている。これが阪神・淡路大震災の被災地の現実なのだ。


異常事態の中で

 死者6434人、家屋全壊約10万棟、半壊約14万棟。現場は異常事態であり、緊急事態だった。

 「最悪の労働環境だった」。解体や瓦礫処理に携わった労働者たちの証言だ。神戸市兵庫区で工務店を経営する男性(81)は振り返った。「マスクどころか、タオルもまかずに仕事した。石綿が危ないなんて考える余裕はなかった」「防護シートを張らずに解体した。飛散を防ぐために水をまこうにも、水道管が壊れて水は出なかった」

 発生約1カ月後から一斉解体が始まった。無数の業者が被災地に集まり、神戸だけでも100件、兵庫県内で200~300件の解体が同時に進行したという。住民への情報開示、飛散対策が積み残されたまま、混乱の中、大量解体が進んだ。一体、どれだけの粉じんが街中を舞ったのだろう。当時、がれきの街を取材で回りながら、のどがいつもいがらっぽく、目が痛かった記憶が残る。

 都市では高度成長期以降、郊外型の開発に力が注がれ、インナーシティーと呼ばれる中心部の再開発は遅れてきた。ニュータウン開発に力を入れた神戸では、とりわけインナーシティー問題は課題となっていた。そこには石綿を含む老朽建築物が数多く取り残されており、災害対策としても石綿に十分注意が払われてこなかった。震災時の兵庫県地域防災計画には環境保全の記述はなく、10年後の復興10年委員会の「総括検証・提言報告」にもアスベストの文字は一カ所もない。

 「これは単なるアスベスト対策の欠陥ではなく、日本の都市政策、災害対策、復興政策の欠陥と関連している」(宮本、森永、石原編『終わりなきアスベスト災害』岩波書店、2011)。この指摘が重くのしかかる。

 しかし、自治体の対応は鈍いといわざるを得ない。東日本大震災の起きる1年前の10年5~8月に掛けて立命館大は全国の自治体に地域防災計画に震災時アスベスト対策を盛り込んでいるかどうかを調査した。結果、72・5%が「現在、盛り込んでおらず、特に盛り込む予定はない」と回答。そのうち、環境省が07年に策定した災害時の石綿飛散防止マニュアルについても、「認識していない」「確認していない」としたのは5割超。

 これが日本の石綿対策の実情である。そこに東日本大震災が起きたのだ。


繰り返される過ち

 東北の被災地に点在する瓦礫の集積場で遊ぶ子どもたち。倒壊した建物の前で、マスクをつけずに普通に歩く中高生…。「目に見えないアスベストが飛散しているから、できるだけマスクを」。そんな思いが募る。阪神・淡路大震災の被災地であまりに無防備だったからだ。

Kato_asbestos2 積みあがる震災がれき。微細な石綿繊維の飛散が懸念された。阪神・淡路大震災の教訓は生かされたのだろうか=2012年、宮城県石巻市

 津波に根こそぎ奪われた東北の町は、当初は声を失う惨状だったが、その後、がれきの様子が気になった。宮城県石巻市。2012年秋に県立石巻商業高校(約580人)の隣に広がるがれきの集積場には驚いた。高い囲いが巡らされ、白い袋詰めされた膨大ながれきが積み上がっている。搬入された後、生徒から「喉が痛い」「目がかゆい」などの声が寄せられたため取られた措置だった。

 がれきは、撤去、運搬、仮置き、処分の全過程で粉じんが発生する。倒壊家屋や破損した船舶には、ふきつけられたり、練り込まれたりした石綿がたくさん含まれている。当初、環境省の担当者は「津波で塩水にぬれ、石綿の飛散が抑制されている」としたが、乾燥が進み、破砕や運搬作業が進む中で、当然、飛散する。

 がれきの総量は東日本2300万㌧、阪神・淡路2千万㌧だ。東日本大震災に特徴的なのは、沿岸には製紙業をはじめ、さまざまな工場があることだ。長期間、排水を流したことで、海底にはさまざまな物質が蓄積している。「津波は、海底に沈殿していたものを一気に陸に揚げた。産業廃棄物を含むヘドロは普通の泥ではない」と石巻赤十字病院の矢(や)内(ない)勝・呼吸器内科部長が警告する。発生2カ月後に訪れた際、海底にたい積したヘドロが津波で打ち上げられていた。臨海部にそびえる日本製紙石巻工場の周りを歩いていると、雨が降り出した。それまで白っぽかった泥が、雨にぬれると、どす黒く変色した。石綿、砒素、鉛…。危険物質は数多くある。

 東日本で阪神・淡路とは決定的に異なる点がある。犠牲者の9割が建物倒壊による「圧死」が阪神・淡路なのに対し、東日本では死因の9割が津波による「溺死」だ。これはそのまま石綿被害にもあてはまる。破損した建物が津波で流され、そして有害なヘドロが沿岸部に拡散している状況を踏まえると、粉じんの飛散に伴う健康被害は、阪神・淡路大震災よりもはるかに広域になる危険性がある。

 環境省は東北の被災地で11次にわたってモニタリング調査を行った。結果、1713地点のうち99・6%で問題がなかったという結果だった。「おおむね問題なし」と環境省の大気課長(当時)はいう。ここでも20年前の阪神・淡路大震災の当時と似ている。

 しかし、「調査はきわめて不十分」と森裕之・立命館大教授(公共政策)は言う。被災地ではがれきの量を減らすために成形板を破砕しているケースがあるといい、「破砕物は風向きで測定値が大きく異なる。被災のエリアは400㌔にわたる広大な地域だ。もっと丁寧な測定が要る」と話す。


課題を示す窓

 大震災の発生でどれだけの石綿が飛散したのか、完全な把握は難しい。とはいえ、できることはある。まず、アスベストを含んでいた建物の倒壊した地区を中心に、当時の住民や解体・撤去にかかわった労働者らを登録し、健康診断を継続しなければならない。土木工事に他府県から多くの労働者が神戸・阪神間にやってきた。これはボランティアも同じだ。アスベストに暴露したというリスクを本人に周知させ、健康診断を受けなければならない。

 もう一つ必要なのは、私たちの住む街にいったいどれぐらいの石綿が蓄積しているのか。神戸市は固定資産税台帳によって建物の建築年次を調べ、アスベストの飛散可能性のあるものをチェックしている。これは公表していないが、地図に落とし込んでいるので、アスベストマップとしても活用できる。

 「大震災の発生時、ふだんは見えない社会の課題を示す窓が開く。その窓はごく短い期間に閉じてしまう」。阪神・淡路大震災のちょうど1年前の1994年1月17日、米カリフォルニア州ロサンゼルス市ノースリッジで起きた大震災の報告書にはこんなフレーズがある。窓が開いているうちに、根本的な対策がとれるか。神戸で生かせなかった阪神・淡路の教訓を、東日本で生かさなければならない。これは石綿問題にとどまらず、私たちの社会の未来にかかわる問題である。

主要参考・引用文献

(1)中部剛、加藤正文『忍び寄る震災アスベスト 阪神・淡路と東日本』、かもがわ出版、2014年

(2)加藤正文『死の棘・アスベスト 作家はなぜ死んだのか』、中央公論新社、2014年

(3)立命館大学政策科学会編『別冊政策科学 アスベスト問題特集号』、2008、11、12年

※新聞、雑誌、インターネットサイトの記事、各種訴訟の訴状、判決文などを参考にした。


かとう・まさふみ

1964年西宮市生まれ。大阪市立大学卒。89年神戸新聞入社。経済部、北摂総局、阪神総局、論説委員などを経て、現在、経済部次長兼編集委員。著書に『工場を歩く-ものづくり再発見』(神戸新聞総合出版センター)、『工場は生きている-ものづくり探訪』(かもがわ出版)、『忍び寄る震災アスベスト 阪神・淡路と東日本』(共著、かもがわ出版)、『死の棘・アスベスト 作家はなぜ死んだのか』(中央公論新社)など。


   「いのちに突き刺さる」アスベストの悲惨―――
真正面から立ち向かった著者渾身の
「怒りと告発」の書に戦慄する。
――内橋克人氏(評論家)

これは“影の日本経済史”であり
世界的スケールで“白い肺の恐怖”を
描いた力作である。
――黒木亮氏(作家)

『死の棘・アスベスト』
加藤 正文著 中央公論新社 定価1700円(税別)

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【必見YouTube】終わりなき人体汚染 〜チェルノブイリ事故から10年〜(1996年放送NHKスペシャル)

 ご紹介するYouTubeは、1から4まで全て録音しました。また要所要所の画面をキャプチャしました。もし、NHKが著作権なんたらでこのYouTubeを削除するならその音声ファイルを阿修羅のビッグデータアップ板にアップしてインターネット放送します。キャプチャ画像と合わせてご覧になればそれなりに分かるでしょう。(NHKのYouTube削除に備え、代わりのVimeo動画も用意しておきました。)

 関連で、チェルノブイリ原発事故についてのドキュメンタリー、チェルノブイリ 連鎖爆発阻止の闘い必見です。メディアや当局のやり方について参考になります。

 なお、NHKスペシャル「終わりなき人体汚染」の方は、このエントリーの表題としては、NHKで放送された時の正確な表題を書いておきます

 今日22日からの福島原発20km立ち入り禁止措置のニュースを採録しておきました

※↑どれもリンクをクリックするとページ内ジャンプします。

↓こう言うデタラメをこきまくる官邸です。菅直人亡国官邸とNHKの圧力で消される可能性が高いYouTubeです。見るなら早めにご覧になってください。1986年4月26日のチェルノブイリ原発事故から10年目に放送されたものです。(今年は4月26日で25年目)NHKスペシャルだと思います。

東日本大震災への対応 〜首相官邸災害対策ページ〜

チェルノブイリ事故との比較
平成23年4月15日
http://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka_g3.html

※念のために4月21日にパソコンにデータ保存したのを阿修羅にもアップしておきました

 

 チェルノブイリ原発事故(1986年4月26日1時23分(モスクワ時間 ※UTC+3))から10年目、1996年4月26日放送の映像です。

チェルノブイリ原発事故・終わりなき人体汚染 1-4(14分39秒)
http://youtu.be/uPFcn23q7uc

 この動画ではNHKは外部被曝(被ばく)だけでなく、内部被曝についても伝えています。先月3月11日以降の福島原発事故関連では、NHKは巧妙に「内部被曝」についてふれません。これからは、NHKのニュースや解説を聞く時には、「これは外部被曝の事だな」「今言っているのは、一つの文脈の中で外部被曝と内部被曝をゴチャゴチャにして言っているな」と考えながら視聴することが必要です。内部被曝がいかに危険かは、一度食べ物などから取り入れれば24時間365日被曝し続けると考えれば容易に分かることです。ダメージの少ない外部被曝(レントゲン写真)と言うのはあっても、内部被曝は必ず重篤・危険な被曝結果をもたらします(24時間365日常時カシャカシャレントゲンを撮ってる状態を想像せよ)。

5分55秒から
事故から5年後IAEAがまとめた報告書、IAEAチェルノブイリ調査報告書(1991年)について。当時の住民の健康状態を調査した結果、放射能が直切に影響したと考えられる被害は認められないと結論づけている。そして今後起こりうる住民の被害については将来ガンまたは遺伝的原因による増加があったとしてもそれは自然の増加と見分けることは困難であろうと予測している。しかし、IAEAの予測に反してその後深刻な事態が次々と起こり始めた。異変はまず子供達に起こり始めた。小児甲状腺ガンの治療を受けている少女。小児甲状腺ガンは本来100万人に一人か二人しか罹らないと言われている。

 

チェルノブイリ原発事故・終わりなき人体汚染 2-4(14分31秒)
http://youtu.be/0_NRz4vnESc

 この動画では、事故処理作業員たちの被曝による健康被害についてです。後半部では財政を理由に移住政策の見直し・変更について。要するに金の負担が理由で移住政策がねじ曲げられるという話しです。

 

チェルノブイリ原発事故・終わりなき人体汚染 3-4(10分57秒)
http://youtu.be/SjINkMMCiT0

 信州大学医学部小池健一講師らによる健康調査。特に免疫異常について。

 ベラルーシでは水・ガスについては放射性物質汚染について考慮するが食べ物については行政当局は考慮しないと言う話し。汚染されてない食料は高価で一般の人の手には入らず自給自足の生活を余儀なくされているという話し(前半部で村人達が森に入ってキノコを採取している姿が紹介されてます)。

 放射線による脳の障害、精神症状について。神経細胞の死滅や、脳の萎縮について。事故処理員と同程度の放射線を実験動物ラットに被曝させる実験。特に影響を受けるのは視床下部や脳幹。いずれも事故処理員によく見られる。

 

チェルノブイリ原発事故・終わりなき人体汚染 4-4(8分45秒)
http://youtu.be/VQezSZ6nh6c

 具体例として、事故処理員ウラジミールさんの追跡レポート。

3分30秒から

 他のホットスポット(高濃度汚染地域)に比べ、低濃度汚染と言われていた、広大な土地と豊かな水に恵まれたポレーシア地方での汚染について。ポレーシア地方中、ゼルジンスク村にチェルノブイリ事故後初めて健診車が入ってのレポート。汚染地域から順番に健診してきたので10年目にして
初めて健診車が入った。

 その結果、驚くべき結果が出た。低濃度汚染と言われていたが、高濃度汚染地域と変わらない体内被曝が発見された。なぜなのか、ベラルーシ国立土壌研究所のグループが調査を続けた。その結果、原因は土にあるのではないかと見ている。一般に土に含まれる粘土分は放射性物質を閉じ込めておく性質を持つが、この地方の土壌は粒子のあらい泥炭だった。そのため放射性物質が急速に植物に吸収されやすいと言う。

 実際にゼルジンスク村の土の放射能を測定してみた。結果土よりも牧草の汚染が土の15倍、15544ベクレルにも及んでいた。土から牧草、牧草から牛、牛からその牛乳をとおして人間へと次々と濃縮されていった。

 

※NHKがYouTubeを削除した場合に備えた代わりの動画です、(分割でなく全部通し)

チェルノブイリ原発事故・終わりなき人体汚染 from Egg Rice on Vimeo.

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 以下、A film by Thomas Johnson、米国「ディスカバリーチャンネル」のドキュメンタリー映像です。現在進行形の福島原発について示唆的な部分が随分あります。削除に備え(こちら1〜7)で案内。

チェルノブイリ 連鎖爆発阻止の闘い1-7(12分30秒)
http://www.youtube.com/watch?v=67y7OsRqCfw

こちら1

1986年4月26日動作試験が行われることになっていた。午前1時23分安全システムを解除して試験開始。やがて炉心から爆発音が、。

午前5時頃、ゴルバチョフ(※)に「チェルノブイリで何か事故起きた」との電話連絡が、。

ゴルバチョフ:事故当時の最高権力者、ソビエト連邦共産党第5代中央委員会書記長。

最初に到着した消防士達は防護服もつけずに消火活動し大量に被曝、当日夜に二人、その後数ヶ月で28人が死亡。彼等は放射能の危険を知らされていなかった。

爆発後、7か月にわたり50万人が事態収拾にあたった。当時の詳細は20年間極秘にされた。

197←ヘリコプターから写された最初の現場写真。(ノーボスチ通信のイゴール・コスティン撮影)


19860426chernobyl←爆発の約12時間後、午後2時のプリピャチ(※)、うわさが広がるが、まだ公式発表はなかった。しかし、巡回する兵士はガスマスクをつけ始めている。すれ違う兵士を、「いったい何があったんだ?」と怪訝そうな表情で見送る市民の姿。

19860426chernobyl3 ←この時の現場指揮官は、V・グレベニオウク大佐。このあと、8分51秒から「口の中で金属の味がしました」と言っています。ここの所は注目、記憶すべき重要な証言だと思います。

※プリピャチは英語読みですPripyat)。以下、ウクライナ語:Прип'ятьプルィーピヤチまたはプルィープヤチ。ロシア語:Припятьプリーピャチ。ポーランド語:Prypećプルィーペチ。 

ゴルバチョフは26日当日、専門家による対策委員会を設立、委員会を率いたのは原子物理学者のレガソフ。彼は早速チェルノブイリに向かった。

26日夜9時、20時間たってもまだ市民への指示は出なかった。

チェルノブイリ 連鎖爆発阻止の闘い2-7(14分20秒)
http://www.youtube.com/watch?v=acTgrdk457g

こちら2

翌27日午前8時、チェルノブイリから3km、最初に放射能に襲われたプリピャチ。
まだ正式な発表はない。

事故の30時間後、1000台以上のバスがプリピャチ市内に到着した。

午後2時、避難命令が出された。幼稚園児にはヨード剤が配られた。当局は事態の深刻さを隠したまま2時間で荷物をまとめるように人々に命じた。この時、住民にとっては故郷との永遠の別れとなった。避難命令を拒み留まった老人は数週間後遺体で発見された。3時間半で4万3000人が大きな混乱もなく避難した。

事故から48時間後、ゴーストタウンと化したプリピヤトホテルに専門家チームと軍による対策本部が設置された。彼等は放射能で汚染された建物に泊まり込んだ。

ゴルバチョフ「そんな自殺行為をしたなんて今でも信じられません」「もちろん彼等は過去にも原発事故の経験はありました。しかしこれほど大規模な例はなかったため事態を甘く見ていたのです。1〜2か月で運転を再開できると考えていたくらいですからね」

放射能粒子は風に乗り、北へ運ばれた。そしてロシア、白ロシア、バルト諸国へと粒子は拡散します。28日にはスウェーデンでも大量の放射能が検出された。そしてこの放射能粒子は雨に混じりストックホルムに降り注いだ。異変に気づいたスウェーデン当局は測定結果を基に原発事故の発生を疑った。しかし、事故から60時間たってもソ連から公式発表はない。

事故の3日後欧米の軍事衛星はチェルノブイリ原発事故の様子をカメラに収めていた。4号炉からの煙や熱がはっきり確認出来た。

 

チェルノブイリ 連鎖爆発阻止の闘い3-7(13分11秒)
http://www.youtube.com/watch?v=McCKpqxYjvQ

こちら3

チェルノブイリ 連鎖爆発阻止の闘い4-7(12分48秒)
http://www.youtube.com/watch?v=PQGRDFpW2eM

こちら4

9分35秒から:
除染作業関連の場面が出てきます。字幕では「特別部隊も編成されました。森をパトロールして犬や猫を射殺するためです。危険地帯(SOBA:つまり放射能で汚染された地帯と言うこと)をうろつく動物はすべて殺されました。人間に接触して被曝させる可能性があったからです」とあります。

※この動画部分は、今日22日からの福島原発20km立ち入り禁止措置のニュースが連想ゲーム的につながりそうな予感。立ち入り禁止で報道含めた眼を排除→犬や猫など汚染された動物射殺なんてのをやるのではないか。

 22日夕、NHKのニュースが被災現地でインフルエンザが流行りそうなので、そのニュースの3時間後には今度は肺炎が急増するので「手洗いうがい、土のついた靴は泥を落とす」なんて言っているのも何やらあやしいニオイがプンプン。「放射性物質除染のため」「体内被曝を防ぐため」とは決して言わない。まるで、NHKは放射性物質除染や体内被曝なんて言葉を検閲しているかのようです。チェルノブイリを放送する時には平気で言っていたくせに、日本自身の事になると口をつぐむのか。

 

チェルノブイリ 連鎖爆発阻止の闘い5-7(13分34秒)
http://www.youtube.com/watch?v=GnftyMdTBCE

こちら5

チェルノブイリ 連鎖爆発阻止の闘い6-7(12分9秒)
http://www.youtube.com/watch?v=7oq56uCIYAA

こちら6

チェルノブイリ 連鎖爆発阻止の闘い7-7(14分28秒)
http://www.youtube.com/watch?v=uJYzz9k98-A

こちら7

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※関連:

官邸のホームページをみて、驚きました。
2011-04-17 00:06:56 | 福島第一原発
http://blog.goo.ne.jp/nagaikenji20070927/e/5ac3568b7cc498d478525c2ef81939d6?st=1

↑上記エントリーについた↓コメントで知った動画です。

官邸には不都合な動画 (尼)
    2011-04-18 05:49:52
    木下さん、初めまして。
    日本政府が国民を守るよりも自分たちと原発を守りたいのがよく解る酷い嘘を目の当たりにして怒りに震えます。

    米国「ディスカバリーチャンネル」のドキュメンタリーがyoutubeで観られます。
    http://www.youtube.com/watch?v=tQLs7lbuT-8
    (1~7まであります)

    ◆内容の一部

    1 事故現場上空を飛んだヘリコプターパイロット600人は、被曝によって後に全員死亡。
    2 自国がパニックになるのが嫌だったため、周辺諸国の一部(例えばフランス)も含め、被曝の恐れはないと嘘の発表を繰り返した。
    3 事故時に原発に居合わせた職員や消防士たちは約2000人。 事故の後始末や汚染除去作業に従事した人は 60万~80万人。
    4 責任者レガノフは被曝により 4万人がガンにより死亡すると結論づけたが、政府はこれを 4000人として発表。(レガノフは2年後に自殺。)
    5 Y・バンダジェフスキー博士は放射能と疾患の関連性を研究し、論文を発表すると別件で逮捕され、5年間懲役刑。
    6 周辺住民は汚染食品を食べて 1152人が小児ガン(甲状腺ガン、白血病)を発症。食物汚染の危険は一切知らされなかった。
    7 チェルノブイリ 30キロ圏内から強制避難した住民は約13万人。 25年たった今でも人は住めない。
    8 放射能物質は 5年で地下5センチに達して植物を汚染。 除染には土を深く掘り起こして汚染土を覆うしかないが、実施できていない。
    9 事故の数年以降、高汚染地から移住した住民は数10万人。 今だに汚染地域に居住する住民が 600万人以上おり、健康被害が出ている。

    この番組はチェルノブイリ原発事故当時の最高責任者ゴルバチョフ他の貴重な証言と、事故が過小報告されて行った経緯がよく解ります。
    すぐに消されてしまうかもしれないので、お早目御覧になる事をお薦めします。

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 以下、資料として採録。

福島第1原発事故 半径20km圏外の飯舘村などの地域を「計画的避難区域」に指定【FNN】、動画あり
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00197962.html

183
枝野官房長官は22日、福島第1原発から半径20km圏外で、放射線の積算量が年間20ミリシーベルト以上に達すると予測される福島・飯舘村などの地域について、「計画的避難区域」に指定し、菅首相が佐藤福島県知事に指示したと発表した。5月下旬をめどに避難を完了させる方針。
枝野官房長官は、午前9時40分ごろの会見で「(居住し続けた場合)事故発生から1年の間に、積算線量が20ミリシーベルトに達するおそれがあるため、これらの地域を本日、計画的避難区域とした」と述べた。
「計画的避難区域」に指定されたのは、福島・葛尾村、浪江町、飯舘村の全域と、川俣町、南相馬市の一部。
枝野官房長官は、飯舘村と川俣町の2カ所に「現地政府対策室」を設置するとしたうえで、避難完了の時期について、およそ1カ月後の5月下旬がめどになるとの考えを示した。
また枝野官房長官は、半径20kmから30km圏内で、「計画的避難区域」から外れる多くの地域について、非常時に屋内退避などができるよう準備を求める「緊急時避難準備区域」に指定することも発表した。
また枝野官房長官は、牛などの家畜のこれらの地域からの移動・出荷について、1頭ごとに放射線量の測定を行い、一定の基準を超える場合は、除染をしたうえで実施する方針を明らかにした。
一方、枝野官房長官は、これらの地域でのコメの作付け制限を行う方針も明らかにし、「適切な補償が行われるよう、政府として万全を期していく」と述べた。
福島県12市町村の農家およそ7,000戸、およそ1万ヘクタールが対象となる。

(04/22 11:40)

 

【原発】20km圏外「計画的避難区域」を指定(11/04/22)【ANN】
http://www.youtube.com/watch?v=mqNMwIPsfOE

184


 

原発20キロ圏内、立ち入り禁止に【TBS】
http://youtu.be/I9WOSFXWS4Y

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原発20キロ圏内を警戒区域 持ち出しは貴重品に限定【共同】
http://www.47news.jp/CN/201104/CN2011042101000824.html

Pn2011042101001393ci0003  福島第1原発から約20キロ地点に設置された「立入禁止」の電光掲示板=22日午前0時3分、福島県南相馬市
【関連動画】

20キロ圏、「立入禁止」に

 福島第1原発事故で、関係市町村は22日午前0時、原発から20キロ圏内への住民の立ち入りを禁止する「警戒区域」を設定した。経済産業省原子力安全・保安院は21日、警戒区域への住民の一時立ち入りで持ち出せる私物は、財布や通帳といった貴重品などバッグ一つに収まる程度の必要最小限に限る考えを示した。

 また、立ち入りができなければ著しく公益を損なうことが見込まれる会社や工場などについても、個別に判断して立ち入りを認めることにするとしている。

 政府によると、警戒区域内の人口は約7万8千人。うち一時立ち入りが認められる区域の人口は、原発から3キロ圏内の約6千人を除いた約7万2千人となる。

 枝野幸男官房長官は21日午後の記者会見で、一時立ち入りは「1回限りでない」と述べた。また同原発の半径20キロ区域外での計画的避難区域指定と緊急時避難準備区域の設定について「22日までに最終整理して発表したい」と述べた。計画的避難区域に指定されると、住民は1カ月をめどに避難を求められる。

 保安院は、一時立ち入りの条件として、前日の放射線量が毎時200マイクロシーベルト以下であることを挙げた。文部科学省が先月末以降に原発から1~21キロ離れた150地点で測定した放射線量は、最高で毎時124マイクロシーベルトで、放射線量が高いとの理由で一時立ち入りができなくなるケースは生じない可能性が高い。

 放射線量の条件は、20キロ圏内に5時間とどまっても累積で一般人が1年間に日常生活や医療目的以外で浴びてもよいとされる1ミリシーベルト(千マイクロシーベルト)以下になるよう設定されたという。

 政府によると、立ち入りは1世帯1人で、自宅に滞在できるのは最長2時間程度としている。
2011/04/22 00:25   【共同通信】

 

一時帰宅 1回限りでない 枝野官房長官
【政治ニュース】 2011/04/21(木) 18:02
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0421&f=politics_0421_020.shtml

  枝野幸男官房長官は21日夕からの記者会見で、東京電力福島第一原発から20km圏内への一時立ち入りについて「(希望する人たちの内、1世帯1名で自宅に)まずは1度戻っていただくということであり、一巡で終わるということは想定していない」と一時立ち入りが「1回限りのものでない」と述べるとともに「安全性を確保した上で、改善の余地がある」とした。

  また、東京電力から今年夏に向けた供給力の上積みに関する回答があったことを明らかにするとともに、政府から「供給力の上積みを確実に確保するよう最大限努力するよう、合わせて、東北電力への電力融通についても最大限配慮するよう求めた」とした。電力供給力の上積みについては政府が4月15日に東京電力に対し検討を求めていた。これに回答を寄せたもの。枝野官房長官は政府として数値を精査するとした。(編集担当:福角忠夫)

【関連記事・情報】
・一時立ち入り 原発3キロ圏内などは除外(2011/04/21)
・一時帰宅、3キロ圏除外、首相、原発20キロ圏警戒区域に(2011/04/21)
・20km圏内への一時帰宅 在宅時間最大2時間(2011/04/21)
・一時帰宅が前提、首相、警戒区域指定を表明(2011/04/21)
・警戒区域指定、広野町は見送り、原発20キロ立ち入り禁止に(2011/04/20)

 

福島第一原発20km圏内 22日から警戒区域
【政治ニュース】 2011/04/21(木) 15:35
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0421&f=politics_0421_016.shtml

  東京電力福島第一原発から半径20km圏内が22日午前0時をもって、災害対策基本法に基づく「警戒区域」となる。枝野幸男官房長官が21日11時からの記者会見で発表した。

  これにより、同地域への立ち入りは緊急事態に対応する従事者以外には、市町村長が一時的な立ち入りを認めた場合を除き、一切、禁止される。また、許可なく区域内に留まる場合には退去が強制されることになる。

  枝野官房長官は「20km圏内の住民のみなさまにご迷惑と不便をおかけしていますが、プラントも安定していない現状では、安全上大きなリスクが懸念されるため、立ち入らないで下さいとお願いしてきましたが、地元自治体と調整ができたので、22日午前零時から警戒区域に設定することとしました」と語った。

  枝野官房長官は「結果的に(エリア内の)防犯上の懸念にもこたえることになればと思っている」とした。

  警戒区域エリアは双葉町、大熊町、富岡町全域と南相馬市、浪江町、田村市、葛尾村、川内村、楢葉町の一部地域。(編集担当:福角忠夫)

【関連記事・情報】
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首相、原発20キロ圏警戒区域に 一時帰宅、3キロ圏除外【共同】
http://www.47news.jp/CN/201104/CN2011042101000176.html

【関連動画】

Pn2011042101000521ci0003 警戒区域指定を表明

 菅直人首相は21日午前、福島第1原発事故で深刻な被害を受けた福島県の佐藤雄平知事と県庁で会談し、原発周辺20キロ圏内は住民の立ち入りを禁じる「警戒区域」に指定するよう指示した。22日午前0時から実施。近く段階的に始める原発周辺住民の一時帰宅の前提となる。

 また半径20キロの避難区域外にある飯舘村、南相馬市の一部などを22日に計画的避難区域に指定する方針を伝えた。

 枝野幸男官房長官は21日午前の記者会見で、警戒区域の指定方針を発表。一時帰宅について「できるところから数日中に始め、1カ月か2カ月で一巡したい」と述べた。福島第2原発の避難区域を半径10キロ圏内から半径8キロ圏内に変更する方針も示した。

 一時帰宅を認めるのは1世帯で1人。第1原発の半径3キロ圏内は対象外とする。3キロ圏外でも、放射線量が高い地域は対象外。バスに乗り合わせて移動し、警察の先導で警戒区域に入る。防護服を着て線量計を携帯。滞在は最大で2時間程度とし、終了時に放射線の影響を調べるスクリーニングを実施する。

 警戒区域に指定後は強制的に立ち退きや立ち入り禁止を命じることができる。一時帰宅した住民が退去を拒む事態も想定されるが、罰則規定適用には慎重論もある。

 原発事故に伴い、避難生活の長期化は避けられず、住民から一時帰宅の強い要望が出ていた。

 首相は知事との会談で警戒区域指定について「地域や地元の理解が必要だ」と協力を要請。知事は福島第1原発事故の賠償に関して農水産物の風評被害も対象とするよう求めた。

 首相はこの後、県庁内の原子力災害現地対策本部を訪問し、職員らを激励。「大震災、原発事故に対し、最後の最後まで国の責任としてきちっと対応する」と明言した。

 避難区域となっている大熊町、富岡町、川内村の住民が避難生活を送る田村、郡山両市の避難所も訪問。支援に万全を期す意向を伝達した。東日本大震災を受けた首相の被災地視察は、これで4回目。
2011/04/21 13:36   【共同通信】

 

警戒区域、あす午前0時から=原発20キロ圏、一時帰宅は2時間【時事】
http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa_date2&k=2011042100051

183 ←時事のは小さかったので共同ので。

 政府は21日、東京電力福島第1原発から20キロ圏内の避難区域について、22日午前0時をもって、立ち入りを禁止する「警戒区域」に切り替えることを決めた。警戒区域の指定に伴う住民の一時帰宅については、数日中に始める方針を明らかにした。ただ、第1原発から3キロ圏内と毎時200マイクロシーベルトを超える放射線量が測定された地域は、対象外とする方針だ。
 警戒区域は、貴重品などを取りに避難区域の自宅に戻る住民が相次いだため、安全確保の面から県が国に指定を要請していた。災害対策基本法に基づく措置で、市町村長が域内にとどまる住民に退去を命じることができ、違反した場合は罰則が科される。空き巣対策など防犯上の狙いもある。
 一時帰宅の方式について、枝野幸男官房長官は21日午前の記者会見で、(1)1世帯1人に限り、バスで集団で行動する(2)安全上必要な装備をつけ、一時帰宅後は被ばく状況調査(スクリーニング)を行う(3)持ち出しは必要最小限とする(4)在宅は最大2時間程度とする-と説明。「できるところから数日中に始めたい。1、2カ月で希望者を一巡させたい」と述べた。
 また枝野長官は、福島第2原発から10キロ圏内に設定していた避難区域について、8キロ圏に縮小することも発表した。
 一方、菅直人首相は21日午前、福島県庁で佐藤雄平知事と会談し、警戒区域指定などについて説明。佐藤知事は、該当する市町村の意向を踏まえて対応するよう求めた。
 また首相は、20キロ圏の外側に新たに設ける「計画的避難区域」について、22日に正式発表する方針を伝えた。対象地域は、飯舘村や南相馬市の一部など先に示した内容から変更はないと説明した。(2011/04/21-13:32)

 

福島第1原発事故 枝野官房長官、立ち入り制限地域住民の一時帰宅「早ければ数日中に」、動画あり
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00197900.html

枝野官房長官は、福島第1原子力発電所から半径20km圏内について、22日午前0時から法的に立ち入りを制限すると発表するとともに、この地域の住民の一時帰宅について、「早ければ数日中に始めたい」と話した。
21日午前11時すぎ、枝野官房長官は「市町村長が一時的な立ち入りを認める場合を除き、当該区域への立ち入りが禁止されることとなる。この結果として、20km圏内にお住まいだった方の防犯上の懸念にも、応えることになればと思う」と述べた。
枝野長官は、福島第1原発から半径20km圏内を、22日午前0時をもって災害対策基本法に基づく「警戒区域」に設定し、行政による住民の一時帰宅などを除いて立ち入りを制限することを発表した。
違反した場合には、10万円以下の科料などが科されることになり、枝野長官は「法律に基づいて厳しく対応する」と話した。
「警戒区域」設定後の住民の一時帰宅について、枝野長官は「防護服を着用してバスで入る形で1世帯1人、最大2時間程度となる」とし、実施時期については「できるところから数日中に始めたい。1~2カ月で一巡したい」と述べた。
ただ、原発から半径3km圏内については、安全確保が困難であることなどから、一時帰宅を認めない方針を示した。

(04/21 13:19)

 

福島第一20km圏内、22日から立ち入り禁止【読売】
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110421-OYT1T00360.htm?from=navr

特集 福島原発
福島県庁を訪れ佐藤知事(右)に頭を下げる菅首相(21日午前)=田村充撮影

 枝野官房長官は21日午前の記者会見で、避難指示を出している東京電力福島第一原子力発電所から20キロ・メートル圏内について、22日午前0時をもって、立ち入り禁止命令を出せる「警戒区域」を設定することを福島県や関係市町村に伝えたことを明らかにした。

 警戒区域の設定に合わせ、区域内の住民に一時的な帰宅を認めることも発表した。ただ、半径3キロ圏内については、対象外とする考えを示した。

 警戒区域に設定されるのは福島県双葉町、大熊町、富岡町の全域と、南相馬市、田村市、楢葉町、浪江町、葛尾村、川内村の一部地域。また、福島第二原発から半径10キロ圏内の避難区域については、8キロ圏内に縮小する方針を福島県と関係市町村に伝えたことも明らかにした。

 これに先立ち、菅首相は21日午前、福島県庁を訪れ、佐藤雄平知事と会談した。会談では警戒区域の設定について、佐藤知事が「地元住民の納得を得るのが前提だ」と述べたのに対し、首相も「地元の了解を最優先にする」と応じた。また、首相は1か月をメドに避難を求める「計画的避難地域」を22日に設定することを明らかにした。20キロ圏外の福島県飯舘村など5市町村が対象となる計画的避難区域の設定については、政府は地元自治体との最終調整を進めてきた。
(2011年4月21日11時01分  読売新聞)

 

2011年4月21日 06時00分 更新
20km圏内 特段の指示なく立ち入らないで
http://jp.ibtimes.com/articles/17875/20110420/1303300800.htm

 枝野幸男官房長官は20日午前11時からの記者会見で東京電力福島第一原発から半径20km圏内への立ち入りについて「(避難住民のみなさんの20km圏内への)一時立ち入りの検討もつめの段階まできておりますので、立ち入りは今しばらく待っていただきたい」と避難住民の健康と安全を図るうえから「国や自治体の特段の指示がない限り立ち入らないでいただきたい」と改めて理解と協力を求めた。
写真を拡大する
ロイター
福島第一原発から20km圏内を視察する枝野官房長官ら。
関連トピックス

 枝野官房長官は「一部、立ち入られている方もいらっしゃると聞いております。着の身着のままで避難されてこられたみなさんのお気持ちはよく分かりますが(健康と安全の確保が図られるまで)今しばらく待っていただきたい」と呼びかけた。

 また、避難指示は健康と安全を確保するためのものであり、その趣旨を理解いただきたいとするとともに「実効ある立ち入り制限を行うひとつの手法として、地元自治体と警戒区域設定について検討を進めている」と語った。

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 以下、資料として採録。

被災地で肺炎が急増 予防策を(4月22日 19時32分更新)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110422/t10015495511000.html

東日本大震災の被災地で肺炎の患者が急増していることが分かりました。現地の医師は、津波で運ばれた泥などが乾燥して空気中に舞い上がっているとして、マスクの着用や手洗いなど、予防策を徹底するよう呼びかけています。

これは、宮城県石巻市の石巻赤十字病院の矢内勝医師が、22日、東京で開かれた日本呼吸器学会で報告したものです。それによりますと、先月11日の震災発生以降、19日までの1か月余りで、肺炎で石巻赤十字病院に入院した患者は178人に上り、震災前の去年の同じ時期と比べると、およそ4.5倍に増えているということです。被災地では、津波で運ばれた大量の泥などが乾いて、空気中をほこりとして舞っている状態で、矢内医師は、震災の1週間後から、ほこりを吸い込んだことが原因と思われる肺炎患者が目立ち始めたと指摘しました。そのうえで矢内医師は、今後、各地でがれきの撤去が本格化すれば、さらに多くのほこりが舞い、長引く避難生活で体力が落ちている高齢者などが肺炎になる危険性が一段と高まるおそれがあるとして、予防策の徹底を呼びかけました。矢内医師は「マスクの着用に加えて、外履きの靴や服などはできるだけ建物の外で脱いで、中に入る前には必ず手や顔を洗うなど、外のほこりが中に入らないようにする対策も重要だ」と話しています。(

 

インフルエンザ 東北中心に再流行(4月22日 16時28分更新)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110422/t10015489561000.html

東北地方を中心にインフルエンザの患者が再び増え始め、この時期としては過去10年で2番目に高い水準となっていることが、国立感染症研究所の調査で分かりました。

国立感染症研究所によりますと、17日までの1週間に全国5000の医療機関から報告されたインフルエンザの患者は、1か所当たり6.42人と、前の週を0.07人上回り、3週間ぶりに増加に転じました。患者は全国の24の都道府県で前の週より増え、この時期としては過去10年で2番目に高い水準だということです。特に増加が目立つのは東北地方で、1つの医療機関当たりの患者は、青森が8.44人、山形が6.79人、秋田が5.69人と、前の週を1.11人から2.37人上回りました。岩手と宮城、それに福島の各県は、震災の影響で正確なデータを把握できない状態が続いていますが、同じように患者が増えている可能性があるとしています。検出されるウイルスはこれまで少なかったB型が半数を占め、患者が増える要因になっているとみられています。国立感染症研究所の安井良則主任研究官は「流行は大型連休明けごろまで続くとみられる。特に多くの人が集団で生活する被災地の避難所では、疲れなどから感染が広がりやすい状態になっているおそれがあるので、手洗いやマスクの着用などの対策を改めて徹底してほしい」と呼びかけています。(

 

上記2本のNHKニュースの3日前に文科省の以下報道発表が出てます。「放射性物質」や「内部被曝」と言う様な表現を出さないところは、文部官僚の姑息ですが、内容として言っているのは「内部被曝」による危険性への留意点です。これに対して、NHKニュースでは意図的にやっているのか分かりませんが、表現として出していないだけでなく、内容としても「放射性物質」のことも「内部被曝」のことも一切ふれていない。NHKはまるで「放射性物質」や「内部被曝」の表現が禁忌・タブーの言葉でもあるかのような扱いをしてます。肺炎に関連して、被災現地での土埃や塵を吸い込む事の危険性を言うなら、当然「放射性物質」や「内部被曝」に言及してもいいはず。NHKはジャーナリストとしての社会的責任を全く果たしていません。

トップ > お知らせ > 報道発表 > 平成23年度の報道発表 > 福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/23/04/1305174.htm

福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について

平成23年4月19日

標記の件につきまして、原子力災害対策本部から、福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方が示されましたので、別紙1のとおりお知らせします。
また、これを踏まえ、別紙2のとおり福島県教育委員会等に対し通知を発出いたしましたので、あわせてお知らせします。

別紙1

平成23年4月19日

文部科学省 殿
厚生労働省 殿

原子力災害対策本部

「福島県内の学校等の校舎、校庭等の利用判断における暫定的考え方」について

標記の件に関して、貴省における検討を踏まえ、とりまとめた考え方について原子力安全委員会に助言を要請したところ、原子力安全委員会から別添1の回答を得た。別添2の考え方に基づき、別添1に留意しつつ、福島県に対し、適切に指導・助言を行われたい。
別添1

平成23年4月19日

原子力災害対策本部 殿

原子力安全委員会



「福島県内の学校等の校舎、校庭等の利用判断における暫定的考え方」に対する助言について(回答)

平成23年4月19日付で、要請のありました標記の件については、差支えありません。なお、以下の事項にご留意ください。

(1)学校等における継続的なモニタリング等の結果について、二週間に一回以上の頻度を目安として、原子力安全委員会に報告すること

(2)学校等にそれぞれ1台程度ポケット線量計を配布し、生徒の行動を代表するような教職員に着用させ、被ばく状況を確認すること
別添2

                                                           平成23年4月19日
原子力災害対策本部

福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方

1. 学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的な目安について

学校等の校舎、校庭、園舎及び園庭(以下、「校舎・校庭等」という。)の利用の判断について、現在、避難区域と設定されている区域、これから計画的避難区域や緊急時避難準備区域に設定される区域を除く地域の環境においては、次のように国際的基準を考慮した対応をすることが適当である。

国際放射線防護委員会(ICRP)のPublication109(緊急時被ばくの状況における公衆の防護のための助言)によれば、事故継続等の緊急時の状況における基準である20~100mSv/年を適用する地域と、事故収束後の基準である1~20mSv/年を適用する地域の併存を認めている。また、ICRPは、2007年勧告を踏まえ、本年3月21日に改めて「今回のような非常事態が収束した後の一般公衆における参考レベル(※1)として、1~20mSv/年の範囲で考えることも可能」とする内容の声明を出している。

このようなことから、児童生徒等が学校等に通える地域においては、非常事態収束後の参考レベルの1-20mSv/年を学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的な目安とし、今後できる限り、児童生徒等の受ける線量を減らしていくことが適切であると考えられる。

※1 「参考レベル」: これを上回る線量を受けることは不適切と判断されるが、合理的に達成できる範囲で、線量の低減を図ることとされているレベル。

また、児童生徒等の受ける線量を考慮する上で、16時間の屋内(木造)、8時間の屋外活動の生活パターンを想定すると、20mSv/年に到達する空間線量率は、屋外3.8μSv/時間、屋内木造1.52μSv/時間である。したがって、これを下回る学校等では、児童生徒等が平常どおりの活動によって受ける線量が20mSv/年を超えることはないと考えられる。また、学校等での生活は校舎・園舎内で過ごす割合が相当を占めるため、学校等の校庭・園庭において3.8μSv/時間以上を示した場合においても、校舎・園舎内での活動を中心とする生活を確保することなどにより、児童生徒等の受ける線量が20mSv/年を超えることはないと考えられる。

2. 1.を踏まえた福島県における学校等を対象とした環境放射線モニタリングの結果に対する見解

平成23年4月8日に結果がとりまとめられた福島県による学校等を対象とした環境放射線モニタリング結果及び4月14日に文部科学省が実施した再調査の結果を踏まえた原子力災害対策本部の見解は以下のとおり。

なお、避難区域並びに今後設定される予定の計画的避難区域及び緊急時避難準備区域に所在する学校等については、校舎・校庭等の利用は行わないこととされている。

(1)文部科学省による再調査により、校庭・園庭で3.8μSv/時間(保育所、幼稚園、小学校については50cm高さ、中学校については1m高さの数値:以下同じ)以上の空間線量率が測定された学校等については、別添に示す生活上の留意事項に配慮するとともに、当面、校庭・園庭での活動を1日あたり1時間程度にするなど、学校内外での屋外活動をなるべく制限することが適当である。   

なお、これらの学校等については、4月14日に実施した再調査と同じ条件で国により再度の調査をおおむね1週間毎に行い、空間線量率が3.8μSv/時間を下回り、また、翌日以降、再度調査して3.8μSv/時間を下回る値が測定された場合には、空間線量率の十分な低下が確認されたものとして、(2)と同様に扱うこととする。さらに、校庭・園庭の空間線量率の低下の傾向が見られない学校等については、国により校庭・園庭の土壌について調査を実施することも検討する。

(2)文部科学省による再調査により校庭・園庭で3.8μSv/時間未満の空間線量率が測定された学校等については、校舎・校庭等を平常どおり利用をして差し支えない。

(3)(1)及び(2)の学校については、児童生徒等の受ける線量が継続的に低く抑えられているかを確認するため、今後、国において福島県と連携し、継続的なモニタリングを実施することが適当である。

3.留意点

この「暫定的考え方」は、平成23年3月に発生した福島第一原子力発電所の事故を受け、平成23年4月以降、夏季休業終了(おおむね8月下旬)までの期間を対象とした暫定的なものとする。
今後、事態の変化により、本「暫定的考え方」の内容の変更や措置の追加を行うことがある。

別添

児童生徒等が受ける線量をできるだけ低く抑えるために取り得る学校等における生活上の留意事項

以下の事項は、これらが遵守されないと健康が守られないということではなく、可能な範囲で児童生徒等が受ける線量をできるだけ低く抑えるためのものである。

1校庭・園庭等の屋外での活動後等には、手や顔を洗い、うがいをする

2土や砂を口に入れないように注意する(特に乳幼児は、保育所や幼稚園において砂場の利用を控えるなど注意が必要。)。

3土や砂が口に入った場合には、よくうがいをする

4登校・登園時、帰宅時に靴の泥をできるだけ落とす

5土ぼこりや砂ぼこりが多いときには窓を閉める

参考1

平成23年4月19日

原子力安全委員会 殿

原子力災害対策本部

「福島県内の学校等の校舎、校庭等の利用判断における暫定的考え方」に対する助言について(要請)

標記の件に関して、別添のとおり、「福島県内の学校等の校舎、校庭等の利用判断における暫定的考え方」を取りまとめたが、このことについて、原子力安全委員会の助言を求める。

    (別紙2)福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について

お問い合わせ先
原子力災害対策支援本部(放射線の影響に関すること)

堀田(ほりた)、新田(にった)、奥(おく)
電話番号:03-5253-4111(内線4604、4605)
スポーツ・青少年局学校健康教育課(学校に関すること)

平下(ひらした)、石田(いしだ)、北垣(きたがき)
電話番号:03-5253-4111(内線2976)

(原子力災害対策支援本部、スポーツ・青少年局学校健康教育課)

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 以下は、NHKスペシャル「終わりなき人体汚染」でキャプチャ保存した一部です。

1-4中、

Photo_3 ←開始3秒の所で「10年前の今日、チェルノブイリ原発4号炉の爆発事故によって人類史上最悪の放射能汚染が引き起こされました」と言っているので、1996年のNHKスペシャルだと思います。


Photo_4


Photo_5


Photo_6


Photo_7


Photo ←1分54秒の所です。「終わりなき人体汚染 〜チェルノブイリ事故から10年〜」とあります。


Photo_2 ←2分42秒の所で、「語り 濱中博久」とNHKスペシャルを担当していたアナウンサーの名前が出て来るのでNHKスペシャルで間違いないと思います。


Photo_20←チェルノブイリから3km、最初に放射能に襲われたプリピャチ。


Photo_21←プリピャチの人々は事故を知らされなかった。


Photo_8←1986年4月26日当日のプリピャチの撮影画像。所々ピカッピカッと白く光っているのは強い放射線による感光現象。プリピャチの市民にはチェルノブイリ4号炉爆発の事は知らされなかったがこの画像に出て来る町中を巡回する兵士はマスクを着用し始めています。


Photo_9


19860426chernobyl←NHKスペシャルの上記2コマ画像は米国「ディスカバリーチャンネル」のドキュメンタリー映像からとってますね。そのドキュメンタリー映像では上記場面の後、まだ知らされていない市民が「いったい何があったんだ?」と怪訝そうな表情で見ているのが印象的です。


Photo_10 ←まるで福島第一原発と同じ光景。


Photo_11


Photo_12 ←600kmまでホットスポットで汚染された。

※Radiation Hotspots(ホット・スポッツ):放射線物質で汚染された複数の地点、あるいはエリアのこと。

参考:地学でホットスポット(hotspot)とは、プレートより下のマントルに生成源があると推定されるマグマが吹きあがってくる場所、若しくはマグマが吹きあがってくるために(海底)火山が生まれる場所のことをいう。また、ある特定の植物や動物の繁殖地をホットスポットと言う事もある。

(↓クリックで拡大します)、スクロールして見るなら
Hamaokachernobyl800px←浜岡原発を中心にして、チェルノブイリホット・スポッツ地図を日本地図にマッピングしました。浜岡にチェルノブイリが位置するとした場合の、100km、300km、600km圏までのホット・スポッツエリアです。

原発事故があり、風向きと雨のタイミングが合えば関東と京都・大阪の関西圏は完全にホット・スポッツ圏になります。
関東圏は福島原発が終息しなければ同じく、、、。

※必見:(映画『東京原発』(2004)の一部のYouTube「原発の危険性


Photo_13


Photo_14←地面などにある放射線物質から受ける「体外被曝」を説明する模式図。


Photo_15←食物を摂取した時に放射性物質が体内に取り込まれた「体内被曝」を説明する模式図。この時説明出来たのに、日本国民が被害を被っている今、NHKはなぜキチンと「体内被曝」説明しないのだ。


Photo_16←甲状腺の手術の跡。


Photo_17←甲状腺の位置と、


Photo_18←食物から甲状腺に入ってしまったヨウ素からの「体内被曝」を説明する模式図。


Photo_19←ウクライナ、ベラルーシ、ロシア西部での小児甲状腺ガン発生率の推移。チェルノブイリ事故4年目から急増しているのが分かります。官房長官枝野ブタが馬鹿の一つ覚えで繰り返す「ただちに健康に影響はありません」のセリフがいかに国民を愚弄する馬鹿コメントか分かります。

追加:関連記事です。

チェルノブイリ:因果関係調査なし 放射線障害孫の代まで【毎日】
http://mainichi.jp/life/health/news/20110425k0000m030103000c.html

 旧ソ連・ウクライナで86年に起きたチェルノブイリ原発事故は、発生から25年となる今も深い傷痕を残している。特に当時の周辺住民は今なお健康被害に苦しみ、原発事故との関連が認められず切り捨てられる例も多い。被ばくとの因果関係がきちんと解明されていないためだ。大気中に放出された放射性物質のレベルは大きく違うとはいえ、福島第1原発事故でも今後、周辺住民への長期にわたる健康調査と配慮が求められる。【キエフで田中洋之】

 「(当時のソ連)政府は深刻な問題は起きないといっていた。それなのに……」

 ウクライナの首都キエフ北東部のデスニャンスキー地区にある自宅アパートで、ナジェージュダさん(56)は孫のイリヤ君(3)を抱きしめた。次女オリガさん(32)の三男イリヤ君は、心臓弁膜症とダウン症に苦しむ。オリガさんは「こちらの話すことは理解しているのですが、言葉が出ないのです」と顔を曇らせた。

 25年前。ナジェージュダさんは、原発職員だった夫と娘2人と一緒に原発から約3キロ離れたプリピャチに住んでいた。原発労働者の町として建設され、当時の人口は約5万人。当時としては最先端の設備がそろい、自然も豊かで住みやすかったという。住民の平均年齢は26歳と若く、活気にあふれていた。

 事故は4月26日午前1時20分ごろ起きた。「深刻な事故とは知らされず、屋内退避の指示もなかった。その日は土曜日で暖かく、子供たちは日中、外で遊んでいた」。住民に避難命令が出たのは翌27日。「(健康被害を抑える)ヨウ素剤も支給されなかった」とナジェージュダさんは振り返る。

 半年後に今のアパートに入ったが、しばらくして家族に健康被害が認められるようになった。別のアパートに暮らす長女レーシャさん(35)は6年前、甲状腺に異常が見つかり、手術で甲状腺を全摘出した。レーシャさんの3人の子供も病気がち。ナジェージュダさんとオリガさんも頭痛などの体調不良に悩まされてきた。

 オリガさんの長男(14)は妊娠6カ月の早産で、次男(10)もぜんそくを患う。三男のイリヤ君は病気のため幼稚園から入園を拒否された。オリガさんは「小学校にはちゃんと通えるといいのですが」と話す。

 イリヤ君は病気と原発事故の関連が認定され、月に166フリブナ(約1700円)の手当を国から支給される。だが、ほかの5人の孫たちは事故と健康障害の関連が認定されず、プリピャチ出身者の子供向けの手当、月16フリブナ(約160円)しか受け取れない。被災者の医療支援を行っているウクライナの民間組織「チェルノブイリの医師たち」のニャーグ代表は「放射線と病気の因果関係の解明につながる統計や調査は、費用がかかることもあり行われていない」とウクライナ政府の対応を批判する。

 ナジェージュダさんが住む地区には約2万人のプリピャチ出身者がまとまって暮らす。元住民でつくる自助組織「ゼムリャキ(同郷人たち)」は互いのきずなをつなぎとめる文化活動を続ける一方、先天的な障害をもって生まれる子供たちを救済するプログラムをつくった。だが事故から25年が経過し、スポンサー探しは難しくなっているという。ゼムリャキ代表のクラシツカヤさん(55)は「次世代の子供たちに健康被害は広がっている。チェルノブイリの悲劇は決して終わっていないのです」と話した。

    福島第1原発:3号機建屋付近で放射線量高いがれき
    放射性物質:3中学、1幼稚園で規制基準下回る 福島

毎日新聞 2011年4月25日 0時58分

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※原発関連で3冊:

知事抹殺 つくられた福島県汚職事件 佐藤 栄佐久 (著)

原子炉時限爆弾 広瀬 隆 (著)

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ 小出 裕章 (著)




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2011年4月19日 (火)

「遅く来て、すぐ帰るのね」枝野長官来県で南相馬市民(その他、記事の切り抜き)

 雑談日記は僕のいわば切り抜き帳。4月12日から4月18日までの枝野幸男官房長官の記事を採録。

 

「遅く来て、すぐ帰るのね」枝野長官来県で南相馬市民
2011.4.18 01:36 (1/2ページ)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110418/dst11041801400002-n1.htm

2011.4.18 01:36 (1)
Dst11041801400002p1
福島県庁を訪れ、佐藤雄平知事に頭を下げる枝野官房長官(左)=17日午前

2011.4.18 01:36 (2)
Dst11041801400002p2
枝野幸男官房長官(右から2人目、大山文兄撮影)

2011.4.18 01:36 (3)
Dst11041801400002p3
福島第1原発から20キロ圏内の避難指示区域。建物はシャッターをおろし、人影は見えない=11日午前、福島県南相馬市小高区 (大山文兄撮影)

2011.4.18 01:36 (4)
Dst11041801400002p4
南相馬市の桜井勝延市長との会談を終え、行方不明者の捜索現場に向かう枝野幸男官房長官=17日午前、福島県南相馬市(中川真撮影)

2011.4.18 01:36 (5)
Dst11041801400002p5
福島県庁を訪問し、記者の質問に答える枝野官房長官=17日午前

 枝野幸男官房長官が17日、東京電力福島第1原発の事故後初めて、福島県内を訪れた。だが、日程は知事や市町村長との会談が中心で、県民と直接対話する機会がなかったため、政府のスポークスマンに生活の窮状を訴えたい一般県民には不信感だけが残った。

 枝野長官は17日午前、福島市から南相馬市へ移動し、市役所で桜井勝延市長と会談後、防護服に着替えて原発から20キロ圏内の行方不明者捜索現場で警察官を激励した。

 ところが、こうした動きに、物資不足などに苦しむ南相馬市民の評判は芳しくない。

 30キロ圏内の屋内退避区域にある同市原町区の居酒屋「だいいち」。数日前に店を開け、ランチ営業に常連客が集まってくる。

 おかみの佐藤洋子さん(62)は「最近は枝野って呼び捨てよ。こんなに遅く来て、帰るのだけは早いのね」。

 スーパーが閉まり、銀行も開かず、新聞も宅配されない。買い物は20キロ先の相馬市へ。郵便も届かないので、電話で郡山市の郵便局に連絡し、数日後に南相馬郵便局に届けてもらう。それを自分で取りに行く。

 こうした苦労を政府代表の枝野氏に「直接言いたかった」(佐藤さん)という。

 客で、避難先の千葉県の子供のもとから最近戻った同町の病院職員、鈴木文恵さん(53)も「入院患者が避難していなくなった。このままでは医師も減り、病院や雇用もどうなるかわからない」と不安を訴えた。

(2/2ページ)
 一方、枝野氏の訪問を受けた飯舘村の菅野典雄村長は会談後、記者団に対して「私も彼らも政治家だ。政治家の言葉には裏付けがほしい」と述べ、「しっかり対応」などの言葉だけが踊った政府側の対応に不安をのぞかせた。

 政府は同村を計画的避難区域に指定する方針だ。村外避難について、枝野氏は「政府の責任で」と繰り返したが、菅野村長は「どういう責任をとるつもりなのか。どれだけの事実、行動が伴うんだろうか」と憤る。

 「住民の安全」という言葉だけで、避難の正当性を訴えた枝野氏に対して、菅野村長は「家族、務め、近隣…。そういうものがあってこその“命”だろう」と強調。菅政権に対して「人に個性、組織に特徴があるが、そういう特徴の組織ということか」と寂しそうに話した。

 

計画避難の補償、地域復活に全力 枝野氏、飯舘村長に表明
http://www.kyodonews.jp/feature/news05/2011/04/post-810.html

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 防護服を着用し、避難指示区域に向かう枝野官房長官=17日午後、福島県警南相馬署

 枝野幸男官房長官は17日、福島第1原発事故で新たに計画的避難区域に指定される福島県飯舘村の役場で菅野典雄村長と会談し「土壌改良と補償にしっかり取り組む。村の復活に国が責任を持つ」と表明した。将来、安全性が確保されれば、段階的な避難解除を検討する考えも示した。

 枝野氏の被災地入りは、東日本大震災後、初めて。原発周辺地域では菅直人首相の対応への不満や、先が見えない避難生活に不安が強まっている。枝野氏の訪問は地元の理解を得て円滑な避難実施につなげるのが狙い。

 枝野氏は福島県庁で会談した佐藤雄平知事に対しても、避難区域の拡大をめぐり「今後の生活、補償について政府として責任を持って対応する」と伝えた。原発から半径20キロ圏内の一時帰宅の実施時期については「現時点で具体的なことを言える状況ではない」と述べるにとどめた。

 農産物などの風評被害解消に全力を挙げる考えも強調。会談後、記者団に「原発の状況が悪化しなければ、(さらなる)避難地域の拡大を検討する状況ではない」と明言した。

 枝野氏は、一部が計画的避難区域に指定される南相馬市、川俣町も訪問。原発から半径20キロ圏内で遺体の捜索現場を視察した。

 計画的避難区域は、原発から半径20キロの避難指示区域の外側で、事故発生から1年間の積算被ばく放射線量が20ミリシーベルトに達する恐れのある地域。指定から1カ月をめどに避難を始める。

(2011年4月17日)

 

枝野氏が初福島入り「責任持って補償する」
http://www.sanspo.com/shakai/news/110418/sha1104180504009-n1.htm

2011.4.18 05:03

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防護服を着用し、避難指示区域へ向かう枝野幸男官房長官=17日午後、福島県警南相馬署【フォト】

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福島第1原発から半径約17キロ地点の被災地を視察した枝野幸男官房長官(中央)が車外へ出たのはわずか5分だった=17日午後、福島県南相馬市小高区(撮影・大山文兄)

 枝野幸男官房長官(46)は17日、福島第1原発事故で新たに計画的避難区域に指定される福島県飯舘村の役場で菅野典雄村長(64)と会談し「土壌改良と補償にしっかり取り組む。村の復活に国が責任を持つ」と表明した。将来、安全性が確保されれば、段階的な避難解除を検討する考えも示した。

 枝野氏の被災地入りは、東日本大震災後、初めて。地元の理解を得て円滑な避難実施につなげるのが狙いだった。一部が計画的避難区域に指定される南相馬市、川俣町も訪問。原発から半径20キロ圏内で遺体の捜索現場を視察した。

 枝野氏は福島県庁で会談した佐藤雄平知事(63)に対しても、避難区域の拡大をめぐり「今後の生活、補償について政府として責任を持って対応する」と伝えた。原発から半径20キロ圏内の一時帰宅の実施時期については「現時点で具体的なことを言える状況ではない」と述べるにとどめた。

(紙面から)

 

枝野氏、0.5マイクロシーベルトの南相馬市を視察 白い防護服で完全防御も車外視察はたった5分 2011/04/18(月)
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00197604.html

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枝野官房長官は17日午後、福島第1原発から20km圏内での行方不明者の捜索を視察した。
その後、「計画的避難区域」に指定した福島・川俣町などを訪問し、避難計画策定などへの協力を要請した。

白い防護服に身を包んだ枝野官房長官が、車に乗り込み向かった先は、現在「避難指示区域」になっている福島第1原発から20km圏内。
南相馬市では、警視庁の機動隊員らが、手作業で捜索活動を行っている。
横一線に並んで、水の中を、何かを探るように捜索活動を行っていた。
車で海岸線から1kmほど離れた場所を走ると、周囲には、建物などほとんどない状態。
17日現在も、およそ1,000人が行方不明とみられている福島・南相馬市。
枝野官房長官は、原発からおよそ15kmの捜索現場で車を降りた。

警視庁特科車両隊の中川隊長は「14日から入っておりますけれども、きょうまでに18人全員が、
残念ながらご遺体で...。貴重品と思われるもの、アルバムなど置いてありますが、
後ほど洗浄して、持ち主に返すようにしています」と話した。
枝野官房長官が「放射線量は問題ない?」と聞くと、中川隊長は「まったく問題はありません。
現時点でも、0.5マイクロシーベルト」と答えた。

枝野官房長官は、その後も車で捜索現場周辺をおよそ20分間視察した。
視察は主に車内から行われ、車を降りたのは、およそ5分間だった。
枝野官房長官は「津波の脅威の大きさに、あらためて強く、その恐ろしさを感じました。
大変苦労しながらですけれども、捜索活動をしていただいていることに、大変頭が下がる思いでございました」と述べた。
その後、枝野官房長官は、一部を「計画的避難区域」に指定した川俣町を訪問し、避難計画策定などの協力を要請した。
枝野官房長官は「しっかりとした対応をさせていただいて、ご迷惑をできるだけ小さくする」と述べた。
これに対し、古川町長は、一時帰宅の可能性を具体的に示すことや、風評被害への対策を講じるよう求めた。

 

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枝野のリンゴ試食パフォーマンス
http://img.47news.jp/PN/201104/PN2011041601000861.-.-.CI0003.jpg

 

官房長官 福島産農作物購入を
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110412/k10015258491000.html

 枝野官房長官は、東京都内で開かれている福島県いわき市の農産物の即売会を訪れ、
 安全性を強調するとともに、「被災された皆さんが精魂込めて作った食べ物を食べることで
 被災地を応援してほしい」と、購入を呼びかけました。

 東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けて、農産物の一部について出荷が制限されている福島県では、
 制限の対象になっていないものでも、出荷を拒否されたり、価格が大幅に下落したりしています。
 こうしたなか、枝野官房長官は、東京のJR新橋駅前で開かれている、
 福島県いわき市の農産物の即売会を訪れ、いちごやトマトを試食したあと、それぞれ買い求めました。
 そして、枝野長官は「街には、安全なものしか出ていない」と安全性を強調したうえで、
 「募金やボランティアということもあるが、被災された皆さんが精魂込めて作った食べ物を食べることで応援してほしい。
 そういう輪が広がるように、政府としても応援したい」と述べ、福島県産の農産物の購入を呼びかけました。

NHK 4月12日 14時19分

 

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知事抹殺 つくられた福島県汚職事件 佐藤 栄佐久 (著)

原子炉時限爆弾 広瀬 隆 (著)

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ 小出 裕章 (著)

 

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政府、数の確保が難しいから「作業員の被ばく線量、さらなる引き上げ検討」⇔隠された被爆労働~日本の原発労働者(動画)

菅内閣がやろうとしていることは、未必の故意による殺人。

作業員の被ばく線量、さらなる引き上げ検討【日テレ】⇔隠された被爆労働~日本の原発労働者(動画)
< 2011年4月18日 23:22 >
http://www.news24.jp/articles/2011/04/18/06181199.html#

 福島第一原子力発電所事故の安定化に向け、政府が作業員の年間被ばく量の上限を、現在の250ミリシーベルトよりさらに上げることを検討していることがわかった。

 原子力発電所の作業員に認められる放射線量の限度は年間100ミリシーベルトだが、今回の事故に限り、250ミリシーベルトまで引き上げられている。政府関係者によると、十分な作業員の数の確保が難しくなっていることや、原子炉建屋内の放射線量が高く、今回引き上げた250ミリシーベルトの上限では原子炉の安定化に向けたロードマップの実現に追いつかないことから、上限の引き上げを検討しているという。

 国際基準では、緊急作業の場合は年間500ミリシーベルトまで認められているが、今後どこまで引き上げることになるのかは決まっていない。作業員の健康不安や世論の動向などを見据えながら、引き上げの時期や方法についても慎重に検討するという。

 原子力発電所内部の作業は、労働環境の厳しさに加えて、技能と経験が必要とされるため、作業員の人数の確保が大きな課題となっている。

 

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1995 下記映像は「1995年イギリスチャンネル4放映」です。
日本人に関わることなのにこう言う情報は日本のマスゴミによって伝えられることはない


隠された被爆労働〜日本の原発労働者1
http://www.youtube.com/watch?v=92fP58sMYus

隠された被爆労働〜日本の原発労働者2
http://www.youtube.com/watch?v=pJeiwVtRaQ8

隠された被爆労働〜日本の原発労働者3
http://www.youtube.com/watch?v=mgLUTKxItt4

 

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2011年4月17日 (日)

レベル7でも事態の矮小化に躍起な政府とメディア【ビデオニュース・コム】

ニュース・コメンタリー (2011年04月16日)
福島原発最新状況分析
レベル7でも事態の矮小化に躍起な政府とメディア
解説:小出裕章氏(京都大学原子炉実験所助教)

レベル7でも事態の矮小化に躍起な政府とメディア【ビデオニュース・コム】50分14秒
http://www.youtube.com/watch?v=j6DJr6a_MKA

 

1分15秒から、

小出裕章氏(電話で):(5から7への引き上げについて)コメントするのが嫌なほど馬鹿げたこと。国際評価尺度というのは原子力(発電)を進めてきた人たち自身が作った尺度。事故は小さなものから大きなものまであるけれども、それぞれこうなったら、1にする2にする3にすると全部決まっていて、彼等の尺度に則る限りはレベル7と言うのは3月の中頃から既に分かっていた。それなのに、日本の政府、東京電力も、事故をなるべく小さく見せたい小さく見せたいと、ひたすらそれだけです。それだけでレベル4と言っていて、18日の段階で5と言っていた訳ですけれども、その時には既に7だと分かっていた訳です。それが今頃になって7だと言い出した訳で、もういい加減にしてくれと言うのが私の正直な気持ちです。

3分15秒から、

神保:この5とか7って言うのは、一応尺度の中身、description(専門的評価の中身)みたいのがあるんですけれども、まず基本的には炉心の重大な損傷があるともうそれだけで5な訳ですよね。

小出:そうです。

神保:今回はもう炉心に重大な損傷があったと言う事はかなり早い段階で、

小出:もう事故が起きた時から、

神保:分かっていたと。あとはそうすると5と7の違いというのは結局は流出した放射性物質、放射能の量によってレベルが上がっていくという理解でいいですか。

小出:そうです。

神保:今回7にした訳なんですが、色々な所で、特に報道ではもしかすると「小さく見せよう、小さく見せようとする努力の一貫」なのかも知れませんが、しきりとチェルノブイリと同じとはいえチェルノブイリのまだ十分の一の放射能しか出ていないって事を方々で、特に主要なTVなんかではそれが喧伝されていますが、ちょっと確認しておきたいのですが、今回この放出された放射能というのはあくまで大気中に出たものと言う考え方でいいのですか。

小出:きちっと、いや曲がりなりにもそれなりに測定できているのは大気中に出ているのだけです。

神保:そうすると、今回は実はかなりの部分を放水作業なんかで水で押さえ込むことに力を入れてましたから、逆に言うと大気中に出さないようにしたって事なのでしょうが、かなりのものが下に、海やあるいは地下水に流れ込んでいる訳ですよね。今回は、その(政府、東電、マスゴミの)皆さんが十分の一だ、なんだって言う時は、その中にはその分(海やあるいは地下水に流れ込んでいる分)は基本的には含まれてないって理解でいいんですか。

小出:そうです。

神保:そうするとこれはもちろん全部計った訳ではないから分かりませんが、実際は十分の一というのも流出したその地面や海に流出した部分も全部含めればかなりの量が既に流出してると言う風に考えていいんでしょうか。

小出:はい、まあ十分の一ではないかも知れません。十分の二かも知れないし十分の三かも知れませんが、チェルノブイリの事故ほどまだ大量には出ていないと私も思っています。ただ問題はチェルノブイリの事故は既に終わっている訳ですけれども、福島の事故は現在進行形です。ですから、これからもまだまだ出て行く訳ですから、本当にチェルノブイリより少ないのかどうかというのはまだ分からない。もっと越えてしまうかも分からないのです。ですからこれまで日本の国や、原子力を推進してきた人々は、とにかく小さく見せよう小さく見せようとしてきてレベル4だレベル5だ、そして2段階特進してレベル7だと言った訳ですけれども、それでもまだチェルノブイリより少ないというような事を言ってる訳ですね。でもそれは多くなってしまうことだってあり得ると思っています、私は。

神保:チェルノブイリについてはあとでまた番組できちっと検証しようと思っているのですが、チェルノブイリは最初の十日間で爆発だの火災だのがあったと言う事があるのかも知れませんが、最初の十日間で今の仮に日本が63kベクレルって言うんですか、そう言う事であればその十倍に当たるものが出てしまったと、ただそこで爆発したのでほぼ出尽くしたって言うとちょっとおかしいですけれど、それで打ち止めになったのに対して、日本の場合はまだ言葉は悪いですけれど、チョロチョロチョロチョロズーッとまだ出ている状態が続いていますよね。

小出:そうです。

神保:これ先生と話していても、なかなか止まる見通しってまだ立っていないように思うんですが、

小出:(見通しはまだ)ありません。

神保:最終的にこれ止まらないとしたら、これ元々の潜在的な燃料の量、あるいは放射性物質の量からすると、チェルノブイリと日本の1号から3号って言うのはどちらの方が危険、(放射性物質の)量が多いんですか。

小出:潜在的な量で言えば、チェルノブイリの原子力発電所はピッタリ100万キロワットでした。で、福島の1号炉は46万キロワット、2号機と3号機は(それぞれ?)78万4千ですから、3つを合わせればほぼ300万キロワットです。ですからそれだけで3倍あります(SOBA:ここの部分小出さん勘違いしてますね。46万+78.4万+78.4万だと計202.4万キロワットで2倍です)。ただし、それだけではすまないで4号機と言うのは事故の時には止まっていたのですけれども、燃料はどこにあったかって言うと使用済みの燃料プールと言う所にですね、5号機と6号機も止まってはいましたけれども、その燃料は使用済み燃料プールにあった訳です。でそれを合わせると250万キロワット分くらいあります。いやもっとあるかな、ほぼ300万キロワットある訳ですし、いずれにしてもチェルノブイリ原子力発電所を、動いていた分だけで3倍、そして止まっていた分も合わせれば3倍、あ、合わせれば6倍。さらに使用済み燃料プールにはまた別の燃料も入っていましたので、ほぼ10倍くらいはあったと思います。

神保:じゃあこれが本当にキチンと抑えられなければ、チェルノブイリの比ではない放射能が出てしまってもおかしくはない、危険性もあると言うことなんですね。

小出:可能性があると言うことです。

神保:ここで今4号機の話し、使用済み燃料の話しが出ましたので、実は4号機に今週不思議なと言うか、ビックリするよう事が起きましたよね。12日に水温が90度上昇してそれは水素爆発した3月12日の前日でも84度だったんですが、それが90度まで上がったと。東電がその後に、これは損傷が軽微であるという発表の仕方でしたが、とにかく損傷を認めたと、で海外は「損傷」が見出しだったが、日本では「損傷は軽微」が見出しだったと言うのが僕は印象的だったんですけれども、これは今になって皆さん1号3号が問題なんだと、4号はもう使用済みしかないし、まあプールに入ってたから問題無いと思ってたらこう言う事が今回起きたんですが、これは何が原因で、我々はこれをどう理解したらいいんですか。

小出:4号の使用済み燃料というのは、その、、4号は定期検査に入っていたのですね、つまりその定期検査の入る前まで原子炉の中で燃えていたと言う燃料を取り出したばかりだった。もの凄い発熱の燃料がプールの中にありまして、その燃料がある時期に多分水面から顔を出してしまったと言う時があったのですね。なぜそれが分かるかというと、4号機の原子力建屋が水素爆発で吹き飛んでしまったと言う事が事実として起きましたので、それを説明するためには4号機の使用済み燃料プールにあった燃料が、燃料被服菅って言うものですけれども、それが水と反応して水素を発生したと言う事以外には説明がつきません。つまりプールというのは巨大なプールで多分1500トンくらい水が入っていたと思いますが、それがドンドンドンドン干上がっていって、燃料棒が水面から顔を出してしまって水素が発生したと言う事になった訳です。実際もうなった訳ですし、それから慌ててなんとか水を入れなければいけないと東京消防庁、あるいは防衛庁のヘリコプターなどを使って、最近はコンクリートを流し込むための特別なパイプ車って言うのですかね、なんかを使って水を入れてきた訳ですけれども、多分その水の入れ方が足りないまま、また燃料が水面に顔を出してしまったのではないかなと私は疑っています。

神保:先生「足りない」と言う言い方をされましたけれども、結局入れても、元々入っていても水はやはり熱いものを冷やしていっているので入れていかなければいけないって事ですね。必ずしも穴が開いているとかそう言う事ではないんですね。

小出:分からないのです。実は私は4号機の燃料プールに地震あるいは水素爆発が起きた時に損傷が起きているんではないかと今は疑っています。ですから入れても入れても水が漏れてしまう。結局その為に燃料がまた顔を出しているのではないかなと、それを怖れています。

神保:つまりこうなってくると使用済みの燃料であったとしても、1号機や3号機みたいに実際稼働中のものとは違う、使用済みであったとしても冷やせない冷やせなくなった結果は同じ様な危険性が生じると言う事でいいんですか、理解の仕方としては。

小出:神保さんが言っていることは正にその通りです。

神保:分かりました。ちなみにこれ90度とか84度とか言ってますけれど、通常は何度くらいに保っている、。

小出:40度です。

12分45秒から、

神保:もう一点、今回は色々情報が新しいのがあって、もう一つこれも12日でしたけれども、飯館村や浪江町の土壌や植物からストロンチウム89と90が検出されたと言う事がニュースとなりました。でこれはストロンチウムというのは、今まで私たちはヨウ素とセシウムの話しをズーッと聞かされて来たんですが、ちょっと新しい放射性物質の名前が出てきてこれをどう理解したらいいのか心配しているんですが、このストロンチウムについては先生はどうご覧になってますでしょうか。

小出:ストロンチウムというのはですね、大変危険な放射性核種です。人間がそれに向き合わされたのはいわゆる大気圏内の核実験と言うのが1950年代から60年代に大量に行われて原爆が爆発して核分裂生成物という死の灰が撒き散らかされた訳ですけれども、それが地球上全部を汚染すると言う事に結局なってしまいました。じゃあ一体撒き散らかされた放射能の内でどの放射性核種からのが一番影響が大きかったかというとストロンチウム90なんです。その次がセシウム137と言う順番で続いている訳で、そのストロンチウムというのはとてつもない危険な放射線核種なのです。なぜかというと二つ理由がありまして、一つは寿命が長いのです。半分に減るまで28年、セシウム137と言うのは半減期が30年ですけれども、要するに一緒なんですね、もう一度出してしまえば何十年もなくならない、何百年もなくならないと言う放射能だと言うことです。で、その上にストロンチウムというのはいわゆる元素で言うとカルシウムと同じ挙動をとるのです。カルシウムと言うのは人間の骨を作っている、ま大変大切な元素ですね。それと同じ挙動をとりますので、人間はストロンチウムが出てきますと、ドンドンドンドン自分の体の中に取り込んで、骨の中に溜め込むというそう言う性質を持っています。

神保:カルシウムだと勘違いしてしまうって事ですね。

小出:そうです、そうです。カルシウムと同じものだと思ってセッセセッセと取り込んで骨に入れてしまう訳です。骨というのは人間にとって大変重要な器官な訳で、そこで血液も作っている訳ですけれども、そう意味で白血病とかですね血液の病気を作ったり、あるいは骨のガンを作ったりと言う事になって、人間というような生き物にとっては大変に危険な放射性物質と言う事になっている訳です。それが今回放出されたと言う事で、それがなんで問題かというと

※SOBA:疲れたのでここまで。後は動画をじっくり見て下さい。

 

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2011年4月14日 (木)

もうウンザリだ。菅直人は早くやめろ。&菅政権「さらなる災禍招く」、首相の震災対応を批判、小沢氏の見解(全文)【時事】

イ イ

 アップ後、28SOBAのTwitter

使える順。(あるいは害のない順)1、能力があって、やる気のある人。2、能力があって、やる気のない人。3、能力がなくて、やる気のない人。4、能力がなくて、やる気のある人。自称「僕は原発にはとても詳しい」の棺直人はw、タイプ4。
11:21 AM Apr 15th webから


 以下、資料として採録。

小沢氏の見解(全文)【時事】
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2011041300686

 民主党の小沢一郎元代表が13日にまとめた見解の全文は次の通り。
 今回の大震災で大変な被害に遭われた方たちは、菅政権に対して、「本当にわれわれの暮らしとふるさとを復活させてくれるのか」と強い不安を抱いていると思います。
 地震、津波による被災者の方々への対応は遅々として進んでいません。また、福島第1原発の初動対応の遅れをはじめ、菅直人首相自身のリーダーシップの見えないままの無責任な内閣の対応は、今後、さらなる災禍を招きかねない状況となっています。
 政治家が最後に責任を取る覚悟を持てないのであれば、何のための政権交代だったのか。統一地方選挙の前半戦での大敗は、国民からの菅政権への警告であると強く受け止めています。(2011/04/13-16:30)

 

菅政権「さらなる災禍招く」=小沢氏、首相の震災対応を批判【時事】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110413-00000073-jij-pol

時事通信 4月13日(水)13時33分配信
 民主党の小沢一郎元代表は13日、東日本大震災や福島第1原発事故への菅政権の対応について「初動対応の遅れをはじめ、菅直人首相自身のリーダーシップの見えないままの無責任な内閣の対応は、今後、さらなる災禍を招きかねない」などと厳しく批判する見解をまとめた。10日の統一地方選前半戦での民主党大敗で菅政権の求心力が低下する中、小沢氏が公然と首相を批判したことで、首相退陣を求める声が高まる可能性がある。
 見解は、小沢氏を支持する若手議員による「北辰会」の13日の会合で配布された。小沢氏周辺によると、同氏と12日に会談した鳩山由紀夫前首相も、認識を共有しているという。
 小沢氏は見解で「地震、津波による被災者への対応は遅々として進んでいない」と強調。「政治家が最後に責任を取る覚悟を持てないのであれば、何のための政権交代だったのか」と指摘し、統一地方選の結果については「国民からの菅政権への警告だ」としている。 

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25日に原発で集中審議=参院予算委
中国首相、汚染水放出に懸念

最終更新:4月13日(水)16時18分

 

小沢氏が「内閣不信任案」への同調を示唆 菅首相に自発的退陣促す
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110414-00000508-san-pol
産経新聞 4月14日(木)1時37分配信

 民主党の小沢一郎元代表が12日夜に都内の私邸で開いた側近議員との会合で、「菅直人首相(党代表)を退陣させるためには内閣不信任案可決しかない」と語ったことが13日分かった。小沢氏は東日本大震災や東京電力福島第1原子力発電所事故の政府対応に強い不満を漏らしているが、「倒閣」に言及したのは初めて。野党側が6月22日の国会会期末に向け検討している不信任案への同調を示唆することで、首相に自発的退陣を促す狙いがあるとみられる。

 複数の出席者によると、小沢氏は「党代表は両院議員総会で辞めさせることができるが、首相は不信任案を可決させることでしか辞めさせられない」と指摘。その上で、「今こそ国民のために行動しなければならない」と決意を示した。

 内閣不信任案が可決すれば、憲法の規定により内閣総辞職か衆院解散となるが、小沢氏は首相が衆院解散に踏み切る可能性について「東北地方では投票所がないから、当分選挙ができない。首相が解散を打つことはできない」との見通しを示した。ただ、後継の首相候補を誰にするかなど、小沢氏が具体的にどのような政治行動を取るかについては言及しなかったという。

 自民党関係者によると、小沢氏は自民党の大島理森(ただもり)副総裁や森喜朗元首相、古賀誠元幹事長と接触を図ろうとしている。小沢氏が不信任案への同調を示唆したことで、与野党を巻き込んだ政界再編の動きが今後、活発化する可能性がある。

 内閣不信任案を衆院の過半数(239議席、欠員2を除く)で可決させるには、民主党会派(306議席)から80人程度が造反する必要がある。衆院の小沢グループ(約90人)が同一行動を取れば可決できるが、慎重論もある。

【関連記事】
・自民・安倍氏「国民は政権にノー」
・菅降ろしの号砲鳴る 野党「震災休戦終わった」
・小泉元首相の見解に谷垣氏「連立するとは言ってない」
・小沢氏、側近議員に重大決意「酒に酔う前にみなさんに話がある」
・小沢氏宛てに要望書…岩手県沿岸部の市町村

最終更新:4月14日(木)8時19分

 

小沢氏、側近議員に重大決意「酒に酔う前にみなさんに話がある」
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/502424/
配信元:産経新聞 2011/04/14 01:24

 内閣不信任案への同調を示唆する発言をした民主党の小沢一郎元代表がついに「菅降ろし」に本腰を入れ始めた。大震災前には「刑事被告人」として「党員資格停止」処分を受け、政治生命の危機に直面していたが、震災対応に四苦八苦する菅直人政権を尻目に、首相交代へと一気に舵を切った。昨年から続く民主党の内紛は、攻守逆転の様相を呈してきた。(坂井広志、山本雄史)

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記事本文の続き 東京都世田谷区の小沢氏の私邸には、前日に続き13日夜も自らを支持する中堅・若手グループ「一新会」メンバー約20人が顔をそろえた。

 「酒で酔う前にみなさんに話がある」

 小沢氏は、珍しくもったいぶった形で話を切り出した。

 「福島原発について危機感を鳩山(由紀夫前首相)さんと共有した。失政の部分が大きい。これを許していたら、後世、『あの政治家は何をやっていたのか』と言われる」

 怒りをぶちまけた後に小沢氏の口から出たのは自らの決意だった。

 「私なり鳩山さんなりが菅さんに働き掛けをするが、それでもダメなら(われわれは)覚悟して行動しなければならない」

 酒が入ると小沢氏は上機嫌になった。出席者からの「新党を作りますか」と問われると「党を割ることはない。俺たちが本当の民主党だ。向こうが変節したのだから、向こうが出ていってくれるぐらいじゃないとな」。解散については「絶対にできない」と断じた。

 倒閣に向け、のろしを上げた小沢氏。13日昼に国会内で開かれた小沢氏支持の衆院1年生でつくる「北辰会」の会合では、小沢氏の見解が記された1枚のペーパーが配られた。

 「被災者への対応は遅々として進まず、原発事故の初動対応の遅れをはじめ菅首相自身のリーダーシップの見えない無責任な内閣の対応は、さらなる災禍を招きかねない…」

 北辰会の約20人はその後、官邸に乗り込み、首相あての「原発事故における国家的非常事態に関する緊急提言」を枝野幸男官房長官に提出した。

 「国内外の英知を結集し、一丸となり対策を実施できる体制が整っているようには見受けられない」

 「放射線の危険性は個人で判断するすべのないものであり、これまでの自主避難の方針は理解しがたい」

 提言には激しい政府批判が並んだ。

 小沢グループ内では具体的な「菅降ろし」のプランもささやかれ始めた。

 有力なのは両院議員総会で菅首相の「党代表辞任」を求めるリコール運動だ。小沢グループは衆参合わせて約120人の最大派閥であり、鳩山氏との「小鳩枢軸」が復活すれば両院総会で過半数を占め、リコールが成功する。

 民主党内では小沢氏の「党員資格停止」処分を見直すべきだとの声も強まっている。

 党倫理委員会(委員長・渡部恒三最高顧問)は13日に小沢氏の不服申し立てを審議する予定だったが、先送りされた。

 首相に批判的な小沢鋭仁前環境相は最近、渡部氏に「また小沢いじめと思われますよ。平成23年度第1次補正予算案が成立するまで待ったほうがいい」と直談判した。渡部氏は「そうだな」と応じた。執行部は処分見直しに否定的だが、党内摩擦を回避するため、渡部氏の判断を受け入れた。

 国民新党の亀井静香代表も13日の記者会見で首相に小沢氏の登用を進言した。

 「小沢さんを座敷牢から出しなさい。民主党が乱れていて、挙国一致なんかできっこない」

 

小沢氏宛てに要望書…岩手県沿岸部の市町村
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/disaster/502130/
配信元:産経新聞 2011/04/12 19:08

【東日本大震災】

 東日本大震災の津波で大きな被害を受けた岩手県沿岸部の首長らが12日、早期の復旧、復興支援に関する小沢一郎民主党岩手県連代表宛ての要望書を提出した。

 要望書は13市町村の連名で、ライフラインの早期復旧や被災者の生活再建支援などを要請。復興担当の省庁を設置して国家プロジェクトとして対応するよう求めたほか「復興特区」の創設や復旧費用の一括交付金化なども盛り込んだ。

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    * 岩手沿岸13市町村が仮設住宅の早期建…
    * 小沢氏、震災後初めて地元・岩手入り

記事本文の続き 釜石市など13市町村のうち、欠席した1町を除く12人の首長らが盛岡市の民主党県連を訪れ、佐々木順一幹事長に手渡した。佐々木氏は「きめ細かく対応したい。党本部にもしっかり伝える」と話した。

 

菅降ろしの号砲鳴る 野党「震災休戦終わった」
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/501925/
配信元:産経新聞 2011/04/11 03:05

 民主党が政権与党として初めて挑んだ統一地方選前半戦は、岡田克也幹事長のおひざ元の三重県をはじめ自民党との対決型となった3知事選で敗北するなど、昨年の参院選以来続く退潮傾向に歯止めをかけることができなかった。岡田氏は東日本大震災への対応に追われたことを「言い訳」にしたが、菅直人首相に「ノー」が突き付けられたことを意味する。「菅降ろし」の号砲が鳴った。

関連記事

    * 岡田氏が被災地視察「菅抜き」阻止の動…
    * 民主・岡田氏「震災対応も選挙戦に影響」

記事本文の続き 「候補者の擁立が十分ではなかった。与党になった以上、もう少しチャレンジしてもらいたかった」

 岡田氏は11日未明、記者団から敗因を問われると、人ごとのように語った。東京電力福島第1原発事故に対する新聞各紙の政権批判も響いたとみているようで、「投票日に厳しい記事を書かれ、そういった認識が有権者の中にあった」とぼやいた。

 だが、三重県は岡田氏の地元であるとともに、衆院の県内5小選挙区のうち4つを占め、参院の2議席も民主党が独占する「民主王国」。石井一民主党選挙対策委員長も「勝てた戦いを落とした」と認めた。

 岡田氏は「党勢を立て直すために努力する」と続投の意向を示したが、党内からは岡田氏の辞任を求める声が出ている。小沢一郎元代表の側近の奥村展三衆院議員は「岡田氏の責任は重い。執行部の党運営に地方組織が違和感を覚え、足並みが乱れた」と批判した。

 首相や岡田氏は震災対応を優先することで、責任論への発展を回避しようとしてきた。だが、相次ぐ混乱はかえって政権担当能力の欠如を浮き彫りにした。首相が自ら仕掛けた「大連立」も2度にわたって頓挫し、各地で自民党と戦う候補者に冷水を浴びせた。

 野党側は「震災休戦は終わった」(自民党幹部)と倒閣に動きだそうとしており、11日以降の国会の雲行きも怪しくなった。

 「このままで18日の参院予算委員会の集中審議を乗り切れるのか心配だ」

 首相や閣僚らによる勉強会終了後、与党幹部の1人は懸念を示した。勝利に勢いづく自民党が、原発事故での首相の責任を追及してくることは確実なためだ。

 首相退陣をめぐるヤマ場は平成23年度第1次補正予算案が成立する予定の5月の連休前後にまず迎える。そして、最大のヤマ場は6月22日の会期末を前に、自民党など野党側が内閣不信任案と参院での首相問責決議案を提出するときだ。

 衆院では民主党が多数を占めているが、党内から造反が出る可能性もある。問責決議案は、野党が過半数を占める参院で可決される見通し。原発事故は収束しておらず、首相が衆院解散に踏み切ることは事実上不可能だ。同決議案に法的拘束力はないが、首相は総辞職するかの「重大な決断」を迫られる。

 民主、自民両党では「その時」を見据えた動きがすでに始まっている。

 

小泉元首相の見解に谷垣氏「連立するとは言ってない」
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/500993/
配信元:産経新聞 2011/04/06 00:42

 自民党の谷垣禎一総裁は5日、都内で小泉純一郎元首相と会談し、民主党との大連立構想について意見交換した。小泉氏は「批判すべきは批判する健全な野党であるべきだ」と大連立に否定的な考えを示し、谷垣氏も「全くその通り」と応じた。ただ、党内では大連立による政権復帰への期待が高まっているのも事実。のるかそるか-。決断のタイムリミットが近づいている。(桑原雄尚)

関連記事

    * 首相のジレンマ 自民はなおも「菅抜き…
    * 自民、じわり大連立へ 条件は5K?

記事本文の続き 「健全な野党としての協力の仕方はいくらでもあるんじゃないか?」

 大連立への意見を求められた小泉氏は谷垣氏にこうクギを刺した。谷垣氏は会談後、記者団に「私は初めから『連立する』とは一言も言ってない」と述べた。

 しかし、そのわずか1時間半前の海部俊樹元首相との会談では全く違うニュアンスのやりとりが交わされていた。「民主党政権を追い込むという今までの基本方針ではまずい」と力説する谷垣氏に対し、海部氏は金丸信元副総裁が生前に語っていたという言葉でアドバイスした。「国のためになることなら、泥棒にだって頭を下げるよ」

 谷垣氏の気持ちは揺れている。大連立に踏み切った場合の損得勘定を計りかねているのだ。

 第一の難問は、政権入りした際の閣僚ポストだ。

 民主党はすでに、震災復興担当相と環境相、沖縄北方担当相の計3ポストを増やす案を自民党側に提示している。仮に、沖縄北方担当相への就任を打診されれば「米軍普天間基地移設問題の尻拭いをさせられるだけ」(閣僚経験者)との懸念がある。環境相ポストにしても「当面出番がなさそう」(中堅)で、メリットが少ない。

 大連立をいつまで維持するかも大きな課題だ。大震災の発生で衆院解散・総選挙の時期は遠のいたとはいえ、「大連立したままでは次の衆院選は戦えない」というわけだ。

 自民党内では大連立の前提として、菅首相の退陣は譲れないという声が大勢だ。しかし震災前に吹き荒れた民主党内の「菅おろし」の風はもはや下火。菅首相のまま大連立に踏み切るようなことがあれば、谷垣氏ら党執行部に批判の矛先が向かうのは必至だ。

 公明党の山口那津男代表は5日の記者会見で「閣僚を出し合う大連立という形がベストかどうか、もう少しきちんと議論した方がいい」と述べ、大連立に慎重な姿勢を示した。

 

非常事態に露呈した菅政権の“本質”
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/497804/
配信元:産経新聞 2011/03/19 23:36

 未曾有の大震災への対応から、菅直人政権の“本質”が浮かび上がってきた。菅首相は19日、政敵であるはずの自民党の谷垣禎一総裁に電話一本で入閣を打診した。民主党だけでは、この状況を乗り切れないと悟った末の行動のようだが、そこには「国難」に対峙する政権としての自覚と責任感が完全に欠如している。

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    * 首相・谷垣氏が会談、午後2時半から、…
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記事本文の続き 谷垣氏に入閣を打診した首相の念頭にあったのは、自らが中心に座る形での大連立政権の樹立だ。

 「谷垣氏とさしで話し合いたい」

 11日の大震災発生直後、永田町が事実上の政治休戦に入ると、首相は周囲に谷垣氏との2人きりの会談をセットするよう指示した。徐々に被害の深刻さが明らかになっていく中、首相は「いまこそ大連立の好機」と判断したようだ。

 首相の大連立構想は今に始まった話ではない。

 当初は「クリーンな政治」を実現させるというふるこみで、小沢一郎元民主党代表との関係を絶ち、自民党に対しては消費税問題を通じて協力関係を模索しようとした。

 首相の後ろ盾ともいえる仙谷由人官房副長官も自民党の大島理森副総裁との接触をひそかに続けてきた。仙谷氏は大島氏を通じて自民党内の情勢を探りながら、大連立の可能性を探った。

 しかし、自民党からは「統一地方選と菅政権が終わった後の話だ」という厳しい空気ばかりが伝わってきた。

 幻となりかけた大連立構想。それが大震災をきっかけに、首相の脳裏に再び浮上した。「『震災対応への協力』という大義名分なら、自民党もむげに拒否できないだろう」。そんな計算が働いたことは想像に難くない。

 谷垣氏との会談は13日に実現した。しかし、菅政権への参加に消極的だった谷垣氏の考えは変わっていなかった。会談に石原伸晃幹事長を同席させることで、首相との2人きりの会談を避けた。結局首相は、谷垣氏に大連立を打診できずに、会談を終えた。

 政府・民主党は一方で、大島氏にも震災特命相への起用を打診しようとしたが、同氏もすでに「残念だが、今の自民党は菅政権への協力はできない」と拒否する考えを伝えた。

 せっぱ詰まった首相は19日昼すぎ、電話で谷垣氏にアタックをかけた。

 首相「国家的危機だ。ぜひ会いたい。副総理兼震災復興担当相で入閣していただけないか」

 谷垣氏は「申し出は党内で協議するが、難しい」

 首相「直接会談して決める気持ちもないんですか!」

 最後は、持ち前の「イラ菅」が爆発した。短絡的な首相の政治手法が、ここでも露呈した。

 谷垣氏は首相との電話会談後、すぐさま幹部を党本部に招集した。

 しかし、入閣拒否の方針は当然の結論だった。「政権側に利用されかねない」。会合は30分程度で終了した。

 出席者の1人は「首相の提案は唐突で政局ぶくみだ。われわれは全面的に協力しているのに。これでもまだ足りないというのか」と不満を漏らした。

 ただ、自民党もジレンマを抱える。入閣要請を拒むことは、世論から「震災対策に対して非協力的だ」とみられるリスクを伴う。

 石破茂政調会長は記者団に「政策協議や知見を求められたときに、自民党は何をやっているのかといわれることに対する心配が少なからずある」と漏らした。

 震災を政局に利用する首相の姿勢には、民主党内でも戸惑いが広がった。

 「政治に今求められているのは人事ではない。国民を思う気持ちだ。何をやっているのか」

 小沢一郎元代表の側近議員の一人はこう憤った。

 首相を支える党幹部も「首相が総裁に話をするのは最後の儀式で行うものであり、断られるなんてあり得ない。根回しをしなかったのだろう。首相が独走しているのかもしれない」と危機感を募らせた。

 首相の今回の行動が、今後の政権運営を一層厳しさを増す懸念もある。別の党幹部は「首相がいきなり本人に要請するやり方は稚拙だ。トップ会談で拒否した以上、自民党は菅政権に対し柔軟に対応するのは難しくなるだろう」との見通しを示した。

 戦後最悪となった自然災害から日本が再起できるかは、ひとえに菅首相の双肩にかかっている。政局にかまけている暇はないはずだ。

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東京都水道局のHPが(暫定版)緊急ページのまんまですね。

2011年04月06日
〔放射能〕東京都水道局が「水道水の汲み置き」の推奨を始めた
http://alcyone.seesaa.net/article/194520753.html

↑のはなゆー情報で「東京都水道局ホームページ」(http://www.waterworks.metro.tokyo.jp/ )が凄い感じになっていると読んだのが、もう8日前です。

178 ←今日現在(2011/04/14 8:08)変わってませんね。


179 ←「東京都水道局ホームページ」(http://www.waterworks.metro.tokyo.jp/ )をWayBackで見たところです。(2009年6月30日のページ)

そして、この本来のHPは(http://www.waterworks.metro.tokyo.jp/index2.html )とわざわざURLを変えてリンク紹介されています。


(以下転載始め)

東京都水道局ホームページ(暫定版)
東日本大震災の影響等に関する水道局関係情報(断水・濁水地域、放射能測定等)
は、こちら Click here for information related to the effect on tap water by radioactivity
日頃から、飲料用に水のくみ置きをお願いします。<水道水をくみ置く際の留意事項はこちら

重要なお知らせ

    * 「水道水の放射能の測定結果」について(4月13日)

「水道水の放射能に関するQ&A」はこちら
新着情報(プレス)はこちら
契約課のページはこちら
お客さまセンター(お引越しの手続きや各種お問い合わせはこちら
東京都水道局ホームページ(公式)はこちら

よくある質問 ご意見・ご要望はこちら

Bureau of Waterworks Tokyo Metropolitan Government

(以上転載終り)

 

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2011年4月12日 (火)

統一地方選が終わる4月10日が過ぎるのを待って、チェルノブイリレベル「7」を発表した、菅直人民主党糞政権。

 後ろで、25年後のチェルノブイリについてのYouTubeや、チェルノブイリ原子力発電所事故の写真集を採録しておきました。

追加:以下、小出裕章先生(京大助教)のMBS毎日放送ラジオ音声です。

【福島原発】2011/4/13/水★新たに心配4号機とストロンチウム90とは 1/2
by nyugankenshin
http://www.youtube.com/watch?v=Ln4pi44NYgs

【福島原発】2011/4/13/水★新たに心配4号機とストロンチウム90とは、2/2
http://www.youtube.com/watch?v=FvuNK6paInY

【福島原発】2011/4/12/火★最悪の「レベル7」引き上げの意味
http://www.youtube.com/watch?v=ruTVbPCGAxw

 

 チェルノブイリ原子力発電所は、ロシアの広大な土地が背景にありました。人口密集度の高い日本では放射線物質の濃度もさることながら、人口から考えてチェルノブイリ以上の惨事になると言うのは欧米では定説のようです。

 Google earthで計測すると、福島第一原発から東京駅までは直線距離で約224kmです。風向きと東京エリアが雨ならホットスポッツ、チェルノブイリ原子力発電所の事故で起きた惨事と同じ事が起きます。

556pxchornobyl_radiation_map←参考:炉心溶融して広大なエリアを放射線物質で汚染したチェルノブイリの図に距離表示をマッピングしました。

チェルノブイリ原子力発電所跡から、100km、200km、300kmの距離です。北北東へ流れる雨雲にのり、かなり離れた所でも放射性物質で汚染されたのが分かります。風向き情報と降雨情報が大事。(距離マッピング前の元画像はWikipediaのチェルノブイリ原子力発電所事故より)

 

日本の核の大惨事「チェルノブイリと同等ではなく、はるかにひどい」
http://democracynow.jp/dailynews/11/04/12/1

日本は国内で起きている放射線事故の国際評価尺度をレベル5から、1986年のチェルノブイリ原発事故と並ぶ最高レベルのレベル7に引き上げました。東京から、グリーンピース・ドイツの気候変動とエネルギー部部長で、日本の放射線監視フィールドチームの一員であるトーマス・ブロイエルに最新情報を聞きます。彼は、損傷した福島第一原発は、チェルノブイリとは違って人口密集地域にあることに留意しています。「我々は日本政府に対し、半径20キロの避難区域圏外にも放射能レベルが非常に高い多くの市町村があり、住民、特に、放射能の影響を受けやすい子供と妊婦は直ちに避難する必要があると警告しました」と、ブロイエルは言います。

 上記の英文(動画あり)です。

http://www.democracynow.org/2011/4/12/nuclear_catastrophe_in_japan_not_equal

Japan has raised the severity rating of its nuclear crisis from 5 to 7, the highest level, matching the 1986 Chernobyl nuclear disaster. We go to Tokyo for an update from Thomas Breuer, head of the Climate and Energy Unit for Greenpeace Germany and part of a field team of radiation monitors in Japan. He notes that unlike Chernobyl, the damaged Fukushima Daiichi nuclear power plant is in a densely populated area. “We warned the government that there are a lot of cities and villages outside the 20-kilometers evacuation zone where the radiation levels are so high that people need urgently to be evacuated, especially children and pregnant women, because they are the most vulnerable part of the population to radiation,” says Breuer. [includes rush transcript]


最大で1時間1万テラベクレル 国際尺度、最悪の7も【東京新聞】
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2011041101001184.html
2011年4月12日 01時28分

2011041101001211  ソ連・チェルノブイリ原発の全景。中央の矢印が4号炉の事故現場=1986年5月(タス=共同)

 福島第1原発の事故で、原子力安全委員会は11日、原発からは最大で1時間当たり1万テラベクレル(テラベクレルは1兆ベクレル)の放射性物質が放出されていたとの試算を明らかにした。

 政府はこれを受け、原発事故の深刻度を示す「国際評価尺度(INES)」で最も深刻な、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故に並ぶ「レベル7」とする方向で検討に入った。

 INESの評価によると、放射性のヨウ素131換算で外部への放射性物質の放出量が数万テラベクレル以上である場合は、レベル7であるとしている。

 原子力安全委の班目春樹委員長は、1時間当たり1万テラベクレルの放出が「数時間」続いたとの推計を明らかにした。

 1時間当たり1万テラベクレルの放出が数時間続けば、レベル7に当たることになる。現在は同1テラベクレル以下になったとみられるとしており、安全委は、放射性物質の総放出量については「検討している」とするにとどめた。

 政府は暫定的に「レベル5」としている現在の評価を見直し、レベル7に格上げすることの検討を始めた。
(共同)

 

 以下、採録

(以下転載始め)

2011年04月13日
〔放射能〕民主党政権は子供たちを見殺しにして「被曝」させた
http://alcyone.seesaa.net/article/195616940.html

☆福島第1原発 政府、レベル7検討…最も深刻 (毎日新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110412-00000003-maip-soci
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak45/msg/766.html

内閣府の原子力安全委員会は11日、福島第1原発事故について、発生当初から数時間、1時間当たり最大1万テラベクレル(ベクレルは放射能の強さ。1テラベクレルは1兆ベクレル)の放射性物質を放出していたとの見解を示した。

 

林久美子(民主党の参議院議員。文部科学大臣政務官)
http://twitter.com/#!/kumikouki/status/57570071198973952
おはようございます。放射線量の基準についてなど、事実確認もせず、虚偽の噂を流布している方々を見受けます。政治が子どもの安全を損なうことをするわけがない。冷静な判断こそが求められるのは言うまでもありません。

 

ヘナ(4児の母)
http://twitter.com/#!/lovepeacemama/status/57938543225479168
今頃になって政府は14、15日くらいに一番多量の放射線が放出されていたなどと言いだした…15日、私はネットで放射線量が急上昇しているのは分っていたけれど娘の入学説明会があり仕方無くでかけた…なんで政府は全国の子供たちに注意喚起してくれなかったの?

 

ヘナ(4児の母)
http://twitter.com/#!/lovepeacemama/status/57940381563760641
きちんと情報を開示して被曝から国民、特に子供を守る…そんな当たり前の配慮もできないでよく「政治が子どもの安全を損なうことをするわけがない。」(by 林久美子議員)なんて言えるね…自分たちだけで情報を共有して自分たちの家族だけは守ったの?

 

《おまけ》

francisco
http://twitter.com/#!/sensouhantai/statuses/57680415149920256
汚ねえな。やっぱ選挙が終わるまでレベル7にするのをまってたんだな。原発推進候補に有利なように。国民は実験台だ。

 

themasuya(福島市出身。両親が今そこにある危機にさらされているので原発情報を集めています)
http://twitter.com/#!/themasuya/status/57626606948200448
明らかな選挙後のレベル7発表と避難範囲の拡大。選挙への影響と国民の命を天秤にかけ、前者を選択した菅直人と政府は重罪。もはや総理でも政府でも何でもない。隠蔽による人命の軽視は世界的歴史に残る犯罪者に認定。

 

KazuYan
http://twitter.com/#!/sousagedog/status/57696741981564928
国民の命を選挙の為に隠匿か〜酷いことするなぁ(><)

(以上転載終り)

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 以下、資料として採録。(写真集とYouTubeです)

2011年04月02日
チェルノブイリ写真集(32枚の写真)より
http://www.paulfuscophoto.com/#mi=2&pt=1π=10000&s=0&p=1&a=0&at=0

Paul Fusco Chernobyl Legacy

(↓クリックで拡大)
01 1、


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26 26、


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29 29、


30 30、


31 31、


32 32、


 

2011年04月13日
〔放射能・原発〕字幕付き動画「チェルノブイリ爆発から25年後」
http://alcyone.seesaa.net/article/195677304.html

Chernobyl: A Million Casualties
http://www.youtube.com/watch?v=Oc72kT_gFNQ

チェルノブイリ原発事故の死者は100万人(1986年から2004年までのみのデータ)

死因はガン、心臓病、脳障害、甲状腺ガンなど、そして多くの子供が亡くなった。

免疫機能、肺、皮膚などすべての器官が放射能の影響を受けた。鳥や動物すべての生態系が変わってしまった。

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2011年4月11日 (月)

1万5千人参加、素人の乱主催の高円寺・原発やめろデモYouTube全採録。カネ太鼓、チンドン屋さんが素晴らしい。

 本格的なサウンドデモが登場しましたね

akaboshi0
高円寺・原発やめろデモ!!!!!素人の乱主催01●鈴木邦男氏あいさつ他
http://www.youtube.com/watch?v=qPF7axV4AU4

2分50秒から、鈴木邦男氏。

5分16秒から、シスターシスター。

6分27秒から、岩手から来た人。

9分28秒から、デモ

 

高円寺・原発やめろデモ!!!!!素人の乱主催02●出発地点でのカオス
http://www.youtube.com/watch?v=xnYALhFAX-U

6分25秒から、チンドン屋さん。

最後の所で八木啓代さん?の姿。

 

高円寺・原発やめろデモ!!!!!03●ガード下と駅前で奏でられたメロディ
http://www.youtube.com/watch?v=xn0QsxUg8nk

1分37秒の所から、チンドン屋パフォーマンスが素晴らしい。これも立派なサウンド・デモ。06のYouTubeのカネ太鼓はまさにこれがサウンド・デモ。

 

高円寺・原発やめろデモ!!!!!素人の乱主催04●アメイジング・グレース
http://www.youtube.com/watch?v=aQs8hFzlG_E

 鳴り物だけでなく、このYouTubeではプラカードや簡単ですがシュプレヒコールと言うより掛け声が入ってます。「原発やめろ」「原発止めろ」これだけでも十分だと思います。出来たら小さなスピーカーがあると良かった。あるいは野球やサッカーで使うようなメガホンを何人かが持つともっと効果が出ます。

 

高円寺・原発やめろデモ!!!!!素人の乱主催05●五日市街道入口交差点
http://www.youtube.com/watch?v=rk_uvkTa_Qk

 

高円寺・原発やめろデモ!!!!!素人の乱主催06●歩道橋からも撮ってみました
http://www.youtube.com/watch?v=t_hunL9Ldpg

 カネ太鼓が素晴らしい。やっと日本でも「本格的にサウンドデモが登場したか」の思いです。タイトル下の「デモに打楽器サンバの乗り」のリンクはサウンドデモが定着するまでこれからもはっておきます。

 

高円寺・原発やめろデモ!!!!!素人の乱主催07●原発卒業!
http://www.youtube.com/watch?v=_R3YqK7D-EA

 大型のスピーカーを載せた先導車から流れる音楽が盛り上げてます。これもなかなかいい。

 

高円寺・原発やめろデモ!!!!!素人の乱主催08
http://www.youtube.com/watch?v=DXpJyJ51B4Q

 2分15秒あたりの所から鳴り物とええじゃないか風のパフォーマンスがなかなか素敵。

 

高円寺・原発やめろデモ!!!!!素人の乱主催09
http://www.youtube.com/watch?v=SpovPHX9-Sg

 

高円寺・原発やめろデモ!!!!!素人の乱主催10
http://www.youtube.com/watch?v=25g_ij4D8Fk

2分30秒の所から、歩道橋からの掛け声に唱和しての「原発やめろ」の繰り返し。なにか「ええじゃないか」を思わせるようなノリがなかなかです。最後リズミカルな音楽で終わる。前から雑談日記で提唱しているようにデモに鳴り物(特に打楽器)や音楽が必須なことを確信しました。

 

高円寺・原発やめろデモ!!!!!素人の乱主催11
http://www.youtube.com/watch?v=U3Q9EEItBXc

5分50秒の所から、ええじゃないか風踊りに先導された大きな太鼓等の一群パフォーマンスです。

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検証・大震災:3家族の3.11、陸前高田・河野さん、名取・佐藤さん、石巻・木村さん。

 防災の教訓として、記事の資料保存です(他の防災関連エントリーリンク紹介は末尾)。

 

参考:↓グーグルアースや、グーグルの地図検索で調べる時のデータ。コピペしてEnterするとその地点に飛びます。

陸前高田市民体育館正門前は標高約5m(正門前の緯度経度 +39 0 46.515",+141 38 0.781" )、
陸前高田市役所は標高約7m(市役所入り口前の緯度経度 +39 0 53.421",+141 37 46.718" )
陸前高田駅出入口前は標高約6m(駅前の緯度経度 +39 0 47.468",+141 37 32.562" )
陸前高田駅の南西方向にある高田病院は標高約5m(正門前の緯度経度 +39 0 44.187",+141 37 22.500" )

検証・大震災:3家族の3.11(1)陸前高田・河野さん(1/2ページ)
http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/verification/news/20110410mog00m040015000c.html
Internet Archive

 東日本大震災の発生から1カ月。あの日、無数の家族の日常が容赦なく引き裂かれた。過去にも大きな地震や津波を経験した東北沿岸部の人たちは、備えていたはずだった。生死を分けたものは何だったのか。想像を絶する津波の実像とは。3組の家族を追った。【震災検証取材班】

20110410mog00m040006000p_size6
河野さん家族

 ◇81歳の母、避難用リュック背負って流され

 携帯電話のワンセグに岩手県の大船渡港が映る。「大津波警報発令」。古里の陸前高田市も近い。3月11日午後2時46分、福島大2年の河野義希(こうのよしき)さん(20)は福島県大熊町の総合スポーツセンターでソフトボール部の合宿中だった。

 家族に何度電話してもつながらない。約190キロの距離がもどかしい。翌朝、車で出発した。間もなくカーラジオから「陸前高田市は壊滅状態」と流れた。両親が営む食堂「くっく亭」は浜から200メートルほどしか離れていない。

 「生きていてくれ」。泣きながらハンドルを握った。宮城県気仙沼市でガソリンは尽きる。車を乗り捨て、がれきを歩いた。

     ◆

 「くっく亭」は、名勝・高田松原が続く海沿いにある。3月11日午後2時46分。経営者の河野(こうの)義典さん(47)がランチタイムを終え、サケの切り身を焼いて一口食べた時だった。

 停電でテレビが消えた。震源地はどこか、大津波警報が出ているのか分からない。地震には慣れているつもりだったが、今度は違う。店から北西約500メートルの実家で暮らす両親が気がかりだ。

 認知症の父(83)はこの日、デイサービスで宮城県気仙沼市の介護施設にいた。河野さんは傍らの妻(46)に母綾子さん(81)の様子を見てくるよう頼んだ。

 海辺から約1キロの実家には河野さんの兄でタクシー運転手の勝典さん(51)が先に駆けつけていた。綾子さんは避難用のリュックを背負い、家を出るところだった。タクシーで高台に避難させてくれるだろうと安心した河野さんの妻はすぐに食堂へ戻る。

 勝典さんが「ばあちゃん、どこに避難すんの?」と聞いた。「この地区は体育館なんでな」。市民体育館までは約220メートル。ゆっくり歩いても4分ほどだ。昨年のチリ地震津波でも綾子さんはここに行った。

 昨年2月28日、気象庁は東北地方の三陸沿岸に高さ3メートル以上の津波が押し寄せる恐れがあるとして、17年ぶりに大津波警報を発した。陸前高田市も沿岸全域に避難指示が出たが、高さは予想よりはるかに低かった。

 「ばあちゃんもあそこなら大丈夫か」。勝典さんは自分の職場に車を走らせた。

 食堂の河野さん夫婦は店から2キロ離れた高台に建つ市立第一中学へ車で向かう。市民体育館への避難も頭をよぎったが、第一中に通う3年生の長女(15)が心配だった。

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陸前高田市

 地震から約30分。外では「津波だ。逃げろ」と絶叫する防災無線が鳴り響いていた。しかし、車の窓を閉め切っていたため、聞こえなかった。

 車が体育館のそばを通ると、外階段2階の踊り場は住民であふれ返っているのが見えた。河野さんは、中に母がいるとは思いも寄らなかった。

(2/2ページ)
http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/verification/news/20110410mog00m040015000c2.html
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 ◇遺品に孫名義の通帳

 第一中は卒業式のリハーサル中だった。「地震だ。地震だ」。河野さんの長女留美さんは他の生徒たちとグラウンドに飛び出した。しばらくして木々の間から、街のいたるところで煙が上がっているのが見えた。

 間もなく捜しに来た両親の顔を見て驚いた。昨年のチリ地震津波でも食堂を閉めただけで逃げなかった。「どうしてここに。とんでもないことが起きたんじゃ……」。察する間もなく、街ごと津波にのみ込まれていく。家も食堂もやられた。

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母綾子さんの遺影と遺品を前に思い出を語る河野勝典さん=岩手県陸前高田市で2011年4月5日、石井諭撮影

 長女の無事を確認した河野さんは、母が身を寄せたはずの兄勝典さんの家へ歩き出した。「お袋の顔見てくっから」。高台にある兄の家に着いたのは午後5時ごろ。兄はすでに帰宅していた。

 兄に河野さんが尋ねた。「お袋はもう部屋にいんの?」

 「体育館さ行った」

 「ああ、だめだべ」

 「だめか」

 「なんで連れて来なかったべか……」

 母綾子さんは市内の病院で看護婦をしていた1960年、チリ地震大津波を経験した。市内で1414世帯が被災し、306棟が全半壊。8人が亡くなった。「地震が来たら大事なバイクだのなんだの心配しねえでとにかく逃げろ」。それが口癖だった。「津波に備えて、子どもとどこで待ち合わせるか決めておけ」

 市はマグニチュード(M)7・5前後の宮城県沖地震津波の想定をもとに浸水予想区域や避難場所を記した防災マップを住民に配ってきた。比較的海から遠い場所や高台にある1次避難場所にまず逃げてもらう。さらに危険が増せば、体育館などの2次避難場所に移動させるはずだった。

 しかし、市が1次・2次に指定した87カ所のうち39カ所が浸水した。市民体育館は1次と2次を兼ねていたが、住民を守ることはできなかった。戸羽太市長は「体育館なら安全という安心感はどこかにあったかもしれない。津波の到達も想定より早かった」と言う。

 市街地の約7割が壊滅した。市民体育館に集まった住民は約200人との情報もあるが、助かったのは3人だけだ。

     ◆

 河野さんは第一中で炊き出しのボランティアをしながら避難所を回り、母を捜していた。福島県で大学合宿中だった長男義希さんが13日、車とヒッチハイクでたどり着く。「ばあちゃんは?」

 20日夕、母は市内の遺体安置所にいた。体育館から流されたのだろう。約700メートル西の崩壊した信用金庫の中で、避難用リュックを背負ったまま発見されたと聞かされた。穏やかな顔をしていた。家族みんなで泣いた。

 リュックには、誰も知らない預金通帳や証書があった。いつか、家族が津波ですべてを失うかもしれないことを分かっていた。

 名義は息子2人の嫁や孫たちだった。【沢田勇】

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2011年4月10日

 

SOBA追加関連画像
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←被災前の陸前高田市民体育館と中央公民館。時計塔をはさみ右側が市民体育館、左側が中央公民館。(陸前高田市探訪さんより)市民体育館正門前は標高約5m(正門前の緯度経度 +39 0 46.515",+141 38 0.781" )


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←被災後の正門前方向から陸前高田市民体育館(右)と中央公民館(左)。

未来へのキオクより


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←被災前の陸前高田市役所。市政の中心部で、回りには「市民会館」「ふれあいセンター」。(陸前高田市探訪さんより


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←被災前の陸前高田市役所(南東方向から、Wikipediaより)高田市役所は標高約7m(市役所入り口前の緯度経度 +39 0 53.421",+141 37 46.718" )


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←被災後の陸前高田市役所。(Wikipediaより


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←被災後の左陸前高田市役所と右市民会館

未来へのキオクより


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←被災前の陸前高田駅前ロータリー。右に時計塔、左に石のモニュメント。その先に見えるのが陸前高田駅。駅前にはタクシーの待合場所と駅前駐車場。(陸前高田市探訪さんより


Photo_3←駅へアップ、陸前高田駅前は標高約6m(駅前の緯度経度 +39 0 47.468",+141 37 32.562" )Wikipediaより


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←陸前高田駅から振り返り、駅前通を望む。(陸前高田市探訪さんより


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←被災後の陸前高田駅前ロータリー。わずかに残る右に時計塔、左に石のモニュメントの残骸。駅舎は完全に流されてます。遠く右に見えるのは鉄路をはさんで駅の裏側にある高田病院。未来へのキオクより


Dscf1453 ←被災後2011年4月28日、(鉄道おやじの写真日記)さんによれば「駅舎はなくホームと津波で曲がった線路が残っているだけ」の惨状。


Dscf1450 ←(鉄道おやじの写真日記)さんがやっと見つけた陸前高田駅名の看板。 


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←被災後の陸前高田駅前から駅前通方向を望む。駅前駐車場の先に残る左に時計塔と右に石のモニュメントの残骸。その先に見える駅前通は被災前の街並みが消滅してます。右手遠くに見える緑看板の建物は唯一の大型スーパーのマイヤ(MAIYA)。未来へのキオクより


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←被災後に残った高田病院。4階まで浸水し27人が亡くなった。高田病院は標高約5m(正門前の緯度経度 +39 0 44.187",+141 37 22.500" )

未来へのキオクより


 

 岩手県が3・11の震災でどんなひどい思いをしたか動画を2本

【東日本大震災】陸前高田市 悲劇の階段 生死を分けたもの
mikel311a
http://youtu.be/8Xb0cASakf0

アップロード日: 2012/01/27

岩手県陸前高田市は、避難指定場所68か所の内、35か所が津波によって流された。 市民体育館は約100人以上の人々が避難したが、生き残った人はわずかに3人だった。

高台の避難場所にも津波は押し寄せた。地元の人が「一番かわいそうな場所」という公民­館にも津波が押し寄せて来た。 そこに居た約40人ほどの避難者は慌てて近くの階段をかけ登った。

しかし、その小さな階段の先にあったものは崖だった。津波はそこまで到達して30人近­くが流された。 生き残ったのは崖の上まで必死によじ登った10人程だった。

 

大きな被害を受けた陸前高田市[震災翌日]
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http://youtu.be/1XkSk0WA8Jg

公開日: 2012/08/31

Rikuzentakata city suffering great damage (Day following the earthquake)
The Japanese text is followed by an English translation.
津波の被害を受けた陸前高田市(震災翌日 : 朝7時ごろ)
津波によって、家やビルのほとんどが破壊され、以前の街の姿を想像することすら難しい­。
360度見渡すかぎりのがれきの山。
家があったはずの場所は、基礎だけが残っている。
横向きに倒れた家。押しつぶされたような家。倒壊したおびただしい数の家屋。
校舎の入り口に突っ込んでいる車も見える(市立高田小学校)。
スタッフが、がれきの中をかき分けながら進んでいく。
消防隊員に救助された市役所の職員たちが、危険ながれきの上を歩いていた。
今にも崩れ落ちそうな建物の屋上には、取り残された人たちが救助を求めている。
津波に耐えたビル。その屋上から顔を出す流木は、高さ2階建てのビルを優に超えていた­ことがわかる。

[映像中に登場するレポーターは、岩手めんこいテレビ 高橋裕二 アナウンサー]

Rikuzentakata city suffering damages by tsunami. (Day of the earthquake, around 7 a.m.) Most houses and buildings are destroyed by the tsunami, and even trying to imagine what the city looked like before is proving difficult. Piles of debris fill the view 360 degrees. Where houses used to be, there are only foundations. There are innumerable houses that have collapsed, some that fell sideways and some that were squashed. There is a car that crashed into the entrance of Takada Municipal elementary school. Staff make their way pushing their way through debris. Employees of the city office are walking over the dangerous debris, having been rescued by firemen. On top of the building that looks ready to collapse are those people left behind looking for help. Although the building withstood the tsunami, the driftwood sticks out from its rooftop, implying its existence that stands higher than the two story building.

-The reporter appearing in the footage is Yuji Takahashi of Iwate Menkoi TV-

 

参考:↓グーグルアースや、グーグルの地図検索で調べる時のデータ。コピペしてEnterするとその地点に飛びます。
名取市立閖上小学校は標高約1m(正門前の緯度経度 +38 10 41.560",+140 56 29.430" 宮城県名取市閖上字鶴塚52番地)
名取市立閖上中学校は標高約2m(正門前の緯度経度 +38 10 39.328",+140 56 43.437" 宮城県名取市閖上字五十刈1番地)
名取市役所閖上公民館は標高2m (緯度経度 +38 10 36.180",+140 56 58.430" 宮城県名取市閖上2丁目19)

検証・大震災:3家族の3.11(2)名取・佐藤さん(1/2ページ)
http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/verification/news/20110410mog00m040016000c.html
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 ◇車濁流に…駐在所の壁でストップ

 海の方角に高々と上がる砂煙が見えた。その直後、人を巻き込みながら大津波が迫ってきた。宮城県名取市閖上(ゆりあげ)のケアマネジャー、佐藤研さん(35)は妻真希さん(33)、次女果穂ちゃん(6)と車で近くの市立閖上中学に逃げる途中だった。

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佐藤さん家族

 わずかな隙間(すきま)から水が流れ込んで車体が傾く。「もうだめか」と思ったとき、閖上駐在所の壁に車がひっかかって止まった。「逃げるなら今しかない」と後部の窓をひじでたたいて割り、車の上にはい出た。駐在所の屋根まで約50センチ。先に佐藤さんが飛び移り、2人を引っ張り上げた。

 雪が舞う中、3人はずぶぬれのまま屋根の上で待ち続けた。救助隊は来ない。水が腰の高さまで引き、ようやく屋根から下りられたのは、地震から9時間後のことだ。命を拾った。だが、もう一人の家族が見つからない。市立閖上小学校を下校したはずの長女吏都(りつ)ちゃん(8)は、どこにいるのか。

     ◆

 仙台平野南部の閖上地区には、高台と言えるような場所がない。あの日、次女果穂ちゃんの幼稚園の卒園式に出席し、自宅アパートにいた佐藤さんは地震の直後、果穂ちゃんと真希さんを車に乗せ、地区指定の避難所・閖上公民館に向かった。

 途中、閖上地区を南北に流れる貞山(ていざん)運河が目に入った。普段は1メートルを超える水量があるのに、川底があらわになっている。「大きな津波が来る」。そう直感した。津波は、いったん水が引いてから来ることを佐藤さんは知っていた。

 公民館に着いたのは午後3時過ぎ。この時佐藤さんは、まさか自分たちが生死のはざまをさまようとは思ってもみなかった。長女吏都(りつ)ちゃん(8)を迎えに行こうと、真希さん、果穂ちゃんを公民館に残し、市立閖上小学校へ急いだ。しかし、そこに吏都ちゃんはいなかった。

     ◆

 地震が起きた時、閖上小学校では全学年が授業を終え、低学年から下校が始まっていた。2年生の吏都ちゃんは学校から300メートル離れた歩道橋を歩いていた。

 強烈な揺れに思わずすくみ、座り込んでいると、小学校から走ってきた5年生の男子児童が「家に帰っちゃダメ。中学校に避難しよう」と声をかけてくれた。歩道橋の周辺にいた数十人の児童はその声に従い、目の前の市立閖上中学に移動し始めた。吏都ちゃんも続いた。

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名取市閖上

 教務主任教諭の洞口日出輝さん(54)によると、海抜0メートルの閖上小学校では毎年1回、地震と津波の訓練をし、校内にいるときは3階に、校外にいるときは学校から300メートル離れた閖上中学などの高い建物に避難せよと子どもたちに徹底していた。

 今回の震災では、親が小学校に子供を迎えに行き、親子で帰る途中に津波に巻き込まれるケースが多数報告されている。事件や災害の際にいち早く親に子供を帰すという「引き渡しルール」が裏目に出た形だ。

 閖上小では、迎えに来た親にも子供を渡さなかった。防災マニュアルで「津波が懸念される時には子供を引き渡さない」と決めていたからだ。「なぜ子供を渡さない」と詰め寄る親もいたが、学校側は「親御さんも学校にとどまってください」と説得した。

 同校の298人の児童は病気で自宅にいた1人を除き全員無事だった。

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http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/verification/news/20110410mog00m040016000c2.html
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 ◇「もう少し」声掛け合い

 真希さんと果穂ちゃんがいた公民館では「女川町に6~7メートルの津波が来ている」との情報が伝わった。誰ともなく「この2階建ての公民館は危ない」と言い出し、多くが3階建ての閖上中を目指して車で移動し始めた。中学への距離はわずか500メートル。真希さんも車に乗った。公民館を出たところで、閖上小から戻ってきた佐藤さんと合流し、中学を目指した。

 公民館長の恵美雅信さん(63)によると、閖上地区の住民は年1回、避難訓練を行い、地震と津波に備えていた。しかし、津波は予想を超える速さで来た。閖上中に向かう途中で多くの車が津波にのまれてしまった。

 佐藤さんの車も濁流に流されたが、たまたま閖上駐在所の壁にひっかかり、家族3人は高さ7メートルほどの屋根に上ることができた。周囲を見回すと、黒い水が町を覆い、電柱が倒れ、家が燃えていた。がれきにつかまった若い女性がこちらを見て「助けて」と叫んだ。しかし、なすすべもなく流れに消えていった。

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津波から逃れるためによじ登った駐在所の屋根(左)を見上げる佐藤研さん。自動車後部のガラス(右)を打ち破り、家族で逃げた=宮城県名取市で2011年4月2日、丸山博撮影

 暗くなり、雪が降り始めた。ずぶぬれの3人は震えだした。上空をヘリが通過したが、救助にくる気配はない。果穂ちゃんが「パパ、眠い」とつぶやいた。眠ると危ないと思った佐藤さんは、抱き寄せて話しかけた。「あったかいとこ行ったら、なに食べたい?」。果穂ちゃんは笑顔で「焼き肉」と答えた。真希さんと励まし続けた。「もう少し、もう少しだから」

 屋根から下りられたのは深夜になってからだった。あちこちでプロパンガスのボンベが爆発する音が響いていた。長女の吏都ちゃんは閖上中学に避難しているかもしれない。3人は中学へ向かった。

     ◆

 午前0時の時報が鳴り、ラジオが震災被害の様子を刻々と伝えている。避難所になった閖上中学。「佐藤さんいますか?」。教室にいた吏都ちゃんは女性教諭に呼ばれ、2階の職員室へ行った。

 そこに、毛布にくるまった3人がいた。お父さんとお母さん、それに妹。吏都ちゃんは真希さんに飛びついた。

 あまりに長い一日だった。佐藤さんには、家族みんながこうして無事に会えたことが奇跡に思えた。【杉本修作】

    <続きを読む>3家族の3.11(3止)石巻・木村さん

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2011年4月10日

 

検証・大震災:3家族の3.11(3止)石巻・木村さん(1/2ページ)
http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/verification/news/20110410mog00m040017000c.html
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 ◇大渋滞の国道、黒い波一気に

 宮城県石巻市・牡鹿半島の浜辺に暮らす漁師、木村美輝(よしてる)さん(41)は約500メートル沖合の船上で突き上げるような衝撃を感じた。カキ養殖のいかだを沖合に移動させる作業中だった。4・9トンの小型漁船は上下に大きく揺れた。

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木村さん家族

 20分後、先に帰港した僚船から無線で連絡が入った。「大きな津波が来るから気をつけろ」。港に急いだ。岸壁が目の前に見えるのにたどり着けない。急速に潮が引いていく「引き波」で漁船が次々と沖に押し戻されていく。接岸をあきらめ、携帯電話をつかんだ。「高いところさ逃げろ」。妻の弘美さん(40)にそう伝えたかったが、つながらなかった。

 日暮れとともに風が吹き、雪がちらつく。洋上でひとり震えながら、夜空を赤く照らし燃え上がる石巻市街をぼうぜんと眺めた。仙台方面では石油コンビナートが爆発炎上し、高い火柱が上がっていた。家族一人ひとりの顔が浮かんだ。「無事でいてくれ」。そう祈るしかなかった。

     ◆

 弘美さんと長男の将也さん(16)は石巻市中心部にいた。石巻民主商工会(民商)で確定申告の手続き中だった。弘美さんは応対していた職員(39)と机の下に隠れ、揺れが収まると駐車場の車内で待つ将也さんの元に向かった。

 運転席に座り、車のラジオを聞く弘美さんは冷静だったという。ラジオは牡鹿半島南端の鮎川地区で「10センチの津波が来た」と報じていた。「10センチならたいしたことないね。今は渋滞しているだろうから落ち着いたころに家に帰るよ」。窓越しに職員に語りかけ、ほほ笑んだ。午後3時15分ごろ、車を発進させた。自宅まで約20キロ。山側と海側の2ルートがあるが、選択したのは海側の国道だった。

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石巻市牡鹿半島

 海岸から約1キロの国道を津波が襲ったのは午後4時ごろ。片道1車線。大渋滞で車はまったく動かない。「車から降りてくれ。でかい津波が来るぞ」。国道沿いにある石巻消防署湊出張所の所長(58)は広報車のスピーカーで繰り返し叫んだ。

 側溝から「ブホッ、ブホッ」と空気が噴き出す音。道路の東側から車をひっくり返しながら真っ黒な波が押し寄せる。車から慌ててドライバーたちが飛び出す。1分後、ごう音とともに、辺りはがれきを運んできた波にのみ込まれた。

http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/verification/news/20110410mog00m040017000c2.html
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 ◇「誰も責められない」

 台所でワカメのメカブを調理していた母の艶子さん(70)は、大型トラックがそばを通り過ぎるような大きな地鳴りが聞こえ、包丁を握っていた手を止めた。2階から下りてきた次男の友哉(ゆうや)さん(15)と一緒に庭へ飛び出し、車にしがみついて激しい揺れをこらえた。市立大原小から集団下校中だった次女の汐里(しおり)ちゃん(7)は同級生の父親が車で自宅まで送ってくれた。

 一家が暮らす小渕浜では、大きな揺れの後は、津波に備えて船で沖合に避難する習慣がある。艶子さんは船を手配するために200メートル先の岸壁に向かった。だが、船を出す漁師の姿がない。同じように船に乗ろうと集まった住民が立ち往生していた。

 その時、船を係留しているロープがピーンと一直線に引っ張られた。海面はみるみる遠ざかったかと思うと、真っ黒に変色していく。大津波の前触れの引き波だ。艶子さんは急いで引き返した。

 先に避難したのか自宅に2人はいない。沖合から壁のような波が迫る中、ひとり裏山に向け走り出した。バリバリバリとごう音を上げながら、津波は160世帯の集落をのみ込んだ。裏山からぼうぜんと見下ろした。

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父の木村美輝さん(左)の膝の上で笑顔を見せる長女美穂ちゃん(右)と次女汐里ちゃん。「子供たちがいるから頑張っていられる」=宮城県石巻市で2011年4月7日、丸山博撮影

 午後7時ごろ、艶子さんは地元で「てっぺん」と呼ばれ、浜から40メートルほどの高さにある民家を訪ねた。汐里ちゃんが泣きながら飛びついてきた。友哉さんは汐里ちゃんを連れ、自宅から約200メートル駆け上がった。そこでは30人ほどが暗闇の中で身を寄せ合っていた。友哉さんは友人と一枚の毛布に入り、寒さをしのいだ。兄の将也さんとは地震の10分前に携帯電話で「ゲーム機を貸して」と話していた。「きっとどこかに避難している」と信じた。

 同じころ、長女の美穂ちゃん(9)は大原小の体育館で教員や同級生と一緒に一夜を明かした。「おっとお、おっかあ。早く会いたい」。毛布にくるまったが、なかなか寝付けなかった。

     ◆

 沖合の漁船にいた木村さんが浜に戻ったのは2日後の13日朝。前日まで岸壁が水没し、接岸できなかった。15日、知人の目撃情報を頼りに妻弘美さんの車を見つけた。確定申告した民商から約4キロ先の地点だった。

 後部座席をのぞくと、長男将也さんが息を引き取っていた。運転席と助手席の窓ガラスが割れ、車内は泥まみれ。弘美さんの靴やジャンパーは見つかったが、今も行方が分からない。

 自宅は全壊し、一家は7人で同じ浜にある漁具の倉庫に身を寄せる。「あの時、こうしていれば、と考えても命は戻らない。誰も責めたくないし、考えないようにしてんだ」。木村さんは静かになった海を見つめた。【比嘉洋】

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2011年4月10日

 

参考:↓グーグルアースや、グーグルの地図検索で調べる時のデータ。コピペしてEnterするとその地点に飛びます。
名取市立閖上小学校は標高約1m(正門前の緯度経度 +38 10 41.560",+140 56 29.430" 宮城県名取市閖上字鶴塚52番地)
名取市立閖上中学校は標高約2m(正門前の緯度経度 +38 10 39.328",+140 56 43.437" 宮城県名取市閖上字五十刈1番地)
名取市役所閖上公民館は標高2m (緯度経度 +38 10 36.180",+140 56 58.430" 宮城県名取市閖上2丁目19)

証言/避難者大混乱、名取・閖上公民館/誘導あだ 多数の犠牲者
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1071/20110803_01.htm
魚拓

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津波は車などを巻き込みながら押し寄せ、5差路をのみ込んだ=3月11日午後4時10分ごろ、名取市閖上

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 東日本大震災で甚大な被害が出た名取市閖上地区では、指定避難場所の閖上中の目前で、津波にのまれた人が多数いた。閖上公民館に避難した人々が閖上中に誘導され、指示に従って移動していたところを津波が襲ったという。同公民館も指定避難場所で、避難誘導は市の防災計画の規定にない。周辺の主要道路は、事故と信号ダウンなどで渋滞が発生。近くに高台がない地域で、避難者は大混乱に陥っていた。
(小島直広、末永智弘、勅使河原奨治)

<渋滞>
 「あの時、公民館の2階に避難させてくれれば、娘は助かったはず…」
 長女ななみさん(14)=名取市閖上中2年=を亡くした漁業菊地篤也さん(49)=閖上2丁目=は悔しい思いを隠せない。ななみさんは3月11日の地震発生後、市の指定避難場所、閖上公民館に避難していた。
 ななみさんの兄佳祐さん(21)は同日午後3時半ごろ、公民館グラウンドで「地震怖い」と泣く妹をからかった。「何、泣いてんの?」
 佳祐さんが振り返る。「ここなら大丈夫だと思って、そのままその場を離れた。あれが最後だった」
 ななみさんはその日夕刻、公民館の北西約800メートルにある閖上大橋南側で、海水とがれきの中から発見され、救急搬送中に息を引き取った。
 3時45分ごろ公民館前。町内会長阿部文男さん(61)=閖上7丁目=は異様な光景を目撃する。公民館グラウンドに入った車や住民が、追い返されるようにぞろぞろと外に出て行く。
 「なぜ公民館に避難しないんだ、戻れ」。阿部さんは顔見知りの女性に強く注意した。
 女性は「公民館の人から、ここは津波の避難所じゃないので中学校へ移動するよう言われた」と答え、その場を後にした。
 公民館前グラウンドには車が約100台。阿部さんは「中学校へ向かおうとした車が、前の通りの渋滞に拍車を掛けた。そこを津波が直撃した。どれだけの犠牲者が出たことか」と嘆く。
 
<判断>
 閖上中は公民館の西約500メートルにあり、大人の足でも6、7分はかかる。阿部さんが注意した女性も結局、途中で津波に巻き込まれ、犠牲になったことが判明した。
 公民館は海岸線から1キロ強の距離にある。市働く婦人の家と棟続きで、共に鉄筋コンクリート2階建て。両施設を管理する元公民館長(63)=6月末で退職=によると、地震発生当時、幼稚園や中学校の謝恩会などが開かれ、館内には100人以上がいたという。
 元館長が証言する。「余震が続いたため、全員を屋外に避難させた。電話も携帯も無線もつながらず、市役所と連絡がとれなかった。防災無線放送も鳴らなかった」
 情報が途絶する中、状況はこの後一変する。
 元館長によると、午後3時20分すぎ、ある消防関係者がやって来てこう告げたというのだ。
 「大津波が来るから2階の建物ではもたない。全員を3階がある中学校に避難させてほしい」
 元館長は「制服を着た人だったので従った。もっと高い所へ、という判断は正しいと思った。結果的に犠牲者を増やしたならば、その責任は私にある」と悔しがる。
 津波が襲来したのは3時50分すぎ。元館長は、阿部さんや住民ら数十人と公民館2階に逃れ、間一髪で命拾いした。津波は2階の床すれすれまで達した。
 
<なぜ>
 名取市消防本部によると、市の防災計画では公民館は地震や津波の避難場所で、たとえ大津波警報が発令されても他の場所へ移動させる規定はない。
 今野新一消防長は「公民館にとどまるのが避難の原則。当日、住民を中学校へ移動させる命令を署員や消防団に出してはいない。現地で勝手な判断をするはずはあり得ないのだが…」と、首をかしげる。
 市内では震災で約900人が犠牲となった。避難誘導に当たった消防署員3人と消防団員15人が殉職した。中学校への移動指示を、誰がどういう理由で出したのか、真相は今も不明だ。

◎大橋通行止め、信号消える/「5差路」で車滞留

 名取市閖上周辺の道路は巨大地震の直後、激しい混雑で車が身動きの取れない状態に陥っていた。閖上大橋は事故で通行止めになり、そのたもとの5差路は車が殺到、信号も機能しない。周囲に高台が少なく、車を使った避難者が多かったことに加え、道路の構造にも被害を拡大する要因が潜んでいた可能性がある。

 閖上地区から内陸部へ向かう場合、主に二つのルートがある。閖上中や閖上公民館の前を通る市道と、バス通りと呼ばれる名取川沿いの県道閖上港線だ。二つの道路は閖上大橋のたもとで県道塩釜亘理線と交わり、5差路を形成している。
 地震直後の3月11日午後3時前、5差路の先の閖上大橋でトレーラーの積み荷が落下し、対向車をつぶす事故が起き、橋は通行止めになった。複雑な車の流れを整理する信号は停電で消えた。
 「橋を通って仙台方面に向かおうとする車と、内陸へ避難する車が続々と来た。5差路と周辺で車が滞留し始めた」
 仙台市内の勤務先に向かっていた会社員吉田唯樹さん(34)=青葉区=は振り返る。吉田さんは車から降り、交通整理を始めた。
 橋の通行止めで仙台方面へのルートが閉ざされたため、ほとんどの車が内陸部に通じる県道閖上港線に向かい、車の流れが滞った。
 午後3時25分すぎ、5差路前の倉庫会社の従業員加藤千加子さん(56)=太白区=は渋滞にはまった。「早く帰宅したかったのにノロノロとしか進まず、焦った」
 午後3時50分。津波は閖上に迫っていたが、5差路よりも海に近い公民館や閖上中付近の道路でも渋滞は続いていた。
 閖上大橋の事故現場へ向かった岩沼署交通課の斎藤武志警部補(51)は「避難先の閖上中に入ろうとする車で、公民館前付近から前に進めなくなった。パトカーのサイレンを鳴らし、対向車線を走った」と語る。
 閖上4丁目の会社員小斎誠進さん(42)も同じころ、公民館前から車が数珠つなぎになっているのを目撃している。歩いて閖上中に移動する人も大勢いた。
 「名取川河口に迫る大津波が見えたので、自転車を必死にこいだ。『すごい津波だ。逃げて』と周囲に声を掛けまくったが、半信半疑の人が多かった」
 小斎さんはこう証言する。5差路まで到達した時には、名取川を逆流した津波が堤防を越えかかっていた。「間に合わない、車を降りて逃げろ」。小斎さんは付近の車に叫び、車列を縫って近くの閖上小に逃げ込んだ。
 5差路で交通整理をしていた吉田さん。白波が川をさかのぼり、住宅街から土煙が上がっていることに気付いた。
 「慌てて5差路をまたぐ歩道橋に駆け上がった。津波が車や船を巻き込んで一気に押し寄せ、間一髪だった。歩道橋には50人ほどが避難していた」

◎東洋大・関谷直也准教授/高台遠い平野部、避難道路整備を

 東洋大などが4月下旬に行った「避難所住民調査」では、東日本大震災の発生直後、名取市閖上地区では車での避難が6割に上るなど、車への依存度が高かった実態が浮き彫りになっている。東洋大の関谷直也准教授(災害情報)は「高台が遠い平野部では、車でなければ避難できない人が多かった。その事実をきちんと受け止め、教訓にしなければならない」と指摘する。
 関谷准教授は、閖上公民館から閖上中への避難誘導について「公民館、閖上中とも、津波ハザードマップは1階でも浸水しない想定だった。情報が少ない中でより高い、安全な場所へ移動させようとした現場の判断を、一概には非難できないだろう」と話す。
 その上で5差路交差点付近で津波にのまれた人が多数出たことについては「5差路という構造が渋滞を引き起こした。それが避難者が集中する地点にあったことが問題だった」と語る。
 関谷准教授は「これまで津波避難に車利用はタブー視されてきた。しかし、平野が続く閖上のような地域では有効な面も否定できない。5差路を解消し、早く安全に車で避難できる道路整備を、復興計画に盛り込む必要がある」と提案する。

2011年08月03日水曜日

 

関連記事:

東日本大震災:惨事招いた大渋滞 宮城県名取市閖上地区
http://mainichi.jp/select/today/news/20110731k0000e040026000c.html

Photo震災後も多くの車が行き交う閖上地区の五差路。津波は渋滞の車列ものみ込んだ=宮城県名取市で、安高晋撮影


Photo_2 閖上地区の五差路


 仙台湾沿いに平野が広がる宮城県名取市。3月11日の震災で、多くの住民は付近に高台がないため、避難に車を使った。海辺の閖上(ゆりあげ)地区では人口の1割を超える約600人が遺体で見つかった。助かった住民が津波の直前に見ていたのは、避難する車の大渋滞だった。多くの住民が車ごと波にのまれた惨事は、二つの要因が重なって広がった。【安高晋】

 ■渦を巻く車

 「歩道橋へ急げ」。閖上郵便局を飛び出した局長の小平利則さん(52)は周りの人に絶叫した。午後3時50分過ぎ。約1キロ離れた閖上港を襲った津波が迫っていた。歩道橋が架かる500メートル先の五差路へ夢中で走った。車道では車が渋滞。車を捨てて逃げようとする人たちが目に入る。子供を抱えて転倒する母親もいた。だが助けられなかった。歩道橋に上った2、3秒後、津波は五差路を一気にのみ込んだ。「まるで洗濯機だ」。渋滞は五差路の先にも延びていた。身動きできなかった多くの車が、歩道橋の真下にできた渦に巻き込まれていった。

 ■事故で封鎖

 「事故で人が亡くなった。救急車を呼んでほしい」。五差路脇の「橋浦精麦倉庫」事務所に男性が駆け込んできたのは地震直後だった。社員の庄司明さん(54)が現場へ向かうと、閖上大橋の中央でトレーラーから長さ20メートルのコンクリート製支柱5本が落ち、乗用車を押しつぶしていた。橋の入り口には約10台の車が立ち往生し、五差路の信号も停止。庄司さんは、車を身ぶり手ぶりで市街方向へ誘導した。地震から30分が経過。まだ渋滞はなかった。

 五差路では2本の県道が交差する。特に、仙台空港と仙台港を南北に結ぶ10号は大型トラックが昼夜を問わず行き交う主要道路だ。片側1車線で「普段からよく渋滞していた」(地元住民)という。

 市の津波ハザードマップは、避難で自動車を利用しないよう呼び掛けている。しかし、平たんで高台のない閖上地区は「車を使うしかない」(地元住民)。市も「地形的にやむを得ない」と認める。

 事故で橋が封鎖された後、渋滞が始まった。五差路から約1キロ離れた有料道路「仙台東部道路」の料金所入り口付近にいた人たちは、午後3時半ごろから「車が全く動かなくなった」と口をそろえる。渋滞はその後、五差路まで延びた。津波は有料道路の下を通る道をくぐり、その先まで達した。

 ■直前の指示

 渋滞を拡大した二つ目の要因は、ある呼び掛けが発端だった。「ここは危険です。閖上中学校へ向かってください」

 閖上公民館長の恵美雅信さん(63)が声を聞いたのは有料道路付近で渋滞が始まった午後3時半ごろだった。地震後、約45分が経過。50台以上の車が集まり、館内に多くの避難者がいた。呼び掛けたのは消防署員か団員だったと記憶する。

 公民館は中学校と同じく市の指定避難所。なぜ移動が必要なのか尋ねる恵美さんに「大津波が来たら公民館では対応できない」と答えたという。恵美さんも約500メートル離れた中学校への誘導を手伝った。出口は車で埋まり、中学校へ向かう道路はすぐ渋滞になった。

 多くの避難者がこの移動中、車ごと波にのまれた。公民館の2階から動かなかった人や、津波を見て引き返した人は、助かった。市は「ラジオは6メートル以上の津波が来ると伝えていた。移動を求めた判断は正しかった」と振り返る。

 市の落ち度もあった。昨年2月のチリ津波後、市は地域防災計画で想定した2.6メートルを大きく超える津波が予測される場合は3階以上に逃げるよう各町内会の避難訓練の際に要請したという。公民館は避難先に適さなかったことになる。しかし、閖上地区の複数の町内会長は、要請を「記憶にない」と反論する。市は「周知が甘かった」と認めた。

 妻や母ら家族4人を亡くした町内会長の一人、高橋善夫さん(68)。昨年9月の町内会の訓練でも、避難先を公民館にしていた。「公民館に逃げれば安全と思ってきた。きちんと説明があれば、最初から別の場所に逃げることもできた。もっと多くの命が助かった」

2011年7月31日 14時11分 更新:7月31日 14時36分

 

震災直後の閖上大橋死亡事故 運転手に罰金10万円
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201402/20140206_13014.html

 東日本大震災直後に宮城県名取市閖上の閖上大橋で起きた交通死亡事故をめぐり、仙台区検は5日までに、道路法違反の罪で、宮城県色麻町の大型トレーラーの男性運転手を略式起訴し、仙台簡裁は罰金10万円の略式命令を出して確定した。
 運転手は2011年3月11日午後2時48分ごろ、閖上大橋の県道で、コンクリートくいの積載方法に不備のあったトレーラーを運転。地震で車両を停止させた際、長引く揺れで荷台のくいが対向車線の乗用車に落下し、運転席の仙台市若林区の男性会社員=当時(60)=を死亡させたとして書類送検されていた。
 運転手と勤務先の運送会社(岩沼市)の男性従業員は業務上過失致死容疑でも書類送検されたが、仙台地検はともに不起訴とした。
 捜査関係者によると、くいは長さ約10メートルの円柱型。トレーラーの荷台に数本積んでおり、総重量は約28トン。くいは全て車の上や道路に落下したという。

2014年02月06日木曜日

 

震災の揺れでくい落下、死亡男性遺族が提訴 運転手と運送会社を
2014/04/02 【河北新報】
http://www.47news.jp/m/news/201404/SM0402_1034073.html

 東日本大震災の地震発生直後に名取市閖上の閖上大橋で、大型トレーラーの荷台からコンクリートくいが落下し、対向車線の男性=当時(60)=が死亡した事故で、宮城県内の男性の遺族が1日までに、トレーラーの運転手と勤務先の岩沼市の運送会社に対し、計4639万円の損害賠償を求める訴えを仙台地裁に起こした。
 訴えによると、2011年3月11日の地震後、運転手がトレーラーを停車中、揺れで荷台の固定用ワイヤロープが壊れてくいが落下。対向車線で停車していた乗用車に落下し、運転席の男性が死亡した。
 男性の遺族側は「運転手は貨物の荷崩れや落下を防止し、安全に輸送する注意義務を怠った」と主張している。運送会社の担当者は「話し合いを続けて円満に解決したい」と話している。
 運転手はくいの積載方法に不備のあったトレーラーを運転したとして、仙台簡裁がことし1月、道路法違反の罪で罰金10万円の略式命令を出し、確定している。

 

閖上関連動画:
大津波 宮城県 名取市 ゆりあげ小学校・・・4
12aaiauoi
http://youtu.be/YI1BQhtvyVg

2011/05/09 にアップロード

3分8秒から、閖上小学校。
6分12秒から、閖上大橋での交通事故。

 

防災関連エントリー:
東日本大震災の記録 大津波悲劇の中の救い、防災の備えが命を救った、英字紙記事も。

3・11東日本大震災「学校最多の犠牲者、石巻市立大川小」検証のために関連記事採録。 

3・11:東日本大震災 宮城・山元町の自動車学校、送迎手間取り25人死亡 

災害:巨大地震や原発被災、「毎日小学生新聞」が画像表示などあり分かりやすいので資料保存。 

3月11日〜3月28日のNYT写真集を全採録。直視し忘れないことが犠牲者への弔い。事実を伝えない日本のマスゴミは糞。 

 

 「防災必需品+体験談」←グーグル検索です。普段からの備えが大事、参考にして下さい。以下、僕自身が用意している基本グッズのAMAZONリンクをはっておきます。

 ※をつけたグッズは、小さな子は別にして家族全員個人装備でも良いと思います。特にヘッドライトは明かりの欲しい作業の時などに使って重宝しています。夜、自転車の前照灯が球切れした時にも使い助かりました。雨具は傘以外に、即行で着脱できて両手が使えるポンチョもお勧めします。

ホイッスル 笛 ※(救出要請SOS、その他)

ヘッドライト ※

LED懐中電灯 ※

SONYポケットラジオ ※

SONY防災ラジオ ←スマホ手回し充電可能タイプの

LEDランタン 

・火を熾すもの(チャッカマン西洋火打ち石

卓上カセットコンロ 

VICTORINOX多機能ナイフ ※

ポンチョ(アウトドア雨具) (←お勧め)※

 ロープは万能道具、普段から慣れておくことが大事。

決定版 ひもとロープの結び方 便利手帳 

使えるロープワーク―必ず役立つ「結び」の完璧テクニック (OUT DOOR)←アウトドア好きの方が書いた本。

アウトドア用のロープ ←リンクをはりましたが、一番良いのは登山用品店に行って説明を聞き、自分でも手にとって選ぶ事です(太さの感じが分かります)。通常、メジャーを使って1m単位で量り売りしてくれます。僕自身は、径3.5㎜と4.5㎜のでそれぞれ2m、3m、5mのを適宜本数組み合わせて普段からザックの隅に入れてます。また車にはそれに加え径8㎜で10mのを2本積んでます。細いロープは長いのだとうまく使えません。短いのを準備して使うのがロープに慣れるコツ。長さが足りなければつないで使えばよいのです。

 着るものを含め、防災グッズはアウトドアグッズを転用出来るわけですが、ザッグを例に取ると、防災用と比べアウトドア用のザッグは作りも頑丈ですし、使い勝手もはるかに良いです。

リュックサック ※

ザック ※

 意外と忘れるのがマスクとゴーグル。特にマスクは瓦礫の粉じん対策として必需品(特に肺がんを引き起こす石綿:アスベストに要注意)、避難場所での風邪の集団感染予防にもなります。またゴーグルは震災での粉じん対策だけでなく富士山が噴火した場合、大量の降灰に対する備えとしても必要。マスクとゴーグルは花粉症対策としても使え、何もしないよりは放射能降灰への備えとしても有用と思います。

山本光学のN95マスク  ※

山本光学の浮遊粉塵用セーフティゴーグル ※

 薬や救急用品など。これは個人それぞれ違うはず。以下は僕が用意しているもの。消毒用ジェルは避難所で用意しているはずですが、万一に備え感染症防御でこまめな手洗い用。スキンクリームはウォシュレットが使えない避難所で拭く時に使う切れ痔予防。裏技用途で、ジェルやワセリンはたき火が必要な時に火口(ほくち)に少し使うと火を熾しやすくできます。手ぬぐいはバンダナ代わりや鉢巻きにも使え、いざという時には包帯にもなる必需品。

消毒用ジェル救急絆創膏テーピング用テープけが等の軟膏ワセリンスキンクリームソンバーユなら)、とげ抜き手ぬぐい

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 以下追記、資料として採録。

阪神・淡路復旧作業石綿禍 東日本被災地にも暗い影
http://www.kobe-np.co.jp/rentoku/sinsai/18/201208/0005483567.shtml
魚拓 

B_05483568 重機で解体される被災ビル。粉じんが舞う=1995年2月、神戸市兵庫区

 発生から17年半となる阪神・淡路大震災の被災地で、建物の復旧作業に伴うアスベスト(石綿)被害が新たに確認された。牙をむき始めた大震災の石綿禍。しかし、当時の環境庁(現・環境省)などによる石綿の飛散調査は「おおむね問題なし」との結果だった。時をへて相次ぐ中皮腫の発症は、実態把握の不十分さを浮き彫りにするとともに、東日本大震災の被災地にも暗い影を落としている。

 家屋全壊約10万棟、半壊約14万棟。阪神・淡路大震災の被災地では、倒壊した建物からすさまじい量の粉じんが発生した。日本では石綿消費量の約8割が建材に使われてきた。吹き付け材、屋根材、内装材、吸音材、外装材、耐火被覆材(たいかひふくざい)などだ。震災で崩れた建物のがれきには、命を脅かす「死の棘(とげ)」が含まれていた。

 当時の環境庁の調査によると、解体現場周辺で空気1リットル中の石綿繊維量は平均3~5・4本、大気汚染防止法の基準(10本)を下回った。一方、民間研究機関「環境監視研究所」(大阪市)の測定では、解体現場周辺で1リットル中160~250本が検出された。基準値をはるかに上回る。

 官民でデータに隔たりがあるが、中皮腫が増えているのは「飛散防止に有効な手を打てなかったことを示している」(専門医)とみる人は多い。

 解体が急ピッチで進む中、行政が現場に本格的な粉じん対策を指示したのは、発生から1カ月あまりたってからだ。復旧工事が急がれる中、石綿対策が後手に回ったことがうかがえる。

 発生から間もなく1年半になる東日本大震災の被災地でも、石綿の飛散に不安が高まっている。

 環境省の飛散調査では、約350地点のうち95・4%で「問題なし」との結果だった。しかし、現地調査をした森裕之・立命館大教授(公共政策)は「極めて不十分」と疑問を投げ掛ける。「建材は解体作業で細かく砕かれており、風向きによって測定値が大きく異なる。東北の被災範囲は広大で、阪神・淡路の教訓を踏まえて丁寧に測定すべきだ」と話す。

 被災地ではがれきの集積場が点在している。原発事故に伴う放射能汚染に目を奪われがちだが、宮城県石巻市の石巻赤十字病院の矢内勝・呼吸器内科部長は「がれきが身近にある以上、石綿の吸引を避けるために万全を尽くす必要がある」としている。(加藤正文)

【発症時期迎え被害拡大か】
 中皮腫で亡くなった宝塚市の男性=当時(65)=が阪神・淡路の復旧作業に携わったのは、わずか2カ月だった。震災アスベストの危険性を訴えてきたNPO法人ひょうご労働安全衛生センターは「十分な飛散対策がないまま、復旧解体が街中で繰り広げられた。労働者だけでなく、住民やボランティアへの被害も懸念される」と指摘する。

 石綿が肺の中に入り、中皮腫や肺がんといった石綿疾患を引き起こすまでの潜伏期間は、十数年から40年とされる。阪神・淡路大震災から17年半、同センターの西山和宏事務局長(50)は「発症時期に入ったのではないか」と警戒感を強める。

 近年、復旧に携わった労働者の石綿疾患が相次ぐ。2008年、解体にかかわった兵庫県内の男性の中皮腫発症が判明。その後、解体作業の現場監督を務めた芦屋市の男性、がれきを収集した明石市職員の発症が確認された。

 しかし、いずれも発症と震災時の石綿飛散との明確な因果関係は証明されておらず、兵庫県の井戸敏三知事は「原因が阪神・淡路大震災だとはなかなかなりにくいのではないか」などと繰り返し発言している。

 これに対し、今回の宝塚市の男性のケースでは、石綿に触れる機会が震災後の復旧作業に限定される。男性の妻(67)は「夫と同じような作業をしていた人は多いはず」との思いで、夫の病状の公表を決心した。

 被害拡大や不安解消に向け、行政の速やかな対応が求められる。(中部 剛)

2012/8/24

 

論壇
アスベスト禍の衝撃 史上最悪の産業災害
命に突き刺さる棘、震災復興でも深刻な被害が

http://gendainoriron.jp/vol.03/rostrum/ro03.php
魚拓 
Internet Archive 

神戸新聞編集委員 加藤 正文


国賠勝訴 
複合型ストック災害 
クボタショック 
震災アスベストの脅威 
相次ぐ発症 
異常事態の中で 
繰り返される過ち 
課題を示す窓 


 原発事故とアスベスト(石綿)禍には被害の構図が共通している。過去に地震や津波が繰り返し発生した地に原発を起き、研究者が再三、その危険性を警告していたにもかかわらず、虚構の「安全神話」の中で稼働を続けた。一方、石綿も戦前から有害だと分かっていながらも、その有用性、経済性から「管理して使えば安全」と国は十分な規制を行わず、約1千万トンを消費した。使用禁止は北欧に遅れること20年、ヨーロッパ諸国に遅れること10年以上たった実に2006年だ。

 原発事故は「史上最大・最悪の公害」(宮本憲一・大阪市立大名誉教授)であり、石綿禍もまた「史上最大の産業災害」(同)である。筆者は2005年6月末、兵庫県尼崎市のクボタ旧神崎工場内外で深刻な被害が発覚した、いわゆる「クボタショック」以降、各地で取材を重ねてきた。その成果を『死の棘・アスベスト』(中央公論新社、2014年)として刊行した。石綿はその使用状況の広がりを反映して、被害状況も多様だ。本稿では、①石綿産業の原点としての大阪・泉南②アジア最悪の被害を出した兵庫県尼崎市のクボタ旧神崎工場③今後、深刻な被害が懸念される震災アスベスト-の3点で被害と不作為の構図を描いていく。


国賠勝訴

 「勝訴」「最高裁、国を断罪」。原告側の弁護士の旗が出ると、最高裁前に詰めかけた被害者らから拍手がわいた。2014年10月9日、石綿を吸って肺がんや中皮腫などを患った大阪・泉南地域の元工場労働者らによる国家賠償請求訴訟で、最高裁は国の賠償責任を初めて認める判決を言い渡した。

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知られざる地場産業だった大阪・泉南の石綿紡織産業。100年の時をへて最高裁が国の不作為を認定した(大阪アスベスト弁護団提供)

 「労働環境を整備し、生命、身体に対する危害を防止するために、国は技術の進歩や医学知識に合うように適時適切に規制権限を行使すべきだ」。この「適時適切」という理念を盛り込んだ判決が確定するまでに、どれほどの苦難があったことだろう。病気に斃れた無数の声なき声が、100年もの長い時を超えて重い扉をこじあけたのだ。

 関西空港の対岸、大阪府泉南市、阪南市を中心とする泉南地区は、日本の石綿紡織産業の原点の地だ。中小零細の工場が集積し、戦前は軍需産業、戦後は自動車や船舶、機械などの基幹産業を支えた。最盛期には約200社が稼働し、約2千人が就労したという。戦前から石綿紡織工場の全国一の集積地として発展した。

 主な製品は、石綿を主原料に綿花などを混紡した糸、そして、この糸を布状やひも状に加工したものだ。耐熱性、絶縁性にすぐれ、各種パッキング、蒸気機関車などの防熱ふとん、自動車の摩擦材などに幅広く使われた。「小はランプの芯から、大は重化学工業の発熱部を覆う断熱材として欠かせなかった」(柚岡一禎・泉南地域の石綿被害と市民の会代表)。あちこちに工場が点在し、「街全体が石綿工場のようだった」といわれるが、今の街並みからは想像もつかない。高度成長期をピークに生産は次第に先細り、産地は消えた。長年、数多く労働者や住民が石綿による肺の病気で苦しんできたが、2006年、石綿対策の不備について国の責任を問う集団訴訟が提起されるまで知る人は少なかった。「国は石綿の危険性を知っていた、対策を取ることもできた、でも、やらなかった」。長い間、隠されてきた被害が表に出た瞬間だった。

 戦前の調査がある。国は1937(昭和12)年、泉南地区の被害をつかんでいた。旧内務省保険院の調査で、労働者の石綿肺罹患率が12・3%に上ることが判明した。担当医師らの「有害工業に属し法規的取り締まりを要する」との警告が残る。だが、国はこれに対して不十分な症例調査にすぎないとの立場をとった。その後も罹患率は10%を下回らず、労働基準監督署が調査を重ねた。しかし、「被害は深刻ではなかった」という見解を譲らなかった。 クボタのような大企業と違い、泉南はほとんどが零細企業で対策も不十分だ。「だからこそ国に被害拡大を防ぐ責任があった」。石綿問題に詳しい立命館大の森裕之教授(公共政策論)は国の不作為を指摘する。

 訴訟は2陣あり、1陣の地裁、高裁、2陣の地裁、高裁。そして今回の最高裁、過去5回の判決が投げ掛けるのは、一体、何のために労働関係の法規はあるのか、という根本的な命題だ。いくつもの曲折があったが、最高裁判決は、人間の命と健康を守るため、という基本原則を明確に示した。

 不断の努力で最新の知見に合わせて健康被害を予防する。被害が発生しているのならば、根絶まで対策を取る。これは法律や規則以前の行政の当然の責務だが、縦割りの官僚機構の中でその意識はかなり薄れている。あえてこの原則を厳しく指摘したところにこの判決の最大の意義があ